特許第6228797号(P6228797)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6228797
(24)【登録日】2017年10月20日
(45)【発行日】2017年11月8日
(54)【発明の名称】塗装ステンレス鋼箔およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 15/08 20060101AFI20171030BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20171030BHJP
   C23C 22/62 20060101ALI20171030BHJP
【FI】
   B32B15/08 G
   B32B9/00 A
   C23C22/62
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-201304(P2013-201304)
(22)【出願日】2013年9月27日
(65)【公開番号】特開2015-66730(P2015-66730A)
(43)【公開日】2015年4月13日
【審査請求日】2016年2月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105050
【弁理士】
【氏名又は名称】鷲田 公一
(72)【発明者】
【氏名】中村 浩茂
(72)【発明者】
【氏名】牧野 智訓
(72)【発明者】
【氏名】杉田 修一
【審査官】 岩田 行剛
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第05326594(US,A)
【文献】 特開2010−031320(JP,A)
【文献】 特開平04−293789(JP,A)
【文献】 特開2006−175826(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00−43/00
C23C 22/00−30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼箔と、
前記ステンレス鋼箔の表面に、ケイ酸塩のみがSi換算で0.1〜20mg/m析出したケイ酸塩層と、
前記ケイ酸塩層の上に形成された、シランカップリング剤および有機樹脂を含有する化成処理皮膜と、
前記化成処理皮膜の上に形成された塗膜と、
を有する、塗装ステンレス鋼箔。
【請求項2】
ステンレス鋼箔の表面に、ケイ酸塩のみをSi換算で0.1〜20mg/m析出させる工程と、
前記ケイ酸塩のみを析出させた前記ステンレス鋼箔の表面に、シランカップリング剤および有機樹脂を含有する化成処理液を塗布して、化成処理皮膜を形成する工程と、
前記化成処理皮膜の上に塗膜を形成する工程と、
を有する、塗装ステンレス鋼箔の製造方法。
【請求項3】
前記ケイ酸塩のみを析出させる工程は、
前記ステンレス鋼箔の表面に、Si換算で0.5〜10g/Lのケイ酸塩を含有し、かつpHが9〜14、液温が40〜80℃の第1処理液を接触させる工程と、
前記第1処理液を接触させた前記ステンレス鋼箔の表面に、Si換算で0.01〜0.5g/Lのケイ酸塩を含み、かつ液温が40〜80℃の第2処理液を接触させる工程と、
を含む、
請求項2に記載の塗装ステンレス鋼箔の製造方法。
【請求項4】
前記ケイ酸塩のみを析出させる工程の後、かつ前記化成処理皮膜を形成する工程の前に、前記ステンレス鋼箔の表面を、ケイ酸塩の濃度がSi換算で0.01g/L未満の第3処理液で洗浄する工程をさらに有する、請求項2に記載の塗装ステンレス鋼箔の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装ステンレス鋼箔およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼板を基材として塗装鋼板を製造する際には、塗装前処理としてクロメート処理を行うのが一般的であった。塗料を塗布する前にクロメート処理を行うことで、基材に対する塗膜の密着性や、塗装鋼板の耐水性、耐食性などを向上させることができる。
