【実施例1】
【0014】
本発明の実施例であるオーステナイト系ステンレス鋼の化学成分を表1に示す。表1に示されたNo.1〜No.10のオーステナイト系ステンレス鋼のうち、No.5〜No.10の各オーステナイト系ステンレス鋼は本発明の実施例であり、残りのNo.1〜4の各オーステナイト系ステンレス鋼は比較例のオーステナイト系ステンレス鋼である。表1において、各オーステナイトステンレス鋼に含まれる各元素の含有量は、wt%で表されている。
【0015】
【表1】
【0016】
No.5〜No.10の本実施例のオーステナイト系ステンレス鋼は、18.0〜20.0wt%のCr、9.0〜11.0wt%のNi、0.4〜1.0wt%のTa及び0.03wt%以下のCを含んでおり、C及びNの合計が0.02〜0.08wt%で、残部がFe,Si及び不可避不純物からなっている。
【0017】
Taの原子半径がオーステナイト系ステンレス鋼の構成元素の平均原子半径に比べ大きいため、オーステナイト系ステンレス鋼内に固溶しているTaは、原子炉圧力容器内における放射線の照射によって生成された原子空孔を捕獲し、格子間原子との再結合確率を上昇させ、オーステナイト系ステンレス鋼の照射損傷を抑制することができる。原子空孔が拡散により結晶粒界へ流入する場合には、結晶粒界近傍のCr原子が結晶粒界から離れる方向に拡散し、結晶粒界近傍でのCr濃度がマトリックスのCr濃度より低下する、いわゆるCr欠乏を生じる。しかしながら、Taが原子空孔を捕獲する場合には、原子空孔の結晶粒界への拡散が抑制され、結晶粒界におけるCr欠乏が抑制される。
【0018】
一方、TaがTaCとして存在する場合も、TaCとマトリックスの界面が原子空孔の消滅サイトとなるため、Taが固溶している場合と同様に、結晶粒界におけるCrの欠乏を抑制することができる。
【0019】
このようにTaの存在は、単独で固溶している場合でも、またはTaCとして存在する場合でも、照射誘起による結晶粒界におけるCrの欠乏を抑制することができ、照射誘起応力腐食割れの抑制に効果がある。ただし、Cが必要以上にマトリックス中に存在する場合には、TaCとして存在できない過剰分のCが生じることとなり、構造部材の溶接熱を受けた部位では、結晶粒界上にCr炭化物を形成してCr欠乏を生じる、いわゆる熱鋭敏化を生じ、応力腐食割れ感受性が高まる。
【0020】
応力腐食割れ特性と相関がある熱鋭敏化特性を評価するために、発明者らは、No.1〜No.4及びNo.8の各オーステナイト系ステンレス鋼に対して、30分間、1,050℃に加熱して、その後、水冷を行う溶体化熱処理を施し、さらに、30分間、700℃に加熱して、その後、水冷を行う鋭敏化熱処理を施した。このような溶体化熱処理及び鋭敏化熱処理を施したNo.1〜No.4及びNo.8のそれぞれのオーステナイト系ステンレス鋼の再活性化率を測定した。なお、再活性化率の測定は、JIS G 0580「ステンレス鋼の電気化学的再活性率の測定方法」に沿って行った。再活性化率の測定は、No.1〜No.4及びNo.8のそれぞれのオーステナイト系ステンレス鋼に対して3回行った。No.1〜No.4及びNo.8のオーステナイト系ステンレス鋼ごとの測定した再活性化率の平均値を、
図1に示す。C添加量の多いNo.4のオーステナイト系ステンレス鋼以外の各オーステナイト系ステンレス鋼は、いずれも軽微な鋭敏化状態または非鋭敏化状態にある。この結果、オーステナイト系ステンレス鋼のC含有量がある程度制限されることが望ましいということを、発明者らは理解した。
【0021】
一方で、オーステナイト系ステンレス鋼でのC含有量の低減は、オーステナイト系ステンレス鋼の強度の低下につながることが知られている。オーステナイト系ステンレス鋼が原子炉圧力容器内の炉内構造物に使用されることを考えれば、例えば、高い放射線照射環境下で使用される制御棒の構造部材として使用されるSUS316L程度の強度は必要である。
