特許第6231316号(P6231316)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6231316
(24)【登録日】2017年10月27日
(45)【発行日】2017年11月15日
(54)【発明の名称】車載電子機器の接地構造
(51)【国際特許分類】
   B60R 16/02 20060101AFI20171106BHJP
   H02G 15/00 20060101ALI20171106BHJP
   H05K 9/00 20060101ALI20171106BHJP
【FI】
   B60R16/02 650Y
   H02G15/00
   H05K9/00 K
【請求項の数】1
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-149390(P2013-149390)
(22)【出願日】2013年7月18日
(65)【公開番号】特開2015-20544(P2015-20544A)
(43)【公開日】2015年2月2日
【審査請求日】2016年4月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木田 喜啓
(72)【発明者】
【氏名】服部 敏弘
(72)【発明者】
【氏名】深川 康弘
(72)【発明者】
【氏名】大岡 信治
(72)【発明者】
【氏名】秋山 清和
(72)【発明者】
【氏名】杉田 昌行
【審査官】 菅 和幸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−286152(JP,A)
【文献】 特開2010−087261(JP,A)
【文献】 特開平10−074421(JP,A)
【文献】 特開2010−126043(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60R 16/02
H02G 15/00
H05K 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
信号又は電力を伝達する信号ケーブルがシールド線で覆われているシールドケーブルで電気的に接続されている第1及び第2の車載電子機器の車両ボディへの電気的な接地構造であり、
前記シールド線は、前記第1の電子機器側の端部が導電体を介して車両ボディに接続されているとともに、前記シールド線の前記第2の車載電子機器側の端部が前記第2の車載電子機器の筐体に接続されており、
前記第2の車載電子機器の筐体が、前記シールド線が無損失であると仮定したときの前記シールド線の特性インピーダンスの大きさと誤差10%の範囲内で等しい抵抗値を有する抵抗体を介して前記車両ボディに接続されている、
ことを特徴とする接地構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車載電子機器の車両ボディへの電気的な接地構造に関する。特に、ノイズを低減する接地構造に関する。なお、本明細書における車載電子機器にはバッテリやモータも含まれる。
【背景技術】
【0002】
外部のノイズがケーブルを伝搬する電気信号あるいは電力に与える影響を低減するため、又は、ケーブルを伝搬する電気信号あるいは電力が発生するノイズが他のデバイスに与える影響を低減するため、電気信号あるいは電力を伝達するケーブルをシールド線と呼ばれる筒状あるいは編状の導電体で覆ったケーブルが用いられることがある。以下では、シールド線付きケーブルをシールドケーブルと称する。また、シールド線に覆われており、2つの電子機器の間で信号又は電力を伝達するケーブルを信号ケーブルと称する。
【0003】
一般にシールド線の一端は、アースあるいはグランドと呼ばれる基準電位に保持された端子に接続される。なお、シールド線の一端は電子機器の筐体に接続され、その筐体が別の導電体で基準電位に保持された端子に接続されることもある。例えば特許文献1には、シールド線の一端を電子機器の筐体に接続する例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−091041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
車両の場合、車両のボディの電位が基準電位に定義されており、ボディそのものがグランドに相当する。本明細書では、電気的なグランド端子としての車両ボディを「ボディグランド」と称することがある。そして、車両に搭載される電子機器は、直接あるいは間接にボディグランドへ接続される。
【0006】