【0003】
しかしながら、近年になって、環境負荷の軽減が重視される傾向から、六価クロムを含有しない非クロム系の塗装前処理液の開発が盛んに進められている。非クロム系の塗装前処理液の多くは、水性有機樹脂や金属化合物などを水系溶媒に配合したものである(例えば、特許文献1〜5参照)。金属化合物は、防錆効果の向上を目的として配合されているが、アルカリ水溶液中では沈殿してしまうことが多い。したがって、通常は、金属化合物を含有する塗装前処理液は、酸性に調整されている。
【0004】
また、金属化合物を含有しない非クロム系の塗装前処理液も開発されている(例えば、特許文献6,7参照)。特許文献6,7には、フェノール樹脂およびシランカップリング剤を水系溶媒に配合した、酸性の塗装前処理液が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−058599号公報
【特許文献2】特開2001−089868号公報
【特許文献3】特開2001−240979号公報
【特許文献4】特開2003−013252号公報
【特許文献5】特開2007−046143号公報
【特許文献6】特開平09−241576号公報
【特許文献7】特開平11−276987号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の通り、従来の非クロム系の塗装前処理液は、酸性のものがほとんどであった。酸性の塗装前処理液は、金属基材に対するエッチング作用が強く、基材からの金属の溶出量が多い。したがって、酸性の塗装前処理液を基材の表面に塗布すると、基材と塗装前処理皮膜との間に基材反応層が形成される。この基材反応層は、金属成分の含有率が高く、柔軟性に乏しい。
【0007】
このように柔軟性に乏しい塗装前処理皮膜(基材反応層を含む)を形成した塗装鋼板をせん断加工すると、「エナメルヘア」と称されるせん断端部の塗膜剥離が発生しやすい。エナメルヘアが発生すると、連続プレス加工を行う際にエナメルヘアを原因とする打痕が塗膜についてしまうことがある。また、エナメルヘアが製品に残存すると、製品の美観が損なわれてしまうおそれがある。
【0008】
以上のように、従来の非クロム系の塗装前処理液を用いて塗装鋼板を製造すると、製品の品質を低下させてしまうエナメルヘアが発生しやすいという問題があった。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、せん断加工を行ってもエナメルヘアが発生しにくい塗装ステンレス鋼箔およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ステンレス鋼箔の表面に所定量のケイ酸塩を析出させることで、上記課題を解決することができることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の塗装ステンレス鋼箔に関する。
[1]ステンレス鋼箔と、前記ステンレス鋼箔の表面に、ケイ酸塩がSi換算で0.1〜20mg/m析出したケイ酸塩層と、前記ケイ酸塩層の上に形成された、シランカップリング剤および有機樹脂を含有する化成処理皮膜と、前記化成処理皮膜の上に形成された塗膜と、を有する、塗装ステンレス鋼箔。
【0012】
また、本発明は、以下の塗装ステンレス鋼箔の製造方法に関する。
[2]ステンレス鋼箔の表面に、ケイ酸塩をSi換算で0.1〜20mg/m析出させる工程と、前記ケイ酸塩を析出させた前記ステンレス鋼箔の表面に、シランカップリング剤および有機樹脂を含有する化成処理液を塗布して、化成処理皮膜を形成する工程と、前記化成処理皮膜の上に塗膜を形成する工程と、を有する、塗装ステンレス鋼箔の製造方法。
[3]前記ケイ酸塩を析出させる工程は、前記ステンレス鋼箔の表面に、Si換算で0.5〜10g/Lのケイ酸塩を含有し、かつpHが9〜14、液温が40〜80℃の第1処理液を接触させる工程と、前記第1処理液を接触させた前記ステンレス鋼箔の表面に、Si換算で0.01〜0.5g/Lのケイ酸塩を含み、かつ液温が40〜80℃の第2処理液を接触させる工程と、を含む、[2]に記載の塗装ステンレス鋼箔の製造方法。
