(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
中空スタビライザを製造するための電縫管素材の強度を高くするためにC量を増加させると、焼割れが発生し、更に、素材の高強度化によって、新たに、電縫溶接部近傍の疲労強度の低下が顕在化することがわかった。
図1(a)は、電縫溶接管の斜視図であり、
図1(b)は、
図1(a)の円S1で囲んだ電縫溶接管16を横断面で見たときの母材部17のメタルフロー18の拡大図、
図1(c)は、
図1(a)の円S2で囲んだ電縫溶接管16を横断面で見た溶接部19のメタルフロー18の拡大図であり、そして、
図1(d)は、電縫溶接管16の電縫溶接衝合部を、その延在方向(L方向)に沿う縦断面で見たときのMnSの存在状態を示す拡大図であって、いずれの図も模式図として示したものであるが、
図1(b)および
図1(c)の比較からも明らかなように、電縫溶接部19の近傍では、溶接時の突合せ面の強いアップセットにより、鋼板の中心偏析帯が肉厚方向に垂直に立つメタルフロー18が形成される。そのため、鋼板の中心偏析帯に、圧延によって長手方向に延伸したMnS20が存在していると、溶接ビードが切断された後の電縫溶接部19の近傍の表面に、
図1(d)に示すような、延伸したMnS20が存在することになり、疲労破壊の起点となる。
【0008】
本発明の目的は、このような実情に鑑みてなされたものであり、従来よりも高強度で、かつ、疲労特性に優れた中空スタビライザ及びその素材である中空スタビライザ用鋼管を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
中空スタビライザは、材質を調整するために、焼入れ及び焼戻しを施して製造される。本発明者らの検討の結果、C量が多すぎると焼入れの際に焼割れが発生することがわかった。しかし、C量を低下させると強度が不足するため、本発明では、Crの添加によって焼入れ性を確保する。更に、電縫溶接部の近傍で、MnSに起因する疲労強度の劣化を防止するために、Mn、S、Ca、Oに制限を加えることが必要である。好ましくは、内面からの疲労破壊を防ぐためにt/Dと脱炭層の厚さを制限し、より好ましくは、ショットピーニング処理により圧縮残留応力を付与させる。
本発明の要旨は以下のとおりである。
【0010】
(1)化学成分として、質量%で、C:0.26〜0.30%、Si:0.05〜0.35%、Mn:0.5〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、Ti:0.005〜0.05%、B:0.0005〜0.005%、Ca:0.0005〜0.005%を含有し、Al:0.08%以下、P:0.05%以下、S:0.0030%未満、N:0.006%以下、O:0.004%以下に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、Mn含有量とS含有量の積の値が0.0025以下であり、(式1)で表される臨界冷却速度Vc90が40℃/s以下となる成分組成を有し、金属組織が焼戻しマルテンサイトからなり、肉厚中央部に存在する延伸したMnSの長さが150μm以下であり、ロックウェルCスケールの硬さ(HRC)が40〜50、肉厚/外径比が0.14以上であり、内表面部の脱炭層深さが、内表面から20μm以下であることを特徴とする中空スタビライザ。
logVc90=2.94−0.75β ・・・ (式1)
ただし、β=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Crである。
【0011】
(2)質量%で、さらに、Mo:0.05〜0.5%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.1%、Ni:0.1〜1.0%の1種または2種以上を含有し、(式1)中のβを、β=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+2.0Mo+0.8Niとすることを特徴とする上記(1)に記載の中空スタビライザ。
【0012】
(3)外表面の最大圧縮残留応力が400MPa以上であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の中空スタビライザ。
【0013】
