【実施例】
【0027】
I.眼房水中アルブミンと薬物との結合
1.方法
1)各患者由来の眼房水サンプルにおける眼房水中アルブミン濃度の測定
白内障患者26人から採取した眼房水サンプル各20μLを、pH=7.4 リン酸バッファー 60μLにて4倍希釈し、そのすべてを『コバス用消耗品 コバスカップwith HOLE』に移し、『コバス コバス試薬 U-ALBII』を試薬として用い『コバス インテグラ400プラス』で測定を行った。
使用した機器
・ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社 ディスクリート方式臨床化学自動分析装置
『コバス インテグラ400プラス』
使用した試薬
・ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社 コバスシステム アルブミンキット
『コバス コバス試薬 U-ALBII』
【0028】
2)各患者由来の眼房水サンプルにおけるジクロフェナク濃度の測定
(i)検量線試料は、血清をアルブミン濃度が2μMになるように67mM リン酸バッファー(pH=7.4)で希釈し調製した。その調製液40μLに対しジクロフェナクを0.5、1.0、1.5μMになるように添加し、内部標準用試料(IS)である4−ヒドロキシ安息香酸ヘキシルも24μMになるように添加した。眼房水サンプル40μLに対しても4−ヒドロキシ安息香酸ヘキシルを24μMになるように添加した。
(ii)眼房水サンプルと(i)の検量線試料各40μLに対し、3N塩酸を各200μL、シクロヘキサンを各2.5mL添加した。これを10分振とうした後、4000rpm、10分間遠心分離し、有機層を2mLずつ採取して減圧吸引し乾固させた。
(iii)(ii)の抽出物に移動相を120μL添加して調製し、このうち50μLをHPLCに注入し測定した。移動相については、精製水1291.7mL+アセトニトリル1200mL+メタノール250mL+酢酸8.3mLで調製したもの(全量2750mLとして調製)を使用した。流速は1mL/minで行った。UV検出器は島津製作所『SPD-10Avp』を使用し、波長は275nmで測定した。測定用プログラムは島津製作所『LCsolution』を使用した。
(iv)検量線用試料の、ジクロフェナクとISのピークの面積の比から検量線を作成し、各眼房水サンプルの結果から総ジクロフェナク濃度を算出した。
抽出に使用した機器
・東京理科器械『遠心エバポレーター CVE−200D』
・タイテック『レシプロシェーカー SR-2w』
・久保田製作所『ユニバーサル冷却遠心機 5922』
【0029】
3)各患者由来の眼房水サンプルにおける眼房水中アルブミンとジクロフェナクの結合性
(i)67mM リン酸バッファー(pH=7.4)にジクロフェナクを0.01、0.02、0.03、0.04、0.05μM(もしくは0.03、0.05、0.07、0.09、0.11μM)になるように添加した。これら5サンプルを検量線試料とした。
(ii)限外濾過器の膜洗浄は『ミニセント−10』に蒸留水を各500μLいれ、3700rpm、5分の条件で限外ろ過して行った。この操作を2回繰り返した後、蒸留水が入っていない状態で1回限外ろ過してろ過膜の水分を除去し、限外濾過器のカップ部分を蒸留水で洗浄して、限外濾過器の膜とカップ部分を1時間程度乾燥させた。
(iii)各眼房水サンプル50μLを、限外濾過器にいれ、3500rpm、7〜9分限外ろ過し、ろ液を得た。(i)の検量線用試料も同様の処理をした。
(iv)(iii)のろ液15μLをHPLCに注入し測定した。移動相は、水987.5mL+アセトニトリル1500mL+メタノール250mL+酢酸12.5mLで調製したもの(全量2750mLとして調製)を使用した。流速は1mL/minで行った。UV検出器は島津製作所『SPD-20A』を使用し、波長は275nmとした。測定用プログラムは、島津製作所『CLASS-VP Ver.6.1』を使用した。
(v)検量線用試料の結果をもとに検量線を作成し、各眼房水サンプルの結果から遊離のジクロフェナク濃度を算出した。
【0030】
4)眼房水中アルブミンまたは血清アルブミンとサイトプローブとの結合性
(i)眼房水中アルブミン