前述したように、シールドケーブルは、外部のノイズがシールド線内の信号ケーブルに与える影響を低減するだけでなく、シールドケーブルで接続された電子機器が発するノイズが外部の他の機器に与える影響を低減する。例えば、ハイブリッド車を含む電気自動車においては、走行用モータに交流電力を供給するインバータが、そのスイッチング動作によりノイズを発生する。インバータとバッテリを接続するシールドケーブル、あるいは、インバータとモータを接続するシールドケーブルは、インバータが発するノイズが他の電子機器に与える影響を低減する。ここで、シールド線の一端は車両ボディ(ボディグランド)に接続されるか、あるいは、バッテリやモータの筐体に接続され、その筐体が車両ボディに接続される。スイッチング動作により発生するノイズは、シールドケーブルの信号ケーブルを通り、さらにボディグランドを通じてインバータに還流し、インバータに影響を及ぼす虞がある。なお、インバータにかぎらず、車載の電子機器では同様のノイズ還流が起こり得る。特に、高周波のスイッチング動作を伴う車載電子機器において大きなノイズ電流が生じ得る。
【0007】
一般に、信号ケーブルを伝搬するノイズには、ノーマルモードノイズとコモンモードノイズの2種類がある。ノーマルモードノイズは、正極の信号ケーブルと負極の信号ケーブルでノイズが往復するモードのノイズであり、コモンモードノイズは、正極と負極の信号ケーブルで同相のノイズが流れ、グランドラインを通じて還流する。
【0008】
以下、シールドケーブルで接続される2つの車載電子機器の典型的な一例として、インバータとバッテリがシールドケーブルで接続されているケースを例に説明する。本願発明者らの検討によると、2つの車載電子機器(この場合はインバータとバッテリ)の間をシールドケーブルで接続すると次の現象が生じることを見出した。インバータのスイッチング動作による高周波のコモンモードノイズは、信号ケーブルを通じてバッテリに流れ、バッテリを通じてボディグランドに流れる。ここで、信号ケーブルを覆っているシールド線のバッテリ側端部がバッテリの近傍でボディグランド(車両ボディ)に接地していると、あるいは、シールド線の端部がバッテリの筐体に接続していると、信号ケーブルからボディグランドへ流れたノイズ電流がシールド線を通じてインバータへ還流する成分がある。信号ケーブルを流れるノイズ電流と、信号ケーブルを覆っているシールド線を還流するノイズ電流は振幅が同じで逆相であるので互いに打ち消し合う。そうすると、シールド線以外の導体部分、即ち、シールド線のバッテリ側端部とボディグランドを接続している導電体に流れるノイズ電流は、打ち消し合う相手がいないのでノイズとして残る。即ち、コモンモードノイズに関しては、ノイズ源となる回路(インバータ)がシールドケーブルを介して別の電子機器と接続している場合、その別の電子機器側でシールド線とボディグランドを接続している導電体が仮想的なノイズ源とみなせる。
【0009】
他方、インバータは、低周波のノイズ電流も発生する。低周波のノイズ電流は、インバータそのものがノイズ発生源である。そうすると、インバータのスイッチング動作に起因して、インバータそのものをノイズ源とする低周波ノイズと、インバータとシールドケーブルで接続されているバッテリの側でシールド線とボディグランドを接続している導電体を仮想的なノイズ源とする2種類のノイズ信号が存在することになる。後者は高周波ノイズである。本明細書は、上記の2種類のノイズ源から発生するノイズ電流を低減する。
【0010】
なお、上記の説明では、インバータとバッテリを例とした。上記の説明は、「バッテリ」をインバータが電力を供給する「モータ」に置き換えても該当する。さらに、本明細書が開示する技術は、ノイズを発生し得る車載電子機器であればインバータ以外にも適用することができ、その接続相手もバッテリやモータに限られない。即ち、本明細書が開示する技術は、信号又は電力を伝達する信号ケーブルがシールド線で覆われているシールドケーブルで接続された2個の車載電子機器の車両ボディへの電気的な接地構造に適用することができる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本明細書が開示する技術では、シールドケーブルのシールド線は、第1の車載電子機器側の端部が導電体を介して車両ボディに接続されているとともに、シールド線の第2の車載電子機器側の端部がその第2の車載電子機器の筐体に接続されている。なお、筐体は金属製であり導電体である。そして、第2の車載電子機器の筐体を、シールド線が無損失と仮定したときのシールド線の特性インピーダンスの大きさと近似する抵抗値を有する抵抗体を介して車両ボディ(ボディグランド)に接続する。この抵抗体による接続が、前述の2種類のノイズ電流を抑制することに貢献する。その原理は、実施の形態の項にて詳しく説明する。なお、シールド線の第1の車載電子機器側の端部は、導電体を介して車両ボディに直接に接続されていてもよいし、導電体と第1の車載電子機器の筐体を介して車両ボディに接続されていてもよい。即ち、シールド線の第1の車載電子機器側の端部は、導電体を介して第1の車載電子機器の筐体に接続されており、その筐体が車両ボディに接続されていてもよい。
