特許第6226087号(P6226087)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6226087チタン合金部材およびチタン合金部材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6226087
(24)【登録日】2017年10月20日
(45)【発行日】2017年11月8日
(54)【発明の名称】チタン合金部材およびチタン合金部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/34 20060101AFI20171030BHJP
   C23C 8/12 20060101ALI20171030BHJP
   C23C 8/24 20060101ALI20171030BHJP
   C22C 14/00 20060101ALI20171030BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20171030BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20171030BHJP
【FI】
   C23C8/34
   C23C8/12
   C23C8/24
   C22C14/00 Z
   C22F1/18 H
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 613
   !C22F1/00 624
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630C
   !C22F1/00 630D
   !C22F1/00 630G
   !C22F1/00 631A
   !C22F1/00 650A
   !C22F1/00 681
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 691Z
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 692B
【請求項の数】5
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-561979(P2016-561979)
(86)(22)【出願日】2015年11月30日
(86)【国際出願番号】JP2015083651
(87)【国際公開番号】WO2016084980
(87)【国際公開日】20160602
【審査請求日】2017年5月22日
(31)【優先権主張番号】特願2014-240841(P2014-240841)
(32)【優先日】2014年11月28日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】森 健一
(72)【発明者】
【氏名】藤井 秀樹
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−097914(JP,A)
【文献】 特開2008−195994(JP,A)
【文献】 特開2006−249508(JP,A)
【文献】 特開平06−136499(JP,A)
【文献】 特開2014−169496(JP,A)
【文献】 特開昭53−120642(JP,A)
【文献】 特開2013−061075(JP,A)
【文献】 特開平08−277459(JP,A)
【文献】 特開昭62−256956(JP,A)
【文献】 大山英人・石外伸也・木田貴之,“ニアβ合金(Ti−17)鍛造品の機械的特性に及ぼす加工熱処理の影響”,R&D 神戸製鋼技報,日本,株式会社 神戸製鋼所,1999年12月 1日,第49巻・第3号(通巻第193号),p.23-25
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材部と、前記母材部の表層に形成された表層硬化層とを有するチタン合金部材であって、
前記母材部の断面硬さが330HV以上400HV未満であり、
前記表層硬化層の表面から5μm位置および15μm位置の断面硬さが450HV以上600HV未満であり、
前記表層硬化層が、酸素拡散層および窒素拡散層を備え、
前記酸素拡散層の深さが、前記表層硬化層の表面から40〜80μmであり、
前記窒素拡散層の深さが、前記表層硬化層の表面から2〜5μmである、チタン合金部材。
【請求項2】
前記母材部が、Near−β型チタン合金であり、
その化学組成が、質量%で、Al:3〜6%、酸素:0.06%以上0.25%未満、下記(1)式で算出されるMo当量が6〜13%、残部がTiおよび不純物である、請求項1に記載のチタン合金部材。
Mo当量(%)=Mo(%)+V(%)/1.5+1.25×Cr(%)+2.5×Fe(%)・・・ (1)
但し、式(1)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【請求項3】
前記母材部の微視組織が、β相マトリックス中に析出した針状α相と、旧β相の結晶粒界に沿って析出した粒界α相とを含む針状組織である、請求項1または請求項2に記載のチタン合金部材。
【請求項4】
自動車用部材である、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載のチタン合金部材。
【請求項5】
