【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21〜25年度、独立行政法人医薬基盤研究所 先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのβ-サブユニットのアミノ酸配列において、第312番目〜第318番目のアミノ酸が、それぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及び、トレオニンに置換されているアミノ酸配列を含む、安定化β―ヘキソサミニダーゼタンパク質。
請求項7に記載の形質転換体を培養する工程と、得られる培養物から野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのα-サブユニット由来の活性を有し、且つ、プロテアーゼに対する抵抗性を有するタンパク質を採取する工程とを含む、該タンパク質の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0029】
1.組換えタンパク質
本発明のタンパク質は、野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのβ-サブユニットの活性部位の構造を変化させて、野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのα-サブユニット由来の活性を獲得した、且つ、野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのβ-サブユニットのプロテアーゼ認識部位の構造を変化させて、プロテアーゼに対する抵抗性を獲得した組換えタンパク質である。
【0030】
ここで、「α-サブユニット由来の活性を獲得した」とは、β-サブユニットの基質結合部位において、β-サブユニットの基質との結合反応性よりもα-サブユニットの基質との結合反応性が相対的に高くなったことを意味する。従って、当該特性に関する構造変化としては、β-サブユニットの基質との結合を完全に不可能にする構造変化には限定されず、本来α-サブユニットの基質との結合反応性よりもβ-サブユニットの基質との結合反応性が相対的に有意に高かったものを、逆にα-サブユニットの基質との結合反応性が有意に高くなるようにする構造変化も含む。特に、「α-サブユニット由来の活性を獲得した」とはα-サブユニットの基質特異性を有することが好ましい。「α-サブユニットの基質特異性を有する」とは、活性部位の構造(特に、基質の結合反応性に重要な役割を果たすアミノ酸残基の位置及び種類)や、GM2活性化因子との会合(結合)に必要なループ構造の存在が、α-サブユニットと同様であることを意味する。
【0031】
また、「プロテアーゼに対する抵抗性を獲得した」とは、プロテアーゼ認識部位の構造を変化させたことにより、プロテアーゼによる加水分解の影響を受けない、又は受けづらくなった(すなわち、プロテアーゼにより加水分解されない、又は加水分解されづらくなった)ことを意味する。
【0032】
各特性に関するタンパク質の構造変化は以下の通りおこなうことができる。
【0033】
α-サブユニット由来の活性を獲得するためのβ-サブユニットの活性部位の構造変化は、WO 2010/082622に詳述される手法に基づいて行うことができる。
【0034】
すなわち、ヒトHex A(α-サブユニットとβ-サブユニットのヘテロ二量体)とHex B(β-サブユニットのホモ二量体)のX線結晶構造情報に基づいて、α-サブユニットのうち、GM2ガングリオシドを基質として認識するための活性ポケット内のアミノ酸残基、及び、GM2活性化因子(当該酵素とその基質であるGM2ガングリオシドとの邂逅に働く)との結合に関係するアミノ酸残基を同定し、β-サブユニット分子のうち、これらの特定アミノ酸残基に相当する部分を、α-サブユニットで同定された特定アミノ酸残基で置換することにより行うことができる。なお、本明細書において、「相当する部分」とは、α-サブユニットとβ-サブユニットのアミノ酸配列を同一性が最も高くなるように、必要に応じて一方の配列にギャップを挿入してアライメントした場合に、並置される位置をいう。アミノ酸配列のアライメントは、当業者に周知の方法、配列解析ソフトウェア等(例えばBLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ))を使用して行うことができる。
【0035】
β-サブユニットのうち、α-サブユニットのGM2ガングリオシドを基質として認識するための活性ポケット内のアミノ酸残基に相当する部分としては、第452番目のアミノ酸残基、及び、第453番目のアミノ酸残基が挙げられる。また、β-サブユニットのうち、α-サブユニットのGM2活性化因子との結合に関係するアミノ酸残基としては、第312番目〜第315番目のアミノ酸残基が挙げられる。
【0036】
本発明のタンパク質においては、α-サブユニット由来の活性を獲得するために、β-サブユニットのうち、第312番目〜第315番目のアミノ酸残基が置換されていればよい。好ましくは、本発明のタンパク質においては、α-サブユニット由来の活性を獲得するために、β-サブユニットのうち、第312番目〜第315番目のアミノ酸残基、並びに、第452番目のアミノ酸残基、及び/又は、第453番目のアミノ酸残基が置換されていればよい。さらに好ましくは、本発明のタンパク質においては、α-サブユニット由来の活性を獲得するために、β-サブユニットのうち、第312番目〜第315番目のアミノ酸残基、第452番目のアミノ酸残基、並びに、第453番目のアミノ酸残基が置換されていればよい。
【0037】
これらβ-サブユニットのアミノ酸配列の置換は、α-サブユニットにおいて相当する部分のアミノ酸残基に従って行うことができ、すなわち、第312番目〜第315番目のアミノ酸については、それぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸及びプロリンに、第452番目のアミノ酸については、アスパラギンに、第453番目のアミノ酸のアミノ酸については、アルギニンに置換する。
【0038】
