(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、図面は説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、寸法、形状等について模式的に表す場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。また、本明細書と各図において、既出の図に関して前述したものと同様の要素には、同一の符号を付して、詳細な説明を適宜省略することがある。
【0036】
図1は、本発明の実施形態に係る結晶相定量分析装置1の構成を示すブロック図である。当該実施形態に係る結晶相定量分析方法は、当該実施形態に係る結晶相定量分析装置1によって実行される。すなわち、当該実施形態に係る結晶相定量分析装置1は、当該実施形態に係る結晶相定量分析法を用いて、簡便に試料の定量分析を行うことが出来る装置である。
【0037】
当該実施形態に係る結晶相定量分析装置1は、解析部2と、情報入力部3と、情報出力部4と、記憶部5と、を備えている。結晶相定量分析装置1は、一般に用いられるコンピュータによって実現され、図示しないが、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)をさらに備えており、ROMやRAMはコンピュータの内部メモリを構成している。記憶部5は記録媒体であり、半導体メモリ、ハードディスク、又は、その他の任意の記録媒体によって構成されていてもよい。ここで、記憶部5は、コンピュータの内部に設置されているが、コンピュータの外部に設置されていてもよい。また、記憶部5は、1つの単体であっても、複数の記録媒体であってもよい。結晶相定量分析装置1は、X線回折装置11及び入力装置13に接続されている。X線回折装置11は、粉末形状である試料に対して、X線回折測定により、当該試料のX線回折データを測定し、測定されたX線回折データを、結晶相定量分析装置1の情報入力部3へ出力する。入力装置13は、キーボードやマウス、タッチパネルなどによって実現される。情報入力部3はX線回折装置11及び入力装置13に接続されるインターフェイスなどである。解析部2は、情報入力部3より、当該X線回折データを取得し、当該X線回折データに前処理を施して、試料の粉末回折パターンを生成する。ここで、前処理は、データの平滑化、バックグラウンドの除去、Kα2成分の除去などの処理をいう。解析部2で生成される当該粉末回折パターンは、記憶部5に入力され、保持される。なお、X線回折装置11が解析部(データ処理部)を備え、X線回折装置11の解析部が測定されるX線回折データに前処理を施すことにより試料の粉末回折パターンを生成して、結晶相定量分析装置1の情報入力部3へ試料の粉末回折パターンを出力してもよい。解析部2は、記憶部5(又は情報入力部3)より、当該試料の当該粉末回折パターンを取得し、当該粉末回折パターンに基づき、当該試料に含まれる結晶相を定量分析し、分析結果として、定量分析された結晶相の重量比を情報出力部4へ出力する。情報出力部4は、表示装置12に接続されるインターフェイスなどであり、表示装置12へ結晶相の重量比を出力し、表示装置12において定量分析の分析結果の表示が行われる。
【0038】
図2は、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法を示すフローチャートである。結晶相定量分析装置1の解析部2は、粉末回折パターン取得部21、定性分析結果取得部22、回折強度計算部23、及び重量比計算部24を備えており、これらは、以下に説明する結晶相定量分析方法の各ステップを実行する手段である。また、当該実施形態に係る結晶相定量分析プログラムは、コンピュータを、各手段として機能させるためのプログラムである。
【0039】
[ステップS1:粉末回折パターン取得ステップ]
試料の粉末回折パターンを取得する(S1:粉末回折パターン取得ステップ)。試料の粉末回折パターンは、記憶部5に保持されている。又は、前述の通り、X線回折装置11が解析部(データ処理部)を備え、測定される試料のX線回折データに前処理を施して試料の粉末回折パターンを生成し、試料の粉末回折パターンを結晶相同定装置1の情報入力部3へ出力してもよい。結晶相同定装置1の解析部2は、記憶部5(又は情報入力部3)より当該試料の粉末回折パターンを取得する。粉末回折パターンは、横軸がピーク位置を示す回折角2θであり、縦軸が回折X線の強度を示すスペクトルである。ここで、回折角2θは、入射X線方向と回折X線方向とのなす角度である。なお、X線回折装置11により測定される試料のX線回折データが情報入力部3に入力されるか、記憶部5に保持されていてもよい。この場合は、解析部2が、情報入力部3又は記憶部5より、試料のX線回折データを取得し、試料のX線回折データに前処理を施して、試料の粉末回折パターンを生成する。
【0040】
[ステップS2:定性分析結果取得ステップ]
試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する(S2:定性分析結果取得ステップ)。解析部2が、粉末回折パターン取得ステップS1により取得した試料の粉末回折パターンの回折線(ピーク)の位置と強度より、結晶相を同定する。すなわち、定性分析により、試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する。ここで、結晶相の情報は、その化学組成と、その結晶相が結晶構造の異なる多形を有している場合にはその多形に関する情報と、当該結晶相の粉末回折パターンの複数のピーク位置と、を含んでいる。当該結晶相の粉末回折パターンの複数のピーク位置における強度を、さらに含んでいてもよい。
【0041】
当該実施形態に係る粉末回折パターン取得ステップS1にて取得した試料の粉末回折パターンのピーク位置及びピーク強度により、解析部2が試料の定性分析を行って、試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得している。しかし、これに限定されることはなく、情報入力部3が、入力装置13より、試料の定性分析の結果である試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得してもよい。
【0042】
[ステップS3:回折強度計算ステップ]
試料の粉末回折パターンより、試料に含まれる複数の結晶相それぞれにおける複数の回折線の回折強度を計算する(S3:回折強度計算ステップ)。ここで、回折強度は、回折線(ピーク)の積分強度と、回折線のピーク強度(ピークの高さ)と、を含んでおり、ここで計算される回折強度は、積分強度であってもよいし、ピーク強度であってもよい。積分強度は、より精度の高い定量分析を行うことが出来る点で望ましいが、ピーク強度はより簡便に求めることができる。以下、回折強度が積分強度である場合について説明する。
【0043】
試料の粉末回折パターンに対して、全パターン分解法、又は個別プロファイルフィッティング法などのパターン分解法を用いて、粉末回折パターンに含まれる複数の回折線の積分強度を求める。求められた複数の回折線の積分強度が、試料に含まれる複数の結晶相に属するかを判別する。これにより、試料に含まれる複数の結晶相それぞれにおける複数の回折線の回折強度が得られる。
【0044】
定性分析において、試料に含まれる複数の結晶相のうち、同定されない未知の結晶相が存在している場合もあり得る。それゆえ、同定がすでにされた結晶相に属するか判別出来ない回折線がある場合は、それらを未知の結晶相のものとして1つのグループにまとめておけばよい。
【0045】
また、一般に、結晶相は複数の回折線を有している。試料に複数の結晶相が含まれる場合、異なる2個以上の結晶相の回折線が重畳する又は非常に近接して存在し、観測される回折線を個々の回折線に分解できないことがあり得る。かかる場合、1本の回折線として観測される回折線の回折強度を、対応する2個以上の結晶相に対してどのように分配するか分解処理方法については、後述する。
【0046】
[ステップS4:重量比計算ステップ]
前記複数の結晶相における、ローレンツ−偏向因子に対する補正が施された回折強度の和と、化学式量と、化学式単位に含まれる原子それぞれに属する電子の個数の2乗の和と、に基づいて、前記複数の結晶相の重量比を計算する(重量比計算ステップ)。
【0047】
ここで、試料にK個(Kは2以上の整数)の結晶相が含まれる場合、k番目(kは1以上K以下の整数)の結晶相の重量因子W
kは、次に示す数式3で表される。
【0049】
すなわち、重量因子W
kは、Lp補正が施された回折強度の和と化学式量の積を、化学式単位に含まれる原子それぞれに属する電子の個数の2乗の和で除したものである。ここで、I
obsjkは、測定により得られた粉末回折パターンより計算されたk番目の結晶相のj番目の回折線の観測積分強度である。Lp
jkは前述の通りLp因子であり、ピーク位置2θに依存する因子である。よって、I
obsjk/Lp
jkは、Lp因子に対する補正(Lp補正)が施された回折強度(ここでは、積分強度)である。M
kは、k番目の結晶相の化学式量(chemical formula weight)である。n
