特許第6229967号(P6229967)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6229967植物の病害抵抗性及び/又は分枝を増強する組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6229967
(24)【登録日】2017年10月27日
(45)【発行日】2017年11月15日
(54)【発明の名称】植物の病害抵抗性及び/又は分枝を増強する組成物
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20060101AFI20171106BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20171106BHJP
【FI】
   A01H5/00 AZNA
   C12N15/00 A
【請求項の数】12
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2012-556894(P2012-556894)
(86)(22)【出願日】2012年2月7日
(86)【国際出願番号】JP2012052720
(87)【国際公開番号】WO2012108419
(87)【国際公開日】20120816
【審査請求日】2015年1月14日
【審判番号】不服2016-14109(P2016-14109/J1)
【審判請求日】2016年9月21日
(31)【優先権主張番号】特願2011-24394(P2011-24394)
(32)【優先日】2011年2月7日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)1.平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構「ブラシノステロイド情報伝達による発生と自然免疫制御の分子機構」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願 2.平成22年度、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「ブラシノステロイド情報伝達機構のケミカルジェネティクス研究とイネへの応用」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100180954
【弁理士】
【氏名又は名称】漆山 誠一
(72)【発明者】
【氏名】中野 雄司
(72)【発明者】
【氏名】浅見 忠男
(72)【発明者】
【氏名】山上 あゆみ
【合議体】
【審判長】 田村 明照
【審判官】 福井 悟
【審判官】 松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】 吉澤江里子他,ブラシノステロイド情報伝達突然変異体bil3の機能解析,植物化学調節学会研究発表記録集,2009年10月 6日,第44巻,第67頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N15/00
SwissProt/PIR/GeneSeq
PubMed
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JDreamsIII
JSTPlus
JMEDPlus
JST7580
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下のアミノ酸配列からなるペプチド又はその塩からなるPR1遺伝子発現誘導剤
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列、又は
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列の3位〜9位に対応するアミノ酸残基を有し、かつ
配列番号1に示すアミノ酸配列の
1位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基、セリン残基又はチロシン残基であり、及び
2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基又はセリン残基ある
10アミノ酸以下のアミノ酸配列
【請求項2】
前記(b)に記載のペプチドが配列番号2〜に示すアミノ酸配列のいずれかからなる、請求項1に記載のPR1遺伝子発現誘導剤
【請求項3】
配列番号8、9、1116に示すアミノ酸配列のいずれかからなるペプチド又はその塩からなるPR1遺伝子発現誘導剤
【請求項4】
請求項1〜のいずれか一項に記載のPR1遺伝子発現誘導剤を植物に作用させる工程を含む、植物の微生物感染抑制方法。
【請求項5】
下のペプチドをコードする核酸を発現可能な状態で含む外因性の核酸発現システムを少なくとも一つ含むPR1遺伝子が過剰発現した植物。
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列を含むペプチド
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列の3位〜9位に対応するアミノ酸残基を有し、かつ
配列番号1に示すアミノ酸配列の
1位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基、セリン残基又はチロシン残基であり、及び
2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基又はセリン残基ある
10アミノ酸以下のアミノ酸配列を含むペプチド
【請求項6】
前記(b)に記載のペプチドが配列番号2〜に示すアミノ酸配列のいずれかからなる、請求項に記載の植物。
【請求項7】
前記(b)に記載のペプチドが配列番号8、9、1116に示すアミノ酸配列のいずれかからなる、請求項5又は6に記載の植物。
【請求項8】
前記核酸発現システムが、包含する前記核酸を過剰発現する、請求項のいずれか一項に記載の植物。
【請求項9】
前記核酸発現システムが、包含する前記核酸を構成的に発現する、請求項のいずれか一項に記載の植物。
【請求項10】
前記核酸発現システムが、包含する前記核酸の発現を誘導できる、請求項のいずれか一項に記載の植物。
【請求項11】
前記核酸発現システムが発現ベクターである、請求項10のいずれか一項に記載の植物。
【請求項12】
請求項11のいずれか一項に記載のPR1遺伝子が過剰発現した植物の後代。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物感染等に対する植物の病害抵抗性及び/又は植物の分枝を増強する組成物、並びにそれを用いた植物の病害感染抑制方法及び分枝増強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物において、微生物の感染は不可避であり、植物体は、通常、その感染によって深刻なストレスを引き起こす。このような微生物の感染、特に病原体の感染に対して、植物は、形態的適応に加えて、独自の保護防衛システムを発達させてきた。すなわち、植物は、病原体の感染に対する最初の応答として、その病原体を特異的に認識し、感染した細胞の迅速な細胞死(過敏感細胞死)を誘導して感染細胞ごと排除する(非特許文献1)。続く応答として、植物は、病原体のさらなる攻撃から植物体を保護するために、過敏感細胞死を引き金として全身獲得抵抗性(systemic acquired resistance; SAR)と呼ばれる病原抵抗性を誘導する(非特許文献2、3)。SARは、多くの植物で確認されており、様々な植物病原体に対する抵抗性を植物の未感染部分に付与する(非特許文献4、5)。このSARを誘導するシグナル伝達因子の一つとして、サリチル酸がシロイヌナズナやタバコ等の双子葉植物で同定されている(非特許文献6、7)。SARを誘導する他のシグナル伝達因子を同定し、植物細胞内シグナルを制御することができれば、過敏感細胞死を介すことなく植物体に病害抵抗性を付与することができる。しかし、このサリチル酸を介したSAR誘導のシグナル伝達機構については、未だに未解明な点が多く、その全貌は明らかにされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Ross, A.F. (1961) Virology, 14:340-358
【非特許文献2】Kuc J. (1982) Bioscience, 32:854-860
【非特許文献3】McIntyre J.L. et al., (1981) Phytopathology, 71:297-301
【非特許文献4】Chester KS., (1933) Q. Rev. Biol., 8:275-324
【非特許文献5】Durner J. et al., (1997) Trends in Plant Sci., 2:266-274
【非特許文献6】Delaney TP. et al., (1994) Science, 266:1247-1250
【非特許文献7】Gaffney T. et al., (1993) Science, 261:754-756
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、ブラシノステロイドが上記のサリチル酸を介したSAR誘導のシグナル伝達機構とは異なる経路で植物の病害抵抗性を誘導し得るという新たな知見を見出した(Nakashita H. et al, 2003, The Plant Jour., 33:887-898)。ブラシノステロイド(以下、「BR」とする)は、植物の生長調節、光形態形成、維管束形成制御、葉緑体機能調節等に関与し、植物生長サイクルの多様な分野において主要な役割を果す植物ホルモンである(Azpiroz R. et al., 1988, Plant Cell, 10:219-230; Clouse S. & Sasse J., 1998, Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol.,49: 427-451; Mandava N., 1988, Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 39:23-52; Sakurai A. et al., 1999, Brassinosteroids, Steroidal Plant Hormones, Tokyo: Springer)。当該BRを介した新たな植物の病害抵抗性(Brassinosteroid-mediated disease resistance; 以下「BDR」とする)に基づき、BRを有効成分とする植物病害抵抗性増強剤の開発が期待されたが、BRは合成工程が複雑で、製造コスト面において大量に使用する農業分野での実用性に欠けるという問題があった。
【0005】
そこで、本発明は、BRに代わってBDRを誘導し、かつより安価に植物の病害抵抗性を増強し得る新たな植物病害抵抗性増強剤及びそれを用いた植物の病害感染予防及び治療方法を開発し、提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明者らは、BRによって活性化された細胞内シグナル伝達経路(以下、「BR細胞内シグナル伝達経路」とする)で機能するシグナル伝達因子(以下、「BR細胞内シグナル伝達因子」とする)もBRと同様にBDR誘導病害抵抗性の誘導に関与し得るという予測の元に、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて同経路に関与する変異株を多数単離した。このうち、BR生合成阻害剤ブラシナゾール(Brassinazole:Brz)に対して耐性を有するブラシノステロイド情報伝達経路突然変異株bil(Brz-Insensitive-Long hypocoty)の一つであるbil3変異株を解析した結果、BIL3遺伝子は、細胞外分泌性の新規ペプチドホルモンをコードしており、その過剰発現によってBDRの誘導のみならず、その植物体の分枝数が増加することが明らかとなった。植物の分枝制御は、農園芸作物の生産量の制御等において重要である。本発明は、当該新規知見に基づくものであって、以下を提供する。
