【実施例】
【0050】
実施例I
細胞浸透ペプデューシンによるPAR2誘発性炎症の阻止
プロテアーゼ活性化受容体(PAR)は、7回膜貫通GPCRのサブファミリーであり、それらの細胞外ドメインの一部の開裂を介して活性化され、細胞外プロテアーゼ勾配のセンサーとして作用し、細胞が癌および多数の他のプロセス、例えば急性および慢性炎症に関与するものにおける組織リモデリングの間にタンパク質分解微小環境に反応することを可能とする。PAR1からPAR4は、公知のPARの4つである。これらは、ヒト体内全体にわたり発現される。
【0051】
多くのGPCRについて示されるとおり、PARが互いに相互作用し、ホモおよびヘテロダイマーを形成し得るかなりの証拠が存在し、ペプデューシンは、それらのダイマー相互作用を脂質二重層の細胞内表面上で模倣することが仮定される(Leger A J,et al.(2006)Circulation 113:1244−1254)。目下
図1Aを参照すると、PAR2ペプデューシンアンタゴニストの設計を開始するため、PAR2ダイマーの分子モデル(右パネル)を構築した。
【0052】
最初に、PAR2モノマーのモデルを、テンプレートとしてのx線ウシロドプシン(PDBコード1HZX)の構造に基づきコンピュータプログラムModellerを使用して構築した(Teller D C,et al.(2001)Biochemistry 40:7761−7772)。ウシロドプシンの構造は、ヒトPAR2と45%の同一性を共有する。ヒトPAR2の残基51〜397を、ウシロドプシンの残基1〜346に代えて置換した。次いでモデルの化学形状を、CootおよびRefmac5を使用してリファインした。
【0053】
次いで、受容体ダイマーのモデルを構築するため、最初に初期モデルをPAR2とインタクトヘテロトリマーGタンパク質との複合体から、G−アルファサブユニット(PDBコード3DQB)のC末端断片との複合体のオプシンの構造およびヘテロトリマーGタンパク質トランスデューシン(PDBコード1GOT)の構造に基づき構築した。立体化学的に妥当な位置を、後に分子ダイナミクスおよびエネルギー最小化に供される側鎖に使用した。次いで、一連の2倍対称PAR2ダイマーモデルを、手作業で構築した一方、隣接受容体間の表面積を最大化した。具体的には、モデルを、受容体モノマー間の好ましい接触を許容するように、および受容体と相互作用することが公知のG−βγの領域が第2のPAR2分子に近接するようにGタンパク質を位置させるように構築した。Cootを使用してモデルをリファインし、PYMOLを使用して分子グラフィックス図を作成した。これらのうち、受容体ペアとGタンパク質との相互作用に関する利用可能なデータと最も一致するモデルを選択した。
【0054】
N−パルミトイル化ペプチドならびにPAR1、PAR2、およびPAR4ペプチドアゴニストを、Tufts University Core Facilityにより既に記載(Covic et al.,Nat Med 2002,8:1161−1165)のとおり標準的なfmoc固相法によりC末端アミドを用いて合成した。ペプデューシンは、C4またはC18逆相液体クロマトグラフィーにより精製した。トリプターゼ、ウシ膵臓およびヒト肥満細胞トリプターゼ(Calbiochem)組換えIL−8(Peprotech)、トロンビン(Haematologic Technologies Inc)、myo−[
3H]−イノシトール(PerkinElmer)、fura−2、AMおよびフルオレセインヤギ抗ウサギ(Invitrogen)、l−カラギーナン、カオリンおよび48/80(Sigma−Aldrich)、肥満細胞由来トリプターゼに対するマウスモノクローナル(AA1)(abcam,ab2378)、APC−366(ToCris)。
【0055】
1つのPAR2受容体が隣接PAR2受容体と相互作用し得る機能的証拠を提供するため、クリティカルな「DRY」TM3モチーフ中に局在するQ172およびR173における残基を入れ替えることによりシグナリング破壊PAR2−RQ突然変異体を構築した(
図1A、「QR→RQ」として標識された配列の第2の組)。PAR2−RQ突然変異体は、インタクトプロテアーゼ開裂部位および繋留リガンドを有するが、Gタンパク質にシグナリングし得ない。SLIGRLリガンドに完全にシグナリングする能力を保持するが、トリプシンによりタンパク質分解も直接活性化もされ得ない非開裂性PAR2−R36A突然変異体も構築した。PAR2−R36AまたはPAR2−RQを単独で発現する細胞は、トリプシンの勾配に遊走し得ず、Gq−PLC−βシグナリングも活性化し得なかった。しかしながら、2つの突然変異体受容体を同時形質移入した場合、走化性遊走およびシグナリングが報告され(
図1B)、PAR2−RQがそのテザーリガンドを提供してPAR2−R36Aをトランス活性化し得る機序と一致した。PAR2がホモダイマーまたはオリゴマーを形成し得る直接的な証拠を提供するため、本発明者らは、mycタグ付PAR2がT7タグ付PAR2と安定的に会合し得ることを同時免疫沈降により示した(
図1F)。これらのデータは、PAR2がそれ自体とホモダイマーまたはオリゴマー複合体中で会合する能力を有することを示す。
【0056】
興味深いことに、本発明者らのデータは、野生型PAR2がリガンドの不存在下で構成的活性を有することを示す(
図1C)。構成的シグナリングは、GPCRにおいて観察され、i3ループのC末端膜近傍領域中に局在するクリティカルな残基に依存することが多い(Kjelsberg M A et al.(1992),J Biol Chem 267:1430−1433)。
図1Aに示される本発明者らのホモダイマーモデルに基づき、GPCRの膜近傍領域中にあることが多いダイマー界面におけるあるキー残基が、他の残基よりもGPCRファーマコフォアに寄与する可能性が高いことが予期された。本発明の実施形態によれば、具体的には、PAR2の場合、i3ループおよびTM5およびTM6ドメインを含むその隣接ドメインが、構成的およびリガンド誘発活性の両方にクリティカルである可能性が高いことがさらに予期された。それというのも、これらのドメインは、特にPAR2ダイマー界面を越えて隣接i4ドメインからの第8のへリックス領域と潜在的に相互作用し得るためである。別の手法で説明すると、PAR2の3Dホモダイマーモデルに基づき、ダイマー界面を越えて横方向に突出し(
図1A、右パネル)、受容体から離れたキー残基は、そのファーマコフォアおよび構成的活性にクリティカルであることが同様に予期された。ヒトPAR2中のi3ループおよびその隣接ドメイン中の種々の残基のうち、本発明のアプローチによれば、PAR2活性に役立つ少なくとも3つの残基が存在することが予期された:274位におけるメチオニン(M)、284位におけるアルギニン(R)、および287位におけるリジン(K)。
【0057】
次に、これらの位置における残基の重要性を試験した。M274のアラニンへの突然変異(「M274A」と標識)は、構成的シグナルを除去した一方、K287のアラニンへの突然変異(「K287A」と標識)は、効果を有さなかった(
図1C)。際立つことに、K287のフェニルアラニンへの突然変異(「K287F」と標識)は、よりも構成的シグナルの2倍大きい増加を与えた(同様に
図1C)。M274Aは、その構成的活性の損失にかかわらず、アゴニストの存在下で完全にシグナリングし得た(
図1D)。同様に、K287AおよびK287Fも、アゴニストに対して完全にシグナリングし得た(
図1E)。逆に、284位におけるアルギニンをセリンに突然変異させた場合(「R284S」と標識)、突然変異体は、構成的シグナルの損失を示し、さらに高濃度のペプチドリガンドにより活性化され得た。同様に、i4ドメイン中の第8のへリックスを欠くPAR2ΔH8突然変異体(
図1A)は、リガンドに対して完全にシグナリング破壊を示した(
図1D)。まとめると、これらのデータは、PAR2中のi3ループおよびその隣接ドメインの膜近傍残基が構成的およびリガンド依存性活性の両方においてクリティカルな役割を担うことを示す。
【0058】
PAR2のシグナリングに重要な残基を同定すると、次にi3ループおよびその隣接ドメインをベースとする一連のペプデューシンを合成してGPCR活性がクリティカルなM274、R284またはK287残基および/またはその周囲における突然変異のエンジニアリングによりモジュレートされるかどうかを確認した(
図2AおよびB)。
図2Cに最も良く示されるとおり、本発明の一態様によれば、ペプデューシンとして公知の7つのキメラポリペプチドを構築した。それぞれのペプデューシンは、2つのドメインを有した:PAR2の突然変異断片からなる第1のドメイン、およびポリペプチドに細胞膜の脂質層を浸透する能力を与える天然または非天然に生じた疎水性部分からなる第2の付着ドメイン。
