【文献】
前島,酒井,中西,大須賀,油圧アームの基底パラメータ同定法とモデル検証,日本フルードパワーシステム学会論文集,日本,2012年,Vol.43,No.1,p.16-21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
鉛直多関節油圧マニピュレータの非線形モデルを表す状態空間方程式に基づき、前記鉛直多関節油圧マニピュレータの体積弾性率および流量係数を含む未知のパラメータを同定するパラメータ同定法であって、
前記鉛直多関節油圧マニピュレータは、nを2以上の整数とすると、固定端リンクの側から、第1〜第n関節軸を順次介して第1〜第nリンクが直列に連結され、前記第1〜第n関節軸を中心として前記第1〜第nリンクをそれぞれ旋回させる第1〜第n油圧アクチュエータが取り付けられている開ループリンク構造のものであり、
前記状態空間方程式を式(1)で表し、
【数1】
前記鉛直多関節油圧マニピュレータの関節数nが2の場合に、
式(1)のxを次式で与え、
【数1A】
但し、q
1:第1関節軸の相対関節角度
q
2:第2関節軸の相対関節角度
p
+1:第1油圧アクチュエータのシリンダのキャップ側圧力
p
−1:第1油圧アクチュエータのシリンダのロッド側圧力
p
+2:第2油圧アクチュエータのシリンダのキャップ側圧力
p
−2:第2油圧アクチュエータのシリンダのロッド側圧力
u
s1:第1油圧アクチュエータのスプール変位
u
s2:第2油圧アクチュエータのスプール変位
式(1)のf
0(x)、g
0(x)を式(2)で与え、
【数2】
式(2)において、
【数2A】
であり、各符号は次の通りであり、
【数2B】
ステップ1において、前記第1関節軸の相対関節間角度q
1を任意の角度に固定した状態で、前記第2関節軸の単独運動を行わせて当該第2関節軸の相対関節間角度q
2を変化させることにより、式(1)で表される前記状態空間方程式を以下の式で示す線形方程式で表し、
【数2C】
ステップ2において、前記第2関節軸の前記相対関節間角度q
2を最小値に固定した状態で、前記第1関節軸の単独運動を行わせて当該第1関節軸の相対関節間角度q
1を変化させることにより、式(1)の前記状態空間方程式を以下の式で示す線形方程式で表し、
【数2D】
ステップ3において、前記第2関節軸の相対関節間角度q
2を最大値に固定した状態で、前記第1関節軸の単独運動を行わせて当該第1関節軸の相対関節間角度q
1を変化させることにより、式(1)の前記状態空間方程式を以下の式で示す線形方程式で表し、
【数2E】
ステップ4において、前記ステップ1〜3において得られる3組の線形方程式を、これらステップ1〜3を横断して以下の式(3)で示す2つの線形方程式に厳密に統合し、
【数3】
当該線形方程式を、各時刻t=1、・・・、t
Nに亘って連立することで、2つの正規方程式を導き、当該方程式を解き、
【数3A】
ヒルベルト空間における射影定理より、式(3)の未知パラメータa1、a2が、式(4)
【数4】
により一意に定ま
り、
前記鉛直多関節油圧マニピュレータの関節数nが3以上の場合には、
前記第1〜第(n−1)関節軸のそれぞれの相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、前記第n関節軸について前記ステップ1を実行して線形方程式を導出し、
kを1〜(n−1)までの整数とすると、第(k+1)関節軸の相対関節間角度を最小値に固定し、k関節軸および第k、第(k+1)関節以外の各関節軸の相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、k関節軸について前記ステップ2を実行して線形方程式を導出し、
第(k+1)関節軸の相対関節間角度を最大値に固定し、第k、第(k+1)関節軸以外の各関節軸の相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、第k関節軸について前記ステップ3を実行して線形方程式を導出し、
前記第1ステップ、および、前記第(n−1)〜第1関節軸のそれぞれについて前記ステップ2、3を実行することによって得られる(2n−1)組の線形方程式について、前記ステップ4を実行して正規方程式を導出して当該正規方程式を解く
ことを特徴とする鉛直多関節油圧マニピュレータのパラメータ同定法。
【背景技術】
【0002】
油圧マニピュレータは、電動マニピュレータと比較すると、出力荷重比が高いだけでなく、エネルギを消費せずに姿勢維持が可能である。このため、油圧マニピュレータは建設、レスキュー、地雷除去、農業などの分野における作業機として普及している。近年は作業条件(作業環境、作業対象、作業者、作業機自身の手先形状などの条件)に対する依存度を低減させるために、モデルベースト制御による高度自動化が強く期待されている。
