特許第6226037号(P6226037)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6226037
(24)【登録日】2017年10月20日
(45)【発行日】2017年11月8日
(54)【発明の名称】錫めっき付き銅端子材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 5/12 20060101AFI20171030BHJP
   C25D 5/50 20060101ALI20171030BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20171030BHJP
   C23C 10/28 20060101ALI20171030BHJP
   C22C 18/00 20060101ALI20171030BHJP
   C22C 19/03 20060101ALI20171030BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20171030BHJP
   H01R 43/16 20060101ALI20171030BHJP
   H01R 13/03 20060101ALI20171030BHJP
【FI】
   C25D5/12
   C25D5/50
   C25D7/00 H
   C23C10/28
   C22C18/00
   C22C19/03 G
   H01B13/00 501Z
   H01R43/16
   H01R13/03 D
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-150740(P2016-150740)
(22)【出願日】2016年7月29日
(65)【公開番号】特開2017-110290(P2017-110290A)
(43)【公開日】2017年6月22日
【審査請求日】2017年4月11日
(31)【優先権主張番号】特願2015-244311(P2015-244311)
(32)【優先日】2015年12月15日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101465
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 正和
(72)【発明者】
【氏名】久保田 賢治
(72)【発明者】
【氏名】樽谷 圭栄
(72)【発明者】
【氏名】中矢 清隆
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−169996(JP,A)
【文献】 特開2000−144482(JP,A)
【文献】 特開2003−328157(JP,A)
【文献】 特開平08−041681(JP,A)
【文献】 特開平11−193494(JP,A)
【文献】 特開2014−164927(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/161125(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなる電線の端末に圧着される端子用の錫めっき付き銅端子材であって、銅又は銅合金からなる基材の上にニッケル含有率が5質量%以上20質量%以下の亜鉛ニッケル合金層を0.1μm以上5.0μm以下の厚さで形成する亜鉛ニッケル合金層形成工程と、前記亜鉛ニッケル合金層の上に錫めっきを施して錫層を形成する錫めっき工程と、前記錫めっき工程の後に40℃以上160℃以下に30分以上60分以下保持して、前記亜鉛ニッケル合金層の亜鉛を前記錫層に拡散させ該錫層表面に金属亜鉛層を形成する拡散処理工程と、を有し、前記亜鉛ニッケル合金層の結晶構造がγ相単相であることを特徴とする錫めっき付き銅端子材の製造方法。
【請求項2】
前記亜鉛ニッケル合金層形成工程の前に、前記基材の表面にニッケル含有率が80質量%以上のニッケル又はニッケル合金からなる下地層を0.1μm以上5μm以下の厚さで形成する下地層形成工程を有することを特徴とする請求項1記載の錫めっき付き銅端子材の製造方法。
【請求項3】
