特許第6228723号(P6228723)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ テルモ株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6228723-シート形成細胞播種システム 図000002
  • 特許6228723-シート形成細胞播種システム 図000003
  • 特許6228723-シート形成細胞播種システム 図000004
  • 特許6228723-シート形成細胞播種システム 図000005
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6228723
(24)【登録日】2017年10月20日
(45)【発行日】2017年11月8日
(54)【発明の名称】シート形成細胞播種システム
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20171030BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20171030BHJP
【FI】
   C12M3/00 A
   C12N5/071
【請求項の数】7
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2011-8155(P2011-8155)
(22)【出願日】2011年1月18日
(65)【公開番号】特開2012-147713(P2012-147713A)
(43)【公開日】2012年8月9日
【審査請求日】2013年12月5日
【審判番号】不服2016-6592(P2016-6592/J1)
【審判請求日】2016年5月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】草▲なぎ▼ りさ
【合議体】
【審判長】 田村 明照
【審判官】 福井 悟
【審判官】 長井 啓子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−226962(JP,A)
【文献】 特開2006−320226(JP,A)
【文献】 特開2010−099011(JP,A)
【文献】 特開2009−022247(JP,A)
【文献】 特開2008−263863(JP,A)
【文献】 特開2008−220320(JP,A)
【文献】 特表2007−509643(JP,A)
【文献】 中村幸夫,「ヒト線維芽細胞およびヒト間葉系幹細胞の継代方法 トラブルシューティング」,実験医学別冊 目的別で選べる細胞培養プロトコール,株式会社羊土社,2012年3月20日,p.144−145,「細胞が均一に播種されていない」欄
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M1/00-3/10
C12N1/00-7/08
PubMed
JSTPlus/JMEDPlus(JdreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体培地中にシート形成細胞を実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で均一に播種するためのシステムであって、シート状細胞培養物を培養する培養容器を収納する収納部、液体培地中の細胞分布を計測するための1または2以上のセンサーを有するセンサー部および前記センサー部において計測された値に基づき、細胞分布の均一性を解析する解析部、前記解析部の解析により、播種細胞の分布が均一でないと判断された場合に液体培地を撹拌する撹拌部を含み、細胞分布の均一性の解析が、濁度の計測または色差の計測により行われる、前記システム。
【請求項2】
解析が、
(1)シート形成細胞を添加した直後の培養容器を撮像するステップ、および
(2)(1)で撮像した画像において、細胞分布値を計測するステップ
を含む、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
解析が、検出領域を2以上に分割し、各分割領域における細胞分布値を計測し、かかる細胞分布値を比較することによって行われる、請求項1または2に記載のシステム。
【請求項4】
検出領域が、円周方向および/または半径方向に分割される、請求項3に記載のシステム。
【請求項5】
収納部が、培養容器の周辺環境を制御し得る制御部を有する、請求項1〜4のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項6】