【0003】
油圧マニピュレータを高度自動化するために、インピーダンス制御、適応制御、ゲインスケジュールド制御を含め、数多くの制御系設計法が提案されている。これらの制御系設計法は、油圧マニピュレータのパラメータ同定を前提としている。また、パラメータ同定を前提としない制御系設計法を数値シミュレーションで検証するためにも、パラメータ同定が必要である。さらに、高度な故障検出や品質管理を達成するためにもパラメータ同定は重要である。
【0004】
油圧マニピュレータの場合には、電動マニピュレータの場合に比べて、パラメータ同定が困難である。理由の第1点として、油圧マニピュレータの未知パラメータは電動マニピュレータよりも個数が多く、かつ、流量係数のように公称値が与えられない(非特許文献1参照)ことがある。
【0005】
理由の第2点として、油圧マニピュレータの制御系設計モデルは複雑なナビエ・ストークス方程式などに複数の仮定を与えて得られるため、電動マニピュレータなど(非特許文献3、4、5、6参照)と異なり、常に解軌道が存在するとは限らないことがある。換言すると、同定誤差が一定程度を上回ると、圧力の平方関数を有する入力行列が虚数になって数値シミュレーションが不可能となり、GA(Genetic Algorithm)(非特許文献9)、PSO(Particle Swarm Optimization)(非特許文献10)などの探索法に基づく同定法を適用できない。
【0006】
理由の第3点として、油圧マニピュレータは入出力の制約が強いことがある。入力にはスプールに対する摩擦力を低減するためのディザー(人工の振動)信号が常に存在するため、零入力応答を用いた同定ができない。また、モータ駆動ではなくシリンダ駆動が多いため、関節位置など出力飽和が生じやすい。
【0007】
本発明者等は、流量係数、配管体積を含む9つのパラメータを未知とする水平1自由度油圧アームのパラメータ同定法を提案し、モデル検証により当該同定法の有効性を実証することに成功した(非特許文献8参照)。当該同定法は、GA(非特許文献9)、PSO(非特許文献10)などの探索法に基づく同定法とは異なり、初期推定値などを試行錯誤する必要が無く、計算コストも低い。
【0008】
一方、従来において、鉛直多関節油圧マニピュレータのパラメータ同定法には、全リンクを同時運動させる同時同定法(非特許文献5)と各リンクを逐次運動させる逐次同定法(非特許文献4)が知られている。一般に、建設機械など実際の油圧マニピュレータでは
、作業領域の形状や大きさ、計算精度(逆行列の条件数)の観点から同時同定法よりも逐次同定法が好ましい。
【0009】
なお、本明細書において参照している先行技術文献を以下に列記する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Merrit H:Hydraulic control systems, John Willey & Sons,(1967)
【非特許文献2】西海,一柳,加藤,小波:自励振動法を用いた油圧サーボアクチュエータ系の実時間パラメータ推定,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.36,No.1,p.1-7 (2005)
【非特許文献3】Johan G.,Erik W.,Geir H.,Torgny B.:Nonlinear Grey-Box Identification of Linear Actuators Containing Hysteresis,Proceedings of IEEE International Conference on Robotics and Automation, p.1818-1823 (2006)
【非特許文献4】Mayeda, H. Yoshida, K. Osuka, K. :Base parameters of manipulator dynamic models, IEEE Transactions on robotics and automation, Vol.6, No.3, p.312-321 (1990)
【非特許文献5】H. Kawasaki, K. Nishimura:Terminal-Link Parameter Estimation of Robotic Manipulator, IEEE J.Robotics and Automation, Vol.4, No.1, p.485-490 (1988)
