【実施例1】
【0017】
図面を参照して本実施例のベーンポンプ10について説明する。ベーンポンプ10は、自動車に搭載されたディーゼルエンジン用の低圧ポンプに適用される。
図1に示すように、ベーンポンプ10は、電動モータ12によって駆動され、燃料タンク14から燃料(例えば、軽油)を吸い上げて高圧ポンプ16に供給する。高圧ポンプ16に供給された燃料は、コモンレール18に供給され、インジェクタ20からエンジンの燃焼室(図示省略)に噴射される。
【0018】
図2、3に示すように、ベーンポンプ10は、カバー30と、ロータ60と、ベーン72と、シャフト80を備える。なお、
図2では、図面を見易くするために、ロータ60及びベーン72はグレートーンで示し、断面ではなく外形を図示している。
【0019】
カバー30は、焼結鋼製であり、機械加工によって形成される。
図2に示すように、カバー30は、円柱状の上部カバー32と、円柱状の下部カバー42を有する。上部カバー32は、上部カバー32の軸方向(即ち、紙面の上下方向)に延びると共に、下方に開口する柱状の凹部を有する。下部カバー42は、上部カバー32の下面に取付けられており、当該凹部の開口を覆っている。これにより、カバー30の内部には、柱状の空間であるロータ室50が形成される。ロータ室50の内表面は、上面52と、内壁54と、下面56を有する。上面52と下面56は平行に向き合っている。なお、内壁54が「ロータ室内壁」の一例に相当する。
【0020】
図2、3に示すように、ロータ室50には円柱状のロータ60が配置されている。ロータ60の中心O(
図3参照)には、ロータ60を軸方向に貫通する挿通孔が設けられている。シャフト80は、当該挿通孔に挿通された状態でロータ60と連結されている。シャフト80は、ロータ60の上方において、上部カバー32に固定された軸受82を介して、上部カバー32に回転可能に保持されている。シャフト80の下端は、ロータ60の下方において、下部カバー42に固定された軸受84を介して、下部カバー42に回転可能に保持されている。シャフト80の中心軸線とロータ60の中心軸線は一致している。シャフト80の上部は、電動モータ12(
図1参照)に接続されている。電動モータ12が駆動してシャフト80が回転することにより、ロータ60が中心Oを中心としてロータ室50内で回転する。ロータ60は、
図3において回転方向Rの向きに回転する。
【0021】
図2に示すように、ロータ60の外表面は、上面62と、外周面64と、下面66を有する。ロータ60の厚み(即ち、ロータ60の軸方向の長さ)は、ロータ室50の高さと略同一である。ロータ60の上面62は、ロータ室50の上面52と若干の隙間を有して対向しており、同様に、ロータ60の下面66は、ロータ室50の下面56と若干の隙間を有して対向している。ロータ60の外周面64は、ロータ60の全周に亘って、ロータ室50の内壁54と間隔をおいて対向している(
図3参照)。即ち、外周面64は内壁54とは接触していない。ロータ60の径方向における、内壁54と外周面64との距離をdとすると、距離dは、ロータ60の周方向における一部において異なっている。なお、外周面64は、「外周端」の一例に相当する。
【0022】
図3に示すように、ロータ室50は、その外周部分に、吸入領域86、吐出領域87、第1移行領域88及び第2移行領域89を有する。距離dが回転方向Rに向かって増加する領域が吸入領域86である。距離dが回転方向Rに向かって減少する領域が吐出領域87である。第1移行領域88は、回転方向Rに向かって吸入領域86から吐出領域87に移行する部分に位置している。第2移行領域89は、回転方向Rに向かって吐出領域87から吸入領域86に移行する部分に位置している。
【0023】
図2に示すように、下部カバー42には、吸入通路48が設けられている。吸入通路48の上端には吸入口46が設けられている。吸入口46は、ロータ室50の吸入領域86に開口している。上部カバー32には、2つの吐出通路38(38a、38b)が設けられている。吐出通路38a、38bの下端には、吐出口36(36a、36b)がそれぞれ設けられている。吐出口36は、ロータ室50の吐出領域87に開口している。