【0007】
(1)植物の病害抵抗性及び/又は分枝を増強する活性を有する以下のアミノ酸配列からなるペプチド又はその塩。
【0008】
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列、又は
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して4個以上のアミノ酸同一性を有し、かつ
該アミノ酸配列の2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基又はセリン残基であり、3位、5位、7位及び8位に対応するアミノ酸残基が非極性アミノ酸残基であり、4位及び6位に対応するアミノ酸残基がプロリン残基であり、及び9位に対応するアミノ酸残基がグリシン残基であるアミノ酸配列
(2)前記(b)において、さらに配列番号1に示すアミノ酸配列の3位に対応するアミノ酸残基がバリン残基、イソロイシン残基又はプロリン残基であり、5位に対応するアミノ酸残基がイソロイシン残基又はバリン残基であり、7位に対応するアミノ酸残基がロイシン残基又はフェニルアラニン残基であり、及び/又は8位に対応するアミノ酸残基がバリン残基である、(1)に記載のペプチド又はその塩。
【0009】
(3)前記(b)において、配列番号1に示すアミノ酸配列の2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基であり、3位に対応するアミノ酸残基がバリン残基であり、5位に対応するアミノ酸残基がイソロイシン残基であり、及び/又は7位に対応するアミノ酸残基がロイシン残基である、(1)又は(2)に記載のペプチド又はその塩。
【0010】
(4)前記(b)に記載のペプチドが配列番号2〜7に示すアミノ酸配列のいずれかからなる、(1)に記載のペプチド又はその塩。
【0011】
(5)前記(b)に記載のペプチドが配列番号8〜18に示すアミノ酸配列のいずれかからなる、(1)に記載のペプチド又はその塩。
【0012】
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチド若しくはそのN末端側及び/又はC末端側にさらなるアミノ酸が付加されたペプチド又はその塩の少なくとも一つを有効成分として含む、植物に病害抵抗性を付与するための及び/又は植物の分枝を増強するための組成物。
【0013】
(7)(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチド又はその塩、及び/又は(6)に記載の組成物を植物に作用させる工程を含む、植物の微生物感染抑制方法。
【0014】
(8)(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチド又はその塩、及び/又は(6)に記載の組成物を植物に作用させる工程を含む、植物の分枝増強方法。
【0015】
(9)植物の病害抵抗性及び/又は分枝を増強する活性を有する以下のペプチドをコードする核酸を発現可能な状態で含む外因性の核酸発現システムを少なくとも一つ含む病害抵抗性が付与された及び/又は分枝が増強された植物。
【0016】
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列を含むペプチド
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して4個以上のアミノ酸同一性を有し、かつ該アミノ酸配列の2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基又はセリン残基であり、3位、5位、7位及び8位に対応するアミノ酸残基が非極性アミノ酸残基であり、4位及び6位に対応するアミノ酸残基がプロリン残基であり、及び9位に対応するアミノ酸残基がグリシン残基であるアミノ酸配列を含むペプチド
(10)前記(b)において、さらに配列番号1に示すアミノ酸配列の3位に対応するアミノ酸残基がバリン残基、イソロイシン残基又はプロリン残基であり、5位に対応するアミノ酸残基がイソロイシン残基又はバリン残基であり、7位に対応するアミノ酸残基がロイシン残基又はフェニルアラニン残基であり、及び/又は8位に対応するアミノ酸残基がバリン残基である、(9)に記載の植物。
【0017】
(11)前記(b)において、配列番号1に示すアミノ酸配列の2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基であり、3位に対応するアミノ酸残基がバリン残基であり、5位に対応するアミノ酸残基がイソロイシン残基であり、及び/又は7位に対応するアミノ酸残基がロイシン残基である、(9)又は(10)に記載の植物。
【0018】
(12)前記(b)に記載のペプチドが配列番号2〜7に示すアミノ酸配列のいずれかからなる、(9)に記載の植物。
【0019】
(13)前記(b)に記載のペプチドが配列番号8〜18に示すアミノ酸配列のいずれかからなる、(9)に記載の植物。
【0020】
(14)前記核酸発現システムが、包含する核酸を過剰発現する、(9)〜(13)のいずれかに記載の植物。
【0021】
(15)前記核酸発現システムが、包含する核酸を構成的に発現する、(9)〜(14)のいずれかに記載の植物。
【0022】
(16)前記核酸発現システムが、包含する前記核酸の発現を誘導できる、(9)〜(14)のいずれかに記載の植物。
【0023】
(17)前記核酸発現システムが発現ベクターである、(9)〜(16)のいずれかに記載の植物。
【0024】
(18)(9)〜(17)のいずれかに記載の植物の後代。
【0025】
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2011-024394号の明細書及び/又は図面に記載される内容を包含する。
【発明の効果】
【0026】
本発明の組成物によれば、植物への適用によりその植物に病害抵抗性及び/又は分枝を増強する活性を付与することができる。
【0027】
本発明の組成物によれば、有効成分の活性ペプチドを化学合成することにより、安価な植物病害抵抗性増強剤及びそれを用いた植物の病害感染予防及び治療方法を提供することができる。
【0028】
本発明の組成物によれば、植物の分枝数を制御すること可能となり、農園芸作物の生産量を増大させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】シロイヌナズナBIL3の全長アミノ酸配列とその特徴的ドメインを示す。この図で示すように、BIL3は、N末端側に細胞外、C末端側にペプチドホルモンとして細胞外に分泌され、機能する活性ドメイン(イタリック文字で示す)を、そしてそれらの間に分泌後に細胞外移行シグナルを切断するための切断部位を有する。
図2】BIL3並びにそのパラログ及びオルソログ、及びそれぞれのタンパク質から加工後に切り出される活性ドメイン(ペプチドホルモン)のアミノ酸配列のアラインメントを示す。アミノ酸配列中「-」はギャップを、「X」は、未決定のアミノ酸残基を示す。また、活性ドメインの数字は、シロイヌナズナ(A. thaliana)のBIL3の活性ドメインにおいてN末端側に位置するスレオニン残基を1位としたときの各アミノ酸残基の位置を示す。各パラログ及びオルソログの活性ドメインは、この図に示すアラインメントがシロイヌナズナBIL3の活性ドメインのアミノ酸と最大一致度を示す。したがって、各パラログ及びオルソログにおける活性ドメインの位置は、それぞれ前記BIL3の活性ドメインで規定したこの図で示すアミノ酸残基の位置に対応する。
図3】野生株とbil3変異株の地上部の形態を示す。bil3変異株で花茎数及び枝数が増大していることがわかる。
図4図3で示した野生株とbil3変異株における花茎数(A)及び枝数(B)を統計的に示した図である。
図5】野生株とbil3変異株におけるBIL3遺伝子の発現量を示す。この図では、BIL3遺伝子の発現を、リアルタイムRT-PCR法で検出した野生株におけるBIL3遺伝子の発現量を1としたときの相対値で示している。
図6】野生株と35S::BIL3形質転換体におけるBIL3遺伝子の発現量を示す。この図では、BIL3遺伝子の発現を、リアルタイムRT-PCR法で検出した野生株におけるBIL3遺伝子の発現量を1としたときの相対値で示している。
図7】野生株とbil3変異株におけるPR1遺伝子の発現量を示す。この図では、BIL3遺伝子の発現を、リアルタイムRT-PCR法で検出した野生株におけるPR1遺伝子の発現量を1としたときの相対値で示している。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下で本発明を実施するための形態について、具体的に説明をする。
【0031】
1.植物の病害抵抗性及び/又は分枝増強ペプチド又はその塩
1−1.概要及び構成
本発明の第1の実施形態はペプチド又はその塩である。本実施形態のペプチド又はその塩は、植物の病害抵抗性及び/又は分枝を増強する活性を有することを特徴とする。
【0032】
本明細書において、「植物」とは、コケ類、シダ類、被子植物及び裸子植物が該当する。被子植物は、双子葉植物又は単子葉植物のいずれも包含する。また草本及び木本のいずれも含む。本発明において、特に好適な植物としては、農業的又は商業的に重要な植物、例えば、穀類、野菜、果物、園芸用花等の作物植物が挙げられる。具体的には、単子葉植物では、イネ科(イネ、コムギ、オオムギ、ライムギ、カラスムギ、ハトムギ、キビ、アワ、ヒエ、シコクビエ、トウモロコシ、モロコシ、コウリャン、ソルガム、サトウキビ、タケ、ササを含む)、ショウガ科(ショウガ、ミョウガ、ウコンを含む)等の植物が、また双子葉植物では、ナス科(タバコ、トマト、ナス、キュウリ、ピーマン、トウガラシ、ペチュニアを含む)、マメ科(ダイズ、ピーナッツ、アズキ、グリーンピース、インゲンマメ、ヒラマメ、エンドウ、ソラマメ、クズ、スイートピー、タマリンドを含む)、バラ科(イチゴ、バラ、ウメ、サクラ、リンゴ、ナシ、モモ、ビワ、アーモンド、スモモ、ボケ、ヤマブキを含む)、ウリ科(キュウリ、ツルレイシ、ウリ、カボチャ、メロン、スイカ、ヘチマ、ヒョウタンを含む)、ユリ科(ユリ、チューリップ、ヒアシンス、スズラン、アスパラガス、ネギ、タマネギを含む)、アブラナ科(レタス、キャベツ、ダイコン、ハクサイ、カブ、アブラナを含む)、ブドウ科、ミカン科、アオイ科(ワタ、オクラ、アオイ、ムクゲを含む)、サクラソウ科(シクラメンを含む)、ツバキ科(チャを含む)、クワ科(イチジク、クワを含む)、マタタビ科(キウイフルーツを含む)、ウルシ科(ピスタチオ、マンゴーを含む)、コショウ科、ツツジ科(シャクナゲ、サツキ、ツツジ、エリカ、アザレアを含む)等の植物が挙げられる。また、本明細書でいう「植物」は、植物体に限られず、植物の細胞、組織及び器官(胚、分裂組織、種子、シュート、根、茎、葉及び花)のいずれも包含する。
【0033】
本明細書において「病害」又は「植物病害」とは、病原体によって引き起こされる植物の病気をいう。ここでいう「病原体」とは、ウイロイド、ウイルス、ファイトプラズマ、バクテリア、真菌(酵母、糸状菌、担子菌を含む)、粘菌、原生動物又は線虫のような植物に対して感染性を有し、その感染によって植物に何らかの病的症状をもたらすものをいう。本発明においては、特にウイロイド、ウイルス、ファイトプラズマ、バクテリアが好適に該当する。例えば、Bacillus属菌、Aspergillus属菌、Penicillium属菌、Schizosaccharomyces属菌、Paenibacillus属菌、Trichoderma属菌が挙げられる。