【0012】
シールド線の特性インピーダンスZは、シールド線の単位長さ当たりの直列抵抗をR(オーム)、直列インダクタンスをL(ヘンリー)、並列コンダクタンスをG(ジーメンス)、並列静電容量をC(ファラッド)で表すとき、次の式(1)で求まることが知られている。
【0013】
【数1】
【0014】
そして、シールド線の損失がゼロ、即ち、無損失と仮定すると、R=0、G=0であるから、特定インピーダンスZは、次の式(2)で与えられる。
【数2】
【0015】
式(2)から明らかなとおり、無損失を仮定したときの特性インピーダンスZは、周波数に依存せず、従って抵抗体と等価である。
【0016】
第2の車載電子機器の筐体と車両ボディの間の挿入される抵抗体は、上記の特性インピーダンスZに近いほど、ノイズ低減効果が期待できる。理想的には、抵抗体は、無損失と仮定したときのシールド線の特性インピーダンスZの大きさに等しい抵抗値を有することが好ましい。もちろん、「特性インピーダンスZの大きさに等しい抵抗値」とは、予め定められた許容値の範囲で「等しい」ことを意味する。具体的には、「特性インピーダンスZの大きさに等しい抵抗値」とは、誤差10%の範囲内で等しい抵抗値である
【0017】
第1の車載電子機器の典型的な一例が前述したバッテリ(あるいはモータ)であり、第2の車載電子機器の典型的な一例が前述したインバータである。インバータは、特に、走行用モータを駆動する大電流をスイッチングするので発生するノイズ電流が大きく、ノイズ源の典型である。そこで、本明細書が開示する技術の具体的な一例を、インバータとバッテリで説明する。第1の車載電子機器がインバータに電力を供給するバッテリに相当し、第2の車載電子機器がインバータに相当する。バッテリとインバータはシールドケーブルで接続される。そのシールドケーブルの信号ケーブルは、直流電力をインバータへ供給するためのケーブルであり、パワーケーブルとも呼ばれる。そして、そのシールドケーブルのシールド線のバッテリ側の端部が導電体を介して車両ボディ(ボディグランド)に接続されるとともに、そのシールド線のインバータ側の端部がインバータの筐体に接続される。そして、そのインバータの筐体が、シールド線が無損失と仮定したときのシールド線の特性インピーダンスの大きさに等しい抵抗値を有する抵抗体を介して車両ボディに接続される。この接地構造は、インバータのスイッチング動作に起因する高周波ノイズ電流と低周波ノイズ電流の双方を低減する。
【0018】
上記の構成が高周波と低周波の双方のノイズ電流を低減する理由、及び、本明細書が開示する技術の詳細とさらなる改良は以下の「発明を実施するための形態」にて説明する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施例の接地構造の模式的ブロック図である。
図2】高周波ノイズ電流についての接地構造の等価回路図である。
図3】低周波ノイズ電流の伝搬経路を示す図である。
図4】従来の接地構造の模式的ブロック図である。
図5】バッテリ側の接地構造の変形例を示す模式的ブロック図である。
図6】第1変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図7】第2変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図8】第3変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図9】第4変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図10】第5変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図11】第6変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図12】第7変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図13】第8変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図14】第9変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