プロテアーゼに対する抵抗性を獲得するためのβ-サブユニットの活性部位の構造変化は、β-サブユニットのプロテアーゼ認識部位にプロテアーゼ非認識部位を置換して導入することにより行うことができる。ここで「プロテアーゼ認識部位」とは、特定のプロテアーゼによって加水分解されるアミノ酸配列を意味する。本発明において、β-サブユニットのプロテアーゼ認識部位へのプロテアーゼ非認識部位の導入は、例えば、α-サブユニットにおいて、プロテアーゼに対して抵抗性を有することが公知である領域を、β-サブユニットの当該領域に相当する部分に置換して導入することにより行うことができる。
【0039】
β-サブユニットのうち、α-サブユニットのプロテアーゼ非認識部位に相当するアミノ酸残基としては、第312番目−第318番目のアミノ酸残基が挙げられる。本発明のタンパク質においては、プロテアーゼに対する抵抗性を獲得するために、β-サブユニットのうち、少なくとも、第312番目−第318番目のアミノ酸残基が置換されていればよい。
【0040】
これらβ-サブユニットのアミノ酸配列の置換は、α-サブユニットにおいて相当する部分のアミノ酸残基に従って行うことができ(
図1)、すなわち、第312番目〜第315番目のアミノ酸については、上記したように、それぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸及びプロリンに、第316番目〜第318番目のアミノ酸については、それぞれ順に、セリン、グリシン、及びトレオニンに置換する。
【0041】
β-サブユニットの少なくとも第312番目〜第318番目のアミノ酸を上記のように置換することにより、プロテアーゼにより認識されないようにする効果が得られ、プロテアーゼによる加水分解の影響を受けない、又は受けづらくすることができる。
【0042】
したがって、本発明のタンパク質としては、例えば、β-サブユニットのアミノ酸配列における第312番目〜第318番目がそれぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンに置換されたタンパク質である。本発明のタンパク質はさらに、第452番目のアミノ酸、及び/又は、第453番目のアミノ酸がそれぞれ、アスパラギン、及び、アルギニンに置換されていても良い。好ましくは、本発明のタンパク質は、β-サブユニットのアミノ酸配列における第312番目〜第318番目、第452番目、及び、第453番目のアミノ酸が、それぞれ上記の通り置換されたタンパク質である。
【0043】
なお、β-サブユニットのアミノ酸配列(配列番号4)及び当該配列をコードする塩基配列(配列番号3)の情報は、例えば、GenBankには「Accession number:NM 000512」及び「Accession number:NM 000521」として公表されており、Swiss-Prot(http://tw.expasy.org/uniprot/ から取得可能)には「Entry name:HEXB-HUMAN;Accession number:P07686」として登録されている。また、α-サブユニットのアミノ酸配列(配列番号2)及び当該配列をコードする塩基配列(配列番号1)の情報も同様に、例えば、GenBankには「Accession number:NM 000511」及び「Accession number:NM 000520」として公表されており、Swiss-Prot(http://tw.expasy.org/uniprot/ から取得可能)には「Entry name:HEXA-HUMAN;Accession number:P06865」として登録されている。ただし、配列番号1に示されるα-サブユニットのアミノ酸配列をコードする塩基配列(cDNA)は、GenBank(Accession number:NM 000520)に公表されている計2437 bpの塩基配列中の第208番目〜1797番目の塩基からなる塩基配列である。同様に、配列番号3に示されるβ-サブユニットのアミノ酸配列をコードする塩基配列(cDNA)は、GenBank(Accession number:NM 000521)に公表されている合計1919 bpの塩基配列中の第118番目〜1788番目の塩基からなる塩基配列である。
【0044】
本発明においては、これらのアミノ酸配列及び塩基配列の情報を利用することができる。
【0045】
すなわち、本発明のタンパク質は、以下の(a)〜(c)のタンパク質である。
【0046】
(a) 下記(i)〜(iv)のいずれかのアミノ酸配列を含むタンパク質。
【0047】
(i) 配列番号4に示されるアミノ酸配列において、第312番目〜第318番目のアミノ酸がそれぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンに置換されたアミノ酸配列;
(ii) 配列番号4に示されるアミノ酸配列において、第312番目〜第318番目のアミノ酸がそれぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンに置換され、且つ、452番目のアミノ酸がアスパラギンに置換されたアミノ酸配列;
(iii) 配列番号4に示されるアミノ酸配列において、第312番目〜第318番目のアミノ酸がそれぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンに置換され、且つ、453番目のアミノ酸がアルギニンに置換されたアミノ酸配列;又は
(iv) 配列番号4に示されるアミノ酸配列において、第312番目〜第318番目のアミノ酸がそれぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンに置換され、且つ、452番目のアミノ酸がアスパラギンに置換され、且つ、453番目のアミノ酸がアルギニンに置換されたアミノ酸配列;あるいは、
(b) 上記(i)〜(iv)のいずれかのアミノ酸配列において前記置換部位のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのα-サブユニット由来の活性を有し、且つ、プロテアーゼに対する抵抗性を有するタンパク質;あるいは、
(c) 上記(i)〜(iv)のいずれかのアミノ酸配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列(ただし、前記置換部位のアミノ酸は配列番号6で示されるアミノ酸配列と同一である)を含み、かつ野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのα-サブユニット由来の活性を有し、且つ、プロテアーゼに対する抵抗性を有するタンパク質。