(4)外表面および内表面に、ショットピーニング加工が施されてなることを特徴とする上記(3)に記載の中空スタビライザ。
【0014】
(5)上記(1)〜(4)の何れか1項に記載の中空スタビライザの素材として用いられる中空スタビライザ用鋼管であって、化学成分として、質量%で、C:0.26〜0.30%、Si:0.05〜0.35%、Mn:0.5〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、Ti:0.005〜0.05%、B:0.0005〜0.005%、Ca:0.0005〜0.005%を含有し、Al:0.08%以下、P:0.05%以下、S:0.0030%未満、N:0.006%以下、O:0.004%以下に制限し、さらに、必要に応じて、Mo:0.05〜0.5%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.1%、Ni:0.1〜1.0%の1種または2種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、Mn含有量とS含有量の積の値が0.0025以下であり、(式1)で表される臨界冷却速度Vc90が40℃/s以下となる成分組成を有し、金属組織がフェライトとパーライトの混合組織からなり、肉厚中央部に存在する延伸したMnSの長さが150μm以下であり、ロックウェルBスケールの硬さ(HRB)が95以下、肉厚/外径比が0.14以上であり、内表面部の脱炭層深さが、内表面から20μm以下であることを特徴とする中空スタビライザ用鋼管。
logVc90=2.94−0.75β ・・・ (式1)
ただし、β=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+2.0Mo+0.8Niである。
【0015】
(6)上記(5)に記載の中空スタビライザ用鋼管を製造する方法において、該鋼管が電縫鋼管であって、電縫溶接後に800〜1200℃に加熱し、断面減少率が40〜80%の範囲になるように熱間で縮径圧延する工程を含むことを特徴とする中空スタビライザ用鋼管の製造方法。
【0016】
(7)上記(5)に記載の中空スタビライザ用鋼管を製造する方法において、該鋼管が電縫鋼管であって、電縫溶接後に冷間で引抜加工して伸管する工程を含むことを特徴とする中空スタビライザ用鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、従来の自動車用中空スタビライザと同等の、疲労特性、遅れ破壊特性を維持しながら、従来よりも疲労耐久性に優れた高強度な自動車用中空スタビライザを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(スタビライザの構成)
図2に示すように、スタビライザ10は、図示しない車体の幅方向に延び出すトーション部11と、トーション部11から両端に連続する左右一対のアーム部12とを有している。トーション部11はブッシュ14などを介して車体側に固定されている。アーム部12の端末12aは、左右のサスペンション機構15にスタビライザリンク(図示せず)などを介して連結される。トーション部11およびアーム部12は他の部品との干渉を避ける目的で通常の場合は数個所もしくは十数箇所の曲げ加工がなされている。
【0020】
車両が旋回するときに、サスペンション機構15には上下逆相の入力が入るが、このとき、スタビライザ10が取り付けられた車両の場合、スタビライザ10は、左右のアーム部12が逆方向にたわみ、トーション部11がねじられる結果、車体の過度の傾き(横揺れ)を抑制するばねとして機能し、車両の走行中は直進と旋回が繰り返される。したがって、スタビライザには、硬さ及び疲労特性を有することが要求される。
【0021】
本発明の中空スタビライザの硬さは、C量の上限が0.30%であることを考慮して、達成可能な硬さとしてHRC50を上限にし、従来材の実質的な上限値HRC40を下限とした。
【0022】
また、本発明の中空スタビライザの肉厚/外径比t/Dは、疲労破壊の起点が外面になるようにするため、0.14以上とする。すなわち、t/Dが0.14よりも小さいと、外面と内面の応力差が小さく、先在する疲労起点が見つかりにくい内面から疲労が起こりやすいからである。なお、t/Dの上限については、特に限定はしないが、理論的にt/Dが0.5で中実になることから、本発明のt/Dの上限は実質的に0.5未満であり、実用的な観点から言えば、t/Dが0.25以上では軽量化効果が小さくなるとともに、製造が難しくなることから、t/Dを0.25未満にすることが好ましい。ここで、HRC及びt/Dは、中空スタビライザを製造する際に曲げ加工が加わっていない部位のものとする。
