特許第6226506号(P6226506)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 公益財団法人東洋食品研究所の特許一覧

<>
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000008
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000009
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000010
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000011
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000012
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000013
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000014
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000015
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000016
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000017
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000018
  • 特許6226506-レトルト殺菌エビの製造方法 図000019
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6226506
(24)【登録日】2017年10月20日
(45)【発行日】2017年11月8日
(54)【発明の名称】レトルト殺菌エビの製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 3/00 20060101AFI20171030BHJP
   A23L 17/40 20160101ALI20171030BHJP
【FI】
   A23L3/00 101C
   A23L17/40
【請求項の数】2
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2011-155215(P2011-155215)
(22)【出願日】2011年7月13日
(65)【公開番号】特開2012-34689(P2012-34689A)
(43)【公開日】2012年2月23日
【審査請求日】2014年5月14日
【審判番号】不服2016-6443(P2016-6443/J1)
【審判請求日】2016年4月28日
(31)【優先権主張番号】特願2010-160943(P2010-160943)
(32)【優先日】2010年7月15日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507152970
【氏名又は名称】公益財団法人東洋食品研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】竹内 友里
(72)【発明者】
【氏名】高橋 英史
【合議体】
【審判長】 田村 嘉章
【審判官】 窪田 治彦
【審判官】 山崎 勝司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−240210(JP,A)
【文献】 竹内友里,外1名,“レトルト殺菌によるエビの筋肉組織脆弱化の抑制方法について”,日本食品工学会第11回(2010年度)年次大会講演要旨集,2010年7月21日,p.36,1B04
【文献】 竹内友里,外1名,“16.エビ蛋白質の加熱変性機構と常温保存法の開発”,缶詰時報,2010年10月,Vol.89,No.10,p.1114−1115
【文献】 竹内友里,外1名,“エビのレトルト殺菌による筋肉組織脆弱化を破断強度測定とX線CT画像から考察”,平成22年度日本水産学会春季大会(日本農学大会水産部会)講演要旨集,2010年3月26日,p.223,P208
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L3/00,17/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも筋基質タンパク質を有するエビの水分を減少させる水分減少工程と、水分を減少させたエビを収容容器に充填して密封したのち加熱および加圧することで殺菌処理を行うレトルト殺菌工程と、を有するレトルト殺菌エビの製造方法において、
前記水分減少工程が、前記エビを煮沸する煮沸処理であり、4〜6%の濃度の食塩水で4〜8分間の煮沸処理を行って前記エビの水分量を7〜10重量%減少させたレトルト殺菌エビの製造方法。
【請求項2】
前記食塩水の濃度が5〜6%であり、6〜8分間の煮沸処理を行って前記エビの水分量を8.0〜9.3重量%減少させた請求項に記載のレトルト殺菌エビの製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品対象物を収容容器に充填して密封したのち加熱および加圧することで殺菌処理されたレトルト殺菌食品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、食品などの対象物を袋状の収容容器に収容したレトルト食品に対して、対象物を収容容器に充填して密封したのち、加熱および加圧することで殺菌処理(レトルト殺菌)が行われている。
