(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、特許文献1に係るディスクの外周面は、頂部よりも燃焼室側とクランク室側とで異なる湾曲面で形成されている。詳しくは、外周面を周方向に直交する平面で切断したときに、燃焼室側の湾曲面の断面形状とクランク室側の湾曲面の断面形状とは、異なる2次曲線で形成されている。そして、これらの湾曲面は頂部で連結されており、その連結部、即ち、頂部は、エッジ形状となっている。
【0005】
頂部がエッジ形状となると、頂部の面圧が高くなりすぎて、頂部が摩耗してしまう虞がある。特にピストンが上死点又は下死点のように摺動速度が0となるときには、頂部とシリンダ内周面とが接触してしまう虞があり、そうすると、シリンダ内周面にも摩耗が生じてしまう。頂部やシリンダ内周面に摩耗が生じると、オイル消費が増大してしまう。また、油膜が薄すぎたり、ディスクとシリンダ内周面とが接触してしまうと、摺動抵抗が増大してしまう。
【0006】
さらに、特許文献1に係るディスクの外周面の頂部近傍では、燃焼室側の湾曲面の方がクランク室側の湾曲面よりもシリンダ内周壁に対する傾斜が大きくなっている。一般的にオイルリングには、ピストンが燃焼室側へ移動する際には適切な厚みの油膜を形成する一方、ピストンがクランク室側のへ移動する際には不要な油を掻き落とす機能が求められる。しかしながら、特許文献1のディスクにおける頂部付近の燃焼室側の湾曲面は、シリンダ内周面に対する傾斜が大きいので、適切な厚みの油膜が形成されず、摺動抵抗が増大してしまう虞がある。
【0007】
ここに開示された技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、適切な油膜を形成し摺動抵抗を低減すると共にオイル消費を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ここに開示された技術は、エンジンのピストンのリング溝に装着されるオイルリングであって、所定の軸回りの円環状に形成され、軸方向に並んだ2つのリング本体と、前記リング本体を半径方向外側へ付勢するエキスパンダとを備え、前記リング本体の外周には、半径方向外側へ凸状に湾曲し、シリンダ内周面と摺動する摺動面が設けられ、前記2つのリング本体のうち少なくとも燃焼室側のリング本体の前記摺動面は、最大径となる頂部よりも燃焼室側の第1湾曲面と該頂部よりもクランク室側の第2湾曲面とを有し、前記摺動面を周方向に直交する平面で切断したときに、前記第1湾曲面と前記第2湾曲面とは、前記頂部において、それぞれの断面形状の接線が一致する状態でつながっており、前記第1湾曲面及び前記第2湾曲面の断面形状において、前記頂部から軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率を該頂部から軸方向への距離が同じ点で比べた場合に、前記第1湾曲面の前記変化率は、前記第2湾曲面の前記変化率よりも小さ
く、前記第1湾曲面及び前記第2湾曲面の前記断面形状は、円弧状であって、前記第1湾曲面の曲率半径は、前記第2湾曲面の曲率半径よりも大きくなっている。
【0009】
この構成によれば、第1湾曲面と第2湾曲面とは、頂部において、それぞれの断面形状の接線が一致する状態でつながっている。すなわち、第1湾曲面と第2湾曲面とが連結されている頂部は、湾曲状に形成され、エッジ形状となっていない。これにより、頂部の面圧が低減され、頂部の摩耗が抑制される。
【0010】
それに加えて、頂部から軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率を該頂部から軸方向への距離が同じ点で比べた場合に、第1湾曲面の変化率は、第2湾曲面の変化率よりも小さくなっている。つまり、第1湾曲面及び第2湾曲面は湾曲しているので、頂部から軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率は、湾曲面上の位置に応じて変化する。そこで、頂部から軸方向への距離が同じ点において第1湾曲面の変化率と第2湾曲面の変化率とを比較すると、第1湾曲面の変化率の方が第2湾曲面の変化率よりも小さくなっている。すなわち、第1湾曲面の方が第2湾曲面よりもシリンダ内周面に対する傾斜が小さくなっている。第1湾曲面は、ピストンが燃焼室側へ移動するときに進行方向前側に位置する面であり、油膜の形成に大きく寄与する。シリンダ内周面に対する第1湾曲面の傾斜を小さくすることによって、ピストンが燃焼室側へ移動するときに、摺動面とシリンダ内周面との間にくさび効果が発生しやすく、適切な厚みの油膜を形成できると共に、燃焼室への油の掻き上げを低減することができる。これにより、摺動抵抗を低減できると共に、オイル消費を低減することができる。
【0011】
一方、第2湾曲面は、ピストンがクランク室側へ移動するときに進行方向前側に位置する面であり、油の掻き落としに大きく寄与する。頂部から軸方向への距離が同じ点において第1湾曲面の変化率と第2湾曲面の変化率とを比較すると、第2湾曲面の変化率の方が第1湾曲面の変化率よりも大きくなっている。すなわち、第2湾曲面の方が第1湾曲面よりもシリンダ内周面に対する傾斜が大きくなっている。そのため、第2湾曲面のくさび効果は、第1湾曲面よりも小さく、むしろ、第2湾曲面は、油を掻き落とす効果が大きくなる。よって、ピストンがクランク室側へ移動するときに、油を効果的に掻き落とすことができ、オイル消費を低減することができる。
【0012】
このように、摺動面の形状によって燃焼室への油の掻き上げを低減し且つクランク室への効果的に油を掻き落とすことができるので、その分、オイルリングの半径方向外側への張力を低減することもできる。オイルリングの張力を低減することができれば、ピストンの摺動抵抗を低減することができる。
なお、前記第1湾曲面及び前記第2湾曲面の前記断面形状は、円弧状であって、前記第1湾曲面の曲率半径は、前記第2湾曲面の曲率半径よりも大きくなっている。つまり、第1湾曲面及び第2湾曲面の断面形状を円弧状とするとともに第1湾曲面の曲率半径を第2湾曲面の曲率半径よりも大きくした場合、頂部から軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率を頂部から軸方向への距離が同じ点で比べた場合に、第1湾曲面の変化率が第2湾曲面の変化率よりも小さくなる。また、第1湾曲面及び第2湾曲面の断面形状を円弧状とすることによって、第1湾曲面及び第2湾曲面を精度よく且つ容易に成形することができる。
【0013】
