(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
pHが異なる標本に接触させたpH指示薬の各々の発色を白色点が中央に配置された色度図上にプロットして当該白色点が中心の極座標上の発色点の偏角Dを検出し,前記各標本のpH値と各標本に接触させた前記pH指示薬の発色点の偏角Dとの関係式を設定し,前記pH指示薬を計測対象に接触させたときの発色から前記発色点の偏角Dを検出し,前記計測対象に接触させた前記pH指示薬の発色点の偏角Dと前記関係式とから当該計測対象のpH値を算出してなるpH計測方法。
請求項1又は4の何れかの計測方法において,前記関係式を,前記各標本のpH値を独立変数とし前記各標本に接触させた前記pH指示薬の発色点の偏角Dを従属変数とするロジスティック回帰曲線としてなるpH計測方法。
請求項1から5の何れかの計測方法において,前記pH指示薬を,pH指示部位及び重合性部位を有する単量体成分と,イオン性部位及び重合性部位を有する単量体成分とを含む共重合体としてなるpH計測方法。
pH指示薬の発色信号を入力し且つ当該発色を白色点が中央に配置された色度図上にプロットして当該白色点が中心の極座標上の発色点の偏角Dを検出する検出手段,pHが異なる標本のpH値と各標本に接触させた前記pH指示薬の発色点の偏角Dとの関係式を記憶する記憶手段,及び前記pH指示薬を計測対象に接触させたときの前記発色点の偏角Dと前記関係式とから当該計測対象のpH値を算出する算出手段を備えてなるpH計測装置。
請求項7の計測装置において,前記pHが異なる標本の各々のpH値と各標本に接触させたときの前記pH指示薬の発色点の偏角Dとを入力して前記関係式を設定する設定手段を設けてなるpH計測装置。
請求項7又は8の計測装置において,前記pH指示薬を含むフィルムと,当該フィルムに臨ませた測色計とを設け,前記pH指示薬の発色信号を前記測色計の出力信号としてなるpH計測装置。
請求項7から11の何れかの計測装置において,前記関係式を,前記各標本のpH値を独立変数とし前記各標本に接触させた前記pH指示薬の発色点の偏角Dを従属変数とするロジスティック回帰曲線としてなるpH計測装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし,
図12のようにpH指示薬の発色(カラー画像)中のB/G比からpH値を計測する方法は,変色域が比較的狭いフェノールレッドのようなpH指示薬には適用できるが,より変色域の広いpH指示薬に適用するとpH値の計測精度が低下しうる問題点がある。すなわち,変色域がpH値=6.5〜8.5程度のフェノールレッドではB/G比との関係を2次関数(線形回帰モデル)としてモデル化できるが,pH指示薬の変色域が広くなると発色が複雑に変化するので,pH値とB/G比との関係を2次関数等でモデル化することは難しくなる。pH指示薬の変色域の広狭に拘わらず,pH指示薬の発色からpH値を精度よく推定できる技術の開発が望まれている。
【0008】
また,変色域を広げるために発色の異なるpH指示薬を組み合わせなければならないことも想定される。本発明者は,pH指示薬の発色が複雑な場合や複数のpH指示薬を組み合わせた場合であっても,
図12のようにpH指示薬の発色中の特定の色信号(例えばB信号とG信号)だけでなく,全ての色信号(発色全体)を考慮することで,pH値と対応させることができるとの着想を得た。環境モニタリング等の分野では水,空気・大気,地質等のpHを長期間にわたり精度よく計測できるpH指示薬の研究開発が進められており(特許文献4参照),例えばpH変動幅の広い環境モニタリングの要望に対応するため,pH指示薬の示す発色全体を考慮してpH値を推定できる技術の開発が求められている。
【0009】
そこで本発明の目的は,pH指示薬の発色全体を考慮してpH値を推定できるpH計測方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
図1の実施例及び
図3の流れ図を参照するに,本発明によるpH計測方法は,pHが異なる標本S1,S2,……に接触させたpH指示薬Qの各々の発色を白色点Oが中央に配置された色度
図M(
