特許第6222411号(P6222411)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6222411
(24)【登録日】2017年10月13日
(45)【発行日】2017年11月1日
(54)【発明の名称】電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20171023BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20171023BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20171023BHJP
【FI】
   B62D6/00
   B62D5/04
   B62D119:00
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-534625(P2017-534625)
(86)(22)【出願日】2016年8月10日
(86)【国際出願番号】JP2016073563
(87)【国際公開番号】WO2017030067
(87)【国際公開日】20170223
【審査請求日】2017年6月23日
(31)【優先権主張番号】特願2015-161698(P2015-161698)
(32)【優先日】2015年8月19日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-37404(P2016-37404)
(32)【優先日】2016年2月29日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078776
【弁理士】
【氏名又は名称】安形 雄三
(74)【代理人】
【識別番号】100200333
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100121887
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 好章
(72)【発明者】
【氏名】椿 貴弘
【審査官】 三宅 龍平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−141173(JP,A)
【文献】 特開2006−340446(JP,A)
【文献】 特表2003−534180(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 5/00 − 6/10
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも操舵トルクに基づいて電流指令値を演算するトルク制御部と、前記電流指令値に基づいてモータに流れるモータ電流を制御する電流制御部とを備える電動パワーステアリング装置において、
前記電流制御部に特定周波数帯域除去部を配置し、
前記特定周波数帯域除去部は、少なくともノッチフィルタで構成され、前記トルク制御部の演算周期が前記電流制御部の演算周期以上で、前記トルク制御部の演算量が前記電流制御部の演算量より大きいときに発生する前記電流指令値のパワースペクトルに対して、前記トルク制御部の演算周波数の略2分の1の周波数の少なくとも1つの自然数倍の周波数の成分を減衰することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記トルク制御部と前記電流制御部の減算部の間に前記特定周波数帯域除去部を配置する請求項1に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記特定周波数帯域除去部は、直列に接続された複数のノッチフィルタで構成される請求項1又は2に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記特定周波数帯域除去部は、前記ノッチフィルタに直列に接続されるローパスフィルタを具備する請求項1乃至3のいずれかに記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
