特許第6222212号(P6222212)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6222212
(24)【登録日】2017年10月13日
(45)【発行日】2017年11月1日
(54)【発明の名称】直流電源の制御方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/06 20060101AFI20171023BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20171023BHJP
【FI】
   H01J49/06
   H01J49/42
【請求項の数】10
【外国語出願】
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2015-247566(P2015-247566)
(22)【出願日】2015年12月18日
(65)【公開番号】特開2016-139603(P2016-139603A)
(43)【公開日】2016年8月4日
【審査請求日】2016年3月4日
(31)【優先権主張番号】1501300.6
(32)【優先日】2015年1月27日
(33)【優先権主張国】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】マシュー ギル
(72)【発明者】
【氏名】スチュアート ハーレー
(72)【発明者】
【氏名】ジェフ チャドボーン
【審査官】 杉田 翠
(56)【参考文献】
【文献】 特表2008−503864(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/125399(WO,A1)
【文献】 特開2012−034496(JP,A)
【文献】 特開2014−112570(JP,A)
【文献】 特表2002−502085(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N27/60−27/70
27/92
H01J27/00−27/26
37/00−37/18
37/21
37/24−37/295
40/00−49/48
H02J1/00−1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子を取り扱う複数の構成要素のそれぞれに印加される個々のDCオフセット電圧を変更するために複数のDC電源を制御する方法であって、該複数のDC電源のそれぞれが前記複数の構成要素のそれぞれに対応しており、複数の構成要素のそれぞれ同一のAC電圧波形が印加されている間に、次のような処理を行うことを含む。
前記DC電源のそれぞれについて、個別に、
初期DCオフセット電圧を生成するように前記DC電源を制御する処理。ここで、該初期DCオフセット電圧はリンクを経由して前記DC電源に対応する前記構成要素に印加され、このリンクは、DC電源によって生成されるDCオフセット電圧が変更されたときに、該構成要素におけるDCオフセット電圧が該DC電源によって生成されたDCオフセット電圧に遅れをとるようになっている。
次に、予め決められた期間の間、前記リンクを経由して前記DC電源に対応する前記構成要素に印加されるオーバードライブDCオフセット電圧を生成するように前記DC電源を制御する処理。
次に、前記予め決められた期間が経過した後に、前記リンクを経由して前記DC電源に対応する前記構成要素に印加される目的DCオフセット電圧を生成するように前記DC電源を制御する処理。ここで、該目的DCオフセット電圧は前記初期DCオフセット電圧と前記オーバードライブDCオフセット電圧の間の値である。
さらに、前記方法は、前記DC電源のそれぞれについて、個別に、
同一の前記予め決められた期間の終了時に、前記DC電源に対応する前記構成要素における前記DCオフセット電圧が、前記目的DCオフセット電圧、あるいは前記目的DCオフセット電圧の予め決められた閾値の範囲内になるように前記オーバードライブDCオフセット電圧を選択し、
前記複数の構成要素のそれぞれにおける前記DCオフセット電圧が、前記同一の予め決められた期間の終了時にそれぞれの目的DCオフセット電圧に到達することを含む。
【請求項2】
前記方法が、ユーザが前記期間を選択することを含む
ことを特徴とする請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記方法が、択されたそれぞれのオーバードライブDCオフセット電圧が前記DC電源の最大出力電圧よりも大きいか否かを決定することを含む
ことを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記リンクあるいは該リンクのそれぞれが、少なくとも1つの抵抗と少なくとも1つのキャパシタンスを含むRCネットワークである
ことを特徴とする請求項1からのいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記リンクが少なくとも1つのインダクタンスと少なくとも1つのキャパシタンスを有するLCネットワークである
ことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
それぞれのリンクがRCネットワークであり、複数の該リンクが互いに異なる抵抗及び/又はキャパシタンスを有する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記複数の構成要素の目的DCオフセット電圧が互いに異なる
ことを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
それぞれの前記DC電源と、荷電粒子を取り扱うそれぞれの前記構成要素が質量分析計に含まれている
とを特徴とする請求項1からのいずれかに記載の方法。
【請求項9】
請求項1からに記載の方法を実行する複数のDC電源を含む装置を制御するように構成されている
ことを特徴とする制御部。
【請求項10】
請求項1からに記載の方法を実行する複数のDC電源を含む装置をコンピュータに制御させるように構成されたプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子を取り扱う構成要素に印加する直流オフセット電圧を変更するために直流電源を制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析計では、例えば荷電粒子を閉じこめる目的のために、交流(alternating current, "AC")電圧波形、例えば高周波(radiofrequency, “RF”)電圧波形が印加されるイオン光学構成要素(ion optical components)を使用することが一般的である。そのようなイオン光学構成要素の例には、多重極デバイス(四重極、六重極、八重極など)、三次元イオントラップ、積層したリング状のイオンガイド、質量フィルタ、イオン漏斗、線形イオントラップ、イオンガイドが含まれる。これら以外の例も存在する。しばしば、いくつかのイオン光学構成要素は、質量分析計のような装置において、別の用途で用いられる装置と組み合わせて用いられる。例えば、イオン漏斗は質量分析計の入口において、イオンを検出する前に六重極に輸送し質量フィルタに導入する前にイオンを捕捉するために用いられる。
【0003】
しばしば、例えばDC勾配を形成するためのDCオフセット電圧を用いることにより、イオンは、あるイオン光学構成要素から別のイオン光学構成要素に(あるいはあるイオン光学構成要素の内部に)輸送される。例えば、より正のポテンシャルからより負のポテンシャルに向かうように形成されたDC勾配は、より正のポテンシャルが形成された領域からより負のポテンシャルが形成された領域に正極性のイオンを移動させやすい。負極性のイオンは逆の力を受け、より負のポテンシャルが形成された領域からより正のポテンシャルが形成された領域へと移動しやすい。そのようなDCオフセット機構の一例を図1に示す。ここでは、より高いDCオフセット電圧が最初のイオン光学構成要素1に印加される。DCオフセット電圧のプロファイル11は長手方向に沿ってその大きさが変化する。図1に示すようなDCオフセット電圧のプロファイルは、正に帯電したイオンを第4のイオン光学構成要素7に輸送しそこでトラップする(並進運動エネルギーを減少させるようにイオンを冷却することに十分な注意が払われる)。
【0004】
場合によっては、いくつかのイオン光学装置に同一のAC電圧波形が印加されるが、異なるDCオフセット電圧を印加することが必要な場合がある。そのような状況の一例は分割イオンガイド装置(segmented ion guide device)であり、いくつかのセグメントにはそれぞれ同一のAC電圧波形が印加されるが、異なるDCオフセットポテンシャルが形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第8758759号明細書
【特許文献2】米国特許第8030613号明細書
【特許文献3】米国特許出願第2010/0072362号明細書
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Paul and Steinwedel in 1953 (Z. Naturforsch, 1953, 8a, 448)
【非特許文献2】Horowitz and Hill, 1989, “The Art of Electronics”, Second edition, pages 23-24
