【実施例】
【0017】
図1に示されるように、摩擦撹拌接合装置10は、下へ延びる基板11と、この基板11に一対の軸受12、13で回転自在に支持され下へ延びる回転主軸14と、この回転主軸14の下部に一体形成されているピン20と、このピン20の下端に一体形成されている下側回転ショルダー15と、基板11に取付けられている第1のアクチュエータ16と、この第1のアクチュエータ16の回転軸17に取付けられている第1駆動プーリ18と、一対の軸受12、13で挟まる位置にて回転主軸14に設けられている第1従動プーリ19と、この第1従動プーリ19と第1駆動プーリ18に掛け渡す第1ベルト21と、回転主軸14に平行になるようにして基板11に敷設されるレール22、22と、これらのレール22、22に移動自在に取付けられるスライダ23と、このスライダ23に取付けられているボールナット24と、このボールナット24に螺合し基板11に支持片25、25で回転自在に支持されているボールねじ26と、基板11に取付けられている第2のアクチュエータ27と、この第2のアクチュエータ27の回転軸28に取付けられている第2駆動プーリ29と、一方の支持片25の近傍にてボールねじ26に設けられている第2従動プーリ31と、この第2従動プーリ31と第2駆動プーリ29に掛け渡す第2ベルト32と、スライダ23にベアリング33、33を介して回転自在に支持され回転主軸14を囲み且つ回転主軸14とスプライン34を介して連結されている回転筒35と、この回転筒35の下端に一体形成されている上側回転ショルダー36とを備えている。
【0018】
第1のアクチュエータ16は、回転制御部38で制御される。
第2のアクチュエータ27の回転軸28に荷重検知手段39が付設されている。この荷重検知手段39は、例えば、機械的歪み量を電気信号に置き換える歪ゲージである。または、荷重検知手段39は第2のアクチュエータ27がサーボモータである場合、電流を検知し、電流を荷重に変換するものであってもよい。
第2のアクチュエータ27は、荷重検知手段39の情報に基づいて、上側回転ショルダー36の下向き荷重を制御する荷重制御部41で制御される。
【0019】
本実施例では、第1のアクチュエータ16の回転軸17と、第2のアクチュエータ27の回転軸28と、回転主軸14とは、互いに平行になるように配列されている。回転主軸14と回転軸17、28の軸間距離は任意に設定できる。ベルト21、32の長さ調整で対応できる。
軸間距離を極力小さくすることで、摩擦撹拌接合装置10のコンパクト化、特に水平方向の幅を小さくすることができる。
【0020】
このような摩擦撹拌接合装置10は、小型で軽量であるため、ロボット42の先端に容易に取付けることができる。ロボット42は、先端の座標をモニターする位置センサ43及びこの位置センサ43の情報をフィードバックしつつロボット42を制御するコントローラ44を常備している。
【0021】
ロボット42により、基板11が任意の位置へ運ばれる。回転主軸14が軸受12、13を介して基板11に取付けられているため、回転主軸14下端の下側回転ショルダー15の位置(特に高さ位置)は、コントローラ44で制御される。
【0022】
一方、回転筒35は、回転主軸14にスプライン34で繋がっており、回転主軸14に沿って移動可能である。そこで、第2のアクチュエータ27でボールねじ26を回すと、スライダ23がレール22、22に沿って上昇又は下降する。すると、スライダ23と共に回転筒35及び上側回転ショルダー36が移動する。よって、上側回転ショルダー36は、第2のアクチュエータ27を駆動源として下側回転ショルダー15とは独立して任意の位置へ移動され且つ荷重制御部41により、荷重制御がなされる。
【0023】
第1のアクチュエータ16で回転主軸14が回されるとスプライン34を介して回転筒35が回される。よって、上側回転ショルダー36と下側回転ショルダー15は同期して回転する。