前記特定周波数帯域除去部が、前記電流制御部の減算部とPI制御部の間に配置される請求項1乃至4のいずれかに記載の電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも操舵トルクに基づいて電流指令値を演算するトルク制御部と、前記電流指令値に基づいてモータに流れるモータ電流を制御する電流制御部とを備える電動パワーステアリング装置に関し、特に特定の周波数成分を減衰させる機能を有する電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の操舵系をモータの回転力でアシスト制御する電動パワーステアリング装置(EPS)は、モータの駆動力で減速機を介してギア又はベルト等の伝達機構により、ステアリングシャフト或いはラック軸に操舵補助力(アシスト力)を付与するようになっている。かかる従来の電動パワーステアリング装置は、操舵補助力のトルクを正確に発生させるため、モータ電流のフィードバック制御を行っている。フィードバック制御は、電流指令値とモータ電流検出値との差が小さくなるようにモータ印加電圧を調整するものであり、モータ印加電圧の調整は、一般的にPWM(パルス幅変調)制御のデューティの調整で行っている。
【0003】
電動パワーステアリング装置の一般的な構成を図1に示して説明すると、ハンドル1のコラム軸(ステアリングシャフト、ハンドル軸)2は減速ギア3、ユニバーサルジョイント4a及び4b、ピニオンラック機構5、タイロッド6a,6bを経て、更にハブユニット7a,7bを介して操向車輪8L,8Rに連結されている。また、コラム軸2には、ハンドル1の操舵トルクを検出するトルクセンサ10及び操舵角θを検出する舵角センサ14が設けられており、ハンドル1の操舵力を補助するモータ20が減速ギア3を介してコラム軸2に連結されている。電動パワーステアリング装置を制御するコントロールユニット(ECU)30には、バッテリ13から電力が供給されると共に、イグニションキー11を経てイグニションキー(IG)信号が入力される。コントロールユニット30は、トルクセンサ10で検出された操舵トルクTsと車速センサ12で検出された車速Vsとに基づいてアシスト(操舵補助)指令の電流指令値の演算を行い、電流指令値に補償等を施した電圧制御指令値Vrefによって、EPS用モータ20に供給する電流を制御する。
【0004】
なお、舵角センサ14は必須のものではなく、配設されていなくても良く、また、モータ20に連結されたレゾルバ等の回転センサから操舵角を取得することも可能である。
【0005】
コントロールユニット30には、車両の各種情報を授受するCAN(Controller Area Network)100が接続されており、車速VsはCAN100から受信することも可能である。また、コントロールユニット30には、CAN100以外の通信、アナログ/ディジタル信号、電波等を授受する非CAN101も接続可能である。
【0006】
コントロールユニット30は主としてMCU(CPU、MPU等も含む)で構成されるが、そのMCU内部においてプログラムで実行される一般的な機能を示すと図2のようになる。
【0007】
図2を参照してコントロールユニット30の機能及び動作を説明すると、トルクセンサ10で検出された操舵トルクTs及び車速センサ12で検出された(若しくはCAN100からの)車速Vsは、電流指令値Iref1を演算する電流指令値演算部31に入力される。電流指令値演算部31は、入力された操舵トルクTs及び車速Vsに基づいてアシストマップ等を用いて、モータ20に供給するモータ電流の制御目標値である電流指令値Iref1を演算する。電流指令値Iref1は加算部32Aを経て電流制限部33に入力され、最大電流を制限された電流指令値Irefmが減算部32Bに入力され、フィードバックされているモータ電流値Imとの偏差I(=Irefm−Im)が演算され、その偏差Iが操舵動作の特性改善のためのPI(比例積分)制御部35に入力される。PI制御部35で特性改善された電圧制御指令値VrefがPWM制御部36に入力され、更に駆動部としてのインバータ37を介してモータ20がPWM駆動される。モータ20のモータ電流値Imはモータ電流検出器38で検出され、減算部32Bにフィードバックされる。インバータ37は駆動素子としてFETが用いられ、FETのブリッジ回路で構成されている。
【0008】
加算部32Aには補償信号生成部34からの補償信号CMが加算されており、補償信号CMの加算によって操舵システム系の特性補償を行い、収れん性や慣性特性等を改善するようになっている。補償信号生成部34は、セルフアライニングトルク(SAT)34−3と慣性34−2を加算部34−4で加算し、その加算結果に更に収れん性34−1を加算部34−5で加算し、加算部34−5の加算結果を補償信号CMとしている。
【0009】
このような電動パワーステアリング装置では、装置の構成物や周辺物が共振系を形成し、それら共振系の共振により振動や異音等が発生するので、その抑制が望まれており、種々の対策が提案されている。
【0010】
例えば、特許第5456576号公報(特許文献1)では、コラムやラック等の電動パワーステアリング装置の構成物若しくは車両前部構造物の剛体部分の機械共振周波数成分を除去する技術が提案されている。特許文献1では、急峻な減衰特性を有するバンドカットフィルタ(バンドストップフィルタ)若しくはノッチフィルタを用いて、さらには二次以上のローパスフィルタを組み合わせて、機械共振周波数成分を除去している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第5456576号公報