ikは、k番目の結晶相の化学式単位(chemical formula unit)内の個々の原子に属する電子の個数であり、A
kはk番目の結晶相の化学式単位内の原子の総数である。
【0050】
ΣI
obsjk/Lp
jkは、Lp補正が施された回折強度の和であり、N
kはk番目の結晶相の回折線の個数である。ここで、N
kは、理想的にはk番目の結晶相の回折線の総数である。しかしながら、実際には観測される粉末回折パターンの2θの範囲は有限である。それゆえ、和とは合計(sum)を意味し、N
kはユーザが選択する2θの範囲における回折線の本数であってもよい。また、実際には存在しているにもかかわらず、必要に応じて、和に含まれない回折線があってもよい。
【0051】
前述した通り、異なる2個以上の結晶相の回折線が重畳する又は非常に近接して存在し、観測される回折線が個々の回折線に分解できない場合がある。かかる回折線を重畳回折線とすると、試料の粉末回折パターンが重畳回折線を含む場合、重畳回折線の回折強度を、対応する2個以上の結晶相に分配することが望ましい。
【0052】
重量因子W
kにより、試料に含まれるK個の結晶相の重量比を計算することが出来る。ここで、K個の結晶相の重量比を、W
1:W
2:・・・:W
Kとして計算してもよく、また、K個の結晶相のうち一部の結晶相を選択して、それらの重量比を求めてもよい。さらに、試料が非晶質成分を含んでおらず、試料に含まれる結晶相のすべてを定性分析している場合、試料全体を相対的に、kについて1〜Kまでの和ΣW
kで表すことが出来る。よって、k番目の結晶相の重量分率w
kは、次に示す数式4で表すことができる。
【0054】
この場合、w
kは規格化条件Σw
k=1(kについて1〜Kまでの和)を満たす。すなわち、本明細書において重量比とは、複数の結晶相同士の重量比であってもよいし、複数の結晶相のうち1の結晶相の、全体に対する比(重量分率)であってもよい。
【0055】
また、試料が非晶質成分を含む場合や試料に同定されない未知の結晶相を含む場合であっても、それらの成分の重量分率が比較的小さい場合にはこれら成分を無視すれば、ある結晶相の重量分率を数式4により求めることが出来る。それらの成分の重量分率が無視できない場合であっても、これらを数式4の分母に含めずに計算すれば、精度は低下するものの、ある結晶相の重量分率を数式4より求めればよい。
【0056】
試料に同定されない未知の結晶相を含む場合に、当該未知の結晶相の重量因子W
kを、同定されている複数の結晶相の化学組成に基づいて計算してもよい。計算により得られる当該未知の結晶相の重量因子W
kを用いて、すでに同定されている結晶相の重量分率w
kを数式4より求めることが出来る。同様に、当該未知の結晶相の重量分率w
kを数式4より求めることが出来る。当該未知の結晶相を仮に同定することが出来る場合に比べると精度は多少低下するが、当該未知の結晶相の重量因子W
kを数式4の分母に含めない場合と比較して、すでに同定されている結晶相の重量分率w
kをより高い精度で求めることが出来る。特に、従来の定量分析方法では、未知の結晶相を含む場合に、同定されている結晶相の重量分率w
kを求めることは困難であり、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法は顕著な効果をしている。
【0057】
以下、具体的に、当該未知の結晶相の重量因子W
kの計算方法について説明する。数式3に示す通り、重量因子W
kは3つの因子からなり、第1因子は「Lp補正が施された回折強度の和」(ΣI
obsjk/Lp
jk)であり、第2因子は化学式量M
kであり、第3因子は「化学式単位に含まれる原子それぞれに属する電子の個数の2乗の和」である。ここで、第3因子をE
k(=Σn
ik2)として、第2因子を第3因子で除したものを物質パラメータa
k(=M
k/E
k)とする。
【0058】
すでに同定される結晶相に属さないと判別された回折線(前述の1つのグループ)を当該未知の結晶相の回折線であると仮定し、かかる回折線の強度に対して、数式3の第1因子(ΣI
obsjk/Lp
jk)を計算する。当該未知の結晶相の重量因子W
kの計算には、数式3の第2因子(M
k)及び第3因子(E
k)が必要であるが、これらについて適当な代用値を用いることにより、当該未知の結晶相の重量因子W
kを計算する。これら代用値は、同定されている複数の結晶相の化学組成に基づいているのが望ましい。例えば、当該未知の結晶相の第2因子(M
k)に、同定されている複数の結晶相の第2因子の平均値で代用し、同様に、当該未知の結晶相の第3因子(E
k)に、複数の結晶相の第3因子の平均値で代用することにより、簡便にして現実的な代用値を得ることが出来る。また、当該未知の結晶相の物質パラメータa
k(=M
k/E
k)に、同定されている複数の結晶相の物質パラメータの平均値で代用しても、簡便にして現実的な代用値を得ることが出来る。前述の通り、計算により得られる当該未知の結晶相の重量因子W
kを用いて、同定されている複数の結晶相及び当該未知の結晶相の重量分率w
kを数式4より求めることが出来る。代用値はこれらの例に限定されることはないが、同定されている複数の結晶相の化学組成に基づいていればよい。以上、当該未知の結晶相の重量因子W
kの計算方法について説明した。なお、定性分析によって同定されない未知の結晶相を試料に含む場合など、試料に化学組成が不確定である物質が含まれる場合であっても、精度よく重量因子W
kを求める方法ついては、後述する。
【0059】
以下に、試料の前記粉末回折パターンが、2個以上の結晶相の回折線が存在しているが解析により分解出来ない重畳回折線を含む場合に、重畳回折線の回折強度の分配処理方法について説明する。なお、観測される重畳回折線の回折強度の2個以上の結晶相への分配は、Lp補正が施された回折強度(I
obsjk/Lp
jk)に対して行っても、Lp補正を施す前の回折強度I
obsjkに対して行ってその後Lp補正を施してもよい。
【0060】
当該実施形態に係る第1の分配処理方法は、等分割処理である。観測される重畳回折線の回折強度を対応する2個以上の結晶相の数で等分割し、分割された回折強度を均等に分配し、対応する2個以上の結晶相の回折線の回折強度とする。例えば、観測される重畳回折線(ピーク)に、L本(Lは2以上の自然数)の回折線が重なっている場合、観測される1本の回折線全体の回折強度がIであるならば、個々の回折強度I
j(jは1以上L以下の任意の整数)を、I
j=I/Lとなるよう分配する。なお、ΣI
j=Iである。等分割処理は、簡便にして、実用性の高い方法である。例えば、試料が非晶質成分を含む場合や試料に同定されない未知の結晶相を含む場合でも、容易に適用することができるので、汎用性も高い。当該実施形態に係る第2の分配処理方法は、体積分率に比例して分配する方法である。以下、詳細を説明する。
【0061】
図3は、当該実施形態に係る重量比計算ステップS4の一例を示すフローチャートである。ここでは、体積分率に比例して分配する方法によって、複数の結晶相の重量分率w
kを計算している。解析部2の重量比計算部24は、初期分配設定部24A、重量分率計算部24B、計算結果判定部24C、及び分配比決定部24Dを備えており、これらは、以下に説明する重量比計算ステップS4の各ステップを実行する手段である。
【0062】
[ステップA1:初期分配設定ステップ]
初期設定条件に基づいて、重畳回折線の回折強度を、対応する2個以上の結晶相に分配する(A1:初期分配設定ステップ)。ここで、初期設定条件は、等分割処理である。等分割処理は、簡便にして実効的であるので、構造解析の初期段階でも用いられているが、これに限定されることはなく、他の初期設定条件によって分配をしてもよい。試料の粉末回折パターンに、重畳回折線(ピーク)が複数含まれている場合、重畳回折線それぞれに対して、回折強度の分配を行う。
【0063】
[ステップA2:重量分率計算ステップ]
対応する2個以上の結晶相に分配される回折強度を用いて、複数の結晶相の重量分率を計算する(A2:重量分率計算ステップ)。各結晶相の重量分率は、数式4により求めることが出来る。
【0064】
[ステップA3:計算結果判定ステップ]
重量分率計算ステップにより計算された複数の結晶相の重量分率が、所定の条件を満たしているか否かを判定する(A3:計算結果判定ステップ)。所定の条件を満たしていれば重量比計算ステップS4は終了し、所定の条件を満たしていなければ、分配比決定ステップA4へ進む。ここで、所定の条件とは、例えば、今回の計算結果と前回の計算結果の差分が設定値よりも小さいことであり、重量分率の計算が十分に収束していると判断出来る。それゆえ、第1巡目の計算においては、所定の条件を満たさず、必ず分配比決定ステップA4へ進むこととなる。
【0065】
[A4:分配比決定ステップ]
重量分率計算ステップA2においてすでに計算をおこなった前記複数の結晶相の重量分率に基づいて、重畳回折線の回折強度を対応する2個以上に分配する(A4;分配比決定ステップ)。ここでは、体積分率v
kに比例して、重畳回折線の回折強度の分配を行っている。分配比決定ステップA4の後、再び、重量分率計算ステップA2に進む。重量分率計算ステップA2にて、重量分率が計算される。
【0066】
体積分率v
kは、重量分率w
kに基づくものであり、v
