特許第6226082号(P6226082)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6226082伸線加工性および伸線加工後のコイル成形性に優れた軸受用鋼線材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6226082
(24)【登録日】2017年10月20日
(45)【発行日】2017年11月8日
(54)【発明の名称】伸線加工性および伸線加工後のコイル成形性に優れた軸受用鋼線材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20171030BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20171030BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20171030BHJP
   C21D 9/52 20060101ALN20171030BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Y
   C22C38/32
   !C21D8/06 A
   !C21D9/52 103B
【請求項の数】3
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-555228(P2016-555228)
(86)(22)【出願日】2015年10月20日
(86)【国際出願番号】JP2015079550
(87)【国際公開番号】WO2016063867
(87)【国際公開日】20160428
【審査請求日】2017年4月3日
(31)【優先権主張番号】特願2014-213479(P2014-213479)
(32)【優先日】2014年10月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】坂本 昌
(72)【発明者】
【氏名】児玉 順一
(72)【発明者】
【氏名】中村 謙一
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−233254(JP,A)
【文献】 特開2008−007856(JP,A)
【文献】 特開2005−281860(JP,A)
【文献】 特開2000−337334(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 8/06
C21D 9/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.95〜1.10%、
Si:0.10〜0.70%、
Mn:0.20〜1.20%、
Cr:0.90〜1.60%、
Mo:0〜0.25%、
B:0〜25ppm、
P:0〜0.020%、
S:0〜0.020%、
O:0〜0.0010%、
N:0〜0.030%、
Al:0.010〜0.100%、
残部:Feおよび不純物
からなり、
長手方向に垂直な断面における、表面から円相当径の半値の0.1倍離れた線と前記表面との間の領域である表層領域は、パーライトと初析セメンタイトと残部とからなるミクロ組織を有し、前記表層領域では、ビッカース硬さがHV300〜420であり、前記パーライトの面積率が80%以上であり、前記初析セメンタイトの面積率が2.0%以下であり、前記残部がフェライト、球状セメンタイト、ベイナイトからなる群から選択される1種以上であり、
前記長手方向に垂直な断面における、前記表面から前記円相当径の半値の0.1倍離れた線によって囲まれた中心を含む領域である内部領域は、前記パーライトと前記初析セメンタイトと残部とからなるミクロ組織を有し、前記内部領域では、前記パーライトの面積率が90%以上であり、前記初析セメンタイトの面積率が5.0%以下であり、前記残部がフェライト、球状セメンタイト、ベイナイトからなる群から選択される1種以上であり、前記パーライト中に存在するパーライトブロックのうち40μmを超える円相当径を有するパーライトブロックの面積率が0.62%以下であり、
前記長手方向に垂直な断面における、前記中心から前記円相当径の半値の0.5倍離れた線によって囲まれた前記中心を含む領域である中心部のビッカース硬さと、前記表層領域のビッカース硬さとの差が、HV20.0以下である
ことを特徴とする鋼線材。
【請求項2】
Mo:0.05〜0.25%、B:1〜25ppmからなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載の鋼線材。
【請求項3】
線径が直径3.5mm〜5.5mmであることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼線材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、球状化熱処理を施すことなく熱間圧延ままで優れた伸線加工性を有し、かつ、優れた伸線後のコイル成形性を有する軸受用鋼線材に関する。
本願は、2014年10月20日に、日本に出願された特願2014−213479号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
軸受用鋼線材は、玉軸受の鋼球やコロ軸受のコロ等の軸受部品の素材として用いられている。それら軸受部品の一般的な製造方法では、伸線加工前に球状化焼鈍などを行っている。また、一部の細径の軸受部品では、球状化焼鈍を行ったとしても伸線による加工硬化で伸線材に断線が発生するため、伸線途中に更に焼鈍を行っている。
【0003】
JIS G 4805に規定される軸受鋼は、C量が共析点以上の過共析鋼であり、かつ、Crを含んでいる。そのため、通常の鋼線材中には初析セメンタイトやマルテンサイトが析出しており、このような鋼線材の伸線加工性は著しく低い。そのため、現状では、伸線加工前に球状化焼鈍を行って伸線加工性を高めているが、この球状化焼鈍が、生産効率を悪化させたり、コストを増加させたりしている。近年、この球状化焼鈍を省略してコストを削減するために、熱間圧延ままで伸線加工性に優れた軸受用鋼線材が求められている。
【0004】
また、熱間圧延ままで伸線した材料は、強度が高いので、製品形状へ加工するのが困難であり、伸線材に対して熱処理を行う必要がある。この熱処理では伸線材をコイル状態にする必要があるので、伸線後コイルへと成形できる加工性を確保することが重要である。
【0005】
特許文献1に開示された高炭素鋼線材では、フェライトの平均粒径を20μm以下に、最大粒径を120μm以下に制限して伸線加工性を向上させている。しかしながら、特許文献1では、球状化焼鈍の省略を目的としておらず、Cr添加量が多い領域において、技術的な検討はされていない。本発明者らによる検討では、最大粒径を120μm以下に制限しても十分な伸線加工性は得られなかった。
