(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
第1電極と、第2電極と、前記第1電極および第2電極の間に設けられた中間層とを備え、前記第1電極および第2電極の間に電圧を印加することによって前記第2電極から電子を放出させる電子放出素子であって、
前記第2電極は、電子の放出に適した層厚を有する放出領域と、前記放出領域よりも層厚の大きい給電領域とに区分されており、
前記給電領域は、前記放出領域の一辺に沿って配置され、外部電源端子との接触箇所となる給電部と、前記給電部と途切れることなく繋がっているパターン形状部とからなり、
前記パターン形状部は、前記給電部よりも線幅が小さく、前記給電部から直交して対辺まで伸びるように複数形成されている幹部と、前記幹部よりも線幅が小さく、前記幹部から分岐して直交して伸びるように複数形成されている枝部とからなるツリー状に形成されており、
隣り合う前記幹部に形成される前記枝部同士は、互いに接することが無いように配置されることを特徴とする電子放出素子。
【背景技術】
【0002】
従来の電子放出素子として、スピント(Spint)型電極、カーボンナノチューブ(CNT)型電極等で構成された電子放出素子が一般的に知られている。これらの電子放出素子は尖鋭突起部に高電圧を印可して約1GV/mの強電界を形成し、トンネル効果により電子を放出することができる。
【0003】
しかしながら、これら両タイプの電子放出素子は、電子放出部の表面近傍において強電界を発生させるため、放出電子は電界により大きなエネルギーを得たものとなる。そして、大きなエネルギーを得た放出電子は、気体分子を容易に電離させる。気体分子の電離により生じた陽イオンは、強電界によって素子表面に向かって加速衝突し、スパッタリングによる素子破壊が生じる問題がある。
【0004】
また、酸素の解離エネルギーは電離エネルギーよりも低く、大気中で電子を放出させるとこれらの強電界により容易にオゾンが発生する。オゾンは人体に有害である上、その強力な酸化力により多種多様なものを酸化させる。そのため、電子放出素子の周辺部材にダメージが与えられるという問題が存在し、これを避けるために周辺部材には耐オゾン性の高い材料を用いなければならないという制限が生じている。
【0005】
このような背景から、上記のものとは異なるタイプの電子放出素子として、MIM(Metal-Insulator-Metal)型、MIS(Metal-Insulator-Semiconductor)型、あるいはBSD(Ballistic electron Surface-emitting Device)型等の電子放出素子が開発されている。これらは、素子内部の量子サイズ効果および強電界を利用して電子を加速し、平面状の素子表面(表面電極)から電子を放出させる面放出型の電子放出素子である。これらの電子放出素子は、素子内部の電子加速層で加速した電子を放出するため、素子外部に強電界を必要としない。したがって、気体分子の電離によるスパッタリングで破壊されるという問題、およびオゾンが発生するという問題を克服できる。さらに、特許文献1には、上記の問題を克服し、かつ大気中で安定的に電子を放出可能な素子が開示されている。
【0006】
図10は、特許文献1に示された電子放出素子の構成を示す模式図である。電子放出素子70は、下部電極となる基板71と、上部電極である表面電極72と、その間に挟まれて存在する電子加速層73とからなる。基板71と表面電極72とは電源74に繋がっており、電源74は互いに対向して配置された基板71と表面電極72との間に電圧を印加する。電子加速層73には、導電体からなり抗酸化力が高い導電微粒子731と、導電微粒子731より大きい絶縁体物質732とが含まれている。導電微粒子731として抗酸化力が高い導電体を用いることから、大気中の酸素による酸化に伴う素子劣化を発生しがたいため、大気圧中でも安定して動作させることができる。
【0007】
上記表面電極を有する電子放出素子は、フォーミングと呼ばれる半絶縁破壊過程を経験することで、電子放出特性が出現する。これらの電子放出素子は、以下に示す2つの共通の特徴をもつ。
【0008】
1つ目の特徴は、表面電極が非常に薄いことである。これは、素子内で加速した電子が表面電極を通過し真空障壁を突破することで放出可能となるための条件である。すなわち、電子の散乱・捕獲原因となる表面電極は薄いことが要求される。
【0009】