k=w
k/d
kより求まる(d
kは密度)。回折線の回折強度は体積分率v
kに比例しており、体積分率v
kに基づいて比例配分するのが適している。体積分率v
kを求めるためには、その結晶相の密度d
kが必要であり、定性分析結果取得ステップS2が取得する結晶相の情報は、その結晶相の密度を含んでいるのが望ましい。
【0067】
重畳回折線の回折強度の分配は、体積分率v
kに比例して行うのが望ましいが、これに限定されることはなく、重量分率w
kに基づいていればよい。例えば、対応する2個以上の結晶相の一部又は全部に密度情報が得られていない場合、分析結果の精度は低下するが、当該密度情報が得られていない結晶相の密度を1.0と仮定すればよい。結晶相すべての密度を1.0とする場合、分配は重量分率w
kに比例して行われることとなる。当該密度情報が得られていない結晶相の密度を、密度情報が得られている他の結晶相の平均値と仮定してもよい。
【0068】
分配比決定ステップA4の操作が終了すると、重量分率計算ステップA2に進む。計算結果判定ステップA3にて、所定の条件を満たすと判断されるまで、分配比決定ステップA4と重量分率計算ステップA2の操作をくり返す。実際の計算においては、5〜10回程度計算をくり返している。
【0069】
以上、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法について説明した。当該実施形態に係る結晶相定量分析法は、以下に説明する通り、格別な効果を奏する。第1に簡便性である。定性分析によって、粉末回折パターンに含まれる回折線の所属が確認でき、複数の結晶相の化学組成さえ分かれば、定量分析を行うことができ、計算が簡単である。第2に独立性である。ICDD-PDFにおけるRIR値、又は結晶構造データベースなど、従来の定量分析方法ではいずれかのデータを必要としていたが、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法では、これらデータを用いることなく定量分析を行うことができる。第3に拡張性である。試料が不純物成分を含む場合であっても、定量分析を行うことが可能となっている。また、PONCS法は、単一結晶相の試料(標準試料)を必要とするが、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法を、PONKCS法に適用することができる。第4に正確性である。当該実施形態に係る結晶相定量分析方法では、粉末回折パターンに含まれる多数の回折線の回折強度を分析に用いており、単一ピークの強度を用いて分析する場合と比較して確度が向上し、配向性のある試料に対しても分析可能である。
【0070】
次に、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法の分析結果について説明する。混合割合が既知である4つの混合試料(第1試料乃至第4試料)を用意し、各混合試料に対して、粉末回折パターンの測定をおこない、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法により、定量分析を実施している。4つの混合試料はすべて、3つの結晶相からなっている(3成分)。
【0071】
図4は、混合試料の回折線データを示す図である。4つの混合試料それぞれに対して、X線回折測定をして、粉末回折パターンが得られている。測定範囲は2θ≦120°である。
図4に、かかる粉末回折パターンに含まれる回折線(反射)の本数と、個々の成分に属する回折線の本数とが示されている。「本」は、プロファイリングフィッティング法を用いて、分解した回折線の本数である。「重」は、重畳回折線の本数である。「%」は重畳回折線の各成分の回折線本数に対する割合である。
【0072】
図4に示す通り、いずれの混合試料においても、重畳回折線が存在している。例えば、第1試料の場合、重畳回折線の総数は10本であり、解析により分解した回折線の総数は73本である。各重畳回折線は2つの結晶相(2つの成分)の回折線が重畳しているので、粉末回折パターンの回折線が完全に分解されれば、回折線は83本となる。
【0073】
図5A乃至
図5Dは、第1試料乃至第4試料の定量分析結果を、それぞれ示す図である。粉末回折パターンには重畳回折線が含まれているので、重畳回折線の回折強度の分配について、第1の分配処理方法(等分割処理:以下、第1の方法)と第2の分配処理方法(体積分率に比例した分配:以下、第2の方法)の両方を用いて、定量分析をおこなっている。なお、これらの定量分析は、測定範囲2θ≦90°のデータを用いて施されている。また、比較のために、リートベルト法と、RIR値を用いるRIR定量法とで、定量分析をおこなっている。混合値は実際の成分の混合割合を示しており、各方法の定量分析結果とその差分が、図には示されている。
【0074】
第1試料は、配向性の強い結晶相(Calcite CaCo
3)を含んでいる。RIR定量法は、配向性の強い結晶相を含む混合試料の定量分析に不向きとされている。
図5Aに示す通り、当該実施形態の分析結果は、第1の方法及び第2の方法ともに、RIR定量法と比較して、小さな誤差で分析できており、当該実施形態は、配向性の強い結晶相を含む試料に対しても、高い精度で定量分析できると考えられる。なお、第1の方法と第2の方法とで、分析結果に大きな差異は表れていない。
【0075】
第2試料は、同程度の散乱能の結晶相を含んでいる。第3試料は、散乱能の強い結晶相を含んでいる。
図5B及び
図5Cに示す通り、当該実施形態の分析結果は、第1の方法及び第2の方法ともに、リートベルト法やRIR定量法と比較して、同程度かそれ以下の誤差であり、良好な結果が示されている。
【0076】
第4試料は、微量成分を含んでいる。かかる場合であっても、第2の方法による分析結果は、リートベルト法と同程度の誤差で、RIR定量法と比較するとより小さな誤差となっている。これに対して、第1の方法により分析結果は、第2の方法と比べて誤差は大きい。微量成分であるAnatase TiO
2が、成分量の多い他の成分の回折線と重畳する場合、対応する重畳回折線の回折強度が均等分配されることによる影響が大きくなっていることによる。反対に、第2の方法では、第1巡目の重量分率の計算において大きな誤差が発生しているにもかかわらず、反復して計算を行うことにより、小さな誤差に収束しており、有効性が確認できる。
【0077】
図6は、定量分析の角度範囲に対する依存性を示す図である。
図6の縦軸は重量分率w
kであり、横軸は定量分析を施す2θの角度範囲を示している。例えば、70°とは、2θ≦70°の角度範囲で分析をおこなっている。
図6(a)は第1の方法による分析結果を、
図6(b)は第2の方法による分析結果を、それぞれ表している。第1試料乃至第3試料についても同様の依存性(図示せず)を確認しているが、いずれの場合も、70°≦2θで収束の兆しが見られ、80°≦2θで充分に収束していると判断出来る。よって、定量分析をおこなう角度範囲は、2θが70°以上となるのが望ましく、80°以上となるとさらに望ましい。
【0078】
図6(b)に示す通り、第2の方法では、2θの角度範囲が50°以下といった小さい角度範囲から分析結果は収束している。これに対して、
図6(a)に示す通り、第1の方法では、2θの角度範囲が50°〜70°の辺りで、重量分率が急峻に変化している。これは、重畳回折線の出現の影響を受けているものと考えられる。以上、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法の分析結果について説明した。
【0079】
次に、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法の理論について説明する。当該実施形態に係る結晶相定量分析方法は、重量因子W
k及び重量分率w
kがそれぞれ、数式3及び数式4で表されることを用いている。数式4は以下の通り、導出される。数式1に表される回折線の積分強度I
jkと、数式4に表される観測積分強度I
obsjkとは、共通のスケール因子Sを用いて、次に示す数式5で表される。
【0081】
測定される2θ範囲における反射に対して、Lp補正が施された観測積分強度のΣI
obsjk/Lp
jkを求め、これと数式1より、v
kは次に示す数式6で表される。
【0083】
d
kを密度とすると、密度d
kはd
k=Z
kM
k/U
kで与えられる。ここで、Z
kは式数(the number of chemical formula unit)である。よって、数式6より、v
kd
kは次に示す数式7で表される。
【0085】
ここで、数式7の分母は、パターソン関数(Patterson function)P(u,v,w)の原点における値を用いて書き換えられる。すなわち、次に示す数式8で表される。
【0087】
ここで、P(0)に比例する量をP
kとすると、P
kは次に示す数式9で近似される。
【0089】
数式9で近似できるのは、X線回折において回折線の積分強度とピーク強度(ピークの高さ)とがほぼ比例関係にあることと同じ理由である。よって、数式9は、次に示す数式10で表される。
【0091】
数式3に表される重量因子W
kは、数式10に表されるv
kd
kに比例している。また、数式4に表される重量分率w