(1)シート形成細胞を液体培地中に実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で播種するステップ、
(2)(1)で播種されたシート形成細胞の細胞分布の均一性を解析するステップ、
(3)撹拌により細胞分布を均一化するステップ、および
(4)分布を均一化されたシート形成細胞をインキュベートするステップ、
を含み、細胞分布の均一性の解析が、センサーによって計測された濁度の計測または色差の計測の結果に基づいて行われる、シート状細胞培養物の製造方法。
【請求項7】
細胞が、骨格筋芽細胞である、請求項6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養容器にシート形成細胞を均一に播種するためのシステム、および該システムを用いたシート状細胞培養物、特にヒト及び動物の疾病、傷病の治療に用いるシート状細胞培養物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の心臓病に対する治療の革新的進歩にかかわらず、重症心不全に対する治療体系は未だ確立されていない。心不全の治療法としては、βブロッカーやACE阻害剤による内科治療が行われるが、これらの治療が奏功しないほど重症化した心不全には、補助人工心臓や心臓移植などの置換型治療、つまり外科治療が行われる。
【0003】
このような外科治療の対象となる重症心不全には、進行した弁膜症や高度の心筋虚血に起因するもの、急性心筋梗塞やその合併症、急性心筋炎、虚血性心筋症(ICM)、拡張型心筋症(DCM)などによる慢性心不全やその急性憎悪など、多種多様の原因がある。
これらの原因と重症度に応じて弁形成術や置換術、冠動脈バイパス術、左室形成術、機械的補助循環などが適用される。
【0004】
この中で、ICMやDCMによる高度の左室機能低下から心不全を来たしたものについては、心臓移植や人工心臓による置換型治療のみが有効な治療法とされてきた。しかしながら、これら重症心不全患者に対する置換型治療は、慢性的なドナー不足、継続的な免疫抑制の必要性、合併症の発症など解決すべき問題が多く、すべての重症心不全に対する普遍的な治療法とは言い難い。
【0005】
その一方、最近、重症心不全治療の解決策として新しい再生医療の展開が不可欠と考えられている。
重症心筋梗塞等においては、心筋細胞が機能不全に陥り、さらに線維芽細胞の増殖、間質の線維化が進行し心不全を呈するようになる。心不全の進行に伴い、心筋細胞は傷害されてアポトーシスに陥るが、心筋細胞は殆ど細胞分裂をおこさないため、心筋細胞数は減少し心機能の低下もさらに進む。
このような重症心不全患者に対する心機能回復には細胞移植法が有用とされ、既に自己骨格筋芽細胞による臨床応用が開始されている。
【0006】
近年、その一例として、組織工学を応用した温度応答性培養皿を用いることによって、成体の心筋以外の部分に由来する細胞を含む心臓に適用可能な三次元に構成された細胞培養物と、その製造方法が提供された(特許文献1)。しかし、かかる方法は、例えば成長因子としての異種血清、分化抑制剤としてのステロイド剤などを含むものであるところ、これらのシート状細胞培養物は、臨床への適用を考えると、異種血清成分などの非自己血清成分にはレシピエントに感染し得るウイルスなどの病原体が含まれる恐れがあり、成長因子も、通常は微生物を利用して組換え的に製造されることを考えると、残存した場合に製造工程由来不純物となり得るため、安全性の観点からそのまま移植に利用することはできない。
【0007】
そこで、これらの製造工程由来不純物を用いない方法でシート状細胞培養物を製造する試みがなされてきた。例えば、播種細胞数のコントロールや、加圧などによって、製造工程由来不純物を含まないシート状細胞培養物およびその製造方法が提供された(特許文献2および3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2007−528755号公報
【特許文献2】特開2010−81829号公報
【特許文献3】特開2010−226962号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、シート状細胞培養物の製造工程において、細胞を均一に播種するために用いることが出来るシステム、および細胞を均一に播種するステップを含むシート状細胞培養物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、シート状細胞培養物の製造において、同様の方法で製造しても、シート強度などの質が全く異なるシート状細胞培養物が出来てしまうという新たな課題に直面した。かかる課題を解決すべく鋭意研究を行う中で、シート形成された培養物の厚みが常に均一なわけではなく、完成したシートの厚みが均一であればあるほど、強度が高く、破れにくいシートとなることを新たに見出した。さらに鋭意研究を続ける中で、シート形成段階において、液体培地中に播種した細胞の密度に依存して、形成されたシート状細胞培養物の厚みが変化することを新たに見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち本発明は、以下の[1]〜[8]に関する。