図2参照)上にプロットしてその白色点Oが中心の極座標上の発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……を検出し,各標本S1,S2,……のpH値と各標本S1,S2,……に接触させたpH指示薬Qの発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……との関係式F(
図5〜
図8参照)を設定し,pH指示薬Qを計測対象Tに接触させたときの発色から発色点Ctの偏角Dtを検出し,計測対象Tに接触させたpH指示薬Qの発色点Ctの偏角Dtと関係式Fとからその計測対象TのpH値を算出してなるものである。
【0011】
また,
図1のブロック図を参照するに,本発明によるpH計測装置は,pH指示薬Qの発色信号を入力し且つその発色を白色点Oが中央に配置された色度
図M(
図2参照)上にプロットしてその白色点Oが中心の極座標上の発色点Cの偏角Dを検出する検出手段27,pHが異なる標本S1,S2,……のpH値と各標本S1,S2,……に接触させたpH指示薬Qの発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……との関係式F(
図5〜
図8参照)を記憶する記憶手段21,及びpH指示薬Qを計測対象Tに接触させたときの発色点Ctの偏角Dtと関係式Fとからその計測対象TのpH値を算出する算出手段29を備えてなるものである。本発明によるpH計測装置には,
図1に示すように,pHが異なる標本S1,S2,……の各々のpH値と各標本S1,S2,……に接触させたpH指示薬Qの発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……とを入力して関係式Fを設定する設定手段28を設けることができる。
【0012】
好ましくは,
図1に示すように,pH指示薬Qを含むフィルム11と,そのフィルム11に臨ませた測色計12とを設け,pH指示薬Qの発色信号を測色計12の出力信号としてpH値を算出する。或いは,測色計12に代えて,pH指示薬Qを含むフィルム11とそのフィルム11のカラー画像を撮影するカメラ(図示せず)とを設け,pH指示薬Qの発色信号をカラー画像としてpH値を算出することも可能である。
【0013】
更に好ましくは,白色点Oが中央に配置された色度
図Mを,
図2に示すようなCIExy色度
図M1,
図9に示すようなRBG色空間の白色点から黒色点を見通した投影
図M2,又は
図10に示すようなL
*a
*b
*色空間のa
*b
*平面と平行な断面
図M3とする。望ましくは,関係式Fを,
図5〜
図8に示すように,異なる標本S1,S2,……のpH値を独立変数とし各標本S1,S2,……に接触させたpH指示薬Qの発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……を従属変数とするロジスティック回帰曲線とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によるpH計測方法及び装置は,pH指示薬Qの発色を白色点Oが中央に配置された色度
図M上にプロットしてその白色点Oが中心の極座標上の発色点Cの偏角Dを検出し,予めpHが異なる標本S1,S2,……のpH値と各標本S1,S2,……に接触させたpH指示薬Qの発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……との関係式Fを設定したうえで,pH指示薬Qを計測対象Tに接触させたときの発色点Ctの偏角Dtと関係式Fとからその計測対象TのpH値を算出するので,次の効果を奏する。
【0015】
(イ)pH指示薬Qの発色を色度
図M上にプロットして発色点Cの偏角Dを検出し,その偏角DからpH値を推定することにより,pH指示薬Qの示す発色全体を考慮してpH値を推定することができる。
(ロ)変色域の広いpH指示薬Qを用いた場合も,その発色全体を考慮することでpH値を精度よく計測することでき,pH指示薬Qの変色域の広狭に拘わらずpH指示薬Qの発色からpH値を計測することが可能となる。