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、DC電源において生成されるDCオフセット電圧を、初期DCオフセット電圧(initial DC offset voltage)から目的DCオフセット電圧(target DC offset voltage)に変更する際に、DCオフセット電圧が印加される構成要素において対応するDCオフセット電圧の変更を行うのに時間がかかることを確認した。本発明者らは、該構成要素においてDCオフセット電圧をより高速に変更することが望ましく(時間が重要な場合に有用である)、及び/又は好ましい時刻で変更することが望ましい(複数の構成要素においてDCオフセット電圧を同一時間帯内で変更することが望ましい場合に有用である)、と考える。
【0008】
本発明は、上述の考察により成されたものである。
【0009】
背景技術には以下のものがある。
・非特許文献1には、四重極質量分析計が記載されている。
・非特許文献2にはRCネットワークの物理的応答が記載されている。
・特許文献1には多重極の柱状電極(columnar electrodes)を有する線形イオントラップ質量分析計が記載されている。この文献の図5にはRCカップリングネットワークの概略図が記載されている。この図は段落[0047]で参照されており、図5の回路は「高周波電圧要素と電場を調整可能なDC電圧構成要素を重畳するために用いる」と記載されている。
・特許文献2には、質量分析計において用いられる高周波(RF)電源が記載されている。この文献の図3には、中央タップ付き変圧器を用いてDCオフセット電圧を印加するために用いられる回路の概略図が示されている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様は、
荷電粒子を取り扱う構成要素に印加されるDCオフセット電圧を変更するためにDC電源を制御する方法であって、該構成要素にAC電圧波形が印加されている間に、次のような処理を行うことを含む。
初期DCオフセット電圧を生成するように前記DC電源を制御する処理。ここで、該初期DCオフセット電圧はリンクを経由して該構成要素に印加され、このリンクは、DC電源によって生成されるDCオフセット電圧が変更されたときに、該構成要素におけるDCオフセット電圧が該DC電源によって生成されたDCオフセット電圧に遅れをとるようになっている。
次に、予め決められた期間の間、前記リンクを経由して前記構成要素に印加されるオーバードライブDCオフセット電圧を生成するように前記DC電源を制御する処理。
次に、前記リンクを経由して前記構成要素に印加される目的DCオフセット電圧を生成するように前記DC電源を制御する処理。ここで、該目的DCオフセット電圧は前記初期DCオフセット電圧と前記オーバードライブDCオフセット電圧の間の値である。
【0011】
この方法では、例えば図7に示すように、最初にオーバードライブDCオフセット電圧を生成することなく目的DCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御する場合に比べて、DC電源によって生成されるオーバードライブDCオフセット電圧によって、より高速で構成要素におけるDCオフセット電圧を目的DCオフセット電圧に到達させることができるため、より高速に、構成要素におけるDCオフセット電圧を目的DCオフセット電圧に到達させることができる。
【0012】
初期DCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御するステップ、オーバードライブを生成するようにDC電源を制御するステップ、及び目的DCオフセット電圧を生成するステップの間に空き時間(time gap)がほとんどないか、空き時間が全くないことが好ましい。空き時間がある場合には、その空き時間は、DC電源によって生成される電圧を変化させた後、構成要素におけるDCオフセット電圧がDC電源によって生成されるDCオフセット電圧に落ち着くまでに要する時間に比べるとわずかであることが好ましい。例えば、これは、1マイクロ秒よりも短い空き時間とすることにより達成することができる。
【0013】
誤解を避けるために説明すると、以下に説明する例では例示目的としてDC電源によって生成される初期電圧をゼロとしているが、初期電圧、目的電圧、及び/又はオーバードライブ電圧は、基準電圧(例えばグラウンド)に対して正、負、あるいはゼロのいずれであってもよい。
【0014】
構成要素における電圧(つまり、該構成要素によって“見られる”あるいは感じられる電圧)には、DC電源によって生成されるDCオフセット電圧によって生じるDCオフセット電圧だけでなく、該構成要素に印加される(例えばAC電源によって生成される)AC電圧波形によって生じるAC電圧も含まれる。
【0015】
しかし、例えば後述する数式(4)とその説明を参照すると分かるように、構成要素におけるDCオフセット電圧(つまり、該構成要素において“見られる”あるいは感じられるDCオフセット電圧)が、必ずしもDC電源によって生成されるDCオフセット電圧と同じである必要はない。これは、DC電源によって生成されるDCオフセット電圧が変更されたとき、リンクが、該構成要素におけるDCオフセット電圧をDC電源によって生成されたDCオフセット電圧に対して遅れさせるためである。
【0016】
好ましくは、前記方法は、構成要素におけるDCオフセット電圧が目的DCオフセット電圧になるとき、あるいは目的DCオフセット電圧の予め決められた閾値の範囲内になるときに、DC電源が目的オフセット電圧(これはリンクを介して構成要素に印加される)を生成し始めるように、前記予め決められた期間を選択する(例えば計算する)ことを含む。ここで、前記予め決められた閾値は、初期電圧と目的電圧の間の差の大きさの50%、好ましくは10%、より好ましくは5%、更に好ましくは1%とすることができる。この状況では、5%が好ましい閾値である。
【0017】
このように、構成要素におけるDCオフセット電圧を目的DCオフセット電圧にするまでの間の多くの時間に、このオーバードライブDCオフセット電圧を用いることができる。
【0018】
いくつかの実施形態では、オーバードライブDCオフセット電圧はDC電源の最大出力電圧であるか、該最大出力電圧のうちの予め決められた閾値の範囲内である。ここで、前記予め決められた閾値は、DC電源の最大出力電圧の、90%、好ましくは95%、より好ましくは99%とすることができる。この状況では、90%が好ましい閾値である。
【0019】
このようにして、オーバードライブDCオフセット電圧は、構成要素におけるDCオフセット電圧をできるだけ高速で目的DCオフセット電圧に到達させるのに役立たせることができる。
【0020】
ここで、DC電源は正の最大出力電圧、及び/又は負の最大出力電圧を有しうる(つまり、所定のDC電源として2つの最大出力電圧があり得る)。
【0021】
いくつかの実施形態において、前記方法は、構成要素におけるDCオフセット電圧が前記予め決められた期間の終了時における目的電圧、あるいは該終了時における目的電圧の予め決められた閾値の範囲内となるように、オーバードライブDCオフセット電圧を選択する(例えば計算する)ことを含みうる。ここで、前記予め決められた閾値は、初期電圧と目的電圧の差の大きさの50%、好ましくは10%、より好ましくは5%、更に好ましくは1%とすることができる。この状況では、5%が好ましい閾値である。
【0022】
このようにして、前記方法は、前記予め決められた期間の終了時において、構成要素におけるDCオフセット電圧が目的DCオフセット電圧となるように(閾値を指定する場合は、その予め決められた閾値の範囲内となるように)用いることができる。これは、複数の構成要素のそれぞれにおける電圧を、同一の前記予め決められた期間の終了時に個別に目的DCオフセット電圧に到達させることが望ましい場合に特に有用である。
【0023】
これらの実施形態において、前記方法は、使用者が前記予め決められた期間を選択するステップを含みうる。
【0024】
これらの実施形態において、前記方法は、選択された(例えば計算された)オーバードライブDCオフセット電圧が、DC電源の最大出力電圧よりも大きいか否かを決定することを含みうる。
【0025】
いくつかの実施形態では、選択された(例えば計算された)オーバードライブDCオフセット電圧がDC電源の最大出力電圧よりも大きいと決定された場合に、(前記予め決められた期間中リンクを介して構成要素に印加される)オーバードライブDCオフセット電圧を、DC電源の最大出力電圧に選択する、あるいは該最大出力電圧の予め決められた閾値の範囲内に選択することができる。
【0026】
いくつかの実施形態では、選択された(例えば計算された)オーバードライブDCオフセット電圧がDC電源の最大出力電圧よりも大きいと決定された場合に、前記方法は、前記予め決められた期間内に(構成要素において)目的DCオフセット電圧を達成することができないことを示す警告通知を使用者に出すことを含みうる。
【0027】
いくつかの実施形態では、複数のDC電源があり、各DC電源が荷電粒子を取り扱う個々の構成要素にそれぞれ対応し、前記方法は各DC電源について個別に実行される。これらの実施形態では、複数の構成要素のそれぞれに同一のAC電圧波形が印加されうる。
【0028】
従って、以下のものが提供される。
