特許第6222041号(P6222041)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6222041耐HIC性能に優れた極厚鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6222041
(24)【登録日】2017年10月13日
(45)【発行日】2017年11月1日
(54)【発明の名称】耐HIC性能に優れた極厚鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20171023BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20171023BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20171023BHJP
   B22D 11/108 20060101ALI20171023BHJP
【FI】
   C22C38/00 301A
   C22C38/58
   C21D8/02 C
   B22D11/108 C
【請求項の数】4
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2014-221238(P2014-221238)
(22)【出願日】2014年10月30日
(65)【公開番号】特開2016-89187(P2016-89187A)
(43)【公開日】2016年5月23日
【審査請求日】2016年5月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】谷澤 彰彦
(72)【発明者】
【氏名】田中 敦士
(72)【発明者】
【氏名】古米 孝平
(72)【発明者】
【氏名】長尾 亮
(72)【発明者】
【氏名】近藤 隆一
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−178647(JP,A)
【文献】 特開2014−201815(JP,A)
【文献】 特開2001−089812(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/190750(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、成分組成が、C:0.030〜0.200%、Si:0.50%以下、Mn:0.60〜1.60%、P:0.020%以下、S:0.0015%以下、Al:0.060%以下、Ca:0.0010〜0.0040%、N:0.0050%以下、O:0.0030%以下を含有し、さらに、Cu:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Nb:0.050%以下、V:0.100%以下、Ti:0.020%以下、B:0.0030%以下の1種もしくは2種以上を含有し、式(1)で示されるPcmが0.280以下であり、残部Feおよび不可避的不純物からなり、
表層から1/8t(tは板厚)〜7/8t位置のミクロ組織は、アスペクト比が1.5以下の旧オーステナイト粒から生成したベイナイトが面積率で全ミクロ組織の90%以上を占め、中心偏析部のビッカース硬さが300以下であり、中心偏析部に存在する空隙、MnS系介在物、NbもしくはTiまたはその両方を含有する化合物からなる介在物、AlもしくはCaまたはその両方を含有する化合物からなる介在物クラスタが、いずれも長径200μm未満であり、
鋼中のAlとCaを含む酸化物の個数の30%以上が、モル比でAl/CaO=0.7〜1.3の酸化物であることを特徴とする板厚50mm以上の耐HIC性能に優れた極厚鋼板。
Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B・・・(1)
ただし、上記式(1)において、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。
【請求項2】
請求項1に記載の極厚鋼板の製造方法であって、
溶製された溶鋼を連続鋳造して得られた請求項1に記載の成分組成を有する連続鋳造スラブを、1000〜1350℃の加熱温度Taで300min以上保持した後、1パスあたりの圧下率が5%以上、全圧下率Rが10%以上、式(2)で示されるPCCTが1.05以下、式(3)で示されるSMNSが0以上および式(4)で示されるSNBCNが0以上となる条件で熱間鍛造を行った後に空冷し、
その後、880〜1300℃の加熱温度T、保持時間tで再加熱を行い、熱間圧延を行った後、空冷し、さらに880℃〜1100℃の温度に再加熱した後、板厚中心がAr点以上の温度域から4℃/s以上の冷却速度で冷却することを特徴とする板厚50mm以上の耐HIC性能に優れた極厚鋼板の製造方法。
PCCT=CP+MnP/6+0.116Cu+0.113Ni+0.236Cr+0.390Mo+0.348V+2PP・・・(2)
SMNS=T+273−5560/(0.72−log[1.2Mn][S])・・・(3)
SNBCN=T+273−6770/(2.26−log[5Nb][C+12N/14])・・・(4)
ただし、CP、MnPおよびPPは、以下の式(2−1)〜(2−3)で計算される値である。また、上記式(2)〜(4)において、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Mn、Nb、C、Nは、各元素の含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。また、Taは熱間鍛造時の加熱温度である。