【0024】
図2、3に示すように、ロータ60の外周面64には、5つの溝68が、周方向に等間隔に設けられている。溝68のそれぞれは、同一形状を有する。溝68は、ロータ60の上面62から下面66まで軸方向に延びると共に、ロータ60の外周面64から内周側(厳密には、径方向内側)に向かって延びている。溝68の内壁は、平行に対向する2つの側面と、これら2つの側面に直交する底面により構成されている。溝68のそれぞれには、ベーン72が配置されている。
【0025】
ここで、
図4を参照してベーン72の形状について説明する。
図4に示すように、ベーン72の外形は円柱状である。ベーン72は高炭素クロム鋼により形成されている。ベーン72の外表面は、上面74と、側周面76と、下面78を有する。ベーン72は、上面74に、上面74から軸方向(即ち、
図4(a)の上下方向)に延びる円柱状の凹部75を有している。凹部75の軸方向の長さは、ベーン72の軸方向の長さよりも短い。即ち、凹部75は、ベーン72の上面74に開口する一方で、下面78には開口しておらず、ベーン72を貫通していない。具体的には、凹部75の軸方向の長さは、ベーン72の軸方向における長さの半分よりも長い。
図4(b)に示すように、ベーン72を平面視すると、凹部75の底面は、上面74と同心円状となっている。
【0026】
ベーン72は、凹部75の開口が上部カバー32側に位置するように溝68に配置される。
図2、3に示すように、ベーン72の軸方向は、ロータ60の軸方向と平行である。ベーン72の高さは、ロータ60の厚みと略同一である。ベーン72の上面74は、ロータ室50の上面52と若干の隙間を有して対向しており、同様に、ベーン72の下面78は、ロータ室50の下面56と若干の隙間を有して対向している。ベーン72の凹部75は、ロータ60の回転に伴い、吐出口36a、36bと連通する。
図3に示すように、ベーン72の外径は、溝68の幅と略同一である。ベーン72は、溝68内を、ロータ60の径方向に移動可能であると共に、ベーン72の中心軸線周りに回転可能である。ロータ60が回転すると、ベーン72は遠心力によりロータ60の径方向外側に突出し、中心軸線周りを自転しながらロータ室50の内壁54に沿って摺動する。このため、ベーン72の側周面76は、ロータ60の回転に伴い、その全体が内壁54と接触する。これにより、ベーンが板状である構成と比較して、ベーン72の側周面76の摩耗量を低減できる。
【0027】
溝68には、溝68の2つの側面及び底面と、ベーン72(厳密には、ベーン72の側周面76のうち、溝68の底面と対向する部分の側周面76)と、ロータ室50の上面52と、下面56とにより、空間69が区画されている。ロータ室50には、ロータ60の外周面64と、内壁54と、隣り合う2つのベーン72、72(厳密には各ベーン72の側周面76)と、ロータ室50の上面52と、下面56とにより、空間71が区画されている。
【0028】
ロータ60の外周面64には、連通溝70が、各溝68に対して回転方向R側に、各溝68に隣接して設けられている。連通溝70は、ロータ60の上面62に開口する連通溝70と、ロータ60の下面66に開口する連通溝70とで、1対の連通溝70を構成している。このため、ロータ60には5対の連通溝70が設けられている。連通溝70は、空間69と空間71とを連通させている。空間69、連通溝70及び空間71により、ポンプ室73が構成される。
【0029】
ポンプ室73は、ロータ60の回転に伴い、吸入領域86、第1移行領域88、吐出領域87、第2移行領域89の順に移動する。ポンプ室73の容積は、吸入領域86を移動する過程では増加し、吐出領域87を移動する過程では減少する(厳密には、ポンプ室73が移動して第1移行領域88にさしかかっていても、ポンプ室73の少なくとも一部が吸入領域86に位置していれば、ポンプ室73の容積は増加し、また、ポンプ室73の少なくとも一部が吐出領域87に位置していれば、ポンプ室73が第1移行領域88に位置していても、ポンプ室73の容積は減少する)。
