特許第6229557号(P6229557)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6229557樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物の選別方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6229557
(24)【登録日】2017年10月27日
(45)【発行日】2017年11月15日
(54)【発明の名称】樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物の選別方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0565 20100101AFI20171106BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20171106BHJP
【FI】
   H01M10/0565
   H01B1/06 A
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-50213(P2014-50213)
(22)【出願日】2014年3月13日
(65)【公開番号】特開2015-176663(P2015-176663A)
(43)【公開日】2015年10月5日
【審査請求日】2016年9月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(72)【発明者】
【氏名】濱 大祐
(72)【発明者】
【氏名】漆原 誠
【審査官】 佐藤 知絵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−186731(JP,A)
【文献】 特開2007−131596(JP,A)
【文献】 特開平9−227743(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/0565
H01B 1/06
G06F 19/00
H01M 6/18
H01B 13/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂化合物に導電性を与えることが既知のイオン性化合物を参照して、前記樹脂化合物に候補となる複数の有機カチオンを有するイオン性化合物を個別に添加、混合することにより、前記候補となる複数のイオン性化合物の中から前記樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物を、コンピュータにより選別する方法であって、
(a) 前記樹脂化合物の分子と前記候補となるイオン性化合物を構成するアニオンとカチオンを含んだ計算セルを用意し、前記計算セルに対して、分子シミュレーションを行い、前記樹脂化合物中における前記候補となるイオン性化合物を構成するアニオンとカチオンの前記計算セル内の配置を得るステップと、
(b) 得られた前記配置から前記候補となるイオン性化合物を構成するアニオンとカチオンの重心間の距離を計算し、その距離が閾値以上のアニオンとカチオンをフリーなアニオンとフリーなカチオンとして判定するステップと、
(c) 前記候補となるイオン性化合物を前記樹脂化合物に混合した状態で、前記候補となるイオン性化合物のフリーなアニオンとフリーなカチオンの和(A)を前記候補となるイオン性化合物のアニオンとカチオンの和(B)で除したA/Bをフリーイオン率(Y)として求めるステップと、
(d) 前記(a)ステップから前記(c)ステップまでのステップと同様に、前記候補となるイオン性化合物の代わりに、前記既知のイオン性化合物を前記樹脂化合物に混合した状態で、前記既知のイオン性化合物のフリーイオン率(X)を求めるステップと、
(e) 前記候補となる複数のイオン性化合物の中でそのフリーイオン率(Y)が前記既知のイオン性化合物のフリーイオン率(X)以上であるイオン性化合物を前記樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物として選別するステップと、