図15】第10変形例の接地構造の模式的ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1から図3を参照して実施例の接地構造を説明する。実施例の接地構造10は、電気自動車(ハイブリッド車)におけるバッテリ8のボディグランドへの接地と、インバータ2のボディグランドへの接地の構造が対象である。インバータ2は、バッテリ8から直流電力の供給を受け、走行用のモータ(不図示)を駆動する交流を生成するデバイスである。良く知られているように、インバータは、多数のスイッチング素子を使って直流電力を交流に変換する。図1では、符号2aが示す矩形が、スイッチング素子を含むインバータ回路を表している。矩形の中には、スイッチング素子の一種である6個のトランジスタが描かれている。典型的なインバータは、2個のスイッチング素子の直列接続が3セット並列に接続された回路構成を有しており、その回路で3相交流を生成する。なお、本明細書において、「接続」とは、特に断らない限り、単に物理的な接続だけでなく、電気的にも接続することを意味する。
【0021】
図1における符号2bは、インバータ2の筐体を示している。筐体2bは金属製であり、インバータ回路2aのグランド端子と接続しているとともに、抵抗体6を介してボディグランド5に接続している。この抵抗体6については後に詳しく説明する。
【0022】
図1の符号5は、物理的には車両のボディを示している。本実施例での説明では、車両のボディは電気回路のグランド電位に定義されている。以下、電気回路のグランド端子としてのボディをボディグランド5と称する。
【0023】
走行用のモータ(不図示)を駆動する電力を供給するバッテリ8の正負の電極は、シールドケーブル3を介してインバータ回路2aと電気的に接続している。シールドケーブル3は、電力を供給するための2本のパワーケーブル3a(信号ケーブル)と、パワーケーブル3aを覆うシールド線3bで構成されている。2本のパワーケーブル3aの一方はバッテリ8の正極出力端子とインバータ回路2aの正極入力端子を接続しており、他方はバッテリ8の負極出力端子とインバータ回路2aの負極出力端子を接続している。バッテリ8の負極端子は、ボディグランド5にも接続している。
【0024】
シールド線3bは、中空の金属製の編み線であり、外部のノイズ電波がパワーケーブル3aに干渉することを抑制するとともに、パワーケーブル3aを流れるノイズ電流の放射を抑制する。シールド線3bの一端3c(バッテリ8の側の端部)は、抵抗がほぼゼロの導電体7を介してボディグランド5に接続しており、他端3d(インバータ2の側の端部)は、インバータ2の筐体2bに接続している。図1において符号4が示すポイントが、シールド線3bと筐体2bの接続点である。
【0025】
インバータ2の筐体2bが、抵抗体6を介してボディグランド5に接続されている。抵抗体6は、シールド線3bが無損失であると仮定したときのそのシールド線3bの特性インピーダンスの大きさに等しい抵抗値を有する。ケーブル(この場合はシールド線3b)の「特性インピーダンス」及び、そのケーブルが無損失であると仮定したときの「特性インピーダンス」については、先に式(1)、式(2)を使って説明した。また、「等しい」の技術的な許容範囲についても前述したとおりである。
【0026】
抵抗体6を採用する利点を説明する前に、シールドケーブル3を伝搬するノイズ電流について説明する。インバータは、スイッチング素子の動作により、スイッチングの周波数、及び、その高調波のノイズを発生する。電気自動車の走行用モータに交流を供給するインバータの場合、スイッチング素子の動作に起因するノイズの周波数は、数百キロヘルツから数十メガヘルツに及ぶ。そのようなノイズ電流の波長は、シールドケーブル3の長さと同等かそれよりも短い。そのようなノイズ電流をここでは高周波ノイズ電流と称する。
【0027】
インバータ2は、また、波長がシールドケーブル3の長さよりも長いノイズ電流も発生する。そのようなノイズ電流をここでは低周波ノイズ電流と称する。すなわち、低周波ノイズ電流は、シールドケーブルの両端でノイズ電流の電位(あるいは電流値)が等しくなるタイプのノイズである。
【0028】
高周波ノイズ電流に関する抵抗体6の利点について説明する。インバータ回路2aのスイッチング素子が動作することでシールド線3bの一端3cとボディグランド5を接続する導電体7に誘起されて脈動する電圧が、高周波ノイズ電流の発生源となる。なお、より正確には、前述したように、パワーケーブル3aをバッテリ8に向かって流れるノイズ電流は、ボディグランド5、導電体7、シールド線3bを介してインバータ回路2aに還流する。その際、パワーケーブル3aとシールド線3bの内側(パワーケーブル3a側)表面では、ノイズ電流は大きさが同じで逆相となるので互いに打ち消し合う。それゆえ、見掛け上、シールド線3bの外側(車両ボディ側)表面を流れるノイズ電流が残り、このノイズ電流は導電体7の両端(3c−5間)に誘起される電圧に比例するので、導電体7が仮想的なノイズ源となる。