【0034】
本明細書において「病害抵抗性」とは、前記病原体の感染又はそれによる病的症状の発症を防止又は抑制する作用をいう。この作用は、植物の自然免疫システムによって制御されている。したがって、「病害抵抗性(を)増強」とは、植物の自然免疫システムをより強化し、病原体の感染又はそれによる病的症状の発症を防止又は抑制することをいう。
【0035】
本明細書において「分枝」又は「植物分枝」とは、植物の茎(花茎を含む)、幹及び枝から新たな成長を行う先端となる側芽又は脇芽が発生及び伸長することをいう。単子葉植物等で見られる根際から新たな側芽が発生し、伸長する「分げつ」も本発明の分枝に包含される。また、「分枝」によって発生した枝や茎(花茎を含む)の数を本明細書では「分枝数」という。
【0036】
本明細書において「分枝(を)増強」とは、植物の成長過程においてその植物の分枝を活性化することをいう。分枝を増強された植物では、分枝数が増加し、また通常の同種植物体と比較してその重量比も増加する。
【0037】
1−1−1.ペプチド
本明細書において単に「ペプチド」と表記する場合には、2個以上のアミノ酸がアミド結合によって連結した分子を意味する。したがって、用語「ペプチド」は、オリゴペプチド又はポリペプチドのいずれをも包含する。また、「オリゴペプチド」と表記した場合には、20個以下のアミノ酸残基からなるペプチドを意味するものとし、「ポリペプチド」と表記した場合には、21個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを意味するものとする。
【0038】
本発明のペプチドを構成するアミノ酸は、D体、L体、DL体(ラセミ体)のいずれであってもよいが、特にL体が好ましい。本発明のペプチドが天然タンパク質由来の場合、構成アミノ酸は全てL体になる。本発明のペプチドを化学合成法により調製する場合、構成アミノ酸はL-アミノ酸のみ、D-アミノ酸のみ、又はL-アミノ酸とD-アミノ酸の組み合わせからなるペプチドのいずれであってもよい。
【0039】
前記「植物病害抵抗性を増強する活性及び/又は植物の分枝を増強する活性を有するペプチド」(以下、「活性ペプチド」とする)とは、BIL3タンパク質又はそのパラログ若しくはオルソログにおいてペプチドホルモンとして細胞外に分泌される領域である活性ドメイン(配列番号8の53〜61位に相当する)のみ、又はその活性ドメインを含むペプチドをいう。活性ペプチドは、上記活性を有する限り、活性ドメインのN末端側及び/又はC末端側に任意の数のアミノ酸が付加されていてもよい。そのようなアミノ酸は、活性ドメインに天然に隣接するアミノ酸であってもよく、あるいは、活性ドメインに天然には隣接しないアミノ酸であってもよい。
【0040】
「BIL3(Brz-Insensitive-Long hypocoty 3)」は、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のBIL3遺伝子がコードするタンパク質である。BIL3は、配列番号8で示す全長63アミノ酸からなり(NCBI-ID No.At1g49500)、N末端側に細胞外移行シグナル(分泌シグナル、配列番号8の1〜32位)を、C末端側に種を超えて高度に保存された活性ドメイン(図2参照、配列番号8の53〜61位)を、そしてその間に切断部位(配列番号8の48〜49位)を有する細胞外分泌型のタンパク質である(図1参照)。BIL3は、翻訳後に、切断部位で細胞外移行シグナルペプチドが切除され、N末端側及びC末端側からプロセシングを受けた活性ドメインがペプチドホルモンとして細胞外に分泌される。同様な活性ペプチドへのプロセシングは、例えばシロイヌナズナのPSY1について報告されている(Amano Y. et al., (2007) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 46:18333-18338)。したがって、BIL3の活性ドメインは、配列番号1で示す9個のアミノ酸の配列で構成されると考えられる。
【0041】
BIL3には、シロイヌナズナに配列番号9、34、37で示すアミノ酸配列からなる3つのパラログ(それぞれ、NCBI-ID No.At3g19030、NCBI-ID No.At4g33960、NCBI-ID No.At2g15830)が存在し、さらに他の植物種にもBIL3オルソログが存在する。BIL3オルソログの具体例としては、アブラナ科のThlaspi caerulescensにおいて、配列番号10(NCBI-ID No.DN925255)及び配列番号11(NCBI-ID No.DN923660)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、Thellungiella halophilaにおいて配列番号12(NCBI-ID No.BM985618)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質及び配列番号36(NCBI-ID No.DN779022)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、Brassica rapa(アブラナ)において配列番号13(NCBI-ID No.EG019277)、配列番号14(NCBI-ID No.DV643336)、配列番号15(NCBI-ID No.CX281551)及び配列番号35(NCBI-ID No.CN727308)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、Brassica rapa var. glabra(ハクサイ)において配列番号16(NCBI-ID No.DN960533)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、Brassica oleracea var. capitata(キャベツ)において配列番号17(NCBI-ID No.AM057684)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、並びにアオイ科のGossypium hirsutum(アメリカワタ)において配列番号18(NCBI-ID No.DW511993)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質等が挙げられる。これらのBIL3パラログ及びオルソログは、いずれも細胞外移行シグナルをN末端側に活性ドメインをC末端側に、そしてその間に切断部位を有する。
【0042】
前記「植物病害抵抗性を増強する活性及び/又は植物の分枝を増強する活性」とは、BIL3の活性ドメイン又はBIL3のパラログ若しくはオルソログの活性ドメイン等が有する活性である。具体的には、(A)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるBIL3の活性ドメイン、又は(B)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して4個以上のアミノ酸同一性を有し、かつ該アミノ酸配列の2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基又はセリン残基であり、3位、5位、7位及び8位に対応するアミノ酸残基が非極性アミノ酸残基であり、4位及び6位に対応するアミノ酸残基がプロリン残基であり、及び9位に対応するアミノ酸残基がグリシン残基であるアミノ酸配列からなるBIL3のパラログ又はオルソログの活性ドメインが挙げられる。
【0043】
前記(B)の活性ドメインにおいて、「アミノ酸同一性」とは、BIL3の活性ドメイン及びそれと比較対応させるBIL3のパラログ又はオルソログの活性ドメインの、一方又は両方のアミノ酸配列に必要に応じてギャップを導入して、両アミノ酸配列間でアミノ酸残基の一致度が最も高くなるように整列(アラインメント)させたときの一致するアミノ酸残基の数をいう。アミノ酸同一性は、BIL3の活性ドメインのアミノ酸配列を基準としたときに9個中、好ましくは4個以上(44%以上)、より好ましくは5個以上(55%以上)、さらに好ましくは6個以上(66%以上)あればよい。ここでいう「%」は、BIL3のアミノ酸配列の全アミノ酸残基数に対する他方のアミノ酸配列の最大一致度のときの同一アミノ酸残基の割合(%)をいう。%同一性は、相同性検索プログラムBLASTサーチ(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/Blast.cgi)等の公知のプログラムを用いて容易に決定できる。前記「ギャップ」は、1又は数個のアミノ酸残基をいう。ここで、「数個」とは、2〜5個、2〜4個又は2〜3個のアミノ酸が該当する。すなわち、BIL3の活性ドメインとアラインメントしたときに、(B)の活性ドメインは、BIL3の活性ドメインと比較して1又は数個のアミノ酸残基が欠失していてもよいし、又は付加されていてもよい。
【0044】
また、前記(B)の活性ドメインにおいて、「(配列番号1に示す)アミノ酸配列のX位に対応する」(Xは1〜9のいずれかの数字を示す)とは、(B)の活性ドメインにおけるアミノ酸残基の位置を、BIL3の活性ドメインのアミノ酸配列を基準として特定するための表現である。すなわち、配列番号1で示されるBIL3の活性ドメインのアミノ酸残基の位置をN末端側から1〜9位と番号付けし、続いて、BIL3の活性ドメインと(B)の活性ドメインを両者でアミノ酸残基の一致度が最も高くなるようにアラインメントさせたときに、(B)の活性ドメイン上のアミノ酸残基がBIL3の活性ドメイン上の何位に対応するかを示したものである。ここで「対応するアミノ酸残基」は、必ずしもBIL3の活性ドメインと「同一アミノ酸残基である必要はない。好ましくは、同一アミノ酸残基又は類似アミノ酸残基である。ここで、「類似アミノ酸」とは、アミノ酸を電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質に基づいて分類した場合に、同一の集団に属するアミノ酸をいう。このような集団には、例えば、塩基性アミノ酸群(アルギニン、リジン、ヒスチジン)、酸性アミノ酸群(アスパラギン酸、グルタミン酸)、非極性アミノ酸群(グリシン、アラニン、フェニルアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、トリプトファン)極性無電荷アミノ酸群(セリン、スレオニン、アスパラギン、グルタミン、チロシン、システイン)、分枝鎖アミノ酸群(ロイシン、イソロイシン、バリン)、芳香族アミノ酸群(フェニルアラニン、チロシン)、異節環状アミノ酸群(ヒスチジン、トリプトファン、プロリン)、脂肪族アミノ酸群(グリシン、アラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン)が挙げられる。
【0045】
さらに、BIL3の活性ドメインのアミノ酸配列に「対応するアミノ酸残基」が存在しない場合、及び/又は(B)の活性ドメインのアミノ酸配列に存在するがBIL3の活性ドメインには対応するアミノ酸残基が存在しない場合、があってもよい。例えば、上記のようにBIL3の活性ドメインと(B)の活性ドメインとをアラインメントしたときに、1又は数個のアミノ酸残基の欠失又は付加が存在する場合が該当する。
【0046】