kは、次に示す数式11により定義されるので、数式4が与えられる。
【0093】
よって、重量因子W
k及び重量分率w
kが導出される。以上、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法の理論について説明した。
【0094】
以下、定性分析によって同定されない未知の結晶相を試料に含む場合など、試料に化学組成が不確定である不確定結晶相が含まれる場合であっても、精度よく重量因子W
kを求める方法について説明する。
【0095】
ここで、前述の通り、数式3に示す重量因子W
kは3つの因子からなり、第1因子をS
k=ΣI
obsjk/Lp
jkとし、第2因子(M
k)を第3因子(E
k=Σn
ik2)で除したものを物質パラメータa
k(=M
k/E
k)とすると、数式3に表される重量因子W
kは、次に示す数式12で与えられる。
【0097】
また、数式4に表される重量分率w
kは、次に示す数式13で与えられる。
【0099】
ここで、第1因子S
kは測定(観測)によって求められる物理量であり、物質パラメータa
kは結晶相(物質)に特有の物理量である。それゆえ、物質パラメータを結晶相因子と呼んでもよい。ある物質について、第2因子M
kや、第3因子E
kに含まれる個々の原子に属する電子の個数n
ikを特定できなくとも、物質パラメータa
kを推定することが出来れば、測定より求まる第1因子S
kと物質パラメータa
kとの積を計算することにより、当該結晶相(物質)の重量因子W
kを精度よく求めることが出来る。
【0100】
発明者らは、試料に化学組成が不確定な結晶相(不確定結晶相)が含まれる場合であっても、かかる物質の化学組成は、試料の合成又は試料の取得において、複数の化学組成のいずれかであると想定することが出来る場合は多く、想定される複数の結晶相において、物質パラメータa
kの値のばらつき(標準偏差)は比較的小さいとの知見を得ている。例えば、試料に定性分析によって同定されない未知の結晶相を含む場合、当該未知の結晶相は不確定結晶相である。試料を合成する際に副生成物として合成される未知の結晶相の主な含有元素は推定可能な場合が多く、主な含有元素が推定される場合に、当該不確定結晶相に対して複数の化学組成を想定することが出来る。よって、想定される複数の化学組成よりそれぞれ算出される複数の物質パラメータのうち、最小の値と最大の値との間の値を、当該不確定結晶相の物質パラメータa
kの代用値とすることにより、精度よく重量因子W
kを求めることが出来る。代用値は、最小の値と最大の値との間の中間値であってもよい。代用値は、算出される複数の物質パラメータの平均値であるのがさらに望ましい。
【0101】
[第1の例]
多成分系における1相の不確定結晶相の定量分析を、第1の例として示す。ここで、試料はFe
2O
3−TiO
2系の合成物である。第1の例では、試料が化学組成が不確定な不確定結晶相を含む場合に、当該不確定結晶相を含む試料を定量する。かかる合成を行う場合に、FeTiO
3(Ilmenite)とFe
2TiO
4の生成、及び不確定結晶相のピークの存在を確認している。合成時に使用する試薬より判断して、当該不確定結晶相の主な含有元素は、FeとTi以外には考えられず、当該不確定結晶相は、Fe
2O
3−TiO
2系に関係する化合物と想定される。
【0102】
図7は、本発明にかかる第1の例における、当該不確定結晶相に対して想定される複数の化学組成と対応する物質パラメータa
kを示す図である。図には、当該不確定結晶相として想定されうる7個の化学組成と対応する物質パラメータa
kの値に加えて、これら7個の化学組成の物質パラメータa
kの平均値を、括弧内に記載する標準偏差とともに、示している。標準偏差が0.00632と、物質パラメータa
kの平均値0.10696に対して、7個の化学組成の物質パラメータa
kそれぞれは非常に小さなばらつきとなっている。
【0103】
図8は、本発明に係る第1の例における、各成分の化学組成と物質パラメータa
kと第1因子S
kとを示す図である。図に示す通り、2相の同定済みの結晶相FeTiO
3及びFe
2TiO
4の物質パラメータa
kは既知であるが、不確定結晶相の物質パラメータa
kは不明であるとする。なお、それぞれの第1因子S
kは観測積分強度より求まる。
【0104】
図9は、本発明に係る第1の例における定量分析結果を示す図である。重量分率w
kAVは、
図7に示す物質パラメータa
kの平均値0.10696を、当該不確定結晶相の物質パラメータa
kとし、数式13を用いてそれぞれの重量分率w
kを求める場合(図の第2列)を示している。また、その後の解析で、当該不確定結晶相は、残留Fe
2O
3であることが判明しており、重量分率w
kTrueは、当該不確定結晶相とされた結晶相の物質パラメータa
kをFe
2O
3の物質パラメータa
kの値0.10343とし、数式13を用いてそれぞれの重量分率w
kを求める場合(図の第3列)を示している。両者の差を計算したところ、定量値の誤差は、0.02−0.04%の範囲で、実用上十分に高い精度で定量できていることが明らかである。
【0105】
このように、物質パラメータa
k(結晶相因子)の誤差が重量分率w
kの誤差に与える影響が極めて小さいことを示している。以下に、誤差伝搬の公式からさらに一般的に考え、この結果が妥当であることを考察する。
【0106】
一般に多変数関数y=f(x
1,x
2,x
3・・・x
n)において、変数がそれぞれ誤差σ(x
1),σ(x
2),σ(x
3)・・・σ(x
n)を持つとき、yの誤差σ(y)は、各変数が独立の場合、次に示す数式14で与えられる。
【0108】
ここで、数式13に示す重量分率w
kにおいて、物質パラメータa
kにおける誤差のみを考慮する。数式13を物質パラメータa
kに対して偏微分すると、次に示す数式15を得る。
【0110】
また、数式13をk’≠kとなる物質パラメータa
k’に対して偏微分すると、次に示す数式16を得る。
【0112】
数式14より、物質パラメータa
kの誤差σ(a
k)(kは1〜Kの整数)が重量分率w
kに伝搬したときの、重量分率w
kにおける誤差の大きさσ(w
k)は、次に示す数式17によって推定できる。
【0114】
第1の例では、1相の結晶相の化学組成が不確定であり、他の2相の結晶相は既知である場合としている。すなわち、他の2相の結晶相の化学組成は明らかである。第1の例は、特に3成分系(うち1成分の化学組成が不確定)である。この場合、2相の結晶相は既知であり、これらの物質パラメータa
k(k=1,2)は既知であるために、既知の結晶相に起因する誤差σ(a
1)=σ(a
2)=0であり、不確定結晶相(未確認結晶相)に起因する誤差σ(a
3)を用いて、不確定結晶相の重量分率w
3の誤差σ(w
3)は、次に示す数式18で表すことができる。
【0116】
図7に示す7個の化学組成の物質パラメータa
kの平均値と標準偏差より、a
3=0.10696,σ(a
3)=0.00632を、数式18に代入すれば、w
3=1.39%に対して、σ(w
3)=0.0008=0.08%を得る。また、実際の計算における誤差であるσ(a
3)=0.00353=0.10696(平均値)−0.10343(Fe
2O
3のa
kの値)を用いれば、σ(w
3)=0.00045=0.045%を得る。このように実際の計算結果に近い値となっている。
【0117】
以上の考察により、試料がK相(Kは2以上の整数)の多成分系であり、不確定結晶相が1相(第n相とする)のみ(1,2,3,…,n,…,K)であり、残りの(K−1)相の結晶相が既知である場合、Kの値が2以上のいかなる整数であろうと、不確定結晶相(第n相)に対する定量の誤差σ(w
n)は、次に示す数式19で表される。
【0119】
さらに、誤差σ(w
n)の重量分率w
nに対する割合は、次に示す数式20で表される。
【0121】
なお、一般に不確定結晶相の重量分率w
nは微量で出現することが多く、w
nは数%であり、1−w
nを1と粗く近似できる。よって、粗い近似により、数式20は、次に示す数式21で表される。
【0123】
実際の計算例によれば、σ(a
n)/a
n=0.00353/0.10343=3.4%であり、実際の計算例におけるσ(w
n)/w
n=0.04/1.35=3.0%と、よく一致している。
【0124】
図10は、多成分系における不確定結晶相の定量精度を示す計算値である。数式19を用いて、σ(a
n)/a
nと、w
nとの値が与えられたときの、σ(w
n)を図に示している。1相の不確定結晶相を微小量含む場合の現実的な試料として、σ(a
n)/a
nが6%以下、w
nが3%以下の範囲を考慮すると、σ(w
n)/w
nは最大で6%程度の誤差と見積もることができる。
【0125】
[第2の例]
固溶体の定量分析を、第2の例として示す。ここで、試料はフェライト(Ferrite)である。フェライトは、酸化鉄を主成分にコバルトやニッケル、マンガンなどを混合焼結した磁性体であり、重要な電子材料として使用される。その合成方法に関して、多数の研究成果が報告されている。フェライトは、スピネル型結晶構造を持ち、AFe
2O