【0029】
このノイズ電流は、いわゆるコモンモードノイズの一種である。このノイズ電流の経路は、導電体7、シールド線3b、インバータの筐体2b、抵抗体6、ボディグランド5である。図1に描かれた矢印線Aが、高周波ノイズの経路を表している。このノイズ電流が流れる経路の等価回路を図2に示す。等価回路は、ノイズ電流の波長よりも十分に短い区間におけるシールド線3bの寄生インダクタンスLs(13b1)と、ボディグランド5で形成される浮遊容量Cs(13b2)が多段に接続された回路網となる。符号17が示す交流電源の記号は、導電体7がノイズ源となることを模式的に表している。
【0030】
抵抗体6は、接点4(シールド線3bの他端3dと筐体2bとの接点)とボディグランド5の間に接続される。前述したように、抵抗体6の抵抗の大きさReは、シールド線3bが無損失であると仮定したときのそのシールド線3bの特性インピーダンスの大きさに等しい。シールド線3bの特性インピーダンスZは、シールド線3bの寄生インダクタンスLsと浮遊容量Cs、及び、シールド線3bの直列抵抗Rと並列コンダクタンスGを使って次の式(3)で表される。
【0031】
【数3】
【0032】
そして、シールド線3bの損失をゼロと仮定する場合、R=0、G=0と置けばよいから、特定インピーダンスZは、次の式(4)で与えられる。
【数4】
【0033】
上式(4)で定まる抵抗値を有する抵抗体6を採用すると、仮想的なノイズ源である導電体7からシールド線3bを経由して接続ポイント4に至る経路と、ボディグランド5と抵抗体6を経由して接続ポイント4に至る経路でインピーダンスが整合する。そうすると、接続ポイント4におけるノイズ電流(コモンモードノイズ電流)の反射が抑制され、シールド線3bには、コモンモードノイズ電流の定在波が形成されなくなる。このことにより、コモンモードノイズの共振による増大が抑制される。
【0034】
低周波ノイズ電流に関する抵抗体6の利点について説明する。図3に、低周波ノイズ電流の経路を示す。低周波ノイズ電流は、インバータ回路2aがノイズ源となる。図3においてインバータ回路2aに重ねて描いた交流電源の記号Mが、インバータ回路2aがノイズ源であることを模式的に示している。
【0035】
インバータ回路2aで発生した低周波ノイズ電流は、2本のパワーケーブル3aを通り、バッテリ8の負極で合流し、ボディグランド5へと流れる。ボディグランド5へと流れたノイズ電流は、その後、導電体7、端部3cを介してシールド線3bを伝搬し、シールド線3bの他端3dから接続ポイント4を通じて筐体2bへと流れる。筐体2bとインバータ回路2aは電気的に繋がっているので、ノイズ電流はインバータ回路2aへと帰還する。図3において矢印線CとDが、低周波ノイズ電流の伝搬経路を示している。ここで、バッテリ8の負極からボディグランド5へ流れた低周波ノイズ電流は、抵抗体6の抵抗により、抵抗体を流れて筐体2bに至るのではなく、導電体7とシールド線3bを通じて筐体2bに至ることに留意されたい。図3の矢印線CとDが示しているように、パワーケーブル3aとシールド線3bでは互いに逆方向に低周波ノイズが流れるため、それらが打ち消し合う。その結果、パワーケーブル3aを流れるノイズ電流のベクトルとシールド線3bを流れるノイズ電流のベクトルの和で表されるシールドケーブル全体のノイズ電流は小さくなる。
【0036】
上記のとおり、接地構造10は、抵抗体6の挿入により、低周波ノイズと高周波ノイズの双方を抑制する。
【0037】
図1の接地構造10の利点を、従来の接地構造との対比で説明する。図4は、特許文献1(特開2000−091041号公報)に開示された技術をバッテリ8とインバータ2の車載構造に適用したケースを表している。シールドケーブル3の一端3c(バッテリ8に近い端部)が導電体7でボディグランド5と接続されるとともに、他端3dが抵抗体109を介してインバータの筐体2bと接続されている。なお、筐体2bは、抵抗成分がほぼゼロの別の導電体106によりボディグランド5と接続される。図4の接地構造100では、低周波ノイズ電流は、図3のケースと同様に、インバータ回路2aからパワーケーブル3aを通じてバッテリ8へと伝搬する(図4中の矢印線C参照)。シールド線3bには、インバータ側で抵抗体109が接続されているため、バッテリ8の負極で合流したノイズ電流は、シールド線3bをほとんど経由せず、相対的に抵抗値の低いボディグランド5を主に通過し、インバータ回路2aに帰還する(矢印線E参照)。このためシールドケーブル3の構成要素であるパワーケーブル3aとシールド線3bのノイズ電流のベクトル和で表せるシールドケーブル全体のノイズ電流は、パワーケーブル3aを流れるノイズ電流とほぼ一致し、抑制されない。
