(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記NbNは、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、SrおよびYからなる群から選択された少なくとも1種の元素を25原子%以下含む、請求項1または請求項2に記載の被覆切削工具。
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化ホウ素焼結体、ダイヤモンド焼結体および高速度鋼からなる群より選ばれた少なくとも1種を含む、請求項1〜11のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の被覆切削工具は、基材と、基材の表面に形成された被覆層とを含む。本発明における基材は、被覆切削工具の基材として用いられるものであればよい。本発明における基材は、特に限定はされないが、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、高速度鋼である。これらの中では、超硬合金、サーメット、セラミックスおよび立方晶窒化硼素焼結体のいずれかが好ましい。超硬合金、サーメット、セラミックスおよび立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性および耐欠損性に優れるからである。
【0014】
本発明の被覆切削工具における被覆層全体の平均厚さは、0.5〜15μmであることが好ましい。被覆層の平均厚さが0.5μm未満であると、被覆切削工具の耐摩耗性が低下する傾向がある。被覆層の平均厚さが15μmを超えると、被覆切削工具の耐欠損性が低下する傾向がある。被覆層全体の平均厚さは、1.5〜8.0μmであるとさらに好ましい。
【0015】
本発明の被覆切削工具において、被覆層は、最外層を含む。最外層は、NbNを含む。NbNは、立方晶NbNと、六方晶NbNとを含む。被覆層の最外層がNbNを含むと、被覆層の潤滑性が向上する。最外層中の立方晶NbNの比率が高くなると、被覆層の硬さ及び耐摩耗性が低下する。一方、最外層中の六方晶NbNの比率が高くなると、被覆層の耐摩耗性は向上するが、被覆層の靱性が低下する。
そのため、被覆層の最外層は、立方晶NbNと六方晶NbNとを含むことを特徴とする。最外層が立方晶NbNと六方晶NbNとを含むことによって、耐摩耗性および靱性に優れる被覆切削工具が得られる。なお。最外層とは、最も表面側に形成されている層を指す。
【0016】
本発明の被覆切削工具において、X線回折分析におけるNbNのピークは、以下の特徴を有する。
立方晶NbNの(200)面のピーク強度をI
cとする。
六方晶NbNの(101)面のピーク強度をI
h1とする。
このとき、I
cとI
h1との合計に対する、I
h1の比[I
h1/(I
h1+I
c)]が、0.5以上1.0未満である。
0.5 ≦ I
h1/(I
h1+I
c) < 1.0
【0017】
I
h1/(I
h1+I
c)が0.5未満であると、最外層中の六方晶NbNの比率が小さいため、被覆層の耐摩耗性が低下する。
I
h1/(I
h1+I
c)が1.0となり、最外層中のNbNが六方晶NbNのみからなると、被覆層の靱性が低下する。
そのため、I
h1/(I
h1+I
c)は、0.5以上1.0未満であることが好ましい。
【0018】
本発明の被覆切削工具において、(101)面の六方晶NbNの比率を増加させると、チッピングや欠損の起点となるクラックの発生を抑制することができる。
【0019】
本発明の被覆切削工具において、X線回折分析におけるNbNのピークは、以下の特徴を有する。
六方晶NbNの、(103)面と(110)面のピーク強度の合計をI
h2とする。
I
h1とI
h2との合計に対するI
h1の比[I
h1/(I
h1+I
h2)]が、0.5以上1.0以下である。
0.5 ≦ I
h1/(I
h1+I
h2) ≦ 1.0
【0020】
I
h1/(I
h1+I
h2)が0.5未満であると、(101)面の六方晶NbNの比率が小さいため、クラックの発生を抑制する効果が低下するとともに、被覆切削工具の耐チッピング性および耐欠損性が低下する。このため、I
h1/(I
h1+I
h2)は、0.5以上1.0以下であることが好ましい。
【0021】
六方晶NbNの(103)面と(110)面のピーク強度の合計とは、(103)面のピーク強度と、(110)面のピーク強度とを合計した値に相当する。JCPDSカード25−1361番によると、六方晶NbNの(103)面は2θが61.9度付近に回折ピークが存在し、六方晶NbNの(110)面は2θが62.6度付近に回折ピークが存在するためである。
【0022】
本発明のNbNの(101)面のピークの半価幅が0.2°以上である場合、NbNの平均粒径は小さくなり、耐摩耗性が向上する傾向がある。しかしながら、NbNの(101)面のピークの半価幅が0.6°を超えると、NbNの平均粒径が小さくなり過ぎるため、クラックの発生を抑制する効果が低下する傾向がある。そのため、NbNの(101)面のピークの半価幅は、0.2°以上0.6°以下であることが好ましい。
【0023】
本発明のNbNは、Ti、Zr、Hf、V、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、SrおよびYからなる群から選択された少なくとも1種の元素をさらに含むことが好ましい。NbNがこれらのいずれかの元素を含むと、被覆切削工具の耐摩耗性が向上するためである。NbN中におけるこれらの元素の含有量が25原子%を超える場合、潤滑性が低下する傾向がある。このため、NbN中におけるこれらの元素の含有量は、25原子%以下であると好ましく、10原子%以下であるとさらに好ましい。