CP=C+(0.77−C)erf(795・R/400000000/(((0.000023exp(−17800/(T+273)))60t0.5))・・・(2−1)
MnP=Mn+1.702Mn・erf(795/4000000/(((0.00004exp(−31511/(Ta+273)))60t0.5))・・・(2−2)
PP=P+10.18P・erf(795/4000000/(((0.00087exp(−0.4406/(Ta+273)))60t0.5))・・・(2−3)
ただし、上記式(2−1)〜(2−3)において、C、Mn、Pは各元素の含有量(質量%)で含有しない場合は0とする。Taは熱間鍛造時の加熱温度(℃)、tは熱間鍛造時の加熱保持時間(min)、Rは熱間鍛造時の全圧下率(%)、Tは熱間圧延時の加熱温度(℃)、tは熱間圧延時の加熱保持時間(min)である。なお、erfは誤差関数である。
【請求項3】
前記冷却後に空冷し、480〜720℃の温度範囲に焼戻し熱処理を行うことを特徴とする請求項2に記載の板厚50mm以上の耐HIC性能に優れた極厚鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記溶鋼のInsol.Alを分析し、その分析結果をもとに、モル比で溶鋼中のAl/CaOが0.7〜1.3になるようにCaを添加することを特徴とする請求項2または3に記載の板厚50mm以上の耐HIC性能に優れた極厚鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油精製プラン卜などの圧力容器、プロセス配管に代表される湿潤硫化水素環境で使用される極厚鋼板、特に、優れた耐HIC(Hydrogen Induced Cracking、水素誘起割れ)性能が要求される部材に用いられる極厚鋼板の製造方法に関する。なお、本発明における極厚鋼板とは、板厚50mm以上の鋼板である。
【背景技術】
【0002】
世界的なエネルギー需要の高まりを背景に、原油採掘量も年々増加しており、従来のような高品質な原油が徐々に枯渇し、硫化水素濃度の高い低品位の原油の使用が必要に迫られている。このため、石油精製プラン卜に用いられる圧力容器やプロセス配管においても、水素誘起割れ(HIC:Hydrogen Induced Cracking)や硫化物応力腐食割れ(SSC:Sulfide Stress corrosion Cracking)の起こらない湿潤硫化水素環境に対する抵抗力、すなわち、耐サワー性能(耐HIC性能や耐SSC性能)を有する鋼板を適用することが多くなっている。HICについては、比較的低強度の鋼板でも起こることが知られており、特に問題となっている。
【0003】
鋼板の耐HIC性能を確保するための検討は、主にラインパイプ分野において盛んに行われており、例えば、1)Mn、Pなどの連続鋳造スラブの中心偏析部に濃化する元素の低減や、鋳造条件の最適化による中心偏析部の軽減、2)S、Oの低減およびCaの最適量添加によるMnSの生成抑制およびCa添加により生じるCaクラスタの生成抑制、3)TMCPにおける加速冷却や熱処理プロセスにおける焼入れの適用によるミクロ組織の均一化により、フェライト生成に伴う中心偏析部へのCの分配の抑制、および、HIC伝播経路となる複合組織化の抑制、4)高強度材で生成するMA(Martensite−Austenite constituent、島状マルテンサイト)などの硬質第2相の生成抑制、再加熱による分解、などが行われている。
【0004】
しかしながら、これらの知見は、いずれも、板厚が50mm未満のラインパイプ用鋼板や鋼管に関する知見である。したがって、板厚が50mm以上となる極厚材において、上述した手法を適用しても、必ずしも目標の性能が得られない。特に、板厚が大きくなるほど、ザクやポロシティなどと呼ばれる未圧着部が圧延後も残存し、HICの起点となるという問題がある。また、所望の強度を得るために多量の合金元素を添加する必要があるため、中心偏析部がさらに硬化してHICが発生しやすくなるという問題がある。
【0005】
このような問題に対して、特許文献1では、造塊スラブを用いて分塊圧延から仕上げ圧延までの総圧下比を大きくとることと、鋼板に含まれる水素量を少なくすることを組み合わせて、耐HIC性能と内部品質を両立する極厚鋼板の製造方法が開示されている。特許文献2では、造塊法で鋳型下部から上部にかけて一方向凝固させ、Sなどの化学成分が所望の値となる部分のみを使用することにより耐HIC性能を確保する厚鋼板の製造方法が開示されている。特許文献3では、連続鋳造スラブから100mm以上の極厚鋼板を製造するに際し、連続鋳造スラブを高温で20〜40時間保持し、その後、強圧下鍛造を行うことにより中心偏析部の合金元素の拡散および粉砕を行い、さらに、再加熱し、熱間圧延を行うことで、優れた耐HIC性能と内部品質を両立する極厚鋼板の製造方法が開示されている。特許文献4〜7では、通常の熱間圧延に先立って、化学成分から求められる所定の加熱温度で所定時間以上保持した後、大圧下で熱間圧延を行うことにより、中心偏析部の合金元素の拡散を行い、さらに、再加熱し、最適なTMCP条件を適用することで、優れた耐HIC性能と内部品質を両立する厚鋼板の製造方法が開示されている。特許文献8では、特許文献4〜7と同様の手法で中心偏析部を低減した後、焼きならしで鋼板の特性を調整することにより、優れた耐HIC性能と内部品質を両立する厚鋼板の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平4−329826号公報
