【文献】
Anna Eriksson,Mesoporous TiO2-Based Experimental Layout for On-Target Enrichment and Separation of Multi- and Monophosphorylated Peptides Prior to Analysis with Matrix-Assisted Laser Desorption-Ionization Mass Spectrometry,Analytical Chemistry,米国,American Chemical Society,2011年 1月 6日,Vol.83/Iss.3,PP.761-766
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
生体試料等の混合物試料からペプチドを始めとする高分子化合物を同定する際に、イオントラップを備えたイオントラップ質量分析装置が広く用いられている(例えば、下記非特許文献1参照)。この種の質量分析装置では、例えばMALDI(マトリックス支援レーザ脱離イオン化法)により試料がマトリックスとともに真空中で気化され、試料とマトリックスとの間のプロトンの授受によって試料がイオン化される。そして、試料をイオン化することにより得られるイオンをイオントラップに捕捉して質量分析を行うことができるようになっている。
【0003】
図9は、従来のイオントラップ質量分析装置により質量分析を行う際の処理の一例を示したフローチャートである。この例では、イオントラップに捕捉したイオンを、いわゆるCID(衝突誘起解離)により開裂して質量分析を行うことにより、MS
n分析を行う場合について説明する。
【0004】
まず、イオン化された試料の質量分析(MS
1分析)を行うことによりMS
1スペクトルを測定する(ステップS501)。そして、MS
1スペクトルを解析することにより、所定の基準を満たすピークに対応するイオンをMS
2プリカーサイオンとして検出する(ステップS502及びS503)。
【0005】
MS
2プリカーサイオンが検出された場合には(ステップS504でYes)、試料をイオン化することにより得られたイオンをイオントラップ内に捕捉し、MS
2プリカーサイオンとして検出されたイオンを1つずつイオントラップ内に残して開裂させ、質量分析(MS
2分析)を行うことによりMS
2スペクトルを測定する(ステップS505)。その後、MS
2スペクトルを解析することにより、所定の基準を満たすピークに対応するイオンをMS
3プリカーサイオンとして検出する(ステップS506及びS503)。
【0006】
このようにして、MS
nプリカーサイオン(nは2以上の整数)が検出されなくなるまで(ステップS504でNoとなるまで)、ステップS503〜S506の処理が繰り返されることによりMS
n分析が行われる。このMS
n分析により得られたMS
nスペクトルに基づいて、試料成分を同定することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような従来のイオントラップ質量分析装置では、MS
1スペクトルに所定の基準を満たすピークが複数ある場合に、通常は、各ピークから1個ずつMS
2プリカーサイオンが選ばれてMS
2分析が行われる。すなわち、複数個のMS
2プリカーサイオンについて並列的に測定を行い、複数個のペプチドを同定することはなされて来なかった。
【0009】
そのため、MS
1スペクトルの各ピークに対応するMS
2プリカーサイオンについてMS
2分析を行う度に、試料がイオン化されることにより減少し、全ての成分を同定する前に試料が枯渇してしまうおそれがある。また、測定時間が長くなるため、真空中でマトリックスが昇華してしまい、測定を続行できなくなるおそれもある。特に、マトリックスの代表的な化合物であるDHB(2,5-ジヒドロキシ安息香酸)は、真空中で昇華しやすい特性がある。
【0010】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、試料をイオン化させる回数を減少させることができるとともに、測定時間を短縮することができるイオントラップ質量分析装置及びイオントラップ質量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るイオントラップ質量分析装置は、試料をイオン化することにより得られるイオンをイオントラップに捕捉し、当該イオンを開裂させて質量分析を行うことによりMS