荷電粒子を取り扱う複数の構成要素のそれぞれに印加される各DCオフセット電圧を変更するために複数のDC電源を制御する方法であって、前記複数のDC電源の各々は前記複数の構成要素の各々に対応付けられ、該方法は、前記複数の構成要素のそれぞれに同一のAC電圧波形が印加されている間に、次のような処理を行うことを含む。
各DC電源において、それぞれ、
初期DCオフセット電圧を生成するように前記DC電源を制御する処理。ここで、該初期DCオフセット電圧はリンクを経由して該構成要素に印加され、このリンクは、DC電源によって生成されるDCオフセット電圧が変更されたときに、該構成要素におけるDCオフセット電圧が該DC電源によって生成されたDCオフセット電圧に遅れをとるようになっている。
次に、予め決められた期間の間、前記リンクを経由して前記構成要素に印加されるオーバードライブDCオフセット電圧を生成するように前記DC電源を制御する処理。
次に、前記リンクを経由して、前記DC電源に対応する前記構成要素に印加される目的DCオフセット電圧を生成するように該DC電源を制御する処理。ここで、該目的DCオフセット電圧は前記初期DCオフセット電圧と前記オーバードライブDCオフセット電圧の間の値である。
【0029】
これらの実施形態では、上述した特徴のうち任意の特徴が各電源に個別に実装されうる。
【0030】
各DCオフセット電圧は、個別のリンクを介して個々の構成要素に印加されうる。
【0031】
これらの実施形態では、前記方法は、各DC電源について、それぞれ、DC電源に対応する構成要素におけるDCオフセット電圧が、前記同一の予め決められた期間の終了時において目的電圧になる、又は該目的電圧の予め決められた閾値の範囲内になるように、オーバードライブDCオフセット電圧を選択する(例えば計算する)ことを含むことが特に好ましい。
【0032】
このように、複数の構成要素のそれぞれにおける電圧は、仮にDC電源がそれぞれ異なる特性(例えば異なる抵抗及び/またはキャパシタンスを有するRCネットワーク)を持つリンクを介して各々のイオン光学構成要素に接続されている場合であっても、前記同一の予め決められた期間の終了時においてそれぞれ目的DCオフセット電圧に到達させることができる。各構成要素についての目的DCオフセット電圧は異なっていてもよく、あるいは同一であってもよい。また、目的DCオフセット電圧が同一である場合であっても、例えば、各構成要素についてのリンクが異なる抵抗やキャパシタンスを含むRCネットワークである場合には、オーバードライブDCオフセット電圧は構成要素毎に異なる値とすることができる。
【0033】
DC電源(1台の場合)/各DC電源(複数台の場合)は、好ましくはコンピュータにより制御可能なDC電源であって、設定された時間においてコンピュータによる制御の下で、その電圧出力を瞬時に変更できるものであることが好ましい。
【0034】
しかし、別の実施形態では、DC電源/各電源は、複合DC電源、例えば異なるDC電圧を生成することができるように2つ以上のDC電源を組み合わせた複合DC電源とすることができる。
【0035】
RCネットワークは、DC電源によって生成されるDCオフセット電圧が変更されたときに、構成要素におけるDCオフセット電圧をDC電源によって生成されるDCオフセット電圧から遅れさせるリンクの一例であることから、前記リンク/前記リンクの各々は、少なくとも1つの抵抗と少なくとも1つのキャパシタンスを含むRCネットワークであることが好ましい。しかし、前記リンク/前記リンクの各々は、例えば、少なくとも1つのインダクタンスと少なくとも1つのキャパシタンスを含むLCネットワークとすることも可能である。あるいは、DC電源によって生成されるDCオフセット電圧が変更されたときに、DC電源によって生成されるDCオフセット電圧から遅れて構成要素においてDCオフセット電圧を生じさせるようなものであれば、その他のリンクであっても構わない。
【0036】
荷電粒子を取り扱う構成要素/各構成要素は、例えば(後述の実施例の場合のように)質量分析計において用いられうるイオン光学構成要素、あるいは質量分析計ではないイオンを制御する装置(例えばイオン貯留部)において用いられうるイオン光学構成要素とすることができる。しかし、構成要素がイオン以外の荷電粒子、例えば電子を取り扱うものであってもよく、これは必須の要件ではない。
【0037】
DC電源/各DC電源及び/又は荷電粒子を取り扱う構成要素/各構成要素は、質量分析計に含まれうる。
【0038】
前記方法は、構成要素/各構成要素に対して印加されるAC電圧波形を生成するためにAC電源を制御することを含みうる。該AC電圧波形は、リンク/各リンクを介して構成要素/各構成要素に対して印加される。
【0039】
前記AC電圧波形はRF電圧波形であり得、本願明細書の開示目的から、高周波を有するAC電圧波形として理解されよう。
【0040】
前記AC(例えばRF)電圧波形は、正弦波、矩形波、あるいは鋸状波形等の他の波形の場合もある。
【0041】
本発明の第1の態様は、また、上述の任意の方法を実行することができるDC電源を含む装置を制御するように構成されたコントローラも提供しうる。
【0042】
前記コントローラは、コンピュータ、制御チップ(例えばPICあるはFPGA)、及び/又はタイミング回路(例えばRCタイミング構成要素あるいは同様のアナログ回路から形成されるもの)を含みうる。
【0043】
前記装置は、荷電粒子を取り扱うための構成要素、複数のDC電源、及び/又は複数の構成要素を含みうる。
【0044】
本発明の第1の態様は、上述の任意の方法を実行するように、コンピュータにDC電源を含む装置を制御させるように構成された、コンピュータで実行可能な指示が記載されたコンピュータで読み取り可能な媒体も提供する。
【0045】
前記装置は、荷電粒子を取り扱うための構成要素、複数のDC電源、及び/又は複数の構成要素を含みうる。
【0046】
前記方法は、前記構成要素が荷電粒子を取り扱う目的に適していない場合であっても適用性が見出されうることから、本発明の第2の態様は、構成要素/各構成要素が荷電粒子を取り扱うのに適した構成であることが要求されないという点を除いて、本発明の第1の態様に係る方法、コントローラ、あるいはコンピュータで読み取り可能な媒体を提供しうる。
【0047】
前記方法は、AC電圧波形が構成要素/各構成要素に印加されない場合でもDC電圧を切り替えるために用いることができることから、本発明の第3の態様は、前記方法が構成要素/各構成要素に対してAC電圧波形の印加なしに行われるという点を除いて、本発明の第1の態様に係る方法、コンピュータ、あるいはコンピュータで読み取り可能な媒体を提供しうる。
【0048】
本発明は、また、そのような組み合わせが明らかに許容されないもの、あるいは明らかに回避されるものを除き、上述した態様及び好ましい特徴の任意の組み合わせを含む。
【0049】
我々の提案する実施例を、図面を参照して以下に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0050】
図1】DCオフセット電圧のプロファイルを示す図である。
図2】中央タップ付き変圧器を有するRF生成器を示す図である。
図3】いくつかの印加されるDCオフセット電圧をRF生成器とともに示す図である。
図4】DCオフセット電圧をイオン光学構成要素に印加するために用いられるRCネットワークの一例を示す図である。
図5】いくつかの印加されるDCオフセット電圧を同一のRF生成器と異なるRCネットワークとともに示す図である。
図6】標準的なRC時定数についての電圧プロファイルを示す図である。
図7】目的DCオフセット電圧に切り替える前に、所定の期間オーバードライブDCオフセット電圧を用いた場合の電圧プロファイルを示す図である。
図8】DCオフセット電圧変更時間の改善について、オーバードライブDCオフセット電圧に対する目的DCオフセット電圧の比に対してプロットした図である。
図9】最も高速化する際のフロー図の一例を示す図である。
図10】異なる時定数を有する複数の構成要素を示す図である。
図11】異なる時定数を有する3つの異なるイオン光学構成要素に関する曲線を示す図である。
図12】設定時間で変更する際のフロー図の一例を示す図である。
図13】実施例の方法を用いた、使用に適した例示的な電極構造の三次元モデルを示す図である。
図14】本実施例の電極構造を用いたシミュレーションにおいて第3のイオンガイドセグメントに対して印加する電圧のプロファイルを示す図である。破線は、セグメント3に対して印加されるDCオフセットを変更したときの自然RC応答を示す。実線は、好ましい方法を用いた時のDCオフセット電圧のプロファイルを示す。
図15】自然RC時定数応答を用いた時に、DC電圧の変更を開始してからいくつかの時点における分割されたイオンガイドに沿った軸方向のDCオフセット電圧のプロファイルをプロットした図である。
図16】実施例の方法を用いた時に、DCオフセット電圧の変更を開始してからいくつかの時点における分割イオンガイドに沿った軸方向のDCオフセット電圧のプロファイルをプロットした図である。
図17】自然RC時定数応答を用いた時の、DCオフセット電圧の切り替えを開始した後のいくつかの時点におけるイオンの位置を示すシミュレーション画面(simulation screenshots)を示す図である。
図18】好ましい方法を用いた時の、DCオフセット電圧の切り替えを開始した後のいくつかの時点におけるイオンの位置を示すシミュレーション画面を示す図である。
図19】100個のイオンの束(bunch)の軸方向の経時的な平均位置を示すプロットである。破線は、標準的なRC時定数応答を用いたときの結果を示す。実線は、本発明を用いてDCオフセット電圧を変更したときの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0051】