(ハ)また,pH指示薬Qの発色全体を考慮してpH値を計測することにより,発色が複雑に変化するpH指示薬にも対応することができ,発色の異なるpH指示薬を組み合わせて幅の広いpH値を計測することも可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は,例えば工場用水・排水,農業用水,河川・湖沼,水槽・タンクその他の水質のpH管理に適用した本発明のpH計測装置の実施例を示す。図示例の計測装置はpH検出部10とpH計測部20とで構成されている。pH検出部10は,pH指示薬Qを含むフィルム11と,そのフィルム11に臨ませた測色計12と,そのフィルム11及び測色計12を組み込むホルダ14とを有し,ホルダ14は一端に設けた開口をフィルム11で塞ぐことにより内部空間を水が入らない水密構造とすることができ,その水密な内部空間に測色計12を封入している。フィルム11は適宜に交換可能とすることが望ましい。また,ホルダ14には適宜に取り付け部を設けることができ,計測対象Tに応じて検出部12を水中に設置する浸漬形とし,或いは用水又は排水配管の内部に取り付ける流通形とすることができる。
【0018】
図示例のpH指示薬Qを含むフィルム11の一例は,特許文献4が開示するように,pH指示部位及び重合性部位を有する単量体成分(pH指示モノマー)を含んだ共重合体である。pH指示モノマーは,固有の変色域の水中において可逆的にプロトン化する分子骨格を有するものであり,他の適当な電気的中性部位及び重合性部位を有する単量体成分(非イオン性モノマー)と混合することにより水に不溶又は難溶な共重合体とすることができる。例えば,pH指示モノマーと非イオン性モノマーとを含む水に不溶な共重合体を膜状に成形してフィルム11とすることにより,計測対象Tの水質のpH値を長期間継続的に計測可能な計測装置とすることができる。ただし,本発明においてpH指示薬Qは水に不溶な膜状なものに限定されるわけではなく,例えばpH指示薬Qを可溶性とし,或いはpH指示薬Qを粉末状とすることも可能である。また,本発明において従来技術に属するフェノールレッド等のpH指示薬Qを用いることも可能であり,そのようなpH指示薬Qを用いた場合でも後述するように発色全体を考慮したpH値の計測方法を適用することにより,従来技術に比してpH値の計測範囲を広げる効果が期待できる。
【0019】
好ましくは,pH指示薬Qを,特許文献4が開示するように,pH指示モノマー(必要に応じて非イオン性ポリマーを含む)と共に,イオン性部位及び重合性部位を有する単量体成分(イオン性モノマー)を含む共重合体とする。イオン性モノマーを含む共重合体は側鎖に荷電基(解離可能な官能基)を含む高分子電解質となり,例えば共重合体中の陰イオン性モノマーに由来するセグメント近傍は水中において水素イオンが集まる領域(局所濃縮領域)となり,逆に陽イオン性モノマーに由来するセグメントの近傍は水素イオンが反発する領域(局所希釈領域)となる。共重合体中のpH指示モノマーの発色は,局所濃縮領域の影響を受けるとアルカリ性側にシフトし,局所希釈領域の影響を受けると酸性側にシフトする。このため,pH指示モノマー(必要に応じて非イオン性ポリマーを含む)とイオン性モノマーとの混合比を適当に調整することにより,共重合体の変色域をpH指示部位に固有の変色域から移動させ,或いは固有の変色域よりも広げることができる。例えば,図示例のフィルム11を,計測対象Tに応じた変色域となるようにpH指示モノマーとイオン性モノマーとの混合比を調整した不溶性共重合体を膜状に成形したものとする。このような共重合体及び単量体成分は,特許文献4に詳述されている。
【0020】
図示例の測色計12の一例は,測定対象に片面を接触させるフィルム11の反対面側に臨ませ,pH指示薬Qを含むフィルム11の発色を測定するセンサである。例えばpH計測部20から信号・電源ケーブル15経由で電力を供給することにより測色計12を動作させ,フィルム11の発色に対応したデジタル信号又はアナログ信号を測色計12に出力させ,その出力信号を信号・電源ケーブル15経由でpH計測部20に返送してpH値を算出する。図示例の測色部12はフィルム11に隣接させて一体型としているが,例えば光ファイバ又は光ロッド等で接続された発光部・受光部を測色計12に含めることにより,発光部・受光部のみをフィルム11に隣接させ,測色計12は離れた場所に設置することもできる。或いは,測色計12に代えて,フィルム11のカラー画像を撮影するカメラ(図示せず)をpH検出部10に含め,そのカメラの出力するカラー画像をpH計測部20に入力してpH値を算出することも可能である。
【0021】
図示例のpH計測部20の一例は,一次記憶装置又は二次記憶装置等の記憶手段21と,キーボード・マウス等の入力装置22と,ディスプレイ・プリンタ等の出力装置23とを有するコンピュータである。記憶手段21には,後述する色度
