【実施例】
【0032】
[実施例1]
2端子型素子を作成し、その上部電極1にパルス電圧を印加した時の電気伝導性の変化を測定した。その結果を
図3(a)に示す。ここで、下部電極2は接地しておいた。この素子は、上部電極1および下部電極2としてPtを用い、酸化物イオンと電子の混合伝導体3として酸素欠陥を含む酸化タングステン(WO
3−x)を用いた。公知のRFスパッタ法を用いて、
図1(a)に示した2端子素子構造を石英基板上にPt/WO
3−x/Ptの順で積層することで、この素子を作製した。混合伝導体3であるWO
3−x膜の厚さは60nmであった。均一に酸素欠損4を含んだWO
3−x膜を作製するために、室温で蒸着後に、300℃の温度下でアルゴン50%と酸素ガス50%の混合ガス(全圧2.67Pa)の雰囲気でアニール処理を施した。均一に酸素欠損を含んだWO
3−x膜の作製は、膜を構成する+6価のタングステンイオンとは異なる価数の元素を添付することによっても可能であった。
【0033】
作製直後の素子のオリジナル状態における電流−電圧測定結果のプロットを
図3(a)のグラフ中で中実の四角形で示す。正負何れの電圧を印加しても、電流はほとんど流れない。これは、
図3(c)中央の模式図(「オリジナル」と表示)に示す様に、上部電極側界面および下部電極側界面にショットキー障壁が形成されているためである。このオリジナル状態の素子に、正および負の極性のパルス電圧を印加した後の電流−電圧特性の変化を
図3(a)にそれぞれ白抜きの三角形(△)及び円印(○)でプロットした。3.5Vの電圧を5秒間印加した場合には、素子は正電圧側で電流が流れやすいという整流作用を示した。一方、−3Vの電圧を5秒間印加した場合には、素子は負電圧側で電流が流れやすいという整流作用を示した。この整流作用の変化は、
図3(c)の模式図の右側(「正のパルス」と表記)及び左側(「負のパルス」と表記)に示す様に、電圧印加による酸素欠陥4(酸化物イオンとしても良い)の電極界面付近への移動によるショットキー障壁の大きさの変化によって説明される。
図3(b)は、作製時のオリジナルな状態および3.5Vの電圧を5秒間印加した場合の素子において、その後、比較的小さな電圧(0.5V)を印加した時の電流の減衰を示す。なお、この比較的小さな電圧は、素子の状態を読みだすために印加する電圧であるので、以下、読み出し電圧とも称する。オリジナルな状態の素子では電流がほとんど流れないが、3.5Vのパルス電圧を印加した後の素子では電流の減衰が認められた。これは、パルス電圧印加によって電極との界面付近に移動した混合伝導体3内部の酸素欠陥4が、その後に電圧印加を小さくすることによって混合伝導体3内部に戻ることによるリーク電流である。このリーク電流により、パルス電圧の印加によって生じた電気抵抗の変化や電流の流れやすさに方向性がある整流作用が消失した。このことから、パルス電圧の印加によって生じる電気伝導性は電圧印加を止めると消えてしまう、つまり揮発性であることがわかった。
【0034】
[実施例2]
図1(b)に概念的な構造を示す3端子型素子を、実施例1と同様な方法によって作製した。酸化物イオンと電子の混合伝導体3として、実施例1と同じく酸素欠陥を含む酸化タングステン(WO
3−x)を用いた。
【0035】
実施例1の2端子型素子について行った揮発性の電気伝導性の測定と同様な測定を実施例2の3端子型素子について行った。その結果を
図4に示す。
図4(a)に、オリジナル状態及び左側下部電極5に5Vあるいは−5Vの電圧を60秒間印加した後の状態における、上部電極1と左側下部電極5の間、および上部電極1と右側下部電極6の間の電流−電圧特性を示す。ここにおいて、右側下部電極6は接地しておいた。作製直後のオリジナル状態の当該素子の素子では、中実な四角形で示されるように、正負何れの電圧範囲でもほとんど電流が流れなかった。つまり、電圧−電流特性のプロットはほぼ水平になった。上述の60秒間のパルス電圧印加後の電圧−電流特性をパルス電圧を+5V、−5Vとした場合についてそれぞれ白抜きの三角形(△)及び丸印(○)でプロットした。これからわかるように、上記パルス電圧印加後は、上部電極1と左側下部電極5の間、および上部電極1と右側下部電極6の間で整流作用が認められ、印加したパルス電圧の極性に依存して流れやすい電流の方向が切り替わった。
図4(c)は、左側下部電極5に5Vあるいは−5Vの電圧を120秒間印加した後、上部電極1と左側下部電極5の間で流れるリーク電流(電圧を印加しない状態で測定)を示す。なお、
図4(c)の横軸は±5Vの電圧の印加終了時点からの経過時間を示す。また、比較のため、オリジナル状態の素子についても同じ測定を行った。このリーク電流により、パルス電圧の印加によって生じた電気抵抗の変化や整流作用が消失した。このことから、パルス電圧の印加によって生じる電気伝導性は電圧印加を止めると消えてしまう、つまり揮発性であることがわかった。パルス電圧の印加による電気伝導性の変化は、