図2Cに示される例において、それぞれのペプデューシンの第1のドメインは、本発明者らがPAR2の構成的およびリガンド依存性活性の両方においてクリティカルな役割を担うことを見出した領域であるTM5、i3およびTM6領域の1つ以上をスパニングする野生型PAR2の断片(P2pal−21)の配列に由来する。具体的には、P2pal−21Fの第1のドメインは、21アミノ酸長であり、他の6つのペプデューシンの第1のドメインは、14から18アミノ酸の範囲である。これらのドメインは、クリティカルなPAR2領域の少なくとも2つ、すなわち、i3およびTM6に対応する配列を含む。
【0059】
さらに
図2Cを参照すると、本発明の一実施形態において、突然変異、例えば単一塩基置換は、それらのクリティカルな位置の1つにおいてエンジニアリングする。例えば、P2pal−21FおよびP2pal−18Fの両方において、K287をフェニルアラニン(F)により置き換え;P2pal−18SおよびP2pal−18Qにおいて、R284をセリン(S)およびグルタミン(Q)によりそれぞれ置き換える。本発明の別の実施形態において、突然変異、例えば単一アミノ酸置換を、それらのクリティカルな位置の2つ以上においてエンジニアリングする。例えば、P2pal−18SFにおいて、K287およびR284をフェニルアラニン(F)およびセリン(S)によりそれぞれ置き換え;P2pal−14GFにおいて、K287およびM274をフェニルアラニン(F)およびグリシン(G)によりそれぞれ置き換え;P2pal−14GQにおいて、R284およびM274をグルタミン(Q)およびグリシン(G)によりそれぞれ置き換える。次いで、これらのおよび他のペプデューシンを使用してそれらのPAR2機能に影響する能力を試験した。
【0060】
PAR2ペプデューシンアゴニストおよびアンタゴニスト活性についての最初のスクリーニングは、PAR2発現ヒト結腸直腸腺癌細胞系SW620を使用して実施し、得られたデータを以下のとおり
図2に提示する:野生型全長i3ループペプデューシン、P2pal−21(
図2A)は、公知のPAR2アゴニストペプチドSLIGRLに対して試験した場合、カルシウムフラックスにより評価されるとおり、弱いアゴニストシグナルを与え、有意なアンタゴニスト活性を欠いた(約3%の阻害)(
図2C)。PAR2−K287F突然変異体(上記)において観察される構成的活性の獲得と一致するとおり、類似のP2pal−21Fペプデューシン(Covic et al.2002,PNAS 99:643−48)は、SW620細胞において完全アゴニスト活性を与えたが、アンタゴニスト活性を与えなかった(
図2AおよびC)。i3ループドメイン中の最初の3つの残基(R267、M268およびL269)の欠失は、ペプデューシンP2pal−18F(
図2A)を生成し、それは低濃度においてアゴニスト活性のわずかな減少を与えたが、依然としてアンタゴニスト活性を欠いた。
【0061】
図2Aおよび2Cをさらに参照すると、好ましい実施形態においてクリティカルなR284ファーマコフォア残基をセリン(S)により置き換えるP2pal−18Sペプデューシンは、PAR2の高度に有効なアンタゴニスト(77%の阻害)であり、カルシウムフラックスアッセイにおいて検出可能またはそうでなければ有意なアゴニスト活性を有さないことが判明した。それというのも、ビヒクル単独がわずか3%の読取りを与えるためである。P2pal−18SのC末端K287をフェニルアラニン(F)により置換してP2pal−18SFを作製すると、ペプデューシンのアゴニスト活性が回復した。R284をグルタミンにより置き換えてP2pal−18Qを作製すると、ほとんどアゴニスト活性がもたらされないが、部分アンタゴニスト活性(29%の阻害)を有した。M274のグリシン(G)への突然変異およびK287のフェニルアラニン(F)への突然変異の両方を含むN末端でトランケートされたP2pal−14GFは、有意なアゴニストもいかなる検出可能なアンタゴニスト活性も有さなかった。しかしながら、R284がグルタミン(Q)により置換され、M274がGにより置換された同様にN末端でトランケートされたペプデューシンP2pal−14GQにおいて、53%のアンタゴニスト活性の獲得が観察され、アゴニスト活性はわずかまたはほとんどないままであった。
【0062】
これらのデータに基づくと、i3ループにおいて、R284残基は、候補ペプデューシン構築物のアンタゴニスト活性を有意に増強し得る強力な位置を保持すると考えられる(全て29から77%の範囲のPAR2活性の有意な量の阻害を示したP2pal−18S、P2pal−18SF、P2pal−18Q、P2pal−14GQに関するデータ参照)。アンタゴニスト効果は、正に帯電した比較的長い側鎖を有するアルギニン残基をより短い側鎖を有する残基、例えばセリン(S)により置換した場合に特に顕著であった。他方、K287残基のフェニルアラニン(F)への突然変異は、アンタゴニスト活性を抑制する一方、アゴニスト活性を向上させると考えられる(P2pal−21F、P2pal−18F、P2pal−18SFおよびP2pal−14GFに関するデータ参照)。R284のSへの突然変異およびK287のFへの突然変異の両方が存在する場合、P2pal−18SFの場合と同様に、有意な量の両方のアゴニストおよびアンタゴニスト活性が保持される。M274およびその周囲における点突然変異も、調節効果を示し:M274からGへの突然変異(N末端トランケーションとともに)は、P2pal−14GF構築物において両方見られる場合、K287のFへの突然変異のアゴニスト増強能力の一部を相殺すると考えられる。
【0063】
この最初のカルシウムフラックススクリーンから、本発明の一部のペプデューシンの実施形態、例えばP2pal−18SおよびP2pal−14GQアンタゴニストペプデューシンの特性を、それらの他のPAR2機能を遮断する能力についてさらに分析した。
【0064】
a.好中球におけるPAR2活性の特異的アンタゴニストとして
本発明の一部のペプデューシンの実施形態の、ヒト好中球のPAR2依存性活性をアンタゴナイズする能力を試験した。好中球を健常ヒト被験者の末梢血から単離し、高レベルの表面PAR2およびPAR4ならびにより低い見かけレベルのPAR1を発現することをフローサイトメトリーにより見出した(
図3A)。好中球は、PAR2アゴニストトリプシンおよびSLIGRLの勾配に対して堅牢に遊走し、それはP2pal−18Sにより0.14〜0.2μMのIC
50値で完全に遮断された(
図3B)。同様に、0.3μMのP2pal−18Sは、100nMのトリプターゼに対するヒト好中球の走化性遊走を完全に遮断した(
図3C)。ヒトPAR2は、マウスPAR2と85%の同一性を共有し、マウスi3ループは、ヒトPAR2i3ループ中で同定されたクリティカルなファーマコフォアの全てを保持するため、マウス細胞を用いた異種間の阻害を試験した。実際、P2pal−18Sも、30nMのトリプシンに対するマウス好中球の遊走を完全に阻害した(
図3D)。
【0065】
PAR2についてのP2pal−18S特異性は明白であった。それというのも、それは好中球走化性アッセイにおいて、密接に関連するPAR1、PAR4、またはCXCR1/2IL−8受容体に対するアンタゴニスト活性を有さなかったためである(
図3E)。P2pal−18Sは、PAR2リガンドSLIGRLへの有効な阻害を提供するにもかかわらず、SW620細胞においてもCOS7細胞のイノシトールリン酸シグナリングにおいてもカルシウムフラックスアッセイによりPAR1もPAR4も阻害しなかった(
図4Aおよび4B)。P2pal−14GQペプデューシンは、PAR2についても選択的であり、PAR1については選択的でなかったが、P2pal−18Sと比較してSLIGRLに対するSW620細胞の遊走の抑制において有効でなかった(
図4A〜4C)。P2pal−18Sは、PAR1依存性血小板凝集に対する効果を有さなかった(
図5A)。P2pal−18SもP2pal−14GQも、30μMまでの濃度のペプデューシンを用いるSW620細胞中でのヨウ化プロピジウム取り込みにより評価されるとおり、膜破壊もアポトーシスも引き起こさなかった(
図5B)。
【0066】
P2pal−18Sは、PAR2−R36AおよびPAR2−RQ突然変異体を同時発現するHEK細胞の走化性遊走の完全な抑制により示されるとおり、PAR2−ホモダイマーのトランス活性化を遮断することも見出された(