【0024】
本発明の最外層の平均厚さが0.05μm未満である場合、NbNの耐摩耗性、耐チッピング性および耐欠損性が長期間にわたって発揮されないため、被覆切削工具の寿命が短くなる傾向がある。最外層の平均厚さが3μmを超える場合、被覆切削工具の耐欠損性が低下する傾向がある。このため、最外層の平均厚さは、0.05μm以上3μm以下であることが好ましい。
【0025】
本発明の被覆層は、最外層のみからなる単層であってもよい。または、本発明の被覆層は、基材と最外層との間に内層を含んでもよい。内層は、被覆切削工具の被覆層として用いられるものであれば、特に限定はされない。内層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、SrおよびYからなる群から選択された少なくとも1種の元素と、C、N、OおよびBからなる群から選択された少なくとも1種の元素とを含む化合物(NbNを除く)の層であることが好ましい。内層は、このような化合物を含む1つ又は複数の層であることが好ましい。内層がこのような化合物を含むことにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。
【0026】
本発明の被覆層に含まれる内層は、特定の第1積層構造および第2積層構造を含むことが好ましい。内層が第1積層構造および第2積層構造を含むことによって、被覆層の耐摩耗性および耐欠損性が向上するためである。第1積層構造および第2積層構造を構成する各層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、SrおよびYからなる群から選択される少なくとも1種の金属元素と、C、N、OおよびBからなる群から選択される少なくとも1種の非金属元素とを含む化合物(NbNを除く)を含む。このため、被覆層は、耐摩耗性に優れる。
【0027】
第1積層構造および第2積層構造に含まれる層は、Ti、Nb、Ta、Cr、W、Al、SiおよびYからなる群から選択された少なくとも2種の金属元素と、C、N、OおよびBからなる群から選択された少なくとも1種の非金属元素とを含む化合物を含むことが、さらに好ましい。このような化合物は、硬い性質を有しているからである。第1積層構造を構成する層に含まれる化合物として、具体的には、(Al
0.50Ti
0.50)N、(Al
0.60Ti
0.40)N、(Al
0.67Ti
0.33)N、(Al
0.67Ti
0.33)CN、(Al
0.45Ti
0.45Si
0.10)N、(Al
0.45Ti
0.45Y
0.10)N、(Al
0.50Ti
0.30Cr
0.20)N、(Al
0.50Ti
0.45Nb
0.05)N、(Al
0.50Ti
0.45Ta
0.05)N、(Al
0.50Ti
0.45W
0.05)N、(Ti
0.90Si
0.10)N、(Al
0.50Cr
0.50)Nなどを挙げることができる。
【0028】
第1積層構造を構成する層に含まれる金属元素は、該第1積層構造を構成する他の層に含まれる金属元素と同一であることが好ましい。つまり、第1積層構造を構成する複数の層は、同一種類の金属元素で構成されることが好ましい。さらに、第1積層構造を構成する層に含まれる特定の金属元素の割合と、その層に隣接した第1積層構造を構成する他の層に含まれる特定の金属元素の割合との差の絶対値が、5原子%以上であることが好ましい。ここでいう「特定の金属元素の割合」とは、層に含まれる金属元素全体に対する、その層に含まれる特定の金属元素の割合(原子%)を意味する。
【0029】
第1積層構造がこのような構成であると、第1積層構造を構成するある層と、その層に隣接する層との密着性が低下することなく、層と層の界面において結晶格子が不整合性になる。そのため、第1積層構造を構成する層と層の界面と平行な方向にクラックが進展しやすくなり、クラックが基材まで進展することを効果的に抑制することができる。
【0030】
上記の「ある層に含まれる特定の金属元素の割合と、その層に隣接した他の層に含まれる特定の金属元素の割合との差の絶対値が、5原子%以上である」について、さらに詳しく説明する。
例えば、第1積層構造が、(Al
0.55Ti
0.45)N層と、(Al
0.67Ti
0.33)N層によって構成される場合、2つの層に含まれる金属元素の種類は同一である。なぜなら、2つの層は、ともにAlとTiを含むからである。この場合、(Al
0.55Ti
0.45)N層に含まれるAlの元素量は、金属元素全体の量に対して、55原子%である。(Al
0.67Ti
0.33)N層に含まれるAlの元素量は、金属元素全体の量に対して、67原子%である。これら二つの層に含まれるAlの元素量の割合の差は、12原子%である。したがって、この場合、「差の絶対値が5原子%以上」という上記の条件が満たされている。
例えば、第1積層構造が、(Al
0.49Ti
0.39Cr
0.12)N層と、(Al
0.56Ti
0.36Cr
0.08)N層によって構成される場合、2つの層に含まれる金属元素の種類は同一である。なぜなら、2つの層は、ともにAlとTiとCrを含むからである。この場合、2つの層に含まれるTiの元素量の割合の差は、3原子%である。2つの層に含まれるCrの元素量の割合の差は、4原子%である。これらの値は、それぞれ5原子%未満である。しかし、この場合であっても、2つの層に含まれるAlの元素量の割合の差は、7原子%であるので、「差の絶対値が5原子%以上」という上記の条件が満たされている。
【0031】
なお、本明細書において、窒化物を(M
aL
b)Nと表記する場合は、金属元素全体に対するM元素の原子比がa、L元素の原子比がbであることを意味する。例えば、(Al
0.55Ti
0.45)Nは、金属元素全体に対するAl元素の原子比が0.55であり、金属元素全体に対するTi元素の原子比が0.45であることを示す。すなわち、(Al
