特許第6227618号(P6227618)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6227618溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法及び溶融金属めっき鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6227618
(24)【登録日】2017年10月20日
(45)【発行日】2017年11月8日
(54)【発明の名称】溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法及び溶融金属めっき鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 2/00 20060101AFI20171030BHJP
   C23C 4/02 20060101ALI20171030BHJP
   C23C 4/10 20160101ALI20171030BHJP
   F16C 13/00 20060101ALI20171030BHJP
【FI】
   C23C2/00
   C23C4/02
   C23C4/10
   F16C13/00 A
   F16C13/00 Z
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-234065(P2015-234065)
(22)【出願日】2015年11月30日
(65)【公開番号】特開2017-101273(P2017-101273A)
(43)【公開日】2017年6月8日
【審査請求日】2016年7月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】金谷 貴文
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隼
(72)【発明者】
【氏名】中澁 裕三
(72)【発明者】
【氏名】水津 竜夫
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 義孝
【審査官】 萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−105511(JP,A)
【文献】 特開2003−277861(JP,A)
【文献】 実開平05−069155(JP,U)
【文献】 特開平08−013116(JP,A)
【文献】 特開平04−033796(JP,A)
【文献】 特開平04−046674(JP,A)
【文献】 特開平04−084671(JP,A)
【文献】 特開平04−071781(JP,A)
【文献】 特開昭61−262467(JP,A)
【文献】 特開2000−033512(JP,A)
【文献】 特開昭63−101012(JP,A)
【文献】 特開平01−025962(JP,A)
【文献】 特開平04−033795(JP,A)
【文献】 特開平04−084670(JP,A)
【文献】 特開平08−325698(JP,A)
【文献】 特開平11−080917(JP,A)
【文献】 特開2005−305449(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/114524(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0019783(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00−4/18
F16C 13/00−15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材上に、コバルト基合金からなる溶接材を肉盛り溶接し、第1の肉盛り層を形成する第一工程と、
前記第1の肉盛り層上に、コバルト基合金からなり、かつ複数の炭化タングステン粒子を含む溶接材を肉盛り溶接し、第2の肉盛り層を形成する第二工程と、
を有する溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法であって、
前記第二工程において、複数の炭化タングステン粒子のうち少なくとも一部の粒子は、その少なくとも一部分が前記コバルト基合金中に一度溶解し、その後析出させられる
