特許第6218148号(P6218148)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 脳科学香料株式会社の特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6218148
(24)【登録日】2017年10月6日
(45)【発行日】2017年10月25日
(54)【発明の名称】恐怖又は不安の計測システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/15 20060101AFI20171016BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20171016BHJP
【FI】
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
【請求項の数】7
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2014-548627(P2014-548627)
(86)(22)【出願日】2013年11月22日
(86)【国際出願番号】JP2013081548
(87)【国際公開番号】WO2014081017
(87)【国際公開日】20140530
【審査請求日】2016年11月16日
(31)【優先権主張番号】特願2012-256514(P2012-256514)
(32)【優先日】2012年11月22日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度 文部科学省、科学技術試験研究委託事業「社会的行動の基盤となる脳機能の計測・支援のための先端的研究開発(哺乳類の社会コミュニケーション反応を計測・制御する新技術の開発)」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願、平成21年度 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)「匂いに対する特異的な行動や情動を制御する神経ネットワーク」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】511032291
【氏名又は名称】脳科学香料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100117743
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 美由紀
(74)【代理人】
【識別番号】100163658
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 順造
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(72)【発明者】
【氏名】小早川 高
(72)【発明者】
【氏名】小早川 令子
【審査官】 海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−022714(JP,A)
【文献】 小早川令子,社会コミュニケーション反応を特異的に制御する神経メカニズムの解明,公益財団法人第一三共生命科学研究振興財団研究報告集,2011年11月 7日,Vol.27,P.72-79
【文献】 元永千穂、渡辺英綱,香りの皮膚・生体に対する作用の最新研究 香りのストレス低減効果とその製品開発,FRAGR.J.,2010年 4月15日,Vol.38,No.4,P.37-42
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/15
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)被験動物(ヒトを除く)に被験物質を投与する工程、
(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程、
(c)被験動物の体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを測定する工程、
(d)体深部温度の低下を調節する、又は心拍数の低下を調節する被験物質を選択する工程を含むことを特徴とする、情動をコントロールする薬剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
情動をコントロールする薬剤が精神疾患の予防又は治療薬である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
(a)被験動物(ヒトを除く)に被験物質を投与する工程、
(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程、
(c)被験動物の体深部温度を測定する工程、
(d)体深部温度の低下を抑制する物質を選択する工程を含むことを特徴とする、精神疾患の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
【請求項4】
精神疾患の予防又は治療薬が難治性うつ病の治療薬である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
被験動物がげっ歯類である、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
(a)被験動物を被験物質に曝露する工程、
(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程、
(c)被験動物の体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを測定する工程、
(d)体深部温度の低下を調節する、又は心拍数の低下を調節する被験物質を選択する工程を含むことを特徴とする、香料のスクリーニング方法。
【請求項7】
被験動物がげっ歯類である、請求項6記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、先天的な恐怖情動を誘発する物質を用いて、情動をコントロールする薬剤(例えば、精神疾患の予防又は治療薬)、リラックス効果を誘発する香料などをスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
恐怖情動は人や動物が外敵などの危険から身を守るために獲得した本能であり生存に欠かすことができない。一方で、恐怖情動の異常は恐怖症やPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの不安障害に分類される精神疾患の原因となる。恐怖情動を緩和する薬剤や香料などは精神疾患の治療薬やリラックス効果を誘発する香料などとして使用できる可能性がある。このような薬剤や香料などを開発する為には薬剤を投与した実験動物や被験者に対して恐怖情動を誘発した効果を解析する手法が有効である。従って、恐怖情動を誘導したり測定したりする技術は、医薬又は香料をスクリーニングする方法として有用である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
実験動物に恐怖情動を誘発する方法としてこれまでに用いられてきた技術には大きく分けて3種類が存在する。第1の方法は、特定の音、特定の空間、特定の匂いなどの感覚刺激と、電気ショックや薬剤の注射などの忌避性の刺激とを組み合わせて後天的に恐怖情動を誘発する方法である。この方法では、学習効率が個体毎に大きく異なるので、特定のレベルの恐怖情動を定量的に誘発することは困難である。第2の方法は、天敵などの恐怖を与える動物自体や、動物の毛、尿、糞などを用いて先天的な恐怖情動を誘発する手法である。この方法では、恐怖刺激が天然物であり、一定の品質を維持することが困難である。また、この方法では、電気ショックによって後天的に獲得した恐怖に匹敵する強度で恐怖情動を誘発することができない。第3の方法は、天敵の分泌物の中から恐怖誘発活性を指標に単離された成分を用いて先天的な恐怖情動を誘発する方法である。キツネの分泌物から最も恐怖情動の誘発活性の高い成分として単離された2,4,5−トリメチル−3−チアゾリン(TMT)が用いられてきた。TMTを用いた方法では、電気ショックによって後天的に獲得した恐怖に匹敵する強度で恐怖情動を誘発することができない。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、チアゾリン、チアゾリジン又はチアゾール化合物を含む匂い分子がマウスに対して様々な強度で恐怖情動を誘発できることを発見した。これらの一連の匂い分子を用いることで、電気ショックによって後天的に獲得した恐怖を上回る強度の恐怖情動から、弱い強度の恐怖情動までを安定して誘発することが可能になった。
【0005】
本発明は、以下の方法を提供する。
(1) (a)被験動物に被験物質を投与する工程、
(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程、
(c)被験動物のすくみ時間、体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを測定する工程、
