特許第6229503号(P6229503)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6229503温度応答性を有する細胞培養基材およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6229503
(24)【登録日】2017年10月27日
(45)【発行日】2017年11月15日
(54)【発明の名称】温度応答性を有する細胞培養基材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20171106BHJP
   C08J 7/18 20060101ALI20171106BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20171106BHJP
【FI】
   C12M3/00 A
   C08J7/18
   !C12N5/071
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-2669(P2014-2669)
(22)【出願日】2014年1月9日
(65)【公開番号】特開2015-130804(P2015-130804A)
(43)【公開日】2015年7月23日
【審査請求日】2016年11月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100125508
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 愛
(72)【発明者】
【氏名】高本 陽子
【審査官】 小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−220320(JP,A)
【文献】 特開2009−79154(JP,A)
【文献】 特開2010−193743(JP,A)
【文献】 特開2011−224398(JP,A)
【文献】 特開2012−165730(JP,A)
【文献】 特表2010−530931(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
C12N 1/00−7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
DWPI(Derwent Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度応答性を有する細胞培養基材の製造方法であって、
温度応答性ポリマーとビスアクリルアミド系架橋剤とを基材に配置する工程、および
基材に配置された温度応答性ポリマーと架橋剤に放射線を照射することにより温度応答性ポリマーを基材に固定化する工程
を含む、前記方法。
【請求項2】
温度応答性ポリマーが、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ビスアクリルアミド系架橋剤がN,N’−メチレンビスアクリルアミドである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
細胞培養基材上に温度応答性層を形成するための、温度応答性ポリマーとビスアクリルアミド系架橋剤とを含む放射線重合性組成物。
【請求項5】
温度応答性ポリマーがビスアクリルアミド系架橋剤を介して基材上に固定化されてなる細胞培養基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度応答性を有する細胞培養基材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療では細胞をシート状に加工した細胞シートによる治療が行われている。細胞培養基材を用いて培養された細胞を剥離させるためには、酵素処理のような方法で接着性タンパク質を破壊する必要があった。その際、結合していた細胞同士は離れてしまうという課題があった。これに対し、温度応答性を有する細胞培養基材を用いて細胞を培養した場合、低損傷で細胞を剥離させることが可能である。
【0003】
特許文献1では、細胞培養基材に温度応答性ポリマーの原料であるモノマー水溶液を塗布し、放射線照射によって基材表面に温度応答性ポリマーを固定化している。この方法は、放射線重合で製造することで開始剤の添加が不要になっている点では優れているが、現在汎用的に使われている温度応答性ポリマーであるポリ−N−イソプロピルアクリルアミドのモノマーには神経毒性があるため製造環境の安全性担保が難しくなるという問題点がある。