質量分析計において、少なくとも1つの抵抗と少なくとも1つのキャパシタンスを含むRC(”resistor”と”capacitor”)ネットワークを介してイオン光学構成要素にDCオフセット電圧を印加することが一般的である。
【0052】
詳細を後述するように、RCネットワークは典型的にはRC時定数と関連付けられる。異なる構成要素が異なるRC時定数を有する場合、構成要素におけるDCオフセット電圧をあるレベルから別のレベルに変更するのに要する時間は異なる。
【0053】
ある質量分析計、例えば高速でスキャンする走査を行うイオントラップ質量分析計(例えば特許文献3)では、イオン光学構成要素におけるDCオフセット電圧をできるだけ高速で、例えば装置の繰り返し数を最大化するように変更することが望ましい。例えば、200Hzで操作する場合、一般にはイオンの処理を、5msで繰り返し実行することができる。もし、RC構成要素の自然時定数に依存する場合、この時間のうちの大半(例えば3ms)はイオン光学構成要素においてDCオフセットを変更するための待ち時間になる。
【0054】
ある質量分析計では、複数のイオン光学構成要素において複数のDCオフセットを同時に変更することが望ましい。
【0055】
本明細書に記載の方法は、ある実施形態では、例えば1乃至複数のイオン光学構成要素において1乃至複数のDCオフセット電圧を変更する際のスピードアップを達成させるために、予め決められた(例えば計算された)期間の間RCネットワークを介してイオン光学構成要素に対して印加される、オーバードライブDCオフセット電圧を生成するコンピュータ制御可能な1乃至複数のDC電源を用いる。前記予め決められた期間の間オーバードライブDCオフセット電圧を印加することにより、システムの自然RC応答に依存する場合に比べてはるかに短い時間でイオン光学構成要素におけるDCオフセット電圧を変更することができる。予め決められた(例えば計算された)期間の間、利用可能な最大DCオフセット電圧を印加することにより、DCオフセット電圧を可能な限り短い時間で変更することができる。
【0056】
従って、後述の方法により、これらの方法を用いない場合よりもはるかに高速で、1乃至複数のイオン光学構成要素におけるDCオフセット電圧を変更することができるという利益を提供しうる。これにより、質量分析計のデューティーサイクルや繰り返し率を潜在的に改善することができる。これらの方法は、DCオフセットをAC電圧波形(例えばRF電圧)に連結する任意のイオン光学機器においても等しく適用可能である。
【0057】
本発明は、全ての形態のAC(例えばRF)電圧波形に等しく適用可能である。本明細書に記載の全ての実施形態において、AC(例えばRF)電圧波形は正弦波状、矩形波(あるいはデジタル)波形、あるいは鋸歯状などの別の波形形状の場合もある。
【0058】
共通のDCオフセット電圧を共通のAC電圧波形が印加される全てのイオン光学構成要素に印加する1つの方法は、AC電圧波形を生成するために用いられるRF生成器の変圧器の中央タップに共通のDCオフセット電圧を印加することである。これを達成する回路を図2に示す。図2に、AC電源(駆動源)21、単一の一次コイル(primary)を備えた変圧器23、及びスプリット二次コイル(split secondary)25を有する変圧器を示す。ここでは変圧器をフェライト磁心(ferrite core)27とともに示すが、その磁心を空心としたり他の適した任意の素材としたりすることもできる。DCオフセット電圧(これは正又は負である)は、DC電源29で生成され変圧器の中央タップに印加される。そして、DCオフセット電圧が重畳されたAC電圧波形はイオン光学構成要素33に印加されうる。出力AC電圧波形は中央タップに印加されたDCオフセットの値において“フロートされている(floated)”と言うこともできる。この場合、このAC電圧が印加される全てのイオン光学構成要素には、同一のDC電圧が印加される。キャパシタが、中央タップに印加されるDCオフセットをブロック/除去するために用いられるときは、その例外である。
【0059】
図3に、それぞれが独立したAC電源(電圧生成器)を有するいくつかの異なるイオン光学構成要素に対していくつかのDCオフセット電圧が印加される場合を示す。いくつかのAC電源(駆動源)41、43、45は3つの独立の一次コイル巻線(separate primary windings)47、49、51に適用される。3つの独立の二次コイル巻線(separate secondary windings)59、61、63には、それぞれ独立した個々のDC電源65、67、69によって印加されたDCオフセット電圧が供給される。各AC電源(この場合はRF生成器)の出力は、それぞれ、3つのイオン光学構成要素71、73、75に印加される。この場合、異なるAC電源は各イオン光学構成要素に用いられ、そのそれぞれは各構成要素に印加される固有のDCオフセット電圧を有している。こうした配置は、いくつかの要素に印加されるAC電圧波形が類似している場合(例えば、同一の電圧や周波数がいくつかの構成要素に印加されうる場合)、必要以上に複雑なものとみなされる場合がある。
【0060】
こうした場合に状況を改善するには、図4に示すような回路を用いて各セグメントのAC電圧波形を形成するとともに異なるDCオフセット電圧を印加することにより、同一のAC電圧波形が供給されるイオン光学構成要素に対して異なるDCオフセット電圧を印加することが望ましい。この図は、抵抗とキャパシタを含むRCネットワークを用いてDCオフセット電圧を印加するための概略回路図である。AC(例えばRF)電圧波形81は、基準電位(例えばグラウンド)に対して印加される。このACはRCネットワークを介してキャパシタ85を通じて印加される。AC電圧波形に用いた基準電位と同じ又は別の基準電位(例えばグラウンド)に対して生成されるDCオフセット電圧89は、RCネットワークを介して抵抗87を通じてイオン光学構成要素91に印加される。イオン光学構成要素とグラウンドの間には、通常、関連寄生容量93が存在する(これは、接地された真空チャンバ内に維持されたイオン光学構成要素によってしばしば生じ、あるいはPCBトラック間のキャパシタンスを通じて生じ、あるいはグラウンドへの配線によって生じる)。従って、RCネットワークにおけるキャパシタンスを明確に定義できるように、しばしば、容量性分配器効果(capacitive divider effect)によるAC駆動波形の分割を最小化するとともに、寄生容量93よりも十分に大きくなるようにキャパシタ85は選択される(つまり、キャパシタ93はしばしば、グラウンドに対するイオン光学構成要素の自然容量を“無効化する(swamp)”ように選択される)。
【0061】
いくつかの光学構成要素に同一のAC電圧波形を印加する一方、各構成要素に異なるDCオフセット電圧が必要な状況では、図5に示すような方法で回路を用いる場合がある。ここで、AC(例えばRF)電圧波形181はグラウンドあるいは固定の基準電位を参照して印加される。この同一のAC電圧波形は、独立したキャパシタ185、285、385を各々組み込んだ3つのRFネットワークを介して各イオン光学構成要素191、291、391にそれぞれ印加される。3つの独立したDCオフセット電圧(これらは正又は負である)189、289、389はそれぞれ、関連付けられた抵抗187、287、387を介してRCネットワークを通じて光学構成要素に印加される。
【0062】
図4に示すような回路は電気工学の分野でよく知られているような、基本的な抵抗−キャパシタ(RC)ネットワークを構成する。例えば、このようなRCネットワークの特性が記載された非特許文献2を参照のこと。ここで、“RCネットワーク”及び“RC回路”という用語は、同じ意味で用いられうる。図4において行われるように抵抗を介してキャパシタを充電すると、抵抗は電流を制限し、良く特徴づけられた時間でキャパシタを充電する。図4に示すような回路の標準方程式は次式である。
【数1】
【0063】
ここで、Iは電流、Vappは抵抗値Rの抵抗を含むRCネットワークを介してイオン光学構成要素に印加されるDCオフセット電圧、Vはイオン光学構成要素において印加された現在の電圧(つまり、現時点でイオン光学構成要素に印加されている電圧)を表す。次式もまた知られている。
【数2】
【0064】
ここで、Cは回路に用いられているキャパシタの値を表す。これらから次式が得られる。
【数3】
これは、微分方程式であり、容易に解くことができ、次式が得られる。
【数4】
【0065】
RCの積は回路の時定数と呼ばれる。式4はV=Ae-t/RCから得られる、より一般的な式の固有方程式である。ここで、Aは初期条件Vappから計算することができる。
【0066】
Rがオーム(ohms)で、Cがファラド(farads)で表される場合、その積RCは秒(seconds)で表わされる。RC時定数は最終電圧の約63%まで充電するのに要する時間である。経験則(rule of thumb)として、キャパシタは、時定数の約5倍の時間でその最終電圧の99%まで充電される。
【0067】
