【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の目的は、代替の装置および方法を提供することであり、これらによって、所望の範囲の硬さを有しかつ相対的に非常に滑らかな表面を有するとともに、低い摩耗を示し(そして、摺動相手の摩耗が少なくなり)、簡単にかつ比較的経済的に堆積可能な(ドープされた)水素フリーta−C被覆が作成可能となる。
【0007】
この目的を達成するために、最初に指定された種類の装置が提供され、この装置は、少なくとも以下の構成要素:
a) 不活性ガス供給源および真空ポンプに接続可能な真空チャンバと、
b) 1つまたは複数の基材(ワークピース)のための支持装置であって、真空チャンバ内へ挿入されるまたは挿入可能な支持装置と、
c) マグネトロンを形成するための関連する磁石配置を有する少なくとも1つの黒鉛陰極であって、炭素材料の供給源として機能する少なくとも1つの黒鉛陰極と、
d) 支持装置上の1つまたは複数の基材に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源と、
e) 前記のまたはそれぞれの陰極のための少なくとも1つの陰極電源であって、少なくとも1つの黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な少なくとも1つの陰極電源と、
を備えており、少なくとも1つの陰極電源は、(好ましくはプログラム可能な)時間間隔で離間された高電力パルス列を伝達するように設計され、各高電力パルス列は、自由選択では増大位相(build−up phase)の後に、少なくとも1つの黒鉛陰極に供給されるように適合された高周波数のDCパルスの(好ましくはプログラム可能な)列から成り、高周波数のDC電力パルスは、100kWから2メガワットを超えるまでの範囲のピーク電力と、1Hz〜350kHzの範囲のパルス繰り返し周波数とを有することを特徴とする。
【0008】
パルス繰り返し周波数は、好ましくは1Hz〜2kHzの範囲、特に約1Hz〜1.5kHzの範囲、特に、約10〜30Hzである。
【0009】
パルスパターンは、10〜5000μsecの範囲、典型的には50〜3000μsecの範囲、特に400〜800μsecの長さの制御可能なマクロパルスから構成される。マクロパルスは、1〜100μsecの範囲、典型的には5〜50μsecの制御可能なマイクロパルスから構成される。各マイクロパルスの間に、陰極への電力は、供給と遮断が切り換えられる。電力供給の範囲は、典型的には2〜25μsecであり、電力遮断すべき電力の範囲は、典型的には6〜1000μsecである。各マイクロパルスは、振動を生成し、この振動は、パルスの周波数が適切に選択される場合、高い値に増幅され、それによって、高度にイオン化されたプラズマが生成される。この電源はさらに、HIPIMS+OSC電源と呼ばれる。
【0010】
驚くべきことに、この種の装置で、50GPaの硬さを有する水素フリー(または少なくとも実質的に水素フリー)のta−C被覆が、実質的に液滴が含まれない比較的滑らかな被覆として金属またはセラミック表面に容易に堆積可能であることが見出された。このような被覆によって、弁機構部品(例えばタペット)、燃料噴射部品、エンジン部品(例えばピストンリング)、および動力伝達機構部品(例えば歯車)などの通常の可動相手との約0.02の低摩擦および低摩耗が達成される。また、これらの被覆を、特に強い接着摩耗(BUE: 構成刃先(Built−Up−Edge)形成)が伴う個所で材料を切断するための、切断および成形工具に用いる可能性が高くなる。
【0011】
炭素基被覆のためのドープ剤材料供給源として機能する、少なくとも1つの他のマグネトロン陰極を提供するのが有利となり得る。
【0012】
支持装置上の1つまたは複数の基材に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源は、好ましくは以下の、