(d)すくみ時間を変化させる、体表面温度の低下を調節する、体深部温度の低下を調節する、又は心拍数の低下を調節する被験物質を選択する工程を含むことを特徴とする、情動をコントロールする薬剤のスクリーニング方法。
(2) 情動をコントロールする薬剤が精神疾患の予防又は治療薬である、(1)記載の方法。
(3) (a)被験動物に被験物質を投与する工程、
(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程、
(c)被験動物の体深部温度を測定する工程、
(d)体深部温度の低下を抑制する物質を選択する工程を含むことを特徴とする、精神疾患の予防又は治療薬のスクリーニング方法である、(1)記載の方法。
(4) 精神疾患の予防又は治療薬が難治性うつ病の治療薬である、(3)記載の方法。
(5) 被験動物がげっ歯類である、(1)乃至(4)のいずれか一つに記載の方法。
(6) (a)被験動物を被験物質に曝露する工程、
(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程、
(c)被験動物のすくみ時間、体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを測定する工程、
(d)すくみ時間を変化させる、体表面温度の低下を調節する、体深部温度の低下を調節する、又は心拍数の低下を調節する被験物質を選択する工程を含むことを特徴とする、香料のスクリーニング方法。
(7) 被験動物がげっ歯類である、(6)記載の方法。
本発明はまた、以下の方法を提供する。
(8) (a)被験動物に被験物質を投与する工程、
(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程、
(c)被験動物のすくみ時間、体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを測定する工程、
(d)すくみ時間を短縮する、体表面温度の低下を抑制する、体深部温度の低下を抑制する、又は心拍数の低下を抑制する被験物質を選択する工程を含むことを特徴とする、精神疾患の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
(9) 被験動物がげっ歯類である、(8)記載の方法。
(10) (a)被験動物を被験物質に曝露する工程、
(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程、
(c)被験動物のすくみ時間、体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを測定する工程、
(d)すくみ時間を短縮する、体表面温度の低下を抑制する、体深部温度の低下を抑制する、又は心拍数の低下を抑制する被験物質を選択する工程を含むことを特徴とする、香料のスクリーニング方法。
(11) 被験動物がげっ歯類である、(10)記載の方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、恐怖情動の誘発に用いる匂い分子の種類を選択することで、様々な強度の恐怖情動を定量的に誘発することが可能である(図1参照)。先天的な恐怖情動は、後天的な恐怖情動と異なり繰り返し刺激によっての馴化が起こらないことが明らかになった(図2参照)。本発明による先天的な恐怖情動の誘発技術は、消去が困難なことが問題となっているPTSDなどの精神疾患の治療薬のスクリーニングの目的に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、各種化合物のすくみ時間(不動時間)を測定した結果を示す図である(実施例1)。
図2図2は、アニソールによる後天的な恐怖情動を誘発したマウスと、2MT(2−メチル−2−チアゾリン)による先天的な恐怖情動を誘発したマウスにおける、すくみ時間(不動時間)と体表面温度の推移を示す図である(実施例2)。
図3図3は、すくみ時間、体表面温度、体深部温度及び心拍数を測定した結果を示す図である(実施例3)。
図4図4は、恐怖情動を誘発する匂いに対する馴化試験を実施した結果を示す図である(実施例4)。図中、黒線は2MTを嗅がせた際のすくみ時間の推移を示す。白線はアニソールの匂いで恐怖学習させたマウスにアニソールを嗅がせた際のすくみ時間の推移を示す。各値は平均±標準誤差を示す。
図5図5は、本発明のスクリーニング方法に使用される装置の模式図を示す。
図6図6は、生理食塩水(vehicle)、ケタミン、メマンチンをそれぞれ投与した群の1分ごとのすくみ時間の割合(%)を折れ線グラフで示す(実施例6)。
図7A図7Aは、恐怖臭として2−メチル−2−チアゾリンを用いた試験の結果を示す(実施例7)。図7Aでは10分ごとのすくみ時間の平均±標準誤差を棒グラフで示す。
図7B図7Bは、恐怖臭として2−メチル−2−チアゾリンを用いた試験の結果を示す(実施例7)。図7Bではそれぞれの化合物毎に各時間におけるすくみ時間を1−10分のすくみ時間の平均で引いた差分の平均±標準誤差を棒グラフで示す。
図8A図8Aは、恐怖臭として2,4,5−トリメチルチアゾールを用いた試験の結果を示す(実施例7)。図8Aでは10分ごとのすくみ時間の平均±標準誤差を棒グラフで示す。
図8B図8Bは、恐怖臭として2,4,5−トリメチルチアゾールを用いた試験の結果を示す(実施例7)。図8Bではそれぞれの化合物毎に各時間におけるすくみ時間を1−10分のすくみ時間の平均で引いた差分の平均±標準誤差を棒グラフで示す。
図9A図9Aは、恐怖臭として後天的な恐怖の匂いであるアニソールを用いた試験の結果を示す(実施例7)。図9Aでは10分ごとのすくみ時間の平均±標準誤差を棒グラフで示す。
図9B図9Bは、恐怖臭として後天的な恐怖の匂いであるアニソールを用いた試験の結果を示す(実施例7)。図9Bではそれぞれの化合物毎に各時間におけるすくみ時間を1−10分のすくみ時間の平均で引いた差分の平均±標準誤差を棒グラフで示す。
図10図10は、恐怖臭によって誘発されるFreezing行動に対する向精神薬の効果を計測した結果を示す(実施例8)。
図11図11は、恐怖臭によって誘発される、心拍数の低下と、体深部温度の低下に対する向精神薬の効果を計測した結果を示す(実施例9)。
図12図12は、恐怖臭によって誘発される、Freezing行動、心拍数の低下、体深部温度の低下に対する、向精神薬の効果を計測した結果を示す(実施例10)。
図13図13は、メマンチンやMK801を扁桃体に注入した際のFreezing行動、心拍数、体深部温度への影響を計測した結果を示す(実施例11)。
図14図14は、恐怖臭によって誘発される体表面温度の低下に対する向精神薬の効果を計測した結果を示す(実施例12)。
図15図15は、恐怖臭に対するブタの体深部温度の変化を計測した結果を示す(実施例15)。
図16図16は、恐怖臭に対するブタの体表面温度の変化を計測した結果を示す(実施例16)。
図17図17は、恐怖臭によって誘発される、ブタのFreezing行動(a)および流涎(b)に対する向精神薬の効果を観察した結果を示す(実施例17)。
【発明を実施するための形態】
【0008】
恐怖情動は様々な感覚入力によって先天的や後天的に誘発することができる。例えば、危険なほど高い場所にいることを視覚によって感知すると恐怖を感じる(高所の恐怖)。身動きできないほど狭い場所に閉じ込められたことを視覚や触覚で感知すると恐怖を感じる(閉所の恐怖)。草食動物は天敵である肉食動物の発生する匂いを嗅覚で感知すると恐怖を感じる(天敵臭の恐怖)。これらの恐怖は生まれながらにして人や動物が危険な物を避けるために獲得した先天的な恐怖である(参考文献1:Nature vol.450, p503-508 (2007))。これに対して、ある場所で危険な経験をした後にはその場所に対して恐怖を感じるなどの例で示すような、後天的に獲得した恐怖もある。これまでに行われた研究では、様々な感覚入力が脳の恐怖中枢を活性化することで共通の恐怖情動が生成されると考えられている。これに対して、本発明者らは恐怖情動には誘発した感覚入力の種類や、誘発した方法が先天的か後天的かの違いによって異なる種類の生理応答を示すことを初めて解明した(図3参照)。特に、本発明によって初めて誘発が可能になった匂い分子に対する先天的な恐怖情動は、これまでの技術によって誘発可能であった後天的な恐怖情動とは異なる神経メカニズムによって処理され、異なる生理応答を伴うという意味で全く新しい恐怖であると考えられる。
【0009】
これまでの技術によって誘発可能であった後天的な恐怖情動は、すくみ行動、ストレスホルモンの分泌などを指標にして定量的に計測することができる。本発明の匂い分子を用いて誘発した先天的な恐怖情動は、すくみ行動や、ストレスホルモンの分泌などの従来の指標を用いる限りは後天的な恐怖情動と区別することはできない。しかし、匂い分子による先天的な恐怖情動は、後天的な恐怖情動と異なり、体表面温度の低下、体深部温度の低下、及び心拍数の低下を伴うことを本発明者らは発見した。従って、体表面温度、体深部温度又は心拍数の低下を指標にすることで、先天的と後天的な恐怖情動を分離して測定することができる(図3参照)。