図4D)。さらに、P2pal−18SペプチドがPAR2と直接相互作用する証拠として、PAR2は、ビーズ単独と比較してPAR2i3ループ18Sペプチドとカップリングしているアビジンビーズへの結合を向上させた。さらに、本発明者らは、P2pal−18SがPAR2のタンパク質分解開裂またはエンドサイトーシスを阻害するかどうか試験した(DeFea K A,et al.(2000)J Cell Biol 148:1267−81;Roosterman D,et al.(2003)Am J Physiol Cell Physiol 284:C1319−29;Stalheim L,et al.(2005)Mol Pharmacol 67:78−87)。P2pal−18Sは、PAR2のトリプシン開裂に対する効果を有さず、PAR2についてもPAR1についてもリガンド依存性エンドサイトーシスを阻害しなかった。したがって、P2pal−18S i3ループペプデューシンは、PAR2依存性カルシウムシグナリング、PLC−bイノシトールリン酸形成、および細胞遊走を阻害し得るが、タンパク質分解開裂もエンドサイトーシスも阻害し得ない。
【0067】
b.炎症足浮腫のマウスモデルにおける効力
P2pal−18Sのインビボ効力および特異性を評価するため、本発明のペプデューシンの炎症後足浮腫に対して保護する能力を野生型(WT)およびPAR2欠損マウス系統において試験した(Damiano B P,et al.(1999)J Pharmacol Exp Ther 288:671−78)。急性炎症浮腫は、莫大な白血球増加および充血応答を引き起こし、局在膨張に導くλ−カラギーナンおよびカオリン刺激物質の胎盤内注射により誘導した。本発明のポリペプチドP2pal−18Sの実施形態のPAR2欠損活性を、WTC57BL/6マウスの後足蹠中に注射した場合のPAR2特異的アゴニストSLIGRLに対するその阻害効果を定量することにより直接評価した。λ−カラギーナン/カオリンにより誘導された急性炎症は、ビヒクル処理WTマウスについて足浮腫のほぼ2倍の増加をもたらし、注射後8時間がピークであった(
図6A)。PAR2アゴニストペプチドSLIGRLも、WTマウスの浮腫の増加を誘導し、注射後4時間がピークであった(
図6B)。P2pal−18Sの全身投与は、λ−カラギーナン/カオリン誘導性浮腫の有意な50%の減少およびSLIGRL誘導性浮腫の85%の減少を引き起こした(
図6Aおよび6B)。PAR2欠損は、λ−カラギーナン/カオリン注射後にWTマウスに対して50%の保護効果を付与し、P2pal−18Sにより処理したWTマウスにおいて観察された保護効果とほぼ同一であった。とりわけ、P2pal−18SによるPAR2欠損(PAR2
−/−)マウスの処理は膨張をさらに低減させず、PAR2ペプデューシンの抗炎症効果がそのコグネート受容体の存在を要求することを裏付けた。
【0068】
λ−カラギーナン/カオリン注射7時間後に回収された炎症化足蹠の組織学分析により、P2pal−18Sが足蹠の真皮中の白血球浸潤に対する有意な60%の保護(P<0.005)を提供することが明らかになり、WTマウスに対してPAR2
−/−マウスにおいて観察された保護と同一であった(
図6C)。λ−カラギーナン/カオリンチャレンジは、WTマウスにおけるミエロペルオキシダーゼ活性の2倍の増加を引き起こし、それはP2pal−18Sにより遮断された(
図6D)。まとめると、これらのデータは、PAR2ペプデューシンP2pal−18Sが急性白血病炎症および浮腫に対する有意な保護効果を提供し、それらの保護効果はPAR2の存在に依存することを実証する。
【0069】
c.肥満細胞トリプターゼ誘導性炎症に対する保護
従来の研究は、ヒト内皮およびケラチノサイトならびに関節炎のマウスモデルにおいて肥満細胞トリプターゼが開裂し、PAR2シグナリングを活性化させることを立証した(Kelso E B,et al.(2006)J Pharmacol Exp Ther 316:1017−24;Palmer H S,et al.(2007)Arthritis Rheum 56:3532−40)。肥満細胞および肥満細胞トリプターゼが足炎症マウスモデルにおいて観察されたPAR2依存性効果に寄与するかどうかを決定するため、肥満細胞を脱顆粒剤48/80、またはλ−カラギーナン/カオリンにより刺激し、馴化培地を回収した。
図7Aに示されるとおり、刺激した肥満細胞はトリプターゼを分泌し、次いでそれを好中球走化性アッセイにおける化学誘引物質源として使用した。刺激した肥満細胞からの馴化培地は、100nMのトリプターゼと同等の走化性遊走を与えた(
図7B)。トリプターゼ阻害剤APC−366、またはPAR2ペプデューシンP2pal−18Sによるヒト好中球の処理は、トリプターゼ含有肥満細胞培地に対する走化性遊走を完全に阻害した(
図7B)。
【0070】
肥満細胞および肥満細胞トリプターゼが足浮腫モデルにおいてインビボでPAR2を活性化させるかどうかを試験するため、マウスから化合物48/80による前処理を介して肥満細胞を枯渇させた(Carvalho M et al.Eur J Pharmacol(2005),525:161−169)。48/80枯渇動物におけるλ−カラギーナン/カオリン誘導性浮腫の減少が、未処理対照と比較して観察された。同様に、トリプターゼ阻害剤APC−366により処理したマウスは、λ−カラギーナン/カオリン誘導性足浮腫の有意な40%の保護を与えた(
図7C)。トリプターゼ含有肥満細胞培地の胎盤内注射は、選択的PAR2アゴニストSLIGRL(
図6B)により誘導されるのと同様の足浮腫のピーク増加をもたらした(
図7D)。P2pal−18Sによる全身処理は、4時間における浮腫のピーク発達の50%の減少を与え、8時間以降における完全な保護を提供した(
図7D)。肥満細胞由来トリプターゼが観察されたPAR2依存性炎症応答を媒介するさらなる証拠を提供するため、本発明者らは次いで肥満細胞欠損マウスをλ−カラギーナン/カオリンによりチャレンジし、これらのマウスがインタクト肥満細胞を有するP2pal−18S処理リッターメイト対照マウスと同一の低減された足浮腫応答を有することを観察した(
図7E)。さらに、肥満細胞欠損マウスにおいて観察された足浮腫は、P2pal−18Sによる処理によりさらに低減させることができなかった(
図7E)。まとめると、これらのデータは、P2pal−18Sペプデューシンが肥満細胞由来トリプターゼにより誘発される炎症浮腫に対する有意な保護を提供することを示唆する。
【0071】
上記実施例は、画期的医薬品であるPAR2のリポペプチドペプデューシン完全アンタゴニストの開発を記載する。ペプデューシンは、扱いが困難な膜貫通受容体、例えばPAR2を標的化するために現れた新技術である。これらの高度に安定的な脂質化ペプチドは、それらのコグネートGPCRの細胞内表面に標的化され、受容体を活性または不活性立体構造のいずれかで安定化させ、シグナル伝達のモジュレーションをもたらす。ペプデューシンは、典型的には、2つの構成成分を含む:標的GPCRのi1〜i4細胞内ループに由来する短ペプチド配列、およびアシル鎖脂肪酸(例えば、パルミテート)またはペプチドにコンジュゲートしている他の脂質。i3ループアゴニストおよびアンタゴニストペプデューシンの合理的設計は、PAR2ダイマーの構造モデルに基づき、構成的アゴニストおよびアンタゴニスト活性を制御する個々のファーマコフォアを同定した後に受容体ループおよび類似のペプデューシン中のキー残基を操作することによる。最も強力なペプデューシンアンタゴニストP2pal−18Sは、PAR2シグナリングを完全に排除したが、密接に関連するPAR1、PAR4受容体も、他の試験GPCRも阻害しなかった。
【0072】
PAR2ペプデューシンアンタゴニストは、マウス足炎症モデルにおいてλ−カラギーナン/カオリンまたはPAR2選択的アゴニストにより誘導された白血球浸潤および浮腫の抑制における有意なインビボ効力を有した。P2pal−18Sペプデューシンの抗炎症効果は、PAR2欠損マウスにおいて損失し、ペプデューシンがインビボでPAR2に高度に特異的であることを実証した。さらに、野生型に対してPAR2欠損マウスにおいて観察された抗炎症効果は、P2pal−18Sにより処理した野生型マウスにおいて観察されたものとほぼ同一であった。まとめると、これらのデータは、P2pal−18Sが急性炎症のモデルにおいてPAR2の有効な薬理学的遮断を提供することおよびこれらの効果がPAR2の存在を要求することを示す。
【0073】
