(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
過給機にはエンジンからの排気が供給され、タービンやそのトルクを伝えるシャフトは300℃以上の高温に達する。かかる排気および高温に由来して、タービン内やそのトルクを伝えるシャフトの軸受け付近に、硬質な、あるいは粘着性のデポジットが生じることは以前より知られているところであるが、タービンのトルクを利用して空気を圧縮するコンプレッサ側にも、デポジットが認められる。このデポジットはタービン内のものとは異なり、半固体状である。この半固体状のデポジットは、通常、エンジン油等の潤滑油に含まれる油分と、油分が酸化することで発生する酸化物(高分子の含酸素化合物、スラッジ)と、油分が炭化することで発生する炭化物と、潤滑油に含まれる添加剤に由来する金属化合物からなる無機残渣と、を含んで構成されている。なお、この半固体状のデポジットには、酸化物、炭化物及び無機残渣のうちのいずれか1つが含まれない場合もある。コンプレッサ側はエンジンの排気に曝されるわけではないので、ごく穏やかな高温、例えば150ないし250℃の程度であり、また酸素分圧も高い。これらのことより理解される通り、コンプレッサ側においては起こる反応が本質的に異なるために、タービン用の被膜がデポジットの付着を抑制することは、期待できない。コンプレッサのごとき比較的に穏やかな高温、例えば150ないし250℃程度の高温において、効果的にデポジットの付着を抑制する被膜が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)よりなる粒子とを含む被膜が、150ないし250℃程度においてデポジットの発生を抑制することを見出した。
【0009】
本発明に係る被膜は、150ないし250℃程度においてデポジットの発生を抑制する機器に利用される被膜であって、前記機器の内面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む。
【0010】
本発明に係る被膜は、150ないし250℃程度において潤滑油に曝される機器における前記潤滑油に接する面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む。
【0011】
本発明に係る被膜は、被膜中の体積比率が0体積%より大きく40体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0012】
本発明に係る被膜は、被膜中の体積比率が10体積%以上40体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0013】
本発明に係る被膜は、被膜中の体積比率が30体積%以上35体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0014】
本発明に係る過給機用部品は、過給機に組み込まれる過給機用部品であって、前記過給機において吸気路を構成する流路部品と、前記流路部品の内面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む被膜と、を備える。
【0015】
本発明に係る過給機用部品は、過給機に組み込まれる過給機用部品であって、前記過給機において、潤滑油を含むガスが流れる吸気路を構成する流路部品と、前記流路部品の前記ガスに接する面を覆い、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む被膜と、を備える。
【0016】
本発明に係る過給機用部品において、前記被膜は、被膜中の体積比率が0体積%より大きく40体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0017】
本発明に係る過給機用部品において、前記被膜は、被膜中の体積比率が10体積%以上40体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0018】
本発明に係る過給機用部品において、前記被膜は、被膜中の体積比率が30体積%以上35体積%以下の前記ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。
【0019】
本発明に係る過給機用部品において、好ましくは、前記流路部品は、前記過給機のコンプレッサインペラの直下流において前記吸気路を囲み、前記コンプレッサインペラが発生する前記ガスが圧縮された圧縮気に接して構成される。
【0020】
本発明に係る過給機用部品において、好ましくは、前記流路部品は、コンプレッサハウジング、シールプレート、およびケーシングよりなる群より選択された何れか一以上である。