【0006】
特許文献2では、パーライトコロニーを微細化し、初析セメンタイトの量を増加させることにより、線材の伸線加工性を向上させることが提案されている。しかしながら、本発明者らによる検討では、パーライトコロニーを微細化しても十分な伸線加工性は得られなかった。また、特許文献2では、必須要件として、初析セメンタイトを微細に多く分散させている。しかしながら、本発明者らによる検討では、初析セメンタイトの析出量が過剰であると伸線加工性が低下した。
【0007】
また、特許文献3では、初析セメンタイトに囲まれた領域の平均径を20μm以下に制御することで、伸線加工性を向上させている。しかしながら、本発明者らによる検討では、初析セメンタイトで囲まれた領域を微細化しても、必ずしも伸線加工性が向上するという結果は得られなかった。また、特許文献2と同様に、特許文献3も、初析セメンタイトの積極的な析出を示唆している。
【0008】
さらに、特許文献4では、初析セメンタイトの面積率を3%以上、ラメラー間隔を0.15μm以下に制御して伸線加工性を向上させている。しかしながら、本発明者が検討したところ、ラメラー間隔を過剰に微細化すれば、線材の強度が高くなり過ぎるので、装置やダイスへの負担が大きくなり、ダイス寿命が低下した。
【0009】
特許文献5および特許文献6では、熱間圧延後の急速冷却によって、初析セメンタイトの生成を抑制し、初析セメンタイトの粒径を微細化して伸線加工性を向上させている。本発明者らによる検討でも、初析セメンタイトの量を減らして初析セメンタイトを微細化することにより、伸線加工性が向上した。しかし、本発明者らは、特許文献5および特許文献6に開示されているような急速冷却によって初析セメンタイトの生成を抑制しても、変態温度の低下により線材の表層領域の硬さが上昇して伸線後のコイル成形時に断線が発生するなどの問題を新たに見出した。
【0010】
特許文献7では、初析セメンタイトの生成を抑制しつつ、線材の強度を制御することで伸線加工性を向上させている。しかし、本発明者は、特許文献7に開示されているように一定の冷却速度で初析セメンタイトの生成を抑制すると、線材の表層領域の硬さが上昇して表層領域と中心部との硬さの差が増加し、コイル成形時に断線が発生するなどの問題を新たに見出した。
【0011】
特許文献8は、熱間圧延ままで伸線加工ができるようなHRC30以下の硬さの線材の製造方法を開示している。しかし、特許文献8は、軸受鋼の成分を開示していない。JIS G 4805に開示された軸受鋼の化学成分では、HRC30以下の硬さを有するパーライト組織を得ることは困難であり、硬さがHRC30以下であったとしても異常組織の生成等により十分な伸線加工性を得ることはできなかった。
【0012】
特許文献9は、フェライト粒径が小さく、炭化物中のCr量が多い線材を開示している。この特許文献9に開示された線材では、球状化焼鈍時に炭化物の球状化を促進して球状化焼鈍に必要な時間を減らしている。このように、特許文献9に開示された線材は、球状化焼鈍を必須としており、球状化焼鈍を省略することなく、十分な伸線加工性を得ることができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】日本国特開2006−200039号公報
【特許文献2】日本国特開2004−100016号公報
【特許文献3】日本国特開2003−129176号公報
【特許文献4】日本国特開2003−171737号公報
【特許文献5】日本国特開平08−260046号公報
【特許文献6】日本国特開2001−234286号公報
【特許文献7】国際公開2013/108828号パンフレット
【特許文献8】日本国特開2003−49226号公報
【特許文献9】日本国特開2012−233254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、伸線加工前の焼鈍処理を省略しうる高い伸線加工性と、伸線後の高いコイル成形性とを有する軸受用鋼線材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、軸受用鋼線材のミクロ組織や内部硬さが伸線加工性および伸線加工後のコイル成形性に及ぼす影響を詳細に検討した。その結果、初析セメンタイトの過剰な析出は伸線加工性を低下させる一方で、初析セメンタイトの析出を過剰に抑制しようとすると線材の表層領域の硬さが増加しコイル成形性が低下することを見出した。さらに、本発明者らは、少量の初析セメンタイトが析出したとしても、パーライトブロックの微細化などにより伸線加工性を向上させることができることを見出した。結果として、伸線時の内部クラックによって線材が断線するのを抑制するためにはパーライトブロックの微細化と初析セメンタイトの析出の抑制が重要であり、伸線後の線材をコイルに成形する際には、表層領域の硬さを制御することに加え、表層領域と中心部の硬さの差と表層領域の初析セメンタイトの量とを低減することが重要であるという知見を本発明者らが得て、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明は、以上の知見に基づいて完成したものであり、その要旨は以下の通りである。
【0017】
(1)本発明の一態様に係る鋼線材は、質量%で、C:0.95〜1.10%、Si:0.10〜0.70%、Mn:0.20〜1.20%、Cr:0.90〜1.60%、Mo:0〜0.25%、B:0〜25ppm、P:0〜0.020%、S:0〜0.020%、O:0〜0.0010%、N:0〜0.030%、Al:0.010〜0.100%、残部:Feおよび不純物からなり、長手方向に垂直な断面における、前記表面から円相当径の半値の0.1倍離れた線と前記表面との間の領域である表層領域は、パーライトと初析セメンタイトと残部とからなるミクロ組織を有し、前記表層領域では、ビッカース硬さがHV300〜420であり、前記パーライトの面積率が80%以上であり、前記初析セメンタイトの面積率が2.0%以下であり、前記残部がフェライト、球状セメンタイト、ベイナイトからなる群から選択される1種以上であり、前記長手方向に垂直な断面における、前記表面から前記円相当径の半値の0.1倍離れた線によって囲まれた中心を含む領域である内部領域は、前記パーライトと前記初析セメンタイトと残部とからなるミクロ組織を有し、前記内部領域では、前記パーライトの面積率が90%以上であり、前記初析セメンタイトの面積率が5.0%以下であり、前記残部がフェライト、球状セメンタイト、ベイナイトからなる群から選択される1種以上であり、前記パーライト中に存在するパーライトブロックのうち40μmを超える円相当径を有するパーライトブロックの面積率が0.62%以下であり、前記長手方向に垂直な断面における、前記中心から前記円相当径の半値の0.5倍離れた線によって囲まれた前記中心を含む領域である中心部のビッカース硬さと、前記表層領域のビッカース硬さとの差が、HV20.0以下である。