(バイアス電圧をほぼ一定に、すなわちWO2007/115819として公開されたEP出願07724122.2の教示に従って必要なイオンエネルギーを供給するのに必要な範囲に、維持しながら、高電流パルスを供給する能力によって特徴付けられるDC電源、
(過剰電流に起因する電力遮断なしにバイアス電圧を必要とされる範囲に維持しながら、パルス電流を供給する能力を有する)パルスDC電源、または、
(過剰電流に起因する電力遮断なしに自己バイアス電圧を必要とされる範囲に維持しながら、パルス電流を供給する能力を有する)RF電源、
のうちの1つである。パルスバイアスが、RFバイアスと同様に使用可能であることも可能である。
【0013】
達成可能な堆積速度は、比較的高く、例えば、非ドープのta−Cの実施例のための以下のスキームを用いて約2〜6時間の期間内で1ミクロンの被覆が(回転基材上に)堆積可能である。
【0014】
処理は、通常、約0.1〜1.8Pa(1.10
-3〜8.10
-2mbarのAr圧力で実行される。水素が存在しない限り他の不活性、非反応性ガスを使用することが可能であろう。全体の処理時間はもっぱら、被覆する間に装置が作動可能である最大時間平均DC電力に依存する。これは典型的には、10〜50kWの範囲であるが、それより高くなることも可能である。
【0015】
本明細書の残りの部分で、特に別段の断りがない限り、「HIPMS」という表現は概略、HIPIMS、MPP、またはHIPIMS+OSCと読む必要がある。本明細書の残りの部分で「パルス」という用語が述べられる場合。特に本文中に別段の断りがない限り、それは、単一のパルス(HIPIMSの場合)としてまたは上述した説明に従うマクロパルス(MPPまたはHIPIMS+OSCの場合)として解釈する必要がある。
【0016】
被覆内にドープ元素を添加する[可能性がある。ドープ元素の添加によって、耐摩耗性の改善および摩擦低減に関する摩擦システムの部品−潤滑剤−対応する部分の摩擦学的性質を変えることができる。これに関連して、PECVD/スパッタ炭素または炭素アーク被覆において水素化PECVD作成DLC(a−C:H)にケイ素を添加することで、濡れ性が改善し、従って摩擦が低減可能であることがあった。スパッタされた炭素被覆に水素を少量添加することで、PECVDで製造されたa−C:H被覆の硬さを上回るレベルまで硬さが増加することになる。N
2の添加も有益な影響を及ぼし得る。金属の添加によって、被覆の硬さが改善すること、または、少なくとも被覆が例えば衝撃疲労摩耗、高温摩耗、その他などのような特定の摩擦学的摩耗現象に、より良好に適したものとなることが予想され得る。
【0017】
1つの可能な被覆処理が以下のように説明可能である。
【0018】
第1の工程において、基材の洗浄およびエッチングが、真空チャンバ内でアルゴン雰囲気を用いてArイオンで行われる。この工程は、10〜30分の期間で行われる。
【0019】
この工程の別の選択肢は、当業技術内でよく知られていてシェフィールドハラム大学(Sheffield Hallam University)のEP−B−1260603に記載されているように、−500〜−2000Vという比較的高い基材バイアスを用いるHIPIMSマグネトロンエッチングモードで作動されるCr、TiまたはSiターゲットを用いるHIPIMSエッチングを使用することである。Cr、TiまたはSi陰極に印加される典型的な時間平均等価DCエッチング電力は、1〜25kWの範囲である。
【0020】
第2の工程において、Cr、TiまたはSiの結合層が、金属またはセラミック表面に堆積される。これは、スパッタ放出モードまたはHIPIMS被覆モードにおいて作動されるCr、TiまたはSiのターゲットから約10〜20分間行われる。これに関連して、HIPIMSモードを用いる場合、陰極によって散逸可能であり、従って陰極に有効に印加可能である最大平均電力が、陰極の望ましくない温度上昇や陰極の所望されていない溶融を生じさせない電力であることに留意されたい。従って、DCスパッタリング作動においては、約15W/cm