【0004】
特許文献2では、基板に架橋性重合開始剤を塗工して重合開始層を形成した後に、アミド基と重合性基を含む化合物を接触させて温度応答性ポリマー層を形成させている。この方法では、重合開始層にエステル結合を有する化合物が使われている場合、加水分解によって温度応答性ポリマーが基材表面から消失する可能性がある。また、重合開始層を塗布する分、工程が増えてしまう問題がある。
【0005】
特許文献3では、細胞培養基材上にアクリル酸エステル系モノマーと無機材料の複合体の層を形成し、その表面に開始剤層を塗布した後、温度応答性ポリマーの原料であるモノマーの水溶液を塗布してUVを照射し、温度応答性ポリマー層を固定化している。この方法では、アクリル酸エステル系モノマーと無機材料の複合体が加水分解を起こし、細胞培養基材上から温度応答性ポリマーが消失する可能性がある。また、細胞培養基材上に温度応答性ポリマー層を固定化するための前段階の工程が煩雑であり、毒性の高いモノマーを使用しているため製造環境の安全性の確保が課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−224398号公報
【特許文献2】特開2009−079154号公報
【特許文献3】特許第4430123号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、モノマーの重合による温度応答性ポリマー層の形成方法は効率的である一方で、部位によりモノマーの重合度が異なる場合や、基材間でモノマーの重合度が異なる場合があり、温度応答性等の品質にばらつきが生じるという問題があることを見出した。一方、あらかじめ重合させておいた温度応答性ポリマーはモノマーの二重結合に相当するような反応性官能基が残存していないため、電子線照射のみでは基材への充分な固定化が困難であるという課題があった。
【0008】
そこで本発明は、細胞培養基材の製造方法において、品質のばらつきと製造上の毒性の課題を解決し、かつ基材への温度応答性ポリマーの固定化を安定的に行う方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、温度応答性ポリマーと、ビスアクリルアミド系架橋剤とを基材に配置し、放射線を照射して温度応答性ポリマーを基材に固定化する方法により、毒性のあるモノマーを用いることなく、また品質のばらつきなく、温度応答性ポリマーを長期にわたり安定的に基材に固定化できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)温度応答性を有する細胞培養基材の製造方法であって、
温度応答性ポリマーとビスアクリルアミド系架橋剤とを基材に配置する工程、および
基材に配置された温度応答性ポリマーと架橋剤に放射線を照射することにより温度応答性ポリマーを基材に固定化する工程
を含む、前記方法。
(2)温度応答性ポリマーが、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドである、(1)に記載の方法。
(3)ビスアクリルアミド系架橋剤がN,N’−メチレンビスアクリルアミドである、(1)または(2)に記載の方法。
(4)細胞培養基材上に温度応答性層を形成するための、温度応答性ポリマーとビスアクリルアミド系架橋剤とを含む放射線重合性組成物。
(5)温度応答性ポリマーがビスアクリルアミド系架橋剤を介して基材上に固定化されてなる細胞培養基材。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、毒性の高いモノマーを使用しないため、製造上の安全性が高い。また、ビスアクリルアミド系架橋剤は化学的に安定な架橋構造を形成することができ、長期保存に適した安定な細胞培養基材を提供することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、細胞を培養して細胞シートを形成し、これを非浸襲的に回収するのに好適な、温度応答性を有する細胞培養基材の製造方法に関する。本発明の細胞培養基材の製造方法は、温度応答性ポリマーとビスアクリルアミド系架橋剤とを基材に配置する工程、および基材に配置された温度応答性ポリマーと架橋剤に放射線を照射することにより温度応答性ポリマーを基材に固定化する工程を含む。
【0013】