【0030】
吸入口46及び吐出口36は、ロータ60の回転に伴いポンプ室73と連通する位置に位置している。具体的には、ロータ60の回転に伴い、吸入口46は、ポンプ室73のうち空間71及び連通溝70と連通し、吐出口36aは空間69と連通溝70と連通し、吐出口36bは空間71及び連通溝70と連通する。
【0031】
次に、
図5を参照してロータ室50の内壁54の形状について説明する。
図5では、内壁54を実線で示し、ロータ60の外周面64を二点鎖線で示している。
図5では、説明を簡単にするため、ロータ60の回転の中心Oを原点とし、紙面の上下方向にy軸をとり、y軸と直交する方向にx軸をとる。なお、
図5の内壁54は、
図3の内壁54を回転せずに図示している。内壁54は、7個の円弧部、即ち、回転方向Rに向かって順に、第1円弧部90、第6円弧部92、第7円弧部94、第2円弧部96、第3円弧部98、第4円弧部100、第5円弧部102により構成されている。
【0032】
第1円弧部90は、半径R1が約16.7mmの真円の円周の一部である。第1移行領域88における内壁54は、第1円弧部90により構成されている。第1円弧部90は、+y軸方向側に位置しており、その中心O1は中心Oと一致している。このため、第1移行領域88における距離dは、周方向に亘って一定である。第2円弧部96は、半径R2が約15.0mmの真円の円周の一部である。第2移行領域89における内壁54は、第2円弧部96により構成されている。第2円弧部96は、−y軸方向側に位置しており、その中心O2は中心Oと一致している。このため、第2移行領域89では、距離dは、周方向に亘って一定である。距離dは、第1移行領域88において最大であり、第2移行領域89において最小となっている。第1円弧部90の中心角a1と第2円弧部96の中心角a2は等しく、中心角a1、a2はy軸によって二等分されている。即ち、第1円弧部90及び第2円弧部96は、y軸に関してそれぞれ線対称である。なお、中心角a1は92°〜102°であることが好ましく、中心角a2は95°〜105°であることが好ましい。
【0033】
吸入領域86における内壁54は、3個の円弧部(即ち、第3円弧部98、第4円弧部100及び第5円弧部102)により構成されている。3個の円弧部98〜102は、−x軸方向側に位置している。第3円弧部98の中心O3、第4円弧部100の中心O4及び第5円弧部102の中心O5は、いずれも中心Oからずれた位置に位置している。特に、中心O4は、中心Oを除くy軸上に位置している。第3円弧部98は、半径R3が約18.5mmの真円の円周の一部である。第3円弧部98は、第2円弧部96と点T1において隣接している。第3円弧部98を含む真円と、第2円弧部96を含む真円とは、点T1において内接している。第5円弧部102は、半径R5が約12.5mmの真円の円周の一部である。第5円弧部102は、第1円弧部90と点T4において隣接している。第5円弧部102を含む真円と、第1円弧部90を含む真円とは、点T4において内接している。第4円弧部100は、半径R4が約15.8mmの真円の円周の一部である。第4円弧部100は、第3円弧部98と点T2において隣接していると共に、第5円弧部102と点T3において隣接している。第4円弧部100を含む真円は、第3円弧部98を含む真円と、点T2において内接すると共に、第5円弧部102を含む真円と、点T4において内接している。即ち、吸入領域86における内壁54は、半径の異なる3個の円弧部が連続して接続されることにより形成されている。
【0034】