【0003】
レトルト殺菌は、例えば110〜130℃の温度で、数分〜数十分程度の熱水や蒸気処理を行う。殺菌条件は、レトルト食品に対して十分な殺菌が行なえる条件を選択する必要があるが、一方で、殺菌処理後に対象物の品質が劣化しない条件を選択することが重要である。
【0004】
レトルト殺菌は高温・高圧で行われるため、食品対象物の肉質に与える影響は無視できない。高温・高圧でレトルト殺菌を行うことで、食品対象物の種類によっては硬化するもの、或いは、脆い食感を呈するものがあった。
【0005】
例えばエビは2分程度の煮沸により、筋肉タンパク質が変性して食感が良好となる。しかし、レトルト殺菌のように過度の加熱を行なうことにより、エビの筋肉組織が脆弱化してエビの持ち味である弾力性のある食感(プリプリ感)が無くなり、噛むとボロボロと崩れるような脆い食感(ボソボソ感)を呈することが多かった。さらに、食感だけでなく、色調、食味、香りにおいても劣化し易かった。
【0006】
従来、鳥獣類や魚介類を含む動物性の食品対象物のレトルト殺菌食品が幅広く提供されている。特に魚介類のうちエビは種々の食品に利用されるものであり、そのレトルト殺菌食品も数多く製造されている(例えば特許文献1,2)。
【0007】
特許文献1には、(A)原料エビをトランスグルタミナーゼ溶液に浸漬する工程、(B)前記トランスグルタミナーゼ溶液に浸漬後のエビを10重量%以上の食塩水又は食塩粉末中に浸漬する工程、(C)前記食塩水又は食塩粉末に浸漬後のエビをリン酸塩溶液に浸漬する工程、(D)前記リン酸塩溶液に浸漬後のエビをレトルト処理する工程、を行なってレトルトエビを製造する方法が記載してある。
【0008】
特許文献1に記載の方法では、トランスグルタミナーゼ溶液浸漬工程および食塩水浸漬工程を組み合わせることによって、エビの身が引き締まるとされている。エビをトランスグルタミナーゼ溶液浸漬することにより、筋原繊維タンパク質の主成分であるミオシン重鎖の架橋効果を得ることができると考えられる。食塩水浸漬工程での処理条件は、食塩水は10重量%以上であり、浸漬温度は4〜30℃程度である。
【0009】
また、特許文献2には、(A)原料エビを重合リン酸塩溶液に浸漬する工程、(B)前記重合リン酸塩溶液に浸漬中又は浸漬後のエビの内部温度が110℃〜115℃に到達するまで加圧下で加熱する工程、(C)前記加熱後のエビを凍結乾燥する工程、を行なって冷凍乾燥エビを製造する方法が記載してある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−240210号公報
【特許文献2】特開2009−50173号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
レトルト殺菌を行なうに際し、食品対象物の種類ごとにレトルト殺菌による影響も異なり、食品対象物ごとにきめ細やかなレトルト殺菌の前処理が必要となってくる。
【0012】
このような前処理として、特許文献1に記載の方法ではトランスグルタミナーゼ溶液浸漬処理・食塩水処理・リン酸塩溶液浸漬処理を行っており、特許文献2に記載の方法では重合リン酸塩溶液浸漬処理を行っていた。このような前処理は特殊な薬品を使用するものであるため費用が嵩み、煩雑であるという問題点があった。
【0013】
従って、本発明の目的は、レトルト殺菌後も良好な食感を有し、その外観、香気および味も良好なレトルト殺菌食品、および、当該レトルト殺菌食品を簡便かつ安価に作製できる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するための本発明に係るレトルト殺菌食品(レトルト殺菌エビ)の製造方法の第一特徴構成は、少なくとも筋基質タンパク質を有するエビの水分を減少させる水分減少工程と、水分を減少させたエビを収容容器に充填して密封したのち加熱および加圧することで殺菌処理を行うレトルト殺菌工程と、を有するレトルト殺菌エビの製造方法において、前記水分減少工程が、前記エビを煮沸する煮沸処理であり、4〜6%の濃度の食塩水で4〜8分間の煮沸処理を行って前記エビの水分量を7〜10重量%減少させた点にある。
【0015】
摂取者は、食感、味、香りおよび色といった多くの要素を基準として食物や農産物の嗜好的判断を行うが、その中でも食感は特に重要な要素である。食感は、食品対象物の力学特性(弾性や粘性)に由来している。従って、食品対象物の弾性や粘性を測定すれば、このような食感を定量化することができる。
【0016】
本発明では食感の良否を決定する指標として、対象物に圧縮荷重を連続付与して組織強度を測定したときに得られる破断強度曲線を選定した。即ち、当該破断強度曲線で得られる曲線形状によって、食品対象物の食感の良否を客観的に決定する。当該破断強度曲線は、例えば物質の力学的性状を測定する装置であるレオメータによって食品対象物の圧縮破断強度を測定し、その結果、得られた測定値を基にして得ることができる。
【0017】
本発明において破断強度曲線を得るにあたり、圧縮破断強度の測定対象は、動物性の食品対象物である。動物性の食品対象物においては可食部である筋肉の構造が複雑であり、レトルト殺菌食品においては筋肉構造に関係した研究は皆無であった。