【0048】
上記(a)のタンパク質としては、上記(i)〜(iv)のアミノ酸配列を含むタンパク質のうち、上記(iv)のアミノ酸配列を含むタンパク質がより好ましい。このようなタンパク質としては、配列番号6に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質が挙げられ、好ましくは配列番号6に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0049】
上記(b)のタンパク質は、上記(a)のタンパク質に含まれる上記(i)〜(iv)のいずれかのアミノ酸配列において前記置換部位のアミノ酸を除く、1個又は数個(例えば1個〜10個程度、好ましくは1個〜5個程度)のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を含み、且つ、α-サブユニット由来の活性を有し、且つ、プロテアーゼに対する抵抗性を有するタンパク質であればよく、限定はされない。当該欠失、置換若しくは付加は、β-サブユニットのシグナルペプチドを除く部分においてなされることが好ましい。当該シグナルペプチドは、配列番号4に示されるアミノ酸配列における第1番目〜第54番目のアミノ酸からなる部分である。
【0050】
α-サブユニット由来の活性は、例えば、CHO細胞やヒト線維芽細胞等の哺乳類由来の細胞に目的タンパク質を発現させて採取し、4-MUGS分解活性を測定することにより確認できる。具体的には、当該タンパク質(酵素溶液)と、4-メチルウムベリフェリル-N-アセチル-β-D-グルコサミン-6-硫酸(4-methylumbelliferyl-6-sulfo-N-acetyl-β-D-glucosaminide)(人工基質)とを混合して、pH4.5の条件下で反応させた場合に、当該酵素溶液の単位量が単位時間当たりに遊離させ得る4-メチルウムベリフェロン(4-methylumbelliferone)の量を検出することにより測定することができる。4-メチルウムベリフェロンの検出は、公知の各種検出方法を採用できるが、例えば、蛍光光度計等を用いて検出する方法が好ましい。また、目的タンパク質の発現は、公知の各種発現ベクター等に組込んで細胞に導入し発現させればよい。
【0051】
また、プロテアーゼに対する抵抗性を有するか否かの判定は、例えば、CHO細胞やヒト線維芽細胞等の哺乳類由来の細胞に目的タンパク質を発現させて採取し、ウェスタンブロット法などの公知のタンパク質検出方法を用いて、当該タンパク質の加水分解された形態の有無を検出することによって行うことができる。
【0052】
上記(c)のタンパク質は、上記(a)のタンパク質に含まれる上記(i)〜(iv)のいずれかのアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのα-サブユニット由来の活性を有し、且つ、プロテアーゼに対する抵抗性を有するタンパク質であればよく、限定はされない(ただし、前記置換部位のアミノ酸は配列番号6で示されるアミノ酸配列と同一である)。ここで「同一性」とは、2つのアミノ酸配列にギャップを導入して、またはギャップを導入しないで整列させた場合の、最適なアライメントにおいて、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸および類似アミノ酸残基の割合(パーセンテージ)を意味する。同一性は、当業者に周知の方法、配列解析ソフトウェア等(例えばBLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ))を使用して求めることができる。「少なくとも90%以上の同一性」とは、90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を示す。「α-サブユニット由来の活性」及び「プロテアーゼに対する抵抗性」の有無は、上記の通り判定することができる。
【0053】
本発明のタンパク質は、単量体(すなわち、改変型(変異型)β-サブユニット)の形態であっても良いし、又は、当該変異体タンパク質の二量体(すなわち、改変型(変異型)ヒトβ-ヘキソサミニダーゼB)の形態であっても良い。
【0054】
2.組換え遺伝子
本発明の組換え遺伝子は、上記タンパク質をコードする遺伝子であれば、限定はされない。このような遺伝子として、例えば、以下の(a)又は(b)のDNAを含む遺伝子が挙げられる。
【0055】
(a) 下記(i)〜(iv)のいずれかの塩基配列を含むDNA
(i) 配列番号3に示される塩基配列において、第934番目〜第936番目の塩基、第937番目〜第939番目の塩基、第940番目〜第942番目の塩基、第943番目〜第945番目の塩基、第946番目〜第948番目の塩基、第949番目〜第951番目の塩基、及び、第952番目〜第954番目の塩基が、それぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンのコドンを示す塩基に置換された塩基配列;
(ii) 配列番号3に示される塩基配列において、第934番目〜第936番目の塩基、第937番目〜第939番目の塩基、第940番目〜第942番目の塩基、第943番目〜第945番目の塩基、第946番目〜第948番目の塩基、第949番目〜第951番目の塩基、及び、第952番目〜第954番目の塩基が、それぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンのコドンを示す塩基に置換され、且つ、第1354番目〜第1356番目の塩基がアスパラギンのコドンを示す塩基に置換された塩基配列;
(iii) 配列番号3に示される塩基配列において、第934番目〜第936番目の塩基、第937番目〜第939番目の塩基、第940番目〜第942番目の塩基、第943番目〜第945番目の塩基、第946番目〜第948番目の塩基、第949番目〜第951番目の塩基、及び、第952番目〜第954番目の塩基が、それぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンのコドンを示す塩基に置換され、且つ、第1357番目〜第1359番目の塩基がアルギニンのコドンを示す塩基に置換された塩基配列;