ことを特徴とする溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法。
【請求項2】
前記第二工程において、肉盛り溶接は2周以上施工する請求項に記載の溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法。
【請求項3】
前記第二工程において、肉盛り溶接はスリーブの軸方向に施工する請求項又はに記載の溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法。
【請求項4】
前記第1の肉盛り溶接層がHRC40未満の硬度を有し、前記第2の肉盛り溶接層がHRC40以上の硬度を有する、請求項のいずれか一項に記載の溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法。
【請求項5】
前記第2の肉盛り溶接層中の炭化タングステン粒子の含有量が50質量%以下である、請求項のいずれか一項に記載の溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法。
【請求項6】
前記第二工程後、前記第2の肉盛り溶接層上に、前記第2の肉盛り層よりも硬度が高い溶射層を形成する第三工程をさらに有する請求項のいずれか一項に記載の溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法。
【請求項7】
前記第三工程における溶射材は、炭化タングステン系サーメット又は硼化タングステン系サーメットである請求項に記載の溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法。
【請求項8】
請求項1〜のいずれか一項に記載の溶融金属めっき浴中スリーブの製造方法における各工程と、前記スリーブを溶融金属めっき浴中で用いて、溶融金属めっき鋼板を製造する工程と、を有することを特徴とする溶融金属めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融亜鉛めっき浴などの溶融金属めっき浴中に浸漬して使用されるロール軸部材及びその製造方法、並びに溶融金属めっき鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛めっき鋼板に代表される溶融金属めっき鋼板は、図4に示すように、焼鈍された鋼帯Pが、スナウト30の内部を通過して、ポット32に収容された溶融金属浴34中に連続的に進入し、その後、シンクロール36によって通板方向を上向きに変更された後、サポートロール38に導かれて溶融金属浴34から出て行き、ガスワイピングノズルで所定のめっき厚みに調整された後に、冷却されて、製造される。
【0003】
ここで、溶融金属中に浸漬して配置されるシンクロールは、駆動装置を持たず、ロールの軸が軸受と接触しながら回転する。よって、ロール軸部材は溶融金属中において軸受から摺動抵抗を受けるため、長期間使用するためには、溶融金属に対する耐食性、耐摩耗性、高靭性等の性能が要求される。そのため、溶融金属めっき浴中に配置されるロール軸部材には、従来から様々な検討が行われてきた。
【0004】
特許文献1には、母材金属の表面に、溶融Alに対して熱力学的に安定的なセラミックスと耐熱耐食性金属とからなる緻密質サーメット層を、溶射法、肉盛り溶接法、熱間静水圧プレス法等により形成した溶融金属めっき浴中ロール軸部材が記載されている。特許文献2には、ロール軸部の表面に、Co基合金からなる下肉盛り層と、Co基合金にCr32又はW2Cを含有させた上肉盛り層とを形成した溶融金属めっき浴中ロール軸部材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−61369号公報
【特許文献2】実開平5−69155号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1の技術では、溶融金属に対する耐食性や耐摩耗性は良好であっても、母材金属の上に耐摩耗性が良好な緻密質サーメットを直接形成しているため、ロール軸部材に高荷重が作用した際に緻密質サーメット層に摩耗や割れが発生しやすいという問題がある。
【0007】
特許文献2の技術では、ロール軸部と高硬度の上肉盛り層との間に、上肉盛り層よりも低硬度の下肉盛り層が配置されるため、特許文献1よりは割れの発生は抑えられるものと思われる。しかし、実機使用時にロール軸部材が軸受から強い摺動抵抗を受けた場合には、肉盛り層の摩耗や割れの抑制が不十分であった。