4(Aは、Mn,Co,Ni,Cu,Znなど)の組成式で表される。製造過程における品質管理と同様に、研究開発途上における各結晶相の定量分析は、次に示すステップにおける様々な判断において必要な情報を提供する。
【0126】
ある合成実験において、Fe
2O
3(magnetite)の焼成によって生成するα−Fe
2O
3をZnO粉末と1:1のモル比で混合し、さらに、その混合物を700℃で3時間焼成し、生成物をX線粉末回折法で調べている。その結果、ZnFe
2O
4の生成が認められ、同時に未反応のα−Fe
2O
3及びZnOの回折線も観測されている。ここで、生成されるZn−フェライトは、完全なZnFe
2O
4の化学組成というよりも、(Zn
xFe
1−x)Fe
2O
4と考えられ、Zn−フェライトは化学組成が不確定である不確定結晶相である。残留化合物(α−Fe
2O
3及びZnO)もあることから、未知数xに関しては、格子定数の精密測定などを実施しなければ化学的な分析では一般にほぼ不可能である。にもかかわらず、数式13を用いてそれぞれの重量分率w
kを求めることにより、定量分析を可能としている。
【0127】
図11は、本発明の第2の例に係る関連化合物の物質パラメータa
kの値を示す図である。ZnO及びα−Fe
2O
3それぞれの物質パラメータa
kに加えて、Zn−フェライト(Zn
xFe
1−x)Fe
2O
4においてxの値を0から1まで変化させたときの物質パラメータa
kの値が図に示されている。
【0128】
図12A及び
図12Bは、本発明の第2の例における定量分析結果を示す図である。
図11に示す物質パラメータa
kの値を用いて求まる各相の重量分率w
kが、x=0,0.2,0.4,0.6の場合については
図12Aに、x=0.8,1の場合については
図12Bに、それぞれ示されている。
図12A及び
図12Bに示す通り、物質パラメータa
kの値の変動がx=0とx=1との間で、0.00525、すなわち約5%もあるにもかかわらず、定量結果(重量分率w
k)の差は両者間で最大で0.19%に過ぎない。初期混合試料のモル比が1:1であり、残留α−Fe
2O
3やZnOの重量分率w
kの値が小さいことから、生成されるZn−フェライト(Zn
xFe
1−x)Fe
2O
4のxの値は1の近傍であると考えられる。x=0.8とx=1.0とのZn−フェライトの重量分率w
kの誤差は0.03%であり、観測誤差の範囲にある。よって、数式13に固溶体の物質パラメータa
kを代入することにより、xの値が同定されていない場合であっても、実質的な問題が発生することなく、定量分析を行うことができる。
【0129】
第2の例における重量分率w
kの誤差について、以下に考察する。第1の例と同様に、第2の例は、3成分系であり、1相が固溶体であり、化学組成が不確実である不確定結晶相であり、残りの2個の結晶相は既知である。よって、第1の例と同様に、数式19(又は数式18)を適用できる。
図12Bに示す通り、x=0とx=1との物質パラメータa
kの差であるΔa
k=0.00525とすれば、数式19より、σ(w
n)=0.9619・(1−0.9619)(0.00525/0.09612)=0.0020=0.20%となる。この値は、実際の定量分析結果における誤差の大きさ0.19%とよく一致している。
【0130】
[第3の例]
二相共存相の定量分析を、第3の例として示す。ここで、試料はPZT(PbZr
1−xTi
xO
3)である。PZTは、高い誘電率と優れた圧電・焦電特性を有しており、最も重要な強誘電体薄膜材料の一つであり、ペロブスカイト型の結晶構造を持つ。PZTを合成する方法として、PZ(PbZrO
3)とPT(PbTiO
3)の混合物を焼成して作る方法が知られている。ある報告では、この焼成過程では、850℃にてPZT固溶体の低温安定相であるパイロクロア相(化学組成はA
2B
2O
7)が観測され、さらに1100℃にてペロブスカイト相が観測され、さらに温度が上昇するとともにパイロクロア相が消失し、1300℃にてペロブスカイト相のみとなることが報告されている。なお、Pbは焼成過程で揮発しやすいため、一般に過剰のPbOを混ぜて焼成することが行われる。
【0131】
この焼成過程では、2種のABO
3型(PZ+PT)が共存中に、A
2B
2O
7型が出現し、さらに昇温と共に初期の2種のABO
3型が消失し、同時に新たなAB
1−xC
xO
3型が出現する。その間、A
2B
2O
7型とAB
1−xC
xO
3型は、共存状態として存在している。さらに、ABO
3型に比べて、陽イオン欠損ともいえるA
2B
2O
7型が途中に存在しており、状況をさらに複雑にしている。このような焼成反応過程を、同定によって存在する結晶相を追いかけることは可能であるが、定量的な分析は一般に困難であった。にもかかわらず、以下に示す通り、二相共存相の定量分析が可能となる。
【0132】
図13は、本発明の第3の例に係る関連化合物の物質パラメータa
kの値を示す図である。ペロブスカイト型と、パイロクロア型(酸素欠損モデルと、酸素欠損及び陽イオン欠損モデル)と、それぞれにおける化合物の物質パラメータa
kの値が図に示されている。第3の例に係る試料は、ペロブスカイト相(ペロブスカイト型)とパイロクロア相(パイロクロア型)の2相の結晶相を含んでいるが、かかる2相はともに化学組成が不確定であり、一方を第1結晶相、他方を第2結晶相とすることが出来る(第1結晶相と第2結晶相はともに不確定結晶相)。合成実験は、物性的に優れたx=0.5近傍で行われていることより、ペロブスカイト型、及びパイロクロア型それぞれにおいて、x=0.4,0.5,0.6としている。なお、ペロブスカイト型において例えばxの値が0.4である時に、パイロクロア型において0.8となり、数値は2倍になる。結晶全体における電荷の中性性(neutrality)を考慮すると、パイロクロア型において、酸素7個に対してPbの一部が2価から3価になっている可能性が考えられる。また、一般に酸素欠損モデルが考慮されており、本試料においては揮発しやすいPbに関して陽イオン欠損の可能性も考慮されうる。そこで、パイロクロア型に関しては、xの値の変化とともに、酸素欠損モデル、及び酸素欠損に陽イオン(Pb)欠損をさらに加えるモデルを考慮している。合成においては。Pbの揮発を考慮して、20%の過剰なPbOが加えられている。そこで、本件では、Pbが10%欠損したモデルを考慮している。
【0133】
図14は、本発明の第3の例における定量分析結果を示す図である。
図13に示す物質パラメータa
kの値を用いて求まる各相の重量分率w
kが、
図14に示されている。Pbは非常に重い原子であり、Pbの割合は物質パラメータa
kの値に大きな影響を与える。にもかかわらず、Pbの量が10%変動しても、物質パラメータa
kへの影響は2.3%に過ぎず、物質パラメータa
kの差が重量分率w
kに与える影響はわずかに0.5%程度に過ぎない。なお、ここでZr/Tiの比の影響は0.01%に過ぎず、十分に小さい。よって、試料に、2相の不確定結晶相(第1結晶相及び第2結晶相)が含まれる場合であっても、それぞれの物質パラメータa
kを推定することにより、精度よく定量分析が出来ている。
【0134】
第3の例における重量分率w
kの誤差について、以下に考察する。第3の例では、最終生成物のペロブスカイト型結晶相の化学組成は比較的確かであるが、中間生成物のパイロクロア型結晶相の化学組成に、酸素欠損、陽イオン欠損の可能性が高くなっている。なお、それゆえ、実際の合成では陽イオンの欠損を防ぐためにPbOを増量している。第3の例にかかる重量分率w
kにおける誤差σ(w
k)は、数式17を用いて推定する。
【0135】
図13より、ペロブスカイト型に対して物質パラメータa
k=0.04081±0.00003、パイロクロア型に対して物質パラメータa
k=0.04219±0.00096を用いることとする。これらの値を数式17に代入すれば、重量分率w
kにおける誤差σ(w
k)=0.0050=0.50%を得る。この値は、
図14に示す重量分率w
kの差0.54%〜0.55%とよく一致している。
【0136】
[第4の例]
鉱物資源の定量分析を、第4の例として示す。ここで、試料は鉱物資源である。採掘される鉱物資源の鉱物種に関する同定と定量分析は、どのような精錬工程を採用するかの判断材料となり、それが精錬コスト等に効いてくるため、極めて重要な分析である。一方、天然鉱物は組成が複雑であり、バルクの化学組成を蛍光分析等で明らかにするのは容易であるが、採掘された複数種の鉱物が混在した状態で、個々の鉱物種それぞれに化学組成を明らかにすることは、鉱物種毎の分離等を必要とするため、コストと時間の両面で現実的ではない。
【0137】
ここでは、鉱物資源の定量分析の例として、試料は、層状ケイ酸塩鉱物である採掘試料とする。かかる採掘試料は、層状ケイ酸塩鉱物であるmuscovite,biotite,α−quartzが共生(paragenesis)している。試料は、化学組成が不確定なmuscovite及びbiotiteを含んでおり、一方を第1結晶相、他方を第2結晶相とする(第1結晶相及び第2結晶相はともに不確定結晶相)ことが出来る。結晶では、四面体サイト(4配位席)、八面体サイト(6配位席)等を占める陽イオンの種類と構成比には制限がある。大きな陽イオンは、四面体サイトとなるのが困難であれば、構造をより安定なものとするため、より大きな八面体サイトに移行する傾向があり、天然鉱物においてもかかる傾向となる。ただし、各サイトを占める陽イオンの種類は微量成分を含めて多種にわたる。ほとんどの天然鉱物は、産地ごとに化学分析がなされて報告されており、各サイトを占めうる陽イオンの個数の範囲は知られている。