n分析(nは2以上の整数)を行うためのイオントラップ質量分析装置であって、MS
1測定処理部と、プリカーサイオン検出処理部と、MS
2測定処理部とを備える。前記MS
1測定処理部は、イオン化された試料の質量分析を行うことによりMS
1スペクトルを測定する。前記プリカーサイオン検出処理部は、前記MS
1スペクトルに基づいて、強度又はS/N比が所定範囲内にある複数のピークに対応するイオンをMS
2プリカーサイオンとして検出する。前記MS
2測定処理部は、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンを前記イオントラップ内で一度に開裂させて質量分析を行うことにより、MS
2スペクトルを測定する。
【0012】
このような構成によれば、MS
1スペクトルに基づいて、強度又はS/N比が所定範囲内にある複数のピークに対応するイオンをMS
2プリカーサイオンとして検出し、それらの複数のイオンをイオントラップ内で一度に開裂させて質量分析を行うことにより、MS
2スペクトルを測定することができる。このようにして得られたMS
2スペクトルに基づいて、複数のピークに対応する成分を一度に同定すれば、測定回数が減少するため、試料をイオン化させる回数を減少させることができるとともに、測定時間を短縮することができる。
【0013】
前記イオントラップ質量分析装置は、MS
3測定処理部をさらに備えていてもよい。この場合、前記MS
3測定処理部は、前記MS
2スペクトルを測定する際の開裂処理により生成されたプロダクトイオンのうち、所定の質量電荷比におけるピークに対応するイオンのみを開裂させて質量分析を行うことにより、MS
3スペクトルを測定してもよい。
【0014】
前記イオントラップ質量分析装置は、遊離性の修飾分子及び付加体によるニュートラルロスにより生じたフラグメントイオンがMS
1スペクトルに存在している場合に、既知のニュートラルロスに対応するイオンの質量電荷比の質量差で隣接するイオンピークの一方をMS
2分析対象となるプリカーサイオンから除外してMS
2分析ができる。これにより、部分構造を共有する複数個のペプチド由来のプロダクトイオンがニュートラルロスにより重畳し、共有されていない部位の構造解析が困難となることを防ぐことが可能となる。
【0015】
前記イオントラップ質量分析装置は、MS
2再測定処理部をさらに備えていてもよい。この場合、前記MS
2再測定処理部は、前記MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合に、同定できなかった成分に対応するイオンについて、前記MS
2測定処理部による処理を再度実行させてもよい。
【0016】
このような構成によれば、各成分間のプロダクトイオン生成効率の差異などに起因して、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合であっても、その同定できなかった成分に対応するイオンについて、MS
2スペクトルを再度測定することができる。このようにして得られたMS
2スペクトルに基づいて再度同定を行えば、各成分間のプロダクトイオン生成効率の差異などを考慮に入れた測定を行うことができる。
【0017】
前記イオントラップ質量分析装置は、オンターゲット分離処理部と、MS
1再測定処理部とをさらに備えていてもよい。この場合、前記オンターゲット分離処理部は、前記MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合に、ターゲット上の試料を当該ターゲット上で分離する処理を行ってもよい。また、前記MS
1再測定処理部は、前記オンターゲット分離処理部による処理が行われた試料に対して、前記MS
1測定処理部による処理を再度実行させてもよい。
【0018】
このような構成によれば、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合であっても、オンターゲット分離処理部による処理が行われた試料に対して、MS
1測定処理部による処理を再度実行させることにより、その成分を同定することができる場合がある。また、オンターゲット分離処理部による処理を行う前の試料ではMS
1スペクトルにピークとして現れなかった成分が、オンターゲット分離処理部による処理を行うことによりピークとして現れる場合がある。したがって、オンターゲット分離処理部による処理が行われた試料に対して、MS
1測定処理部による処理を再度実行させることによって、より多くの成分を同定することができる。
【0019】