2つ目の特徴は、駆動電流の大部分が外部に放出されず、表面電極に回収され素子内に留まることである。ゆえに、必要放出量を満足するには、素子内に大きな電流を流す必要があり、そのためフォーミング後の素子抵抗もある程度低いことが求められる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の電子放出素子では、電子の放出効率を向上させるため、表面電極は全面的に薄く形成することが一般的であった。また、必要放出量を満たすには放出効率から換算される一定の素子内部の電流量が必要となり、要求される中間層の抵抗は低い。この結果、薄膜である表面電極の抵抗が無視できない大きさとなり、表面電極における電圧降下が生じていた。このような電圧降下は、上記電子放出素子に対して面内に一様な電圧を与えられず、面内一様な電子放出量を得ることができないという課題を生ずる。
【0012】
一方、上記電子放出素子は、電子放出に伴って表面電極に破壊が生じる。このような破壊は表面電極が薄膜であるほど、または表面電極と中間層の密着性が弱いものほど発生し易く、破壊進行により寿命が決定されるため寿命低下の原因となる大きな課題となっていた。
【0013】
上記の電圧降下は、素子サイズの小さい従来の電子放出素子では問題となりにくい。しかしながら、素子サイズが大きくなると上記電圧降下は顕著となる。また素子サイズを問わず、初期的には面内一様な電圧を印加できていた素子も、長時間駆動によって表面電極が網目模様に細線化されると電圧降下は格段に強まり課題となる。また、細線化された表面電極が更なる破壊進行によって断線が生じると、表面電極において給電できない領域が発生し、その領域は電子放出素子として機能しなくなる。
【0014】
無論、表面電極において上記断線が生じる前であっても、電圧降下が強まって電圧を十分に印加できない領域(主に給電点から最も遠い素子中心部)が生じれば、その領域は電子放出機能が著しく低下する。
【0015】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、表面電極における電圧降下を防止でき、表面電極に対して均一な面内電位を与えることができる電子放出素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の課題を解決するために、本発明の電子放出素子は、第1電極と、第2電極と、前記第1電極および第2電極の間に設けられた中間層とを備え、前記第1電極および第2電極の間に電圧を印加することによって前記第2電極から電子を放出させる電子放出素子であって、前記第2電極は、電子の放出に適した層厚を有する放出領域と、前記放出領域よりも層厚の大きい給電領域とに区分されており、前記給電領域は、前記第1電極および第2電極の間に電圧を印加した場合に前記第2電極の面内電圧を均一化できるような所定形状にパターニングされていることを特徴としている。
【0017】
上記の構成によれば、第2電極は、前記放出領域よりも層厚の大きい給電領域を有しており、この給電領域を介して前記放出領域に電圧を印加できる。このため、電圧降下の低減を防止することができ、第2電極への印加電圧を面内で均一化することができる。
【0018】
電圧降下の低減を防止することにより、主に以下の効果が得られる。第1の効果は、電子放出量の面内均一化が図れる点にある。第2の効果は、破壊耐性の強固なバスラインが得られる点にある。すなわち、予め適切に設計された給電領域を設けたことによって、給電領域は破壊が進行しにくく、遠方部(素子中心部)までの給電経路は長時間保持され電圧降下が抑制される。このため、本発明の電子放出素子では、素子の長時間駆動後も電子放出量の低下を防止することができ、素子の長寿命化を図ることができる。
【0019】
また、上記電子放出素子では、前記給電領域は、外部電源端子との接触箇所となる給電部と、前記給電部と途切れることなく繋がっているパターン形状部とからなる構成とすることができる。
【0020】
上記の構成によれば、給電部から印加される電圧を、パターン形状部を介して第2電極全体へ給電することができ、第2電極への印加電圧を面内で均一化することができる。
【0021】
また、上記電子放出素子では、前記パターン形状部は、前記給電部から延びる幹部と、前記幹部から分岐して延びる枝部とからなるツリー状に形成されている構成とすることができる。
【0022】