【特許文献2】特開昭62−176601号公報
【特許文献3】特開2001−89812号公報
【特許文献4】特開平2−173208号公報
【特許文献5】特開平4−263017号公報
【特許文献6】特開平5−125441号公報
【特許文献7】特開平5−295435号公報
【特許文献8】特開平4−143217号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜2で開示されている方法は、いずれも造塊スラブを用いており、生産性が著しく悪い。一方、特許文献3で開示されている方法は、連続鋳造スラブを長時間加熱保持後、強圧下で鍛造するため、中心偏析度、内部品質とも良好で優れた耐HIC性能を確保できる。しかしながら、加熱保持の時聞が長すぎるため、生産性が悪い。また、特許文献4〜8で開示されている方法は、連続鋳造スラブを用いて極厚鋼板を製造する場合、十分な内部品質が確保できず、内部品質異常およびザクやポロシティを起点としたHICの発生を抑制できないことがある。
【0008】
上述したように、従来の技術では、コストの増大や生産性の低下、内部品質の劣化およびそれに起因した耐HIC性能の劣化が起こらない、耐HIC性能に優れた極厚鋼板を製造することは困難であった。そこで、本発明では、板厚が50mm以上の極厚鋼板であっても優れた内部品質および耐HIC性能を確保し、低コスト、高生産性な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記の課題を解決するために、スラブ内部品質に影響を及ぼす鍛造条件と、中心偏析部硬さや介在物の状態に影響を及ぼす化学成分、鍛造条件および圧延条件について、鋭意検討し、以下の知見を得た。まず、連続鋳造スラブの内部品質に影響を及ぼす鍛造条件について検討した結果、1パスあたりの圧下率を5%以上、全圧下率を10%以上確保することで、熱間圧延後にHIC起点となるようなザクやポロシティを圧着することができ、内部品質に優れた圧延素材を得ることができることがわかった。
【0010】
次に、中心偏析部でHICの起点となるMnS系およびNbCN系介在物の低減について検討を行った。中心偏析部のMnSおよびNbCNは、いずれも鋳造の最終凝固部に濃化した元素が晶出したものであり、通常のバルク部の成分と溶解度積から理論的に求められる介在物の溶解温度まで加熱、保持しても、介在物は固溶しない。一方で、中心偏析部の合金元素の濃化を考慮することで、介在物の固溶温度をより正確に求めることができることがわかった。上記の考え方に基づき、SMNS(後述の式(3))およびSNBCN(後述の式(4))を考案するに到った。ともに0以上になったときに中心偏析部のMnSおよびNbCNの大半を固溶でき、HICの起点にならず無害化できる。なお、NbCNについては、鋼中にTiが添加されている場合に、TiNと複合し、固溶しにくくなる。しかしながら、SNBCNを0以上にすることで、NbCNのクラスタ径を小さくでき、後述する中心偏析部硬さを一定以下に抑えることにより優れた耐HIC性能を確保することができる。
【0011】
また、Al−Ca系酸化物のクラスタに起因したHICの発生を抑制するための介在物組成について検討した。その結果、Al−Ca系酸化物のAl:CaO組成比を1:1付近に制御することで介在物を低融点化させることができ、溶鋼中でのCa−Al系介在物の凝集を抑制し、クラスタ化を抑制できることがわかった。
【0012】
次に、中心偏析部に濃化した元素の鍛造加熱および圧延加熱時の拡散挙動について調査を行った。その結果、Mn、Pについては、鍛造加熱で通常行われる1200℃以上の加熱において、保持時間を長くするほど中心偏析部での濃化を軽減できることがわかった。また、Cは非常に容易に拡散する元素であるため、鍛造後の空冷時にミクロ組織が2相組織化し、鍛造で拡散したCが再び中心偏析部に濃化することがわかった。さらに、Cは圧延加熱で通常行われる1200℃以下の加熱においても容易に拡散し、圧延加熱時の温度、保持時間および鍛造圧下率が大きくなるほど、中心偏析部での濃化を低減できることがわかった。一方で、Cu、Ni、Cr、Mo、Vなどの元素はこれらの加熱によってほとんど拡散しないこともわかった。以上の結果をもとに、中心偏析部硬さの指標として、Pcmを提案するに到った。Pcmは、中心偏析部硬さに及ぼす合金元素、鍛造条件、圧延加熱条件の影響を定量化した指標である(後述の式(2))。ミクロ組織をベイナイトに制御し、再加熱(焼入れ)処理、あるいは、再加熱処理および焼戻し処理で製造した鋼板の場合、この値を0.280以下にすることで、中心偏析部の硬さを下げることができ、大きさが200μm未満の微細な介在物およびその集積帯がある場合においても、NACE TM0284−A溶液のHIC試験で優れた性能を得ることができることがわかった。Pcmを用いることで従来に比べてより合理的なスラブ成分設計および鋼板製造条件の選択ができるようになる。
【0013】
本発明は上記の知見に更に検討を加えてなされたものであり、以下のとおりである。
