(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6227599
(24)【登録日】2017年10月20日
(45)【発行日】2017年11月8日
(54)【発明の名称】極間距離を一定にするワイヤ放電加工機
(51)【国際特許分類】
B23H 7/02 20060101AFI20171030BHJP
【FI】
B23H7/02 R
B23H7/02 S
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-166136(P2015-166136)
(22)【出願日】2015年8月25日
(65)【公開番号】特開2017-42858(P2017-42858A)
(43)【公開日】2017年3月2日
【審査請求日】2016年11月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】390008235
【氏名又は名称】ファナック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001151
【氏名又は名称】あいわ特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】川原 章義
(72)【発明者】
【氏名】中島 廉夫
【審査官】
篠原 将之
(56)【参考文献】
【文献】
特開平04−082618(JP,A)
【文献】
特開平04−057620(JP,A)
【文献】
特開平07−246519(JP,A)
【文献】
特表2013−508180(JP,A)
【文献】
特開2012−045662(JP,A)
【文献】
特開2000−015524(JP,A)
【文献】
特開昭63−312021(JP,A)
【文献】
米国特許第05689427(US,A)
【文献】
米国特許第04339650(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23H 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ電極とワークとで構成される極間に放電を発生させて加工を行うワイヤ放電加工機において、
前記放電のうち正常放電、および異常放電の少なくとも一方を検出する放電状態検出手段と、
前記放電状態検出手段により検出された前記正常放電、および異常放電の少なくとも一方の所定時間ごとの放電回数を計数する放電回数計数手段と、
前記極間の距離に相関のある制御量を検出するための制御量検出手段と、
前記検出した制御量と、該検出した制御量に対する目標値との偏差、および前記放電回数計数手段により計数された放電回数に基づいて、加工送り速度を算出する加工送り速度演算手段と、
前記加工送り速度演算手段により決定された加工送り速度により前記ワイヤ電極と前記ワークとを相対移動させる相対移動手段と、
を備え、
前記加工送り速度演算手段は、所定時間ごとの前記放電回数に基づいて、前記検出した制御量、又は前記検出した制御量に対する目標値、又は前記検出した制御量と前記目標値との偏差のうち、少なくとも一つを補正する補正手段を備えたことを特徴とする、
ワイヤ放電加工機。
【請求項2】
前記制御量検出手段により検出する制御量は、平均放電遅れ時間、又は平均極間電圧であることを特徴とする、請求項1に記載のワイヤ放電加工機。
【請求項3】
前記補正手段は、所定時間ごとの前記放電回数の正常放電回数が増加するか異常放電回数が減少した場合に加工送り速度が遅くなるように補正し、所定時間ごとの正常放電回数が減少するか異常放電回数が増加した場合に加工送り速度が速くなるように補正することを特徴とする、
請求項1または2に記載のワイヤ放電加工機。
【請求項4】
前記補正手段は、所定時間ごとの前記放電回数の正常放電回数割合が増加するか異常放電回数割合が減少した場合に加工送り速度が遅くなるように補正し、所定時間ごとの正常放電回数割合が減少するか異常放電回数割合が増加した場合に加工送り速度が速くなるように補正することを特徴とする、
請求項1または2に記載のワイヤ放電加工機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はワイヤ放電加工機に関し、特に、極間距離を一定にするワイヤ放電加工機に関する。
【背景技術】
【0002】
ワイヤ放電加工機は、ワイヤ電極とワークとで構成される極間に放電を発生させて加工を行う装置である。ワイヤ放電加工では、極間を放電に適した微小距離(極間距離)に維持しつつ加工を行うが、高精度な加工結果を得るためには極間距離を常に一定にする必要がある。
【0003】
極間距離を一定にするには、極間距離を制御量として検出し、制御量が所定の目標値に近づくよう比例制御などのフィードバック制御により操作量を調節すればよい。なお、操作量としては、加工中にワイヤ電極とワークを相対移動させる速度(加工送り速度)を用いるのが一般的である。