(iv) 配列番号3に示される塩基配列において、第934番目〜第936番目の塩基、第937番目〜第939番目の塩基、第940番目〜第942番目の塩基、第943番目〜第945番目の塩基、第946番目〜第948番目の塩基、第949番目〜第951番目の塩基、及び、第952番目〜第954番目の塩基が、それぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、プロリン、セリン、グリシン、及びトレオニンのコドンを示す塩基に置換され、且つ、第1354番目〜第1356番目の塩基がアスパラギンのコドンを示す塩基に置換され、且つ、第1357番目〜第1359番目の塩基がアルギニンのコドンを示す塩基に置換された塩基配列。
【0056】
(b) 上記(i)〜(iv)のいずれかの塩基配列を含むDNAに対し相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、前記置換部位の塩基に対応する塩基が当該置換部位の塩基と同一であり、かつ野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのα-サブユニット由来の活性を有し、且つ、プロテアーゼに対する抵抗性を有するタンパク質をコードするDNA。
【0057】
本発明において「コドン」とは、転写後のRNA配列上の3塩基連鎖(トリプレット)に限らず、DNA配列上の3塩基連鎖をも意味する。よって、DNA配列上のコドンの表記は、ウラシル(U)の代わりにチミン(T)を用いて行う。
【0058】
配列番号3に示される塩基配列は、野生型ヒトβ-ヘキソサミニダーゼのβ-サブユニット(556アミノ酸)をコードする1671個の塩基からなる塩基配列である。
【0059】
上記(a)のDNAとしては、上記(i)〜(iv)の塩基配列を含むDNAのうち、上記(iv)の塩基配列を含むDNAがより好ましい。このようなDNAとしては、配列番号5に示される塩基配列を含むDNAが挙げられ、好ましくは配列番号5に示される塩基配列からなるDNAである。
【0060】
以上のような変異置換型のDNAは、例えば、Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons (1987-1997) 等に記載される公知の部位特異的変位導入法(例えば、Kunkel法、Gapped duplex法、PCR法等)を用いて調製することができる。
【0061】
上記(b)のDNAにおいて、「ストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄時の条件であって、バッファーの塩濃度が15〜330mM、温度が25〜65℃、好ましくは塩濃度が15〜150mM、温度が45〜55℃の条件を意味する。具体的には、例えば80mMで50℃等の条件を挙げることができる。
【0062】
ハイブリダイズするDNAとしては、上記(a)のDNAの塩基配列に対して少なくとも40%以上の相同性を有する塩基配列であることが好ましく、より好ましくは60%、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上である。
【0063】
また、上記(b)のDNAは、前記置換部位の塩基に対応する塩基が当該置換部位の塩基と同一である。ここで、「前記置換部位の塩基に対応する塩基」の「対応する塩基」とは、上記(b)のDNAが上記(a)のDNAに対する相補鎖とハイブリダイズした場合に、このハイブリッドにおいて、前記置換部位の塩基に対する相補塩基(トリプレット)と、位置的に対向する関係にある塩基(トリプレット)を意味する。
【0064】
さらに、上記(b)のDNAは、β-サブユニットのシグナルペプチドをコードする塩基配列領域が、上記(a)のDNAと同一であるものが好ましい。当該シグナルペプチドをコードする塩基配列領域は、配列番号3に示される塩基配列における第1番目〜第162番目の塩基からなる領域である。
【0065】
上記(b)のDNAとしては、例えば、上記(a)のDNAと比較して、塩基配列については完全に同一ではないが、翻訳された後のアミノ酸配列については完全に同一となるような塩基配列からなるDNA(すなわち上記(a)のDNAにサイレント変異が施されたDNA)が、特に好ましい。
【0066】
本発明の組換え遺伝子において、翻訳後の個々のアミノ酸に対応するコドンは、特に限定はされないので、転写後、ヒト等の哺乳類において一般的に用いられているコドン(好ましくは使用頻度の高いコドン)を示すDNAを含むものであってもよいし、また、大腸菌や酵母等の微生物や、植物等において一般的に用いられているコドン(好ましくは使用頻度の高いコドン)を示すDNAを含むものであってもよい。
【0067】
本発明の組換え遺伝子は、上記DNAに加えて、遺伝子発現に必要な公知の塩基配列(転写プロモーター、SD配列、Kozak配列、ターミネーター等)を含んでいてもよい。
【0068】
3.組換えベクター及び形質転換体
本発明の組換えベクターは、上述した本発明の組換え遺伝子を適当な発現ベクターに組込むことにより構築することができる。この際、発現ベクターに組込む遺伝子には、必要に応じて、予め、上流に転写プロモーター、SD配列(宿主が原核細胞の場合)及びKozak配列(宿主が真核細胞の場合)を連結しておいてもよいし、下流にターミネーターを連結しておいてもよく、その他、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー等を連結しておくこともできる。なお、上記転写プロモーター等の遺伝子発現に必要な各要素は、初めから当該遺伝子に含まれていてもよいし、もともと発現ベクターに含まれている場合はそれを利用してもよく、各要素の使用態様は特に限定されない。
【0069】
発現ベクターに当該遺伝子を組込む方法としては、例えば、制限酵素を用いる方法や、トポイソメラーゼを用いる方法など、公知の遺伝子組換え技術を利用した各種方法が採用できる。また、発現ベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、レトロウイルスベクター、人工染色体DNAなど、本発明のタンパク質をコードする遺伝子を保持し得るものであれば、限定はされず、使用する宿主細胞に適したベクターを適宜選択して使用することができる。
【0070】