0.55Ti
0.45)Nは、金属元素全体に対するAl元素の量が55原子%であり、金属元素全体に対するTi元素の量が45原子%であることを示す。
【0032】
第2積層構造を構成する層に含まれる金属元素は、該第2積層構造を構成する他の層に含まれる金属元素と同一であることが好ましい。つまり、第2積層構造を構成する複数の層は、同一種類の金属元素で構成されることが好ましい。さらに、第2積層構造を構成する層に含まれる特定の金属元素の割合と、その層に隣接した第2積層構造を構成する他の層に含まれる特定の金属元素の割合との差の絶対値が、5原子%以上であることが好ましい。ここでいう「特定の金属元素の割合」とは、層に含まれる金属元素全体に対する、その層に含まれる特定の金属元素の割合(原子%)を意味する。
【0033】
第2積層構造がこのような構成であると、第2積層構造を構成するある層と、その層に隣接する層との密着性が低下することなく、層と層の界面において結晶格子が不整合になる。そのため、第2積層構造を構成する層と層の界面と平行な方向にクラックが進展しやすくなり、クラックが基材まで進展することを効果的に抑制することができる。上記の「ある層に含まれる特定の金属元素の割合と、その層に隣接した他の層に含まれる特定の金属元素の割合との差の絶対値が、5原子%以上である」の意味は、上記の第1積層構造について説明したのと同様である。
【0034】
本発明の被覆切削工具の別の態様として、第1積層構造を構成する層に含まれる金属元素と、その層に隣接した第1積層構造を構成する他の層に含まれる金属元素が、1種以上異なることが好ましい。金属元素が1種以上異なると、層と層の界面で結晶格子が不整合となり、層と層の界面に平行な方向にクラックが進展しやすくなるため、クラックが基材まで進展することを効果的に抑制することができるためである。
例えば、第1積層構造が(Al
0.50Ti
0.50)N層と、(Al
0.50Ti
0.30Cr
0.20)N層によって構成される場合、2つの層に含まれる金属元素を比較すると、この条件が満たされている。なぜなら、2つの層は、AlとTiを含むが、Crは一方の層のみに含まれているからである。
例えば、第1積層構造が、(Al
0.50Cr
0.50)N層と、(Al
0.67Ti
0.33)N層によって構成される場合も、2つの層に含まれる金属元素を比較すると、この条件が満たされている。なぜなら、2つの層は、Alを含むが、Cr及びTiは、一方の層のみに含まれているからである。
【0035】
同様に、本発明の被覆切削工具において、第2積層構造を構成する層に含まれる金属元素と、その層に隣接した第2積層構造を構成する他の層に含まれる金属元素が、1種以上異なることが好ましい。金属元素が1種以上異なると、層と層の界面で結晶格子が不整合となり、層と層の界面に平行な方向にクラックが進展しやすくなるため、クラックが基材まで進展することを効果的に抑制することができるためである。
【0036】
本発明の被覆切削工具は、被覆層を含む。被覆層は、第1積層構造を含む。第1積層構造は、上記の化合物からなる2以上の層を含む。第1積層構造に含まれる各層の平均厚さは、60nm以上500nm以下である。第1積層構造に含まれる2以上の層は、周期的に積層されている。この周期的な積層構造は、組成が異なる少なくとも2種類の層を含む。これらの2種類の層は、交互に2回以上積層されていることが好ましい。組成が異なる2種類の層が交互に2回以上積層されると、クラックの進展が抑制されるため、被覆切削工具の耐欠損性がさらに向上する。
【0037】
本発明において、層の積層が繰り返される最小単位の厚さを「積層周期」という。
図1は、本発明の被覆切削工具の断面組織の模式図の一例である。以下、
図1を参照して、積層周期について説明する。
例えば、組成が異なるA1層(6a)、B1層(6b)、C1層、及びD1層を、基材(1)から被覆層(2)の表面に向かって繰り返し積層する。具体的には、これらの層を、A1層(6a)→B1層(6b)→C1層→D1層→A1層(6a)→B1層(6b)→C1層→D1層→…の順で繰り返し積層する。この場合、A1層(6a)からD1層までの厚みの合計が、「積層周期」である。
例えば、組成が異なるA1層(6a)とB1層(6b)を、基材(1)から被覆層(2)の表面に向かって繰り返し積層する。具体的には、これらの層を、A1層(6a)→B1層(6b)→A1層(6a)→B1層(6b)→A1層(6a)→B1層(6b)→…の順で積層する。この場合、A1層(6a)の厚みとB1層(6b)の厚みの合計が、「積層周期」である。
【0038】
第1積層構造を形成するために、組成が異なる少なくとも2種類の層を、周期的に積層させる。各層の平均厚さは、60nm以上500nm以下である。第1積層構造がこのように形成されることにより、以下の効果が得られる。
被覆切削工具の使用中に被覆層の表面に発生したクラックは、第1積層構造に到達する。第1積層構造に到達したクラックは、組成の異なる層と層との界面に平行な方向に進展する。これにより、クラックが基材まで進展することを防止する効果が得られる。このような効果は、組成が異なる2つの層を交互に2回以上積層することによって、さらに高くなる。具体的には、組成が異なるA1層(6a)とB1層(6b)を、基材から被覆層の表面に向かって、交互に2回以上積層することが好ましい。つまり、第1積層構造は、A1層(6a)→B1層(6b)→A1層(6a)→B1層(6b)→…のような交互積層構造を含むことが好ましい。
【0039】