【0021】
本発明に係る過給機用部品において、さらに好ましくは、前記被膜は、少なくとも前記圧縮気に接する面を覆う。
【0022】
本発明に係る過給機用部品において、さらに好ましくは、前記被膜は、前記圧縮気に接する面のみを覆う。
【発明の効果】
【0023】
150ないし250℃程度において潤滑油に由来して生ずる低温デポジットが過給機用部品等に付着することを防止し、あるいは抑制する。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の幾つかの実施形態を添付の図面を参照して以下に説明する。図面は必ずしも正確な縮尺により示されておらず、従って相互の寸法関係は図示されたものに限られないことに特に注意を要する。
【0026】
既に述べた通り、発明者らは、ニッケルないしニッケル−リン合金−PTFE複合被膜が、150ないし250℃程度において油の固化を抑制するという属性を有することを見出している。デポジットは、油が機器表面に付着し、これが固化することを経て発生すると推測される。すなわち油の固化を抑制するという属性に鑑みれば、かかる被膜は、150ないし250℃程度の高温に曝される機器においてデポジットの発生を抑制する用途に適すると見られる。かかる機器に該当するものにつき、本発明者らが鋭意探索したところ、レシプロエンジン用過給機のコンプレッサ側を見出した。
【0027】
レシプロエンジンのシリンダからは未燃焼の混合気が僅かに漏出する(いわゆるブローバイガス)ことが知られている。一般的にはこれをインテーク側に吸引してエンジンに還流し、エンジン内にて燃焼することで処理している。過給機がエンジンに接続されている場合には、かかるブローバイガスは吸気と共に過給機のコンプレッサに吸入され、またブローバイガスにはエンジンの潤滑油がミスト状になって含まれているので、過給機のコンプレッサ側においてデポジットが生じる。本発明者らによる観察によれば、過給機においてデポジットが生じるのはコンプレッサの直下流である。かかる部位においては、吸気が圧縮されることに基づき、吸気の圧力が上昇するとともに200℃程度の高温が生じる。すなわちかかる部位は、本実施形態による被膜によってデポジットの付着を抑制するに好適な要件を備えている。
【0028】
ただし過給機のコンプレッサ側への使用は用途の一例に過ぎず、150ないし250℃程度であって潤滑油のごとき油に曝露される何れの機械装置にも、本実施形態は適用することができる。
【0029】
図2を参照して本実施形態による過給機1につき詳細を以下に説明する。
図2において、吸気Aを吸入して圧縮気Acを発生するコンプレッサ部は左方に示されており、エネルギをエンジン排気Eから取り出すタービン部は右方に示されている。エンジン排気Eはエネルギを失って排気Edとして吐き出される。
【0030】
過給機1の全体はケーシング3に収容されており、ケーシング3は、互いに気密に組み合わされるコンプレッサハウジング5およびシールプレート7を備え、これらは吸気路を囲む流路部品である。コンプレッサインペラ11は、コンプレッサハウジング5とシールプレート7とが囲む吸気路内に回転可能に置かれる。
【0031】
コンプレッサインペラ11はタービンインペラ13とシャフトにより駆動的に結合されており、これに駆動されて吸気Aを圧縮して圧縮気Acを発生し、コンプレッサスクロール流路15に送出する。吸気Aは、ブローバイガス等に由来する潤滑油を含むガスであり、圧縮気Acには潤滑油が含まれている。なお、吸気路は、コンプレッサインペラ11の上流側に設けられており、吸気Aをコンプレッサインペラ11側へ吸入する吸入口(コンプレッサインペラ11の上流側の流路)と、コンプレッサインペラ11の直下流側(コンプレッサインペラ11の出口側)に設けられており、吸入口とコンプレッサスクロール流路15とに連通し、圧縮気Acを減速させてコンプレッサスクロール流路15に送出するための環状の狭い流路(ディフューザ流路)と、渦巻き状のコンプレッサスクロール流路15と、を含んで構成されている。コンプレッサスクロール流路15はエンジンの吸気バルブに連通しており、圧縮気Acがエンジンに供給される。インペラ周囲の空気の逃げを最小にするべく、コンプレッサインペラ11はコンプレッサハウジング5およびシールプレート7にごく近接せしめられるが、接触はしていない。
【0032】
ケーシング3は、さらにタービンハウジング9を備え、これにより気密に囲まれた排気路内にタービンインペラ13が回転可能に置かれる。排気路はタービンスクロール流路19を備え、これはエンジンの排気バルブに連通している。以ってエンジンの排気Eはタービンインペラ13に導かれ、タービンインペラ13にエネルギを与えた後は、エネルギを失った排気Edとして排気される。
