(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第一側面側凸部の先端部について、周方向と直交する断面の断面形状が、円弧状、および、平坦面状、から選択されるいずれかの形状であることを特徴とする請求項1または2に記載のシールリング。
前記第一側面に前記第一側面側凸部が形成されていないと仮定した場合において、中心軸と直交する仮想平面を前記第一側面に対して前記第一側面の外方側から相対的に接近させた際に、前記第一側面のうち、前記仮想平面と最初に接触可能な領域を含み、かつ、径方向と平行を成す平面を高さ0mmとした際に、
前記平面に対する前記第一側面側凸部の突出高さH1が、0mmを超え0.5mm以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載のシールリング。
前記高圧側凸部の先端部について、前記シールリングの周方向と直交する断面の断面形状が、円弧状、および、平坦面状、から選択されるいずれかの形状であることを特徴とする請求項9または10に記載の密封装置。
前記シールリングの前記高圧側の側面に前記高圧側凸部が形成されていないと仮定した場合において、前記シールリングの前記高圧側の側面のうち、前記環状溝の前記高圧側の側壁面と最初に接触可能な領域を含み、かつ、前記シールリングの径方向と平行を成す平面を高さ0mmとした際に、
前記平面に対する前記高圧側凸部の突出高さH1が、0mmを超え0.5mm以下であることを特徴とする請求項9〜14のいずれか1つに記載の密封装置。
前記シールリングの周方向と直交する断面における、前記シールリングの内周面の内周面輪郭線が、円弧の中心点が前記内周面輪郭線よりも前記シールリングの径方向の外周側に存在する円弧形状を有し、
前記軸体の周方向と直交する断面における、前記環状溝の底壁面の底壁面輪郭線が、円弧の中心点が前記底壁面輪郭線よりも前記軸体の径方向の外周側に存在する円弧形状を有し、かつ、
下式(1)を満たすことを特徴とする請求項9〜16のいずれか1つに記載の密封装置。
・式(1) Rg≧Rs
〔前記式(1)中、Rgは、前記環状溝の前記溝底面輪郭線の曲率半径を表し、Rsは、前記シールリングの前記内周面輪郭線の曲率半径を表す。〕
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1〜
図3は、本実施形態のシールリングの一例を示す模式図である。ここで、
図1は、シールリングを、その中心軸の一方側から見た平面図であり、具体的には第一側面の平面図について示したものである。また、
図2は、
図1に示すシールリングを、シールリングの外周面側(
図1中の0°方向側)から見た図である。さらに、
図3は、
図1中の符号III−III間の断面図であり、具体的には、周方向と直交する平面で
図1に示すシールリングを切断した際の断面形状について示す図である。
【0031】
なお、
図1〜
図3および後述する
図4以降のシールリングのみを示した図面において、これら図中に示す符号A1は、シールリングの中心軸を意味し、符号Xは、シールリングの中心軸A1およびシールリングの幅方向と平行な方向を意味し、符号Cは、シールリングの周方向を意味し、符号Dは、シールリングの径方向を意味する。また、符号X1は、シールリングの第一側面側を意味し、符号X2は、シールリングの第二側面側を意味し、符号D1は、シールリングの外周側を意味し、符号D2は、シールリングの内周側を意味する。
【0032】
また、後述する
図4以降の密封装置を示した図面において、符号Xは、(直立した状態の)シールリングの中心軸A1、シールリングの幅方向、軸体の中心軸、および、ハウジングの軸穴の中心軸と平行な方向を意味し、符号Dは、(直立した状態の)シールリングの径方向、軸体の径方向、および、ハウジングの軸穴の径方向と平行な方向を意味する。また、符号X1は、シールリングの第一側面側、および、環状隙間のX方向の一端側と他端側とで流体の圧力差が生じた際の高圧側を意味し、符号X2は、シールリングの第二側面側、および、環状隙間のX方向の一端側と他端側とで流体の圧力差が生じた際の低圧側を意味する。さらに、符号D1は、シールリング、軸体およびハウジングの軸穴の径方向の外周側を意味し、符号D2は、シールリング、軸体およびハウジングの軸穴の径方向の内周側を意味する。
【0033】
図1〜
図3に示す本実施形態のシールリング10A(10)は、第一側面20と、第一側面20の反対側の側面である第二側面30と、第一側面20に設けられた第一側面側凸部40A(40)とを有している。
【0034】
また、シールリング10Aの周方向Cの一部分には、合口部50が設けられている。合口部50の形状については、特に限定されず、直角(ストレート)合口型、斜め(アングル)合口型、段付き(ステップ)合口型などの公知の形状を適宜選択することができるが、合口部50の隙間部分への流体(作動油など)の流通を遮断し、シール性を向上させるためには、複合ステップカット型を選択することが好ましい。なお、
図1および
図2に示す例では、合口部50の形状として複合ステップカット型を採用している。なお、装着作業性の観点では、一般的にシールリング10Aには合口部50が設けられることが好ましいが、必要に応じて、合口部50を省略してもよい。
【0035】
図1および
図2に示す例では、周方向Cに沿って、離散的(非連続的)に3個の第一側面側凸部40Aが形成されている。なお、
図2に示すように、シールリング10Aの外周面60側から見た合口部50の形状(シールリング10Aの周方向Cの両端部の隙間部分を形成する境界線)は、第二側面30側からX1方向に向かってシールリング10Aの幅方向の中央部まで伸びた後、次に周方向Cに沿って伸び、再び、X1方向に向かって第一側面20側へと伸びる段差形状となっている。ここで、第二側面30側からX1方向に向かってシールリング10Aの幅方向の中央部まで伸びる境界線と、シールリング10Aの中心軸A1とを結び、かつ、これら2つの直線に直交する方向を0°とする。この場合、
図1および
図2に示す例では、α=60°の位置に2つの第一側面側凸部40が設けられており、180°の位置に1つの第一側面側凸部40が設けられている。なお、角度αは、たとえば30°〜90°の範囲で適宜選択することができる。
【0036】
また、
図1〜
図3に示すシールリング10Aでは、第一側面20および第二側面30は、周方向Cに連続する段差部22、32を有している。そして、第一側面20および第二側面30は、この段差部22、32を境界線として、シールリング10Aの外周面60側の第一領域20A、30Aと、シールリング10Aの内周面70側の第二領域20B、30Bとの2つの領域に分割されている。これら第一領域20A、30Aおよび第二領域20B、30Bは、いずれも中心軸A1(X方向)と直交する平面と平行を成す平坦面である。そして、中心軸A1に対して、第二領域20B、30Bは、第一領域20A、30Aよりも内側に凹むように形成されている。なお、
図3に示すシールリング10Aでは、段差部22、32を構成する段差面はX方向と平行を成す面であるが、段差面は、X方向と交差するテーパ面あってもよい。
【0037】
図1〜
図3に示すシールリング10Aでは、第一側面側凸部40Aは、第一側面20の第二領域20B内に設けられており、その先端部42は、第一領域20Aよりも外方側(第一領域20Aを基準としてX1方向側)に突出している。すなわち、
図1〜
図3に例示したように、本実施形態のシールリング10では、第一側面側凸部40Aの先端部42は、この先端部42を除く第一側面20の全面と比べて、第一側面20の外方側に最も突出している。なお、本願明細書において、特に説明の無い限り、X方向において、シールリングに近づく方向が「内方」を意味し、シールリングから離れる方向が「外方」を意味する。
【0038】
なお、本願明細書において、シールリング10の第一側面20および第二側面30に設けることができる「凸部」とは、(1)シールリング10の外方側に向かって突出するように形成され、かつ、凸部の付け根の径方向Dの両側部分には、凸部の先端部よりも、シールリング10の内方側に形成された平坦面(基底面)を有するもの、あるいは、(2)シールリング10の外方側に向かって突出するように形成され、かつ、凸部の付け根の径方向Dの外周側の部分のみに、凸部の先端部よりも、シールリング10の内方側に形成された平坦面(基底面)を有するもの、のいずれかを意味する。
【0039】
たとえば、
図3ならびに後述する
図8および
図14に示す第一側面側凸部40Aは、径方向Dに対して第一側面側凸部40Aの両側部分が基底面(第二領域20B)で囲まれており、後述する