このように、イオン光学構成要素に印加されるDCオフセットをあるレベルから別のレベルに変更するのに要する時間は容易に計算することができる。図4のキャパシタ85の値が1nFであり抵抗87が1Mohmである場合の例を挙げる。イオン光学構成要素とグラウンドの間のキャパシタンス93が1pFであるとすれば、その効果は無視することができる。DCオフセットを0Vから100Vに変更することを想定する。RC時定数は、容易に1×10-3秒=1ミリ秒と求められる。従って、上述の経験則を用いると、目的値である100Vの約99%まで5ミリ秒でDCオフセットが変更されることが分かる。上述の式(4)を用いて時間に対する電圧をプロットすると、図6に示すトレース501が得られる。電圧は実際に約5ミリ秒で目的値の99%に到達していることがわかる。
【0068】
このRCを高速化することができる方法は、RC時定数を小さくすることである。これは、キャパシタンスCを小さくするか、抵抗Rを小さくするか、あるいはその両方により達成することができる。しかし、印加されるACが正しい大きさになるよう、キャパシタンスがイオン光学構成要素とグラウンドの間の寄生容量よりも十分に大きくなるように好ましく選択されているため、これは常に望ましいとは限らない。これは、容量性分割効果と呼ばれ、RC回路におけるキャパシタンスCを、例えば、イオン光学構成要素とグラウンドの間の寄生容量とほぼ同じ値にする必要があり、印加されるAC電圧は、AC電源ユニット(AC PSU)によって生成される大きさの約半分になる。イオン光学構成要素とグラウンドの間のキャパシタンスが1nFである場合を例に挙げると、RC回路においてもまた、1nFのキャパシタが用いられる。100VのAC電圧が回路に印加されると、イオン光学デバイスにおけるAC電圧の大きさはAC生成器の出力における大きさのわずか半分(50V)になる。これは、そうでない場合に必要な電圧よりも高い電圧でAC電源ユニットを動作させなければならないことになり、明らかに好ましくない。この理由から、RCネットワークの容量性素子は、しばしばイオン光学構成要素とグラウンドの間の寄生容量を無効化する(swamp)ように選択される。
【0069】
同じく、RCネットワークの抵抗性素子も小さくすることができるが、そうすることは望ましくない。RCネットワークにおいてより小さな抵抗を用いると、AC電源ユニットにおける負荷が増大するという影響が生じ、電力を上げなければならない。特に、同一のAC波形が供給される複数のイオン光学構成要素がある場合、AC電源ユニットにおいて負荷が増大することは重大な問題になり明らかに好ましくない。このように増大した電力がこれらの抵抗において(通常は熱として)消費されるため、これらの抵抗において消費されることが望ましい電力量には合理的な限界があるということもできる。従って、RCネットワークにおける抵抗Rの抵抗値を増大させ電力消費を許容可能なレベルに低減することが好ましい。
【0070】
しかしながら、本明細書の読者である当業者は、一般に、RC時定数をできるだけ小さくすると同時に、イオン光学構成要素における電圧降下を許容可能なレベルにして電力消費量を最小化するように、RCネットワークにおけるキャパシタンスと抵抗の値を選択することが好ましいと考えるであろう。選択する値の正しい組み合わせは、アプリケーションや使用者にとって何が許容できるかに依存する。本明細書に記載の方法は、これらを、時定数を最小化するのにふさわしく選択するか否かにかかわらず全てのRCネットワークに等しく適用可能に考えられたものである。しかし、それでも、選択されるRCネットワークが関連するアプリケーションにふさわしく最適化されることを第一に保証することが望ましい。
【0071】
本明細書に記載の方法は、1乃至複数の構成要素において1乃至複数のDCオフセット電圧を変更する速度を上昇させるために用いることができ、ある実施形態では、予め決められた期間でその1乃至複数の変更を達成することを確保する。該1乃至複数の変更の速度を上昇させる機能は、例えばDCオフセット電圧をできるだけ高速に変更しなければならないような状況において有用である。予め決められた期間による該1乃至複数の変更を保証する機能は、いくつかの構成要素が異なるRあるいはCの値を持ち、そのため異なるRC時定数を持つような状況において有用である。
【0072】
まず、イオン光学構成要素におけるDCオフセット電圧を2つの値の間でできるだけ早く変更することが好ましい場合について説明する。ここで、この高速化は、前記予め決められた時刻にDCオフセット電圧を目的値に変更する前に、予め決められた時間の間、印加するDCオフセット電圧をDC電源の最大出力電圧に動的に(dynamically)変更することにより達成することができる。この予め決められた時間は、後に示すように計算することができる。このようにして、イオン光学構成要素におけるDCオフセット電圧を、最初に目的DCオフセット電圧を印加したときに得られる自然速度よりも早い速度で(つまり、システムの自然RC応答よりも早い速度で)変更することができる。
【0073】
本明細書における“目的DCオフセット電圧”あるいは“最終DCオフセット電圧”という用語はRCネットワークを介して構成要素に印加される、望ましい最終DCオフセット電圧を意味するように用いられる。これは、正又は負の電圧である。本明細書の実施例では、初期(あるいは開始)DCオフセット電圧は0Vであるが、当業者にとって初期DCオフセット電圧を任意の電圧とすることができることは明らかである。このような場合、本明細書に記載の数式は、適当な初期DCオフセット電圧に応じて適切に変更される。本明細書の実施例では、“オーバードライブDCオフセット電圧”あるいは“過電圧(overvoltage)”という用語は、ある予め決められた期間の間、RCネットワークを介してイオン光学構成要素に印加される電圧を定義するように用いられ、その大きさは、イオン光学構成要素において初期DCオフセット電圧から目的DCオフセット電圧に移行する速度を上昇させるように、目的DCオフセット電圧よりも大きい(初期DCオフセット電圧は0Vと考える)。初期DCオフセット電圧及び目的DCオフセット電圧に応じて、このオーバードライブDCオフセット電圧の符号は正、負のいずれかでよく、またゼロでもよいことが認められよう。
【0074】
利用可能な最大オーバードライブDCオフセット電圧が与えられると、イオン光学構成要素における電圧を目的DCオフセット電圧まで上昇させるのに要する時間を決定することができ、次いで、この時刻又はほぼこの時刻に、RCネットワークを介して該構成要素に印加されるDCオフセット電圧を変更することができる。
【0075】
例えば、VOをこの場合に利用可能な最大オーバードライブDCオフセット電圧とし、Vtを目的DCオフセット電圧とする。上記式(4)においてVapp= VO、V=Vtであり、また現構成要素あるいは測定された構成要素の値から計算することにより時定数RCを求めると、tを計算することができる。式(4)に置き換えると次式が与えられる。
【数5】
【0076】
上式はさらに変形することができ、次式が得られる。
【数6】
【0077】
両辺に自然対数を用いると次式が得られる。
【数7】
【0078】
そして、tを左辺とする数式に変形することにより次式が得られ、与えられたオーバードライブ電圧VOを用いて目的電圧Vfに達するまでに要する時間を求めることができる。
【数8】
【0079】
自然RC時定数を用いた上述の例を参照して、以下、回路を駆動させる別の方法を考える。DCオフセット電源の最大出力電圧を500Vとする。オーバードライブDCオフセット電圧VOを500Vに設定することができる。回路の駆動電圧を100Vとしたときの回路の自然応答(natural response)を図6に破線501で示す。図7に、100VのDCオフセット電圧を用いたときのこの自然応答(破線501)と、500VのDCオフセット電圧を用いたときの自然応答(破線503)の両方を示す。いずれの場合も、自然RC応答に十分な時間が与えられれば、RC時定数の約5倍、この場合は約5msで最終的なDCオフセット電圧の約99%に達する。しかし、500Vを印加する場合の方が100Vを印加する場合よりも電圧の立ち上がりが早いことが分かる。図7から、500Vの電圧を印加すると、約0.22ミリ秒で100Vの電圧に切り替えることができることがわかる(黒実線505)。動的にDCオフセット電圧を切り替えると、そうしない場合よりもはるかに早く、構成要素において最終の目的DCオフセット電圧である100Vに達することが分かる。時定数の5倍という“経験”値(”rule of thumb” value)を用いると、DCオフセット電圧を切り替える技術を用いると、それを用いない場合(自然RC時定数の場合)に比べて約22倍高速でスピードアップすることができる。ここで記載したとおり、積極的に印加DC電圧を切り替えることによる利点は一見して明らかである。
【0080】
実際にその高速化は以下に示すように計算することができる。最終的な目的電圧の99.9%に達した時点を移行完了と考える(上記のように経験値を用いる場合よりも正確に述べる)。自然RC時定数により制限がかかる移行時間は次式で計算することができる。
【数9】
【0081】
DCオフセットの高速化技術を用いた場合に要する時間は式(8)の計算により示したとおりである。式(8)に対する式(9)の比から、本明細書に記載のDCオフセット電圧高速化技術を用いると、標準的なRC方法を用いた場合に比べて何倍も改善することが分かる。
【数10】
【0082】
式(10)において0.999という値を適当な値に入れ替えることにより、目的電圧の任意の割合の値に到達するのに要する時間の高速化効果を適宜に計算することができることは当業者にとって明らかであろう。この目的値の割合は、適用するために必要な条件に基づきユーザが適宜に決めることができ、それに応じて適宜に選択される。
【0083】