多くの研究は、PAR2が広範な疾患、例として喘息(Schmidlin et al.,J Immunol 2002,169:5315−5321)、関節炎(Ferrell et al.,2010)、痛覚過敏(Vergnolle et al.,2001)、神経原性および癌疼痛(Lam et al.,2010)、および癌侵襲(Shi et al.,Mol Cancer Res 2004,2:395−402)においてクリティカルな役割を担うと関係づけた。マウス足蹠モデルにおいて観察される炎症応答が肥満細胞およびPAR2誘発性炎症の重要なアゴニストである肥満細胞由来トリプターゼに大きく依存しているいくつかの一連の証拠が本明細書に提供される。本発明者らは、PAR2ペプデューシンがPAR2を介するトリプターゼシグナリングを完全に抑制し得ることを見出した。さらに、肥満細胞欠損マウスは、インタクト肥満細胞を有するP2pal−18S処理リッターメイト対照と同一の低減された足浮腫応答を有した。さらに、肥満細胞欠損マウスにおける足浮腫は、P2pal−18Sによる処理によりさらに低減させることができず、肥満細胞由来トリプターゼがこの急性炎症モデルにおけるPAR2依存性炎症応答を媒介する概念についてのさらなる支持を提供した。PAR2ペプデューシンは、トリプターゼの他に炎症環境中に存在する他のPAR2プロテアーゼアゴニストにより誘導されるシグナリングを阻害し得ることが考えられる。
【0074】
2つの他のグループが、繋留ペプチドリガンドをベースとするPAR2アンタゴニストを開示している(Kelso et al,2006;Kanke et al.,Br J Pharmacol 2009,158:361−371)。Kelso et al.において、PAR2小分子阻害剤ENMD−1068が関節炎症のモデルにおいて試験された。ENMD−1068は、インビトロでその保護効果を観察するためにミリモル濃度を要求し、インビボではかなりより高い用量を要求する。ペプチドアンタゴニストK−14585は、PAR2依存性IL−8生成、NF−κBリン酸化、およびp38シグナリングを阻害することが示された(Goh et al.,2009)。しかしながら、K−14585化合物は、野生型PAR2ペプデューシンP2pal−21(Covic et al.,2002)についても観察されるとおり、部分アゴニスト活性を有する(Goh et al.,2009;Kanke et al.,2009)。これに関して、本発明者らは、野生型PAR2が構成的活性を有することを発見し、ある細胞外または細胞内PAR2リガンドが潜在的なオン状態を安定化させ得ることを示した。構成的活性をインタクト受容体中のクリティカルなi3ループファーマコフォアの突然変異により排除または向上させることができる認識は、残留アゴニスト活性を損失した合理的設計PAR2ペプデューシンアンタゴニストに本発明者らを導いた。困難なGPCR標的、例えばPAR2に対してこうして設計および構築されたペプデューシンアンタゴニストは、PAR2シグナリングが関与する広範な疾患、例として多くの付随炎症反応における新規薬理学的薬剤を提供した。
【0075】
実施例II
新たなペプデューシンによるPAR1−Gタンパク質シグナリングおよび疾患の標的化
肺癌は、米国および世界における癌死亡の主原因であり、全体で2番目に高頻度な癌である。患者の大多数は、相当な罹患率および死亡率に導く遠隔転移を最終的に発現する。非小細胞肺癌(NSCLC)の治療のための現在利用可能な化学療法レジメンには、シスプラチンまたはカルボプラチン、およびエトポシド、パクリタキセル、ドセタキセル、ゲムシタビン、ビノレルビンおよびイリノテカンの組合せが含まれる。これらのレジメンは、一般に治癒性でなく、軽度な延命および症状の緩和を付与し得る。さらに近年、肺癌の治療のための標的療法が利用可能になっている。これらには、上皮成長因子受容体(EGFR)および血管内皮成長因子受容体(VEGFR)を標的化する小分子および抗体が含まれる。しかしながら、現在利用可能な分子療法は、依然として平均および全生存の比較的軽度な延長をもたらし、NSCLCが進行した患者のためのより有効な治療モダリティーの開発の必要性が指摘される。
【0076】
PAR1を有望な標的として同定して種々の癌、例として乳癌、卵巣癌、黒色腫、前立腺癌および結腸癌における腫瘍進行、転移および血管新生に影響を与える証拠が現れている(例えば、Nguyen et al. Cancer Res 2006,66:2658−65)。しかしながら、肺癌におけるPAR1および他のPARファミリーメンバーの役割は、概して未開拓である。
【0077】
本発明において、PAR1は、PAR1の第1の(i1)細胞内および第3の(i3)細胞内ループから生成された細胞浸透ペプデューシンを用いることにより肺癌における治療剤として同定された。ペプデューシン技術は、細胞膜の界面における受容体Gタンパク質相互作用を標的化するために開発された。パルミトイル化またはペプチドに付着される他の脂質部分の使用は、細胞膜を越えてリポペプチドを区画化し、二重層を越えるフリップによりペプデューシンを細胞内表面に急速送達する。ペプデューシンのそれらのコグネート受容体に対する特異性を決定するための複数の研究が実施されてきた。本発明において、i1およびi3ループをベースとするPAR1ペプデューシンは、遊走およびCa
++シグナリングの阻害において同等の効力を有した。対照的に、i3標的化ペプデューシンがPAR1依存性ERK1/2活性およびVEGF分泌を遮断することも見出された。i3ベースのペプデューシンによる単剤療法は、i1ベースのペプデューシンよりも有効であり、i3ペプデューシンにより阻害されるPAR1は、ゼノグラフトモデルにおいて75%まで肺腫瘍成長を有意に阻害し、Avastinと同様の効力であった。これらのデータは、肺癌におけるPAR1を新たな治療標的として同定し、PAR1のi1およびi3細胞内ループをベースとするペプデューシンが異なるシグナリング経路を遮断し得ることを示す。
【0078】
i1およびi3ペプデューシンの設計においてガイドするため、
図8Aに示されるとおりロドプシンのx線構造に基づくPAR1のモデルを作成した(Swift et al.J Biol Chem 2006,281:4109−16)。異なるPAR1細胞内ループがヘテロトリマーG
q、G
iおよびG
12/13タンパク質の異なる領域と相互作用することが予期されたため、i1とi3ループの細胞内遮断が異なるシグナリング経路に優先的に影響するかどうかを3Dモデルに基づき試験した。
【0079】
PAR1由来の第1のドメインがキーアミノ酸位置における突然変異を含有するペプデューシンも、試験のために構築した。モデリングを介してGタンパク質活性化にクリティカルである可能性が高いと同定されたキーアミノ酸の1つは、i3ループ上の310位におけるアルギニン(R)である。P1pal−10Sにおいて、R310は、セリン(S)により置換されている(
図8A)。例えば、R310をセリン(S)またはグルタミン酸(E)により置換することによるR310の破壊により、PAR1受容体がGタンパク質を活性化させるそのアゴニスト能力の実質的に全てを損失し(データ示さず)、したがって、本明細書において用いる。3Dモデリングは、残基309の側鎖がパートナーPAR1に直接向き、残基311の側鎖は膜環境中に存在することも示す。これらの2つの位置における残基を、荷電アミノ酸グルタミン酸により突然変異させることは、任意のアゴニスト機能性を破壊する可能性が高いことが企図された。したがって、別の突然変異体ペプデューシンP1pal−19EEをその19残基のPAR1由来の第1のドメイン中の点突然変異:S309のグルタミン酸(E)およびA311のEによる置換により構築した(
図8A)。P1pal−19EEを種々の試験において陰性対照として使用した。PAR1由来の第1のドメイン中に10アミノ酸を有するP1pal−10Sを、候補として他のペプデューシン候補、例としてPAR1中の野生型i3ループの断片と同一の順序通りの7つのアミノ酸を含有するP1pal−7とともに試験した。具体的には、本発明者らは、i3−ループP1pal−7、i3−ループP1pal−10S、およびi1−ループP1pal−i1−11の効力を、それらのPAR1媒介性Ca
++シグナリング、細胞遊走およびMAPキナーゼシグナリングを遮断する能力について試験した。それというのも、それらは異なるシグナリング経路により調節されるためである。
【0080】
第一に、PAR1はCa
++シグナリングにより評価されるとおりヒト血小板中のG
qに強く共役することが従来示されている。PAR1媒介性G
q−PLCβ−lnsP
3シグナリングに対するi1およびi3ペプデューシンの効果を測定するため、ヒト血小板をPAR1ペプデューシンにより前処理し、SFLLRNにより刺激してからCa
++フラックスの速度を計測した。
図8Bに示されるとおり、P1pal−7、P1pal−10SおよびP1pal−i1−11は、SFLLRNによるPAR1依存性Ca
++動員をそれぞれ0.55±0.04,0.70±0.17、および1.3±0.1μMのIC
50値で有効に阻害した。しかしながら、カルシウム動員を完全に阻害し得たi3由来ペプデューシンとは異なり、i1由来P1pal−i1−11は、G
q媒介性カルシウムシグナルの阻害においてそれほど有効でなかった。
【0081】