【0008】
このようにロール軸部材の被覆層に割れが発生した場合、割れの中に溶融金属が浸入してロール軸の基材と反応し、基材を損傷させ、ロールの回転不良が発生して、鋼板の生産及び品質に悪影響を及ぼす。そのため、実機使用時にロール軸部材が軸受から強い摺動抵抗を受けた場合にも被覆層に摩耗や割れが発生しにくいロール軸部材が求められていた。
【0009】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、被覆層の摩耗や割れを抑制した長寿命の溶融金属めっき浴中ロール軸部材及びその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、長期の安定生産が可能な溶融金属めっき鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の要旨構成は以下のとおりである。
(1)金属基材と、
該金属基材上に形成された、コバルト基合金からなる第1の肉盛り溶接層と、
該第1の肉盛り溶接層上に形成された、コバルト基合金からなる第2の肉盛り溶接層と、
を有する溶融金属めっき浴中ロール軸部材であって、
前記第2の肉盛り溶接層は、前記第1の肉盛り溶接層よりも高い硬度を有し、
前記第2の肉盛り溶接層には複数の炭化タングステン粒子が含まれ、
前記第2の肉盛り溶接層に含まれる複数の炭化タングステン粒子のうち少なくとも一部の粒子は、前記第2の肉盛り層を形成する溶接材に添加された複数の炭化タングステン粒子のうち少なくとも一部の粒子の少なくとも一部分が前記コバルト基合金中に一度溶解し、その後析出したものであることを特徴とする溶融金属めっき浴中ロール軸部材。
【0011】
(2)前記第1の肉盛り溶接層がHRC40未満の硬度を有し、前記第2の肉盛り溶接層がHRC40以上の硬度を有する、上記(1)に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材。
【0012】
(3)前記第2の肉盛り溶接層中の炭化タングステン粒子の含有量が50質量%以下である上記(1)又は(2)に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材。
【0013】
(4)前記第2の肉盛り溶接層がロール軸方向に施工されたものである上記(1)〜(3)のいずれかに記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材。
【0014】
(5)前記第2の肉盛り溶接層上に、前記第2の肉盛り溶接層よりも硬度が高い溶射層を有する上記(1)〜(4)のいずれかに記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材。
【0015】
(6)前記溶射層は、炭化タングステン系サーメット材又は硼化タングステン系サーメット材からなる上記(5)に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材。
【0016】
(7)金属基材上に、コバルト基合金からなる溶接材を肉盛り溶接し、第1の肉盛り溶接層を形成する第一工程と、
前記第1の肉盛り溶接層上に、コバルト基合金からなり、かつ複数の炭化タングステン粒子を含む溶接材を肉盛り溶接し、第2の肉盛り溶接層を形成する第二工程と、
を有する溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法であって、
前記第二工程において、複数の炭化タングステン粒子のうち少なくとも一部の粒子は、その少なくとも一部分が前記コバルト基合金中に一度溶解し、その後析出させられる
ことを特徴とする溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法。
【0017】
(8)前記第二工程において、肉盛り溶接は2周以上施工する上記(7)に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法。
【0018】
(9)前記第二工程において、肉盛り溶接はロール軸方向に施工する上記(7)又は(8)に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法。