図M,関係式F等を記憶する。また内蔵プログラムとして,入力装置22を介して色度
図M,関係式F等の設定を変更する操作手段24と,上述した測色計12の出力信号(又はカメラのカラー画像)を入力して計測対象TのpH値を計測するpH変換手段26と,操作手段24の操作結果及び変換手段26の計測結果を適宜に出力装置23へ出力する出力手段25とを有している。
【0022】
図3は,
図1の計測装置により計測対象TのpH値を計測する方法の流れ図を示す。以下,
図3の流れ図を参照して
図1の計測装置の作用・機能を説明する。先ず
図3のステップS101において,pH検出部10のフィルム11を複数のpHが異なる標本(例えばpH値の異なる水溶液。以下,pH標本ということがある)S1,S2,……に接触させてpH指示薬Qを発色させ,そのpH指示薬Qの発色に対応した測色計12の出力信号(又はカメラのカラー画像)を計測部20の変換手段26の検出手段27に入力する。検出手段27は,入力された測色計12の出力信号を白色点Oが中央に配置された色度
図M上にプロットし,
図2に示すように,その白色点Oが中心の極座標上において各標本S1,S2,……に対応する発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……を検出する。ステップS101で使用する色度
図Mは,予め操作手段24を介して記憶手段21に記憶しておくことができる。
【0023】
色度
図Mの一例は,
図2に示すようなCIExy色度
図M1である。
図2のxy色度
図M1には,表色上の3原色の刺激値(X,Y,Z)に基づき全ての色が2つの数値(x,y)=(X/(X+Y+Z),Y/(X+Y+Z))として表現されており,検出手段27は,pH指示薬Qの示す発色を2つの数値の発色点C(x,y)としてプロットすることができる。また,xy色度
図M1のほぼ中央には白色点Oが配置されており,その白色点Oを中心とする極座標系を想定することにより,全ての色の2つの数値(x,y)を動径r及び偏角Dに変換することができる。xy色度
図M1は中心の白色点Oから周辺に行くほど鮮やかさが増して周辺境界では単光色となることから,極座標を想定して変換した動径rは各色の彩度に対応し,偏角Dは色相の変化度(変化率)に対応すると考えることができる。ステップS101において検出手段27は,pH指示薬Qの発色を色度
図M上にプロットして偏角Dを検出することにより,pH指示薬Qの発色全体(色相)を1つの数値(偏角D)に変換する。なお,各発色点Cの動径r(彩度)は,フィルム11に含めるpH指示薬Qの濃度により変化させることが可能である。
【0024】
ただし,本発明において色度
図MはCIExy色度
図M1に限定されるわけではなく,後述するようにRBG色空間の投影
図M2(
図9参照),又はL
*a
*b
*色空間の断面
図M3(
図10参照)等を用いてpH指示薬Qの発色全体を1つの数値(偏角D)に変換することも可能である。なお,
図2の色度
図M1では中心の白色点O上のY軸を始線とし,各発色点C1,C2,……について白色点Oと結ぶ線分が始線となす角度を偏角D1,D2,……としているが,始線の設定は図示例に限定されるわけではない。例えばX軸を始線として偏角Dを検出し,或いはpH値が最小の発色点(又はpH値が最大の発色点)を白色点Oと結ぶ線分を始線として偏角Dを検出してもよい。
【0025】
図3のステップS101において各標本S1,S2,……に対応する発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……を検出したのち,ステップS102において,計測部20の変換手段26の設定手段28により,各pH標本S1,S2,……のpH値と発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……との関係式Fを設定する。例えば
図5に示すように,各標本S1,S2,……のpH値を独立変数とし,各標本S1,S2,……に接触させたpH指示薬Qの発色点C1,C2,……の偏角D1,D2,……を従属変数とする回帰分析によって関係式を求めることができる。回帰モデルとして,次の(1)式のような対数モデル(対数近似)等を用いることも可能であるが,本発明者は(2)式のようなロジスティックモデル(ロジスティック回帰曲線)を用いることにより,pH指示薬の変色域の広狭に拘わらず偏角DからpH値を精度よく推定できる関係式が得られることを見出した。