【特許文献2】特許第5235536号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、電動パワーステアリング装置のコントロールユニット30では、操舵トルク及び車速の入力から電流指令値Irefmの出力までの制御(トルク制御)と電流指令値Irefmの入力からモータ電流値Imの出力までの制御(電流制御)が周期的に行われるが、トルク制御の周期(演算周期)Ts_trqと電流制御の周期(演算周期)Ts_curがTs_trq≧Ts_curの場合、電流制御での電流指令値の更新周期がトルク制御での電流指令値の更新周期に引っ張られてしまう。例えば、トルク制御及び電流制御での電流指令値がそれぞれ図3のように更新されるとする。図3において、横軸を時間、縦軸を電流指令値として、図3(A)がトルク制御での電流指令値の更新の様子を、図3(B)が電流制御での電流指令値の更新の様子を示しており、トルク制御の演算周期Ts_trqの方が電流制御の演算周期Ts_curより大きくなっている。図3からわかるように、時点t、t及びtは電流制御が新たな演算を行うためにトルク制御から電流指令値を入力するタイミングであるが、それらの時点はトルク制御の演算周期の1周期内であり、トルク制御では電流指令値は更新されないので、電流制御での電流指令値も更新されない。そして、トルク制御が新たな演算を行うタイミングである時点tで電流指令値が更新されると、その後の電流制御が新たな演算を行うタイミングである時点tで電流制御での電流指令値も更新されることになる。同様にして、次にトルク制御が新たな演算を行うタイミングである時点tで電流指令値が更新されると、その後の時点tで電流制御での電流指令が更新される。つまり、電流制御での電流指令値は、電流制御の演算周期Ts_curではなく、時点tから時点tまでの時間、即ちトルク制御の演算周期Ts_trqで更新されることになる。
【0013】
このように電流制御での電流指令値の更新周期がトルク制御での電流指令値の更新周期に引っ張られてしまうことにより、ハンドルを任意に操舵したときのトルク制御での電流指令値を電流制御の演算周期Ts_curでFFT(高速フーリエ変換)解析すると、トルク制御の演算周波数fs_trq(=1/Ts_trq)の1/2倍の周波数おきに顕著なスペクトルが発生してしまう。図4はその様子を示すグラフで、横軸を周波数[Hz]、縦軸をパワースペクトル[dB]として電流指令値のパワースペクトルを表示したものであり、fs_trq/2の自然数倍の周波数近辺で、破線で示されているように、急峻なパワースペクトルが発生している。これは、fs_trq/2はトルク制御での電流指令値の更新周期(=演算周期)に対するナイキスト周波数に相当するので、電流制御での電流指令値において、fs_trq/2の自然数倍の周波数でパワースペクトルが大きくなってしまうのである。このような急峻なパワースペクトルが発生すると、電動パワーステアリング装置の共振周波数帯(例えば、機械共振の数Hzから数kHzまで等)の有無に関係なく、急峻なパワースペクトルが加振源となり、振動や異音等を引き起こしてしまう。
【0014】
特許文献1では、機械共振周波数成分の除去を目的に、狭小な周波数帯域で急峻な減衰特性を有するフィルタを使用しているので、周波数帯域が異なる上述のようなトルク制御の演算周期と電流制御の演算周期の関係性から発生するパワースペクトルを加振源とする、機械共振の有無によらず発生する振動や異音等を的確に抑制することができない。
【0015】
演算に依存して発生するノイズを除去するものとして、例えば特許第5235536号公報(特許文献2)では、信号量子化誤差等や微分によって励起するノイズ除去のためにノイズフィルタを使用している。特許文献2は、演算量が少なく、設計が体系的且つ簡便な操舵制御装置を得ることを目的として、低周波数特性を設定する位相遅れ補償部及び高周波数特性を設定する高域補償部を備え、それらの後段にノイズフィルタを設置することにより、ノイズ除去を行っている。しかし、上述のようなパワースペクトルを除去の対象としているか不明であり、ノイズフィルタとしてローパスフィルタを用いているので、制御帯域での位相遅れの影響で装置が不安定となるおそれがある。
【0016】