【0019】
(10)前記第1の肉盛り溶接層がHRC40未満の硬度を有し、前記第2の肉盛り溶接層がHRC40以上の硬度を有する、上記(7)〜(9)のいずれか一項に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法。
【0020】
(11)前記第2の肉盛り溶接層中の炭化タングステン粒子の含有量が50質量%以下である上記(7)〜(10)のいずれか一項に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法。
【0021】
(12)前記第二工程後、前記第2の肉盛り溶接層上に、前記第2の肉盛り溶接層よりも硬度が高い溶射層を形成する第三工程をさらに有する上記(7)〜(11)のいずれか一項に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法。
【0022】
(13)前記第三工程における溶射材は、炭化タングステン系サーメット材又は硼化タングステン系サーメット材である上記(12)に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法。
【0023】
(14)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の溶融金属めっき浴中ロール軸部材を溶融金属めっき浴中で用いて、溶融金属めっき鋼板を製造することを特徴とする溶融金属めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明の溶融金属めっき浴中ロール軸部材は、被覆層の摩耗や割れが抑制されるため長寿命である。また、本発明の溶融金属めっき浴中ロール軸部材の製造方法によれば、被覆層の摩耗や割れを抑制した長寿命の溶融金属めっき浴中ロール軸部材を得ることができる。また、本発明の溶融金属めっき鋼板の製造方法によれば、長期の安定生産が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の一実施形態によるロール軸部材100の模式断面図である。
図2図1における第2の肉盛り溶接層中の炭化タングステン粒子の状態を説明する図である。
図3】本発明の一実施形態における、ロール軸方向の肉盛り溶接の施工方法を示す図である。
図4】溶融金属めっき設備の模式図である。
図5】(A),(B)は、それぞれ図4におけるシンクロール36の端部の構成を示す断面図及び斜視図である。
図6】発明例1における、第2の肉盛り溶接層の断面のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の一実施形態によるロール軸部材は、例えば、図4に示すシンクロール36の端部に用いられるスリーブである。図4を参照して、焼鈍された鋼帯Pは、スナウト30の内部を通過して、ポット32に収容された溶融金属浴34中に連続的に進入し、その後、シンクロール36によって通板方向を上向きに変更された後、サポートロール38に導かれて溶融金属浴34から出て行き、ガスワイピングノズルで所定のめっき厚みに調整された後に、冷却される。
【0027】
図5を参照して、溶融金属中に浸漬して配置されるシンクロール36の端部の構成を説明する。シンクロール36の軸の端部が、筒状のスリーブ40に挿入され、さらに軸受42を介して、ハンガー44で支持される。シンクロール36は駆動装置を持たず、鋼帯Pの通板に伴い回転する。その際は、スリーブ40が軸受42と接触しており、スリーブ40は軸受42から摺動抵抗を受ける。よって、本発明の一実施形態によるロール軸部材は、スリーブ40に適用できる。
【0028】
溶融金属としては、溶融亜鉛、溶融アルミニウム、溶融Zn−Al、溶融Al−Siなどを挙げることができ、特に限定されない。
【0029】
本発明者らは、溶融亜鉛めっき浴中のロール軸部材の損傷形態を詳細に観察した。その結果、鉄基ロール基材の比重が溶融亜鉛の比重よりも小さいため、溶融亜鉛浴中ではロールに浮力が生じ、鋼帯の張力と合わせて、ロール軸部材には強い曲げ応力が作用し、さらに軸受から受ける強い摺動抵抗にも起因して被覆層の摩耗や割れが発生する。また、被覆層の割れの中に溶融亜鉛が浸入して、耐食性に劣る基材を溶損させることで、割れが進展して最終的にロール軸部材の損傷に至ることが判明した。
【0030】