[1]質量%で、成分組成が、C:0.030〜0.200%、Si:0.50%以下、Mn:0.60〜1.60%、P:0.020%以下、S:0.0015%以下、Al:0.060%以下、Ca:0.0010〜0.0040%、N:0.0050%以下、O:0.0030%以下を含有し、さらに、Cu:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Nb:0.050%以下、V:0.100%以下、Ti:0.020%以下、B:0.0030%以下の1種もしくは2種以上を含有し、式(1)で示されるPcmが0.280以下であり、残部Feおよび不可避的不純物からなり、表層から1/8t(tは板厚)〜7/8t位置のミクロ組織は、アスペクト比が1.5以下の旧オーステナイト粒から生成したベイナイトが全ミクロ組織の90%以上を占め、中心偏析部のビッカース硬さが300以下であり、中心偏析部に存在する空隙、MnS系介在物、NbもしくはTiまたはその両方を含有する化合物からなる介在物、AlもしくはCaまたはその両方を含有する化合物からなる介在物クラスタが、いずれも長径200μm未満であり、鋼中のAlとCaを含む酸化物の個数の30%以上が、モル比でAl/CaO=0.7〜1.3の酸化物であることを特徴とする板厚50mm以上の耐HIC性能に優れた極厚鋼板。
Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B・・・(1)
ただし、上記式(1)において、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。
[2]溶製された溶鋼を連続鋳造して得られた[1]に記載の成分組成を有する連続鋳造スラブを、1000〜1350℃の加熱温度Taで300min以上保持した後、1パスあたりの圧下率が5%以上、全圧下率Rが10%以上、式(2)で示されるPCCTが1.05以下、式(3)で示されるSMNSが0以上および式(4)で示されるSNBCNが0以上となる条件で熱間鍛造を行った後に空冷し、その後、880〜1300℃の加熱温度T、保持時間tで再加熱を行い、熱間圧延を行った後、空冷し、さらに880℃〜1100℃の温度に再加熱した後、板厚中心がAr点以上の温度域から4℃/s以上の冷却速度で冷却することを特徴とする板厚50mm以上の耐HIC性能に優れた極厚鋼板の製造方法。
PCCT=CP+MnP/6+0.116Cu+0.113Ni+0.236Cr+0.390Mo+0.348V+2PP・・・(2)
SMNS=T+273−5560/(0.72−log[1.2Mn][S])・・・(3)
SNBCN=T+273−6770/(2.26−log[5Nb][C+12N/14])・・・(4)
ただし、CP、MnPおよびPPは、以下の式(2−1)〜(2−3)で計算される値である。また、上記式(2)〜(4)において、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Mn、Nb、C、Nは、各元素の含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。また、Taは熱間鍛造時の加熱温度である。
CP=C+(0.77−C)erf(795・R/400000000/(((0.000023exp(−17800/(T+273)))60t0.5))・・・(2−1)
MnP=Mn+1.702Mn・erf(795/4000000/(((0.00004exp(−31511/(Ta+273)))60t0.5))・・・(2−2)
PP=P+10.18P・erf(795/4000000/(((0.00087exp(−0.4406/(Ta+273)))60t0.5))・・・(2−3)
ただし、上記式(2−1)〜(2−3)において、C、Mn、Pは各元素の含有量(質量%)で含有しない場合は0とする。Taは熱間鍛造時の加熱温度(℃)、tは熱間鍛造時の加熱保持時間(min)、Rは熱間鍛造時の全圧下率(%)、Tは熱間圧延時の加熱温度(℃)、tは熱間圧延時の加熱保持時間(min)である。なお、erfは誤差関数である。
[3]前記冷却後に空冷し、480〜720℃の温度範囲に焼戻し熱処理を行うことを特徴とする[2]に記載の板厚50mm以上の耐HIC性能に優れた極厚鋼板の製造方法。
[4]前記溶鋼のInsol.Alを分析し、その分析結果をもとに、モル比で溶鋼中のAl/CaOが0.7〜1.3になるようにCaを添加することを特徴とする[2]または[3]に記載の板厚50mm以上の耐HIC性能に優れた極厚鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、内部品質および耐HIC性能に優れた極厚鋼板を低コストかつ高い生産性で製造することが可能となり、産業上極めて有効である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について具体的に説明する。
【0016】
1.成分組成
以下に、本発明に係る鋼材の成分組成の限定理由を説明する。なお、成分組成を示す単位の%は、全て質量%を意味する。
【0017】
C:0.030〜0.200%
Cは安価で高強度化に寄与する。一方で、中心偏析度を悪化させる元素であり、耐HIC性能確保の観点からは低減した方がよい。しかしながら、Cが0.030%よりも低くなると焼入性が低くなり過ぎて所望の強度が得られないことや、ミクロ組織を均一なベイナイト組織に制御できないため、下限を0.030%とする。また、0.200%を超えると偏析度が悪くなり、耐HIC性能を確保できないため上限を0.200%とする。より好ましくは、0.030〜0.180%である。
【0018】
Si:0.50%以下
Siは脱酸元素であり、不可避的にスラブに含有している。また、中心偏析部の焼入れ性を高くするといった考慮をせずに高強度化することができる元素である。0.50%以下であれば、溶接性や溶接熱影響部靭性をあまり劣化させることがないので、上限を0.50%とする。より好ましくは0.40%以下である。
【0019】
Mn:0.60〜1.60%