を前記コンピュータにより実行することにより、前記樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物を選別することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記イオン性化合物のアニオンとカチオンの重心間の距離rをよこ軸とし、前記イオン性化合物のアニオンの重心周りにおける前記イオン性化合物のカチオンの重心の存在確率を表す動径分布関数g(r)をたて軸とするチャートで、前記イオン性化合物を前記樹脂化合物に混合した状態で測定した、前記イオン性化合物のアニオンの重心周りにおける前記イオン性化合物のカチオンの重心の存在確率の重心間距離による変化を表すとき、前記チャートの第1のピークの後に現れる極小値における重心間距離を、フリーなアニオンとフリーなカチオンを判定するための前記閾値とする請求項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂化合物中に混合させることでこの樹脂化合物に導電性を与えるための導電助剤であるイオン性化合物を効率よく開発及び製造するための選別方法に関する。更に詳しくは、分子シミュレーションによって新規な有機カチオンを有するイオン性化合物の合成前に導電性の評価を行って、こうしたイオン性化合物を選別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂化合物に導電性を与える要求は多く、金属やカーボン等の導電性フィラー、界面活性剤等が樹脂化合物の導電助剤として広く用いられている。その中で、イオン性化合物は少量で樹脂化合物に高い導電性を付与することに加えて、導電助剤として用いても樹脂化合物の長期安定性や粘着特性を悪化させない等の利点を有しており、例えば液晶ディスプレイの保護フィルムの粘着剤の帯電防止化等の目的で用いられており、様々な導電助剤としてのイオン性化合物が開発され利用されている。従来、こうしたイオン性化合物としてアルカリ金属塩が広く使用されてきたが、近年では有機カチオンを有するイオン性化合物がより導電性に優れることから注目を集めている。
【0003】
イオン性化合物は、アニオンとカチオンの組合せであることから、混合する樹脂化合物の種類や用途に応じて、最適なアニオンとカチオンの組合せを選択することが望まれる。しかしその組合せは膨大であり、全ての組合せについて確かめることは多大な時間と労力が必要となる。そのためアニオンとカチオンの選択はこれまでの経験と知見をベースに行われていた。従来の性能を超える新規なイオン性化合物を開発のターゲットとした場合、未合成のイオン性化合物を樹脂化合物に加えた際の導電性を事前に評価し選別することができれば、無駄な時間と労力を省くことができる。樹脂化合物の導電助剤には、例えば粘着剤用途であれば相溶性や耐ブリード性など、用途に応じていくつかの要求性能があるが、導電性の評価が最も基本的な要求性能であり重要視される。
【0004】
新規な化合物の合成前の導電性の評価手法として、シミュレーションを用いる方法が広く行われている。例えば、分子動力学(Molecular Dynamics、 以下、MDという。)計算により原子や分子、イオンのミクロな動きを計算し、そこから導電率を推算する方法がある。このMD計算を用いて精度よく樹脂中のイオン性化合物の導電率を算出するには、一般に多くの計算時間が必要となる。導電性評価に適した方法として、このMD計算を用いたイオン伝導性のシミュレーション方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。この方法では、MD計算を行う際に、固体電解質層に含まれるイオン以外の特定原子を拘束し、かつ電場を印加することで、前記固体電解質層におけるイオンの挙動を把握する。またシミュレーションを用いた他の方法として、実験により得られた導電率から、推算式を得る方法がある(例えば、非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−232805号公報(要約、請求項1)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ramesh L. Gardas et al. "Group Contribution Methods for the Prediction of Thermophysical and Transport Properties of Ionic Liquids", AIChE journal, Vol.55, No.5, p.1274-1290, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
樹脂化合物の導電助剤では樹脂化合物の動きが重要であるにもかかわらず、固体電解質層に含まれるイオン以外の特定原子を拘束する特許文献1の方法は適切ではない。また帯電防止等の目的で樹脂へ添加されるイオン性化合物の濃度は数質量%程度(1〜10質量%)であり、特許文献1の方法も含め、MD計算をこの濃度で実施しようとすると、特に候補となるイオン性化合物の式量が大きい場合、計算対象が極端に大きくなり、計算時間が膨大となる。また導電率を求める際にMD計算の計算時間を短くするだけでは、精度が悪くなるだけでなく、計算の初期構造によって値が大きくばらつくなど、安定して評価することができない。
【0008】
また非特許文献1に示される方法では、新たな化合物の場合は推算結果の精度が不明であり、場合によってはパラメータが存在しないために推算できない場合がある。また、イオン液体など単体の評価は行われるが、樹脂化合物に添加する助剤の事例は示されていない。以上のことから、樹脂化合物の導電助剤として導電性に優れるイオン性化合物を精度良く効率的に開発及び製造するための選別方法が求められていた。
