【0017】
熱間圧延は、後続の冷間圧延において所定の加工率が得られるように、最終板厚が設定される。熱間圧延において、445〜400℃の温度範囲は30分以内に通過することが好ましい。材料がこの温度範囲で30分を超えて保持されると、Mg−Si系金属間化合物が析出、粗大化して、全Mg量に対する固溶Mg量の割合が70%以下となり、製品板(アルミニウム合金板)の加工性が低下する。
冷間圧延は、加工率が大きい方が仕上げ焼鈍後の結晶粒径が小さくなり、曲げ加工時にしわの発生が抑制されるため、加工率は50%以上とする。
仕上げ焼鈍は300〜480℃の範囲で行うことが好ましい。仕上げ焼鈍温度が300℃より低いと、再結晶が不十分で加工時に割れが発生しやすく、480℃より高いと再結晶粒が粗大化し、繰り返し曲げ加工性が低下する(しわが発生)。仕上げ焼鈍をバッチ焼鈍炉で行う場合、焼鈍温度は実体温度(材料温度)で300℃以上、400℃未満、焼鈍時間は1〜24時間の間で選択することが好ましい。一方、仕上げ焼鈍を連続焼鈍炉で行う場合、焼鈍温度は実体温度(材料温度)で400℃以上、480℃以下、焼鈍時間は0秒〜1分の間で選択することが好ましい。なお、焼鈍時間が0秒とは、材料温度が目標の焼鈍温度に達して直ちに冷却することを意味する。
なお、この製造方法で製造されたアルミニウム合金板は焼鈍材(質別:O調質材)であり、板表面において再結晶粒の等軸晶(アスペクト比が1.2以下)が観察される。
【実施例】
【0018】
以下、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と対比して具体的に説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
表1に示す組成のアルミニウム合金(SiとFeとZnは不可避不純物として含有)を溶解し、半連続鋳造法を用いて厚さ600mmの鋳塊を作製した。この鋳塊の表層を面削し、450℃×4時間(No.1〜4,8,10,12,13、15,16,18〜20)、480℃×4時間(No.5,11,14)又は510℃×4時間(No.6,7,9,17,21)の条件で均質化処理を施した後、熱間圧延を行い、板厚8.0mmとした。この熱間圧延において、445〜400℃の温度範囲に保持された時間は、No.1〜20が30分以内、No.21が45分であった。
続いて、熱間圧延材に対し冷間圧延を行い、板厚3.0mmのアルミニウム合金板(コイル)として巻き取り、360℃×4時間の仕上げ焼鈍を行った。
【0019】
【表1】
【0020】
No.1〜21の各アルミニウム合金板について、表面の結晶組織(平均結晶粒径、アスペクト比)、全Mg量に対する固溶Mg量の割合、引張強さ、張り出し加工性、絞り加工性、及び曲げ加工性(繰り返し曲げ加工性)を、下記要領で測定した。その結果を表1に示す。
(平均結晶粒径)
表面の平均結晶粒径は、切片法で求めた。No.1〜21の各アルミニウム合金板から試験片を切り出し、表面を機械研磨し、電解液でエッチングし、水洗・乾燥した後に、光学顕微鏡にて100倍で表面の組織写真を撮影した(各試験片ごとに5視野)。切片法における測定ライン長さは一律0.95mmとし、測定ラインの数は各視野ごとに圧延平行方向及び圧延直角方向にそれぞれ3本ずつとした。圧延平行方向及び圧延直角方向とも、5視野の測定ライン長さの合計は0.95×3×5mmである。この測定ライン長さと3×5本の測定ラインが完全に横切った結晶粒の数から、圧延平行方向の平均結晶粒径Aと、圧延直角方向の平均結晶粒径Bをそれぞれ求め、その平均値である(A+B)/2を表面の平均結晶粒径とした。
(アスペクト比)
表面の結晶粒のアスペクト比はA/Bで計算した。
【0021】
(全Mg量に対する固溶Mg量の割合)
アルミニウム合金板を熱フェノールにより溶解し、ベンジルアルコールを加えて希釈した後、吸引ろ過した。ろ過は、孔径が0.1μmのメンブランフィルタ上で吸引ろ過し、晶出物及び微細な析出物を取り除いたろ液を得た。そのろ液をICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光分析装置内に導入し、ネブライザーで霧状にして小さなミストのみプラズマ内に吹き込み、検出されたMgのスペクトル強度を予め作成した検量線を用いてMg含有量(ろ液中)に換算した。固溶Mg量(質量%)を、ろ液中のMg含有量と、測定に供したアルミニウム合金板の溶解量から求め、次いでアルミニウム合金板の全Mg量(質量%)に対する固溶Mg量の割合{(固溶Mg量/全Mg量)×100%}を求めた。