また、ここに開示された別の技術は、エンジンのピストンのリング溝に装着されるオイルリングであって、所定の軸回りの円環状に形成されたリング本体と、前記リング本体を半径方向外側へ付勢するエキスパンダとを備え、前記リング本体の外周には、軸方向に並んだ2つの円環状の摺動部を有し、前記摺動部は、半径方向外側へ凸状に湾曲し、シリンダ内周面と摺動する摺動面が設けられ、前記2つの摺動部のうち少なくとも燃焼室側の摺動部の前記摺動面は、最大径となる頂部よりも燃焼室側の第1湾曲面と該頂部よりもクランク室側の第2湾曲面とを有し、前記摺動面を周方向に直交する平面で切断したときに、前記第1湾曲面と前記第2湾曲面とは、前記頂部において、それぞれの断面形状の接線が一致する状態でつながっており、前記第1湾曲面及び前記第2湾曲面の断面形状において、前記頂部から軸方向への距離対する半径方向内側への変位の変化率を該頂部から軸方向への距離が同じ点で比べた場合に、前記第1湾曲面の前記変化率は、前記第2湾曲面の前記変化率よりも小さ
く、前記第1湾曲面及び前記第2湾曲面の前記断面形状は、円弧状であって、前記第1湾曲面の曲率半径は、前記第2湾曲面の曲率半径よりも大きくなっている。
【0014】
この構成によれば、リング本体に2つの円環状の摺動部が設けられている点で前述のオイルリングと異なる。ただし、2つの摺動部のうち少なくとも燃焼室側の摺動部の摺動面の構成は、前述のオイルリングにおける2つのリング本体のうち燃焼室側のリング本体の摺動面の構成と同様である。
【0015】
つまり、第1湾曲面と第2湾曲面との連結部である頂部を湾曲状に形成することによって、頂部の面圧が低減され、頂部の摩耗が抑制される。それに加えて、頂部から軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率を頂部から軸方向への距離が同じ点で比べた場合に、第1湾曲面の変化率を第2湾曲面の変化率よりも小さくすることによって、ピストンが燃焼室側へ移動するときには、燃焼室への油の掻き上げを低減しつつ適切な厚みの油膜を形成し、摺動抵抗を低減することができる一方、ピストンがクランク室側へ移動する時には油を効果的に掻き落とすことができる。
【0016】
さらに、前記第1湾曲面のうち前記頂部とは反対側の端部は、前記ピストンが前記燃焼室側へ移動する際に前記リング本体が前記リング溝内で最も傾いたときに、前記シリンダ内周面とは接触せず、該シリンダ内周面との間にくさび形状の隙間を形成するようになっていてもよい。
【0017】
リング本体は、ピストン移動時にリング溝内のクリアランスにより傾き得る。ピストンが燃焼室側へ移動する際には、リング本体は、シリンダ内周面との摩擦により、半径方向外側ほどクランク室側へ傾いた状態となる。そのため、リング本体のうちシリンダ内周面と接している(厳密には、油膜を介して間接的に接している)部分は、頂部ではなく、第1湾曲面上に位置する。ここで、第1湾曲面が狭ければ、リング本体は、第1湾曲面と軸方向の燃焼室側の側面とで形成される稜部においてシリンダ内周面と摺動してしまい、適切な油膜を形成することが困難となるばかりか、油を燃焼室へ掻き上げてしまう。また、リング本体とシリンダ内周面とが直接的に接触する虞もあり、リング本体及びシリンダ内周面が摩耗してしまう。それに対し、前記の構成によれば、第1湾曲面のうち頂部とは反対側の端部は、ピストンが燃焼室側へ移動する際にリング本体がリング溝内で最も傾いたとしても、シリンダ内周面とは接触せず、シリンダ内周面との間にくさび形状の隙間を形成する。つまり、第1湾曲面は、頂部とは反対側へ拡大されており、リング本体の最大傾き時においても、第1湾曲面と燃焼室側の側面との稜部がシリンダ内周面と接触しないようになっている。さらに、該稜部とシリンダ内周面とが接触しないだけでなく、第1湾曲面は、リング本体が最も傾いたときにシリンダ内周面との間にくさび形状の隙間が形成される程度の面積を有している。この第1湾曲面の端部におけるくさび効果により、リング本体が最大に傾いたときであっても、適切な厚みの油膜を形成することができる。
【0018】
また、前記第1湾曲面の曲率半径は、0.21〜0.45mmであり、前記第2湾曲面の曲率半径は、0.09〜0.15mmであってもよい。
【0020】
また、前記頂部は、前記摺動面における軸方向中央部よりもクランク室側にオフセットしていてもよい。
【0021】
この構成によれば、頂部を軸方向中央部よりもクランク室側へオフセットさせることによって、第1湾曲面を拡大することができる。第1湾曲面の、頂部から軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率は比較的小さいので、第1湾曲面は、頂部から軸方向へ離れても、半径方向内側への湾曲量は小さい。このように頂部から軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率が小さいと、ピストンが燃焼室側へ移動する際にリング本体が傾いたときに、第1湾曲面と燃焼室側の側面との稜部がシリンダ内周面に接触しやすくなる。それに対し、第1湾曲面を拡大することによって、ピストンが燃焼室側へ移動する際にリング本体が傾いたとしても、第1湾曲面とシリンダ内周面との接触を維持することができる。
【0022】
また、前記第1湾曲面の曲率半径は、前記リング本体の内周縁から前記頂部までの半径方向寸法以下であってもよい。
【0023】
つまり、ピストンの移動時に、リング本体は、その内周縁を中心にしてリング溝内で傾動する。そのため、第1湾曲面の曲率半径をリング本体の内周縁から頂部までの半径方向寸法以下とすることによって、リング本体が傾動したときに、シリンダ内周面からの抗力によりリング本体が半径方向内側に押し込まれること、即ち、リング本体の摺動抵抗の増大を防止することができる。つまり、第1湾曲面の曲率半径がリング本体の内周縁から頂部までの半径方向寸法以下の場合には、リング本体が傾動したときに、リング本体の内周縁から、第1湾曲面のうちシリンダ内周面と接触する部分までの半径方向距離は、リング本体の内周縁から頂部までの半径方向寸法よりも短くなる。そのため、リング本体がシリンダ内周面を押す押圧力が小さくなるので、リング本体の摺動抵抗が低減される。
【0024】
また、前記第1湾曲面の曲率の中心及び前記第2湾曲面の曲率の中心は共に、前記頂部を通り半径方向に延びる直線上に位置していることが好ましい。
【0025】
さらに、前記2つのリング本体のうちクランク室側のリング本体の前記摺動面は、前記第1湾曲面と前記第2湾曲面とを有していてもよい。
【0026】