各患者から採取した眼房水サンプルを複数混合してプール眼房水とした。プール眼房水のアルブミン濃度および総ジクロフェナク濃度は、測定していた個々の眼房水サンプルのデータから算出した。プール眼房水を約60〜75μLに分注し(眼房水の量は同一系の実験では同一である)、実験目的に応じてサイトプローブとして機能する薬剤を添加し、さらにサイトプローブ阻害物質を添加した。サンプルを3500rpm、7〜9分(限外ろ過の時間は同一系の実験では同一である)で限外ろ過し、ろ液中の遊離のサイトプローブの濃度をHPLCで測定した。
【0031】
(ii)血清アルブミン
ヒトアルブミン粉末を、所定の濃度(実験目的により異なるが、基本的に同時に測定する眼房水中アルブミン濃度と同一濃度)となるように、pH=7.4、67mMリン酸バッファーで溶解した(以下、血清アルブミンと称す)。血清も同様のバッファーで希釈した(以下、希釈血清と称す)。サンプルに、サイトプローブとして機能する薬剤を添加し、さらにサイトプローブ阻害物質を添加した。サンプルを3500rpm、7〜9分で限外ろ過した(限外ろ過の時間は同一系の実験では同一である)のち、ろ液中の遊離のサイトプローブの濃度をHPLCで測定した。サイトIプローブであるフェニルブタゾンとワルファリン、および、サイトIIプローブであるフルルビプロフェンとジクロフェナクは、下記のHPLCの機器と条件にて同時定量できる。
【0032】
(iii)使用した機器
島津製作所 島津高速液体クロマトグラフ
・送液ユニット:島津製作所『LC-10ADvp』
・UV検出器:島津製作所『SPD-20A』
・デガッサー:島津製作所『DGU-14A』
・システムコントローラー:島津製作所『SCL-10Avp』
・カラムオーブン:島津製作所『CTO-10Avp』
・測定プログラム:島津製作所『CLASS-VP Ver.6.1』
HPLC条件
移動相:水987.5mL+アセトニトリル1500mL+メタノール250mL+酢酸12.5mL(全量2750mLとして調製)
カラム:関東化学株式会社『Hiber RT 250-4.0 LiChrosorb RP-18(7μm)』
UV検出器波長:275nm
流速:1mL/min
【0033】
2.結果
1)眼房水中アルブミン濃度
採取した眼房水中のアルブミン濃度は0.3〜0.6μMであり、個体間の差が大きいことが分かった。
【0034】
2)眼房水中ジクロフェナク濃度
採取した眼房水中のジクロフェナク濃度は0.03〜1.06μMであり、個体間の差が大きいことが分かった。
【0035】
3)眼房水中アルブミンとジクロフェナクの結合性
ジクロフェナクの眼房水中アルブミンとの結合率は30〜90%であり、個体間の差は大きいものの高い結合率を有する患者も存在することが明らかとなった。
【0036】
4)眼房水中アルブミンおよび血清アルブミンに対するサイトIプローブおよびサイトIIプローブの結合性の比較
図1および
図2に示すように、眼房水中アルブミンとサイトIプローブおよびサイトIIプローブの結合率の大小(
図1)は、血清アルブミンと各サイトプローブの結合定数の大小(
図2)に一致した。このことより、血清アルブミンに結合するサイトIプローブおよびサイトIIプローブは眼房水中のアルブミンに間違いなく結合していることが分かった。
なお、血清アルブミンにおけるサイトIプローブであるフェニルブタゾンとワルファリンの結合定数は、フェニルブタゾン(7.0×10
5 M
-1)の方がワルファリン(1.5×10
5 M
-1)より大きい。また、血清アルブミンにおけるサイトIIプローブであるフルルビプロフェンとジクロフェナクの結合定数はフルルビプロフェン(3.6×10
7 M
-1)の方がジクロフェナク(3.3×10
6 M
-1)より大きい。
実験条件
アルブミン濃度:1.87μM
フェニルブタゾン濃度:0.4μM
ワルファリン濃度:0.4μM
フルルビプロフェン濃度:0.4μM
ジクロフェナク濃度:0.4μM
【0037】
5)眼房水中アルブミンとジクロフェナクの結合に対するカプリン酸の影響
ジクロフェナクの血清アルブミンへの結合は中鎖脂肪酸により強い結合阻害を受ける(「II.血清アルブミンと薬物との結合」参照)ことから、ジクロフェナクの眼房水中アルブミンへの結合に対するカプリン酸の影響を調べた。
図3に示されるように、眼房水中アルブミンに結合したジクロフェナクはカプリン酸により結合阻害を受けなかった。
実験条件
アルブミン濃度:1.87μM