第二に、Boydenチャンバー遊走アッセイを介して、トロンビンおよびMMP−1繋留PAR1リガンドペプチドPRSFLLRN(配列番号30)の両方がA549肺癌細胞(Developmental Therapeutics,National Cancer Institute/NIHから)の遊走を同様の尺度で誘導することが示された(
図8C)。次に、本発明のPAR1アンタゴニストペプデューシンがA549肺腺癌細胞の遊走を遮断し得るかどうかを試験した。
図8Cにおいて実証されるとおり、i1およびi3由来ペプデューシンによるA549細胞の遊走は完全に遮断された。
【0082】
最後に、MAPキナーゼカスケードのPAR1媒介性活性化およびPAR1依存性細胞成長および分化、増殖ならびに遺伝子転写の機序の理解に多くの関心が寄せられている。ERK1/2活性化は、G
i(βγ)−PI3−キナーゼおよびG
q経路の両方を介して活性化されることが示されている。ERK1/2活性化に対するi1とi3PAR1ペプデューシンの効果を、A549肺腺癌細胞系において試験した。A549細胞をトロンビンにより処理することにより、刺激15〜30分後においてピークを示す急速で堅牢なERK1/2リン酸化をもたらした。一連のペプデューシン濃度(0.1〜3μM)による阻害実験を実施した。トロンビン誘導性ERK1/2リン酸化は、i3由来ペプデューシンP1pal−7およびP1pal−10Sにより0.2±0.1および0.8±0.2μMのIC
50値で完全に阻害された一方、i1由来P1pal−i1−11は、ERK1/2のリン酸化に対する効果を有さなかった(
図9Aおよび9D)。PRSFLLRN(配列番号30)ペプチドは、刺激5〜15分後においてピークを示す急速で一過性のERK1/2リン酸化シグナルを与えた。トロンビンと同様に、0.1μMのP1pal−7は、PRSFLLRN誘導性ホスホ−ERKシグナルを完全に遮断し得た(
図10)。このことは、i1ペプデューシンとは異なり、i3ループペプデューシンは、PAR1媒介性ERK活性化の有効な阻害剤であることを示す。PAR1ペプデューシン阻害剤の特異性を測定するため、密接に関連するPAR2およびPAR4受容体に対するそれらの効果も試験した。3つ全てのPAR1ペプデューシンは、PAR1について選択性であり、1〜3μM濃度においてPAR2もPAR4も交差阻害しなかった(
図9B、9C、9E、および9F)。
【0083】
PAR1発現は、非常に侵襲性の強い肺癌細胞系中で増加される
従来の組織学的分析は、プロテアーゼ活性化受容体PAR1およびPAR4が、30例の腺癌および30例の扁平上皮癌を含む60人のNSCLC患者の試験からのアウトカムに対して負の予後予測値を有し得ることを示唆した(Ghio et al.2006)。したがって、4つ全てのPARメンバーの表面発現を、5つの腺癌、1つの扁平上皮癌、および1つの大細胞癌から構成される7つの異なる国立癌研究所(National Cancer Institute)(NCI)肺癌細胞系中でフローサイトメトリーを使用して測定した。4つのPARファミリーメンバーのうち、PAR1発現は、大多数の肺癌において3倍から9倍増加され、最大発現は腺癌において検出された。対照的に、他の3つのPAR、例としてPAR4は軽度に増加したにすぎなかった(
図11A)。高PAR1発現細胞は、2つの低発現PAR1細胞系(EKVXおよびNCI−H23)よりも馴化培地に対する遊走の7から18倍高い速度を示した。
【0084】
原発性腫瘍検体におけるPARの発現を立証するため、開胸を受けた患者から単離された5つの肺検体において定量PCRを使用してmRNAレベルを計測した。組織学に基づき、原発性腫瘍は、2つの腺癌、1つの低分化NSCLC、1つの扁平上皮癌、および1つの良性肺検体を含んだ。
図11Bに示されるとおり、患者肺癌は、高レベルのPAR1mRNAならびに低レベルのPAR2、PAR3、およびPAR4mRNAを有した。NCI肺癌について観察されたとおり、患者腫瘍における高PAR1発現は、正常肺組織と比較して4つ全ての原発性肺腫瘍細胞の遊走の大きい10から40倍の増加も伴った。
【0085】
肺癌細胞運動性におけるPAR1の役割をさらに立証するため、2つの高PAR1発現腺癌A549およびHOP62においてPAR1ショートヘアピンRNAを使用してPAR1遺伝子発現のサイレンシングの効果を試験した。PAR1ショートヘアピンRNAは、両方の細胞系において大多数のPAR1発現をサイレンシングした(80%±5%および90%±5%)(
図11C)。次に、Boydenチャンバー遊走アッセイを使用して細胞遊走に対するPAR1損失の効果を試験した。PAR1ノックダウンは、shPAR1およびベクター対照処理細胞の長期ピューロマイシン選択後にNIH−3T3馴化培地に対するA549細胞における遊走を55%±5%だけ、HOP62細胞における遊走を80%±5%だけ抑制することが見出された(
図11D)。
【0086】
A549細胞はさらに全ての後続のインビトロおよびインビボ実験において特性決定された細胞系であるため、細胞外リガンドRWJ−56110(10μmol/L)およびSCH7979(50μmol/L)に対するPAR1アンタゴニストの効果も試験し、遊走の40%から50%の阻害が見出された(
図11D)。これらのデータは、乳癌細胞におけるPAR1のサイレンシングに遊走の減少が伴うという本発明者らの従来の知見(Nguyen et al.,2006;Agarwal et al.,2008;Yang et al,2009)と一致する。
【0087】
PAR1i1およびi3ペプデューシンは、肺癌の遊走を阻害する
PAR1発現のサイレンシングは遊走を減少させたことから、i1およびi3PAR1アンタゴニストペプデューシンが4つのNCI肺細胞腺癌(A549、HOP62、H522、およびH1299)、1つの大細胞癌(HOP92)、1つの扁平上皮癌(H226)の遊走に対して同様の効果を有するかどうかを、2つの腺癌、1つの低分化NSCLC、および1つの正常肺上皮から構成される3つの原発性患者腫瘍とともにさらに試験した。PAR1発現腺癌の遊走は、3つ全てのペプデューシンにより60%から80%だけ抑制され(
図12A〜C)、そのことはPAR1ショートヘアピンRNA処理により早期に見られた効果と高度に類似した。陰性対照PAR1i3ペプデューシンP1pal−19EEは、遊走に対して効果を有さなかった。P1pal−7は、H226扁平上皮癌、HOP92大細胞癌、およびH522腺癌(
図12D〜F)について40%から90%の阻害を提供し、そのことはPAR1シグナリングが肺癌細胞遊走において重要な役割を担うさらなる支持を提供した。
【0088】
PAR1アンタゴニストペプデューシンが細胞毒性を肺癌細胞に付与し得るかどうかを、MTTアッセイを使用してさらに試験し、Giを不活性化させる百日咳毒素によるA549、H1299、またはHOP62の前処理がPAR1遮断と同様の遊走の阻害をもたらすことが見出された。細胞遊走の5時間の時間にわたる3μmol/LのペプデューシンへのA549、HOP62、およびHOP92肺癌細胞系の曝露は、細胞生存率に対して有意な効果を有さなかった。しかしながら、3日間の時間にわたり、A549細胞はi3由来P1pal−10SおよびP1pal−7ペプデューシンに最も感受性であり、i1由来P1pal−i1−11にそれほど感受性でなかった。
【0089】
肺腫瘍から単離された原発性癌細胞系の遊走をPAR1ペプデューシンにより阻害することができるかどうかを決定するさらなる実験を実施した(
図12G)。PAR1ペプデューシンは、原発性肺腫瘍の遊走を有意に阻害し(40%から80%)、P1pal−7(i3)−またはP1pal−i1−11のいずれかを使用した効力と同等であった。同様に、PAR1の小分子アンタゴニストであるRWJ−56110(Andrade−Gordon,et al.,Proc Natl Acad Sci USA,96(1999),pp.12257−12262)は、NIH−3T3馴化培地に対する原発性肺腫瘍細胞の遊走の55%までを抑制した。PAR1アンタゴニストペプデューシンP1pal−7およびP1pal−i1−11は、不十分に遊走する良性肺組織に由来する低発現PAR1細胞系に対して効果を有さなかった(
図12G)。まとめると、これらの結果は、PAR1が肺癌細胞における遊走の重要な誘因であり、ペプデューシンアンタゴニストが樹立細胞系および原発性患者肺癌の両方においてPAR1媒介性遊走の遮断において有効であることを示唆する。
【0090】
PAR1 i3ペプデューシンは、ゼノグラフトモデルにおける肺癌の腫瘍成長を阻害する