前記基材は、予めプレス加工によりフープ材に形成されており、前記フープ材は、帯板状に形成されるとともに、その長さ方向に沿うキャリア部に、端子に成形されるべき複数の端子用部材が前記キャリア部の長さ方向に間隔をおいて連結されていることを特徴とする請求項1又は2記載の錫めっき付き銅端子材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム線材からなる電線の端末に圧着される端子として用いられ、銅又は銅合金基材の表面に錫又は錫合金からなるめっきを施した錫めっき付き銅端子材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、銅又は銅合金で構成されている電線の端末部に、銅又は銅合金で構成された端子を圧着し、この端子を別の機器の端子に接続することで、その電線を上記別の機器に接続している。また、電線の軽量化等のために、電線を、銅又は銅合金に代えて、アルミニウム又はアルミニウム合金で構成している場合がある。
例えば、特許文献1には、アルミニウム合金からなる自動車ワイヤーハーネス用アルミ電線が開示されている。
【0003】
ところで、電線(導線)をアルミニウム又はアルミニウム合金で構成し、端子を銅又は銅合金で構成すると、水が圧着部(端子と電線との係合部)に入ったときに、異金属の電位差による電食が発生することがある。そして、その電線の腐食に伴い、圧着部での電気抵抗値の上昇や固着力(端子と電線との結合力)の低下が生ずるおそれがある。
【0004】
このような異金属の電位差による腐食を防止する方法としては、例えば特許文献2〜4に記載のものがある。
特許文献2では、基材が鉄又は鉄合金により形成されているが、この基材と錫層との間に、基材に対して犠牲防食作用を有する金属からなる防食層を形成しており、その防食層として亜鉛、亜鉛ニッケル合金や黄銅、鉄クロム合金等が挙げられている。
【0005】
また、特許文献3に開示のコネクタ用電気接点材料は、金属材料よりなる基材と、基材上に形成された合金層と、合金層の表面に形成された導電性皮膜層とを有し、その合金層が、Snを必須に含有するとともに、さらにCu、Zn、Co、Ni及びPdから選択される1種または2種以上の添加元素を含んでおり、導電性皮膜層が、Sn32(OH)2の水酸化酸化物を含んだものとされている。そして、このSn32(OH)2の水酸化酸化物を含む導電性皮膜層により、高温環境下での耐久性が向上し、長期間にわたって低い接触抵抗を維持することができると記載されている。
【0006】
さらに、特許文献4には、銅又は銅合金の表面に、下地Niめっき層、中間Sn−Cuめっき層及び表面Snめっき層を順に有するSnめっき材であって、下地Niめっき層はNi又はNi合金で構成され、中間Sn−Cuめっき層は少なくとも表面Snめっき層に接する側にSn−Cu−Zn合金層が形成されたSn−Cu系合金で構成され、表面Snめっき層はZnを5〜1000質量ppm含有するSn合金で構成され、最表面にZn濃度が0.1質量%を超えて10質量%までのZn高濃度層をさらに有するSnめっき材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−134212号公報
【特許文献2】特開2013−218866号公報
【特許文献3】特開2015−133306号公報
【特許文献4】特開2008−285729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2記載のように、防食層として亜鉛又は亜鉛合金からなる層を設けた場合に、その防食層の上に錫めっきしようとすると、錫置換が生じて、防食層と錫層との密着性が悪くなるという問題がある。
また、特許文献3のようにSn32(OH)2の水酸化酸化物層を設けた場合でも、腐食環境や加熱環境に曝された際に速やかに水酸化酸化物層に欠損が生じるため持続性が低いという問題があった。さらに特許文献4のようにSn−Cu系合金層上にSn−Zn合金を積層し、最表層に亜鉛濃化層を持つものは、Sn−Cu合金層の銅が表層に露出した場合にアルミニウム線材に対する防食効果がなくなり、かつSn−Zn合金めっきの生産性が悪いという問題があった。