【0004】
ワイヤ放電加工では、加工送り速度を速くすると極間距離が狭くなり、逆に加工送り速度を遅くすると極間距離が広くなる。従って、極間距離が目標値より広い場合は加工送り速度を速くし、逆に極間距離が目標値より狭い場合は加工送り速度を遅くすることにより、極間距離を目標値に近づけられる。
【0005】
一方、放電加工中に制御量である極間距離を直接検出するのは困難であるため、通常は極間距離を間接的に検出した値を制御量とする。即ち、極間距離との間に相関のある何らかの物理量を検出し、この値を制御量として代用する。
【0006】
ワイヤ放電加工では、極間に電圧を印加してから放電が発生するまでに放電遅れ時間が生じるが、この時間は極間距離が広いほど長くなる。放電遅れ時間中の極間電圧は高圧に維持されるが、放電発生とともにアーク電圧と呼ばれる低圧に移行し、その後は所定の休止時間を経て一連のサイクルが繰り返される。このため、極間距離が広いほど、放電遅れ時間は長くなり、極間電圧が高い時間も長くなる。なお、実際の制御量としては、平均放電遅れ時間や平均極間電圧などが用いられることが多い。
【0007】
特許文献1には、短絡パルスを判別して、短絡パルスの平均連続個数に基づいて加工送り速度を変更する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012−192520号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、極間には加工液が介在するが、加工の進行に伴い極間の加工液中に滞留する導電性の加工屑の密度が変化する。例えば、加工屑の密度が増加すると、加工屑を介して発生する放電の割合が増加するため、極間距離が同じでも放電遅れ時間が短くなり、極間距離を正確に表さなくなる。この状態で制御量を一定に制御しようとすると、加工送り速度は遅くなり、極間距離は広くなってしまう。このように、極間距離が一定にできず、結果として高精度な加工結果を得られなくなる。また、特許文献1は短絡パルスの平均連続個数自体を制御量として扱っており、真直精度の向上を目的としている。短絡パルスの平均連続個数と極間距離に相関はない。
【0010】
そこで、本発明の目的は、このような問題を解決するためのものであり、ワイヤ放電加工機によりワークを放電加工するに際し、ワークとワイヤ電極とで形成される極間の距離を一定にすることが可能なワイヤ放電加工機を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の問題を解決するために、所定時間内の正常放電回数、又は異常放電回数の少なくとも一方をカウントしておき、放電回数に応じて従来の加工送り速度制御で求まる加工送り速度を補正する。
【0012】
所定時間内の正常放電回数、異常放電回数、又はこれらの割合は、加工液中に滞留する導電性の加工屑の密度と相関があることを利用して加工送り速度を補正する。補正方法としては、正常放電回数が増加した場合に加工送り速度が遅くなるように、又は異常放電回数が増加した場合に加工送り速度が速くなるように補正する。また、別の補正方法としては、正常放電回数割合が増加した場合に加工送り速度が遅くなるように、又は異常放電回数割合が増加した場合に加工送り速度が速くなるように補正する。
【0013】
そして、本願の請求項1に係る発明は、ワイヤ電極とワークとで構成される極間に放電を発生させて加工を行うワイヤ放電加工機において、前記放電のうち正常放電、および異常放電の少なくとも一方を検出する放電状態検出手段と、前記放電状態検出手段により検出された前記正常放電、および異常放電の少なくとも一方の所定時間ごとの放電回数を計数する放電回数計数手段と、前記極間の距離に相関のある制御量を検出するための制御量検出手段と、前記検出した制御量と、該検出した制御量に対する目標値との偏差、および前記放電回数計数手段により計数された放電回数に基づいて、加工送り速度を算出する加工送り速度演算手段と、前記加工送り速度演算手段により決定された加工送り速度により前記ワイヤ電極と前記ワークとを相対移動させる相対移動手段と、を備え
、前記加工送り速度演算手段は、所定時間ごとの前記放電回数に基づいて、前記検出した制御量、又は前記検出した制御量に対する目標値、又は前記検出した制御量と前記目標値との偏差のうち、少なくとも一つを補正する補正手段を備えたことを特徴とする、ワイヤ放電加工機である。
請求項2に係る発明は、前記制御量検出手段により検出する制御量は、平均放電遅れ時間、又は平均極間電圧であることを特徴とする、請求項1に記載のワイヤ放電加工機である。
【0015】
請求項
3に係る発明は、前記補正手段は、所定時間ごとの前記放電回数の正常放電回数が増加するか異常放電回数が減少した場合に加工送り速度が遅くなるように補正し、所定時間ごとの正常放電回数が減少するか異常放電回数が増加した場合に加工送り速度が速くなるように補正することを特徴とする、請求項