前記(B)の活性ドメインにおいて、配列番号1に示すアミノ酸配列の3位に対応するアミノ酸残基がバリン残基であり、5位に対応するアミノ酸残基がイソロイシン残基であり、7位に対応するアミノ酸残基がロイシン残基であり、及び/又は8位に対応するアミノ酸残基がバリン残基であることが好ましい。具体的には、例えば、配列番号2〜7で示されるアミノ酸配列からなる活性ドメインが挙げられる。
【0047】
活性ドメインは、また配列番号30〜33のいずれかで示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0048】
本実施形態のペプチドは、上記(A)及び/又は(B)に記載の活性ドメインを含む活性ペプチドからなる。活性ペプチドの長さは当該活性を保持する限りにおいて特に限定はしないが、包含する活性ドメインがペプチドホルモンであることや、活性ペプチドを化学合成する場合を鑑みれば、該活性ペプチドは、短鎖ペプチドであることが望ましい。好ましい活性ペプチドの長さは、アミノ酸100個以下、より好ましくは70個以下、さらに好ましくは50個以下、一層好ましくは30個以下、より一層好ましくは20個以下である。例えば、活性ドメインのN末端側及び/又はC末端側にさらなるアミノ酸が数塩基付加された活性ペプチドが該当する。もっとも好ましい活性ペプチドは、ペプチドホルモンとして機能し得る最小単位である活性ドメインそのものであり、それ故、もっとも好ましい活性ペプチドの長さは、活性ドメインのアミノ酸残基数、例えば、配列番号1〜7で示す活性ドメインの場合であれば9〜10個である。
【0049】
上記(A)及び/又は(B)に記載の活性ドメインを含むペプチドは、植物病害抵抗性及び/又は植物の分枝を増強する活性を有する限りにおいて修飾されていてもよい。修飾には、標識子による修飾の他、グリコシル化、アセチル化、ホルミル化、アミド化、リン酸化、又はPEG化が含まれる。
【0050】
標識子には、前記実施形態1に記載した標識子と同じ標識子を利用することができる。標識子による修飾は、本実施形態の抗マーカー抗体及び後述するその抗原結合性断片を検出する上で有用である。
【0051】
グリコシル化に関する修飾は、天然型のグリコシル化であってもよいし、組換えDNA技術又は化学的処理によって、天然型グリコシル化部位を改変した改変型グリコシル化部位であってもよい。グリコシル化部位の改変は、当業者に公知のあらゆる方法で行うことができる。例えば、上述のような遺伝子操作による方法、グリコシル化変異型の変異株を用いる方法、1以上の酵素、例えばDI N-アセチルグルコサミントランスフェラーゼIII (GnTIII)との共発現による方法、各種生物若しくは各種生物由来の細胞株で上記ペプチドを発現させて精製した後に糖鎖を修飾することによる方法が挙げられる。遺伝子操作による改変型グリコシル化部位を作製する方法については、例えば、Umana et al., 1999, Nat. Biotechnol 17:176-180;Davies et al., 2001, Biotechnol Bioeng 74:288-294;Shields et al., 2002, J Biol Chem 277:26733-26740;Shinkawa et al., 2003, J Biol Chem 278:3466-3473を参照することができる。糖鎖を改変する方法については、例えば、米国特許第6,218,149号;欧州特許第0,359,096B1号;米国特許公開第2002/0028486号;国際公開WO 03/035835号;米国特許公開第2003/0115614号;米国特許第6,218,149号;米国特許第6,472,511号を参照することができる。PEG化による修飾は、ポリエチレングリコール(PEG)等の水溶性ポリマー分子を上記有効成分であるペプチドに結合させたものである。PEG化は、抗体等のN末端アミノ基、C末端カルボキシル基、又はリシン(Lys)残基のε-アミノ基などにPEGを化学的に結合することによって達成することができる。PEG化により、修飾したペプチドのin vivo半減期を高めることができる。
【0052】
上記本実施形態の活性ペプチドは、例えば、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法に従って合成することができる(日本生化学会編、生化学実験講座1、タンパク質の化学IV、化学修飾とペプチド合成、東京化学同人(日本)、1981年)。また、各種の市販のペプチド合成機(例えば、島津社製のPSSM8、ABI社製のModel 433A等)を利用して当該分野で公知の方法により合成することもできる。また、公知の遺伝子工学的手法(例えば、Sambrook, J. et. al., (1989) Molecular Cloning: a Laboratory Manual Second Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York参照)を用いて、上記活性ペプチドをコードする核酸を調製した後、その核酸を発現ベクターに組み込んで宿主細胞に導入して、該宿主細胞中で目的の活性ペプチドを生産させることによって得ることができる。遺伝子工学的手法を用いて上記活性ペプチドを生合成させる場合には、該ペプチドをコードする核酸に細胞外移行シグナルをコードする核酸を連結しておけば、タンパク質発現後に目的の活性ペプチドが宿主細胞外に分泌され、培養上精から容易に回収できるので便利である。あるいは、活性ペプチドを回収、精製することなく、培養上精又は宿主細胞を包含する培養液そのものを後述する第2実施形態の組成物としてもよい。
【0053】
1−1−2.ペプチドの塩
本実施形態のペプチドの塩とは、上記「1−1−1.ペプチド」の項に記載したペプチドの塩をいう。ここでいう「塩」は、農学上許容可能な塩であれば特に制限されない。例えば、酸付加塩及び塩基付加塩が挙げられる。酸付加塩としては、塩酸、硫酸、硝酸及びリン酸等の無機酸との塩、酢酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸及びクエン酸等の有機酸との塩が挙げられる。塩基付加塩としては、ナトリウム及びカリウム等のアルカリ金属との塩、カルシウム及びマグネシウム等のアルカリ土類金属との塩、アンモニウム及びトリエチルアミン等のアミン類との塩が挙げられる。
【0054】
1−2.効果
本発明のペプチド又はその塩によれば、植物への適用によりその植物に病害抵抗性及び/又は分枝を増強する活性を付与することができる。
【0055】
本発明のペプチド又はその塩は、自然界において速やかに分解されるため、農薬として利用しても土中、水中又は植物体内に長期間にわたって残留することはなく、環境やヒトをはじめとする動物に対する影響も低いという利点がある。
【0056】
本発明のペプチド又はその塩の活性を担う活性ドメインは、特定の植物種のみで発現するアルカロイド等の特殊な物質ではなく、キャベツやハクサイのような日常的に利用する野菜にも存在する一般的な植物ペプチドホルモンであることから、その安全性も非常に高い。
【0057】
本発明のペプチド又はその塩は、アミノ酸10個前後でも活性を有することから、化学合成法によって安価かつ大量に合成することができる。それ故、高価なBRに代わる植物病害抵抗性増強剤、及び植物病害抵抗性組成物の有効成分となり得る。
【0058】
本発明のペプチド又はその塩によれば、植物の分枝を制御することが可能となる。例えば、分枝を増強して分枝数、特に花茎数を増加させることで、農園芸作物の生産量を増加させることができる。さらに同一環境で同一期間生育させた野生株よりも植物体の重量比が増大することから、植物バイオマスを増大することも可能となり、林業やバイオエタノール等の生産性を向上させることもできる。
【0059】
2.組成物
2−1.概要及び構成
本発明の第2の実施形態は組成物である。本実施形態の組成物は、その有効成分として、植物病害抵抗性を増強する活性及び/又は植物の分枝を増強する活性を有するペプチドを少なくとも一つ含み、植物の病害抵抗性及び/又は分枝を増強する活性を有することを特徴とする。
【0060】
2−1−1.有効成分
本実施形態の組成物は、第1実施形態に記載の活性ペプチドを有効成分として少なくとも一つ含有する。組成物が二以上のペプチドを包含する場合、それぞれのペプチドの種類は、同一生物種由来のものであってもよいし、異なる生物種由来の組み合わせであってもよい。また、組成物が二以上のペプチドを包含する場合、それぞれのペプチドの長さは同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0061】
本実施形態の組成物中に含まれる活性ペプチドの量は、活性ペプチドの種類、その活性の強さ、含有する担体の種類、施用対象植物の種類、施用目的、施用方法及び含有する場合には他の薬理効果を有する薬剤の種類等の諸条件によって左右される。組成物の施用後に対象とする植物に対して病害抵抗性及び/又は分枝を増強できる条件を勘案し、その含有量を適宜定めればよい。
【0062】
2−1−2.農学上許容可能な担体
本発明の組成物は、必要に応じて農学上許容可能な担体を含むこともできる。「農学上許容可能な担体」とは、組成物の植物への施用を容易にし、有効成分である活性ペプチドの分解を抑制し又は/及びその作用速度を制御する物質であり、例えば、溶剤及び補助剤が挙げられる。
【0063】
「溶剤」としては、水、芳香族化合物溶媒(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、テトラヒドロナフタレン、アルキル化ナフタレンもしくはその誘導体)、パラフィン類(例えば、鉱油留分)、クロロホルム、四塩化炭素、ケトン類(例えば、アセトン、シクロヘキサノン)、ピロリドン類(例えば、NMP又はNOP)、アセテート(二酢酸グリコール)、グリコール類、脂肪酸ジメチルアミド類、脂肪酸類、脂肪酸エステル類、又はそれらの混合溶媒が挙げられる。又は、培養細胞用若しくは微生物培養用の培地であってもよい。
【0064】
好適な補助剤としては、粉砕天然鉱物、粉砕合成鉱物、乳化剤、分散剤及び界面活性剤等が挙げられる。
【0065】
「粉砕天然鉱物」には、例えば、カオリン、クレイ、タルク及びチョークが該当する。
【0066】
「粉砕合成鉱物」には、例えば、高分散シリカ及びシリケートが該当する。
【0067】
「乳化剤」には、非イオン性乳化剤やアニオン性乳化剤(例えば、ポリオキシエチレン脂肪アルコールエーテル、アルキルスルホネート及びアリールスルホネート)が該当する。
【0068】
「分散剤」には、例えば、リグノ亜硫酸廃液及びメチルセルロースが挙げられる。
【0069】
「界面活性剤」には、例えば、リグノスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、フェノールスルホン酸、ジブチルナフタレンスルホン酸のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩及びアンモニウム塩、アルキルアリールスルホネート、アルキルスルフェート、アルキルスルホネート、脂肪アルコールスルフェート、脂肪酸及び硫酸化脂肪アルコールグリコールエーテル、さらに、スルホン化ナフタレン及びナフタレン誘導体とホルムアルデヒドの縮合物、ナフタレン又はナフタレンスルホン酸とフェノール及びホルムアルデヒドの縮合物、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、エトキシル化イソオクチルフェノール、オクチルフェノール、ノニルフェノール、アルキルフェニルポリグリコールエーテル、トリブチルフェニルポリグリコールエーテル、トリステアリルフェニルポリグリコールエーテル、アルキルアリールポリエーテルアルコール、アルコール及び脂肪アルコール/エチレンオキシドの縮合物、エトキシル化ヒマシ油、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、エトキシル化ポリオキシプロピレン、ラウリルアルコールポリグリコールエーテルアセタール、ソルビトールエステル、リグノ亜硫酸廃液、及びメチルセルロースが該当する。