つまり、2つのリング本体のうちクランク室側のリング本体は、ピストンがクランク室側へ移動する際の油の掻き落としに大きく寄与する。そして、クランク室側のリング本体は、燃焼室側に第1湾曲面が設けられ、クランク室側に第2湾曲面が設けられている。第2湾曲面は、第1湾曲面に比べてシリンダ内周面に対する傾斜が大きいので、油を掻き落とす効果が大きい。このように、クランク室側のリング本体において、クランク室側に第2湾曲面を設けることによって、効果的に油を掻き落とすことができる。
【発明の効果】
【0027】
前記オイルリングによれば、適切な油膜を形成し摺動抵抗を低減すると共にオイル消費を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、例示的な実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0030】
《発明の実施形態1》
図1に、実施形態1に係るオイルリング100の横断面図を示す。
図1の横断面図は、オイルリング100をその周方向に直交する平面で切断した断面図である。
図2に、オイルリング100が装着されたピストン80の模式図を示す。
図3に、サイドレール20の横断面図を示す。
図3の横断面図は、サイドレール20をその周方向に直交する平面で切断した断面図である。
【0031】
ピストン80には、3本のリング溝が形成されており、燃焼室S1側から1番目と2番目のリング溝には、コンプレッションリング81,81が装着されている。
【0032】
オイルリング100は、3番目のリング溝82(
図1参照)に装着されている。オイルリング100は、シリンダ内周面91と摺動する。オイルリング100の軸心であるX軸は、ピストン80の軸心と一致している。以下、特に断りが無い限り、「軸方向」とは、X軸に沿った方向を意味し、「半径方向」とは、X軸を中心とする半径方向を意味し、「周方向」とは、X軸回りの周方向を意味する。
【0033】
オイルリング100は、シリンダ内周面91と摺動する一対のサイドレール20,20と、サイドレール20,20を少なくとも半径方向外側へ付勢するスペーサエキスパンダ30とを備えている。オイルリング100は、いわゆる3ピース型のオイルリングである。尚、2つのサイドレール20,20を区別する場合には、燃焼室S1側のサイドレール20を第1サイドレール20Aと称し、クランク室S2側のサイドレール20を第2サイドレール20Bと称する。サイドレール20は、リング本体の一例である。スペーサエキスパンダ30は、エキスパンダの一例である。
【0034】
サイドレール20は、X軸回りの円環状に形成されている。サイドレール20は、合口を有し、即ち、円環の一部が切断された形状をしている。サイドレール20は、例えば、所定の断面形状を有する線条の鋼材を圧延し、曲げて形成することができる。その際、一対の平坦で且つ平行な側面を形成しつつ、内周面を半径方向内側へ、外周面を半径方向外側へ適宜な形状に膨出させる。外周面は、さらに研磨することによって所望の形状に加工することができる。サイドレール20の外周面には、外周面に沿った形状の硬質皮膜が設けられていてもよい。硬質皮膜は、例えば、硬質クロムめっき、窒化(GNR)、イオンプレーティング(PVD:物理気相成長)等の各種表面処理により施され得る。
【0035】
サイドレール20は、軸方向を向く一対の側面21,22と、両側面21,22を繋ぐ外周面23と、両側面21,22を繋ぐ内周面24とを有している。外周面23は、シリンダ内周面91と摺動する摺動面となっている。外周面23は、半径方向外側へ凸状な湾曲面となっている。内周面24は、半径方向内側へ凸状な湾曲面となっている。サイドレール20の、周方向に直交する平面で切断した断面形状は、全周に亘って一様となっている。
【0036】
スペーサエキスパンダ30は、サイドレール20,20を半径方向外側へ付勢する。スペーサエキスパンダ30は、X軸回りの円環状に形成されている。スペーサエキスパンダ30は、鋼材で形成され、半径方向内側及び外側へ弾性変形可能な環状に形成されている。スペーサエキスパンダ30には、軸方向の一方側へ突出する凸部と、軸方向の他方側へ陥没する凹部とが周方向において交互に配列された波形に形成されている。この波形部分がサイドレール20の座面となる。また、スペーサエキスパンダ30の内周縁には、サイドレール20の内周面24を押圧する耳部31,31が軸方向一方側と他方側とにそれぞれ突出するように設けられている。
【0037】
スペーサエキスパンダ30の波形部分の軸方向一方側と他方側とにサイドレール20,20がそれぞれ配置される。このとき、耳部31,31がそれぞれのサイドレール20の内周面に接触している。
【0038】
オイルリング100は、サイドレール20及びスペーサエキスパンダ30が半径方向内側に圧縮された状態で、リング溝82内に収容される。これにより、サイドレール20は、合口が略閉じた状態となる。また、スペーサエキスパンダ30は、耳部31,31によりサイドレール20,20を半径方向外側へ押圧している。
【0039】
ここで、耳部31のうち、サイドレール20の内周面と接触する部分は、X軸に対して傾斜した傾斜面となっている。詳しくは、耳部31の傾斜面は、軸方向への突出量が増加するほど半径方向内側に位置するように傾いている。そのため、耳部31に押圧されるサイドレール20は、半径方向外側に押圧されるだけでなく、リング溝82の側壁(軸方向を向く面)の方へも押圧される。その結果、サイドレール20は、シリンダ内周面91に接触すると共に、リング溝82の側壁にも接触する。
【0040】
このように構成されたオイルリング100は、ピストン80の移動時にシリンダ内周面91と摺動する。その際、オイルリング100は、シリンダ内周面91に適切な厚みの油膜を形成すると共に、不要な油を掻き落として回収する。
【0041】
続いて、サイドレール20の外周面23の形状について詳しく説明する。
図4に、サイドレール20の外周面23の拡大断面図を示す。尚、
図4では、断面のハッチングを省略している。
【0042】
外周面23には、シリンダ内周面91と摺動する摺動面25と、摺動面25と一方の側面21とを繋ぐ第1接続面23aと、摺動面25と他方の側面22とを繋ぐ第2接続面23bとが設けられている。摺動面25は、半径方向外側へ凸状に湾曲している。摺動面25は、最大径となる頂部Pよりも軸方向一方側の第1湾曲面26と、頂部Pよりも軸方向他方側の第2湾曲面27とを有している。頂部Pは、摺動面25の軸方向中央よりも軸方向他方側へオフセットしている。このように、摺動面25は、サイドレール20の軸方向中央部を通り、X軸に直交する平面に対して非対称な形状をしている。すなわち、
図4において、摺動面25は、上下非対称な形状をしている。
【0043】