ジクロフェナク濃度:0.4μM
カプリン酸濃度:1.87μM
【0038】
6)眼房水中アルブミンとジクロフェナクの結合に対する各種サイトIプローブおよびサイトIIプローブの影響
ジクロフェナクの血清アルブミンへの結合は、サイトIIプローブであるフルルビプロフェンやイブプロフェンにより強い結合阻害を受ける(「II.血清アルブミンと薬物との結合」参照)。そこで、フルルビプロフェンやイブプロフェンによるジクロフェナクの眼房水中アルブミンへの結合に対する影響を調べた。加えて、サイトIプローブであるフェニルブタゾンについても同様のことを調べた。
図4に示されるように、ジクロフェナクの眼房水中アルブミンへの結合は、サイトIIプローブであるフルルビプロフェンやイブプロフェンにより結合阻害を受けなかった。さらに、サイトIプローブであるフェニルブタゾンにも結合阻害を受けなかった。この結果から、点眼されたジクロフェナクの眼房水中アルブミンへの結合は、サイトIプローブおよびIIプローブにより置換できないことが判明した。眼房水中アルブミンへ一旦結合した目的薬物は、結合阻害しにくい性質があることが推察された。
実験条件
アルブミン濃度:1.86μM
フルルビプロフェン濃度:1.2μM
フェニルブタゾン濃度:2.0μM
イブプロフェン濃度:2.0μM
ジクロフェナク濃度:0.19μM
プローブ添加順:フルルビプロフェン→イブプロフェン
【0039】
7)眼房水中アルブミンに対する目的薬物の結合阻害
上記6)の結果より、眼房水中アルブミンにおいては、一旦結合した薬物は結合阻害しにくい性質があることが推察された。プール房水中には既にジクロフェナクが含まれていることから、眼房水に含まれていないサイトII薬物であるフルルビプロフェンを用い、結合阻害物質としてサイトII薬物であるイブプロフェンを用いて、先に、イブプロフェンを添加し、一時間後にフルルビプロフェンを添加する阻害実験を行った。
図5に示されるように、イブプロフェンの添加によりサンプル中の遊離のフルルビプロフェン濃度は1.43倍増加し、フルルビプロフェンの眼房水中アルブミンへの結合はイブプロフェンにより阻害された。この結果から、目的薬物の眼房水アルブミンへの結合を阻害するためには、目的薬物と同じ結合サイトに結合する阻害物質を先に添加する必要があることが明らかとなった。
実験条件
アルブミン濃度:1.86μM
フルルビプロフェン濃度:1.2μM
イブプロフェン濃度:4.0μM
ジクロフェナク濃度:0.19μM
プローブ添加順:イブプロフェン→フルルビプロフェン(イブプロフェン添加して45分後にフルルビプロフェンを添加。)
【0040】
II.血清アルブミンと薬物との結合
上記Iと同様にして、血清アルブミンと薬物との結合を検討した。
1)血清アルブミンとジクロフェナクとの結合性
図6に示されるように、ジクロフェナクの血清アルブミンに対する結合はサイトIIプローブ(イブプロフェン、フルルビプロフェン)によって阻害されたが、サイトIプローブ(ワルファリン、フェニルブタゾン)によっては阻害されなかった。これら結果は、ジクロフェナクがサイトIIに結合していることを示す。
実験条件
アルブミン濃度:4.0μM
ジクロフェナク濃度:1.0μM
ワルファリン濃度:3.0μM
フェニルブタゾン濃度:3.0μM
フルルビプロフェン濃度:3.0μM
イブプロフェン濃度:3.0μM
【0041】
2)血清アルブミンとジクロフェナクの結合に対する中鎖脂肪酸および長鎖脂肪酸の影響
図7に示されるように、ジクロフェナクの血清アルブミンへの結合は、中鎖脂肪酸(カプリル酸およびカプリン酸)および長鎖脂肪酸(オレイン酸)により結合阻害を受けた。ジクロフェナク結合阻害は、中鎖脂肪酸のほうが長鎖脂肪酸より強かった。
実験条件
アルブミン濃度:3.0μM
ジクロフェナク濃度:1.0μM
n-カプリル酸濃度:3.0、6.0μM
カプリン酸濃度:3.0、6.0μM
オレイン酸濃度:3.0、6.0μM
【0042】
3)血清アルブミンとジクロフェナクの結合に対するサイトIIプローブの影響
図8に示されるように、ジクロフェナクはフルルビプロフェンやイブプロフェンにより強い結合阻害を受けた。阻害率は、血清アルブミン濃度が低下するにつれ低下した。
実験条件
アルブミン濃度:4.0、3.0、2.0、1.0、0.75μM
フルルビプロフェン濃度:4.0、3.0、2.0、1.0、0.75μM