Mnは、焼入れ性を高くする元素である。しかしながら、中心偏析部に濃化しやすく、耐HIC性能を劣化させる。Mnが1.60%を超えると、化学成分や鍛造条件などの他の条件を調整してもHICの発生を抑制できないため、上限を1.60%とする。また、Mnが0.60%を下回ると極厚鋼板の強度を確保できないため、下限を0.60%とする。より好ましくは、0.80〜1.50%、さらに好ましくは0.90〜1.40%である。
【0020】
P:0.020%以下
Pは、不可避的に含まれる元素であり、焼入れ性も高くする。しかしながら、中心偏析部に非常に濃化しやすく、耐HIC性能に対して極めて悪い影響を及ぼす。そのため、製鋼工程において脱P処理などを強化して、できるだけ低減した方が好ましいものの、Pを低減することには非常に多くのコストを要する。また、本発明では鍛造加熱時の中心偏析部でのPの濃化を緩和することができ、Pが0.020%以下であればその効果により耐HIC性能が確保できるため、上限を0.020%とする。より好ましくは、0.015%以下、さらに好ましくは、0.010%以下である。
【0021】
S:0.0015%以下
Sは、不可避的に含まれる元素である。しかしながら、MnSを形成してHICの起点となるため、耐HIC性能に影響を及ぼす。したがって、できるだけ低減した方がよい。しかしながら、脱硫を強化することはコストの増大を招く。このため、Ca添加によるMnSの生成抑制効果が期待できる上限である0.0015%までは許容する。より好ましくは0.0010%以下、さらに好ましくは、0.0008%以下である。
【0022】
Al:0.060%以下
Alは脱酸元素であり、不可避的にスラブに含有している。Alが0.060%を超えるとAlクラスタ起因のHICが発生するため、上限を0.060%とする。好ましくは、0.050%以下、より好ましくは0.040%以下である。
【0023】
Ca:0.0010〜0.0040%
Caは、鋳造時にMnよりも先にSと結合しCaOSやCaSを生成することで、伸長したMnSの生成を抑制できる。その効果は、0.0010%以上を添加しないと現れないため、下限を0.0010%とする。また、0.0040%を超えて添加するとCaOやCaOSが過剰に生成し、クラスタを形成しHIC起点となり耐HIC性能が劣化するため上限を0.0040%とする。
【0024】
N:0.0050%以下
Nは鋼中に不可避的に含まれる元素であり、Tiと結合しTiNが生成される。Tiを添加した場合は、Nが0.0050%を超えると晶出したTiNがHICの起点になる可能性がある。一方、Tiを添加しない場合は、固溶状態のNが多く、スラブの表面割れが発生する。このため、上限を0.0050%とする。より好ましくは、0.0045%以下である。
【0025】
O:0.0030%以下
Oは鋼中に不可避的に含まれる元素であり、その大部分が酸化物として存在する。O量が0.0030%を超えると介在物量が多く、内部品質や耐HIC性能を確保できないため、上限を0.0030%とする。
【0026】
Pcm:0.280以下
Pcmは、鋼材の焼入性を定量化する指標である。この値が0.280を超えると焼入性が高くなりすぎて耐HIC性能が確保できないため、上限を0.280とする。より好ましくは0.250以下である。なお、Pcmは下記式(1)で表される。
Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B・・・(1)
ただし、上記式(1)において、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。
【0027】
本発明では、上記成分組成以外に、強度や靭性を得るために、Cu:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Nb:0.050%以下、V:0.100%以下、Ti:0.020%以下、B:0.0030%以下の1種もしくは2種以上を含有する。
【0028】
Cu:0.50%以下
Cuは、固溶強化により鋼板を高強度化する。一方で、Cuを過剰に添加すると溶接性、靭性が劣化し、コストの増大も招く。このため、含有する場合は上限を0.50%とする。
【0029】
Ni:1.00%以下
Niは、固溶強化により鋼板を高強度化し、さらにマトリックス組織を高靭性化する。一方で、Niを過剰に添加すると溶接性が劣化し、コストの増大も招く。このため、含有する場合は上限を1.00%とする。
【0030】
Cr:0.50%以下
Crは、焼入れ性を高め鋼板を高強度化する。一方で、Crを過剰に添加すると溶接性、靭性が劣化し、コストの増大も招く。このため、含有する場合は上限を0.50%とする。
【0031】
Mo:0.50%以下
Moは、焼入れ性を高め鋼板を高強度化する。一方で、Moを過剰に添加すると溶接性、靭性が劣化し、コストの増大も招く。このため、含有する場合は、上限を0.50%とする。
【0032】
Nb:0.050%以下
Nbは、制御圧延時に未再結晶域温度を拡大し、圧延時の組織微細化に寄与する。一方で、0.050%を超えて添加すると、析出脆化を引き起こす。さらに、中心偏析部に生成した粗大なNbCNの存在は耐HIC性能を劣化させる。このため、含有する場合は、上限を0.050%とする。より好ましくは0.040%以下である。
【0033】
V:0.100%以下
Vは、主に析出強化により鋼板を高強度化する。一方で、Vを過剰に添加すると靭性を著しく損なう。このため、含有する場合は、上限を0.100%とする。
【0034】
Ti:0.020%以下
Tiは、TiNを形成することで組織を微細化する。特に、溶接した際の粗粒域幅を低減し、溶接熱影響部靭性を著しく向上させる。一方で、Tiを過剰に添加すると凝固時に粗大なTiNが晶出して耐HIC性能が劣化する。このため、含有する場合は、上限を0.020%とする。