吐出領域87における内壁54は、2個の円弧部(即ち、第6円弧部92及び第7円弧部94)により構成されている。2個の円弧部92、94は、+x軸方向側に位置している。第6円弧部92の中心O6及び第7円弧部94の中心O7は、いずれも中心Oからずれた位置に位置している。第6円弧部92は、半径R6が約13.6mmの真円の円周の一部である。第6円弧部92は、第1円弧部90と点T5において隣接している。第6円弧部92を含む真円と、第1円弧部90を含む真円とは、点T5において内接している。第7円弧部94は、半径R7が約19.4mmの真円の円周の一部である。第7円弧部94は、第2円弧部96と点T7において隣接している。第7円弧部94を含む真円と、第2円弧部96を含む真円とは、点T7において内接している。第6円弧部92は、第7円弧部94と点T6において隣接している。第6円弧部92を含む真円と、第7円弧部94を含む真円とは、点T6において内接している。即ち、吐出領域87おける内壁54は、半径の異なる2個の円弧部が連続して接続されることにより形成されている。
【0035】
第1円弧部90の半径R1〜第7円弧部94の半径R7の間には、次の関係、即ち、R3>R1、R7>R1、R5<R2、R6<R2、R3>R4>R5が成立している。また、隣接する2個の円弧部の半径差は、R1−R6=約3.1mm、R6−R7=約5.8mm、R7−R2=約4.4mm、R2−R3=約3.5mm、R3−R4=約2.7mm、R4−R5=約3.3mm、R5−R1=約4.2mmである(絶対値記号は省略)。なお、隣接する2個の円弧部の半径差は、約7mm以下であることが好ましい。
【0036】
ロータ室50の内壁54の形状は、次のように決定される。即ち、ロータ60の外径に応じて、まず第2円弧部96の半径R2及び中心角a2が決定される。次に、ベーンポンプ10の要求流量及びロータ60の回転速度に応じて、第1円弧部90の半径R1及び中心角a1が決定される。続いて、第3円弧部98が点T1において第2円弧部96と内接し、第5円弧部102が点T4において第1円弧部90と内接し、かつ、第4円弧部100が点T2、T3で第3円弧部98、第5円弧部102とそれぞれ内接するように、円弧部98、100、102の半径R3、R4、R5及び中心角がそれぞれ決定される。また、第6円弧部92が点T5において第1円弧部90と内接し、第7円弧部94が点T7において第2円弧部96と内接し、かつ、第6円弧部92と第7円弧部94とが点T6において内接するように、円弧部92、94の半径R6、R7及び中心角がそれぞれ決定される。上述したように、本実施例では、第3円弧部98〜第7円弧部94の位置は、第1円弧部90と第2円弧部96を基準に決定される。そして、第1円弧部90と第2円弧部96の位置は、ロータ60の中心Oを基準に決定される。このため、第1円弧部90と第2円弧部96の位置を決定する際に、基準となる点がない構成(即ち、中心O1、O2が中心Oからずれている構成)と比較して、第3円弧部98〜第7円弧部94の半径R3〜R7及び中心角を決定し易くなり、内壁54の形状を比較的に容易に決定できる。
【0037】
次に、
図3を参照してベーンポンプ10の動作について説明する。電動モータ12(
図1参照)が駆動してシャフト80が回転すると、ロータ60が、シャフト80と一体となって回転する。ロータ60が回転すると、ベーン72が、遠心力によりロータ60の径方向外側に突出し、ベーン72の中心軸線周りを自転しながらロータ室50の内壁54に沿って摺動する。ベーン72が内壁54に沿って摺動すると、ポンプ室73の容積が変化する。具体的には、吸入領域86では、ポンプ室73の容積が増加する。これにより、燃料が、燃料タンク14(
図1参照)から吸入通路48(
図2参照)及び吸入口46を経てポンプ室73に吸入される。ポンプ室73は、ロータ60の回転に伴い第1移行領域88を経て吐出領域87に移動する。吐出領域87では、ポンプ室73の容積が減少する。これにより、ポンプ室73内の燃料は圧縮され、吐出口36a、36bから吐出通路38a、38b(
図2参照)に吐出される。燃料は、吐出通路38を経て高圧ポンプ16(
図1参照)に送られる。ポンプ室73は、ロータ60の回転に伴い第2移行領域89を経て吸入領域86に移動し、以下、同様の動作が繰り返される。なお、燃料は、「作動流体」の一例に相当する。