[1]液体培地中にシート形成細胞を均一に播種するためのシステムであって、シート状細胞培養物を培養する培養容器を収納する収納部、液体培地中の細胞分布を計測するための1または2以上のセンサーを有するセンサー部および前記センサー部において計測された値に基づき、細胞分布の均一性を解析する解析部を含む、前記システム。
[2]液体培地を攪拌する攪拌部をさらに含む、[1]に記載のシステム。
[3]解析が、
(1)シート形成細胞を添加した直後の培養容器を撮像するステップ、および
(2)(1)で撮像した画像において、細胞分布値を計測するステップ
を含む、[1]または[2]に記載のシステム。
[4]解析が、検出領域を2以上に分割し、各分割領域における細胞分布値を計測し、かかる細胞分布値を比較することによって行われる、[1]〜[3]のいずれかに記載のシステム。
【0012】
[5]検出領域が、円周方向および/または半径方向に分割される、[4]に記載のシステム。
[6]収納部が、培養容器の周辺環境を制御し得る制御部を有する、[1]〜[5]のいずれかに記載のシステム。
[7](1)シート形成細胞を液体培地中に播種するステップ、
(2)(1)で播種されたシート形成細胞の細胞分布の均一性を解析するステップ、
(3)細胞分布を均一化するステップ、および
(4)分布を均一化されたシート形成細胞をインキュベートするステップ、
を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
[8]細胞が、骨格筋芽細胞である、[7]に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、製造ロットに依らず、常に均一な厚みを有し、破れにくいシート状細胞培養物を得ることが出来る。すなわち、形成されたシートの厚みが均一でない場合、厚みが薄い部分と厚い部分で応力に差が生じるため、破れやすく、取扱いが難しくなってしまうところ、本発明のシステムにより、常に均一な厚みのシート状細胞培養物を提供することが可能となる。特に、簡便な方法により、破れにくく質の高いシート状細胞培養物を提供することが出来るため、製造工程に容易に組込むことができ、大量に質の高いシート状細胞培養物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1Aは、シート形成細胞を播種した直後の、培養容器上面からの写真を表す。図1Bはシート形成細胞の細胞分布を均一化した後の培養容器上面からの写真を表す。播種した直後に観察された色相の異なる領域が、均一化後には観察されないことが分かる。
図2図2AおよびBは、濁度の高い領域と低い領域との差がはっきりと見えるように、図1のAおよびBにコントラスト調整およびネガポジ反転の画像処理を施したものである。Aの方は中心付近に明らかに色の暗い領域が存在する一方、Bの方では、全体にわたって均一であることがよりはっきりとわかる。
図3図3は本発明の一態様における、システムの処理のフロー図を表す。
図4図4は本発明の一態様における、システムのブロック図を表す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、液体培地中にシート形成細胞を均一に播種するためのシステムであって、シート状細胞培養物を培養する培養容器を収納する収納部、液体培地中の細胞分布を計測するための1または2以上のセンサーを有するセンサー部および前記センサー部において計測された値に基づき、細胞分布の均一性を解析する解析部を含む、前記システムに関する。
【0016】
本発明において、「シート形成細胞」とは、播種し、インキュベートすることにより、シート状細胞培養物を形成することができる細胞をいう。したがって、本発明において「シート形成細胞の培養」とは、シート状細胞培養物の形成のための培養を行うことを意味する。上述のとおり、シート状細胞培養物の製造において、製造工程由来不純物が混入することは好ましくない。したがって、本発明においてシート形成細胞は、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で播種される。具体的には、これに限定するものではないが、例えば骨格筋芽細胞、皮膚細胞、角膜上皮細胞、歯根膜細胞、心筋細胞、肝細胞、膵細胞、口腔粘膜上皮細胞などが挙げられ、好ましくは骨格筋芽細胞が挙げられる。