部材形状に加工した後に、酸素含有雰囲気において650〜850℃で5分〜12時間の前段の熱処理を行い、前記前段の熱処理を行った熱処理炉から酸素含有雰囲気ガスを排気し、1×10−2Torr以下に減圧した後、窒素雰囲気において700〜830℃で1〜8時間の後段の熱処理を行うことを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の疲労強度および耐摩耗性に優れたチタン合金部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン合金部材およびチタン合金部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軽量、高比強度で耐熱性にも優れるチタン合金は、航空機、自動車、民生品等の広範な分野で利用されている。チタン合金の代表例は、α+β型のTi−6Al−4Vである。α+β型チタン合金の中でもβ安定化元素を比較的多量に含有する合金は、βリッチα+β型チタン合金またはNear−β型チタン合金と呼ばれており、高強度チタン合金として多く利用されている。
【0003】
βリッチα+β型チタン合金またはNear−β型チタン合金の定義は明確ではないが、α+β型チタン合金の中でβ安定化元素を多く含有してβ相の比率を高めた合金である。以後、Near−β型チタン合金と表記する。代表的なNear−β型チタン合金として、Ti−10V−2Fe−3Al、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Mo、Ti−5Al−5V−5Mo−3Crなどがある。また、Ti−5Al−2Fe−3MoやTi−4.5Al−3V−2Mo−2Feといったチタン合金もNear−β型である。β相安定性を示す指標として用いられるMo当量(Mo当量=Mo[mass%]+V[mass%]/1.5+1.25×Cr[mass%]+2.5×Fe[mass%])は、上記の合金において、おおよそ6〜14の範囲である。
【0004】
Near−β型チタン合金は、加工熱処理によって微視組織形態を制御することで、強度・延性を変化させることが可能である。しかし、Near−β型チタン合金の強度を高くしすぎると、切欠き感受性が増して実用上の問題が発生する。
【0005】
一方、チタン合金を自動車用部品などで摺動部に使用する場合には、耐摩耗性が劣ることが問題となる。チタン合金部材の耐摩耗性を改善するために、さまざまなコーティングや硬化層形成などの技術が開発されてきた。コーティングは、硬質のセラミックや金属を、PVD(物理気相成長)や溶射等の方法でチタン合金部材の表面に形成するものである。コーティングは、処理コストが高いために広く普及するには至っていない。
【0006】
安価で工業的に利用しやすい方法として、チタン合金素材の表面に硬化層を形成する方法がある。例えば、特許文献1には、大気炉中で熱処理し、製品の表面に酸化スケールを形成する方法が記載されている。また、特許文献2には、酸素希薄雰囲気中で酸素拡散処理を行うことにより、酸化物層を生成させることなく酸素拡散層を形成するチタン系材料の表面処理方法が開示されている。
【0007】
チタン合金素材の表面から内部に酸素を拡散させて酸化層や酸素拡散層を形成させる場合、最表層の酸素濃度が極めて高くなる。その結果、チタン合金部材に表面を起点とする疲労破壊が生じて、疲労強度が低下する問題がある。
【0008】
このため、酸化硬化層を形成した上で、疲労強度の低下を抑制したり高い疲労強度を得たりするための方法が種々検討されてきた。
【0009】
例えば、特許文献3には、条件を満たす酸化処理温度および時間により酸化処理を施すことで、要求される疲労強度と耐摩耗性を確保する方法が提案されている。特許文献3には、酸化硬化層の厚さを14μm以下にすることで、酸化処理による疲労強度の低下を20%以下に抑えることができることが開示されている。
【0010】
特許文献4には、酸化処理を行った後にショットピーニングを行ったチタン部材が開示されている。特許文献4では、酸化処理を行い表面硬さHmvを550以上800未満とした後に、ショットピーニングを行い表面硬さHmvを600以上1000以下とし、酸素拡散層の厚さを10μmから30μmとしている。
【0011】
特許文献5には、耐摩耗性又は疲労強度の要求される表面に、浸炭層を形成したのち、他の動弁部品と接触する部分に、酸化層を形成する技術が開示されている。
【0012】
特許文献6には、疲労特性に優れたNear−β型チタン合金が記載されている。
【0013】
特許文献7には、表面に酸素拡散層を形成したチタン合金製エンジンバルブが記載されている。特許文献8には、表面に酸化硬化層が形成された高強度チタン合金製自動車用エンジンバルブが記載されている。特許文献9には、チタン合金母材の表層に酸素が固溶した硬化層を有するチタン合金部材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開昭62−256956号公報
【特許文献2】特開2003−73796号公報
【特許文献3】特開2004−169128号公報
【特許文献4】特開2012−144775号公報
【特許文献5】特開2001−49421号公報
【特許文献6】特開2011−102414号公報
【特許文献7】特開2002−97914号公報
【特許文献8】特開2007−100666号公報
【特許文献9】国際公開第2012/108319号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
特許文献3において使用したチタン合金は、Ti−6Al−4Vであり、330HVの母材断面硬さを安定的に得られる材料ではない。また、特許文献3において得られる疲労強度はせいぜい400MPaであり、十分に高いとは言えない。
【0016】