【0035】
B:0.0030%以下
Bは、焼入性を増大させる元素であり、高強度化に非常に有効な元素である。一方で、0.0030%を超えて添加すると焼入性が高くなりすぎて、鋼板表層や溶接熱影響部の硬さが上昇し、耐SSC性能が劣化する。このため、含有する場合は上限を0.0030%とする。
【0036】
上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0037】
2.極厚鋼板のミクロ組織
表層から1/8t(tは板厚)〜7/8t位置のミクロ組織:アスペクト比が1.5以下の旧オーステナイト粒から生成したベイナイトが全ミクロ組織の90%以上
耐HIC性能確保の観点から、ミクロ組織は均一であることが望ましい。また、強度確保の観点から、フェライト主体ではなく、ベイナイト主体とする必要がある。極厚鋼板の場合、表層近傍がフェライト変態をし、均一なベイナイト組織が得られない場合がある。しかしながら、表層近傍は偏析や介在物集積帯などが存在しないため、耐HIC性能確保の上で問題とならない。そこで本発明では、表層から1/8t〜7/8t位置について、ベイナイト主体であるものとする。ベイナイト分率については、面積率で90%以上であれば、ミクロ組織の不均一性が原因でHICが大きく伝播することはない。このため、下限を90%とする。また、HIC性能は、ベイナイト組織において、旧オーステナイト粒のアスペクト比が1に近いほどHIC性能が向上するため、本発明では旧オーステナイト粒のアスペクト比が1.5以下のベイナイト組織とする。なお、本発明において、ベイナイト以外の組織とは、フェライト、マルテンサイトおよびパーライトのことを意味し、ベイナイト中に存在する微小なセメンタイトやMAはベイナイトの一部とみなす。
【0038】
中心偏析部のビッカース硬さ:300以下
中心偏析部は、MnSやNbCN、TiN、Al、CaOSなどのHICの起点となる介在物が生成する。本発明では、鍛造時の加熱により、MnSとNbCNについては固溶させる。しかしながら、TiN、Al、CaOSについては固溶できないため、HICの発生起点となりうる。本発明のように、アスペクト比が1.5以下の旧オーステナイト粒から生成したベイナイト組織でこれらの起点が存在した場合においてもHICの発生や伝播を抑制するためには、中心偏析部のビッカース硬さを300以下にする必要がある。このため、上限を300とする。より好ましくは、280以下である。なお、中心偏析部のビッカース硬さの測定方法としては、中心偏析部よりも圧痕が小さくなる荷重で5点以上測定したマイクロビッカース硬さの最大値を用いることが望ましい。
【0039】
中心偏析部に存在する空隙、MnS系介在物、NbもしくはTiまたはその両方を含有する化合物からなる介在物、AlもしくはCaまたはその両方を含有する化合物からなる介在物クラスタが、いずれも長径200μm未満
中心偏析部のビッカース硬さを300以下に抑えた場合、HICの起点となるような介在物の長径を200μm未満にすればHICの発生や伝播を抑制できる。そのため中心偏析部に存在する長径の上限を200μm未満とする。また、HIC起点としては、空隙、MnS系介在物、Nb、Tiあるいはその両方を含有する化合物からなる介在物およびAl、Caあるいはその両方を含有する化合物からなる介在物クラスタの可能性がある。このため、これらすべてについて、中心偏析部に存在する場合は、長径の上限を200μm未満とする。
【0040】
鋼中のAlとCaを含む酸化物の個数の30%以上が、モル比でAl/CaO=0.7〜1.3の酸化物
Al−Ca系酸化物は溶鋼中に生成し、溶鋼中に保持されることで凝集し、クラスタ化する。このAl−Ca系酸化物のクラスタはHICの起点となり耐HIC性能を劣化させる。Al−Ca系酸化物のクラスタの生成を抑制するためには、酸化物の低融点化が有効であり、AlとCaOの組成バランスが、モル比でAl/CaO=1.0のときに最もクラスタ化を抑制できる。AlとCaを含む酸化物のうち、モル比でAl/CaO=0.7〜1.3の酸化物の割合が個数で30%を下回ると、AlあるいはCaOが過剰となり溶鋼中でクラスタを形成し、耐HIC性能を劣化させる。このため、モル比でAl/CaO=0.7〜1.3のAlとCaを含む酸化物の割合の下限を30%とする。より好適には40%以上である。
【0041】
3.製造条件
本発明では、上記の成分組成からなる鋼を連続鋳造し得られたスラブを、以下の条件で熱間鍛造する。なお、鋼の溶製方法のうち、Caの添加方法については後述する。また、製造条件における温度は、いずれも板厚中心部での温度とする。板厚中心部の温度は、板厚、表面温度および冷却条件等から、シミュレーション計算等により求められる。例えば、差分法を用い、板厚方向の温度分布を計算することにより、板厚中心温度が求められる。
【0042】
加熱温度Ta:1000〜1350℃
鍛造は高温で行う方が、1パスあたりの圧下率を大きくしやすく、合金元素の拡散も促進される。一方で加熱温度が1350℃を超えるとγ粒が粗大化し靭性の劣化を招くため上限を1350℃とする。また、1000℃を下回ると鍛造での圧下率を確保できず、長時間保持しても合金元素の拡散の効果が期待できないため、下限を1000℃とする。
【0043】
保持時間:300min以上
鍛造加熱時に、上述した加熱温度Taにより保持することによって、中心偏析部のMnSおよびNbCNを固溶させることができ、その結果、耐HIC性能が向上する。固溶する条件は、後述する式(3)、式(4)で定義する。これらの式はいずれも保持時聞が300min以上でなければMnSやNbCNの固溶状態を担保できない。このため、下限を300minとする。