【0038】
上記のベーンポンプ10では、内壁54が7個の円弧部90〜102を有する。7個の円弧部90〜102のうち隣接する2個の円弧部は、互いに隣接する点T1〜T7において内接関係にある。このため、隣接する2個の円弧部は、点T1〜T7においてスムースに接続され、その結果、スムースな面を構成する。従って、ベーン72が内壁54を摺動する際に、ベーン72は点T1〜T7においてがたつくことなく、スムースに摺動する。これにより、ベーン72が点T1〜T7を通過する際に騒音が発生することを抑制できる。特に、本実施例では、内壁54が、7個の円弧部90〜102によってのみ構成されている。このため、内壁54が全周に亘ってスムースな面となり、ベーン72が内壁54を摺動する際の騒音の発生をより抑制できる。また、内壁54を円弧部90〜102(即ち、真円の円弧部)のみで構成することにより、真円の円弧部以外の形状が含まれる構成と比較して、内壁54の形状の検査や管理が容易になる。具体的には、例えば内壁54が楕円の円弧部も有する場合は、楕円の円弧部は、その中心からの距離が一定ではないため、内壁54の形状が設計通りであるかの検査に手間がかかり、管理が複雑となる。一方、内壁54が複数の真円の円弧部のみで構成されている場合は、各円弧部の中心からの距離(即ち、半径)が、設計値からどれだけずれているかを管理するだけでよい。例えば、本実施例のように内壁54が7個の円弧部90〜102によって構成されている場合は、7つの値を管理するだけでよい。このため、内壁54の形状の検査が比較的に短時間で済み、管理が容易になる。
【0039】
また、吸入領域86では、距離dが回転方向Rに向かって増加するため、吸入領域86におけるベーン72の遠心力は、回転方向Rに向かって増加する。また、吸入領域86では、ポンプ室73内の圧力は回転方向Rに向かって低下するため、ベーン72は内壁54に押さえつけられた状態で内壁54を摺動する。このため、吸入領域86では、吐出領域87よりも、ベーン72による内壁54の摩耗が発生し易い。上記のベーンポンプ10では、吸入領域86における内壁54が、3個の円弧部(即ち、第3円弧部98、第4円弧部100及び第5円弧部102)により構成されている。このため、吸入領域86における内壁54が2個の円弧部により構成される場合と比較して、隣接する2個の円弧部の半径差を小さくし易くなり、曲率変化を緩やかにし易くなる。従って、ベーン72による内壁54の摩耗が発生し易い吸入領域86においても、摩耗量を抑制し易くなる。特に、本実施例では、R3>R4>R5が成り立つため、隣接する2個の円弧部の半径差を確実に小さくでき、吸入領域86における内壁54の摩耗量を適切に抑制できる。
【0040】
本願発明者らは、上記の効果を確認するために、吸入領域86における内壁を構成する複数の円弧部のうち、隣接する2個の円弧部の半径差と、内壁の摩耗量との関係を調べる実験を行った。この実験では、内壁54と、
図6に示す比較例の内壁154とを比較する。上述したように、内壁54は、吸入領域86において、R3>R4>R5の関係を満たす3つの円弧部98〜102により構成されている。一方、
図6に示すように、内壁154は、吸入領域86において2個の円弧部118、120により構成されている。以下、内壁154の形状を具体的に説明する。
【0041】
内壁154の形状は、y軸に関して線対称である。円弧部110、116の各中心は、ロータ60(図示省略)の中心Oと一致している。一方、円弧部118、120の各中心(図示省略)は、中心Oからずれた位置に位置している。円弧部110、116、118、120のうち、隣接する2個の円弧部は、点T11、T12、T13において互いに内接している。円弧部112、114は、円弧部120、118とy軸に関してそれぞれ線対称である(即ち、円弧部110、112、114、116は、点T14、T15、T16において互いに内接している)。円弧部110の半径R11は約17.1mmであり、円弧部116の半径R12は約14.6mmであり、円弧部120、112の各半径R14、R15は約12.8mmであり、円弧部118、114の各半径R13、R16は約21.9mmである。また、隣接する2個の円弧部の半径差は、R11−R15=R14−R11=約4.3mm、R15−R16=R13−R14=約9.1mm、R16−R12=R12−R13=約7.3mmとなっている(絶対値記号は省略)。