【0023】
更に、電縫溶接部では、延伸したMnSが疲労破壊の起点になる場合がある。本発明者らは、
図3(a)および
図3(b)に示すように、電縫溶接管21から平面曲げ疲労試験片用平板22を作製し、
図4(a)および
図4(b)に示すように、電縫鋼管21の電縫溶接部23を、疲労試験片24の長手方向中央部位置であって、試験片24の長手方向に対して垂直方向に延在する位置に配置した試験片24を用いて平面曲げ疲労試験を行った。試験後、試験片24の破面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察するとともに、SEMに付属するエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて、疲労破壊の起点に存在する介在物の組成を分析した。
【0024】
その結果、
図5(a)および
図5(b)に示すように、破断した試験片の破壊起点にMnSが存在することを確認した。次に、疲労試験後の試験片の破面と垂直な断面のメタルフローを観察した結果を
図6に示す。
図6から、試験片の破面位置は、溶接部ではなく、溶接部位置から幾分外れた位置であることがわかる。また、電縫溶接部を挟む両側近傍部の表面が、母材部の肉厚中央部の偏析帯に相当していることを確認した。更に、本発明者らの検討の結果、電縫溶接部からの疲労破壊の発生を防止するには、肉厚中央部に存在する延伸したMnSの長さを制限する必要があることがわかった。なお、MnSの延伸化を抑制するには、Caを添加して、CaSを生成させることが有効である。
【0025】
本発明では、肉厚中央部に存在する延伸したMnSの長さは150μm以下とする。これは、延伸したMnSの長さが150μmを超えると、電縫溶接部の疲労破壊の起点になるためである。長さ150μm超えのMnSの存在の有無は、中空スタビライザから長手方向に10mmの長さで切り出して、断面組織用試験片を採取し、この試験片の断面内にある肉厚中央部において、光学顕微鏡でMnSの長さを確認する。走査型電子顕微鏡観察とエネルギー分散型X線分光法を併用することによりMnSの存在を確認しても良い。なお、「MnSの長さ」は、各10本の試験片について、前記断面内にある肉厚中央部を光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡で観察し、観察した領域内に存在するMnSのうち、最も寸法の大きいMnSの長さを測定する。
【0026】
更に、中空スタビライザの内表面からの疲労破壊の発生を抑制するためには、
中空スタビライザの内表面部の脱炭層深さを、内表面から20μm以下とする。脱炭層は母材よりも強度が低く、疲労破壊の起点となりやすいので存在しないことが望ましいが、t/Dを0.14以上とした場合、脱炭層
深さを20μm以下にすることにより、内表面からの疲労破壊の発生を防止することができる。なお、
中空スタビライザの内表面部の脱炭層
深さとは、焼戻しマルテンサイト組織であるべき本発明の中空スタビライザにおいて、内表面
部に存在するフェライトの内表面からの最大深さ
であり、より詳細には、中空スタビライザの長手方向断面(L断面)の金属組織を光学顕微鏡によって観察した際に、中空スタビライザの長手方向(L方向)にセメンタイトが存在せずフェライト粒のみが並ぶ領域の、中空スタビライザの内表面からの最大深さである。
【0027】
焼き入れ前のスタビライザ用鋼管の内表面のフェライト粒径は、10〜20μm程度であり、内表面に連続して存在するフェライト粒の粒径に相当する寸法分の幅を層とみなしたとき、1層の寸法までに抑えれば鋼管のフェライト脱炭層を20μm以下にすることができる。脱炭層の発生を抑制するには、焼き入れ時の内表面の温度を低く、保持時間を短く、冷却速度を速くすることが好ましい。中空スタビライザを製造する際の焼入れ条件を適正に選択することにより、脱炭層深さを20μm以下にとすることができる。脱炭層は、高温から室温まで冷却される途中の2相域で形成される。2相域とは、オーステナイトからフェライトへの変態が開始するAr
3変態温度以下であって、オーステナイトとフェライトとが共存する温度域である。