【0009】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたものであって、アルミニウム線材からなる電線の端末に圧着される端子として銅又は銅合金基材を用いて電食が生じにくく、かつ錫層の密着性に優れた錫めっき付き銅端子材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の錫めっき付き銅端子材の製造方法は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる電線の端末に圧着される端子用の錫めっき付き銅端子材であって、銅又は銅合金からなる基材の上にニッケル含有率が5質量%以上20質量%以下の亜鉛ニッケル合金層を0.1μm以上5.0μm以下の厚さで形成する亜鉛ニッケル合金層形成工程と、前記亜鉛ニッケル合金層の上に錫めっきを施して錫層を形成する錫めっき工程と、前記錫めっき工程の後に40℃以上160℃以下に30分以上60分以下保持して、前記亜鉛ニッケル合金層の亜鉛を前記錫層に拡散させ該錫層表面に金属亜鉛層を形成する拡散処理工程と、を有し、前記亜鉛ニッケル合金層の結晶構造がγ相単相である。
【0011】
錫めっき工程の前に、ニッケルを所定量含有した亜鉛ニッケル合金層を形成することにより、錫めっき時の置換反応を抑制し、錫層の密着性を向上させることができる。この場合、亜鉛ニッケル合金層中のニッケル含有率が5質量%未満では、錫めっき時に置換反応が発生し、錫層の密着性が著しく低下する。
また、錫層の下に亜鉛ニッケル合金層を形成して拡散処理工程を設けたことにより、亜鉛ニッケル合金層中の金属亜鉛が拡散して錫層の表面に濃縮する。この金属亜鉛の腐食電位はアルミニウムと近いので、アルミニウム製電線と接触した場合の電食の発生を抑えることができる。この場合、亜鉛ニッケル合金層中のニッケル含有率が50質量%を超えると、拡散処理工程において亜鉛が十分に拡散せず、表面の腐食電位を卑化させる効果が得られない。この亜鉛ニッケル合金層中のニッケル含有率は20質量%以下がより好ましい。
この亜鉛ニッケル合金層中の金属亜鉛の拡散は、常温においても生じるが、この温度条件で拡散処理を施すことにより、亜鉛の拡散を速やかに生じさせることができる。40℃未満では亜鉛を短時間で拡散させる効果に乏しい。40℃以上の温度に30分以上曝せば、錫層の表面に金属亜鉛の濃縮層を確実に形成することができる。160℃を超えると、逆に錫が亜鉛ニッケル合金層側に拡散し、亜鉛の拡散を阻害する。さらに190℃を超えると錫層が溶融し、亜鉛ニッケル合金層が溶融錫をはじいて、錫はじき箇所が発生するため好ましくない。40℃以上160℃以下に30分以上60分以下保持するのがより好ましい。
【0012】
なお、亜鉛ニッケル合金層の厚みを0.1μm以上5μm以下としたのは、厚みが0.1μm未満では表面の腐食電位を卑化させる効果がなく、5μmを超えると端子へのプレス加工時に割れが発生するおそれがあるからである。 このようにして製造した端子材を加工して得た端子は、錫層の下の亜鉛ニッケル合金層から亜鉛が錫層の表面部分に徐々に拡散してくるので、金属亜鉛層が高濃度に維持される。また、万一、摩耗等により錫層の全部又は一部が消失した場合でも、その下の亜鉛ニッケル合金層により電食の発生を抑えることができる。
【0013】
鉛ニッケル合金層の結晶構造γ相単相としたことにより、γ相はη相よりも耐食性が高いため錫めっき時の置換反応を抑え、界面でのボイド発生を著しく抑制することができる。
【0014】
本発明の錫めっき付き銅端子材の製造方法において、前記亜鉛ニッケル合金層形成工程の前に、前記基材の表面にニッケル含有率が80質量%以上のニッケル又はニッケル合金からなる下地層を0.1μm以上5μm以下の厚さで形成する下地層形成工程を有するとよい。
【0015】
基材にニッケル又はニッケル合金からなる下地層を設けた上で亜鉛ニッケル合金層を形成することにより、亜鉛ニッケル合金層の密着性が高められる。下地層の厚みが0.1μm未満では亜鉛ニッケル合金層の密着性を高める効果に乏しく、5μmを超える厚さで成膜しても効果は飽和する。その下地層中のニッケル含有率は80質量%未満では密着性を高める効果に乏しい。
また、この下地層を設けることにより、銅又は銅合金からなる基材から亜鉛ニッケル合金層や錫層への銅の拡散を防止する効果もある。