【0009】
本発明の目的は、樹脂化合物に導電性を与える導電助剤としてのイオン性化合物を精度良く効率的に開発及び製造するための選別方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
導電助剤としてイオン性化合物を添加された樹脂化合物の導電率は、添加されたイオン性化合物のイオン伝導に寄与するイオンの割合とイオンの動きやすさ(拡散係数)によって得られる値である。本発明者らは、このことから、樹脂化合物の導電性評価においては、添加されたイオン性化合物のイオン伝導に寄与するイオンの割合が、重要なパラメータであり、フリーイオン率がその割合を表すのに適当な指標であることを知見し、本発明に到達した。
【0011】
本発明の第1の観点は、樹脂化合物に導電性を与えることが既知のイオン性化合物を参照して、前記樹脂化合物に候補となる複数の有機カチオンを有するイオン性化合物を個別に添加、混合することにより、前記候補となる複数のイオン性化合物の中から前記樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物を、コンピュータにより選別する方法であって、(a) 前記樹脂化合物の分子と前記候補となるイオン性化合物を構成するアニオンとカチオンを含んだ計算セルを用意し、前記計算セルに対して、分子シミュレーションを行い、前記樹脂化合物中における前記候補となるイオン性化合物を構成するアニオンとカチオンの前記計算セル内の配置を得るステップと、(b) 得られた前記配置から前記候補となるイオン性化合物を構成するアニオンとカチオンの重心間の距離を計算し、その距離が閾値以上のアニオンとカチオンをフリーなアニオンとフリーなカチオンとして判定するステップと、(c) 前記候補となるイオン性化合物を前記樹脂化合物に混合した状態で、前記候補となるイオン性化合物のフリーなアニオンとフリーなカチオンの和(A)を前記候補となるイオン性化合物のアニオンとカチオンの和(B)で除したA/Bをフリーイオン率(Y)として求めるステップと、(d) 前記(a)ステップから前記(c)ステップまでのステップと同様に、前記候補となるイオン性化合物の代わりに、前記既知のイオン性化合物を前記樹脂化合物に混合した状態で、前記既知のイオン性化合物のフリーイオン率(X)を求めるステップと、(e) 前記候補となる複数のイオン性化合物の中でそのフリーイオン率(Y)が前記既知のイオン性化合物のフリーイオン率(X)以上であるイオン性化合物を前記樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物として選別するステップと、を前記コンピュータにより実行することにより、前記樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物を選別することにある。
【0012】
本明細書において「有機カチオン」とは、正電荷を持った有機化合物のイオンのことである。例えば、種々の置換基を有するイミダゾリウムカチオン、ピリジニウムカチオン、ピロリジニウムカチオン、アンモニウムカチオン、ホスホニウムカチオン、スルホニウムカチオン等を挙げることができる。
【0014】
本発明の第の観点は、第の観点に基づく発明であって、前記イオン性化合物のアニオンとカチオンの重心間の距離rをよこ軸とし、前記イオン性化合物のアニオンの重心周りにおける前記イオン性化合物のカチオンの重心の存在確率を表す動径分布関数g(r)をたて軸とするチャートで、前記イオン性化合物を前記樹脂化合物に混合した状態で測定した、前記イオン性化合物のアニオンの重心周りにおける前記イオン性化合物のカチオンの重心の存在確率の重心間距離による変化を表すとき、前記チャートの第1のピークの後に現れる極小値における重心間距離を、フリーなアニオンとフリーなカチオンを判定するための前記閾値とする方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1の観点の発明によれば、フリーイオン率を用いた選別方法は、厳密な導電率の評価とは異なるが、候補となる複数のイオン性化合物から樹脂化合物に導電性を与えるイオン性化合物を選別するには十分に機能する。また未だかつて合成されたことのないイオン性化合物や、市場で入手困難なイオン性化合物に対して事前に評価を行うことができるので、イオン性化合物を選別するまでの労力を省くことができ、かつ効率的に所望のイオン性化合物を選別することができる。
【0016】
また本発明の第の観点の発明によれば、MD計算を用いて所望のイオン性化合物を選別するのに、従来の導電率を算出する評価方法より計算時間を短縮することができ、しかも平衡構造が得られれば安定した評価を行うことができる。