【0010】
本発明によれば、特定の匂い分子を用いることで、従来の技術で誘発できる後天的な恐怖情動とは全く異なる性質を持つ先天的な恐怖情動の誘発が可能となる。
【0011】
図1に示すように、2−メチル−2−チアゾリンなどの匂い分子を用いることで、TMTを用いたこれまでの技術でも誘発することができた恐怖情動に比較して10倍以上の強度で先天的な恐怖情動を誘発することが可能である。
【0012】
また、従来の技術では様々な強度の先天的な恐怖情動を定量的に誘発することは困難であったが、本発明では図1に示す異なる種類の匂い分子を用いることで、特定の強度の恐怖情動を誘発することが可能である。
【0013】
従来の技術では、先天的と後天的な恐怖情動を区別することは不可能であったが、体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを指標として用いることで、先天的な恐怖情動を計測することが可能である。
【0014】
本発明のスクリーニング方法について、以下、詳細に説明する。
被験動物としては、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどのげっ歯類、ウサギ、ブタ、その他の哺乳類を使用することができる。好ましくは、マウスを使用することができる。被験動物の雌雄、週齢、体重については、特に制限はない。
【0015】
本発明の情動をコントロールする薬剤のスクリーニング方法において、(a)被験動物に被験物質を投与する工程、及び(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程の順番は限定されず、工程(a)の後に工程(b)を行ってもよく、工程(b)の後に工程(a)を行ってもよい。
【0016】
本発明の精神疾患の予防又は治療薬のスクリーニング方法において、(a)被験動物に被験物質を投与する工程、及び(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程の順番は限定されず、工程(a)の後に工程(b)を行ってもよく、工程(b)の後に工程(a)を行ってもよい。
【0017】
同様に、本発明の香料のスクリーニング方法において、(a)被験動物を被験物質に曝露する工程、及び(b)被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する工程の順番は限定されず、工程(a)の後に工程(b)を行ってもよく、工程(b)の後に工程(a)を行ってもよい。
【0018】
被験物質の投与は、被験物質の種類に合わせて、経口投与、静脈内投与、腹腔内投与、経皮投与などにより行うことができる。被験物質を経口投与する場合、被験物質を水又は有機溶媒に溶解して投与することができる。被験物質の投与量は、被験動物の種類、被験物質の種類、投与方法により適宜変更することができる。例えば、マウスを用いて、被験物質を経口投与する場合、通常、約1μl〜約5ml、好ましくは約50μl〜500μlの被験物質を経口投与する。
【0019】
被験動物に被験物質を投与した後、被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露するまでの時間は、被験動物の種類、被験物質の投与方法により適宜変更することができる。例えば、マウスを用いて、被験物質を経口投与する場合、被験物質の経口投与の1分〜2年後、好ましくは5分〜1時間後に、先天的な恐怖情動を誘発する物質に被験動物を曝露する。
【0020】
被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露した後、被験動物に被験物質を投与するまでの時間は、被験動物の種類、被験物質の投与方法により適宜変更することができる。例えば、マウスを用いて、被験物質を経口投与する場合、先天的な恐怖情動を誘発する物質への曝露の1分〜2年後、好ましくは5分〜1時間後に、被験動物に被験物質を投与する。
【0021】
先天的な恐怖情動を誘発する物質は、通常、約1μmol〜30mmol又は0.1〜1000ppm、好ましくは約30μmol〜3mmol又は1〜100ppmの量で、被験動物に曝露する。
【0022】
香料をスクリーニングする場合、被験動物を被験物質に曝露する時間は、通常、10秒〜2年間、好ましくは10秒〜1日である。被験物質は、通常、約1nmol〜30mmol又は0.1〜1000ppm、好ましくは1μmol〜3mmol又は1〜100ppmの量で、被験動物に曝露する。
【0023】
香料をスクリーニングする場合、被験動物を被験物質に曝露した後、被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露するまでの時間は、被験動物の種類により適宜変更することができる。例えば、マウスを用いる場合、被験物質への曝露の1分〜2年後、好ましくは1分〜1時間後に、被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露する。
【0024】
香料をスクリーニングする場合、被験動物を先天的な恐怖情動を誘発する物質に曝露した後、被験動物を被験物質に曝露するまでの時間は、被験動物の種類により適宜変更することができる。例えば、マウスを用いる場合、先天的な恐怖情動を誘発する物質への曝露の1分〜2年後、好ましくは1分〜1時間後に、被験動物を被験物質に曝露する。
【0025】
すくみ時間とは、一定時間(例えば、2秒間)以上、被験動物が不動である時間として定義される。被験動物のすくみ時間は、例えば、行動解析用のカメラ、赤外線センサなどを用いて測定することができる。
【0026】
被験動物の体表面温度は、例えば、体表面温度計測用サーモグラフィーカメラなどを用いて測定することができる。
【0027】
体深部温度とは、体内の温度として定義される。被験動物の体深部温度は、例えば、被験動物に体深部温度計測送信機を埋め込むことにより測定することができる。
【0028】
被験動物の心拍数は、例えば、被験動物に心拍計測送信機を埋め込むことにより測定することができる。
【0029】
本発明のスクリーニング方法においては、すくみ時間、体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つの指標を測定すればよい。好ましくは、すくみ時間、体表面温度、体深部温度及び心拍数の全てを測定する。
【0030】
本発明の方法によりスクリーニングできる情動をコントロールする薬剤としては、精神疾患の予防又は治療薬が挙げられる。精神疾患としては、不安障害、うつ病、難治性うつ病、うつ状態、双極性障害、PTSD、統合失調症などが挙げられるが、これに限定されない。精神疾患の予防又は治療薬としては、抗不安薬、抗うつ薬、難治性うつ病の治療薬、気分安定薬、PTSDの治療薬、統合失調症の予防又は治療薬などが挙げられるが、これに限定されない。
【0031】
本発明の方法によりスクリーニングできる香料としては、リラックス効果を誘発する、鎮静、ストレス緩和、安眠促進などの作用を有する香料が挙げられる。
【0032】
情動をコントロールする薬剤のスクリーニング系として用いる際には、あらかじめ情動をコントロールする薬剤の候補物質を投与した被験動物群(以下、被験物質投与群という)と、被験物質を投与していない被験動物群(以下、コントロール群という)を用意し、それぞれの群に対して匂い分子による恐怖情動を誘発した際の行動(すくみ時間)や生理応答(体表面温度、体深部温度、心拍数)の変化を解析する。情動をコントロールする薬剤の候補物質が恐怖情動を特異的に阻害していない可能性を排除する目的で、先天的な恐怖情動を誘発しない匂い分子(例えば、アニソール)を発生させた際の行動や生理応答の変化も併せて解析する。
【0033】
コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、すくみ時間の変化(短縮又は増加、好ましくは短縮)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を、情動をコントロールする薬剤として選択することができる。
【0034】
コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、体表面温度の低下の調節(抑制又は増強、好ましくは抑制)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を、情動をコントロールする薬剤として選択することができる。
【0035】
コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、体深部温度の低下の調節(抑制又は増強、好ましくは抑制)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を、情動をコントロールする薬剤として選択することができる。
【0036】
コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、心拍数の低下の調節(抑制又は増強、好ましくは抑制)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を、情動をコントロールする薬剤として選択することができる。