具体的には、第1湾曲面26及び第2湾曲面27の、周方向に直交する平面で切断した断面形状は、円弧状に形成されている。そして、第1湾曲面26の断面形状の曲率半径R1は、第2湾曲面27の断面形状の曲率半径R2よりも大きい。例えば、曲率半径R1は、0.21〜0.45mmであり、曲率半径R2は、0.09〜0.15mmである。以下、特段の断りが無い限り、「曲率半径」という場合は、周方向に直交する平面で切断した断面形状の曲率半径を意味する。
【0044】
また、第1湾曲面26と第2湾曲面27とは、頂部Pにおいて、それぞれの断面形状の接線t1,t2が一致する状態でつながっている。つまり、第1湾曲面26の断面形状の頂部Pにおける接線t1は、X軸と平行に延びており、第2湾曲面27の断面形状の頂部Pにおける接線t2は、X軸と平行に延びている。その結果、第1湾曲面26と第2湾曲面27との連結部となる頂部P及びその周辺は、連続的に湾曲する湾曲面となっており、エッジ形状を有していない。尚、第1湾曲面26の曲率の中心C1及び第2湾曲面27の曲率の中心C2は共に、頂部Pを通り半径方向に延びる直線上に位置している。
【0045】
このように第1湾曲面26と第2湾曲面27との連結部を湾曲状に形成することによって、頂部Pの面圧が低下するので、摺動抵抗を低減することができると共に、頂部Pの摩耗及びシリンダ内周面91の摩耗を抑制することができる。特に、摺動速度が0となる、ピストン80の上死点及び下死点においては、頂部Pとシリンダ内周面91とが接触してしまう虞がある。それに対し、前記連結部を湾曲面とすることによって、絞り膜効果が発生し、頂部Pとシリンダ内周面91との接触を防止することができる。万が一、頂部Pとシリンダ内周面91とが接触したとしても、接触圧力を低減することができ、摺動抵抗及び摩耗を低減することができる。
【0046】
ここで、頂点Pから軸方向への距離をx(ただし、0≦xとする)とし、頂点Pから半径方向内側への距離をyとし、第1湾曲面26の断面形状がy=f1(x)、第2湾曲面27の断面形状がy=f2(x)で表されるとすると、本実施形態では、任意のx1(ただし、0≦x1<h2)に対して以下の式(1)が満たされる。
【0047】
f1’(x1)<f2’(x1) ・・・(1)
f1’(x)は、f1(x)の微分関数であり、f2’(x)は、f2(x)の微分関数である。この関係によれば、第1湾曲面26及び第2湾曲面27において、頂部Pから軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率を頂部Pから軸方向への距離が同じ点で比べた場合に、第1湾曲面26の変化率は、第2湾曲面27の変化率よりも小さくなっている。つまり、第1湾曲面26及び第2湾曲面27上の頂部Pからの距離が同じ任意の2点における接線の傾きを比べると、第1湾曲面26の接線の傾きの方が、第2湾曲面27の接線の傾きよりも小さくなっている。
【0048】
尚、本実施形態では、第1湾曲面26及び第2湾曲面27が円弧状であり、第1湾曲面26の曲率半径が第2湾曲面27の曲率半径よりも大きいので、前記式(1)が満たされる。
【0049】
ここで、適切な厚みの油膜を形成するためには、接線の傾きが小さいことが好ましい。接線の傾きが小さいと、くさび効果が発生しやすくなり、摺動面25とシリンダ内周面91との間に油が導入されて、適切な厚みの油膜を形成できる。一方、シリンダ内周面91に付着した油を掻くという観点からは、接線の傾きが大きいと、くさび効果が弱まり、油を掻く量が増加する一方、接線の傾きが小さいと、くさび効果が強まり、油を掻く量が低減する。
【0050】
本実施形態では、燃焼室S1側のサイドレール20は、第1湾曲面26を燃焼室S1側に、第2湾曲面27をクランク室S2側にしてスペーサエキスパンダ30の座面に配置されている。それに加えて、クランク室S2側のサイドレール20は、第1湾曲面26を燃焼室S1側に、第2湾曲面27をクランク室S2側にしてスペーサエキスパンダ30の座面に配置されている。燃焼室S1側の面は、ピストン80が燃焼室S1側へ移動する際に進行方向前側に位置する面であり、クランク室S2側の面は、ピストン80がクランク室S2側へ移動する際に進行方向前側に位置する面である。以下、「ピストン80が上昇する」という場合には、ピストン80が燃焼室S1側へ移動すること意味し、「ピストン80が下降する」いう場合には、ピストン80がクランク室S2側へ移動することを意味する。
【0051】
ピストン80が上昇する際には、燃焼室S1側の第1サイドレール20Aが油膜の形成に大きく寄与する。第1サイドレール20Aにおいては、ピストン80が上昇する際には、第1湾曲面26が進行方向前側に位置している。前述の如く、第1湾曲面26の接線の傾きは比較的小さいので、摺動面25とシリンダ内周面91との間に油が導入されやすく、適切な厚みの油膜が形成される。それと共に、燃焼室S1への油の掻き上げ量が低減される。つまり、ピストン80の上昇時には、適切な厚みの油膜が形成されることによって摺動抵抗が低減されると共に、燃焼室S1への油の掻き上げ量が低減される。
【0052】
尚、クランク室S2側の第2サイドレール20Bも油膜の形成に多少なりとも寄与する。第2サイドレール20Bにおいても、ピストン80が上昇する際には、第1湾曲面26が進行方向前側に位置している。そのため、第1サイドレール20Aと同様に、適切な厚みの油膜が形成されると共に、燃焼室S1への油の掻き上げ量が低減される。
【0053】
一方、ピストン80が下降する際には、クランク室S2側の第2サイドレール20Bが油の掻き落としに大きく寄与する。第2サイドレール20Bにおいては、ピストン80が下降する際には、第2湾曲面27が進行方向前側に位置している。前述の如く、第2湾曲面27の接線の傾きは比較的大きいので、くさび効果が弱く、摺動面25とシリンダ内周面91との間への油の導入量が低減され、むしろ、シリンダ内周面91に付着した油を効果的に掻き落とすことができる。つまり、ピストン80の下降時には、シリンダ内周面91に付着した油を効果的に掻き落とすことができる。
【0054】
尚、燃焼室S1側の第1サイドレール20Aも油の掻き落としに多少なりとも寄与する。第1サイドレール20Aにおいても、ピストン80が下降する際には、第2湾曲面27が進行方向前側に位置している。そのため、第2サイドレール20Bと同様に、シリンダ内周面91に付着した油を効果的に掻き落とすことができる。このように、第2サイドレール20Bと第1サイドレール20Aとの両方でシリンダ内周面91に付着した油を効果的に掻き落とすことができる。
【0055】
このように構成されたオイルリング100においては、ピストン80の移動時にサイドレール20,20がリング溝82内で傾動し得る。