【0017】
本発明の第の観点の発明によれば、MD計算の動径分布関数(Radial Distribution Function)から求められるチャートからフリーイオン率を算出するための閾値を求めるので、より効率的に所望のイオン性化合物を選別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の樹脂化合物の導電助剤の候補となるイオン性化合物(以下、候補化合物という。)のフリーイオン率を算出するためのフローチャートである。
図2】既知のイオン性化合物(以下、既知化合物という。)のフリーイオン率と候補化合物のフリーイオン率を比較することにより、導電性を与えるイオン性化合物を選別する方法を説明するためのフローチャートである。
図3】本発明の実施例1及び2の動径分布関数チャートである。よこ軸はイオン性化合物のあるアニオンの重心からの距離rを示し、たて軸はそのrにある動径分布関数で求められる前記イオン性化合物のカチオンの重心の存在確率を示す。
図4】本発明の実施例1及び2と比較するための比較例1〜3の動径分布関数チャートである。
図5】本発明の実施例1、2及び比較例1〜3のフリーイオン率の値を示す図である。
図6】実施例1、2及び比較例1〜3で用いたイオン性化合物を実際に添加した樹脂化合物で形成した膜の交流インピーダンス法による測定データから導電率を求めるためのフィッティングに用いた等価回路である。
図7図6に示す等価回路中の抵抗値R及びRを用いて求めた実施例1、2及び比較例1〜3の導電率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
本発明の分子シミュレーションの手法としては、MD計算を利用することができる。
【0020】
図1に示すように、次のステップに基づいて、フリーイオン率を算出した。
【0021】
〔候補化合物を含む初期構造の入力〕
先ず、樹脂化合物に相当する分子(以下、樹脂モデルという。)と、候補化合物を構成するアニオンとカチオンを含んだ計算セルを用意する。ここで、計算セルとは、MD計算を行う領域のことであり、計算条件に合わせて、形状や大きさを任意に選択することができる。一般に、計算セルの境界においては周期境界条件が適用される。計算セルに含まれる分子、イオンを用意する場合には、次の点に留意する。樹脂モデルは、実際に使用する樹脂化合物の分子量が数万以上の場合には、重合度を小さくした分子を用いるとよい。具体的には、重合度が40〜100程度となるようにする。例えば、アクリル樹脂等の導電性付与剤として用いられる、ポリエーテルにイオン性化合物を混合した材料は、非常に類似した構造であるポリエチレンオキシド樹脂(poly(ethylene oxide)、以下、PEOという。)で置き換えて評価することができる。なお、繰り返し構造が複雑な場合で、導電性に寄与する構造部位が分かっている場合は、その部位のみを繰り返し構造とする樹脂モデルを用いることもできる。比較する候補化合物の濃度は揃える必要が有り、樹脂化合物の繰り返し構造と候補化合物のモル比(繰り返し構造/候補化合物)が50〜150の間となるようにする。このようにして初期構造を入力する。
【0022】
〔NPT条件での平衡構造の計算からNVE条件での本計算の実施〕
計算セルの準備ができた後、MD計算を実施する。MD計算の計算手順は種々の方法がある。初めにMD計算で使われる統計集団について説明する。Nを粒子数、Vを体積、Tを温度、Pを圧力とするとき、N,V,Eが一定の場合を小正準集団(microcanonical ensemble)又はNVEアンサンブルといい、N,V,Tが一定の場合を正準集団(canonical ensemble)又はNVTアンサンブルといい、N,P,Tが一定の場合を定温−定圧集団(isothermal-isobaric ensemble)又はNPTアンサンブルという。
【0023】
初期構造を入力した後、NPTアンサンブルで構造の平衡化を行う(以下、平衡計算という。)。ここで平衡計算が収束した否かを見極める。収束しなければ、再度NPTアンサンブルで平衡構造の計算を行う。平衡計算が収束すれば、NVEアンサンブルでスクリーニング時に指標となるパラメータを求めるための計算(以下、本計算という。)を行う。本計算は最低でも20ns(nano second、以下同じ。)程度の計算がシミュレーションでは必要である。NVEアンサンブルの代わりにNVTアンサンブルで行ってもよい。
【0024】
〔フリーイオン率の算出〕
次に、本計算の計算結果を用いて、フリーイオン率を算出する。フリーイオン率とは、前述したように、イオン性化合物を樹脂化合物に混合した状態で、このイオン性化合物のフリーなアニオンとフリーなカチオンの和(A)をこのイオン性化合物のアニオンとカチオンの和(B)で除したA/Bをいう。フリーイオン率は、後述するように本計算内のあるステップにおいて、アニオンとカチオンの重心間の距離を調べ、その距離が閾値以上にあるアニオンとカチオンの数を求めることにより算出することができる。