【0018】
本発明の錫めっき付き銅端子材の製造方法において、前記基材は、予めプレス加工によりフープ材に形成されており、前記フープ材は、帯板状に形成されるとともに、その長さ方向に沿うキャリア部に、端子に成形されるべき複数の端子用部材が前記キャリア部の長さ方向に間隔をおいて連結されているとよい。
【0019】
予め端子用部材を加工しておくことにより、基材の端面も亜鉛ニッケル合金層及び錫層が形成され、端面も含めて優れた防食効果を発揮することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の錫めっき付き銅端子材の製造方法によれば、錫めっき工程の前に、ニッケルを含有した亜鉛ニッケル合金層を形成することにより、錫めっき時の置換反応を抑制し、錫層の密着性を向上させることができる。さらに、錫層の表面に拡散して形成される金属亜鉛層により、アルミニウム製電線と接触による電食の発生を抑えることができる。しかも、錫層の下の亜鉛ニッケル合金層からの拡散により金属亜鉛層を高濃度に維持することができ、長期的に耐食性に優れた端子を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明に係る錫めっき付き銅合金端子材の製造方法の一実施形態を示すフローチャートである。
図2】本発明の製造方法により製造される錫めっき付き銅合金端子材の実施形態を模式的に示す断面図である。
図3】実施形態の端子材の平面図である。
図4】亜鉛ニッケル合金層表面のX線回折パターンを示す図である。
図5】試料2の端子材の断面の顕微鏡写真である。
図6】試料2の端子材の表面部分におけるXPS分析による深さ方向の各元素の濃度分布図である。
図7】試料2の端子材の表面部分における深さ方向の化学状態解析図であり、(a)が錫、(b)が亜鉛に関する解析図である。
図8】試料2、試料8の端子材及びめっきを有しない銅製端子材のそれぞれのガルバニック腐食経過を測定したグラフである。
図9】試料13の端子材の断面の顕微鏡写真である。
図10】実施形態の端子材が適用される端子の例を示す斜視図である。
図11図10の端子を圧着した電線の端末部を示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施形態の錫めっき付き銅端子材の製造方法を説明する。
本実施形態の製造方法により形成される錫めっき付き銅端子材について説明しておくと、この錫めっき付き端子材1は、図3に全体を示したように、複数の端子を成形するための帯板状のフープ材であり、長さ方向に沿うキャリア部21に、端子として成形すべき複数の端子用部材22がキャリア部21の長さ方向に間隔をおいて配置され、各端子用部材22が細幅の連結部23を介してキャリア部21に連結されている。各端子用部材22は例えば図10に示すような端子10の形状に成形され、連結部23から切断されることにより、端子10として完成する。
この端子10は、図10の例ではメス端子を示しており、先端から、オス端子(図示略)が嵌合される接続部11、電線12の露出した心線12aがかしめられる心線かしめ部13、電線12の被覆部12bがかしめられる被覆かしめ部14がこの順で一体に形成されている。
図11は電線12に端子10をかしめた端末部構造を示しており、心線かしめ部13が電線12の心線12aに直接接触することになる。
【0023】
そして、この錫めっき付き端子材1は、図2に断面を模式的に示したように、銅又は銅合金からなる基材2上にニッケル又はニッケル合金からなる下地層3、亜鉛ニッケル合金層4、錫層5がこの順に積層されるとともに、さらに、錫層5の上に、その最表面に形成される酸化物層6の下に、金属亜鉛層7が形成されている。
【0024】
次に、この錫めっき付き銅端子材1の製造方法について説明する。
基材2は、銅又は銅合金からなるものであれば、特に、その組成が限定されるものではない。
そして、この基材2をプレス加工等によって図3に示す形状のフープ材に加工し(基材加工工程)、このフープ材にニッケル又はニッケル合金からなる下地層3を形成するための下地層形成工程、亜鉛ニッケル合金層4を形成するための亜鉛ニッケル合金層形成工程、錫又は錫合金からなる錫層5を形成する錫めっき工程、錫層5を形成した後、所定の温度に一定時間保持することにより亜鉛ニッケル合金層の亜鉛を錫層に拡散させる拡散処理工程をこの順序で施す。