[4]前記ケイ酸塩を析出させる工程の後、かつ前記化成処理皮膜を形成する工程の前に、前記ステンレス鋼箔の表面を、ケイ酸塩の濃度がSi換算で0.01g/L未満の第3処理液で洗浄する工程をさらに有する、[2]に記載の塗装ステンレス鋼箔の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、せん断加工を行ってもエナメルヘアが発生しにくい塗装ステンレス鋼箔を安定して提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.塗装ステンレス鋼箔
本発明に係る塗装ステンレス鋼箔は、ステンレス鋼箔、ケイ酸塩層、化成処理皮膜および塗膜を有する。以下、各構成要素について説明する。
【0015】
塗装基材となるステンレス鋼箔の種類は、特に限定されず、目的に応じて適宜選択されうる。ステンレス鋼の例には、SUS430などのフェライト系ステンレス鋼、SUS430LXなどのTiやNbなどを添加された高純度フェライト系ステンレス鋼、SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼、SUS410などのマルテンサイト系ステンレス鋼、これらの複相系ステンレス鋼などが含まれる。ステンレス鋼箔は、表面仕上げされていてもよい。ステンレス鋼箔の表面仕上げの例には、No.2D、No.2B、No.4、No.8、HL、BA、ダル仕上げ、エンボス仕上げなどが含まれる。また、ステンレス鋼箔は、軟質な焼鈍し材や加工硬化させたハイテン材などの高強度ステンレス鋼を用いてもよい。さらに、ステンレス鋼箔の表面は、酸洗処理されていてもよい。使用される酸洗処理液の例には、塩酸、硫酸、硝酸、フッ酸またはこれらを組み合わせた混合液などが含まれる。ステンレス鋼箔の厚みは、特に限定されないが、例えば20〜200μm程度である。
【0016】
ケイ酸塩層は、ステンレス鋼箔の表面に層状または島状に形成されており、塗膜密着性を向上させる。ケイ酸塩層は、ステンレス鋼箔表面全体に均一に付着(析出)していることが好ましい。ケイ酸塩層に含まれるケイ酸塩の種類は、特に限定されない。ケイ酸塩の例には、オルソケイ酸ナトリウムなどのオルソケイ酸アルカリ金属塩、メタケイ酸ナトリウムなどのメタケイ酸アルカリ金属塩、セスキケイ酸ナトリウムなどのセスキケイ酸アルカリ金属塩などが含まれる。これらのケイ酸塩は、単独で含まれていてもよいし、2種以上含まれていてもよい。
【0017】
ケイ酸塩の付着量(析出量)は、Si換算で0.1〜20mg/mの範囲内であり、Si換算で0.5〜12mg/mの範囲内であることがより好ましい。ケイ酸塩の付着量(析出量)がSi換算で0.1mg/m未満の場合、全面に均一付着(析出)することが困難となり(部分析出)、せん断加工によって、ダレ直下ではステンレス鋼箔と化成処理皮膜の界面で塗膜剥離を生じるため、エナメルヘアが生じるおそれがある。一方、ケイ酸塩の付着量(析出量)がSi換算で20mg/m超の場合、部分的に高付着部位(高析出部位)が形成されるため、せん断加工によって高析出部位の凝集破壊を引き起こし、エナメルヘアが生じるおそれがある。ステンレス鋼箔の表面に析出したケイ酸塩のSi換算の付着量は、蛍光X線分析により定量できる。
【0018】
化成処理皮膜は、ケイ酸塩層の表面またはステンレス鋼箔の表面に形成されており、塗膜密着性を向上させる。化成処理皮膜は、シランカップリング剤および有機樹脂を含む。
【0019】
シランカップリング剤の種類は、特に限定されないが、第1級アミノ基を有することが好ましい。化成処理皮膜を形成する後述の化成処理液にポリカルボジイミド化合物が配合されている場合、第1級アミノ基を有するシランカップリング剤は、ポリカルボジイミド化合物と架橋して、バリア性の高い緻密な化成処理皮膜を形成する。シランカップリング剤の例には、γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−(2−アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)アミノプロピルトリエトキシシラン、N−(2−アミノエチル)アミノプロピルメチルジエトキシシラン、N−(2−アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシランなどが含まれる。