図5に、ピストン80の上昇時のオイルリング100の模式図を示す。
図6に、ピストン80の下降時のオイルリング100の模式図を示す。
【0056】
詳しくは、
図5に示すように、リング溝82とオイルリング100との間には溝幅方向(即ち、軸方向)のクリアランスGがあり、サイドレール20は、リング溝82の溝幅方向へ僅かに移動することができる。このクリアランスGは、微小であり、例えば、0.1mm程度である。基本的には、サイドレール20は、スペーサエキスパンダ30の耳部31によりリング溝82の側壁へ押圧され、該側壁に接触している。ピストン80が移動すると、サイドレール20は、シリンダ内周面91に対して摺動し、シリンダ内周面91から進行方向とは反対向きの摩擦力を受ける。その結果、サイドレール20は、半径方向内側の部分がリング溝82の側壁に接触し、半径方向外側の部分ほど進行方向後側に位置するように傾斜する。
【0057】
図7に、クリアランスGと最大傾斜角θとの関係を示す。サイドレール20の最大傾斜角θは、リング溝82内におけるオイルリング100の軸方向のクリアランスGによって決まる。クリアランスGは微小であるため、最大傾斜角θは、クリアランスGに実質的に比例する。
【0058】
尚、このような傾動は、2つのサイドレール20のうちピストン80の進行方向前側のサイドレール20に生じ、進行方向後側のサイドレール20は、傾斜することなく、リング溝82の側壁に押し付けられた状態となる。例えば、ピストン80の上昇時には、
図5に示すように、第1サイドレール20Aが傾斜し、第2サイドレール20Bは、傾斜することなく、リング溝82の側壁に押し付けられた状態となっている。一方、ピストン80の下降時には、
図6に示すように、第2サイドレール20Bが傾斜し、第1サイドレール20Aは、傾斜することなく、リング溝82の溝壁に押し付けられた状態となっている。
【0059】
ここで、第1湾曲面26及び第2湾曲面27は、サイドレール20が最も傾斜した場合であっても、シリンダ内周面91の接点が第1湾曲面26上又は第2湾曲面27上に位置するだけの面積を有している。詳しくは、
図4に示すように、第1湾曲面26の断面形状は、頂部Pから最大傾斜角θだけ回転した点p1よりも軸方向一方側へ延びている。また、第2湾曲面27の断面形状は、頂部Pから最大傾斜角θだけ回転した点p2よりも軸方向他方側へ延びている。
【0060】
図8に、ピストン80の上昇時の第1サイドレール20Aの拡大断面図を示す。尚、
図8では、断面のハッチングを省略している。ピストン80の上昇時には、前述の如く、第1サイドレール20Aは、半径方向外側ほどクランク室S2側に位置するように傾斜するので、第1サイドレール20Aとシリンダ内周面91との接点は、頂部Pから第1湾曲面26上へ移動する。そして、第1サイドレール20Aがクランク室S2側へ最も傾いたときには、
図8に示すように、第1サイドレール20Aとシリンダ内周面91とは、第1湾曲面26上の点p1において接している。このように、第1サイドレール20Aがクランク室S2側へ最も傾いた場合であっても、シリンダ内周面91との接点は、第1湾曲面26上にある。これにより、端面21と第1接続面23aとで形成される稜部r1だけでなく第1接続面23aがシリンダ内周面91と接触することが防止される。
【0061】
図9に、ピストン80の下降時の第1サイドレール20Aの拡大断面図を示す。尚、
図9では、断面のハッチングを省略している。ピストン80の下降時には、前述の如く、第1サイドレール20Aは、半径方向外側ほど燃焼室S1側に位置するように傾斜するので、第1サイドレール20Aとシリンダ内周面91との接点は、頂部Pから第2湾曲面27上へ移動する。そして、第1サイドレール20Aが燃焼室S1側へ最も傾いたときには、
図9に示すように、第1サイドレール20Aとシリンダ内周面91とは、第2湾曲面27上の点p2において接している。このように、第1サイドレール20Aが燃焼室R2側へ最も傾いた場合であっても、シリンダ内周面91との接点は、第2湾曲面27上にある。これにより、端面22と第2接続面23bとで形成される稜部r2だけでなく第2接続面23bがシリンダ内周面91と接触することが防止される。
【0062】
ここで、第1湾曲面26は、曲率半径R1が大きいので、最大傾斜角θに相当する円弧の長さが長くなる。つまり、摺動面25の断面形状において、頂部Pから点p1までの長さは、頂部Pから点p2までの長さよりも長い。そこで、
図3に示すように、頂部Pをサイドレール20の軸方向中央Mよりも第2湾曲面27側へ偏心量eだけオフセットさせることによって、第1湾曲面26を拡大している。具体的には、第1湾曲面26の軸方向寸法h1は、第2湾曲面27の軸方向寸法h2よりも大きい。
【0063】
例えば、頂部Pがサイドレール20の軸方向中央部に位置する場合には、サイドレール20の最大傾斜角θに相当する第1湾曲面26の面積を確保できない場合もあり得る。その場合には、サイドレール20が最も傾いたときには、稜部r1だけでなく第1接続面23aがシリンダ内周面91と接触してしまう。それに対し、頂部Pを軸方向において第2湾曲面27側へオフセットさせることによって第1湾曲面26を拡大することができるので、最大傾斜角θに相当する第1湾曲面26の面積を確保しやすくなる。
【0064】
それに加えて、第1湾曲面26は、点p1から頂部Pまでの摺動部26aと、点p1から頂部Pと反対側の延長部26bとを有している。この延長部26bの断面形状の長さは、第2湾曲面27の断面形状における点p2から頂部Pと反対側の部分の長さ以上に長くなっている。詳しくは、第2湾曲面27に主として求められる機能は、シリンダ内周面91に付着した油を掻き落とすことである。そのため、第2湾曲面27は、稜部r2とシリンダ内周面91との接触を防止できるように、最大傾斜角θに相当する面積よりも少し余裕を持った面積があれば機能的には十分である。それに対し、第1湾曲面26に主として求められる機能は、適切な厚さの油膜形成である。第1湾曲面26は、ピストン80の下降時にシリンダ内周面91に形成された油膜を、ピストン80の上昇時に掻き上げることなく、該油膜に乗り上げることが好ましい。そのため、第1湾曲面26は、稜部r1とシリンダ内周面91との接触を防止さえできれば十分というわけではなく、適切なくさび効果により第1湾曲面26とシリンダ内周面91との間に適切な厚さの油膜を形成する必要がある。そのため、第1湾曲面26の延長部26bの断面形状は、サイドレール20がクランク室S2側へ最も傾いたときにシリンダ内周面91との間にくさび形状の隙間を形成するのに十分な長さを有している。