【0044】
1パスあたりの圧下率:5%以上
熱間鍛造における圧下率の確保は、ザクと呼ばれる未圧着部などの圧着のために必要である。スラブ厚中央に発生するザクを圧着するためには、スラブ厚中央を圧下する必要があり、1パスあたりの圧下率が大きいほど、スラブ厚中央に加わる圧下が大きくなる。ザクなどを十分に圧着するためには、1パスあたりの圧下量を5%以上にする必要がある。このため、下限を5%とする。
【0045】
全圧下率R:10%以上
熱間鍛造における圧下率の確保は、ザクと呼ばれる未圧着部などの圧着のために必要である。スラブ厚中央に発生するザクを圧着するためには、スラブ厚中央を圧下する必要があり、全圧下率が大きいほど、ザクなどを圧着効果が大きく、十分にザクなどを圧着するためには、全圧下率を10%以上にする必要がある。このため、下限を10%とする。
【0046】
PCCT:1.05以下
本発明では、熱間鍛造時の加熱および鍛造圧下により中心偏析部に濃化した元素を拡散、粉砕して中心偏析部硬さを低減し、耐HIC性能を確保する。所望の中心偏析部硬さに抑えるためには、PCCTを1.05以下にする必要がある。このため、PCCTは1.05以下とする。なお、PCCTは下記(2)式で表される。
PCCT=CP+MnP/6+0.116Cu+0.113Ni+0.236Cr+0.390Mo+0.348V+2PP・・・(2)
ただし、CP、MnPおよびPPは、以下の式(2−1)〜(2−3)で計算される値である。
CP=C+(0.77−C)erf(795・R/400000000/(((0.000023exp(−17800/(T+273)))60t0.5))・・・(2−1)
MnP=Mn+1.702Mn・erf(795/4000000/(((0.00004exp(−31511/(Ta+273)))60t0.5))・・・(2−2)
PP=P+10.18P・erf(795/4000000/(((0.00087exp(−0.4406/(Ta+273)))60t0.5))・・・(2−3)
なお、上記式(2−1)〜(2−3)において、C、Mn、Pは各元素の含有量(質量%)で含有しない場合は0とする。Taは熱間鍛造時の加熱温度(℃)、tは熱間鍛造時の加熱保持時間(min)、Rは熱間鍛造時の全圧下率(%)、Tは熱間圧延時の加熱温度(℃)、tは熱間圧延時の加熱保持時間(min)である。なお、erfは誤差関数である。
【0047】
SMNS:0以上
耐HIC性能を確保するためには、中心偏析部での伸長MnSの生成を抑制することが有効である。本発明では、鍛造時の加熱によって晶出したMnSを固溶させることにより耐HIC性能を確保する。SMNSが0以上のときに、スラブの中心偏析部のMnSは固溶し、耐HIC性能を確保することができる。このため、SMNSは0以上とする。なお、SMNSは下記式(3)で表される。
SMNS=Ta+273−5560/(0.72−log[1.2Mn][S])・・・(3)
ただし、上記式(3)において、Mn、Sは各元素の含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。Taは熱間鍛造時の加熱温度である。
【0048】
SNBCN:0以上
耐HIC性能を確保するためには、中心偏析部でのNbCNの生成を抑制することが有効である。本発明では、熱間鍛造時の加熱によって晶出したNbCNを固溶させることにより、耐HIC性能を確保する。SNBCNが0以上のときに、スラブ中心偏析部のNbCNは固溶し耐HIC性能を確保することができる。このため、SNBCNは0以上とする。なお、NbCNについては、鋼中にTiが添加されている場合に、TiNと複合し、固溶しにくくなる。しかしながら、SNBCNを0以上にすることで、NbCNのクラスタ径を小さくでき、さらに上述した中心偏析部硬さを一定以下に抑えることにより優れた耐HIC性能を確保することができる。
SNBCNは下記式(4)で表される。
SNBCN=Ta+273−6770/(2.26−log[5Nb][C+12N/14])・・・(4)
ただし、上記式(4)において、Nb、C、Nは各元素の含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。Taは熱間鍛造時の加熱温度である。
【0049】
本発明では、上述の条件にて熱間鍛造された鋼材を空冷後、以下の条件で熱間圧延し、さらに、再加熱および冷却する。
【0050】
加熱温度T:880〜1300℃
加熱温度が880℃未満になると、加熱段階で凝固まま組織が未変態で残り、粗大化することで焼入れ後の靭性を下げるため、下限を880℃とする。一方で、1300℃を超えると焼入れ後のミクロ組織が粗大となり靭性を確保できないため、上限を1300℃とする。
【0051】
保持時間t
熱間圧延時の加熱保持時間は、長いほど合金元素の拡散効果が大きくなるため、長い方が好ましい。一方で10minを下まわると保持時間が短いとスラブが均一に加熱されず強度、靭性のばらつきが大きくなり、なおかつ、合金元素の拡散による中心偏析の改善効果も得られない。そのため、下限を10minとすることが好ましい。
【0052】
再加熱温度:880〜1100℃
再加熱温度が880℃未満になると、加熱段階で圧延まま組織が未変態で残り、粗大化することで靭性を下げるため、下限を880℃とする。一方で1100℃を超えるとミクロ組織が粗大となり靭性を確保できないため、上限を1100℃とする。
【0053】
冷却開始温度:板厚中心がAr点以上