次いで、構築した上記組換えベクターを宿主に導入して形質転換体を得、これを培養することにより、本発明のタンパク質を発現させることができる。なお、本発明で言う「形質転換体」とは宿主に外来遺伝子が導入されたものを意味し、例えば、宿主にプラスミドDNA等を導入すること(形質転換)で外来遺伝子が導入されたもの、並びに、宿主に各種ウイルス及びファージを感染させること(形質導入)で外来遺伝子が導入されたものが含まれる。
【0071】
宿主としては、上記組換えベクターが導入された後、本発明のタンパク質を発現し得るものであれば、限定はされず、適宜選択することができるが、例えば、ヒトやマウス等の各種動物細胞、各種植物細胞、細菌、酵母、植物細胞等の公知の宿主が挙げられる。
【0072】
動物細胞を宿主とする場合は、例えば、ヒト繊維芽細胞、CHO細胞、ベイビーハムスター腎臓由来の培養細胞(BHK細胞)サル細胞COS-7、Vero、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞等が用いられる。また、Sf9細胞、Sf21細胞等の昆虫細胞を用いることもできる。細菌を宿主とする場合、例えば、大腸菌、枯草菌等が用いられる。酵母を宿主とする場合は、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等が用いられる。植物細胞を宿主とする場合は、例えば、タバコBY-2細胞等が用いられる。
【0073】
形質転換体を得る方法は、限定はされず、宿主と発現ベクターとの種類の組み合わせを考慮し、適宜選択することができるが、例えば、電気穿孔法、リポフェクション法、ヒートショック法、PEG法、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、並びに、DNAウイルスやRNAウイルス等の各種ウイルスを感染させる方法などが好ましく挙げられる。
【0074】
得られる形質転換体においては、組換えベクターに含まれる遺伝子のコドン型は、実際に用いた宿主のコドン型と一致していてもよいし、異なっていてもよく、限定はされない。
【0075】
4.タンパク質の製造方法
本発明のタンパク質の製造は、具体的には、前述した形質転換体を培養する工程と、得られる培養物からα-サブユニット由来の活性を有し、且つ、プロテアーゼに対する抵抗性を有するタンパク質を採取する工程とを含む方法により実施することができる。ここで、「培養物」とは、培養上清、培養細胞、培養菌体、又は細胞若しくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。上記形質転換体の培養は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行うことができる。目的のタンパク質は、上記培養物中に蓄積される。
【0076】
上記培養に用いる培地としては、宿主が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類などを含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、公知の各種天然培地及び合成培地のいずれを用いてもよい。
【0077】
培養中は、形質転換体に含まれる組換えベクターの脱落及び目的タンパク質をコードする遺伝子の脱落を防ぐために、選択圧をかけた状態で培養してもよい。すなわち、選択マーカーが薬剤耐性遺伝子である場合には、相当する薬剤を培地に添加することができ、選択マーカーが栄養要求性相補遺伝子である場合には、相当する栄養因子を培地から除くことができる。例えば、G418耐性遺伝子を含むベクターで形質導入したヒト線維芽細胞を培養する場合、培養中、必要に応じてG418(G418硫酸塩)を添加してもよい。
【0078】
プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した形質転換体等を培養する場合は、必要に応じて、好適なインデューサー(例えば、IPTG等)を培地に添加してもよい。
【0079】
形質転換体の培養条件は、目的タンパク質の生産性及び宿主の生育が妨げられない条件であれば特に限定はされず、通常、10℃〜40℃、好ましくは20℃〜37℃で5〜100時間行う。pHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養方法としては、固体培養、静置培養、振盪培養、通気攪拌培養などが挙げられる。
【0080】
培養後、目的タンパク質が菌体内又は細胞内に生産される場合には、菌体又は細胞を破砕することにより目的タンパク質を採取することができる。菌体又は細胞の破砕方法としては、フレンチプレス又はホモジナイザーによる高圧処理、超音波処理、ガラスビーズ等による磨砕処理、リゾチーム、セルラーゼ又はペクチナーゼ等を用いる酵素処理、凍結融解処理、低張液処理、ファージによる溶菌誘導処理等を利用することができる。破砕後、必要に応じて菌体又は細胞の破砕残渣(細胞抽出液不溶性画分を含む)を除くことができる。残渣を除去する方法としては、例えば、遠心分離やろ過などが挙げられ、必要に応じて、凝集剤やろ過助剤等を使用して残渣除去効率を上げることもできる。残渣を除去した後に得られた上清は、細胞抽出液可溶性画分であり、粗精製したタンパク質溶液とすることができる。
【0081】
また、目的のタンパク質が菌体内又は細胞内に生産される場合は、菌体や細胞そのものを遠心分離、膜分離等で回収して、未破砕のまま使用することも可能である。
【0082】
一方、目的のタンパク質が菌体外又は細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離やろ過等により菌体又は細胞を除去する。その後、必要に応じて硫安沈澱による抽出等により、培養物中から目的タンパク質を採取し、さらに必要に応じて透析、各種クロマトグラフィー(ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等)を用いて単離精製することもできる。
【0083】
形質転換体等を培養して得られたタンパク質の生産収率は、例えば、培養液あたり、菌体湿重量又は乾燥重量あたり、粗酵素液タンパク質あたりなどの単位で、SDS-PAGE(ポリアクリルアミドゲル電気泳動)等により確認することができる。
【0084】
また、目的タンパク質の製造は、上述したような形質転換体を用いたタンパク質合成系のほか、生細胞を全く使用しない無細胞タンパク質合成系を用いて行うこともできる。無細胞タンパク質合成系とは、細胞抽出液を用いて試験管等の人工容器内で目的タンパク質を合成する系である。また、使用し得る無細胞タンパク質合成系としては、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系も含まれる。