以下、図1のフローチャートにしたがって個々に説明する。
【0025】
<基材加工工程>
この板材に裁断、穴明け等の加工を施すことにより、図3に示すような、キャリア部21に複数の端子用部材22を連結部23を介して連結されてなるフープ材に成形する。プレス加工後、脱脂、酸洗等の処理をすることによって表面を清浄にする。
【0026】
<下地層形成工程>
基材加工工程後のフープ材に下地層3を形成する。
この下地層3を形成するためのニッケル又はニッケル合金めっきは緻密なニッケル主体の膜が得られるものであれば特に限定されず、公知のワット浴やスルファミン酸浴、クエン酸浴などを用いて電気めっきにより形成することができる。ニッケル合金めっきとしてはニッケルタングステン(Ni−W)合金、ニッケルリン(Ni−P)合金、ニッケルコバルト(Ni−Co)合金、ニッケルクロム(Ni−Cr)合金、ニッケル鉄(Ni−Fe)合金、ニッケル亜鉛(Ni−Zn)合金、ニッケルボロン(Ni−B)合金などを利用することができる。
端子10へのプレス曲げ性と銅に対するバリア性を勘案すると、スルファミン酸浴から得られる純ニッケルめっきが望ましい。
【0027】
このようにして形成される下地層3は、厚さが0.1μm以上5μm以下で、ニッケル含有率は80質量%以上である。この下地層3は、基材2から亜鉛ニッケル合金層4や錫層5への銅の拡散を防止する機能があり、その厚みが0.1μm未満では銅の拡散を防止する効果に乏しく、5μmを超えるとプレス加工時に割れが生じ易い。下地層3の厚さは、0.3μm以上2.0μm以下がより好ましい。
また、そのニッケル含有率は80質量%未満では銅が亜鉛ニッケル合金層4や錫層5へ拡散することを防止する効果が小さい。このニッケル含有率は90質量%以上とするのがより好ましい。
【0028】
<亜鉛ニッケル合金層形成工程>
亜鉛ニッケル合金層4を形成するための亜鉛ニッケル合金めっきは、緻密な膜を所望の組成で得られるものであれば特に限定されず、公知の硫酸塩浴や塩化物塩浴、中性浴などを用いることができる。錫めっき工程での錫置換を防ぐためにニッケル含有率を所定の値に制御することが肝要である。
この場合、めっき浴中の亜鉛とニッケルの濃度比を調整することにより、亜鉛ニッケル合金層4のニッケル含有率及び結晶構造を調整することができる。
この亜鉛ニッケル合金層4は、厚みが0.1μm以上5μm以下であり、亜鉛、ニッケルが含有されるとともに、錫層5に接しているので錫も含有している。この亜鉛ニッケル合金層4のニッケル含有率は5質量%以上50質量%以下である。
この亜鉛ニッケル合金層4の厚みが0.1μm未満では表面の腐食電位を卑化させる効果がなく、5μmを超えると端子10へのプレス加工時に割れが発生するおそれがある。亜鉛ニッケル合金層4の厚さは、0.3μm以上2.0μm以下がより好ましい。
亜鉛ニッケル合金層4のニッケル含有率が5質量%未満では、錫層5を形成するための後述する錫めっき時に置換反応が発生し、錫めっき(錫層5)の密着性が著しく低下する。亜鉛ニッケル合金層4中のニッケル含有率が50質量%を超えると表面の腐食電位を卑化させる効果がない。このニッケル含有率は7質量%以上20質量%以下とするのがより好ましい。
【0029】
また、この亜鉛ニッケル合金層4はγ相単相であるのが好ましい。γ相はη相よりも耐食性が高いため錫めっき時の置換反応を抑え、界面でのボイド発生を著しく抑制することができる。
γ相単相の亜鉛ニッケルめっき層を得るためには弱酸性の硫酸浴や塩化物浴といった酸性の浴を用い、浴中の亜鉛とニッケルの比率をγ相単相となるように制御するとよい。
γ相単相であることの判別は亜鉛ニッケルめっきを実施した素材をX線回折法により解析することで確認できる。銅をX線源に使用した場合、2θ=36.5°と38.3°付近にη相が、43.1°付近にγ相のピークを確認することができる。図4(a)はγ相とη相の混相状態であることを示し、同図(b)はγ相の単相状態であることを示す。γ相のピークは銅のピークと近接しているため、めっき厚によっては銅のピークと重なり確認できないこともある。ニッケル濃度が比較的低い場合の亜鉛ニッケル合金の主な相はη相とγ相であり、η相の有無によりγ単相か否か判別することができる。