【0020】
有機樹脂の種類は、特に限定されないが、ウレタン樹脂やフェノール樹脂などの水系樹脂が使用される。ウレタン樹脂やフェノール樹脂などの水系樹脂は、極性基を有しているため、密着性向上の観点から好ましい。
【0021】
有機樹脂の数平均分子量は、1000〜1000000の範囲内であることが好ましい。数平均分子量が1000未満の場合、化成処理皮膜の形成性が不十分なおそれがある。一方、数平均分子量が1000000超の場合、化成処理液の安定性が低下するおそれがある。
【0022】
有機樹脂のガラス転移温度(Tg)は、0〜100℃の範囲内であることが好ましい。ガラス転移温度が0℃未満の場合、成形加工時に塗膜のカジリが発生しやすくなるおそれがある。一方、ガラス転移温度が100℃超の場合、有機樹脂の凝集力が高くなり、成形加工時の密着性が低下するおそれがある。
【0023】
化成処理皮膜の付着量は、1〜500mg/mの範囲内であることが好ましい。化成処理皮膜の付着量が1mg/m未満の場合、塗膜との密着性が低下するおそれがある。一方、化成処理皮膜の付着量が500mg/m超の場合、コストの観点から好ましくない。
【0024】
塗膜は、樹脂を含み、化成処理皮膜の表面に形成されている。塗膜に含まれる樹脂の種類は、特に限定されず、公知の有機樹脂から適宜選択すればよい。有機樹脂の例には、ウレタン系樹脂、エポキシ樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン−アクリル酸共重合体などのオレフィン系樹脂、ポリスチレンなどのスチレン系樹脂、ポリエステル樹脂、これらの共重合物または変性物、アクリル系樹脂、フッ素系樹脂などが含まれる。
【0025】
以上のように、本発明に係る塗装ステンレス鋼箔では、ステンレス鋼箔の表面に所定量のケイ酸塩を析出させている。このため、本発明に係る塗装ステンレス鋼箔では、ステンレス鋼箔に対する化成処理皮膜および塗膜の密着性が高く、せん断加工を行ってもエナメルヘアが発生しにくい。
【0026】
本発明に係る塗装ステンレス鋼箔の製造方法は、特に限定されない。たとえば、本発明に係る塗装ステンレス鋼箔は、次に説明する製造方法により製造されうる。
【0027】
2.塗装ステンレス鋼箔の製造方法
本発明に係る塗装ステンレス鋼箔の製造方法は、ステンレス鋼箔の表面にケイ酸塩を析出させる工程と、ステンレス鋼箔の表面に化成処理皮膜を形成する工程と、化成処理ステンレス鋼箔の表面に塗膜を形成する工程とを有する。また、ケイ酸塩を析出させた後、化成処理皮膜を形成する前に、ステンレス鋼箔の表面を洗浄する工程を有していてもよい。以下、各工程について、詳細に説明する。
【0028】
(1)第1工程
第1工程では、ステンレス鋼箔の表面に、Si換算付着量で0.1〜20mg/mのケイ酸塩を析出させる。たとえば、第1工程は、ステンレス鋼箔の表面に高濃度のケイ酸塩を含有する水溶液(第1処理液)を接触させる工程と、第1処理液で処理したステンレス鋼箔の表面に低濃度のケイ酸塩を含有する水溶液(第2処理液)を接触させる工程とにより実施される。
【0029】
ステンレス鋼箔の表面に、第1処理液および第2処理液を用いてケイ酸塩を析出させる場合、以下のA工程およびB工程の2段階でケイ酸塩を析出させればよい。
【0030】
[A工程]
A工程では、ステンレス鋼箔の表面に第1処理液を接触させて、ステンレス鋼箔の表面を脱脂して汚れを除去すると共に、ステンレス鋼箔の表面にケイ酸塩を析出させる。
【0031】
第1処理液は、アルカリ性のケイ酸塩水溶液である。第1処理液は、さらに界面活性剤が配合されていてもよい。また、第1処理液は、必要に応じてリン酸塩、縮合リン酸塩、炭酸塩、苛性アルカリ(水酸化ナトリウム、水酸化カリウム)などのアルカリビルダーが配合されていてもよい。