上記の構成によれば、給電領域の面積増大を回避しつつ、放出領域を電圧降下の抑制に有効な幅狭な領域として形成することができる。また、ツリー状のパターン形状部は、給電部から離れた位置に対してほぼ最短の経路で給電できる。
【0023】
また、上記電子放出素子では、前記パターン形状部は、前記給電部から離れるにつれてその線幅が狭小化されている構成とすることができる。
【0024】
上記の構成によれば、給電部から離れた箇所でパターン形状部が必要以上に太い線幅で形成されて放出領域の面積比率が低下することを回避できる。
【0025】
また、上記電子放出素子では、前記パターン形状部の狭小化が連続的である構成とすることができる。
【0026】
上記の構成によれば、放出領域の面積比率が低下することを、より効果的に回避できる。
【0027】
また、上記電子放出素子では、前記給電部は、前記中間層において電流が生じない電子非放出部に設けられる構成とすることができる。
【0028】
上記の構成によれば、外部電源端子の配置箇所で中間層を流れる電流が集中する不具合を防止できる。
【0029】
また、上記電子放出素子では、前記第2電極は、その全体が同一の金属にて形成されている構成とすることができる。
【0030】
上記の構成によれば、第2電極成膜時の金属の交換が不要となり、製造工程が簡略化できるといった利点がある。さらには、第2電極14内部の構造欠陥が減るといった利点がある。
【0031】
また、上記電子放出素子では、前記第2電極は、該第2電極の全面に均一な厚さで形成されるベタ膜と、前記ベタ膜の下層に形成され、給電領域を厚膜化するためにパターニング形成されるパターニング膜とからなり、前記ベタ膜と前記パターニング膜とは異なる金属材料から形成されている構成とすることができる。
【0032】
上記の構成によれば、例えば、ベタ膜を酸化などの化学反応を起こさないAuとし、パターニング膜をそれ以外の金属(例えばTi)で形成する場合、Auの使用量を増加させることが無く、コストの上昇を抑制することができる。また、パターニング膜がベタ膜に覆われることになり、パターニング膜の酸化が抑制される。
【0033】
さらに、本発明の電子放出装置は、上記の課題を解決するために、上記に記載のいずれかの電子放出素子と、前記電子放出素子における前記第1電極および第2電極の間に電圧を印加する電源とを備えたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0034】
本発明の電子放出素子および電子放出装置は、第2電極において放出領域よりも層厚の大きい給電領域を形成し、この給電領域を介して放出領域に電圧を印加できる。このため、第2電極への印加電圧を面内で均一化することができ、面内の電子放出量を均一化できるといった効果を奏する。さらに、給電領域は破壊が進行しにくく、電圧降下による素子寿命の低減を抑制できるといった効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0036】
〔実施の形態1〕
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本実施の形態1に係る電子放出装置の概略構成を示す模式図である。
図2は、本実施の形態1に係る電子放出素子を電子放出面側から見た平面図である。
【0037】
電子放出装置1は、電子放出素子10および電源20を備えて構成される。すなわち、電子放出装置1では、電子放出素子10に電源20により所望の電圧が印加されることによって電子が放出される。このような電子放出装置1は、例えば、電子写真方式の画像形成装置において、感光体ドラム表面を帯電させる帯電装置として好適に使用することができる。それ以外にも、電子線硬化装置、発光体と組み合わせることによる画像表示装置、あるいは、放出された電子が発生させるイオン風を利用するイオン風発生装置等に適用することができる。
【0038】
電子放出素子10は、基板電極となる第1電極11、絶縁層12、中間層13、および表面電極となる第2電極14とからなり、
図1に示すような積層構造を有している。電源2の負極は第1電極11に接続され、電源2の正極は第2電極14に接続される。このため、電子放出装置1を流れる電子は、中間層13において第1電極11から第2電極14に向けて加速され、一部の電子が弾道電子として第2電極14から放出される。
【0039】