【0065】
このように、摺動部26aは、サイドレール20が傾動する場合にシリンダ内周面91と摺動し得る部分である。一方、延長部26bは、サイドレール20が最大に傾斜した場合であってもシリンダ内周面91と摺動することはないが、シリンダ内周面91とでくさび効果を発揮する部分である。
【0066】
好ましくは、延長部26bの軸方向寸法は、第2湾曲面27の軸方向寸法h2以上となっている。詳しくは、第2湾曲面27は、サイドレール20が水平な状態のときに、シリンダ内周面91との間にくさび形状を形成する面積が最も大きく、即ち、くさび効果が最も大きくなり、形成する油膜の厚みが最も厚くなる。それに対し、ピストン80の上昇時にサイドレール20が最も傾いた状態においては、延長部26bがシリンダ内周面91との間にくさび形状を形成する。ここで、延長部26bの軸方向寸法は、第2湾曲面27の軸方向寸法h2以上であり且つ、第1湾曲面26の曲率半径R1の方が第2湾曲面27の曲率半径R2よりも大きいので、延長部26bによるくさび効果は、第2湾曲面27とシリンダ内周面91とのくさび効果が最も大きくなる場合よりも大きくなる。すなわち、ピストン80の下降時の最も条件が良い場合のくさび効果よりも、ピストン80の上昇時の最も条件が悪い場合のくさび効果の方が大きい。その結果、ピストン80の下降時に最も厚い油膜が形成されたとしても、ピストン80の上昇時に第1湾曲面26が該油膜に容易に乗り上げ、該油膜の掻き上げを抑制することができる。こうして、ピストン80の上昇時の摺動抵抗を低減できると共に、オイル上がりを抑制することができる。
【0067】
また、第1湾曲面26の曲率半径R1は、サイドレール20の内周縁から頂部Pまでの半径方向寸法a(
図3参照)以下となっている。これにより、サイドレール20が傾動したときに、シリンダ内周面91からサイドレール20へ作用する抗力が増大することを防止することができる。詳しくは、サイドレール20が傾斜していないときには、摺動面25は頂部Pにおいてシリンダ内周面91と接触しており、サイドレール20の内周縁から摺動面25におけるシリンダ内周面91との接点までの半径方向距離は、サイドレール20の半径方向寸法aと一致している。一方、サイドレール20が傾動すると、摺動面25におけるシリンダ内周面91との接点は、頂部Pから摺動面25上を移動する。このとき、第1湾曲面26の曲率半径R1がサイドレール20の半径方向寸法aよりも大きい場合には、サイドレール20の内周縁から摺動面25におけるシリンダ内周面91との接点までの半径方向距離がサイドレール20の半径方向寸法aよりも大きくなってしまう。その結果、サイドレール20がシリンダ内周面91から受ける抗力が増大し、サイドレール20及びスペーサエキスパンダ30が半径方向内側へさらに圧縮される。これは、サイドレール20の摺動抵抗が増大することを意味する。それに対し、第1湾曲面26の曲率半径R1をサイドレール20の半径方向寸法a以下とすることによって、サイドレール20が傾動したときに、サイドレール20の内周縁から摺動面25におけるシリンダ内周面91との接点までの半径方向距離がサイドレール20の半径方向寸法aよりも小さくなる。これにより、サイドレール20の摺動抵抗が増大することを防止することができる。
【0068】
さらに、第2湾曲面27の曲率半径は、第1湾曲面26の曲率半径よりも小さく、好ましくは、0.09〜0.15mmである。曲率半径を0.09mm以上とすることによって、第2湾曲面27を形成しやすくすることができる。つまり、曲率半径が0.09mmより小さくなると、第2湾曲面27の形成が難しくなる。また、曲率半径を0.15mm以下とすることによって、サイドレール20が第2湾曲面27を進行方向前側にして摺動する際に、第2湾曲面27とシリンダ内周面91との間に入り込む油を低減することができ、油を効果的に掻き落とすことができる。
【0069】
尚、第1接続面23a及び第2接続面23bの断面形状は、湾曲面で形成されている。ただし、第1接続面23a及び第2接続面23bの断面形状は、サイドレール20が傾斜した場合であってもシリンダ内周面91に接触しない限りは任意の形状とすることができ、例えば、直線状であってもよい。
【0070】
以上のように、オイルリング100は、X軸回りの円環状に形成され、X軸方向に並んだ2つのサイドレール20,20と、サイドレール20,20を半径方向外側へ付勢するスペーサエキスパンダ30とを備え、サイドレール20の外周には、半径方向外側へ凸状に湾曲し、シリンダ内周面91と摺動する摺動面25が設けられ、2つのサイドレール20,20のうち燃焼室S1側の第1サイドレール20Aの摺動面25は、最大径となる頂部Pよりも燃焼室S1側の第1湾曲面26と頂部Pよりもクランク室S2側の第2湾曲面27とを有し、摺動面25を周方向に直交する平面で切断したときに、第1湾曲面26と第2湾曲面27とは、頂部Pにおいて、それぞれの断面形状の接線t1,t2が一致する状態でつながっており、第1湾曲面26及び第2湾曲面27の断面形状において、頂部Pから軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率を頂部Pから軸方向への距離が同じ点で比べた場合に、第1湾曲面26の変化率は、第2湾曲面27の変化率よりも小さくなっている。
【0071】
この構成により、ピストン80の上昇時には適切な油膜を形成する共にオイルの掻き上げ量を低減することができ、ピストン80の下降時にはオイルの効果的に掻き落とすことができる。その結果、ピストン80の摺動抵抗を低減できると共に、オイル消費を抑制することができる。
【0072】
《実施形態2》
続いて、実施形態2に係るオイルリング200について説明する。
図10に、実施形態2に係るオイルリング200の横断面図を示す。
図10の横断面図は、オイルリング200をその周方向に直交する平面で切断した断面図である。
【0073】
オイルリング200は、第2サイドレール20Bの向きが実施形態1のオイルリング100と異なる。詳しくは、オイルリング200では、第2サイドレール20Bは、第1湾曲面26がクランク室S2側を向き、第2湾曲面27が燃焼室S1側を向くように配置されている。
【0074】