特許文献4のチタン部材のように、表面硬さを600以上1000Hv以下とすることは、耐フレッティング摩耗性には有利であっても、疲労強度の大幅な低下は免れない。また、ショットピーニングで付与される圧縮残留応力は、部材の使用温度が300℃程度以上になる場合には解放されるため、安定した処理方法とは言い難い。
【0017】
特許文献5では、酸素とアセチレン等の燃料ガスの火炎により、表層を酸化させることにより酸化層を形成している。このような方法では、酸化層を形成する適切な部位にのみ火炎を当てることが困難であることに加えて、製造方法の複雑さが増し、生産効率が低下することによるコストアップが免れない。
【0018】
特許文献6には、チタン合金部材の耐摩耗性に関する記載はない。
【0019】
特許文献7〜9において、チタン合金部材の表層に形成されるのは酸化硬化層であり、十分な延性を有さず、疲労強度が低下する。
【0020】
従来、チタン合金部材の耐摩耗性を付与するために、表面から酸素や炭素を拡散させて表層硬化層を形成した場合、表層硬化層のない場合に比べて疲労強度が大幅に低下する課題があった。また、疲労強度の低下によって、チタン合金部材を、自動車のコンロッドやエンジンバルブ等の駆動部品に使用するための要求特性が未達となるなどの課題があった。
【0021】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、表層硬化層を有し、母材部の断面硬さが高く、疲労強度および耐摩耗性に優れたチタン合金部材およびチタン合金部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、上記課題を達成するために、母材部の断面硬さが高いチタン合金部材における表層硬化層と疲労強度との関係を鋭意調査した。特に、き裂発生の起点となりやすい表層硬化層の最表層部に着目し、形成条件について、一般的な熱処理炉で制御可能な範囲で真空度を変化させたり雰囲気ガス種、熱処理温度、熱処理時間を変更したりするなどして、表層硬化層の深さ方向の硬度分布を検討した。そして、最表層部の硬さを低減して表層硬化層の硬度分布を特定の範囲に制御することによって、母材部の断面硬さが高いチタン合金部材において、優れた耐摩耗性と高い疲労強度とが得られることを見出した。
【0023】
前述のように、従来技術の表層硬化層は、酸素の拡散または更に炭素の拡散によって形成されているが、このような表層硬化層では、最表層部の硬さを低減して表層硬化層の硬度分布を特定の範囲に制御しても、疲労強度が劣化する。そこで、本発明者らは、表層硬化層を構成する成分について調査を行った結果、所定深さの酸素拡散層とともに、所定深さの窒素拡散層を形成すると、さらに優れた耐摩耗性と高い疲労強度とが得られることを見出した。
【0024】
本発明の要旨とするところは、以下のとおりである。
【0025】
[1]母材部と、前記母材部の表層に形成された表層硬化層とを有するチタン合金部材であって、前記母材部の断面硬さが330HV以上400HV未満であり、前記表層硬化層の表面から5μm位置および15μm位置の断面硬さが450HV以上600HV未満であり、前記表層硬化層が、酸素拡散層および窒素拡散層を備え、前記酸素拡散層の深さが、前記表層硬化層の表面から40〜80μmであり、前記窒素拡散層の深さが、前記表層硬化層の表面から2〜5μmである、チタン合金部材。
【0026】
[2]前記母材部が、Near−β型チタン合金であり、その化学組成が、質量%で、Al:3〜6%、酸素:0.06%以上0.25%未満、下記(1)式で算出されるMo当量が6〜13%、残部がTiおよび不純物である、[1]に記載のチタン合金部材。
Mo当量(%)=Mo(%)+V(%)/1.5+1.25×Cr(%)+2.5×Fe(%)・・・ (1)
但し、式(1)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0027】
[3]前記母材部の微視組織が、β相マトリックス中に析出した針状α相と、旧β相の結晶粒界に沿って析出した粒界α相とを含む針状組織である、[1]または[2]に記載のチタン合金部材。
【0028】
[4]自動車用部材である、[1]〜[3]のいずれかに記載のチタン合金部材。
【0029】
[5]部材形状に加工した素材に、酸素含有雰囲気において650〜850℃で5分〜12時間の前段の熱処理を行い、前記前段の熱処理を行った熱処理炉から酸素含有雰囲気ガスを排気し、1×10−2Torr以下に減圧した後、窒素雰囲気において700〜830℃で1〜8時間の後段の熱処理を行う、[1]〜[4]のいずれかに記載のチタン合金部材の製造方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、母材部の断面硬さが高く、表層硬化層を有する耐摩耗性に優れたチタン合金部材において、表層硬化層形成による疲労強度低下代が従来よりも小さく、したがって高い疲労強度を有するチタン合金部材を提供できる。
【0031】
本発明のチタン合金部材は、通常の熱処理炉を用いて製造でき、特殊な装置やガスを用いる必要がないことから、工業的に安価に製造することができる。
【0032】
本発明によれば、優れた耐摩耗性および疲労強度を有するチタン合金部材が得られることから、チタン材の利用範囲を拡大することができる。例えば、二輪車や四輪車などの自動車の駆動部材に、軽量で高強度のチタン材をより多く使用することが可能となり、燃費の向上や環境負荷軽減などの効果が得られ、持続的社会の実現に寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】チタン合金部材の断面硬さ分布を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0035】