(2)上記(1)に記載の鋼線材は、Mo:0.05〜0.25%、B:1〜25ppm以下からなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有してもよい。
(3)上記(1)または(2)に記載の鋼線材では、線径が直径3.5mm〜5.5mmであってもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の上記態様に係る軸受用鋼線材は、伸線加工前の焼鈍処理を省略しうる高い伸線加工性と、伸線後の高いコイル成形性とを有するので、歩留まりを低下させることなく軸受部材の製造工程を大幅に省略することができ、エネルギーやコストを大幅に削減しながら良好な軸受部材を安定的に製造することができる。
さらに、本発明の上記態様に係る軸受用鋼線材は、軸受部品の表面硬化のために十分な焼入れ性を有しており、優れた表面硬さを有する軸受部材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】過共析鋼におけるパーライトを主とした組織の模式図である。
図2A】表層領域を示す模式図である。
図2B】内部領域を示す模式図である。
図2C】中心部を示す模式図である。
図2D】線材のC断面を示す図である。
図3】表層領域の初析セメンタイトの面積率と伸線加工性との関係を示す図である。
図4】表層領域の硬さと伸線材のコイル成形性との関係を示す図である。
図5】表層領域の硬さと中心部の硬さとの差と、伸線材のコイル成形性との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る伸線加工性および伸線加工後のコイル成形性に優れた軸受用鋼線材の実施形態について説明する。なお、この実施形態は、本発明の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り、本実施形態によって本発明は限定されない。
【0021】
まず、本実施形態に係る線材の鋼組成について説明する。以下、化学元素の量の単位について、%及びppmは、質量%及び質量ppmを意味する。
【0022】
C:0.95〜1.10%
Cは、軸受用鋼に必要な強度を付与するために必須である。その為、C量が0.95%以上であることが必要である。軸受用鋼から製造される軸受部品の強度をより高めるために、C量が、0.98%以上であることが好ましく、1.00%超であることがより好ましい。一方、C量が1.10%を超えると、熱間圧延後の冷却過程において、初析セメンタイトの析出を抑制することが難しくなり、伸線加工性やコイル成形性が損なわれる。そのため、C量が1.10%以下であることが必要である。伸線加工性やコイル成形性をより安定的に得るために、C量が1.08%以下であることが好ましく、1.05%未満であることがより好ましい。
【0023】
Si:0.10〜0.70%
Siは、脱酸剤として有用であり、炭素量を減らすことなく初析セメンタイトの析出を抑制する。更に、Siは、パーライト中のフェライト強度を増加させる。そのため、Si量が0.10%以上であることが必要である。軸受鋼部品により安定的な強度及び伸線加工性を付与するために、Si量が、0.12%以上や0.15%以上であることが好ましく、0.20%超であることがさらに好ましい。しかしながら、Siが鋼中に過剰に含まれると、伸線加工性や軸受部品の製品特性に有害なSiO系介在物が発生し易くなる他、強度が増加しすぎてコイル成形性が低下する。そのため、Si量の上限が0.70%であることが必要である。伸線加工性及びコイル成形性をさらに高めるために、Si量が0.50%以下であることが好ましく、0.30%以下や0.25%以下であることがさらに好ましい。
【0024】
Mn:0.20〜1.20%
Mnは、脱酸及び脱硫に有用であるのみならず、鋼の焼入れ性を確保するために有用である。そのため、Mn量が0.20%以上であることが必要である。より焼入れ性を高めるために、Mn量が、0.23%以上であることが好ましく、0.25%超であることがより好ましい。但し、Mnが過剰に鋼中に含まれると、Mnの上記効果の飽和により経済的な無駄が生じる他、熱間圧延後の冷却過程で伸線加工性に有害なマルテンサイトなどの過冷組織が発生しやすくなる。そのため、Mn量の上限が1.20%であることが必要である。Mn量が、1.00%以下であることが好ましく、0.80%以下や0.50%未満であることがより好ましい。
【0025】
Cr:0.90〜1.60%
Crは、焼入れ性を向上させると共に伸線材の熱処理後の球状化を促進させ、炭化物量も増加させる。さらに、Crは、圧延後の徐冷時にパーライトブロックの粗大化を抑制するのに極めて有効である。しかしながら、Cr量が0.90%未満では、十分なCrの効果が得られず、軸受部品の製品特性が低下する。そのため、Cr量が0.90%以上であることが必要である。より高い焼入れ性を得るために、Cr量が、1.00%超や1.10%以上であることが好ましく、1.20%以上や1.30%以上であることがより好ましい。一方、Cr量が1.60%超では、焼入れ性が過大となり、熱間圧延後の冷却過程でベイナイト、マルテンサイトなどの過冷組織が発生しやすくなる。そのため、Cr量の上限が1.60%であることが必要である。より安定的な伸線加工性を得るために、Cr量が、1.50%未満であることが好ましく、1.40%以下であることがより好ましい。
【0026】
P:0〜0.020%
Pは不純物である。P含有量が0.020%を超えると、Pが結晶粒界に偏析して線材の伸線加工性を損ねる恐れがある。したがって、P含有量を0.020%以下に制限することが好ましい。さらに好ましくは、P含有量を0.015%以下に制限する。また、P含有量は少ないほど望ましいので、P含有量の下限が0%であってもよい。しかし、P含有量を0%まで減らすのは、技術的に容易でない。また、安定的にP含有量を0.001%未満まで減らすと、製鋼コストが高くなる。よって、P含有量の下限を0.001%としてもよい。
【0027】
S:0〜0.020%
Sは不純物である。S含有量が0.020%を超えると、粗大なMnSが形成して線材の伸線加工性を損ねる恐れがある。したがって、S含有量を0.020%以下に制限することが好ましい。さらに好ましくは、S含有量を0.015%以下に制限する。また、S含有量は少ないほど望ましいので、S含有量の下限が0%であってもよい。しかし、S含有量を0%まで減らすのは、技術的に容易でない。また、安定的にS含有量を0.001%未満まで減らすと、製鋼コストが高くなる。よって、S含有量の下限を0.001%としてもよい。