【0025】
〔フリーイオン率が安定した値を示しているか否かの確認〕
フリーイオン率の値は、時間とともに変動するので、時間とフリーイオン率の関係を描き、シミュレーションにおける計算の最後の5ns以上において値が一定か、若しくはある値を基準に上下に振動していることを確認しておく。即ち、フリーイオン率が変動する場合は、その変動が±10%以下であることを確認する。
【0026】
〔5nsでのフリーイオン率の平均値の算出〕
次に、上記5nsの間のフリーイオン率の平均値を算出する。このとき、値が時間とともに大きく変動、又は単純増加、又は減少している傾向が見られる場合は、安定した値を示すまで計算を続ける。結果が安定したところで、5nsの間のフリーイオン率の平均値を算出する。
【0027】
〔フリーイオン率を算出するための閾値〕
前述した、フリーイオン率を求めるための距離の閾値は、本計算の結果から動径分布関数から次の方法により求める。候補化合物であるイオン性化合物を樹脂化合物に混合した状態で動径分布関数により測定した、イオン性化合物のアニオンの重心のまわりにおける同イオン性化合物のカチオンの重心の存在確率の重心間距離による変化をチャートに描く。このとき、たて軸はg(r)であり、よこ軸は上記重心間距離rである。このチャートの第1ピーク後の変曲点の値Gがイオン対の第一近接距離の最大値であり、Gより近い領域ではイオンは解離しておらず、導電に寄与しないと考えられ、G以遠ではイオンは解離しており、導電に寄与すると考えられる。このことからGを閾値とするのが好ましい。
【0028】
図2に示すように、次のステップに基づいて、候補化合物を選別した。
【0029】
〔候補化合物の選別〕
候補化合物の選別は、先ず添加剤Aとして、既知化合物を用いた場合と、新規な候補化合物を用いた場合で、上記の計算を実施し、フリーイオン率を算出する。そして候補化合物で、既知化合物と同等か、若しくはそれ以上のフリーイオン率を持つ候補化合物があった場合、これを導電性に優れた化合物として選別する。このとき、同一の系について初期構造を変えたMD計算を複数回行い、それぞれの計算結果についてフリーイオン率を算出し、これらのフリーイオン率を平均することにより、より精度の高いフリーイオン率を得ることができる。
【0030】
このとき、分子シミュレーションの手法としては、MD以外にも、分子力学法(MM法)、モンテカルロ法(MC法)等の方法を利用することができる。また計算時に用いられるパラメータ(分子力場)も種々のものを利用することができる。一方で、イオン性化合物の解離や移動現象を評価、例えば、電池電解質中でのイオンの挙動の評価を行うことを目的としたプログラムや力場を用いることで、スクリーニング(選別)の精度を格段に高めることができる。
【実施例】
【0031】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0032】
<実施例1、2及び比較例1〜3>
樹脂化合物であるPEOに対して導電性を与える次の5つの候補化合物のスクリーニング(選別)を実施した。
実施例1:1,3-ジエチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド
実施例2:1-エチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド
比較例1:1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド
比較例2:1-エチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド
比較例3:1-エチル-3-メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホナート
【0033】
〔MD計算によるスクリーニング〕
先ず、上記5つの候補化合物のスクリーニングを行うためにMD計算をそれぞれ実施した。MD計算にはWMI−MDプログラムとAPPLE&P力場 (Wasatch Molecular社製)を用いた。なお1ステップあたり最小の刻み幅は0.5fs(femto second)として計算を実施した。ここでは、計算を簡素化するためにエチレンオキシド基(−CHCHO−)の繰り返し構造が54である樹脂モデルを用いた。
【0034】
計算セルとして、樹脂モデルを12個、候補化合物のアニオンとカチオンを8個ずつ導入した周期境界条件を適用した立方体のセルを用意した。初期構造を作るために、一辺180Å程度のセルとした。その後NVTアンサンブルにて0.3nsかけて徐々にセル定数を強制的に小さくし、PEO樹脂の実密度(1.2g/cm)となるセル定数まで小さくした。この時の温度は750Kとした。得られた結果を初期構造として、NPTアンサンブルで、296Kで0.6ns計算を実施し、セル定数が一定の値に安定していることを確認して、平衡状態に達したと判断した。更に上記の平衡構造を用いてNVTアンサンブルで、296Kにて20〜30nsの本計算を実施した。