第1電極11は、金属板などの電気伝導性を備えた支持体からなる。第1電極11は、十分な電気伝導性を備えておれば良く、具体例としては、Al板,Cu板,SUS板などの金属板、B,Al,N,Pなどの不純物がハイドープされた半導体基板、および金属又は導電性材料が成膜されたガラス板,アクリル板,セラミック板などの絶縁性基板を使用できる。第1電極11の板厚は特に限定されないが、素子としての剛性、および素子発熱による発熱の緩和が十分となる厚さに設定される。
【0040】
第1電極11における中間層13側の表面粗さは、中間層13の層厚と比べて十分に小さく、第1電極11と第2電極14との間で短絡が生じなければ良い。例えば、Raが0.1μmであれば適宜調整可能である。また、中間層13および第2電極14が耐えられるものであれば、第1電極11は柔軟性を持つ基板を使用しても良い。
【0041】
中間層13は、絶縁性樹脂、導電性樹脂、絶縁性微粒子のうちの1つ以上を含んだものよりなる。また、この構成に金属微粒子を添加したものがより好ましい。本実施の形態では、
図1に示すように、絶縁性樹脂131および金属微粒子132を混合したものを中間層13として用いている。中間層13の層厚は0.3〜5.0μmとすることが好ましい。
【0042】
絶縁性樹脂131は、絶縁性を有する材料であれば特に限定は無く、殆どの樹脂が使用可能である。例えば、シリコーン樹脂を使用でき、その硬化タイプも特に限定されない。
【0043】
金属微粒子132は、その材料が限定されることは無く、何れの金属であっても使用できるが、例えば、Au,Pt,Pd,Agなどの酸化に強い金属を用いればより好ましい。また、金属微粒子132の粒径は、中間層13に絶縁性微粒子を含める場合には該絶縁性微粒子の粒径よりも小さい必要がある。金属微粒子132は、平均粒径が3〜20nmであることが好ましい。
【0044】
第2電極14は、導電性材料の薄膜からなる。その材料は、高い電気伝導性を備えていれば良く、金属材料であることが好ましい。具体例としては、Au,Pt,Pd,Agなどを含む金属が挙げられる。中でも、大気中で駆動することを想定した場合、酸化などの化学反応を起こさないAuが最も好ましい。
【0045】
第2電極14の層厚が小さすぎると、その面内抵抗が増大し、電子放出素子10の全体で無視できない大きさの抵抗を持つようになる。この場合、第1電極11と第2電極14との間に一定の電圧がかからず、面内均一性が悪化する。また、破壊耐性が低下し、第2電極14の寿命が低下する。反対に、第2電極14の層厚が大きすぎると、第2電極14の破壊が抑制され、欠損領域が低減することで電子放出量が低減する。
【0046】
本実施の形態に係る電子放出素子10は、第2電極14への印加電圧を面内で均一化するために第2電極14の形状を工夫した点に特徴を有する。
【0047】
第2電極14は、
図2に示すように、電子放出素子10の電子放出面側から見て給電領域141と放出領域142とに区分される。給電領域141と放出領域142とは、互いに層厚が異なっている。すなわち、給電領域141は、主として面内の給電性能を向上させるための領域である。放出領域142は、主として電子放出性能を高めるために形成された領域である。このため、給電領域141は放出領域142に比べて層厚が大きくなっている。
【0048】
給電領域141および放出領域142は、面内の給電性能と電子放出性能とを両立させるために適切な形状にパターニングされて形成される。
図2には、パターニングの一例として、給電領域141をツリー状に形成した例を示している。すなわち、
図2に示す給電領域141は、給電部141A、幹部(パターン形状部)141B、および枝部(パターン形状部)141Cから構成されている。給電部141Aは、放出領域142の一辺に沿って配置されている。幹部141Bは、給電部141Aから直交して対辺まで伸びるように複数形成されている。枝部141Cは、幹部141Bから直交して伸びるように複数形成されている。また、隣り合う幹部141Bに形成される枝部141C同士は、互いに接することが無いように配置される。これにより、放出領域142は、その全周囲が給電領域141に囲まれるような島状の領域となることは無い。幹部141Bの線幅は給電部141Aの線幅よりも小さくなるように形成され、枝部141Cの線幅は幹部141Bの線幅よりも小さくなるように形成されることが好ましい。
【0049】
