【文献】
Arthritis Res. Ther., 2011, Vol.13, No.2, R60
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、投与対象の体内に存在する腫瘍細胞等の免疫学的非自己抗原を有する細胞に対する特異的な免疫反応を活性化させることができるワクチン等を提供すること、及びそれに用いられる有効成分を提供することを目的とする。より具体的には、TNFファミリーメンバーの細胞外領域又はその機能的断片を含む分子以外の分子であって、当該分子を免疫学的非自己細胞表面上に結合させた複合体がワクチンとして機能する分子を見出し、当該分子を利用するワクチン(好ましくは腫瘍ワクチン)及びそれに用いられる有効成分を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するために、腫瘍細胞を非自己として排除する免疫反応を効率的に誘導するために当該腫瘍細胞表面上に結合させる分子を鋭意検討した。その結果、TLR4の内因性リガンドとして知られるMRP8を結合させた腫瘍細胞が、同質遺伝子的な腫瘍細胞の肺転移に対する抑制効果を有しており、腫瘍ワクチンとして機能を示すことを見出した。MRP8は、TNFファミリーメンバー(FasL、TNF、OX40Lなど)とは全く異なるカテゴリーに属するタンパク質であるが、MRP8を結合させた腫瘍細胞は優れた腫瘍ワクチン効果を発揮した。以上の知見に基づき、更に検討を進め、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
[1]免疫学的非自己細胞及び単離されたMRP8分子を含む、免疫学的非自己細胞−MRP8分子複合体であって、
MRP8分子が、該免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得るように、該免疫学的非自己細胞の表面上に結合している、複合体。
[2]免疫学的非自己細胞が腫瘍細胞である、[1]に記載の複合体。
[3]MRP8分子が、MRP8又はその機能的断片及び該免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分を含む融合分子である、[1]又は[2]に記載の複合体。
[4]該免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分が、該免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチド残基である、[3]に記載の複合体。
[5]該免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチドが、アビジン又はストレプトアビジンである、[4]に記載の複合体。
[6]固定されている、[1]〜[5]のいずれかに記載の複合体。
[7]固定がアルデヒド処理により行われている、[6]に記載の複合体。
[8]該免疫学的非自己細胞がビオチン化されている、[5]記載の複合体。
[9][1]〜[8]のいずれかに記載の複合体を含む組成物。
[10]医薬である、[9]に記載の組成物。
[11][1]〜[8]のいずれかに記載の複合体を含む、ワクチン。
[12]該免疫学的非自己細胞が投与対象の個体から単離された免疫学的非自己細胞である、[11]に記載のワクチン。
[13]腫瘍の治療用である、[11]又は[12]に記載のワクチン。
[14][1]〜[8]のいずれかに記載の免疫学的非自己細胞−MRP8分子複合体を含むワクチンの製造方法であって、
(a)投与対象の個体から単離された免疫学的非自己細胞とMRP8分子を水性緩衝液中で混合する工程、
(b)(a)の混合液中で免疫学的非自己細胞の表面にMRP8分子を結合させ、免疫学的非自己細胞−MRP8分子複合体を得る工程、及び
(c)(b)で得られた免疫学的非自己細胞−MRP8分子複合体を固定する工程
を含む、方法。
[15]腫瘍細胞及び単離されたMRP8分子を含む、腫瘍細胞−MRP8分子複合体であって、
MRP8分子が、該腫瘍細胞の表面上に結合した状態で、該腫瘍細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得るように、該腫瘍細胞の表面上に結合している、複合体を含有する腫瘍ワクチンを、腫瘍患者又は腫瘍の罹患暦を有する患者に投与することを含む、腫瘍を治療又は予防する方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の複合体、組成物及びワクチン(好ましくは腫瘍ワクチン)を用いることにより、種々の腫瘍、ウイルス感染、細胞内寄生性バクテリア感染など(好ましくは種々の腫瘍)を効果的に予防又は治療することができる。特に本発明の複合体に含まれる免疫学的非自己細胞として投与対象の個体から単離された腫瘍細胞を用いることにより、腫瘍細胞の持つ多種の腫瘍抗原に対する免疫が成立し、投与対象の個体内に存在する腫瘍細胞が排除される。従って、本発明の複合体、組成物及び腫瘍ワクチンを、外科的手術等により腫瘍除去の治療を受けた患者に対して投与すると、自己の腫瘍細胞に特異的に発現する多種の腫瘍抗原に対する免疫を当該患者の体内で活性化させることができる。その結果、当該患者の体内に残存する可能性がある腫瘍細胞(例えば、微小転移した腫瘍細胞)を排除することができる。従って、本発明の複合体、組成物及び腫瘍ワクチンは、特に腫瘍治療後の腫瘍の再発の防止に有効である。
また発現ベクターを用いて細胞表面にタンパク質を発現させる場合には、発現ベクターによる遺伝子導入に長い時間を要する。加えて、(1)ベクターの細胞への導入効率、(2)細胞内におけるベクターのプロモーター・エンハンサー活性、(3)発現させるタンパク質の細胞毒性、などに起因して、目的のタンパク質を高いレベルで細胞表面に発現させることができないことがある。しかし、本発明の複合体等は、これらの細胞や分子自体の特性による製造工程への影響を受けることなく、非常に短い時間で安定して製造することができる。