【0037】
抗不安薬などの精神疾患の予防又は治療薬のスクリーニング系として用いる際には、あらかじめ抗不安薬などの精神疾患の予防又は治療薬の候補物質を投与した被験動物群(以下、被験物質投与群という)と、被験物質を投与していない被験動物群(以下、コントロール群という)を用意し、それぞれの群に対して匂い分子による恐怖情動を誘発した際の行動(すくみ時間)や生理応答(体表面温度、体深部温度、心拍数)の変化を解析する。抗不安薬などの精神疾患の予防又は治療薬の候補物質が恐怖情動を特異的に阻害していない可能性を排除する目的で、先天的な恐怖情動を誘発しない匂い分子(例えば、アニソール)を発生させた際の行動や生理応答の変化も併せて解析する。
【0038】
コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、すくみ時間の変化(短縮又は増加、好ましくは短縮)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を精神疾患の予防又は治療薬として選択することができる。
【0039】
コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、体表面温度の低下の調節(抑制又は増強、好ましくは抑制)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を精神疾患の予防又は治療薬として選択することができる。
【0040】
コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、体深部温度の低下の調節(抑制又は増強、好ましくは抑制)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を精神疾患の予防又は治療薬として選択することができる。
【0041】
特に、コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、体深部温度の低下の抑制が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を抗うつ薬(難治性うつ病の治療薬を含む)として選択することができる。
【0042】
コントロール群と被験物質投与群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、心拍数の低下の調節(抑制又は増強、好ましくは抑制)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を精神疾患の予防又は治療薬として選択することができる。
【0043】
香料などのリラックス効果を計測する際には、解析する対照となる香料などをあらかじめ試験動物に嗅がせるなどして作用させるか、防音箱中に入れる等の措置をした場合と、香料などを作用させる措置をしなかった場合における、恐怖応答(すくみ時間、体表面温度、体深部温度、心拍数)の変化を定量的に解析する。
【0044】
被験物質に曝露していない被験動物群(以下、コントロール群という)と被験物質に曝露した被験動物群(以下、被験物質曝露群という)をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、すくみ時間の変化(短縮又は増加、好ましくは短縮)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を有効な香料として選択することができる。
【0045】
コントロール群と被験物質曝露群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、体表面温度の低下の調節(抑制又は増強、好ましくは抑制)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を有効な香料として選択することができる。
【0046】
コントロール群と被験物質曝露群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、体深部温度の低下の調節(抑制又は増強、好ましくは抑制)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を有効な香料として選択することができる。
【0047】
コントロール群と被験物質曝露群をそれぞれ複数個体(少なくとも3匹、好ましくは8匹以上)解析し、心拍数の低下の調節(抑制又は増強)が統計的に有意と認められる場合に、被験物質を有効な香料として選択することができる。
【0048】
先天的な恐怖情動を誘発する物質としては、WO2011/096575に動物用忌避剤の有効成分として記載された化合物、2,4,5−トリメチルチアゾールが例示される。
【0049】
先天的な恐怖情動を誘発する物質の好ましい例としては、式(A)、(B)、(C)、(F)、(G)及び(H):
【0050】
【化1】
【0051】
(式中、
、R及びRはそれぞれ独立して水素、ハロゲン原子、C1−6アルキル基、C1−6ハロアルキル基、C1−6アルコキシ基、C1−6ハロアルコキシ基、ホルミル基、C1−6アルキル−カルボニル基、カルボキシル基、C1−6アルコキシカルボニル基、チオール基、C1−6アルキルチオ基、アミノ基、C1−6アルキルアミノ基、ジ(C1−6アルキル)アミノ基、−NRCOR又はオキソ基を示し、
及びRはそれぞれ独立して水素又はC1−6アルキル基を示す。
但し、式(A)においてR及びRはオキソ基ではなく、式(B)及び式(G)においてRはオキソ基ではなく、式(C)においてRとRが一緒になってオキソ基を形成してもよい。)
で示される化合物及び2,4,5−トリメチルチアゾールから選択される化合物又はその塩が挙げられる。
【0052】
式(A)、(B)、(C)、(F)、(G)及び(H)において、
が水素、ハロゲン原子(例、臭素原子)、C1−6アルキル基(例、メチル、エチル)又はC1−6アルキルチオ基(例、メチルチオ)を示し、
が水素又はC1−6アルキル基(例、メチル)を示し、
が水素又はC1−6アルキル基(例、メチル)を示す化合物又はその塩がより好ましい。
【0053】
式(A)の化合物の好ましい例としては、2−メチルチアゾール、2−エチルチアゾール、2−ブロモチアゾール、4−メチルチアゾール又は2,4−ジメチルチアゾールなどが挙げられる。
【0054】
式(B)の化合物の好ましい例としては、2−メチル−2−チアゾリン、2−メチルチオ−2−チアゾリン、4−メチル−2−チアゾリン又は2,4−ジメチル−2−チアゾリンなどが挙げられる。
【0055】
式(C)の化合物の好ましい例としては、チアゾリジン、2−メチルチアゾリジン、2,2−ジメチルチアゾリジン、4−メチルチアゾリジン又は2,4−ジメチルチアゾリジンなどが挙げられる。
【0056】
式(F)の化合物の好ましい例としては、チオモルホリンなどが挙げられる。
【0057】
式(G)の化合物の好ましい例としては、2,5−ジメチル−2−チアゾリン又は5−メチル−2−チアゾリンなどが挙げられる。
【0058】
式(H)の化合物の好ましい例としては、5−メチルチアゾリジンなどが挙げられる。
【0059】
先天的な恐怖情動を誘発する物質としては、2−メチル−2−チアゾリンが特に好ましい。
【0060】
上記化合物は、市販のものを利用でき、また自体公知の方法により得ることができる。
【0061】
本発明に係る化合物の塩としては、製薬学的に許容されるものであればあらゆるものが含まれるが、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩のようなアルカリ金属塩;マグネシウム塩、カルシウム塩のようなアルカリ土類金属塩;ジメチルアンモニウム塩、トリエチルアンモニウム塩のようなアンモニウム塩;塩酸塩、過塩素酸塩、硫酸塩、硝酸塩のような無機酸塩;酢酸塩、メタンスルホン酸塩のような有機酸塩などが挙げられる。
【0062】
本発明はまた、本発明のスクリーニング方法に使用されるスクリーニング用装置を提供する。
【0063】
本発明のスクリーニング用装置は、
被験動物を収容する飼育ケージ、
前記飼育ケージに接続された匂い分子発生装置、
前記飼育ケージに収容された被験動物の行動を検知するための検知手段、及び
前記飼育ケージに収容された被験動物の体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを計測する手段を備えることを特徴とする。
【0064】
本発明の装置は、精神疾患の予防若しくは治療薬、又は香料のスクリーニングに使用することができる。
【0065】
匂い分子発生装置は、ノズルを通して、飼育ケージ内に匂い分子を発生させることができる。
【0066】
被験動物の行動を検知するための検知手段としては、行動解析用のカメラ、赤外線センサなどを使用することができる。好ましくは行動解析用カメラを使用することができる。
【0067】
被験動物の体表面温度を計測する手段としては、好適には体表面温度計測用サーモグラフィーカメラを使用することができる。
【0068】