ここで、放出領域142を上述するツリー状の形状にすることには、電子放出効率の向上を図る意味がある。まず、放出領域142においては、電圧降下の発生をできるだけ抑制するため、放出領域142はできるだけ幅広な部分を持たない、幅狭な領域として形成されることが好ましい。また、給電領域141においては、その面積比率が大きくなることは好ましくない。これらの観点から、すなわち、給電領域141の面積増大を回避しつつ、放出領域142を幅狭な領域として形成するには、給電領域141を上述のようなツリー状に形成することは有意義である。また、上記ツリー状の給電領域141は、給電部141Aから離れた位置に対して、ほぼ最短の経路で給電できるといった利点もある。
【0050】
図2に示す給電領域141では、幹部141Bおよび枝部141Cは一定の線幅にて形成されており、枝部141Cの線幅は幹部141Bの線幅よりも小さくなるように形成されている。すなわち、給電領域141は、給電部141Aから離れるにつれてその線幅は段階的に狭小化されている。
【0051】
しかしながら、本発明はこれに限定されるものではなく、給電領域141は、給電部141Aから離れるにつれてその線幅が連続的に狭小化されるものであっても良い。線幅が連続的に狭小化されるとは、幹部141Bについては、給電部141Aに接続される側で太く、給電部141Aから離れるにつれて徐々に細くなる形状であることを意味する。また、枝部141Cについては、幹部141Bに接続される側で太く、幹部141Bから離れるにつれて徐々に細くなる形状であることを意味する。
【0052】
給電領域141に沿った給電経路に流れる電流は、給電部141Aに近いほど大きく、給電部141Aから離れるにつれて減少する。ゆえに、V=RIの関係より、電圧降下は電流の大きい給電部141Aの近くでより生じやすい。したがって、給電領域141は、給電部141Aの近くでの電圧降下をより効果的に抑制できるように、給電部141Aの近くでは太く、給電部141Aから離れるにつれて細くなるように狭小化されることが好ましい。これにより、給電部141Aから離れた箇所で給電領域141が必要以上に太い線幅で形成され、放出領域142の面積比率が低下することを回避できる。無論、この効果は、給電領域141の線幅が段階的に狭小化される場合よりも、連続的に狭小化される場合の方が高い。これはもちろん、第2電極14の全ての位置で給電領域141の線幅を最適化できるためである。尚、給電領域141の線幅を段階的に狭小化する場合は、設計および設計値の管理が簡易になるといった利点がある。
【0053】
放出領域142は、良好な電子放出性能が得られるように薄膜形成する必要があり、その層厚は20〜100nmの範囲内とすることが好ましい。一方、給電領域141の層厚は少なくとも放出領域142の層厚よりも大きければ良く、給電領域141の層厚は特に限定されない。すなわち、給電領域141は、第2電極14全体での均一な印加電圧を実現できる層厚でさえあればよい。
【0054】
また、給電領域141は、放出領域142に比べて層厚が大きくなっている分、電子放出性能は放出領域142よりも低くなる。但し、給電領域141は、必ずしも電子放出面として機能しないわけではない。このため、給電領域141においても電子放出性能を向上させるためには、給電領域141の層厚はできるだけ小さいことが好ましい。また、第2電極14全体をAu層として形成する場合、給電領域141を必要以上の層厚とすることはコスト面でも不利となる。
【0055】
尚、第2電極14の全面積に対する給電領域141の面積比率については、電子放出装置1の用途や具体的仕様によって決定されるべきものであり、特に限定されない。但し、給電領域141を必要以上に広げると電子放出量が減少することは容易に予測できることである。現状の使用用途では、給電領域141の面積比率は、第2電極14の面積に対して30〜50%程度である。
【0056】
次に、電子放出素子10への給電方法について説明する。電源20は第1電極11および第2電極14に電気的に接続されるが、電子放出面として機能する第2電極14は物理的接触に対して敏感である。例えば、第2電極14における電子放出領域に給電端子を設けると、給電端子の接触箇所で中間層13が凹み、その箇所で中間層13を流れる電流が集中する不具合が生じる。このため、第2電極14と給電端子の接触箇所は、電子放出領域に影響を与えないように電子非放出部に設ける必要がある。ここで、電子非放出部とは、電圧の印加時においても中間層13において電流が生じず、第2電極14からの電子放出が生じない領域を指す。
