【実施例】
【0028】
以下、実施例及び実験例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明はもとより下記実施例等により制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0029】
(実施例1) 好中球活性化調節剤の調製
本実施例では、HRGを有効成分とする好中球活性化調節剤の調製について説明する。
本実施例では、ヒト血漿(240ml)を出発原料とし、Ni-NTA(nickel-nitrilotriacetic acid)アフィニティクロマトグラフィ及び高性能液体クロマトグラフィ(陰イオン交換カラム(単分散系親水性ポリマービーズ:Mono Q))により、HRGを精製した。ヒト血漿からの精製パターンを、
図1及び
図2に示した。これにより、分子量約80kDa画分に得られたHRG精製試料が得られた。精製試料はリン酸緩衝液(Phosphate Buffered Saline:1×PBS(-))で透析し、HRGを500〜1000μg/ml(5ml)含む調製物を本発明の好中球活性化調節剤とし、保存した。実験にはHRGの濃度をハンクス緩衝液(Hanks' Balanced Salt Solutions:HBSS)を用いて調整して使用した。
【0030】
(実験例1−1)アガロース平板プレートによる走化能の確認
実施例1で調製した好中球活性化調節剤(HRG:1μM)による水平状態での好中球の走化性を確認した。本実験例では、ヒト末梢血から調製した好中球を5×10
6 cell/ml含むHBSSを好中球浮遊液とした。陰性コントロールとして、ウシ血清アルブミン(BSA)を1μM含むHBSSを用い、陽性コントロールとしてfMLP(細菌由来の遊走因子:N-formyl-methionyl-leucyl-phenylalanine)を1μM含むHBSSを用いた。
【0031】
アガロース平板プレートに
図3に示すように径3 mmの3つの孔を設け、一方にHBSSを、他方に好中球活性化調節剤などの試料液(sample)を、中央に好中球浮遊液を各々10μl加えた。37℃で3時間培養し、細胞の移動を確認した。その結果、
図4Aに示すように、好中球活性化調節剤(HRG)を加えた系では陰性コントロール(BSA)の系(
図4C)と同様に好中球の移動を認めなかった。
【0032】
(実験例1−2)好中球の形態
図5に示すフローチャートに従い実施例1で調製した好中球活性化調節剤(HRG:2μM、最終濃度1μM)50μlを実験例1と同手法により調製した好中球浮遊液(5×10
5 cell/ml)50μlに加えた系での好中球の形態を電子顕微鏡で観察した。実験例1と同様に、陰性コントロールとしてBSAを、陽性コントロールとしてfMLPを用いた。その結果、
図6に示すように、陽性コントロール(fMLP)では多様な形態変化を起こし、接着形態を示したのに対し、好中球活性化調節剤(HRG)を加えた系では、陰性コントロール(BSA)よりも正球状形態を示すことが観察された。陰性コントロールの場合でも細胞表面に多数の微絨毛突起が出現しているのは、細胞処理による刺激によって生じたものと思われるが、好中球活性化調節剤を加えた系では、このような刺激がある場合でも、好中球の活性化を制御し、微絨毛突起の極めて少ない低活性状態を維持しうるものと考えられた。
【0033】
次に、細胞に存在する重合型アクチン(F-actin)及び球形アクチン(G-actin)の分布を観察した。F-actinはAlexa Fluor 568標識ファロイジンで赤に染色し、G-actinはAlexa Fluor 488 標識デオキシリボヌクレアーゼIで緑に染色した。この結果、
図7に示すように、好中球活性化調節剤は細胞の形質膜直下にF-actinを配置させることが観察された。
【0034】
次にイメージングサイトメーターを用いて、各濃度のHRGを含む好中球活性化調節剤を加えた系での細胞の形状を蛍光標識下に確認した。その結果、HRG濃度依存的に細胞が球状を維持しうることが観察された(
図8)。
【0035】
(実験例1−3)好中球の人工キャピラリー透過性