被験動物の体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを計測する手段としては、被験動物に心拍・体深部温度計測送信機を埋め込み、飼育ケージに隣接して設置した心拍・体深部温度計測受信機で、送信機から送信された心拍数・体深部温度の計測データを受信する手段が挙げられる。
【0069】
匂い分子発生装置、被験動物の行動を検知するための検知手段、及び被験動物の体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを計測する手段は、制御・解析用コンピューターに接続して制御することができる。
【0070】
飼育ケージは防音箱に収容されていることが好ましい。被験動物の行動を検知するための検知手段、並びに被験動物の体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを計測する手段は、防音箱に接続されていることが好ましい。防音箱には、排気ファン、照明などを設置することができる。
【実施例】
【0071】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【0072】
実施例1
ドラフト内に飼育ケージを設置しマウスを入れた。続いて、匂い分子270.6 μmolを滴下した濾紙を飼育ケージに入れた。その後の20分間の間にマウスがすくみ行動を示す時間の割合を、ビデオ解析ソフトを用いて算出した。すくみ時間とは2秒間の間マウスが不動であった時間として定義した。一種類の匂い分子に関して8匹以上のマウスを用いて実験を繰り返し、平均と標準誤差を算出した。結果を図1に示す。
【0073】
実施例2
後天的と先天的な恐怖情動に伴う生理応答の違いを計測するために、先天的と後天的なすくみ行動を誘発したマウスの体表面温度を、サーモグラフィーカメラを用いて計測した。後天的なすくみ行動を誘発するために、マウスにコントロールのオイゲノール(Eugenol)の匂いと、関連学習させるアニソール(Anisole)の匂いをランダムにそれぞれ6回嗅がせ、アニソールの匂いを嗅がせた場合のみ電気ショックを与えた。この操作によって、マウスはアニソールの匂いと電気ショックとを関連学習し、アニソールの匂いを嗅がせると後天的なすくみ行動が誘発できるようになる。
【0074】
ドラフト内に飼育ケージを設置しマウスを入れた。実験開始後0分の時点で匂い分子を滴下していない濾紙をケージに入れた。20分の時点で匂いのない濾紙をケージから取り除いた後に、コントロールの匂い分子であるオイゲノールを270.6 μmol染みこませた濾紙をケージに入れた。40分の時点でオイゲノールの染みこんだ濾紙を取り除き、後天的な恐怖情動を誘発するアニソール、又は、先天的な恐怖情動を誘発する2MT(2−メチル−2−チアゾリン)を270.6 μmol滴下した濾紙をケージに入れた。
【0075】
アニソールによる後天的な恐怖情動を誘発したマウスと、2MTによる先天的な恐怖情動を誘発したマウスにおける、すくみ時間(不動時間)及び体表面温度の推移を図2に示す。
【0076】
アニソールによる後天的な恐怖情動を誘発したマウスも、2MTによる先天的な恐怖情動を誘発したマウスも共に同等の時間経過や頻度のすくみ行動を示すが、2MTによる先天的な恐怖情動を誘発したマウスのみ体表面温度の低下が観察された。従って、体表面温度の低下は先天的な恐怖情動を特異的に計測する指標として用いることができる。
【0077】
実施例3
2−メチル−2−チアゾリン(2MT)、2,5−ジメチル−2−チアゾリン(2,5DMT)、又は2,4,5−トリメチル−3−チアゾリン(TMT)の匂いを実施例1に示した方法で嗅がせることで、先天的な恐怖情動を誘発した。実施例2に示す方法でアニソールの匂いと電気ショックとを関連学習させた後にアニソールを嗅がせることで、後天的な恐怖情動を誘発した。直径2.9cmのプラスチック製のチューブにマウスを押し込めることで身動きできない状態にすることで、拘束による先天的な恐怖情動を誘発した。図3のグラフでは、恐怖刺激を提示してから20分間のすくみ時間、体表面温度、体深部温度、心拍数の平均±標準誤差を示した。
【0078】
a. 2MT又は2,5DMTを用いたすくみ行動の誘発レベルは後天的に誘発したすくみ行動に匹敵する。これらのすくみ行動のレベルに比較して、既知のTMTを用いて誘発したすくみ行動のレベルは十分の一程度である。従って、本発明の匂い分子を用いることで、従来の技術では電子ショックとの関連学習を行う操作が必要であった高頻度のすくみ行動を、匂い分子を嗅がせるだけの操作で誘発できる。
【0079】
b. aで示した4つの条件と、拘束によって先天的な恐怖情動を誘発した条件のマウスの体表面温度をサーモグラフィーカメラを用いて解析した。2MT又は2,5DMTを用いて先天的に誘発した恐怖情動では2℃程度、TMTを用いて先天的に誘発した恐怖情動では0.6℃程度、体表面温度が低下した。後天的に誘発した恐怖情動では体表面温度の低下は0.2℃程度に過ぎない。拘束による先天的な恐怖情動では5℃程度も体表面温度が低下する。以上の実験結果から、体表面温度は先天的な恐怖情動を計測する指標として使用できることが初めて明らかになった。
【0080】
c,d. 体内埋め込み型の無線体温、心拍数計測装置を用いて体深部温度と心拍数を計測した。
【0081】
c. 2MT又は2,5DMTによって誘発した先天的な恐怖情動では2℃程度、TMTを用いて先天的に誘発した恐怖情動では0.2℃程度、体深部温度が低下した。これに対して、後天的に誘発した恐怖情動では0.2℃程度体深部温度が上昇した。拘束による先天的な恐怖情動では1.4℃程度、体深部温度が低下した。以上の結果から、体深部温度の低下は先天的な恐怖情動を計測する指標として使用できることが初めて明らかになった。
【0082】
d. 2MT又は2,5DMTによって誘発した先天的な恐怖情動では250bpm(beat per min)程度、TMTを用いて先天的に誘発した恐怖情動では70bpm程度、心拍数が低下した。拘束による先天的に誘発した恐怖情動では40bpm程度、心拍数が低下した。後天的に誘発した恐怖情動では10bpm程度しか心拍数が低下しなかった。以上の結果から、心拍数の低下は先天的な恐怖を計測する指標として使用できることが初めて明らかになった。
【0083】
実施例4
先天的な恐怖情動を誘発する2−メチル−2−チアゾリン(黒)と、電気ショックと関連学習によって後天的な恐怖を獲得したアニソール(白)を1日1回連続して8日間嗅がせ続けた際のすくみ時間(不動時間)を比較した。ドラフト内に入れた飼育ケージにマウスを入れた後に、1.5cm四方に切った濾紙に匂い分子(270.6 μmol)を染みこませたものをケージの中に入れた。20分間の計測時間におけるマウス(N=8)のすくみ時間を計測した。結果を図4に示す。1日目のすくみ時間と2日目以降のすくみ時間に関してStudent-t検定を行った。*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001で、それぞれ有意差があることを表す。後天的な恐怖の匂いによるすくみ行動(Freezing)の頻度は徐々に低下するが(恐怖の消去)、「恐怖臭」による先天的なすくみ行動(Freezing)の頻度は徐々に上昇することが判明した(恐怖の強化)。この実験結果から、消去のし易さという点で先天的と後天的な恐怖情動は明らかに異なる性質を持つことが明らかになった。
【0084】
実施例5
本発明のスクリーニング用装置の一例の模式図を図5に示す。防音箱(a)の中に飼育ケージ(d)を入れる。防音箱にはすくみ行動解析用カメラ(b)と、体表面温度計測用サーモグラフィーカメラ(c)、排気ファン(g)、照明(h)、及び心拍・体深部温度計測受信装置(i)を設置する。飼育ケージの底部から、匂い分子発生装置(e)に繋がるノズル(f)を通して、図1に示す様々な匂い分子を単一または複合して発生させる。匂い分子発生装置と各種解析装置は制御・解析用コンピューター(k)で制御する。恐怖情動の測定を開始する前に、飼育ケージ(d)の中に、心拍・体深部温度計測送信機(j)を埋め込んだ被験動物を入れる。被験動物としてはマウス、ラット、モルモット、ハムスターなどのげっ歯類、ウサギ、その他の哺乳類が使用できる。特定の時間に匂い分子を発生させ、すくみ時間、体表面温度、体深部温度及び心拍数から選ばれる少なくとも1つを計測することで、恐怖情動を定量的に計測する。
【0085】
実施例6
生理食塩水(vehicle)、ケタミン(Ketamine) (5 mg/kg)、メマンチン(Memantine) (25 mg/kg)をそれぞれマウス(N=6)腹腔内に投与し、30分後にマウスをテストケージに移した。テストケージでは0−10分は匂いなし、11−20分はコントロールとしてオイゲノール(Eugenol) (270.6 μmol)の匂いを、21−40分は恐怖臭の匂いを実施例1に示した方法で与えた。この実施例では恐怖臭として2−メチル−2−チアゾリン(2-Methyl-2-thiazoline) (270.6 μmol)を用いた。テストケージにマウスを移してから40分間のすくみ時間(Freezing)を計測し、1分ごとのすくみ時間の割合(%)を折れ線グラフで示した(図6)。ケタミンを投与した群ではvehicleに比較して変化がないが、メマンチンを投与した群では2−メチル−2−チアゾリンに対するすくみ行動が抑制された。