動物性の食品対象物のうち特に魚介類はその種類によって特有の筋肉組織を有している。一般に、食肉タンパク質には、筋形成タンパク質(水溶性タンパク質)・筋原繊維タンパク質(塩溶性タンパク質)・筋基質タンパク質(不溶性タンパク質)の三種類があることが知られている。魚には筋原繊維タンパク質が多く、例えば蒲鉾の弾力は、このタンパク質成分の結合によって弾力性のある食感を作り出している。
筋原繊維タンパク質にはアクチン・ミオシンなどがあり、筋形質タンパク質にはパルブアルブミン・ミオグロビンなどがあり、筋基質タンパク質にはコラーゲン・エラスチンなどがある。筋基質は、筋原繊維を束ねた膜である。
【0018】
筋基質タンパク質の主成分であるコラーゲンは、60℃付近で急激に収縮することが知られている。コラーゲンは水に不溶性であるが、水分存在下で過加熱することにより水に可溶化(ゼラチン化)する。即ち、レトルト殺菌のように110〜130℃の温度で数分〜数十分程度の処理を行えば、食品対象物に含まれるコラーゲン繊維は可溶化して分解される。これにより、筋基質タンパク質が含まれる食品対象物をレトルト殺菌すれば、噛むと脆い食感(ボソボソ感)を呈する。
【0019】
そこで、レトルト殺菌後においても良好な食感を維持させるためには筋基質タンパク質の構造が維持されていればよい。例えばエビは2分程度の煮沸により、筋肉タンパク質が変性して食感が良好となることが知られている。この状態ではコラーゲンの加水分解が進行していない状態であるため、筋原繊維を束ねた膜である筋基質の構造が維持される。よって、食品対象物の表面組織および筋繊維構造の崩壊が抑制され、優れた食感を有している。
従って、レトルト殺菌後における筋基質タンパク質の構造が、短時間で煮沸処理を行った後の筋基質タンパク質の構造と同様な特性を有すると見なせるような指標を規定するとよい。
【0020】
図3(b)において、食品対象物を短時間で煮沸処理を行った後に圧縮破断強度を測定して得られた破断強度曲線を示す。これによれば、破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークを有し、そのピーク値は所定の割合以上減少する物性を示している。
即ち、本発明のレトルト殺菌食品は、少なくとも筋基質タンパク質を有する食品対象物をレトルト殺菌した後においても、当該食品対象物に圧縮荷重を連続付与して組織強度を測定したときに得られる破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークが、その強度ピーク値に対して所定の割合以上減少する物性を示すように構成する。
当該所定の割合は、例えば下限を5%程度、上限を60%程度(後述の実施例2〜3参照)とすればよい。
【0021】
このようなレトルト殺菌食品であれば、レトルト殺菌のような過度の加熱によってもコラーゲンの加水分解が抑制された状態であるため、筋原繊維を束ねた膜である筋基質の構造が維持され、食品対象物の表面組織および筋繊維構造の崩壊が抑制された結果、食感に優れたものとなる。
さらに、本発明のレトルト殺菌食品は、レトルト殺菌後においても食品対象物の構造を維持できることから、その外観、香気および味も良好となる。
【0022】
このようにレトルト殺菌後においても食感・外観・香気および味の優れたレトルト殺菌食品であれば、そのまま食べてもよいし、即席麺・チャーハン・シチュー等の種々のレトルト食品の具材として利用してもよく、広い範囲のレトルト食品に利用することが可能となる。
また、本構成では、少なくとも筋基質タンパク質を有する食品対象物の水分を減少させた状態でレトルト殺菌工程を行なうことができる。このように予め食品対象物の水分量を減少させた状態でレトルト殺菌を行えば、水分存在下で過加熱することにより水に可溶性となるコラーゲン(筋基質タンパク質の主成分)が可溶化(ゼラチン化)し難くなる。そのため、レトルト殺菌工程の後であっても、コラーゲンの加水分解が抑制された状態であるため、筋原繊維を束ねた膜である筋基質の構造が維持される。よって、食品対象物の表面組織および筋繊維構造の崩壊が抑制され、優れた食感・外観・香気および味を有するレトルト殺菌食品を得ることができる。
さらに、本構成では、レトルト殺菌工程の前処理として、エビの水分を減少させる水分減少工程(エビを煮沸する煮沸処理)を行なうのみであるため、特殊な薬品を使用する必要がなく、簡便かつ安価にレトルト殺菌食品を得ることができる。煮沸処理は、4〜6%の濃度の食塩水で4〜8分間の処理を行い、エビの水分量を7〜10重量%減少させるものであるため、簡便に行なうことができる。
【0025】
本発明において、前記食品対象物は、例えば甲殻類或いは貝類とする。
【0026】
甲殻類或いは貝類は筋基質タンパク質の主成分であるコラーゲンを豊富に含有しているため、レトルト殺菌後においても良好な食感を維持できる食品対象物となる。
【0027】
本発明では、特に前記甲殻類をエビとする
【0028】
エビは筋基質タンパク質の主成分であるコラーゲンを豊富に含有しているため、レトルト殺菌後においても良好な食感を維持できる食品対象物となる。
【0032】
本発明に係るレトルト殺菌エビの製造方法の第二特徴構成は、前記食塩水の濃度が5〜6%であり、6〜8分間の煮沸処理を行って前記エビの水分量を8.0〜9.3重量%減少させる点にある。
【0033】
本構成においても、煮沸処理を簡便に行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】本発明のレトルト殺菌食品の製造方法の概要を示す図である。
図2】試料エビのX線CT撮影の結果を示す写真図である。
図3】実施例2における試料エビの破断強度曲線を示す図である。
図4】実施例2における試料エビのX線CT撮影の結果(二節部拡大)を示す写真図である。