PAR1発現レベルは、NSCLC患者の生存率の低減と相関する。肺腫瘍進行におけるPAR1の相対的重要性を定義するため、インビボマウスモデルを使用した。さらに、i3ペプデューシンによるPAR1シグナリングの遮断は複数のシグナリング経路、例としてカルシウムシグナリングおよびERK1/2経路を遮断する一方、i1ペプデューシンは遊走のみを阻害し、カルシウムを部分的に阻害することが同定されたため、それらのペプデューシンのインビボ効力を比較することを対象とした。ヌードマウスにおけるA549肺腺癌ゼノグラフトモデルを使用してP1pal−7、P1pal−10S、P1pal−i1−11、またはVEGFアンタゴニストAvastinによる単剤療法を評価した。比較のため、本発明者らは、炎症(Kaneider et al.,Nat Med,11(2005),pp.661−66)および卵巣癌におけるCXCR1/2誘発性血管新生(Agarwal et al.,Cancer Res,70(2010),pp.5880−5890)を阻害することが既に示されているCXCR1/2ペプデューシンX1/2pal−i1およびX1/2pal−i3も試験した。
【0091】
i3由来P1pal−7およびAvastinは、腫瘍進行の同等の有意な低減(P<0.01)を75%の阻害で与えることが見出された(
図13A〜C)。i3由来P1pal−10Sを使用する腫瘍成長の有意な低減(P<0.05)も40%の阻害で存在したが、i1由来P1pal−i1−11は、A549腫瘍の長期成長を阻害しなかった。興味深いことに、i1由来P1pal−i1−11は、最初の3週間当初有効であり、20日目(P<0.01)まで腫瘍成長の有意な遮断を達成した。しかしながら、この早期保護段階後、i1由来ペプデューシンについて腫瘍成長の急速なエスケープが存在した。i3由来ペプデューシン処理による腫瘍成長低減に、壊死が伴った。CXCR1/2由来X1/2pal−i3およびX1/2pal−i1ペプデューシンは、腫瘍成長に対して見かけの効果を有さなかった。これらの結果は、i3由来PAR1ペプデューシンによる単剤療法がマウスにおける肺癌腫瘍成長の有意な阻害を提供し得ることを示唆し、PAR1を肺癌患者における新規治療標的として同定する。
【0092】
PAR1は、いくつかの細胞タイプにおいてVEGF生成を調節することが示されており(Huang et al.,Thromb Haemost,86(2001),pp.1094−1098)、VEGFは、原発性肺腫瘍において高度に発現される(Ghio et al.,2006)。i3ベースのP1pal−7ペプデューシンはA549ゼノグラフトの肺腫瘍成長の抑制においてAvastinと同様の効力を有したため、VEGF−A生成をA549腫瘍細胞においてトロンビン処理18時間後に計測した。i3ベースのP1pal−7により完全に遮断し、P1pal−10Sにより部分的に遮断ことができるVEGF−Aのトロンビン依存性生成の有意な2倍の平均増加が存在した(
図13D)。対照的に、i1ベースのP1pal−i1−11は、トロンビン依存性VEGF−A生成を阻害しなかった。とりわけ、ERK阻害剤PD98059も、トロンビン媒介性VEGF生成を抑制し得た。卵巣癌とは異なり、A549細胞においてPAR1媒介性IL−8生成の増加は見出されず、そのことはA549ゼノグラフトモデルにおいて観察されたCXCR1/2ペプデューシンの効力の欠落と一致した。これらのゼノグラフトデータは、A549腺癌肺癌モデルにおける有効な治療標的である新規PAR1−ERK1/2−VEGFパラクリン経路の役割についての支持を提供する。
【0093】
PAR1ペプデューシンの薬物動態
P1pal−7、P1pal−10S、およびP1pal−i1−11の30分、ならびに1、2、4、6、8、および16時間における血漿レベルの薬物動態をLC/MS/MSにより計測して定常状態ペプデューシン薬物レベルおよびマウスからの消失速度を決定した。野生型CF−1マウス(25から30g)中へのP1pal−7(3mg/kgまたは10mg/kg)の皮下注射に続いて種々の時点において大静脈から血液を回収した。
図14Aに示されるとおり、P1pal−7(10mg/kg)のピーク血漿レベルは1.1μmol/Lに達し、それは4時間持続し、次いで6時間の時点において0.2μmol/Lに消失した。残留P1pal−7レベルは、16時間の時点において10nmol/Lであった。4時間のプラトー後、消失速度は4から16時間で線形であった。3mg/kgのP1pal−7のピーク血漿レベルは、2時間において0.6μmol/Lに達し、消失は2時間と16時間との間で線形であった。P1pal−10S(10mg/kg)は、1時間においてP1pal−7(10mg/kg)と同様の1.0μmol/Lのピーク血漿レベルを与えた。しかしながら、1時間後に急速なクリアランスが存在した。P1pal−10Sとは対照的に、P1pal−i1−11(10mg/kg)は、0.5と8時間との間で5.0μmol/Lのピーク血漿レベルで維持される血漿半減期を有した。
【0094】
最後に、P1pal−7(10mg/kg)のピーク血漿レベルを6日間にわたる1日1回の皮下注射前およびその1時間後に計測してピーク血漿レベルが連日投与に対して一貫しているかどうかを決定した。
図14Bに示されるとおり、6日間にわたる連日投与1時間後に約1から2μmol/LのP1pal−7の相対的に一貫したピーク血漿濃度が存在した。これらの結果は、連日皮下投与後にP1pal−7がマウスの血漿中に蓄積しないことも示す。
【0095】
組織病理学的証拠の出現は、Gタンパク質共役型PAR1受容体の高発現にNSCLC患者における侵襲表現型および不良アウトカムが伴うことを示唆する(Ghio et al.,2006)。これらの臨床病理学的知見と一致して、本明細書に提示されるデータは、正常肺上皮と比較してNCI癌のパネルおよび原発性肺検体において機能性PAR1タンパク質、mRNA発現、およびPAR1依存性運動性の増加を提示した。PAR1のサイレンシングまたはPAR1の薬理学的遮断は、肺癌細胞の運動性の有意な減少を引き起こした。対照的に、NCI肺腺癌および原発性肺腺癌は、関連するPAR2受容体、PAR3受容体についてもPAR4受容体についても増加レベルを有さなかった。
【0096】
PAR1の細胞内ループに指向されるペプデューシン技術を使用することにより、多様なシグナリング経路が肺腺癌細胞系においてi1とi3ループに応じて詳述された。ペプデューシンは、それらのコグネートGPCRの細胞内表面に特異的に標的化され、シグナル伝達のモジュレーションをもたらす脂質化ペプチドである。PAR1i3ループを標的化するペプデューシンは、細胞運動性、カルシウム動員、およびERK1/2活性化を完全に阻害した一方、3Dモデリングを介してGタンパク質相互作用にクリティカルと同定されたループ中のキーアミノ酸残基の破壊はアゴニスト能を低減させた。対照的に、i1標的化PAR1ペプデューシンは、細胞運動性を阻害したが、ERK1/2活性化に対するいかなる効果も有さず、カルシウム動員を部分的にのみ抑制した。これらのインビトロ阻害データは、肺腫瘍モデルにおいて観察されたi3とi1ペプデューシンの多様な薬理学的効果と高度に一致した。
【0097】
i3およびi1標的化PAR1ペプデューシンを、ヌードマウスにおけるA549肺腺癌のゼノグラフトにおける効力についてさらに比較した。i3ループペプデューシンは、肺腫瘍成長の有意な遮断における単剤療法として有効であった一方、i1ペプデューシンは有効でなかった。これらのインビトロおよびインビボデータから、i3ループ機能、例としてERK1/2活性化および潜在的にはカルシウムシグナリングの遮断が、肺腺癌モデルにおいてi1指向ペプデューシンを用いた場合に生じる単独で影響を与える細胞運動性よりも重要であり得ることが結論づけられた。これに関して、ラット星状細胞においてPAR1がG
iおよびG
qタンパク質の両方を介してERK1/2にシグナリングすることおよびG
q−ERK1/2経路がカルシウムによりモジュレートされることが既に示された。i3標的化ペプデューシンは、i1標的化ペプデューシンと比較してPAR1依存性カルシウム動員およびERK1/2リン酸化の両方の遮断において高度に有効であったため、PAR1i3ループはi1ループよりもG
q機能に重要であると考えられる。逆に、i1およびi3標的化ペプデューシンの両方は、G
iシグナリングに大きく依存する細胞運動性の抑制において等しく有効であり、i1およびi3の両方がG
iへの共役に重要である証拠を提供した。
【0098】