上記例によれば、図7から読み取れるように、上記のように計算した値に則すと、標準的な方法を用いる場合に比べ、DCオフセット電圧の高速化方法を用いると99.9%に達するのに要する時間が30.96倍早くなると計算できる。オーバードライブ電圧に対する目的電圧の比をr=Vt/VOと定義すると、構成要素におけるDCオフセット電圧の変更速度が何倍改良されるかを、その比に対してプロットすることができる。これを図8(507)に示す。目的DCオフセット電圧が同じである場合、オーバードライブ電圧を高くするほど(rが小さいほど)DCバイアス変更時間が顕著に改善されることが分かる。しかし、実際には使用するDCオフセット電源によりどの程度高い電圧を用いることができるかには限界があることを考慮すべきであり、構成要素の限界、故障問題、及び目的DCオフセット電圧を設定するために用いることができる制御レベル、のいずれとも折り合いをつけなければならない。しかし、逆に、たとえ少しオーバードライブDC電圧を高くするだけであっても、イオン光学構成要素においてDCバイアスを変更するのに要する時間を数倍短縮することができる。
【0084】
イオン光学構成要素におけるDCオフセット電圧を可能な限り短時間で変更するためのフロー図の一例を図9に示す。
【0085】
次に、予め決められた期間でイオン光学構成要素においてDCオフセット電圧を変更する(つまり、最短時間とする必要はない)ことが好ましい例を説明する。
【0086】
(上述したように)このようなアプローチは、異なるRC時定数を有するRCネットワークを介して複数のイオン光学構成要素において複数のDCオフセット電圧を同時に変更する際に、特に全てのDCオフセット電圧の変更をほぼ同時に完了させる際に有用である。この場合、各RCネットワークを介して各イオン光学構成要素に印加するオーバードライブDCオフセット電圧は、目的DCオフセット電圧への移行時間が同時になるように決める必要がある。上述の場合と同様に、各イオン光学構成要素に対して個々のRCネットワークを介して印加される各オーバードライブDCオフセット電圧は、DCオフセット電圧を個々の目的DCオフセット電圧に動的に切り替える前に予め決められた期間印加される個々のオーバードライブDCオフセット電圧である。
【0087】
この場合、所定時刻tにおいて、各イオン光学構成要素を目的DCオフセット電圧Vtに到達させるオーバードライブDCオフセット電圧(“オーバードライブ電圧”) VOは、次式により計算することができる。この式は、式(4)(においてVapp= VO, V=Vtとすることにより)容易に導出できる。
【数11】
【0088】
この式を用いると、予め決められた時刻tにおいてイオン光学構成要素におけるDCオフセット電圧が目的DCオフセット電圧VtになるようなオーバードライブDCオフセット電圧VOを計算することができる。
【0089】
複数のDC電源があり、各DC電源が個々のイオン光学構成要素に対応する場合、たとえ異なる抵抗及び/又は容量を持つRCネットワークを介して各DC電源がイオン光学構成要素に接続されていたとしても、各DC電源について個別に式(11)を用いて、各DC電源に対応する構成要素におけるDCオフセット電圧が、同一の前記予め決められた期間の終了時にそれぞれ目的DCオフセット電圧になるようなオーバードライブDC電圧を求めることができる。
【0090】
言い換えると、式(11)を用いると、たとえ異なる時定数を与える電子部品を有するRCネットワークを介して各DC電源がイオン光学構成要素に接続されていたとしても、異なるイオン光学構成要素におけるDCオフセット電圧を前記同一の予め決められた期間にそれぞれ異なる目的DCオフセット電圧に切り替えることができるようにオーバードライブDCオフセット電圧を計算することができる。
【0091】
この概念を図示した例を挙げる。図10に示す回路について考える。ここで、AC(例えばRF)電圧波形681がグラウンドに対して印加される。この波形は3つの独立したRCネットワーク(それぞれは個々のキャパシタ685、785、885を含む)を介して個々のイオン光学構成要素691、791、891に印加される。3つの独立したDCオフセット電源689、789、889(これらは正又は負である)が、それぞれに対応する抵抗687、787、887を通じて独立したRCネットワークを介して印加される。
【0092】
この回路において、各イオン光学構成要素は組み合わせの異なる抵抗とキャパシタを有し、構成要素1(691)は1×10-3秒、構成要素2(791)は2×10-3秒、構成要素3(891)は5×10-4秒という3つの異なる時定数を持つ。図10において、各イオン光学構成要素のグラウンドに対する寄生容量は極めて小さいため考慮しない。
【0093】
DC電源によって生成されたDCオフセット電圧を、全て初期DCオフセット電圧である0Vから目的DCオフセット電圧である、例えば100Vに変更した場合、各イオン光学構成要素において目的DCオフセット電圧の99.9%に達するのに要する時間には大きな開きが生じる。全ての部品においてDCオフセット電圧を目的DCオフセット電圧に変更するために要する最小時間は最も遅い定数(つまり構成要素2)により制限される。しかし、式(11)を参照して上述した方法を用いると、各DC電源について適切なオーバードライブDCオフセット電圧を計算することにより、目的移行時間ttargetを設定し、3つの構成要素全てのDCオフセット電圧をその時間内に変更することができる。例えば、目的移行時間を0.5msとし、上述の式(11)から計算される、各DC電源に必要なオーバードライブDCオフセット電圧を0.5ms印加すると、全ての移行を0.5ms以内に完了することができる。この例におけるオーバードライブDC電圧は、構成要素1(691)について254.1V、構成要素2(791)について452.1V、構成要素3(891)について158.2Vである。これらの移行の間に得られる電圧曲線を図11に示す。
【0094】
構成要素1(691)(所定のRC構成要素が用いられる)について:目的DCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合の“標準”応答を破線901で示す。上記のように計算した(254.1V)オーバードライブDCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合の“オーバードライブ”応答を一点鎖線(903)で示し、前記予め決められた目的移行時間ttargetの間、上記のように計算した(254.1V)オーバードライブDCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御し、続いて(空き時間はほぼないか全くなしで)目的DCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合に得られる“最終的な”応答を実線905で示す。
【0095】
構成要素2(791)(所定のRC構成要素が用いられる)について:目的DCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合の“標準”応答を破線911で示す。上記のように計算した(452.1V)オーバードライブDCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合の“オーバードライブ”応答を一点鎖線(913)で示し、前記予め決められた目的移行時間ttargetの間、上記のように計算した(452.1V)オーバードライブDCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御し、続いて(空き時間はほぼないか全くなしで)目的DCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合に得られる“最終的な”応答を実線915で示す。
【0096】
構成要素3(891)(所定のRC構成要素が用いられる)について:目的DCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合の“標準”応答を破線921で示す。上記のように計算した(158.2V)オーバードライブDCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合の“オーバードライブ”応答を一点鎖線(923)で示し、前記予め決められた目的移行時間ttargetの間、上記のように計算した(158.2V)オーバードライブDCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御し、続いて(空き時間はほぼないか全くなしで)目的DCオフセット電圧を生成するようにDC電源を制御した場合に得られる“最終的な”応答を実線925で示す。
【0097】
ここで、実現可能な、最も短い移行時間は、DC電源において達成可能な最大オーバードライブ電圧(最も遅い時定数について)により制限され、実現可能な最も長い移行時間は自然応答が最も早い時定数RCによって決まる。
【0098】
イオン光学構成要素において予め決められた目的時刻tでDCオフセット電圧を変更するフロー図の一例を図12に示す。これはフローの一例に過ぎず、容易に別の方法を採ることもできる。
【0099】
前記目的時刻tで電圧を移行するために必要なオーバードライブDCオフセット電圧(VO)が、DC電源の最大出力よりも大きい場合にどのような操作を実行するかは、通常、ユーザの求めるものと、問題となっている具体的な用途によって決まる。その具体的な一例のワークフローにおいて、この決定により実行される操作は、オーバードライブDCオフセット電圧をDC電源の最大出力に選択し、警告通知を出すことを含む。
