(54)【発明の名称】増大された継代能を有する神経幹細胞、前記増大された継代能を有する神経幹細胞の製造方法、神経幹細胞の継代能を増大させるための神経幹細胞の培養方法
【文献】
International Journal of Developmental Neuroscience,2000, Vol.18, pp.201-212
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、(1)増大された継代能を有する神経幹細胞、(2)前記増大された継代能を有する神経幹細胞の製造方法、(3)神経幹細胞の継代能を増大させるための神経幹細胞の培養方法、(4)神経幹細胞の継代能を増大させるための、神経幹細胞の培養における、薬剤の使用、等の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、N型カルシウムチャネル遺伝子をノックアウトした非ヒト遺伝子改変動物を用いて、神経に関する病態の解明とその治療法の開発、等をめざして検討を重ねてきた。
【0013】
そして、上記課題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、(1)増大された継代能を有する神経幹細胞、(2)前記増大された継代能を有する神経幹細胞の製造方法、(3)神経幹細胞の継代能を増大させるための神経幹細胞の培養方法、(4)神経幹細胞の継代能を増大させるための、神経幹細胞の培養における、薬剤の使用、等の開発に成功した。
【0014】
すなわち、本発明は、一態様において、
増大された継代能を有する神経幹細胞であって、以下の特徴;
(a)当該細胞において、N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウト、または、ノックダウンされており、
(b)当該細胞において、N型カルシウムチャネルを介したCa2+の流入が、(1)N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトされている場合には、実質的に無くなっており、または、(2)N型カルシウムチャネル遺伝子がノックダウンされている場合には、抑制されており、
(c)当該細胞は、少なくとも4代(より好ましくは、15代)以上継代を行うことが可能であり、および、
(d)当該細胞は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、神経細胞への分化能を維持している、
を有する、
神経幹細胞に関する。
【0015】
また、本発明の一態様においては、前記(a)における、「N型カルシウムチャネル遺伝子のノックアウトまたはノックダウン」は、N型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子を標的としたノックアウトまたはノックダウンであってもよい。また、本発明の一態様においては、前記「増大された継代能を有する神経幹細胞」は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、nestin陽性を示す。また、本発明の一態様においては、前記「増大された継代能を有する神経幹細胞」は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、高い増殖能及び高いsphere形成能を有する。
【0016】
また、本発明は、一態様において、
増大された継代能を有する神経幹細胞の製造方法であって、
前記製造方法は、
(A)N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトまたはノックダウンされた非ヒト遺伝子改変動物を調製するステップ、
(B)前記非ヒト遺伝子改変動物から取得された組織から、神経幹細胞を単離するステップ、
および、
(C)所望により、前記単離された神経幹細胞をさらに継代培養するステップ、
を含み、
前記「増大された継代能を有する神経幹細胞」は、以下の特徴;
(a)当該細胞において、N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウト、または、ノックダウンされており、
(b)当該細胞において、N型カルシウムチャネルを介したCa2+の流入が、(1)N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトされている場合には、実質的に無くなっており、または、(2)N型カルシウムチャネル遺伝子がノックダウンされている場合には、抑制されており、
(c)当該細胞は、少なくとも4代(より好ましくは、15代)以上継代を行うことが可能であり、および、
(d)当該細胞は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、神経細胞への分化能を維持している、
を有する、
製造方法に関する。
ここで、本発明の一態様においては、前記非ヒト遺伝子改変動物は、げっ歯類であってもよい。
【0017】
また、本発明は、一態様において、
増大された継代能を有する神経幹細胞の製造方法であって、
前記製造方法は、
(J)in vitroで神経幹細胞を調製するステップ、
(K)前記神経幹細胞のN型カルシウムチャネル遺伝子をノックアウトまたはノックダウンするステップ、および、
(H)所望により、前記N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトまたはノックダウンされた神経幹細胞をさらに継代培養するステップ、
を含み、
前記「増大された継代能を有する神経幹細胞」は、以下の特徴;
(a)当該細胞において、N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウト、または、ノックダウンされており、
(b)当該細胞において、N型カルシウムチャネルを介したCa2+の流入が、(1)N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトされている場合には、実質的に無くなっており、または、(2)N型カルシウムチャネル遺伝子がノックダウンされている場合には、抑制されており、
(c)当該細胞は、少なくとも4代(より好ましくは、15代)以上継代を行うことが可能であり、および、
(d)当該細胞は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、神経細胞への分化能を維持している、
を有する、
製造方法に関する。
ここで、本発明の一態様においては、前記ステップ(J)における神経幹細胞は、ヒト由来の細胞であってもよい。また、本発明の一態様においては、前記ステップ(J)における神経幹細胞は、ES細胞またはiPS細胞を、神経幹細胞に分化誘導することによって調製された神経幹細胞であってもよいし、iNS細胞として調製された神経幹細胞であってもよい。
【0018】
本発明の一態様においては、増大された継代能を有する神経幹細胞の、上述の二つの製造方法において、前記「N型カルシウムチャネル遺伝子のノックアウトまたはノックダウン」が、N型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子を標的としたノックアウトまたはノックダウンであってもよい。
【0019】
また、本発明は、一態様において、
神経幹細胞の継代能を増大させるための神経幹細胞の培養方法であって、
(X)神経幹細胞を調製するステップ、および、
(Y)前記神経幹細胞を、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害させる条件下において、培養するステップ
を含む、
培養方法に関する。
なお、上記ステップ(Y)における「培養するステップ」は、「培養することにより、神経幹細胞を増殖させるステップ」であってもよい。
また、本発明は、一態様において、上記ステップ(X)およびステップ(Y)に加えて、さらに、(Z)前記ステップ(Y)で培養された前記神経幹細胞が、増大した継代能を有していることを評価するステップ、を含んでもよい。
さらに、本発明は、一態様において、上記の培養方法によって得られる神経幹細胞に関する。
【0020】
本発明の上記培養方法の一態様においては、前記「N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害させる条件下において培養するステップ」は、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する薬剤を細胞に適用するステップを含んでいてもよい。そのような薬剤の限定的ではない例としては、ω−コノトキシンGVIA、および/または、サイクリンタンパク質が挙げられる。
【0021】
本発明の上記培養方法の一態様においては、前記「N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害させる条件下において培養するステップ」は、N型カルシウムチャネル遺伝子の転写または翻訳を阻害する薬剤を細胞に適用するステップを含んでいてもよい。そのような薬剤の限定的ではない例としては、shRNAまたはsiRNAが挙げられる。
【0022】
また、本発明は、一態様において、
増大された継代能を有する神経幹細胞であって、以下の特徴;
(a)当該細胞において、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害させる条件下において培養されることにより、N型カルシウムチャネルが阻害されており、
(b)当該細胞は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、nestin陽性を示し、および、
(c)当該細胞は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、神経細胞への分化能を維持している、
神経幹細胞に関する。
【0023】
また、本発明は、一態様において、
神経幹細胞の継代能を増大させるための、神経幹細胞の培養における、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する薬剤の使用に関する。そのような薬剤の限定的ではない例としては、ω−コノトキシンGVIA、および/または、サイクリンタンパク質が挙げられる。
【0024】
また、本発明は、一態様において、
神経幹細胞の継代能を増大させるための、神経幹細胞の培養における、N型カルシウムチャネル遺伝子の転写または翻訳を阻害する薬剤の使用に関する。そのような薬剤の限定的ではない例としては、shRNAまたはsiRNAが挙げられる。
【0025】
このように、本発明者は、本発明の増大された継代能を有する神経幹細胞が、
・当該細胞において、N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウト、または、ノックダウンされており、
・当該細胞において、N型カルシウムチャネルを介したCa2+の流入が、実質的に無くなっているか抑制されていること、
・当該細胞は、少なくとも4代(より好ましくは、15代)以上継代を行うことが可能であること、
・当該細胞は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、神経細胞への分化能を維持していること、