【0138】
図15は、本発明の第4の例に係る鉱物種の化学組成、第2因子(化学式量M
k)の値、第3因子(E
k)の値、及び物質パラメータa
kの値をそれぞれ示す図である。鉱物種が、muscovite,biotite,α−quartzである場合は、
図15に示す範囲であると想定されうる。ケイ酸塩鉱物の場合、構造の骨格を形成する四面体サイトのSi:Alの比(
図15に示す化学組成のうち(Si
xAl
y)として記す部分)により、残る八面体サイトの陽イオンの種類と個数が規定される。
図15に示すmuscovite及びbiotiteは、天然物のうち、四面体サイトのSi/Al比が最大と最小に属する両極端の組成であり、
図15には、それらの物質パラメータa
kの値と、物質パラメータa
kの平均値とが、それぞれ示されている。
【0139】
図16A及び
図16Bは、本発明に係る第4の例における定量分析結果を示す図である。
図16A及び
図16Bに示す定量例1乃至5はそれぞれ、muscoviteのSi/Al比が最小の場合の物質パラメータa
kとbiotiteのSi/Al比が最大の場合の物質パラメータa
kとの組み合わせ、muscoviteのSi/Al比が最大の場合の物質パラメータa
kとbiotiteのSi/Al比が最小の場合の物質パラメータa
kとの組み合わせ、muscoviteのSi/Al比が最小の場合の物質パラメータa
kとbiotiteの物質パラメータa
kの平均値との組み合わせ、muscoviteのSi/Al比が最小の場合の物質パラメータa
kとbiotiteのSi/Al比が最小の場合の物質パラメータa
kとの組み合わせ、及びmuscoviteのSi/Al比が最大の場合の物質パラメータa
kとbiotiteのSi/Al比が最大の場合の物質パラメータa
kとの組み合わせを示している。
図16A及び
図16Bに、上記5件の定量例それぞれの各鉱物種の物質パラメータa
kより数式13を用いて求まる重量分率w
kが示されており、さらに、上記5件の定量例の重量分率w
kの平均値及びその平均値に対する標準偏差の大きさ(最大で0.14%)より、個々の鉱物種それぞれに化学組成を明らかでない場合であっても、高い精度で鉱物資源の定量分析が出来ている。よって、第3の例と同様に、試料に、2相の不確定結晶相(第1結晶相及び第2結晶相)が含まれる場合であっても、それぞれの物質パラメータa
kを推定することにより、精度よく定量分析が出来ている。なお、
図16A及び
図16Bに示す通り、化学組成に変動がないα−quartzの重量分率w
kに関しては、他の2成分の物質パラメータa
kの変動の影響をほとんど受けていない。
【0140】
第4の例における重量分率w
kの誤差について、以下に考察する。第3の例と同様に、第4の例にかかる重量分率w
kにおける誤差σ(w
k)は、数式17を用いて推定する。ここで、化学組成に変動がないα−quartzの誤差σ(a
k)は0である。
図15より、muscoviteに対して物質パラメータa
k=0.17973±0.00079、biotiteに対して物質パラメータa
k=0.15695±0.00086を用いることとする。これらの値を数式17に代入すれば、muscoviteに対して重量分率w
kにおける誤差σ(w
k)=0.0016=0.16%を、biotiteに対して重量分率w
kにおける誤差σ(w
k)=0.0012=0.12%を、それぞれ得る。この値は、
図16Bに示す標準偏差0.14%とよく一致している。
【0141】
第1乃至第4の例における重量分率w
kの誤差に対する考察より、誤差の伝搬公式に基づく数式17より、物質パラメータa
kの不確定さに起因する重量分率w
kの誤差の大きさσ(w
k)を見積もることが出来るのは明らかである。多成分系の試料において1相のみ(第n相とする)物質パラメータa
kが不確定な場合、σ(w
k)は数式19より見積もることができる。また、多成分系の試料において、各相が似たような化学組成を持つ場合には、各相の物質パラメータa
k(kは1〜Kの整数)はすべて代表値a
kavと仮定することができ、σ(a
k)(kは1〜Kの整数)に対しても同様に代表値σ(a
kav)と仮定することができる。この場合、数式17に示す重量分率w
kの誤差の大きさσ(w
k)は、次に示す数式22で書き換えられる。
【0143】
[第5の例]
セメントと鉄鋼スラグの混合物の定量分析を、第5の例として示す。かかる混合物において、セメントは容易に同定することができる場合であっても、鉄鋼スラグは多数の成分により構成されており、鉄鋼スラグが複数相の不確定結晶相となる場合がある。ここで、化学組成が不確定な不確定結晶相は、結晶相を同定することができなかった場合に加えて、同定できたように見えても曖昧性が残る場合を含んでいる。第5の例は、試料に化学組成が不確定である複数相の不確定結晶相(複数相の未同定の結晶相)が含まれ、当該複数相の不確定結晶相全体の化学組成が確定される場合を示しており、複数相の不確定結晶相を1つのグループにまとめて解析し、その際に必要となる当該1つのグループに対する物質パラメータの値を求める方法を提供する。
【0144】
試料がK相(Kは3以上の整数)の多成分系であり、複数相の不確定結晶相を含んでいる。同定された結晶相のグループをグループG1と、不確定結晶相のグループをグループG2とする。ここで、グループG1に属する結晶相の相数をK
G1(K
G1は1以上の整数)と、グループG2に属する結晶相の相数をK
G2(K
G2は2以上の整数)と、する(K
G1+K
G2=K)。第5の例では、グループG1に属する結晶相をそれぞれ個別に取り扱い、グループG2に属する複数相の結晶相をひとくくりに取り扱う。グループG2全体の重量分率をw
G2とすると、重量分率w
G2は、数式13より次に示す数式23で与えられる。
【0146】
グループG2に属する複数相の結晶相は不確定結晶相であるので、個々の結晶相の第1因子S
k(=ΣI
obsjk/Lp
jk)を求めることはできない。しかしながら、グループG2に属するすべての結晶相に対する第1因子S
kの和であれば求めることが可能である。それゆえ、グループG2に属する複数相の結晶相全体の重量因子W
G2を、次に示す数式24により定義する。
【0148】
ここで、a
G2は、グループG2全体に対する物質パラメータである。a
k’S
k’=W
k’であること(数式12)及び数式13を用いて、数式24より、物質パラメータa
G2は次に示す数式25により示される。
【0150】
数式25の真ん中の式は、物質パラメータa
G2が、グループG2に属する複数相の不確定結晶相それぞれの物質パラメータa
k’に対して、第1因子S
k’による加重平均を施すことにより、求まることを示している。そして、数式25の右の式は、重量分率w
k’を用いても、物質パラメータa
G2を計算することを示している。数式23に数式24を代入することにより、数式23は次に示す数式26に書き換えられ、数式26を用いて重量分率w
G2を求めることができる。
【0152】
また、グループG1に属する結晶相の重量分率w
k(kは1〜K
G1の整数)は、数式13と数式24より、次に示す数式27により求めることができる。
【0154】
しかしながら、グループG2に属する不確定結晶相の第1因子S
k’も重量分率w
k’も(k’は(K
G1+1)〜Kの整数)判定されておらず、このままでは、物質パラメータa
G2を求めることができない。しかし、もしグループG2全体の化学分析値が求まり、化学分析値よりグループG2全体に対する化学式が導かれる(確定される)のであれば、物質パラメータa
G2を求めることができる。
【0155】
図17は、本発明の第5の例に係るグループG2に属する結晶相の化学組成、化学式量M
kの値、物質パラメータa
kの値、及び重量分率w
kの値を示す図である。ここでは、グループG2に属する不確定結晶相が5相である場合を仮定しているが、これに限定されることはなく、鉱物の選択及びそれらの重量分率w
kは任意に選択すればよい。また、グループG1に属する結晶相全体の重量分率w
G1及びグループG2に属する結晶相全体の重量分率w
G2は、w
G1=w
G2=0.5と仮定している。
【0156】
図13に示す各値を用いて、グループG2に属する結晶相全体の化学式を計算することができる。どの原子またはどの成分の分子式(化学式)を基準にしてもよいが、ここでは、Corundum(Al
2O
3)を基準にして、因子fを次に示す数式28にて定義する。
【0158】
グループG2に属する各結晶相の各原子の個数に因子fを乗じることにより、グループG2に属する結晶相全体に含まれる全原子の相対数(相対個数)を計算することができる。
【0159】
図18は、本発明の第5の例に係るグループG2に属する結晶相の因子fの値、及び結晶相に含まれる個々の原子の相対数(相対個数)の値を示す図である。