【非特許文献6】大明, 足立:シリアル2 リンク2 慣性系の非干渉化同定と物理パラメータ推定, 電気学会論文誌D, Vol.128, No.5, p.669-677(2008)
【非特許文献7】M. Jelali, A. Kroll:Hydraulic servo systems,Springer,(2002)
【非特許文献8】前島, 酒井, 中西, 大須賀:油圧アームの基底パラメータ同定法とモデル検証, 日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol.43, No.1, p.16-21 (2012)
【非特許文献9】C. Li, J. Zhou:Parameters identification of hydraulic turbine governing system using improved gravitational search algorithm, Energy Conversion and Management, Vol.52, p.374-381 (1970)
【非特許文献10】Bruno H. G. Barbosa, Luis A. Aguirre, Carlos B. Martinez, and Antonio P. Braga:Black and Gray-Box Identification of a Hydraulic Pumping System, IEEE Transactions on control systems technology, Vol.19, No. 2, p.398-406 (2011)
【非特許文献11】Michael B. Rannow, Perry Y. Li:Soft Switching Approach to Reducing Transition Losses in an On/Off Hydraulic Valve, ASME Journal of Dynamic Systems, Measurement and Control, Vol.134 (2012)
【非特許文献12】D. Luenberger:Optimization by vector space method, Wiley interscience, (1968)
【非特許文献13】(社) 計測自動制御学会編:ロボット制御の実際, コロナ社, (1997)
【非特許文献14】(社) 日本フルードパワー工業会:実用油圧ポケットブック, p.367 (2012)
【非特許文献15】A.Mohanty, B.Yao:Indirect Adaptive Robust Control of Hydraulic Manipulators With Accurate Parameter Estimates, IEEE Transactions on Control Systems Technology, Vol.19, No.3, p.567-575 (2011)
【非特許文献16】M. Gautier et al.,:A Direct Determination of Minimum Inertia Parameters of Robots, Proc. of the 1988 IEEE Int. Cof. on Robotics and Automations, p.1682-1687 (1988)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、図面を参照して、本発明を適用した鉛直多関節油圧マニピュレータのパラメータ同定法を説明する。
【0018】
[鉛直多関節油圧マニピュレータの状態空間表現]
はじめに、鉛直多関節油圧マニピュレータの制御系設計のための状態空間表現を述べる。記述の簡単化のために、
図1、2に示す鉛直2関節油圧マニピュレータの場合を例に挙げて説明するが、一般のn関節(n:2以上の整数)の場合にも同様に適用可能である。
【0019】
図1(a)に示すように、鉛直2関節油圧マニピュレータ1は開ループリンク構造のものであり、垂直に延びる固定端リンクLink0、当該固定端リンクLink0の先端に、第1関節軸Joint1を中心として鉛直方向に旋回可能に連結された第1リンクLink1と、第1リンクLink1の先端に、第2関節軸Joint2を中心として鉛直方向に旋回可能に連結された第2リンクLink2を備えている。第1リンクLink1は、第1油圧アクチュエータActuator1によって旋回駆動され、第2リンクLink2は第2油圧アクチュエータActuator2によって旋回駆動される。第1、第2油圧アクチュエータActuator1、2は、
図2に示す同一構成の油圧アクチュエータからなる。
【0020】