【0017】
「実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度」とは、成長因子を含まない非増殖系の培養液で培養した場合に、シート状細胞培養物を形成することができる細胞密度を意味する。例えば、骨格筋芽細胞の場合、成長因子を含む培養液を用いる方法では、シート状細胞培養物を形成するために、約6,500個/cmの密度の細胞をプレートに播種していたが(例えば、特許文献1参照)、かかる密度の細胞を、成長因子を含まない培養液で培養してもシート状の細胞培養物を形成することはできない。したがって、本発明におけるシート形成細胞の播種密度は、成長因子を含む培養液を用いる方法、すなわち細胞の増殖を少なくとも目的の一部とする培養におけるものよりも高いものである。具体的には、例えば、骨格筋芽細胞については、かかる密度は典型的には300,000個/cm以上である。細胞密度の上限は、細胞培養物の形成が損なわれず、細胞が分化に移行しなければ特に制限されないが、骨格筋芽細胞については、例えば、1,000,000個/cmである。当業者であれば、本発明に適した細胞密度を、実験により適宜決定することができる。培養期間中、細胞は増殖してもしなくてもよいが、増殖するとしても、細胞の性状が変化する程には増殖しない。例えば、骨格筋芽細胞はコンフルエントになると分化を開始するが、本発明においては、骨格筋芽細胞は、シート状細胞培養物は形成するが、分化に移行しない密度で播種される。
【0018】
本発明の好ましい態様において、細胞は計測誤差の範囲を超えて増殖しない。細胞が増殖したか否かは、例えば、播種時の細胞数と、細胞培養物形成後の細胞数とを比較することにより評価することができる。本発明において、シート状細胞培養物形成後の細胞数は、典型的には播種時の細胞数の300%以下、好ましくは200%以下、より好ましくは150%以下、さらに好ましくは125%以下、特に好ましくは100%以下である。
本発明において「液体培地」とは、細胞の培養に用い得る細胞培養液を意味し、単に「培地」または「培養液」という場合もある。上述のとおり、本発明において液体培地は、細胞の生存を維持でき、シート状細胞培養物を形成し得るものであれば何を用いてもよいが、好ましくは成長因子を含まない液体培地である。典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。本発明の一態様において、液体培地は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。かかる基礎培地には、これに限定するものではないが例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。
【0019】
本発明において、細胞の播種は、典型的には上記液体培地にシート形成細胞の懸濁液を添加することにより行う。本発明のシート形成細胞は、上述のとおり通常の細胞より高密度で播種されるため、播種時に液体培地中の細胞分布に差が生じ得る。本発明において「細胞分布」とは、液体中の細胞の密度分布、すなわち液体培地中の細胞の存在の分布、あるいはそれと等価であるとみなせるものをいう。通常の培養においては、細胞が増殖する空間や増殖による細胞密度の変化などを考慮し、播種時には細胞密度を低く調節するが、本発明においては実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で細胞を播種するため、通常の培養よりも高密度の細胞を播種することとなる。本発明者は、シート形成細胞の播種時の細胞分布に偏りが生じている場合、そのままインキュベートを行うと、形成されるシート状細胞培養物の厚みに偏りが生じ、それがシート状細胞培養物の質の低下を招くことを新たに見出した。この知見は、細胞を播種した時点での密度分布を考慮する必要のない、細胞を増殖させるための通常の培養方法から考えると驚くべきことである。したがって、本発明の目的は、シート形成細胞を均一に播種することにある。均一に播種することで均一な厚みのシート状細胞培養物が得られる理由は、正確にはわからないが、シート形成細胞の播種密度が高くほとんど増殖をしないため、培養容器に接着した部分から細胞が拡がることがなく、それ故に播種時の細胞の分布がそのままシート形成時のシート中の細胞分布に対応してしまうためと考えられる。