図5】破断強度曲線の曲線長さを算出する模式図
図6】実施例3における試料エビの破断強度曲線を示す図である。
図7】実施例3における試料エビのレトルト殺菌後の筋線維組織像観察(電子顕微鏡)を行なった結果を示す写真図である。
図8】実施例4における試料エビの官能評価を行なった結果を示した図である。
図9】実施例4における試料エビの破断強度曲線を示す図である。
図10】実施例4における試料エビの重量変化を示す図である。
図11】実施例4における試料エビの水分含有率の変化を示す図である。
図12】実施例4−3における試料エビの煮沸処理後およびレトルト殺菌後の電子顕微鏡による筋線維組織像を示した写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
本発明のレトルト殺菌食品は、食品対象物を収容容器に充填して密封したのち加熱および加圧することで殺菌処理されたものである。
即ち、本発明のレトルト殺菌食品は、少なくとも筋基質タンパク質を有する食品対象物をレトルト殺菌した後、当該食品対象物に圧縮荷重を連続付与して組織強度を測定したときに得られる破断強度曲線に関して、当該破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークを有し、そのうち少なくとも1つはその強度ピーク値に対して所定の割合以上減少する物性を示す。
【0038】
(食品対象物)
食品対象物としては動物由来の肉を含む食品が挙げられる。本発明では、動物由来の肉を含む食品のうち、特に、少なくとも筋基質タンパク質を有する食品対象物であればよい。一般に、食肉タンパク質には、筋形成タンパク質・筋原繊維タンパク質・筋基質タンパク質の三種類が知られている。筋基質タンパク質にはコラーゲンが主成分として含まれている。
【0039】
例えば前記動物としては、哺乳類・鳥類・魚類・甲殻類・貝類・軟体類等に属する動物が挙げられる。
【0040】
甲殻類のうちエビとしては、例えばウシエビ・クルマエビ・アマエビ・クマエビ・バナメイエビ・アカエビ・ヨシエビ・コウライエビ・シバエビ・ホワイトシュリンプ・イセエビ・タイショウエビ・ロブスター・セミエビなどが挙げられる。
【0041】
これらエビは実質的に加熱処理がされていないエビを用い、好ましくは生のムキエビまたは凍結品の生ムキエビを解凍して用いる。解凍処理は、常法により解凍するとよい。例えば、溜め水や流水中に冷凍ムキエビを浸漬して行う方法や水を使用せずに常温や低温で放置する方法で行うことができる。原料エビは、必要に応じて頭部を除去するなどの加工を施してもよい。原料エビのサイズは制限されるものではないが、取り扱いの容易さを鑑みて数cm程度が好ましい。また、貝類としては、ホタテなどが挙げられる。これら動物は、一般的に市場に流通しているため入手が容易である。しかし、本発明に適用可能な食品対象物は、これらに限られるものではない。
【0042】
(破断強度曲線)
破断強度曲線は、圧縮破断強度を測定することによって得られた測定値を基に作成することができる。圧縮破断強度は、例えば物質の力学的性状を測定する装置であるレオメータによって測定できる。当該レオメータは、圧縮破断強度、引張り強度、切断強度、弾性、粘弾性、脆さ、粘着性、応力緩和、クリープ等の測定が可能な測定機器である。
【0043】
当該破断強度曲線は、レオメータに備えてあるプランジャーを、測定対象物である食品対象物に進入させ、予め定めた単位時間又は単位距離毎に食品対象物の押圧・破断に伴いプランジャーに掛かる荷重を連続して測定し、プランジャー進入率(歪率(%))およびプランジャーに付加した圧縮荷重(N)の関数として得ることができる。
【0044】
即ち、プランジャーを測定対象物である食品対象物に進入させて破断強度曲線に明確なピークが得られるということは、食品対象物の摂取者が感じる歯ごたえなどの食感を感じているものと見なすことができる。例えば、破断強度曲線に複数の明確なピークが得られた場合、その食品対象物に対して摂取者は咀嚼にメリハリを感じることができるため、弾力性のある好ましい食感が得られる食品対象物であると見なすことができる。
【0045】
食品対象物に対してプランジャーを進入させる部位は特に限定されるものではないが、例えば食品対象物のうち、咀嚼しやすい部位、或いは、最も肉厚がある部位とすれば、実際に摂取者が咀嚼したときの食感を破断強度曲線に反映し易くなると考えられる。このような部位としては、食品対象物がエビである場合は、腹部二節の中心部とするのがよい。
【0046】
本発明のレトルト殺菌食品では、レトルト殺菌後における筋基質タンパク質の構造が、短時間で煮沸処理を行った後の筋基質タンパク質の構造と同様な特性を有すると見なせるような指標を規定した。即ち、食品対象物を短時間で煮沸処理を行った後に圧縮破断強度を測定して得られた破断強度曲線は、当該破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークを有し、そのピーク値は所定の割合以上減少する物性を示す。特に、破断強度曲線における第一ピーク値が、それ以降に出現する強度ピーク値より大きい物性を示している。
よって、本発明のレトルト殺菌食品においても、少なくとも筋基質タンパク質を有する食品対象物をレトルト殺菌した後、当該食品対象物に圧縮荷重を連続付与して組織強度を測定したときに得られる破断強度曲線に関して、当該破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークを有し、そのうち少なくとも1つはその強度ピーク値に対して所定の割合以上減少する物性を示すように構成する。好ましくは、破断強度曲線における第一ピーク値が、それ以降に出現する強度ピーク値より大きい物性を示すように構成する。