本実験例では、実施例1で調製した好中球活性化調節剤(HRG:最終濃度1μM)による好中球浮遊液の通過性をMC-FAN(Micro Channel array Flow Analyzer)で測定した。実施例1で調製した好中球活性化調節剤を好中球浮遊液に加えた系で、37℃で60分インキュベートした後、MC-FANシリコンチップを用いて通過流動性を測定確認した。陰性コントロールとしてHBSS、BSA(Bovine serum albumin)及びHSA(Human serum albumin)を、陽性コントロールとしてfMLPを用いた。その結果、
図9に示すように、好中球活性化調節剤の系では陰性コントロールと比較しても、スムーズな通過性を示した。
【0036】
(実験例1−4)好中球の接着能
本実験例では、実施例1で調製した各濃度のHRGを含む好中球活性化調節剤を好中球浮遊液に加えて37℃で60分インキュベートした後の、マイクロプレートにおける好中球の接着能をイメージングサイトメーターを用いて測定した。その結果、
図10に示すように、好中球活性化調節剤の系ではHRGの濃度依存的に細胞接着性を低下させることが確認された。
【0037】
次に好中球のヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)への接着能をイメージングサイトメーターを用いて測定した。その結果、
図11に示すように、好中球活性化調節剤を加えた系では陰性コントロールの系と比較しても細胞接着性は低く維持されていることが確認された。
【0038】
(実施例2)CLP敗血症モデルマウスに及ぼすHRGの効果
1.CLPモデルマウスでの血中HRG量の変化
本実験例では、盲腸結紮腹膜炎(cecal ligation and puncture: CLP)敗血症モデルでHRG動態を調べた。マウスの腹腔内より盲腸を取り出して、盲腸根部を縫合糸により結紮し、18ゲージ注射針を用いて盲腸壁層に穿刺してCLP敗血症モデルを作製した。単開腹(sham)マウスをコントロールとした。血中生体内のHRGレベルは、血漿をSDS-PAGE電気泳動後、ナイロン膜上に転写し、ウエスタンブロットにより検出し、測定した。
その結果、CLP敗血症モデル群のほうがsham群に比べて、HRGが有意に低下していることが観察された(
図12)。
【0039】
2.CLP敗血症モデルマウスに及ぼすHRGの効果
本実施例では、上記と同手法で作製したCLP敗血症モデルマウスに、実施例1で調製した好中球活性化調節剤を投与したときのマウスの生存率に及ぼす効果を確認した。術後5分、24時間及び48時間目に、調製した好中球活性化調節剤(HRG:400μg/マウス)を尾静脈内投与した(n=10)。HSAをコントロールとした(n=10)。
その結果、カプランマイヤー法で解析した結果、好中球活性化調節剤投与群のほうが、有意に高い累積生存率が確認された(
図13)。
【0040】
(実施例3)HRGの測定方法(抗体サンドイッチELISA法)
本実施例では、抗体サンドイッチELISA (Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)法による血中HRGの測定方法について説明する。
常法によりヒトHRGにて免疫処理したウサギの免疫血清をProtein Aを用いて精製し、抗ヒトHRGウサギポリクローナル抗体を得た。ウサギ免疫処理に使用したHRGは、実施例1に記載と同手法により調製したものを使用した。0.05M Na
2CO
3(pH9.6)で調整した抗体溶液10μg/ml(100μl)をELISA用プレートに加え、4℃、16時間固相化した。その後3%BSAでブロッキング処理を行った。
本実施例では、実施例1と同手法により作製した自家製のヒトHRGタンパク標準液(ネイティブヒトHRGタンパク標準液)を試料として確認した。トリス緩衝生理食塩水(Tris-Buffered Saline:TBS)を用いて200-500倍に希釈した各濃度のネイティブヒトHRGタンパク標準液を100μl加え、37℃、2時間インキュベートした。ELISA用プレートをTBSで洗浄後、HRP標識の抗HRGラット単クローン抗体(クローン#75-14)(0.25μg/ml)を100μlを加え、37℃、1.5時間インキュベートした。ELISA用プレートをTBSで洗浄後、オルトフタレンヂアミンとH
2O
2を基質として加え、30分発色反応を行なった後、3M H
2S0