Ghio et al.,2006による60個のNSCLC患者試料における組織病理学研究は、ヒト肺腫瘍の大多数(70%)が血管新生因子VEGFを発現することも見出し、PAR−1とVEGF発現との有意な正の相関(P<0.01)を明らかにした。興味深いことに、そこでVEGF抗体Avastinがヌードマウスにおけるヒト肺腫瘍成長の阻害においてPAR1i3ループペプデューシンと同等の効力を有することが見出された。AvastinはヒトVEGFを特異的に遮断するが、マウス由来VEGFに対しては有効でないため、Avastinの観察される効果はマウスゼノグラフトにおけるヒト肺腺癌由来VEGFの阻害に起因する可能性が高かった。実際、本発明者らは、PAR1が肺癌細胞においてERK1/2依存性経路を介してVEGF生成を刺激することを示した。さらに、VEGFのPAR1依存性生成は、i3ループペプデューシンにより有効に遮断されたが、i1標的化ペプデューシンによっては遮断されず、PAR1−ERK1/2シグナリングをヒト肺腺癌におけるVEGF生成の潜在的に重要な調節因子と同定した。これらのデータは、マウスにおける侵襲乳腫瘍および卵巣腫瘍のゼノグラフトモデルにおいてPAR1i3ペプデューシンP1pal−7の観察される抗血管新生効果とも一致する(Boire et al.,2005;Agarwal et al.,2008)。
【0099】
総じて、本明細書に提示されるデータは、i1またはi3(好ましくは、i3)のいずれかを標的化する有効なアンタゴニストペプデューシンを含有する医薬組成物を癌、例えば肺癌のための治療として使用することができることを示す。
【0100】
実施例III
薬学的用途
GPCRの合理的設計アンタゴニストペプデューシンは、治療が必要とされる哺乳動物、例としてヒトに単独でまたは薬学的に許容可能な担体、賦形剤もしくは希釈剤との組合せで医薬組成物中で標準的な薬務に従って投与することができる。化合物は、経口または非経口、例として静脈内、筋肉内、腹腔内、皮下、直腸および局所の投与経路で投与することができる。
【0101】
化合物または「薬剤」は、1つ以上の他の公知の抗血栓剤または医薬剤、例として、例えばTPアンタゴニスト、トロンボキサンアンタゴニスト、ADP受容体アンタゴニスト、またはXa因子アンタゴニストとの組合せで使用することができる。組合せで使用される場合、組合せ抗血栓剤の1つ以上のより低い投与量を利用して所望の効果を達成することができることが理解される。それというのも、2つ以上の抗血栓剤は追加的または相乗的に作用し得るためである。したがって、1つ以上の組合せ抗血栓剤の治療有効投与量は、抗血栓「剤」を単独で投与する場合の治療有効投与量の90%未満、80%未満、70%未満、60%未満、50%未満、40%未満、30%未満または20%未満に対応し得る。2つ以上の抗血栓剤は、同時にまたは異なる時間において、同一の投与経路によりまたは異なる投与経路により投与することができる。例えば、投与スケジュールを調節するため、抗血栓剤を別個に個々の投与量単位で同時または協調された異なる時間において投与することができる。それぞれの物質は、別個の単位剤形中で上記のものと同様の様式で個々に配合することができる。しかしながら、抗血栓剤の固定された組合せは、特に経口投与のための錠剤またはカプセル形態においてより簡便であり、好ましい。したがって、本発明は、2つ以上の抗血栓剤を含む単位用量配合物において、それぞれの血栓「剤」は組合せで投与される場合の治療有効量で存在する配合物も提供する。
【0102】
活性成分を含有する医薬組成物は、例えば、錠剤、トローチ剤、ロゼンジ剤、水性または油性懸濁液、分散性散剤または顆粒剤、乳濁液、硬もしくは軟カプセル剤、またはシロップ剤もしくはエリキシル剤としての経口使用に好適な形態であり得る。経口使用が意図される組成物は、医薬組成物を製造するための当分野において公知の任意の方法に従って調製することができ、そのような組成物は、薬学的に上品で口当たりの良い製剤を提供するため、甘味剤、香味剤、着色剤および保存剤からなる群から選択される1つ以上の薬剤を含有し得る。錠剤は、錠剤の製造に好適な非毒性の薬学的に許容可能な賦形剤と混合した活性成分を含有する。これらの賦形剤は、不活性希釈剤、例えば、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、ラクトース、リン酸カルシウムまたはリン酸ナトリウム;造粒剤および崩壊剤、例えば微結晶性セルロース、クロスカルメロースナトリウム、トウモロコシデンプン、またはアルギン酸;結合剤、例えばデンプン、ゼラチン、ポリビニル−ピロリドンまたはアカシアゴム;および滑沢剤、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸またはタルクであり得る。錠剤は、コーティングされてなくてよく、または公知の技術によりコーティングして薬物の不快な味をマスクし、または消化管中での分解および吸収を遅延させ、それにより長期にわたる作用の持続を提供することができる。例えば、水溶性の矯味材料、例えばヒドロキシプロピルメチル−セルロースもしくはヒドロキシプロピルセルロース、または時間遅延材料、例えばエチルセルロース、酢酸酪酸セルロース(cellulose acetate buryrate)を用いることができる。
【0103】
経口使用のための配合物は、活性成分が不活性固体希釈剤、例えば炭酸カルシウム、リン酸カルシウムもしくはカオリンと混合された、硬ゼラチンカプセル剤として提供することもでき、または活性成分が水溶性担体、例えばポリエチレングリコールまたは油媒体、例えばピーナッツ油、流動パラフィン、もしくはオリーブ油と混合された、軟ゼラチンカプセル剤として提供することもできる。
【0104】
水性懸濁液は、水性懸濁液の製造に好適な賦形剤と混合された活性材料を含有する。そのような賦形剤は、懸濁化剤、例えばカルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチル−セルロース、アルギン酸ナトリウム、ポリビニルピロリドン、トラガカントゴム、およびアカシアゴであり;分散または湿潤剤は、天然に生じたホスファチド、例えばレシチン、またはアルキレンオキシドと脂肪酸との縮合生成物、例えばステアリン酸ポリオキシエチレン、またはエチレンオキシドと長鎖脂肪族アルコールとの縮合生成物、例えばヘプタデカエチレン−オキシセタノール、またはエチレンオキシドと脂肪酸に由来する部分エステルおよびヘキシトールとの縮合生成物、例えばポリオキシエチレンソルビトールモノオレエート、またはエチレンオキシドと脂肪酸に由来する部分エステルおよびヘキシトール無水物との縮合生成物、例えばポリエチレンソルビタンモノオレエートであり得る。水性懸濁液は、1つ以上の保存剤、例えば、エチル、またはn−プロピルp−ヒドロキシベンゾエート、1つ以上の着色剤、1つ以上の香味剤、および1つ以上の甘味剤、例えばスクロース、サッカリン、またはアスパルテームも含有し得る。
【0105】
油性懸濁液は、植物油、例えばラッカセイ油、オリーブ油、ゴマ油またはヤシ油中にまたは鉱油、例えば流動パラフィン中に活性成分を懸濁させることにより配合することができる。油性懸濁液は、増粘剤、例えば蜜蝋、固形パラフィン、またはセチルアルコールを含有し得る。甘味剤、例えば上記のもの、および香味剤を添加して口当たりの良い経口製剤を提供することができる。これらの組成物は、酸化防止剤、例えばブチル化ヒドロキシアニソールまたはアルファ−トコフェロールの添加により保存することができる。
【0106】
水の添加による水性懸濁液の調製に好適な分散性散剤および顆粒剤は、分散または湿潤剤、懸濁化「剤」および1つ以上の保存剤と混合された活性成分を提供する。好適な分散または湿潤剤および懸濁化剤は既に上記されたものにより例示される。さらなる賦形剤、例えば甘味剤、香味剤、および着色剤も存在し得る。これらの組成物は、酸化防止剤、例えばアスコルビン酸の添加により保存することができる。
【0107】
本発明の医薬組成物は、水中油型乳濁液の形態でもあり得る。油相は、植物油、例えばオリーブオイルもしくはラッカセイ油、または鉱油、例えば流動パラフィンまたはそれらの混合物であり得る。好適な乳化剤は、天然に生じたホスファチド、例えばダイズレシチン、ならびに脂肪酸およびヘキシトール無水物に由来するエステルまたは部分エステル、例えばソルビタンモノオレエート、ならびに前記部分エステルとエチレンオキシドの縮合生成物、例えばポリオキシエチレンソルビタンモノオレエートであり得る。乳濁液は、甘味剤、香味剤、保存剤、および酸化防止剤も含有し得る。
【0108】
シロップ剤およびエリキシル剤は、甘味剤、例えばグリセロール、プロピレングリコール、ソルビトールまたはスクロースと配合することができる。そのような配合物は、粘滑剤、保存剤、香味剤および着色剤ならびに酸化防止剤も含有し得る。
【0109】
医薬組成物は、無菌の注射可能な水溶液剤の形態であり得る。用いることができる許容可能なビヒクルおよび溶媒には、水、リンガー液および等張塩化ナトリウム溶液が含まれる。
【0110】