【0042】
ロータ60を同等の回転数で一定時間回転させて、ベーン72による内壁54及び内壁154の摩耗量を調べたところ、内壁154は、吸入領域86の点T12において、約20〜30μmの摩耗が発生したのに対し、内壁54は、全周に亘って摩耗が発生しなかった。内壁154の点T12における2個の円弧部118、120の半径差は約9.1mmである。一方、内壁54の点T2における2個の円弧部98、100の半径差は約2.7mmであり、点T3における2個の円弧部100、102の半径差は約3.3mmである。即ち、比較例の半径差のほうが、本実施例の半径差よりも、約6mm大きい。
【0043】
ここで、内壁形状決定の基準となる第1移行領域88及び第2移行領域89における比較例の円弧部110、116の半径と、本実施例の円弧部90、96の半径とをそれぞれ比較すると、第1移行領域88ではR11−R1=約0.4mmの差があり、第2移行領域89ではR12−R2=約0.4mmの差がある(絶対値記号は省略)。即ち、第1移行領域88及び第2移行領域89における、比較例と本実施例の円弧部の半径は、それぞれ厳密には同一ではない。しかしながら、比較例と本実施例とにおける、隣接する2個の円弧部の半径差の違い(約6mm)は、上記の差(約0.4mm)と比較すると極めて大きい。このことから、吸入領域86における内壁を構成する円弧部の数を2個から3個に変更し、また、3個の円弧部のうち中央の円弧部の半径の値を、その両側の2個の円弧部の半径の値の間に設定することにより、吸入領域86における隣接する2個の円弧部の半径差を大幅に小さくできることが分かる。この実験により、吸入領域86における隣接する2個の円弧部の半径差を小さくすることで、吸入領域86における内壁の摩耗を抑制できることが確認された。
【0044】
また、上記のベーンポンプ10では、吐出領域87における内壁54が、2個の円弧部92、94により構成されている。ここで、比較例においても、吐出領域87における内壁154は、2個の円弧部112、114(即ち、内壁54と同数の円弧部)により構成されている。しかしながら、内壁54の点T6における円弧部92、94の半径差は、約5.8mmであるのに対し、内壁154の点T15における円弧部112、114の半径差は、約9.1mmであり、前者の方が大幅に小さい。これは、内壁を構成する円弧部の個数に起因するものと考えられる。即ち、比較例の内壁154は6個の円弧部により構成されるのに対し、本実施例の内壁54は7個の円弧部により構成される。これにより、吐出領域87においても隣接する2個の円弧部92、94の半径差を小さくできたと考えられる。上記のベーンポンプ10では、吸入領域86だけではなく、吐出領域87においても、内壁54のベーン72による摩耗を抑制できる。
【0045】
また、上記のベーンポンプ10では、第1移行領域88では距離dが周方向に亘って一定である。このため、ポンプ室73が吸入領域86から吐出領域87に移動する際に、第1移行領域88を経ることにより、ポンプ室73の容積変化が緩やかになる。従って、ベーン72がポンプ室73の急激な容積変化に起因して振動することがなくなり、振動による騒音や摩耗などを抑制できる。
【0046】