【0070】
本実施形態の組成物に使用する場合、前記担体は、目的の植物への施用によって、土壌及び水質等の環境に対する有害性及び動物、特にヒトに対する有害性がないかその影響が小さいものが好ましい。
【0071】
本実施形態の組成物は、前記農業上許容可能な担体を1以上包含することが可能である。また、この他に、本発明の分枝抑制剤の作用効果に影響しない範囲において、他の病害抵抗性増強剤及び/又は他の分枝増強剤、並びに他の薬理作用を有する有効成分、例えば、殺虫剤、殺昆虫剤、除草剤、殺菌剤、肥料(例えば、尿素、硝酸アンモニウム、過リン酸塩)を包含することもできる。
【0072】
本実施形態の組成物の剤形は、液体、固体(半固体を含む)又はその組み合わせのいずれであってもよい。慣用の製剤形態、例えば、直接散布、塗布及び/又は浸漬可能な溶液剤、油性分散液剤、エマルション剤、懸濁製剤、粉剤、散剤、ペースト剤、ゲル剤、ペレット剤、錠剤及び粒剤とすることができる。
【0073】
3.微生物感染抑制方法
本発明の第3の実施形態は、微生物感染抑制方法に関する。本実施形態の微生物感染抑制方法は、目的とする植物の病害抵抗性を活性化させ、植物感染性微生物からの感染を防止又は抑制することを特徴とする。ここでいう、「植物感染性微生物」とは、植物に対して感染性を有し、その感染によって宿主植物に何らかの病的症状をもたらす微生物をいう。
【0074】
本実施形態の微生物感染抑制方法は、作用工程を含む。以下、当該工程について具体的に説明をする。
【0075】
3−1.作用工程
本実施形態の「作用工程」とは、前記第1実施形態のペプチド(すなわち、活性ペプチド)及び/又は第2実施形態の組成物を適用対象となる植物に作用させる工程である。ここでいう「植物に作用させる」とは、前記活性ペプチド及び/又は組成物を適用対象植物に接触させて、その植物体内に有効成分である活性ペプチドを取り込ませることをいう。第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物の接触方法は、特に制限はしない。適用対象植物体への接触部位に応じて、適宜勘案すればよい。
【0076】
例えば、適用対象植物体の地上部に前記第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を接触させる場合には、接触方法として、活性ペプチド及び/又は組成物の噴霧、散布、塗布、注入、浸漬又は有傷接種(針接種を含む)等の方法が挙げられる。有効成分である活性ペプチドは、ペプチドホルモンをベースとしていることから、これらの接触方法によっても、活性ペプチド及び/又は組成物は植物体表面から容易に吸収され得る。この場合、第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物の剤形は、液体又は粉末状若しくはゲル状固体であることが好ましい。また、地上部の接触部位は、茎部、葉柄基部等所望の箇所に行えばよく、特に限定しない。植物体の一部又は全体のいずれであってもよいが、植物感染性微生物が適用対象植物に感染する経路で最も多く見られる部位が好ましい。例えば、葉及び茎が挙げられる。
【0077】
また、適用対象植物体の根部に前記第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を接触さてもよい。この場合、第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物は、根部より吸収されて植物体全体に行き渡り、本発明の効果を発揮し得る。具体的な接触方法として、例えば、水耕栽培であれば、水耕液中に第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を添加することによって施用できる。この場合、有効成分である活性ペプチドの水耕液中の濃度を制御可能なことや、水耕液を無菌状態にすることで活性ペプチドの分解を抑制できる等の有利な点を有する。
【0078】
また、植物病害抵抗性増強剤を土中又は土上に直接又は間接的に施用することもできる。この施用方法は、圃場のような広範囲に施用する場合に便利な方法である。ただし、本発明の有効成分である活性ペプチドは、土中では微生物等の作用によって比較的短時間で分解されやすいことに留意する。第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を一過的に作用させて、短期間の効果を所望する場合には、土中に直接施用すればよい。あるいは、第1実施形態の活性ペプチドを除放性の封入体に封入した第2実施形態の組成物を目的の植物に間接的に施用することもできる。この場合も、組成物中の活性ペプチドは、土中での分解を免れて、適用対象植物の根部より吸収されて植物体全体に行き渡り、その後、各細胞において本発明の効果を発揮することができるので便利である。
【0079】
第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物の施用量は、活性ペプチド(第2実施形態の組成物の場合、それに包含される活性ペプチド)の種類又は適用対象植物の種類によって変化する。また、同一種の適用対象植物に施用する場合であっても水耕栽培と土壌栽培でもその量は変化する。一般に、土中では微生物の分解作用により、有効成分である活性ペプチドの分解速度が水耕液中と比較して早いためである。したがって、施用量は、当業者が状況、目的及び必要に応じて適宜定めればよい。
【0080】
3−2.効果
本実施形態の微生物感染抑制方法によれば、第1実施形態のペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を所望の植物に施用することによって、その植物のその植物に病害抵抗性を付与することができる。
【0081】
本実施形態の微生物感染抑制方法は、第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物の有効成分がペプチドホルモンとして作用し得ることから植物体への接触によってその効果が得られる。それ故、病害抵抗性を付与させるために所望の植物をトランスジェニック植物にする必要はなく、食用作物(野菜、穀類、果物)にも適用できる。
【0082】
4.植物分枝増強方法
本発明の第4の実施形態は、植物分枝増強方法に関する。本実施形態の植物分枝増強方法は、作用工程を含む。以下、当該工程について具体的に説明をする。
【0083】
4−1.作用工程
本実施形態の「作用工程」とは、前記第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を適用対象となる植物に作用させる工程である。本工程は、基本的には前記第3実施形態の微生物感染抑制方法の作用工程と同様であり、その具体的な方法も原則として該工程に準ずる。それ故、ここでは、前記第3実施形態の微生物感染抑制方法の作用工程と異なる点についてのみ説明する。
【0084】
本実施形態の植物分枝増強方法は、第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を適用対象となる植物に作用させて、その植物の分枝を活性化させ、結果として分枝数を増加させることを目的とする点で前記実施形態と異なる。もっとも、第1実施形態のペプチド及び/又は実施例2に記載の組成物の有効成分である活性ペプチドは、適用植物に対して分枝の増強と共に病害抵抗性を付与し得ることから、これらの効果は、第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を適用することによって同時に達成し得る。
【0085】
また、本実施形態の作用工程においても、前記活性ペプチド及び/又は組成物の植物体上の接触部位は、特に限定しないが、BIL3遺伝子が茎頂、根全体及び葉脈において発現しているという結果が得られていることや、植物の分枝は一般的に茎頂や葉柄基部で発生することを鑑みれば、細胞分化や細胞増殖が盛んな部位に直接接触させることが好ましい。
【0086】
4−2.効果
本実施形態の植物分枝増強方法によれば、第1実施形態の活性ペプチド及び/又は第2実施形態の組成物を所望の植物に施用することによって、その植物のその植物の分枝を活性化させ、分子数を増加させることができる。本方法は、花茎数も増加させることができるため、花芽数増加による園芸農作物の生産量を増大させる方法を提供することができる。
【0087】
また、前記第3実施形態の微生物感染抑制方法と同様に、使用する活性ペプチド及び/又は組成物の有効成分は一般的な植物に存在し、かつ自然分解性の高いペプチドであることから、人体への安全性が高く、また施用による自然界への影響も低い。
【0088】
5.トランスジェニック植物
5−1.概要及び構成
本発明の第5の実施形態は、植物病害抵抗性及び/又は分枝活性を増強したトランスジェニック植物である。
【0089】
「トランスジェニック植物」とは、外因性遺伝子として同種及び/又は異種の遺伝子を発現可能なように導入した形質転換植物をいう。本明細書の「トランスジェニック植物」は、特に、第1実施形態に記載の活性ペプチドをコードする核酸を発現可能な状態で含む外因性の核酸発現システムを細胞内に含むことで、植物病害抵抗性及び/又は分枝活性が野生株と比較して増強された形質転換植物をいう。
【0090】
5−1−1.核酸
第1実施形態に記載の有効成分であるペプチドをコードする核酸について説明する。
【0091】
「第1実施形態に記載の有効成分であるペプチドをコードする核酸」とは、第1実施形態に記載の活性ペプチドをコードする核酸をいう。本発明において、用語「核酸」とは、主としてDNA及び/又はRNAのような天然型核酸をいうが、人工的に化学修飾又は構築された核酸又は核酸類似体を含むこともできる。また、核酸は、必要に応じて、リン酸基、糖及び/又は塩基が核酸用標識物質で標識されていてもよい。
【0092】
上記のように活性ペプチドは、有効成分としての中心的な活性部位として活性ドメインを含むが、この活性ドメインは、シロイヌナズナのBIL3タンパク質又はそのパラログ若しくはオルソログの成熟体であるペプチドホルモンに相当する。具体的には、配列番号1に示すアミノ酸配列からなるBIL3の活性ドメインをコードする塩基配列を含む核酸が挙げられる。また、BIL3のパラログ及びオルソログにおける活性ドメインをコードする核酸、すなわち配列番号1に示すアミノ酸配列に対して4個以上のアミノ酸同一性を有し、かつ該アミノ酸配列の2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基又はセリン残基であり、3位、5位、7位及び8位に対応するアミノ酸残基が非極性アミノ酸残基であり、4位及び6位に対応するアミノ酸残基がプロリン残基であり、及び9位に対応するアミノ酸残基がグリシン残基であるアミノ酸配列を含むペプチドをコードする核酸をいう。好ましくは、前記(b)において、さらに配列番号1に示すアミノ酸配列の3位に対応するアミノ酸残基がバリン残基、イソロイシン残基又はプロリン残基であり、5位に対応するアミノ酸残基がイソロイシン残基又はバリン残基であり、7位に対応するアミノ酸残基がロイシン残基又はフェニルアラニン残基であり、及び/又は8位に対応するアミノ酸残基がバリン残基であるアミノ酸配列を含むペプチドをコードする核酸、又は前記(b)において、配列番号1に示すアミノ酸配列の2位に対応するアミノ酸残基がアラニン残基であり、3位に対応するアミノ酸残基がバリン残基であり、5位に対応するアミノ酸残基がイソロイシン残基であり、及び/又は7位に対応するアミノ酸残基がロイシン残基であるアミノ酸配列を含むペプチドをコードする核酸が挙げられる。より具体的には、配列番号2〜7に示すアミノ酸配列からなるBIL3のパラログ及びオルソログにおける活性ドメインをコードする塩基配列を含む核酸が挙げられる。また、配列番号30〜33のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる活性ドメインをコードする塩基配列を含む核酸であってもよい。