【0085】
この場合、使用する細胞抽出液の由来は、前述の宿主細胞であることが好ましい。細胞抽出液としては、例えば真核細胞由来又は原核細胞由来の抽出液、より具体的には、CHO細胞、ウサギ網状赤血球、マウスL-細胞、HeLa細胞、小麦胚芽、出芽酵母、大腸菌などの抽出液を使用することができる。なお、これらの細胞抽出液は、濃縮又は希釈して用いてもよいし、そのままでもよく、限定はされない。細胞抽出液は、例えば限外濾過、透析、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿等によって得ることができる。無細胞タンパク質合成によって産生された目的のタンパク質は、前述したようにクロマトグラフィー等の手段を適宜選択して、精製することができる。
【0086】
5.医薬組成物
(i) 補充用酵素薬等としての医薬組成物
本発明のタンパク質は、α-サブユニット由来の活性を有すると共に、プロテアーゼ抵抗性を示すことから、テイ−サックス病及びザンドホッフ病の治療に関して優れた効果を発揮し得るものであり、テイ−サックス病治療剤及びザンドホッフ病治療剤の有効成分として用いることができる。すなわち、本発明は、前述した本発明のタンパク質を含有するテイ−サックス病治療用医薬組成物(テイ−サックス病治療薬)及びザンドホッフ病治療用医薬組成物(ザンドホッフ病治療薬)を提供するものである。これらの医薬組成物としては、具体的には、酵素補充療法に用い得る補充用酵素薬が好ましい。なお、これらの医薬組成物に用いる本発明のタンパク質としては、ホモ二量体であるものが特に好ましい。なお、本発明のタンパク質からなるホモ二量体は、本発明のタンパク質が会合することによって得ることが可能であり、例えば、本発明のタンパク質をコードする遺伝子が導入された細胞にて発現された本発明のタンパク質は当該細胞内で自発的に会合することにより、ホモ二量体を形成することができる。
【0087】
当該医薬組成物において有効成分となる、本発明のタンパク質は、必要に応じて各種塩や水和物等の状態で用いられてもよいし、また、治療剤としての保存安定性(特に活性維持)を考慮し適当な化学的修飾がなされた状態で用いられてもよく、限定はされない。
【0088】
当該医薬組成物は、本発明のタンパク質等以外にも他の成分を含むことができる。他の成分としては、当該医薬組成物の用法(使用形態)に応じて必要とされる製薬上の各種成分(薬学的に許容し得る各種担体等)が挙げられる。他の成分は、本発明のタンパク質等により発揮される効果が損なわれない範囲で適宜含有することができる。
【0089】
当該医薬組成物が補充用酵素薬に用いられる場合は、本発明のタンパク質の配合割合や、他の成分の種類及び配合割合は、公知の補充用酵素薬の調製法に準じて適宜設定することができる。
【0090】
当該医薬組成物の投与については、その用法は限定されないが、補充用酵素薬である場合は、通常、点滴静注、髄腔内注射、脳室内投与などの非経口用法が採用される。非経口用法等の各種用法に用い得る製剤は、薬剤製造上一般に用いられる賦形剤、充填剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤、等張化剤等を適宜選択して使用し、常法により調製することができる。
【0091】
当該医薬組成物の形態は、限定はされないが、補充用酵素薬である場合は、通常、静脈内注射剤(点滴を含む)が採用され、例えば、単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態等で提供され得る。
【0092】
当該医薬組成物の投与量は、一般には、製剤中の有効成分の配合割合を考慮した上で、投与対象(患者)の年齢、体重、病気の種類、病状のほか、投与経路、投与回数、投与期間等を勘案し、適宜、広範囲に設定することができる。特に、本発明の治療剤が補充用酵素薬である場合、その投与回数は、2〜4週間に1回程度が好ましく、またその投与量(/1回)は、例えば、有効成分である本発明のタンパク質等(組換え酵素)を、患者の体重に対して0.1〜10mg/kg程度投与できる量であることが好ましく、より好ましくは0.1〜5mg/kg程度、さらに好ましくは0.2〜1mg/kg程度である。
【0093】
本発明においては、有効成分となる本発明のタンパク質(組換え酵素)は、プロテアーゼ抵抗性を示すと共に、血中や脳脊髄液内安定性に優れ、障害臓器の細胞への取り込み効率も高いため、少量の使用であっても従来基準と同様又はそれ以上の優れた酵素補充効果を得ることができ、またアレルギー性副作用等の有害作用も極めて少ないので、患者への体力的、精神的及び経済的な負担を大いに低減することができる。本発明のタンパク質を継続投与することによって(好ましくは、髄腔内又は脳室内へ継続投与することによって)、テイ−サックス病やザンドホッフ病における中枢神経症状を治療又は改善することができる。
【0094】
(ii) 遺伝子治療剤としての医薬組成物
本発明の遺伝子は、前述したように、テイ−サックス病及びザンドホッフ病の治療に関して種々の優れた効果を発揮し得る本発明のタンパク質をコードするものであり、テイ−サックス病治療用医薬組成物(テイ−サックス病治療薬(具体的には遺伝子治療薬))及びザンドホッフ病治療用医薬組成物(ザンドホッフ病治療薬(具体的には遺伝子治療薬))の有効成分として用いることができる。
【0095】
当該医薬組成物(遺伝子治療剤)を用いる場合は、注射により直接投与する方法のほか、核酸が組込まれたベクターを投与する方法が挙げられる。上記ベクターとしては、アデノウイルスベクター、アデノ関連ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レトロウイルスベクター及びレンチウイルスベクター等が挙げられる。これらのウイルスベクターを用いることにより効率よく投与することができる。
【0096】