【0028】
Mo:0〜0.25%
Moは焼入れ性を向上させるのに非常に有効であり、鋼がMoを任意(オプション)の化学元素として含むことが好ましい。しかしながら、Mo量が0.25%超では、焼入れ性が過大となり、熱間圧延後の冷却過程でベイナイト、マルテンサイトなどの過冷組織が発生しやすくなる。そのため、Mo量の上限が0.25%であることが必要である。鋼にMoが含まれる場合において、伸線加工性をより安定的に得るために、Mo量が0.23%以下や0.20%未満であってもよい。一方、Mo量の下限は、0%でもよく、焼入れ性をより高めるために、Mo量が0.05%以上であってもよい。
【0029】
B:0〜25ppm(0〜0.0025%)
Bは、固溶Bの粒界への濃化により疑似パーライトやベイナイトの生成を抑制する。しかしながら、鋼中のB量が過剰であると、組織(高温時におけるオーステナイト、すなわち、旧オーステナイト)中にFe23(CB)などの炭化物が形成し、軸受部品の製品特性を低下させる。そのため、B量の上限が25ppmであることが必要である。Bは、任意(オプション)の化学元素であり、B量の下限は、0ppm(0%)でもよい。疑似パーライトやベイナイトの生成を抑制し、より安定的な伸線加工性及びコイル成形性を得るために、B量が1ppm(0.0001%)以上や2ppm(0.0002%)以上、5ppm(0.0005%)以上であってもよい。
【0030】
O:0〜0.0010%
Oは不純物である。O含有量が0.0010%を超えると、酸化物系介在物が形成されて、線材の伸線加工性や軸受部品の製品特性が低下する。そのため、O含有量を0.0010%以下に制限する。O含有量は少ないほど望ましいので、上記制限範囲に0%が含まれる。ただし、O含有量を0%にするのは、技術的に容易ではない。そのため、製鋼コストの観点から、O含有量の下限値は0.0001%としてもよい。通常の操業条件を考慮すると、O含有量は、0.0005%〜0.0010%が好ましい。
【0031】
N:0〜0.030%
Nは不純物である。N含有量が0.030%を超えると、粗大な介在物が生成して、線材の伸線加工性や軸受部品の製品特性が低下する。そのため、N含有量を0.030%とする。Nは、AlやBと結合して窒化物を形成し、この窒化物がピン止め粒子として機能して結晶粒を細粒化する。そのため、N含有量が少量であれば、鋼がNを含んでもよい。例えば、N含有量の下限を0.003%としてもよい。結晶粒を微細化する効果さらに高める場合には、N含有量の下限を0.005%としてもよい。
【0032】
Al:0.010%〜0.100%
Alは脱酸元素である。Al含有量が0.010%未満であると、脱酸が不十分となり、酸化物が析出することによって、線材の伸線加工性や軸受部品の製品特性が低下する。一方、Al含有量が0.100%を超えても、AlO系介在物が発生し、線材の伸線加工性や軸受部品の製品特性が低下する。そのため、Al含有量を0.010%〜0.100%とする。より確実に伸線加工性や製品特性の低下を防ぐために、Al含有量は、0.015%〜0.078%であることが好ましい。さらに好ましくは、Al含有量は、0.018%〜0.050%である。
【0033】
なお、上記以外の化学元素が不純物として含まれる場合もあるが、そのような不純物の量はJIS G 4805に準じる。すなわち、Cu含有量を0.20%以下に制限し、上記に列挙された元素以外の元素の量を0.25%以下に制限する。
【0034】
本発明の一実施形態に係る鋼は、Cと、Siと、Mnと、Crとを含み、残部がFeおよび不純物からなる。また、本実施形態に係る鋼は、Mo、Bの群から選択される少なくとも1つの化学元素を含んでも良い。そのため、本発明の別の実施形態に係る鋼は、Cと、Siと、Mnと、Crと、任意(オプション)の化学元素として、Mo、Bから選択される少なくとも1つを含み、残部がFeおよび不純物からなる。本実施形態に係る鋼は、必須元素の量から過共析鋼に分類され、不純物には、PやS、O、N、Alなどが含まれる。
【0035】
次に、本実施形態に係る鋼線材の組織について説明する。
本発明において、図2Aに示すような、C断面における鋼線材の表面100から深さ0.1×r(mm)(r:鋼線材の半径(円相当径の半分))までの領域(斜線部)を「表層領域」10と呼ぶ。そして、図2Bに示すような、表層領域10の内方にあって表層領域10以外の領域(斜線部)を「内部領域」11と呼ぶ。即ち、鋼線材の半径(円相当径の半分)をr(mm)と定義したとき、表層領域10は、鋼線材の表面100から距離0.1×r(mm)だけ離れた面(C断面における線)と鋼線材の表面100との間の領域であり、内部領域11は、鋼線材の表面100から距離0.1×r(mm)だけ離れた面(C断面における線)によって囲まれた線材の中心(中心線)101を含む領域である。また、図2Cに示すように、線材の中心(中心線)101から距離0.5×r(mm)だけ離れた面(C断面における円)によって囲まれた線材の中心101を含む領域(斜線部)を「中心部」12と呼ぶ。この中心部12は、内部領域11に含まれている。なお、図2Dに示すように、C断面は、線材の長手方向に垂直な断面(斜線部)であり、中心線(中心)101は、線材の長手方向に延在している。
【0036】
まず、内部領域の組織について説明する。
【0037】
過共析鋼では、図1に示すように、旧オーステナイト粒界1に沿って初析セメンタイト2が析出し、初析セメンタイト2を除く領域にパーライト組織1aが形成されている。このパーライト組織1a内には、パーライトブロック3と呼ばれる領域、すなわち、フェライト(パーライト中におけるラメラーセメンタイト間のフェライトの各々)の結晶方位が同じ領域が形成されている。さらに、このパーライトブロック3内には、パーライトコロニー4と呼ばれる領域、すなわち、ラメラーセメンタイトが互いに平行に揃った領域が形成されている。なお、図1では、パーライトブロック3の一部が省略されている。
【0038】