【0032】
上述したように、第1処理液に配合するケイ酸塩の例には、オルソケイ酸ナトリウムなどのオルソケイ酸アルカリ金属塩、メタケイ酸ナトリウムなどのメタケイ酸アルカリ金属塩、セスキケイ酸ナトリウムなどのセスキケイ酸アルカリ金属塩などが含まれる。これらのケイ酸塩は、単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0033】
第1処理液におけるケイ酸塩の濃度は、Si換算で0.5〜10g/Lの範囲内であることが好ましい。ケイ酸塩のSi換算濃度が0.5g/L未満の場合、ケイ酸塩を十分に析出させることができないおそれがある。一方、ケイ酸塩のSi換算濃度が10g/L超の場合、ケイ酸塩の析出量を制御することが困難になるおそれがある。第1処理液中のケイ酸塩のSi換算濃度は、ICP分析によって定量することができる。
【0034】
第1処理液のpHは、9〜14の範囲内であることが好ましい。第1処理液のpHを所定の範囲内に調整することによって、ステンレス鋼箔の表面の水酸基の数を増大させて、ステンレス鋼箔とケイ酸塩、またはステンレス鋼箔と化成処理皮膜の密着性を向上させることができる。一方、pHが9未満の場合、ステンレス鋼箔の表面を十分に脱脂することができないおそれがある。
【0035】
A工程では、ステンレス鋼箔の表面に、第1処理液を1〜30秒間接触させる。第1処理液をステンレス鋼箔の表面に接触させる方法は、特に限定されず、公知の方法から適宜選択すればよい。そのような接触方法の例には、ロールコート法やカーテンフロー法、スピンコート法、スプレー法、浸漬引き上げ法などが含まれる。第1処理液の温度は、40〜80℃の範囲内であることが好ましい。第1処理液の温度が40℃未満の場合、ケイ酸塩を十分に析出させることができないおそれがある。また、界面活性剤を配合した場合であっても、ステンレス鋼箔の表面を十分に脱脂できないおそれがある。一方、第1処理液の温度が80℃超の場合であり、かつ界面活性剤を配合しているときには、ミセルが崩壊して脂分が流出してしまうおそれがある。A工程を行うことにより、ステンレス鋼箔の表面を脱脂して汚れを除去すると共に、ステンレス鋼箔の表面にSi換算付着量で1〜500mg/mのケイ酸塩を析出(付着)させることができる。
【0036】
[B工程]
B工程では、第1処理液を接触させたステンレス鋼箔の表面に第2処理液を接触させて、ステンレス鋼箔の表面に対する密着性が不十分なケイ酸塩を除去すると共に、ステンレス鋼箔の表面のケイ酸塩が析出していない部分にケイ酸塩を析出させる。
【0037】
第2処理液は、Si換算で0.01〜0.5g/Lのケイ酸塩を含むケイ酸塩水溶液である。第2処理液に配合されるケイ酸塩は、第1処理液に配合したケイ酸塩と同じ塩を使用することができる。第2処理液中のケイ酸塩のSi換算濃度は、ICP分析によって定量することができる。
【0038】
B工程では、第1処理液を接触させたステンレス鋼箔の表面に、第2処理液を2〜30秒間接触させた後、乾燥させる。第2処理液をステンレス鋼箔の表面に接触させる方法は、特に限定されず、公知の方法から適宜選択すればよい。そのような接触方法の例には、ロールコート法やカーテンフロー法、スピンコート法、スプレー法、浸漬引き上げ法などが含まれる。第2処理液の温度は、40〜80℃の範囲内であることが好ましい。第2処理液の温度が40℃未満の場合、密着性が不十分なケイ酸塩を除去することができないおそれがある。一方、第2処理液の温度が80℃超の場合、蒸発量が多くなり、第2処理液中のケイ酸塩の濃度の制御が困難になる場合がある。
【0039】
上記A工程およびB工程により、ステンレス鋼箔の表面に対して密着性に優れるケイ酸塩のみを、Si換算で0.1〜20mg/mの付着量で層状または島状に析出させることができる。
【0040】
上記A工程およびB工程を終えた後、ステンレス鋼箔の表面をゴムロールなどで水切りする。次に説明する第2工程を行わない場合は、ステンレス鋼箔の表面を乾燥させる。ステンレス鋼箔を乾燥させる方法は、特に限定されず、常温乾燥、30〜150℃での加熱乾燥またはブロアー乾燥のいずれであってもよい。