4 50μlで反応を停止させて波長492nmでの吸光度を測定した。
【0041】
上記方法により測定したネイティブヒトHRGタンパク標準液の測定結果を
図14に示した。
【0042】
(実施例4)HRGの測定方法(抗体とNiNTA-HRPプローブサンドイッチELISA法)
本実施例では、抗体とNiNTA-HRPプローブサンドイッチELISA法による血中HRGの測定方法について説明する。
本方法では、ラット単クローン抗体(クローン#75-14)を抗原キャプチャー用抗体として用いた。0.05M Na
2CO
3(pH9.6)で調整した単クローン抗体溶液10μg/ml(100μl)をELISA用プレートに加え、固相化した。その後3%BSAでブロッキング後、実施例3と同様にTBSを用いて200-500倍に希釈した各濃度のネイティブヒトHRGタンパク標準液100μl加え、37℃、2時間インキュベートした。プレートを洗浄後、NiNTA-HRPプローブ(QUIAGEN Cat no. 34530, Tokyo, Japan )(0.25μg/ml)を100μl添加し、37℃、1.5時間インキュベートした。プレートを洗浄後、オルトフタレンヂアミンとH
2O
2を基質として加え、30分発色反応を行なった後、3M H
2S0
4 50μlで反応を停止させ波長492nmでの吸光度を測定した。
【0043】
上記方法により測定したネイティブヒトHRGタンパク標準液の測定結果を
図15に示した。
【0044】
(実施例5)HRGの測定方法(ウエスタンブロット法)
本実施例では、ウエスタンブロット法による血中HRGの測定方法について説明する。血中HRGは、EDTA入り試験管に採血したヒト血液を加え、遠心分離により得た血漿にプロテアーゼ阻害剤カクテル(Sigma, P8340)を添加した後、電気泳動用試料として測定した。前記調製した血漿を、常法に従いSDS-PAGEを行い、ニトロセルロース膜に転写した。3%スキムミルクでニトロセルロース膜をブロッキング処理後、一次抗体として実施例3と同同手法で調製した抗ヒトHRGウサギポリクローナル抗体(2μg/ml)で4℃、16時間反応させた。ニトロセルロース膜を洗浄後、二次抗体としてHRP標識抗ウサギIgGヤギIgGを1μg/ml添加し、37℃、1時間インキュベートした。ニトロセルロース膜を洗浄後、Super Signal
(R) West Dura Extended Duration Substrate (Thermo Scientific) を基質として発光反応を行ない、ルミノ・イメージアナライザー(Image Quant Las 4000 mini、GEヘルスケア) で検出した。
【0045】
(実施例6)ヒト敗血症患者、食道癌手術後患者、及び健常人における血中HRG量
ヒト敗血症患者(3人)、食道癌手術後患者(4人)ならびに健常人(4人)より得た血漿について、実施例4に示すELISA法及び実施例5に示すウエスタンブロット法により血中HRGを測定した。各血漿は、実施例5に記載の方法に従って調製した。
【0046】
測定結果を
図16に示した。ELISA法による測定結果を棒グラフで示し、棒グラフのバーの上部に、ウエスタンブロット法により得られたバンドの画像を示した。その結果、ウエスタンブロットとELISA法による測定結果は略同じ結果を示し、敗血症患者では、健常人と比較し有意に血中HRGが低下していることが確認された。
【0047】
(実施例7)急性膵炎-ARDSモデルマウスにおける血中HRG経時変化
本実施例では、セルレインによる急性膵炎及び引き続き起こるARDS(急性呼吸窮迫症候群: acute respiratory distress syndrome)のモデルマウスにおける血中HRG経時変化を確認した。マウス(体重 25-30g)にセルレイン100μg/回を1時間間隔で7回静脈注射し、急性膵炎及びARDSを惹起させ、モデルマウスを作製した。セルレイン投与後に経時的に採血し、実施例5の手法で作製した血漿についてHRGをウエスタンブロット法で測定した。
【0048】
測定結果を