【0038】
低周波ノイズについてまとめると、従来技術を適用した接地構造100(図4)では、パワーケーブル3aをノイズ電流が流れるがシールド線3bにノイズ電流が流れないため、パワーケーブル3aを流れるノイズ電流がそのままシールドケーブル全体のノイズ電流となる。これに対して本実施例の接地構造10(図3)では、パワーケーブル3aとシールド線3bを互いに逆方向にノイズ電流が流れるためそれらが打ち消し合い、シールドケーブル全体のノイズ電流が抑制される。
【0039】
実施例で説明した接地構造に関する留意点を述べる。インバータ回路の筐体2bとボディグランド5の間に挿入する抵抗体6の抵抗値は、損失ゼロを仮定したときのシールド線3bの特性インピーダンスと同じ大きさに設定される。ここで、説明の便宜上、損失ゼロを仮定したときのシールド線3bの特性インピーダンスを無損失特性インピーダンスと称する。抵抗体6の抵抗の大きさは、無損失特性インピーダンスと同じであることが望ましいが、厳密に一致していなくても、程度の差はあるが上記説明した効果は得られる。抵抗体6の抵抗の大きさは、誤差10%の範囲内で無損失特性インピーダンスに一致していれば概ね上記した効果が得られ、誤差20%の範囲内で無損失特性インピーダンスに一致している場合、10%誤差のとき程ではないが、相応の効果が得られる。さらに、誤差20%を超えても、全く効果が得られなくなるものではない。
【0040】
実施例では、シールド線3bのバッテリ側端部は、導電体7によりボディグランド5に接続されていた。シールド線3bのバッテリ側端部は、導電体7によりバッテリの筐体8aに接続され、その筐体8aがボディグランド5に接続されていてもよい(図5参照)。即ち、シールド線3bのバッテリ側端部は、導電体7とバッテリの筐体8aを介してボディグランド5に接続されていてもよい。
【0041】
実施例では、スイッチング素子を含むインバータ2とバッテリ8がシールドケーブル3で接続された車載電子機器に関する接地構造を例に説明した。本明細書が開示する技術は、インバータとバッテリに限られず、他の車載電子機器に適用することができる。ただし、特に好適なのは、スイッチング素子を含む車載電子機器と別の車載機器がシールドケーブルで接続されている場合における車載電子機器の接地構造に適用することである。スイッチング素子は大きなノイズ電流を発生する可能性があるからである。
【0042】
上記説明した接地構造をまとめると次の通りである。その接地構造は、スイッチング動作を伴う車載電子機器の車両ボディへの接地構造である。車載電子機器は、他の電子機器とシールドケーブルで電気的に接続されている。シールドケーブルのシールド線は、他の電子機器側の端部が導電体を介して車両ボディに接続されている。シールド線の車載電子機器側の端部は、車載電子機器の筐体に接続されている。そして、車載電子機器の筐体は、無損失と仮定したときのシールド線の特性インピーダンスの大きさに等しい抵抗値を有する抵抗体を介して車両ボディに接続されている。
【0043】
実施例の接地構造をより具体的に記述すると、次の通りである。その接地構造は、走行用のモータに交流電力を供給するインバータであって電気自動車のバッテリから電力の供給を受ける車載のインバータとそのバッテリの車両ボディへの接地構造に関する。バッテリとインバータは、直流電力をインバータへ供給するパワーケーブルがシールド線で覆われたシールドケーブルで接続されている。そのシールドケーブルのシールド線のバッテリ側の端部が導電体を介して車両ボディに接続されている。また、シールド線のインバータ側の端部がインバータの筐体に接続されている。インバータの筐体が、無損失と仮定したときのシールド線の特性インピーダンスの大きさに等しい抵抗値を有する抵抗体を介して車両ボディに接続されている。
【0044】
次に、図1の接地構造の変形例の幾つかを説明する。なお、図1の実施例と同じ部品には同じ符号を付して説明を省略する。また、以下の変形例はいずれも、図5と同様に、シールド線3bのバッテリ側端部がバッテリの筐体に接続しており、その筐体がボディグランドに接続する構成を採用してもよい。
【0045】
(第1変形例)図6は、第1変形例の接地構造10aの模式的ブロック図である。この変形例では、インバータ2の筐体2bが単数あるいは複数の絶縁体31でボディグランド5と物理的に接続されている。すなわち、インバータ2の筐体2bは絶縁体31を介して車両のボディに支持されている。インバータ2は、電気的には、抵抗体6を介してボディグランド5と接続している。