本発明は温度応答性ポリマーを基材表面に固定化するためにエステル結合を有しない架橋剤を用いているため長期保存安定性に優れ、また、塗布工程が複数回に及ぶことはなく生産性が改善される。さらに、加水分解による温度応答性ポリマー層の消失を防ぐことができる。
【0014】
本発明に好適に使用できる温度応答性ポリマーは細胞培養温度下(通常、37℃程度)において疎水性を示し、培養した細胞シートの回収時の温度下において親水性を示すものである。なお、温度応答性ポリマーが、疎水性から親水性に変化する温度(水に対する臨界溶解温度(T))としては、特に限定されないが、培養後の細胞シートの回収の容易さの観点からは、細胞培養温度よりも低い温度であることが好ましい。このような温度応答性ポリマー成分を含むことで、細胞培養時においては、細胞の足場(細胞接着面)が充分に確保されるため細胞培養を効率よく行うことができる。その一方、培養後の細胞シートの回収時においては、疎水性部分を親水性に変化させ、培養された細胞シートを細胞培養基材から分離させることで、細胞シートの回収をより一層容易にすることができる。特に所定の臨界溶解温度未満の温度で親水性を示し、同温度以上の温度で疎水性を示す温度応答性ポリマーが好ましい。このような温度応答性ポリマーにおける臨界溶解温度を特に下限臨界溶解温度と呼ぶ。
【0015】
本発明に好適に使用できる温度応答性ポリマーは具体的には下限臨界溶解温度Tが0〜80℃、好ましくは0〜50℃であるポリマーが好ましい。Tが80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。またTが0℃より低いと、一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため好ましくない。そのような好適なポリマーとしてはアクリル系ポリマーまたはメタクリル系ポリマーが挙げられる。具体的に好適なポリマーとしては、例えばポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、およびポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。さらに、ポリ−N−エチルアクリルアミド、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド、ポリ−N−シクロプロピルメタクリルアミド、ポリ−N−アクリロイルピロリジン、ポリ−N−アクリロイルピペリジン、ポリメチルビニルエーテル、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のアルキル置換セルロース誘導体や、ポリプロピレンオキサイドとポリエチレンオキサイドとのブロック共重合体等に代表されるポリアルキレンオキサイドブロック共重合体や、ポリアルキレンオキサイドブロック共重合体が挙げられる。これらのポリマーとその他のポリマーとのグラフトまたはブロック共重合体、あるいは他のポリマーとの混合物を用いてもよい。
【0016】
温度応答性ポリマーの重量平均分子量は、特に制限されないが、100万以下であることが好ましく、60万以下であることがより好ましく、40万以下であることが特に好ましく、かつ5000以上であることが好ましい。分散度(重量平均分子量/数平均分子量)は、1〜6程度であることが好ましい。重量平均分子量が100万を超えると粘度が著しく高くなるため、ポリマーの重合中の溶剤の撹拌や再沈殿などのポリマーの精製作業に支障がでる、あるいは希釈剤として用いる水や有機溶媒が多量に必要となる場合があり、また、重量平均分子量が5000を下回ると耐水性や耐熱性が低下する場合がある。
【0017】
温度応答性ポリマーは、分子量に応じてグラフト密度を調整することが好ましい。例えば、比較的分子量の小さいポリマーは密に固定化し、比較的分子量の大きいポリマーは疎に固定化することが好ましい。
【0018】
ビスアクリルアミド系架橋剤は、(メタ)アクリルアミド基を2つ有する2官能性架橋剤である。(メタ)アクリルアミド基には、アクリルアミド基とメタクリルアミド基が含まれる。ビスアクリルアミド系架橋剤の具体例としては、N,N’−メチレンビスアクリルアミド、N,N’−メチレンビスメタクリルアミド、N,N’−エチレンビスアクリルアミド、N,N’−エチレンビスメタクリルアミド、N,N’−1,2−ジヒドロキシエチレンビスアクリルアミド、N,N’−ヘキサメチレンビスアクリルアミド等が挙げられる。特に、溶剤への溶解性の観点から、N,N’−メチレンビスアクリルアミドが好ましい。3官能性以上の多官能性架橋剤では、架橋構造が複雑になりすぎて制御が難しい、基材に固定化された温度応答性ポリマー層が厚膜になる、もしくは密に固定化されるために細胞接着性が損なわれる、といった問題が生じる。一方、単官能性化合物を架橋剤として添加しても反応性が乏しく、十分な温度応答性ポリマーの固定化量が確保できない問題がある。そのため、架橋剤として用いる化合物は2官能性が望ましい。