【0035】
本計算を実施した後、アニオンとカチオンの重心間距離について、動径分布関数を記載して、第1ピーク後の変曲点の位置を調べ、フリーイオン率を算出するための閾値を得た。その結果、図3(a)〜(b)及び図4(a)〜(c)に示すように、実施例1、2及び比較例1〜3のいずれの化合物についてもおおよそ8Åの閾値が得られた。
【0036】
次に候補化合物のフリーイオン率を調べた。上記で得られた基準を基にアニオン、カチオンがフリーであるかを判断した。より具体的には、実施例1であれば、各ステップ毎に、全てのアニオンとカチオンについて重心間距離を調べ、基準値以下か以上かを調べた。基準値以下の値が一つでもあればフリーではないと判断し、そうでなければフリーと判断した。その後、フリーな個数を全イオン数で割ることで、あるステップにおけるフリーイオン率を算出した。
【0037】
実施例1、2、比較例1〜3の全ての計算ステップにおいてこれを実施し、時間とフリーイオン率の関係を調べた。計算の最後の5nsで値が安定していることを確認した。そこで最後の5ns間のフリーイオン率を時間に対して平均化した値を得た。
【0038】
図5に、得られたフリーイオン率の結果を示す。図5から明らかなように、比較例1のフリーイオン率は約0.48であり、比較例2のフリーイオン率は約0.31であり、比較例3のフリーイオン率は約0.10であった。その一方、実施例1及び2のフリーイオン率は約0.59であった。ここで既知化合物として、代表的なイオン液体である比較例1を選択した。その結果、実施例1及び2のフリーイオン率は比較例1のフリーイオン率を上回っており、その候補化合物である1,3-ジエチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド及び1-エチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドはPEOに対して既知化合物よりもより一層導電性を与えるイオン性化合物として選択すべきであると判断できる。
【0039】
<スクリーニング結果の検証>
上記スクリーニング結果を検証するために、PEOに実施例1、2及び比較例1〜3と同じ上記5つの候補化合物を添加剤として実際にそれぞれ添加することにより、PEO膜を作製した。ここで、添加量はそれぞれエチレンオキシド基と候補化合物のモル比(EO基/候補化合物)を77とした。以下、PEO(分子量200万、和光純薬製)は60℃、候補化合物(三菱マテリアル電子化成社製)は100℃でそれぞれ1日加熱乾燥を行ったものを使用した。先ず、乾燥窒素で満たしたグローブボックス内でPEO3.00gに対し候補化合物をEO基/候補化合物の比が77になるように加え、20分間乳鉢で混合した。続いて2枚の厚さ500μmのポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シートの間に混合した粉末試料を挟みこみ、ホットプレス法によりPEO膜を作製した。具体的には、ホットプレスの上プレスと下プレスの間に試料を配置し、空気中で85℃で10分間無加圧で試料を加熱することによりPEOを溶融させた後、溶融したPEOを85℃、10MPaで1時間熱圧プレスした。そして冷却プレスに移し、5分10MPaで冷圧プレスすることでPEO膜を作製した。作製した5つのPEO膜は真空デシケータに保管した。
【0040】
作製した5つのPEO膜の導電率を乾燥窒素雰囲気において交流インピーダンス法により測定した。まずクイックコーター(サンユー電子社製、製品名:SC-701MCY)でPEO膜の表面に厚さ0.35μmの金電極を蒸着した後、およそ1.0cm角の膜片を切り出し、測定を行った。装置は、ポテンショ/ガルバノスタット(東陽テクニカ社製、製品名:Versa STAT 4)を用い、0.3Hz〜1MHzの範囲でデータを得た。得られたデータに対して図6に示す等価回路(R,Rは抵抗を表し、C,C,Cはコンデンサを表す。)でフィッティングを行い、体積抵抗率R(=R+R)[Ωcm]を得て、その逆数である導電率[S/cm]の値を得た。図7に実施例1、実施例2及び比較例1〜3の上記実験で求めた結果を示す。
【0041】
実施例1、実施例2は比較例1よりも優れた導電率を有している一方、比較例2、3は比較例1よりも導電率が低く、前述した実施例のスクリーニング方法で選別されたイオン性化合物を添加した樹脂化合物が、高い導電性を有することが示された。以上のことから、MD計算を用いたシミュレーションにより、精度良く効率的に樹脂化合物に優れた導電性を与えるイオン性化合物をスクリーニングできることが判った。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7