【0022】
そこで、発明者らは、本実施例の、溶体化熱処理を行ったNo.5〜No.8のオーステナイト系ステンレス鋼のそれぞれに対し、JIS G 0567に記載された方法に従い、100℃で引張試験を実施した。なお、各オーステナイト系ステンレス鋼に対して、引張試験を2回行った。No.5〜No.8の各オーステナイト系ステンレス鋼における100℃での引張強度を
図2に示す。
図2の横軸は、オーステナイト系ステンレス鋼のC含有量及びN含有量の合計量(C及びNの合計含有量)を示している。C含有量及びN含有量の合計量が多いほど、オーステナイト系ステンレス鋼の引張強度は大きくなる。
図2に示されたNo.5〜No.8の各オーステナイト系ステンレス鋼の引張強度を近似直線により外挿すると、100℃におけるSUS316Lの引張強度(439MPa)を満足するためには、C及びNの合計含有量は0.02wt%以上が必要である。No.9及びNo.10の各オーステナイト系ステンレス鋼の100℃の引張強度は、
図2に示されていないが、SUS316Lの100℃の引張強度よりも大きくなる。
【0023】
表1に示された本実施例のNo.5〜No.10の各オーステナイト系ステンレス鋼は、前述したように、18.0〜20.0wt%のCr、9.0〜11.0wt%のNi、0.4〜1.0wt%のTa及び0.03wt%以下のCを含んでおり、C及びNの合計が0.02wt%以上になっている。本実施例のオーステナイト系ステンレス鋼に含まれるCr,Ni,Ta,C及びN以外の元素の含有量について、以下に説明する。
【0024】
本実施例のNo.5〜No.10の各オーステナイト系ステンレス鋼はSiを含んでいる。Siは、オーステナイト系ステンレス鋼の照射欠陥のトラップには有効であるが、含有量が多くなると耐照射誘起応力腐食割れを害することになる。このため、Siの含有量は、0.1wt%以下、好ましくは0.05wt%以下にすることが望ましい。また、不可避不純物であるP及びSは、各種脆性及び結晶粒間割れの原因となるため、P及びSのそれぞれの含有量は0.005wt%以下にすることが望ましい。
【0025】
発明者らは、表1に示されたNo.1〜No.10の各オーステナイト系ステンレス鋼について、組織観察を行った。その結果、No.1〜No.8の各オーステナイト系ステンレス鋼では、フェライト相が明瞭に存在せず、整粒で適切な組織が観察された。これに対し、No.9のオーステナイト系ステンレス鋼については、組織に多くのフェライト相が確認された。このように、No.1〜No.8各オーステナイト系ステンレス鋼とNo.9のオーステナイト系ステンレス鋼は組織が相違しており、この組織の相違は化学成分のうちNi含有量の相違によると考えられる。すなわち、Niの含有量が10.5wt%以上含まれている場合は、フェライト相が明瞭には存在しなかったが、Niの含有量が10.5
wt%
未満では、フェライト相が確認された。本実施例のNo.1〜No.10の各オーステナイト系ステンレス鋼は、主にオーステナイト相である。
【0026】
フェライト相が多く存在するオーステナイト系ステンレス鋼では、例えば、オーステナイト相とフェライト相の狭間を起点とし、粒界割れが発生する可能性がある。したがって、フェライト相は明瞭には存在しない方が望ましく、オーステナイト系ステンレス鋼におけるNiの含有量は10.5
wt%以上にすることが望ましい。しかしながら、No.9のオーステナイト系ステンレス鋼は、Ni含有量が10.5wt%未満であるが、フェライト相が少なく、放射線照射下におけるオーステナイト相とフェライト相の狭間を起点とした粒界割れ発生の確率が非常に小さく、照射誘起応力腐食割れ発生の感受性を抑制できる。このため、オーステナイト系ステンレス鋼におけるNi含有量が9.0wt%以上であれば、照射誘起応力腐食割れ発生の感受性を抑制することができる。