【0057】
給電方法の具体例の一つとしては、
図1に示すように、絶縁層12を形成する方法がある。絶縁層12の直上の中間層13には電流が流れないため、この領域で給電端子との接触を取れば、上記不具合を回避できる。
図2に示す例では、絶縁層12の形成領域に給電領域141の給電部141Aが形成されている。
【0058】
給電方法の他の具体例としては、
図3に示すように、基板として絶縁性基板の一部分に導電性材料が成膜されたものを用い、このとき第1電極11と第2電極の一部となる金属膜15を成膜する。金属膜15の直上には中間層13を設けず、表面電極16を直接成膜することで第2電極14が完成する。
【0059】
上記の何れの方法でも、給電端子を電子放出面の外部領域に設けることで、電子放出特性を阻害することなく給電が可能となる。
【0060】
<実施例>
本実施の形態1の実施例について説明する。本実施例では、第2電極14における給電領域141を厚膜化することで、電子放出面の面内均一性が改善された具体例を示す。
【0061】
まず、本実施例における電子放出素子10の構成について説明する。第1電極11は、厚さが0.5mm、表面粗さRaが0.01〜0.02μmのAl板を使用した。中間層13は絶縁性樹脂131および金属微粒子132からなり、絶縁性樹脂131として室温硬化型のシリコーン樹脂、金属微粒子132として平均粒径10nmのAgナノ粒子を用いた。第2電極14にはAuを使用した。
【0062】
また、放出領域142の層厚は50nmとし、これに対して、給電領域の層厚を70nm,100nm,200nmとした電子放出素子10をそれぞれ作製した。以下では、これら3種類の電子放出素子を実施例サンプルB〜Dとする。また、比較例として、給電領域と放出領域との区別が無く、第2電極14の層厚を全面で50nmとした比較例サンプルAを作製した。すなわち、比較例サンプルAは、第2電極14の全体が電子放出性能を高めた放出領域142であるといえる。
【0063】
続いて、本実施例に係る電子放出素子10の製造手順について、
図2および
図4〜
図6を参照して説明する。
【0064】
先ずは、
図4に示すように、第1電極11上に絶縁層12を形成する。第1電極11はAl板を使用し、絶縁層12はアクリル樹脂を使用するものとする。絶縁層12はフォトリソグラフィを用いてパターニング形成される。すなわち、絶縁層12は、中間層13に電流を流す領域(電子放出領域)に対応する開口12Aを有するように形成される。アクリル樹脂の破壊電界は室温から100℃程度までの温度領域において100〜500V/μm程度である。このため、十分に絶縁性が取れるように絶縁層12の層厚は2.5μmとした。この場合、絶縁層12の層厚が中間層13の層厚よりも厚くなる。すなわち、
図1に示す構成と異なり、開口12Aの領域で中間層13が周囲の絶縁層12よりも凹んだ形状となるが、このような構成であっても電子放出素子10の性能に制限を受けない。
【0065】
続いて、
図5に示すように、絶縁層12および開口12Aのほぼ全面を覆うように中間層13が形成される。中間層13の形成は、例えば、その材料をスピンコート法を用いて絶縁層12が形成されたAl基板上に塗布し、これを乾燥および硬化させることで行われる。中間層13の材料は、アルコラート処理が施されたAgナノ粒子、およびイソプロピルアルコール溶媒中のシリコーン溶液を所望の分量だけ試薬瓶に量り取って混合し(場合によってはイソプロピルアルコールを用いてさらに希釈し)、超音波洗浄器に5分間ほどかけて分散混合したものを用いた。このとき、Agナノ粒子とシリコーン固体分の質量比はおよそ1:5であった。溶液中のAgナノ粒子が十分に分散したことを確認後、スピンコート法(回転速度3000rpm)により絶縁層12が形成されたAl基板上に塗布した。
【0066】
中間層13の材料を塗布されたAl基板は、塗布液が乾燥および硬化するまで1日以上室温大気中で保管される。硬化後の中間層13の層厚は、断面走査型透過電子顕微鏡(断面STEM)、表面粗さ計、およびレーザ顕微鏡等を用いて測定した結果、およそ1.5μmであった。尚、この層厚は、電子放出領域(開口12A内の領域)での層厚を示している。
【0067】
中間層13の形成後(シリコーン樹脂の硬化後)は、第2電極14の形成を行うためにAuの真空蒸着が行われる。本実施の形態に係る電子放出素子10において、第2電極14の形成には2回のAu蒸着が必要となる。