2のターゲット/陰極の組み合わせの許容可能熱負荷に従う最大電力が、特定の陰極に印加可能である。HIPIMS作動においては、1Hz〜5kHzより小さいパルス繰り返し周波数で50〜3000μsの幅で典型的に電力を印加できるパルス電源が使用される。実施例では、20μsecの間、パルスが電力供給され、5kHzのパルス周波数が印加される場合、各パルスは、それに関連して180kWの電力を有し、結果として、
P=180kW×(20μs/(200−20)μs=20kW
の平均電力となる。
【0021】
従ってこの実施例では、HIPIMSパルスの間に供給可能な最大パルス電力は、180kWである。
【0022】
最新の技術によれば、約0〜200Vの適切な基材バイアスが供給される必要がある。結合層の堆積は、フィルタリングされたアーク陰極を用いて行うことも可能である。フィルタリングされていないアーク陰極を使用することも可能であるが、これは、液滴の生成に起因して被覆の粗さが増すことになるので有利さが少なくなる。
【0023】
第3の工程において、CrC、Ti−CまたはSi−C移行層が、約−50〜−2000Vの基材バイアスで炭素アーク陰極を用いてまたはHIPIMS+OSCモードにおいてCr、TiまたはSiターゲットおよび黒鉛ターゲットの同時作動を用いて約1〜5分間で堆積される。
【0024】
堆積の間、含有する水素ができるだけ少量のガスを使用する必要がある(初期の少量の水蒸気に起因する不純物または水素含有汚染は、完全には防止できない)。
【0025】
第4の工程において、ta−C水素フリーDLC被覆が、主な請求項に従って設計されるHIPIMS+OSC電源で作動される黒鉛陰極を用いて、すなわち、既に上述したように設計される陰極電源であって少なくとも1つの黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な陰極電源を用いて堆積される。堆積の間、HIPIMS+OSC電源のパルス列が、被覆の性質を変えるようにおよび交互の中間層を有する多層構造を可能とするように変更可能である。
【0026】
この処理において、より長い期間に亘って平均化された高電力パルス列(マクロパルス)の平均電力であって、高電力パルス列(マクロパルス)のそれぞれが、複数の高電力パルス列(マイクロパルス)から成る高電力パルス列(マクロパルス)の平均電力は、10〜250kWの範囲の一定DC電力を有するDCスパッタリングシステムの電力と比較できる。
【0027】
さらに、一般に各マイクロパルスにおけるMIPIMS+OSC電源の高電力パルス列の平均電力は、例えば100〜1000kWの範囲にあるHIPIMSパルス電力の電力を上回る。
【0028】
従って、本発明の装置は典型的には、複数のマグネトロンおよび関連する陰極を備え、これらの陰極のうちの少なくとも1つが、結合層材料(Cr、TiまたはSi)を備える。結合層材料用のこの少なくとも1つの陰極は、アーク陰極(フィルタリングされたもの、またはフィルタリングされていないもの)とすることもできる。装置はさらに、ta−C層の堆積の前に1つまたは複数の基材上に結合層材料を堆積させるための結合層材料のスパッタリング用の電源を備える。結合層材料の典型的例は、既に述べたCr、TiまたはSiである。従って、一般に最低2つの陰極、すなわち典型的にはCrの陰極および黒鉛の陰極が存在することになる。実際には、4つまたは5つ以上の陰極を有するスパッタリング装置を使用するのがより便利になり得る。これによって、プラズマのより強力な磁気的閉じ込め(閉じた場)を実現するように本質的に知られた方法で交互の極配置N、S、N;(マグネトロン1)S、N、S(マグネトロン2);N、S、N(マグネトロン3)およびS、N、S(マグネトロン4)が真空チャンバの周囲に配置されるように、マグネトロンおよび/またはアーク陰極を配置することが比較的容易になる。
【0029】
装置は、少なくとも1つの黒鉛アーク陰極と、黒鉛陰極からマグネトロンスパッタリングによりta−C層を堆積させる前にこの少なくとも1つの黒鉛アーク陰極から結合層上にアーク炭素層を堆積させるためのアークを生成する装置とを有することも可能である。
【0030】