内部領域においてパーライト以外の組織が10%以上である場合や過冷組織としてマルテンサイトが存在する場合、伸線時における組織の伸長の量が位置によって変動し、伸線材内に不均一な歪が生じて線材が断線する。そのため、主組織がパーライトであり、パーライトの面積率が90%以上であることが必要である。より伸線加工性を高めるために、パーライトの面積率が92%以上であると好ましい。パーライトの面積率の上限は、100%であってもよいが、線材の製造条件により高い柔軟性を付与するために、99%や98%であってもよい。ここで、パーライトは、疑似パーライトを含む。また、全てのパーライトブロックの円相当径が40μm以下であるパーライトが90%以上であるとより好ましい。初析セメンタイトは、少量の析出である限り、特に伸線加工性を阻害しない。しかしながら、多量の初析セメンタイトが旧オーステナイト粒を囲むように析出すると、伸線時に旧オーステナイト粒の変形が阻害され、伸線加工性が低下する。そのため、内部領域における初析セメンタイトの面積率を5.0%以下に制限することが必要である。より安定的に伸線加工性を得るためには、初析セメンタイトの面積率を3.0%以下に制限することが好ましく、3.0%未満や2.8%以下に制限することがより好ましい。パーライト、初析セメンタイト以外の組織(残部)は、ベイナイト、フェライト、球状セメンタイトの群から選択される少なくとも1つであり、残部の面積率を10%以下に制限することが必要である。より安定的に伸線加工性を得るためには、残部の面積率を、8.0%以下に制限することが好ましく、5.0%未満や3.0%以下に制限することが好ましい。
【0039】
このように、本実施形態では、少量の初析セメンタイトの析出が許容されるが、上述の特許文献2とは異なり初析セメンタイトが析出しないことが望ましい。
【0040】
パーライトブロックの径(粒径)は、延性と非常に強い相関関係があり、パーライトブロックを微細化すれば、伸線加工性が向上する。特に、パーライトブロックの粒径が粗大であると、伸線時に内部クラックが生成して線材が断線する可能性が高くなる。そのため、パーライトブロックの粒径が大きくなり過ぎないように抑制することは重要である。したがって、内部クラックの生成を抑制し、伸線加工性を十分に向上させるために、パーライトブロックの最大粒径を40μm以下に制限する。すなわち、40μmを超える円相当径を有するパーライトブロックの面積率が0.62%以下であることが必要である。また、パーライトブロックの最大粒径を35μm以下に制限することがより好ましい。すなわち、35μmを超える円相当径を有するパーライトブロックの面積率が0.48%以下であることがより好ましい。
【0041】
次に、表層領域の組織について説明する。
【0042】
伸線材をコイル状に成形する際、曲げやねじりが伸線材に付与される。この曲げやねじりによって与えられる変形量は表層領域において最も大きいため、表層領域の組織(パーライトの量、初析セメンタイトの量、硬さ、及び、中心部に対する硬さの差)の制御が重要である。例えば、パーライト量が少ないと、コイル成形時に伸線材が破断する。また、例えば、図3に示すように、初析セメンタイトの量が多く、初析セメンタイトがネットワーク状に存在すると、コイル成形時に伸線材が破断する。そのため、表層領域において、パーライトの面積率が80%以上であり、初析セメンタイトの面積率を2.0%以下に制限することがコイル成形性を確保するのに必要である。コイル成形性をより高めるために、表層領域におけるパーライトの面積率が、85%以上や90%以上であると好ましく、95%超や97%以上であるとより好ましい。ここでも、パーライトは、疑似パーライトを含む。パーライト、初析セメンタイト以外の組織(残部)は、ベイナイト、フェライト、球状セメンタイトの群から選択される少なくとも1つであり、残部の面積率を20%以下に制限することが必要である。より安定的にコイル成形性を得るためには、残部の面積率が、15%以下や10%以下に制限されることが好ましく、5.0%未満や3.0%以下に制限されることが好ましい。
【0043】
また、上記のパーライトの量、初析セメンタイトの量、残部の組織及び量に加え、例えば、パーライト中のフェライトに含まれるSiの量、パーライトのラメラー間隔やパーライトブロックの大きさ(粒径)、パーライト中の疑似パーライトの量、セメンタイトの形態、介在物の量、粒界偏析した化学元素(溶質)の量、旧オーステナイトの粒径もコイル成形性に影響を与える。例えば、パーライト中のラメラーセメンタイトが粒状化した疑似パーライトが、周りの組織との伸びの違いにより不均一な歪を生じてコイル成形性が低下することがある。但し、パーライトの量、初析セメンタイトの量、残部の組織及び量以外の要素を定義したり、測定したりすることは困難であるので、コイル成形性に影響を与える上記要素を総括したミクロ組織に係る要素を、表層領域の硬さとして定義する。この表層領域の硬さがHV420を超えると、コイル成形時に線材が破断する。そのため、図4に示すように、素材の表面から深さ0.1×r(mm)(r:鋼線材の半径)に至る表層領域における硬さがHV420以下であることが必要である。一方、表層領域における硬さがHV300未満であると、十分な量のパーライト組織を得ることが困難である他、旧オーステナイトやパーライトブロックの粒径も大きくなり、伸線加工性が低下する。そのため、表層領域の硬さの下限がHV(ビッカース硬度)で300以上であることが必要である。したがって、表層領域の硬さの範囲は、HV300〜HV420である。
【0044】
さらに、表層領域と内部領域との間の組織の違いもコイル成形性を低下させる。位置における組織の違いは、例えば、化学組成や熱間圧延後の冷却制御の影響やミクロ的な化学元素の分布の影響を受け、線材の表面と線材の中心との間で最も大きくなる。そのため、この表層領域と内部領域との間の組織の違いを、表層領域と中心部との間の硬さの差として定義する。この表層領域と中心部との間の硬さの差がHVで20.0を超えると、図5に示すように、コイル成形時に線材が破断する。そのため、表層領域と中心部との間の硬さの差をHV20.0以下に制限することが必要である。すなわち、表層領域と中心部との間の硬さの差の範囲は、HV0〜HV20.0である。
【0045】
上記において説明した組織の測定方法について説明する。
初析セメンタイトおよびパーライトの面積率は、次のようにして測定した。まず、線材の任意の位置から試片を切り出し、この試片を樹脂に埋めた後、線材のC断面(線材の中心線に垂直な断面)が表面(切断面)となるように粗研磨を行う。その後、仕上げ研磨としてアルミナで研磨した後、3%ナイタール溶液およびピクラールで腐食する。その後、相や組織を同定するために走査電子顕微鏡(SEM)にて腐食された表面を観察する。さらに、SEMにて、表層領域及び内部領域のそれぞれについて10領域を2000倍にて撮影した(1領域あたりの観察視野:0.02mm)。画像解析を用いて初析セメンタイトの領域とパーライトの領域とを抽出し、それら領域の面積から初析セメンタイトおよびパーライトの面積率を計算する。
【0046】