図17に示した。実施例2のマウスの敗血症モデル、及び実施例6のヒト敗血症患者と同様に、マウスの急性膵炎-ARDSモデルにおいても、血中HRGが有意に低下することが確認された。さらに各時間経過後の膵臓、肺、肝臓の組織像についても確認した。血中HRGレベルは、セルレイン7回投与直後(7時間後)に有意に低下し、24時間で回復した。膵臓の組織間質の浮腫を伴う炎症は、7時間後に最も強く48時間までで回復に向かった。肺の炎症は、膵炎から続発するARDSと考えられ、7時間後から48時間後まで持続した。肝臓は、24時間後に空胞変性が著明となったが、48時間で部分的に回復した。
【0049】
(実施例8)敗血症-ARDSモデルマウスにおける肺炎症の評価とHRG治療の効果
本実施例では、実施例2に記載と同手法によりCLPで作製したモデルマウスについて、術後24時間で、実施例1で調製した好中球活性化調節剤(HRG)を投与したときの各ARDS病態の評価を行った。
【0050】
ペントバルビタールの腹腔内投与で深麻酔したマウスを経心臓的に脱血し、生食による全身灌流を行なった後、肺組織を摘出し、全RNA抽出を行なった。逆転写酵素でcDNAを合成した後、これを鋳型として下記の5種類の炎症関連遺伝子(TNF-a, PAI-1,Neutrophil elastase, IL-6,iNOS)とGAPDH のmRNA発現をReal-time PCRで定量・評価した。
【0051】
測定結果を
図18に示した。敗血症-ARDSモデルマウスの肺組織における5種類の遺伝子発現は、いずれも著明に上昇していたが、HRG 1.6 mg/kg静脈内投与によって、それらの上昇はすべて有意に抑制されたことが確認された。この結果は、敗血症性ARDSに対し、HRG投与が極めて有効であることを示している。
【0052】
(実施例9)組換え体ヒトHRGで処理したときの好中球の形態について
本実施例では、遺伝子組換えの手法により作製した組換え体ヒトHRGを有効成分とする好中球活性化調節剤で処理した場合の好中球の形態に及ぼす効果について説明する。
【0053】
1.組換えヒトHRGを有効成分とする好中球活性化調節剤の調製
組換えヒトHRGは、以下のように作製した。ヒトHRGコーディング領域をコードするDNA(GenBank Accession No.NM000412で特定される塩基配列からなるDNA)を、CMVプロモーターを持つプラスミドベクターにライゲーションし、組換え体ヒトHRG作製用ベクターを調製した。HEK293細胞(ヒト胎児腎細胞由来、アデノウイルス5型による形質転換株)を3.5×10
6cells/10cm 径の細胞培養用ディシュに播種し培養した。培養したHEK293細胞をスクレーパーではがし、浮遊化させたのち、上記組換えヒトHRG作製用ベクターを25μg/OPTI-MEM 500μl+FuGENE-HD 50μl/OPTI-MEM 500μl 混合したものを添加し、室温で15分間反応させることでトランスフェクションを行なった。その後、HEK293細胞を37℃で5%CO
2下、48時間培養し、組換えヒトHRGを作製した。
【0054】
組換えヒトHRGを含む培養上清を回収し、孔径0.22μmのフィルターでろ過した。1×PBS(-) 30mlで予め洗浄したQIAGEN
(R) Ni-NTAアガロースゲル(Sepharose CL-6B支持体にNi-NTAを結合したゲル)を前記ろ過した培養上清に加え、4℃で回転インキュベーションを1時間行ない、組換えヒトHRGをQIAGEN
(R) Ni-NTAアガロースゲルに結合させた。QIAGEN
(R) Ni-NTAアガロースゲルを精製用カラムに移した後、洗浄液1(30mM Imidazoleを含むPBS (pH7.4)、洗浄液2(1M NaCl +10mM PBS (pH7.4))、洗浄液3(1×PBS (pH7.4))で順次カラムを洗浄した。組換えヒトHRG は、500mM Imidazoleを含むPBS (pH7.4)で、4℃で1時間反応させ溶出を行なった。精製品は、ウエスタンブロットとSDS-PAGE 後のタンパク染色でHRGを確認した。
【0055】
2.好中球の形態
上記組換えヒトHRG精製品をHBSS置換してタンパク濃度を調整し、上記実験例1−2に記載と同手法により、各濃度の組換えヒトHRGを作用させたときのヒト好中球正球化活性のアッセイを行なった。比較のため、実施例1で作製したヒト血漿由来HRGについても確認した。その結果を、
図19に示した。ヒト血漿由来HRGに比べて組換えヒトHRGは活性が低いものの、HRG濃度依存的に細胞が球状を維持しうることが観察された。