図8に示す第二側面側凸部46は、径方向Dに対して第二側面側凸部46の両側部分が基底面(第二領域30B)で囲まれており、後述する
図9に示す第一側面側凸部40Bは、径方向Dに対して第一側面側凸部40Bの両側部分が基底面(第一側面20)で囲まれており、後述する
図10に示す第一側面側凸部40Cは、径方向Dに対して第一側面側凸部40Cの両側部分が基底面(第二領域20B)で囲まれている。また、これらの図面に示す第一側面側凸部40および第二側面側凸部46は、いずれもシールリング10の外方側に向かって突出するように形成されている。一方、たとえば、
図3に例示したように、径方向Dの内周側の部分のみがへこんだ側面部分(第二領域20B、30B)を形成している第一領域20A、30Aは、本願明細書で言う「凸部」には該当しない。
【0040】
また、第一側面側凸部40の突出高さH1は、以下に説明する基準面SPの高さを0mmとした場合における中心軸A1と平行な方向(X方向)における高さ(基準面SPから先端部42の最頂部までの高さ)を意味する。なお、基準面SPの決定に際しては、まず、第一側面20に、第一側面側凸部40が形成されていないと仮定する。この場合において、中心軸A1(
図3中のX方向と平行な方向)と直交する仮想平面VPを第一側面20に対して第一側面20の外方側から相対的に接近させた際に、第一側面20のうち、仮想平面VPと最初に接触可能な領域を含み、かつ、径方向Dと平行を成す平面を高さ0mmの基準面とする。たとえば、
図3に示す例では、基準面SPは、第一領域20Aと面一を成す面である。
【0041】
なお、
図3に例示したように、本実施形態のシールリング10では、第一側面側凸部40Aの先端部42は、この先端部42を除く第一側面20の全面と比べて、第一側面20の外方側に最も突出している。このため、本実施形態のシールリング10を用いた密封装置では、流体を圧送するポンプを始動させた際に、短時間で流体のシール機能を発揮させることができる。以下にこのような効果が得られる理由について説明する。
【0042】
まず、密封装置を構成する主要部材である相対的に回転する2部材(軸体およびハウジング)のうち、一方の部材の周面に設けられた環状溝に、シールリングを装着した場合において、環状隙間内の流体の圧力差が十分に高い高差圧状態(シール機能が完全に発揮されている場合)では、シールリングは、環状溝内において直立した状態となる。しかし、環状隙間内の流体の圧力差がゼロ差圧状態または低差圧状態の場合(シール機能がほぼ失われている場合)、シールリングは、環状溝内において大なり小なり傾いた状態になる。このため、ポンプを始動させた際にシールリングが大きく傾いていれば、シールリングが傾斜した状態から直立した状態へと変化しつつ、同時にシール機能を発揮するのにより長時間を要することになる。以下に、この点について図面を用いてより詳細に説明する。
【0043】
図18〜
図20は、従来のシールリングを用いた密封装置の一例を示す模式断面図である。ここで、
図18は、ポンプが停止している状態において、環状隙間内の流体の圧力差がゼロ差圧状態または低差圧状態の場合(シール機能がほぼ失われている場合)について示す図であり、
図19は、ポンプが始動した直後の場合(シール機能が回復しつつある場合)について示す図であり、
図20は、環状隙間内の流体の圧力差が高差圧状態の場合(シール機能が完全に発揮されている場合)について示す図である。
【0044】
図18〜
図20に示す密封装置300は、軸穴312を有するハウジング310と、軸穴312内に配置され、ハウジング310に対して相対的に回転する軸体320と、軸体320の外周面320Sに設けられた断面形状が矩形状の環状溝322に装着されたシールリング200とを有している。このシールリング200は、第一側面20に第一側面側凸部40Aが設けられていない点を除けば
図1〜
図3に示すシールリング10Aと同様の寸法形状(T字状の断面形状)を有する部材である。また、環状溝322の側壁面322H、322Lは、軸体320の中心軸(X方向)と直交する平面と平行を成す平面である。さらに、ハウジング310の内周面310Sと軸体320の外周面320Sとの間には環状隙間330が形成されている。そして、この環状隙間330は、環状溝322内の空間と連通すると共に、環状隙間330の軸体320の中心軸の一方側(X1方向側)は、不図示の作動油などの流体を圧送するポンプと接続されている。このポンプを始動した場合、作動油などの流体は、環状隙間330のX1方向側の端から、環状溝322内へと圧送されることになる。
【0045】
ここで、
図18に示すようなポンプが長時間または短時間停止している状態では、環状隙間330のX1方向側とX2方向側とでは、圧力差がゼロまたは極めて低い状態にある。このため、シールリング200の内周面70側にも流体の圧力が実質的に作用しないため、シールリング200は、環状溝322のX1方向側の側壁面322H、X2方向側の側壁面322Lや、ハウジング310の内周面310Sからも離間した状態となりえる。この状態では、シールリング200は、シール機能を発揮できない。よって、この段階では、密封装置300を用いた変速機においては変速制御も行えない。
【0046】
そして、
図19に示すようなポンプが始動した直後の状態では、まず、環状隙間330のX1方向側から供給される流体が環状溝322内に流入する。このため、シールリング200の内周面70に流体圧力が作用して、シールリング200が拡径して、外周面60がハウジング310の内周面310Sに密着し始める。また、同時に、シールリング200の第一側面20の第一領域20A、第二領域20Bへも流体圧力が作用して、シールリング200は環状隙間330のX2方向側に移動する。これにより、シールリング200の第二側面30の第一領域30Aと環状溝322のX2方向側の側壁面322Lとの隙間が減少し、環状隙間330のX1方向側とX2方向側とで圧力差が生じて増大し始める。
【0047】
最後に、
図20に示すように、ポンプが始動してからある程度の時間が経過した後の状態では、シールリング200の外周面60が全周に亘ってハウジング310の内周面310Sに密着すると共に、第二側面30(の第一領域30A)が全面に亘って側壁面322Lとも密着することで、シール機能が発揮される。よって、この段階では、密封装置300を用いた変速機においては確実な変速制御が行える。また、この段階では、シールリング200は、環状溝322内において完全に直立した姿勢が維持される。
【0048】
ここで、
図18中において、シールリング200は直立した状態で描かれているが、実際には、径方向Dに対して大なり小なり傾斜してしまうことは避けられない。これは、シールリング200の第一側面20、第二側面30、外周面60および内周面70のいずれの面にも流体の圧力が実質的に作用しないため、すなわち、シールリング200に対して、シールリング200が一定の姿勢を維持し続けるように強制する外力が加わらないためである。
【0049】
したがって、ポンプを始動して、
図18に示すシール機能が発揮されていない状態から
図20に示すシール機能が完全に発揮されている状態へと移行するためには、傾いたシールリング200の姿勢を直立した状態へと立て直しつつ、シールリング200を、環状溝322の側壁面322Lおよびハウジング310の内周面310Sへと向かって移動させる必要がある。よって、ポンプを始動する前のシールリング200の傾きが大きければ、ポンプを始動してからシール機能が十分に発揮されるまでに要する時間が長くならざるを得ない。
【0050】
一方、本実施形態のシールリング10では、第一側面20に第一側面側凸部40が設けられている。このため、ポンプの始動前の状態では、第一側面側凸部40が設けられていない点を除けば本実施形態のシールリング10と同一の寸法形状を有する従来のシールリングと比べて、本実施形態のシールリング10では、環状溝322内で自由に移動できる範囲が大幅に制限される。このため、ポンプの始動前の状態においては、シールリング10が大きく傾くのを大幅に抑制でき、ポンプの始動後においては、シールリング10がシール機能を発揮できるようになるまでに必要な環状溝322内での移動距離もより小さくできる。よって、ポンプを始動してからシール機能が十分に発揮されるまでに要する時間を短くすることができる。
【0051】
