【文献】
Fu, Jian-Min; Castelhano, Arlindo L.,Design and synthesis of a pyridone-based phosphotyrosine mimetic,Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters,1998年,volume 8,issue 19,p.2813-2816
【文献】
Tokonzaba, Etienne et. al.,Phosphoinositide, phosphopeptide and pyridone interactions of the Abl SH2 domain,Chemical Biology & Drug Design,2006年,volume 67, issue 3,p.230-237
【文献】
Li, Zhi-Min et. al.,Rational design, synthesis and evaluation of first generation inhibitors of the Giardia lamblia fructose-1,6-biphosphate aldolase,Journal of Inorganic Biochemistry,2011年,volume 105, issue 4,p.509-517
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下に、本開示の有機化合物、高分子有機化合物、高分子有機化合物の製造方法、高分子電解質膜、高分子電解質、膜電極接合体、及び、燃料電池の一実施形態について説明する。なお、本発明は、以下に記載する実施形態に限定されうるものではなく、当業者の知識に基づいて設計の変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施形態も本発明の範囲に含まれうるものである。
[有機化合物]
ピリドン環は、電子吸引性のカルボニル基(C=O基)を含む電子欠如性の複素環である。一般に酸化反応は電子供与性の物質で起こりやすく、電子欠如性の物質では起こりにくい。したがって、ピリドン環を含む高分子化合物は、ピリドン環を含まない高分子化合物と比べて、耐酸化性にすぐれていると期待される。こうした知見に基づき、本願の発明者らは、ピリドン類にリン酸基を付与することによって、リン酸基を有する耐酸化性の高い高分子電解質膜の作成に至った。
【0034】
以下、高分子電解質膜の製造に用いられる、ピリドン環を有する有機化合物の合成方法について説明する。
<-Z-PO(OR
4)
2置換基を有するジハロゲン化ピリドンの合成方法>
-Z-PO(OR
4)
2置換基を有するジハロゲン化ピリドンは、OH基を有するジハロゲン化ピリドンと、X-Z-PO(OR
4)
2(Xはハロゲンを表し、Zは2価の有機基であり、R
4は1価の有機基である)とが塩基(Base)存在下で反応することによって得られる。
【0035】
ここで、下記構造式(5)で示される3,5-ジブロモ-2-ヒドロキシピリジンのような2-ヒドロキシピリジン類は、溶液中では、下記構造式(6)で示されるようなピリドン構造を持つ互変異性体と共存する。そして、2-ヒドロキシピリジン類と、ピリドン構造を有する互変異性体との混合物が他の化合物と反応する場合には、反応の種類や反応条件により互いに異なる生成物が得られる。
【0037】
例えば、3,5-ハロゲン化-2-ヒドロキシピリジンと、X'-Z-PO(OR
4)
2(X'はハロゲンを表す)との塩基存在下における反応では、下記反応式(7)及び下記反応式(8)に各々示すように、ピリジン型生成物あるいはピリドン型生成物が生成すると考えられる。本実施形態においては、赤外吸収スペクトル(以下IRスペクトルと記載)の結果から、下記反応式(8)に示す反応が優先的に進行して、ピリドン型生成物が得られたことが認められた。
【0038】
下記反応式(7),(8)において、X及びX'はハロゲンでありXとX'は同じでもよく、また互いに異なっていてもよい。
下記反応式(7),(8)において、N原子とPO(OR
4)
2基を結ぶ2価の有機基Zは、-(CH
2)
a-(aは整数である)等の直鎖アルキレン基あるいは分岐鎖アルキレン基でもよいし、フェニレン基やピリジン-2,5-ジイル基のような芳香環あるいは複素環を含む2価の有機基でもよい。また、有機基Zは、ジフェニルメタン、ベンゾフェノン、ビス(2−ピリジル)メタン等、芳香環あるいは複素環を含み、2価の基として機能する有機基でもよく、一般に2価の有機基であればよい。
【0039】
下記反応式(7),(8)において、1価の有機基R
4は、直鎖脂肪族基、分岐鎖脂肪族基、脂環式脂肪族基、芳香族基等の有機基であればよく、脂肪族基には不飽和構造が含まれていてもよい。また、PO(OR
4)
2基に含まれる2つの有機基R
4は、互いに異なる有機基であってもよい。
【0040】
下記反応式(8)で用いられるX'-Z-PO(OR
4)
2は、様々な方法で合成されるが、簡便な方法としては、ミカエリス−アルブーゾフ(Michaelis-Arbuzov)反応を応用して、例えば、下記反応式(9)に示す方法によって得ることができる。なお、反応式(9)におけるaは、メチレン基の数を表す整数である。
【0044】
[高分子有機化合物]
上記反応式(8)によって得られるピリドン型ジブロモ化合物を用いて-PO(OR
4)
2を側鎖に有する高分子有機化合物を合成することができる。さらに、一部あるいは全部のOR
4基を-OH基に置換することによって、プロトン伝導性を示し、かつ、酸化に対して耐性を示す高分子有機化合物を得ることができる。以下、これらの高分子有機化合物の合成方法について説明する。
<高分子量化>
本実施形態の高分子有機化合物を得るための合成方法としては、酸化重合法や有機金属重縮合法などが例示でき、得られる高分子有機化合物の性能を損なわないならば、特に限定されるものではない。この中でもハロゲンを2つ以上含む有機化合物をモノマーとして用いて有機金属試薬や金属などを用いた脱ハロゲン化重縮合法によって本実施形態の高分子有機化合物を好適に得ることができる。
【0045】