【0028】
本発明の中空スタビライザは、外表面に圧縮残留応力が付与されていると、疲労強度が向上し、外表面の最大圧縮残留応力が400MPa以上であると、効果が顕著になる。また、中空スタビライザの内表面は、外表面に比べ発生する応力が低いが、場合によっては疲労耐久性向上のため内表面にも圧縮残留応力を付与することが好ましい。残留応力の付与方法は特に限定されるものではないが、ショットピーニングが最も容易である。残留応力はX線回折法によって求めることができる。
【0029】
次に、本発明の中空スタビライザに含有する各成分の限定理由を説明する。なお、各成分の含有量を示す「%」は「質量%」を意味する。
【0030】
Cは、中空スタビライザの強度を決定する元素である。従来の中空スタビライザよりも高強度化するためには、C含有量を0.26%以上にする必要がある。しかし、C含有量が0.30%を超えると焼割れが生じるため、C含有量の上限を0.30%とした。
【0031】
Siは、脱酸元素であり、また固溶強化に寄与する。さらに、焼き戻し軟化抵抗性を高める効果があり、それらの効果を得るためには0.05%以上含有することが必要であるが、0.35%を超えて含有すると靱性が低下する。このため、Si含有量を0.05〜0.35%の範囲とする。好ましくは、Si含有量の下限を0.20%、上限を0.30%とする。
【0032】
Mnは、焼き入れ性を向上させる元素であり、Mn含有量が0.5%未満では焼き入れ性の向上効果を十分に確保することができず、また、1.0%を超えると遅れ破壊特性が劣化するとともに、MnSが析出しやすくなり、電縫溶接部近傍の疲労強度を低下させるため、Mn含有量を0.5〜1.0%の範囲とし、好ましくは、0.5%以上0.8%未満とする。
【0033】
Pは、耐溶接割れ性および靱性に悪影響を及ぼす元素であるため、0.05%以下に限定する。なお、好ましくは、0.03%以下である。
【0034】
Sは、靱性を劣化させるとともに、MnSの析出により電縫溶接部近傍の疲労強度を低下させるため、S含有量は0.0030%未満に限定し、好ましくは0.0026%以下である。
【0035】
また、本発明では、MnSの析出を抑制するため、S含有量だけの抑制ではなく、Mn含有量との関係で抑制することが必要であり、具体的には、Mn含有量とS含有量の積の値を0.0025以下に限定する。すなわち、MnおよびS含有量が上記の適正範囲を満たしていても、Mn含有量とS含有量の積の値が0.0025超えだと、電縫溶接部近傍の疲労強度が十分に得られなくなるからである。
【0036】
Crは、焼き入れ性を向上させる元素である。Cr含有量が0.05%未満ではこれらの作用、効果を十分に期待することはできず、また、Cr含有量が1.0%を超えると電縫溶接時に欠陥を発生しやすくなる。このため、Cr含有量は0.05〜1.0%の範囲とする。
【0037】
Alは、溶鋼の脱酸材として有用な元素であり、0.01%以上を添加することが好ましい。また、AlはNを固定する元素でもあるため、Al量は結晶粒径や機械的性質に大きな影響を及ぼす。Al含有量が0.08%を超えると、非金属介在物が多くなって製品に表面疵が発生しやすくなるため、Al含有量は0.08%以下とする。なお、Al含有量は、好ましくは、0.05%以下、より好ましくは0.03%以下である。
【0038】
Tiは、鋼中NをTiNとして固定してBNの析出を抑制することにより、B添加による焼き入れ性を安定的かつ効果的に向上させるために作用する。従って、TiNの化学量論に見合うように、N含有量の3.42倍以上の添加が最低限必要であり、N含有量の範囲からTi含有量の範囲も自動的に決定される。しかし、炭化物として析出する分もあるので、Nの固定をより確実にするために、理論値よりも高めの0.005〜0.05%の範囲とする。なお、好ましくは、0.01〜0.02%である。
【0039】
Bは、微量の添加で鋼材の焼き入れ性を大幅に向上させる元素である。しかしながら、B含有量が0.0005%未満では焼き入れ性を向上させる効果が期待できず、一方、0.005%を超えると粗大なB含有相を生成する傾向があり、また脆化が起こりやすくなる。このため、B含有量は0.0005%〜0.005%とする。なお、B含有量は、好ましくは、0.001〜0.002%である。
【0040】