これらの結果から、ロール軸部材に作用する曲げ応力に対し耐割れ性を有する肉盛り材の選定や、施工条件等に関する被覆材の開発を鋭意努力して行い、本発明を完成するに至った。
【0031】
図1を参照して、本発明の一実施形態による溶融金属めっき浴中ロール軸部材100は、金属基材10と、この金属基材の上に形成された第1の肉盛り溶接層12と、この第1の肉盛り溶接層の上に形成された第2の肉盛り溶接層14と、この第2の肉盛り溶接層の上に形成された、炭化タングステン系サーメット材又は硼化タングステン系サーメット材からなる溶射層16と、を有する。なお、本明細書では金属基材上の肉盛り溶接層及び溶射層を「被覆層」と総称する。
【0032】
金属基材10は、例えばSUS316L鋼、SUS410鋼、SUS420鋼等の材質からなる。金属基材10の硬度は、HRC22以下が好ましく、HRC11以下がより好ましい。金属基材の硬さがHRC22を超えると、硬すぎて使用中に割れやすくなるためである。金属基材10の硬度は、HRC10以上とすることが好ましい。
【0033】
ここで、本実施形態では、金属基材10よりも上側に形成された、コバルト基合金からなる肉盛り溶接層を「第1の肉盛り溶接層」とし、第1の肉盛り溶接層よりも上側に形成された、コバルト基合金からなり、炭化タングステン粒子を含み、かつ第1の肉盛り溶接層12よりも高い硬度を有する肉盛り溶接層を「第2の肉盛り溶接層」と定義する。金属基材10上に形成される肉盛り溶接層はこれら2層に限定されず、他の肉盛り溶接層が形成されていてもよい。金属基材10上に第1の肉盛り溶接層12及び第2の肉盛り溶接層14以外の肉盛り溶接層が形成される場合は、各肉盛り溶接層が金属基材から離れるほど高い硬度を有することが好ましい。このように、ロール軸部材の金属基材から表面に向けて、漸変的に硬度を高くすることで、ロール軸部材が受ける曲げ応力を緩和し、被覆層の割れを抑制することができる。
【0034】
肉盛り溶接層は2層でも十分な割れ抑制の効果を有する。肉盛り溶接層を3層以上にしてもいいが、多層になると施工性に劣るため、2層又は3層にするのが好ましい。肉盛り溶接は、母材表面に硬化、耐食、補修、再生などの目的に応じた金属を溶着する、母材の表面処理技術であり、溶射やめっきに比べて厚い層を形成できる。
【0035】
本実施形態において、複数層の肉盛り溶接層は全てコバルト基合金からなることが好ましい。肉盛り材料としてはニッケル基合金もあるが、溶融亜鉛浴中における耐食性はコバルト基合金が優れているからである。
【0036】
各肉盛り溶接層を形成するための肉盛り材料は、各肉盛り溶接層の硬度が上記の条件を満たすように、各種肉盛り用合金の市販材(例えば、ステライト合金、トリバロイ合金等)から適宜選び、組み合わせればよい。
【0037】
このとき、第1の肉盛り溶接層12がHRC40未満の硬度を有し、第2の肉盛り溶接層14がHRC40以上の硬度を有することが好ましい。第2の肉盛り溶接層14をHRC40以上の高硬度とすることで、耐摩耗性が高まる。第2の肉盛り溶接層14の硬度は、HRC45以上とすることがより好ましく、上限はHRC53程度とすることが好ましい。HRC53を超えると、耐摩耗性には優れるが割れが入りやすくなるからである。第1の肉盛り溶接層12の硬度は、HRC35以上とすることが好ましい。
【0038】
図1を参照して、第2の肉盛り溶接層14は複数の炭化タングステン粒子20A,20Bを含むものとする。第2の肉盛り溶接層14中の炭化タングステンの含有量は、50質量%以下であることが好ましく、40質量%以下がより好ましい。50質量%を超えると、肉盛り溶接層の施工時に割れが発生する可能性があるからである。第2の肉盛り溶接層14中の炭化タングステンの含有量は、炭化タングステン粒子添加の効果を確保するために、25質量%以上であることが好ましい。炭化タングステン粒子を第2の肉盛り溶接層14に含ませることで、溶融金属に対する耐溶損性と耐摩耗性が向上する。なお、本発明において、「炭化タングステン粒子」とは、WC粒子、W2C粒子、及び、WCとW2Cの両方を含む粒子のいずれも含む概念である。
【0039】