これにより、レトルト殺菌のような過度の加熱によってもコラーゲンの加水分解が抑制された状態となり、筋原繊維を束ねた膜である筋基質の構造が維持され、食品対象物の表面組織および筋繊維構造の崩壊が抑制された結果、食感に優れたものとなる。
【0047】
「所定の割合」は、ピークの最大荷重値および当該ピークの減少値から算出される。当該減少値は、当該最大荷重値から、ピークが減少から増加に転じる部分の最も低い値、あるいは、隣接するピークに至るまでに出現した最も低い値、を引いた値とする。
「所定の割合」としては、例えば5%以上、好ましくは10%以上、さらに好ましくは20%以上とするのがよい。
所定の割合の上限は特に制限されるものではないが、例えば60%以下であればよい。
【0048】
<レトルト殺菌食品の製造方法>
本発明のレトルト殺菌食品の製造方法は、少なくとも筋基質タンパク質を有する食品対象物の水分を減少させる水分減少工程Aと、水分を減少させた食品対象物を収容容器に充填して密封したのち加熱および加圧することで殺菌処理を行うレトルト殺菌工程Bと、を有する(図1)。
【0049】
(水分減少工程)
本発明のレトルト殺菌食品の製造方法では、レトルト殺菌の前に、前処理として水分減少工程Aを行なう。
【0050】
水分減少工程Aは、食品対象物を低温に曝す低温乾燥処理a1とする。本明細書における「低温」とは、室温より低い温度のことであり、例えば10〜20℃程度である。低温乾燥処理の態様は、低温状態の空間に食品対象物を曝す、或いは、例えば20℃以下の冷風を食品対象物に連続供給し、当該食品対象物を脱水させて水分量を減少させるようにすれば、特に限定されるものではない。冷風は、例えば低温に設定されたエアコンや低温室内の扇風機からの送風によって得ることができる。
このような低温乾燥処理a1を行うことで、食品対象物の水分量を例えば15〜20重量%減少、好ましくは14〜19%減少させるとよい。
その他、水分減少工程Aは、食品対象物を煮沸する煮沸処理a2としてもよい。この場合、食品対象物を例えば4〜6%の食塩水中にて煮沸処理を行い、前記食品対象物の水分量を例えば6〜12重量%減少、好ましくは7〜10%減少させるとよい。
水分減少工程Aの処理時間は、食品対象物の大きさなどに応じて、適宜設定するとよい。
【0051】
(レトルト殺菌工程)
レトルト殺菌処理とは、加圧加熱処理をいい、耐熱性容器に充填した製品を品温上昇に伴う製品の内圧で容器が破損しないように加圧しながら110℃〜130℃程度の蒸気又は熱水で10〜50分間程度加熱し、少なくともF0値=4以上となるように処理するこ
とをいう。レトルト殺菌処理はバッチ式レトルト殺菌装置、連続式レトルト殺菌装置を用いることができる。
【0052】
具体的な加熱の方法としては、常圧下で食品対象物の内部温度が110℃〜130に達するまで加熱をすることは困難であるため、加圧条件下で行う。例えば、熱水式の加圧加熱殺菌機や加圧式の圧力釜等を用いるとよい。
【0053】
レトルト殺菌は食品対象物をレトルトパウチに封入して行うが、食品対象物を封入する際に無液状態で行う方法、又は、食品対象物を封入する際に粉末の調味料、乾燥食品等を同時に添加する方法のいずれの態様で行なってよい。
【0054】
本手法では、少なくとも筋基質タンパク質を有する食品対象物の水分を減少させた状態でレトルト殺菌工程Bを行なうことができる。このように予め食品対象物の水分量を減少させた状態でレトルト殺菌を行えば、水分存在下で過加熱することにより水に可溶性となるコラーゲン(筋基質タンパク質の主成分)が可溶化(ゼラチン化)し難くなる。そのため、レトルト殺菌工程Bの後であっても、コラーゲンの加水分解が抑制された状態であるため、筋原繊維を束ねた膜である筋基質の構造が維持される。よって、食品対象物の表面組織および筋繊維構造の崩壊が抑制され、優れた食感・外観・香気および味を有するレトルト殺菌食品を製造することができる。
【0055】
〔実施例1〕
以下の実施例では、食品対象物としてエビ(インドネシア産 クルマエビ科ウシエビPenaeus monodon)を使用した場合について説明する。エビは頭部を除去した後に冷凍し、
解凍した後に殻を剥いた状態の腹部を試料(試料エビ)として供した。
エビの筋肉組織の構造を調べるため、供した非加熱の試料エビを、X線CT装置(ヤマト科学、TDM1000−IW)を使用してX線撮影した。当該撮影は、X線管電圧60000KV、X線管電流0.008mAの条件で行なった。結果を図2((a)横断面、(b)水平縦断面)に示した。
得られたX線CT撮影像から、エビの腹部では、6種類の筋肉束が存在する様子が確認できた。6種類の筋肉束は、図2(a)の上側から順に、左半身前部前斜筋1、左半身中央筋2、左半身後部前斜筋3、右半身後部前斜筋4、右半身中央筋5、右半身前部前斜筋6である。
【0056】
〔実施例2〕
試料エビの組織強度をレオメータ(株式会社山電製、REII―33005、ロードセル2Kgf用)によって測定し、破断強度曲線を作成した。レオメータは、3mm径の円柱型プランジャーを備え、試料台移動速度1mm/秒の条件で、試料エビの腹部二節目中心部に対して左側面から右側面に向けてプランジャー進入率99%となるまで圧縮荷重を連続付加した(図2(b))。
【0057】
圧縮荷重の測定は、実施例1で使用した非加熱の試料エビ(実施例2−1)、当該試料エビを沸騰水中に投入して2分間ボイルしたもの(実施例2−2)、当該試料エビをレトルト殺菌したもの(実施例2−3)に対して行った。レトルト殺菌は121℃、12分(F0値=6)の条件で行なった。