1または2に記載のワイヤ放電加工機である。
請求項
4に係る発明は、前記補正手段は、所定時間ごとの前記放電回数の正常放電回数割合が増加するか異常放電回数割合が減少した場合に加工送り速度が遅くなるように補正し、所定時間ごとの正常放電回数割合が減少するか異常放電回数割合が増加した場合に加工送り速度が速くなるように補正することを特徴とする、請求項
1または2に記載のワイヤ放電加工機である。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、ワイヤ放電加工機によりワークを放電加工するに際し、ワークとワイヤ電極とで形成される極間の距離を一定にすることが可能なワイヤ放電加工機を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施例を説明するためのワイヤ放電加工機のブロック図である。
【
図2】加工シーケンスを説明するためのタイムチャートである。
【
図3】平均極間電圧と極間距離との関係を表したグラフである。
【
図4】平均極間電圧一定の条件で加工送り速度制御を行った場合の、所定時間ごとの正常放電回数と極間距離との関係を表したグラフである。
【
図5】平均極間電圧一定の条件で加工送り速度制御を行った場合の、所定時間ごとの異常放電回数と極間距離との関係を表したグラフである。
【
図6】平均極間電圧一定の条件で加工送り速度制御を行った場合の、所定時間ごとの正常放電回数割合と極間距離との関係を表したグラフである。
【
図7】平均極間電圧一定の条件で加工送り速度制御を行った場合の、所定時間ごとの異常放電回数割合と極間距離との関係を表したグラフである。
【
図8】制御量として平均極間電圧を選び、所定時間ごとの正常放電回数N[回/ms]に基づいて目標値を補正する場合の制御ブロック図である(a)。目標値の補正を正常放電回数Nに基づいて補正係数α[%]を変更することを示すグラフである(b)。
【
図9】本制御ブロックを用いて極間距離が段差状に変化する形状を加工して加工後の形状誤差が改善したことを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面と共に説明する。
図1は、本発明の実施例を説明するためのワイヤ放電加工機のブロック図である。放電制御装置1は、予め定められたシーケンスに基づいて副電源2と主電源3に動作を指令し、副電源2と主電源3は、指令に基づき半導体スイッチをオンして極間(ワイヤ電極13とワーク14の間に形成された隙間)に電気エネルギーを供給する。
【0019】
始めに出力インピーダンスの高い副電源2により極間に所定電圧を印加し、放電が発生すると電源を切り替えて出力インピーダンスの低い主電源3により極間に所定電流を供給してワーク14を溶融除去する。その後、極間の絶縁を回復させるために所定の休止時間を設け、再び始めに戻ってシーケンスを繰り返すことにより加工を進める。
【0020】
放電状態検出装置4は、副電源2による印加電圧が所定の判定レベルを一旦超えてから低下した場合に正常放電信号を出力し、所定の判定レベルを所定の判定時間内に超えない場合に異常放電信号を出力する。これらの信号は、放電制御装置1で副電源2から主電源3への切り替える際のトリガとなるほか、放電回数計数装置5で各々所定時間ごとの正常放電回数、異常放電回数としてカウントされる。
【0021】
制御量検出装置6は極間電圧検出装置であって、極間距離と相関のある平均極間電圧を制御量として検出し、加工送り速度演算装置8は目標値設定装置7により設定された目標電圧と平均極間電圧との偏差に基づき、偏差をなくすように加工送り速度を決定する。
【0022】
加工送り速度演算装置8は、後述するように、補正手段15を備えている。補正手段15は、所定時間ごとの前記放電回数の正常放電回数が増加するか異常放電回数が減少した場合に加工送り速度が遅くなるように補正し、所定時間ごとの正常放電回数が減少するか異常放電回数が増加した場合に加工送り速度が速くなるように補正する。
【0023】
あるいは、補正手段15は、所定時間ごとの前記放電回数の正常放電回数割合が増加するか異常放電回数割合が減少した場合に加工送り速度が遅くなるように補正し、所定時間ごとの正常放電回数割合が減少するか異常放電回数割合が増加した場合に加工送り速度が速くなるように補正する。
【0024】
送り速度分配装置9、X軸モータ10、Y軸モータ11からなる相対移動装置12は、加工送り速度演算装置8において算出された加工送り速度の指令に基づき、ワイヤ電極13とワーク14とを相対移動させることにより、極間距離を一定にする。
【0025】
図2は、加工シーケンスを説明するためのタイムチャートである。20は副電源動作指令、21は主電源動作指令、22は極間電圧、23は極間電流、24は正常放電検出信号、25は異常放電検出信号を示す。