第1積層構造に含まれる各層の平均厚さが60nm未満である場合、クラックが基材まで進展することを十分に防止することができない。一方、各層の平均厚さが500nmを超える場合、被覆切削工具の耐欠損性が低下する。したがって、第1積層構造に含まれる各層の平均厚さは、60nm以上500nm以下であることが好ましい。第1積層構造に含まれる各層の平均厚さは、60nm以上250nm以下であるとさらに好ましい。
【0040】
第1積層構造の平均厚さが0.2μm未満である場合、組成の異なる層を周期的に積層させる回数(繰り返し数)が少なくなる。この場合、基材までクラックが進展することを抑制する効果が低下する。一方、第1積層構造の平均厚さが6μmを超える場合、被覆層全体の残留圧縮応力が高くなる。その結果、被覆層の剥離や欠損が生じやすくなるため、被覆切削工具の耐欠損性が低下する。したがって、第1積層構造の平均厚さは、0.2μm以上6μm以下であることが好ましい。
【0041】
本発明の被覆切削工具は、被覆層を含む。被覆層は、第2積層構造を含む。第2積層構造は、上記の金属または化合物からなる2つ以上の層を含む。第2積層構造に含まれる各層の平均厚さは、2nm以上60nm未満である。第2積層構造に含まれる2つ以上の層は、周期的に積層されている。この周期的な積層構造は、組成が異なる少なくとも2種類の層を含む。これらの2種類の層は、交互に2回以上積層されていることが好ましい。組成が異なる2種類の層が交互に2回以上積層されると、第2積層構造の硬度が高くなるため、被覆切削工具の耐摩耗性がさらに向上する。
【0042】
第2積層構造においても、層の積層が繰り返される最小単位の厚さを「積層周期」という。
例えば、
図1において、組成が異なるA2層(7a)、B2層(7b)、C2層、D2層を、基材(1)から被覆層(2)の表面に向かって繰り返し積層する。具体的には、これらの層を、A2層(7a)→B2層(7b)→C2層→D2層→A2層(7a)→B2層(7b)→C2層→D2層→…の順で積層する。この場合、A2層(7a)からD2層までの厚みの合計が、「積層周期」である。
例えば、組成が異なるA2層(7a)とB2層(7b)を、基材(1)から被覆層(2)の表面に向かって繰り返し積層する。具体的には、これらの層を、A2層(7a)→B2層(7b)→A2層(7a)→B2層(7b)→A2層(7a)→B2層(7b)→…の順で積層する。この場合、A2層(7a)の厚みとB2層(7b)の厚みの合計が、「積層周期」である。
【0043】
第2積層構造を形成するために、組成が異なる少なくとも2種類の層を、周期的に積層させる。各層の平均厚さは、2nm以上60nm未満である。第2積層構造がこのように形成されることにより、第2積層構造の硬度が高くなり、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する効果が得られる。このような効果は、組成が異なる2つの層を交互に2回以上積層することによって、さらに高くなる。具体的には、組成が異なるA2層(7a)とB2層(7b)を、基材から被覆層の表面に向かって、交互に2回以上積層することが好ましい。つまり、第2積層構造は、A2層(7a)→B2層(7b)→A2層(7a)→B2層(7b)→…のような交互積層構造を含むことが好ましい
【0044】
第2積層構造に含まれる各層の平均厚さが2nm未満である場合、均一な厚さの層を形成することが困難である。第2積層構造に含まれる各層の平均厚さが60nm以上である場合、第2積層構造の硬度が低下するため、被覆切削工具の耐摩耗性が低下する。さらに、この場合、第2積層構造の厚みと第1積層構造の厚みとの差が小さくなる。その結果、第1積層構造と第2積層構造の界面に平行な方向にクラックが進展することで基材までクラックが進展することを抑制する効果が十分に得られない。そのため、第2積層構造に含まれる各層の平均厚さは、2nm以上60nm未満であることが好ましい。第2積層構造に含まれる各層の平均厚さは、5nm以上30nm以下であるとさらに好ましい。
【0045】
第2積層構造の平均厚さが0.02μm未満である場合、組成の異なる層を周期的に積層させる回数(繰り返し数)が少なくなる。この場合、第2積層構造の硬度が向上するという効果が得られない。一方、第2積層構造の平均厚さが6μmを超える場合、第2積層構造の残留圧縮応力が高くなる。その結果、被覆層の剥離や欠損が生じやすくなるため、被覆切削工具の耐欠損性が低下する。したがって、第2積層構造の平均厚さは、0.02μm以上6μm以下であることが好ましい。
【0046】
本発明の被覆切削工具は、被覆層を含む。被覆層は、最外層を含む。被覆層は、基材と最外層の間に形成された内層を含んでもよい。すなわち、基材の表面に内層が形成されており、内層の表面に最外層が形成されてもよい。この場合、被覆層は、内層及び最外層によって構成される。内層は、耐欠損性に優れる第1積層構造と、耐摩耗性に優れる第2積層構造とを含んでもよい。これにより、本発明の被覆切削工具は、耐欠損性および耐摩耗性に優れる。
【0047】
第1積層構造と第2積層構造は、交互に2つ以上連続して積層されていることが好ましい。第1積層構造と第2積層構造が交互に積層されると、クラックが第1積層構造と第2積層構造との界面と平行な方向に進展しやすくなる。その結果、クラックが基材まで進展することが抑制されるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。
第1積層構造と第2積層構造の位置関係は、特に限定されない。第1積層構造と第2積層構造の位置関係は、例えば、以下の(1)〜(4)のいずれかである。
(1)第1積層構造が基材に最も近く、第2積層構造が内層の表面に最も近い。
(2)第2積層構造が基材に最も近く、第1積層構造が内層の表面に最も近い。
(3)第1積層構造が、基材に最も近く、かつ、内層の表面に最も近い。
(4)第2積層構造が、基材に最も近く、かつ、内層の表面に最も近い。
上記(1)〜(4)において、「内層の表面」とは、内層の基材と反対側の表面のことを意味する。