例えば、有機金属試薬としてゼロ価ニッケル錯体(Ni(0)L
mと表す:Lはbpy(2,2'-bipyridyl)等の配位子を表し、例えば、ビス(1,5-シクロオクタジエン)ニッケル(0)Ni(cod)
2と2,2'-bipyridyl等の配位子との反応系中に生成する。)が用いられる。ゼロ価ニッケル錯体を用いてジハロゲン化化合物を脱ハロゲン化する重縮合は、下記反応式(10),(11)で例示すことができる。下記反応式(10),(11)において、Xはハロゲンであり、R
5、R
6は各々2価の有機基であり、-(R
5)
n-は、n個のR
5が結合した高分子を表し、また、-(R
5)
a-(R
6)
b-は、a個のR
5とb個のR
6とが結合している高分子(ランダム共重合体を含む)を表す。
【0047】
上記反応式(10),(11)に示す重合を用いれば、例えば、下記反応式(12),(13)によって高分子有機化合物を得ることができる。下記反応式(13)の生成物は、-Z-PO(OR
4)
2置換基を有するピリドン-3,5-ジイル基とピリジン-2,5-ジイル基の共重合体を表す。
【0050】
また、1個のハロゲンを有する有機化合物R
7-X(R
7は1価の有機基、Xはハロゲンを表す)との脱ハロゲン化による共重合を行うこともできる。この場合には、R
7は重合体の片末端あるいは両末端として生成高分子中に取込まれる。
【0051】
上記反応式(12),(13)中に例示される高分子有機化合物における-PO(OR
4)
2基中の-OR
4基は、-OH基に置換でき、P-OH単位を有する高分子有機化合物に変換することができる。モノマーとして、P-OH単位を有する化合物を用いる場合には、P-OH単位の高い反応性のためにNi(0)L
mなどの反応剤と副反応を起こしてしまい、高分子の生成がスムースに進行しない場合がある。一方、P-OR
4単位を持つ化合物の場合には、P-OR
4単位の反応性がP-OH単位の反応性よりも低く、高分子の生成をスムースに行える場合が多い。
【0052】
また、パラジウム化合物を触媒とする鈴木―宮浦カップリング等のカップリング反応を用いることもでき、例えば下記反応式(14)で表される方法によりジハロゲン化化合物X-R
8-Xとホウ素化合物(HO)
2B-R
9-B(OH)
2あるいはそのエステル(例えば、-B(OR
10)
2(R
10は1価の有機基)を持つエステル)を用いて高分子有機化合物を得ることができる。下記反応式(14)において、Xはハロゲンを表し、R
8、R
9は各々独立に2価の有機基を表す。
【0053】
例えば、下記反応式(14)において、R
8を-Z-PO(OR
4)
2置換基を有するピリドン-3,5-ジイル基とすることにより、-Z-PO(OR
4)
2置換基を有する高分子有機化合物(-Z-PO(OR
4)
2置換基を有するピリドン-3,5-ジイル基とR
9との共重合体)を合成することができる。
【0054】
また、下記反応式(14)の形式の反応を用いる場合には、R
9を-Z-PO(OR
4)
2置換基を有するピリドン-3,5-ジイル基とすることにより、-Z-PO(OR
4)
2置換基を有する高分子有機化合物(-Z-PO(OR
4)
2置換基を有するピリドン-3,5-ジイル基とR
8との共重合体)を合成することもできる。この場合には、R
8は2価の有機基であればよく、-Z-PO(OR
4)
2置換基を有する必要は必ずしもない。
【0056】
さらには、亜鉛等の金属を脱ハロゲン化剤として用い、ニッケル化合物等の触媒の存在下あるいは非存在下における脱ハロゲン化重合により重合反応を行うことができる。
<リン酸化>
上記反応式(12),(13)中に例示される高分子有機化合物に含まれる-PO(OR
4)
2基中の-OR
4基は、一般的に塩酸による処理やSiI(CH
3)
3やSiBr(CH
3)
3による処理により-OH基に置換できる。例えば、下記反応式(15)に示す水中におけるHClを用いる処理により-P-OH単位を有する高分子有機化合物が得られる。この時、2つの-OC
2H
5基のうちの1つの-OC
2H
5基のみが-OH基に変換される場合もある。その場合には、-PO(OH)(OC
2H
5)基が生成される。
【0058】
上記高分子有機化合物を燃料電池用高分子電解質膜もしくは燃料電池の電極触媒層用高分子電解質として用いる際には、リン原子に結合したOH基の密度が2ミリ当量/g以上10ミリ当量/g以下であることが望ましい。リン原子に結合したOH基の密度が2ミリ当量/g以上であれば、特に低湿度環境下におけるプロトン伝導性が高められ、また、リン原子に結合したOH基の密度が10ミリ当量/g以下であれば、燃料電池の発電下において高分子有機化合物の溶解が十分に抑えられる。
【0059】
高分子有機化合物が共重合体である場合には、その形態としては、リン原子に結合したOH基を有する親水部位と、リン原子に結合したOH基を有さない疎水部位とが、ブロック共重合体として構成されていることが望ましい。ブロック共重合体であれば、ランダム共重合体よりもプロトンのパスが形成されやすく、自由水の少ない低湿度環境下におけるプロトン伝導性が高められる。なお、共重合体中の各単位の並び方によって本発明が制限されるものではない。
[高分子電解質膜]
上記高分子有機化合物を用いて、固体高分子形燃料電池に利用する高分子電解質膜を製造する方法について説明する。
【0060】
高分子電解質膜を製造する方法としては、高分子有機化合物を熱溶解することによって膜を形成する方法や、高分子有機化合物を溶媒に溶解させ、適当な基板や支持体に塗布した後、乾燥させて高分子電解質膜を形成する、いわゆる溶液プロセスによる方法などが挙げられる。また、ポリビニルアルコール等の他の高分子化合物をマトリックスとして用い、複合体膜として高分子電解質膜を製造する方法もある。上述の方法以外にも、公知の成膜方法が適用可能であり、その形成法は特に限定されるものではない。
【0061】
溶液プロセスによって高分子電解質膜を製造する場合に使用される溶媒は、試料を溶解することができるなら特に限定されるものではないが、工業的に入手が容易で、かつ製膜及び乾燥の際に除去しやすいものがより好ましい。こうした溶媒としては、クロロホルム、塩化メチレン、エーテル、ジオキサン、ヘキサン、シクロへキサン、テトラヒドロフラン、アセトン、メタノール、エタノール、ギ酸などが例示でき、また、2種類以上の溶媒の混合物であってもよい。