本発明者は、チタン合金部材において優れた耐摩耗性と高い疲労強度とを両立させるべく、以下に示すように検討した。すなわち、チタン合金に酸化処理を行うことより表層硬化層を有するチタン合金部材を形成すると、表層硬化層にき裂が発生して疲労強度が低下する。表層硬化層を有するチタン合金部材のき裂形成機構として、(1)最表層に形成される脆い酸化スケール層にき裂が発生して母材に進展する、(2)酸化処理によって表面が粗くなるため局所的に応力が集中してき裂が発生する、(3)酸素固溶により延性が極端に低下した表層硬化層に引張応力が加わることで脆性的なき裂が発生する、などが指摘されてきた。特に、引張強度が1000MPa付近以上の高強度チタン合金では、母材部の断面硬さが330HV付近以上である。したがって、表層硬化層は、酸素固溶によってさらに硬度が上昇して切欠き感受性が高まる。このため、初期発生き裂の影響が顕著になって疲労強度が低下しやすい。
【0036】
例えば、Near−β型チタン合金であるTi−5Al−2Fe−3Mo−0.15酸素(O)合金(元素記号の前の数値はその元素の含有量(質量%)を示す。)を所定の形状に加工して、大気中で800℃で1時間の熱処理を行った場合、表層硬化層の形成されたチタン合金部材の断面硬さ分布は、図1に示す比較例のようになる。図1に示す比較例では、表面から5μm位置の断面硬さが600HVを超えている。この場合、チタン合金部材の疲労強度は、表層硬化層を形成しない場合に比べて、約30%低下する。これは、硬さ600HV以上の表層硬化層において、チタン合金部材の表面に発生した微小き裂の進展を抑制するために必要な延性が不足し、き裂が進展しやすくなるためと推定される。
【0037】
表層硬化層を形成するための熱処理を、より低温または短時間とすることで、表面から5μm位置の断面硬さを600HV未満とすることができ、疲労強度の低下を抑制できる。しかし、その場合、表面から15μm位置の断面硬さを450HV以上とすることは困難であり、表層硬化層を設けることによる耐摩耗性を向上させる効果を得ることができない。
【0038】
このようにTi−5Al−2Fe−3Mo−0.15O合金に通常の大気中の熱処理を行っても、表面から5μm位置および15μm位置の硬さを450HV以上600HV未満の間に制御できないため、耐摩耗性と疲労強度を両立させることは困難である。
【0039】
ここで断面硬さの測定位置を表面から5μmと15μmとしたのは、以下の理由による。すなわち、表層硬化層に発生する微小き裂が5μmより小さければ、き裂が進展せずに滞留することができる。このため、表面から5μm位置の硬さを一定値以下とすることが重要だからである。また、表面から15μm位置の断面硬さが450HV未満の場合、チタン合金部材の使用中の摩耗によって、表層硬化層が容易に消失し、耐摩耗性が不足するためである。
【0040】
これに対し、本発明のチタン合金部材の製造方法では、熱処理において、一般的な熱処理炉で取り扱いが容易な大気などの酸素含有ガスと窒素ガスとを利用する。チタン合金の表面から内部に酸素および/または窒素のガス原子を拡散させる場合、チタン合金内部の拡散速度が律速するため、拡散原子の濃度分布は、概ね最表面が高く内部に向かって減少する形となる。この拡散原子の濃度分布は、単に外側の酸素ガスまたは窒素ガスの分圧を低減させるだけでは変えることができない。
【0041】
そこで、本発明者らは、鋭意検討し、実用的なチタン合金の最終熱処理温度である650℃から850℃程度の範囲において、酸素の拡散速度と比較して窒素の拡散速度が非常に小さいことを利用して、表層硬化層の硬さ分布を制御する方法を見出した。
【0042】
具体的には、例えば、Ti−5Al−2Fe−3Mo−0.15酸素(O)合金を所定の形状に加工して、酸素含有雰囲気において650〜850℃で5分〜12時間の前段の熱処理を行い、その後、窒素雰囲気において700〜830℃で1〜8時間の後段の熱処理を行う。このことにより、図1に示す本発明のように、図1に示す比較例と比較して、濃度勾配が緩やかで、表層硬化層の最表層部の硬さが低減された硬度分布が得られる。
【0043】
上記の検討では、チタン合金部材の母材として、Near−β型チタン合金であるTi−5Al−2Fe−3Mo−0.15O合金を用いた。Ti−5Al−2Fe−3Mo−0.15O合金からなる母材部の断面硬さは、微視組織によって変化し、おおよそ330〜400HVの範囲である。本発明者らが検討した結果、母材部の成分が異なっていても、母材部の断面硬さが330HV以上400HV未満の高強度チタン合金部材であれば、上記方法を適用して表層硬化層の硬度分布を制御できることが分かった。
【0044】
次に、本発明のチタン合金部材とその製造方法について、詳細に述べる。
【0045】
本発明のチタン合金部材は、母材部と、母材部の表層に形成された表層硬化層とを有する。母材部は、断面硬さが330HV以上400HV未満のものである。表層硬化層は、表面から5μm位置および15μm位置の断面硬さが450HV以上600HV未満であるものである。
【0046】
母材部の断面硬さが330HV未満であると、母材部の硬さが不足してチタン合金部材の強度が不十分となる。また、母材部の断面硬さが400HV以上であると、チタン合金部材の疲労強度が不十分となる。
【0047】
表層硬化層の表面から5μm位置および15μm位置の断面硬さが450HV未満であると、耐摩耗性が不十分となる。また、表層硬化層の表面から5μm位置および15μm位置の断面硬さが600HV以上であると、疲労強度が不十分となる。