【0068】
1回目のAu蒸着では、
図6に示すように、第2電極14の形成面の全面に均一な厚さのベタ膜14’を成膜する。このため、中間層13の表面を所望のメタルマスクにて覆ったAl基板を真空蒸着装置のチャンバ内に導入し、10
-5Pa程度の高真空領域に達したところでAuの蒸着を開始した。このときの蒸着速度は0.3nm/secであり、この膜厚は水晶振動子を用いて測定した。Auの蒸着では、チャンバ内の温度が上昇しやすいため、基板を保持するホルダ周辺を水冷方式などで冷却し温度を管理する。このときの基板の温度は80℃以下と見積もられた。Auを目的の膜厚まで成膜し終えると、大気開放せず高真空を保ったまま、基板および装置の冷却のため10分間放置した。
【0069】
次に、2回目のAu蒸着では、給電領域141を厚膜化するために、パターニングされたAu膜を成膜する。すなわち、メタルマスクを給電領域141のパターンが形成されたものに交換し、1回目のAu蒸着と同様の手順でAu蒸着が行われる。以上の手順により、本実施例に係る電子放出素子10(
図2参照)が完成する。
【0070】
尚、上述の説明では、1回目のAu蒸着で全面に均一な厚さのAu膜を成膜し、2回目のAu蒸着で給電領域141に対応するパターニングされたAu膜を成膜しているが、この順序は逆であっても良い。すなわち、1回目のAu蒸着で給電領域141に対応するパターニングされたAu膜を成膜し、2回目のAu蒸着で全面に均一な厚さのAu膜を成膜しても良い。
【0071】
また、第2電極14は、その全体が同一の金属(例えばAu)にて形成される場合、成膜時の金属の交換が不要となり、製造工程が簡略化できるといった利点がある。さらには、第2電極14内部の構造欠陥が減るといった利点がある。
【0072】
本実施例に係る電子放出素子10について、電子放出効率を比較するために、放出電子の回収実験を行った。
図7は上記回収実験に使用した実験システムの模式図である。
【0073】
この実験システムでは、
図1に示す電子放出装置1に、放出電子を回収測定するための周辺装置として電源31および回収電極32を追加している。本実施例では、電源20は高周波電圧源および電流計を兼ね備え、電源31は高圧電源および電流計を兼ね備えている。また、回収電極32にはAl板を使用した。
【0074】
実験時には、まず、電子放出素子10の第1電極11および第2電極14を電源20と接続し、第2電極14に接続されている線を接地した。次に、電源20により第2電極14に5kHz矩形波デューティー比30%のマイナスパルス電圧を印加した。電子放出素子10から放出される電子を測定するため、電子放出素子10に対向して第2電極14から0.5mm離れた位置に回収電極32を配置し、電源31の片側を回収電極32に電気的に接続し、他方を接地した。次に、電源31により回収電極32に500Vの電圧を印加した。電子放出素子10から放出された電子は、電子放出素子10と回収電極32との間の空間電界(1kV/mm)により、その殆どが回収電極32により回収される。これを電源31の電流計で測定した。
【0075】
電子放出素子10に印加する電圧は、ON時の電圧が0Vから−20Vまで、昇圧速度−0.1V/secで掃引し、−20Vに達したところで電源20を切断した。この駆動処理はフォーミング処理と呼ばれ、半絶縁破壊を伴っている。同様のフォーミング処理を繰り返すことで、電子放出素子の電子放出特性は次第に安定するため、この処理を3回繰り返した。
【0076】
上記システムを用いた放出電子の回収実験を、実施例サンプルB〜Dと比較例サンプルAとについて行ったところ、実施例サンプルB〜Dの電子放出特性が比較例サンプルAよりも優れていることが確認された。
【0077】
まず、素子寿命に関しては、実施例サンプルB〜Dにおける寿命は、比較例サンプルAの寿命よりも長くなることが確認された。これは、給電領域141を設けたことにより、第2電極14での不所望な断線が抑制されたためである。すなわち、放出領域142に表面電極の破壊進行による網目模様状の細線化は発生するものの、予め適切に設計された給電領域141を設けたことによって、給電領域141は破壊が進行しにくく、遠方部(素子中心部)までの給電経路は長時間保持され電圧降下が抑制される。このため、実施例サンプルB〜Dでは、素子の長時間駆動後も電子放出量の低下を防止することができ、素子の長寿命化を図ることができる。
【0078】