パーライトブロックの大きさは、次のようにして測定した。まず、線材の任意の位置から試片を切り出し、この試片を樹脂に埋めた後、線材のC断面(線材の中心線に垂直な断面)が表面(切断面)となるように粗研磨する。その後アルミナ及びコロイダルシリカで順次仕上研磨をして、歪を除去する。その後、後方散乱電子回折装置(EBSD)を用いて、内部領域について総合観察視野200000μm以上を分析する。なお、1視野で200000mを測定する必要はなく、視野を複数に分割してもよい。結晶方位(角度)の差が9°以上の境界をパーライトブロックの粒界と定義し、パーライトブロックの大きさ(粒径)を測定する。このパーライトブロックの大きさは、円相当径であり、得られたパーライトブロックの中で最も大きなパーライトブロック(粒)のサイズ(径)をパーライトブロックの最大径として定義する。
【0047】
C断面の表層領域及び中心部の硬さは、局所的な内部の組織(ミクロ組織や化学成分の分布等)によって決まるため、線材の降伏強度、引張強度から見積もることはできない。そのため、表層領域の硬さ及び中心部の硬さは、次のようにして測定した。まず、リング状に巻き取った線材から連続で3リング採取した後、各リングを8等分したそれぞれの箇所から長さ10mm程度の24個の試片を採取する。これらの試片から任意に選択された4個の試片を樹脂に埋め、線材のC断面(線材の中心線に垂直な断面)が表面(切断面)となるように樹脂を切断する。この表面をアルミナで研磨して歪を除去した後、ビッカース硬度計を用いた硬さ試験にて研磨面における表層領域及び中心部の硬さを測定する。
【0048】
表層領域の硬さは、線材の表面から0.1×r(mm)以内の3点以上の領域を測定して得られた結果を平均して評価される。例えば、1つの試片のC断面の表層領域内から互いに等間隔(90°間隔)になるように4点の領域を選択し、その4点の領域の硬さを評価する。そして、この評価を残りの3つの試片に対しても行い、1つの線材あたり計16点の領域の硬さを測定し、これら16点の領域の硬さを平均して表層領域の硬さを評価する。
【0049】
中心部の硬さは、表層領域の硬さを評価したC断面と同一のC断面内において、試片の中心(中心線)から0.5×r(mm)以内の3点以上の領域を測定して得られた結果を平均して評価される。表層領域と中心部との間の硬さの差は、表層領域の硬さから中心部の硬さを引いて計算された値を絶対値に変換して得られる。例えば、表層領域の硬さを評価したC断面と同一のC断面内において、中心部から3点の領域(計12点の領域)を選択し、それらの領域の硬さを評価する。そして、これら12点の硬さを平均して中心部の硬さを評価する。上述の表層領域の硬さからこの中心部の硬さを引いて表層領域と中心部との間の硬さの差が得られる。
【0050】
なお、ビッカース硬度計を用いてある領域の硬さを測定した後この領域に形成された圧痕が残りの硬さの測定に影響を与えないように硬さの測定領域間の距離を圧痕サイズの5倍以上離す。また、表層領域の硬さを測定する際には、測定領域が線材の表面から圧痕サイズの3倍以上離れるようにビッカース硬度計の荷重や測定領域を選択する。
【0051】
なお、本実施形態に係る線材の寸法は、特に制限されないが、線材の生産性および玉軸受の鋼球やコロ軸受のコロ等の軸受部品の生産性を考えると、線材の線径が直径3.5mm〜5.5mmであると望ましく、4.0mm〜5.5mmであるとより望ましい。なお、線材の線径は、円相当径により評価される。
【0052】
次に、製造方法について説明する。なお、以下に説明する製造方法は、伸線加工性および伸線加工後のコイル成形性に優れた軸受用鋼線材を製造する方法の一例である。本発明に係る軸受用鋼線材の製造方法は、以下の手順および方法に限定されず、本発明に係る軸受用鋼線材を製造できる方法であれば、軸受用鋼線材の製造方法として如何なる方法も採用することが可能である。
【0053】
熱間圧延(線材圧延)に供される材料には、通常の製造条件(例えば、鋳造条件や均熱条件)を採用して得られた鋼片を使用することができる。例えば、上述の化学組成を有する鋼を鋳造して得られた鋳造片に対して1100〜1200℃の温度域で10〜20hrの間保持するソーキング処理(鋳造などで発生する偏析を軽減させるための熱処理)を施す。均熱後の鋳造片から分塊圧延にて線材圧延に適した大きさの鋼片(一般にビレットと呼ばれる線材圧延前の鋼片)を製造する。なお、上記のソーキング処理を鋳造片に施しておくと、安定的に線材の組織を上述のように制御するのに有利である。
【0054】
その後、鋼片を900〜1300℃に加熱後、圧延温度を制御しながら圧延する。この圧延において、仕上圧延を700℃以上850℃以下の温度域から開始する。この場合、圧延による温度上昇により、仕上圧延を終了する温度は、一般的に800〜1000℃の温度域に達している。なお、圧延線材の温度は、放射温度計により測定され、厳密には鋼材の表面温度を意味する。仕上圧延直後の温度、すなわち、熱間圧延直後の温度から700℃までの温度域における平均冷却速度が5〜20℃/sの範囲内であるように熱延線材を冷却する。その後、700℃から650℃までの温度域における平均冷却速度が0.1〜1℃/sであるように熱延線材を冷却し、パーライト変態の温度域が650℃〜700℃の範囲になるように冷却速度を調整する。なお、冷却速度の切替温度は特に制限されず、上記温度域における平均冷却速度が維持される限り、700℃近傍で冷却速度を切り替えてもよく、熱間圧延後650℃まで連続的に(滑らかに)冷却速度を変更してもよい。また、冷却時に巻取りも行われ、巻取温度は、700℃以上である。
【0055】
仕上圧延を850℃以下の温度域から開始するのは、オーステナイト粒を微細化して変態時のパーライトの核生成サイトを増加させ、パーライトブロックの大きさを微細化するためである。850℃を超える温度域から仕上圧延を開始すると、パーライトブロックが十分に微細化しない。そのため、仕上圧延は、850℃以下の温度域から開始される。パーライトブロックをより微細化するために、仕上圧延を800℃以下で開始するとより好ましい。一方、仕上圧延を700℃未満の温度域から開始すると圧延時の設備負荷が増加する他、線材の表層領域が過剰に冷却され、表層領域に割れや異常組織が生成し、伸線加工性やコイル成形性が低下する懸念がある。そのため、仕上圧延を700℃以上の温度域から開始する。線材の表層領域の組織をより安定的に制御するために、仕上圧延を750℃以上で開始するとより好ましい。
【0056】
700℃以上の温度域における平均冷却速度が5℃/s以上であると、初析セメンタイトの析出や球状セメンタイトの生成を抑制することができることに加え、仕上圧延で微細化したオーステナイト粒が仕上圧延時の加工発熱(温度上昇)によって成長するのを抑制することができる。オーステナイト粒が粗大化すると、パーライトブロックが粗大化する他、硬さのばらつきも増加する。そのため、表層領域における初析セメンタイトの量を十分に減らし、微細なパーライトブロックと、C断面における均一な硬さとをより安定的に得るためには、700℃以上の温度域における平均冷却速度が5℃/s以上であることが必要である。一方、700℃以上の温度域における平均冷却速度が20℃/s以上であると、設備コストが増加して製造コストが増加する他、表層領域の硬さが増加してコイル成形性が低下する。そのため、この平均冷却速度の上限が20℃/sであることが必要である。表層領域の硬さをさらに低下させるために、平均冷却速度が15℃/s以下であると好ましい。なお、線材を700℃未満でリング状に巻き取ると、線材表面に疵が発生する可能性が増加するため、700℃以上で線材を巻き取る。