【0024】
すなわち、摩擦撹拌接合装置10にて、下側回転ショルダー15は回転主軸14と一体形成され、回転主軸14は上側回転ショルダー36の内部を貫通している。そして、摩擦撹拌接合装置10は、回転主軸14に回転力を与える第1のアクチュエータ16と、上側回転ショルダー36を軸変位(軸方向に移動)させる第2のアクチュエータ27と、下側回転ショルダー15の位置を制御するコントローラ44を備え、第2のアクチュエータ27は、その荷重検知手段39から得られる荷重に基づいて荷重制御を行うと共に、コントローラ44は、下側回転ショルダー15の位置を検出する位置センサ43からの情報を基に、下側回転ショルダー15の位置を制御する。
【0025】
なお、位置センサ43はコントローラ44に内蔵しても良い。また、駆動プーリ18、29や従動プーリ19、31はギヤであっても良い。さらには、回転主軸14は、カップリングを介して第1のアクチュエータ16で直接回されるようにしても良い。同様に、ボールねじ26は、カップリングを介して第2のアクチュエータ27で直接回されるようにしても良い。したがって、
図1に示す摩擦撹拌接合装置10の構成を適宜変更することは差し支えない。
【0026】
本発明では、ピン20に表面処理を施した。表面処理について詳しく説明する。
図2に示されるように、ピン20は、上側回転ショルダー36の中心に設けてある孔37に収納される。ピン20に対して上側回転ショルダー36が上下に移動するため、孔37の内周面とピン20の外周面との間に、dなる隙間が設けられている。この隙間dは、10〜30μmである。
【0027】
図2の3部拡大図である
図3に示されるように、ピン20の表面に、リチウムを含有する軟窒化層50が形成されている。この軟窒化層50は、鉄リチウム酸化物層51と、窒化拡散層52とからなる。窒化拡散層52は、ピン20の表面の原子と原子間に、鉄リチウム酸化物層51側の原子が浸透してなる。すなわち、互いに原子が噛み合う形態で結合している。よって、軟窒化層50がピン20から剥離し難くい。
【0028】
鉄リチウム酸化物層51は、リチウムイオンをカチオン成分とする窒化塩浴にピン20を浸積処理することで得られる。好ましくは、窒化塩浴処理後に、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム及び硝酸リチウムから選ばれる少なくも1種、又は、これらのアルカリ硝酸塩と亜硝酸ナトリウム、亜硝酸カリウム及び亜硝酸リチウムから選ばれた少なくとも1種を含有する塩浴で処理する置換洗浄塩浴処理と、水冷、油冷又は空冷による冷却処理と、湯で洗浄する洗浄処理を施す。この洗浄で残留ソルト成分を十分にピン20から除去することができる。
【0029】
図1で説明したように、摩擦撹拌接合装置10において、下側回転ショルダー15には、上側回転ショルダー36に形成される孔37を貫通して、下側回転ショルダー15と共に回転するピン20が一体に取付けられており、
図3で説明したように、ピン20の表面には、リチウムを含有する鉄リチウム酸化物層51が形成されている。
【0030】
以上の構成からなる摩擦撹拌接合装置10の作用を次に説明する。
図4(a)に示されるように、アルミニウム合金板であるワーク46、47同士を突き当てる。この例では突き当てたが、ワーク46、47同士を重ね合わせてもよい。重ね合わせであれば、3枚以上のワーク同士を重ね合わせて接合することができる。
図4(b)に示されるように、接合部48の一端に上側回転ショルダー36及び下側回転ショルダー15を接近させる。
【0031】
図4(b)のC−C矢視図である
図4(c)に示されるように、ワーク46の下面に下側回転ショルダー15を当てて、その高さに保持する。次に、上側回転ショルダー36を下げて、所定の荷重でワーク46上面を押し付ける。