また、当該医薬組成物(遺伝子治療薬)を用いる場合、当該組成物をリポソーム等のリン脂質小胞体に導入し、この小胞体を投与することも可能である。本発明の遺伝子を保持させた小胞体をリポフェクション法により所定の細胞に導入する。そして、得られる細胞を例えば静脈内又は動脈内等に投与する。あるいは、テイ−サックス病やザンドホッフ病の障害臓器に局所投与又は移植することもできる。細胞としては、患者由来の幹細胞(例えば、造血幹細胞、造血前駆細胞、間葉系幹細胞など)を用いることができ、本発明の遺伝子が導入されたこれらの細胞及びこれらの細胞より派生した細胞株を、当該患者に投与/移植することができる。例えば、成人に当該医薬組成物を投与する場合は、患者の体重に対し、一日あたり0.1μg/kg〜1000mg/kg程度であることが好ましく、より好ましくは1μg/kg〜100mg/kg程度である。本発明の遺伝子が脳内細胞に導入され、そして本発明のタンパク質が発現されることによって、あるいは、本発明の遺伝子が導入された細胞が脳内に移行し、又は当該細胞が脳内に移植され、そこで本発明のタンパク質を発現することによって、中枢神経症状を治療又は改善することができる。
【0097】
本発明のタンパク質は、その分子構造のほとんどが(特に外殻が)β-サブユニットのそれに等しいため、β-サブユニットは持っているが、α-サブユニットを持たないテイ−サックス病患者に用いても、アレルギー反応を生じる可能性が低い。
【0098】
さらに、一般的に、HexB は、Hex Aに比べては安定性が高いことが知られており、また、Hex Aに比べて糖鎖の数が多いことから細胞膜上のマンノース6-リン酸受容体を介して神経系の細胞内へ取り込まれやすいことが知られている。したがって、本発明のタンパク質からなるホモ二量体も、野生型Hex Aに比べて、安定性、及び、神経系細胞への取り込み効率が共に高く、それゆえに高い臨床効果を発揮することができる。この点で、テイ−サックス病の治療薬のみならず、ザンドホッフ病の治療薬としても有効であるといえる。
【0099】
6.治療方法
本発明は、上述した医薬組成物をテイ−サックス病患者やザンドホッフ病患者に投与することを特徴とする、テイ−サックス病の治療方法及びザンドホッフ病の治療方法を含むものである。また本発明は、テイ−サックス病又はザンドホッフ病を治療するための上記医薬組成物又は本発明のタンパク質及び/若しくは遺伝子の使用、並びに、テイ−サックス病又はザンドホッフ病の治療のための薬剤を製造するための上記医薬組成物又は本発明のタンパク質及び/若しくは遺伝子の使用も含む。
【0100】
本発明の治療方法に使用する医薬組成物は、本発明のタンパク質を含む医薬組成物(前記「5.(i)」;補充用酵素薬)、又は本発明の遺伝子を含む医薬組成物(前記「5.(ii);遺伝子治療薬」)、あるいはこれら両医薬組成物の併用であってもよく、限定はされず、患者の病状や副作用の有無、あるいは投与効果などを考慮し、適宜選択することができる。
【0101】
特に、上記併用の場合は、それぞれの医薬組成物の投与量の割合、投与回数及び投与期間などを、個々の患者に合わせて適宜設定することができる。なお、各医薬組成物等の好ましい投与方法及び投与量等については、前述の通りである。
【0102】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0103】
実施例1:α-サブユニット由来の活性を有し、且つ、プロテアーゼ抵抗性を有する改変型β-サブユニットの作製
まず、β-サブユニットのアミノ酸配列における第312番目〜第315番目がそれぞれ順に、グリシン、セリン、グルタミン酸、及び、プロリンに置換され、且つ、第452番目のアミノ酸がアスパラギンに置換され、且つ、第453番目のアミノ酸がアルギニンに置換されてなる、α-サブユニット由来の活性を有する改変型β-サブユニット(以下、「Mod HEXB」と記載)をコードする組換え遺伝子を公知の手法(WO 2010/082622)に従って作製した。得られた組換え遺伝子(配列番号17)は、pCXN
2ベクターに組み込んだ(pCXN
2-Mod HEXB)。
【0104】
続いて、α-サブユニットにおいてプロテアーゼ抵抗性を有することが公知である領域(
図1において下線で示す領域)を、当該領域に相当する部分に含んでなる改変型Mod HEXBを得るために、pCXN
2-Mod HEXBを鋳型とし、下記の4種のプライマーを用いたPCR法を行い、当該領域をコードする遺伝子が導入されたMod HEXB遺伝子(すなわち、「改変型Mod HEXB遺伝子」(配列番号5))を得た。
5’-AAAGAATTCCTCGAGCACCATGCTGCTGGCGCTG-3’ (配列番号7)
5’-GGTGCCAGAGGGCTCAGACCCACTGTAACATGGAGTCAG-3’ (配列番号8)
5’-GAGCCCTCTGGCACCTTTGGACCTATAAAC-3’ (配列番号9)
5’-GAGGGAAAAAGATCTTACATGTTCTCATG-3’ (配列番号10)
【0105】
得られた、改変型Mod HEXB遺伝子は、In-Fusion HD Cloning Kit(TaKaRa社)を用いて、pCXN
2ベクターに組み込み、改変型Mod HEXB発現ベクターを作製した。
【0106】
なお、改変型Mod HEXB遺伝子の配列決定は、DTCS Quick Start Master Mix(ベックマンコールター社)を用いて行った。下記に示すプライマーを用いて製造元の指示書に従ってシーケンス反応を行った後、CEQ8000(ベックマンコールター社)で解析し、改変型Mod HEXB遺伝子がα-サブユニットにおいてプロテアーゼ抵抗性を有することが公知である領域をコードするDNAを含むことを確認した。
5’-TTCACTGGCACATAGTTGAT-3’ (配列番号11)
5’-ACCTCTTGATTTTGGCGGTA-3’ (配列番号12)
5’-ATTCATTTGGGAGGAGATGA-3’ (配列番号13)
5’-GAAAGCATCACACTCTGACT-3’ (配列番号14)
5’-AATTTCTTTGAAAAATGTAG-3’ (配列番号15)
5’-TTATTGCTTAACTCAGGAAA-3’ (配列番号16)
【0107】
実施例2:改変型Mod HEXB発現細胞株の培養上清におけるHex活性
実施例1で作製した改変型Mod HEXB発現ベクターをCHO細胞に、Lipofectamine 2000(Invitrogen社)を用いて遺伝子導入を行い、ネオマイシン誘導体(G418硫酸塩)の存在下で各々の遺伝子を恒常発現する薬剤耐性細胞集団を選別した。さらに、限界希釈法を用いて改変型Mod HEXBを高発現するCHOクローン細胞株を樹立した。
【0108】