【0058】
圧縮荷重を付加して得られた値を基に作成された破断強度曲線を図3に示した。また、これら3つの試料エビにおいて、X線CT撮影した結果(二節部拡大)を図4に示した。
【0059】
非加熱の試料エビ(実施例2−1)では、破断強度曲線において、歪率(プランジャー進入率)55%付近において大きなピークが確認された(図3(a))。当該ピークの位置では、プランジャーに大きな圧縮荷重を付加し、その後、プランジャーに付加した圧縮荷重が減少していることから、当該位置(歪率55%付近)にて試料エビの表皮が破断されたものと認められた。このとき、得られたピークの最大荷重値は14.84Nであり、当該ピークの減少値は13.19Nであった。即ち、当該ピークはその強度ピーク値の約89%が減少するピークであった。
実施例2−1における試料エビのX線CT撮影した結果(二節部拡大)を図4(a)に示す。
【0060】
試料エビを沸騰水中に投入して2分間ボイルしたもの(実施例2−2)では、破断強度曲線において、5つのピーク(第一ピークa、第二ピークb、第三ピークc、第四ピークd、第五ピークe)が確認された(図3(b))。第二〜第五ピークは、非加熱の試料エビ(実施例2−1)では確認されなかったが、2分間ボイルした試料エビ(実施例2−2)では確認された。この理由は、試料エビをボイルすることによって筋肉タンパク質が変性したためである。即ち、エビは2分間の煮沸により、適度な食感が得られる硬さを有する筋肉の層が形成されたことになる。図2(a)(横断面)に示した筋肉束と照合すると、第一ピークa〜第五ピークeは、それぞれ、表皮および左半身前部前斜筋1、左半身中央筋2、左半身後部前斜筋3、右半身後部前斜筋4、右半身中央筋5を破断したもの対応するピークであると考えられた。このように複数のピークが出現することにより、良好な食感(プリプリ感)が得られる。
【0061】
第一ピーク値は、それ以降に出現する強度ピーク値(第二〜第五ピーク値)より大きくなっている。これは、第一ピーク値には、表皮を破断するためには大きな圧縮荷重が必要とされるためであると考えられる。
【0062】
第一ピークaは歪率50%までに出現するピーク(歪率45.7%)である。当該第一ピークaの最大荷重値は12.01Nであり、当該ピークの減少値は3.47Nであった。即ち、第一ピークaはその強度ピーク値の28.9%が減少するピークであった。
また、第二ピークbも歪率50%までに出現するピーク(歪率49.5%)である。当該第二ピークbの最大荷重値は8.71Nであり、当該ピークの減少値は5.21Nであった。即ち、第二ピークbはその強度ピーク値の59.8%が減少するピークであった。
このように実施例2−2では、破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークのうち、それぞれの強度ピーク値に対して28〜60%程度減少するピークを2つ有する物性を示している。
【0063】
実施例2−2における試料エビのX線CT撮影した結果(二節部拡大)を図4(b)に示す。
【0064】
試料エビをレトルト殺菌したもの(実施例2−3)では、破断強度曲線においてピークは確認できず、なだらかな曲線となった(図3(c))。実施例2−3では歪率50%までの最大荷重値は4N未満であった。実施例2−3において、図4(c)のX線CT撮影した結果より、表面組織の脱落および筋繊維構造の不明瞭さが確認された。即ち、筋肉束中の細い繊維が解れたようになっており、筋基質タンパク質の主成分であるコラーゲンが試料エビ中より流出しているものと認められた。この結果、試料エビは、レトルト殺菌によりコラーゲンが熱分解されたために表面組織および筋繊維構造が崩壊し、筋組織の脆弱化が起こるものと推察された。図3(c)の破断強度曲線ではピーク値が殆どない物性を示している。この食品対象物を咀嚼した場合には、咀嚼にメリハリを感じることは殆どない。
即ち、実施例2−3は、破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークを有し、そのうち少なくとも1つはその強度ピーク値に対して所定の割合以上減少する物性を示すものではない。
【0065】
尚、破断強度曲線の曲線長さを用いることで、加熱変性した試料エビのテクスチャ(食感)を表すことができる。当該曲線長さは、曲線をn個の微小区間に分割し、各微小区間を線分で近似し、その長さの和を算出することにより求めることができる(図5(a))。このようにして算出した曲線長さは、試料エビを沸騰水中に投入して2分間ボイルしたもの(実施例2−2)では約112であり、試料エビをレトルト殺菌したもの(実施例2−3)では約97であった(図5(b))。これより、破断強度曲線に現れたピーク数が多いほど曲線長さが長くなり、弾力性に優れた食感を有する食品となる。
【0066】
〔実施例3〕
本発明のレトルト殺菌食品の製造方法において、水分減少工程Aとして低温乾燥処理a1を行ってエビのレトルト殺菌食品を作製した。
試料エビは、実施例1で使用したエビ(頭部を除去した後に冷凍し、解凍した後に殻を剥いた状態)を使用した。当該試料エビを18℃の雰囲気下で乾燥した(実施例3−1:低温乾燥4時間、実施例3−2:低温乾燥6時間、実施例3−3:腹開き後低温乾燥5時間)。低温乾燥後、低温乾燥処理エビを収容容器に充填してレトルト殺菌(121℃、14分(F0値=6))を行なった。
比較対照例として、低温乾燥処理しない試料エビを同じ条件でレトルト殺菌したもの(比較例3−1)、沸騰水中にて2分間ボイルした試料エビを同じ条件でレトルト殺菌したもの(比較例3−2)を調製した。