【0022】
(引張強さ)
No.1〜21のアルミニウム合金板から、長手方向が圧延平行方向となるようにJIS5号引張り試験片を採取し、JIS−Z2241(2011)に準拠して引張り試験を実施して、引張強さを測定した。
(張り出し加工性)
JIS−Z2247(2006)に準拠して、No.1〜21のアルミニウム合金板から試験片を採取し、エリクセン試験を行い、エリクセン値を求めた。張り出し加工性の評価は、エリクセン値が9.5以上を◎(優)、9.0以上9.5未満を○(良)、9.0未満を×(不良)とした。
【0023】
(絞り加工性)
No.1〜21のアルミニウム合金板から種々のサイズの円板を打抜き、円筒深絞り試験を行って、限界絞り比(LDR)を測定した。円筒絞り試験は、パンチ径が40mm、しわ押さえ荷重が1トンで実施した。絞り加工性の評価は、LDR1.95以上を◎(優)、1.85以上1.95未満を○(良)、1.85未満を×(不良)と評価した。
【0024】
(曲げ加工性)
先に説明したエンジンマウントのケーシングの製造方法(多段絞り、縮径加工、屈曲加工、伸びフランジ加工)を想定して、繰り返し曲げを行ったときの曲げ加工性を評価した。No.1〜21のアルミニウム合金板から、幅20mm、長さ50mmの長方形の試験片を採取し(長さ方向が圧延平行方向)、この試験片1に対し、曲げ線を圧延直角方向として、Vブロック法により1回目の90度V字曲げを行った。パンチの先端の曲率半径は6mmとした。1回目の90度V字曲げ後の試験片1を
図1Aに示す。続いて、
図1Bに示すように試験片1を直線状に曲げ戻した後、
図1Cに示すように、同じくVブロック法により2回目の90度V字曲げ(曲げの向きは1回目とは逆)を行った。パンチの先端の曲率半径は2mmとした。
2回目の90度V字曲げを行った試験片1(
図1C)の外側頂点部分の表面を光学顕微鏡にて観察し、割れ及びしわの有無を調べ、曲げ加工性(繰り返し曲げ加工性)を評価した。評価基準は、
図2Aに示すように、割れが認められたものを×(不良)、
図2Bに示すように、しわが認められたが割れが認められないものを○(良)、
図2Cに示すように、目立つしわが認められないものを◎(優)とした。
【0025】
表1に示すように、合金組成及び固溶Mg量の割合が本発明の規定を満たすNo.1〜12は、引張強さが170MPa以上で、張り出し加工性、絞り加工性及び繰り返し曲げ加工性の全てが◎又は○と評価された。また、No.1〜12は表面組織が再結晶粒の等軸晶からなり、そのうち平均結晶粒径が95μm以下のNo.1〜9,12は、繰り返し曲げ加工性が◎と評価された。
【0026】
これに対し、合金組成又は固溶Mg量の割合が本発明の規定を満たさないNo.13〜21は、引張強さが170MPa未満か、張り出し加工性、絞り加工性及び繰り返し曲げ加工性のいずれかが×と評価された。具体的には下記のとおりである。
No.13は、Mg含有量が不足するため、引張強さが小さい。
No.14は、Mg含有量が過剰で、繰り返し曲げ加工性が×と評価された。
No.15は、Cr含有量が過剰で、繰り返し曲げ加工性が×と評価された。
【0027】
No.16は、Mg含有量が不足するため、引張強さが小さい。
No.17は、Mn、Cr及びZrの合計含有量が過剰なため、張り出し加工性が×と評価された。
No.18は、Mn含有量と、Mn、Cr及びZrの合計含有量が過剰で、張り出し加工性と繰り返し曲げ加工性が×と評価された。
No.19,20は、Mg含有量が比較的多く、均質化処理温度が450℃と比較的低かったため、固溶Mg量の割合が本発明の規定範囲外となり、張り出し加工性及び繰り返し曲げ性が×と評価された。
No.21は、熱間圧延において445〜400℃の温度範囲に30分を超えて保持されたため、固溶Mg量の割合が低下して本発明の規定範囲外となり、張り出し加工性及び繰り返し曲げ性が×と評価された。