図18に示す個々の原子の相対数を修正することにより、Ca=4.73565,Si=5.76172, Al=2,Fe=3.30272,Mg=1.26468,O=24.92739、がそれぞれ得られる。グループG2に属する結晶相全体の化学式を求めると、当該化学式は、Ca
4.74Si
5.76Al
2Fe
3.30Mg
1.26O
24.93となる。この化学式の化学式量(分子量)M
G2は、M
G2=1019.60871であり、物質パラメータa
G2は、a
G2=0.138315である。以上説明したグループG2に属する結晶相全体の化学式より求まる物質パラメータa
G2の値は、
図17に示す各結晶相の物質パラメータa
k及び重量分率w
kの値を用いて、数式25より求まる物質パラメータa
G2の値と完全に一致する。よって、グループG2に属する結晶相全体の化学式を実験的に判定できれば、物質パラメータa
G2の値が求まることが示されている。
【0160】
試料がセメントと鉄鋼スラグの混合物である第5の例において、セメントの成分は比較的同定しやすい。これに対して、鉄鋼スラグは多種の鉱物が含まれうるので、それら結晶相の同定は容易ではない。セメントに含まれる主要鉱物の回折線を同定し、同定される結晶相をグループG1に属するものとして分類する。同定される各結晶相に対応する回折線は、前述の通り個別に取り扱われる。これに対して、鉄鋼スラグは複数相の不確定結晶相を含み、鉄鋼スラグに派生すると考えられる回折線を、グループG2に属する複数相の結晶相に対応するものとして分類する。グループG2に属する複数相の不確定結晶相それぞれは未同定であるので、これら回折線を各結晶相に分解する(区別する)ことはできないが、前述の通り、グループG2に属する複数相の不確定結晶相に対応するこれら回折線に対して、第1因子S
kの和を求めることは、技術的に十分可能である。
【0161】
また、鉄鋼スラグに関しては、試料の出所により化学組成に特徴があり、鉄鋼スラグ全体に対する化学分析値が多数報告されている。これら化学分析値より、鉄鋼スラグ(グループG2に属する複数の結晶相)全体の化学式を導き、それに対して物質パラメータa
G2を求めることができる。よって、数式26及び数式27を用いて、セメントの主要鉱物それぞれ、及び鉄鋼スラグ(複数相の不確定結晶相の集合体)の重量分率を求めることができる。
【0162】
[第6の例]
多成分系における1相(単相)の不確定結晶相の定量分析を、第6の例として示す。例えば、第1の例において、試料に1相の不確定結晶相が含まれる場合に、かかる結晶相の物質パラメータa
kを求める方法を示している。第6の例では、試料に化学組成が不確定である結晶相(不確定結晶相)が含まれ、試料全体の化学組成が確定される場合に、不確定結晶相の物質パラメータを推定する方法を示す。
【0163】
第5の例において、グループG2に属する複数相の不確定結晶相をひとくくりに取り扱い、グループG2に属する複数の結晶相全体の化学式(化学組成)を、数式25を用いて推定する方法を示している。その手法を、第6の例に係る試料全体に適用する。ここで、試料全体の物質パラメータをa
Gとする。試料に含まれる結晶相の相数をK(Kは2以上の整数)として、数式25を参照に、物質パラメータa
Gは次に示す数式29で示される。
【0165】
ここで、複数相の結晶相の重量分率w
k’の和が、規格化条件Σw
k’=1(k’について1〜Kまでの和)を満たすことを用いている。試料に含まれるK相の結晶相のうち、K番目の結晶相が不確定結晶相であるとし、不確定結晶相の物質パラメータa
Kをa
UKとし、重量分率w
Kをw
UKとする。数式29を用いて、物質パラメータa
UKは、次に示す数式30で示される。
【0167】
一般に合成時のバッチ化学式(化学組成)は、何を出発原料として混ぜたか分かっている。合成中に揮発あるいは混入がないと仮定すれば、その化学組成から物質パラメータa
Gを求めることができる。また、必要であれば、例えば、蛍光X線分析などを実施することにより、試料全体の化学式を求めることができる。数式30において、重量分率w
UKが未知であるので、以下に示す物質パラメータa
UKの計算方法により、物質パラメータa
UKを計算する。
【0168】
図19は、本発明の第6の例に係る重量比計算ステップS4の一例を示すフローチャートであり、物質パラメータa
UKの計算方法を示している。解析部2の重量比計算部24は、初期値物質パラメータ計算部25a、物質パラメータ計算部25b、及び計算結果判定部25cを備えており、これらは、以下に説明する重量比計算ステップS4の各ステップを実行する手段である。
【0169】
[ステップa:初期値物質パラメータ計算ステップ(p=1)]
不確定結晶相の物質パラメータの初期値を用いて、複数相の結晶相それぞれの重量分率を計算し、試料全体の物質パラメータと、複数相の結晶相のうち、不確定結晶相以外の結晶相の物質パラメータと、算出された複数の結晶相それぞれの重量分率と、を用いて、不確定結晶相の物質パラメータを計算する(a:初期値物質パラメータ計算ステップ)。ここで、物質パラメータa
UKの初期値を、a
UK=a
Gとし、各結晶相それぞれの重量分率w
kを数式13を用いて求める。次に、物質パラメータa
UKを、数式30を用いて求める。当該ステップを、第1サイクル(p=1)と称することとする。ここで、物質パラメータa
UKの初期値として、物質パラメータa
Gを用いる。物質パラメータa
Gを初期値とするのが望ましいが、これに限定されることはなく、他の値を初期値としてもよい。
【0170】
[ステップb:物質パラメータ計算ステップ(p≧2)]
すでに算出された不確定結晶相の物質パラメータを用いて、複数相の結晶相それぞれの重量分率を計算し、試料全体の物質パラメータと、複数相の結晶相のうち、不確定結晶相以外の結晶相の物質パラメータと、算出された複数相の結晶相それぞれの重量分率と、を用いて、不確定結晶相の物質パラメータを計算する(b:物質パラメータ計算ステップ)。すでに算出された物質パラメータa
UKを用いて、各結晶相それぞれの重量分率w
kを数式13により求める。次に、物質パラメータa
UKを、数式30を用いて求める。なお、第1順目における数式13の計算において、ステップa(第1サイクル)において求めた物質パラメータa
UKが用いられる(第2サイクル:p=2)。第q順目(q=p−1≧2)における数式13の計算において、第(q−1)順目のステップbにおいて求めた物質パラメータa
UKが用いられる(第(q+1)サイクル:p=q+1)。
【0171】
[ステップc:計算結果判定ステップ]
物質パラメータ計算ステップにより計算された不確定結晶相の物質パラメータが、所定の条件を満たしているか否かを判定する(c:計算結果判定ステップ)。ステップbにおいて求めた物質パラメータa
UKが十分に収束しているか否かを判定し、十分に収束していれば終了し、十分に収束していなければ、ステップbを再度実行する。十分に収束しているか否かの判定条件は、ユーザが適宜決定すればよい。例えば、第1順目において、ステップaで求めた物質パラメータa
UKと第1順目のステップbで求めた物質パラメータa
UKとの差分(第1サイクルと第2サイクルとの差分)が所定の値以下である場合に、十分に収束していると判断される。第q順目(q=p−1≧2)において、第(q−1)順目のステップbで求めた物質パラメータa
UKと第q順目のステップbで求めた物質パラメータa
UKとの差分(第qサイクルと第(q+1)サイクルとの差分)が所定の値以下である場合に、十分に収束していると判断される。
【0172】
図20A及び
図20Bは、本発明の第6の例に係る物質パラメータa
UKの計算方法の計算結果を示す図である。第6の例に係る混合試料は、第5の例に係る鉄鋼スラグ(グループG2に属する5相の結晶相)と同じものを仮定している。第5の例では、グループG2に属する複数相の結晶相全体の重量分率w
G2=0.5であったが、第6の例では、試料全体を構成する。よって、
図20Aに示す各結晶相の重量分率w
kは、
図17に示す各結晶相の重量分率w
kを2倍したものとなっている。
図20Aに示す5相の結晶相のうち、1番目〜4番目の結晶相を既知の結晶相と、5番目の結晶相(Periclase:MgO)を不確定結晶相と仮定している。
【0173】
ここで、試料全体の化学分析値が得られ、試料全体の化学式が導かれ、それに対して物質パラメータa
Gが求まるとしている。求められた物質パラメータa
Gは0.138315である。第1サイクル(ステップa)では、不確定結晶相である5番目の結晶相の物質パラメータa
UKを、a
UK=a
G=0.138315とし、各結晶相の重量分率w
kを求めている。
図20Aの「第1」(第6列)に、物質パラメータa
UKの値と、それに基づき計算される各結晶相の重量分率w
kがそれぞれ示されている。
図20Aの「第2」(第7列)に、第1サイクルより求まる物質パラメータa
UKの値と、それに基づき計算される各結晶相の重量分率w
kがそれぞれ示されている。第3サイクル以降も同様である。
図20Bに示す通り、第11サイクルに示す物質パラメータa
UKの値は、Periclaseの物質パラメータa
kの値に十分に近づいている。
【0174】