本発明は上述のような事情よりなされたものであり、本発明の目的は、トルク制御の演算周期と電流制御の演算周期の関係性から発生するパワースペクトルを加振源とする、機械共振の有無によらず発生する振動や異音等を的確に抑制可能な電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、少なくとも操舵トルクに基づいて電流指令値を演算するトルク制御部と、前記電流指令値に基づいてモータに流れるモータ電流を制御する電流制御部とを備える電動パワーステアリング装置に関し、本発明の上記目的は、前記トルク制御部の演算周期が前記電流制御部の演算周期以上であり、前記電流制御部は、前記電流指令値に対して前記トルク制御部の演算周波数の略2分の1の周波数の少なくとも1つの自然数倍の周波数の成分を減衰させる特定周波数帯域除去部を備えることにより達成される。
【0018】
本発明の上記目的は、前記特定周波数帯域除去部は、ノッチフィルタで構成されることにより、或いは前記特定周波数帯域除去部は、直列に接続された複数のノッチフィルタで構成されることにより、或いは前記特定周波数帯域除去部は、前記ノッチフィルタに直列に接続されるローパスフィルタを具備することにより、或いは前記特定周波数帯域除去部は、前記トルク制御部から出力される前記電流指令値を入力することにより、より効果的に達成される。
【発明の効果】
【0019】
本発明の電動パワーステアリング装置によれば、トルク制御の演算周波数の1/2倍の周波数の自然数倍の周波数成分を減衰させるフィルタを使用することにより、トルク制御の演算周期と電流制御の演算周期の関係性から発生するパワースペクトルを加振源とする、機械共振の有無によらず発生する振動や異音等を的確に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】電動パワーステアリング装置の概要を示す構成図である。
図2】電動パワーステアリング装置のコントロールユニット(ECU)の構成例を示すブロック図である。
図3】トルク制御及び電流制御での電流指令値の更新の様子を示す図である。(A)はトルク制御での電流指令値の更新の様子を示す図で、(B)は電流制御での電流指令値の更新の様子を示す図である。
図4】電流指令値のパワースペクトルの例を示すグラフである。
図5】本発明の構成例(第1実施形態)を示すブロック図である。
図6】第1実施形態での特定周波数帯域除去部の構成例を示すブロック図である。
図7】ノッチフィルタの周波数特性(振幅特性)の例を示す特性図である。
図8】本発明の動作例(第1実施形態)を示すフローチャートである。
図9】第1実施形態での電流指令値のパワースペクトルの例を示すグラフである。
図10】ノッチフィルタとLPFとを比較するシミュレーションに使用するノッチフィルタ及びLPFの周波数特性の例を示す特性図である。(A)は振幅特性を示す特性図であり、(B)は位相特性を示す特性図である。
図11図10(B)に示される位相特性の差分(位相変化分)を示す図である。
図12】ノッチフィルタとLPFとを比較するシミュレーションに入力するハンドル舵角の例を示す図である。
図13】ノッチフィルタとLPFとを比較するシミュレーションの結果である操舵トルクの変化を示すグラフである。
図14】本発明の構成例(第2実施形態)での特定周波数帯域除去部の構成例を示すブロック図である。
図15】本発明の構成例(第3実施形態)を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明では、トルク制御の演算周期Ts_trqと電流制御の演算周期Ts_curの関係性から発生する急峻なパワースペクトルに対して、ノッチフィルタのような狭帯域で急峻な減衰特性を有するフィルタを使用してその周波数成分を減衰させる。具体的には、Ts_trq≧Ts_curの場合にトルク制御の演算周波数fs_trq(=1/Ts_trq)の1/2倍の周波数おきの周波数成分を減衰させる。トルク制御の演算周期Ts_trqと電流制御の演算周期Ts_curは、例えば、それぞれの制御での演算量の違い等から異なる周期とすることがあり、トルク制御の演算量が電流制御の演算量より大きいとき、Ts_trq≧Ts_curと設定されることがあり、この場合に上記のようなパワースペクトルが発生する。
【0022】
このような急峻なパワースペクトルが加振源となって、機械共振の有無によらず、振動や異音等を引き起こしてしまう。よって、ノッチフィルタ等でピンポイント的に周波数成分を減衰させることにより、他の周波数帯域への影響を抑えて、振動や異音等を的確に抑制することができる。なお、バンドストップフィルタのうち、阻止する周波数帯域が特に狭いフィルタがノッチフィルタである。
【0023】
以下に、本発明の実施の形態を、図面を参照して説明する。
【0024】
図5は本発明の実施形態の構成例(第1実施形態)を図2に対応させて示しており、同一構成には同一符号を付して説明は省略する。
【0025】