ここで、図1及び図2を参照して、第2の肉盛り溶接層14中に含まれる複数の炭化タングステン粒子のうち少なくとも一部の粒子は、第2の肉盛り層14を形成する溶接材に添加された複数の炭化タングステン粒子のうち少なくとも一部の粒子の少なくとも一部分がコバルト基合金中に一度溶解し、その後析出したものである。図1及び図2中、コバルト基合金中に少なくとも一部分が一度溶解し、その後析出した炭化タングステン粒子は符号20Bで示し、それ以外の炭化タングステン粒子は符号20Aで示した。炭化タングステン粒子は、コバルト基合金中に一度溶解すると、その後析出する過程で分散析出する。硬質な炭化タングステン粒子が第2の肉盛り溶接層14中に離散的に位置すると、その硬さが均一になるため、第2の肉盛り溶接層14の耐摩耗性が向上する。また、硬さが均一になると、第2の肉盛り溶接層14上に溶射層を形成することが可能になり、さらなる長寿命化が可能になる。炭化タングステン粒子20Aは、コバルト基合金中に溶解しなかった粒子か、コバルト基合金中に該粒子の表面から一部分のみが溶解し、中心部のみが残った粒子である。
【0040】
ここで、第2の肉盛り溶接層中の炭化タングステン粒子の状態は、第2の肉盛り溶接層の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することにより、把握できる。図6は、第2の肉盛り溶接層に相当する部分のSEM写真である。図6における第2の肉盛り溶接層中の複数の炭化タングステン粒子は、第2の肉盛り層を形成する溶接材に添加された炭化タングステン粒子の表面から、コバルト基合金中に少なくとも一部分または全部が一度溶解し、その後析出したものである。各析出物の形状は異形状であり、一部はデンドライト状となっている。炭化タングステン粒子がコバルト基合金中に一度溶解し、析出したものであるか否かは、SEM写真における当該粒子の形状から判別できる。
【0041】
コバルト基合金の融点(1270〜1300℃)よりも高温で一定時間溶接材を保持し、その後一定時間かけて冷却すると、コバルト基合金中への炭化タングステン粒子の溶解−析出現象が起きる。そのような状況を簡易的に実現する方法として、第2の肉盛り溶接層を形成する際に、2周以上の肉盛り施工を行う方法が挙げられる。
【0042】
溶接材中に含ませる炭化タングステン粒子のサイズとしては、平均粒径80〜280μmが好ましく、形状としては、球状又はブロック状のものが好ましい。
【0043】
本実施形態において第2の肉盛り溶接層は、図3に示すようにロール軸方向Cに施工されたものであることが望ましい。肉盛り溶接は通常、円筒形状の部材に対して円周方向にスパイラル状に施工するが、曲げ応力が作用する溶融金属めっき浴中ロール軸部材では、肉盛りの重ね合わせ部の損傷が起点となり、割れが発生することが多い。これに対し、ロール軸方向に肉盛り溶接を施工すると、仮に肉盛り溶接層の重ね合わせ部が損傷しても、ロール軸方向の損傷であるから、ロール軸部材に曲げ応力が作用しても直ちに割れを形成することはない。なお、第1の肉盛り溶接層は、ロール軸方向に施工しても、ロールの周方向に施工しても構わない。
【0044】
また、本実施形態では、第2の肉盛り溶接層14上に溶射層16を形成する。溶射材としては、炭化タングステン系サーメット材又は硼化タングステン系サーメット材が好ましく、具体的には、WC−12Co、WC−17Co、WB−30%CoCrなどが挙げられる。炭化タングステン系サーメット又は硼化タングステン系サーメットの溶射層は非常に高い硬度(HRC68以上)と高い耐食性を有するが、金属基材上へ直接溶射施工すると、当該溶射層に割れが発生しやすい。しかし、本実施形態では、溶射層16の下に、炭化タングステン粒子を一度溶解し、析出することで硬さが均一となった第2の肉盛り溶接層14があるため、溶射層16に割れが発生せず、ロール軸部材の寿命を大幅に延ばすことができる。
【0045】
第1の肉盛り溶接層12の厚さ、第2の肉盛り溶接層14の厚さは特に限定されないが、それぞれ1〜2mm、2〜4mm程度とすることができる。また、溶射皮膜16の厚さも特に限定されないが、50〜200μm程度とすることができる。
【0046】
本実施形態のロール軸部材100を溶融金属めっき浴中で用いて、溶融金属めっき鋼板を製造すれば、当該部材が長寿命であることから、長期の安定生産が可能である。
【実施例】
【0047】
以下に、本発明の発明例及び比較例を記載する。
【0048】
(発明例1)
スリーブ基材(SUS316L鋼)の外周上に、コバルト基合金(ステライト合金)を溶接材として、PTA法で周方向に肉盛り溶接を行い、基材表面に1mm厚の第1の肉盛り溶接層を形成した。プラズマアーク電流は150〜180A、プラズマアーク電圧は22〜26V、送り速度は9〜13cpm、パス間温度は150〜200℃とした。肉盛り溶接(周方向)は、表面全体が施工されるように、ロール軸方向に徐々にずらしながら施工した。