以上、試料に化学組成が不確定である結晶相(不確定結晶相)が含まれ、試料全体の化学組成が確定される場合に、不確定結晶相の物質パラメータを反復計算により推定する方法を示した。不確定結晶相の物質パラメータを推定する方法はこれに限定されることはなく、以下に、不確定結晶相の物質パラメータを反復計算ではなく直接推定する方法を示す。試料に、同定される少なくとも1相以上の結晶相(既知の結晶相)と、化学組成が不確定である1相の不確定結晶相とが含まれ、試料全体の化学組成が確定されている。第5の例において、グループG2に属する複数の結晶相全体の重量因子W
G2を示す数式24を、第6の例に係る試料全体に適用すると、試料全体の重量因子(すなわち、W=1)は、次に示す数式31で示される。
【0176】
ここで、a
Gは前述の通り、試料全体の物質パラメータである。K相の結晶相のうち、第K番目の結晶相を不確定結晶相とすると、不確定結晶相の物質パラメータa
UK及び第1因子S
UKにより、数式31は次に示す数式32に書き換えられる。
【0178】
数式32より、物質パラメータa
UKを、次に示す数式33により表すことができる。
【0180】
試料全体の化学組成が確定されるので、その化学組成より物質パラメータa
Gは求まる。また、K相の結晶相のうち、不確定結晶相は、第K相の結晶相のみであるので、第K相の結晶相の第1因子S
K(=S
UK)は、観測される回折線のうち、すでに同定されている第1相〜第(K−1)相の結晶相に属すると同定された回折線以外の回折線より求まる。よって、不確定結晶相の物質パラメータa
UKは、数式33より直接求まる。
【0181】
反復計算により物質パラメータa
UKを求める上記例の試料と同様に、ここで、試料を、
図20Aに示す5相の結晶相のうち、1番目〜4番目の結晶相を既知の結晶相と、5番目の結晶相(Periclase:MgO)を未知の結晶相と仮定する。
図20Aに示す物質パラメータa
kと第1因子S
kを用いて、未知の結晶相の物質パラメータa
UKを、数式33より求める。その結果、物質パラメータa
UKは、a
UK={0.138315×(559.3458+207.4771+100+474.4313+49.6324)−(0.137575×559.3458+0.185447×207.4771+0.192380×100+0.101374×474.4313)}/49.6324=0.193814、となる。
【0182】
すなわち、不確定結晶相の物質パラメータを直接推定する当該方法では、
図19に示す反復計算は不要であり、1回の物質パラメータ計算ステップ(ステップb)のみで、不確定結晶相の物質パラメータを計算することができる。すなわち、重量比計算手段は、不確定結晶相の物質パラメータを、試料全体の物質パラメータと、同定される少なくとも1相以上の結晶相及び不確定結晶相の第1因子と、同定される少なくとも1相以上の結晶相の物質パラメータを用いて、計算する、物質パラメータ計算手段を、備えている。
【0183】
なお、第6の例は、試料に化学組成が不確定である結晶相(不確定結晶相)が1相含まれる場合について示している。試料に不確定結晶相が複数相含まれる場合であっても、それら複数相の不確定結晶相が1つのグループに属するものとし、複数相の不確定結晶相全体に対して、第6の例と同様に、物質パラメータa
UK及び重量分率w
UKを計算すればよい。
【0184】
複数相の不確定結晶相の物質パラメータを反復計算により推定する方法では、試料に、同定される1相以上の結晶相と、化学組成が不確定である複数相の不確定結晶相とが含まれ、試料全体の化学組成が確定される場合に、重量比計算手段は、すでに算出された複数相の不確定結晶相全体の物質パラメータを用いて、同定される1相以上の結晶相それぞれの重量分率と、複数相の不確定結晶相全体の重量分率と、を計算し、試料全体の物質パラメータと、同定される1相以上の結晶相の物質パラメータと、算出された同定される1相以上の結晶相それぞれの重量分率及び複数相の不確定結晶相全体の重量分率と、を用いて、複数相の不確定結晶相全体の物質パラメータを計算する、物質パラメータ計算手段を、備える。
【0185】
複数相の不確定結晶相の物質パラメータを直接推定する方法では、試料に、同定される1相以上の結晶相と、化学組成が不確定である複数相の不確定結晶相とが含まれ、試料全体の化学組成が確定される場合に、重量比計算手段は、複数相の不確定結晶相全体の物質パラメータを、試料全体の物質パラメータと、同定される少なくとも1相以上の結晶相の第1因子と、複数相の不確定結晶相全体の第1因子と、同定される少なくとも1相以上の結晶相の物質パラメータを用いて、計算する、物質パラメータ計算手段を、備える。
【0186】
[第7の例]
以上、試料が不確定結晶相を含む場合について示した。第7の例では、試料に含まれる複数の結晶相が同定されている場合について示す。化学組成(化学式)が同一な多形である複数の結晶相からなる試料の定量分析を、第7の例に示す。試料が、化学組成が同一な多形である複数の結晶相からなる場合、物質パラメータa
kは互いに等しい値となる。それゆえ、数式13を用いて重量分率w
kを計算する際に、各結晶相の物質パラメータa
kを共通の代用値(例えば、a
k=1)とすることにより、より簡便に計算することができる。かかる場合、重量因子W
kは、数式12よりW
k=S
kとしてもよく、第1因子S
kを重量因子W
kとして、重量因子W
kに基づいて、複数の結晶相の重量比を計算すればよい。また、かかる場合、数式13は、次に示す数式34に書き換えられる。
【0188】
数式34により、1の結晶相の重量分率w
kは、該1の結晶相の第1因子S
k(重量因子)の、複数の結晶相の第1因子S
k(重量因子)の和に対する比を計算することにより、計算すればよい。
【0189】
定性分析結果取得手段は、複数の結晶相の情報を取得する。重量比計算手段は、定性分析結果取得手段が取得した複数の結晶相における第1因子を重量因子し、該重量因子に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する。
【0190】
以上、本発明の実施形態に係る結晶相定量分析装置、結晶相定量分析方法、及び結晶相定量分析プログラムについて説明した。本発明は、上記実施形態に限定されることなく、広く適用することが出来る。例えば、上記実施形態における粉末回折パターンは、X線回折測定によって得られたものであるが、これに限定されることはなく、中性子回折測定など他の測定によるものであってもよい。また、粉末回折パターンに含まれる回折線の判別や、重畳又は近接する回折線の強度の分配など、必要に応じて様々な近似が考えられる。上記実施形態における結晶相定量分析方法では、複数の結晶相の重量比を計算しているが、かかる重量比に基づいてモル比など他の量比を計算していてもよい。
【0191】
[関連技術]
試料に化学組成が不確定な結晶相を含む場合であっても、当該結晶相の物質パラメータを推測することが出来る。本発明の実施形態において示す通り、例えば、X線回折定量分析において、数式3に示す通り、結晶相の重量因子W
kの算出には、X線回折測定によって得られる物理量である第1因子に加えて、定性分析によって同定される結晶相(物質)に特有の物理量である第2因子M
kや第3因子E
kが必要となる。しかしながら、実際には、上記に第1乃至第6の例として示す通り、対象となる複数の結晶相のうち1又は複数の結晶相において、化学組成が不確定であれば、第2因子M
kや第3因子E
kを特定することは一般に困難である。従来、第2因子M
kや第3因子E
kの推定が出来ないことにより、試料に化学組成が不確定な結晶相を含む場合に、精度の高い分析をすることは困難であった。しかしながら、発明者らは、化学組成が不確定な結晶相(不確定結晶相)が単相又は複数相、試料に含まれる場合であっても、かかる結晶相に対して想定される複数の化学組成それぞれより算出される複数の物質パラメータのばらつきが小さいとの知見を発明者らは得ている。それゆえ、不確定結晶相に対して、複数の化学組成のいずれかに想定することが出来る場合には、当該複数の化学組成それぞれより算出される複数の物質パラメータより、代用値を選択し、かかる代用値を当該不確定結晶相の物質パラメータとして推定することが出来る。化学組成が不確定である結晶相がN相(Nは2以上の整数)ある場合においても、かかる結晶相(第1乃至第N結晶相)それぞれの物質パラメータを推定すればよい。ここで、代用値は、当該複数の物質パラメータのうち、最小の値と最大の値との間の値であるのが望ましい。代用値は、最小の値と最大の値との間の中間値であってもよい。代用値は、算出される複数の物質パラメータの平均値であるのがさらに望ましい。本発明の実施形態のように、不確定結晶相の物質パラメータを推定できることにより、高い精度のX線回折定量分析が可能となるし、他の分析においても有用な情報を提供することが出来る。
選択されるX線光学系の測定をユーザが容易に理解することが可能なX線分析の操作ガイドシステム、操作ガイド方法、及び操作ガイドプログラムの提供。試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する定性分析結果取得手段と、複数の結晶相における、ローレンツ−偏向因子に対する補正が施された回折強度の和と、化学式量と、化学式単位に含まれる原子それぞれに属する電子の個数の2乗の和と、に基づいて、前記複数の結晶相の重量比を計算する重量比計算手段と、を備える。