従って、本発明により、種々の腫瘍、ウイルス感染、細胞内寄生性バクテリア感染など(好ましくは種々の腫瘍)に対して有効な治療手段及び再発の予防手段を迅速かつ安定的に提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.免疫学的非自己細胞−MRP8分子複合体
本発明は、免疫学的非自己細胞及び単離されたMRP8分子を含む、免疫学的非自己細胞−MRP8分子複合体であって、
MRP8分子が、該免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得るように、該免疫学的非自己細胞の表面上に結合している、複合体(以下、本発明の複合体とも言う)を提供する。
【0016】
1−1.免疫学的非自己細胞
本明細書において、免疫学的非自己細胞とは、免疫学的非自己抗原を少なくとも1つ発現する細胞を意味する。免疫学的非自己抗原としては、特に限定されないが、例えば、出生後のミスセンス変異により、免疫系が自己と認識するタンパク質(例えば、生殖系列にコードされたタンパク質)とは異なるアミノ酸配列を有する変異タンパク質、ウイルスや細胞内寄生性バクテリアの感染により生体内へ持ち込まれた外来性抗原(ウイルス抗原、バクテリア抗原)等を挙げることができる。また、正常細胞では低い発現量であるか発現していないタンパク質であって腫瘍細胞では発現が有意に上昇しているタンパク質も、本発明の免疫学的非自己抗原に含まれる。例えば、このようなタンパク質では通常は免疫系によって認識されないが、異常な発現量になることで免疫学的非自己抗原となり得る。従って、免疫学的非自己細胞の具体例としては、腫瘍細胞、ウイルス感染細胞、細胞内寄生性バクテリア感染細胞等を挙げることができる。腫瘍細胞は、通常、複数の変異遺伝子を発現することが知られている。免疫学的非自己細胞は、好ましくは腫瘍細胞である。
【0017】
本発明の複合体に含まれる細胞としては、本発明におけるワクチン等の投与対象である哺乳動物由来の任意の細胞を使用することができる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなどのげっ歯類及びウサギなどの実験動物、イヌ及びネコなどのペット、ウシ、ブタ、ヤギ、ウマ及びヒツジなどの家畜、ヒト、サル、オランウータン及びチンパンジーなどの霊長類などが挙げられ、特に限定されないが、好ましくはげっ歯類(マウス等)、イヌ、ネコ又は霊長類(ヒト等)である。
【0018】
腫瘍としては、例えば、固形腫瘍(例、上皮性腫瘍、非上皮性腫瘍)、造血組織における腫瘍が挙げられる。より詳細には、固形腫瘍としては、例えば、消化器癌(例、胃癌、結腸癌、大腸癌、直腸癌)、肺癌(例、小細胞癌、非小細胞癌)、膵臓癌、腎臓癌、肝臓癌、胸腺癌、脾臓癌、甲状腺癌、副腎癌、前立腺癌、膀胱癌、卵巣癌、子宮癌(例、子宮内膜癌、子宮頚癌)、骨癌、皮膚癌、肉腫(例、カポシ肉腫)、黒色腫、芽細胞腫(例、神経芽細胞腫)、腺癌、扁平細胞癌、非扁平細胞癌、脳腫瘍等が挙げられるが、これらに限定されない。造血組織における腫瘍としては、白血病(例、急性骨髄性白血病(AML)、慢性骨髄性白血病(CML)、急性リンパ球性白血病(ALL)、慢性リンパ球性白血病(CLL)、成人T細胞白血病(ATL)、骨髄異形成症候群(MDS))、リンパ腫(例、Tリンパ腫、Bリンパ腫、ホジキンリンパ腫)、骨髄腫(多発性骨髄腫)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0019】
腫瘍細胞としては、上記の腫瘍を有する個体から摘出した腫瘍組織中に含まれる腫瘍細胞を継代して又は継代することなく使用することができる。腫瘍組織中に含まれる腫瘍細胞を用いる場合には、腫瘍組織自体を用いてもよいし、腫瘍組織をトリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ等のプロテアーゼで処理することにより、細胞を分散し、得られた細胞懸濁液から腫瘍細胞を単離して用いてもよい。
【0020】
本発明に用いる免疫学的非自己細胞は、単離又は精製されていることが好ましい。「単離」又は「精製」とは、目的とする対象物以外のものを除去する操作が施されていることを意味する。単離又は精製された細胞に含まれる免疫学的非自己細胞の純度(全細胞数に対する免疫学的非自己細胞数の割合)は、通常30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上(例えば、100%)である。
【0021】
1−2.MRP8分子
MRP8は、リポ多糖(LPS)の受容体であるTLR4の内因性リガンドとして知られているタンパク質である。本発明は、MRP8の機能的断片を含む分子を腫瘍細胞表面に結合させた複合体が、腫瘍転移を効果的に抑制することを見出したことに基づくものである。
【0022】
本発明で使用するMRP8は、通常、哺乳動物由来である。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなどのげっ歯類及びウサギなどの実験動物、イヌ及びネコなどのペット、ウシ、ブタ、ヤギ、ウマ及びヒツジなどの家畜、ヒト、サル、オランウータン及びチンパンジーなどの霊長類などが挙げられ、特に限定されないが、好ましくはげっ歯類(マウス等)、イヌ、ネコ又は霊長類(ヒト等)であり、より好ましくはヒトである。
【0023】
本発明に用いられるタンパク質について、「生物X由来」とは、該タンパク質のアミノ酸配列が、生物Xにおいて天然に発現している該タンパク質のアミノ酸配列と同一又は実質的に同一のアミノ酸配列を有することを意味する。「実質的に同一」とは、着目したアミノ酸配列が、生物Xにおいて天然に発現しているタンパク質のアミノ酸配列と70%以上(好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上)の同一性を有しており、且つ当該タンパク質の機能が維持されていることを意味する。
【0024】
主要な哺乳動物のMRP8のアミノ酸配列は、公知であり、NCBI等のデータベースから入手可能である。例えば、ヒトのMRP8のアミノ酸配列(配列番号1)はNCBIアクセション番号AAH05928.1(2006年9月14日更新)として、またマウスのMRP8のアミノ酸配列(配列番号2)はNCBIアクセション番号AAB07229.1(1996年9月4日更新)として公開されている。