[膜電極接合体]
上記高分子電解質膜を用いて、固体高分子形燃料電池に利用する膜電極接合体を製造する方法について説明する。
【0062】
膜電極接合体(MEA)を製造する方法の一例としては、まず、上記高分子有機化合物を用いて前述した製造法により、高分子電解質膜を形成する。その後、高分子電解質膜の両側に電極触媒層を作製し、膜電極接合体を作製する。電極触媒層は、例えば触媒としての白金が担持されたカーボン粒子と高分子電解質とから形成される。この高分子電解質には、上記高分子有機化合物が用いられる。電極触媒層は、上記白金が担持されたカーボン粒子と高分子電解質とを適宜の溶媒に分散させた電極触媒インクを基材に塗布し、乾燥させることにより得られる。電極触媒層は、例えばホットプレス法を用いて高分子電解質膜に敷設される。もしくは、電極触媒層は、高分子電解質膜に直接塗工されてもよい。なお、高分子電解質膜と電極触媒層とのいずれか一方のみに上記高分子有機化合物を用いてもよい。
[固体高分子形燃料電池]
上記膜電極接合体を備える固体高分子形燃料電池について、
図1を参照して説明する。
【0063】
図1に示されるように、固体高分子形燃料電池は、膜電極接合体5を中心とする積層体として構成される。膜電極接合体5は、上述のように、高分子電解質膜1と、該高分子電解質膜1を挟んで互いに向い合う一対の電極触媒層2a,2bとを備えている。
【0064】
電極触媒層2a,2bには、高分子電解質膜1及びこれら電極触媒層2a,2bを挟んで互いに向い合う一対のガス拡散層3a,3bが覆設されている。このうち、高分子電解質膜1の一方側の電極触媒層2aとガス拡散層3aとが空気極(カソード)となり、空気極には集電のためのカソード電極4aが積層される。また、他方側の電極触媒層2bとガス拡散層3bとが燃料極(アノード)となり、燃料極には集電のためのアノード電極4bが積層される。
【0065】
さらに、膜電極接合体5と、カソード電極4a及びアノード電極4bとは、互いに向い合う一対のセパレータ6a,6bによって挟持されている。セパレータ6a,6bの各々にて、膜電極接合体5と互いに向かい合う側面には、ガス流路7a、7bが凹設され、また膜電極接合体5とは反対側の側面には、冷却水流路8a、8bが凹設されている。
【0066】
このように構成される固体高分子形燃料電池では、カソード電極4aに対面するセパレータ6aのガス流路7aに例えば酸素ガスが流され、アノード電極4bに対面するセパレータ6bのガス流路7bに例えば水素ガスが流される。また、セパレータ6a,6bの冷却水流路の8a、8bの各々には、冷却水が流される。そして、空気極と燃料極とに上記ガス流路7a、7bからガスが供給されることによって、高分子電解質膜1中でのプロトン伝導を伴う電極反応が進行することにより、カソード電極4aとアノード電極4bとの間に起電力が生じる。なお、発電の際には、図示しない補助的な装置(ガス供給装置、冷却装置など)が装着される。燃料電池としては、固体高分子形燃料電池を単一で用いてもよく、また、固体高分子形燃料電池を複数積層して直列接続することによって1つの燃料電池として用いるようにしてもよい。
【0067】
上述のように、本実施形態の高分子電解質膜は、高い耐酸化性を有する。したがって、このような高分子電解質膜を用いることによって、信頼性の高い膜電極接合体を得ることができるとともに、発電効率が高く安定した固体高分子形燃料電池を得ることができる。
[実施例]
上述した有機化合物、高分子有機化合物、高分子有機化合物の製造方法について、以下に具体的な実施例を挙げて説明する。
(実施例1:-PO(OC
2H
5)
2基を導入したジブロモピリドン誘導体の合成)
<ステップ1>
亜リン酸トリエチル(P(OC
2H
5)
3)と1,4-ジブロモブタン(Br-(CH
2)
4-Br)とを用いた下記反応式(16)に示す反応により、-PO(OC
2H
5)
2基を有するCompound-1を合成した。
【0069】
この際に、まず、ガラス容器中、窒素雰囲気下で、4.25g(25.6mmol)のP(OC
2H
5)
3と37.8g(175mmol)のBr-(CH
2)
4-Brを150℃で反応させた後に、減圧下でBr-(CH
2)
4-Brを取り除き、Compound-1としてBr-(CH
2)
4-PO(OC
2H
5)
2を5.79g(収率83%)得た。
【0070】
Compound-1に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果から下記構造式(17)に示されるBr-(CH
2)
4-PO(OC
2H
5)
2がCompound-1として得られたことが認められた。
1H-NMRスペクトルの測定結果を下記に示す。なお、化学シフトδに対応付けられるH原子をそれぞれH
a,H
b,H
c,H
d,H
eで示す。
【0071】
1H-NMR(in CDCl
3)δ:4.07(m,4H,-OCH
a2CH
3),3.41(t,J=6.6Hz,2H,Br-CH
b2-),約1.95(m,2H,P-CH
c2-),約1.75(m,4H,other CH
d2 groups),1.32(6H,-OCH
2CH
e3)(δ1.32のピークはおおよそJ=7Hzのtripletであった。)
【0073】
また、Br-(CH
2)
4-Brの代わりにBr-(CH
2)
6-Brを用いる他は同様にして、Compound-2としてBr-(CH
2)
6-PO(OC
2H
5)
2を87%の収率で得た。Compound-2に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果を下記に示す。
【0074】
1H-NMR(in CDCl
3)δ:4.01(m,4H),3.34(t,J=6.6Hz,2H),1.9-1.1(m,16H)(δ1.9-1.1のピークは種々のCH
2基とCH
3基に基づくピークの重なりであり、この中には、δ1.26にJ=7.2Hzのtripletと解析されるCH