【0033】
ケーシング3は、さらにシャフトを潤滑するための潤滑油が循環する通路を内包している。
【0034】
図3を参照するに、吸気路を構成する流路部品は、その内面を覆う被膜を備える。より詳細には、吸気路を構成する流路部品は、潤滑油を含むガスに接する面を覆う被膜を備える。コンプレッサハウジング5およびシールプレート7は、何れかのみが被膜を備えてもよいし、それぞれ第1の被膜C1,第2の被膜C3を備えてもよい。被膜は、少なくともコンプレッサインペラ11の直下流であって圧縮気に接する面を覆う。あるいは、かかる面のみを被膜が覆っていてもよい。この場合、覆われた面以外は、流路部品の表面は露出したままにすることができる。このように、環状の狭い流路(ディフューザ流路)を流れる圧縮気に接する面を被膜で覆うことにより、圧縮気に接する面にデポジットが発生して堆積することが抑制されるので、圧縮気の流れの阻害が抑えられる。また、被膜は、コンプレッサハウジング5の内面全体(コンプレッサインペラ11の上流側の吸入口の内面からコンプレッサスクロール流路15の内面まで)を覆うようにしてもよい。このようにコンプレッサハウジング5の内面全体に被膜を設ける場合には、マスキング等のシール施工が容易になる。
【0035】
上述の例によれば、コンプレッサインペラ11の直下流において、実質的にコンプレッサハウジング5およびシールプレート7のみが吸気路を囲むが、もちろん他の部材が吸気路に面することもありうる。例えば
図4に例示した実施形態によれば、シールプレート7は比較的に小さく、コンプレッサインペラ11の底面に対面する程度である。吸気路は、専らコンプレッサハウジング5およびケーシング3の左端により囲まれる。ケーシング3において、吸気路に面する部位はケーシング3の本体と一体であるが、また別体であることもありうる。
【0036】
図5を参照するに、かかる実施形態においては、シールプレート7に代わり、あるいはこれに加えて、ケーシング3に被覆が施される。すなわち、第2の被膜C3は、ケーシング3において圧縮気に接する面を覆い、第1の被膜C1はコンプレッサハウジング5において圧縮気に接する面を覆う。この場合も、かかる面のみを被膜が覆っていてもよく、覆われた面以外は、流路部品の表面は露出したままでもよい。もちろん他の部材が圧縮気に接する場合には、当該部材にも被覆を施すことができる。
【0037】
被膜C1,C3は、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレンよりなる粒子とを含む。被膜C1,C3は、ニッケルないしニッケル−リン合金と、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)よりなる粒子と、よりなることが好ましい。ニッケルまたはニッケル−リン合金は、ニッケルが含まれていることから、主に、潤滑油に含まれる油分の酸化反応や炭化反応を抑制して、酸化物(スラッジ)や炭化物の生成を抑える機能を有している。ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)よりなる粒子は、主に、撥油性を高めて、潤滑油の付着を抑制する機能を有している。被膜の撥油性が低い(濡れ性が良い、接触角が小さい)場合には、被膜表面に潤滑油が広く拡散して付着量が多くなるので、酸化物(スラッジ)や炭化物の生成量が多くなる。これに対して、被膜の撥油性が高い(濡れ性が悪い、接触角が大きい)場合には、被膜表面に潤滑油が広く拡散し難くなり付着量が少なくなるので、酸化物(スラッジ)や炭化物の生成量が少なくなる。
【0038】
このように、被膜C1,C3によれば、被膜表面の撥油性を高くして潤滑油の付着量を低減すると共に、被膜表面に付着した潤滑油に含まれる油分の酸化反応や炭化反応を抑えることにより、デポジットの発生を抑制可能となる。被膜C1,C3の膜厚については、例えば、5μmから20μmとすることが可能である。かかる被膜の形成には公知の技術を利用することができ、例えば無電解複合めっき法が利用できる。無電解複合めっき法によれば、その手順は以下の通りである。
【0039】
対象の流路部品には、予め適宜の脱脂および酸洗がなされる。また対象面以外にめっきがなされないよう、対象面以外の表面をマスキング等によりシールしておく。
【0040】
めっき液は、ニッケル無電解めっきに利用される公知のものであって、例えば次亜リン酸および硫酸ニッケルないし塩化ニッケルを含む水溶液である。
【0041】
PTFEよりなる粒子は、予め準備される。その粒径は1μm以下であり、好ましくは0.2ないし0.5μmであり、その形状は球形ないし球形に近い不定形である。かかる粒子は、界面活性剤中に懸濁されてコロイドを成している。