・当該細胞は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、nestin陽性を示すこと、および/または、
・当該細胞は、4代(より好ましくは、15代)継代後においても、高い増殖能及び高いsphere形成能を有すること、
を見出した。
【発明の効果】
【0026】
本発明によって提供される神経幹細胞は、通常の神経幹細胞よりも、増大された継代能を有する。さらに、本発明によって提供される神経幹細胞は、単に増大された継代能を有するのみならず、「自己増殖能」および「神経細胞への分化能」の両者を維持している。
したがって、本発明によって提供される神経幹細胞を用いることにより、種々の実験(例えば、薬剤に関する薬効や副作用等を評価する実験、等)において、神経幹細胞や(そこから分化して得られる)神経細胞を、容易に調製(準備)することができる。また、それらの神経幹細胞や(そこから分化して得られる)神経細胞は、再生医療に好適に用いることができることが期待される。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に本発明の形態について説明する。以下の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、さまざまな形態で実施することができる。
【0029】
なお、特段の断りが無い限り、本明細書中で使用される全ての技術的用語、科学的用語及び専門用語は、本発明が属する技術分野の通常の当業者により一般的に理解されるのと同じ意味を有し、単に特定の態様を説明することを目的として用いられ、限定することを意図したものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな形態で実施をすることができる。本明細書において引用された全ての先行技術文献、および、公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み入れられ、本発明の実施のために用いることができる。
【0030】
[1.神経幹細胞]
神経幹細胞は、増殖し継代を繰り返すことができる(自己複製能)。また、神経幹細胞は、中枢神経系を構成する3種類の細胞(すなわち、神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイト)を作り出すことができる(多分化能)未分化な細胞である。
しかし、本発明において神経幹細胞は、神経細胞に分化し得る細胞であれば特に限定されない。したがって、本発明では、神経幹細胞は、神経前駆細胞等も含む概念である。
本発明で用いる神経幹細胞は、胚性の神経組織、胎児の神経組織、出産後の個体の神経組織、若年性の個体の神経組織、又は成体の神経組織から周知の方法を用いて得ることができる。脳組織に由来する神経幹細胞の単離は、Weissら、米国特許第5,750,376号、および、同第5,851,832号等の方法を用いることができる。
【0031】
また、別の取得方法として、本発明で用いる神経幹細胞としては、ES細胞(Embrionic Stem−cell)又はiPS細胞等の幹細胞から周知の方法(例えば、Watts C, Anatomical perspectives on adult neural stem cells. J Anat. Sep;207(3):197−208.(2005)等)から、分化させた神経幹細胞を用いてもよいし、iNS細胞として調製された神経幹細胞を用いてもよい。
ES細胞は、例えば受精卵を胚にまで育て、内部にある内部細胞塊(Inner cell mass:ICM)を取り出し、特定の培地で培養する等の周知の方法で取得できる。
iPS細胞は、例えば動物の皮膚、髪又は他の組織から細胞を取得し、数個の特定の遺伝子を、例えば、トランスフェクションやウイルスベクター、等を用いて当該細胞に導入し、特定の培地で培養する等の周知の方法で取得できる。
本明細書において、iNS細胞(induced Neural Stem cells)とは、動物の皮膚、髪、または、他の組織から取得された細胞を、iPS細胞への誘導を介さずに、直接的に神経幹細胞へと分化させた細胞をいう。iNS細胞は、例えば動物の皮膚、髪、または、他の組織から細胞を取得し、数個の特定の遺伝子を、例えば、トランスフェクションやウイルスベクター、等を用いて当該細胞に導入し、特定の培地で培養する等の周知の方法で取得できる(Stem Cells.2012 Jun;30(6):1109−1119)。
【0032】
本発明の神経幹細胞を供給する動物は、特に限定されないが、例えば、鳥類、両生類、は虫類、魚類、哺乳動物などが含まれる。本明細書において、本発明の神経幹細胞を供給する動物の好ましい態様は、哺乳動物である。そのような動物としては、マウス、ハムスター、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、サル、ヒトがとくに好ましく、マウス、ラット、ヒトがもっとも好ましい。
【0033】
[2.N型カルシウムチャネル(NVDCC)]
カルシウムチャネル(「Caチャネル」とも呼ばれる)は、細胞内へのCa2+の流入を調節することにより細胞内への情報伝達を行う膜タンパク質である。
カルシウムチャネルには、広義には、イオンチャネル内蔵型受容体も含まれ得るが、一般には、単に、電位依存性のカルシウムチャネルを指して使われる。
神経細胞及び筋肉細胞からは種々の電位依存性カルシウムチャネルが同定されている(Bean,B.P.et al,Ann.Rev.Physiol.,51:367−384,1989、Hess P.,Ann.Rev.Neurosci.,56:337,1990)。電位依存性カルシウムチャネルは、電気生理学的性質、および、アンタゴニストに対する感受性、等により、一過性/低閾値活性化型(T型)、および、持続性/高閾値活性化型(L、N、P、Q、R型)の6つの型に分類されている。
N型、P型、Q型及びR型のカルシウムチャネルは、いずれも、神経に特異的に存在する。そして、これらのカルシウムチャネルの神経機能に対する役割が注目されている(Lane D.H.et al,Science,239:57−61,1988、Diane L,et al,Nature 340:639−642,1989等)。
【0034】
このうちN型カルシウムチャネルは、イモ貝より単離されたペプチド毒素ω−コノトキシンGVIAによりCa2+の流入が抑制されることにより特徴づけられるカルシウムチャネルである。N型カルシウムチャネルは、NVDCC(N−Type Voltage−Dependent Calcium Channel)ともいわれる。
本明細書において、N型カルシウムチャネルをコードする遺伝子を、単に、N型カルシウムチャネル遺伝子という。
【0035】
[3.ノックアウトおよびノックダウン]
本発明の増大された継代能を有する神経幹細胞は、N型カルシウムチャネル遺伝子をノックアウト、または、ノックダウンすることにより得ることもできる。
【0036】
[3−1.ノックアウト(遺伝子破壊)]
ノックアウト(遺伝子破壊ということがある。)とは、遺伝子に変異を導入して、その遺伝子産物の機能を失わせることを意味する。
ノックアウトの方法としては、ターゲッテド・ディスラプション(targeted disruption)が挙げられる。ターゲッテド・ディスラプションは、遺伝子ターゲッティングにより遺伝子を破壊する方法である。
例えば、ターゲッテド・ディスラプションは、標的となる遺伝子の塩基配列に関して、当該遺伝子の遺伝子産物の機能が失われるように、何らかの塩基配列(好ましくは、選択マーカー遺伝子(もっとも典型的には、薬剤に対する耐性遺伝子)の塩基配列を含む塩基配列)を、当該標的となる遺伝子の塩基配列またはその前後の塩基配列に組み込む方法である。
本発明でターゲットとなる遺伝子は、N型カルシウムチャネル遺伝子である。N型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトされれば、N型カルシウムチャネル遺伝子の遺伝子産物が産生されず、その当然の結果として、N型カルシウムチャネルは、機能を発揮することはない。
なお、ターゲッテド・ディスラプションは、N型カルシウムチャネルをコードする遺伝子の塩基配列の情報に基づいて該遺伝子を破壊する技術の例示である。本発明におけるノックアウトの方法は、該遺伝子の塩基配列の情報に基づいて破壊したのであれば、他の方法であってもよい。
また、本発明でN型カルシウムチャネル(すなわち、N型カルシウムチャネル遺伝子の遺伝子産物)の機能は、Ca2+の流入の調節である。したがって、N型カルシウムチャネルの機能が発揮されなくなっていることは、そうでなければω−コノトキシンGVIAにより抑制されるであろうCa2+の流入が実質的に無くなっているか否かを検証することにより、確認することができる。
ここで、ω−コノトキシンGVIAは、イモ貝毒(Conus geographus)より精製されるペプチドであり(Baldomero M.O.et al.,Biochemistry 23,5087,1984)、配列番号7に記載のアミノ酸配列により特徴づけられる。
【0037】
ノックアウトの対象となるN型カルシウムチャネルをコードする遺伝子としては、N型カルシウムチャネルのサブユニットであるα1Bサブユニットをコードする遺伝子(以下、「Cacna1b」ということがある。)を用いることができる。
N型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子の具体例としては、例えば、以下の(a)〜(d)のDNAからなる遺伝子を挙げることができる。
(a)配列番号1、3又は5記載の塩基配列からなるDNA。
(b)配列番号1、3又は5に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、機能を持つN型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする塩基配列からなるDNA。
(c)配列番号2、4又は6記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるDNA。
(d)配列番号2、4又は6に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、機能を持つN型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする塩基配列からなるDNA。
【0038】
なお、配列番号1の塩基配列および配列番号2のアミノ酸配列は、Accession Number NM000718.3としてGenBankに登録されており、配列番号3の塩基配列および配列番号4のアミノ酸配列は、Accession Number NM001042528.1としてGenBankに登録されており、配列番号5の塩基配列および配列番号6のアミノ酸配列は、Accession Number NM001195199.1としてGenBankに登録されている。
【0039】
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起き、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。本発明におけるハイブリダイゼーション条件としては、例えば「2×SSC、0.1%SDS、50℃」、「2×SSC、0.1%SDS、42℃」、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」、よりストリンジェントな条件としては、例えば「2×SSC、0.1%SDS、65℃」、「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」、「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」等の条件を挙げることができる。