上記の位置関係の中では、(1)が好ましい。第1積層構造と第2積層構造の位置関係が上記(1)である場合、第2積層構造の残留圧縮応力よりも第1積層構造の残留圧縮応力の方が低くなるため、被覆層の耐剥離性が向上する傾向があるからである。
【0048】
内層の平均厚さが0.22μm未満である場合、被覆切削工具の耐摩耗性が低下する傾向がある。内層の平均厚さが12μmを超える場合、被覆切削工具の耐欠損性が低下する傾向がある。したがって、内層の平均厚さは、0.22μm以上12μm以下であると好ましい。内層の平均厚さは、1.5μm以上8μm以下であるとさらに好ましい。
【0049】
本発明の被覆切削工具における被覆層の製造方法は、特に限定されるものではない。例えば、被覆層は、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、イオンミキシング法などの物理蒸着法によって製造することができる。特に、アークイオンプレーティング法によって形成された被覆層は、基材との密着性が高い。したがって、これらの中では、アークイオンプレーティング法が好ましい。
【0050】
本発明の被覆切削工具の製造方法について、具体例を用いて説明する。なお、本発明の被覆切削工具の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り特に制限されるものではない。
【0051】
工具形状に加工した基材を、物理蒸着装置の反応容器内に入れる。つぎに、反応容器内を、圧力1×10
−2Pa以下になるまで真空引きする。真空引きした後、反応容器内のヒーターで、基材を200〜800℃に加熱する。加熱後、反応容器内に、Arガスを導入して、圧力を0.5〜5.0Paとする。圧力0.5〜5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に−200〜−1000Vのバイアス電圧を印加する。反応容器内のタングステンフィラメントに、5〜20Aの電流を流す。基材の表面を、Arガスによるイオンボンバードメント処理する。基材の表面をイオンボンバードメント処理した後、反応容器内を、圧力1×10
−2Pa以下になるまで真空引きする。
【0052】
基材とNbNを含んだ最外層の間に内層を形成する場合には、イオンボンバードメント処理及び真空引きの後、窒素ガスなどの反応ガスを反応容器内に導入する。反応容器内の圧力を、0.5〜5.0Paにして、基材に−10〜−150Vのバイアス電圧を印加する。各層の金属成分に応じた金属蒸発源をアーク放電により蒸発させることによって、基材の表面に各層を形成することができる。なお、離れた位置に置かれた2種類以上の金属蒸発源を同時にアーク放電により蒸発させ、基材を固定したテーブルを回転させて第1積層構造もしくは第2積層構造を構成する層を形成することができる。この場合、反応容器内の基材を固定したテーブルの回転数を調整することによって、第1積層構造もしくは第2積層構造を構成する各層の厚みを制御することができる。2種類以上の金属蒸発源を交互にアーク放電により蒸発させることによって、第1積層構造もしくは第2積層構造を構成する層を形成することもできる。この場合、金属蒸発源のアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、第1積層構造もしくは第2積層構造を構成する各層の厚みを制御することができる。
【0053】
本発明のNbNを含んだ最外層を形成するためには、イオンボンバードメント処理後、または内層を形成した後、反応容器内を真空引きするとともに、基材の温度を400℃〜600℃に加熱する。その後、窒素ガスとArガスとを、反応容器内に1:1の比率で導入する。これにより、反応容器内の圧力を、2.0〜5.0Paにして、基材に−10〜−30Vのバイアス電圧を印加する。アーク電流160〜180Aのアーク放電によりNbからなる金属蒸発源を蒸発させることによって、基材の表面または内層の表面に最外層を形成することができる。反応容器内の雰囲気を窒素ガスとArガスとの混合ガス雰囲気にすると、アーク放電が安定するため、六方晶NbNの配向性を容易に制御することができる。バイアス電圧が−40Vよりも高くなると、六方晶NbNの(103)面と(110)面の比率が高くなるため、I
h1とI
h2との合計に対するI
h1の比が0.5よりも小さくなる。また、アーク電流が150Aよりも低くなると、立方晶NbNの比率が高くなるため、I
cとI
h1との合計に対するI
h1の比が小さくなる。反応容器内の雰囲気が窒素雰囲気であると、六方晶NbNの(103)面と(110)面の比率が高くなり、I
h1とI
h2との合計に対するI
h1の比が0.5よりも小さくなる。なお、半価幅は、被覆層の形成温度に依存し、温度が高いほど、大きくなる。
【0054】
被覆層を構成する各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を観察することで測定することができる。例えば、被覆層を構成する各層の厚さは、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。
被覆層を構成する各層の平均厚さは、次のように求めることができる。
金属蒸発源に対向する面の刃先から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、被覆切削工具の断面を、3箇所以上で観察する。この観察した断面から、各層の厚さおよび各積層構造の厚さを測定する。測定した厚さの平均値を計算することによって、平均厚さを求めることができる。
【0055】
被覆層を構成する各層の組成は、被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0056】