【0042】
なお、めっき液、PTFEコロイド液ともに市販のものを利用することができる。
【0043】
かかるPTFEコロイド液をめっき液に混合する。この混合比は、被膜におけるPTFEとニッケルないしニッケル−リン合金との組成比を支配する。目的とする組成比に応じて混合比を調整する。
【0044】
混合液は、めっき槽中において例えば85ないし88℃に保温する。加熱は、粒子の変質や凝縮を防止するべく、局部加熱を回避しうる手段によるのが好ましく、その一例は蒸気ヒータである。またPTFE粒子がめっき面に均一に到達するのを促すべく、めっき浴は攪拌棒等によりごく穏やかに攪拌する。
【0045】
対象の流路部品は、保温された混合液中に浸漬される。これらの流路部品は鉄族元素を含む合金(例えば、ステンレス鋼等の鉄合金)よりなり、それ自体が触媒となって次亜リン酸の脱水素を促し、生じた水素がニッケルイオンを還元してニッケルめっきが成される。次亜リン酸も還元を受けてリンを生じ、通常、このリンはニッケルとの間で合金を作るが、このこと自体は本発明において本質ではない。ニッケル単体のめっきでもよく、あるいは他の元素との合金めっきでもよい。
【0046】
PTFE粒子は、かかるニッケルめっき中に巻き込まれ、以ってニッケルないしニッケル−リン合金−PTFE複合めっき被膜C1,C3が流路部品上に形成される。被膜中におけるPTFE粒子の体積比率は、めっき液へのPTFEコロイド液の混合比に依存するが、50体積%を超えないことが好ましい。すなわちニッケルないしニッケル−リン合金がマトリックスであり、これにPTFE粒子が分散している。
【0047】
被膜は、被膜中の体積比率が0体積%より大きく40体積%以下のPTFE粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることが好ましい。被膜中のPTFE粒子の体積比率が0体積%より大きいのは、被膜中にPTFE粒子を含有させて撥油性を高めるためである。被膜中のPTFE粒子の体積比率が40体積%以下であるのは、40体積%を超えると潤滑油に含まれる油分の酸化反応や炭化反応の反応抑制効果の低下が大きくなるからである。
【0048】
被膜は、被膜中の体積比率が10体積%以上40体積%以下のPTFE粒子を含み、残部がニッケルないしニッケル−リン合金からなることがより好ましい。被膜中のPTFE粒子の体積比率が10体積%以上であるのは、撥油性が大きく向上するからである。
【0049】
被膜は、被膜中の体積比率が30体積%以上35体積%以下のPTFE粒子を含み、残部がニッケルないしニッケルーリン合金からなることが更に好ましい。被膜中のPTFE粒子の体積比率が30体積%以上であるのは、撥油性を更に高めることができるからである。また、被膜中におけるPTFE粒子の体積比率を30体積%より小さくしてニッケルないしニッケル−リン合金の含有率を増やしても、酸化反応や炭化反応の反応抑制効果については略同じであるからである。被膜中のPTFEの体積比率が35体積%以下であるのは、酸化反応や炭化反応の反応抑制効果をより高めることができるからである。また、被膜中のPTFE粒子の体積比率を35体積%より大きくしても、撥油性については略同じであるからである。なお、被膜には、微量の不可避的不純物が含まれていてもよい。
【0050】
本実施形態による被膜の効果を検証する目的で、模擬的な試験を行った。試験は、試験体よりなる密封容器に、試料油と加圧した酸素とを封入し、これを恒温槽(オイルバス)に浸漬し、温度を保持しながら恒温槽中で容器を回転させ、容器内面への付着物を採取することによった。
【0051】
試験体としては、比較材として被膜を有さないステンレス鋼(JIS規格SUS304)、実施例1として10−15体積%のPTFEを含むニッケル−リン合金−PTFE複合めっき被膜を有するもの、実施例2として30−35体積%のPTFEを含むもの、実施例3として40体積%のPTFEを含むもの、比較例としてPTFEのみからなる被膜を有するもの、を試験に供した。これらの被膜については、いずれもステンレス鋼(JIS規格SUS304)に被覆した。また、実施例1から3の被膜については、無電解複合めっき法によりニッケル−リン合金−PTFE複合めっき被膜を形成した。実施例1の被膜は、被膜中の体積比率が10体積%から15体積%のPTFE粒子を含み、残部がニッケルーリン合金から構成されている。実施例2の被膜は、被膜中の体積比率が30体積%から35体積%のPTFE粒子を含み、残部がニッケルーリン合金から構成されている。実施例3の被膜は、被膜中の体積比率が40体積%のPTFE粒子を含み、残部がニッケルーリン合金から構成されている。