【0019】
ビスアクリルアミド系架橋剤は、高エネルギー照射下でラジカルを形成することができ、放射線源にさらされるとフリーラジカルを発生し、架橋およびグラフトを達成する。ビスアクリルアミド系架橋剤を用いることにより、放射線照射により、架橋剤が、温度応答性ポリマーと基材の双方と共有結合を形成することができ、温度応答性ポリマーを基材に対し強固に固定化することができる。また、複数の分岐を持たない、より制御された表面を作製することが可能となる。
【0020】
ビスアクリルアミド系架橋剤は、エステル結合を持たず、加水分解に対して安定な架橋構造を形成することから、長期保存に適した安定な温度応答性ポリマー層を形成することができる。また、ビスアクリルアミド系架橋剤は低分子架橋剤であるため、長鎖の架橋剤に比べて反応性がゆるやかであり、良好な基材を製造するための濃度範囲を広く設定でき、製造管理がしやすくなる利点がある。これは、ポリエチレングリコールジアクリレートのような主鎖の長い架橋剤に比べると架橋反応の自由度が低いためである。
【0021】
温度応答性ポリマーおよび架橋剤を基材に配置する工程においては、温度応答性ポリマーおよび架橋剤の混合物を調製して基材に配置してもよいし、温度応答性ポリマーと架橋剤をそれぞれ別々に基材に配置してもよい。別々に配置する場合は、同時に配置する必要はなく、例えば、架橋剤を基材に配置した後に、温度応答性ポリマーを重ねて配置してもよい。この場合、架橋剤と温度応答性ポリマーは、それぞれ好適な溶媒に溶解した上で基材に配置することが好ましい。架橋剤を基材に配置した後に、温度応答性ポリマーを重ねる場合では、架橋剤と温度応答性ポリマーの反応の場が界面に限定されてしまうため、温度応答性ポリマーおよび架橋剤を含む混合物としての放射線重合性組成物を調製し、基材に配置することが好ましい。放射線重合性組成物は、温度応答性ポリマーと、ビスアクリルアミド系架橋剤とを、好ましくは適当な溶媒に溶解することにより調製できる。
【0022】
温度応答性ポリマーおよび/または架橋剤を溶解する溶媒は、温度応答性ポリマーおよび/または架橋剤を溶解できるものであれば特に制限はないが、常庄下において沸点120℃以下、特に60〜110℃のものが好ましい。好ましい溶媒としては、具体的にはメタノール、エタノール、n−プロパノール、i−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール、および水等が挙げられ、これらは組み合わせて使用してもよい。その他の溶媒、例えば1−ペンタノール、2−エチル−1−ブタノール、2−ブトキシエタノール、およびエチレン(もしくはジエチレン)グリコールまたはそのモノエチルエーテル等も使用可能であるが、好ましくはメタノール、エタノール、i−プロパノールを用いる。メタノール、エタノール、i−プロパノールは、基材として細胞培養に汎用されるポリスチレンを選択した場合において表面を侵さないため好ましい。必要であれば、上記溶液にはその他添加剤として、硫酸等で代表される酸類、モール塩等を配合してよい。
【0023】
放射線重合性組成物における温度応答性ポリマーの含有量は、好ましくは放射線照射の直前における濃度が4重量%以上、好ましくは6重量%以上であり、好ましくは10重量%以下である。温度応答性ポリマーの含有量を4重量%以上とすることで、ポリマーのグラフト不足によって細胞が接着したものの剥離しない状況を回避でき、剥離性の良好な温度応答性ポリマー層を得ることができる。温度応答性ポリマーの含有量を10重量%以下とすることで、ポリマーのグラフト過多による細胞の接着不良が生じるのを防止できる。すなわち、基材に塗布する放射線重合性組成物における温度応答性ポリマーの濃度を適切な範囲とすることで、適切な温度応答性能を付与することができ、細胞を接着させるとともに、温度変化により細胞を剥離することができる。
【0024】