図4(b)の模式図に示すように、上部電極1と左側下部電極5の間、および上部電極1と右側下部電極6の間での酸素欠陥4の移動に伴うショットバリアー障壁の大きさの変化により説明される。これらの結果より、3端子型素子においても揮発性の電気伝導性変化や整流作用が得られることがわかった。
【0036】
[実施例3]
実施例1と同じプロセスで作製した2端子型素子に対して正および負のフォーミング処理を施した後の電気伝導性を測定した。その結果を
図5に示す。
【0037】
作製直後のオリジナル状態の素子の電流−電圧測定結果を
図5(a)のグラフに示す。また、
図5(a)の直下、つまり
図5(d)の中央には、オリジナル状態におけるこの素子の内部状態の模式図及び等価回路を示す。オリジナル状態では、上部電極1への印加電圧が±1.5V程度以上の大きさになると電流が少し流れやすくなるが、その電流量はナノアンペアスケールであり、非常に小さい。
図5(a)のグラフの差し込み図は、電圧を印加しない場合および2Vまで電圧を印加した場合の素子において、その後、読み出し電圧として比較的小さな電圧(0.5V)を印加した時の電流の減衰を示す。当初、電圧を印加しない場合は電流がほとんど流れないが、2Vまで電圧掃引した素子ではこの電圧印加の終了直後はある程度の電流が流れるが、この電流は次第に減衰することが認められた。既に説明したように、ここで観測された電流は、電圧印加によって混合伝導体3内部の酸素欠陥4が電極との界面付近に移動して、その後に電圧印加を小さくすることによって酸素欠陥4が混合伝導体3内部に戻ることによるリーク電流であった。
【0038】
次に、作製時のオリジナル状態の素子に、
図5(d)中の右寄りにある右向き矢印上のグラフに示す様に、約6Vの電圧を上部電極1に印加することで、正のフォーミング処理を行った。このフォーミング処理により混合伝導体3内に酸化タングステンから成る電子伝導性フィラメント9を構築した。このフィラメントの状態を、
図5(d)右側の模式図中に示す。正のフォーミング処理では、電子伝導性フィラメント9は下部電極2と接しているために、下部電極2とはオーミック接合となっていた。しかし、電子伝導性フィラメント9は上部電極1との間に僅かなギャップを有しているために、上側電極側界面ではショットキ−状障壁が維持されていた。
【0039】
正のフォーミング処理を施した素子の電流−電圧測定の結果を
図5(b)に示す。負電圧を印加したときはあまり電流は流れないが、正の極性の電圧印加では数百マイクロアンペアスケールの大きな電流が流れ、整流作用が認められた。また、
図5(b)中の差し込み図は、3Vおよび−3Vまで電圧を掃引して印加した後、読み出し電圧として比較的小さな電圧0.1Vを印加した時の電流−時間の関係を示す。3Vまで印加した素子は45nA程度の電流が流れ続け、−3Vまで印加した素子はほとんど電流が流れなかった。このことは、フォーミング処理後の電圧印加によって変化した電気抵抗がその後も保持されている、つまり不揮発性の電気伝導性であることを示している。
【0040】
負のフォーミング処理に当たっては、
図5(d)中の左寄りにある左向き矢印上のグラフに示すように、約−6Vの電圧を上部電極1に印加した。このフォーミング処理により混合伝導体3内に酸化タングステンから成る電子伝導性フィラメント9を構築した。このフィラメントの状態を、
図5(d)左側の模式図中に示す。負のフォーミング処理では、正のフォーミング処理とは逆に、電子伝導性フィラメント9は上部電極1と接しているために、上部電極1とはオーミック接合していた。しかし、電子伝導性フィラメント9は下部電極2との間に僅かなギャップを有するために、下部電極側界面にはショットキー状障壁が維持されていた。
【0041】
負のフォーミング処理を施した素子の電流−電圧測定の結果を
図5(c)に示す。正の極性の電圧印加ではあまり電流は流れないが、負の極性の電圧印加では数百マイクロアンペアスケールの大きな電流が流れ、正のフォーミング処理後の素子とは反対の電圧極性の依存性を示す整流作用が認められた。また、
図5(c)の小図は、3Vおよび−3Vまで電圧を掃引して印加した後、比較的小さな電圧0.1Vを印加させた時の電流−時間の関係を示す。−3Vまで印加した素子は30〜20nA程度の電流が流れ続け、3Vまで印加した素子はほとんど電流が流れなかった。このことは、負のフォーミングの場合でもフォーミング処理後の電圧印加によって変化した電気抵抗がその後も保持されている、つまり不揮発性の電気伝導性であることを示している。
【0042】
また、正負のフォーミング処理を行った素子は、
図5(b)および(c)に示す様に、その電流−電圧特性がマイクロアンペアスケールのヒステリシスを示す。この正および負の両極性で示す電気伝導のヒステリシス性は、不揮発性のバイポーラ抵抗スイッチとして利用できる。