【0025】
本発明の複合体に含まれるMRP8分子は、少なくともMRP8又はその機能的断片を含む。MRP8の機能的断片の長さは、該断片を含むMRP8分子がTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該TLR4を発現する細胞を刺激する活性を有する限り、特に制限されないが、通常、50アミノ酸以上である。また、MRP8のアミノ酸配列における機能的断片の位置は、該断片を含むMRP8分子がTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該TLR4を発現する細胞を刺激する活性を有する限り、特に制限されない。
【0026】
TLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該TLR4を発現する細胞を刺激する活性がより高いMRP8分子を得ることができることから、本発明の複合体に含まれるMRP8分子は全長のMRP8を含むことが好ましい。
【0027】
本発明に用いるMRP8分子は、TLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該TLR4を発現する細胞(好ましくは哺乳動物細胞)を刺激する活性を有する。MRP8分子による刺激とは、具体的にはTLR4シグナル伝達の活性化を意味する(Vogl et al., Nature Medicine 13:1042-1049 (2007); Loser et al., Nature Medicine 16:713-717 (2010)参照)。
【0028】
TLR4シグナル伝達の活性化能は、後述の実施例に記載されるように、MRP8分子を含む培地中でTLR4を発現することが知られているB細胞を培養し、
3H−チミジンの取り込み量を測定してB細胞の増殖促進活性を調べることで、評価することができる。より具体的には、MRP8分子を含まない培地中で培養したB細胞と比較して
3H−チミジンの取り込み量が有意に増加した場合に、当該MRP8分子がTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該TLR4を発現する細胞を刺激する活性を有すると評価することができる。
【0029】
本発明で使用され得るMRP8分子は、単離又は精製された分子である。「単離」又は「精製」とは、目的とする対象物以外のものを除去する操作が施され、天然に存在する対象物以外の物質との混在状態を脱していることを意味する。具体的には、単離又は精製されたMRP8分子に含まれるMRP8分子の純度(全タンパク質重量に対するMRP8分子の重量割合)は、通常30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上(例えば、100%)である。従って、本発明の複合体に含まれる免疫学的非自己細胞内に存在する遺伝子から発現したMRP8分子は、「単離又は精製されたMRP8分子」には含まれない。即ち、本発明の複合体に含まれるMRP8分子は、複合体となる前の段階では該免疫学的非自己細胞外に該免疫学的非自己細胞とは独立に存在する分子である。
【0030】
本発明の複合体に含まれるMRP8分子は、該複合体中に含まれる免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得るように、本発明の複合体中に含まれる免疫学的非自己細胞の表面上に結合する。従って、好ましい態様において、本発明の複合体に含まれるMRP8分子は、天然のMRP8のペプチド部分に加え、免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分をも含み得る。免疫学的非自己細胞表面上の分子と、該分子に親和性を有する部分との組み合わせの例を表1に示すが、これらに限定されない。
【0032】
免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分は、好ましくは、免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチドである。免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチドは、好ましくは、アビジン又はストレプトアビジンである。アビジン及びストレプトアビジンは、ビオチン化された免疫学的非自己細胞の表面に強く結合する活性を持つため、本発明に好適に用いられる。
【0033】
MRP8又はその機能的断片と免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分との連結の態様は、本発明の複合体を形成した際に、MRP8又はその機能的断片と免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分とが分離しない様式で連結され、且つMRP8分子が、該免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得る限り限定されないが、例えば、ペプチド結合やジスルフィド結合などの共有結合、或いは水素結合、疎水結合、イオン結合などの非共有結合により両者は連結される。結合の安定性の観点から、両者は好ましくは共有結合(例、ペプチド結合)により連結される。これらの結合様式による両者の結合は当業者であれば適宜なし得るものである。
【0034】
免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分として免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチドを用いる場合、本発明において用いられるMRP8分子は、好ましくは、MRP8又はその機能的断片及び免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチド残基を含む融合タンパク質である。該融合タンパク質における、免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチド残基の位置は、該融合タンパク質が該免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得る限り、MRP8又はその機能的断片のN末端側又はC末端側のいずれの位置でもよいが、好ましくはN末端側である。