D=α・log(β・pH)+γ ………………………(1)
D=α/(1+β・exp(−γ・pH)) ………………………(2)
【0026】
[実験例1]
pH指示モノマーであるジメチルアミノアゾベンゼンアクリレート(AABAA)と非イオン性モノマーであるN−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)との混合比を調整し,必要に応じて陽イオン性モノマーである(N,N,N−トリメチル)−(2−アクリロイルエチル)−アンモニウムクロライド(TMAEACl)を添加しながら共重合させることにより,表1に示す発色域の異なる3種類のpH指示薬(ゲル)Q1,Q2a,Q2bを作成した。各pH指示薬Q1,Q2a,Q2bの発色域を
図4に示す。また,TMAEAClに代えて,陰イオン性モノマーである3−スルホプロピルアクリレートカリウム塩(SPAAK)を添加して共重合させることにより,表1及び
図4に示すような発色域の異なる2種類のpH指示薬(ゲル)Q3a,Q3bを作成した。更に,AABAAに代えてビニル−2’,4’ジヒドロキシアゾベンゼン(VHA)をpH指示モノマーとして非イオン性モノマー(NIPAAm)と共重合させることにより,表1及び
図4に示す発色域のpH指示薬(ゲル)Q4を作成した。
【0027】
表1に示す6種類のpH指示薬Q1〜Q4をそれぞれ,塩酸及び水酸化ナトリウムと純粋とを用いて調整したpHの異なる水溶液標本Sに浸漬して発色させ,その各々の発色を測色計12(X−rite社製,Colormunki Photo)で測定し,発色に対応する測色計12の出力信号を
図2に示すCIExy色度
図M1にプロットして各発色点Cの偏角Dを検出した。測色計12の出力信号がCIEL
*a
*b
*形式であることから,出力信号をCIExy形式に変換したうえで色度
図M1上にプロットした。また,pH指示薬Q1〜Q4の各々について,pH値が最小の発色点(最も酸性側の水溶液標本と接触させたときの発色点)を白色点Oと結ぶ線分を始線としたうえで,他のpH値に対応する発色点の偏角Dを検出した。
【0029】
図5(A)は,異なる水溶液標本Sに浸漬したpH指示薬Q1の発色点CをプロットしたCIExy色度
図M1を示し,pH値の異なる複数の発色点Cが白色点Oを中心として弧を描くように並んでいることを表している。また
図5(B)は,ロジスティックモデルを用いて近似した各発色点のpH値と偏角Dとの関係式F1((2)式のα=52.561,β=13.830,γ=1.3583)を示す。ロジスティックモデルは一般的に,例えば毒物の投与量と死亡率との関係のように,ある刺激xに対して反応する個体の割合yとの関係に適合するモデルとして知られている(非特許文献1参照)。同図(B)の関係式1は,pH値=0〜6程度の比較的広い変色範囲において各変色点Cがロジスティック回帰曲線F1上に精度よく当てはまっており,ロジスティックモデルに基づいて近似した関係式F1によってpH指示薬Q1の発色からpH値を精度よく推定できることを表している。
【0030】
図6は,pH指示薬Q2a,Q2bについて,各水溶液標本SのpH値と各水溶液標本Sに浸漬したときの発色点Cの偏角Dとの関係を,ロジスティックモデルを用いて近似した関係式F2a,F2bを示す。
図4のpH指示薬Q2a,Q2bの発色域とpH指示薬Q1の発色域との比較から分かるように,陽イオン性モノマー(TMAEACl)を添加して共重合することによりpH指示薬Q2a,Q2bの発色域を無添加のpH指示薬Q1より酸性側に移動させることができる。
図6の関係式F2a,F2bは,発色域が酸性側に移動した場合であっても各変色点Cがロジスティック回帰曲線F2a,F2b上に精度よく当てはまっており,pH指示薬の変色域の広狭に拘わらず,ロジスティックモデルに基づいて近似した関係式F2a,F2bによってpH指示薬Q2a,Q2bの発色からpH値を精度よく推定できることを表している。
【0031】
また
図7は,pH指示薬Q3a,Q3bについて,各水溶液標本SのpH値と各水溶液標本Sに浸漬した発色点Cの偏角Dとの関係を,ロジスティックモデルを用いて近似した関係式F3a,F3bを示す。