放射線重合性組成物におけるビスアクリルアミド系架橋剤の含有量は、好ましくは放射線照射の直前における濃度が0.4重量%以上であり、好ましくは1.0重量%以下、より好ましくは0.8重量%以下である。ビスアクリルアミド系架橋剤の含有量を0.4重量%以上とすることで、温度応答性ポリマーを十分グラフトさせることができる。ビスアクリルアミド系架橋剤の含有量を1.0重量%以下とすることで、過剰量の架橋剤による表面荒れを防ぐと同時に、温度応答性ポリマー層のグラフト過多による親水性の向上と細胞の接着不良を防止できる。
【0025】
特に、温度応答性ポリマーを4〜10重量%の濃度で含み、ビスアクリルアミド系架橋剤を0.4〜1.0重量%の濃度で含む放射線重合性組成物が好ましい。このような放射線重合性組成物を用いることにより、細胞培養時には細胞接着性に優れ、下限臨界溶解温度未満では剥離性に優れた温度応答性ポリマー層を得ることができる。
【0026】
基材は、その表面が、架橋剤の(メタ)アクリルアミド基と放射線照射により共有結合し得る材料を含むものであることが好ましい。表面のみが、(メタ)アクリルアミド基と放射線照射により共有結合し得る材料を含むものであってもよいし、基材の全部がそのような材料を含むものであってもよい。このような基材の材料は、通常細胞培養に用いられるガラス類、プラスチック類、セラミックス、金属等が挙げられるが、細胞培養が可能な材料であれば特に限定されない。基材の表面または中間層に本発明の目的を妨げない限り任意の層を設けてもよいし、任意の処理を施してもよい。例えば、基材表面にオゾン処理、プラズマ処理、スパッタリング等の処理技術を用いて親水化を施すことができる。
【0027】
基材を構成する材料であって、それ自体が(メタ)アクリルアミド基と共有結合を形成し得るものとしては、ポリスチレン、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリウレタン、ウレタンアクリレート、ポリメチルメタクリレート等のアクリル系樹脂、ポリアミド(ナイロン)、ポリカーボネート、共役結合を持つ天然ゴム、共役結合を持つ合成ゴム、ポリシリコンを含有するシリコンゴム等が挙げられる。基材はこれらの材料を2種以上含むブレンドポリマーまたはポリマーアロイからなるものであってもよい。
【0028】
(メタ)アクリルアミド基と共有結合するように表面処理された基材としては、表面が易接着処理されたポリエチレンテレフタレート、表面がコロナ処理またはプラズマ処理された合成樹脂、表面がウレタンアクリレート等のアクリル系樹脂により被覆された合成樹脂等が挙げられる。基材はこれらの材料を2種以上含むブレンドポリマーまたはポリマーアロイからなるものであってもよい。合成樹脂としてはナイロン、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、ポリプロピレンまたはポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリスチレン等が挙げられる。合成樹脂はこれらの材料を2種以上含むブレンドポリマーまたはポリマーアロイからなるものであってもよい。
【0029】
基材の形状としては、ディッシュ形状、フィルム形状、多孔質形状などが挙げられる。フィルム形状基材を用いる場合、フィルム形状基材表面に温度応答性ポリマーと架橋剤の層を形成した後、細胞培養に適した形状(例えばディッシュ形状)に加工することができる。また、ディッシュ形状の容器の細胞培養面に、フィルム形状の基材を接着剤などにより貼り付けてもよい。加工の際は、必要に応じて他の材料からなる部材を前記基材と組み合わせて使用することもできる。ディッシュ形状基材を用いる場合、少なくとも細胞接着面となるディッシュ内底面部分が温度応答性ポリマーと架橋剤の層により被覆されればよい。
【0030】
本発明で用いる基材としては、細胞培養において実績のある、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、多孔質ポリエチレンテレフタレート、多孔質ポリカーボネートが特に適している。
【0031】
温度応答性ポリマーおよび架橋剤を配置することにより基材上に形成する塗膜の塗布量は温度応答性ポリマーが機能(例えば温度応答性)を発揮するのに必要な塗布量である50mg/m以上あればよいが、より好ましくは3g/m以上が望ましい。塗布量の上限は特にないが、40g/m未満が好ましく、20g/m以下がより好ましい。塗布量が40g/m以上である場合には、厚みが増して塗膜厚が安定しないこと、厚みが増して放射線の貫通・照射量が安定しないこと、並びに照射エネルギーに由来する膜内の対流によりポリマーの被覆量にムラが生じる場合がある。また、遊離のポリマーを洗浄するための洗浄時間を短くするためには塗膜量は20g/m以下が望ましい。