【0020】
上記目的を達成するため、本発明のシステムは、播種時の液体培地中の細胞分布を計測するための1または2以上のセンサーを有するセンサー部を含む。本発明に用い得るセンサーとしては、細胞分布を計測しうるものであれば如何なるセンサーでもよい。細胞分布の計測方法は、これに限定するものではないが、例えば濁度を計測する方法、色差を計測する方法、液体中の粒子分布を計測する方法などが挙げられる。細胞分布の計測は、細胞そのものの分布を直接計測してもよいし、細胞分布と等価であるとみなせる代替物を計測してもよい。これに限定するものではないが、例えば、着色された培地に透明な細胞懸濁液を添加することにより、生じた色相の差を計測することで細胞分布の計測を代替することが出来る。したがって、本発明のシステムに用い得るセンサーとしては、これに限定するものではないが、例えば濁度センサー、透過光センサー、色相色差センサー、撮像装置などが挙げられる。本明細書において、上記計測により計測される値を「細胞分布値」と定義する。したがって、細胞分布値は、センサーによって直接計測される値のみならず、センサーによって得られたデータを適切に変換した値をも意味し、これに限定するものではないが、例えば濁度、光透過率、色相ならびに撮像された画像の色相分布、撮像された画像の線形変換画像なども含む。
【0021】
本発明のシステムは、上記センサー部において計測された値に基づいて、細胞分布の均一性を解析する解析部を含む。本発明において「細胞分布の均一性」とは、2箇所以上の任意の位置における、培養液中における細胞分布値の差の程度をいう。これに限定するものではないが、例えば、2箇所以上の任意の選択位置において、それぞれの細胞分布値を計測し、それぞれの値を比較して差が設定値以下である場合、当該選択位置同士において細胞分布が均一であるとしてもよいし、細胞分布値の分布図を描き、均一性を一元的に把握できるようにしてもよい。全ての選択位置同士において細胞分布が均一である場合、細胞が均一に播種されたとみなされる。
【0022】
前記計測値は、解析部によって解析される前に、解析部内の記録媒体に記録され得る。したがって解析部は、記録部を有していてもよい。記録部としては、例えば磁気テープ、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなど、電気的に記録されるものであってもよいし、例えば紙、写真など、物理的に記録されるものであってもよい。
【0023】
細胞分布値の差の設定値は、計測する細胞分布値に依存して変化し得、また所望の均一性に応じて任意に設定してよい。設定値は、使用の形態に応じて入力される任意の値であってもよいし、あらかじめ上記記録部に記録された値でもよい。したがって解析部は入力部を備えていてよい。入力部の形態は、例えばキーボード、センサー(該センサーはセンサー部のセンサーと同一のものであってもよい)、タッチパネルなど、当業者に知られたあらゆる入力部が用いられ得る。最も好ましくは、設定値は0、すなわち細胞分布値に差がないことである。設定値は、センサーによって測定される値や所望の均一性に依存して変化するため、設定値は使用の際に任意に入力され得る。設定値の入力部は、上記入力部と共通であってもよいし、異なっていてもよい。
【0024】
本発明において、解析部は、センサー部で計測された細胞分布値から、細胞分布の均一性を解析する。解析は、これに限定するものではないが、例えば複数のセンサーにおいて計測された細胞分布値の差を求めてもよいし、撮像された画像の任意の位置における色相値を計算してその差を求めてもよいし、撮像された画像において細胞分布値の分布図を示すことで求めてもよい。
【0025】
解析部において、好ましくはセンサー部で計測された細胞分布値および/または解析結果が、情報として外部に出力される。したがって解析部は、該情報の出力部を備えていてよい。情報の出力手段としては、例えば外部モニター、ランプ、ブザー、予め登録された携帯電話やインターネットメールアドレスへの送信など、播種完了の情報を操作する人間に知らせるものであってもよいし、プリンタなど、記録部に出力されるものであってもよい。
【0026】
本発明の一態様において、本システムは、液体培地を攪拌する攪拌部をさらに含む。本明細書において、「攪拌」とは、液体培地を流動させることにより、細胞分布を変化させ得る任意の行為を意味する。攪拌は、細胞に損傷を与えない行為が好ましく、典型的には、振動を与える、スターラーで攪拌する、ピペッティングするなどが挙げられる。本態様の攪拌部としては、これに限定するものではないが、例えば振動機、ロータリーシェーカー、マグネティックスターラー、ピペットなどが挙げられる。細胞への損傷の少なさ、簡便性などの観点から、振動による攪拌が好ましい。攪拌は、上記解析部の解析により、細胞分布が均一でないと判断された場合に行われる。攪拌は任意に設定された所定の時間行われる。