【0043】
[実施例4]
2端子型素子にパルス電圧を印加することによって生じる電気抵抗変化を利用して短期記憶および長期記憶を実現できることを、
図6を参照して説明する。ここで使用する素子は、実施例1の素子と同じ方法によって作製し、WO
3−xを混合伝導体の材料として用いた。
【0044】
図6(a)は、作製直後のオリジナル状態の素子に3〜6Vの間で変化する一連の電圧パルス(
図6(a)の上部に示す)を40秒間隔でそれぞれ0.5秒間上部電極1に印加した後、読み出し電圧として比較的小さな電圧(0.5V)を印加しながら電流の減衰を測定した結果を示す。パルス電圧の増加に伴って当該パルス電圧印加終了直後の電流値が次第に大きくなるが、その電流は時間とともに減衰した。これらの電気伝導性を利用すれば、入力信号(電圧)の大きさによって記憶される値が変化するというアナログメモリ素子が実現できる。この場合の記憶は時間の経過とともに消失するという短期記憶である。
【0045】
一方、
図6(b)には、正の極性の電圧を印加してフォーミング処理した素子において、−3V〜3Vの間で変化する一連の電圧パルス(
図6(b)の上部に示す)をそれぞれ0.5秒間上部電極1に印加した後、読み出し電圧として比較的小さな電圧(0.1V)を印加しながら電流の減衰を測定した結果を示す。正電圧を印加した場合には、電圧の増加とともに電流は増加した。この電流は時間とともに減少するものの、元の大きさには戻らなかった。さらに、負電圧(−1.5V〜−3.0V)を印加することにより、正電圧の印加で生じた電流の増加を次第に減少させることができた。それぞれの電圧印加で生じた電流変化は、時間が経過しても消失しななかった、つまり不揮発性であった。これらの電気伝導性を利用すれば、入力信号の大きさによって記憶値が変化するアナログメモリ素子が実現できる。しかも、この素子をフォーミング処理することにより、時間が経過しても記憶値が保持される長期記憶が実現される。
【0046】
[実施例5]
この実施例では、3端子型素子を使用して短期記憶及び長期記憶を実現できることを示す。ここで使用した3端子型素子は、実施例2と同じ方法によって作製した。また、実施例2と同じく、酸化物イオンと電子の混合伝導体3として酸素欠陥を含む酸化タングステンを使用した。
【0047】
図7は、この3端子型素子に対してパルス電圧を印加することによって生じる電気抵抗変化を利用した短期記憶および長期記憶動作、およびその動作を概念的に説明するものである。
【0048】
図7(a)は、3端子型素子にパルス電圧を印加した後の電流変化を示す。ここにおいて、5Vで60秒間のパルス電圧を、
図1(b)に示す左側下部電極5と右側下部電極6の間に印加した(
図7(a)の上部にこの一連のパルスを示す)。この時、右側下部電極6は接地しておいた。パルス電圧の印加後、読み出し電圧として比較的小さな電圧(0.5V)を右側下部電極6と上部電極1の間に印加しながら電流変化を測定した。パルス電圧の印加に伴って電流は増加したが、その電流は時間とともに減衰した。これらの電気伝導性を利用すれば、入力信号(電圧)が一時的に記憶されるメモリ素子の構築ができる。この素子の記憶は短時間の経過とともに消失するという短期記憶の機能である。
【0049】
図7(b)には、フォーミング処理を施した3端子型素子にパルス電圧を印加することによる電気抵抗変化を示す。フォーミング処理は、
図1(c)に示す左側上部電極7と下部電極2の間に7Vの電圧を印加することによって行った。
図7(b)に示したグラフは、具体的には、フォーミング処理後、左側上部電極7と右側上部電極8の間に−2Vから4Vの範囲の一連のパルス電圧(
図7(b)の上部にこの一連のパルスを示す)をそれぞれ60秒間印加した後、左側上部電極7と下部電極2の間に読み出し電圧として比較的小さな電圧(0.1V)を印加した時の電流変化を示すものである。正のパルス電圧を印加した場合は、電圧の増加とともに電流は増加した。この電流は時間とともに僅かに減少するものの、元の大きさには戻らなかった。次に負の極性の印加電圧(−1V〜−2V)では、正の電圧印加で生じた電流の増加を負の電圧の増加に従って次第に減少させることができた。それぞれの電圧印加で生じた電流変化は、時間が経過しても消失しない不揮発的な変化であった。これらの電気伝導性を利用すれば、入力信号の大きさによって記憶量が変化する3端子型アナログメモリ素子を構築できる。しかも、この素子の記憶は時間が経過しても保持される長期記憶の機能である。
【0050】
なお、実施例1〜5では、酸化物イオン伝導体と電子の混合伝導体の材料としてWO
3−xを用いた素子を示したが、酸化物イオンと電子の移動を実現できる酸素欠陥を含む金属酸化物材料であれば、WO
3−x以外の材料を混合伝導体として使用しても本発明を実施できることは言うまでもない。