【0046】
(第2変形例)図7は、第2変形例の接地構造10bの模式的ブロック図である。この変形例では、インバータ2が、単数あるいは複数の絶縁体31でボディに支持されているとともに、単数あるいは複数の導電性部材32で電気的かつ構造的にボディグランド5に接続されている。この変形例では、導電性部材32の抵抗値を調整することで適切にノイズ電流を抑制することができる。
【0047】
(第3変形例)図8は、第3変形例の接地構造10cの模式的ブロック図である。この変形例では、インバータ2が、単数あるいは複数の絶縁体31でボディに支持されているとともに、単数あるいは複数の導電性部材32で電気的かつ構造的にボディグランド5と接続されている。インバータ2はさらに、抵抗体6でボディグランド5に接続している。
【0048】
(第4変形例)図9は、第4変形例の接地構造10dの模式的ブロック図である。この変形例では、インバータ2が、単数あるいは複数の絶縁体31でボディに支持されている。また、インバータ2は、抵抗体6とコンデンサ36の直列接続の回路でボディグランド5に接続されている。コンデンサ36は、直流成分カット用に挿入されている。
【0049】
(第5変形例)図10は、第5変形例の接地構造10eの模式的ブロック図である。この変形例では、インバータ2が、単数あるいは複数の絶縁体31でボディに支持されているとともに、間に静電容量部材37を挟んだ単数あるいは複数の導電性部材32で電気的かつ構造的にボディグランド5と接続されている。
【0050】
(第6変形例)図11は、第6変形例の接地構造10fの模式的ブロック図である。この変形例では、抵抗体6は、ケース41に収められている。抵抗体6の一端は電線43を介してインバータの筐体2bに接続されており、他端は電線43を介してボディグランド5に接続されている。
【0051】
(第7変形例)図12は、第7変形例の接地構造10gの模式的ブロック図である。この変形例では、抵抗体6は、リレー53やヒューズ54を収容するジャンクションボックス51に収められている。そのジャンクションボックス51は、絶縁体55で車両のボディに支持されている。また、インバータ2の筐体2bは、絶縁体31で車両のボディに支持されている。
【0052】
(第8変形例)図13は、第8変形例の接地構造10hの模式的ブロック図である。この変形例では、抵抗体6は、車両ボディに固定されるボックス57に収められ、一端がインバータの筐体2bに接続され、他端がボディグランド5に接続される。インバータ2の筐体2bは、絶縁体31で車両のボディに支持される。
【0053】
(第9変形例)図14は、第9変形例の接地構造10jの模式的ブロック図である。この変形例では、筐体2bと同電位のグランド導体58を設け、抵抗体6は、一端がグランド導体58を介して筐体2bと接続され、他端はケーブル59を介してボディグランド5に接続される。インバータ2の筐体2bは、絶縁体31で車両のボディに支持される。
【0054】
(第10変形例)図15は、第10変形例の接地構造10kの模式的ブロック図である。この変形例では、シールド線3bは、インバータ側でコネクタ3eを備える。そのコネクタ3eは、インバータの筐体側コネクタ2cと結合する。シールド線3bのインバータ側端部3dに抵抗体6の一端が接続され、抵抗体6の他端はケーブル61を介してボディグランド5に接続される。インバータ2の筐体2bは、絶縁体31で車両のボディに支持される。
【0055】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0056】
2:インバータ
2a:インバータ回路
2b:筐体
2c:筐体側コネクタ
3:シールドケーブル
3a:パワーケーブル(信号ケーブル)
3b:シールド線
3e:コネクタ
4:接続ポイント
5:ボディグランド
6:抵抗体
7:導電体
8:バッテリ
8a:バッテリの筐体
10、10a、10b、10c、10d、10e、10f、10g、10h、10j:接地構造
31:絶縁体
32:導電性部材
36:コンデンサ
37:静電容量部材
41:ケース
43:電線
51:ジャンクションボックス
53:リレー
54:ヒューズ
55:絶縁体
57:ボックス
58:グランド導体
59、61:ケーブル
61:ケーブル
100:従来の接地構造
106:導電体
109:抵抗体
Cs:浮遊容量
G:並列コンダクタンス
Ls:寄生インダクタンス
R:直列抵抗
0:特性インピーダンス
図1
図2
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図5
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