図4のpH指示薬Q3a,Q2bの発色域から分かるように,陰イオン性モノマー(SPAAK)を添加して共重合した場合は,添加量が増えるにつれて変色域をアルカリ性側に移動ないし広げることができる。
図7の関係式F3a,F3bは,発色域がアルカリ性側に広がった場合でも各変色点Cがロジスティック回帰曲線F3a,F3b上に精度よく当てはまり,pH指示薬の変色域の広がりに拘わらず,ロジスティックモデルに基づいて近似した関係式F3a,F3bによってpH指示薬Q3a,Q3bの発色からpH値を精度よく推定できることを表している。
【0032】
更に
図8は,pH指示薬Q4について,各水溶液標本SのpH値と各水溶液標本Sに浸漬した発色点Cの偏角Dとの関係を,ロジスティックモデルを用いて近似した関係式F4を示す。
図4のpH指示薬Q4の発色域とpH指示薬Q1〜Q3の変色域との比較から分かるように,pH指示モノマーAABAAを用いた場合は変色域が酸性側であるのに対し,pH指示モノマーVHAを用いた場合は変色域がアルカリ性側となる。
図8の関係式F4は,発色域がアルカリ性側に移動した場合でも各変色点Cがロジスティック回帰曲線F4上に精度よく当てはまり,ロジスティックモデルに基づいて近似した関係式F4によってpH指示薬Q4の発色からpH値を精度よく推定できることを表している。
【0033】
図3の流れ図の戻り,ステップS103において,設定手段28で設定されたpH指示薬Qの関係式Fを記憶手段21に記憶する。ステップS104において関係式Fを設定すべき他のpH指示薬Qがあるか否かを判断し,他のpH指示薬Qがある場合はステップS101に戻って上述したステップS101〜S103を繰り返す。例えばpH検出部10のフィルム11を,表1に示す6種類のpH指示薬Q1〜Q4を含むフィルム11に交換しながらステップS101〜S103を繰り返すことにより,
図5〜
図8の6種類の関係式F1〜F4を設定することができる。変色域の異なるpH指示薬Q1〜Q4の関係式F1〜F4を記憶手段21に記憶しておけば,後述するように,複数のpH指示薬Q1〜Q4の組み合わせを用いて広範囲にわたるpH値を計測することができる。
【0034】
なお,上述したステップS101〜S104の関係式Fの設定処理は,必ずしもpH計測現場で行う必要はなく,例えば実験室等において適当なpH標本Sを用いて予め設定しておくことができ,その関係式FをpH計測部20の記憶手段16に記憶することも可能である。この場合は,ステップS101〜S104に代えて関係式FをpH計測部20に入力するステップを設ければ足り,pH指示薬Q毎に関係式Fを設定するステップS101〜S104は省略可能である。
【0035】
図3の流れ図のステップS105〜S107は,記憶手段21に記憶したpH指示薬Q毎の関係式Fに基づき,計測対象Tの水質のpH値を計測する処理を示す。ステップS105において,記憶手段16に複数のpH指示薬Qの関係式Fが記憶されている場合は,必要に応じて計測に使用するpH指示薬Q及び関係式Fを選択する。ステップS106において,pH検出部10のフィルム11を計測対象Tに接触させてpH指示薬Qを発色させ,その発色に応じた測色計12の出力信号(又はカメラのカラー画像)を変換手段26の検出手段27へ入力する。検出手段27は,上述したステップS101と同様に,入力された測色計12の出力信号を白色点Oが中央に配置された色度
図M上にプロットし,白色点Oが中心の極座標上において計測対象Tの発色点Ctの偏角Dtを検出する。
【0036】
ステップS107において,計測対象Tの発色点Ctの偏角Dtを変換手段26の算出手段29へ入力する。算出手段29は,入力された偏角Dtを関係式F(例えば(2)式のロジスティックモデル)に当てはめることにより,計測対象TのpH値を算出する。ステップS108において,pH計測を終了するか否かを判断し,継続する場合はステップS105に戻って上述したステップS105〜S107を繰り返す。例えばpH変動幅の広い水質モニタリング等において,pH検出部10のフィルム11を,表1のpH指示薬Q1〜Q4pに交換しながらステップS105〜S107を繰り返すことにより,計測対象の広範囲にわたるpH値を計測することができる。
【0037】
本発明によれば,pH指示薬Qの発色を色度