本発明に係るイオントラップ質量分析方法は、試料をイオン化することにより得られるイオンをイオントラップに捕捉し、当該イオンを開裂させて質量分析を行うことによりMS
n分析(nは2以上の整数)を行うためのイオントラップ質量分析方法であって、MS
1測定ステップと、プリカーサイオン検出ステップと、MS
2測定ステップとを備える。前記MS
1測定ステップでは、イオン化された試料の質量分析を行うことによりMS
1スペクトルを測定する。前記プリカーサイオン検出ステップでは、前記MS
1スペクトルに基づいて、強度又はS/N比が所定範囲内にある複数のピークに対応するイオンをMS
2プリカーサイオンとして検出する。前記MS
2測定ステップでは、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンを前記イオントラップ内で開裂させて質量分析を行うことにより、MS
2スペクトルを測定する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、強度又はS/N比が所定範囲内にある複数のピークに対応する成分を一度に同定することができるため、測定回数が減少し、試料をイオン化させる回数を減少させることができるとともに、測定時間を短縮することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係るイオントラップ質量分析装置の構成例を示した概略図である。本実施形態に係るイオントラップ質量分析装置(以下、単に「質量分析装置」という。)は、例えば生体試料等の混合物試料からペプチドを始めとする高分子化合物を同定する際に使用可能であり、質量分析部1、制御部2及び記憶部3などを備えている。
【0023】
質量分析部1には、例えばイオン化部11、イオントラップ12及びTOFMS(飛行時間型質量分析計)13が備えられている。本実施形態では、質量分析装置の一例として、マトリックス支援レーザ脱離イオン化イオントラップ飛行時間型質量分析装置(MALDI−IT−TOFMS)について説明する。
【0024】
イオン化部11は、試料をイオン化し、得られたイオンをイオントラップ12に供給する。この例では、MALDI(マトリックス支援レーザ脱離イオン化法)を用いて試料にレーザを照射することにより、試料がマトリックスとともに真空中で気化され、試料とマトリックスとの間のプロトンの授受によって試料がイオン化されるようになっている。試料は、例えばプレートからなるターゲット111上に濃縮された状態で準備され、分析の際にターゲット111ごと真空状態のイオン化部11にセットされる。
【0025】
イオントラップ12は、例えば三次元四重極型であり、イオン化部11で得られたイオンを捕捉するとともに、捕捉したイオンの一部を選択的にイオントラップ12内に残し、CID(衝突誘起解離)により開裂させることができる。このようにして開裂されたイオンは、イオントラップ12からTOFMS13に供給される。
【0026】
TOFMS13では、飛行空間131を飛行したイオンがイオン検出器132により検出される。具体的には、飛行空間131に形成された電場により加速されたイオンが、当該飛行空間131を飛行する間に質量電荷比に応じて時間的に分離され、イオン検出器132により順次検出される。これにより、質量電荷比とイオン検出器132における検出強度との関係がスペクトルとして測定され、質量分析が実現される。
【0027】
本実施形態では、イオントラップ12においてイオンを開裂させてTOFMS13で質量分析を行うという一連の動作を繰り返し行うことにより、MS
n分析(nは2以上の整数)を行い、MS
nスペクトルを測定することができる。このようにして得られたMS
nスペクトルを用いてデータベース検索を行うことにより、試料成分を同定することができる。
【0028】
制御部2は、質量分析部1の動作を制御するとともに、質量分析により得られたMS
nスペクトルに対する処理を行う。記憶部3は、例えばRAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)及びハードディスクなどにより構成され、制御部2の処理に用いられるデータや、制御部2の処理により生成されたデータなどが記憶される。制御部2及び記憶部3は、質量分析部1と一体的に構成されていてもよいし、別々に構成されていてもよい。
【0029】
図2は、制御部2及び記憶部3の具体的構成の一例を示したブロック図である。制御部2は、例えばCPU(Central Processing Unit)を含む構成であり、CPUがプログラムを実行することにより、MS