【0035】
該融合タンパク質における、MRP8又はその機能的断片と免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチド残基との距離は、該融合タンパク質が該免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得る限り、特に限定されない。しかしながら、合成の容易さ及びタンパク質の安定性の観点から、該距離は短いほど好ましく、MRP8又はその機能的断片と免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチド残基とは、例えば約1〜100アミノ酸(好ましくは約1〜50アミノ酸、より好ましくは約1〜25アミノ酸、更に好ましくは約1〜10アミノ酸)からなるリンカーポリペプチド残基又は結合手を介して連結されていることが好ましい。該リンカーポリペプチド残基のアミノ酸配列は、該融合タンパク質が該免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得る限り、特に限定されない。
【0036】
本発明において用いられる、MRP8分子はまた、免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得る限り、任意のアミノ酸配列を、そのN末端及び/又はC末端に含んでいてもよい。そのようなアミノ酸配列としては、MRP8分子の精製又は検出のためのアフィニティータグを挙げることができる。そのようなアフィニティータグは、当該分野で周知であり、例えば、FLAGペプチド(Hopp et al., Biotechnology 6: 1204 (1988))、c−Mycタグ、Hisタグ、Fcタグ、HAタグ等を例示することが出来る。
【0037】
MRP8分子は、種々の公知の方法により取得することができる。例えばMRP8分子を天然に発現するヒト、ラット、マウスなどの哺乳動物の組織、細胞、又は培養上清から自体公知の方法あるいはそれに準ずる方法を用いて単離・精製する方法;ペプチド・シンセサイザー等を使用する自体公知のペプチド合成方法で化学的に合成する方法;MRP8分子をコードするDNAを含有する形質転換体を作製し培養する方法;あるいは、MRP8分子をコードする核酸を鋳型として無細胞転写/翻訳系を用いて生化学的に合成する方法等によって取得することができる。
【0038】
MRP8分子を天然に発現する哺乳動物の組織又は細胞から上記ポリペプチドを調製する場合、該組織又は細胞をホモジナイズした後、酸、又はアルコールなどで抽出を行い、該抽出液を自体公知のタンパク質分離技術(例:塩析、透析、ゲル濾過、逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー等)に付すことにより単離・精製することができる。また培養上清からも同様にして単離・精製することができる。
【0039】
化学的なMRP8分子の合成は、市販のペプチド・シンセサイザーを用いることにより行うことが出来る。
【0040】
DNAを含有する形質転換体を用いて上記ポリペプチドを調製する場合、MRP8分子をコードするポリヌクレオチドを取得し、該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターで宿主を形質転換し、得られる形質転換体を培養することによって、該ポリペプチドを製造することができる。例えば、Molecular Cloning, 2nd ed.; J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press (1989) に記載の方法などを参照することができる。MRP8分子をコードするポリヌクレオチドは、MRP8分子を構成する上述の各構成要素(MRP8又はその機能的断片及び免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有するポリペプチド残基)をコードするポリヌクレオチドを、リガーゼなどの適切な酵素を用いて公知の遺伝子組換え技術により連結することにより、製造することが出来る。MRP8分子を構成する各構成要素をコードするポリヌクレオチドは、それぞれの公知の配列情報や本明細書の配列表に記載された配列情報を利用することにより適当なプライマーを設計し、各構成要素をコードするDNAクローン等を鋳型として用い、PCRによって直接増幅することができる。或いは、配列情報に基づいて、ポリヌクレオチド合成装置により各構成要素をコードするポリヌクレオチドを合成してもよい。
【0041】
取得されたポリヌクレオチドは、目的によりそのまま、または所望により制限酵素で消化するか、リンカーを付加した後に、使用することができる。該ポリヌクレオチドはその5’末端側に翻訳開始コドンとしてのATGを有し、また3’末端側には翻訳終止コドンとしてのTAA、TGAまたはTAGを有していてもよい。また、効率的に細胞外へMRP8分子を分泌させるため、分泌タンパク質(例、IL−4等)のシグナル配列を5’末端に付加してもよい。このようなシグナル配列は当業者に周知であり、当業者であれば適宜選択することが出来る。これらの翻訳開始コドン、翻訳終止コドン及びシグナル配列は、適当な合成DNAアダプターを用いて付加することができる。
【0042】