【0040】
[3−2.ノックアウト(遺伝子破壊)動物]
本発明の神経幹細胞を単離するためのノックアウト非ヒト動物は、N型カルシウムチャネルをコードする遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物であって、常法の遺伝子ターゲティングによるノックアウト非ヒト動物の作製法にしたがって作製することができる。
【0041】
なお、本発明で使用されるN型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトされた動物は、非ヒト動物である。本発明で使用されるN型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物の好ましい態様は、齧歯類である。そのような動物としては、マウスがとくに好ましい。
【0042】
以下、N型カルシウムチャネルをコードする遺伝子のターゲッテドディスラプションを例として、N型カルシウムチャネルα1Bサブユニット遺伝子のクローニング、ターゲッテドディスラプションに用いるターゲッティングベクターの構築、相同組換えを起こした胚性幹細胞(ES細胞)、非ヒトノックアウト動物の取得の順に説明する。
【0043】
1.N型カルシウムチャネルα1Bサブユニット遣伝子の一部を含むDNAのクローニング
N型カルシウムチャネルα1BサブユニットをコードするDNAは、ThlerryC.et.al,FEBS Letters,338,1,1994に記載のN型カルシウムチャネルα1BサブユニットをコードするDNAの塩基配列を基にプライマーを設定し、非ヒト動物のゲノムDNAあるいはcDNAを基にPCRを行うことにより、あるいは、前記プライマーを用いて非ヒト動物のRNAを基にRT−PCRを行うことにより得ることができる。
また別法としては、前述のThlerryC.et.alに記載のN型カルシウムチャネルα1BサブユニットをコードするDNAの塩基配列を基にプローブを合成して、非ヒト動物のゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーから当該プローブとハイブリダイズするクローンを選び出し、選び出したクローンの塩基配列を決定することにより、N型カルシウムチャネルα1Bサブユニット遺伝子あるいはその一部、好ましくは500bp以上、更に好ましくは1kbp以上の塩基配列を含むクローンを選択しても良い。
【0044】
前記クローニングされたDNAの制限酵素地図は、前記クローニングされたDNAの塩基配列に含まれる制限酵素部位を確認することにより作製される。
【0045】
相同組換えするのに十分な長さのDNA、好ましくは7kbp以上、更に好ましくは10kbp以上のクローンが得られなかった場合、相同組換えするのに十分な長さのDNAは、複数のクローンを適切な制限酵素部位でDNAを切り出して、繋ぎ合わせることにより作製してもよい。
【0046】
2.ターゲッティングベクターの構築
本明細書において、ターゲッティングベクターとは、遺伝子ターゲッティングに用いられるベクターであり、標的となる遺伝子と接触した際に、DNAの相同組換えが起こるような塩基配列が組み込まれているものをいう。
相同組換えに用いるDNAは、前記のクローニングによって得られた、相同組換えに十分な長さのDNA中のエクソン領域の制限酵素部位に、薬剤耐性遺伝子などのポジティブ選択マーカー、好ましくはネオマイシン耐性遺伝子を導入することにより得られる。また、前記相同組換えに用いるDNAは、エクソンの一部を取り除いて、代わりに薬剤耐性遺伝子に置き換えてもよい。前記クローニングによって得られたDNAの塩基配列に適当な制限酵素部位が無い場合、相同組換えに用いるDNAは、制限酵素部位を含むように設計したプライマーを用いるPCR、制限酵素部位を含むオリゴヌクレオチドのライゲーション等により、適当な制限酵素部位を導入し、この制限酵素部位を用いることによって薬剤耐性遺伝子等を導入してもよい。
【0047】
本発明において、ターゲッティングベクターは、細胞に導入したターゲッティングベクター上のDNAと、ターゲッティングベクターを導入されたES細胞のN型カルシウムチャネルα1Bサブユニット遺伝子の間に相同組換えが起こらず、そのかわりに、導入したターゲッティングベクター上のDNAがN型カルシウムチャネルα1Bサブユニット遺伝子以外の部位に挿入されてしまったES細胞を除去するために、ネガティブ選択マーカー、例えばチミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリア毒素遺伝子等を含むことが好ましい。
【0048】
これらの組換えDNA技術は、例えばSambruck,J.,Fritsch,E.F.,and Maniatis,T.(1989)Molecular Cloning:A LaboratoryManual,Cold Spring Harbor Laboratory,Cold Spring Harbor,NYに記載された方法によって行うことができるが、適当な組換えDNAを得ることができれば、この方法に限られるものではない。
【0049】
3.相同組換えを起こした胚性幹細胞(ES細胞)の取得
作製した前記ターゲッティングベクターは、制限酵素で切断することによって直鎖状DNAとし、例えばフェノール・クロロフォルム抽出、アガロース電気泳動、超遠心等の方法により精製される。そして、精製された前記直鎖状DNAは、ES細胞、例えばTT2へトランスフェクトされる。トランスフェクションの方法は、例えば、エレクトロポレーション、リポフェクションなどを挙げることができるが、本発明のトランスフェクションの方法は、これらの方法に限られるものではない。
【0050】
ターゲッティングベクターをトランスフェクトされたES細胞は、適当な選択培地中(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子とチミジンキナーゼ遺伝子を組み込んだターゲティングベクターを構築した場合、培地中にネオマイシンとガンシクロビルを含む選択培地中)で培養される。
【0051】
選択培地中で薬剤耐性を呈して増殖してきた前記ES細胞のDNAに適当な相同組換えが起こっていることは、例えば、以下のような方法で確認することができる。
(i)ネオマイシン耐性遺伝子およびチミジンキナーゼ遺伝子(これらの遺伝子を、本明細書において「導入遺伝子」ということがある。)が組み込まれたことを、PCR等で容易に確認することができる。(ii)更に、ターゲティングベクターの外側の5’上流または3’下流のDNA一部をプローブとして、前記ES細胞のDNAをサザンブロット解析することにより、相同組み換えを起こしたかどうかを確認することもできる。(iii)また、ターゲティングベクターが目的の遺伝子部位以外の部分に挿入されていないことは、ターゲティングベクター内のDNAをプローブとしてサザンブロット解析することにより確認できる。これらの方法を組み合わせることにより、相同組み換えを起こしたES細胞を取得することができる。
【0052】
遺伝子産物の機能が失われるように挿入した遺伝子を胚性幹細胞に導入し、導入した遺伝子と標的遺伝子との間で相同組換えを起こした胚性幹細胞を選択して、標的遺伝子に変異を導入する方法は、例えば、Suzanne L.et.al.,Nature,336,348,1988、に記載の方法によっても行うことができる。
【0053】
4.非ヒトノックアウト動物の作製法
本発明で使用することができるN型カルシウムチャネル遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物の好ましい態様は、齧歯類である。そのような動物としては、マウスがもっとも好ましい。
以下、マウスを例にして非ヒトノックアウト動物の作製法を述べる。
【0054】
ノックアウトマウスは、受精後8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取、相同組み換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクション、偽妊娠マウスへの操作卵の移植、偽妊娠マウスの出産と産仔の育成、PCR法及びサザンブロット法による遺伝子導入マウスの選抜、導入遺伝子をもつマウスの系統樹立、のステップを経て作製される(Yagi T.et.al.,Analytical Biochem.214,70,1993)。
【0055】
(1)8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取
8細胞期胚は、雌マウスに過剰排卵を誘発させるため、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与した後、雄マウスと交配させ、交配後2.5日目の雌マウスより卵管および子宮を摘出し、潅流することによりにより得る。なお、胚盤胞を用いる場合、胚は、交配後3.5日目の雌マウスの子宮を摘出し、潅流することにより得る。
【0056】
(2)相同組換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクション
前記「3.相同組換えを起こした胚性幹細胞(ES細胞)の取得」に記載の方法により取得された、相同組換えを起こしたES細胞は、(1)で得られた8細胞期胚または胚盤胞に、マイクロインジェクトされる。マイクロインジェクションは、例えば、Hogan,B.L.M.,A laboratory Manual,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,New York,1986、Yagi T.et.al.,Analytical Biochem.214,70,1993に記載の方法に基づき、倒立顕微鏡下で、マイクロマニピュレータ、マイクロインジェクター、インジェクションピペット及びホールディングピペットを用いて行うことができる。また、インジェクション用ディッシュは、例えばFalcon 3002(Becton Dickinson Labware)に、培地5μlの液滴およびES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いることができる。
【0057】
本明細書において、相同組換えを起こしたES細胞をマイクロインジェクトした8細胞期胚あるいは胚盤胞を、「操作卵」と称す。
【0058】
(3)偽妊娠マウスへの操作卵の移植
偽妊娠マウスは、精管結紮雄マウスと野生型雌マウスとを交配させることにより作成され、偽妊娠の状態となった後に、(2)で作成された操作卵を移植される。
操作卵の移植は、例えばHogan,B.L.M.,A laboratory Manual,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,New York,1986やYagi T.et.al.,Analytical Biochem.214,70,1993に記載の方法に基づいて行うことができる。