無菌注射製剤は、活性成分が油相中で溶解された無菌の注射可能な水中油型マイクロ乳濁液でもあり得る。例えば、活性成分は最初にダイズ油およびレシチンの混合物中で溶解させることができる。次いで、油性溶液を水およびグリセロールの混合物に中に導入し、処理することによりマイクロ乳濁液を形成する。
【0111】
注射可能な溶液またはマイクロ乳濁液は、局所ボーラス注射により患者の血流中に導入することができる。あるいは、本発明化合物の一定の循環濃度を維持するように溶液またはマイクロ乳濁液を投与することが有利であり得る。そのような一定濃度を維持するため、連続静脈内送達デバイスを利用することができる。そのようなデバイスの例には、Deltec CADD−PLUS(商標)モデル5400静脈内ポンプが含まれる。
【0112】
医薬組成物は、筋肉内投与および皮下投与のための無菌の注射可能な水性または油性懸濁液の形態であり得る。この懸濁液は、上記の好適な分散または湿潤剤および懸濁化剤を使用して公知の技術に従って配合することができる。無菌注射製剤は、例えば1,3−ブタンジオール中溶液のように、非毒性の非経口的に許容可能な希釈剤または溶媒中の無菌注射液または懸濁液でもあり得る。さらに、無菌の不揮発性油が溶媒または懸濁化媒体として慣用的に用いられている。この目的のため、任意の無味の不揮発性油、例として合成モノまたはジグリセリドを用いることができる。さらに、脂肪酸、例えばオレイン酸が注射剤の調製において使用される。
【0113】
本発明のための化合物は、好適な鼻腔内用ビヒクルおよび送達デバイスの局所使用を介して鼻腔内用形態で投与することができ、または当業者に周知の経皮皮膚パッチの形態を使用して経皮経路で投与することができる。経皮送達系の形態で投与するため、投与量の投与は当然ながら、投与量レジメンにわたり間欠的ではなく連続的である。本発明の化合物は基剤、例えばカカオバター、グリセリンゼラチン、水素化植物油、種々の分子量のポリエチレングリコールの混合物およびポリエチレングリコールの脂肪酸エステルを用いる坐剤として送達することもできる。本発明の化合物は、リポソーム送達系、例えば小さな一枚膜ベシクル、大きな一枚膜ベシクルおよび多重膜ベシクルの形態で投与することもできる。リポソームは、種々のリン脂質、例えばコレステロール、ステアリルアミンまたはホスファチジルコリンから形成することができる。本発明の化合物は、化合物分子がカップリングしている個々の担体としてモノクローナル抗体の使用により送達することもできる。本発明の化合物は、標的化可能な薬物担体としての可溶性ポリマーともカップリングすることもできる。そのようなポリマーには、ポリビニルピロリドン、ピランコポリマー、ポリヒドロキシプロピルメタクリルアミド−フェノール、ポリヒドロキシ−エチルアスパルトアミド−フェノール、またはパルミトイル残基により置換されているポリエチレンオキシド−ポリリジンが含まれ得る。さらに、本発明の化合物は、薬物の放出制御の達成に有用なクラスの生分解性ポリマー、例えばポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸(polyactic acid)とポリグリコール酸のコポリマー、ポリイプシロンカプロラクトン、ポリヒドロキシ酪酸、ポリオルトエステル、ポリアセタール、ポリジヒドロピラン、ポリシアノアクリレート、およびハイドロゲルの架橋または両親媒性ブロックコポリマーに結合させることができる。
【0114】
本発明による組成物をヒト対象に投与する場合、処方する医師は通常、個々の患者の年齢、体重、および応答、ならびに患者の症状の重症度に従って一般に投与量を変えて、1日投与量を決定する。一実施形態において、血栓症についての治療を受けている哺乳動物に、「薬剤」の好適量が投与される。投与は、1日当たり約0.1mg/kg体重から約60mg/kg体重または1日当たり0.5mg/kg体重から約40mg/kg体重の「薬剤」の量で行われる。本発明の組成物を含む別の治療投与量は、約0.01mgから約1000mgの薬剤を含む。別の実施形態において、投与量は、約1mgから約5000mgの薬剤を含む。
【0115】
実施例IV
組合せ療法
本明細書に記載のアンタゴニストの1つの使用目的は、GPCRシグナリング経路が関与する本明細書に記載の疾患または病態、例えば肺癌のリスクがある患者の予防的治療である。危険因子喫煙習慣を示す患者に、医師により処方された連日レジメンに従って治療有効用量の薬剤を与えることができる。処置がいかなる不所望な副作用も招かないことを確保するために患者は密なモニタリングを要求する。適切な投与量は、任意の危険因子の重症度および患者の年齢、性別、ならびに患者が血栓性疾患状態の家族歴または血栓性疾患状態に対する他の遺伝的素因を有するかどうかに依存する。一実施形態において、本明細書に記載の薬剤は、血栓症のリスクが増加した患者に、例えば術後にまたは医療デバイス、例えばステントもしくは人工臓器、例えば人工心臓の移植の後に、予防的に投与することができる。
【0116】
本出願はさらに、本明細書に記載の「薬剤」と、血栓疾患状態の1つ以上の危険因子を治療することが公知の1つ以上の薬物との組合せ療法も企図する。
【0117】
一実施形態において、薬物は、基礎となるシグナリング経路、病態または疾患およびそれらの組合せの他の公知の阻害剤であり得る。
【0118】
一例において、本明細書に記載の「薬剤」との組合せ療法は、他の公知の抗炎症剤および抗癌剤を含み得る。
【0119】
実施例V
他の治療用途
本明細書に記載のPAR−1に対するアンタゴニストは、PAR−1活性化に伴う他の医学的病態の診断および治療に使用することもできる。例えば、本明細書に記載の組成物から恩恵を受け得る医学的病態には、限定されるものではないが、以下が含まれる:慢性炎症性腸疾患、例として炎症性腸疾患(IBD)、過敏性腸症候群(IBS)および潰瘍性大腸炎ならびに線維症、例として肝線維症および肺線維症(例えば、Vergnolle,et al.,J Clin Invest(2004).114(10):1444;Yoshida,et al,Aliment Pharmacol Ther(2006).24(Suppl 4):249;Mercer,et al,Ann NY Acad Sci(2007).1096:86−88;Sokolova and Reiser,Pharmacol Ther(2007).PMID:17532472参照)、虚血再灌流損傷、例として心筋、腎臓、脳および腸の虚血再灌流損傷(例えば、Strande,et al.,Basic Res.Cardirol(2007).102(4):350−8;Sevastos,et al.,Blood(2007).109(2):577−583;Junge,et al.,Proc Natl Acad Sci USA.(2003).100(22):13019−24;およびTsuboi,et al.,Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol(2007).292(2):G678−83参照。PAR1細胞内シグナリングの阻害は、細胞の単純ヘルペスウイルス(HSV1およびHSV2)感染(Sutherland,et al.,J Thromb Haemost(2007).5(5):1055−61参照)を阻害するためならびに神経変性疾患、例としてアルツハイマー病(AD)およびパーキンソン病(Nishimura et al.Cell,Vol.116,Issue 5,671−682,(2004);Ishida et al.J Neuropathol Exp Neurol.2006.Jan;65(1):66−77;Rosenberg(2009).The Lancet Neurology,Vol.8,205−216参照)、敗血症(Kaneider et al.,Nature Immunology 8,1303−1312(2007))または子宮内膜症(Hirota et al.J Clin Endocrinol Metab 2005,90(6):3673−3679)、癌および脈管形成(Tsopanoglou NE and Maragoudakis ME.Semin Thromb Hemost.2007,Oct,33(7):680−7に概説)の発病において使用することもできる。
【0120】
種々の組織、細胞、および種におけるPAR活性化の生物学および病理生理学は、Steinhoff et al.Endocrine Reviews,February 2005,26(1):1−43に最近概説された。
【0121】
本明細書において特定される任意の特許、特許出願、刊行物、または他の開示内容は、全体として参照により本明細書に組み込まれる。参照により本明細書に組み込まれると述べたが、既存の定義、記述、または他の開示内容と矛盾する任意の内容またはその一部は、組み込まれた内容と本開示の内容との間で矛盾が生じない程度に組み込まれる。