【0086】
実施例7
生理食塩水(vehicle)、ジアゼパム(Diazepam)、タンドスピロン(Tandospirone)、フルオキセチン(Fluoxetine)、デュロキセチン(Duloxetine)、クロザピン(Clozapine)、リスペリドン(Risperidone)、MK801、ケタミン(Ketamine)、CP101,606、リルゾール(Riluzole)、メマンチン(Memantine)の各化合物をマウス(N=6〜8)に投与した。MK801およびメマンチンは腹腔注射により投与し、それ以外の化合物は経口投与した。経口投与の場合は約1時間後、腹腔注射の場合は約30分後にマウスをテストケージに移した。テストケージでは実施例6と同様に0−10分は匂いなし、11−20分はコントロールとしてオイゲノール(270.6 μmol)の匂いを、21−40分は恐怖臭の匂いとして2−メチル−2−チアゾリン(270.6 μmol)を提示し、マウスのすくみ行動を観察した。図7Aでは10分ごとのすくみ時間の平均±標準誤差を、図7Bではそれぞれの化合物毎に各時間におけるすくみ時間を1−10分のすくみ時間の平均で引いた差分の平均±標準誤差を棒グラフで示した。それぞれの時間でvehicleと各化合物を与えた際のすくみ時間に関してStudent-t検定を行った。*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001で、それぞれ有意差があることを表す。
【0087】
生理食塩水(vehicle)、ジアゼパム(Diazepam)、タンドスピロン(Tandospirone)、フルオキセチン(Fluoxetine)、デュロキセチン(Duloxetine)、クロザピン(Clozapine)、リスペリドン(Risperidone)、MK801、ケタミン(Ketamine)、メマンチン(Memantine)の各化合物をマウス(N=6〜10)に経口、又は腹腔注射によって投与した。MK801およびメマンチンは腹腔注射により投与し、それ以外の化合物は経口投与した。経口投与の場合は約1時間後、腹腔注射の場合は約30分後にマウスをテストケージに移した。テストケージでは実施例6と同様に0−10分は匂いなし、11−20分はコントロールとしてオイゲノール(270.6 μmol)の匂いを、21−40分は恐怖臭を提示し、マウスのすくみ行動を観察した。この実施例では恐怖臭として、2,4,5−トリメチルチアゾール(270.6 μmol)を用いた。図8Aでは10分ごとのすくみ時間の平均±標準誤差を、図8Bではそれぞれの化合物毎に各時間におけるすくみ時間を1−10分のすくみ時間の平均で引いた差分の平均±標準誤差を棒グラフで示した。それぞれの時間でvehicleと各化合物を与えた際のすくみ時間に関してStudent-t検定を行った。*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001で、それぞれ有意差があることを表す。
【0088】
生理食塩水(vehicle)、ジアゼパム(Diazepam)、タンドスピロン(Tandospirone)、デュロキセチン(Duloxetine)、クロザピン(Clozapine)、リスペリドン(Risperidone)、MK801の各化合物をマウス(N=6〜10)に経口、又は腹腔注射によって投与した。MK801は腹腔注射により投与し、それ以外の化合物は経口投与した。経口投与の場合は約1時間後、腹腔注射の場合は約30分後にマウスをテストケージに移した。テストケージでは実施例6と同様に0−10分は匂いなし、11−20分はコントロールとしてオイゲノール(270.6 μmol)の匂いを、21−40分は恐怖臭の匂いを提示し、マウスのすくみ行動を観察した。この実施例ではマウスは予め、オイゲノールの匂いを与えた場合には電気ショックを与えず、アニソール(270.6 μmol)の匂いを与えた場合にのみ電気ショックを与えるという学習を行い、アニソールの匂いに対して後天的な恐怖を獲得するような訓練を施しており、恐怖臭として後天的な恐怖の匂いであるアニソールを用いた。図9Aでは10分ごとのすくみ時間の平均±標準誤差を、図9Bではそれぞれの化合物毎に各時間におけるすくみ時間を1−10分のすくみ時間の平均で引いた差分の平均±標準誤差を棒グラフで示した。それぞれの時間でvehicleと各化合物を与えた際のすくみ時間に関してStudent-t検定を行った。*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001で、それぞれ有意差があることを表す。
【0089】
実施例8
a 電気ショック(electrical foot shock: FC)とスパイスに由来する匂い分子(アニソール(Anisole))とを関連学習することで、アニソールを嗅がせると後天的なFreezing行動が誘発できる(Anis-FC)。b 2,4,5−トリメチル−チアゾール(2,4,5-trimethyl-thiazole)(245TMT)を嗅がせることで、弱いレベルの先天的なFreezing行動(Innate-low)を誘発できる。c 2−メチル−2−チアゾリン(2-methyl-2-thiazoline)(2MT)を嗅がせることで、強いレベルの先天的なFreezing行動(Innate-high)を誘発できる。
【0090】
a,b,cの方法で3種類の恐怖情動に伴うFreezing行動をマウスに誘発した。これらの3種類のFreezing行動に対する、様々な種類の向精神薬の効果を定量的に計測した。結果を図10に示す。向精神薬は経口投与(Oral)または腹腔内注射(IP)で投与した(N=6〜8)。使用した向精神薬は、抗不安薬ジアゼパム(Diazepam)(2種類の濃度)、抗うつ薬(フルオキセチン(Fluoxetine)、デュロキセチン(Duloxetine))、非定型抗精神病薬(リスペリドン(Risperidone) 2種類の濃度、クロザピン(Clozapine))、NMDA受容体の拮抗薬(メマンチン(Memantine)、MK801、ケタミン(Ketamine)、トラキソプロジル(Traxoprodil))であった。ジアゼパム、フルオキセチン、デュロキセチン、リスペリドン、クロザピンは経口投与、メマンチン、ケタミン、トラキソプロジルは腹腔内注射で投与した。それぞれの向精神薬の投与量も図10に示した。
【0091】
恐怖情動のレベルはFreezing行動の積算時間によって定量的に計測できる。コントロールとして生理食塩水を投与した条件に比較して、増加や減少したFreezing行動の積算時間を図10のグラフに示した(ΔFreezing %)。Freezingが増加したことは恐怖情動のレベルが増加したことを示す。向精神薬の投与によって、コントロール条件に比較して有意にFreezing積算時間が増加した場合には、#記号で示した(Student's t-test #: P<0.05, ##: P<0.01, ###: P<0.001)。逆に、向精神薬の投与によって、コントロール条件に比較して有意にFreezing積算時間が減少した場合には、*記号で示した(Student's t-test *: P<0.05, **: P<0.01, ***: P<0.001)。後天的なFreezing (Learned)に関しては、ジアゼパム (0.1 mg/kg)、フルオキセチン、リスペリドン (0.04 mg/kg)、メマンチンの投与によってFreezing積算継続時間が有意に低下した。また、ジアゼパム (3 mg/kg)の投与によってFreezing積算継続時間が有意に増加した。低レベルの先天的Freezing (Innate-Low)に関しては、ジアゼパム (3 mg/kg)、リスペリドン (0.3 mg/kg)、クロザピン、メマンチン、MK801の投与によってFreezing積算時間が有意に増加した。高レベルの先天的Freezing (Innate-High)に関しては、ジアゼパム (3 mg/kg)、リスペリドン (0.3 gm/kg)の投与によってFreezing積算時間が有意に増加した。逆に、メマンチン、MK801の投与によってFreezing積算継続時間が有意に低下した。
【0092】
以上の結果から、後天的なFreezing、低レベルの先天的Freezing、高レベルの先天的Freezingの3者のFreezing行動に対して与える向精神薬の影響は異なっていると結論できる。従って、恐怖臭を活用して異なる種類のFreezingを誘発することで向精神薬の薬効を分類して評価することが可能になる。
【0093】
実施例9