得られたポリヌクレオチドを適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に機能的に連結することにより、MRP8分子を発現し得る発現ベクターを製造することができる。発現ベクターの種類は、使用する宿主に応じて適宜選択することが出来る。そして、当該発現ベクターを自体公知の遺伝子導入法(例えば、リポフェクション法、リン酸カルシウム法、マイクロインジェクション法、プロプラスト融合法、エレクトロポレーション法、DEAEデキストラン法、Gene Gunによる遺伝子導入法等)に従って宿主へ導入することにより、該ベクターが導入された形質転換体を製造することができる。該形質転換体を、宿主の種類に応じて、自体公知の方法で培養し、培養物からMRP8分子を単離又は精製することにより、MRP8分子を製造することが出来る。
【0043】
無細胞転写/翻訳系を利用する場合、上記と同様、公知のクローニング方法により調製した上記ポリペプチドをコードするDNAを挿入した発現ベクター(例えば、該DNAがT7、SP6プロモーター等の制御下におかれた発現ベクターなど)を鋳型とし、該プロモーターに適合するRNAポリメラーゼ及び基質(NTPs)を含む転写反応液を用いてmRNAを合成した後、該mRNAを鋳型として公知の無細胞翻訳系(例:大腸菌、ウサギ網状赤血球、コムギ胚芽等の抽出液)を用いて翻訳反応を行わせる方法などが挙げられる。
【0044】
1−3.MRP8分子と免疫学的非自己細胞との結合
本発明の複合体においては、MRP8分子が、免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得るように、該免疫学的非自己細胞の表面上に結合している。
【0045】
本明細書において、複合体とは、複数の構成因子が共有結合又は非共有結合することにより得られる物質を意味する。
【0046】
MRP8分子が、免疫学的非自己細胞の表面上に結合した状態で、該免疫学的非自己細胞以外の細胞の表面上に発現したTLR4に結合し、且つ当該TLR4を介して当該細胞を刺激し得るか否かは、上記(1−2.MRP8分子)の項において詳述した、MRP8分子の活性を評価する試験において、MRP8分子に替えて、免疫学的非自己細胞及びMRP8分子を含む複合体を用いることにより評価することが出来る。この評価においては、免疫学的非自己細胞及びMRP8分子を含む複合体と、TLR4を発現する細胞とを、例えば1:1の細胞数の比率で混合する。
【0047】
免疫学的非自己細胞とMRP8分子との結合は、結合定数が少なくとも10
7M、好ましくは10
9M以上、より好ましくは10
12M以上となるような態様でなされる。このような結合は、ペプチド結合やジスルフィド結合などの共有結合、水素結合、疎水結合などの非共有結合から選択することができる。
【0048】
上述のように、本発明の複合体に含まれるMRP8分子が本発明の複合体に含まれる免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分を含む場合には、MRP8分子に含まれる当該親和性を有する部分が、当該免疫学的非自己細胞表面上の分子に結合することにより、MRP8分子が免疫学的非自己細胞の表面上に結合する。免疫学的非自己細胞表面上の分子と、該分子に親和性を有する部分との組み合わせの例は上記表1に示されている。
【0049】
本発明の複合体に含まれるMRP8分子の量は、該複合体がTLR4を発現する細胞を、当該TLR4を介して刺激し得る限り限定されないが、通常1個の免疫学的非自己細胞につき、1,000〜100,000個、好ましくは5,000〜50,000個のMRP8分子が、細胞表面上に結合している。
【0050】
本発明の複合体は、免疫学的非自己細胞と、MRP8分子とを、水性緩衝液中で混合し、MRP8分子を免疫学的非自己細胞の表面へ結合させることにより、製造することが出来る。ここで、水性緩衝液としては、MRP8分子を製造する際に用いた宿主細胞の培養上清、免疫学的非自己細胞を培養するための細胞培養液又はリン酸緩衝液等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0051】
また免疫学的非自己細胞とMRP8分子との混合比は、得られる本発明の複合体が、TLR4を発現する細胞を、当該TLR4を介して刺激し得る限り限定されないが、例えば1個の免疫学的非自己細胞当り、1,000個以上、5,000個以上、10,000個以上、50,000個以上、好ましくは100,000個以上のMRP8分子が混合される。
【0052】
免疫学的非自己細胞は、生存状態又は非生存状態で、本発明の複合体の製造に用いられる。生存状態の免疫学的非自己細胞には、個体から摘出した腫瘍組織、腫瘍組織から単離された腫瘍細胞、これらの腫瘍組織又は腫瘍細胞を継代して得られた腫瘍細胞、継代した又は継代していない腫瘍組織又は腫瘍細胞を放射線照射で処理したもの等が含まれる。非生存状態の免疫学的非自己細胞としては、固定された腫瘍組織又は腫瘍細胞、凍結保存された腫瘍組織又は腫瘍細胞、放射線照射処理で致死となった腫瘍組織又は腫瘍細胞等が含まれる。
【0053】
放射線照射による処理を行なう場合、免疫学的非自己細胞の増殖を阻止するのに十分かつ適切な線量が、免疫学的非自己細胞の種類、試料の状態に応じて選択される。例えば放射線に対する感受性の高い免疫学的非自己細胞に対しては20〜40Gyの線量を、感受性の低い免疫学的非自己細胞に対しては70Gy以上の線量を照射し得る。放射線照射処理で致死となった腫瘍組織又は腫瘍細胞は、細胞の増殖を阻止するのに十分かつ適切な線量が与えられてから6時間以上、好ましくは12時間以上、より好ましくは24時間以上の時間を経過させることで得ることができる。放射線には、X線、γ線、重粒子線、陽子線等が含まれる。
【0054】
免疫学的非自己細胞の固定は、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、グルタールアルデヒドなどのアルデヒド系の固定液、ピクリン酸、タンニン酸、オスミウム酸などの酸を含む固定液、塩化第二水銀、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛などの金属塩を含む固定液、メタノール、エタノール、アセトンなどの脱水剤系の固定液を用いて、公知の方法により行なうことができる。中でも、免疫学的非自己細胞に含まれる抗原の立体構造を維持する観点から、アルデヒド系の固定液を用いるアルデヒド処理が好ましく、特にパラホルムアルデヒドを用いることが好ましい。このような免疫学的非自己細胞の固定の方法は当業者に周知である。