図2に示すように、油圧アクチュエータ10は、第1、第2リンク間あるいは第2、第3リンク間に架け渡した油圧シリンダ11と、当該油圧シリンダ11を駆動する制御弁12を備えている。不図示の油圧ユニットから供給される油圧によって制御弁12のスプール13の位置を制御して、油圧シリンダ11のキャップ側の油圧室14、ロッド側の油圧室15に対する油圧の供給・排出を制御してピストン16を移動させる。動作制御はコンピュータを中心に構成される不図示の制御装置によって行われる。
【0021】
鉛直多関節油圧マニピュレータ1は非線形制御系の一つであり、状態空間表現の一つは、式(1)で与えられる(非特許文献7)。
【0022】
【数1】
xは次式で規定される。
【数1A】
但し、
q
i∈R:相対関節角度
p±∈R:圧力
u
si∈R:スプール変位
【0023】
f
0(x)、g
0(x)は式(2)で与えられる。
【数2】
【0024】
式(2)において、
【数2A】
である。下付文字の1と2は関節番号、下付文字の+と−は、それぞれキャップ側とロッド側であり、ピストン変位はストローク中点、スプール変位はノーマル位置、圧力は大気圧を原点とする。また、摩擦係数F
viは、厳密には非線形特性を持つが、本実施の形態では、制御系設計のためのモデルを得るために、定数として扱う。各符号の意味は次の通りである(
図1(a)、(b)および
図2参照)。
【0026】
[状態空間表現の未知パラメータ]
表1に、既知パラメータと未知パラメータを示す。未知パラメータの一部である体積弾性率b、流量係数Cfは電動マニピュレータには存在しないパラメータであり、公称値が無い、または、公称値が一定ではなく温度や経年によって変化することが多い。
【0028】
一般にマニピュレータのパラメータは関節番号iに依存しないパラメータ(以下、全リンク共有パラメータ)と関節番号iに依存するパラメータがある。重力加速度gや体積弾
性率bは前者であって関節番号iに依存せず、慣性Mや流量係数Cfは後者であって関節番号iに依存する。
【0029】
通常の電動マニピュレータには無い油圧マニピュレータの構造的特徴として、「未知の全リンク共有パラメータが存在する」という点に着眼する。つまり、通常の電動マニピュレータの場合、全リンク共有パラメータは重力加速度gのみであって既知であるが、油圧マニピュレータの場合、全リンク共有パラメータの1つは体積弾性率bであり未知である。重力加速度gが存在しない水平多関節の場合であっても油圧マニピュレータの各リンクは一つの流体を共有しているため、体積弾性率bは常に存在する。
【0030】
[パラメータ同定法]
図3は本発明のパラメータ同定法による鉛直2関節油圧マニピュレータのパラメータ同定手順を示す説明図である。本発明のパラメータ同定法は従来の逐次同定法を修正したものである。従来の逐次同定法では、
図3に示すパラメータ同定のための各ステップ1〜3(Step1〜3)を間欠無く連続して実施するのではなく、各ステップ1〜3間において同定計算を実施する。すなわち、ステップ1とステップ2の間においてステップ1の動作結果を用いた同定計算を実施し、ステップ2とステップ3の間においてステップ2の動作結果を用いた同定計算を実施する(非特許文献13)。
【0031】
従来の逐次同定法では各ステップ間で未知パラメータの重複が生じることがある。例えば、ステップ1とステップ2の間における同定計算の未知パラメータとステップ2とステップ3の間における同定計算の未知パラメータは一部が重複しうる。この場合、重複する未知パラメータは複数のステップ間で同定されるため、従来の逐次同定法では必ずしも一意に同定されない。
【0032】
無論、相対関節角度から絶対関節角度への座標変換などによって重複を回避可能な場合もあり得るが、全リンク共有パラメータは全ステップ間に存在しており、従来の逐次同定法では常に一意に同定されない。すなわち、鉛直多関節油圧マニピュレータの体積弾性率bは従来の逐次同定法では一意に同定されないという問題が生じる。
【0033】
上記の問題を解決するため、ステップ1の直後のみで体積弾性率bを同定して、ステップ2以降では既知パラメータとして扱うという対応と、全てのステップ間で体積弾性率bを毎回同定して、最終ステップの直後に平均値をとるという対応とが考えられる。しかし、前者では実験データの一部のみを用いて同定するため、後者では他の未知パラメータとは計算方法が異なるため、他の未知パラメータとは信頼性などが整合せず合理的でない。
【0034】