【0041】
(2)第2工程
前述したように、ステンレス鋼箔の表面にケイ酸塩を析出させた後、化成処理皮膜を形成する前に、ステンレス鋼箔の表面を水または低濃度のケイ酸塩水溶液(第3処理液)で洗浄する工程を有していてもよい。
【0042】
第2工程では、ステンレス鋼箔の表面に、ケイ酸塩の濃度がSi換算濃度で0.01g/L未満の第3処理液を接触させて、ステンレス鋼箔の表面を洗浄する。
【0043】
第3処理液は、水、またはSi換算で0.01g/L未満のケイ酸塩を含む水溶液である。第3処理液に配合されるケイ酸塩は、第1処理液に配合したケイ酸塩と同じ塩を使用することができる。第3処理液中のケイ酸塩のSi換算濃度は、ICP分析によって定量することができる。
【0044】
第2工程を行う場合、第1工程を行った後に、ステンレス鋼箔の表面に第3処理液を0.5〜3秒間接触させた後、乾燥させる。第3処理液の接触時間が長すぎると、ステンレス鋼箔表面のケイ酸塩の付着量が減少してしまうことから、ケイ酸塩の付着量が好適な範囲内となるように接触時間を調整する。第3処理液をステンレス鋼箔の表面に接触させる方法は、特に限定されず、公知の方法から適宜選択すればよい。そのような接触方法の例には、ロールコート法やカーテンフロー法、スピンコート法、スプレー法、浸漬引き上げ法などが含まれる。第3処理液の温度は、40〜80℃の範囲内であることが好ましい。第3処理液の温度が40℃未満の場合、ステンレス鋼箔の表面に対する密着性が不十分なケイ酸塩を除去することができないおそれがある。一方、第3処理液の温度が80℃超の場合、蒸発量が多くなり、第3処理液中のケイ酸塩の濃度の制御が困難になる場合がある。そして、上記B工程と同様に、水切りおよび乾燥させればよい。これにより、ステンレス鋼箔の表面に対して密着性が不十分なケイ酸塩を除去することができる。
【0045】
(3)第3工程
第3工程では、ケイ酸塩を析出させたステンレス鋼箔の表面に、シランカップリング剤と有機樹脂を含有する化成処理液を塗布して、化成処理皮膜を形成する。
【0046】
化成処理液は、シランカップリング剤と有機樹脂を含む水系処理液(水溶液)である。化成処理液は、芳香環を有するジイソシアネート化合物、脂肪族ジイソシアネート化合物またはポリカルボジイミド化合物が配合されていてもよい。また、化成処理液の溶媒としては、水に加えて、少量のアルコール、ケトン、セロソルブ系の水溶性有機溶剤などを併用してもよい。
【0047】
化成処理液の固形分濃度は、0.1〜40質量%の範囲内であることが好ましい。固形分濃度が、0.1質量%未満の場合、化成処理皮膜が機能しないおそれがある。一方、固形分濃度が40質量%超の場合、化成処理液の貯蔵安定性が低下するおそれがある。また、化成処理液のpHは、3〜12の範囲内に調整されることが好ましい。
【0048】
調製した化成処理液(pH=3〜12)を、ロールコート法、スプレー法などにより、ステンレス鋼箔の表面に塗布し、水洗することなく常温で乾燥させる。前述のように、常温で乾燥させることで化成処理皮膜を形成することも可能であるが、連続操業を考慮すると50℃以上の温度で乾燥時間を短縮することが好ましい。ただし、乾燥温度が200℃超の場合、化成処理皮膜に含まれている有機成分が熱分解するおそれがあるため好ましくない。これにより、ステンレス鋼箔の表面にSi換算で1〜500mg/mのケイ酸塩を析出(付着)させることができる。
【0049】
(4)第4工程
第4工程では、第3工程後の化成処理皮膜の表面に、塗料を塗布して塗膜を形成する。
【0050】
塗料のベースとなる樹脂の種類は、特に限定されず、公知の有機樹脂から適宜選択すればよい。有機樹脂の例には、ウレタン系樹脂、エポキシ樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン−アクリル酸共重合体などのオレフィン系樹脂、ポリスチレンなどのスチレン系樹脂、ポリエステル樹脂、これらの共重合物または変性物、アクリル系樹脂、フッ素系樹脂などが含まれる。