本構成例では、電流制限部33と減算部32Bの間に特定周波数帯域除去部40が設けられている。そして、電流指令値演算部31、加算部32A、電流制限部33及び補償信号生成部34よりトルク制御部300が構成され、特定周波数帯域除去部40、減算部32B、PI制御部35、PWM制御部36、インバータ37及びモータ電流検出器38より電流制御部310が構成され、トルク制御部300は演算周期Ts_trqでトルク制御を行い、電流制御部310は演算周期Ts_curで電流制御を行い、Ts_trq≧Ts_curとなっている。なお、補償信号生成部34の設置は任意で、補償内容の追加、変更等も可能である。
【0026】
特定周波数帯域除去部40は、例えば図6に示されるようなノッチフィルタを4つ直列で接続した構成となっている。トルク制御部300の演算周波数fs_trq(=1/Ts_trq)の1/2倍の周波数おきに発生するパワースペクトルに対する電流指令値の周波数成分を減衰させるために、ノッチフィルタ401、402、403及び404の減衰周波数は、それぞれfs_trq/2、fs_trq、fs_trq×3/2及びfs_trq×2に設定されている。ここで、減衰周波数とは、フィルタの振幅特性において最も振幅が小さくなる周波数のことを指し、ノッチ周波数、中心周波数等と呼ばれることもある。
【0027】
各ノッチフィルタはそれぞれ2次フィルタのノッチフィルタとして設計されており、周波数特性は、減衰周波数をfeとした場合、下記数1の伝達関数Gで表わされる。
【0028】
【数1】
ここで、ω=ω=2π×feで、sはラプラス演算子、ζ、ζは減衰係数で、ζ<ζである。この場合の振幅特性は、例えば図7に示されるような特性となる。図7において、横軸は周波数[Hz]、縦軸は振幅(ゲイン)[dB]であり、ω=ω=2π×(fs_trq/2)、ζ=0.02、ζ=0.1とした場合の振幅特性を表示している。図7からわかるように、減衰周波数fe=fs_trq/2で最も振幅が小さくなっている。なお、数1では伝達関数Gを連続系の式で表現しているが、実装では離散系の2次フィルタに変換して使用する。
【0029】
ノッチフィルタ401には、fe=fs_trq/2として予め算出及び設定された数1のパラメータが保持されており、数1に基づいて、入力される電流指令値(電流指令値信号)を変換する。同様に、ノッチフィルタ402、403及び404には、fe=fs_trq、fe=fs_trq×3/2及びfe=fs_trq×2として予め算出及び設定された数1のパラメータが保持されており、数1に基づいて、各ノッチフィルタに入力される電流指令値を変換する。
【0030】
なお、ノッチフィルタ401、402、403及び404は、図6に示される順番以外の順番で接続しても良い。
【0031】
図5には示されていないが、トルク制御部300の電流制限部33と電流制御部310の特定周波数帯域除去部40の間にはサンプルアンドホールド部が存在している。トルク制御部300の演算周期Ts_trqと電流制御部310の演算周期Ts_curが異なるので、トルク制御部300から出力されるデータ(電流指令値)を、電流制御部310はトルク制御部300と同期して受け取ることができない。よって、トルク制御部300から出力されるデータをサンプルアンドホールド部が記憶(サンプリング)し、電流制御部310が受け取り可能となるまで保持(ホールド)する。例えば、上述の図3のように電流指令値が更新される場合、時点tにおいて更新された電流指令値がトルク制御部300から出力されても、電流制御部310がその電流指令値を受け取れるのは時点tであるから、電流制御部310が受け取り可能となる時点tまでサンプルアンドホールド部がその電流指令値を保持する。同様に、時点tにおいて更新された電流指令値を、電流制御部310が受け取り可能となる時点tまでサンプルアンドホールド部が保持する。これにより、データの取りこぼしをなくすことができる。なお、サンプルアンドホールド部を特定周波数帯域除去部40の中に取り込んでも良い。
【0032】
このような構成において、電流制御部310の動作例を図8のフローチャートを参照して説明する。
【0033】
トルク制御部300の電流制限部33から出力された電流指令値Irefmは特定周波数帯域除去部40に入力される(ステップS10)。
【0034】
特定周波数帯域除去部40では、ノッチフィルタ401が電流指令値Irefmを入力し、保持しているパラメータを用いて、数1に基づいて、電流指令値Irefmを変換する。変換された電流指令値Irefmは、ノッチフィルタ402、403及び404に順次入力され、各ノッチフィルタは、保持しているパラメータを用いて、数1に基づいて、電流指令値を変換する(ステップS20)。ノッチフィルタ404で変換された電流指令値は、電流指令値Irefn1として減算部32Bに出力される(ステップS30)。
【0035】