また、上記のベーンポンプ10では、ベーン72に凹部75が設けられているため、凹部75の大きさを調整することで、ベーン72の質量を調整できる。このため、ロータ60の回転に伴いベーン72に発生する遠心力を適切に制御でき、ベーン72による内壁54の摩耗を抑制できる。また、凹部75は、ベーン72を軸方向に貫通していない。具体的には、凹部75は、ベーン72の上面74(即ち、吐出口36側)に開口しており、下面78(即ち、吸入口46側)には開口していない。このため、吸入口46から吸入された燃料が、ベーン72の内部を流れてロータ室50の上面52に衝突することがなくなる。従って、燃料にダスト等の異物が混入した場合において、異物がベーン72の内部を通過してロータ室50の上面52に衝突することがなくなり、これにより上面52が摩耗することを抑制することができる。さらに、上部カバー32側は、下部カバー42側よりも高圧であるため、ベーン72には、ベーン72を下部カバー42側に押付ける力が作用する。本実施例のベーン72の構成によると、凹部75がベーン72の下面78に開口する構成と比較して、下面78がロータ室50の下面56と接触する面積が大きくなり、下面78に作用する面圧を低減できる。このため、ベーン72による下部カバー42の摩耗を抑制できる。
【0047】
(変形例1)
次に、
図7を参照して変形例1について説明する。以下では、実施例1と相違する点についてのみ説明し、実施例1と同一の構成についてはその詳細な説明を省略する。その他の変形例でも同様である。
図7のロータ室50の内壁254は、8つの円弧部が直接的に接続された形状を有する。変形例1の吸入領域86、第1移行領域88及び第2移行領域89における内壁254の形状は、実施例1の対応する各領域86、88、89における内壁54の形状にそれぞれ等しい。一方、吐出領域87における内壁254は、3つの円弧部、即ち、第6円弧部292、第7円弧部294、及び第8円弧部296によって構成されている。第6円弧部292、第7円弧部294、及び第8円弧部296は、それぞれ点O26、点O27、及び点O28を中心とする真円の円周の一部である。第6円弧部292、第7円弧部294、第8円弧部296は、それぞれ第5円弧部102、第4円弧部100、第3円弧部98とy軸に関して線対称である(即ち、内壁254の形状は、y軸に関して線対称である)。このため、第6円弧部292の半径R26は半径R5と等しく、第7円弧部294の半径R27は半径R4と等しく、第8円弧部296の半径R28は半径R3と等しい。また、第6円弧部292は、点T5、点T26において第1円弧部90、第7円弧部294とそれぞれ内接しており、第8円弧部296は点T7、点T27において第2円弧部96、第7円弧部294とそれぞれ内接している。この構成によっても、実施例1と同様の作用効果を奏することができる。また、この構成によると、吐出領域87における隣接する2個の円弧部の半径差を、実施例1の構成よりも小さくできる。このため、変形例1の構成によると、吐出領域87においてベーン72による内壁254の摩耗をより抑制でき、ベーンポンプの長期的な信頼性が向上する。
【0048】
(変形例2)
実施例1の内壁54及び変形例1の内壁254は、いずれも複数の円弧部が直接接続されることにより構成されたが、内壁の形状はこれに限られない。内壁は、円弧部だけではなく、直線部を有していてもよい。このとき、円弧部と直線部とは、当該円弧部と当該直線部とが接触する位置において接していることが好ましい。別言すれば、当該直線部は、当該円弧部と当該直線部とが接触する位置において、当該円弧部の接線であることが好ましい。この構成によると、内壁が全周に亘ってスムースな面となるため、ベーンポンプの騒音を抑制できる。
【0049】
(変形例3)
次に、