このような構成であっても、オイルリング100と同様の作用効果を奏することができる。詳しくは、ピストン80の上昇時には、第1サイドレール20Aが第1湾曲面26を進行方向前側にしてシリンダ内周面91に対して摺動する。そのため、ピストン80の上昇時には第1サイドレール20Aによって適切な厚みの油膜が形成されると共に、燃焼室S1への油の掻き上げ量が低減される。尚、ピストン80の上昇時には第1サイドレール20Aの後方において第2サイドレール20Bがシリンダ内周面91を摺動する。第2サイドレール20Bは、第2湾曲面27を進行方向前側としているので、シリンダ内周面91に付着した油を掻き上げ易い。しかしながら、第2サイドレール20Bは、第1サイドレール20Aよりもクランク室S2側に位置するので、第2サイドレール20Bにより掻き上げられた油が第1サイドレール20Aよりも燃焼室S1側へ移動することはない。さらに、第2サイドレール20Bが油を掻き上げたとしても、その油はピストン80が下降するときに第1サイドレール20Aにより掻き落とされる。
【0075】
一方、ピストン80の下降時には、第2サイドレール20Bが第1湾曲面26を進行方向前側にしてシリンダ内周面91に対して摺動する。第1湾曲面26は、第2湾曲面27に比べて油の掻き落とし効果が弱いものの、少なからず油を掻き落とす機能を有する。それに加え、第2サイドレール20Bの後方から第1サイドレール20Aがシリンダ内周面91に対して摺動している。第1サイドレール20Aは、第2湾曲面27を進行方向前側にして摺動している。そのため、第2サイドレール20Bの通過後にシリンダ内周面91に付着している油は、第1サイドレール20Aにより掻き落とされる。このように、第2サイドレール20Bの油の掻き落とし効果が弱いとしても、第1サイドレール20Aが油の掻き落とし効果を補って、オイルリング200全体としては、効果的に油を掻き落とすことができる。
【0076】
《実施形態3》
続いて、実施形態3に係るオイルリング300について説明する。
図11に、実施形態3に係るオイルリング300の横断面図を示す。
図11の横断面図は、オイルリング300をその周方向に直交する平面で切断した断面図である。
【0077】
オイルリング300は、リング本体320と、コイルエキスパンダ330とを有する、いわゆる2ピース型のオイルリングである。コイルエキスパンダ330は、エキスパンダの一例である。
【0078】
リング本体320は、X軸回りの円環状に形成されている。リング本体320は、合口を有し、即ち、円環の一部が切断された形状をしている。リング本体320の外周には、軸方向に並んだ2つの円環状の摺動部324,324が設けられている。2つの摺動部324は、円筒状のウェブ328によって連結されている。ウェブ328には、半径方向に貫通形成された複数のオイル戻し孔328aが周方向に並んで設けられている。尚、2つの摺動部324,324を区別する場合には、燃焼室S1側の摺動部324を第1摺動部324Aと称し、クランク室S2側の摺動部324を第2摺動部324Bと称する。
【0079】
摺動部324の外周面には、シリンダ内周面91と摺動する摺動面325が設けられている。摺動面325は、半径方向外側へ凸状な湾曲面となっている。リング本体320の、周方向に直交する平面で切断した断面形状は、全周に亘って一様となっている。
【0080】
コイルエキスパンダ330は、リング本体320を半径方向外側へ付勢する。コイルエキスパンダ330は、X軸回りの円環状に形成されている。コイルエキスパンダ330は、螺旋状のバネを円環状に形成したものであり、半径方向内側及び外側へ弾性変形可能となっている。
【0081】
コイルエキスパンダ330は、リング本体320の内側に配置され、リング本体320の内周縁と接触している。
【0082】
オイルリング300は、リング本体320及びコイルエキスパンダ330が半径方向内側に圧縮された状態で、リング溝82内に収容される。これにより、リング本体320は、合口が略閉じた状態となる。また、コイルエキスパンダ330は、リング本体320を半径方向外側へ押圧している。その結果、リング本体320は、シリンダ内周面91に接触する。
【0083】
このように構成されたオイルリング300は、ピストン80の移動時にシリンダ内周面91と摺動する。その際、オイルリング300は、シリンダ内周面91に適切な厚みの油膜を形成すると共に、不要な油を掻き落として回収する。
【0084】
リング本体320の摺動面325は、前記サイドレール20と同様の第1湾曲面26及び第2湾曲面27を有している。詳しくは、第1摺動部324Aは、燃焼室S1側に第1湾曲面26が設けられ、クランク室S2側に第2湾曲面27が設けられている。一方、第2摺動部324Bは、クランク室S2側に第1湾曲面26が設けられ、燃焼室S1側に第2湾曲面27が設けられている。
【0085】
このように構成されたオイルリング300は、オイルリング100と同様の作用効果を奏する。詳しくは、ピストン80の上昇時には、第1摺動部324Aが第1湾曲面26を進行方向前側にしてシリンダ内周面91に対して摺動する。そのため、ピストン80の上昇時には第1摺動部324Aによって適切な厚みの油膜が形成されると共に、燃焼室S1への油の掻き上げ量が低減される。尚、ピストン80の上昇時には第1摺動部324Aの後方において第2摺動部324Bがシリンダ内周面91を摺動する。第2摺動部324Bは、第2湾曲面27を進行方向前側としているので、シリンダ内周面91に付着した油を掻き上げ易い。しかしながら、第2摺動部324Bは、第1摺動部324Aよりもクランク室S2側に位置するので、第2摺動部324Bにより掻き上げられた油が第1摺動部324Aよりも燃焼室S1側へ移動することはない。また、第2摺動部324Bが掻き上げた油は、オイル戻し孔328aを介して排出される。さらに、第2摺動部324Bが油を掻き上げたとしても、その油はピストン80が下降するときに第1摺動部324Aにより掻き落とされる。
【0086】
一方、ピストン80の下降時には、第2摺動部324Bが第1湾曲面26を進行方向前側にしてシリンダ内周面91に対して摺動する。第1湾曲面26は、第2湾曲面27に比べて油の掻き落とし効果が弱いものの、少なからず油を掻き落とす機能を有する。それに加え、第2摺動部324Bの後方から第1摺動部324Aがシリンダ内周面91に対して摺動している。第1摺動部324Aは、第2湾曲面27を進行方向前側にして摺動している。そのため、第2摺動部Bの通過後にシリンダ内周面91に付着している油は、第1摺動部324Aにより掻き落とされる。このように、第2摺動部324Bの油の掻き落とし効果が弱いとしても、第1摺動部324Aが油の掻き落とし効果を補って、オイルリング300全体としては、効果的に油を掻き落とすことができる。
【0087】