また、実施例サンプルB〜Dにおける電子放出量(電子放出効率)は、比較例サンプルAの電子放出量よりも多いことが確認された。ここで、比較例サンプルAにおける第2電極14は、その全体が電子放出性能を高めた放出領域142となっている。すなわち、放出領域142の面積は、実施例サンプルB〜Dよりも比較例サンプルAの方が大きい。それにも関らず、比較例サンプルAの電子放出量が低いのは、第2電極14において電圧降下が生じ、給電点から離れた位置での印加電圧が低下して放出電子が減少したためと考えられる。
【0079】
一方、実施例サンプルB〜Dでは、第2電極14に給電領域141を設けたことにより、第2電極14における電圧降下を低減し、面内での均一な印加電圧を達成したことで電子放出量が増加したと考えられる。すなわち、電子放出素子10の特性として印加電圧が高まると放出効率も高まる。このため、印加電圧の増加による電子放出量の増加が、比較例サンプルAに対する給電領域141の表面電極が厚膜化したことによる電子放出量の減少分を打ち消したと考えられる。
【0080】
また、実施例サンプルB〜Dの比較では、電子放出量はほぼ一定であった。これは、給電領域141の層厚は、第2電極14での均一な印加電圧を達成できる程度であればよく、それ以上に層厚を大きくしても電子放出量に殆ど影響を与えないことを意味している。
【0081】
また、本発明の電子放出素子において、給電領域141のパターニング形状は、第2電極14の全体に均一な電圧印加を行えるものであればよく、その形状は特に限定されない。例えば、
図8に示すような、格子形状にパターニングされた給電領域141を用いてもよい。
【0082】
図2に示したツリー状の給電領域141は、Au蒸着等による該領域の形成時に、一種類のメタルマスクを用いて1回の蒸着処理で形成することができる。このため、製造コストが抑制できるといった利点がある。一方、
図8に示した格子形状の給電領域141は、その形成に2回の蒸着処理を必要とするが、給電領域141の一部の線で断線が生じても、他の線による給電が行われる。このため、素子の信頼性が向上するといった利点がある。
【0083】
〔実施の形態2〕
上述の実施の形態1では、第2電極14を2回の成膜工程にて形成しており、両方の成膜工程において同一の金属材料(すなわちAu)を用いている。しかしながら、本発明はこれに限定されるものではなく、それぞれの成膜工程において異なる金属材料を用いても良い。すなわち、第2電極14は、それぞれ異なる金属材料からなる2種類の膜から構成されていてもよい。本実施の形態2では、第2電極14をそれぞれ異なる金属材料からなる2種類の膜から構成した場合について説明する。
【0084】
図9は、本実施の形態2に係る電子放出装置2の概略構成を示す模式図である。なお、説明の便宜上、前記実施の形態1にて説明した図面と同じ機能を有する部材については、同じ符号を付記し、その説明を省略する。
【0085】
図9に示す電子放出装置2は、第2電極24がそれぞれ異なる金属材料からなる2種類の膜から形成されている点に特徴を有する。具体的には、第2電極24は、第2電極24の全面に均一な厚さで形成されるベタ膜24’と、給電領域241を厚膜化するためにパターニング形成されるパターニング膜24”とからなる。
【0086】
ベタ膜24’は、実施の形態1における第2電極14と同様に、高い電気伝導性を備えた金属材料であることが好ましい。具体例としては、Au,Pt,Pd,Agなどを含む金属が挙げられる。中でも、酸化などの化学反応を起こさないAuが最も好ましい。また、パターニング膜24”は、高い電気伝導性を備えた金属材料であればその材料は特に限定されないが、Auとの接着性の観点等から例えばTiが好ましい。
【0087】
また、ベタ膜24’とパターニング膜24”とでは、パターニング膜24”が下層(中間層13側)に、ベタ膜24’が上層(表面側)に形成される。この構成により、パターニング膜24”がベタ膜24’に覆われることになり、パターニング膜24”の酸化が抑制される。
【0088】
本実施の形態に係る電子放出素子では、給電領域241を厚膜化するにあたって、Auの使用量を増加させることが無く、コストの上昇を抑制することが可能となる。このようなコストメリットは、給電領域241を数百nmと非常に厚く成膜する場合には特に顕著である。
【0089】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。