【0067】
これら5種類の処理エビについて、レオメータによる組織強度測定を行なった結果を図6に示す(実施例3−1:図6(a)、実施例3−2:図6(b)、比較例3−1:図6(c)、比較例3−2:図6(d))。また、レトルト殺菌後に、電子顕微鏡による筋線維組織像観察を行なった結果を図7に示す(実施例3−1:図7(a)、実施例3−2:図7(b)、比較例3−1:図7(c)、比較例3−2:図7(d))。
【0068】
また、表1に、低温乾燥処理a1によって減少した重量%(水分減少率%)、官能評価、Hyp(ヒドロキシプリン)量を示した。官能評価は食感および香気について行なった。Hypは、生体内では大部分がコラーゲン中に特異的に存在するアミノ酸の一種で、コラーゲンの約11〜14%を占めている。Hyp量の測定は、HPLCを使用して定法によって行い、非加熱時の含有量を100%とした場合の割合を示した。
【0069】
【表1】
ボソボソ感(弾力感に乏しく、繊維感・組織強度を保持していない)
プリプリ感(弾力感に富み、繊維感・組織強度を保持している)
干物感(繊維感・組織強度を保持しているが、弾力感はプリプリ感よりやや劣る)
レトルト臭(加熱不快臭)
【0070】
この結果、実施例3−2(低温乾燥6時間)の処理エビでは、破断強度曲線における第一ピーク値がそれ以降に出現する強度ピーク値より大きいことが確認され(図6(b))、官能評価(食感および香気)が優れていると認められた(表1)。これにより、低温乾燥処理a1によって、試料エビの水分量を19%減少させるとよいことが判明した。
実施例3−2で確認されたピーク(歪率49.6%)の最大荷重値は13.89N(4N以上)であり、当該ピークの減少値は4.01Nであった。即ち、当該ピークはその強度ピーク値の28.9%が減少するピークであった。
図示しないが、実施例3−2については別の処理エビでもデータを取得した。この処理エビで確認されたピーク(歪率42.9%)の最大荷重値は9.74N、当該ピークの減少値は0.50Nであり、当該ピークはその強度ピーク値の5.1%が減少するピークであった。
尚、比較例3−1,3−2では歪率50%までの最大荷重値は4N未満であった。
【0071】
実施例3−1(低温乾燥4時間)では、低温乾燥処理の結果、試料エビの水分量を13%減少させたが、破断強度曲線(図6(a))および官能評価(表1:食感および香気)の結果はあまり芳しくはない。しかし、実施例3−1における食感はボソボソ感が低減しているため、試料エビの水分量を14%程度まで減少させれば、食感などの官能評価は良好になるものと認められた。
このように試料エビの水分量を減少させることによりコラーゲンの加水分解を抑制してコラーゲンの膠着化を図ることによって、レトルト殺菌後であっても試料エビが脆弱化することなく、食感などの品質が良好になったと考えられる。この低温乾燥処理によりコラーゲンの膠着化が起こっていることが考えられ、この変化もレトルト殺菌中のコラーゲン分解抑制効果をより助長していると考えられる。
【0072】
また、Hyp量の測定結果より、実施例3−2(低温乾燥6時間)の処理エビでは96%ものHyp量を維持していることから、コラーゲンの加水分解が良好に抑制されていることが示唆された。
【0073】
以上より、本発明のレトルト殺菌食品の製造方法では、レトルト殺菌の前に水分減少工程Aとして低温乾燥処理a1を行うことで試料エビの含有水分量を減少させることができ、その状態でレトルト殺菌を行えば、筋原繊維を束ねた膜である筋基質の構造が維持される。即ち、実施例3−2のようにレトルト殺菌後における筋基質タンパク質の構造が、実施例2−2のように短時間で煮沸処理を行った後の筋基質タンパク質の構造と同様な特性、即ち、食品対象物を短時間で煮沸処理を行った後に圧縮破断強度を測定して得られた破断強度曲線に関して、当該破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークを有し、そのうち少なくとも1つはその強度ピーク値に対して所定の割合以上減少する物性、を有するようになった。
よって、本実施形態で製造されたレトルト殺菌食品は、試料エビの表面組織および筋繊維構造の崩壊が抑制され(図7(b))、優れた食感を有するようになる。これは、試料エビを予め低温乾燥処理a1によって脱水することによりコラーゲンの加水分解を抑制することができたためであると考えられる。
【0074】
〔実施例4〕
本発明のレトルト殺菌食品の製造方法において、水分減少工程Aとして煮沸処理a2を行ってエビのレトルト殺菌食品を作製した。
試料エビは、実施例1で使用したエビ(頭部を除去した後に冷凍し、解凍した後に殻を剥いた状態)を使用した。当該試料エビを食塩水で0〜10分間煮沸処理した(実施例4−1:NaCl濃度2%、実施例4−2:NaCl濃度3%、実施例4−3:NaCl濃度4%、実施例4−4:NaCl濃度5%、実施例4−5:NaCl濃度6%、実施例4−6:NaCl濃度10%)。煮沸処理後、煮沸処理エビを収容容器に充填してレトルト殺菌(121℃、12分(F0値=6))を行なった。
比較対照例として、NaCl濃度0%で煮沸処理して試料エビを同じ条件でレトルト殺菌したもの(比較例4−1)を調製した。
【0075】
これら実施例および比較例について0,2,4,6,8,10分のそれぞれの煮沸時間において官能評価を行なった結果を図8に示した。また、レオメータによる組織強度測定を行なった結果を図9に示す(実施例4−3(2分処理):図9(a)、実施例4−3(8分処理):図9(b)、比較例4−1(2分処理):図9(c)、比較例4−1(8分処理):図9(d))。さらに表2にHyp量を示した。