【0027】
本態様のシステムは、さらに攪拌を制御するための攪拌制御部を有してもよい。攪拌制御部により、攪拌の時間、強度、攪拌方法などを制御する。かかる攪拌制御部は、解析部と一体であってもよく、したがって本態様において、解析部は攪拌制御部を兼ねてもよい。解析部の有する入力部はかかる制御のための設定値の入力部を兼ねていてもよい。
攪拌開始後、センサー部が攪拌開始後の状態を計測し、その計測値を同様に解析することで均一性を解析する。かかる計測は攪拌と同時に行われてもよいし、攪拌を停止した後に行われてもよい。好ましくは、攪拌と計測が同時に行われ、細胞分布が均一化されたと判断した場合に、解析部、すなわち攪拌制御部から攪拌部へ攪拌を停止する信号が出力される。また、該情報は、例えば外部モニターおよび攪拌部など、複数の箇所へ同時に出力されてもよい。
【0028】
本発明の一態様において、解析が、
(1)シート形成細胞を添加した直後の培養容器を撮像するステップ、および
(2)(1)で撮像した画像において、細胞分布値を計測するステップ
を含む。(1)における撮像は、培養容器の上面全体を一枚に撮像してもよいし、1または2以上の任意の選択箇所における拡大視野像を撮像してもよい。次に(2)において撮像した画像における細胞分布値を計測する。計測する細胞分布値は、これに限定するものではないが、例えば色相、透過光強度、浮遊細胞数などが挙げられる。また、選択した任意の視野もしくは箇所における細胞分布値同士を比較してもよいし、分布図を描いて一元的に把握できるようにしてもよい。
【0029】
本発明の別の態様において、解析が、検出領域を2以上に分割し、各分割領域における細胞分布値を計測し、かかる細胞分布値を比較することによって行われる。本明細書において、「検出領域」とは、細胞分布を計測する全体を意味し、好ましくは液体培地全体の領域である。分割領域とは、検出領域を分割したそれぞれの領域をいう。各分割領域における細胞分布値の計測は、これに限定するものではないが、例えば各分割領域に対応するセンサーからの入力値として求めてもよいし、撮像した画像において領域を分割し、各分割領域における細胞分布値を計算で求めてもよい。細胞分布値の比較は、例えば各分割領域の値をそれぞれ個別に比較してもよいし、分布図を描いて一元的に把握できるように比較してもよい。
【0030】
本発明のさらなる一態様において、検出領域が、円周方向および/または半径方向に分割される。「円周方向」とは、二次元極座標系(r,θ)におけるθ軸方向の位置をいい、「円周方向の分割領域」とは、円状の培養皿の円周の点と培養皿の中心とを結ぶ2本の半径および円周により囲まれる領域を意味する。「半径方向」とは、二次元極座標系(r,θ)におけるr軸方向の位置をいい、「半径方向の分割領域」とは、円状の培養皿の中心と中心を同じくする2つの同心円の円周で囲まれる領域を意味する。これらの方向における分割および計測は、同時に行われてもよいし、個別に行われてもよい。また、個別に行う場合でも、分割および計測がそれぞれ単独で行われてもよいし、一方の分割および計測ともう一方の分割および計測とを連続的に行ってもよい。
【0031】
本発明の好ましい態様において、分割された領域の分布様式の違いにより、適切な攪拌の種類や方法を選択する。例えば、円周方向の細胞分布にばらつきが大きい場合、回転方向の振動を与えることで攪拌し、半径方向の細胞分布にばらつきが大きい場合、上下左右方向に振動を与えることで攪拌する、などが挙げられる。
【0032】
本発明の一態様において、収納部は、培養容器の周辺環境を制御し得る制御部を有していてよい。周辺環境とは、これに限定されるものではないが、例えば温度、圧力、湿度、CO濃度などが挙げられる。したがって制御部は、制御すべき設定を入力する入力部や、設定値を記録しておく記録部、現在の周辺環境の状態を測定する測定部、測定部にて測定した情報などを出力する出力部などを有していてよい。また、かかる制御部は、解析部とCPU、入力部、出力部および/または記録部を共有していてもよい。例えば、本態様の好ましい態様において、培養容器として前述の温度応答性培養皿を用いることができ、培養容器周辺環境をシート形成に適した範囲に制御することで、インキュベーターとしての機能を兼ね備えることが可能となる。
【0033】
本発明の基礎となる、本発明者の新たな知見により、破れにくくハンドリング性の高いシート状細胞培養物を得ることが可能となる。したがって、