【0100】
上述の方法は、DCバイアスレベルの変更を加速する方法とみなすことができる。
【0101】
上述の方法は、質量分析計の構成要素(例えば、レンズ、RFイオンガイド、質量フィルタ等、質量分析計のイオン光学系を構成するようなイオン光学構成要素)に対して印加するDCバイアスにも適用することができる。上述のとおり、DCバイアスは装置に従って所望のDCプロファイルを生成するために質量分析計のイオン光学構成要素に印加される。これらのDCバイアスは、しばしば質量分析計におけるDCプロファイルが変わるように時間の経過に伴い変化する。ある場合には、この工程が(時間が重要である場合)できる限り早期に生じることが望ましい。ある場合には、全てのDCバイアス(これらは異なる抵抗及びキャパシタを持つ場合があり、従って異なるRC時定数を持ちうる)について、同じ規定時間でDCバイアスレベルの変更を達成させることが望ましい。
【0102】
本発明者らは、十分に高速なコンピュータ制御システムと高速動作する電源を用いれば、上述の方法は、抵抗及びキャパシタのあらゆる組み合わせ(つまりあらゆる時定数)を含むRCネットワークに適用可能であると考える。しかし、多くの場合、本発明の方法は、構成要素により、最大出力が約1kVよりも小さい複数のPSUを用いることができる場合に限定される。
【0103】
上述の電圧切替を達成するために(最高速化、あるいは固定の時間での切替を達成するために)、以下のものが好ましい。
・DCとイオン光学構成要素を組み合わせる回路において用いられている抵抗及びキャパシタに関する情報、又はRC時定数の直接的な測定若しくはそのシミュレーション。
・1乃至複数のDC電源を制御するコンピュータシステム。
・コンピュータ制御の下、設定された時間で高速に変更することが可能な電圧出力を持つ、コンピュータ制御可能なDC電源。あるいは、静的なDC電源であって、その静的な高電圧から可変電圧を生成する電圧レギュレータを有するもの。DC電源が電圧を変更することができる最高速度がシステムの性能を自然に制限すること。そのため、電圧を変更するのに要する短時間側の限界は多くの場合約1マイクロ秒になるであろう(非常に高速のPSUで電圧を変更するのに要する時間は出願時の技術水準に基づく)。しかし、2つの独立したDC電源を切り替えてそれらを単一の可変DC電源として用いれば、電圧の変更を数ナノ秒で完了することができる。
【0104】
上述した本方法の幾つかの利点は次の通りである。
・DCオフセットの切替を相当に高速化できる。
・異なる固有時定数を持つ複数のイオン光学構成要素においてDCオフセットを変更するタイミングを合わせることができる。
・本明細書に記載の各構成要素は典型的な既存の質量分析計システムに既に存在するものであり、追加の電源、駆動源、あるいは構成要素を必要としない。
・DCオフセット切替時間を同一に維持したまま、好ましい場合には、DCオフセット切替回路においてより高いRC値を持つ部品を使用することができる。
【0105】
上述した本方法におけるいくつかの制限は以下のとおりである。
・この方法により、DCオフセットの自然応答を、自然に99.9%に達する時間よりも遅くすることはできない。しかし、これは滅多に生じない問題である。
・印加可能な最大オーバードライブDCオフセット電圧は、電圧を正確に設定するために構成要素やその能力によって制限される。そうでなければ幅広いDC電源を用いることができる。
・ユーザが利用可能な所定のオーバードライブDCオフセット電圧について、システムをオーバードライブすることにより達成可能な切替時間には下限がある。逆の見方をすれば、目的DCオフセット電圧が、印加可能な最大オーバードライブDCオフセット電圧に既に近い場合は、高速化の効果は比較的小さくなる。
【0106】
上述した本方法は以下のように変更可能である。
・DC電源は種々の形態を採ることができる。例えば、いくつかの電源を組み合わせて1つの複合DC電源を構成することができる。例えば、1つのPSUを他のものにフローティングさせることができる。また、それぞれ静的な電圧に設定された2つのDC電源を切り替えて用いることができる。
・別の方法としては、分割ネットワーク(divider network)等の他の手段によりオフセット電圧を印加することができる。
・追加のキャパシタ、あるいは直列/並列接続された複数のキャパシタにより容量を得ることができる。
・追加の抵抗、あるいは直列/並列接続された抵抗により抵抗値を得ることができる。
【0107】
上述の方法は、1乃至複数の構成要素にAC電圧波形とDCオフセット電圧を同時に印加するあらゆる分野において用いることができる。質量分析計以外にも、この方法は、電子顕微鏡、イオン輸送、高エネルギー物理等のための装置で用いることができる。
【0108】
商業的には、本発明を以下のようなものに実装することができる。
・高速な走査スピードを有するが故に、高速でDCオフセットを切り替える必要があるイオントラップ質量分析計。
・これらの方法は、多様な質量分析装置に幅広く適用してDCオフセットの切り替えを高速化し、それにより分析を高速化することができる。これは、MALDI装置、ESI装置(単一四重極、三連四重極、IT−TOF)、ガスクロマトグラフ質量分析装置等にあてはまる。
・本明細書で教示した方法を適用するために、最新の質量分析計に必要な改良は殆ど無い。多くの場合、ソフトウェアのみを変更すればよい。ハードウェアの変更には、使用中の複数のPSUにおいて利用可能なオーバードライブが限定されている場合に、移行を高速化するためにDCオフセット用の複数のPSUを高電圧のものに変更することが含まれる。
【0109】
<シミュレーションの例>
このセクションでは、本発明者が用いていた現行の方法と本明細書に記載の改良した方法を用いてDCバイアスレベルを変更するのに要する時間を比較し、本発明を裏付ける情報を提供する。
【0110】
ここでは、イオン光学系においてイオンの移動を高速化する場合を例に、本明細書において開示した方法の効果を実証する。この実証のために、図13に示す分割イオンガイドシステムを例として選択した。この基本的なシステムは、分割四重極デバイス951で構成される。高周波閉じ込め用波形(radiofrequency confining waveforms)がこれらのロッドに印加され、閉じ込め用四重極場(confining quadrupolar field)が生成される。つまり、従来知られているように、逆相のRFが隣接ロッドに印加され、対向ロッドに同一位相のRFが印加される。この例では、セグメントは同一のDCオフセット電圧が印加される4本のロッドの短い部分として定義される。この例では各セグメントの長さは20mmであり、それらセグメントの間隔は0.5mmである。例えば、同一のDCオフセット電圧がセグメント1(953)の4本のロッド全てに印加される。この例では、独立したDCオフセット電圧を各セグメント953、955、957、959、961、963に印加し、イオンをイオンガイドに閉じ込めてセグメント間で輸送するようになっている。各セグメントに異なるDCオフセット電圧を印加することにより、ユーザは装置に従って軸方向のDCプロファイル(axial DC profile)とも呼ばれる、所望のDCプロファイルを生成することができる。
【0111】
この例では、RとCの値はR=1Mohm, C=1nFであり、全てのセグメントにおいて同一のR値及びC値を用いる。最大オーバードライブ電圧は、この例では+/-42.5Vである(これは比較的小さく、多くの場合、このオーバードライブ電圧は実質的にもっと大きい)。シミュレーションを行ったイオンは1価で正に帯電したイオンであり質量電荷比は609である。各例において、イオンの束は100個のイオンからなり、後述のとおり好適な空間及びエネルギー広がりを有している。
【0112】
適当なDCプロファイルを分割イオンガイドに印加してイオンをイオンガイド(955)のセグメント2にトラップする例を挙げる。DCオフセットはイオンを軸方向に閉じ込めるために印加される。この例では、これらのDCオフセットは、セグメント1(953)=10V、セグメント2(955)=0V、セグメント3(957)=10V、セグメント4(959)=-0.8V、セグメント5(961)=2V、及びセグメント6(963)=2Vである。これにより装置のセグメント2に正のイオンをトラップするのに適した電圧プロファイルが生成される。なお、最初の段階ではイオンはセグメント4にトラップされうるが、説明のため、ここではそのようにトラップされるイオンはないものと想定する。セグメント2に収容されるイオンは、バッファガスである、圧力が10mTorr、温度が300Kのヘリウムにより熱平衡に達しているものと想定する。イオンは衝突冷却されている(”collisionally cooled”)、ということができる。これらの条件は単に一例として用いたものであり当業者であればどのようなバッファガスの温度及び圧力であっても本発明の結果に直接影響しないことを理解できるであろう。
【0113】
t0と定義した時点において、セグメント2(955)に収容されているイオンを分割四重極デバイスに沿ってセグメント4に移動させて維持するように、セグメント3(957)に印加するDCオフセット電圧を変更する。セグメント3に印加されるDC電圧は、t0における現在の状態(10V)から-0.4Vの値に変更される。当業者でれば、分割四重極に沿った新たな軸方向の電圧プロファイルがイオンをセグメント2(955)からイオンが保持されるセグメント4(959)に移動させるのに適したものであることを理解できるであろう。ここではイオン光学シミュレーションを用いて、2つの可能性、1つは標準的なRC時定数を用いた場合と、本発明を適用した場合を示す。