【0055】
凍結保存を行なう場合、細胞を培地などの溶媒に懸濁し、耐凍性容器に分注し、0℃以下、好ましくは−20℃以下、特に好ましくは−70℃以下で凍結する。また腫瘍細胞などの免疫学的非自己細胞を含む組織、例えば個体から摘出した組織を凍結により固定する場合には、耐凍性容器に入れ、凍結用包埋材と共に、又はそのまま凍結する。凍結は、急速凍結装置、加圧凍結装置などの市販の装置を用いて行なうことができる。
【0056】
本発明の複合体に含まれるMRP8分子が本発明の複合体に含まれる免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分を含む場合には、MRP8分子に含まれる当該親和性を有する部分が、当該免疫学的非自己細胞表面上の分子に結合することにより、MRP8分子が免疫学的非自己細胞の表面上に結合する。
【0057】
免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分としてアビジン又はストレプトアビジンを用いる場合には、免疫学的非自己細胞の表面を予めビオチン化することが好ましい。免疫学的非自己細胞の表面のビオチン化は、例えば、Sulfo-NHS-biotin(Pierce社製)等のビオチン化試薬で、免疫学的非自己細胞の表面を処理することにより行うことが出来る。
【0058】
本発明の複合体に含まれるMRP8分子が本発明の複合体に含まれる免疫学的非自己細胞表面上の分子に親和性を有する部分を含まない場合には、化学架橋等の方法を用いることにより、MRP8分子を免疫学的非自己細胞の表面に結合することが出来る。例えば、Sulfo-NHS-Diazirine(Pierce社製)等の光反応性架橋剤を用いることで、MRP8分子を免疫学的非自己細胞の表面に共有結合させることができる。
【0059】
免疫学的非自己細胞の表面へのMRP8分子の結合は、上記ビオチン-ストレプトアビジン相互作用や化学架橋等の手段に応じて、使用する試薬の製造者の提供するプロトコールに従って、又は自体公知の反応条件で、達成することができる。特に、ビオチンとストレプトアビジンの相互作用は非常に強いため、このような相互作用を利用すれば、例えば4℃で5分間、ローテーター等で穏やかに撹拌するだけで、免疫学的非自己細胞−MRP8分子複合体を得ることができる。
【0060】
MRP8分子を免疫学的非自己細胞の表面へ結合させた後に、得られた複合体を適切な緩衝液等で洗浄し、未反応のMRP8分子を除去することにより、本発明の複合体を単離又は精製することが出来る。単離又は精製された本発明の複合体に含まれる当該複合体の純度(全タンパク質重量に対する当該複合体のタンパク質重量の割合)は、通常30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上(例えば、100%)である。
【0061】
本発明の複合体は、固定されていることが好ましい。本発明の複合体を固定することにより、腫瘍ワクチン効果が高まるためである。本発明の複合体の固定は、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、グルタールアルデヒドなどのアルデヒド系の固定液、ピクリン酸、タンニン酸、オスミウム酸などの酸を含む固定液、塩化第二水銀、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛などの金属塩を含む固定液、メタノール、エタノール、アセトンなどの脱水剤系の固定液を用いて、公知の方法により行なうことができる。中でも、免疫学的非自己細胞に含まれる抗原の立体構造を維持する観点から、アルデヒド系の固定液を用いるアルデヒド処理が好ましく、特にパラホルムアルデヒドを用いることが好ましい。このような免疫学的非自己細胞の固定の方法は当業者に周知である。
【0062】
2.本発明の複合体の用途
本発明の複合体を用いれば、免疫学的非自己細胞、好ましくは腫瘍細胞に対する特異的な免疫反応を活性化させることが可能となる。従って、本発明の複合体をワクチン(好ましくは腫瘍ワクチン)として投与することにより、該ワクチンの投与を必要とする対象(好ましくは腫瘍患者又は腫瘍の罹患暦を有する患者)における免疫学的非自己細胞(好ましくは腫瘍細胞)に対する免疫反応を活性化させることができる。好ましい態様において、本発明の複合体に含まれる免疫学的非自己細胞が腫瘍細胞である場合には、本発明の複合体を腫瘍ワクチンとして投与することにより、腫瘍を治療又は予防し、腫瘍細胞の転移を抑制し、或いは腫瘍の再発を予防することが可能である。
【0063】
腫瘍の種類は、特に限定されないが、例えば、固形腫瘍(例、上皮性腫瘍、非上皮性腫瘍)、造血組織における腫瘍である。より詳細には、固形腫瘍としては、例えば、消化器癌(例、胃癌、結腸癌、大腸癌、直腸癌)、肺癌(例、小細胞癌、非小細胞癌)、膵臓癌、腎臓癌、肝臓癌、胸腺癌、脾臓癌、甲状腺癌、副腎癌、前立腺癌、膀胱癌、卵巣癌、子宮癌(例、子宮内膜癌、子宮頚癌)、骨癌、皮膚癌、肉腫(例、カポシ肉腫)、黒色腫、芽細胞腫(例、神経芽細胞腫)、腺癌、扁平細胞癌、非扁平細胞癌、脳腫瘍が挙げられる。造血組織における腫瘍としては、白血病(例、急性骨髄性白血病(AML)、慢性骨髄性白血病(CML)、急性リンパ球性白血病(ALL)、慢性リンパ球性白血病(CLL)、成人T細胞白血病(ATL)、骨髄異形成症候群(MDS))、リンパ腫(例、Tリンパ腫、Bリンパ腫、ホジキンリンパ腫)、骨髄腫(多発性骨髄腫)が挙げられる。
【0064】
本発明の複合体をワクチンとして使用する場合は、常套手段に従って医薬組成物として製剤化することができる。本発明の複合体は低毒性であり、そのまま液剤として、又は適当な剤形の医薬組成物として、哺乳動物(例、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サル、ヒト等)に対して経口的又は非経口的(例、血管内投与、皮下投与等)に投与することができる。本発明の複合体は、通常、非経口的に投与される。
【0065】