n測定処理部21、プリカーサイオン検出処理部22、同定処理部23及びオンターゲット分離処理部24などとして機能する。
【0030】
MS
n測定処理部21は、質量分析部1でMS
nスペクトルを測定するための処理を行う。測定されたMS
nスペクトルは、記憶部3に割り当てられたスペクトル記憶領域31に記憶される。MS
n分析では、MS
1スペクトル、MS
2スペクトル、MS
3スペクトル、・・・が順次測定され、それぞれスペクトル記憶領域31に記憶される。
【0031】
プリカーサイオン検出処理部22は、MS
n−1スペクトルに基づいて、MS
nスペクトルを測定する際の対象となるイオン(MS
nプリカーサイオン)を検出する。MS
n分析では、まず、イオン化部11でイオン化された試料の質量分析(MS
1分析)がTOFMS13で行われることにより、MS
1スペクトルが測定される。このとき、MS
n測定処理部21は、MS
1測定処理部として機能する。そして、測定されたMS
1スペクトルに基づいて、プリカーサイオン検出処理部22によりMS
2プリカーサイオンが検出される。
【0032】
その後、MS
2プリカーサイオンについてのMS
2分析が行われる。具体的には、イオン化部11で試料をイオン化することにより得られたイオンがイオントラップ12に捕捉され、MS
2プリカーサイオンとして検出されたイオンのみがイオントラップ12内に分離される。そして、イオントラップ12内に残ったイオンがCIDにより開裂され、TOFMS13で質量分析(MS
2分析)が行われることにより、MS
2スペクトルが測定される。このとき、MS
n測定処理部21は、MS
2測定処理部として機能する。
【0033】
同定処理部23は、測定されたMS
nスペクトルに基づいて、試料成分を同定するための処理を行う。この例では、記憶部3の一部であるデータベース領域32に同定用データベースが割り当てられている。当該同定用データベースに含まれる種々の試料成分についての質量電荷比のデータと、MS
nスペクトルに含まれる各ピークの質量電荷比との一致度を算出することにより、試料成分を同定することができる。同定処理は、自動で行われるような構成であってもよいし、ユーザが手動で行うような構成であってもよい。
【0034】
例えばMS
2分析後に試料成分を同定する際には、MS
1スペクトルにおけるMS
2プリカーサイオンに対応するピークの質量電荷比と、MS
2スペクトルにおける各ピークの質量電荷比とに基づいて、同定用データベースを用いたデータベース検索が行われる。その結果、同定できない成分があった場合には、MS
n測定処理部21によりMS
3スペクトルを測定するための処理が行われる。ただし、同定用データベースは、質量分析装置の記憶部3に割り当てられた構成に限らず、例えばネットワークを介して質量分析装置に接続されたデータベースを使用することも可能である。
【0035】
オンターゲット分離処理部24は、質量分析部1に対して、ターゲット111上に濃縮されている試料を当該ターゲット111上で分離(オンターゲット分離)させる処理を行う。オンターゲット分離では、公知の方法を用いて、例えばターゲット111上のリン酸化ペプチドをリン酸塩溶液で流して分離することができる(例えば、Analytical Chemistry, 2011年, 第83号, 761-766ページ参照)。本実施形態では、同定処理部23において同定できない成分があった場合に、オンターゲット分離を行うことができるようになっている。
【0036】
図3は、MS
1スペクトル及びMS
2スペクトルの一例を示した概略図である。ここで、
図3(a)は、ある試料に対してMS
1分析を行うことにより得られたMS
1スペクトルの概略図である。また、
図3(b)は、
図3(a)のMS
1スペクトルに基づいて検出されたMS
2プリカーサイオンについて、MS
2分析を行うことにより得られたMS
2スペクトルの概略図である。
【0037】
本実施形態では、MS
1スペクトルに基づいてMS
2プリカーサイオンを検出する際に、複数のピークに対応するイオンが検出されるようになっている。
図3(a)の例では、MS
1スペクトルにおける強度又はS/N比が所定範囲L内にある複数のピークP11,P12,P13に対応するイオンが、MS
2プリカーサイオンとして検出される。上記所定範囲Lは、予め定められていてもよいし、任意に設定可能であってもよい。
【0038】
上記所定範囲Lは、下限値及び上限値により規定される範囲である。したがって、強度又はS/N比が下限値に満たないピークP14,P15や、上限値を超えるピークP16に対応するイオンは、MS