図8を参照して変形例3について説明する。変形例3のベーン172の外形は、第1実施例のベーン72と略同一である。ベーン172は、その上面174がロータ室50の上面52と当接し、その下面178がロータ室50の下面56と当接するように、溝68に配置される。ベーン172には、下面178から軸方向に延びる円柱状の凹部175が設けられている。ベーン172と凹部175とは中心軸線が一致する。凹部175の軸方向の長さは、ベーン72の軸方向の長さよりも短い。即ち、凹部175は、下面178に開口する一方で、上面174には開口しておらず、ベーン172を貫通していない。この構成によっても、実施例1と同様の作用効果を奏することができる。また、この構成では、凹部175は、ロータ60の回転に伴い、吸入口46と連通する。このため、吸入口46から吸入された燃料が凹部175に流入することがある。しかしながら、凹部175はベーン172の上面174には開口していないため、燃料がベーン172の内部を通過して、ロータ室50の上面52に衝突することはない。このため、燃料に異物が混入しても、異物の衝突により上面52が摩耗することを抑制することができる。
【0050】
(変形例4)
次に、
図9を参照して変形例4について説明する。変形例4のベーン272の外形は、第1実施例のベーン72と略同一である。ベーン272は、その上面274がロータ室50の上面52と当接し、その下面278がロータ室50の下面56と当接するように、溝68に配置される。ベーン272には、上面274から軸方向に延びる円柱状の凹部275aと、下面278から軸方向に延びると共に、凹部275aと略同一形状を有する円柱状の凹部275bが設けられている。凹部275a、275bの中心軸線は、ベーン272の中心軸線と一致する。凹部275aと凹部275bの軸方向の長さの和は、ベーン272の軸方向の長さよりも短い。即ち、凹部275aと凹部275bとは連通しておらず、凹部275a、275bは、ベーン272を貫通していない。この構成によっても、実施例1と同様の作用効果を奏することができる。また、この構成では、ベーン272の重心が、ベーン272の中心軸線の中央に位置する。このため、ロータ60の回転に伴いベーン272がロータ室50の内壁54を摺動する際に、ベーン272がロータ室50の上面52または下面56のどちらかに偏ることを抑制できる。
【0051】
以上、本明細書が開示する技術の実施例について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、本明細書が開示するベーンポンプは、上記の実施例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【0052】
例えば、内壁54の形状の決定方法は、上記に限られない。例えば、第1円弧部90の中心O1と第2円弧部96の中心O2は、ロータ60の中心Oと一致しなくてもよい。各円弧部90〜102が、2個の円弧部が接触する位置においてそれぞれ内接しており、隣接する2個の円弧部の半径差が比較的に小さくなるのであれば、内壁54の形状はどのように決定されてもよい。また、第1円弧部90及び第2円弧部96は、y軸に関して線対称でなくてもよい。
【0053】
また、内壁54を構成する円弧部の数は8個以上であってもよい。また、吸入領域86における内壁54を構成する円弧部の数は4個以上であってもよい。同様に、吐出領域87における内壁54を構成する円弧部の数は4個以上であってもよい。一定の区間における円弧部の数を増やすほど、隣接する円弧部の半径差を小さくし易くなり、隣接する円弧部の半径差が小さい程、ベーン72による内壁54の摩耗を抑制できる。
【0054】
また、ベーンポンプ10の構成は上記に限られない。例えば、吸入口46と吐出口36は、ロータ60に対して同じ側(例えば下部カバー42)に設けられていてもよい。
【0055】
また、ベーン72の凹部75は円柱状に限られず、例えば四角柱などの柱状形状であってもよい。また、凹部75の中心軸線とベーン72の中心軸線とが一致していなくてもよい。なお、ベーンの形状は円柱状(いわゆるローラベーン)に限られず、例えば板状のベーンであってもよい
【0056】
また、上記のベーンポンプ10は、ディーゼルエンジン以外、例えばガソリンエンジンの用途に適用してもよい。また、ベーンポンプ10は、オイルポンプ、ウォータポンプなど、燃料用のポンプ以外の流体ポンプに適用してもよい。
【0057】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。