本発明の最外層について、立方晶NbNの(200)面のピーク強度I
cと、六方晶NbNの(101)面のピーク強度I
h1と、六方晶NbNの(103)面と(110)面のピーク強度の合計I
h2とは、市販のX線回折装置を用いて測定することができる。強度I
c、I
h1、I
h2の測定には、例えば、株式会社リガク製 X線回折装置RINT TTRIIIを用いることができる。また、測定には、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を用いることができる。X線回折の測定条件は、例えば、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:4°/min、
2θ測定範囲:30〜70°
X線回折図形から、上記の各ピーク強度を求めるときに、X線回折装置付属の解析ソフトウェアを用いてもよい。解析ソフトウェアを用いるときには、三次式近似を用いてバックグラウンド処理およびKα2ピーク除去を行うとともに、Pearson−VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行う。これにより、各ピーク強度を求めることができる。
なお、最外層よりも基材側に内層が形成されている場合には、内層の影響を受けないように、薄膜X線回折法により、各ピーク強度を測定することができる。
【0057】
本発明の最外層について、六方晶NbNの(101)面のピークの半価幅は、市販のX線回折装置を用いて測定することができる。六方晶NbNの(101)面のピークの半価幅の測定には、例えば、株式会社リガク製 X線回折装置RINT TTRIIIを用いることができる。また、測定には、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を用いることができる。X線回折の測定条件は、例えば、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:4°/min、
2θ測定範囲:30〜70°
なお、最外層よりも基材側に内層が形成されている場合には、内層の影響を受けないように、薄膜X線回折法により、六方晶NbNの(101)面のピークの半価幅を測定することができる。
【0058】
本発明の被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、エンドミルなどを挙げることができる。
【実施例1】
【0059】
基材として、以下の2種類のインサートを準備した。
ISO規格CNGA120408形状の70%cBN−20%TiN−5%Al
2O
3−5%TiB
2(体積%)組成の立方晶窒化硼素焼結体製インサート
ISO規格ASMT11T304PDPR形状のS10相当の超硬合金製インサート
【0060】
アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表1および表2に示す各層の組成になる金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0061】
その後、反応容器内の圧力を、5.0×10
−3Pa以下になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターで、基材をその温度が500℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内の圧力が5.0Paになるように、反応容器内にArガスを導入した。
【0062】
圧力5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に−1000Vのバイアス電圧を印加した。反応容器内のタングステンフィラメントに、10Aの電流を流した。このような条件で、基材の表面に、Arガスによるイオンボンバードメント処理を30分間行った。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内の圧力が5.0×10
−3Pa以下になるまで、反応容器内を真空引きした。
【0063】
発明品1〜5および比較品1〜5については、真空引き後、窒素ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を圧力2.7Paの窒素ガス雰囲気にした。基材には、−50Vのバイアス電圧を印加した。アーク電流200Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させることで内層を形成した。
【0064】
発明品6については、真空引き後、反応容器内に窒素ガス(N
2)とメタンガス(CH
4)を分圧比がN
2:CH
4=1:1となるように導入し、反応容器内を圧力2.7Paの混合ガス雰囲気にした。基材には、−50Vのバイアス電圧を印加した。アーク電流200Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させることで内層を形成した。
【0065】
内層の各層の厚さが大きい発明品7および比較品6については、真空引き後、X層の金属蒸発源とY層の金属蒸発源を交互にアーク放電により蒸発させてX層とY層を形成した。このときX層の厚さとY層の厚さは、それぞれの層を形成するときのアーク放電時間を調整して制御した。
【0066】
内層の各層の厚さが小さい発明品8および比較品7については、真空引き後、X層の金属蒸発源とY層の金属蒸発源とを同時にアーク放電により蒸発させてX層とY層を形成した。このとき、X層の厚さとY層の厚さは、回転テーブルの回転数を0.2〜10min
−1の範囲で調整することで制御した。
【0067】
発明品1〜8および比較品3〜5については、内層を形成した後、反応容器内の圧力が5.0×10