2プリカーサイオンとして検出されない。これにより、強度又はS/N比が比較的近い複数のピークP11,P12,P13に対応するイオンのみを、MS
2プリカーサイオンとして検出することができる。
【0039】
MS
2分析の際には、イオン化部11で試料をイオン化することにより得られたイオンがイオントラップ12に捕捉された後、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンがイオントラップ12内に分離される。そして、イオントラップ12内に残った複数のイオンがCIDにより一度に開裂され、MS
2分析が行われることにより、
図3(b)に示すようなMS
2スペクトルが得られる。
【0040】
図4は、MS
n分析を行う際の制御部2による処理の一例を示したフローチャートである。MS
n分析を行う際には、まず、イオン化された試料の質量分析(MS
1分析)を行うことによりMS
1スペクトルを測定する(ステップS101:MS
1測定ステップ)。そして、MS
1スペクトルを解析することにより、強度又はS/N比が所定範囲内にある複数のピークに対応するイオンをMS
2プリカーサイオンとして検出する(ステップS102及びS103:プリカーサイオン検出ステップ)。
【0041】
MS
2プリカーサイオンが検出された場合には(ステップS104でYes)、試料をイオン化することにより得られたイオンをイオントラップ12内に捕捉し、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンをイオントラップ12内に残して一度に開裂させ、質量分析(MS
2分析)を行うことによりMS
2スペクトルを測定する(ステップS105:MS
2測定ステップ)。そして、測定されたMS
2スペクトルに基づいて同定処理を行うことにより、試料成分を同定する(ステップS106:同定ステップ)。
【0042】
その後、MS
2スペクトルを解析することにより、強度又はS/N比が所定範囲内にある複数のピークに対応するイオンをMS
3プリカーサイオンとして検出する(ステップS107及びS103:プリカーサイオン検出ステップ)。このとき、MS
3プリカーサイオンとして検出されるイオンに対応するピークの強度又はS/N比の範囲は、MS
2プリカーサイオンとして検出されるイオンに対応するピークの強度又はS/N比の範囲と同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0043】
このようにして、MS
nプリカーサイオンが検出されなくなるまで(ステップS104でNoとなるまで)、ステップS103〜S107の処理が繰り返されることによりMS
n分析が行われる。
【0044】
上記の通り、本実施形態では、MS
1スペクトルに基づいて、強度又はS/N比が所定範囲L内にある複数のピークに対応するイオンをMS
2プリカーサイオンとして検出し、それらの複数のイオンをイオントラップ12内で一度に開裂させて質量分析を行うことにより、MS
2スペクトルを測定することができる。このようにして得られたMS
2スペクトルに基づいて、複数のピークに対応する成分を一度に同定すれば、測定回数が減少するため、試料をイオン化させる回数を減少させることができるとともに、測定時間を短縮することができる。
【0045】
なお、上記実施形態では、強度又はS/N比が所定範囲L内にあるか否かという条件のみに基づいて、複数のピークに対応するイオンをMS
2プリカーサイオンとして検出するような構成について説明したが、これに限らず、他の条件が含まれていてもよい。例えば、質量電荷比が所定範囲内にある複数のピークのうち、強度又はS/N比が所定範囲L内にある複数のピークに対応するイオンをMS
2プリカーサイオンとして検出するような構成であってもよい。この場合、質量電荷比の範囲を複数設定し、それぞれの範囲について測定を行うことにより、測定可能な質量電荷比の範囲を複数に分割して測定するような構成であってもよい。
【0046】
図5は、MS
2プリカーサイオンに遊離しやすいイオンが含まれる場合のMS
1スペクトル及びMS
2スペクトルの一例を示した概略図である。ここで、
図5(a)は、ある試料に対してMS
1分析を行うことにより得られたMS
1スペクトルの概略図である。また、
図5(b)は、
図5(a)のMS
1スペクトルに基づいて検出されたMS
2プリカーサイオンについて、MS
2分析を行うことにより得られたMS