先天的な恐怖を誘発する匂い分子を活用して、高レベルの先天的な恐怖反応を誘発した条件では、Freezing行動の誘発に加え、心拍数の低下(ΔHeart rate)や体深部温度の低下(ΔCore temperature)も同時に誘発される。これらの高レベル先天的恐怖に特異的な生理応答を指標にすることで、向精神薬の薬効を評価することができる。2−メチル−2−チアゾリン(2-methyl-2-thiazoline) (2MT)によってマウスに誘発される心拍数の低下と、体深部温度の低下に対する各種向精神薬の影響を解析した。結果を図11に示す。向精神薬の種類、投与量および投与方法は実施例8と同様である(N=6〜8)。コントロール群には生理食塩水を投与した。向精神薬の投与によって、コントロール条件に比較して有意に心拍数または体深部温度の低下が増強された場合には、#記号で示した(Student's t-test #: P<0.05, ##: P<0.01, ###: P<0.001)。逆に、向精神薬の投与によって、コントロール条件に比較して有意に心拍数または体深部温度の低下が緩和された場合には、*記号で示した(Student's t-test *: P<0.05, **: P<0.01, ***: P<0.001)。ジアゼパム (3 mg/kg)、メマンチン、MK801、ケタミン、トラキソプロジルの投与は、2MTによって誘発される心拍数の低下を緩和した。心拍数の低下を指標にすると、これらの向精神薬は恐怖情動を緩和していることが示唆された。ジアゼパム (3 mg/kg)、MK801、ケタミン、トラキソプロジルの投与は、2MTによって誘発される体深部温度の低下を緩和した。逆に、リスペリドン (0.3 mg/kg)とメマンチンの投与は2MTによって誘発される体深部温度の低下を増強した。2MTによって誘発されるFreezing行動、心拍数の低下、体深部温度の低下はそれぞれ向精神薬に対する応答特異性が異なっている。従って、2MTによって誘発される行動や生理応答の向精神薬に対する影響を解析することで、向精神薬の効果をこれまでにない精度で分類し評価できる。
【0094】
実施例10
2−メチル−2−チアゾリン(2-methyl-2-thiazoline)によって誘発される、Freezing行動、心拍数の低下(ΔHeart rate)、体深部温度の低下(ΔCore temperature)に対する、NMDA受容体拮抗薬(メマンチン、MK801、ケタミン、トラキソプロジル)の影響を解析した。
【0095】
実験の手順を以下に示す。マウスに向精神薬またはコントロールの生理食塩水を腹腔内注射で投与した(N=6〜8)。向精神薬の投与量を図12に示す。続いて、マウスをテストケージに移し馴化させた。匂いをしみ込ませていない濾紙をテストケージに入れた(0-10 min)。続いて、先天的な恐怖情動を誘発しないコントロールの匂いであるスパイス臭 (オイゲノール(Eugenol))をしみ込ませた濾紙をテストケージに入れた(10-20 min)。オイゲノールをしみ込ませた濾紙を取り除いた後に、2−メチル−2−チアゾリン(2-methyl-2-thiazoline) (2MT)をしみ込ませた濾紙をテストケージに入れた(20-40 min)。5分ごとのFreezing行動、心拍数の低下、体深部温度の低下に対する各向精神薬の影響を解析した。結果を図12に示す。生理食塩水を投与した条件に比較して、より恐怖情動レベルが有意に上昇した(Freezing行動の上昇、心拍数と体深部温度低下の増強)場合を#記号で示した(Student's t-test #: P<0.05, ##: P<0.01, ###: P<0.001)。逆に、生理食塩水を投与した条件に比較して、より恐怖情動レベルが有意に上昇した(Freezing行動の低下、心拍数と体深部温度低下の緩和)場合を*記号で示した(Student's t-test *: P<0.05, **: P<0.01, ***: P<0.001)。メマンチン、MK801、ケタミン、トラキソプロジルの薬理効果を分離して計測することができた。
ケタミン、トラキソプロジルは難治性うつ病に対する治療効果があることが報告されている。これに対し、メマンチンはうつ病に対する治療効果がないと報告されており、MK801は様々な副作用を持つことが報告されている。メマンチンは2MTによって誘発される体深部温度の低下を増強し、MK801は匂いの無い条件やコントロールの匂いを嗅がせた条件で体深部温度を上昇させる副作用を持つことが明らかになった。これに対して、ケタミン、トラキソプロジルは匂い無しやコントロールの匂いを嗅がせた際の体深部温度には影響を与えず、2MTを嗅がせた際の体深部温度の低下を特異的に抑制することが明らかになった。従って、2MTが誘発する体深部温度低下を指標にすることで、難治性うつ病やその他の精神疾患などに対する薬剤の効果を特異的に測定することができる。
【0096】
実施例11
メマンチンとMK801を扁桃体へ注入した際の影響を解析した。扁桃体は恐怖などの情動の中枢であると考えられている。マウスの扁桃体の位置にガイドカニューレを挿入し固定した。手術後マウスを1週間程度安静にした。その後、ガイドカニューレを通してメマンチンまたはMK801を注入した。コントロールとして生理食塩水を注入した。生理食塩水を扁桃体に注入した条件をコントロールとして、メマンチンやMK801を扁桃体に注入した際のFreezing行動、心拍数、体深部温度への影響を解析した。
【0097】
実験の手順を以下に示す。マウスに向精神薬またはコントロールの生理食塩水を投与した(N=6〜8)。向精神薬の投与量を図13に示す。続いて、マウスをテストケージに移し馴化させた。匂いをしみ込ませていない濾紙をテストケージに入れた(0-10 min)。続いて、先天的な恐怖情動を誘発しないコントロールの匂いであるスパイス臭 (オイゲノール)をしみ込ませた濾紙をテストケージに入れた(10-20 min)。オイゲノールをしみ込ませた濾紙を取り除いた後に、2-メチル-2-チアゾリン (2MT)をしみ込ませた濾紙をテストケージに入れた(20-40 min)。5分ごとのFreezing行動、心拍数の低下、体深部温度の低下に対する各向精神薬の影響を解析した。結果を図13に示す。生理食塩水を注入した条件に比較して、より恐怖情動レベルが有意に上昇した(Freezing行動の上昇、心拍数と体深部温度低下の増強)場合を#記号で示した(Student's t-test #: P<0.05, ##: P<0.01, ###: P<0.001)。逆に、生理食塩水を注入した条件に比較して、より恐怖情動レベルが有意に上昇した(Freezing行動の低下、心拍数と体深部温度低下の緩和)場合を*記号で示した(Student's t-test *: P<0.05, **: P<0.01, ***: P<0.001)。メマンチンとMK801の薬効の違いを扁桃体に注入した条件でも区別して評価できた。
【0098】
実施例12
恐怖臭が誘発する体表面温度の低下に対する向精神薬の影響を解析した。実験開始数日前に、マウスの背中の体毛を除毛クリームを用いて除去した。マウスに向精神薬(ジアゼパム (3 mg/kg)、メマンチン (25 mg/kg)、MK801 (0.1 mg/kg)、ケタミン (5 mg/kg)、トラキソプロジル (30 mg/kg))またはコントロールの生理食塩水(Vehicle)を腹腔内注射した(N=8)。テストケージにマウスを導入し馴化した後に、匂いなしの条件(No odor)、その後に、2MTを嗅がせた条件(2MT)での体表面温度をサーモグラフィーカメラを用いて計測した。
【0099】
結果を図14に示す。a (匂いなしの条件), b (2MTを嗅がせた条件)において、コントロールに比較して体表面温度が有意に低下している場合を#記号で示した(Student's t-test #: P<0.05, ##: P<0.01, ###: P<0.001)。逆に、コントロールに比較して体表面温度が有意に上昇している場合を*記号で示した(Student's t-test *: P<0.05, **: P<0.01, ***: P<0.001)。また、匂いなしの条件に比較した2MT条件における体表面温度の差分を計算した(c, 2MT - No odor)。体表面温度の低下が有意に縮小した場合を*記号で示した(Student's t-test *: P<0.05, **: P<0.01, ***: P<0.001)。恐怖臭によって誘発される体表面温度の低下を指標にしても、向精神薬の薬効を分類できた。
【0100】
実施例13
犬座はブタが犬のお座りのような姿勢をとることを示し、ブタのストレス反応の一種であると考えられている。2MTを嗅がせた後には、ブタは犬座の姿勢をとることが頻繁に観察された。一方でスパイスの匂い(オイゲノール)を嗅がせる条件では犬座は認められなかった。ブタは2MTの匂いに対してストレスを感じていると考えられる。
【0101】
実施例14
Freezing行動はマウスなどのげっ歯類が身をすくませて動かなくなる行動で、天敵である捕食動物に発見されることを防ぐための恐怖応答の一種であると考えられている。245TMT (2,4,5-trimethyl-thiazole)と2MT (2-methyl-2-thiazoline)を嗅がせた際のブタの行動をビデオカメラで撮影した。245TMTを嗅がせた条件でもブタはおとなしくしているものの、顔や鼻先の方向を動かしている。また、ブタは4本の脚で立ちあがっている。これに対して、2MTを嗅がせた条件では、ブタはFreezing様行動を示し、顔や鼻先の方向を変えることもほとんどしない。また、ブタは立ち上がることができずに伏せてしまっている。2MTはこのブタに対してFreezing行動を誘発していると考えられる。従って、ブタは2MTに対して恐怖を感じていると考えられる。
【0102】
実施例15