これに加えて、第一側面20のうち第一側面側凸部40が設けられていない部分では、第一側面側凸部40の存在により、第一側面20は環状溝322の側壁面322Hと隙間なく密着できない。このため、少なくとも第一側面側凸部40が設けられた近傍において、環状溝322の側壁面322Hと第一側面20との間に、流体が流れ込むことが可能な最低限の空間(X方向において、突出高さH1に相当する幅を持つ空間)が必ず確保できる。このため、本実施形態のシールリング10では、環状溝322の側壁面322Hと第一側面20との間に流れ込む流体の流量をゼロを必ず超える一定量以上に維持することができる。しかし、第一側面側凸部40Aが設けられていない従来のシールリングでは、環状溝322の側壁面322Hと第一側面20とが隙間なく密着する可能性を排除できない。このため、環状溝322の側壁面322Hと第一側面20との間に流れ込む流体の流量がゼロになってしまうこともある。それゆえ、ポンプを始動させた後に、確実に本実施形態のシールリング10の外周面60がハウジング310の内周面310Sと密着すると共に、第二側面30が、環状溝322の側壁面322Lにも密着して、流体漏れを抑制できる。
【0052】
次に、本実施形態のシールリング10を用いた密封装置について説明する。本実施形態のシールリング10は、本実施形態のシールリング10を装着可能な環状溝が設けられた部材を用いた公知の密封装置に用いることができ、この場合、環状溝は軸体の外周面に設けられていてもよく、ハウジングの内周面に設けられていてもよい。以下に、外周面に環状溝が設けられた軸体を備えた密封装置を具体例として、本実施形態の密封装置について説明する。
【0053】
図4〜
図6は、本実施形態の密封装置の一例を示す模式断面図であり、具体的には、
図1〜
図3に示すシールリング10Aを用いた密封装置の一例を示す図である。ここで、
図4は、ポンプが停止している状態において、環状隙間内の流体の圧力差がゼロ差圧状態または低差圧状態の場合(シール機能がほぼ失われている場合)について示す図であり、
図5は、ポンプが始動した直後の場合(シール機能が回復しつつある場合)について示す図であり、
図6は、環状隙間内の流体の圧力差が高差圧状態の場合(シール機能が完全に発揮されている場合)について示す図である。
【0054】
図4〜
図6に示す密封装置100A(100)は、軸穴312を有するハウジング310と、軸穴312内に配置され、ハウジング310に対して相対的に回転する軸体320と、軸体320の外周面320Sに設けられた断面形状が矩形状の環状溝322に装着された本実施形態のシールリング10Aとを有している。この密封装置100Aは、
図18〜
図20に示す従来の密封装置300において、従来のシールリング200の代わりに本実施形態のシールリング10Aを用いた以外は、同様の寸法および構造を有する装置である。
【0055】
密封装置100Aでは、密封装置300と同様に、環状隙間330の一端側(X1方向側)から流体が圧送された際に、軸体320の中心軸の一方側(X1方向側)が高圧側となり、他方側(X2方向側)が低圧側となる。また、環状溝322内に配置されたシールリング10Aの高圧側の側面(第一側面20)には高圧側凸部(第一側面側凸部40A)が設けられており、高圧側凸部(第一側面側凸部40A)の先端部42が、先端部42を除く高圧側の側面(第一側面20)全面と比べて、高圧側に最も突出している。
【0056】
ここで、
図4に示すようなポンプが長時間または短時間停止している状態では、環状隙間330のX1方向側とX2方向側とでは、圧力差がゼロまたは極めて低い状態にある。この状態では、シールリング10Aは、シール機能を発揮していない。よって、この段階では、密封装置300を用いた変速機においては変速制御も行えない。
【0057】
なお、この段階では、シールリング10Aの内周面70側にも流体の圧力が実質的に作用しないため、シールリング10Aは、環状溝322のX1方向側の側壁面322H、X2方向側の側壁面322Lや、ハウジング310の内周面310Sからも離間した状態となりえる。また、一般的には、シールリング10Aの第一側面側凸部40Aの先端部42と、側壁面322Hとの間には若干の隙間が生じていることの方が多い。しかし、仮に、
図4に示したようにシールリング10Aが高圧側の側壁面322Hに最も接近した場合でも、シールリング10Aの第一側面側凸部40Aの先端部42のみが側壁面322Hと接触し、先端部42以外の第一側面20は側壁面322Hと接触することができない。従って、仮にシールリング10Aが、環状溝322内で常に直立した状態を維持できるのであれば、シールリング10Aは、
図18〜
図20に示すシールリング200と比べて、第一側面側凸部40Aの突出高さH1の分だけ、環状溝322内で自由に移動できる空間が小さく制限されることになる。したがって、シールリング200と比べて、シールリング10Aでは、ポンプを始動した際に、シール機能が十分に発揮されるまでのシールリング10Aの移動距離をより短くできる上に、ポンプ始動前においてシールリング10Aが傾斜している場合でも、傾斜の修正に要する角度も小さくできる。それゆえ、本実施形態の密封装置100Aでは、ポンプ始動時のシール機能発揮に要する時間が短縮できる。
【0058】
次に、
図5に示すようなポンプが始動した直後の状態では、まず、環状隙間330のX1方向側から供給される流体が環状溝322内に流入する。このため、シールリング10Aの内周面70に流体圧力が作用して、シールリング10Aが拡径して、外周面60がハウジング310の内周面310Sに密着し始める。また、同時に、シールリング10Aの第一側面20の第一領域20A、第二領域20Bへも流体圧力が作用して、シールリング200は環状隙間330のX2方向側に移動する。これにより、シールリング10Aの第二側面30の第一領域30Aと環状溝322のX2方向側の側壁面322Lとの隙間が減少し、環状隙間330のX1方向側とX2方向側とで圧力差が生じて増大し始める。
【0059】
最後に、
図6に示すように、ポンプが始動してからある程度の時間が経過した後の状態では、シールリング10Aの外周面60が全周に亘ってハウジング310の内周面310Sに密着すると共に、低圧側の側面である第二側面30(の第一領域30A)が全周に亘って低圧側の側壁面322Lとも密着することで、シール機能が発揮される。よって、この段階では、密封装置100Aを用いた変速機においては確実な変速制御が行える。また、この段階では、シールリング10Aは、環状溝322内において完全に直立した姿勢が維持される。
【0060】
なお、
図4および
図6中に示す各部の寸法の詳細は以下の通りである。
【0061】
GW:
環状溝322の幅GWは、軸体320の中心軸と平行な方向(X方向)における環状溝322の幅である。
【0062】
SWS:
シールリング10の標準幅SWSは、
図6中に示す(i)第一基準面SP1と、(ii)第二基準面SP2と、のシールリング10の中心軸と平行な方向(X方向)における距離である。ここで、(i)第一基準面SP1は、シールリング10の高圧側の側面(第一側面20)に高圧側凸部(第一側面側凸部40)が形成されていないと仮定した場合において、シールリング10の高圧側の側面(第一側面20)のうち、環状溝322の高圧側の側壁面322Hと最初に接触可能な領域を含み、かつ、シールリング10の径方向Dと平行を成す平面を意味する。また、(ii)第二基準面SP2は、シールリング10の低圧側の側面(第二側面30)のうち、環状溝322の低圧側の側壁面322Lと最初に接触可能な領域を含み、かつ、シールリング10の径方向Dと平行を成す平面を意味する。
【0063】
たとえば、
図6に示す例では、第一基準面SP1は、第一領域20Aと面一を成す面であり、第二基準面SP2は、第一領域30Aと面一を成す面である。
【0064】
なお、
図6に示す第一基準面SP1は、
図3に示す基準面SPに対応する平面であり、
図6に示す高圧側の側壁面322Hは、
図3に示す仮想平面VPに対応する平面である。
【0065】
SWO:
外周面の幅SWOは、シールリング10の中心軸A1と平行を成す方向(X方向)における外周面60の幅である。
【0066】
SWI:
内周面の幅SWIは、シールリング10の中心軸A1と平行を成す方向(X方向)における内周面70の幅である。
【0067】
H0:
高圧側凸部(第一側面側凸部40)の基底面(
図6に示す例では、第二領域20B)を高さ0mmとした場合のシールリング10の中心軸A1と平行を成す方向(X方向)における高圧側凸部(第一側面側凸部40)の高さである。たとえば、
図6に示す例では、H0は、第二領域20Bから先端部42の最頂部までの高さを言う。なお、基底面がシールリング10の径方向Dに対して傾斜している場合は、X方向と平行かつ高圧側凸部(第一側面側凸部40)の頂点を通る直線が、基底面と交差する位置を高さ0mmとする。また、シールリングに低圧側凸部(第二側面側凸部46)が設けられている場合は、同様の考え方で、低圧側凸部(第二側面側凸部46)の高さH0を求めることもできる。
【0068】
H1:
高圧側凸部(第一側面側凸部40)の突出高さH1は、第一基準面SP1を高さ0mmとした場合において、シールリング10の中心軸A1と平行な方向(X方向)における高圧側凸部(第一側面側凸部40)の高さ(第一基準面SP1から先端部42の最頂部までの高さ)である。なお、
図6中に示す突出高さH1は、
図3中に示す突出高さH1と同義である。また、シールリングに低圧側凸部(第二側面側凸部46)が設けられている場合は、同様の考え方で、低圧側凸部(第二側面側凸部46)の突出高さH1を求めることもできる。
【0069】
DI:
段差部高さDIは、シールリング10の中心軸A1と平行な方向(X方向)における段差部22、32の高さである。
【0070】
CL:
サイドクリアランスCLは、環状溝322の幅GWから、シールリング10の標準幅SWSを差し引いた隙間長さである。
【0071】
Z:
最大移動距離Zは、サイドクリアランスCLから、高圧側凸部(第一側面側凸部40)の突出高さH1を差し引いた長さである。この最大移動距離Zは、環状溝322内においてシールリング10が直立している状態において、シールリング10がX方向において最大限移動可能な範囲に相当する。なお、第一側面20に第一側面側凸部40を設けない場合、最大移動距離Zは、サイドクリアランスCLと一致する。
【0072】
なお、本実施形態の密封装置100では、高圧側凸部(第一側面側凸部40)の突出高さH1は、下式(A)を満たすように設定される。これにより、本実施形態のシールリング10を用いた密封装置では、流体を圧送するポンプを始動させた際に、短時間で流体のシール機能を発揮させることができる。
・式(A) H1>0
【0073】
また、本実施形態の密封装置100の組み立てに際しては、シールリング10を環状溝322に装着できるように、下式(B)を満たすようにX方向の各部の寸法を適宜選択すればよい。下式を満たさない場合は、第一側面側凸部40が邪魔となって、シールリング10を環状溝322内に挿入して装着することができないためである。なお、突出高さH1は、サイドクリアランスCLよりも小さいことがより好ましい。
・式(B) CL≧H1
【0074】
シールリング10の各部の寸法は、シールリング10を装着する環状溝322の寸法に応じて適宜選択されるが、突出高さH1については0mmを超えることが好ましい。突出高さH1が0mmでは、流体を圧送するポンプを始動させた際に、短時間で流体のシール機能を発揮させることができなくなる。
【0075】
一方、第一側面側凸部40Aの高さH0は適宜選択できるが、第一側面側凸部40Aの高さH0が高すぎる場合は、シールリング10を取扱う際に、第一側面側凸部40Aが折損し易くなる。このため、高さH0は0.5mm以下であることが好ましい。ここで、高さH0が0.5mm以下の場合において、突出高さH1は、0.5mm以下であることが好ましく、0.23mm以下であることがより好ましい。また、シールリング10の周方向Cと直交する平面における断面形状に応じて、下式(2)〜下式(4)を満たすことが好ましい。
【0076】
ここで、シールリング10、が
図3(T字型タイプ)等に例示したように、径方向Dと平行を成す第二領域20Bを基底面とする第一側面側凸部40Aを有する場合は、下式(2)を満たすことが好ましい。
・式(2) H0=DI+H1≦0.5mm
【0077】
ここで、シールリング10のX方向の標準幅SWSは、1.0mm≦SWS≦2.0mm、段差部22の高さDIは、0.10×SWS≦DI≦0.20×SWS、となるように設定することが好ましい。よって、段差部22の高さDIは、0.1mm≦DI≦0.4mm、となる。したがって、このケースにおける突出高さH1の上限値は、0.4mm以下である。
【0078】
また、シールリング10が、
図9(矩形断面型タイプ)に例示したように、段差部22を有さない第一側面20を基底面とする第一側面側凸部40Bを有する場合は、下式(3)を満たすことが好ましい。したがって、このケースにおける突出高さH1の上限値は、0.5mm以下である。
・式(3) H0=H1≦0.5mm
【0079】
また、シールリング10が、
図10(内周側逆台形型タイプ)に例示したように、径方向Dに対して傾斜した第二領域20Bを基底面とする第一側面側凸部40Cを有する場合は、下式(4)を満たすことが好ましい。
・式(4) H0=DID+H1≦0.5mm
【0080】
ここで、式(4)中、DIDは、
図10に示すシールリング10Dの中心軸A1と平行な方向(X方向)における、第一側面側凸部40Cの径方向Dのシールリング10Dの内周面70側の付け根から第一領域20Aまでの高さを意味する。ここでDIDの下限値は0mmを超える値であるため、このケースにおける突出高さH1の上限値は、0.5mm未満である。
【0081】
一方、突出高さH1の下限値は、シールリング10の周方向Cと直交する平面における断面形状に関係なく、0.04mm以上がより好ましい。
【0082】
なお、最大移動距離Zは適宜選択できる。しかしながら、シールリング10を環状溝322に装着する際に良好な装着性が得られる観点から、最大移動距離Zの下限値は0.03mm以上が好ましい。また、サイドクリアランスCLとして一般的な範囲(0.10〜0.25mm程度)を確保することが容易な観点からは、最大移動距離Zの上限値は0.08mm以下が好ましい。
【0083】
また、周方向Cに対する突出高さH1は、式(A)および式(B)を満たす上限値を範囲で変動していてもよいが、通常は、周方向Cに対して常に一定値であることが特に好ましい。これにより周方向Cにおけるシールリング10の偏摩耗を抑制することが容易になる。
【0084】
次に、本実施形態のシールリング10および密封装置100の詳細やその他の実施形態について説明する。
【0085】
第一側面側凸部40は、
図1および
図2に例示したように、周方向Cに沿って、離散的に複数個形成されたものであってもよいが、周方向Cに沿って連続的に形成されたものでもよい。
【0086】
一方、第一側面側凸部40が、周方向Cに沿って、離散的に複数個形成される場合、シールリング10の傾斜を抑制する観点からはその数は少なくとも3個以上であればよい。但し、環状溝322内でのシールリング10の第一側面側凸部40の摩耗を抑制する観点からは、第一側面側凸部40の数は4個以上が好ましく、6個以上がより好ましい。また、第一側面側凸部40の数の上限値は特に限定されないが実用上は12個以下程度が好ましい。また、個々の第一側面側凸部40は、周方向Cに対して等間隔または略等間隔に配置されることが好ましい。たとえば、周方向Cにおいて隣り合う2つの第一側面側凸部40と中心軸A1とが成す角度は、第一側面側凸部40の数が3個である場合は、120°±30°以内が好適であり、第一側面側凸部40の数が4個である場合は90°±30°以内が好適である。
【0087】
なお、第一側面側凸部40は、周方向Cに沿って連続的に形成された連続型凸部よりも、周方向Cに沿って離散的に複数個形成された離散型凸部であることが好ましい。離散型凸部は、周方向Cに沿って離散的に形成された個々の第一側面側凸部40の先端部42が、環状溝322のX1方向側の側壁面322Hと接触している場合においても、この接触部位の周方向Cの両側では、径方向Dに沿って流体の流路が必ず確保できる。このため、連続型凸部と比べて、離散型凸部では、環状隙間330のX1方向側から圧送された流体が内周面70側へ速やかに回り込むことができる。従って、環状溝322内においてシールリング10が傾斜していても、速やかにシールリング10を直立させることができる。
【0088】
また、従来のシールリング200では、第一側面20の第一領域20Aの周方向Cの全面が環状溝322のX1方向側の側壁面322Hと接触してしまう場合がある。それゆえ、従来のシールリング200と比べても、第一側面側凸部40として離散型凸部を設けた本実施形態のシールリング10では、環状隙間330のX1方向側から圧送された流体が内周面70側へ速やかに回り込むことができる。従って、環状溝322内においてシールリング10が傾斜していても、速やかにシールリング10を直立させることができる。
【0089】
また、傾斜した状態のシールリング10を速やかに直立させ易くする観点では、少なくとも3個以上の離散型凸部が、周方向Cに対して等間隔または略等間隔に配置されていればよい。
【0090】
第一側面側凸部40の先端部42の形状については特に限定されないが、周方向Cと直交する断面の断面形状が、
図7(A)に例示する円弧状、および、
図7(B)に例示する平坦面状、から選択されるいずれかの形状であることが好ましい。なお、
図1〜
図6に示すシールリング10Aでは、先端部42の形状は
図7(A)と同様の円弧状となっている。この場合、いずれの断面形状を選択するかは、初期摩耗に起因するシールリング10のX方向の寸法変化を抑制する観点で決定することが好ましい。