【0114】
セグメント3に印加されるDCオフセット電圧が、本発明者らが現在用いているRC時定数制限方法に従って動的に変更される場合、セグメント3に印加されるDCオフセット電圧は図14に示す破線(971)に従って時間的に変化する。本明細書で開示した改良法を用いた場合、-42.5Vのオーバードライブ電圧を算出時間(約200マイクロ秒)にわたって印加すると、セグメント3に印加されるDC電圧は図14に実線(973)で示すように時間的に変化する。これらの電圧プロファイルは上述した数式により計算できる。
【0115】
図15はいくつかの時点における分割イオンガイドに沿った軸方向のDCプロファイルをプロットしたものである。分割イオンガイドの長さ方向における軸方向の位置は水平方向の軸上にプロットし、各軸方向の位置におけるポテンシャル(電圧)は垂直方向の軸上にプロットしている。便宜上、この例ではセグメント1の中央位置を10mmに、セグメント2の中央位置を30.5mmに、セグメント3の中央位置を51mmに、セグメント4の中央位置を71.5mmに、セグメント5の中央位置を92mmに位置あわせしている。時間に対する軸方向のプロファイルの変化をプロットから見て取ることができる。軸方向のDCプロファイルはいくつかの時点において、凡例に示す異なる破線によりプロットされている。セグメント3により示されるDC障壁は3ミリ秒以上、0Vよりも高く維持されている。セグメント2にトラップされたイオンは、DC障壁がセグメント2のDCオフセットとほぼ同じかそれよりも低くになるまでセグメント2から出ることができない。実際には、いくらかのイオンは小さなDC障壁を越えるに十分な熱エネルギーを持つが、この例においてその効果は重要ではない。
【0116】
本明細書に記載の方法に関する同様のプロットを図16に示す。図15と同様に、分割イオンガイドの長さ方向に沿った軸方向の位置を水平方向の軸上にプロットし、各軸方向の位置におけるポテンシャル(電圧)を水平方向の軸上にプロットしている。ここでも同様に、セグメント1の中央位置を10mmに、セグメント2の中央位置を30.5mmに、セグメント3の中央位置を51mmに、セグメント4の中央位置を71.5mmに、セグメント5の中央位置を92mmに位置あわせしている。本明細書に記載のDCオフセット切替方法を用いると、標準RC時間応答を用いる場合よりも高速に電圧プロファイルが変化することが分かる。図16では、図15よりも短い間隔でDCプロファイルをプロットしている(図15が0.3ms毎である一方、ここでは、図16では0.1ms毎)。0.3msよりも短い時点(t<0.3ms)で、DC障壁がセグメント2のDCオフセットとほぼ同じあるいはそれよりも低くなる。この高速化がセグメント2からセグメント4にイオンを移す際に非常に大きな影響を与えることは明らかである。
【0117】
これらのDCプロファイルを用いたイオン光学シミュレーションを行った結果を図17図19に示す。これらのイオン光学シミュレーションでは、グリッド単位ごとに0.1mmの分解能でFDMグリッドを配置したFDM場を用いた。四次のRunga-Kutta積分法(integration method)を用いたイオン軌道のシミュレーションはインハウス・シミュレーションパッケージにより行った。
【0118】
図17に、分割イオンガイド内に収容されたイオンの12枚の“スナップショット”を示す。図17は、標準RC時定数応答を用いてセグメント3に印加するDCオフセットを変更した場合(上述のとおり)のイオン光学シミュレーションの効果を示すものである。各スナップショットはデバイスの断面を示す。デバイスのセグメント(953、955、957、959、961、及び963)とイオン雲(981)をはっきりと確認することができる。セグメント1(953)は各スナップショットにおいて最も左側にあるセグメントである。セグメント6(963)は各スナップショットにおいて最も右側にあるセグメントである。t=0msの時点で、イオンはセグメント2(955)に長期間トラップされており、約3.0msの時点でセグメント2からセグメント3に向かって移動を開始していることが見て取れる。4.5msの時点で、移動はほぼ完了しており、5.0msの時点で輸送が完全に終了していることが分かる。この時点で、全てのイオンが無事にセグメント4に移されている。
【0119】
図18に、改良したDCオフセット切替法を用いた場合のスナップショットを示す。上記同様に、各スナップショットはデバイスの断面を示しており、デバイスのセグメントとイオン雲をはっきりと確認することができる。セグメント1(953)は各スナップショットにおいて最も左側にあるセグメントである。セグメント6(963)は各スナップショットにおいて最も右側にあるセグメントである。t=0msの時点で、イオンはセグメント2(955)にトラップされている。図18において、スナップショットは図17よりも短い間隔で撮影している(0.1ms毎)。約0.2msまではイオンがセグメント2内に収容されていることが分かる。それ以降、イオンはセグメント4に向かって移動していることがわかる。イオンの輸送は、0.5msの時点でイオンの輸送がほぼ完了しており、0.6msの時点で完全に終了していることが分かる。標準的なRC時定数の方法を用いる場合よりもDCオフセット切替法を用いる場合の方が、セグメント2からセグメント4へのイオンの輸送が圧倒的に早く(8倍から10倍程度早く)完了する。
【0120】
図17及び18に示すシミュレーションデータは、図19に示すようなプロットによってより効果的に証明することができる。図19はイオン光学シミュレーションにおいて用いたイオンバンチの軸方向の平均的な位置を時間と共にプロットしたものである。破線991は、セグメント3のDCオフセット電圧を自然RC定数応答を用いて変更したものである。実線993は、これに変えて本明細書に記載の改良したDCオフセット切替技術を用いた場合のものである。水平軸上にシミュレーションした時間を秒単位で示す。分割イオンガイド内のイオンバンチの軸方向の平均位置を垂直軸上にミリメートル単位でプロットしている。
【0121】
標準RC応答を用いた方法では(破線991)、t=0msからt=3msの間、軸方向の平均位置がゆっくりと増加している。これは、セグメント3に印加されるDCオフセット電圧が徐々に小さくなり、その結果イオン雲がより高い軸方向の位置にシフトしたことによる(イオンが受ける軸方向のプロファイルは非対称になり、従って、イオンはセグメントの遠端部に向かってシフトする)。約3msの時点(t=3ms)で、軸方向の平均位置はより早く変化しはじめる。イオンの軸方向の平均位置は、4msよりも少し後にセグメント4にトラップされるイオンの軸方向の位置に対応する。なお、定常状態でセグメント5に2Vを印加し、セグメント3に0.4Vを印加していることからDCプロファイルが再び非対称になるため、イオンはセグメント4の中央(71.5mmに相当)にはトラップされていない。
【0122】
改良したDCオフセット電圧方法では(実線993)軸方向の平均位置はt=0msとt=約0.2msの間にゆっくりと増加している。イオン雲の軸方向の平均位置はt=約0.2msとt=0.5msの間に急速に増加していることが見て取れる。t=約0.5msの時点で、イオンの軸方向の平均位置は、セグメント4にトラップされるイオンの軸方向の平均位置に対応する。これは、標準的なRC時定数法を用いる方法よりも非常に早い。このシミュレーションは、本発明の方法を用いてイオンガイドにおけるDCオフセット電圧を変更することによる効果を証明するものであり、イオン光学系においてイオンの輸送を高速化するために本発明をどのように用いることができるかを説明する一例である。
【0123】
本願明細書及び特許請求の範囲において、“備えている(comprises)”、“備える(comprising)”、及び“含む(including)”並びにそれらの変化形の用語は、それらの具体的な特徴、ステップ、あるいは値(integers)を含むことを意味する。これらの用語は、他の特徴、ステップ、あるいは値が存在する可能性を排除するものとは解されない。
【0124】
上述の明細書、あるいは後記の請求項、あるいは添付の図面において開示した特徴や、開示した機能を実行するために、また開示した結果を得る方法やプロセスの観点から具体的な形式で示された特徴は、多様な形態で本発明を具現化するために、これらの特徴を単独で、あるいはそれらの組み合わせで適宜に用いることができる。
【0125】
本発明は上述の具体的な実施例と共に記載したが、この開示を得た時点で当業者にとってこれらと同等に多くの改良や変形が可能であることは明らかである。従って、上述した本発明の具体的な実施例は一例であってそれらのみに限定されない。本発明の趣旨及び範囲から外れることなく上記の各実施例には種々の変形を加えることができる。
【0126】
疑義を排除するために述べると、本明細書に記載した、あらゆる理論的な説明は読者の理解を容易にする目的で行ったものである。本発明者らはこれらの理論的な説明に制約されることを望まない。
【0127】
上記において言及した各文献は、ここで参考文献として加入する。
図1
図2
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