そこで、本発明のパラメータ同定法では、従来の逐次同定法を修正して、各ステップを間欠なく連続して実施して、かつ、最終ステップの直後に全てのパラメータを一意に同定する新たな逐次同定法を用いる。この新たな逐次同定法では、一般の線型方程式には厳密解が存在しないことから、各ステップ間で与えられた正規方程式から各ステップ間で近似解を得るのではなく、最終ステップ直後にのみ近似解を得る。このようにすれば、実験データの全てを用いて、かつ、他の未知パラメータと同一の計算方法を用いて、体積弾性率bを一意に同定することができるため、逐次同定法として合理的である。
【0035】
図3を参照して、本発明のパラメータ同定法の各ステップを詳しく述べる。以下に述べる同定法は、コンピュータを中心に構成されるパラメータ同定装置100によって行うことができる。パラメータ同定装置100は入力部、記憶部、演算部、鉛直多関節油圧マニピュレータの駆動制御部等を備え、予めインストールされているパラメータ同定用プログラムを実行することにより、鉛直多関節油圧マニピュレータの未知パラメータの同定計算を行う。
【0036】
<ステップ1>
パラメータ同定装置100を用いて、第1関節軸(Joint1)を固定し(q
1の値を一定とし)、第2関節軸(Joint2)が単独運動を行うように、鉛直多関節油圧マニピュレータを駆動する。一定のサンプリング周期で(各時刻において)、制御用の入力信号uに対する相対関節間角度q、ピストン変位s、圧力p+、p−を測定して記憶保持する。
【0037】
電動マニピュレータの場合と異なって式(1)の状態方程式を未知パラメータについての線形方程式として直接解釈することはできない。そこで、式(2)の第2式の両辺にM(q)行列を掛け、式(2)の第3式の両辺にV
+i/bを掛け、さらに式(2)の第4式の両辺にV
-i/bを掛ける。そして式(2)の第1式を考慮せずに、未知パラメータに依存しない項のみを右辺に移項し、未知パラメータの線形性に着目すると、式(1)の非線形の状態方程式は次式で表される。但し、同定計算はしない。すなわち、従来の逐次同定法のように、未知パラメータについての線形方程式を各時刻に亘って連立することで2つの正規方程式を導き、これらの正規方程式を解くことはしない。
【0039】
<ステップ2>
第2関節軸を最小値に固定し(q
2=q
2min)、第1関節軸が単独運動を行うように、鉛直多関節油圧マニピュレータを駆動する。一定のサンプリング周期で(各時刻において)、制御用の入力信号uに対する相対関節間角度q、ピストン変位s、圧力p+、p−を測定する。式(1)の非線形の状態方程式は次式で表される。但し、同定計算はしない。
【0041】
<ステップ3>
第2関節軸を最大値に固定し(q
2=q
2max)、第1関節軸が単独運動を行うように、鉛直多関節油圧マニピュレータを駆動する。一定のサンプリング周期で(各時刻において)、制御用の入力信号uに対する相対関節間角度q、ピストン変位s、圧力p+、p−を測定する。式(1)の状態方程式は次式で表される。ここでも、同定計算はしない。なお、ステップ2およびステップ3の実行順序は、逆であってもよいことは勿論である。
【0043】
<ステップ4>
上記の各ステップ1〜3において、パラメータ同定装置100は、各時刻t=t
1,・・・,t
N毎に次のパラメータを得るものとする。
【数2F】
【0044】
従来の逐次同定法では、各ステップ間において、未知パラメータについての線形方程式を各時刻に亘って連立することで正規方程式を導き、各ステップ間の正規方程式をそれぞれ解く。しかし、未知パラメータのうち、
【数2G】
については、上記のステップ間において重複が生じる。また、座標変換しても、従来の逐次同定法では、少なくとも、体積弾性率bは全リンク共有パラメータであるため、一意に同定されない。
【0045】
本発明のパラメータ同定法(パラメータ同定装置100)では、最終ステップ4のみにおいて、未知パラメータについての線形方程式を、全ステップを横断して、以下に式(3
)で示す2つの線形方程式に厳密に統合する。
【数3】
そして、この2つの線形方程式を、各時刻tに亘って連立することで、2つの正規方程式を導き、最終ステップ4において初めてこの正規方程式を解く。
【0047】
複数の線形方程式を厳密に統合(連立)しても、一般の線形方程式には厳密解が存在しないことから、統合の前後で近似解は値が変化することに注意する。ここで、ヒルベルト空間における射影定理(非特許文献12、13)より、式(3)の未知パラメータa1、a2は次の式(4)に規定するように、一意に定まる。
【0049】
ここで、パラメータの符号や値域について一切の制約条件を与えることなく、かつ、初期推定値を試行錯誤することなく、体積弾性率、流量係数が陽に同定されていることが重要である。
【0050】
[3関節以上の鉛直多関節油圧アクチュエータへの適用]
上記の説明は、理解を容易にするために、関節数が2の場合のものである。本発明は関節数が3以上の場合にも同様に適用可能なことは勿論である。