Nは、窒化物または炭窒化物を析出させ、強度を高める効果を有する元素である。しかし、B添加鋼においてはBNの析出による焼入れ性の低下や、前述のように、BNの析出を防止させるために添加されるTiによって、TiNの析出による熱間加工性や疲労強度の低下、さらには靱性の低下が問題となる。一方で、TiNは高温時でのγ粒径の粗大化を抑制し靱性を向上させる効果も有する。そのため、熱間加工性、疲労強度および靱性のバランスを最適なものとするために、N含有量は0.006%以下とする。なお、N含有量は、好ましくは、0.001〜0.005%、より好ましくは0.002〜0.004%である。
【0041】
Caは、SをCaSとして固定することにより、靱性を向上させるとともに、MnSによる電縫溶接部近傍の疲労強度の低下を防ぐ効果を有する元素である。Ca含有量が0.0005%未満ではこれらの効果を十分期待することができず、一方、0.005%を超えると鋼中酸化物が増えて靱性を劣化させるため、Ca含有量は0.0005〜0.005%の範囲とする。
【0042】
Oは、CaOとなってCaの添加効果を損なわせる元素であるため、O含有量は0.004%以下に制限する。
本発明の中空スタビライザは、上記成分組成を必須の成分組成とするが、必要に応じて、さらに、Mo、Nb、VおよびNiを含有させることができる。
【0043】
Moは、焼き入れ性を向上させる効果を有する元素である。Mo含有量が0.05%未満ではこれらの効果を十分期待することができず、一方、Mo含有量が0.5%を超えると合金コストが上昇するため、Mo含有量は0.05〜0.5%の範囲とする。
【0044】
Nbは、Nb炭窒化物による析出強化の効果を有するのに加えて、鋼材の結晶粒径を微細化し、靱性を向上させる効果を有している。Nb含有量が0.01%未満では、強度・靱性の向上効果が十分ではなく、一方、Nb含有量が0.1%を超えて含有しても、それ以上の向上効果は期待できず、コストの上昇をもたらすにすぎないため、Nb含有量は0.01〜0.1%の範囲とする。
【0045】
Vは、V炭窒化物による析出強化の効果を有する元素である。V含有量が0.01%未満ではこれらの効果を十分期待することができず、一方、0.1%を超えて含有しても、それ以上の向上効果は期待できず、合金コストの上昇をもたらすにすぎないため、V含有量は0.01〜0.1%の範囲とする。
【0046】
Niは、焼き入れ性及び靱性を向上させる効果を有する元素である。Ni含有量が0.1%未満ではその効果を期待できず、一方、Ni含有量が1%を超えると合金コストが上昇するため、Ni含有量は、0.1〜1.0%の範囲とする。
【0047】
また、本発明では、焼入れによって、中空スタビライザの組織をマルテンサイトとするために、素材の焼入れ性を十分に確保することが必要である。焼入れ性の指標としては、例えば、鉄と鋼、74(1988)P.1073により従来から知られている、臨界冷却速度Vc90(℃/s)を用いれば良い。これは、下記(式1)で表される指標であり、マルテンサイトの体積率が90%以上になる冷却速度を意味している。したがって、Vc90が低いほど焼き入れ性が高く、冷却速度が遅くなってもマルテンサイト組織が得られる。
【0048】
logVc90=2.94−0.75β ・・・ (式1)
ただし、β=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+2.0Mo+0.8Niである。
【0049】
本発明者らは、種々の成分の電縫鋼管を製造し、Vc90と焼き入れ後の硬さとの関係を調査した。その結果、Vc90が40℃/s以下であれば水焼き入れによって、確実に内面までマルテンサイト組織が得られるという知見が得られたことから、本発明ではVc90の上限を40℃/sとした。本発明者らは、0.30%のC、0.30%のSi、0.35%のCrを含有する、表1に示す鋼No.1の、Vc90が27.1℃/sである電縫鋼管を用いて、冷却速度と肉厚中心部のロックウェルC硬さとの関係を調査した。ロックウェルC硬さ(HRC)は、JIS Z 2245に準拠して測定した。
図7に示すように冷却速度が20℃/s以上になると、マルテンサイトが90%の組織に相当する硬さが得られる。水焼き入れの冷却速度は20℃/s以上であることから、水焼き入れにより、マルテンサイトが90%以上の組織を得ることができる。
【0050】