【0052】
試料油としては、ガソリンエンジン用の一般的な潤滑油を採用したが、未使用のものと、実機において一定期間使用した使用後のものとの2種類を採用した。温度は180℃であり、酸素の封入圧は0.6MPaであり、試験時間は24時間であった。
【0053】
外観を観察してデポジットの付着の程度を評価した。また付着物を採取し、固形部分と液状部分とに分離してそれぞれ秤量し、以下の数式に従って固化度を算出した。固化度はデポジットの発生し易さを表す指標になりうる。
【0054】
固化度=(固形部分)/(液状部分)
いずれの試験体においても、その内面の全面にデポジットが確認された。
図6は、試験結果であって、横軸は固化度である。
【0055】
被膜のない比較材において、未使用油による試験では固化度は0.98であって、使用後油による試験では2.6である。PTFEよりなる被膜を有する比較例において、使用後油による試験では固化度は2.5である。すなわちPTFE単独ではデポジットの発生を抑制する効果が認められないか、あっても僅かである。
【0056】
30−35体積%のPTFEを含む実施例2では、デポジットの付着は比較的に少なかった。未使用油による試験では固化度は0.53であり、使用後油による試験では固化度は2.4である。比較材や比較例と比較して、固化度が低くなっており、デポジットの発生を抑制する効果が認められる。
【0057】
40体積%のPTFEを含む実施例3では、デポジットの付着は比較的に少なかった。未使用油による試験では固化度は0.80である。実施例2には劣るが、デポジットの発生を抑制する効果が認められる。
【0058】
10−15体積%のPTFEを含む実施例1では、デポジットの付着は比較的に少なかった。未使用油による試験では固化度は0.50である。実施例1では、実施例2と固化度が略同じであった。また、実施例1と2とでは、固化度が略同じであるのに対して、実施例2と3とでは、固化度の増加が大きくなる傾向が認められた。すなわち、実施例1と2との間では、PTFE粒子の体積比率の増加に対する固化度の増加の割合が小さいのに対して、実施例2と3との間では、PTFE粒子の体積比率の増加に対する固化度の増加の割合が大きくなる傾向が認められた。この結果から、被膜中のPTFE粒子の体積比率が40体積%以下であれば、PTFE粒子の体積比率を増やしても固化度が小さいままであることがわかった。また、被膜中のPTFE粒子の体積比率が40体積%を越えると、固化度が大きくなり始めることがわかった。
【0059】
実施例1から3、比較材について、未使用油を用いたときの試験後に付着したデポジットの組成を示差熱重量分析(TG−DTA)により評価した。示差熱重量分析(TG−DTA)については、デポジットを室温から900℃まで一定の昇温速度(20℃/min.)で昇温することにより行った。雰囲気ガスについては、アルゴンと酸素との混合ガスを用いた。デポジットの組成成分については、昇温する過程において、蒸発、酸化反応、炭化反応、灰化反応の各反応が進行する温度域での重量変化量を計測することにより求めた。
【0060】
図7は、試験後に付着したデポジットの組成分析の結果を示すグラフである。なお、
図7において、横軸は、デポジットにおける各組成成分の含有率(質量%)を表している。デポジットは、低分子量有機成分からなる揮発分と、油分と、酸化物(スラッジ)と、炭化物と、無機残渣とから構成されている。固形部分は、酸化物(スラッジ)と炭化物と無機残渣とからなり、液状部分は、油分からなる。いずれのデポジットについても、油分を多く含み、無機残渣については僅かであった。実施例1から3では、比較材よりも、酸化物(スラッジ)及び炭化物の比率が低下しているのが認められた。実施例3では、実施例1、2よりも酸化物(スラッジ)と炭化物とを合わせた比率が大きくなった。実施例2では、実施例1よりも炭化物の比率が僅かに大きいが、酸化物(スラッジ)の比率が僅かに小さくなった。実施例2では、実施例1と、酸化物(スラッジ)と炭化物とを合わせた比率が略同じであった。
【0061】
固化度の評価結果と、デポジットの組成分析結果とから、被膜中のPTFE粒子の体積比率が40体積%以下では、PTFE粒子の体積比率を増やしても、潤滑油に含まれる油分の酸化反応や炭化反応の反応抑制効果が高いことがわかった。被膜中のPTFE粒子の体積比率が40体積%を超えると、酸化反応や炭化反応の反応抑制効果の低下が大きくなり始めることがわかった。
【0062】