【0091】
たとえば、第一側面側凸部40が、周方向Cに対して離散的に設けられている場合、特に、第一側面側凸部40の個数が少ない場合(たとえば、3個〜5個程度の場合)、先端部42と、側壁面322Hとの接触面積は必然的に小さくなる。このために、初期摩耗によるシールリング10のX方向の寸法変化が大きくなり易い。したがって、この場合は、初期摩耗によるシールリング10のX方向の寸法変化を抑制する観点から、先端部42の断面形状は平坦面状、あるいは、曲率半径rが相対的に大きい円弧状であることが好ましい。
【0092】
また、第一側面側凸部40が、周方向Cに沿って連続的に設けられている場合、あるいは、第一側面側凸部40が、周方向Cに対して離散的に多数個設けられている場合(たとえば、6個以上程度の場合)、先端部42と、側壁面322Hとの接触面積が必然的に大きくなる。このため、シールリング10と側壁面322Hとの摩擦抵抗が大きくなり易い。したがって、この場合は、摩擦抵抗を抑制する観点から、先端部42の断面形状は円弧状であることが好ましい。
【0093】
なお、先端部42の断面形状が円弧状である場合、その曲率半径rは、適宜選択することができる。しかしながら、シールリング10の外径が15mm〜80mmの範囲内であり、かつ、シールリング10の径方向Dにおけるシールリング10の長さTが1.0mm〜2.5mmの範囲内である場合、曲率半径rは、たとえば、下記(1)または(2)に説明する範囲内であることが好ましい。まず、(1)
図9に例示したように、第一側面20が、段差部22を有さず、全面が面一な平面のみから構成される場合、曲率半径rは、r≦(T−0.2)/2、なる関係を満たすことが好ましい。また、(2)
図3、
図8、
図10および
図14に例示したように、第一側面20が、段差部22を有し、第一領域20Aと第二領域20Bとの2つの平面から構成される場合、曲率半径rは、r≦T2/2、なる関係を満たすことが好ましい。ここで、T2は、径方向Dにおける第二領域20Bの長さである。また、シールリング10の製造に用いる金型の作製の観点からは、曲率半径rは、0.10mm以上が好ましく、0.05mm以上であってもよい。
【0094】
また、第一側面側凸部40の先端部42を除いた本体部44の周方向Cと直交する断面の断面形状についても特に限定されないが、
図7(C)に示すように先端部42に向かう方向(X1方向)に対して径方向Dの幅が常に一定の形状であってもよく、
図7(D)に示すように先端部42に向かう方向(X1方向)に対して径方向Dの幅が段々と狭くなる形状であってもよい。また、第一側面側凸部40の耐折損性を向上させる観点からは、
図7(C)に示す実施形態よりも、
図7(D)に示す実施形態が好ましい。
【0095】
本実施形態のシールリング10は、通常、
図3に例示するように、周方向Cと直交する断面の断面形状が、当該断面形状を中心軸A1の一方側と他方側とに二分する径方向中心線Dcに対して、非対称(非線対称)を成すことが特に好ましい。この場合、密封装置100の組み立てに際しては、シールリング10の第一側面20側と、第二側面30側との違いを認識した上で、環状溝322にシールリング10を装着しなければならない。したがって、この観点では、本実施形態のシールリング10は、特許文献1,2に例示したような径方向中心線Dcに対して、対称(非線対称)な構造を持つ従来のシールリングと比べると密封装置100の組立性に劣る。
【0096】
しかしながら、組立性を改善すべく、第一側面20側と、第二側面30側との識別性を向上させるために、目印などを印刷したり、あるいは、シールリング10の径方向中心線Dcに対する非対称をより際立たせた構造を採用することもできる。シールリング10の径方向中心線Dcに対する非対称をより際立たせた構造を採用する場合は、
図3に例示するシールリング10Aのように、第一側面20および第二側面30に設けられる凸部として、第一側面側凸部40のみが第一側面20に設けられていることが好ましい。言い換えれば、第二側面30には何らの凸部も設けられていないことが好ましい。
【0097】
なお、非対称性は低下するものの、必要に応じて、第二側面30にも凸部を設けてもよい。但し、第二側面30に凸部を設ける場合、凸部の先端部が、この先端部を除く第二側面の全面のうち、最も外方側に突出している領域(最外周側領域)と面一を成すか、あるいは、最外周側領域よりも内方側に存在していることが必要である。
図8は、本実施形態のシールリングの他の例を示す模式断面図であり、具体的には、第二側面30側に第二側面側凸部46を設けたシールリング10B(10)について示す断面図である。
【0098】
図8に示すシールリング10Bは、第二側面30の第二領域30Bに第二側面側凸部46が設けられている点を除いては、
図1〜
図3に例示したシールリング10Aと同様の形状および寸法を有している。第二側面側凸部46の断面形状は、その先端部48が円弧状であり、かつ、先端部48は、先端部48を除く第二側面30の全面のうち、最も外方側に突出している第一領域30A(最外周側領域)と面一を成している。
【0099】
それゆえ、環状隙間330内の流体の圧力差が高差圧状態となった場合、第二側面の第一領域30Aが環状溝322の低圧側の側壁面322Lに摺動自在に密着することでシール機能が発揮される。また、これと同時に、第二側面側凸部46の先端部48が、環状溝322の低圧側の側壁面322Lに摺動自在に密着する。この場合、シールリング10Bは、特許文献2に記載のシールリングと同様に、シール機能を発揮すると同時に、面圧および発熱量の低下を図ることもできる。
【0100】
なお、第二側面30に任意の第二側面側凸部46を設ける場合、第二側面側凸部46は、その先端部48が、第二側面の最も外方側に最も突出した部分(
図8に示す例では第一領域30A)と面一か、あるいは、この部分よりも内方側に設けられていればよい。また、第二側面側凸部46の先端部48および本体部の形状としては、
図7に例示したような形状が適宜選択できる。また、
図8に示す例では、周方向Cに対して離散的に形成された第一側面側凸部40Aと、周方向Cに対して離散的に形成された第二側面側凸部46とが、周方向Cの同じ位置に配置されているが、異なった位置に配置されていてもよい。さらに、第一側面側凸部40Aおよび第二側面側凸部46の数は同一であっても異なっていてもよい。また、第二側面側凸部46は、周方向Cに対して連続的に形成されたものでもよい。
【0101】
また、本実施形態のシールリング10の第一側面側凸部40を除いた周方向Cと直交する断面の断面形状は、高差圧状態となった際にシール機能が問題無く発揮できる限り特に限定されない。
図9は、本実施形態のシールリングの他の例を示す模式断面図である。
図9に示すシールリング10C(10)は、第一側面側凸部40を除いた周方向Cと直交する断面の断面形状が矩形状を有している。すなわち、第一側面20には段差部22が設けられておらず、第二側面30にも段差部32が設けられていない。そして、第一側面20には第一側面側凸部40B(40)が設けられている。このシールリング10Cでは、中心軸A1と平行を成す方向(X方向)における内周面70の幅SWIが、外周面60の幅SWOと等しい長さを有している。
【0102】
しかしながら、
図6に示すシールリング10Aや
図8に示すシールリング10Bなどのように、中心軸A1と平行を成す方向(X方向)における内周面70の幅SWIが、外周面60の幅SWOよりも小さいことが好ましい。この場合、シールリング10によりシール機能が発揮された状態となった際に、第二側面30には、第二領域30Bのように低圧側の側壁面322Lと接触しない非接触部分が形成される。このため、シールリング10の表面および環状溝322の内壁面に作用する流体の圧力が、この非接触部分および低圧側の側壁面322Lのうちこの非接触部分と対向する部分にも分散して作用することになる。それゆえ、結果的に環状溝322の内壁面に作用する流体の圧力を相対的に低下させて、摩擦抵抗を小さくすることができる。
【0103】
なお、内周面70の幅SWIを、外周面60の幅SWOよりも小さくした断面形状を有するシールリング10としては、内周側が逆台形状の断面形状を有する
図10に示すシールリング10D(10)を例示することもできる。
図10に示すシールリング10Dでは、第一側面20および第二側面30の第一領域20A、30Aは、シールリング10A、10Bと同様に径方向Dに対して平行を成す面から構成されている。しかし、第二領域20B、30Bは、第一領域20A、30Aの径方向Dの内周側の端部から、内周面70へと向かって内方側へと傾斜したテーパ面を形成している。そして、第一側面20の第二領域20Bに、第一側面側凸部40C(40)が設けられている。また、内周面70の幅SWIは、外周面60の幅SWOよりも小さくなっている。