ブタの恐怖臭に対する体深部温度の変化を解析した。ブタの体内には実験の1週間以上前に無線式体温測定装置を埋め込んだ。ブタを飼育ケージから蓋つきの移動用ケージに移し、匂いの無い条件(白)、または2MTを嗅がせた条件(黒)で10分間放置し、この間の体深部温度の変化を無線式体温測定装置で計測した(N=3)。2MTは、1 mlの2MTをしみ込ませたコットンを移動用ケージの前面および両側面に4枚ずつ、計12枚を貼り付けることで匂いを嗅がせた。結果を図15に示す。図15のグラフにはそれぞれの条件での体深部温度の変動の平均±標準誤差を示した。***は匂いのない条件に比較して体深部温度が有意に低下していることを示している(Student's t-test ***: P<0.001)。2MTは体深部温度の低下を指標に計測される先天的恐怖情動をブタにおいても誘発すると考えられる。
【0103】
実施例16
ブタの恐怖臭に対する体表面温度の変化を解析した。体表面温度は、ブタの鼻先の温度を赤外線サーモグラフィーカメラを用いて計測した。ブタを飼育ケージから蓋つきの移動用ケージに移し、匂いの無い条件(白)、または2MTを嗅がせた条件(黒)で10分間放置し、鼻先の体表面温度を計測した(N=3)。2MTは実施例15と同様の方法でブタに嗅がせた。結果を図16に示す。図16のグラフには鼻先の体表面温度の平均±標準誤差を示した。***は匂いのない条件に比較して体表面温度が有意に上昇していることを示している(Student's t-test ***: P<0.001)。2MTは鼻先の体表面温度を大幅に上昇させる効果を持つ。ブタは2MTに対して、犬座やすくみ行動などの恐怖関連行動を示し(実施例13、14)、また先天的恐怖の指標である体深部温度の低下が認められる(実施例15)などの恐怖応答を示した。従って、ブタは2MTに対して先天的な恐怖を感じていると推定できる。2MTに対して先天的恐怖を感じたブタにおいて、鼻先の体表面温度が上昇することから、ブタにおいては鼻先の体表面温度の上昇が先天的な恐怖の指標になる可能性がある。
【0104】
実施例17
ブタにスパイスの匂い(オイゲノール)を嗅がせた条件、2MTを嗅がせた条件、向精神薬(MK801またはジアゼパム)を1 mg/kgの投与量で静脈内注射により投与した上で2MTを嗅がせた条件でブタの行動をビデオカメラで撮影し、行動(a)および流涎(b)の変化を解析した。
【0105】
ブタの行動を0−2にスコア化した。通常の行動レベルが0とし、スコアが大きくなるほど不動時間が多く、すなわちFreezing行動が多いと定義した。ビデオカメラの映像をもとに、ブタの各個体の行動にスコアを付けた。各条件における行動のスコアの平均±標準誤差を図17(a)のグラフに示した(N=6)。*記号は図中に示した群間での有意差を示している(Student's t-test, *: P<0.05, ***: P<0.001)。
【0106】
流涎の状態を0−3にスコア化した。流涎が通常のレベルを0とし、流涎の量が最大の状態を3と定義した。ビデオカメラの映像をもとに、ブタの各個体の流涎のレベルにスコアを付けた。各条件における流涎のスコアの平均±標準誤差を図17(b)のグラフに示した。*記号は図中に示した群間での有意差を示している(Student's t-test, ***: P<0.001)。
【0107】
ブタはスパイスの匂いに対してはFreezing行動のレベルが低いが、2MTを嗅がせるとFreezing行動のレベルが上昇する。また、ブタはスパイスの匂いを嗅がせた際には流涎のレベルが低いが、2MTを嗅がせると流涎のレベルが高くなることが観察された。恐怖臭が流涎を促すメカニズムは現時点では不明であるが、流涎の量は先天的恐怖を評価する指標となる可能性がある。向精神薬の投与により、Freezing行動および流涎のレベルに影響が観察された。Freezing行動および流涎のレベルを指標にしても向精神薬の薬効を分類できた。
【0108】
正常な恐怖情動は危険な対象や状況に遭遇した場面で、警戒心や身を守る行動を誘発するために必要である。しかし、異常な恐怖情動はPTSDや不安症などの精神疾患を引き起こす原因となる。恐怖情動に影響を与える薬剤は向精神薬として機能する可能性があるので、恐怖情動に着目することで向精神薬のスクリーニング系を構築できる。様々な手法で実験動物に恐怖情動を誘発し、恐怖情動の誘発レベルを行動実験などの方法によって計測する。この際に向精神薬候補の投与の有無の影響を解析することで、向精神薬候補の効果を解析できる。
【0109】
様々な感覚入力によって先天的と後天的に恐怖情動が誘発できる。本発明者らは人工物匂い分子ライブラリーをスクリーニングすることで、既知の肉食動物の分泌成分などに比較して、遙かに高い恐怖反応の誘発活性を持つ匂い分子群「恐怖臭」を初めて開発した(WO2011/096575)。ここで開発した恐怖臭によって誘発される先天的な恐怖反応は、これまでに詳しく解析されてきた電気ショックとの関連学習などによって誘発される後天的な恐怖反応とは異なる神経メカニズムによって制御されることが初めて明らかになった。特定の種類の恐怖臭による先天的な恐怖反応は、マウスにおいて強力なFreezing行動、体表面温度と体深部温度の3℃もの同時低下、心拍数の急速な半減などのこれまでに報告のない特異的な反応を伴う。また、脳の神経活動を解析する手法である全脳活性化マッピング法による解析の結果から、恐怖臭によって誘発した先天的な恐怖は扁桃体経路、線条体経路、中隔経路などを含む広範な脳領域の神経活動によって制御されることが明らかになっている。これらの特異的な生理応答や神経活動は、これまでに知られていた肉食動物の分泌物やその成分による先天的な恐怖や、後天的に誘発した恐怖では誘発できない。従って、本発明者らが開発した恐怖臭を用いることで、これまでにない新しい種類の恐怖情動反応が初めて誘発可能になった。従って、恐怖臭によって誘発される新たな恐怖情動の向精神薬候補に対する応答特異性を解析することで、これまでの方法とは異なる新たな向精神薬のスクリーニング方法が開発できると考えられる。
【0110】
実際に、本技術では恐怖臭を用いて誘発した先天的恐怖情動反応を指標にした新たな向精神薬スクリーニング系を開発した。恐怖臭によって誘発した恐怖情動にともなうFreezing行動やその他の生理応答に対する向精神薬の影響を解析した。その結果、先天的な恐怖情動に伴う各種生理応答やFreezing行動は、異なる種類の向精神薬によって影響を受けることが明らかになった。従来の技術で誘発した後天的なFreezingは様々な種類の向精神薬に対して影響を受けるので特異性が低い。これに対して、特定の種類の恐怖臭によって誘発されるFreezing行動は、多くの向精神薬によって影響を受けなかったが、向精神薬やその開発候補であるMK801やメマンチンなどの一部のNMDA受容体アンタゴニストによってのみ特異的に阻害された。後天的なFreezingは恐怖記憶の想起と恐怖情動の誘発によって制御される。従って、後天的なFreezing行動に対する向精神薬の影響は、恐怖記憶の想起に対するものなのか、恐怖情動自体に対するものなのかを区別できない。これに対して、恐怖臭による先天的な恐怖では記憶メカニズムを介さずに恐怖情動が直接誘発されるので、恐怖情動自体に対する向精神薬の影響を直接的に解析することができる。従って、本発明の方法は恐怖情動を直接的に計測できるという利点を持つと評価できる。
【0111】
また、特定の種類の恐怖臭を用いることで、(1)Freezing行動誘発、(2)体表面温度低下、(3)体深部温度低下、(4)心拍数低下を含む4種類以上の行動や生理指標が同時に変動し、これらの指標は異なる向精神薬に対する応答性を示す。従って、恐怖臭によって誘発される各種行動や生理応答は異なる分子ターゲットによる制御を受けていると考えられる。この特徴により、本発明の方法では恐怖臭を嗅がせるという1つの実験操作で、複数種類の情動応答に関与する分子ターゲットを対象にしたスクリーニングを実施することが可能となる。向精神薬の応答性を、異なる神経メカニズムによって制御される複数の行動を対象にした行動実験によって評価する行動バッテリーなどを用いた従来のスクリーニング技術でも、様々なターゲットを対象にしたスクリーニングは可能である。行動バッテリーを用いた技術では複数の異なる実験を実施する必要があるのに対して、本発明の方法では単一の実験でより迅速なスクリーニングを行うことが可能であるという点において優れている。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明の方法は、情動をコントロールする薬剤(例えば、精神疾患の予防又は治療薬)、リラックス効果を誘発する香料などをスクリーニングする方法として有用である。
【0113】
本出願は、日本で出願された特願2012−256514を基礎としており、その内容は本明細書にすべて包含される。
【符号の説明】
【0114】
a:防音箱
b:すくみ行動解析用カメラ
c:体表面温度計測用サーモグラフィーカメラ
d:飼育ケージ
e:匂い分子発生装置
f:ノズル
g:排気ファン
h:照明
i:心拍・体深部温度計測受信装置
j:心拍・体深部温度計測送信機
k:制御・解析用コンピューター
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17