【0048】
本発明におけるチタン合金部材の母材部および表層硬化層の硬さは、以下に示す方法によって測定したものである。
【0049】
部材断面を鏡面研磨した後、マイクロビッカース硬度計を用いて母材部および表層硬化層の硬さを測定した。表層硬化層の硬さとして、部材表面から5μm位置と15μm位置で、荷重10gfのマイクロビッカース硬さを測定した。母材部の硬さとして、表層硬化層の影響がない部材表面から200μm以上離れた場所で、荷重1kgfのマイクロビッカース硬さを測定した。
【0050】
本発明における表層硬化層は、酸素拡散層および窒素拡散層を備えており、酸素拡散層の深さは、前記表層硬化層の表面から40〜80μmであり、窒素拡散層の深さは、前記表層硬化層の表面から2〜5μmである。
【0051】
ここで、チタン合金のα相を強化する元素であるAl、OおよびNの含有量が増加すると、平面状のすべりが生じる、すなわち、特定のすべり面にすべりが集中しやすくなる。疲労破壊においては、平面状のすべりと部材表面が交差する場所で表面の凹凸を生じ、き裂が発生がしやすくなる。本発明者らは、表層硬化層を酸素拡散層のみで構成するよりも、酸素拡散層および窒素拡散層で構成することにより、部材表面の初期き裂発生が抑制され、疲労寿命の向上につながることを見出したものである。
【0052】
酸素拡散層の深さが、前記表層硬化層の表面から40μ未満の場合、耐摩耗性に必要な表層硬化層の厚みが不足する。一方、80μmを超えると、表層硬化層の厚みが大きくなり初期き裂発生深さが大きくなるため疲労強度が低下する。窒素拡散層の深さが、前記表層硬化層の表面から2μ未満の場合、平面すべりを抑制する効果が不十分であり、5μmを超えると、その効果が飽和する。
【0053】
母材部は、Near−β型チタン合金からなるものであることが好ましい。Near−β型チタン合金は、α相とβ相からなるα+β型合金のなかで、β相の比率が比較的高い合金である。母材部がNear−β型チタン合金であると、β安定化元素の添加による固溶強化のほか、β相マトリックス中にα相を析出させる析出強化の効果が容易に得られる。
【0054】
Near−β型チタン合金の化学組成は、質量%で、Al:3〜6%、酸素(O):0.06%以上0.25%未満、下記(1)式で算出されるMo当量が6〜13%、残部がTiおよび不純物であることが好ましい。
Mo当量(%)=Mo(%)+V(%)/1.5+1.25×Cr(%)+2.5×Fe(%)・・・ (1)
但し、式(1)中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0055】
Al含有量が3%未満であると疲労強度が不足する場合がある。このため、Al含有量は3%以上であることが好ましく、4%以上であることがより好ましい。また、Al含有量が6%を超えると、α相の比率が高くなり、微細なα相を得ることが困難になって疲労強度が低下する場合がある。このため、Al含有量は6%以下であることが好ましく、5.5%以下であることがより好ましい。
【0056】
酸素含有量が0.06%未満であると疲労強度が不足する場合がある。このため、酸素含有量は0.06%以上であることが好ましく、0.12%以上であることがより好ましい。また、酸素含有量が0.25%以上であると、延性が低下して十分な靭性が確保できない場合がある。このため、酸素含有量は、0.25%未満であることが好ましく、より好ましい酸素含有量は、0.18%以下である。
【0057】
Mo当量が6%未満であると、微細なα相が得られにくくなり、疲労強度が低下する。このため、Mo当量は6%以上であることが好ましく、7%以上であることがより好ましい。また、Mo当量が13%を超えると、硬さが高くなりすぎて、十分な靭性が確保できない場合がある。このため、Mo当量は13%以下であることが好ましく、13%以下であることがより好ましい。
【0058】
なお、Near−β型チタン合金には、Mo、V、CrおよびFeから選択される一種以上の元素が、前記の式(1)で算出されるMo当量が6〜13%の範囲で含まれておればよく、Moは13%以下、Vは19.5%以下、Crは10.4%以下、Feは5.2%以下の範囲とすればよい。いずれの元素の含有量も、その下限は0%でもよい。また、それぞれの好ましい上限は、Moは6.0%、Vは6.0%、Crは4.0%、Feは3.0%である。なお、不純物としてSi、C、Nなどが含まれることがある。Siは0.5%未満、Cは0.1%未満、Nは0.1%未満であれば、本発明の効果には影響を及ぼさない。
【0059】
次に、母材部の微視組織について述べる。
【0060】
母材部の微視組織は、β相マトリックス中に析出した針状α相と、旧β相の結晶粒界に沿ってやはり針状に析出した粒界α相とを含む針状組織であることが好ましい。
【0061】
母材部の微視組織が針状組織であると、表層硬化層を形成するために行う後述する前段の熱処理および後段の熱処理において、部材形状が変形することを抑制できる。それは、母材部の微視組織が針状組織であるチタン合金部材は、母材部の微視組織が等軸組織である場合と比べて、耐クリープ性に優れるからである。
【0062】
針状α相の幅は、0.1μm〜3μmであることが好ましい。針状α相の幅が上記範囲であると、より良好なクリープ特性が得られる。また、針状α相の幅は、1μm以下であることがより望ましい。針状α相の幅が1μm以下であると、粒界α相が起点となる疲労破壊を抑制でき、より優れた疲労強度が得られる。
【0063】