【0051】
例えば、バックホー等の建設作業機械においては鉛直3関節油圧アクチュエータが広く用いられている。鉛直3関節油圧マニピュレータは、固定端リンクの側から、第1関節軸を介して第1リンクが連結され、第1リンクに対して第2関節軸を介して第2リンクが連結され、第2リンクに対して第3関節軸を介して開放端リンクである第3リンクが連結された開ループリンク構造のものである。この場合には、本発明のステップ1を第3関節軸に対して行い、ステップ2、3を第2関節軸および第1関節軸のそれぞれに対して行い、5組の線形方程式を導出する。導出した5組の線形方程式を厳密に統合して正規方程式を導出してパラメータ同定を行う。具体的には、各ステップは次の通りである(ステップ2、3の順序は逆であってもよい。)。
【0052】
(1)第1、第2関節軸のそれぞれの相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、開放端リンクである第3関節軸について前述のステップ1を実行して1つの線形方程式を導出する。
(2)第3関節軸の相対関節間角度を最小値に固定し、第1関節軸の相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、第2関節軸について前述のステップ2を実行して1つの線形方程式を導出する。
(3)第3関節軸の相対関節間角度を最大値に固定し、第1関節軸の相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、第2関節軸について前述のステップ3を実行して1つの線形方程式を導出する。
(4)第2関節軸の相対関節間角度を最小値に固定し、第1関節軸の相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、第3関節軸について前述のステップ2を実行して1つの線形方程式を導出する。
(5)第2関節軸の相対関節間角度を最大値に固定し、第1関節軸の相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、第3関節軸について前述のステップ3を実行して1つの線形方程式を導出する。
(6)得られた5組の線形方程式を用いて、前述したステップ4を実行して、パラメータ同定を行う。
【0053】
したがって、nを2以上の整数とした場合に、固定端リンクの側から、第1〜第n関節軸を順次介して第1〜第nリンクが直列に連結され、第1〜第n関節軸を中心として第1〜第nリンクを旋回させる第1〜第n油圧アクチュエータが取り付けられている開ループリンク構造の鉛直多関節油圧マニピュレータの場合には、次のようにして各関節軸に対してステップ1〜3を実行すればよい。
【0054】
(a)第1〜第(n−1)関節軸のそれぞれの相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、第n関節軸についてステップ1を実行して1つの線形方程式を導出する。
(b)kを1〜(n−1)までの整数とすると、第(k+1)関節軸の相対関節間角度を
最小値に固定し、第k、第(k+1)関節以外の各関節軸の相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、第k関節軸についてステップ2を実行して1つの線形方程式を導出する。
(c)第(k+1)関節軸の相対関節間角度を最大値に固定し、第k、第(k+1)関節軸以外の各関節軸の相対関節間角度を任意の角度に固定した状態で、第k関節軸についてステップ3を実行して1つの線形方程式を導出する(各関節軸についてステップ2、3の実行順序は逆であってもよい。)。
(d)ステップ1、および、第(n−1)〜第1関節軸のそれぞれについてステップ2、3を実行して得られた、合計で(2n−1)組の線形方程式に対して、ステップ4を実行して、2つの正規方程式を導出し、当該正規方程式を解き、パラメータ同定を行う。
【0055】
[同定実験]
次に、上記のパラメータ同定法によってパラメータを設定した鉛直2関節油圧マニピュレータの実験方法と結果について述べて考察する。
【0056】
(実験方法)
図4は試験機の外観写真であり、
図5は試験機のシステム構成(信号の流れ)を示す概略構成図である。
【0057】
試験機20(鉛直2関節油圧マニピュレータ)は次の構成部分を備えている。表1に既知パラメータの値を示してある。
第1〜第3リンクおよび第1、第2関節軸を備えた剛体のマニピュレータ本体21
油圧ユニット22(ダイキン工業、NDR081−071H−30、吐出流量11.7[L/min]、供給圧力ps=7[MPa],容量7[L])