3基に基づくピークが見られた。)
さらに、Br-(CH
2)
4-Brの代わりにBr-(CH
2)
10-Brを用いる他は同様にして、Compound-3としてBr-(CH
2)
10-PO(OC
2H
5)
2を87%の収率で得た(但し、Compound-3の単離には、SiO
2カラムを用いるカラムクロマト法(溶離液として、ヘキサンと酢酸エチルを順に用いた)を用いた)。Compound-3に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果を下記に示す。
【0075】
1H-NMR(in CDCl
3)δ:4.06(m,4H),3.38(t,J=6.9Hz,2H),1.9-1.1(m,24H)
<ステップ2>
3,5-ジブロモ-2-ヒドロキシピリジンとCompound-1とを用いた下記反応式(18)に示す反応により、-PO(OC
2H
5)
2基を導入したピリドン誘導体M-1を合成した。反応に用いた3,5-ジブロモ-2-ヒドロキシピリジンは市販品を用いた。前述のように、この3,5-ジブロモ-2-ヒドロキシピリジンは溶液中で、互変異性体である3,5-ジブロモ-2-ピリドンと共存状態にある。
【0077】
この際に、まず、ガラス容器中に、1.48g(5.85mmol)の市販(東京化成(株))の3,5-ジブロモ-2-ヒドロキシピリジン、2.50g(9.15mmol)のBr-(CH
2)
4-PO(OC
2H
5)
2、3.25g(23.5mmol)のK
2CO
3及び100mLの窒素置換した無水アセトニトリルを加えた。そして、窒素雰囲気下(少量の窒素を流しながら)還流下で24時間反応させた後に室温に冷却した。ろ過により溶液を回収して、ロータリーエバポレターにより揮発成分を除き、油状の液体を得た。
【0078】
この油状液体をガラス容器中で酢酸エチルに溶解させた後にこの溶液にヘキサンを加えると2層に分離した。この様にして得られた系を-25℃の冷凍庫に保存した。さらにこの系を-50℃のドライアイス−エタノール冷媒に浸すとガラス容器の底部の半固体状の油状物と上層の液体が得られた。上層の液体を低温下で除いた後に、室温に戻し、残存物を酢酸エチルに溶解させて、さらにヘキサンを加えてから冷却し、同様にして、2層に分離した系から上層の液体を除いた。この様な操作を計6回行った後に得られた残存物から、蒸発成分を減圧下に除き、790mg(30%収率)でピリドン誘導体M-1を得た。
【0079】
ピリドン誘導体M-1の元素分析値は、炭素35.11%、水素4.72%、窒素3.01%であり、C
13H
20Br
2NO
4Pとしての計算値(炭素35.08%、水素4.53%、窒素3.15%)と実験誤差内で一致した。
【0080】
ピリドン誘導体M-1に対する高分解能質量分析(FAB法による。マトリックスはNaIを添加した3-ニトロベンジルアルコール)においては、Na付加体
12C
131H
2079Br
214N
16O
431P
23Naとしての計算値465.9394に実験誤差範囲内で一致するm/z=465.9400のピークが観測された。
【0081】
ピリドン誘導体M-1に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果からも、下記構造式(19)で示されるピリドン誘導体が得られたことが認められた。ピリドン誘導体M-1に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果を下記に示す。なお、化学シフトδに対応付けられるH原子をH
a,H
b,H
c,H
d,H
e,H
fで示す。また、下記構造式(19)に、各H原子に対応するδ値を示す。
【0082】
1H-NMR(in CDCl
3)δ:7.76(d,J=2.7Hz,1H,Py-H
a(Pyはピリドン環を表す)),7.39(d,J=2.7Hz,1H,Py-H
b),4.06(m,4H,P-OCH
c2CH
3),3.94(t,J=7.5Hz,2H,Py-CH
d2-),約1.95-1.6(m,6H,other CH
e2 groups),1.30(t,J=7.2Hz,6H,-OCH
2CH
f3)(δ4.06のピークとδ3.94のピークは重なっていた。)
【0084】
図2に示されるように、ピリドン誘導体M-1のIRスペクトル(KBr法)は、以下の吸収ピークを与えた(cm
-1単位で示す):3062,2981,1653st,1592st,1442,1228m,1054m,1027st,963m(stと付けたものは強いピークであることを表す。mと付けたものは中程度に強いピークであることを表す。以下のIRスペクトルにおいて、同様である。)。1228m,1054m,1027st,963mの吸収は、-PO(OR
1)(OR
2)基に特徴的な吸収である。
【0085】
また、1653cm
-1に認められる強いIR吸収は、上記反応式(18)で得られたピリドン誘導体M-1が上記構造式(19)に示したピリドン型構造を有することを支持する。すなわち、一般に、類似のピリドン型生成物は1650cm
-1付近にカルボニル基による強いIR吸収(ν(C=O))を示すのに対して、類似のピリジン型生成物は1650cm
-1付近にIR吸収を示さない。それゆえに、ピリドン誘導体M-1の上記IRスペクトルからも、上記反応式(18)で得られたピリドン誘導体M-1が上記構造式(19)に示したピリドン型構造を有することが支持される。なお、産業総合技術研究所データベースに記載されているIRデータを下記に示す。下記のように2つの異性体のIRデータにおいて、ピリドン型化合物は1658cm
-1に強いIR吸収を示すのに対して、ピリジン型異性体はこの領域にIR吸収を示さない。なお、両者においてみられる1600cm
-1付近のIR吸収は環状構造の環伸縮振動によるものである。
【0087】
また、Tetrahedron Letters 53巻、5907(2012)には、下記構造式(20)に示されるピリドン型化合物が1653cm
-1にIR吸収を示すことが記載されている。
【0089】
(実施例2:-PO(OC
2H
5)
2基を導入したジクロロピリドン誘導体の合成)