【0032】
温度応答性ポリマーおよび架橋剤の基材への小面積への塗布方法としては公知のいずれの方法でもよく、例えばスピンコーター、バーコーター等による塗布法、噴霧塗布法等が挙げられる。大面積への塗布方法としてはブレードコーティング法、グラビアコーティング法、ロッドコーティング法、ナイフコーディング法、リバースロールコーティング法、オフセットグラビアコーティング法等が使用できる。
【0033】
ベタ形成においては、グラビアコート法、ロールコート法、スロットコート法、キスコート法、スプレーコート法、ファウンテンコーティング法等公知のコーティング法を用いることが出来る。又、絵柄層のパターン形成においては、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法等公知の印刷法を用いることが出来る。塗布方法として連続のコート法または印刷法を使用することもできる。連続のコート法または印刷法としては、具体的にはホットメルトコート、ホットラッカーコート、グラビアダイレクトコート、グラビアリバースコート、ダイコート、マイクログラビアコート、スライドコート、スリットリバースコート、カーテンコート、ナイフコート、エアコート、ロールコート等の塗布方法が使用できるが、これらは例示に過ぎず、当業者であれば適用可能なものを使用することができる。
【0034】
本発明の方法は、基材上に配置した温度応答性ポリマーおよび架橋剤に放射線を照射して、基材表面と温度応答性ポリマーとの架橋剤を介した結合反応を進行させる放射線照射工程を含む。ここでいう結合反応は、放射線照射によって、基材と架橋剤との間の共有結合や、架橋剤と温度応答性ポリマーとの間の共有結合が、(メタ)アクリルアミド基を介して形成される反応をさす。
【0035】
使用する放射線としては、α線、β線、γ線、電子線、紫外線等がある。本発明においては、γ線と電子線がエネルギー効率がよく、特に生産性の面から電子線が好ましい。紫外線に関しては適当な重合開始剤や基材とのアンカー剤を組合せることで使用できる。放射線の線量の範囲は、電子線であれば50kGy〜500kGyが好ましく、γ線であれば5kGy〜50kGyが好ましい。
【0036】
放射線照射後は、塗膜を乾燥させて溶媒を除去することが好ましい。乾燥方法としては特に限定されないが、典型的にはドライエア乾燥法、熱風(温風)乾燥法、(遠)赤外乾燥法などが挙げられる。乾燥前の塗膜に放射線を照射した後、乾燥を行ってもよいし、塗膜を乾燥した後に放射線を照射してもよい。ただし、塗膜を乾燥した後に放射線を照射すると、乾燥ムラが生じ、得られる温度応答性ポリマー層の細胞接着性や細胞剥離性において製品間にばらつきが生じる場合がある。したがって、塗膜が乾燥して乾固する前に放射線を照射することが好ましい。
【0037】
上述の各工程を経て形成された細胞培養基材には、基材表面上に共有結合により固定化されたポリマー分子だけでなく、固定化されていない遊離のポリマー分子や、未反応の架橋剤等が存在している。そこでこれらの遊離ポリマーや未反応物を除去するために洗浄を行う洗浄工程を更に含むことが好ましい。
【0038】
洗浄方法としては特に限定されないが、典型的には浸漬洗浄、遥動洗浄、シャワー洗浄、スプレー洗浄、超音波洗浄等が挙げられる。また洗浄液としては典型的には各種水系、アルコール系、炭化水素系、塩素系、酸・アルカリ洗浄液が挙げられる。洗浄方法と洗浄液の組み合わせは洗浄される細胞培養基材に応じて適宜選択すればよい。
【0039】
本発明の方法により製造された細胞培養基材においては、温度応答性等の品質のばらつきがなく、温度応答性ポリマーが基材上に安定的に固定化されており、長期の保存にも適している。本発明の細胞培養基材においては、その表面に固定化された温度応答性ポリマーおよび架橋剤の層の乾燥時の厚さが0.001〜10μmであることが好ましい。
【0040】
また細胞培養基材表面における温度応答性ポリマーの被覆量は、0.2〜6.0μg/cmであることが好ましく、1.0〜4.0μg/cmであることがより好ましい。被覆量が6.0μg/cmを超過すると細胞は細胞培養基材表面上に付着せず、逆に被覆量が0.2μg/cm未満だと培養細胞を基材から剥離回収することが困難となる。このようなポリマー被覆量は、例えばフーリエ変換赤外分光計全反射法(FT−IR−ATR法)、被覆部若しくは非被覆部の染色や蛍光物質の染色による分析、更に接触角測定等による表面分析を単独或は併用して求めることができる。