【0051】
塗料には、防錆顔料をさらに配合してもよい。防錆顔料としては、イオン交換によってカルシウムイオンを結合させた多孔質シリカ粒子(変性シリカ)が使用される。また、変性シリカに加えて、必要に応じてポリリン酸塩も使用してもよい。ポリリン酸塩の例には、ピロリン酸アルミニウム、メタリン酸アルミニウム、トリポリリン酸二水素アルミニウムなどが含まれる。
【0052】
化成処理皮膜の表面に塗膜を形成する方法は、特に限定されない。たとえば、塗料をロールコート法、カーテンコート法などの方法で化成処理皮膜の表面に塗布し、焼き付ければよい。焼き付け温度は、ベースとなる有機樹脂に応じて、180〜500℃の範囲内で適宜調整すればよい。塗膜は、多層構成としてもよい。
【0053】
以上の手順により、本発明に係る塗装ステンレス鋼箔を製造することができる。
【0054】
以上のように、本発明に係る塗装ステンレス鋼箔の製造方法では、アルカリ性の処理液を用いることで、ステンレス鋼箔の表面に基材反応層をほとんど形成することなく所定量のケイ酸塩を析出させている。このため、本発明に係る塗装ステンレス鋼箔の製造方法によれば、せん断加工を行ってもエナメルヘアが発生しにくい塗装ステンレス鋼箔を製造することができる。
【0055】
以下、本発明について実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【実施例】
【0056】
本実施例では、塗装ステンレス鋼箔の塗膜密着性を調べることにより、ステンレス鋼箔に対する化成処理皮膜の密着性を調べた。
【0057】
1.塗装ステンレス鋼箔の作製
(1)ステンレス鋼箔
ステンレス鋼箔(塗装原板)として、板厚0.1mmのSUS430を準備した。
【0058】
(2)塗装前処理
A.各処理液の調製
(A)第1処理液の調製
第1処理液は、水に、表1に示す各種塩(ケイ酸塩または水酸化ナトリウム)を所定の濃度になるように溶解させ、必要に応じてpHを調整することで調製した。表1に示す処理液Cには、ケイ酸塩に加えて、さらに界面活性剤(DKS NL−60;ポリオキシエチレンアルキルエーテル;第一工業製薬株式会社)を2g/Lの濃度で配合した。表1に示す処理液Fには、水酸化ナトリウムに加えて、さらに界面活性剤(DKS NL−60;ポリオキシエチレンアルキルエーテル;第一工業製薬株式会社)を10g/Lの濃度で配合した。
【0059】
【表1】
【0060】
(B)第2処理液の調製
水に第1処理液と同じ塩を所定の濃度になるように溶解させて、表2に示す第2処理液を調製した。
【0061】
(C)第3処理液の調製
第3処理液として、表2に示すように、水、または水に第1処理液と同じ塩を所定の濃度になるように溶解させた水溶液を準備した。
【0062】
B.ケイ酸塩の析出
ステンレス鋼箔の表面に、表2に示す条件で第1処理液をスプレー法で塗布した(第1工程)。次いで、ステンレス鋼箔の表面に表2に示す条件で第2処理液をスプレー法で塗布した(第2工程)。最後に、ステンレス鋼箔の表面に表2に示す条件で第3処理液をスプレー法で塗布して、ステンレス鋼箔の表面を洗浄した後(第3工程)、ゴムロールによる水切りおよび常温でのブロアー乾燥を行った。
【0063】
各ステンレス鋼箔の表面に析出したケイ酸塩のSi換算量を、蛍光X線分析装置(RIX3000;株式会社リガク)を用いて測定した。
【0064】
(3)化成処理
A.化成処理液の調製
水に、N−(2−アミノエチル)アミノプロピルトリエトキシシランおよびカチオン性ウレタン樹脂の混合物(質量比6:4)を配合して、固形分濃度が5質量%の化成処理液を調製した。カチオン性ウレタン樹脂は、以下の手順で調製した。ポリエーテルポリオール160質量部、トリメチロールプロパン5質量部、N−メチル−N,N−ジエタノールアミン25質量部、イソホロンジイソシアナート95質量部およびメチルエチルケトン130質量部を反応容器に入れ、75℃で30分間加熱してウレタンプレポリマーを得た。次いで、ウレタンプレポリマーに硫酸ジメチル18質量部を配合し、55℃で40分間加熱して、カチオン性ウレタンプレポリマーを得た。次いで、カチオン性ウレタンプレポリマーに、水600質量部を加えて、均一に乳化させた後、メチルエチルケトンを回収して、カチオン性ウレタン樹脂を調製した。