次に、実施例1から3、及び比較材について撥油性を評価した。撥油性については、上記の試料油(未使用油)を、各被膜及び被膜を有さないステンレス鋼の表面に滴下し、試料油の拡がりの度合いで評価した。比較材では、試料油がステンレス鋼表面の略全面に拡がって付着した(撥油性が低い)。実施例1から3では、比較材よりも試料油の拡がりの度合いが抑制された(撥油性が高い)。また、実施例1から3では、実施例1が最も試料油の拡がりの度合いが大きく(撥油性が低い)、実施例2、3については、試料油の拡がりの度合いが実施例1より小さかった(撥油性が高い)。また、実施例2、3については、試料油の拡がりの度合いが略同じであり、撥油性が略同じであった。
【0063】
更に、上記の試料油(使用後油)を用いて撥油性の評価を行った。撥油性の評価方法については、試料油をマイクロピペッタで一定量被膜に滴下し、1分後の試料油の拡がり量を計測して撥油性を評価した。滴下量については7.0μLとし、拡がり量については定規(JIS1級品)で計測した。被膜については、実施例1、2の被膜の他に、実施例4の被膜(被膜中の体積比率が3体積%から7体積%のPTFE粒子を含み、残部がニッケルーリン合金から構成されている被膜)と、Niメッキ被膜(PTFE粒子が含まれていないもの)を用いた。なお、実施例4の被膜については、実施例1から3の被膜と同様に、ステンレス鋼の表面に無電解複合めっき法によりニッケル−リン合金−PTFE複合めっき被膜を形成した。Niメッキ被膜については、ステンレス鋼の表面に無電解めっき法により形成した。
【0064】
図8は、撥油性の評価結果を示すグラフである。
図8のグラフにおいて、横軸は、滴下1分後の試料油の拡がり量を示している。各被膜における試料油の拡がり量は、Niメッキが7.7mm、実施例4が7.2mm、実施例1が5.4mm、実施例2が4.7mmであった。実施例1、2、4は、いずれもNiメッキよりも試料油の拡がり量が小さく、撥油性の向上が認められた。実施例1、2は、実施例4よりも試料油の拡がり量が小さくなり、撥油性が大きく向上した。また、実施例2は、実施例1よりも試料油の拡がり量が更に小さくなり、撥油性が更に向上した。
【0065】
実施例4は、Niメッキよりも試料油の拡がり量が小さいことから、被膜中にPTFE粒子を含ませることにより、撥油性が向上することがわかった。また、Niメッキと実施例4との間では、被膜中におけるPTFE粒子の体積比率の増加に対する試料油の拡がり量の減少の割合が小さいのに対して、実施例1と4との間では、被膜中におけるPTFE粒子の体積比率の増加に対する試料油の拡がり量の減少の割合が大きくなった。このことから、被膜中のPTFE粒子の体積比率が10体積%以上になると、撥油性の向上がより大きくなる傾向があることがわかった。
【0066】
固化度の評価結果については、被覆を有さないステンレス鋼やPTFE単独では、油の固化を抑制する効果が認められないか、あっても僅かであり、これらと比べて実施例1ないし3はこの効果が顕著に認められ、実施例1、2では更にこの効果が顕著に認められた。また、撥油性の評価結果については、被覆を有さないステンレス鋼よりも、実施例1から3は撥油性の効果が顕著に認められ、実施例2、3では更に撥油性の効果が顕著に認められた。これらの評価結果から、実施例2の被膜が、酸化反応や炭化反応の反応抑制効果と、撥油性とがバランスされており、他の被膜よりもデポジットの発生を抑制することにおいて優れていることがわかった。
【0067】
したがって、被膜中のPTFE粒子の体積比率は、0体積%より大きく40体積%以下であることが好ましく、10体積%以上40体積%以下であることがより好ましく、30体積%以上35体積%であることが更に好ましいことがわかった。
【0068】
本実施形態による被膜は、ニッケルないしニッケルーリン合金に含まれるニッケルにより潤滑剤に含まれる油分との酸化反応や炭化反応を抑制すると共に、PTFE粒子により撥油性を高めて潤滑油の付着を抑えることにより、デポジットの発生を抑制しうる。このため、かかる被膜が過給機のコンプレッサ側のデポジットの発生およびその付着を抑制する用途に適することは明らかである。したがって、潤滑油に由来して生ずる低温デポジットが、流路部品と、流路部品の潤滑油含むガスと接する面を覆うかかる被膜とを備えた過給機用部品に発生することを抑制することができる。また、かかる被膜が、150ないし250℃程度において潤滑油に曝される機器の潤滑油に接する面を覆うことにより、このような機器のデポジットの発生およびその付着を抑制可能なことも明らかである。
【0069】
好適な実施形態により本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上記開示内容に基づき、当該技術分野の通常の技術を有する者が、実施形態の修正ないし変形により本発明を実施することが可能である。