【0057】
700℃まで5〜20℃/sの平均冷却速度で熱延線材を冷却した後熱延線材を700℃以下の温度域に冷却すると、オーステナイトがパーライトへ変態する。そのため、700℃以下の温度域での平均冷却速度は、パーライト変態温度を制御する因子である。平均冷却速度が1.0℃/s超では、パーライト変態温度が650℃未満まで低下し、表層領域の硬さが増加したり、表層領域と中心部の硬さの差が増加したりするので、伸線加工性の低下や伸線加工後のコイル成形性の低下につながる。そのため、650℃〜700℃の温度域における平均冷却速度は1.0℃/s以下であることが必要である。伸線加工性およびコイル成形性をさらに向上させるために、平均冷却速度が0.8℃/s以下であると好ましい。なお、冷却速度の制御を650℃までとしたのは、巻取温度が700℃以上でかつ平均冷却速度が1.0℃/s以下であれば、パーライトへの変態が完了しているためである。一方、平均冷却速度が過剰に小さければ、初析セメンタイトが旧オーステナイト粒界上にネットワーク状に多量に析出し、伸線加工性が低下する。そのため、内部領域の初析セメンタイトの面積率(析出量)を5%以下に抑えるために、平均冷却速度の下限が0.1℃/s以上であることが必要である。内部領域の初析セメンタイトの量をさらに減らすために、平均冷却速度が0.3℃/s以上であると好ましい。
【0058】
本実施形態で規定する化学組成を有する素材に対して上述した製造方法を適用することにより、熱間圧延後に熱延線材に対して球状化焼鈍を行うことなく、本発明に係る軸受用鋼線材を製造することができる。熱間圧延後に熱延線材に対してパテンティング熱処理を行っても良い。
【0059】
上述のように、本実施形態における線材の製造方法では、質量%で、C:0.95〜1.10%、Si:0.10〜0.70%、Mn:0.20〜1.20%、Cr:0.90〜1.60%を含有し、オプションとして、Mo:0.25%以下、B:25ppm以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を鋳造して鋳片を得る。その鋳片を分塊圧延して鋼片を得る。この鋼片を900〜1300℃まで加熱し、仕上圧延を700〜850℃の温度域から開始する熱間圧延を鋼片に対して行って、熱延線材を得る。熱間圧延の終了温度から700℃までの温度域の平均冷却速度が5〜20℃/sであり、650〜700℃の温度域の平均冷却速度が0.1〜1℃/sであり、巻取終了温度が700〜820℃であるように、熱延線材に対して巻取と冷却とを行う。
【実施例】
【0060】
以下に、本発明に係る伸線加工性および伸線加工後のコイル成形性に優れた軸受用鋼線材の実施例を挙げ、本発明の例を具体的に説明する。ただし、本発明は、下記実施例に限定されず、本発明の目的に適合し得る範囲で適当に実施例に変更を加えて実施することもできる。そのような変更例も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0061】
表1及び表2に、線材中の化学成分の量と、線材の組織と、伸線加工性と、伸線後のコイル成形性とを示す。
【0062】
本実施例では、熱間圧延とその後の冷却とにより表1に示す化学成分を有する鋼からパーライト組織に制御されたサンプルを準備した。
【0063】
本実施例に係る線材の基本的な製法は次の通りであり、一部の鋼線材では、この基本的な製法の条件の一部または全部を変更した。ビレットを加熱炉にて1000〜1200℃まで加熱したのち、仕上圧延が700〜800℃の温度域で開始されるように熱間圧延を行った。その後、熱間圧延完了時の温度から700℃までの温度域における平均冷却速度が5〜20℃/sであり、650〜700℃の温度域における平均冷却速度が0.1〜1℃/sであり、パーライト変態温度が650〜700℃であるように段階的に冷却条件を制御した。なお、線材の線径は、φ3.6mm〜5.5mmであった。
【0064】
No.15〜21の線材では、上記基本的な製法の条件を後述のように一部変更した。また、No.22の線材では、上記基本的な製法ではなく、次の製法を用いた。すなわち、熱間圧延条件を制御して、オーステナイト粒度が9.5であり、線径が3.0mmである熱延線材をビレットから得た。その後、パーライトのラメラー間隔が0.08μmになるように、得られた熱延線材を、650℃まで9℃/秒の一定速度で冷却し、650℃から400℃まで1.0℃/秒の一定速度で冷却した。
【0065】
まず、表層領域(線材の表面から深さ0.1×r(mm)(r:鋼線材の半径)以内の領域)と内部領域(表層領域以外の領域)とにおける初析セメンタイトの面積率及びパーライトの面積率を評価し、その後、内部領域におけるパーライトブロックの最大径を評価した。
【0066】
得られた線材を樹脂に埋め込み、線材のC断面が表面となるように粗研磨を行った。この表面を、アルミナで仕上研磨した後、3%ナイタールおよびピクラールで腐食した。その後、SEMを用いた観察により相及び組織を同定し、SEMを用いた撮像により初析セメンタイト及びパーライトの面積率を測定した。
【0067】
初析セメンタイトおよびパーライトの面積率は、次のようにして測定した。表層領域及び内部領域のそれぞれについて10領域を倍率2000倍にて撮影(1領域あたりの測定総視野:0.02mm)した。得られた画像を画像解析することによって初析セメンタイトの領域とパーライトの領域とを抽出し、それら領域の面積から初析セメンタイトおよびパーライトの面積率を計算し、表層領域及び内部領域の初析セメンタイトおよびパーライトの面積率を得た。
【0068】
パーライトブロックの最大径は、後方散乱回折装置(EBSD)を用いて測定された。得られた線材を樹脂に埋め込み、線材のC断面が表面となるように粗研磨を行った。この表面をアルミナ及びコロイダルシリカを用いて順次仕上研磨して歪を除去したのち、研磨面におけるパーライトブロックをEBSDを用いて、1領域50000μmで4領域(総観察視野面積:200000μm)測定した。観察視野内において方位差が9°以上となる境界をパーライトブロックの粒界とみなしてパーライトブロック径を測定した。得られたパーライトブロック径の中で最も大きなパーライトブロック(粒)の径を最大径に決定した。
【0069】