【0065】
B.化成処理皮膜の形成
各ステンレス鋼箔の表面に、調製した化成処理液をロールコート法で塗布し、80℃で乾燥させて、皮膜付着量が120mg/mの化成処理皮膜を形成した。
【0066】
(4)塗装
化成処理皮膜上に、ポリエステル系塗料を塗布し、到達板温度230℃で焼付けて、膜厚10μmの塗膜を形成した。
【0067】
2.密着性評価試験
作製した各塗装ステンレス鋼箔についてせん断加工を行い、エナメルヘア(塗膜剥離)が発生するかどうかを調べた。せん断加工は、15トンプレス機にせん断金型を装着して行った。加工条件は、パンチ径φ20mm、ダイ径φ20.08mm(鋼箔の厚みに対するクリアランス10%)、加工速度100spmとした。エナメルヘアの発生は、せん断端部にセロハンテープを貼り付け、瞬時に引き剥がした後、せん断端部のポリエステル系塗膜の状態を、走査型電子顕微鏡を用いて表面観察(500倍)することで確認した。
【0068】
セロハンテープを剥がした後のせん断端部において、塗膜剥離および塗膜剥離がまったく観察されなかった場合は、エナメルヘアの発生を完全に抑制することができたとして「◎」と評価した。また、セロハンテープを剥がした後のせん断端部において、端面から50μm以内の微小幅の不連続の塗膜剥離または塗膜剥離が観察された場合は、エナメルヘアを抑制することができたとして「○」と評価した。一方、端面から50μmを超える幅のエナメルヘア状の塗膜剥離または塗膜浮きが観察された場合は、エナメルヘアを抑制することができなかったとして「×」と評価した。
【0069】
各塗装ステンレス鋼箔のせん断加工によるエナメルヘアの発生状態の評価結果を表2に示す。
【0070】
【表2】
【0071】
塗膜の剥離または塗膜剥離が生じていた塗装ステンレス鋼箔では、ステンレス鋼箔と化成処理皮膜の界面で剥離が生じていた。No.27〜29(比較例)の塗装ステンレス鋼箔では、ステンレス鋼箔の表面のSi析出量が20mg/m以上であったため、化成処理皮膜の密着性が悪かった。また、No.30〜35(比較例)の塗装ステンレス鋼箔では、ステンレス鋼箔の表面のSi析出量が0.1mg/m未満であったため、化成処理皮膜の密着性が悪かった。一方、塗装ステンレス鋼箔No.1〜26(実施例)では、ステンレス鋼箔の表面のSi析出量が0.1〜20mg/mの範囲内であったため、化成処理皮膜の密着性が良好であった。特に、No.2〜7、10〜15、および18〜23(実施例)の塗装ステンレス鋼箔では、ケイ酸塩の付着量が、Si換算で0.5〜12mg/mの範囲内であったため、化成処理皮膜の密着性がさらに良好であった。
【0072】
また、塗装原板として板厚が0.1mmのSUS304およびSUS430LXを用いて、表2に示す各条件で塗装ステンレス鋼箔を作製し、化成処理皮膜の密着性を評価した。その結果、ケイ酸塩の析出量がSi換算で0.1〜20mg/mの塗装ステンレス鋼箔では、塗装原板としてSUS430を使用した場合と同様に、密着性の評価が「◎」または「○」と良好であった。
【0073】
さらに、板厚が0.03、0.05、0.2mmのSUS430、SUS304およびSUS430LXを用いて、表2に示す各条件で塗装ステンレス鋼箔を作製し、化成処理皮膜の密着性を評価した。その結果、ケイ酸塩の析出量がSi換算で0.1〜20mg/mの塗装ステンレス鋼箔では、塗装原板としてSUS430を使用した場合と同様に、密着性の評価が「◎」または「○」と良好であった。
【0074】
以上の結果から、本発明に係る塗装ステンレス鋼箔は、化成処理皮膜および塗膜の密着性に優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明に係る塗装ステンレス鋼箔は、化成処理皮膜および塗膜の密着性に優れているため、建築物の屋根材や外装材、家電製品、自動車などの材料として有用である。