2スペクトルの概略図である。
【0047】
図3の場合と同様に、MS
1スペクトルに基づいてMS
2プリカーサイオンを検出する際には、複数のピークに対応するイオンが検出される。
図5(a)の例では、MS
1スペクトルにおける強度又はS/N比が所定範囲L内にある複数のピークP21,P22,P23、P27に対応するイオンのうち、所定の質量電荷比Δmzの質量差で隣接するイオンP23,P27の一方(この例では低質量側のイオンP27)を除外したイオンP21,P22,P23がMS
2プリカーサイオンとして検出される。一方、強度又はS/N比が上記所定範囲L内にないピークP24,P25,P26に対応するイオンは、MS
2プリカーサイオンとして検出されない。
【0048】
MS
2分析の際には、イオン化部11で試料をイオン化することにより得られたイオンがイオントラップ12に捕捉された後、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンがイオントラップ12内に分離される。そして、イオントラップ12内に残った複数のイオンがCIDにより一度に開裂され、MS
2分析が行われることにより、
図5(b)に示すようなMS
2スペクトルが得られる。
【0049】
この例では、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に遊離しやすいイオンが含まれているため、MS
2スペクトルを測定して得られたプロダクトイオンの中に、プリカーサイオンP23の質量電荷比mz1より所定の質量電荷比Δmz低質量側に高強度のピークP27´が現れている。
【0050】
このように、既知の質量差Δmzから算出される所定の質量電荷比にピークP27´が現れた場合に、MS
2スペクトルからペプチドを同定できなかった場合には、本実施形態では、MS
n測定処理部21が当該ピークP27´に対応するイオンのみを開裂させて質量分析(MS
3分析)を行うことにより、MS
3スペクトルを測定するようになっている。このとき、MS
n測定処理部21は、MS
3測定処理部として機能する。
【0051】
図6A、
図6Bは、MS
n分析を行う際の制御部2による処理の第1変形例を部分的に示したフローチャートである。
図6Aに示した処理は、MS
2プリカーサ選択時(
図4におけるステップS103)、
図6Bに示した処理は、MS
2分析時におけるMS
2スペクトルに基づく同定処理後(
図4におけるステップS106の後)に行うことができる。
【0052】
具体的には、
図6Aに示すように、MS
2プリカーサイオン選択時に、MS
1スペクトルにおける強度又はS/N比が所定範囲L内にある複数のピークP21,P22,P23、P27のうち、所定の質量電荷比Δmzの質量差で隣接するピークP23,P27があれば(ステップS211でYes)、一方のピークを除外したMS
2プリカーサイオンを選択する(ステップS212)。このとき、
図5の例のように、低質量側のピークP27を除外してもよい。
【0053】
また、
図6Bに示すように、同定処理の結果、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合に(ステップS221でYes)、
図6AのステップS212で除外されたピークと同じ質量電荷比を持つピークP27´があるか否かを判定する(ステップS222)。その結果、測定されたMS
2スペクトルに、MS
2プリカーサ候補から既知の修飾分子の質量電荷比に所定の質量差Δmzで隣接するピークとして除外されたピークP27に対応するイオンピークP27´がある場合には(ステップS222でYes)、MS
2スペクトルを測定する際に開裂されたイオントラップ12内のイオンのうち、当該ピークP27´に対応するイオンのみを開裂させる。そして、開裂されたイオンに対して質量分析(MS
3分析)を行うことにより、MS
3スペクトルを測定する(ステップS203:MS
3測定ステップ)。
【0054】
このように、
図6の変形例では、遊離性の修飾分子及び付加体によるニュートラルロスにより生じたフラグメントイオンがMS
1スペクトルに存在している場合に、既知のニュートラルロスに対応するイオンの質量電荷比の質量差Δmzで隣接するイオンピークの一方をMS
2分析対象となるプリカーサイオンから除外してMS
2分析ができる。これにより、部分構造を共有する複数個のペプチド由来のプロダクトイオンが重畳し、共有しない部位の構造解析が困難となることを防ぐことが可能となる。
【0055】
図7は、MS