針状α相は、旧β相の結晶粒を横断するように析出する。そのため、針状α相の長さは、規定することが困難であり、針状α相のアスペクト比などは限定することが困難である。
【0064】
なお、本発明のチタン合金部材においては、母材部の微視組織は、針状α相と粒界α相とを含む針状組織に限定されるものではなく、例えば、等軸の初析α相と変態β相とからなる組織である等軸組織であってもよい。変態β相とは、高温の熱処理中にはβ相であったが、冷却の過程でβ粒内にα相が析出した組織の総称を意味する。
【0065】
次に、本発明のチタン合金部材の製造方法について説明する。
【0066】
まず、所定の合金組成を有するチタン合金をVAR(真空アーク溶解)法などを用いて溶解し、所定の部材形状および微視組織を得るため、熱間加工、溶体化処理、焼鈍、時効処理、切削等を行う。
【0067】
なお、本実施形態において製造するチタン合金部材の形状は、特に限定されるものではない。また、部材形状に加工する素材の形状は、目的とする製品の形状に対して好ましい形状であり、特に限定されるものではない。
【0068】
本実施形態においては、母材部の微視組織として、上述した針状α相と粒界α相とを含む針状組織を得るために、溶体化処理において、β変態温度以上に保持することが好ましい。また、β変態温度以上に保持する溶体化処理後に、1℃/s〜4℃/sの冷却速度で冷却することが好ましい。溶体化処理後の冷却速度が1℃/s以上であると、母材部の微視組織における針状α相の幅が1μm以下となる。また、溶体化処理後の冷却速度が4℃/sを超えると、その後の焼鈍、時効処理、前段の熱処理、後段の熱処理において、部材形状が変形する可能性が高くなるため、4℃/s以下が好ましい。
【0069】
また、本実施形態において、母材部の微視組織が等軸組織であるチタン合金部材を製造する場合には、溶体化処理において、α相およびβ相の2相域の温度に保持することが好ましい。この場合、β相中に析出するα相を微細化するため、溶体化処理後、5〜50℃/sの冷却速度で冷却することが好ましい。
【0070】
チタン合金部材の母材部の微視組織は、溶体化処理および溶体化処理後の冷却によって形成され、その後に行われる後述する前段の熱処理および後段の熱処理によって大きな影響を受けることはない。溶体化処理は、大気雰囲気中で行ってもよいし、部材の酸化を防止するために真空中またはAr雰囲気中で行ってもよい。
【0071】
本実施形態においては、溶体化処理以降の焼鈍または時効処理は、以降に述べる表層硬化層を形成するための前段の熱処理および/または後段の熱処理で代替することができる。
【0072】
本実施形態においては、所定の微視組織および所定の部材形状に加工した素材に、熱処理炉などを用いて、前段の熱処理を行う。前段の熱処理は、酸素含有雰囲気において650〜850℃で5分〜12時間の範囲で行う。前段の熱処理を行うことで、部材中に酸素が拡散する。前段の熱処理において拡散される酸素濃度分布は、部材最表層の酸素濃度が最も高く、部材表面から離れるほど低くなる。
【0073】
前段の熱処理条件範囲を超えて高温かつ長時間の熱処理を行って、部材の表面に厚い酸化スケール層が形成されると、後段の熱処理において、酸化スケール層が酸素の供給源となるため、窒素ガスによる酸素遮断機構が働きにくくなる。
【0074】
一方で、前段の熱処理において、酸素富化したチタン合金に不可避的に表れるαケース(酸素富化層)が生成されても、酸素富化層に含まれる酸素量が少ないことから、前段の熱処理における酸素遮断機構に影響を来すことはないと推定される。
【0075】
前段の熱処理時間は、熱処理温度によって変化させることが好ましい。具体的には、650℃では12時間、700℃では3時間、750℃では1時間、800℃では20分、850℃では8分などを目安とする。前段の熱処理における熱処理温度および熱処理時間は、好ましくは700〜800℃で20分〜3時間であり、より好ましくは720〜780℃で30〜90分である。
【0076】
前段の熱処理温度が650℃未満および/または熱処理時間が5分未満であると、部材中に拡散する酸素量が不足する。前段の熱処理温度が850℃超および/または熱処理時間が12時間超であると、後段の熱処理を行っても、表層硬化層の表面から5μm位置の断面硬さが600HV以上となり、疲労強度が不十分となる。前段の熱処理における酸素含有雰囲気は、大気(空気)とすることができる。
【0077】
本実施形態において、前段の熱処理の終了した部材は、積極的に冷却してもよいし、積極的に冷却することなく熱処理炉内で保持してもよい。前段の熱処理後の冷却速度は、チタン合金部材の母材部の微視組織およびチタン合金部材の特性に影響を与えることはない。
【0078】
前段の熱処理の後、後段の熱処理を行う前に、熱処理を行った熱処理炉から酸素含有雰囲気ガスを排気して真空とすることが好ましい(真空排気工程)。真空排気工程における排気は、油回転ポンプ等を用いて1×10−2Torr以下の真空度になるまで行うことが好ましい。
【0079】
次に、後段の熱処理として、窒素雰囲気において700〜830℃で1〜8時間の熱処理を行う。後段の熱処理における熱処理温度および熱処理時間は、好ましくは720〜780℃で2〜6時間である。
【0080】
後段の熱処理を行うことで、酸素が部材内部方向に拡散して、最表層部の酸素濃度が低減するとともに、酸素の濃度勾配が緩やかとなる。
【0081】
後段の熱処理温度が700℃未満および/または熱処理時間が1時間未満であると、後段の熱処理を行っても、表層硬化層の表面から5μm位置の断面硬さが600HV以上となり、疲労強度が不十分となる。また、後段の熱処理温度が830℃超であると、微視組織が粗大になるため疲労強度が低下する。また、後段の熱処理時間が8時間超であると、表層硬化層の表面から15μm位置の断面硬さが450HV未満となり、耐摩耗性が不十分となる。