冷却開始温度は、耐HIC性能に影響する条件である。冷却は、水冷によるのが一般的である。しかしながら、これに限定されるものではない。冷却開始温度がAr点を下回る温度になると、フェライトが生成し、均一なベイナイト組織が得られなくなり耐HIC性能が劣化する。特に板厚中心でフェライトが生成すると中心偏析部硬さが高くなり所望の耐HIC性能を確保できない。このため、冷却開始温度の下限をAr点とする。
なお、Ar点は実測してもよく、より簡便的には、下記式を用いてもよい。
Ar(℃)=910−310C−80Mn−20Cu−55Ni−15Cr−80Mo
ただし、各元素記号は含有量(質量%)で、含有しない場合は0とする。
【0054】
また、圧延温度は低いほど、靭性が向上するため、Ar点を下回らない範囲で低いほど好ましい。より好ましくは、Ar〜(Ar+50)℃である。
【0055】
冷却速度:4℃/s以上
冷却速度は、均一なベイナイト組織を得るために所定の値以上を確保する必要がある。冷却速度が4℃/s未満になるとミクロ組織にフェライトが生成し、耐HIC性能が劣化するため、下限を4℃/sとする。なお、冷却速度は、鋼板の板厚中心部での冷却速度とする。なお、冷却については、特に限定されず、例えば水冷により冷却すればよい。
【0056】
なお、本発明では、必要な強度、靭性を得るために、上述の冷却後に空冷した後、焼戻し処理を行うことができる。以下にその規定理由を述べる。
【0057】
焼戻し温度:480〜720℃
空冷後、焼戻し熱処理を行ってもよい。焼戻しは、強度調整や靭性の改善、さらにはSR(Stress Relief、歪取り)熱処理やPWHT(Post Welding Heat Treatment、溶接後熱処理)を行った際の強度、靭性変化を小さくするために実施する。480℃未満の温度では、焼戻しの効果が得られないため、下限を480℃とする。一方で、720℃を超える温度では、強度低下が大きく所望の強度を得られないため上限を720℃とする。
【0058】
次に、鋼の溶製方法のうち、Caの添加方法について説明する。
【0059】
本発明で規定されるAlとCaからなる酸化物の組成比を適正範囲に制御するためには、Caの添加量を厳密に制御することが好ましい。本発明においては、溶鋼のInsol.Alを分析し、その分析結果をもとに、溶鋼中のAl/CaOが、モル比で0.7〜1.3になるようにCa源を添加することが好ましい。なお、Insol.Alとは、insuluble Alのことで、鋼中の全Al量のうち、酸不溶性のAl量を指す。
従来のプロセスでは、一般に、溶鋼中のAl量が未知の状態でCa源を添加していた。その原因は、O量を分析するためには、燃焼分析を行う必要があり、Ca源の添加までにO量分析が間に合わなかったためである。本発明では、発光分光分析法によりInsol.Al量を分析して、溶鋼中のAl量を推定することが好ましい。Ca添加量の狙いは、Al:CaOが1:1となる点であり、それを満足するためには、溶鋼中のAl/CaOがモル比で0.7〜1.3になるように、Caを添加することが好ましい。
【実施例1】
【0060】
Ca添加前にInsol.Alを迅速分析し、Al/CaOを種々変化させた表1に示す溶鋼を、鋳造速度0.6mm/minで連続鋳造し(スラブ厚300mm)、表2に示す条件で熱間鍛造、熱間圧延および再加熱(焼戻し)処理を行った。一部の条件については、焼戻しを行った。Ca添加はCa−Siワイヤを用い、ワイヤ重量とCa含有率との関係より添加Ca量を管理して添加した。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
得られた鋼板について、引張試験、HIC試験を行った。
引張試験は、C方向板厚方向1/4位置から直径12.7mmの丸棒引張試験片を採取し、引張強度を測定した。目標値は、ASTM−A516−65の下限値である490MPaを下限値とした。
HIC試験は、NACE TM0284−2003に従って行い、溶液は同規格で規定されているA液を用いた。なお、同規格では、板厚が30mmを超えると板厚方向に複数の試験片を採取するように求められているため、板厚方向の規定本数×3(例えば、板厚100mmで、は5×3=15本)試験を実施し、その最大CLR(3断面の平均値)を求めた。目標値は、CLRで15%以下とした。ここで、CLRとは、割れ長さ率(CLR,割れの長さの合計/試験片の幅(20mm)の平均値)である。
ミクロ組織は、鋼板圧延方向に平行な断面を5%ナイタール液でエッチングし、光学顕微鏡で観察することで、行った。ミクロ組織はすべての鋼板でフェライトもしくはベイナイトからなる組織形態であったため、フェライト以外の部分をベイナイトとして分率を測定した。旧オーステナイト粒のアスペクト比は、ピクリン酸腐食によって旧オーステナイト粒界を現出させた組織を光学顕微鏡で観察し、10個の旧オーステナイト粒のアスペクト比の平均値とした。
中心偏析部硬さはミクロ組織観察に用いた試験片を用い、荷重50gfのマイクロビッカースで中心偏析部20点の硬さを測定し、最高値を用いた。
中心偏析部での空隙、MnS系介在物、Nb、Tiあるいはその両方を含有する化合物からなる介在物、Al、Caあるいはその両方を含有する化合物からなる介在物クラスタの測定は、鋼板圧延方向に平行な断面を5%ナイタール液でエッチングし、光学顕微鏡で観察することで行い、中心偏析部でみられる最大長径のものを測定した。
【0064】
試験結果を表3に示す。
【0065】
【表3】
【0066】
本発明例ではいずれの特性も満足しているのに対し、比較例は引張強度、HIC性能のいずれか劣化していることがわかる。