【0041】
本発明の細胞培養基材は、接着性細胞の培養に、特に好適に使用される。接着性細胞としては、例えば、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞などの内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞などの表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞などの上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞や心筋細胞などの筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞などの神経細胞、軟骨細胞などの骨細胞などが挙げられる。
【0042】
これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。さらにこれら細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞などの多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞などの単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであってもよい。また、細胞は単一種を培養してもよいし二種以上の細胞を共培養してもよい。本発明の細胞培養基材を用いて細胞を培養することにより、細胞シートを作製することができる。こうして作製された細胞シートは表面の接着因子が損なわれていないことに加えて、細胞培養面に接した部分が均一な品質を有することから、再生医療などへの利用に適したものである。また、細胞シートを利用することでバイオセンサー等の検出デバイスへの応用へも展開できる。
【0043】
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は実施例の範囲に限定されるものではない。
【実施例】
【0044】
(温度応答性ポリマーの合成)
300ml三口フラスコにN‐イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)22.6gと開始剤N,N’‐アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.0821gを入れ、メタノール100mlを加えて溶解させた。フラスコ内をアルゴン雰囲気下にし、60℃で24時間撹拌した。生成物を透析チューブによって3日間透析し、4日間凍結乾燥させ、ポリ(NIPAAm)を得た。
【0045】
(温度応答性細胞培養基材の作製)
ポリスチレン製細胞培養ペトリディッシュ(Nunc社製、培養面積8.8cm)を基材とした。ポリ(NIPAAm)が4〜10wt%、N,N’−メチレンビスアクリルアミドが0.4〜1.0wt%になるようにi−プロパノール(IPA)に溶解させ、インキとした。このインキを200μl滴下し、加速電圧200kV、照射線量250kGyの電子線を照射し、温度応答性ポリマー層を基材に固定化した。高圧水洗によって固定化されていないポリマーを除去した。
【0046】
(細胞培養評価)
細胞培養基材に対し、4.0×10cells/cmになるように調整したウシ血管内皮細胞(JCRBより入手)を播種した。使用培地は、10%FBS含有DMEM(シグマ製)を採用した。培養は、COインキュベーターで37℃、5%COの条件にて行い、培養1日経過後に顕微鏡観察を行い、細胞培養基材に細胞が接着しているかどうかを観察した。その後、細胞培養基材を20℃、5%CO条件下のインキュベーターに入庫した。30分後、インキュベーターから出庫し、接着していた細胞が剥離しているかどうかを観察した。結果を「接着性−剥離性」で、以下の表1に示す。いずれの条件でも、細胞の接着と剥離が確認された。
【0047】
表1における接着性の評価基準は以下のとおりである。
○:播種されて基材に接着した細胞のうち、90%以上に伸展している様子が観察された。
△:播種されて基材に接着した細胞のうち、50%程度に伸展している様子が観察された。
【0048】
表1における剥離性の評価基準は以下のとおりである。
○:基材に接着していた細胞のうち、90%以上の細胞が低温処理によって剥離した。
△:基材に接着していた細胞のうち、50%程度の細胞が低温処理によって剥離した。
【0049】
【表1】