油圧配管23(横浜ゴム、SWP70−6、内径1/4インチ)
油圧アクチュエータの制御弁12(ダイキン工業,KSPS−G02−41−10,直動形,ゼロラップ型,定格流量40[L/min],ディザー周波数300[Hz],ゲイン特性130[Hz]/−3[dB]±10[%])
油圧アクチュエータの片ロッドシリンダ11(JPN,KW−1CA30×75,ストロークL=75[mm])
オイルフィルタ(大生工業,UM−03−20U−1V)
【0058】
出力信号(p+、p−)は、圧力センサ24、25(キーエンス,AP−15S)、出力信号sはポテンショメータ26(緑測器,LP−100F−C)で計測される。作動油温度は温度センサ27によって計測される。計測値は、差動トランス28(1[mm]/1.4[V])の出力電圧として計測される入力信号uと同時に、制御装置29のAD変換器30(インタフェース、PCI−3155,16bit)を介して、制御計算機31(EPSON,LX7700,実時間化Linux(登録商標),2.53[GHz],計測周期1[ms])に保存される。
【0059】
同定入力は正弦波(v=Asin(2πft))の指令電圧であり、制御装置29のDA変換器32(インタフェース,PCI−3325,12bit)を介して、制御計算機31に入力される。直接計測されないピストン速度と圧力の時間微分値は、それぞれピストン変位と圧力の1次または2次の後進差分に移動平均フィルタ(20次,カットオフ周波数50[Hz])をオフラインで施して与えられる。
【0060】
ここで、振幅A=0.5,1.0[V]、周波数f=1.0[Hz]、時間区間t=6〜10[s]、作動油(ISOVG32,密度860[kg/m3])温度を40±2[℃]の条件にて、10回の入出力信号を用いて同定実験する。実験の手順は先に述べたステップ1〜4で示したとおりである。
【0061】
図6、
図7および
図8は、入力信号を差動トランス28の出力電圧として示すグラフである。これらの図には、この入力信号によって得られた出力信号(ピストン変位s、キャップ圧p+とロッド圧p−)も示してある。ただし、入力信号uと出力信号sはストロークL(=75[mm])で、出力信号p+、p−はポンプ供給圧力ps(=7[MPa])で、それぞれ正規化した。
【0062】
(実験結果)
表2に本発明のパラメータ同定法によって同定されたパラメータの最大値と最小値と平均値および相対標準偏差(RSD[%])を示す。計算機(1.67[GHz])を用いた式(4)の計算時間は6.5[s]であり、式(4)の行列X
1N、X
2Nの条件数は、最大でそれぞれ11と27、最小でそれぞれ10と25であった。また、行数はそれぞれ12000と24000であった。本発明のパラメータ同定法では、パラメータの符号や値域について一切の制約条件を与えることなく、かつ、パラメータの初期推定値を必要としないにもかかわらず、16次元の同定されたパラメータの値は全て正であった。
【0064】
(実験結果の考察)
表2から、同定されたパラメータの相対標準偏差は、最大で2.15[%]、最小で0.14[%]となった。一般に、相対標準偏差が5.00[%]以下であれば、精度が良いと知られている.同定結果の相対標準偏差は、すべて5.00[%]以下を達成しているため、パラメータ同定の精度が良いと言える。
【0065】
式(4)を誤差少なく解くためには、行列X
1N、X
2Nの条件数を小さくする必要がある(非特許文献16)。行列X
1N、X
2Nの条件数は最大でもそれぞれ11と27であり、十分に小さな値である。したがって、パラメータの係数間の独立性は確保できている。また、三つの動作はパラメータを励起するのに十分な動作パターンであると考えられる。
【0066】
上掲の表2には公称値(Nominal Value)も示してある(非特許文献14)。ただし、慣性パラメータについては機械図面からの概略計算値とする。また、粘性摩擦係数と流量係数の公称値は、一般的に与えられない。16次元の同定されたパラメータの値と公称値を比較すると、機械系のパラメータについて公称値に十分近い値が得られている。温度変化の影響に沿って相対標準偏差が比較的大きい体積弾性率についても、公称
値に十分近い値が得られており、同じ供給圧力の研究(非特許文献15)で推定された値とも近い。機械系のパラメータだけでなく、流体系のパラメータについても公称値に近い値を得られたことから、本発明の同定法は有効であると考えられる。
【0067】
[モデル検証]
最後に、先に述べた本発明のパラメータ同定法による同定結果を用いて、非線形モデルを構築して、試験機を用いて本発明の同定法の妥当性を検証する。
【0068】
(検証方法)