【0104】
第一側面側凸部40の径方向Dにおける配置位置については、シールリング10を環状溝322に装着した際に、第一側面側凸部40が、側壁面322Hと接触できる限り特に限定されない。しかしながら、先端部42が、シールリング10の厚みT(径方向Dの長さ)に対して、内周面70側を基準(0)として、0.2T〜0.7Tの程度の範囲に位置するように第一側面側凸部40を設けることが好適であり、0.3T〜0.6Tの程度の範囲に位置するように第一側面側凸部40を設けることがより好適である。
【0105】
本実施形態のシールリング10では、第一側面側凸部40を除いた周方向Cと直交する断面における断面形状は、合口部50近傍を除いて、周方向Cに対して常に一定であってもよいが、異なっていてもよい。以下にこのような構造を有するシールリング10について図面を用いて説明する。
【0106】
図11〜
図12は、本実施形態のシールリングの他の例を示す模式図である。ここで、
図11は、シールリングの拡大平面図であり、具体的には、第一側面の拡大平面図である。また、
図12は、
図11中の符号XII−XII間の断面図である。
【0107】
図11に示す本実施形態のシールリング10E(10)は、第一側面側凸部40を除いた周方向Cに直交する断面の断面形状が互いに異なる第一部分80と、第二部分82とを有する。そして、第一部分80と、第二部分82とは、周方向Cに対して交互に配置されている。
図11に示す例では、周方向Cに沿って配置された複数個の第一部分80から選択される少なくとも1以上の第一部分80A(80)の第一側面20に第一側面側凸部40が設けられる。なお、
図11に示す例では、周方向Cの一方側(図中の左側)から、他方側(図中の右側)へと、第二部分82と、第一側面20に第一側面側凸部40が設けられていない第一部分80B(80)と、第二部分82と、第一側面20に第一側面側凸部40が設けられた第一部分80Aと、第二部分82とが、この順に配置された状態が示されている。
【0108】
なお、
図11に示す例では、第一側面20に第一側面側凸部40が設けられた第一部分80Aの、周方向Cと直交する断面の断面形状は、
図3に示すシールリング10Aと同様である。また、第一部分80Aの断面構造は、第一側面20に第一側面側凸部40が設けられている限り特に限定されず、たとえば、
図10に示すシールリング10Dの断面構造などが適宜選択できる。また、第一部分80Bの断面構造は、第一側面20に第一側面側凸部40が設けられていない点を除けば、第一部分80Aと同一である。さらに、
図11に示す例では、周方向Cにおける各々の第一部分80の長さは同一であるが、異なるものとしてもよい。この点は第二部分82についても同様である。たとえば、第一部分80Aの長さを、第一部分80Bの長さの3倍に設定することができる。
【0109】
図11に示す例では、第一側面側凸部40は、第一部分80の第一側面20に設けられているが、第二部分82の第一側面20に設けてよく、第一部分80の第一側面20および第二部分82の第一側面20の双方に設けてもよい。
【0110】
また、
図12に示すように、第二部分82の内周面72A(72)は、第一部分80の内周面70よりも外周側に設けられている。このため、
図11および
図12に示すシールリング10Eを用いた密封装置100では、ポンプを始動させた際に、流体が第一部分80の内周面70に作用するよりも前に、第二部分82の内周面72に作用する。したがって、ポンプが始動してからより短時間のうちに、シールリング10Eをハウジング310の内周面310Sへと向かって移動させることができる。
【0111】
なお、
図12に示すシールリング10Eでは、第二部分82の第一側面20は第一領域20Aのみから構成されており、また、内周面72Aは、第一領域20Aの内周側の端部を起点として、X2方向に向かうに従いD2方向に向かうテーパ面を形成している。また、第一側面20および第二側面30は、第一部分80と第二部分82とにおいて連続した面一な面を構成している。
【0112】
第二部分82の断面構造は、
図12に示す例に限定されず、たとえば、
図13に示す断面構造も挙げられる。
図13に示すシールリング10F(10)、10G(10)は、
図11および
図12に示すシールリング10Eに対して、第二部分82の断面構造を異なるものとした以外は同様の形状・構造を有するシールリングである。ここで、
図13(A)に示すシールリング10Fは、第二部分82の第二側面30を、第一部分80とは完全には面一にせずに、第二部分82においては段差部32を省略している。また、
図12に示す内周面72Aと同様の角度で、
図13に示す内周面72B(72)は傾斜すると共に、X2方向側の一端が、第二側面30(第一領域30A)の内周側の端部と一致している。また、
図13(B)に示すシールリング10Gでは、内周面72C(72)が、径方向中心線Dcに対して、線対称を成す2つの互いに傾斜角の等しいテーパ面から構成されると共に、内周側に凸を成す形状を有している。また、内周面72CのX方向の両端は、それぞれ、第一領域20A、30Aの内周側の下端部と一致している。
【0113】
なお、
図12〜
図13に示す例では、第一部分80は、
図1〜
図3に示すシールリング10Aと同様の構造を有するが、たとえば、
図8〜
図10および後述する
図14に例示するシールリング10B、10C、10D、10Hを、周方向Cに対して部分的に切り出した部分に適宜置換することもできる。この場合、第二部分82の第一側面20および第二側面30は、置換した第一部分80の第一側面20および第二側面30と、各々、面一になるように構成してもよく、各々、非面一になるように構成してもよい。
【0114】
環状溝322の断面形状は、既述したように矩形状であってもよいがU字状であってもよい。すなわち、軸体320の周方向と直交する断面における、環状溝322の底壁面322Bの底壁面輪郭線が、円弧の中心点が底壁面輪郭線よりも軸体320の径方向Dの外周側に存在する円弧形状を有していてもよい。この場合、
図14に示すシールリング10H(10)のように、シールリング10Hの周方向Cと直交する断面における、内周面70の内周面輪郭線が、円弧の中心点が内周面輪郭線よりもシールリング10Hの径方向Dの外周側に存在する円弧形状を有することが好ましい。なお、
図14に示すシールリング10Hは、内周面70が平坦面では無く断面U字状の円弧面になっている点を除けば、
図3に示すシールリング10Aと同様の寸法形状を有するシールリングである。
【0115】
図14に示す環状溝322とシールリング10Hとの組み合わせた密封装置100B(100)は、シールリング10の第一側面20、内周面70および第二側面30と、環状溝322の側壁面322H、底壁面322Bおよび側壁面322Lと、の間を流れる流体が層流を形成し易く、流体の流動性が向上する。それゆえ、
図4〜
図6に示す環状溝322と、シールリング10Aとを組み合わせた密封装置100Aと比較して、
図14に示す環状溝322とシールリング10Hとを組み合わせた密封装置100Bでは、ポンプを始動させた際にシールリング10Hをより短時間のうちにハウジング310側へと移動させることができる。なお、このような効果をより効果的に発揮させる観点からは、さらに、下式(5)を満たすことが好ましい。
・式(5) Rg≧Rs
【0116】
ここで、式(5)中、Rgは、環状溝322の溝底面輪郭線の曲率半径を表し、Rsは、シールリング10Hの内周面輪郭線の曲率半径を表す。
【0117】
本実施形態のシールリング10には、必要に応じてシールリング10が装着される環状溝322が設けられた部材(軸体320あるいはハウジング310)に対してシールリング10を固定するための係合部(リング側係合部)がさらに設けられていてもよい。この場合、環状溝322の側壁面322L、側壁面322H、あるいは、底壁面322Bから選択される少なくともいずれかの内壁面にも、リング側係合部に対応する係合部(溝側係合部)が設けられる。
【0118】
たとえば、側壁面322L、側壁面322H、あるいは、底壁面322Bのいずれかの内壁面に、溝側係合部として突出部を設ける場合は、この溝側係合部に嵌合する窪み部からなるリング側係合部を設けることができる。また、側壁面322L、側壁面322H、あるいは、底壁面322Bのいずれかの内壁面に、溝側係合部として窪み部を設ける場合は、この溝側係合部に嵌合する形状を有する突出部からなるリング側係合部を設けることができる。
【0119】