図M上にプロットして発色点Cの偏角Dを検出し,その偏角DからpH値を推定することにより,pH指示薬Qの発色全体を考慮してpH値を推定することができ,発色中の特定色によってpH値を計測する場合に比して計測精度を高めることができる。また,表1を参照して上述したように,pH指示薬Qの変色域の広狭に拘わらず,pH指示薬Qの発色からpH値を計測することができる。
【0038】
こうして本発明の目的である「pH指示薬の発色全体を考慮してpH値を推定できるpH計測方法及び装置」の提供を達成することができる。
【実施例1】
【0039】
図9(B)は,
図3の流れ図において使用できる色度
図Mの他の一例を示す。図示例の色度
図M2は,
図9(A)に示すRBG色空間の白色点から黒色点を見通した投影図である。RGB空間では,それぞれ255で表される赤色軸(R軸),緑色軸(G軸),青色軸(B軸)で囲まれた立方体の範囲内で全ての色(R,G,B)が表される。その立法体の色空間の白色点(255,255,255)から黒色点(0,0,0)を見通すことにより,同図(B)のように白色点Oが中央に配置された正六角形の投影
図M2が得られる。同図(B)の投影
図M2では,
図2のxy色度
図M1と同様に,pH指示薬Qの示す発色(R,G,B)を(11)式で変換することにより,2つの数値の発色点C(x,y)としてプロットすることができる。また,白色点Oを中心とする極座標系を想定することにより,その2つの数値(x,y)を動径r及び偏角Dに変換することができる。この偏角Dは,pH指示薬Qの発色全体(色相)を1つの数値(偏角D)に変換したものと考えることができる。
(x,y)
=(R−G/2−B/2,√3/2・G−√3/2・B) ………(11)
【0040】
図11(A)は,上述した表1のpH指示薬Q3aについて,各水溶液標本Sに浸漬したときの発色(測色計12の出力信号)を
図9(B)の色度
図M2上にプロットして発色点Cの偏角Dを検出し,各水溶液標本SのpH値と各水溶液標本Sに浸漬した発色点Cの偏角Dとの関係を,ロジスティックモデルを用いて近似した関係式F9を示す。同図の関係式F9は,
図2のxy色度
図M1を用いた場合と同様に,各変色点Cがロジスティック回帰曲線上に精度よく当てはまることを示している。すなわち,この関係式F9から,
図3のステップS101及びS106において発色点Cの偏角Dを検出するための色度図として,RBG色空間を白色点から黒色点を見通した
図9(B)の投影
図M2を使用できることが分かる。
【実施例2】
【0041】
図10(B)は,
図3の流れ図において使用できる色度
図Mの更に他の一例を示す。図示例の色度
図M3は,
図10(A)に示すL
*a
*b
*色空間のa
*b
*平面と平行な断面図である。L
*a
*b
*色空間は,
図10(A)のような直交3軸(L
*軸,a
*軸,b
*軸)原点を中心とする球体と考えることができ,L
*軸が明度に対応し,a
*b
*平面が色相と対応している。そのL
*a
*b
*色空間をa
*b
*平面と平行に切断することにより,同図(B)のように白色点Oが中央に配置された円形断面
図M3が得られる。同図(B)の断面
図M3では,pH指示薬Qの発色を2つの数値の発色点C(a
*,b
*)としてプロットすることができ,白色点Oを中心とする極座標系の偏角Dに相当する数値hを(12)式により算出することができる。この数値hは,pH指示薬Qの発色全体(色相)を1つの数値に変換したものである。
h=tan
−1(b
*/a
*) ………………………………(12)
【0042】
図11(B)は,上述した表1のpH指示薬Q3aについて,各水溶液標本Sに浸漬したときの発色(測色計12の出力信号)を
図10(B)の色度
図M3上にプロットして発色点Cの偏角Dに相当する数値hを検出し,各水溶液標本SのpH値と各水溶液標本Sに浸漬した発色点Cの偏角D(数値h)との関係を,ロジスティックモデルを用いて近似した関係式F10を示している。同図の関係式F10は,
図2のxy色度
図M1及び
図9(B)の投影
図M2を用いた場合よりも適合性が若干悪いものの,各変色点Cがロジスティック回帰曲線上に当てはまることを示している。すなわち,この関係式F10から,
図3のステップS101及びS106において発色点Cの偏角Dを検出するための色度図として,
図10(B)のようなL
*a
*b
*色空間のa
*b
*平面と平行な断面
図M3を使用できることが分かる。