n分析を行う際の制御部2による処理の第2変形例を部分的に示したフローチャートである。この
図7に示した処理は、MS
2分析時におけるMS
2スペクトルに基づく同定処理後(
図4におけるステップS106の後)に行うことができる。
【0056】
具体的には、同定処理の結果、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合に(ステップS301でYes)、同定できなかった成分に対応するイオンについて、MS
n測定処理部21がMS
2分析を再度実行させる。すなわち、試料をイオン化することにより得られたイオンをイオントラップ12内に捕捉し、同定できなかった成分に対応するイオンのみをイオントラップ12内に残して開裂させ、質量分析を行うことによりMS
2スペクトルを再測定する(ステップS302:MS
2再測定ステップ)。このとき、MS
n測定処理部21は、MS
2再測定処理部として機能する。
【0057】
そして、測定されたMS
2スペクトルに基づいて同定処理を行うことにより、試料成分を同定する(ステップS303:同定ステップ)。このように、
図7の変形例では、各成分間のプロダクトイオン生成効率の差異などに起因して、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合であっても、その同定できなかった成分に対応するイオンについて、MS
2スペクトルを再度測定することができる。このようにして得られたMS
2スペクトルに基づいて再度同定を行えば、各成分間のプロダクトイオン生成効率の差異などを考慮に入れた測定を行うことができる。
【0058】
なお、MS
2スペクトルの再測定は、最初のMS
2スペクトル測定時と同じ測定条件で行ってもよいし、異なる測定条件で行ってもよい。例えば、試料に対するレーザ照射の積算回数やレーザ強度などの測定条件を変更すれば、イオン化しにくい試料を良好に同定できる場合がある。また、
図7におけるステップS301〜S303の処理は、複数回繰り返し行われてもよい。
【0059】
図8は、MS
n分析を行う際の制御部2による処理の第3変形例を部分的に示したフローチャートである。この
図8に示した処理は、MS
2分析時におけるMS
2スペクトルに基づく同定処理後(
図4におけるステップSS106の後)に行うことができる。
【0060】
具体的には、同定処理の結果、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合に(ステップS401でYes)、オンターゲット分離処理部24が、ターゲット111上に濃縮されている試料に対してオンターゲット分離を行うための処理を実行する(ステップS402:オンターゲット分離ステップ)。そして、オンターゲット分離が行われた試料に対して、MS
n測定処理部21がMS
1分析を再度実行させることにより、MS
1スペクトルが測定される(ステップS403:MS
1再測定ステップ)。このとき、MS
n測定処理部21は、MS
1再測定処理部として機能する。
【0061】
図8の変形例では、MS
2プリカーサイオンとして検出された複数のイオンの中に同定できない成分があった場合であっても、オンターゲット分離が行われた試料に対して、MS
1分析を再度実行させることにより、その成分を同定することができる場合がある。また、オンターゲット分離を行う前の試料ではMS
1スペクトルにピークとして現れなかった成分が、オンターゲット分離を行うことによりピークとして現れる場合がある。したがって、オンターゲット分離が行われた試料に対して、MS
1分析を再度実行させることによって、より多くの成分を同定することができる。
【0062】
なお、
図8の処理が行われた後は、
図4におけるステップS102から次の処理を行うことができる。また、
図8におけるステップS401〜S403の処理は、複数回繰り返し行われてもよい。
【0063】
以上の実施形態では、質量分析装置がMALDI−IT−TOFMSである場合について説明した。しかし、このような構成に限らず、例えばイオン化部11がMALDI以外のレーザ照射を利用したイオン化法を用いて、試料をイオン化させるような構成であってもよい。
【0064】
また、TOFMS13に限らず、磁場型質量分析計、四重極型質量分析計、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析計などの他の質量分析計を用いて質量分析を行うような構成であってもよいし、イオントラップ12自体の質量分離機能を利用して質量分析を行うような構成であってもよい。