【0030】
<錫めっき工程>
錫層5を形成するための錫又は錫合金めっきは、公知の方法により行うことができるが、例えば有機酸浴(例えばフェノールスルホン酸浴、アルカンスルホン酸浴又はアルカノールスルホン酸浴)、硼フッ酸浴、ハロゲン浴、硫酸浴、ピロリン酸浴等の酸性浴、或いはカリウム浴やナトリウム浴等のアルカリ浴を用いて電気めっきすることができる。
なお、高速でのめっき皮膜形成と、めっき皮膜の緻密さ及び亜鉛の拡散し易さを勘案すると、酸性の有機酸浴や硫酸浴を用いるのが好ましい。
この工程で形成される錫層5は、厚み0.1μm以上10μm以下が好ましく、薄過ぎるとはんだ濡れ性の低下および、接触抵抗の低下を招くおそれがあり、厚過ぎると、表面の動摩擦係数の増大を招き、コネクタ等での使用時の着脱抵抗が大きくなるおそれがある。
【0031】
<拡散処理工程>
この拡散処理工程は、素材の表面温度が40℃以上160℃以下となる温度で30分以上保持する。この拡散処理により、亜鉛ニッケル合金層中の亜鉛が錫層上に拡散し、表面に薄く金属亜鉛層を形成する。亜鉛の拡散は速やかに起こるため、40℃以上の温度に30分以上晒すことで金属亜鉛層7を形成することができる。ただし、160℃を超えると逆に錫が亜鉛ニッケル側に拡散し亜鉛の拡散を阻害する、さらに190℃を超えると亜鉛ニッケル合金は溶融錫をはじき、錫層5に錫はじき箇所を形成するため、190℃を超える温度には加熱しない。
【0032】
このようにして製造された錫めっき付き銅端子材1は、全体としては基材2の上にニッケル又はニッケル合金からなる下地層3、亜鉛ニッケル合金層4、錫層5がこの順に積層されているが、その錫層5の表面に酸化物層6が薄く形成され、その酸化物層6の下に金属亜鉛層7が形成されている。
金属亜鉛層7は、例えば、亜鉛濃度が5at%以上40at%以下で厚みがSiO換算で1nm以上10nm以下に形成される。
なお、最表面には、亜鉛や錫の酸化物層6が形成される。
【0033】
そして、プレス加工等によりフープ材のまま図10に示す端子10の形状に加工され、連結部23が切断されることにより、端子10に形成される。
図11は電線12に端子10をかしめた端末部構造を示しており、心線かしめ部13が電線12の心線12aに直接接触することになる。
【0034】
この端子10は、錫層5の最表面の酸化物層6の下に金属亜鉛層7が形成されているので、アルミニウム製心線12aに圧着された状態であっても、金属亜鉛の腐食電位がアルミニウムと非常に近いことから、電食の発生を防止することができる。この場合、図3のフープ材の状態でめっき処理し、熱処理したことから、端子10の端面も基材2が露出していないので、優れた防食効果を発揮することができる。
しかも、錫層5の下に亜鉛ニッケル合金層4が形成されており、その亜鉛が錫層5の表面部分に拡散してくるので、摩耗等による金属亜鉛層7の消失を抑制し、金属亜鉛層7が高濃度に維持される。また、万一、摩耗等により錫層5の全部又は一部が消失した場合でも、その下の亜鉛ニッケル合金層4はアルミニウムと腐食電位が近いので、電食の発生を抑えることができる。
【0035】
なお、本発明は上記実施形態に限定されることはなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
上記実施形態では、錫めっき工程の後に拡散処理工程を設けたが、この拡散処理工程は必ずしも必要ではなく、拡散処理工程を経ないで端子に加工してもよい。前述の拡散処理工程を経ると、亜鉛が速やかに拡散して好ましいが、拡散処理工程を経ないでも、例えば10℃以上の常温に放置しておくことにより、亜鉛ニッケル合金層4から金属亜鉛が錫層5に拡散して、錫層5の表面に金属亜鉛層7を形成することができる。
【実施例】
【0036】
基材の銅板を電解脱脂、酸洗した後、下地層としてのニッケルめっき、亜鉛ニッケル合金めっき、錫めっきを順に施した。各めっきの条件は以下のとおりとした。また、これらのめっき処理により得られる下地層、亜鉛ニッケル合金層さは表1に示す厚さとした。また、試料1は下地層を形成せず、試料9は、亜鉛ニッケル合金めっきを実施しなかった。ニッケル合金めっきについては、試料2ではニッケル−鉄めっき、試料4ではニッケル−リンめっき、試料5ではニッケル−タングステンめっきを実施した。