以上のように、オイルリング300は、X軸回りの円環状に形成されたリング本体320と、リング本体320を半径方向外側へ付勢するコイルエキスパンダ330とを備え、リング本体320の外周には、軸方向に並んだ2つの円環状の摺動部324を有し、摺動部324は、半径方向外側へ凸状に湾曲し、シリンダ内周面91と摺動する摺動面25が設けられ、2つの摺動部324のうち少なくとも燃焼室S1側の第1摺動部324Aの摺動面25は、最大径となる頂部Pよりも燃焼室S1側の第1湾曲面26と頂部Pよりもクランク室S2側の第2湾曲面27とを有し、摺動面25を周方向に直交する平面で切断したときに、第1湾曲面26と第2湾曲面27とは、頂部Pにおいて、それぞれの断面形状の接線t1,t2が一致する状態でつながっており、第1湾曲面26及び第2湾曲面27の断面形状において、頂部Pから軸方向への距離に対する半径方向内側への変位の変化率を頂部Pから軸方向への距離が同じ点で比べた場合に、第1湾曲面26の変化率は、第2湾曲面27の変化率よりも小さくなっている。
【0088】
この構成により、ピストン80の上昇時には適切な油膜を形成する共にオイルの掻き上げ量を低減することができ、ピストン80の下降時にはオイルの効果的に掻き落とすことができる。その結果、ピストン80の摺動抵抗を低減できると共に、オイル消費を抑制することができる。
【0089】
《その他の実施形態》
以上のように、本出願において開示する技術の例示として、前記実施形態を説明した。しかしながら、本開示における技術は、これに限定されず、適宜、変更、置き換え、付加、省略などを行った実施の形態にも適用可能である。また、上記実施形態で説明した各構成要素を組み合わせて、新たな実施の形態とすることも可能である。また、添付図面および詳細な説明に記載された構成要素の中には、課題解決のために必須な構成要素だけでなく、上記技術を例示するために、課題解決のためには必須でない構成要素も含まれ得る。そのため、それらの必須ではない構成要素が添付図面や詳細な説明に記載されていることをもって、直ちに、それらの必須ではない構成要素が必須であるとの認定をするべきではない。
【0090】
前記実施形態について、以下のような構成としてもよい。
【0091】
前記オイルリングの構成は、一例に過ぎない。例えば、摺動面25,325の断面形状は、円弧状でなくてもよい。例えば、摺動面25,325の断面形状は、二次曲線や指数関数で表される曲線であってもよい。さらに、摺動面25,325の断面形状は、頂部Pから軸方向に離れるに従って曲率半径が変化する形状であってもよい。
【0092】
外周面23には、第1接続面23aと、摺動面25と、第2接続面23bとが設けられているが、第1接続面23a及び第2接続面23bを省略してもよい。その場合、第1湾曲面26が側面21に連結され、第2湾曲面27が側面22に連結される。
【0093】
また、スペーサエキスパンダ30及びコイルエキスパンダ330は、前記の構成に限られるものではない。サイドレール20及びリング本体320を半径方向外側へ付勢することができる限り、任意のエキスパンダを採用することができる。
【0094】
また、
図11に示す実施形態3に係るオイルリング300において、第2摺動部324Bは、クランク室S2側に第1湾曲面26が設けられ、燃焼室S1側に第2湾曲面27が設けられているが、これに替えて、第2摺動部324Bが第1摺動部324Aと同様に、燃焼室S1側に第1湾曲面26を設け、クランク室S2側に第2湾曲面27を設けるように形成してもよい。
【0095】
《実施例》
続いて、第1湾曲面26の曲率半径を変えた場合の油膜厚さの変化及び摺動抵抗の変化について説明する。
【0096】
第1湾曲面26の軸方向寸法h1を0.1mm、リング面圧を0.4MPaとし、粘度0W−20(90℃)のエンジンオイルを用い、ピストン80を33m/sで上昇させた場合の油膜厚さを、第1湾曲面26の曲率半径を変えて、レイノルズ方程式により計算した。曲率半径は、0.15mmと、0.7mmとした。
図12に第1湾曲面26の断面形状を示す。
図13に、油膜厚さの計算結果を示し、
図14に、抵抗の計算結果を示す。
図13では、曲率半径が0.15mmの場合の油膜厚さを1とし、
図14では、曲率半径が0.15mmの場合の抵抗を1としている。
【0097】
図13,14からわかるように、曲率半径を0.15mmから0.7mmに変えると、油膜厚さは約3.0倍に増大し、抵抗は約0.8倍に減少する。尚、曲率半径が0.15mmのときの油膜厚さは約0.50μmであり、抵抗は17N/mであった。
【0098】
このように、曲率半径を大きくすることによって、油膜厚さが厚くなり且つ抵抗が低減されることがわかる。
【0099】
次に、実際のエンジンにおいて複数のサイドレール20を用いてオイル消費量を測定した結果を示す。
図15に、測定に用いた2種類のサイドレール20の摺動面25の形状を示す。
図16に、オイル消費量の測定結果を示す。
【0100】
エンジンは、自然吸気型の水冷4ストロークガソリンエンジンであって、ボア径は89mm、ストロークは100mmであった。このエンジンを回転数6000rpmで且つ全負荷で運転したときのオイル消費量を測定した。
【0101】
2種類のサイドレールは、軸方向寸法、即ち、厚みが0.35mmである。
【0102】
比較例に係るサイドレールは、摺動面25が上下対称な形状をしている。詳しくは、頂部Pが下側の側面22から軸方向において0.175mmの位置に位置しており、第1湾曲面26及び第2湾曲面27の曲率半径は共に、0.125mmである。第1実施例及び第2実施例に係るサイドレールは、摺動面25が上下非対称な形状をしている。詳しくは、頂部Pが下側の側面22から軸方向において0.15mmの位置に位置しており、第1湾曲面26の曲率半径が0.31mmであり、第2湾曲面27の曲率半径が0.09mmであった。
【0103】
比較例及び第1実施例に係るサイドレールは、スペーサエキスパンダ30と共にリング溝82内に収容された場合に、18.5Nの張力を発生するように構成されていた。第2実施例に係るサイドレールは、スペーサエキスパンダ30と共にリング溝82内に収容された場合に、9.5Nの張力を発生するように構成されていた。
【0104】
このようなサイドレールを用いて前記運転条件で同じ時間だけエンジンを運転した場合、比較例のサイドレールのオイル消費量を1とすると、第1実施例のサイドレールのオイル消費量は約0.5であり、大幅に低減された。
【0105】
また、比較例と第2実施例とを比較すると、第2実施例のサイドレールのオイル消費量は、比較例のサイドレールの1に対して、約0.95であり、僅かに低減された。しかしながら、第2実施例のサイドレールは、比較例のサイドレールに比べて、張力が略半分である。つまり、この結果からは、摺動面の形状を比較例の形状から第2実施例の形状に変更することによって、オイル消費量を増大させることなく、摺動抵抗を低減できることがわかる。