図4(d)に示されるように、所定の回転速度で上側回転ショルダー36及び下側回転ショルダー15を回転させる。すると、摩擦熱が発生し流動化現象が起こる。この状態で、矢印のように移動させる。
結果、
図4(e)に示されるように、ビード49でワーク46、47同士が接合された。
【0032】
図5(a)に示す実施例では、下側回転ショルダー15が位置制御され、上側回転ショルダー36が荷重制御される。
【0033】
一方、
図5(b)に示す比較例では、下側回転ショルダー106と上側回転ショルダー107が、共に荷重制御される。摩擦熱により、ワーク108が軟らかくなる。荷重が過大であると下側回転ショルダー106又は上側回転ショルダー107が過度にワーク108に食い込む。対策として、軟化に応じて荷重Fg1、Fg2を小さくする。
【0034】
そこで、上側回転ショルダー107の下向き荷重Fg1を軽減することを検討する。
下側回転ショルダー106での上向き荷重Fg2を一定にする。この状態で、上側回転ショルダー107の下向き荷重Fg1を軽減する。すると、ワーク108が浮き上がる虞がある。浮き上がりを防止するには、下側回転ショルダー106での上向き荷重Fg2を軽減する。
【0035】
すなわち、下側回転ショルダー106と上側回転ショルダー107が、共に荷重制御されると、一方が他方に影響し、いわゆるハンチング(荷重信号が上下に変動すること。)が起こり、荷重が必要以上に増減を繰り返し、荷重が安定しない。
また、ワーク108が温度上昇に伴って膨張する。放置すると荷重が過大となる。このときにもハンチングが起こる。
【0036】
この点、
図5(a)であれば、下側回転ショルダー15が位置制御され、上側回転ショルダー36が荷重制御されるため、上記不具合は起こらない。結果、ワーク46の軟化や膨張に対して、安定した接合作業が維持できる。
【0037】
図3で説明したように、ピン20の表面に鉄リチウム酸化物層51を形成した。鉄リチウム酸化物はアルミニウムに対する親和性がFeより格段に弱い。よって、金属合化合物ができる心配がない。
図2にて、上側回転ショルダー36とピン20との間の隙間dにアルミニウム合金が侵入し、金属間化合物を形成することを心配する必要はない。よって、ピン20に対し、上側回転ショルダー36を軸方向に円滑に移動させることができる。
【0038】
さらに、
図5(b)の比較例では、ピン109に対して、上側回転ショルダー107が頻繁に上下に移動する。孔111に対してピン109が軸直角方向に振れることは多いにあり得る。すると、ピン109に孔111の内周面が接触する。上側回転ショルダー107が頻繁に上下に移動するため、軟窒化層50であっても剥離が起こる。
【0039】
この点、
図5(a)の実施例では、ピン20に対する上側回転ショルダー36の上下移動が格段に軽減される。結果、軟窒化層50の剥離までの時間を大幅に延ばすことができる。
【0040】
次に、変更例を説明する。
図6に示される摩擦撹拌接合装置10では、ピン20から下側回転ショルダー(
図1、符号15)を除去した。その他は、
図1に示される摩擦撹拌接合装置10と同一であるため、
図1の符号を流用して詳細な説明は省略する。
すなわち、本発明は、ピン20に下側回転ショルダー(
図1、符号15)を備えている摩擦撹拌接合装置10及びピン20に下側回転ショルダー(
図1、符号15)を備えていない摩擦撹拌接合装置10の両方に適用される。
【0041】
次に、上述した軟窒化層50の優位性を、更に詳しく説明する。
図7(a)に示されるように、ピン20に、
図7(d)に基づいて説明するような、色々な皮膜53を施す。
【0042】
次に、
図7(b)に示されるように、所定の回転速度で上側回転ショルダー36、ピン20及び下側回転ショルダー15を回転させる。すると、摩擦熱が発生し流動化現象が起こる。この状態で、矢印のように移動させる。