モデル検証のため、式(1)の状態方程式に対して、本発明のパラメータ同定法によって同定されたパラメータを用いて非線形モデルを計算機(1.67 [GHz], Simulink)に構築する。ただし、離散化法はRunge−Kutta法(4次、可変ステップ)である。同定実験で扱わなかった時間区間t=10〜14[s]の入力信号を印加した非線形モデルの出力信号と、同一の時間区間における試験機の出力信号を用いてモデル検証する。非線形モデルの初期状態は、検証開始時刻における試験機の状態を与える。ただし試験機の初期ピストン速度は1次後進差分を用いて与える。さらに、同定入力とは異なる周波数におけるモデル出力の有効性を示すため、周波数f=3.0[Hz]において同様にモデル検証する。
【0069】
(検証結果)
図9〜
図11にステップ1、2、3の同定入力と同一の周波数f=1.0[Hz]、また
図12〜
図14に同定入力とは異なる周波数f=3.0[Hz]での検証結果を示す。実線は入力信号と試験機の出力信号、破線は構築した非線形モデルの出力信号である。まず、f=1.0[Hz]だけでなく、f=3.0[Hz]までにおいて負圧発生(虚数発生)が生じず、数値シミュレーションが可能であった。次に試験機の出力信号が振幅と位相の観点で非線形モデルによって再現された。特に
図9で顕著な圧力のピーク前後における特徴的な波形も非線形モデルによって再現された。表3に各周波数におけるFit率[%]の評価結果を示す。全てのFit率は正の値を達成していた。
【0071】
(検証結果の考察)
図9〜
図14と表3から、ピストン変位・圧力について、試験機出力の波形によく一致した非線形モデル出力の波形が得られており、パラメータ同定が良好に行われていることを示している。特に、
図13では、高周波における圧力のピーク時の特徴的な波形も非線形モデルによって再現された。またFit率は十分に高い値が達成されている。本明細書では記載を省略したが、非線形モデルの速度のFit率はすべて90%以上であった。
【0072】
図15、
図16に油圧マニピュレータの手先に慣性質量(6.5[kg])を固定した場合について、周波数1.0[Hz]での検証結果を示す。これは、実際の作業などで作業対象物を把持して、運動中に手先負荷が変動する場合を想定し、本発明の同定法の有効性を検証するためである。油温は40−2〜40+2[℃]の範囲に固定されている。表4に本発明のパラメータ同定法によって同定されたパラメータの値を示す。M
2は12.20[kgm
2]と同定された。まず、手先負荷を付与したM
2の公称値は12.21[
kgm
2]であり、同定された値は妥当であるといえる。次に手先負荷の増加にともない、R
12とW
1、W
2は増加した一方で、流体系のパラメータは変動していない。また、各軸における圧力の特徴的な波形も非線形モデルによって再現された。よって、油圧マニピュレータの手先負荷が変動する場合においても、本発明の同定法の有効性が示された。
【0074】
図17、
図18に、第1、第2関節軸にともに、周波数1.0[Hz]の正弦波を印加した検証結果を示す。これは、各軸の単独運動により同定されたパラメータを用いて、実用的に求められる同時運動を想定し、本発明のパラメータ同定法の有効性を検証するためである。各軸を単独で動作させた場合と出力信号の波形が異なる理由としては、各軸を同時運動したことで、分流による干渉作用によるものと考えられる。しかし振幅と位相の観点では非線形モデルの圧力の出力信号は、各軸ともに出力信号がほぼ再現された。よって、同時運動する2関節油圧マニピュレータに対しても、本発明の同定法の有効性が示された。
【0075】
比較のために同時同定法を用いて、同定した場合について、周波数1.0[Hz]で検証した。これは、本発明のパラメータ同定法と同時同定法について、同定用動作を検証するためである。行列X
1N、X
2Nの条件数は、それぞれ22と27となった。また、重力係数W
1とW
2の値は、W
1よりW
2が大きくなった。公称値と式(1)の定義から、W
1よりW
2の値が大きくなることはない。故に、本発明のパラメータ同定法は同時同定する手法より優れている。
【0076】
以上から、従来法では解決できない鉛直多関節油圧マニピュレータの同定問題を、本発明のパラメータ同定法によって解決する有効性が示された。本発明のパラメータ同定法はインピーダンス制御系やゲインスケジュール制御系など、高度な制御系設計/解析にも有用と考えられる。また、パラメータの初期推定など試行錯誤を介さずに非線形モデルを構築できる本発明のパラメータ同定法の応用範囲として、油圧マニピュレータの数値シミュレーション、最適設計、モデルベースト制御、故障診断などが考えられ、本発明のパラメータ同定法の有用性は非常に高いと考えられる。