(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、天然デンプンに由来する吸着放散剤を主成分として含有する香気吸着放散剤である。香気吸着放散剤は、主に、食品、化粧品、たばこ、日用雑貨品等の各種物品の香り付けの用途に用いられる。香気吸着放散剤の主成分である吸着放散剤は、香気成分を吸着するとともに使用時等において香気成分を放散(放出、拡散)する成分である。
【0020】
天然デンプンは、化工デンプン等の特段の化学的等の処理を受けておらず、安価かつ容易に原料調達が可能なデンプンである。従って、ヒトが食糧として常食する作物から収穫されるデンプンそのものである。天然デンプン自体が原料であることから、極めて安全性は高い。天然デンプンについては後述する。
【0021】
吸着及び放散の対象となる香気成分は、芳香成分とも称され、植物等の天然物から抽出した成分、合成香料等であり、単一の有機分子、あるいは調合された複数の有機分子のいずれでも良い。このような香気成分は
、親油性化合物を主成分とする。具体的には、メントール、バニリン、リモネン、ジャスモン酸メチル、リナロール、酢酸リナリル、ゲラニオール、酢酸ベンジル、パチョロール、エレミシン、オイゲノール、ペンタン酸(吉草酸)等をはじめとする種々の有機分子である。これらの有機分子同士、さらにはその他の成分を含有してなる精油等である。例示の有機分子や精油は比較的良好な香気と認識され、空気中への放散性が良い。
【0022】
吸着放散剤は、天然デンプンを酵素処理または超音波照射処理により低分子量化して誘導された低分子量化デンプンである。通常天然デンプンは、α−D−グルコピラノース(以下、D−グルコースとする。)がα−1,4結合により直鎖状につながったアミロースと、D−グルコースがα−1,4結合による直鎖部分とα−1,6結合による分枝部分を有するアミロペクチンからなる。適宜デンプンの分解が進行することに伴い、様々な鎖長の分子量の異なるデキストリン類が生成される。
【0023】
背景技術に開示したシクロデキストリンのみならず、デンプン自体もある程度の親油性(疎水性)を有していると考えられている。また、デンプンの糖鎖が螺旋状となっている部位の内部もシクロデキストリンと同様に親油性環境であると予想されている。そのため、デンプン部分分解物の螺旋状の糖鎖内に前掲の香気成分の有機分子が入り込むと考えられる。しかし、天然デンプンそのものの場合、分子が長大であるため分子の自由度が少ない。そのことから、香気成分の分子は螺旋状の糖鎖内に取り込まれ、また放散されにくい。さらに、天然デンプンからの分解が進みすぎた場合、糖鎖は短くなるため適度な螺旋状の疎水的構造が形成されず、所望の香気成分の吸着性能に劣る。
【0024】
このように、香気成分の吸着・放散の性能に着目すると、デンプンはその分子量の大きさいかんにより性能に大きな変化が生じるといえる。そうすると、当初の天然デンプンから、ちょうど良い程度を見極めて低分子量化を進めることによって、香気成分の吸着、放散の均整のとれた低分子量化デンプンを得ることが予想される。このような低分子量化デンプンは、鎖長内に香気成分を吸着可能な疎水性領域を形成するとともに、当初の天然デンプンよりも構造変化の自由度が高まるため、いったん吸着した香気成分の放散も可能であると考えられる。これより、デンプンの低分子量化のために必要な処理について説明する。
【0025】
はじめに酵素処理について説明する
。低分子量化デンプンは、天然デンプンを酵素により分解されるものの単糖やオリゴ糖にまで分解されるのではなく、比較的糖鎖の鎖長を残存させたデンプン部分分解物に留められる。特に、低分子量化デンプンは、原料となるデンプンを分子量分散度及びデキストロース当量を適切に制御して得たデンプン部分分解物である。
【0026】
天然デンプンの酵素処理によると、比較的穏和な水素イオン濃度域での反応が可能であり、その取り扱いは比較的安全である。また、使用する酵素に応じて至適温度(最適温度)、至適pH(最適pH)を制御することにより容易に反応系を制御することができる。つまり、デンプンの分解状況に合わせて加温や加熱等を行い、酵素を失活させることによって適切な時点で反応停止とすることができる。
【0027】
デンプンの分解に用いる酵素としては、デンプンのα−1,4結合を加水分解可能な酵素であればいずれでも良く、α−アミラーゼ[1,4−α−D−glucan glucanohydrolase(EC 3.2.1.1)]等の種々の加水分解酵素が用いられる。これらの酵素の多くは、Aspergillus属、Bacillus属等に由来する。むろん、速度反応論の見知から、反応性を高めるため至適温度は高いほど望ましい。従って、至適温度を70ないし90℃とする同属の好熱菌等由来のα-アミラーゼであるほど好ましい。
【0028】