【0043】
移動距離Lが600mmに達したら移動を止める。そして、
図7(c)に示されるように、上側回転ショルダー36を引き上げる。この引き上げに要する力Fを計測する。凝着現象が顕著な程、力Fは大きくなる。
【0044】
図7(d)に示されるように、ピン20に、C−Dia(ダイヤモンドライクカーボン)を被覆した供試材と、C−Si(炭化珪素)を被覆した供試材と、Nsolt(リチウムを含まない塩浴軟窒化層)を被せた供試材と、Nsolt−Li(リチウムを含む塩浴軟窒化層)を被せた供試材とについて、力Fを測定した。測定の結果、4種の中で、Nsolt−Li(リチウムを含む塩浴軟窒化層)が、最も力Fが小さく、好成績であった。
【0045】
次に、Nsolt−Li(リチウムを含む塩浴軟窒化層)に対象を絞って、それの表面、すなわち、リチウム含有層51におけるリチウム含有量について評価する。
この評価には、リチウム含有量が0である供試材と、リチウム含有量が0.06wt%である供試材と、リチウム含有量が0.7wt%である供試材を準備した。なお、鉄リチウム酸化物層の最表面に関しては、GD−OES分析にて表示元素Li、C、N、O、Fe、Cr、W、Vで計測している。最表面から1μm範囲内の基材成分に対する重量%を算出している。
【0046】
次に、実施例、比較例として作成した供試材の摺動特性を、ファレックス(Farex)型摩擦摩耗試験機にて評価した。具体的には、試験条件として供試材の面粗さは統一し、回転速度を600rpmで回転させ、Vブロックを20kg一定で両側から無潤滑中で押し付け、その際の摩擦係数μとトルクを測定した。
【0047】
先ず、一対のブロックを、6000系アルミニウム合金製とした。6000系アルミニウム合金に、3つの供試材(ピン20)を各々摺接することで
図8(a)、(b)に示される摩擦係数μとトルクを得た。
【0048】
図8(a)に示されるように、リチウム含有量が0の場合に、摩擦係数μが小さくなった。リチウム含有量が0.06wt%の場合の場合に、摩擦係数μは十分に大きくなった。リチウム含有量が0.7wt%の場合に、摩擦係数μは小さくなった。
摩擦撹拌接合では、摩擦熱を発生するために、摩擦係数μは、0.7以上であることが求められる。
リチウム含有量が、0.35wt%以下の範囲、好ましくは、0.06〜0.35wt%の範囲W1であれば、摩擦係数μは0.7以上となる。
【0049】
図8(b)に示されるように、0.06〜0.35wt%の範囲W1であれば、トルクは、ほぼ一定であり、摩擦撹拌接合を円滑に進めることができる。
【0050】
次に、一対のブロックを、JISで規定される5000系アルミニウム合金製とした。5000系アルミニウム合金に、3つの供試材(ピン20)を各々摺接することで
図9(a)、(b)に示される摩擦係数μとトルクを得た。
【0051】
図9(a)に示されるように、リチウム含有量が0の場合に、摩擦係数μが小さく、リチウム含有量が0.06wt%の場合の場合に、摩擦係数μは十分に大きく、リチウム含有量が0.7wt%の場合に、摩擦係数μは小さくなった。
リチウム含有量が、0.35wt%以下の範囲、好ましくは、0.06〜0.35wt%の範囲W2であれば、摩擦係数μは0.7以上となる。
【0052】
図9(b)に示されるように、0.06〜0.35wt%の範囲W2であれば、トルクはほぼ一定であり、摩擦撹拌接合を円滑に進めることができる。
【0053】
図8及び
図9から、2枚のアルミニウム合金板を接合するピン20に被覆する鉄リチウム酸化物層は、その表面におけるリチウム含有量が、0.35wt%以下の範囲、好ましくは、0.06〜0.35wt%の範囲にあることが、望まれる。この範囲であれば、円滑な摩擦撹拌接合が実施できる。