【0093】
本実施形態のトランスジェニック植物において、発現した活性ペプチドに包含される前記活性ドメインがペプチドホルモンとして機能し、かつ植物病害抵抗性及び/又は分枝活性を当該植物に付与するためには、発現した活性ペプチドのうち、少なくともそれに包含される活性ドメインが細胞外に輸送される必要がある。それ故、活性ペプチドは、細胞外移行シグナル及び細胞外移行後に該シグナルペプチドを切断するための切断部位を含むことが好ましい。例えば、BIL3の全長タンパク質(図1)やそのパラログ若しくはオルソログの全長タンパク質は、細胞外移行シグナル及び切断部位を含むため、本実施形態のトランスジェニック植物で発現させる活性ペプチドとして好ましい。したがって、本実施形態における核酸は、好ましくは配列番号19で示す塩基配列を有するBIL3遺伝子、又は配列番号20〜29、38〜41で示す塩基配列を有するBIL3パラログ遺伝子若しくはオルソログ遺伝子である。ここで、配列番号19〜29で示す塩基配列はそれぞれ配列番号8〜18で示すアミノ酸配列をコードする。あるいは、核酸は、前記塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ前記活性を有するペプチドをコードする核酸である。ストリンジェントなハイブリダーゼーション条件は、例えば、Sambrook, J. et al., (1989) Molecular Cloning: a Laboratory Manual Second Ed., Cold SpringHarbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載されている。具体的には、6×SSC、 5×Denhardt試薬、0.5% SDS、100μg/ml変性断片化サケ精子DNA中68℃での標識プローブとのインキュベーション、および2×SSC、0.1%SDS中室温から開始して、塩濃度を0.1×SSCまで、温度を68℃まで変化させてバックグラウンドシグナルが検出されなくなるまで行う洗浄の条件が例示される。
【0094】
5−1−2.核酸発現システム
本実施形態のトランスジェニック植物は、第1実施形態の活性ペプチドをコードする核酸を発現可能な状態で含む外因性の核酸発現システムを少なくとも一つ含むことを特徴とする。
【0095】
「外因性の核酸発現システム」とは、人為的操作を介して外部から導入された外来性の核酸発現システムのことをいう。したがって、植物のゲノム上の所定の遺伝子座に元々存在している内因性の核酸発現システムは、該当しない。ただし、そのような内因性の核酸発現システムであっても、突然誘発処理等の人為的操作を介して外部から変異を導入したものや、トランスジェニック植物の後代のように、その起源が外因性の核酸発現システムに由来する内因性核酸発現システムは、本発明の外因性の核酸発現システムに含まれる。
【0096】
「核酸発現システム」とは、そのシステムに内包された核酸(主として、遺伝子又はその断片)を発現することのできる一つの発現系単位をいう。したがって、本実施形態における核酸発現システムは、第1実施形態に記載の有効成分である活性ペプチドをコードする前記核酸の塩基配列を内包し、トランスジェニック植物の細胞内でそれを発現することができる。核酸発現システムは、前記核酸領域の他に、遺伝子発現に必須の発現調節領域を有する。必須の発現調節領域には、例えば、プロモーター及びターミネーターが含まれる。この他にも、エンハンサ、ポリA付加シグナル、5'-UTR(非翻訳領域)配列、標識若しくは選抜マーカー遺伝子、マルチクローニング部位、複製開始点等を含むこともできる。核酸発現システムには、特定の遺伝子等を発現させる上で必要な一つの発現系単位をゲノム上からそっくり取り出したものの他、様々な生物由来の発現調節領域等を組合せる等して人工的に構築したものが存在するが、本発明ではいずれの核酸発現システムを利用してもよい。
【0097】
ところで、一般の植物も、通常、内因性のBIL3遺伝子又はそのパラログ遺伝子若しくはオルソログ遺伝子(以下「BIL3遺伝子等」とする)を有する。それ故、植物は、それらの遺伝子の発現に起因した内因性の病害抵抗性及び/又は分枝活性能を有している。本実施形態のトランスジェニック植物が野生型の同種植物と比較して、より増強された病害抵抗性及び/又は分枝活性を有するためには、前記核酸発現システムが、BIL3遺伝子等を通常の発現レベルを超えて発現する必要がある。したがって、本実施形態で使用される核酸発現システムは、例えば、包含する活性ペプチドをコードする核酸を過剰発現する、及び/又は構成的に発現する若しくは発現を誘導することのできる性質を有することが望ましい。さらに、この外因性の核酸発現システム自身が植物細胞内で複数のコピー(多コピー)を維持できる性質を有するものであってもよい。
【0098】
過剰発現することのできる核酸発現システムは、包含する活性ペプチドをコードする核酸を核酸発現システム1つあたりで、内因性のBIL3遺伝子等の発現量の2倍以上、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍以上又は20倍以上を発現することができる。
【0099】
構成的に発現することのできる核酸発現システムは、時期や発現部位を問わず、活性ペプチドを常時発現し続けることができる。それ故、本性質を有する核酸発現システムは、内因性のBIL3遺伝子等の発現が時期的制御や位置的制御を受けている場合には、その制御から独立して活性ペプチド等を提供できるので非常に有効である。
【0100】
発現を誘導することのできる核酸発現システムは、前記構成的に発現することのできる核酸発現システムとは逆に、時期特異的又は部位特異的に活性ペプチドを発現することができる。したがって、内因性のBIL3遺伝子等が時期的及び/又は部位特異的な発現制御を受けている場合や、所望の時期に所望の部位で活性ペプチドを発現させたい場合に非常に有効である。
【0101】
多コピー核酸発現システムは、個々の核酸発現システムからのBIL3遺伝子等の発現量が低い場合であっても、核酸発現システム自体の数を増やすことで、全体として一細胞あたりの発現量を増加することができる利点がある。本実施形態においては、多コピー核酸発現システムを前述の過剰発現系の核酸発現システム、構成的発現系の核酸発現システム又は誘導型発現系の核酸発現システムと組合せて用いることで、病原抵抗性及び/又は分枝活性をより効果的に植物に付与することができる。
【0102】
上記の性質を有する外因性の核酸発現システムの構成は、発現に必須の構成要素を有し、活性ペプチドをコードする核酸を発現可能な状態で包含しているものであれば、特に限定はしない。ここで「発現可能な状態で包含」とは、活性ペプチドをコードする核酸が発現可能なように核酸発現システム内に挿入されていることを意味する。具体的には、核酸発現システム内のプロモーターとターミネーターの制御下に配置されていることをいう。このような構成を有する核酸発現システムの具体例としては、発現ベクターが挙げられる。
【0103】
本発明において「発現ベクター」とは、内包する活性ペプチドをコードする核酸等を目的とする植物細胞内に運搬して、当該活性ペプチドを発現させることのできる核酸発現システムである。具体的には、例えば、プラスミド又はウイルスを利用した発現ベクターが挙げられる。
【0104】
プラスミドを利用した発現ベクター(以下、「プラスミド発現ベクター」という)の場合、プラスミド部分は、例えば、pPZP系、pSMA系、pUC系、pBR系、pBluescript系(stratagene社)、pTriEXTM系(TaKaRa社)、又はpBI系、pRI系若しくはpGW系のバイナリーベクター等を利用することができる。
【0105】
ウイルスを利用した発現ベクター(以下、「ウイルス発現ベクター」という)の場合、ウイルス部分は、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメゴールデンモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)等を利用することができる。
【0106】
前記発現ベクターは、前述のようにプロモーター及びターミネーターの発現調節領域が含まれる。この他にも、エンハンサ、ポリA付加シグナル、5'-UTR(非翻訳領域)配列、標識若しくは選抜マーカー遺伝子、マルチクローニング部位、複製開始点等を含むこともできる。それぞれの種類は、植物細胞内でその機能を発揮し得るものであれば、特に限定されない。導入する植物に応じて又は植物内での目的(例えば、発現パターン)に応じて当該分野で公知のものを適宜選択すればよい。
【0107】
プロモーターは、例えば、所望の発現パターンに応じて、過剰発現型プロモーター、構成的プロモーター、部位特異的プロモーター、段階特異的プロモーター、及び/又は誘導性プロモーターを用いることができる。過剰発現型で構成的プロモーターの具体例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)由来の35Sプロモーター、Tiプラスミド由来のノパリン合成酵素遺伝子のプロモーターPnos、トウモロコシ由来のユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等が挙げられる。様々な植物種のリブロース二リン酸カルボキシラーゼの小サブユニット(Rubisco ssu)プロモーター、又はヒストンプロモーターも使用することができる。また、部位特異的プロモーターの具体例としては、特開2007−77677号に記載の根特異的プロモーターが挙げられる。
【0108】
ターミネーターは、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35Sターミネーター、大腸菌リポポリプロテインlppの3’ターミネーター、trpオペロンターミネーター、amyBターミネーター、ADH1遺伝子のターミネーター等が挙げられる。前記プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であれば特に限定はしない。
【0109】
エンハンサであれば、例えば、CaMV 35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサ領域が挙げられる。活性ペプチドをコードする核酸等の発現効率を増強できるものであれば特に限定はされない。
【0110】
標識若しくは選抜マーカー遺伝子は、例えば、薬剤耐性遺伝子(例えば、テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、又はネオマイシン耐性遺伝子)、蛍光又は発光レポーター遺伝子(例えば、ルシフェラーゼ、β-ガラクトシダーゼ、β-グルクロニターゼ(GUS)、又はグリーンフルオレッセンスプロテイン(GFP))、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(NPT II)、ジヒドロ葉酸還元酵素、ブラストサイジンS耐性遺伝子等の酵素遺伝子が挙げられる。標識若しくは選抜マーカー遺伝子は、活性ペプチドをコードする核酸等を包含する発現ベクターと同一の発現ベクターに連結させたものの他、別の発現ベクターに連結したものであってもよい。後者の場合には、それぞれの発現ベクターを目的の植物に共導入することで、同一発現ベクターに連結させたものと同等の効果を得ることができる。
【0111】
5−2.トランスジェニック植物の作出方法