下記構造式(21)に示す3.00g(18.3mmol)の3,5-ジクロロ-2-ピリドン(3,5-ジクロロ-2-ヒドロキシピリジンの互変異性体である)と、8.25g(30.2mmol)のBr-(CH
2)
4-PO(OC
2H
5)
2、9.07g(66mmol)のK
2CO
3及び150mLの窒素置換した無水アセトニトリルを用いる他は、実施例1のステップ2と同様にして下記構造式(22)に示すピリドン誘導体M-2を30%の収率で得た。原料の3,5-ジクロロ-2-ピリドンは市販品を用いた。なお、上記のように、3,5-ジクロロ-2-ピリドンは3,5-ジクロロ-2-ヒドロキシピリジンの互変異性体であるため、市販品では、3,5-ジクロロ-2-ヒドロキシピリジンの他、3,5-ジクロロ-2-ピリドンとして販売されている。
【0092】
ピリドン誘導体M-2の元素分析値は、炭素43.32%、水素5.50%、窒素3.90%であり、C
13H
20Cl
2NO
4Pとしての計算値(炭素43.84%、水素5.66%、窒素3.93%)と実験誤差内で一致した。
【0093】
ピリドン誘導体M-2に対する高分解能質量分析(FAB法による。マトリックスはNaIを添加した3−ニトロベンジルアルコール)においては、Na付加体
12C
131H
2035Cl
214N
16O
431P
23Naとしての計算値378.0405に実験誤差範囲内で一致するm/z = 378.0408のピークが観測された。
【0094】
ピリドン誘導体M-2に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果からも、上記構造式(22)で示されるピリドン誘導体が得られたことが認められた。ピリドン誘導体M-2に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果を下記に示す。なお、化学シフトδに対応付けられるH原子を
Hで示す。
【0095】
1H-NMR (in CDCl
3)δ:7.49(d,J=2.7Hz,1H,Py-
H(Pyはピリドン環を表す)),7.26(d,J=2.7Hz,1H,Py-
H),4.07(m,4H,P-OC
H2CH
3),3.94(t,J=7.1Hz,2H,Py-C
H2-),約1.95-1.6(m,6H,other C
H2 groups),1.30(t,J=7.1Hz,6H,-OCH
2C
H3).(δ4.07のピークとδ3.94のピークは重なっていた。)
ピリドン誘導体M-2のIRスペクトル(KBr法)は、以下の吸収ピークを与えた(cm
-1単位で示す):3065,2982,1657st,1601st,1443,1230m,1054st,1027st,963m。特に、1230m,1054st,1027st,963mの吸収は-PO(OR
1)(OR
2)基に特徴的な吸収である。ピリドン誘導体M-2のIRスペクトルは、ピリドン誘導体M-1のIRスペクトルと同様の特徴的な吸収を有する。このことからも、ピリドン誘導体M-2もピリドン型の構造を有することが支持される。
(実施例3:ピリドン系高分子の合成)
上記反応式(13)に示される高分子合成反応をピリドン誘導体M-1(Monomer-1と記載する)と2,5-ジブロモピリジン(Monomer-3と記載する)とに対して適応して、下記反応式(23)により、側鎖に-(CH
2)
4-PO(C
2H
5)
2基を持つピリドン-3,5-ジイル単位とピリジン-2,5-ジイル単位から成るPolymer-1を得た。
【0097】
この際に、まず、N
2置換したシュレンク管に、ビス(1,5-シクロオクタジエン)ニッケル(0)(Ni(cod)
2)を4.8g(17.5mmol)、2,2’-ビピリジル(bpy)を2.8g(18mmol)、1,5-シクロオクタジエン(cod)を3.76g(7.0mmol)、Monomer-1を1.78g(4.0mmol)、Monomer-3を474mg(2.0mmol)(モノマーの混合比(モル比)=約2:1)、脱水N,N-ジメチルホルムアミド(以下DMFと略称)を40mL加えて、しばらく室温で撹拌した後に、65℃で20時間撹拌し、脱ハロゲン化による重合を行った。
【0098】
反応物を約3%のアンモニア水(濃アンモニア水を約9倍に薄めて得たもの)に加えて、撹拌後、ろ過により残渣を回収した。次に、この残渣をエチレンジアミン四酢酸の2ナトリウム塩(Na
2EDTAと略)の水溶液で撹拌洗浄した後に、ろ過により回収し、さらに水洗いしてから真空乾燥して650mgのPolymer-1を得た。収率は約50%であり、Polymer-1の回収過程で一部の高分子が失われたと考えられる。
【0099】
同様の重合反応として、Monomer-1を440mg(0.99mmol)、Monomer-3を120mg(0.51mmol)(モノマーの混合比(モル比)=約2:1)用いて行った場合には、Polymer-1の収率は41%であり、小さなスケールで高分子合成を行った場合には、高分子の回収過程で失われるものの割合が多くなると考えられる。
【0100】
Polymer-1は、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を溶離液とするゲルろ過クロマトグラフィ(gelPermeation chromatography:GPCと略)では、約16000の数平均分子量(M
n)及び約20000の重量平均分子量(M
w)を示した。Polymer-1はDMF、ギ酸に可溶であり、DMF溶液は365nmの紫外光の照射により青色の発光を示した。Polymer-1の元素分析ではBrは検出されず、脱ハロゲン化による重合が進行したことを示している。元素分析における、炭素、水素、窒素の分析値は、炭素57,38%、水素6.34%、窒素6.37%であり、下記ポリマーの構造式(24)とともに示すようにPolymer-1中の2つの構成単位が2つのモノマーの添加モル比と同様に2:1であると仮定した時の組成式C
31H
43N
3O
8P
2としての計算値(炭素57.49%、水素6.69%、窒素6.49%)とほぼ一致した。
【0102】