イブプロフェン濃度:4.0、3.0、2.0、1.0、0.75μM
ジクロフェナク濃度:0.5μM
【0043】
4)血清アルブミンとフルルビプロフェンの結合に対するイブプロフェンの影響、および血清アルブミンとワルファリンの結合に対するフェニルブタゾンの影響
図9および10に示されるように、血清アルブミン(3.0μM)に対するサイトIIプローブであるフルルビプロフェン(1.2μM)の結合は、同じくサイトIIプローブであるイブプロフェン(3.0μM)により著しく阻害された。サイトIプローブであるワルファリン(0.3μM)の結合は、同じくサイトIプローブであるフェニルブタゾン(3.0μM)により著しく阻害された。
実験条件
アルブミン濃度:3.0μM
ワルファリン濃度:0.3μM
フルルビプロフェン濃度:1.2μM
フェニルブタゾン濃度:3.0μM
イブプロフェン濃度:3.0μM
プローブ添加順:ワルファリン→フェニルブタソン、またはフルルビプロフェン→イブプロフェン
【0044】
5)血清アルブミンとイソプロピルウノプロストンまたはその活性代謝物の結合性
血清アルブミンとサイトIプローブであるワルファリンの結合、および血清アルブミンとサイトIIプローブであるジアゼパムの結合に対するイソプロピルウノプロストンおよびその活性代謝物(カルボン酸体)の影響を調べた。
図11に示されるに、血清アルブミンとワルファリンの結合は、イソプロピルウノプロストンおよびその活性代謝物によっては阻害されなかった。一方、
図12に示されるに、血清アルブミンとジアゼパムの結合は、イソプロピルウノプロストンおよびその活性代謝物により阻害された。この結果から、イソプロピルウノプロストンおよびその活性代謝物はアルブミンのサイトIIに結合することが示された。
実験条件
アルブミン濃度:3.0μM
ワルファリン濃度:1.0μM
ジアゼパム濃度:1.0μM
イソプロピルウノプロストン濃度:3.0、6.0μM
イソプロピルウノプロストン活性代謝物濃度:3.0、6.0μM
【0045】
III.体液中のアルブミンの薬物に対する結合性
1.検査方法1
眼房水中アルブミンおよび血清アルブミンにそれぞれサイトプローブを添加し、その後アルブミン濃度の約1〜2倍の濃度のサイトプローブ阻害物質(結合阻害薬)を添加して、サイトプローブの遊離濃度を測定した。サイトプローブの遊離濃度が増加すれば、置換現象が生じる正常なアルブミンあるいは正常な環境下のアルブミンであると判断され、サイトプローブの遊離濃度が変化しなければ、特殊なアルブミンあるいは特殊な環境下のアルブミンであると判断される。
図13〜15に示されるように、眼房水中アルブミンに結合したサイトIプローブおよびサイトIIプローブは、結合阻害薬により阻害(置換)されなかった。一方、血清アルブミンや希釈血清に結合したサイトIおよびサイトIIプローブは、結合阻害薬により阻害(置換)された。本検査において、眼房水中アルブミンは置換現象を示さず、特殊なアルブミンあるいは特殊な環境下のアルブミンであると判断された。一方、血清アルブミンや希釈血清については、正常なアルブミンあるいは正常な環境下のアルブミンであると判断された。
実験条件
アルブミン濃度:1.87μM
ワルファリン濃度:0.3μM
ジクロフェナク濃度:0.2μM
フルルビプロフェン濃度:1.2μM
フェニルブタゾン濃度:2.0μM
イブプロフェン濃度:2.0μM
【0046】
2.検査方法2
血清アルブミンのサイトIあるいはサイトIIに対して明らかに結合定数の異なるサイトプローブを、眼房水中アルブミンと血清アルブミンに一定量(同一モル濃度になるように)添加した。サイトプローブが眼房水中アルブミンに対して血清アルブミンに対する結合定数どおりの結合性を示せば(結合定数が大きいプローブの方が高い結合性を示せば)、血清アルブミンと同様の正常なアルブミンあるいは正常な環境下のアルブミンであると判断され、結合定数どおりの結合性を示さなければ、特殊なアルブミンあるいは特殊な環境下のアルブミンと判断される。
図1および2に示されるように、眼房水中アルブミンとサイトIプローブおよびサイトIIプローブの結合性の大小は、血清アルブミンと各サイトプローブの結合定数の大小に一致した。本検査においては、眼房水中のアルブミンは、血清アルブミンに対する各サイトプローブの結合定数どおりの結合性を示した。