以下に具体的操作の例を記すが、本発明の操作卵の移植は、これに限られるものではない。
【0059】
偽妊娠マウスは、例えば50mg/kg体重のペントバルビタールナトリウムを用いて全身麻酔され、両けん部を約1cm切開して卵巣および卵管を露出され、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出される。次に、操作卵は、卵管あたり7〜8個程度の割合で卵管采から送り込まれる。この時、卵管内に移植されたことの確認は、操作卵とともに入れた微小気泡を実体顕微鏡下で目視することによってできる。
操作卵を移植されたマウスは、卵管及び卵巣を腹腔に戻され、両切開部を縫合された後、麻酔から覚醒される。
場合によっては、操作卵は、作成の翌日まで培養し、胚盤胞の段階まで発生させてから、偽妊娠マウスの子宮に移植しても良い。
【0060】
(4)偽妊娠マウスの出産と産仔の育成
仔マウスは、多くの場合、操作卵の移植後17日目までに得られる。仔マウスは、通常、相同組換えを起こしたES細胞由来の細胞と受精卵を採取したマウス由来の細胞とのキメラとなる。例えばES細胞としてTT2を用い、相同組換えを起こしたTT2を、ICRマウスより採取した8細胞期胚に注入した場合、キメラ率の高い仔マウスは体毛色がアグウチ優位となり、キメラ率の低いマウスは体毛色が白色優位となる。
【0061】
(5)PCR法及びサザンブロット法による遺伝子導入マウスの選抜
導入遺伝子が前記キメラマウスの生殖細胞に入っているか否かの確認は、例えば、以下のような方法により行うことができる。
(i)前記キメラマウスを、体毛色が白色のマウス(たとえばICR)と交配させた場合は、得られた仔マウスの体毛色を確認することにより、導入遺伝子の有無を容易に確認することができる。(ii)また、得られた仔マウスの尾よりDNAを抽出してPCRに供することにより、導入遺伝子の有無を確認することができる。(iii)また、より確実な遺伝子型の同定は、PCRの代わりにサザンブロット解析を行うことによって行うことができる。
【0062】
ここで、キメラ率の高いキメラマウスは生殖細胞も導入遺伝子を含んでいることが期待されることから、できるだけキメラ率の高いマウスを交配に供することが好ましい。
【0063】
(6)導入遺伝子をもつマウスの系統樹立
導入遺伝子がホモに存在するN型カルシウムチャネルノックアウトマウス(本明細書において、「N−KOマウス」、または、「NVDCC欠損マウス」ということがある。)は、ヘテロに存在するN型カルシウムチャネルノックアウトマウス(本明細書において、「Heマウス」ということがある。)同士を交配することによって得ることができる。N−KOマウスは、Heマウス同士、HeマウスとN−KOマウス、N−KOマウス同士のいずれの交配でも得ることができる。
【0064】
N型カルシウムチャネルがノックアウトされた神経幹細胞は、このようにして得られたノックアウト動物の胚性の神経組織、胎児の神経組織、出産後の個体の神経組織、若年性の個体の神経組織、または、成体の神経組織から、後述する調製法を用いて得ることができる。
【0065】
[3−3.ノックダウン]
本発明において、ノックダウンとは、形質転換によって、特定の遺伝子の転写量を減少させること、または翻訳を阻害することをいう。すなわち、遺伝子の機能を完全に失わせるものではなく、標的とする遺伝子の機能を減少(減弱)させるものをいう。
遺伝子のノックダウンの方法は、mRNAのアンチセンス鎖に相当するRNAを細胞に導入するアンチセンス法を用いることができる。また、遺伝子のノックダウンの方法は、2本鎖のRNA(shRNA、siRNA)やmicroRNA等を用いるRNAi(RNA干渉)を利用することもできる。
より具体的には、遺伝子のノックダウンの方法は、shRNAまたはsiRNA発現ベクターを用いて細胞を形質転換させることにより、または、siRNAを用いて細胞を形質転換させることにより、特定の遺伝子の転写量を減少させる、または、翻訳を阻害する方法を用いることができる。
【0066】
哺乳動物細胞では、30bp以下の短いRNAによるRNA干渉では、単一のmRNAまたはタンパク質の発現のみが特異的に抑制されることが知られている。
【0067】
[3−4.ノックダウン動物]
ノックダウン動物は、当該動物を構成する細胞に、標的遺伝子のmRNAに対応する短い2本鎖のRNA(shRNA、siRNA)やアンチセンス核酸を人為的に導入・発現させることにより、当該siRNAやアンチセンス核酸の作用により標的遺伝子の発現を抑制させた動物である。このようなノックダウン動物は、例えば、ベクター系によるsiRNAの発現システムを用いて作製することができる(例えば、Science 296: 550−553(2002)、Nature Biotech.20:500−505(2002)等)。
【0068】
なお、本発明で使用することができるN型カルシウムチャネル遺伝子がノックダウンされた動物は、非ヒト動物である。そのような動物としては、齧歯類がとくに好ましく、マウスがもっとも好ましい。
【0069】
以下、N型カルシウムチャネルをノックダウンした動物の作製方法の一例を述べる。以下に示す例において、ノックダウンの対象となるN型カルシウムチャネルをコードする遺伝子は、N型カルシウムチャネルのサブユニットであるα1Bサブユニットをコードする遺伝子である。
【0070】
N型カルシウムチャネル遺伝子を阻害するためのsiRNA、shRNAなどは、N型カルシウムチャネル遺伝子の転写または翻訳を阻害することのできる核酸であれば特に限定されず、当業者であればsiRNA、shRNAなどの配列を適宜設計し、製造することができる。
【0071】
N型カルシウムチャネル遺伝子の転写または翻訳を阻害するshRNAを発現するベクターは、shRNAをコードする領域の配列について、例えば、以下の特徴を有するように設計することができる。
(i):N型カルシウムチャネル遺伝子をコードする塩基配列のうち、連続する11〜30塩基(好ましくは21〜25塩基)の配列、
(ii):(i)の配列に対し相補的な塩基配列であり、かつ逆配向の塩基配列、および、
(iii):(i)の塩基配列と(ii)の塩基配列とを連結する塩基配列、を含み、
(i)〜(iii)の領域がRNAに転写された際に、(i)から転写されたRNA部分と(ii)から転写されたRNA部分が二本鎖RNAを形成し、(iii)から転写されたRNA部分が前記二本鎖RNAを連結するループ領域を形成する。
【0072】
上記shRNA発現ベクターは、更にポリメラーゼII系プロモーター、または、発生過程特異的プロモーターを含むことが好ましく、かかるプロモーターとしては、例えば、サイトメガロウイルス(CMV)初期遺伝子プロモーターを挙げることができる。
【0073】
また、上記shRNA発現ベクターは、更に前記(i)〜(iii)の領域の塩基配列の上流に、自己触媒的にRNAを切断する配列、例えばリボザイム部位等を含むことが好ましい。
【0074】
上記shRNA発現ベクターは、更に前記(i)〜(iii)の領域の塩基配列の下流に、RNAポリメラーゼを停止させる配列、例えばMAZドメイン配列等を含むことが好ましい。
【0075】
また、上記shRNA発現ベクターにおける(iii)の塩基配列は、適切なループ構造をとることができれば、特に限定されない。
【0076】
N型カルシウムチャネル非ヒトノックダウン動物は、例えば、本明細書の「3−2.ノックアウト(遺伝子破壊)動物」に記載の方法と同様の方法を用いて作製することができる。この場合、「3−2.ノックアウト(遺伝子破壊)動物」に記載の方法で用いたターゲッティングベクターの代わりに、shRNA発現ベクターを用いることにより、N型カルシウムチャネル非ヒトノックダウン動物を作製することができる。
【0077】
N型カルシウムチャネルがノックダウンされた神経幹細胞は、このようにして得られた非ヒトノックダウン動物の胚性の神経組織、胎児の神経組織、出産後の個体の神経組織、若年性の個体の神経組織、または、成体の神経組織から、後述する調製法を用いて得ることができる。
【0078】
[4.N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する薬剤]
本発明で使用することができる、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する薬剤は、神経幹細胞のN型カルシウムチャネルを一過的に阻害、減少(減弱)するものであれば特に限定されず、例えば化学物質、タンパク質、遺伝子等を挙げることができる。より具体的には、ω−コノトキシンGVIA、サイクリンタンパク質等を挙げることができる。
また、本明細書において、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する薬剤には、N型カルシウムチャネル遺伝子の転写または翻訳を阻害する薬剤も含まれる。より具体的には、化学合成したsiRNA、酵素を使用してin vitro transcriptionしたsiRNA、DicerやRNase IIIでdsRNAを切断して生じたsiRNAのミックス、PCRで合成したsiRNA発現カセット等を挙げることができる。
【0079】
これらのN型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する薬剤を用いた神経幹細胞のN型カルシウムチャネルの阻害は、適切な温度下、DMEM/F12(DMEM/Ham’s F−12)等の適切な培地中で、神経幹細胞に当該N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する薬剤を添加することによって達成することができる。
【0080】
[5.神経幹細胞の調製]
本発明の神経幹細胞は、例えば、以下に示す方法によって調製することができる。
【0081】
[5−1.非ヒトノックアウト動物由来神経幹細胞、または、非ヒトノックダウン動物由来神経幹細胞の調製]
N型カルシウムチャネル遺伝子が、本明細書の[3.ノックアウトおよびノックダウン]に記載の方法によってノックアウト、または、ノックダウンされた非ヒト動物の脳、好ましくは大脳、海馬、側脳室等を常法により摘出し、DMEM/F12(DMEM/Ham’s F−12)培地等の適切な培地中でほぐして単細胞浮遊液は調製される。続いて、前記単細胞浮遊液は、ナイロンメッシュ等を用いてろ過した後、例えば100〜300g程度で組織を数分間の遠心にかけ、沈殿物として集められる。次に、前記沈殿物として集められた細胞は、DMEM/F12(DMEM/Ham’s F−12)培地等の適切な培地中に再浮遊される。さらに、前記再浮遊させた細胞を遠心して沈殿物を集め、さらに再浮遊する操作を数回繰り返すことにより、細胞は洗浄される。次に、前記洗浄された細胞は、EGF、FGF等の成長因子、N2 supplement等の血清代替サプリメント、および、必要に応じてペニシリンG、ストレプトマイシン、アンフォテリシンB等の抗生物質を含むDMEM/F12(DMEM/Ham’s F−12)培地等の適切な培地中に浮遊される。
前記培地に浮遊された細胞を培養すると、一部の細胞は増殖を始めsphere(細胞塊)の形成を始める。1週間に数回の割合で培地を交換しながら、更に培養を続けると、2週間程度でsphere(細胞塊)を得ることができる。
【0082】
[5−2.遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞からN型カルシウムチャネル遺伝子をノックアウトして得る神経幹細胞の調製]
遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞は、本明細書の[5−1.非ヒトノックアウト動物由来神経幹細胞、または、非ヒトノックダウン動物由来神経幹細胞の調製]に記載の方法と同様の方法によって、遺伝子改変されていない動物由来の組織から調製することができる。
さらに、前記のように調製した遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞のN型カルシウムチャネル遺伝子を、zinc finger nucleaseやTALEN等の技術を用いてノックアウトすることにより、所望の神経幹細胞を得ることができる。また、ES細胞またはiPS細胞の段階で、N型カルシウムチャネル遺伝子を周知の方法を用いてノックアウトし、例えば、後述する[8.分化能]に記載の方法で分化誘導することで、所望の神経幹細胞を得ることができる。
【0083】
[5−3.遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞からN型カルシウムチャネル遺伝子をノックダウンして得る神経幹細胞の調製]
遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞は、本明細書の[5−1.非ヒトノックアウト動物由来神経幹細胞、または、非ヒトノックダウン動物由来神経幹細胞の調製]に記載の方法と同様の方法によって、遺伝子改変されていない動物由来の組織から調製することができる。
さらに、前記のように調製した遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞のN型カルシウムチャネル遺伝子を、shRNA発現ベクターまたはsiRNA発現ベクターを用いてノックダウンすることにより、または、siRNAを用いて細胞を形質転換させることにより、所望の神経幹細胞を得ることができる。
【0084】
前記shRNA発現ベクターまたはsiRNA発現ベクターには、ヘアピン型のRNA発現ベクターやタンデム型のRNA発現ベクターを用いることができる。ヘアピン型RNAベクターは、プロモーター配列の下流にshRNAの塩基配列を挿入した発現ベクターであり、導入された発現ベクターから転写されたshRNAは、核から細胞質へ輸送され、Dicerによるプロセシングを受けてsiRNAと同様の2本鎖siRNAになる。タンデム型RNAベクターは、それぞれがプロモーター配列をもつセンス鎖とアンチセンス鎖の鋳型配列が挿入されたベクターで、それぞれ別々に転写されたセンス鎖とアンチセンス鎖がアニーリングしてsiRNAを形成する。
【0085】
[5−4.遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞に、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する薬剤を添加することによる神経幹細胞の調製]
遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞は、本明細書の[5−1.非ヒトノックアウト動物由来神経幹細胞、または、非ヒトノックダウン動物由来神経幹細胞の調製]に記載の方法と同様の方法によって、遺伝子改変されていない動物由来の組織から調製することができる。
【0086】
また、遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞は、次のように調製することもできる。遺伝子改変されていないES細胞若しくはiPS細胞から、例えば、後述する[8.分化能]に記載の方法で分化誘導した神経幹細胞を得、または、遺伝子改変されていない動物由来の細胞から分化誘導したiNS細胞として調製した神経幹細胞を得、必要に応じてBulletKit等の培地を添加しつつ、シャーレ上に回収する。次に、神経幹細胞から形成されたneurosphereは、遠心分離により回収される。所望の細胞は、当該neurosphereにω−コノトキシンGVIA及びサイクリンタンパク質等のN型カルシウムチャネル阻害剤を含むBulletKit medium等の培地で培養することによって得ることができる。更に、当該培養方法は、必要に応じて培地を週に数回交換し、また必要に応じて細胞を数日に一度継代してもよい。
【0087】
遺伝子改変されていない動物由来の神経幹細胞、または、遺伝子改変されていないES細胞若しくはiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞、または、遺伝子改変されていない動物由来の細胞から分化誘導したiNS細胞は、必要に応じて凍結し、使用時に解凍してもよい。
【0088】
前記のように調製された神経幹細胞に対し、例えば、以下のような方法でN型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害することにより、所望の細胞を得ることができる。
【0089】
(1)N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する物質を細胞に適用する方法
培地中に懸濁された神経幹細胞は、フラスコに播種され、必要に応じてFGF−bおよびEGFを添加し、さらに、ω−コノトキシンGVIA、サイクリンタンパク質、等の薬剤を添加して培養する。また、培地は、必要に応じて数日毎に半分量を交換してもよい。
(2)化学合成したshRNAまたはsiRNAを細胞に導入する方法
化学合成した2本のRNA(センス鎖とアンチセンス鎖)をアニーリングしたsiRNAは、化学合成、または、Dharmacon社等から購入して、shRNAは、Dharmacon社等から購入して、トランスフェクション法、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法等の周知の方法で神経幹細胞に導入される。導入されたshRNAまたはsiRNAは、細胞質でRISCを形成し、ターゲット遺伝子のmRNAの配列特異的な分解を引き起こすことにより、N型カルシウムチャネルの発現を阻害する。
(3)酵素を使用してin vitro transcriptionしたsiRNAを細胞に導入する方法
In vitro transcriptionで使用されるプロモーター(T7、T3、SP6)と組み合わせた鋳型配列から、RNA Polymeraseを使用してsiRNAを合成する。合成したsiRNAを精製した後に、トランスフェクション法、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法等の周知の方法を用いて神経幹細胞に導入することにより、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する。
(4)DicerやRNase IIIでdsRNAを切断して生じたsiRNAのミックスを細胞に導入する方法
長鎖のdsRNAをDicerやRNase IIIで切断した断片(siRNA)のミックスをトランスフェクション法、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法等の周知の方法を用いて神経幹細胞に導入することにより、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する。導入するRNA断片には、ターゲット遺伝子のさまざまな部分の塩基配列に対応するsiRNAが混ざっているので、ターゲット遺伝子をノックダウンできる確率を高めることができる。
(5)PCRで合成したsiRNA発現カセットを細胞に導入する方法
プロモーター−shRNAの鋳型配列−転写終結シグナル、という配列で構成されるPCR産物を、トランスフェクション法、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法等の周知の方法を用いて神経幹細胞に導入することにより、N型カルシウムチャネルの機能または発現を阻害する。
【0090】
[6.神経幹細胞の培養]
神経幹細胞の培養法は、当該細胞が生存、増殖又は神経細胞に分化することができる培養方法であれば、特に限定されないが、neurosphere法が好ましい。
本発明で使用することができるneurosphere法は、汎用されている神経幹細胞の選択的培養方法の一つである。neurosphere法は、適切な温度条件下でEGFおよび/またはbFGFを含む無血清培地を用いて神経幹細胞を浮遊培養し、球状の細胞塊(neurosphere)として神経幹細胞を増殖させる方法である。
ヒト神経幹細胞は、齧歯類神経幹細胞と同様に、マイトジェン(代表的には、上皮増殖因子および/または塩基性線維芽細胞増殖因子)を含む無血清培養培地中で維持することができる。前記培地中に懸濁された神経幹細胞は、増殖して細胞塊(neurosphere)として知られる細胞の凝集体を形成する。
【0091】
[7.継代培養]
本発明の神経幹細胞は、周知の方法により継代することができる。継代とは、新たな培地に細胞の一部を移して、次世代として培養することをいう。通常のneurosphere法による神経幹細胞の継代は、3継代程度である。本発明によって得られる神経幹細胞は、4継代以上、好ましくは5継代以上、より好ましくは6継代以上、更に好ましくは7継代以上、中でも好ましくは8継代以上、特に好ましくは9継代以上、最も好ましくは10継代以上継代することができる神経幹細胞であるが、神経細胞に分化する分化能を保持する限り当該継代数は特に限定されない。
【0092】
また、神経幹細胞を継代培養する基材は、神経幹細胞が分化・誘導を促進されることなく、正常に継代する基材であれば特に限定されない。当該基材は、例えば、ジルコニア、イットリア、チタニア、アルミナ、シリカ、ハイドロキシアパタイト及びβ−リン酸三カルシウムのうちの少なくともいずれか1種のセラミックス又はガラスからなることが好ましい。
これらのセラミックス又はガラスは、未分化細胞の分化・誘導を促進することがなく、生体安定性が高いため、好適に用いることができる。
【0093】
本発明で使用される神経幹細胞の継代培養方法は、上記のような培養基材を用いて、当該神経幹細胞を該培養基材中に少なくとも1ヶ所に播種して培養することにより、神経幹細胞が未分化な状態のままで増殖した細胞塊を得ることができる。
更に、当該継代培養方法は、上記において培養して得られた細胞塊を単一細胞又は細胞小集団に分散し、得られた神経幹細胞を用いて、上記培養方法を繰り返すことにより継代培養を行うことができる。また、細胞塊の分離は、細胞塊をパパイン、トリプシン等で処理することにより、または、細胞塊をピペッティングすることにより、容易に行うことができる。
【0094】
[8.分化能]
分化能とは、ある細胞が異なる細胞種へ分化する能力のことをいう。本明細書において、神経分化能とは、神経細胞に分化する能力をいう。本発明で神経細胞に分化する能力を有する細胞は、例えば神経幹細胞、神経前駆細胞等を挙げることができる。また、神経細胞に分化する能力を有する細胞は、ES細胞やiPS細胞等の幹細胞から周知の方法を用いて分化誘導した神経幹細胞、神経前駆細胞等も含む。さらに、神経細胞に分化する能力を有する細胞は、iNS細胞として調製した神経幹細胞、および、当該細胞から分化誘導した神経前駆細胞等も含む。
【0095】
ES細胞から神経幹細胞に分化させる場合、例えば以下のような方法で行うことができる。
【0096】