(1)シート形成細胞を液体培地中に播種するステップ、
(2)(1)で播種されたシート形成細胞の細胞分布の均一性を解析するステップ、
(3)細胞分布を均一化するステップ、および
(4)分布を均一化されたシート形成細胞をインキュベートするステップ、
を含む、シート状細胞培養物の製造方法も本発明に包含される。
【0034】
均一性の解析は、上記と同様の方法で行われてよく、好ましくは本発明のシステムを用いて行われる。細胞分布の均一化は、分布を均一化することができる方法なら如何なる方法でも良く、例えば液体培地を攪拌する、密度の高い部分から細胞を採取して密度の低い部分へ移すなどが挙げられるが、細胞へのダメージの少なさ、簡便性などの観点から好ましくは攪拌、特に好ましくは振動による攪拌が挙げられる。
【0035】
本方法のシート形成細胞は、上述のとおり、シート状細胞培養物を形成し得る細胞であれば如何なる細胞を用いてもよい。具体的には、これに限定するものではないが、例えば骨格筋芽細胞、皮膚細胞、角膜上皮細胞、歯根膜細胞、心筋細胞、肝細胞、膵細胞、口腔粘膜上皮細胞などが挙げられ、医療応用の有用性などの観点から、好ましくは骨格筋芽細胞が挙げられる。
【0036】
以下に本発明の具体的な態様を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの具体例に限定されるものではない。
【実施例】
【0037】
例1:骨格筋芽細胞の播種
20%血清(Invitrogen製)を含有するDMEM/F12培地(Invitrogen製)を3.5cm温度応答性培養皿(セルシード製)に0.775mL添加し、37℃、5%CO濃度の条件でインキュベーションを行い、2時間以上後ピペッティングにより除去した。
培地除去後の培養皿に9.3×10個の骨格筋芽細胞を含む細胞懸濁液1.55mLを添加した。
【0038】
図1Aは、骨格筋芽細胞の懸濁液を添加した直後の培養容器を上面から撮影した写真である。中心付近の着色されていない領域(白っぽくまだらに見える領域(濁度が高い領域))は、骨格筋芽細胞の細胞密度が高い領域である。図1Bは、図1Aの培養容器を振動して、播種密度を均一化した培養容器を上面から撮影した写真である。Aにおいて観察された細胞密度の高い領域(すなわち白っぽく見える領域(濁度が高い領域))が消失し、均一に赤く着色されているのが観察できる。
【0039】
例2:光透過率測定および振動による播種密度均一化システム
図2には、本発明の一態様における処理のフローチャートを例示し、図3にはかかる態様のシステムのブロック図を示す。この例において、センサー部には可視光照射装置および透過光検出器、攪拌部には振動機が用いられている。
温度応答性培養皿に細胞懸濁液が添加されると、温度応答性培養皿の上に配置された可視光照射装置から可視光が照射され、細胞懸濁液(すなわち液体培地)を透過して透過光検出器へと入射する。透過光検出器は複数の光センサーを有し、温度応答性培養皿の下に配置される。各センサーにおいて計測された光強度をCPU(すなわち解析部)に入力し、均一性の解析を行う。各光センサーは、半径方向および円周方向に分割した各分割領域のどの領域に対応するかを予め分類されている。
【0040】
まず検出領域を半径方向の領域に分割し、各領域に対応する光センサーにおいて計測された光強度の平均値を各領域間で比較する。領域間の光強度に設定値以上の差がある場合、半径方向のばらつきがあると判断し、振動機に回転方向の振動を与えるように信号が入力される。一定時間の振動の後、再度同様に半径方向のばらつきを計測する。
【0041】
半径方向のばらつきがないと判断されると、次に円周方向の領域に分割し、各領域に対応する光センサーにおいて計測された光強度の平均値を各領域間で比較する。領域間の光強度に設定値以上の差がある場合、円周方向のばらつきがあると判断し、振動機に上下左右方向の振動を与えるように信号が入力される。一定時間の振動の後、再度半径方向のばらつきを計測する。半径方向のばらつきがないと判断された場合、再び円周方向のばらつきを計測し、円周方向のばらつきもないと判断された場合、均一化が完了したと判断されることとなる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のシステムおよび方法によれば、シート状細胞培養物の各ロット毎の品質の差を小さくすることができ、破れにくい、ハンドリング性の高いシート状細胞培養物を容易に得ることが出来るようになる。また、細胞懸濁液の添加からインキュベートまでの工程を全て自動化できるため、簡便に品質の高いシート状細胞培養物を得ることが出来る。
図1
図2
図3
図4