−3Pa以下になるまで真空引きし、表3に示す温度まで基材を加熱した。その後、窒素ガスとArガスとを反応容器内に1:1の比率で導入し、反応容器内の圧力を3.0Paにして、表3に示す条件で最外層を形成した。
【0068】
比較品1、2、6および7については、内層を形成した後、表3に示す温度まで基材を加熱した。その後、表3に示す条件で最外層を形成した。
【0069】
基材の表面に、表1および表2に示す所定の厚さになるまで各層を形成した。その後、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
【表3】
【0073】
得られた試料の各層の平均厚さは、次のように求めた。
被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEMで観察した。各層の厚さを測定し、測定した厚さの平均値を計算した。
【0074】
得られた試料の各層の組成は、次のように求めた。
被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先から当該面の中心部に向かって50μmの位置の断面において、EDSを用いて組成を測定した。
これらの測定結果も、表1および2に示す。
なお、表1および2の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。
【0075】
得られた試料について、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系の薄膜X線回折測定を行った。測定条件は、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:4°/min、
2θ測定範囲:30〜70°
【0076】
薄膜X線回折測定によって得られたX線回折図形から、立方晶NbNの(200)面のピーク強度I
c、及び、六方晶NbNの(101)面のピーク強度I
h1を求めた。また、I
cとI
h1の合計に対する、I
h1の比[I
h1/(I
h1+I
c)]を求めた。その結果を、表4に示した。
【0077】
X線回折図形から、さらに、六方晶NbNの(103)面と(110)面のピーク強度の合計I
h2を求めた。また、I
h1とI
h2の合計に対する、I
h1の比[I
h1/(I
h1+I
h2)]を求めた。その結果を、表4に示した。
【0078】
X線回折図形から、さらに、六方晶NbNの(101)面の半価幅を求めた。その結果を、表4に示した。
【0079】
【表4】
【0080】
得られた試料を用いて、以下の切削試験1および切削試験2を行い、耐欠損性および耐摩耗性を評価した。その評価結果を表5に示す。
【0081】
[切削試験1 耐欠損性試験]
インサート:立方晶窒化硼素焼結体、CNGA120408、
被削材:SCM420H、
被削材形状:φ200mm×50mmの円板、(4本の溝が入っている。)
切削速度:100m/min、
送り:0.2mm/rev、
切り込み:0.2mm、
クーラント:使用、
評価項目:試料が欠損に至るまでの加工時間(工具寿命)を測定した。欠損とは、試料の切れ刃部に欠けが生じることを意味する。
【0082】
[切削試験2 耐摩耗性試験]
インサート:超硬合金、ASMT11T304PDPR、
被削材:Ti−6Al−4V、
被削材形状:250mm×100mm×60mmの板状
切削速度:60m/min、
送り:0.15mm/tooth、
切り込み:2.0mm、
切削幅:10mm
クーラント:使用、
評価項目:最大の逃げ面摩耗幅が0.2mmに至るまでの加工時間(工具寿命)を測定した。
【0083】
切削試験1において測定された試料が欠損に至るまでの加工時間(工具寿命)を、以下の基準で評価した。
25min以上 ○
20min以上25min未満 △
20min未満 ×
【0084】
切削試験2において測定された最大の逃げ面摩耗幅が0.2mmに至るまでの加工時間(工具寿命)を、以下の基準で評価した。
15min以上 ○
10min以上15min未満 △
10min未満 ×
上記の評価における順位は、(優)○>△>×(劣)である。○を有する試料は、切削性能が優れている。評価の結果を、表5に示した。
【0085】
【表5】
【0086】
表5に示すように、発明品の耐欠損性試験および耐摩耗性試験の結果は、すべて○または△の評価であった。比較品の耐欠損性試験および耐摩耗性試験の結果は、どちらかの評価が×であった。以上の結果から分かるように、発明品の工具寿命は長くなっていた。本発明によれば、被覆切削工具の耐欠損性を低下させずに、耐摩耗性を向上させることができる。
【実施例2】
【0087】
基材として、以下の2種類のインサートを準備した。
ISO規格CNGA120408形状の70%cBN−20%TiN−5%Al
2O
3−5%TiB
2(体積%)組成の立方晶窒化硼素焼結体製インサート
ISO規格ASMT11T304PDPR形状のS10相当の超硬合金製インサート
【0088】
アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表6および表8に示す各層の組成になる金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0089】
その後、反応容器内の圧力を、5.0×10
−3Pa以下になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターで、基材をその温度が500℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内の圧力が5.0Paになるように、反応容器内にArガスを導入した。
【0090】