まず、前記のような方法で調製されたES細胞を、フィーダー細胞やLIFの存在しない条件下で培養する。次に、前記培養したES細胞を、酵素処理または機械的剥離によって一旦浮遊させ、それをピペッティングにより小塊に分離する。さらに、前記分離したES細胞の小塊を、新しい培養皿でさらに培養することにより、ES細胞は、胚様体を経て、神経幹細胞へと自発的に分化する(Roy. S. et al., Mol. Cell. Biol., 18: 3947−3955 (1998))。
【0097】
この胚様体は、ES細胞を非コート培養皿にてLIFを除いたES細胞用培地を用いて7日間〜14日間程度培養し、顕微鏡下で細胞が凝集して形成される球状体の出現を観察することにより得ることができる。なお、この胚様体は、必要に応じてビタミンB12、および、ヘパリン若しくはヘパリン様作用を有する物質の存在下で培養することによっても得ることができる(再公表特許公報(再表2006−004149号))。
【0098】
ES細胞は、例えば当業者らに周知の方法(Doetschman TC, et al. J Embryol Exp Morphol, 1985, 87, 27−45, Williams RL et al., Nature, 1988, 336, 684−687)によって調製したものを用いることもできる。
【0099】
iPS細胞等の幹細胞から分化させた神経幹細胞は、前記のES細胞を神経幹細胞へと分化させる方法と同様の方法を用いて得ることができる。
【0100】
iNS細胞として調製した神経幹細胞は、周知の方法(Stem Cells.2012 Jun;30(6):1109−1119)によって調製したものを用いることもできる。
【0101】
[9.神経幹細胞から神経細胞への分化]
本発明の神経幹細胞は、周知の方法によって神経細胞に分化させることができる。具体的には、本発明の神経幹細胞は、例えばDulbecco’s modified Eagle’s medium/Nutrient mixture F−12 Ham medium等の培地中で、必要に応じてEGF、FGF等の成長因子等を添加して培養される。本発明の神経幹細胞は、好ましくはneurosphereの形態で培養される。本発明の神経幹細胞は、必要に応じて1週間に数回程度培地の半分程度を交換しつつ培養される。
【0102】
neurosphereは、5〜100継代、好ましくは10〜70継代、更に好ましくは30〜50継代を行った後、NeuroCult等の酵素を用いて個々の細胞に分散される。次に、個々の細胞に分散された神経幹細胞は、セルウェア上に1×10
3〜1×10
6個、好ましくは1×10
4〜5×10
5個の細胞密度で播種される。播種した細胞は、増殖因子を含まない培地で適当な温度条件下、必要に応じて数%二酸化炭素の存在下で数週間培養し、神経細胞に分化させることができる。
【0103】
また、本発明の神経幹細胞は、poly−D−lysine等で事前にコーティングした多電極培養皿(multi−electrode dish)上に播種され、適当な温度条件下、必要に応じて数%の二酸化炭素存在下で数週間培養することによっても、分化誘導される。分化工程の間、当該神経幹細胞は、増殖因子を含まない培地中で維持される。
【0104】
以上の工程によって、本発明の神経幹細胞は、神経細胞に分化させることができる。培地は、必要に応じて一週間毎に数回程度半分量を交換してもよい。
【0105】
[10.培養条件]
本発明における細胞の培養の温度条件は、20℃〜40℃であるが、好ましくは33〜39℃、更に好ましくは36〜38℃、最も好ましくは37℃である。
その他の培養条件は、細胞が適切に生育できる条件であれば、特に限定されない。細胞は、浮遊した状態(Neurosphere状態)で培養されても、培養容器に付着した状態で培養されてもよい。
【0106】
[11.薬剤の評価]
本発明の神経幹細胞を用いた薬剤の評価は、例えば、神経幹細胞、または、神経幹細胞から分化した神経細胞に薬剤を添加し、薬剤を添加した前後の当該細胞の活動電位の変化や細胞の形態変化を調べることにより、行うことができる。
具体的には、以下に例示する方法によって評価を行うことができる。
【0107】
電極培養皿上の当該神経細胞は、活動電位を測定している間適当な温度条件下のインキュベーター内に静置される。64か所のプローブ上で生じた電場電位は、全てmultichannel recording system等の計測器を用いて数〜数十kHzのサンプリング速度で記録し、同時に数十〜数百Hz帯域フィルターでフィルタリングする。ニューロンの自発的活動による電位のベースライン閾値は、各実験を行うたびに測定し、評価の対象となる薬剤を添加したのちに平均周波数の変化を記録することができる。
【0108】
前記ベースライン閾値は、薬剤に応じて適宜調製することができ、例えば4−アミノピリジン(4−AP)活性化実験では±0.001〜0.020Vに、テトロドトキシン(TTX)抑制実験では−0.001〜0.010 mVに設定することができる。必要に応じて閾値を超えるスパイク頻度(Hz)は平均化することができる。それぞれの薬剤の活性化実験は、ベースライン活性及び刺激後の活性をそれぞれ数百秒測定される。
【0109】
また、細胞の活動電位の測定は、マニピュレーターやマイクロマニピュレーター等を用いて本発明の神経幹細胞を固定し、インジェクションピペット等を当該神経幹細胞、または、当該神経幹細胞から分化した神経細胞に直接差し込み、細胞内の電位を測定することによっても行うことができる。
【0110】
薬剤の評価(例えば、薬剤の神経幹細胞または神経細胞への影響(主作用、副作用問わない))は、本発明の神経幹細胞、または、当該神経幹細胞から分化した神経細胞の活動電位を、薬剤添加の前後について調べることによって、当該薬剤を直接ヒトに投与することなく行うことができる。
【0111】
[12.再生医療]
ヒトは、事故や病気等によって、身体の細胞、組織、臓器、器官等の欠損状態、機能障害、または、機能不全に陥る場合がある。再生医療とは、細胞、組織、臓器、器官等の失われた機能を再生するために、細胞、組織、臓器、器官等を身体に移植し、前記細胞、組織、臓器、器官等の機能を再建する医療である。
【0112】
本発明の神経幹細胞は、必要に応じて、適宜増殖させることができ、更に神経細胞に分化するように培養することができる。そのため、本発明の神経幹細胞は、脊髄損傷、パーキンソン病等をはじめとする神経疾患への再生医療の材料となり得る。即ち、本発明は、再生医療用の神経幹細胞、および、当該神経幹細胞から分化した神経細胞を提供することができる。
【実施例】
【0113】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
【0114】
[実施例1]
N型カルシウムチャネルノックアウト(NVDCC欠損)マウス由来神経幹細胞の樹立と増殖能、および、神経細胞への分化能の解析【0115】
1.NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞の樹立【0116】
神経幹細胞の調製を、次の方法によって行った。
先ず、常法により、10週令、オス、NVDCC欠損マウス(C57BL6N)の側脳室周囲組織を摘出した。そして、摘出された細胞組織を、Neural Tissue Dissociation Kit(papain)を用いて分散し、Anti−Prominin−1 マイクロビーズ(カタログ番号130−092−752、Miltenyi Biotec社製)を用いて神経幹細胞へと分離した。
【0117】
上述のようにして得られた細胞を、x1 B−27
TM Supplement(カタログ番号12587010、GIBCO社製)、x1 N2−Supplement(カタログ番号17502−048、Invitrogen社製)、x1 Penicillin−Streptomycin混合液(カタログ番号P4333、Sigma−Aldrich社製)を含むD−MEM/Ham’s F−12 (1:1)培地(カタログ番号11039−021、invitrogen社製)に懸濁し、25 cm
2 フラスコ(カタログ番号3103−025X、IWAKI社製)に播種し、終濃度 25 ng/mlのFGF (fibroblast growth factor)−b (カタログ番号450−33、peprotech社製)及びEGF (epidermal growth factor) (カタログ番号PGM8045、invitrogen社製)を添加した。
【0118】
培養開始日を0日とし、3、6日目に付加的にFGF−b及びEGFを添加し、9〜10日目に、neurosphereを回収・分散し、上記と同様の環境条件で播種し、これを継代とした。ただし、継代時には、当該継代前に培養に用いてきた培地と新たに用いる培地を1:1で混合した培地を用いた。
【0119】
また、対照実験として10週令オス野生型(WT)マウス(C57BL6N)の側脳質周囲組織から、同様の方法で神経幹細胞を調製・継代した。
【0120】
本明細書において、組織から取得した時点の神経幹細胞を、継代0の神経幹細胞という。すなわち、組織から取得した神経幹細胞を1回継代したものを、第1継代後の神経幹細胞という。
【0121】
2.NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞のsphere形成と増殖能の観察【0122】
第1継代後のNVDCC欠損マウス由来神経幹細胞、および、WTマウス由来神経幹細胞の、sphere形成能は、それぞれ、28 spheres/mouse、6.2 spheres/mouse(3回の試行の平均値)であった。すなわち、NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞がWTマウス由来神経幹細胞に比べて高い値を示した。
【0123】
また、第3継代後9日目の、NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞、および、WTマウス由来神経幹細胞のneurosphere像(写真)、および、各neurosphereの直径の測定結果のヒストグラムを
図1に示す。
【0124】
NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞のneurosphereはWTマウス由来神経幹細胞のneurosphereに比べて、大型かつ健康な様相を示した。事実、この後、継代した第4継代後では、WTマウス由来神経幹細胞はneurosphereを形成せず、増殖することもなく細胞死に至った。一方、NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞は、その後も、neurosphereを形成することができ、増殖能も良好なまま、継代を重ねることが可能であった。実際、継代を重ねるごとに、その増殖能は、安定化し、第5継代を超える頃には、巨大sphereが形成されるに至った。巨大neurosphere像(写真)を
図2に示す。
【0125】
3.NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞の神経細胞への分化能【0126】
一般的に、神経幹細胞は、継代を重ねるごとに、(1)その自己増殖能を減じるとともに、(2)その神経細胞への分化能を失い、グリア細胞に分化しやすくなる、ことが知られている。しかし、NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞は、(1)その自己増殖能を減じることなく、また、(2)その神経細胞への分化能を失うことなく、継代を重ねることができた。