【0026】
A区間は正常放電時、B区間は異常放電時で、それぞれ副電源2と主電源3の動作指令、および極間電圧と極間電流を示している。A区間では、極間の絶縁状態が良く、副電源2による電圧が判定レベルを一旦超え、その後放電が発生して電圧が低下する。
【0027】
極間電圧22が判定レベルを一旦超えてから低下する正常放電を検出すると、副電源2は電圧印加を中止し(副電源動作指令20)、主電源3は所定の大きさのパルス状電流(正常放電パルス)を投入する(主電源動作指令21)。その後、所定の休止時間を経て再び極間に副電源2が電圧を印加するサイクルを繰り返す。なお、極間電圧22が判定時間内に判定レベルまで上昇しない異常放電を検出すると、主電源3はパルス状電流を投入しないか、極間の絶縁回復を早める目的で小さなパルス状電流(異常放電パルス)を投入する。
図2のB区間では主電源3は小さなパルス状電流(異常放電パルス)を投入している。
【0028】
図3は、平均極間電圧と極間距離との関係を表したグラフである。極間平均電圧が高くなるほど極間距離は大きくなる。この関係を利用して、平均極間電圧を一定に制御すれば、極間距離を一定にすることができる。例えば、平均極間電圧と目標値の偏差を減らすように比例制御などを行えばよい。この傾きは、加工条件が一定であれば一定であるはずであるが、極間の導電性加工屑の滞留などにより変化してしまう。
【0029】
例えば、平均極間電圧が60Vの時に極間距離が10μmになるようなスラッジの滞留状態に対して、スラッジの滞留が多くなるとグラフの傾きは急峻になり(正常放電が少ない)、同じ極間距離でも極間電圧は低くなる(正常放電多い)。逆に、スラッジの滞留が少なくなるとグラフの傾きは緩やかになり、同じ極間距離でも極間電圧は高くなる。なお、平均放電遅れ時間と極間距離との関係にも同様の傾向がある。
【0030】
図4は、平均極間電圧一定の条件で加工送り速度制御を行った場合の、所定時間ごとの正常放電回数と極間距離との関係を表したグラフである。極間の導電性加工屑の滞留の状態が変化すると平均極間電圧が変化するため、平均極間電圧が一定になるように加工送り速度制御を行っても、極間距離は一定にならない。そこで、この関係を利用して加工送り速度を補正すれば、極間距離を一定に近づけることができる。なお、所定時間ごとの異常放電回数(
図5参照)、あるいは所定時間ごとの正常放電回数割合(
図6参照)や異常放電回数割合(
図7参照)などを用いても、同様の効果が得られる。
【0031】
図8(a)は、制御量として平均極間電圧を選び、所定時間ごとの正常放電回数N[回/ms]に基づいて目標値を補正する場合の制御ブロック図である。加工送り速度は、補正後の目標値と平均極間電圧(検出値)の偏差に定数ゲインKを乗じて算出するものとする。定数ゲインKから出力される加工送り速度が極間に矢印が向かっているのは、加工送り速度によって極間距離が変動することを示している。極間での正常放電回数Nは補正係数αを変更する。極間の平均極間電圧が検出され、補正後の目標値との差分が求められる。差分と定数ゲインKとの積が加工送り速度である。目標値は加工プログラムの指令ブロックに記載されたワイヤ電極とワークとの相対移動速度指令に従って算出される値である。
【0032】
一例として、目標値=60V,ゲインK=100mm/分/Vとした。実験により以下の関係が得られたため、これを踏まえて目標値の補正は
図8(b)に示す補正係数α[%]を乗じることとした。
【0034】
本制御ブロックを用いて
図9に示す極間距離が段差状に変化する形状を加工したところ、加工後の形状誤差が以下の通り改善した。
【0035】
【表2】
ここでは制御量として平均極間電圧を使用したが、代わりに平均放電遅れ時間を用いても良い。また、目標値を変更することで加工送り速度を補正したが、検出値、または、偏差を変更して同様の効果を得ることも可能である。
【0036】
さらに、補正方法として以下の方法も考えられる。
・異常放電回数が減少した場合に加工送り速度を遅くして、異常放電回数が増加した場合に加工送り速度を速くする。
・正常放電回数割合が増加した場合に加工送り速度を遅くして、正常放電回数割合が減少した場合に加工送り速度を速くする。
・異常放電回数割合が減少した場合に加工送り速度を遅くして、異常放電回数割合が増加した場合に加工送り速度を速くする。
【符号の説明】
【0037】
1 放電制御装置
2 副電源
3 主電源
4 放電状態検出装置
5 放電回数計数装置
6 制御量検出装置
7 目標値設定装置
8 加工送り速度演算装置
9 送り速度分配装置
10 X軸モータ
11 Y軸モータ
12 相対移動装置
13 ワイヤ電極
14 ワーク
15 補正手段
20 副電源動作指令
21 主電源動作指令
22 極間電圧
23 極間電流
24 正常放電検出信号
25 異常放電検出信号