また、重水素化ギ酸(DCOOD)を溶媒としたPolymer-1に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果においては、-(CH
2)
4-PO(OC
2H
5)
2基の各々の基による吸収は下記の吸収範囲に認められた。各々の吸収は、高分子対する
1H-NMRにて一般に認められる比較的ブロードな吸収であった。
【0103】
1H-NMRスペクトルにおける-(CH
2)
4-PO(OC
2H
5)
2基に関する吸収の同定(化学シフトδに対応付けられるH原子をH
a,H
b,H
c,H
dで示す。):
(1)δ4.0-4.6(ピークはδ4.23)、ピーク面積は6Hに相当(aliphatic ピークについてのピーク面積):Py-CH
a2-(Pyはピリドン環を表す)と-P-OCH
b2-
(2)δ1.7-2.4(ピークはδ2.10と1.86)、ピーク面積は6Hに相当:Py-O-CH
2-CH
c2-CH
c2-CH
c2-
(3)δ1.1-1.6、ピーク面積は6Hに相当:P-OCH
2-CH
d3
すなわち、
1H-NMRスペクトルの測定結果における各シグナルは、下記構造式(25)における各H原子に起因するものとして同定される。下記では、それぞれのシグナル面積を示す。
【0105】
なお、DMF-d
6を溶媒とする
1H-NMRスペクトルの測定結果においても、Polymer-1にて同様の吸収が認められた。
図3に示されるように、Polymer-1のIRスペクトル(KBr法)は、以下の吸収ピークを与えた(cm
-1を示す):2979,2981,2932,2870,1644st,1590st,1464,1225m,1051m,1024st,961m。Polymer-1のIRスペクトルに含まれる特徴的な吸収ピークは、Monomer-1であるピリドン誘導体M-1のIRスペクトルに含まれる特徴的な吸収ピークと同様であった。
(実施例4:-P-OH基への変換)
<カルボン酸による変換の検討>
-P-O-R
11基(R
11は1価の有機基を表す)のカルボン酸R
12COOH存在下における-P-OH基への変換(一種のエステル交換反応またはカルボン酸存在下における加水分解:-P-O-R
11+ R
12COOH →-P-OH + R
12COOR
11または-P-OR
11 + H
2O →-P-OH + R
11OH)の可能性を確認した。まず、Polymer-1のギ酸中での
1H-NMRスペクトルの測定結果では、この様な反応が起こっていることは認められなかった。
【0106】
さらに、下記構造式(26)に示す2,5位に-O-(CH
2)
4-PO(OC
2H
5)
2基を有する1,4-ジブロモベンゼン誘導体Compound-4を合成し、-P-O-C
2H
5基のギ酸存在下における-P-OH基への変換反応について確認した。
【0108】
すなわち、上記反応式(18)で示すピリドン誘導体M-1の合成にならい、3,5-ジブロモ-2-ヒドロキシピリジンの代わりに1,4-ジブロモ-2,5-ジヒドロキシベンゼンを用いて、K
2CO
3を塩基としてアセトニトリル中でCompound-1と反応させて収率68%でCompound-4を得た。
【0109】
Compound-4の元素分析値は、炭素40.40%、水素5.81%、臭素24,53%であり、C
22H
38Br
2O
8P
2としての計算値(炭素40.51%、水素5.87%、臭素24.50%)と実験誤差内で一致した。
Compound-4に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果も、構造式(26)で示される化合物がCompound-4として得られたことを示していた。Compound-4に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果を下記に示す。なお、下記データでは、化学シフトδに対応付けられるH原子を
Hで示す。
【0110】
1H-NMR(in CDCl
3)δ:7.05(s,2H,Ph-
H(Phはベンゼン環を表す)),4.08(m,8H,P-OC
H2CH
3),3.94(t,4H,Ph-O-C
H2-),約2.0-1.6(m,12H,other C
H2 group),1.30(t,J=7.2Hz,12H,-OCH
2C
H3)。
【0111】
また、Compound-1の代わりに、Compound-2、Compound-3を用いて、各々Compound-4における-O(CH
2)
4PO(OC
2H
5)
2基が-O(CH
2)
6PO(OC
2H
5)
2、-O(CH
2)
10PO(OC
2H
5)
2となっている化合物Compound-5、Compound-6を各々34%、42%の収率で得た。下記にCompound-5、Compound-6についての分析結果を示す。
【0112】
Compound-5の元素分析値は、炭素43.95%、水素6.31%、臭素22.62%であり、C
26H
46Br
2O
8P
2としての計算値(炭素44.08%、水素6.55%、臭素22.56%)と実験誤差内で一致した。また、Compound-5に対する
1H-NMRのデータも、目的物が得られたことを示していた。Compound-5に対する
1H-NMRスペクトルの測定結果を以下に示す。なお、下記データでは、化学シフトδに対応付けられるH原子を
Hで示す。
【0113】
1H-NMR(in CDCl
3)δ:7.04(s,2H,Ph-
H(Phはベンゼン環を表す)),4.08(m,8H,P-OC
H2CH
3),3.87(t,J=6.3Hz,4H,Ph-O-C
H2-),約1.8-1.2(m,32H,other C
H2 groups and C
H3、この吸収の中にδ1.30(t,6H,-OCH
2C
H3)の吸収が認められた)。
【0114】
なお、Compound-5に対する紫外・可視スペクトル(クロロホルム中)では、極大吸収波長λ
maxが301nmであった。また、Compound-5に対するIRスペクトル(KBr法、cm
-1)では、下記に示される吸収が認められた。
【0115】
2979,2932m,2865,1499m,1470m,1363m,1236st,1215st,1062st,1033st,962st。