基材は典型的には以下の材料、すなわち、鋼、特に100Cr6、チタン、チタン合金、アルミニウム合金、およびWCなどのセラミック材料のうちの1つから成る。他の材料も同様に可能となり得る。RFバイアスまたは単極パルスバイアスが印加される場合は、自由選択的に非伝導性基材材料も使用可能である。一般に、研磨耐磨耗性、耐衝撃疲労性および耐食性が必要な、被覆すべき部品および工具のための設定が好ましい。
【0031】
各高周波数パルス列(マクロパルス)の最後の位相については、HIPIMS+OSC高周波数パルス源は、マクロパルス内に含まれる高周波数のパルス(マイクロパルス)のパルス繰り返し周波数より低いパルス繰り返し周波数で単極電力パルス(マクロパルス)を供給するように設計されることが可能である。これは、各高電力パルス列の最後においてチャンバ内で非常に高いイオン化の度合いを維持するのに必要なエネルギーが次には低くなり、従って、散逸の必要な熱が少なくなり、1つまたは複数の黒鉛陰極の作動温度が低下するという事実を反映している。
【0032】
HIPIMS+OSC電源は好都合には、高周波数電力パルスを供給するように充電可能なコンデンサと、コンデンサと1つまたは複数の陰極との間に接続されるまたは接続可能なLC振動回路とを備える。
【0033】
陰極電源は好ましくは、プログラムによって制御可能な電子スイッチであって、所望のパルス列を生成するためのパルス列繰り返し周波数でコンデンサを少なくとも1つの陰極に接続するように適合された電子スイッチを備える。
【0034】
電子スイッチまたは付加的な電子スイッチは、各パルス列の高電力DCパルスの所望のパルス繰り返し周波数で高周波数DC電力パルスを生成するためにLC回路を介して増大位相の後にコンデンサを少なくとも1つの陰極に接続するように適合可能である。
【0035】
従って、LC振動回路は便利なことには、パルス列の高周波数DCパルス成分の生成のために提供される。LC振動回路がDCパルス成分を生成するのに使用されるのは少しばかり奇妙に思われるかもしれない。しかしながら装置は、DCパルスを生じる固有の整流機能を有すると思われる。
【0036】
本発明はまた、金属またはセラミック材料から成る少なくとも1つの基材(ワークピース)上に少なくとも実質的に水素フリーのta−C層を製造する方法を含み、この方法は、ta−C層が、水素を含有しない不活性ガス供給源および真空ポンプに接続可能な真空チャンバ内で、マグネトロンを形成するための関連する磁石配置を有する少なくとも1つの黒鉛陰極であって炭素材料の供給源として機能する少なくとも1つの黒鉛陰極から、少なくとも1つの基材に負のバイアスを印加するバイアス電源と、少なくとも1つの黒鉛陰極および関連する陽極に接続可能な陰極電源とを用いながらマグネトロンスパッタリングによって堆積され、陰極電源は、所定の時間間隔で離間された高電力パルス列を伝達するように設計され、各高電力パルス列は、自由選択では増大位相の後に、少なくとも1つの黒鉛陰極に供給されるように適合された高周波数のDCパルスの列から成るように適合された高周波数のDCパルスの列から成り、高周波数のDC電力パルスは、100kWから
少なくとも2メガワット
の範囲のピーク電力
を有し、各マクロパルスが高周波数のDC電力パルスの列から成る複数のマクロパルスが、1Hz〜350kHzの範囲のパルス繰り返し周波数
を有する。
【0037】
マクロパルスのパルス繰り返し周波数は、好ましくは1Hz〜2kHzの範囲、特に1Hz〜1.5kHzの範囲、特に、約10〜30Hzである。
【0038】
本発明はまた、ta−C被覆へのドープ剤の使用を含む。これに関して、ドープ剤は、アーク、スパッタ、またはHIPIMS陰極(Si、Cr、Ti、W、WC)で作動されるスパッタターゲットからの金属、または気相の前駆体(炭化水素ガス、窒素、酸素、シラン、HMDSO、TMSのようなSi含有前駆体)から供給されるドープ剤とすることができる。
【0039】
本発明はまた、本願の請求項のうちの1つの方法によって作成されるta−C層を有する基材に関連する。
【0040】
本発明は、添付の図面に関連してより詳細に以下に説明される。