表層領域の硬さは、次のようにして測定した。得られた線材から3リング採取し、更に各リングから8等分間隔で(等間隔毎に)10mmの8つの試片を採取した。その24個の試片から任意の試片を4個選択した。選択した試片を樹脂に埋め込み、線材のC断面が表面となるように粗研磨を行った。さらに、アルミナで仕上研磨を行い、研磨面から歪を除去した後、1つの試片のC断面の表層領域内から互いに等間隔(90°間隔)となるように4点の領域を選択し、その4点の領域の硬さを測定した。更に、この測定を残りの3個の試片に対しても行い、一つの線材あたり計16点の領域の硬さを測定し、これら16点の領域の硬さを平均して線材の表層領域の硬さを得た。なお、表層領域の硬さの測定においては、測定領域が線材の表面から圧痕サイズの3倍離れるようにビッカース硬度計の荷重や測定領域を制御した。
【0070】
さらに、表層領域と中心部の硬さの差を上記表層領域の硬さの測定方法と同様の測定方法によって評価した。表層領域の硬さを評価したC断面と同一のC断面内において、中心部(中心から0.5×r(mm)以内の領域)から3点の領域を選択し、それらの領域の硬さを測定した。得られた12点の硬さを平均して中心部の硬さを計算した。上述の表層領域の硬さからこの中心部の硬さを引いて表層領域と中心部の硬さの差を得た。
【0071】
次に、伸線加工性の評価試験について述べる。線材に対して球状化焼鈍を施すことなく、スケールを除去するために得られた線材を酸洗し、潤滑被膜を形成するために線材をボンデライジングし石灰被膜を線材に対して塗付した。その後、線材の伸線加工性の評価試験を行った。この試験では、線材を25m採取し、乾式の単頭式伸線機にて、1パスあたりの減面率が20%、伸線速度が50m/minとなるように線材を伸線し、この伸線を線材が断線するまで繰り返した。断線した際の伸線材の線径から真歪(−2×Ln(d/d)、d:伸線材の線径、d:鋼線材の線径)を計算した。この真歪を5回測定し、5回の真歪の平均を断線発生歪(伸線加工限界歪)として定義した。
【0072】
次に、コイル成形性の評価試験について述べる。この試験は、上記の伸線評価試験において1.8以上の伸線加工限界歪が得られた線材に対して行われた。300kgの線材を採取し、球状化焼鈍を施すことなく、スケールを除去するために線材を酸洗し、潤滑被膜を形成するために線材をボンデライジングし石灰被膜を線材に対して塗付した。その後、乾式の貯線式連続伸線機にて、1パスあたりの減面率が17〜23%、総減面率が70%以上、最終伸線速度が150〜300m/minとなるように線材を伸線し、連続して、得られた伸線材をコイル状に成形した。その際、線材の破断を検査し、300kgあたりの破断回数によってコイル成形性を評価した。なお、コイル径は600mmであった。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
【0075】
表2に結果を示す。本発明の範囲から外れる項目にアンダーラインを付している。表2中の組織の列において、Pはパーライト、θは初析セメンタイト、Mはマルテンサイトを意味する。この列に記載された組織以外に、フェライト、球状セメンタイト、ベイナイトが観察された。表2において、最大粒径は、パーライトブロックの最大粒径を示し、粗大粒面積率は、ミクロ組織中の40μmを超える円相当径を有するパーライトブロックの面積率を示す。また、コイル成形性について、表2中の数字は、破断回数を、記号−は、評価試験を行わなかったことを示す。
【0076】
No.1〜9の線材は全て、発明例であり、線材に対して2.8以上の真歪を加えても断線せず、優れた伸線加工性を有していた。また、No.1〜9の線材は全て、70%以上の総減面率で伸線しても破断することなくコイル形状に加工できる優れた成形性を有していた。
【0077】
No.10〜14の線材は全て、比較例であり、その化学組成は、本発明に係る線材の化学組成の範囲と異なっている。No.10の線材では、Cの量が多いため、表層領域およびその他の領域において、初析セメンタイトが過剰に析出し、伸線加工性およびコイル成形性が低下した。No.11の線材では、Siの量が多いため、表層領域の硬さが過剰に大きくなり、コイル成形性が低下した。No.12〜14の線材では、Mn、Cr、Moのいずれかの量が多いため、線材がマルテンサイトを含んでおり、伸線加工性が低下した。
【0078】
No.15〜21の線材も全て、比較例であり、本発明に係る線材の化学組成を有しているが、本発明に係る線材と組織において異なっている。No.15、19の線材では、仕上圧延が終了してから700℃までの平均冷却速度が5℃/s未満であったので、表層領域に初析セメンタイトが過剰に析出し、コイル成形性が低下した。No.16の線材では、650〜700℃の温度域において1.0℃/s超の平均冷却速度で線材を急速に冷却した結果、変態温度が650℃未満まで低下したため、表層領域の硬さが過剰に大きくなり、コイル成形性が低下した。No.17の線材では、850℃を超える温度で仕上圧延を開始したため、パーライトブロック粒径が大きくなり、伸線加工性が低下した。このNo.17の線材では、40μmを超える円相当径を有するパーライトブロックの面積率が0.62%を超えていた。No.18の線材では、700℃未満の温度で仕上圧延を開始したため、表層領域において、疑似パーライトやパーライト中のセメンタイトが球状化し、球状セメンタイトの生成によってパーライトの面積率が少なくなり、コイル成形性が低下した。No.20の線材では、仕上圧延終了後700℃まで線材を急速冷却したものの、650〜700℃の温度域における平均冷却速度が0.1℃/s未満であったため、表層領域以外の領域において、初析セメンタイトが過剰に析出し、パーライト面積率が低下したため、伸線加工性が低下した。No.21の線材では、650〜700℃の温度域における平均冷却速度(一定速度)が1.0℃/s超であったため、表層領域と中心部の硬さの差がHV20以上まで増大し、コイル成形性が低下した。No.22の線材は、初析セメンタイトの量が0%で、ラメラー間隔が0.08μmであるパーライト単相組織を有していた。しかしながら、このNo.22の線材では、表層領域の硬さが過剰に大きくなり、コイル成形性が低下した。
【産業上の利用可能性】
【0079】
伸線加工前の球状化焼鈍を省略しても優れた伸線加工性および伸線後のコイル成形性を有する軸受用鋼線材を提供することができる。
【符号の説明】
【0080】
1 旧オーステナイト粒界
1a パーライト組織
2 初析セメンタイト
3 パーライトブロック
4 パーライトコロニー
10 表層領域
11 内部領域
12 中心部
100 鋼線材の表面
101 中心線(中心・中心軸)
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3
図4
図5