5−2−1.核酸発現システムの調製
前記核酸発現システムの調製は、当該分野で公知の方法、例えば、Sambrook, J. et. al., (1989) Molecular Cloning: a Laboratory Manual Second Ed., Cold SpringHarbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載の方法に従って行えばよい。
【0112】
以下でプラスミド発現ベクター又はウイルス発現ベクターを調製する場合の具体例を挙げて説明をするが、核酸発現システムの調製は、これに制限されるものではない。
【0113】
(1)プラスミド発現ベクターの調製
まず、前記5−1−1に記載の核酸のうち所望の核酸をクローニングする。例えば、シロイヌナズナBIL3遺伝子をクローニングする場合、配列番号19で示される塩基配列から適当な領域を選択し、その塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを化学合成する。化学合成は、ライフサイエンスメーカーの受託合成サービスを利用すればよい。
【0114】
次に、そのオリゴヌクレオチドをプローブとしてシロイヌナズナのcDNAライブラリーからBIL3遺伝子を当該分野で公知の方法、例えばプラークハイブリダイゼーション法等に基づいて単離する。詳細な単離方法については、上記Sambrook, J. et. al., (1989)を参照すればよい。また、シロイヌナズナのcDNAライブラリーは、Stratagene社のようなライフサイエンスメーカー各社から市販されているので、それを利用することもできる。あるいは、配列番号19で示される塩基配列に基づいてプライマーペアとなるオリゴヌクレオチドを化学合成して、そのプライマーペアを用いて、シロイヌナズナのゲノムDNA又はcDNAライブラリーから、PCR法等の核酸増幅法により目的とするBIL3遺伝子を増幅してもよい。核酸増幅を行なう場合には、pfuポリメラーゼのような3’−5’エキソヌクレアーゼ活性を有するフィデリティー(正確性)の高いDNAポリメラーゼを使用することが好ましい。核酸増幅の詳細な条件等ついては、例えば、Innis M. et al (Ed.), (1990) Academic Press, PCR Protocols: A Guide to Methods and Applicationsに記載の方法を参照すればよい。単離したBIL3遺伝子は、必要に応じて適当なプラスミドに挿入され、大腸菌等の宿主微生物内でクローニングした後、全長塩基配列を公知技術に基づいて確認する。
【0115】
続いて、BIL3遺伝子を所望の核酸発現システムの母核(核酸発現システムの骨格部分)の所定の部位に組み込む。例えば、決定された塩基配列に基づいてBIL3遺伝子を適当な制限酵素で切断する。その一方で、核酸発現システムを対応する制限酵素部位で切断する。マルチクローニング部位を有する核酸発現システムであれば、それを利用すると便利である。続いて、両核酸の末端を、リガーゼ等を用いて連結し、BIL3遺伝子を核酸発現システムに挿入することによって、目的のBIL3遺伝子用核酸発現システムが完成する。これら一連の遺伝子操作技術は、当該分野で周知の技術である。詳細な方法については、上記Sambrook, J. et. al., (1989)等を参照すればよい。
【0116】
(2)ウイルス発現ベクターの調製
基本操作は、前記プラスミド発現ベクターの方法に準ずればよい。まず、植物ウイルスゲノムを当該分野で公知の方法により調製した後、それを適当なクローニングベクター(例えば、大腸菌由来のpBI系、pPZP系、pSMA系、pUC系、pBR系、pBluescript系)に挿入して組換え体を得る。次に、組換え体に含まれるウイルスゲノム内の所定の部位に活性ペプチドをコードする核酸を挿入し、クローニングする。続いて、制限酵素によって前記組換え体から植物ウイルスゲノム領域を切り出せばよい。それによって、目的のウイルス発現ベクターが得ることができる。
【0117】
(3)核酸発現システムの植物細胞導入方法
活性ペプチドをコードする核酸を包含する核酸発現システムを植物細胞内に導入する方法、すなわち植物細胞の形質転換方法は、当該分野で公知の任意の適当な方法を用いればよい。好適な形質転換方法として、核酸発現システムがプラスミド発現ベクターの場合、プロトプラスト法、パーティクルガン法又はアグロバクテリウム(Agrobacterium)法等を用いることができる。
【0118】
プロトプラスト法は、セルラーゼ等の酵素的処理によって細胞壁を除去した植物細胞(プロトプラスト)を用いて、目的の遺伝子を植物細胞中に導入する方法である。この方法は、遺伝子導入の方法により、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法又はポリエチレングリコール法等に、さらに分類することができる。エレクトロポレーション法は、プロトプラストと目的遺伝子の混合液に電気パルスを与えてプロトプラスト内に遺伝子を導入する方法である。また、マイクロインジェクション法は、微針を用いて顕微鏡下でプロトプラスト中に目的の遺伝子を直接導入する方法である。そして、ポリエチレングリコール法は、ポリエチレングリコールを作用させてプロトプラストに目的の遺伝子を導入する方法である。
【0119】
パーティクルガン法は、金又はタングステン等の微粒子に目的の遺伝子を付着させて、それを高圧ガスにより植物組織細胞内に打ち込み、目的の遺伝子を細胞内に導入する方法である。適用対象植物細胞のゲノムDNA中に目的の遺伝子が取り込まれた形質転換細胞を得ることができる。形質転換した細胞は、通常、核酸発現システム中のマーカー遺伝子産物に基づいて選択される。
【0120】
アグロバクテリウム法は、形質転換因子としてアグロバクテリウム属の菌(例えば、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(A. tumefaciens)、アグロバクテリウム・リゾゲネス(A. rhizogenes)等)及びそれに由来するTiプラスミドを用いる植物細胞の形質転換方法であって、目的の遺伝子を適用対象植物細胞のゲノムDNA中に導入することができる。
【0121】
上記の方法は、いずれも当該分野においては公知の方法であり、詳細については植物代謝工学ハンドブック(2002年、NTS社)又は新版モデル植物の実験プロトコル:遺伝学的手法からゲノム解析まで(2001年秀潤社)等の適当なプロトコルを参照すればよい。
【0122】
また、核酸発現システムがウイルス発現ベクターの場合、(例えば、前述のCaMV、BGMV、TMV等)の場合には、活性ペプチドをコードする核酸を組み込んだウイルス発現ベクターを目的の植物細胞に感染させることによって、形質転換細胞を得ることができる。このようなウイルスベクターを用いた遺伝子導入方法の詳細については、Hohnらの方法(Molecular Biology of Plant Tumors(Academic Press、New York)1982、pp549)、米国特許第4,407,956号明細書等を参照すればよい。
【0123】
本発明において、活性ペプチドをコードする核酸の由来する植物種と形質転換する植物細胞の植物種とを一致させる必要は必ずしもない。例えば、アブラナ科のシロイヌナズナBIL3遺伝子を包含する核酸発現システムをナス科のタバコ(Nicotiana tabacum)の細胞に導入してもよい。これは、BIL3が関与するBRシグナル伝達経路が植物に広く存在すること、図2に示すように個々のBIL3ペプチドホルモン(活性ドメイン)の保存性が種を超えて高いことから、異なる種類の活性ペプチドをコードする核酸を含む核酸発現システムを導入しても、そのシステムを導入された植物種において同種の植物種に導入した場合と同様の機能を発揮し得るためである。
【0124】
なお、本発明において、核酸発現システムを導入する植物は、少なくともBRシグナル伝達経路に関与する遺伝子群及びサリチル酸を介した自然免疫誘導シグナル伝達経路に関与する遺伝子群が野生型であることが好ましい。本発明の植物病害抵抗性能の増強は、これらの経路のシグナル増強に基づくものであり、シグナル伝達経路の上流に位置するポリペプチドの発現量を増大させてシグナルを増強した場合であっても、その下流の因子が機能欠損変異等を生じているとそれ以降のシグナルが伝達されず、病害抵抗性植物を得ることができないからである。
【0125】
本発明において、異なる活性ペプチドをコードする核酸を包含する2つ以上の核酸発現システムを、互いに共存可能な範囲内において、一の植物細胞に導入することができる。例えば、イネのBIL3オルソログ遺伝子を包含する核酸発現システムとシロイヌナズナのBIL3遺伝子をそれぞれ包含する二つの核酸発現システムを、一の植物細胞内(例えば、イネ細胞内)に導入してもよい。
【0126】
本工程後に、形質転換した植物細胞は、公知の方法に基づいてトランスジェニック植物に再生することができる。例えば、未分化増殖細胞から成るカルス形成を経て植物体に再生させるインビトロ再生方法が挙げられる。本方法は、当該分野では公知であり、上述の植物代謝工学ハンドブック(2002年、NTS社)又は新版モデル植物の実験プロトコル:遺伝学的手法からゲノム解析まで(2001年秀潤社)等を参照することができる。また、カルスや細胞培養のステップを経ることなく、目的の植物個体の細胞に直接、核酸発現システムを導入するin planta法を用いることもできる。形質転換細胞の増殖及び/又は分裂を促進するために、オーキシン、ジベレリン及び/又はサイトカイニンのような植物ホルモンを使用してもよい。
【0127】
上記方法によって得られたトランスジェニック植物第1世代が、病害抵抗性及び/又は分枝活性植物となる。本発明においては、このトランスジェニック植物第1世代には、それと同一の遺伝情報を有するクローン体も包含される。例えば、トランスジェニック植物第1世代から採取した植物体の一部を挿し木、接木若しくは取り木したもの、細胞培養した後、カルス形成を介して植物体に再生させたもの、又はトランスジェニック植物第1世代から無性生殖で得られる栄養繁殖器官(例えば、根茎、塊根、球茎、ランナー等)より新たに生じた新たな栄養体が該当する。
【0128】
このトランスジェニック植物に導入された核酸発現システムから活性ペプチドが発現される。細胞あたりの当該活性ペプチドの発現量が、同種の野生型個体と比較してより高くなる結果、自然免疫系が増強され、病害抵抗性が向上されると共に、分枝活性が増強され、分枝数が増加する。
【0129】
6.トランスジェニック植物の後代
本発明の第6の実施形態は、トランスジェニック植物の後代である。本明細書において「トランスジェニック植物の後代」とは、前記第5実施形態のトランスジェニック植物第1世代の有性生殖を介した子孫であって、第5実施形態に記載の核酸発現システムをその細胞内に保持しているものをいう。例えば、トランスジェニック植物第1世代の実生が該当する。
【0130】
第5実施形態のトランスジェニック植物から後代を得る方法は、公知の方法で取得することができる。例えば、トランスジェニック植物第1世代を結実させ、後代第1世代で、かつトランスジェニック植物第2世代の種子を得ればよい。本発明の後代第1世代から、さらに後代第2世代を得る方法の一例として、その種子を適当な培地上で発根させ、その発根体を、土を入れたポットに移植する。適当な栽培条件下で生育させることで後代第2世代を取得することができる。本実施形態の後代は、第2実施形態に記載の核酸発現システム保持する限りにおいてその世代を問わない。したがって、後代第3世代以降は、後代第2世代取得の方法と同様の方法を繰り返していけばよい。
【実施例】
【0131】
<実施例1:bil3変異株の表現型解析>