【0082】
後段の熱処理における雰囲気を窒素雰囲気とした理由は、(1)酸素分圧を下げること、(2)酸素と同じ格子内位置を占めて拡散速度が酸素よりも遅い窒素を使うことで新規の酸素侵入を抑制すること、(3)窒素の拡散速度は小さいため、上記の熱処理温度および熱処理時間では、表面から5μmおよび15μm位置の硬さを600HV以上にまで増加させるには至らないこと、である。さらに、(4)表層硬化層を酸素拡散層のみで構成するのではなく、酸素拡散層および窒素拡散層で構成することにより、部材表面の初期き裂発生が抑制され、疲労寿命の向上につながることも、その理由の一つである。
【0083】
後段の熱処理は、高純度の窒素ガスを通気させながら行うか、部材周囲を窒素ガス雰囲気として行う。窒素ガスは99.999%以上の純度のものを用いる。窒素の純度が低いと窒素ガス中に不純物として含まれる酸素によって、母材が容易に酸素を吸収してしまうためである。
【0084】
なお、前段の熱処理と後段の熱処理とで、熱処理温度が同じである場合には、同一炉内で、温度を下げることなく連続して行っても良い。例えば、大気中で前段の熱処理を行い、部材を高温の炉内にとどめたまま、大気を排気する真空排気工程を行った後、窒素ガスを炉内に吹き込んで窒素雰囲気にしても良い。
【0085】
このようにして得られたチタン合金部材は、前段の熱処理と後段の熱処理とを行うことにより製造されたものであるので、母材部および表層硬化層の断面硬さが上記範囲内であり、疲労強度および耐摩耗性に優れている。このため、自動車の駆動部品などの自動車用部材に好適に使用できる。
【0086】
本実施形態のチタン合金部材の製造方法によれば、表層硬化層の硬度分布を制御することができるので、母材部の断面硬さが高く、表層硬化層を有するチタン合金部材において優れた疲労強度特性を得ることができる。
【実施例】
【0087】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。
【0088】
(実験例1)
合金組成がTi−5%Al−2%Fe−3%Mo−0.15%酸素(O)となるチタン合金をVAR(真空アーク溶解)法を用いて溶解し、鍛造、熱延して、直径φ15mmの棒材を製造した。得られた棒材に対して、大気中で、1050℃で20分間加熱する溶体化処理を行なった後、1050〜700℃までの温度を0.1〜4℃/sの冷却速度で空冷し、母材部の微視組織を作り込んだ。溶体化処理後の冷却速度は、棒材に直径2mmの孔をあけて熱電対で測定した断面中心部の温度を用いて算出した。
【0089】
このようにして微視組織を作り込んだ棒材から、平行部φ4mm×8mm長さの疲労試験片と2mm×10mm×10mmの平板試験片を作製し、疲労試験片の平行部と平板試験片の表面を#1000で研磨した。その後、疲労試験片および平板試験片に表1に示す条件で、前段熱処理および後段熱処理をこの順に行って、疲労試験片および平板試験片の表層全面に表層硬化層を形成した。
【0090】
次に、表層硬化層を形成した疲労試験片の一部を用いて、マイクロビッカース硬度計を用いて母材部および表層硬化層の断面硬さ測定を行った。まず、疲労試験片の平行部を切断し、樹脂に埋込み、断面を鏡面研磨した。その後、表面から5μm位置と15μm位置で、荷重10gfにてマイクロビッカース硬さを測定した。また、母材部の硬さとして、表面から200μm以上離れた場所で、荷重1kgfのマイクロビッカース硬さを測定した。
【0091】
続いて、GDS(グロー放電発光分光分析装置)を用いて、疲労試験片と同じ処理を施した平板試験片の表面から100μm深さまでの酸素および窒素の分布を測定した。酸素および窒素の分析強度が変化しなくなる深さ100μm近傍の分析強度レベルを、酸素および窒素の母材レベルとした。酸素拡散層および窒素拡散層の深さは、分析強度が母材レベルまで低下するときの深さとした。
【0092】
また、表層硬化層を形成した疲労試験片について、以下に示す方法によって、疲労強度および耐磨耗性を評価した。
【0093】
「疲労強度の評価」
室温の大気中で、3600rpmの回転曲げ疲労試験を行い、1×10回で未破断となる応力を測定し、疲労強度とした。そして、疲労強度が450MPa以上であることを指標とし、上記の指標を満たす場合を良好であるとした。
【0094】
「耐磨耗性の評価」
耐磨耗性は、疲労試験片の軸方向に引張荷重300MPaを加えた上で、疲労試験片の表面に、荷重98N(10kgf)、振動周波数500Hzの条件でSCM435材(JIS G4053 クロムモリブデン鋼材)を衝突させ、加振回数1×10回後の表面におけるき裂の有無で評価した。そして、加振回数1×10回後の表面にき裂がないことを指標とし、上記の指標を満たす場合を合格「○」、満たさない場合を不合格「×」として評価した。
【0095】
また、表層硬化層を形成した疲労試験片について、以下に示す方法によって、微視組織を調べた。
【0096】
「微視組織の評価」
光学顕微鏡を用いて、疲労試験片の母材部断面を倍率500倍で観察した。観察した視野の数は10箇所とした。
【0097】
そして、微視組織が、針状α相と粒界α相とを含む針状組織である場合を「針状組織」と評価した。針状α相の幅は、並行する複数のα相の全幅を針状α相の本数で除する方法により算出した。厳密には、並行するα相の間にはβ相が存在するが、その厚みは極めて薄いため簡易的に評価した。
【0098】