【0037】
<ニッケルめっき条件>
・めっき浴組成
スルファミン酸ニッケル:300g/L
塩化ニッケル:5g/L
ホウ酸:30g/L
・浴温:45℃
・電流密度:5A/dm
【0038】
<亜鉛ニッケル合金めっき条件>
・めっき浴組成
硫酸亜鉛七水和物:75g/L
硫酸ニッケル六水和物:180g/L
硫酸ナトリウム:140g/L
・pH=2.0
・浴温:45℃
・電流密度:5A/dm
この亜鉛ニッケル合金めっき条件は、ニッケル含有率が15質量%となる例であり、亜鉛ニッケル合金層中のニッケル含有率は、めっき浴中の亜鉛とニッケルの濃度比を調整することにより、表1に示す含有率とした。
【0039】
<錫めっき条件>
・めっき浴組成
メタンスルホン酸錫:200g/L
メタンスルホン酸:100g/L
光沢剤
・浴温:25℃
・電流密度:5A/dm
【0040】
なお、ニッケル含有率は、電子線マイクロアナライザー(EPMA)日本電子社製JXA−8530Fを用いて、所定のめっき条件にて亜鉛ニッケル合金めっきのみ成膜した試料を表面から加速電圧6.5kVで観察を行い、φ30μmのビーム径にて測定した。
亜鉛ニッケル層の結晶構造については、亜鉛ニッケルめっきを施して錫層を形成する前に、表面をX線回折法により解析して確認した。銅をX線源に使用した。
【0041】
【表1】
【0042】
次に、そのめっき層付き銅板のうち試料5〜8については表1に示す温度条件で拡散処理を施して試料とした。得られた試料について、錫層表面の金属亜鉛層の厚みと濃度を測定し、腐食電流、曲げ加工性、界面ボイドの有無、接触抵抗について測定、評価を行った。
【0043】
<金属亜鉛層の厚みと濃度>
金属亜鉛層の厚みと濃度については、各試料について、アルバック・ファイ株式会社製のXPS(X−ray Photoelectron Spectroscopy)分析装置:ULVAC PHI model−5600LSを用い、試料表面をアルゴンイオンでエッチングしながらXPS分析により測定した。その分析条件は以下の通りである。
X線源:Standard MgKα 350W
パスエネルギー:187.85eV(Survey)、58.70eV(Narrow)
測定間隔:0.8eV/step(Survey)、0.125eV(Narrow)
試料面に対する光電子取り出し角:45deg
分析エリア:約800μmφ
【0044】
厚みについては、あらかじめ同機種で測定したSiOのエッチングレートを用いて、測定に要した時間から「SiO換算膜厚」を算出した。
SiOのエッチングレートの算出方法は、20nmの厚さであるSiO膜を2.8×3.5mmの長方形領域に対してアルゴンイオンでエッチングを行い、SiO膜を20nmエッチングするのに要した時間で割ることによって算出した。上記分析装置の場合には8分要したためエッチングレートは2.5nm/minである。XPSは深さ分解能が約0.5nmと優れるが、Arイオンビームでエッチングされる時間は各材料により異なるため、膜厚そのものの数値を得るためには、膜厚が既知かつ平坦な試料を調達し、エッチングレートを算出しなければならない。上記は容易でないため、膜厚が既知であるSiO膜にて算出したエッチングレートで規定し、エッチングに要した時間から算出される「SiO換算膜厚」を利用した。このため「SiO換算膜厚」は実際の酸化物の膜厚と異なる点に注意が必要である。SiO換算エッチングレートで膜厚を規定すると、実際の膜厚は不明であっても、一義的であるため定量的に膜厚を評価することができる。
【0045】
<腐食電流>
腐食電流については、直径2mmの露出部を残し樹脂で被覆した純アルミニウム線と直径6mmの露出部を残し樹脂で被覆した試料とを距離1mmにて露出部を対向させて設置し、23℃の5質量%食塩水中でアルミニウム線と試料との間に流れる腐食電流を測定した。腐食電流測定には北斗電工株式会社製無抵抗電流計HA1510を用い、試料を150℃で1時間加熱した後と加熱前との腐食電流を比較した。1000分間の平均電流値を比較した。
【0046】
<曲げ加工性>