得られた改変型Mod HEXB発現細胞株を、血清添加培地(10%血清含有Ham’sF-10)でコンフルエントになるまで培養し、無血清培地(EXCELL(シグマ社))に継代して37℃、5% CO
2にて4日間さらに培養した。
【0109】
その後、培養上清を回収して、3000rpmにて5分間、遠心分離を行い、上清を回収した。
【0110】
得られた上清のHex活性は4-メチルウムベリフェリル-N-アセチル-β-D-グルコサミン(4-MUG)及び4-メチルウムベリフェリル-N-アセチル-β-D-グルコサミン-6-硫酸(4-MUGS)をそれぞれ基質として用いて、これら基質の分解活性を評価した。
【0111】
結果、当該上清の4-MUG及び4-MUGSの分解活性はそれぞれ、4160 nmol/h/mL及び1477 nmol/h/mLであることが示された。この結果は、Mod HEXB発現細胞株の培養上清が有するHex活性と同程度であり、改変型Mod HEXBがHex活性を保持していることを示す。
【0112】
実施例3:改変型ModBのプロテアーゼ抵抗性の評価
ConA sepharose(GEヘルスケア社)を製造元の指示書に従って使用し、実施例2で得られた改変型Mod HEXB発現細胞株の培養上清を濃縮及び精製した。次いで、濃縮及び精製した培養上清をSDS-PAGEにて泳動し、セミドライの転写装置でPVDF膜に転写した。得られた膜を、Blocking One/TBS=1:1を用いてブロッキングした後、従来公知の一般的な手法に従って、一次プローブ(Anti-NAG(A): 1000倍希釈)、二次プローブ(Biotin-conjugated anti-rabbit IgG: 1000倍希釈)、及び三次プローブ(HRP-conjugated anti-biotin: 1000倍希釈)で順次処理した。その後、Western Lightning Plus-ECL(パーキンエルマー社)を用いて、改変型ModBを検出した。対照として、Mod HEXB発現細胞株の培養上清を、同様に処理して検出した。なお、一次プローブとして用いたAnti-NAG(A)とは、ヒトβ-ヘキソサミニダーゼAのαおよびβサブユニットタンパクの両方を認識するポリクローナル抗体である。
【0113】
結果を
図2に示す。
【0114】
Mod HEXBを泳動したレーンでは、約30kDa付近にプロテアーゼにより分解された形態が検出された。一方、改変型Mod HEXBを泳動したレーンでは、約30kDa付近にバンドがほとんど検出されなかった。これは改変型Mod HEXBがプロテアーゼに対して高い抵抗性を有し、プロテアーゼによる分解が顕著に抑制されたことを示す。
【0115】
実施例4:改変型ModBの熱安定性の評価
実施例2で得られた改変型Mod HEXB発現細胞株の培養上清より、AF-Blueカラム(TOSOH, TOYOPEARL(登録商標) AF-Blue HC-650)、Phos-tagカラム(WAKO, Phos-Tag(登録商標) Agarose)、及びSPカラム(GE Healthcare Life Science, HiTrap Sp-HP)を製造元の指示書に従ってそれぞれ使用し、改変型Mod HEXBを精製した。対照として、Mod HEXB発現細胞株の培養上清より同様に精製して、Mod HEXBを得た。
【0116】
次いで、精製した改変型Mod HEXB(1μg タンパク質/レーン)及びMod HEXB(2μg タンパク質/レーン)をSDS-PAGE 10%アクリルアミドにて泳動し、従来公知の手法にて銀染色し、改変型Mod HEXB及びMod HEXBを検出した。
【0117】
結果を
図3に示す。
【0118】
精製された(A)Mod HEXB及び(B)改変型Mod HEXB(SP Eluate)を泳動したレーンでは、各タンパク質の前駆体(およそ63kDa)が検出され、各タンパク質の成熟体(およそ51kDa)はほとんど検出されなかった。
【0119】
次に、精製した改変型Mod HEXB(MUGS分解活性 2,000 nmol/h, 1μg)及びMod HEXB (MUGS分解活性 2,000 nmol/h, 2μg)をそれぞれ、30%(v/v) SDマウス血漿を含有するリン酸ナトリウム緩衝液(20mM, pH6.0)中に添加し37℃にてインキュベートした。インキュベート開始前、並びにインキュベート開始から2日目、4日目及び7日目の各溶液中のHex活性を4-MUGSを基質とする分解活性を用いて評価した。
【0120】
結果を
図4に示す。
【0121】
精製した改変型Mod HEXBは、30%(v/v)のマウス血漿(数種のプロテアーゼを含む)の存在下、pH6.0、37℃で7日間インキュベートしても4-MUGS分解活性に低下は見られなかった。これは改変型Mod HEXBが上記条件下においても熱変性による失活を生じなかったことを示す。同様の結果は、精製したMod HEXBにおいても確認された。
【0122】
実施例5:Sandhoff病モデル動物への投与による改変型ModBの評価
10週齢のSandhoff病モデルマウス(4匹[Dr. Richard L. Proia(Section on Biochemical Genetics, Genetics and Biochemistry Branch, National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases)より譲渡されたもの])を馴化した後、実施例4で得られた精製した改変型Mod HEXBを体重1kgあたり1mgの用量で、脳室内に1回投与し、その後14週齢、15週齢及び16週齢における運動機能をRota-rod testにより評価した。対照にはPBS(n=12)又は実施例4で得られた精製したMod HEXB(体重1kgあたり2mgの用量、n=12)を同様に投与して、その後14週齢、15週齢及び16週齢における運動機能をRota-rod testにより評価した。
【0123】
結果を
図5に示す。
【0124】
改変型Mod HEXBを投与したSandhoff病モデルマウスにおいては、14週齢以降で顕著になる運動機能障害が有意に改善(遅延)されたことが示された。
【0125】
一方、PBS又はMod HEXBを投与したSandhoff病モデルマウスにおいては、運動機能障害に改善が見られなかった。
【0126】
この結果は、改変型Mod HEXBがSandhoff病及びテイ−サックス病の治療に有効であることを示す。