【0076】
【表2】
【0077】
図8より、実施例4−3(NaCl濃度4%)〜実施例4−6(NaCl濃度10%)において、煮沸処理時間を6〜10分とすれば食感および香気が良好であると認められた。さらに、実施例4−5(NaCl濃度6%)および実施例4−6(NaCl濃度10%)では、煮沸処理時間を4分とすれば食感が良好であると認められた。しかし、NaCl濃度10%の場合は塩辛い食味を感じることがあり、煮沸処理時間10分の場合は焦げ臭が認められたことから、煮沸処理条件としてはNaCl濃度4〜6%、処理時間4〜8分間が好ましい結果が得られると認められた。
【0078】
実施例4−3(8分処理):図9(b)で確認されたピーク(歪率45.3%)の最大荷重値は6.70N(4N以上)であり、当該ピークの減少値は2.18Nであった。即ち、当該ピークはその強度ピーク値の32.5%が減少するピークであった。
図示しないが、実施例4−3については別の処理エビでもデータを取得した。この処理エビで確認されたピーク(歪率49.8%)の最大荷重値は4.82N、当該ピークの減少値は0.33Nであり、当該ピークはその強度ピーク値の6.8%が減少するピークであった。
比較例4−1では歪率50%までの最大荷重値は4N未満であった。
【0079】
これら実施例および比較例において、煮沸の前後における試料エビの重量変化および水分含有率の変化を調べた。表3に試料エビの重量(g)の変化、表4に試料エビの含水率(%)、表5に試料エビの重量減少率(%)、表6に試料エビの水分減少率(%)を示した。また、比較例4−1(煮沸時間0,2,8分間処理)および実施例4−3(煮沸時間2,8分間処理)における試料エビの重量変化の結果を図10、水分含有率の変化の結果を図11に示した。
【0080】
【表3】
【0081】
【表4】
【0082】
【表5】
【0083】
【表6】
【0084】
図8の官能評価では処理時間6〜8分間が好ましい結果が得られると認められた。そのため、処理時間6〜8分間における試料エビの水分減少率(%)に着目すると、実施例4−4(NaCl濃度5%)では8.0%であり、実施例4−3(NaCl濃度4%)では9.7%となった。また、当該官能評価では処理時間を4分とした場合においても実施例4−5(NaCl濃度6%)では好ましい結果が得られているが、このときの試料エビの水分減少率(%)は7.0%であった。従って、試料エビの水分減少量(%)を約7〜10%とすれば、食感などの品質が良好になると考えられる。
【0085】
また、表3,図10,11の結果より、レトルト殺菌処理後の実施例4−3(NaCl濃度4%)および比較例4−1(NaCl濃度0%)の試料エビの重量および水分含有率について、大きな差異は認められなかった。しかし、これら実施例4−3および比較例4−1の官能評価(図8)では、実施例4−3の試料エビの方が優れた品質を有することが認められた。これより、実施例4−3のように塩水による煮沸を行なうことによって、水分量を減少させてコラーゲンの加水分解を抑制するだけでなく、NaClによるコラーゲンの熱分解抑制効果が発揮されることによりコラーゲンの熱分解も抑制されたため、レトルト殺菌後であっても試料エビが脆弱化することなく、食感などの品質が良好になったと考えられる。
【0086】
図12に、実施例4−3における試料エビの煮沸処理後およびレトルト殺菌後の電子顕微鏡による筋線維組織像を示した(煮沸処理後:図12(a)、レトルト殺菌後:図12(b))。これより、煮沸処理後およびレトルト殺菌後の何れにおいても筋繊維構造の崩壊が抑制されていると認められた。
【0087】
また、Hyp量の測定結果より、実施例4−3(NaCl濃度4%、8分煮沸)の処理エビでは97%ものHyp量を維持していることから、コラーゲンの加水分解が良好に抑制されていることが示唆された。
【0088】
即ち、本発明のレトルト殺菌食品の製造方法では、レトルト殺菌の前に水分減少工程Aとして煮沸処理a2を行うことで試料エビの含有水分量を減少させることができ、その状態でレトルト殺菌を行えば、筋原繊維を束ねた膜である筋基質の構造が維持される。即ち、実施例4−3のようにレトルト殺菌後における筋基質タンパク質の構造が、実施例2−2のように短時間で煮沸処理a2を行った後の筋基質タンパク質の構造と同様な特性、即ち、食品対象物を短時間で煮沸処理を行った後に圧縮破断強度を測定して得られた破断強度曲線に関して、当該破断強度曲線の歪率50%までに出現するピークを有し、そのうち少なくとも1つはその強度ピーク値に対して所定の割合以上減少する物性、を有するようになった。
よって、本実施形態で製造されたレトルト殺菌食品は、試料エビの表面組織および筋繊維構造の崩壊が抑制され、優れた食感を有するようになる。これは、試料エビを予め煮沸処理a2によって脱水することによりコラーゲンの加水分解を抑制し、NaCl付与によりコラーゲンの熱分解を抑制することができたためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明のレトルト殺菌食品およびその製造方法は、食品対象物を収容容器に充填して密封したのち加熱および加圧することで殺菌処理されたレトルト殺菌食品およびその製造方法に利用できる。
【符号の説明】
【0090】
A 水分減少工程
a1 低温乾燥処理
a2 煮沸処理
B レトルト殺菌工程
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12