好ましい態様において、本発明の複合体に含まれる免疫学的非自己細胞は、投与対象の個体から分離された免疫学的非自己細胞である。例えば、腫瘍患者から手術やバイオプシーにより、該患者に含まれる腫瘍組織や腫瘍細胞の一部を分離し、これを用いて、本発明の複合体を製造する。そして、この複合体を同一の腫瘍患者に投与することにより、この腫瘍細胞に対する特異的な免疫反応が活性化され、この免疫反応が該患者中の腫瘍細胞を攻撃することにより、該患者中の腫瘍が縮小又は消失し、或いは腫瘍細胞が他の部位に転移するのを抑制することができる。患者が腫瘍を有するか否か、及び腫瘍の縮小又は消失は、内視鏡検査、X線検査、CT検査、超音波検査、MRI検査等の画像診断、細胞診、血液検査、触診など、当分野において公知の方法によって判断され得る。
【0066】
また、別の好ましい態様としては、外科的手術、化学療法、放射線療法等の治療により、腫瘍が縮小又は消失したと判断された患者(腫瘍の罹患歴を有する患者)に、その治療前、あるいはその治療の過程で当該患者から分離された腫瘍細胞を含む本発明の複合体が投与される。この投与により、この腫瘍細胞に対する特異的な免疫反応が活性化され、当該患者の体内に残存する可能性がある腫瘍細胞(例えば、微小転移)を排除することができるので、治療の対象となった腫瘍が生体内の同じ又は近傍の部位で再発するのを抑制し、腫瘍細胞が他の部位に転移して増殖するのを抑制することができる。
【0067】
本発明のワクチンは、その有効成分である本発明の複合体自体を投与しても良いし、又は適当な医薬組成物として投与しても良い。投与に用いられる医薬組成物としては、上記本発明の複合体と薬学的に許容され得る担体を含むものが挙げられる。薬学的に許容される担体としては、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、溶剤、崩壊剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、矯味矯臭剤、着色剤などが添加され得る。賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、D−マンニトールなどの糖類、でんぷん類、結晶セルロースなどのセルロース類などの有機系賦形剤、炭酸カルシウム、カオリンなどの無機系賦形剤などが、結合剤としては、α化デンプン、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、D−マンニトール、トレハロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールなどが、滑沢剤としては、ステアリン酸、ステアリン酸塩などの脂肪酸塩、タルク、珪酸塩類などが、溶剤としては、精製水、生理的食塩水などが、崩壊剤としては、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、化学修飾されたセルロースやデンプン類などが、溶解補助剤としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどが、懸濁化剤あるいは乳化剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどのセルロース類、ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが、等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリン、尿素などが、安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、その他のアミノ酸類などが、無痛化剤としては、ブドウ糖、グルコン酸カルシウム、塩酸プロカインなどが、防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが、抗酸化剤としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸などが、矯味矯臭剤としては、医薬分野などにおいて通常に使用される甘味料、香料などが、着色剤としては、医薬分野などにおいて通常に使用される着色料が挙げられる。このような医薬組成物は、経口又は非経口投与に適する剤形として提供される。
【0068】
経口投与に好適な製剤は、水、生理食塩水のような希釈剤に成分溶解させた液剤、成分を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、顆粒剤、散剤又は錠剤、適当な分散媒中に成分を懸濁させた懸濁液剤、成分を溶解させた溶液を適当な分散媒中に分散させ乳化させた乳剤等である。
【0069】
非経口的な投与(例、静脈内注射、皮下注射、筋肉注射、局所注入等)に好適な製剤としては、水性及び非水性の等張な無菌の注射液剤が挙げられ、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性及び非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。これらの製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分及び医薬上許容可能な担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解又は懸濁すればよい状態で保存してもよい。
【0070】
また本発明の医薬組成物は、本発明の複合体及び上記他の成分の他、さらにその使用目的に応じた活性成分を含んでもよい。活性成分としては、免疫賦活剤(アジュバント)などが挙げられる。免疫賦活剤としては水酸化ナトリウム、水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、カルボキシルビニルポリマー等の沈降性アジュバント、パラフィンとアラセルの混合物である不完全フロイントアジュバント、この不完全フロイントアジュバントに死滅したバクテリア、結核菌等の死菌を加えた完全フロイントアジュバント等の油性アジュバントがあるが、これらに限定されない。