アクティベーションタギングライン(Nakazawa M. et al., (2003) Plant J., 34:741-750)から暗所下においてBrzに耐性を示し胚軸の徒長が見られるとして選抜された半優性型bil3変異株の表現型及び機能解析を行った。
【0132】
(方法)
シロイヌナズナの野生株とbil3変異株の種子を複数個、1/2MS寒天培地(1/2×Murashige & Skoog Medium Including Vitamins(DUDHEFA社)/1.5% Sucrose, pH 5.6)上に播種し、暗箱に入れて4℃に2日以上静置した。その後、22℃で100μmoL/m2s white lightの連続光を4時間照射し、再び暗所で22℃にて7日間生育させた。再度、明所で2日間光照射を行った後、土へ移植した。1鉢あたり6個体とし、胚軸及び根が全て土に埋まるように移植した。土は、園芸用の土1袋に対し、バーミキュライト約2Lを加えたものをオートクレーブ滅菌して、使用した。22℃にて長日条件(16時間明所/8時間暗所)で生育させた。土へ移植して4週間後に、野生株とbil3変異株のそれぞれ10個体について、植物体の形態、花茎及び枝の本数について測定した。
【0133】
(結果)
図3に野生株とbil3変異株の地上部の形態を、また図4に野生株とbil3変異株における花茎(A)及び枝(B)の本数を、それぞれ示す。bil3変異株は、野生株と比較して花茎数で約2倍、枝の本数で約1.6倍の有意な増加を示した。
【0134】
<実施例2:bil3変異株におけるBIL3遺伝子の発現量解析>
bil3変異株は、半優性変異体であることから、実施例1で確認されたbil3変異株の表現型の原因は、タグ挿入によるBIL3遺伝子の過剰発現によるものと推測された。そこで、リアルタイムPCR法を用いて、bil3変異株におけるBIL3遺伝子の発現量解析を行った。
【0135】
(方法)
RNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN)を用いて、bil3変異株及び野生株のそれぞれから総RNAを抽出した。まず、ロゼット葉を0.1mg(fresh weight)未満となるように採取し、液体窒素で凍結後、乳鉢で破砕した。破砕した試料にβ-Mercaptoethanol 10μL/buffer RLT 1μL混合液を450μL加えて、ボルテックスをした。具体的な方法は、キット添付のプロトコルに従った。最後にエタノール沈殿を行った後、得られた総RNAをRNase free water 50μLに溶解させた。
【0136】
続いて、TaKaRa PrimeScript RT reagent Kit (Perfect Realtime)を用いて、抽出した総RNAよりcDNAを合成した。詳細な方法については、キットに添付のプルトコルに従った。合成したcDNAを10倍希釈し、それをリアルタイムPCR用cDNAとして用いた。プライマーにはBIL3遺伝子を特異的に増幅するAt1g49500-RT-F(配列番号42)及びAt1g49500-RT-R(配列番号43)を用いた。PCR反応条件は、総量30μLの反応液(SYBR Premix Ex TaqTM IIを12.5μL;100μM At1g49500-RT-F/-Rプライマーを各0.1μL;cDNAを5μL;水)を調製し、95℃で30秒間処理した後、95℃に5秒間及び60℃に30秒間を40サイクル行った。検量線の作成には、前記リアルタイムPCR用cDNAの希釈系列を用いた。
【0137】
(結果)
図5に結果を示す。この図で示すように、bil3変異株では、野生株と比較してBIL3遺伝子が過剰に発現していることが明らかとなった。したがって、実施例1で確認されたbil3変異株の表現型は、BIL3遺伝子の過剰発現によって誘導された形質であることが示唆された。
【0138】
<実施例3: BIL3過剰発現型トランスジェニック植物の作製とその表現型解析>
実施例2の結果から、bil3変異株の表現型は、BIL3遺伝子の過剰発現によって誘導されたことが示唆された。そこで、これを確認するために、35S CaMVプロモーターの下流にBIL3遺伝子を連結した過剰発現型トランスジェニックシロイヌナズナを作製し、その表現型を確認した。
【0139】
(方法)
(1)野生型BIL3遺伝子のクローニング
まず、cDNAライブラリー調製のための総RNAの抽出とcDNA合成は、実施例2の方法に従った。
【0140】
次に、BIL3遺伝子の全長ORFを得るために、調製したcDNAライブラリーを用いて、KOD-plus-DNAポリメラーゼ(Toyobo)によりPCR反応を行った。BIL3プライマーには、BIL3遺伝子のN末端とC末端に対してそれぞれ設計したbil3-GW-F(配列番号44)及びbil3-GW-R(配列番号45)を使用した。BIL3遺伝子のクローニングは、pENTR/D TOPO cloning kit(Invitrogen)を用いて行った。具体的な方法については、キットに添付のプロトコルに従った。サブクローニングしたBIL3遺伝子の塩基配列は、BigDye Terminater Cycle Sequencing Kit(Applicated Biosystems)を用いたCycle Sequencing法によって確認した。これによって、BIL3遺伝子のエントリークローンpENTR-BIL3を得た。
【0141】
Gateway技術を用いたLR反応によってエントリークローンとデスティネーションベクターpGWB2 (Nakagawa et al., 2007, JBB, 104:34-41)を組み換えて、デスティネーションベクターに目的の遺伝子が挿入された植物形質転換用発現ベクター(Gateway Vector)であるpGWB5-BIL3を作製した。pENTR-BIL3、pGWB2ベクター、5×LR Reaction Buffer、Topoisomerase I及びLR clonaseTMの混合液を調製し、25℃に1時間静置した後、Protease Kを1μL加え、37℃に10分間静置した。続いて、DH5αコンピテントセルと混合し、氷上で30分間静置した後、2℃で30秒のヒートショックを与え、直ちに氷上に移し、2分静置した。カナマイシン及びハイグロマイシンをそれぞれ50μL/mLずつ含むLB培地に塗布し、一晩培養した。形質転換体からプラスミドを抽出して、目的のpGWB5-BIL3ベクターを得た。
【0142】
(2)トランスジェニックシロイヌナズナの作製
アグロバクテリウムコンピテントセル(C58)200μLに対し、1μLのpGWB2-BIL3を加え、よく混和して、氷中に30分静置した。続いて、液体窒素中で1分間静置した後、37℃のブロックインキュベーターで融解した。YEP培地を1mL加え、200rpmで浸透しながら28℃で2〜4時間培養した。カナマイシン及びハイグロマイシンをそれぞれ50μg/mL、リファンピシン100μg/mLを含むYEP培地に広げ、28℃で2〜3日培養した。ベクター導入の有無は、コロニーPCRを用いて確認した。
【0143】
ベクターが導入されたコロニーをYEP液体培地で、28℃で一晩前培養した。YEP培地を加えて培養液を500mLにスケールアップし、一晩培養した。培養液を5000rpm、10分間遠心し、上清を捨てた。Infiltration培地(MS培地、1000×Gamborg’s Vitamin、スクロース、Benzylamino Purin、silwet、pH5.7)を400mL加えて28℃にて177rpm/分で約20分間懸濁した。300mLビーカーに移し、野生型株が6個体育っているポットを逆さにして植物体をInfiltration培地に浸し、20分間静置した。植物体をラップで包み、一晩置いた。植物体を生育させて、得られた種子をカナマイシン25μg/mL含むMS培地に播き、T1形質転換体の選抜を行った。得られたT1種子をカナマイシン20μg/mL含むMS培地に播き、T2形質転換体の選抜を行った。得られた形質転換体を「35S::BIL3形質転換体」とし、実施例1と同様の方法により生育させた後、その形態観察を行った。
【0144】
さらに、リアルタイムPCR法を用いてBIL3遺伝子の発現を解析した。リアルタイムPCR法は、実施例2の方法に準じた。
【0145】
(結果)
BIL3過剰発現型トランスジェニック株である35S::BIL3形質転換体を50個体得た。図6に示すように、35S::BIL3形質転換体では、BIL3遺伝子がbil3変異株と同程度発現されており、その量は野生株と比較して有意に高いことが確認された。また、35S::BIL3形質転換体では、いずれもbil3変異株に類似した、花茎数及び枝数の増加が観察された。
【0146】
以上の結果から、bil3変異株で見られた植物の花茎数及び枝数、すなわち分枝数の増加はBIL3遺伝子の過剰発現によるものであることが立証された。これにより、BIL3は、植物の分枝を増強する活性を有するタンパク質であることが明らかとなった。
【0147】
<実施例4:bil3変異株におけるPR1遺伝子の発現誘導>
bil3変異株における病原抵抗性マーカーPR1(Pathogen Relate1D)の遺伝子発現を検証した。PR1は、病原菌の植物への感染によって、その発現が誘導される抗菌性タンパク質であり、通常はサリチル酸を介した病原抵抗性シグナル伝達経路の下流で機能することが知られている。それ故、植物の病害抵抗性は、PR1遺伝子をマーカーとして、その発現上昇を指標にすることで、病原菌の非感染下であっても病原抵抗性を示すことができる。一方、Nakashitaら(The Plant Jour., 2003, 33:887-898)により、BRがPR1遺伝子の発現を増加させることが見出され、サリチル酸を介した誘導型病害抵抗性とは異なるBDRの誘導経路の存在が明らかとなった。したがって、bil3変異株において、病原菌の非感染下でPR1遺伝子の発現が上昇していれば、bil3株は、病害抵抗性を獲得していることが示唆される。
【0148】
(方法)
実施例1と同様の方法で生育させた野生株とbil3変異株に対してBRの一種であるブラシノライド(BL)で処理した個体と未処理の個体をそれぞれ調製した。各株のロゼッタ葉からRNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN社)を用いて総RNAを抽出した。次に、Prime Script First-Strand cDNA Synthesis Kit(タカラバイオ社)を用いて、抽出した総RNAからcDNA合成をした。総RNA抽出及びcDNA合成の具体的な方法については、各キットに添付のプロトコルに従った。続いて、合成したcDNAを鋳型にして、配列番号46で示すPR1-RT-F及び配列番号47で示すPR1-RT-Rをプライマーに用いて、SYBR PremixEX taqキット(タカラバイオ社)及びReal Time PCR機器Thermal Cycler Dice(タカラバイオ社)により、PR1遺伝子の発現解析をリアルタイムPCR法により行った。
【0149】
(結果)
図7に結果を示す。この図では、PR1遺伝子の発現量をBL未処理(BL-)の野生株における値を1としたときの相対値で示している。bil3変異株は野生株に比べてPR1の発現量がBL未処理でも約3倍、BL処理を行ったものでは約40倍も増加していた。これは、bil3変異株が、病害抵抗性を獲得していることを示唆している。実施例2で示したようにbil3変異株は、BIL3遺伝子の過剰発現型変異株である。したがって、この結果は、BIL3もBR細胞内シグナル伝達経路に関与し、bil3変異株におけるPR1遺伝子の発現誘導、すなわち病害抵抗性の誘導がBIL3に起因することを示している。
【0150】
なお、本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]