Compound-6の元素分析値は、炭素49.77%、水素7.51%、臭素19.22%であり、C
34H
62Br
2O
8P
2としての計算値(炭素49.76%、水素7.62%、臭素19.47%)と実験誤差内で一致した。
【0116】
Compound-6に対する紫外・可視スペクトル(クロロホルム中)では、極大吸収波長λ
maxが301nmであり、一般にCompound-4タイプの2,5-ジアルコキシ-1,4-ジブロモベンゼンがλ
max=301nm付近に吸収極大を示すことが分かった。Compound-6に対するIRスペクトル(KBr法、cm
-1)では、下記に示される吸収が認められた。
【0117】
2927m,2854,1494m,1468m,1362m,1214st,1062st,1030st,965st。
Compound-4をガラス容器中で、クロロホルムとギ酸の混合溶媒(重量比は約2:3)に溶解し、約60℃で4時間20分撹拌した後に、溶媒を減圧下で除いて得られる残渣の
1H-NMRスペクトルを測定した。その結果、元のCompound-4の
1H-NMRスペクトルと一致する
1H-NMRスペクトルが得られ、Compound-4中の-P-OC
2H
5基は、ギ酸のようなカルボン酸存在下に高い安定性を有することが分かった。この様に、-P-O-R
11基(R
11は1価の有機基を表す)のカルボン酸R
12COOH存在下における-P-OH基への変換は困難であることが分かった。
(実施例5:重合法の適用性の検討)
実施例4にて新しい-Z-PO(OR
1)(OR
2)置換基を有するジハロゲン化物が得られたので、ゼロ価ニッケル錯体Ni(0)L
mを用いる脱ハロゲン化重合が、-PO(OR
1)(OR
2)基を側鎖に有する高分子有機化合物の合成に広く適応性を持つことを確認するために、下記反応式(27)に示すように、ベンゼン環を有する化合物であるCompound-5を用いてゼロ価ニッケル錯体を用いる脱ハロゲン化重合を行った。
【0119】
上記反応式(27)に示すPolymer-2の合成は、Compound-5(500mg,0.71mmol)、Ni(cod)
2(565mg,2.1mmol)、bpy(330mg,2.1mmol)、cod(440mg,2.0mmol)を用い、Polymer-1の合成と同様に6mLのDMF中で65℃で重合反応を行った。その後に、反応系を約3%のアンモニア水に加え、生成したPolymer-2の粗生成物を粘稠な物質として濾別により得た。粗収率は約75%であった。得られた粗生成物の一部をとり、酢酸エチルに溶解させヘキサンに加えて再沈させることにより、Polymer-2を得た。この再沈における回収率は約80%であった。Polymer-2の元素分析値(炭素56.51%、水素8.22%)は(C
26H
46O
8P
2)
nとしての計算値(炭素56.93%、水素8.45%)とほぼ一致した。Brは検出されなかった。GPC(溶離液はDMF)において、約11000のM
nと約12500のM
wが観測された。
1H-NMRスペクトルの測定結果を下記に示す。なお、下記データでは、化学シフトδに対応付けられるH原子を
Hで示す。
【0120】
1H-NMR(in acetone-d
6)δ:6.4-7.4(2H,Ph-
H),4.01(12H,P-OC
H2CH
3+Ph-O-C
H2-),0.5-1.9(32H, other C
H2 groups + C
H3)。
IRスペクトルは、Compound-5のIRスペクトルに似ており、-PO(OR
1)(OR
2)基に特徴的な吸収を示した。クロロホルム中での紫外・可視スペクトルでは、λ
max=323nmに吸収極大を示し、高分子化に伴うパイ共役系の広がりのためにCompound-5の紫外・可視スペクトルにおけるλ
max=301nmの吸収極大よりも長波長側へのシフトを示した。Polymer-2がpoly(2,5-dialkoxy-p-phenylene)と似たパイ電子系を持っていることが分かる。Polymer-2のDMF溶液は365nm及び254nmの紫外線の照射により、いずれの場合にも青色の発光をしめした。365nmの紫外線の照射による発光の方が強く観測された。
【0121】
また、上記反応式(14)の形式の重合法をCompound-4(650mg,1.0mmol)及び1,4-フェニレンジボロン酸のピナコールエステル(330mg,1.0mmol)をモノマーとして用いて、K
2CO
3(2.9g,21mmol)、Pd(PPh
3)
4(PPh
3=トリフェニルホスフィン)(24mg,0.02mmol)の存在下に無水アセトニトリル(12mL)を溶媒として用いて、窒素下、還流条件で29時間撹拌反応させて検討し、オリゴマーを得た。このオリゴマーはクロロホルム中の紫外・可視スペクトルにおいて、λ
max=326nmに吸収極大を示し、Compound-4の紫外・可視吸収スペクトルにおける吸収極大の位置及び1,4-フェニレンジボロン酸のピナコールエステル(クロロホルム中のλ
max=280nm及び286nm)に比べて、パイ共役系の広がりのために吸収極大位置が長波長側にシフトしていることが分かった。
(実施例6:-P-OH基への変換)
<塩酸による変換の検討>
上記反応式(15)に示した形式の、塩酸による変換反応について検討した。まず、Polymer-2(半ペースト状フィルム)を、0.5Mの希塩酸と45℃で4時間接触させた。しかし、IRスペクトルでは変化は認められなかった。次いで、Polymer-2を6Mの希塩酸と55℃で4時間接触させたところ、この処理によりIRスペクル1300-750cm
-1の領域に変化が起き、変換反応が起きていることが推定された。
【0122】
この知見に基づき、上記反応式(23)で得られたPolymer-1を6Mの希塩酸と反応させて、-P-OC
2H
5基の-P-OH基への変換反応を検討した。