その後は、前述と同様の動作を経て、モータ20がPWM駆動され(ステップS40)、モータ電流検出器38で検出されたモータ電流値Imは減算部32Bにフィードバックされる(ステップS50)。
【0036】
以上の動作が、演算周期Ts_curで繰り返される。
【0037】
本実施形態を、図4に示されるパワースペクトルを有する電流指令値に適用した結果を図9に示す。図9は、図4と同様に、横軸を周波数[Hz]、縦軸をパワースペクトル[dB]として電流指令値のパワースペクトルを表示したものである。図4で示されるパワースペクトルと図9で示されるパワースペクトルを比べると、演算周波数fs_trqの1/2倍の周波数おきに発生している急峻なパワースペクトル(破線の箇所)が低減されていることがわかる。
【0038】
さらに、ノッチフィルタ使用による効果について、ローパスフィルタ(LPF)と比較することにより説明する。
【0039】
ノッチフィルタとして、減衰係数ζ及びζをそれぞれ0.05及び0.1とし、トルク制御の演算周期Ts_trqを1ms(演算周波数fs_trqは1kHz)として、減衰周波数feをfs_trq/2=500[Hz]としたノッチフィルタを使用する。LPFとして、500Hzでの振幅がノッチフィルタの振幅と合致するようにした、遮断周波数が300HzのLPFを使用する。図10(A)及び(B)にノッチフィルタ及びLPFの振幅特性及び位相特性を示す。図10において、横軸は周波数[Hz]、縦軸は図10(A)では振幅(ゲイン)[dB]、図10(B)では位相[deg]であり、太線がノッチフィルタの周波数特性、細線がLPFの周波数特性を示す。また、ノッチフィルタの位相特性とLPFの位相特性の差分(位相変化分)を図11に示す。図11において、横軸は周波数[Hz]、縦軸は位相変化分[deg](=ノッチフィルタの位相−LPFの位相)である。
【0040】
上記のノッチフィルタ及びLPFを使用して、ハンドル舵角(トーションバーの上側の角度)を図12に示されるように変化させた場合の操舵トルク(トーションバートルク)の時間応答のシミュレーション結果を図13に示す。図13において、横軸は時間[sec]、縦軸は操舵トルク[Nm(ニュートンメートル)]で、太線がノッチフィルタを使用した場合の時間応答、細線がLPFを使用した場合の時間応答を示す。図13(B)は、図13(A)にてXで示される時間範囲(6〜6.5sec)の時間応答を拡大したものである。
【0041】
図13からわかるように、LPFを使用した場合に比べて、ノッチフィルタを使用した場合の方が操舵トルクの振動が低減される。これは、図11に示されているように、ノッチフィルタを使用した場合、LPFを使用した場合より位相遅れが回復され(例えば、50Hzで約9deg)、その影響により振動が低減されるからである。このように、ノッチフィルタを使用することにより、システムの安定性を改善し、フィードバックループの影響により発生する振動を改善することができる。
【0042】
なお、第1実施形態では、ノッチフィルタを4つ備えているが、減衰させたいパワースペクトルの数に合わせて、ノッチフィルタの数を変えても良い。例えば、周波数fs_trq/2でのパワースペクトルが顕著に大きく、このパワースペクトルに対する周波数成分のみを減衰させたい場合は、特定周波数帯域除去部40をノッチフィルタ401のみで構成すれば良い。或いは、周波数fs_trq×5/2でのパワースペクトルに対する周波数成分も減衰させたい場合は、本周波数を減衰周波数とするノッチフィルタを特定周波数帯域除去部40に追加すれば良い。
【0043】
また、ノッチフィルタの伝達関数を離散系に変換する際のパラメータの丸め誤差や変換方式(双一次変換、プリワープ(prewarp)、後退差分等)による誤差等により、ノッチフィルタの減衰周波数に若干のずれが生じる可能性があるので、ノッチフィルタの減衰周波数は、所望の周波数(fs_trqのn/2倍(nは自然数))に多少の許容範囲(例えば±5%以内)を持たせて設定しても良い。
【0044】
さらに、特定周波数帯域除去部40はノッチフィルタで構成されているが、ノッチフィルタ以外のバンドストップフィルタで構成しても良い。或いは、ノッチフィルタとそれ以外のバンドストップフィルタを混在して構成しても良い。例えば、ノッチフィルタは阻止帯域が他のバンドストップフィルタより狭いので、狭帯域の周波数成分を減衰させたいところではノッチフィルタを使用し、多少幅をもたせた帯域の周波数成分を減衰させたいところではノッチフィルタ以外のバンドストップフィルタを使用する等の構成を取ることができる。
【0045】
次に、本発明の第2実施形態について説明する。
【0046】