【0071】
医薬組成物中には有効量の本発明の複合体が含まれる。医薬組成物中の本発明の複合体の含有量は、通常、医薬組成物全体の約0.1〜100重量%、好ましくは約1〜99重量%、さらに好ましくは約10〜90重量%程度である。
【0072】
本明細書中で挙げられた特許及び特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0073】
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。また本発明において使用する試薬や装置、材料は特に言及されない限り、商業的に入手可能である。
【実施例】
【0074】
実施例1:ストレプトアビジン−MRP8融合タンパク質(SA−MRP8)の調製
(1)放線菌(独立行政法人製品評価技術基盤機構 生物遺伝資源部門より入手)よりゲノムDNAを抽出し、PCR法を用いてストレプトアビジン(SA)をコードする遺伝子を増幅し単離した。一方、Jurkat T細胞株(American Type Culture Collection(ATCC)より入手)よりメッセンジャーRNAを抽出し、それを鋳型にしてcDNAを調製した。PCR法を用いて、ヒトMRP8の機能的断片(配列番号1で表されるアミノ酸配列の第1番〜第93番のアミノ酸からなるポリペプチド)をコードするcDNA領域、及びヒトインターロイキン4(IL−4)のシグナルペプチドをコードするcDNA領域を増幅し単離した。
(2)増幅したDNA断片を遺伝子組み換え技術を用いて連結し、IL−4シグナルペプチド、SA、及びMRP8の機能的断片がN末端からこの順番で連結された分泌型SA−MRP8をコードするキメラ遺伝子を構築した。
(3)構築したキメラ遺伝子をpcDNA3(Invitrogen社)に組み込んで得られた発現ベクターを、293T細胞(ATCCより入手)に一過性に導入した。10%牛胎児血清を含むDMEM培地(シグマ社)で細胞を5%CO
2、37℃の培養条件で3日間培養した後、培養上清を回収した。
(4)培養上清中にSA−MRP8が分泌されていることをウェスタンブロットにより確認した。
【0075】
分泌されたSA−MRP8の活性を、B細胞の増殖誘導能を指標に評価した。B細胞はTLR4を発現することが知られており、TLR4シグナル伝達の活性化により増殖が促進される。5×10
5個のB細胞を培養培地に播種し、2〜5μlのSA−MRP8を含む上記培養上清及び
3H−チミジンを加えて24時間または48時間培養した後、
3H−チミジンの取り込み量をharvester (Cambridge Technology, Inc. USA)により測定した。SA−MRP8を加えない場合と比較して、SA−MRP8を加えた場合には、
3H−チミジンの取り込み量は有意に増加した。この結果より、SA−MRP8がB細胞の増殖促進活性を有しており、TLR4シグナル伝達の活性化能を有していることが確認された。
【0076】
実施例2:SA−MRP8の腫瘍細胞表面への結合
市販のビオチン化試薬(Sulfo-NHS-Biotin、PIERCE社)を製造者のプロトコールに従って用いて、腫瘍細胞A11(千葉県がんセンターの竹永博士より分与)の表面タンパク質をビオチン化した。
ビオチン化した細胞(1×10
6個)と実施例1で得たSA−MRP8を含む培養上清(5ml)とを混合し、ローテーターで攪拌しながら、4℃で5分間反応した後、細胞を10mlの100mM Glycineを含む生理食塩水(PBS)で3回洗浄し、未反応のSA−MRP8を除去した。
SA−MRP8を結合させたA11腫瘍細胞を、抗SA抗体(Santacruz社)で染色した後、FACSでMRP8の結合を確認した。
SA−MRP8を細胞に結合させた後、室温でローテーターを使用して緩やかに攪拌しながら1%のパラホルムアルデヒドで10分間固定した後、10mlのPBSで細胞を3回洗浄した。上記と同様にして細胞表面におけるSA−MRP8の存在量を調べたところ、固定した後24時間経過しても、結合直後と同レベルのSA−MRP8が細胞表面に存在していることが分かった。
【0077】
実施例3:SA−MRP8を結合させ固定したA11肺がん細胞の野生型A11細胞に対する転移抑制効果
SA−MRP8を細胞表面に結合させた上で固定した腫瘍細胞の、野生型腫瘍細胞に対する転移抑制効果を検証した。
実験には、実施例2で作製したSA−MRP8を細胞表面に結合させ固定したA11細胞、並びにFasL、TNF及びOX40Lを細胞表面に結合させ固定したA11細胞を用いた。
FasL、TNF及びOX40Lを細胞表面に結合させ固定したA11細胞は、WO2012/020842に記載されたように調製した。具体的には以下の通りである:実施例1と同様な手法により、ヒトFasL(NCBIアクセッション番号:AAC50071(配列番号3))の細胞外領域(103−281)、ヒトTNF−α(NCBIアクセッション番号:CAA25650(配列番号4))の細胞外領域(58−233)及びマウスOX40L(NCBIアクセッション番号:NP_033478(配列番号5))の細胞外領域(51−198)を用いて、それぞれストレプトアビジン−FasL融合タンパク質(SAFasL)、ストレプトアビジン−TNF融合タンパク質(SATNF)及びストレプトアビジン−OX40L融合タンパク質(SAOX40L)を作製した。TNFファミリーメンバー分子を1:1:1(モル比)の割合で混合し、実施例2と同様な手法により、A11細胞に結合させ固定した。
2×10
5個の上記3種類の細胞のいずれか又はPBSを、B6マウスの皮下に接種した。2週間後(ワクチン接種から14日目)、2×10
5個の野生型A11細胞を静脈注射により接種し、その3週間後(ワクチン接種から35日目)に肺を摘出した。腫瘍をカウントすることにより、肺への腫瘍転移を測定した。
図1、2に示すように、SA−MRP8を結合させ固定したA11細胞を接種することにより、野生型A11細胞の肺への転移が抑制された。この結果から、SA−MRP8を結合させ固定した腫瘍細胞が高い腫瘍転移抑制効果を有すること、即ち優れた腫瘍ワクチン効果を発揮することが示された。