本発明の中空スタビライザの金属組織は、焼戻しマルテンサイトに限定した。その理由は、組織と硬さのバラツキが少なく、また硬さの調整がしやすいためである。焼入れによって、確実に内面までマルテンサイト組織を得るために、Vc90が40℃/s以下になるようにして、素材の焼入れ性を十分に確保する。中空スタビライザの金属組織が焼戻しマルテンサイトであることは、光学顕微鏡によって観察することができる。
【0051】
本発明の中空スタビライザの素材として用いられる中空スタビライザ用鋼管の金属組織はフェライトとパーライトの混合組織からなることが好ましい。中空スタビライザ用鋼管の金属組織がフェライトとパーライトの混合組織からなることは、光学顕微鏡によって観察することができる。中空スタビライザは冷間で鋼管を曲げて製造される場合が多く、十分な加工性を確保するためには、ロックウェルBスケールの硬さ(HRB)で95以下が望ましい。金属組織をフェライトとパーライトの混合組織からなることにより、加工性を確保することができる。中空スタビライザ用鋼管のロックウェルBスケールの硬さ(HRB)は、JIS Z 2245に準拠して測定することができる。
【0052】
本発明の中空スタビライザ用鋼管の内表面
部の脱炭層深さは、20μm以下とする。これにより、焼入れ後の中空スタビライザの
内表面部の脱炭層深さを20μm
以下に抑えることができる。
ここで、
中空スタビライザ用鋼管の内表面部の脱炭
層深さとは、
中空スタビライザ用鋼管の長手方向断面(L断面)の金属組織を光学顕微鏡によって観察した際に、
中空スタビライザ用鋼管の長手方向(L方向
)にセメンタイトが存在せずフェライト粒のみが並ぶ領域の
、中空スタビライザ用鋼管の内表面からの最大深さである。
【0053】
中空スタビライザ用鋼管の内表面の脱炭層は、例えば、電縫溶接鋼管に熱間で縮径圧延を行った後に、室温まで冷却される途中の2相域で形成される。金属組織がオーステナイト単相となる高温から冷却され、2相温度域を通過する際に、中空スタビライザ用鋼管の内表面に脱炭層が形成されやすい。脱炭層ではオーステナイト安定化元素であるC量が減少し、金属組織がフェライトとなる。中空スタビライザ用鋼管の内表面の脱炭層の形成を抑制するには、2相温度域の通過時間を短くすることが好ましい。
【0054】
例えば、電縫溶接鋼管を縮径圧延した鋼管の外表面に水を供給し、2相温度域を通過する際の冷却速度を5℃/s以上にすれば、中空スタビライザ用鋼管の内表面に発生する脱炭層の深さを20μm以下に抑制することができる。なお、中空スラビライザ用鋼管の外表面のみから水を供給して冷却してもよいが、内表面にも水を供給して冷却することも可能である。中空スタビライザ用鋼管の内表面の冷却速度を上昇させることにより、脱炭層の深さをより浅くすることができる。
【0055】
本発明の中空スタビライザ用鋼管の製造方法について説明する。まず、所要の化学組成を有するように溶製した溶鋼を、鋳造して鋳片とするか、或いは一旦鋼塊とした後、熱間圧延して鋼片とし、この鋳片または鋼片を熱間圧延して熱延鋼板とする。この熱延鋼板を通常の電縫溶接鋼管の製造方法、例えば熱間或いは冷間での電気抵抗溶接または高周波誘導加熱溶接により電縫溶接鋼管とする。さらに、これに熱間で縮径圧延を施して、厚肉の鋼管を製造してもよい。
【0056】
縮径圧延は、ストレッチレデューサーなどを用いて行うことができる。ストレッチレデューサーは、圧延軸の周りに3ロール又は4ロールを有する圧延スタンドを複数、圧延軸に直列に備えた圧延装置であり、この圧延装置の各圧延スタンドのロール回転数及び圧下力を調整することにより、鋼管の管軸方向(圧延方向)の張力及び円周方向の圧縮力を制御し、これによって肉厚/外径比を増加させる縮径圧延を行うことができる。
【0057】
すなわち、縮径圧延においては、鋼管の外径の圧下力により外径が縮小される一方で肉厚は増加するが、他方、鋼管の管軸方向に働く張力により肉厚が減少するので、両者のバランスにより最終の肉厚が決定される。このように縮径圧延した鋼管の肉厚は、上記圧延スタンドの間の張力により主として決定されるので、目標肉厚を得るための圧延スタンド間の張力を圧延理論などから求め、その張力が働くように各圧延スタンドのロール回転数を設定することが必要である。
【0058】
縮径圧延は、電縫鋼管を800〜1200℃に加熱し、断面の減少率40〜80%で施すことが好ましい。中空スタビライザ用鋼管は、熱間で縮径圧延された電縫管であることが望ましいが、それに限定されることなく、電縫溶接したままの電縫管、電縫溶接後に冷間で伸管した引き抜き管でも良い。
【0059】