第2実施形態では、特定周波数帯域除去部がノッチフィルタとローパスフィルタで構成される。図14は本実施形態での特定周波数帯域除去部41の構成例を示しており、図6で示されている第1実施形態での特定周波数帯域除去部40と比べると、ノッチフィルタ403及び404の代わりに、ローパスフィルタ411が設けられている。なお、他の構成は第1実施形態と同じである。
【0047】
ノッチフィルタ401及び402は、第1実施形態の場合と同様に、減衰周波数がfs_trq/2及びfs_trqであり、この周波数成分を減衰させるように設計されているので、ローパスフィルタ411は、fs_trq×3/2以上の周波数成分を低減するように設計されている。例えば、ローパスフィルタ411を1次フィルタとして設計した場合、周波数特性は下記数2の伝達関数Gで表わされる。
【0048】
【数2】
ここで、ω=2π×fcで、fcは遮断周波数で、fc≦fs_trq×3/2として設計されている。
【0049】
ローパスフィルタ411を2次フィルタとして設計した場合は、伝達関数Gは下記数3となる。
【0050】
【数3】
ここで、ζは減衰係数、ω=2π×fcで、fc≦fs_trq×3/2として設計されている。
【0051】
ローパスフィルタ411には予め設定された数2又は数3のパラメータが保持されており、数2又は数3に基づいて、入力される電流指令値を変換する。
【0052】
なお、ノッチフィルタ401、402及びローパスフィルタ411は、図14に示される順番以外の順番で接続しても良い。
【0053】
第2実施形態での動作は、第1実施形態での動作と同様であり、特定周波数帯域除去部41に入力された電流指令値Irefmは、ノッチフィルタ401、402及びローパスフィルタ411にて順次変換され、電流指令値Irefn2として減算部32Bに出力される。
【0054】
このように、演算周波数fs_trqの1/2倍の周波数おきに発生する急峻なパワースペクトルのうち、一定の周波数(第2実施形態ではfs_trq×3/2)以上のパワースペクトルに対してはローパスフィルタにて周波数成分を低減することにより、ノッチフィルタを使用する場合よりも少ない演算量で上記のパワースペクトルに対する周波数成分を低減させることができる。
【0055】
なお、第2実施形態では、ノッチフィルタを2つ備えているが、ノッチフィルタを1つ或いは3つ以上備えても良い。その場合、ローパスフィルタの遮断周波数は、ノッチフィルタが減衰対象とする周波数成分以外の周波数成分を低減するように設定する。また、ローパスフィルタの伝達関数は3次以上でも良い。さらに、ノッチフィルタの代わりに、ノッチフィルタ以外のバンドストップフィルタを使用しても良い。
【0056】
次に、本発明の第3実施形態について説明する。
【0057】
図15は本実施形態の構成例を図2及び図5に対応させて示しており、同一構成には同一符号を付して説明は省略する。
【0058】
第1実施形態では電流制限部33と減算部32Bの間に特定周波数帯域除去部40が設けられているが、第3実施形態では減算部32BとPI制御部35の間に特定周波数帯域除去部42が設けられている。よって、特定周波数帯域除去部42には、電流指令値Irefmではなく、電流指令値Irefmとモータ電流値Imの偏差Iが入力される。
【0059】
特定周波数帯域除去部42は、第1実施形態での特定周波数帯域除去部40又は第2実施形態での特定周波数帯域除去部41と同様の構成で設計され、同様の動作を実施することにより、第1実施形態又は第2実施形態と同様の効果を発揮する。
【0060】
上述の実施形態(第1実施形態〜第3実施形態)では、特定周波数帯域除去部を1つ備えているが、第1実施形態及び第2実施形態での設置位置(電流制限部33と減算部32Bの間)と第3実施形態での設置位置(減算部32BとPI制御部35の間)の2箇所に設置しても良い。この場合、上述の実施形態での特定周波数帯域除去部を構成するノッチフィルタ及びローパスフィルタを分割し、2箇所に設置された特定周波数帯域除去部それぞれに配分して構成することになる。
【0061】
また、上述の実施形態において、モータとして直流モータ及び三相ブラシレスモータ等を使用し、PI制御部では、PI制御ではなく、一般的なモデルマッチングを使用しても良い。
【符号の説明】
【0062】
1 ハンドル
2 コラム軸(ステアリングシャフト、ハンドル軸)
10 トルクセンサ
12 車速センサ
20 モータ
30 コントロールユニット(ECU)
31 電流指令値演算部
33 電流制限部
34 補償信号生成部
35 PI制御部
36 PWM制御部
37 インバータ
38 モータ電流検出器
40、41、42 特定周波数帯域除去部
300 トルク制御部
310、320 電流制御部
401、402、403、404 ノッチフィルタ
411 ローパスフィルタ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15