【0127】
例えば、第15継代後のNVDCC欠損マウス由来神経幹細胞のneurosphereは、多能性神経幹細胞マーカーであるnestin(class VI intermediate filament protein)陽性である。これは、第15継代後においても、当該神経幹細胞が、多能性を保持していることを意味する。
そして、当該神経幹細胞に対して、10 ng/mlのPDGF(platelet−derived growth factor)−AAで5日間分化誘導を行うと、(1)Tuj1(class III β−tubulin)陽性の神経細胞、(2)GFAP(grail fibrillary acidic protein)陽性のアストロサイト、および、(3)O4(sulfatide antigen)陽性のオリゴデンドロサイト、への分化を確認できた(
図3)。
また、当該神経幹細胞に対して、100 ng/mlのATRA(all−trans retinoic acid)で5日間分化誘導を行うと、ほとんどの細胞がMAP2(microtubule−associated protein 2)陽性の神経細胞に分化し、様々なタイプの神経細胞(例えば、グルタミン酸陽性の神経細胞、GABA(γ−アミノ酪酸)陽性の神経細胞、TH(tyrosine hydroxylase:ドパミン含有神経マーカー)陽性の神経細胞、等)への終分化も確認された(
図3)。
【0128】
更に、神経幹細胞の継代数を増しても、(1)その自己増殖能を減じることなく、また、(2)その神経細胞への分化能を失うこともなかった。それどころか、分化誘導刺激に対しては、むしろ神経細胞への分化能が上昇し、グリア産生能は低下した。その結果を、
図4に示す。
図4において、Tuj−1陽性の細胞は神経細胞、GFAP陽性の細胞はグリア細胞をそれぞれ示している。また、Hoechstは細胞の核を染色している。
【0129】
したがって、NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞は、無限継代能にも匹敵するほどの、増大された継代能を有し、大量の初代培養神経細胞の供給を可能とする。
【0130】
[実施例2]
N型カルシウムチャネル(NVDCC)特異的阻害剤を適用したWTマウス由来神経幹細胞の増殖能、および、神経細胞への分化能の解析【0131】
1.WTマウス由来神経幹細胞の調製と継代【0132】
神経幹細胞の調製を、次の方法によって行った。
先ず、常法により、新生児8日齢マウス(C57BL6N、日本チャールズリバー社)のforebrainを摘出した。そして、摘出された細胞組織を、Neural Tissue Dissociation Kit(# 130−092−628, Miltenyi Biotec社製)を用いて細胞へと分離した。
【0133】
上述のようにして得られた細胞を、(1)×1 B−27(商標)Supplement(カタログ番号12587010、GIBCO社製)、(2)×1 N2−Supplement(カタログ番号17502−048、Invitrogen社製)、および、(3)×1 Penicillin−Streptomycin混合液(カタログ番号P4333、Sigma−Aldrich社製)を、それぞれ含む、D−MEM/Ham’s F−12 (1:1)培地(カタログ番号11039−021、invitrogen社製)に懸濁し、7×10
5 cells/mlに調製した。
【0134】
続いて、複数の25cm
2フラスコに、上述の通り調製した細胞懸濁液を各10ml播種した。さらに、それぞれ終濃度25ng/mlのFGF−b(カタログ番号450−33、peprotech社製)、および、EGF(カタログ番号315−09、Peprotech社製)を添加した。
【0135】
上記フラスコに播種した細胞懸濁液を2つのグループに分けた。
「第1のグループ」は、15mM KClの存在下で、ω−コノトキシンGVIA(カタログ番号4161−v、PEPTIDE社製)を終濃度1μMで添加し、3〜4日毎に培地を半換えした。14日目に、neurosphereを回収・懸濁し、4×10
4 cells/ml に調製し、24 well plateに500μlで播種しこれを継代とした。ただし、継代時には、継代前培養時の細胞培地と新たな培地を1:1で混合した培地を用いた。
「第2のグループ」は、KCl、および、ω−コノトキシンGVIAを添加せずに培養すること以外は、第1のグループと同じ条件で培養および継代を行った。
【0136】
2.NVDCC特異的阻害剤を適用したWTマウス由来神経幹細胞のsphere形成と増殖能の観察【0137】
ω−コノトキシンGVIAを添加せずに培養した、WTマウス由来神経幹細胞(すなわち第2のグループ)は、第5継代後では、neurosphereを形成せず、増殖することもなく細胞死に至った。一方、ω−コノトキシンGVIAを添加し続けたWTマウス由来神経幹細胞(すなわち、第1のグループ)は、第15継代後もneurosphereを形成しながら、増殖し続けることができた。本実験における、neurosphere像(写真)および増殖状況を
図5に示す。
【0138】
3.NVDCC特異的阻害剤を適用したWTマウスの由来神経幹細胞の神経細胞への分化能【0139】
15mM KClの存在下で、ω−コノトキシンGVIAを添加し続けることによって行った、第15継代後のWTマウス由来神経幹細胞のneurosphereを、poly−L−ornithine(カタログ番号P3655、sigma社製)およびlaminin(カタログ番号23017−015、invitrogen社製)によってコートされたスライドガラス上に播き、EGF、および、FGF−bが共に非存在下の培地中で、37℃、3日間分化誘導した。
【0140】
培養した細胞を4%PFA/PBSで4℃、20分間固定し、PBSで4℃、10分間の洗浄を2回行った。その後、0.1% Triton X−100/PBSで室温にて、前記細胞に対して、15分間の透過処理を行った。その後、ブロックエース(株式会社DSファーマバイオメディカル社製)を用いて、室温にて、20分間のブロッキングを、前記透過処理された細胞に対して行った。続いて、前記ブロッキング処理された細胞を、一次抗体を含む溶液(10%ブロックエース、0.1% Triton X−100/PBS)と、室温にて1時間反応させ、引き続き、4℃で一晩反応させた。翌日、0.1% Triton X−100/PBSで、室温にて10分間の洗浄を3回行った後、蛍光標識した二次抗体(Jackson社製:一次抗体Tuj−1に対する二次抗体の型番は、715−096−151、一次抗体GFAPに対する二次抗体の型番は、711−166−152)を含む溶液(10μg/ml二次抗体、10%ブロックエース、0.1% Triton X−100/PBS)と、室温にて30分間反応させた。その後、PBSで室温にて洗浄し、常法により、封入して観察した。
なお、一次抗体としては、以下のものを使用した。
Tuj‐1:Covanceより購入(カタログ番号:COVANCE #MMS−435P)
GFAP:DAKOより購入(カタログ番号:DAKO #Z0334)
【0141】
その結果、Tuj−1(class III β−tubulin)陽性の神経細胞と、GFAP(grail fibrillary acidic protein)陽性のアストロサイトへの分化を確認できた(
図6)。
【0142】
したがって、阻害剤を用いてN型カルシウムチャネル(NVDCC)を阻害することにより、NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞と同様に、野生型神経幹細胞を長期間継代することが可能であることが示された。また、この方法で継代された神経幹細胞も、NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞と同様に、神経細胞への分化能を保持し続けることも示された。
すなわち、阻害剤を用いてN型カルシウムチャネル(NVDCC)を阻害することによっても(実施例2)、N型カルシウムチャネル遺伝子を遺伝的にノックアウトすることによっても(実施例1)、神経幹細胞の無限培養に近い継代を行うことができ、大量の初代培養神経細胞の供給が可能となる。
【0143】
[実施例3]
NVDCC特異的阻害剤を適用したヒト由来神経前駆細胞の増殖能の解析【0144】
遺伝子改変されていないヒト神経前駆細胞(NHNP)(継代数1:購入時に記載)をLonza Walkersville Inc.(Walkersville, MD)から購入した。
【0145】
液体窒素で凍結された前記細胞を、常法により、37℃で解凍し、14mLのBulletKit(登録商標)mediumを添加したlow−cell−binding dish (90 mm in diameter, Nunc)上に播種した。翌日、NHNPから形成されたneurosphereを遠心(120 x g、5分間)により回収した。
【0146】
続けて、細胞を2つのグループに分けた。「第1のグループ」は、フィルター滅菌した100nMのω−コノトキシンGVIA(ω−CTX, Peptide Institute Inc., Osaka, Japan)を含むBulletKit(登録商標)mediumで培養した。「第2のグループ」は、ω−コノトキシンGVIAを含まないBulletKit(登録商標)mediumで培養した。それぞれのグル―プについて、培地は週に3回交換した。また、それぞれのグル―プについて、細胞は7〜10日に一度継代した。
増殖した細胞で形成されたneurosphereを遠心(120 x g、5分間)により回収した。neurosphereをAccutase(Innovative Cell Technologies, Inc., San Diego, CA)で37℃にて10分間処理することにより分散させた(すなわち、シングルセルで懸濁させた。)。310 x gで5分間遠心し、得られたペレットを各培地に懸濁した。
【0147】
培養初期の段階(すなわち、細胞を2つのグループに分ける前の段階)では殆どのNHNPが大型のneurosphereを形成した。
しかし、細胞を2グループに分けた後の段階では、「第2のグループ」(つまり、ω−CTXを含まない培地で培養したグループ)においては、neurosphereを分散して得た細胞は、通常の培地では、neurosphereを形成することができず、第2継代後、生存が止まった。これに対し、「第1のグループ」(つまり、ω−CTXを含む培地で培養したグループ)では、neurosphereを分散して得た細胞は、第6継代後に至っても、繰り返しneurosphereを形成する能力を維持していた(
図7)。この結果からω−CTXを用いてN型カルシウムチャネル(NVDCC)を阻害すると、ヒト神経前駆細胞の継代能が増大することがわかる。
【0148】
[実施例4]
NVDCC欠損マウスの側脳室由来神経幹細胞から分化させた神経細胞のグルタミン酸作動性活性、および、コリン作動性活性【0149】