(スタビライザの製造例1)冷間成形
次に
図8を用いてスタビライザの製造例1を説明する。所定の長さに切断した鋼管(電縫管、シームレス管、熱間縮径管、またこれらの引抜管)を
図2に示す所望の形状に曲げ成形し(工程:曲げ成形)、炉加熱、あるいは通電加熱または高周波加熱装置を用いてオーステナイト温度域まで加熱し(工程:加熱)、水中(又は他の焼入れ媒体)に焼入れする(工程:焼き入れ)。更に、熱変形したスタビライザバーを所望のスタビライザ形状に矯正し(工程:形状矯正)、焼戻し処理を施し(工程:焼戻し)、この焼き戻した管の外面のみ、又は外面及び内面の双方をショットピーニングし(工程:ショットピーニング)、所望の塗料を用いて塗装した(工程:塗装)。なお、拘束焼入れを行えば形状矯正(工程:形状矯正を)は省略することが可能である。
【0060】
(スタビライザの製造例2)熱間成形
次に
図9を用いてスタビライザの製造例2を説明する。所定の長さに切断した鋼管(電縫管、シームレス管、熱間縮径管、またこれらの引抜管)を炉加熱、あるいは通電加熱または高周波加熱装置を用いてオーステナイト温度域まで加熱し(工程:加熱)、
図2に示す所望の形状に曲げ成形し(工程:曲げ成形)、水中(又は他の焼入れ媒体)に焼入れし(工程:焼き入れ)する。更に、熱変形したスタビライザバーを所望のスタビライザ形状に矯正し(工程:形状矯正)、焼戻し処理を施し(工程:焼き戻し)、この焼き戻した管の外面のみ、又は外面及び内面の双方をショットピーニングし(工程:ショットピーニング)、所望の塗料を用いて塗装した(工程:塗装)。なお、拘束焼入れを行えば形状矯正(工程:形状矯正)は省略することが可能である。
【0061】
上述の熱間成形では、曲げ成形後に焼入れを施し、中空スタビライザの金属組織をマルテンサイトにする。そのため、曲げ成形をAc
3点以上で終了する必要がある。冷間成形後の焼き入れでは、加熱温度は900℃以上が好ましく、より好ましくは950℃以上に加熱する。焼戻し温度は、中空スタビライザ用鋼管の焼き戻し軟化曲線に基づいて決定する。
図10に、0.30%のC、0.30%のSi、0.35%のCrを含有する、表1に示す鋼No.1の、Vc90が27.1℃である電縫鋼管の焼戻し軟化曲線を示す。
図9に示す焼戻し軟化曲線から、ロックウェルC硬さ(HRC)が40〜50となる焼戻し温度を決定することができる。
【実施例1】
【0062】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【0063】
表1に示す組成を有する各鋼種を溶製し、鋳造して鋳片とし、得られた鋳片を1200℃に加熱し、熱間仕上げ温度890℃、巻き取り温度630℃で熱間圧延し、板厚5mmの鋼板とした。これらの鋼板を所定の幅に切断し、管状にロール成形した後、高周波電縫溶接により外径90mmの電縫鋼管を製造した。更に、得られた電縫鋼管を高周波誘導加熱により980℃に加熱し、縮径圧延を施して、外径30mm、肉厚4.5mm(t/D:0.15)の鋼管(中空スタビライザ用鋼管)または、外径22mm、肉厚4.5mm(t/D:0.20)の鋼管(中空スタビライザ用鋼管)を製造した。縮径圧延直後に外表面側から1〜5℃/sの冷却速度で水冷した。
【0064】
【表1】
【0065】
得られた中空スタビライザ用鋼管の金属組織を光学顕微鏡で観察し、全ての中空スタビライザ用鋼管の金属組織がフェライトとパーライトの混合組織であり、内表面の脱炭層深さが15μm以下であることを確認した。また、ロックウェル硬さをJIS Z 2245に準拠して測定した結果、全ての中空スタビライザ用鋼管のロックウェル硬さは、Bスケール(HRB)で95以下であった。更に、光学顕微鏡、SEM及EDSを併用して、長さ150μm超えのMnSの存在の有無を確認した結果、表2に示したように、比較例No.H〜Kには、長さ150μm超えのMnSが存在していた。
【0066】
これらの中空スタビライザ用鋼管に、電縫溶接部の位置、又は
図3(a)に示すように、電縫溶接部から180°の位置に切り込みを入れ、冷間で展開して、
図3(b)に示すような板状片にした。更に、950℃で10分間加熱して水焼入れした後、種々の温度で焼き戻し、ロックウェル硬さCスケール(HRC)をJIS Z 2245に準拠して測定し、焼き戻し軟化曲線を作成した。
【0067】
次に、中空スタビライザ用鋼管に、
図3(a)および(b)に示したように、電縫溶接部から180°の位置に切り込みを入れて展開した板状片から、