圧力5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に−1000Vのバイアス電圧を印加した。反応容器内のタングステンフィラメントに、10Aの電流を流した。このような条件で、基材の表面に、Arガスによるイオンボンバードメント処理を30分間行った。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内の圧力が5.0×10
−3Pa以下になるまで、反応容器内を真空引きした。
【0091】
真空引き後、窒素ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を圧力2.7Paの窒素ガス雰囲気にした。基材には、−50Vのバイアス電圧を印加した。アーク電流200Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させることで、内層を構成する第1積層構造および第2積層構造の各層を形成した。
【0092】
発明品9〜20および比較品8、9のA1層とB1層を形成するときは、A1層の金属蒸発源とB1層の金属蒸発源を交互にアーク放電により蒸発させて、A1層とB1層を形成した。このとき、A1層の厚さとB1層の1層あたりの厚さは、表7に示す厚さとなるように、それぞれの層を形成するときのアーク放電時間を調整して制御した。
【0093】
発明品9〜20および比較品8、9のA2層とB2層を形成するときは、A2層の金属蒸発源とB2層の金属蒸発源とを同時にアーク放電により蒸発させて、A2層とB2層を形成した。このとき、A2層の厚さとB2層の1層あたりの厚さは、表7に示す厚さとなるように、回転テーブルの回転数を0.2〜10min
−1の範囲で調整することで制御した。
【0094】
発明品9〜20および比較品9については、内層を形成した後、反応容器内の圧力が5.0×10
−3Pa以下になるまで真空引きし、表9に示す温度まで基材を加熱した。その後、窒素ガスとArガスとを反応容器内に1:1の比率で導入し、反応容器内の圧力を3.0Paにして、表9に示す条件で最外層を形成した。
【0095】
比較品8については、内層を形成した後、表9に示す温度まで基材を加熱した。その後、表9に示す条件で最外層を形成した。
【0096】
基材の表面に、表7および表8に示す所定の厚さになるまで各層を形成した。その後、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0097】
【表6】
【0098】
【表7】
【0099】
【表8】
【0100】
【表9】
【0101】
得られた試料の各層の平均厚さ、および、各積層構造の厚さは、次のように求めた。
被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEMで観察した。各層の厚さおよび各積層構造の厚さを測定し、測定した厚さの平均値を計算した。
【0102】
得られた試料の各層の組成は、次のように求めた。
被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先から当該面の中心部に向かって50μmの位置の断面において、EDSを用いて組成を測定した。
これらの測定結果も、表6、表7および8に示す。
なお、表6および8の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。
【0103】
得られた試料について、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系の薄膜X線回折測定を行った。測定条件は、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:4°/min、
2θ測定範囲:30〜70°
【0104】
薄膜X線回折測定によって得られたX線回折図形から、立方晶NbNの(200)面のピーク強度I
c、及び、六方晶NbNの(101)面のピーク強度I
h1を求めた。また、I
cとI
h1の合計に対する、I
h1の比[I
h1/(I
h1+I
c)]を求めた。その結果を、表10に示した。
【0105】
X線回折図形から、さらに、六方晶NbNの(103)面と(110)面のピーク強度の合計I
h2を求めた。また、I
h1とI
h2の合計に対する、I
h1の比[I
h1/(I
h1+I
h2)]を求めた。その結果を、表10に示した。
【0106】
X線回折図形から、さらに、六方晶NbNの(101)面の半価幅を求めた。その結果を、表10に示した。
【0107】
【表10】
【0108】
得られた試料を用いて、実施例1と同じ条件で切削試験1および切削試験2を行い、耐欠損性および耐摩耗性を評価した。その評価結果を表11に示す。
【0109】
切削試験1において測定された試料が欠損に至るまでの加工時間(工具寿命)を、以下の基準で評価した。
25min以上 ○、
20min以上25min未満 △、
20min未満 ×
【0110】
切削試験2において測定された最大の逃げ面摩耗幅が0.2mmに至るまでの加工時間(工具寿命)を、以下の基準で評価した。
15min以上 ○、
10min以上15min未満 △、
10min未満 ×
上記の評価における順位は、(優)○>△>×(劣)である。○を有する試料は、切削性能が優れている。評価の結果を、表11に示した。
【0111】
【表11】
【0112】
表11に示すように、発明品の耐欠損性試験および耐摩耗性試験の結果は、すべて○または△の評価であった。比較品の耐欠損性試験および耐摩耗性試験の結果は、どちらかの評価が×であった。以上の結果から分かるように、発明品の工具寿命は長くなっていた。本発明によれば、被覆切削工具の耐欠損性を低下させずに、耐摩耗性を向上させることができる。