NVDCC欠損マウスの側脳室由来神経幹細胞を、(1)1% N2 supplement(Invitrogen)、(2)2% B−27 supplement(Invitrogen)、(3)25ng/mlのマウスbasic FGF(PeproTech Inc.)、および、(4)25ng/mlのマウス上皮増殖因子(Invitrogen)を含むDulbecco’s modified Eagle’s medium/Nutrient mixture F−12 Ham medium(Sigma−Aldrich)中で、neurosphereの形態で、維持培養した。
【0150】
1週間に2度、培地の半分量を交換した。neurosphereは30〜40代にわたる継代後、NeuroCult(Stemcell Technologies)を用いて、シングルセルに分散した。
このようにして得たシングルセルに分散された細胞を、96 BIOCOAT Poly−D−Lysine black/clean cellware (Becton Dickinson)に、2×10
4、6×10
4、2×10
5、6×10
5細胞/200μL/ウェル(それぞれ、
図8の「2e4」、「6e4」、「2e5」、「6e5」に対応する)又は6×10
4細胞/200μL/ウェル(
図9)の細胞密度で播種した。
【0151】
続いて、播種した細胞を、増殖因子が含まれない培地で37℃、5% CO
2の条件で2週間分化させた。
【0152】
分化させた細胞に37℃で1時間 Calcium 5 dye (Molecular Devices)を添加し、Hamamatsu FDSS 6000 plate reader and liquid handling systemを用いてイオンチャネルの活性を測定した。
【0153】
最初にバックグラウンドの蛍光強度(励起波長:480nm、発光波長:540nm)を12秒間モニターし、次にリガンド溶液(AMPA(α−amino−3−hydroxy−5−methylisoxazole−4−propionic acid)、Tocris Bioscience社製)、アセチルコリン(Sigma−Aldrich Corporation社製)、ムスカリン(Sigma−Aldrich Corporation社製)、および、ニコチン(Sigma−Aldrich Corporation社製))を一度に20μl/ウェル添加し、
図8および
図9に示すレセプター(グルタミン酸受容体、ムスカリン様受容体およびニコチン様受容体を含むアセチルコリン受容体)を活性化させた。この条件で、蛍光反応を0.3秒のインターバルで93秒間キャプチャーした。
【0154】
データを解析し、各化合物についての最大反応率(CTL%)に対して正規化した。シグモイド容量反応曲線はソフトウェアPrism (MDF Co., Ltd.)(
図8、
図9)を用いて計算した。使用した化合物の容量は図に示すとおりである。
【0155】
NVDCC欠損マウスの側脳室神経幹細胞に由来する神経細胞(分化ニューロン)は、AMPAに対し容量及び細胞数に依存的に反応した(
図8)。2×10
4、6×10
4、2×10
5、6×10
5細胞/ウェルの各条件のEC50はそれぞれ11.3μM、6.5μM、5.0μM、5.1μMであった。前記細胞は、アセチルコリンに対しても濃度依存的に反応した。また、前記細胞は、ムスカリンおよびニコチンに対しても反応した(
図9)。
すなわち、本発明の神経幹細胞を分化させることによって得られた神経細胞は、神経伝達物質に対する応答において、通常の神経細胞と同様の特性を有していることが示された。
【0156】
[実施例5]
NVDCC欠損マウス由来神経幹細胞から産生した神経細胞の電気生理的解析【0157】
NVDCC欠損マウスの海馬由来神経幹細胞を、0.1mg/mlのpoly−D−lysine(Sigma−Aldrich)によって、事前にコーティングされたmulti−electrode dish(MED−P210A , Alpha MED Scientific Inc.)上に播種し、37℃、5% CO
2の条件で6週間分化させた。
分化工程の間、前記細胞は、(1)N2 supplement(Invitrogen)、および、(2)B−27 supplement(Invitrogen)を含む、Dulbecco’s modified Eagle’s medium/Nutrient mixture F−12 Ham medium(Sigma−Aldrich)(増殖因子を含んでいない)中で維持し、1週間に2回培地の半分量を交換した。
【0158】
電気生理学的試験の間、MEDプローブ上の分化された細胞(分化ニューロン)は、小型のインキュベーター(37℃)内に静置した。64か所のプローブ上で生じた電場電位は全てmultichannel recording system(MED64 system; Alpha MED Science)を用いて20kHzのサンプリング速度で記録し、同時に100Hz帯域フィルターでフィルタリングした。ニューロンの自発的活動による電位のベースライン閾値は各実験を行うたびに測定し、1mMの4−アミノピリジン(4−AP)(
図10)または100nMのテトロドトキシン(TTX)(
図11)を添加したのちに平均周波数の変化を記録した。
【0159】
閾値は4−AP活性化実験では±0.007mVに設定し、TTX抑制実験では−0.015〜0.005mVに設定した。閾値を超えるスパイク頻度(Hz)は平均化した。4−AP活性化実験ではベースライン活性及び刺激後の活性をそれぞれ210秒間及び490秒間測定した。TTX抑制実験ではベースライン活性及び刺激後の活性は両方とも180秒間測定した。平均値と標準誤差バーを
図10及び
図11に示す。
【0160】
NVDCC欠損マウスの海馬由来神経幹細胞を6週間分化誘導すると自発的な活性電位が観察された。ニューロンの活性電位を記録するためには分化ニューロンの細胞体が電極プローブに接触している必要がある。64個のプローブのうち56個のプローブ(4−AP活性化実験)、および、15個のプローブ(TTX抑制実験)が反応活性電位を記録した(
図10)。この結果から、本実験においてニューロンの細胞体は電極プローブに接触しており、活動電位の測定が正常に行われていたことが確認された。
さらに、分化ニューロンの活性電位は4−APにより顕著に増加し(
図10)、TTXにより抑制された(
図11)。この結果から、本発明の神経幹細胞から分化させた神経細胞を用いて、電気生理学的に薬剤の評価を行うことができることがわかった。
【0161】
[実施例6]
NVDCC特異的阻害剤を適用したヒト由来神経前駆細胞の分化能の解析【0162】
1.NVDCC特異的阻害剤を適用したヒト由来神経前駆細胞の調整と継代【0163】
遺伝子改変されていないヒト神経前駆細胞(NHNP)(継代数1:購入時に記載)をLonza Walkersville Inc.(Walkersville, MD)から購入した。
【0164】
液体窒素で凍結された前記細胞を、常法により、37℃で解凍し、14mLのNPMM BulletKit(登録商標)medium(Lonza, カタログ番号CC3209) を添加したlow−cell−binding dish (60 mm in diameter, Nunc)上に播種した。翌日、NHNPから形成されたneurosphereを遠心(90 x g、3分間)により回収した。
【0165】
続けて、細胞を2つのグループに分けた。「第1のグループ」は、フィルター滅菌した1μMのω−コノトキシンGVIA(ω−CTX, Peptide Institute Inc., Osaka, Japan)を含むNPMM BulletKit(登録商標)mediumで培養した。「第2のグループ」は、ω−コノトキシンGVIAを含まないBulletKit(登録商標)mediumで培養した。それぞれのグループについて、培地は週に3回交換した。また、それぞれのグル―プについて、細胞は4〜7日に一度継代した。
増殖した細胞で形成されたneurosphereを遠心(90 x g、3分間)により回収した。neurosphereをAccutase(Innovative Cell Technologies, Inc., San Diego, CA)で室温にて5分間処理することにより分散させた(すなわち、シングルセルで懸濁させた。)。200 x gで5分間遠心し、得られたペレットを各培地に懸濁した。
【0166】
培養初期の段階(すなわち、細胞を2つのグループに分ける前の段階)では殆どのNHNPが大型のneurosphereを形成した。
しかし、細胞を2グループに分けた後の段階では、「第2のグループ」(つまり、ω−CTXを含まない培地で培養したグループ)においては、neurosphereを分散して得た細胞は、通常の培地では、大型のneurosphereを形成することができず、増殖は次第に低下した。これに対し、「第1のグループ」(つまり、ω−CTXを含む培地で培養したグループ)では、neurosphereを分散して得た細胞は、第20継代後に至っても、繰り返しneurosphereを形成する能力を維持していた。第1のグループにおける、第8継代時のneurosphere形成の様子を、
図12に示す。
【0167】
2.NVDCC特異的阻害剤を適用したヒト由来神経前駆細胞の神経細胞への分化能【0168】
ω−コノトキシンGVIA存在下で培養した、第8継代後のヒト由来神経前駆細胞のneurosphereを、poly−L−ornithine(カタログ番号P3655、sigma社製)およびlaminin(カタログ番号23017−015、invitrogen社製)によってコートされたスライドガラス上に播き、EGF、および、FGF−bが共に非存在下の培地中で、37℃、3日間分化誘導した。
【0169】
培養した細胞を4%PFA/PBSで4℃、20分間固定し、PBSで4℃、10分間の洗浄を2回行った。その後、0.1% Triton X−100/PBSで室温にて、前記細胞に対して、15分間の透過処理を行った。その後、ブロックエース(株式会社DSファーマバイオメディカル社製)を用いて、室温にて、20分間のブロッキングを、前記透過処理された細胞に対して行った。続いて、前記ブロッキング処理された細胞を、一次抗体を含む溶液(10%ブロックエース、0.1% Triton X−100/PBS)と、室温にて1時間反応させ、引き続き、4℃で一晩反応させた。翌日、0.1% Triton X−100/PBSで、室温にて10分間の洗浄を3回行った後、蛍光標識した二次抗体(Jackson社製:一次抗体Tuj−1に対する二次抗体の型番は、715−096−151、一次抗体GFAPに対する二次抗体の型番は、711−166−152)を含む溶液(10μg/ml二次抗体、10%ブロックエース、0.1% Triton X−100/PBS)と、室温にて30分間反応させた。その後、PBSで室温にて洗浄し、常法により、封入して観察した。
なお、一次抗体としては、以下のものを使用した。
Tuj‐1:Covanceより購入(カタログ番号:COVANCE #MMS−435P)
GFAP:DAKOより購入(カタログ番号:DAKO #Z0334)
【0170】
その結果、多くの細胞がTuj−1(class III β−tubulin)陽性の神経細胞に分化し、一部の細胞はGFAP(grail fibrillary acidic protein)陽性のアストロサイトへ分化することを確認できた(
図13)。
【0171】
したがって、阻害剤を用いてN型カルシウムチャネル(NVDCC)を阻害することにより、マウス由来神経幹細胞と同様に、ヒト神経前駆細胞を神経細胞への分化能を保持したまま長期間継代することが可能であることが示された。