図4(a)および(b)に示すような長手方向中央部が電縫溶接部となる平面曲げ疲労試験片を作製した。同様に、電縫溶接部の位置に切り込みを入れて展開した板状片から、長手方向中央部が母材部となる平面曲げ疲労試験片を作製した。試験片の長手方向中央部は、厚さta:3mm、幅Wa:15mmとした。各試験片について、ロックウェル硬さがCスケール(HRC)で40になるように、焼き戻し軟化曲線に基づいて焼戻しを行い、500万回を疲労限とする平面曲げ疲労試験を行った。その試験結果を表2に示す。なお、焼戻しの保持時間は30分とした。
【0068】
表2に示す結果から、本発明例である鋼管No.A〜Kは、母材部と電縫溶接部との疲労限の差がいずれも15MPa以下と小さく、電縫溶接部の疲労特性が良好である。一方、比較例である鋼管No.L〜Oは、母材部と電縫溶接部との疲労限の差がいずれも140MPa以上と大きく、電縫溶接部の疲労特性が母材部に比べて著しく劣っている。また、平面曲げ疲労試験後の破面をSEMで観察するとともに、SEMに付属するEDSを用いて、疲労破壊の起点に存在する介在物の組成を分析したところ、試験片の長手方向中央部を電縫溶接部とする比較例のL〜Oの場合、破壊起点にMnSの存在が確認された。
【0069】
【表2】
【実施例2】
【0070】
次に、実施例1で製造した鋼管A〜Rを用い、各鋼管を、長さ:1000mmに切断した後、冷間で両管端から200mmの位置で、90°に曲げて、U字形に成型する。このとき、成型されたU字形管の、U字に見える方向で眺めたときに見える部分、すなわち、U字形管の側面部に沿って、電縫溶接部が位置するように成型し、種々の試験材a〜vを得た。その後、本発明例である試験材a〜n(試験材cは除く。)は、950℃に10分間加熱して水焼入れした後、200℃で30分焼戻して硬さをHRC49に調整した。また、試験材cについては、950℃に10分間加熱して水焼入れした後、350℃で30分焼戻して硬さをHRC43に調整した。さらに、全ての試験材a〜vについて、熱処理後に、外表面に圧縮残留応力が450MPaとなるショットピーニング加工を施した。さらに、試験材bおよびfについては、内表面にも圧縮残留応力が450MPaとなるショットピーニング加工を施した。
【0071】
なお、試験材rおよびsは、従来から使用されている中空スタビライザの典型的な成分組成を有する比較鋼(表1の鋼12)を素材として作製したものであるが、鋼中のC含有量が少なく、HRC49にはならないため、試験材rは、得られる硬さの上限であるHRC47に、また、試験材sは、実際に使用される硬さの上限であるHRC40に調整した。
【0072】
また、比較のため、表1に示す適合鋼である鋼1を素材として用いるものの、内表面部の脱炭層深さが25μmである試験材o、肉厚/外径比が0.13である試験材p、および、焼き入れの際の冷却速度を15℃/sと水焼入れの場合よりも遅くして、HRC35のベイナイト組織とした試験材qも併せて準備した。
【0073】
これらの試験材a〜vの長手方向中央部を固定して、端部を、各々、反対方向に振幅させる疲労耐久試験を、曲げ部外表面における最大主応力が500MPaとなる条件で100万回まで実施した。試験回数は各20本ずつとした。また、試験材の金属組織の観察及び内表面部の脱炭層の測定は光学顕微鏡で行い、ロックウェル硬さはJIS Z 2245に準拠して測定した。更に、長さ150μm超えのMnSの存在の有無は、SEM及びEDSを併用して確認した。
【0074】
表3に示すように、本発明例である試験材a〜nは、全て疲労耐久の基準である50万回を超える疲労耐久性を有した。なお、内面にショットピーニング加工を施していない試験材c〜e、gおよびhでは、折損の起点が内表面側になる場合があったが、いずれの場合も50万回は超えた。
【0075】
一方、内表面部の脱炭層深さが20μm超えである試験材oと、t/Dが0.13と小さい試験材pは、内面折損の本数が多めで、耐久基準である50万回に達しない場合もあった。また、金属組織がベイナイトで、硬さがHRC35と低い試験材qは、疲労耐久回数が著しく小さかった。
【0076】
さらに、比較鋼を用いて製造された比較例である試験材r〜vは、いずれも長さ150μm超えのMnSが鋼中に存在するために、20本中2本以上で外面の電縫溶接部付近から早期に破断する場合があった。
【0077】
【表3】