また、α相およびβ相の2相域で熱処理することで得られる等軸の初析α相と変態β相とからなる組織である場合を「等軸組織」として評価した。等軸組織の結晶粒径は、初析α相と変態β相をそれぞれ単独の結晶粒とみなし、線分法により算出した。
【0099】
表1に、前段の熱処理と後段の熱処理の温度および時間、母材部と表面から5μm位置と15μm位置の断面硬さ、疲労強度および耐摩耗性、微視組織、針状α相の幅の評価結果を示す。
【0100】
【表1】
【0101】
No.1〜9は、本発明例である。No.1〜9は、表面から5μm位置および15μm位置の断面硬さは450〜585HVであり、酸素拡散層の深さが表層硬化層の表面から40〜80μmであり、窒素拡散層の深さが、表層硬化層の表面から2〜5μmである。また、No.1〜9は、疲労強度が450MPa以上であり、耐摩耗性の評価が○である。
【0102】
No.1〜9の微視組織は、針状組織であった。また、No.1〜9に含まれる針状α相の幅は、いずれも3μm未満であった。
【0103】
No.1〜7は、溶体化処理後に1〜4℃/sの範囲の冷却速度で冷却した場合であり、針状α相の幅は1μm以下であった。No.1〜7は、針状α相の幅が1μm以下であるため、疲労強度が480MPa以上である。No.8は、溶体化処理後の冷却速度が0.8℃/sとやや遅い場合であり、針状α相の幅は1.2μmである。No.9は、溶体化処理後に0.1℃/sで冷却した場合であり、針状α相の幅は2.5μmである。No.1〜9の結果から、針状α相の幅が1μm以下である母材部の微視組織を得るために、溶体化処理後の冷却速度は1℃/s以上であることが好ましいことが分かる。
【0104】
No.10〜13は、溶体化処理後に1℃/s以上の冷却速度で冷却し、前段の熱処理を大気雰囲気で行い、後段の熱処理を窒素雰囲気で行った比較例である。No.10は前段の熱処理の温度が620℃と低い例であり、No.11は後段の熱処理の温度が670℃と低い例であり、No.12は後段の熱処理の時間が15分(0.25h)と短い例であり、No.13は後段の熱処理の時間が30分(0.5h)と短い例である。
【0105】
No.10、11、13は、表面から15μm位置の断面硬さが本発明の範囲外であり、耐摩耗性評価が不合格である。No.12と13は、表面から5μm位置の断面硬さが本発明の範囲外であり、疲労強度が目標の450MPaに未達である。
【0106】
No.14,15は、前段の熱処理を大気雰囲気で、後段の熱処理を窒素雰囲気で行う場合であるが、No.14は窒素拡散層の深さが、No.15は酸素拡散層の深さが、それぞれ本発明の範囲を外れる。No.14は疲労強度が不足し、No.15は耐摩耗性が不足する。
【0107】
No.16は前段の熱処理を大気雰囲気で行い、No.17は前段の熱処理を窒素雰囲気で行い、どちらも後段の熱処理を行わない場合である。No.16は表層部の硬さが本発明の範囲を外れ、疲労強度が不足する。No.17は窒素侵入深さと表層部の硬さが本発明の範囲を外れ、耐摩耗性が不足する。
【0108】
No.18は、前段の熱処理を大気雰囲気で行い、後段の熱処理は真空雰囲気で行った場合である。窒素拡散層が形成されず、疲労強度が不足する。No.19は、前段および後段の熱処理を窒素雰囲気で行う場合である。窒素拡散深さが本発明の範囲を外れ、疲労強度が不足する。
【0109】
(実験例2)
表2に示す合金組成のチタン合金をVAR(真空アーク溶解)法を用いて溶解し、鍛造、熱延して、φ15mmの棒材を製造した。得られた棒材に対して、大気中で、1050℃で20分間加熱する溶体化処理を行なった後、1050〜700℃までの温度を平均2℃/sの冷却速度で空冷し、母材部の微視組織を作り込んだ。溶体化処理後の冷却速度は、棒材に直径2mmの孔をあけて熱電対で測定した断面中心部の温度を用いて算出した。
【0110】
このようにして微視組織を作り込んだ棒材から、平行部φ4mm×8mm長さの疲労試験片と2mm×10mm×10mmの平板試験片を作製し、疲労試験片の平行部と平板試験片の表面を#1000で研磨した。その後、疲労試験片および平板試験片に表2に示す条件で、大気雰囲気での前段の熱処理と窒素雰囲気での後段の熱処理とをこの順に行って、疲労試験片と平板試験片の表層全面に表層硬化層を形成した。
【0111】
その後、実験例1と同様にして、疲労試験片の、母材部および表層硬化層の硬さ、疲労強度、耐磨耗性、微視組織、針状α相の幅を測定した。また、GDSを用いて、平板試験片の酸素拡散層および窒素拡散層の深さを求めた。
【0112】
表2に、合金の化学組成、前段の熱処理と後段の熱処理の温度および時間、母材部と表面から5μm位置と15μm位置の断面硬さ、酸素拡散層および窒素拡散層の深さ、疲労強度、耐摩耗性、微視組織、ならびに、針状α相の幅の評価結果を示す。
【0113】
【表2】
【0114】
No.10は、3.0%のVを含有する例であり、Mo当量は10.0%、No.11は、2.0%のCrを含有する例であり、Mo当量は8.0%である。いずれも各部位の硬さは本発明の範囲であり、疲労強度、耐摩耗性とも良好である。No.12は、VおよびCrを含有し、Feを含有しない例であり、Mo当量は6.5%である。各部位の硬さは本発明の範囲であり、疲労強度、耐摩耗性とも良好である。No.13は、Mo当量が13.5%と高い例であり、No.14は、酸素濃度が0.26%と高い例である。いずれも各部位の硬さは本発明の範囲であり、疲労強度、耐摩耗性とも良好である。No.15は、微視組織が粒径5μmの等軸組織の例である。疲労強度は540MPaと合格範囲であり、耐摩耗性も良好である。
図1