330mgのPolymer-1を6Mの希塩酸20mLに加えて、85℃で19時間30分撹拌反応させた後に室温に戻した。Polymer-1は反応条件下及び反応終了後に6Mの希塩酸に可溶であった。また、200mgのPolymer-1と6Mの希塩酸12mLを用いて同様の結果を得た。得られた反応系から揮発成分(希塩酸を含む)を加熱(55℃)減圧下で除いた後に大気中に放置することにより、加えたPolymer-1とほぼ同じ質量の生成物(茶色の固体)Polymer-1-1を得た。この生成物Polymer-1-1は元素分析で約9%の塩素を含んでいることが分かり(Cl/Nのモル比は約0.6)、ピリジン環のNの約60%がプロトン化されHCl付加体となっていることが分かった。
【0123】
この生成物の重水素化ギ酸(DCOOD)を溶媒とする
1H-NMRスペクトルにおいては、上記構造式(25)とともに示したBの領域の吸収(Py-CH
2-(CH
c2)
3-のH
cによる吸収;Py はピリドン環を示す)の面積に比べて、Cの領域の吸収(P-O-CH
2-CH
d3のH
dによる吸収)の面積が約13%と顕著に減少し、その減少率からP-O-CH
2-CH
3基の約88%がP-OH基に変換されたことが分かった。また、これに伴い、上記構造式(25)とともに示したAの領域の吸収(Py-O-CH
a2-(CH
2)
3-とP-O-CH
b2-CH
3のH
aとH
bによる吸収)の面積も、Bの領域の吸収(Py-O-CH
2-(CH
c2)
3-のH
cによる吸収)の面積に比べて約42%となり、P-O-CH
2-CH
3基の約88%がP-OH基に変換されたことを支持していた。また、同様の6Mの希塩酸中の85℃で21時間30分撹拌反応では、
1H-NMRスペクトルからP-O-CH
2-CH
3基の約91%がP-OH基に変換されたことが分かり、基本的に変換反応に再現性があることが分かった。
【0124】
この様にして得られたPolymer-1-1中では、ピリジン環のNの相当部分がHCl付加体となっていたので、HClを除く目的で生成物をギ酸に溶解させた後に、水中に加えて再沈殿させ、ろ過により回収した。この操作を2度行い、生成した沈殿を加熱(55℃)減圧下で乾燥することにより、元のPolymer-1-1の質量の約65%の質量の生成物Polymer-1-2を得た。
【0125】
生成物Polymer-1-2の元素分析の結果は1.50%の塩素を示し(Cl/Nのモル比は約0.08)、付加体となっていたHClはかなり除かれたことが分かった。また、Polymer-1-2は炭素(51.98%)、水素(4.96%)、窒素(7.20%)の元素分析値を示し、上記ポリマーの構造式(24)とともに示した組成を持つPolymer-1の-P-OC
2H
5基の約90%が-P-OH基に変換され、Nの8%がHClと付加体を形成しているとした時のPolymer-1-2の元素分析計算値(2×C
9.4H
12.8NO
4P + C
5H
3N + 0.08×3 HCl = C
23.8H
28.84Cl
0.24N
3O
8P
2の組成式に基づく)(炭素51.47%、水素5.23%、窒素7.57%、塩素1.53%)とほぼ一致した。ポリピリジン類は水溶液中の塩酸濃度が薄い時には、HClと付加体を形成しないことが多く、上記の操作によりHClの多くがNから離脱したものと考えられる。
(実施例7:伝導性及び耐酸化性)
上記のPolymer-1-1をギ酸に溶解させて得られた溶液を、ポリイミド製のセル中に加えて放置することにより2cm×2cmの濃褐色フィルム状物質(厚さは100μm弱)を得た。このフィルムを水に浸漬した後に水を紙でふき取りテスターを当てると室温で20kΩの電気抵抗を示し、ある程度の伝導性を示すことが分った。また、Polymer-1-1の粉状を水に浸漬してから紙で水をふき取った後に、細管につめ両側から加圧することにより、この物質は室温で約10
-4Scm
-1〜10
-6Scm
-1の導電率を持つことが分った。一方、Polymer-1-2の粉状を水に浸漬してから紙で水をふき取った後に、細管につめ両側から加圧することにより、この物質は室温で約2×10
-6Scm
-1の導電率を持つことが分った。そして、10.7mgのPolymer-1-2サンプルを20ppmのFe
2+と15%のH
2O
2を含む過酸化水素水に60℃で3時間浸漬する強い酸化条件下に置いたところ、10.3mgのサンプル残存が観測され、Polymer-1-2は高い耐酸化性を持つことが分った。
【0126】
上記実施例により、合成された有機化合物は、酸基とピリドン環を有するものであり、この化合物を重合した高分子有機化合物は、フェントン試験耐性が高いため、耐酸性が高められることが示された。したがって、この高分子有機化合物を用いた高分子電解質膜は、燃料電池用高分子電解質膜として有用である。
[変形例]
上記実施形態は、以下のように変更して実施することが可能である。
【0127】
・上記有機化合物及び高分子有機化合物が有する-Z-PO(OR
4)
2置換基において、2つの有機基R
4は、互いに同じ有機基でもよく、互いに異なる有機基でもよい。例えば、上記構造式(17)に示されるBr-(CH
2)
4-PO(OC
2H
5)
2に代えて、Br-(CH
2)
4-PO(OCH
3)(OC
2H
5)のように、互いに異なるOR
4基を有する化合物を合成してもよい。この化合物を用いることにより、互いに異なるOR
4基を有する有機化合物及び高分子有機化合物を合成することができる。なお、合成を容易にするためには、2つの有機基R
4が互いに同じ有機基であることが好ましく、2つのOR
4基が共にOC
2H
5もしくはOHであることがさらに好ましい。
【0128】
・上記有機化合物において、ピリドン環に導入されているハロゲン基の位置は上記実施形態で示した位置に限られず、本発明の有機化合物は、ピリドン環に導入された2以上のハロゲン基を有していればよい。例えば、3つのハロゲン基がピリドン環に導入された有機化合物をモノマーとして用いて、脱ハロゲン化による重合を行うと、-Z-PO(OR
1)(OR
2)置換基を有するピリドン環から成る3価のピリドンジイル基を構成単位に有する高分子有機化合物が得られる。また、ピリドン環には、互いに異なるハロゲン基が導入されていてもよい。また、ハロゲン基に代えて、-OSO
2C
6H
4CH
3-p(SO
2C
6H
4CH
3-pはトシル基)等の擬ハロゲンからなる基がピリドン環に導入されていてもよい。