ここで、突出部からなる係合部と、窪み部からなる係合部とを嵌合させて、シールリング10を、環状溝322が設けられた部材に確実に固定するためには、突出部からなる係合部の突出高さおよび窪み部からなる係合部の深さが、少なくとも0.6mm以上であることが必要である。突出部からなる係合部の突出高さおよび窪み部からなる係合部の深さが0.6mm未満では、リング側係合部と溝側係合部との嵌合が容易に外れて、シールリング10を環状溝322が設けられた部材に対して固定できなくなるためである。
【0120】
たとえば、突出部からなるリング側係合部を、シールリング10の第一側面10に設ける場合、突出部からなるリング側係合部の突出高さHEは、第一基準面SP1を高さ0mmとして求められる。すなわち、突出部からなるリング側係合部の突出高さHEは、シールリング10の中心軸A1と平行な方向(X方向)における第一基準面SP1から突出部からなるリング側係合部の先端部までの距離である。
【0121】
ここで、シールリング10の第一側面10に設けられた突出部からなるリング側係合部が、環状溝322の側壁面322Hに設けられた窪み部からなる溝側係合部と係合可能となるためには、下式(C)に示すように、標準幅SWSと、突出高さHEとの和が、環状溝の幅GWを必ず超える値でなければならない。式(C)を満たさない場合は、突出部からなるリング側係合部と、窪み部からなる溝側係合部とを一旦、係合させても、リング側係合部が溝側係合部から容易に抜け出てしまうためである。
・式(C) GW<HE+SWS
ここで、式(C)中、環状溝322の幅GWは、窪み部からなる溝側係合部が設けられていない部分における幅を意味する。
【0122】
なお、参考までに述べれば、第一側面側凸部40の突出高さH1は、下式(D)を満たす。
・式(D) GW≧H1+SWS
式(D)から明らかなように第一側面側凸部40は、シールリング10が装着される環状溝322が設けられた部材との係合に用いられるものではなく、また、突出部からなるリング側係合部としての機能を有するものでは無い。なお、突出高さH1は、GW>H1+SWS、なる関係式を満たすことがより好ましい。また、第一側面20に、第一側面側凸部40に加えて突出部からなるリング側係合部も設ける場合は、常に、HE>H1、となる。
【0123】
なお、リング側係合部および溝側係合部の数は特に限定されないが、通常、リング側係合部は、シールリング10に1つのみ設けられ、溝側係合部も、環状溝322に1つのみ設けられることが好ましい。シールリング10にリング側係合部を設けず、環状溝322にも溝側係合部を設けない場合、環状溝322の側壁面322L、側壁面322Hおよび底壁面322Bは、通常、周方向Cの全周に亘って凹凸が存在しない面一な面とされる。
【0124】
なお、本実施形態の密封装置100では、第一側面20に第一側面側凸部40が設けられた本実施形態のシールリング10を用いることで、ポンプを始動させた際に、短時間で流体のシール機能を発揮させることができる。しかしながら、同様の効果を得るために本実施形態のシールリング10の代わりに、第一側面20に第一側面側凸部40を有さないシールリングと、第一側面側凸部40と実質同等の機能を有するスペーサとを組み合わせて用いることもできる。
【0125】
図15および
図16は、本実施形態の密封装置の変形例について示す模式断面図である。
図15に示す密封装置102A(102)は、
図18〜
図20に示す従来の密封装置300において、シールリング200の第一側面20と、側壁面322Hとの間にスペーサ210をさらに配置した構成を有する。ここで、スペーサ210は、第一側面20の第二領域20Bと側壁面322Hとの間に配置されており、軸体320の中心軸と平行な方向(X方向)の最大長さSPWは、段差部22における段差部高さDIを超える値に設定されている。言い換えれば、スペーサ210の最大長さSPWは、スペーサ210が環状溝322内にて直立した状態において、シールリング200の第一側面20と環状溝322の側壁面322Hとが必ず離間した状態が維持できる値に設定される。このため、スペーサ210は、本実施形態のシールリング10の第一側面20に設けられる第一側面側凸部40と実質同様の機能を発揮できる。なお、スペーサ210としては、第一側面側凸部40と実質同様の機能を発揮できるのであれば、如何様な部材でも利用できるが、たとえば、Oリングや、コイルエキスパンダなどを用いることができる。
【0126】
なお、シールリング200の第一側面20には、径方向Dに対するスペーサ210の位置ずれを抑制するために、凹部を設けることがより好ましい。たとえば、
図16に示す密封装置102B(102)のように、第一側面20の第二領域20Bに凹部20Cに設けることができる。この場合、スペーサ210の最大長さSPWは、段差部高さDIと、凹部20Cの深さDCとの合計長さを超える値に設定される。なお、これらの点を除けば、
図16に示す密封装置102Bは、
図15に示す密封装置102Aと同様の構成を有するものである。
【0127】
本実施形態のシールリング10の構成材料は、特に限定されないが、たとえば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)等の他、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、変性ポリテトラフルオロエチレン、エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)等のフッ素系樹脂等の樹脂材料、あるいは、これらの樹脂材料にカーボン粉末、強化繊維、固体潤滑剤等の添加剤を充填した材料が好ましく用いられる。シールリング10の構成材料の機械的特性は特に限定されないが、ヤング率が低いことが好ましい。ヤング率の低い材料から構成されるシールリング10を用いた密封装置100では、シールリング10の追従性が高くなるため、ポンプを始動させた際により短時間でシール機能を発揮させることが容易になる。
【0128】
また、本実施形態のシールリング10の製造方法は、特に限定されないが、シールリング10の構成材料として、PEEK、PPS、PI等の熱可塑性樹脂を用いる場合は、射出成形でシールリング10を製造するのが好ましい。また、シールリング10の構成材料として、フッ素樹脂を用いる場合には、原材料を圧縮成型後に機械加工することによりシールリング10を製造することができる。また、本実施形態の密封装置100、102に用いる流体としては公知の液体であればいずれも利用できるが、一般的には、作動油が用いられる。
【0129】
本実施形態のシールリング10および密封装置100の用途は特に限定されるものでは無いが、ポンプを始動した際に短時間のうちにシール機能の発揮が要求される用途に用いられることが好適である。代表的な例としては、アイドリングストップを採用した自動車の変速機が挙げられる。しかしながら、勿論、このような用途以外にも短時間のうちに流体のシール機能が発揮されることが要求される用途であればいずれも、本実施形態のシールリング10および密封装置100を好適に用いることができる。
【0130】
なお、本実施形態のシールリング10を、ハウジング310側に設けられた環状溝322に装着する目的で使用する場合、本願明細書中において説明されている内周側の寸法形状等の説明は、外周側の寸法形状等として読み替え、また、本願明細書中において説明されている外周側の寸法形状等の説明は、内周側の寸法形状等として読み替えられる。
【実施例】
【0131】
以下に、本発明を実施例を挙げて説明するが、本発明は以下に説明する実施例のみに限定されるものでは無い。
【0132】
<シールリングの評価>
各実施例、比較例のシールリングの評価には、
図17に示す試験機400を用いた。この試験機400は、密封装置100A、102、300を模した試験機である。試験機400は、その主要部として、ハウジング310に相当する円筒部材410と、軸体320に相当する複合円盤部材420とを有する。ここで、複合円盤部材420は、2つの円盤420Aと、円盤420Aよりも直径が小さく、かつ、2つの円盤420Aの間に狭持される円盤420Bとから構成されている。これら3つの円盤420A、420Bは、その径方向の中央部に不図示の軸穴が設けられており、この軸穴を介して不図示のモータに連結された回転軸に接続されている。なお、
図17に示す例ではシールリングとして、
図3に示した本実施形態のシールリング10Aを例示しているが、実際の試験では、試験毎に各実施例および比較例のシールリングを用いた。
【0133】
複合円盤部材420の外周には、円盤420Aの側面を側壁面422H、422Lとし、円盤420Bの外周面を底壁面422Bとする環状溝422が形成されている。この環状溝422は、密封装置100A、102、300における環状溝322に相当する。そして、円筒部材410と、複合円盤部材420との間には環状隙間430が形成されている。