【0049】
続いて、第1の肉盛り溶接層の外周上に、炭化タングステン粒子を35質量%含むコバルト基合金(トリバロイ合金)を溶接材として、PTA法でロール軸方向に肉盛り溶接を行い、第1の肉盛り溶接層の表面に2mm厚の第2の肉盛り溶接層を形成した。プラズマアーク電流は130〜170A、プラズマアーク電圧は22〜26V、送り速度は12〜16cpm、パス間温度は600〜700℃とした。炭化タングステン粒子は、粒径45〜150μm(平均粒径約100μm)のものを使用した。肉盛り溶接(ロール軸方向)は、表面全体が施工されるように、周方向に徐々にずらしながら施工し、かつ、それを2周行った。
【0050】
第1の肉盛り溶接層の硬さは、HRC38であり、第2の肉盛り溶接層の硬さは、HRC49であった。また、第2の肉盛り溶接層の断面をSEMで観察したところ、複数の炭化タングステン粒子のうち少なくとも一部の粒子が、前記コバルト基合金中に一度溶解し、その後析出したものであることが確認された。SEM写真を図6に示す。
【0051】
(比較例1)
発明例1と同様に第1の肉盛り溶接層を形成し、さらに発明例1と同様の溶接材を用いて周方向の肉盛り溶接を1周だけ施工して第2の肉盛り溶接層を形成した。第2の肉盛り溶接層の断面をSEMで観察したところ、前記コバルト基合金中に一度溶解し、析出したと思われる炭化タングステン粒子は確認されなかった。
【0052】
(比較例2)
発明例1と同様に第1の肉盛り溶接層を形成し、さらに発明例1と同様の溶接材を用いてロール軸方向の肉盛り溶接を1周だけ施工して第2の肉盛り溶接層を形成した。第2の肉盛り溶接層の断面をSEMで観察したところ、前記コバルト基合金中に一度溶解し、析出したと思われる炭化タングステン粒子は確認されなかった。
【0053】
(発明例2)
発明例1と同様に第1の肉盛り溶接層及び第2の盛り溶接層を形成し、さらに第2の肉盛り溶接層の外周上に、WC−17Coサーメットを溶射材として大気圧プラズマ溶射を行い、第2の肉盛り溶接層の表面に100μm厚の溶射層を形成した。WC−17Coサーメット溶射層の硬さは、HRC70であった。また、第2の肉盛り溶接層の断面をSEMで観察したところ、複数の炭化タングステン粒子のうち少なくとも一部の粒子が、前記コバルト基合金中に一度溶解し、その後析出したものであることが確認された。
【0054】
(比較例3)
発明例1と同様に第1の肉盛り溶接層を形成し、さらに発明例1と同様の溶接材を用いてロール軸方向の肉盛り溶接を1周だけ施工して第2の肉盛り溶接層を形成した。続いて、発明例2と同様の方法で溶射を行った。しかし、溶射層の表面が割れて、使用可能なものが作製できなかった。第2の肉盛り溶接層の断面をSEMで観察したところ、前記コバルト基合金中に一度溶解し、析出したと思われる炭化タングステン粒子は確認されなかった。
【0055】
(ロール軸部材の寿命の評価方法)
各発明例及び比較例で作製したロール軸部材を、図4に示す溶融亜鉛めっき設備のシンクロールの端部に取り付け、溶融亜鉛めっきラインで30日間使用した。その後、ロール軸部材の摩耗及び割れの目視確認を行った。
【0056】
(評価結果)
発明例1のロール軸部材には、磨耗は見られたが割れは発生しなかったので、少なくとも30日の寿命があることが確認された。一方、比較例1及び比較例2のロール軸部材には使用後割れが発生しており、30日を越える使用は困難であることが分かった。発明例2のロール軸部材には磨耗及び割れの発生がないことから30日以上に寿命を延ばせることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の溶融金属めっき浴中ロール軸部材は、実機使用時に軸受から強い摺動抵抗を受けても摩耗や割れの発生を抑制できるため、ロール軸部材が長寿命化し、溶融金属めっき鋼板の安定生産を行うことができる。
【符号の説明】
【0058】
100 ロール軸部材
10 金属基材
12 第1の肉盛り溶接層
14 第2の肉盛り溶接層
16 溶射層
20A 炭化タングステン粒子
20B 一度溶解後析出した炭化タングステン粒子
30 スナウト
32 ポット
34 溶融金属浴
36 シンクロール
38 サポートロール
40 スリーブ
42 軸受
44 ハンガー
C ロール軸方向
P 鋼帯
図1
図2
図3
図4
図5
図6