曲げ加工性については、試験片を圧延方向が長手となるように切出し、JISH3110に規定されるW曲げ試験治具を用い、圧延方向に対して直角方向となるように9.8×10Nの荷重で曲げ加工を施した。その後、実体顕微鏡にて観察を行った。曲げ加工性評価は、試験後の曲げ加工部に明確なクラックが認められないレベルを「優」と評価し、発生したクラックにより銅合金母材の露出が認められないレベルを「良」と評価し、発生したクラックにより銅合金母材が露出しているレベルを「不良」と評価した。
【0047】
<接触抵抗>
接触抵抗の測定方法はJCBA−T323に準拠し、4端子接触抵抗試験機(山崎精機研究所製:CRS−113−AU)を用い、摺動式(1mm)で荷重0.98N時の接触抵抗を測定した。平板試料のめっき表面に対して測定を実施した。
【0048】
<界面ボイド>
錫めっき時の錫置換による界面ボイドの有無は、サンプルをクロスセクションポリッシャーにて断面加工し、ニッケル亜鉛合金層と錫層との界面付近を電解放射型走査電子顕微鏡にて観察し、直径0.3μmを超える明確なボイドが認められたものを有とし、明確なボイドがないものを無とした。
これらの結果を表2に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
図5は、試料7についての断面の顕微鏡写真であり、基材側から下地層(ニッケル層)、亜鉛ニッケル合金層、錫層が形成されていることが確認できるが、錫層の最表面部については判別できない。
図6は、試料7のXPS分析による表面部分における深さ方向の各元素の濃度分布図であり、亜鉛濃度が高い金属亜鉛層が表面付近に存在しているのがわかる。
図7は、試料7の深さ方向の化学状態解析図である。結合エネルギーのケミカルシフトから、最表面から1.25nmまでの深さでは酸化物主体であり、2.5nm以降は金属亜鉛主体であると判断できる。
【0051】
表2の結果から、ニッケル含有率が5質量%以上50質量%以下の亜鉛ニッケル合金層を厚み0.1μm以上5μm以下で形成した後に錫めっきした試料1〜8は、錫置換に起因するボイドの発生はごくわずかか、全く認められず、優れた電食防止効果を有し、曲げ加工性も良好であることがわかる。その中でも、γ単相の亜鉛ニッケル合金層であった試料3〜8は、ボイドは全く認められなかった。
また、基材と亜鉛ニッケル合金層との間に、厚みが0.1μm以上5μm以下で、ニッケル含有率が80質量%以上の下地層を形成した試料4〜8は、下地層を有しない試料1より優れた電食防止効果を有しており、その中でも、拡散処理として40℃以上160℃以下の温度に30分以上保持した試料7,8は、曲げ加工性が良好で、接触抵抗も他より低く、特に優れた結果となっている。
【0052】
これに対して、比較例の試料9は、亜鉛ニッケル合金層を形成しなかったため、高い腐食電流であった。また、試料10は、亜鉛ニッケル合金層の厚みが5μmを超えており、曲げ加工性が劣っている。また拡散処理の温度も低かったため、金属亜鉛層が少なく、腐食電流値が高かった。試料11は、亜鉛ニッケル合金層のニッケル含有率が5質量%未満であったため、界面ボイドが発生し、錫層の密着性が劣り、曲げ加工時にクラックが発生した。試料12は、亜鉛ニッケル合金層のニッケル含有率が50質量%を超えており、亜鉛の拡散が不十分で腐食電流が高くなった。試料13は亜鉛ニッケル合金層が0.07μmと薄かったために、亜鉛の拡散が不十分で腐食電流が高くなった。
【0053】
なお、図8は試料7及び試料9の腐食電流の測定結果を示す。参考として、めっきを施さない無酸素銅(C1020)の端子材についても値を示している。腐食電流が正の値で大きいほどアルミニウム線がガルバニック腐食を受けており、この図8で示されるように実施例の試料7は腐食電流が小さく、電食の発生を抑制できることがわかる。
図9は試料11の断面観察結果であり、錫めっき時に亜鉛ニッケル合金層が錫置換反応を受け、明確なボイドが形成され、接合界面が粗雑になっていることが分かる。
【符号の説明】
【0054】
1 錫めっき付き銅端子材
2 基材
3 下地層
4 亜鉛ニッケル合金層
5 錫層
6 酸化物層
7 金属亜鉛層
10 端子
11 接続部
12 電線
12a 心線
12b 被覆部
13 心線かしめ部
14 被覆かしめ部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11