【0134】
また、環状溝422を挟んで、環状隙間430の一方側(X1方向側)と他方側(X2方向側)とは、それぞれ、不図示の圧力調整弁や三方弁などを介して油圧ポンプおよびオイルタンクに接続されている。そして、不図示の油圧センサーにより、環状溝422に対して環状隙間430の一方側(X1方向側)の油圧S1と、他方側(X2方向側)の油圧S2とを測定することができる。また、これらの油圧S1、S2(実測値)に基づいて、差圧ΔS(=S1−S2、実測値)を同時に得ることができる。
【0135】
ここで、油圧ポンプを始動させた際に、作動油のシール機能が発揮されるまでの時間(到達時間)は、以下の手順にて測定した。
【0136】
まず、
図17(A)に示すように、環状隙間430のX2方向側と接続された不図示の油圧ポンプの油圧P2(設定値)を0.1MPaとなるように調整して、作動油を環状隙間430の他方側(X2方向側)から供給して、シールリングの第一側面20の少なくともいずれかの部分(
図17(A)に示す例では第一側面側凸部40Aの先端部42)が側壁面422Hに接触するまで、シールリングを移動させる。次に、油圧P2(設定値)を0.02MPaとなるように調整し、環状隙間430の一方側(X1方向側)のシールリング近傍の油圧S1(実測値)が0.02MPaとなるまで、すなわち、差圧ΔS(実測値)=0となるまで、10秒〜15秒間待機した。この待機期間中は、環状隙間430の他方側(X2方向側)のシールリング近傍の油圧S2(実測値)は0.02MPaが維持される。
【0137】
差圧ΔS(実測値)=0になったところで、0.01秒間隔で、差圧ΔS(実測値)および油圧S2(実測値)の測定を開始すると同時に、データロガーへも記録を開始した。尚、データロガーの油圧および差圧のデータは電圧で記録している。差圧ΔS(実測値)、油圧S2(実測値)の計測開始から0.5秒〜1秒程度経過した後、環状隙間430のX1方向側と接続された不図示の油圧ポンプの油圧P1(設定値)を0.3MPaに設定して、作動油を供給した。0.5秒〜1秒程度、時間を遅らせて油圧ポンプを作動する目的は、データロガーに油圧センサの差圧ΔS(実測値)がゼロのデータを確実に記録するためである。これにより、
図17(B)に例示したように、シールリングの第二側面30が側壁面422Lと密着すると共に、外周面60が円筒部材410の内周面410Sに密着することで、シールリングが作動油のシール機能を発揮する。同時に、差圧ΔS(実測値)が0を超えて上昇する。データロガーの記録から、差圧ΔS(実測値)が0.05MPa及び0.10MPaに到達するまでの時間を求めた。
【0138】
ここで、到達時間の計測に際しては、データロガーに記録されているデータにおいて、差圧ΔS(実測値)が上昇し、「0(ゼロ)」MPa未満の数値が消失した最終の時点の経過時間を基準時(0秒)とした。そして、基準時から差圧ΔS(実測値)データが「0.05」MPa未満のデータが消失した時点までの期間を、差圧ΔS=0.05MPaにおける到達時間とし、基準時から差圧ΔS(実測値)データが「0.10」MPa未満のデータが消失した時点までの期間を、差圧ΔS=0.10MPaにおける到達時間として求めた。尚、差圧ΔS(実測値)データは少数第三位を四捨五入している。
【0139】
なお、到達時間の計測に際しては、各実施例および各比較例について、5回計測を行い、その平均値を求めた。
【0140】
なお、シールリングを除く試験条件の詳細は以下の通りである。
(1)作動油(流体)
・作動油油種:オートマチックトランスミッションフルード(ATF)
・油温:80℃
(2)円筒部材410(ハウジング310を模した部材)
・材料:JIS S45C
・軸穴内径:55mm
・軸穴の内周面410Sの算術平均粗さRa:0.3μm
【0141】
(3)複合円盤部材420(軸体320を模した部材)
・材料:JIS S45C
・外径(円盤420Aの外径):54.4mm
・底壁面422Bの外径(円盤420Bの外径):50.5mm
・環状溝422の側壁面422L、422Hの算術平均粗さRa:0.3μm
・環状溝422の幅GW(円盤420Bの厚み):表4参照
【0142】
(4)その他
・サイドクリアランスCL:表4参照
・最大移動距離Z:表4参照
【0143】
なお、自動車の変速機などに用いられる一般的な密封装置100では、サイドクリアランスCLは、通常、0.10mm〜0.25mm程度の範囲が多用され、0.10mm〜0.20mmが好適とされている。
【0144】
<シールリング>
評価に用いたシールリングの寸法および形状の詳細を表1〜表3に示す。なお、表1〜表3に示した以外のシールリングの寸法、形状および材質等の詳細は以下の通りである。
・材質:PEEK材
・外径:55mm
・厚み:1.8mm(実施例7については第一部分80の厚み)
・第一領域20A、30A部分の厚み:0.7mm(実施例7については第一部分80の厚み)
・合口部50の形状:複合ステップカット型
・ハウジング310を模した円筒部材410の内周面410Sと密着するようにシールリングを配置した際の合口部50の隙間:0.5mm
【0145】
なお、比較例3については、
図21に示すシールリング202を用いた。このシールリング202は、
図18に示すシールリング200に対して、第一側面20に、先端部42が、第一領域20Aと面一を成す第一側面側凸部40D(40)を設け、第二側面30に、先端部48が、第一領域30Aと面一を成す第二側面側凸部46を設けた左右対称な断面構造を有するものである。
【0146】
また、第一側面20に第一側面側凸部40を設けた各実施例および比較例のシールリングについては、第一側面側凸部40を、
図1に例示したように周方向Cに対して離散的に3個設けた。また、実施例7を除いて、合口部50の両側に設けられる2つの第一側面側凸部40の配置角度αは60°とした。また、第二側面30に第二側面側凸部46を設けた各実施例および比較例のシールリングについても、第二側面側凸部46を周方向Cに対して離散的に3個設け、第二側面側凸部46の配置角度も第一側面側凸部40と同様に設定した。
【0147】
さらに、実施例7のシールリングでは、中心軸A1と平行な方向(X方向)において、第二部分82の内周面72と外周面60との成す角度を30°に設定した。さらに、第一側面側凸部40が設けられた第一部分80Aと、第一側面側凸部40が設けられていない第一部分80Bと、第二部分82との、周方向Cにおける長さは、中心軸A1を頂点とした際の周方向Cの広がり角度換算で、35°:35°:10°とした。第一側面側凸部40を、周方向Cに対して離散的に3個設けた。また、合口部50の両側に設けられる2つの第一側面側凸部40の配置角度αは45°とし、残りの1つの第一側面側凸部40の配置角度は、
図1に示した場合と同様の180°とした。
【0148】
<評価結果>
評価結果を表5に示す。なお、表5中に示すシール性評価、装着性評価および凸部耐折損性評価の評価基準は以下の通りである。
【0149】
−シール性評価−
シール性は、ΔS=0.10MPaにおける比較例1の作動油差圧到達時間を100とし、ΔS=0.10MPaにおける各実施例および比較例の作動油差圧到達時間比について、以下の基準で評価した。
A:作動油差圧到達時間比が80以下
B:作動油差圧到達時間比が80を超え90以下
C:作動油差圧到達時間比が90を超え100以下
D:作動油差圧到達時間比が100を超える
【0150】
−装着性評価−
各実施例および比較例の最大移動距離Zについて、以下の基準で評価した。
A:0.10mm≦Z<0.20mm
B:0.03mm≦Z<0.10mm
C:0mm<Z<0.03mm
D:0.20mm≦ZまたはZ=0mm
【0151】
−凸部耐折損性評価−
各実施例および比較例の第一側面側凸部40の凸部高さH0について、以下の基準で評価した。
A:0mm<Z≦0.25mm
B:0.25mm<Z≦0.50mm
C:0.50mm<Z
【0152】
また、参考までに、
図22に、各実施例および比較例における最大移動距離Zに対する作動油差圧到達時間比についてプロットしたグラフを示す。
図22から明らかなように、実施例のシールリングはいずれも、比較例のシールリングに対して作動油差圧到達時間比を短縮することができた。
【0153】
【表1】
【0154】
【表2】
【0155】
【表3】
【0156】
【表4】
【0157】
【表5】
第一側面20と、第一側面20の反対側の側面である第二側面30と、第一側面20に設けられた第一側面側凸部40とを有し、第一側面側凸部40の先端部42が、先端部42を除く第一側面40の全面と比べて、第一側面40の外方側に最も突出していることを特徴とするシールリングおよびこれを用いた密封装置。