当初のデンプンからデンプン部分分解物に至る間の分解の進行度はデキストロース当量(Dextrose Equivalent:以下、DEとする。)を指標に用いて評価することができる。未分解ならばDE=0であり、完全にデキストロース(グルコース)まで分解されたならばDE=100と示される。本発明においても、1つの指標としてデキストロース当量(本発明はベルトラン法に基づく。)を用いることにより、デンプンの分解促進状況を把握することができる。後述の実施例から自明なように、その数値を0.5〜10.0とし、比較的軽度の分解に抑制していることが必須となる。
【0029】
デキストロース当量が0.5を下回る場合、ほとんど酵素分解が行われていないことであり、目的に沿わない。また、10を上回る場合、酵素分解が進みすぎであり、所望の鎖長のデンプン部分分解物が減少していると考えられる。それゆえ、前記の範囲が好ましいといえる。
【0030】
ただし、前記のデキストロース当量のみの評価では、分解生成物の分解の程度をおおまかに把握しているに過ぎない。天然デンプンの酵素分解に際し、使用する酵素のひとつであるα-アミラーゼはendo型であるため、ランダムな酵素分解により生じたデンプン部分分解物の大きさ(糖鎖長)には不可避的にばらつきが存在する。つまり、分子量分布に広がりが生じる。極端に低分子量域のデンプン部分分解物は、前述のとおり香気成分の吸着に寄与しない。そのことから、出来上がるデンプン部分分解物において低分子量域の成分は少ないほどよいといえる。そこで、出来上がるデンプン部分分解物の大きさのばらつきの程度を把握することにより、香気成分の吸着・放散の性能を安定化し、品質を高めることができる。そこで、デキストロース当量とともに分子量分散度の指標も組み合わせて、よりデンプン部分分解物の正確な態様を規定することとした。
【0031】
デンプン等の天然高分子化合物や樹脂高分子化合物の性質を把握するに際し、平均分子量が広く用いられる。この平均分子量は、数平均分子量(M
n)、重量平均分子量(M
w)、Z平均分子量(M
z)等が一般に用いられる。数平均分子量(M
n)は分子の構成を単純に数で平均化した指標である。重量平均分子量(M
w)は、各分子の数に分子量を乗じた後に平均を求めた指標である。重量平均分子量は構成する分子の大きさの影響を鋭敏に受ける。このため、数平均分子量では反映され難いようなごく少量の大分子の影響も平均分子量の値として考慮に入れることができる。さらに、Z平均分子量は前記の重量平均分子量よりも大分子の影響を受ける。
【0032】
当初、デキストロース当量と数平均分子量により、デンプン部分分解物の構成の把握を試みていた。しかし、前述のとおり、香気成分の吸着にはある程度の高分子量成分の存在が必須である。数平均分子量のみの評価では、デンプン部分分解物中に存在する大分子の影響が減殺される。また、数平均分子量は、デキストロース当量とほぼ逆相関の関係が成立する重複した指標であり、これのみでは正確さに欠けることが明らかとなった。次に、重量平均分子量の採否を検討したところ、同指標のみでは数値が大きく試料同士の差異の把握は難しかった。Z平均分子量も重量平均分子量の場合と同様である。
【0033】
このような経緯を踏まえ、香気成分の吸着に有効な、デンプン部分分解物中に存在する大分子(鎖長の長い分子)の影響及び各々の分子量を有する分子の分布の仕方をより重視する必要がある。よって、本発明においては、分子量分布の評価に当たり、{重量平均分子量(M
w)/数平均分子量(M
n)}として示される「分子量分散度」を採用し、これをデキストロース当量(DE)と併用することにより解決を図った。なお、{Z平均分子量(M
z)/数平均分子量(M
n)}として示される「分散度」を検討したものの、数値範囲の広がり方が大きく判断精度がやや劣る。
【0034】
そこで、香気成分の吸着並びに放散性能の良否を考慮して、好適な分子量分散度{重量平均分子量(M
w)/数平均分子量(M
n)}は100〜1600の範囲となる。当該分子量分散度の範囲は、効果を発揮した実施例の下限、上限から導いた。なお、分子量分散度が1600を超過すると分子量の分散が多く、性能低下が問題となる。分子量分散度は小さい値であるほど望ましいとも考えられる。しかし、後記の実施例のように、重量平均分子量(M
w)と数平均分子量(M
n)の相互の均衡により定まることから、概ね100を下限とすることが望ましい。
【0035】
デンプン部分分解物を得るに際し、天然デンプンは、前掲のデキストロース当量及び分子量分散度の両指標が同時に満たされる時点まで、酵素的に部分分解される。酵素的分解の場合、両指標が同時に満たされたならば、速やかにデンプン部分分解物は加熱され、酵素の失活が行われる。こうして、最適な数値からの乖離が抑えられ、所望のデキストロース当量及び分子量分散度に規定される。
【0036】
酵素分解終了時の分解産物は水溶液の状態である。そこで
、当該溶液に対して乾燥が行われ、低分子量化デンプンの乾燥粉末として得ることができる。乾燥することにより、防腐や保存に加え、取り扱い易さ等の利便性が格段に向上する。乾燥方法には、適宜の公知手法が用いられ、凍結乾燥、真空ドラムドライヤによる乾燥、噴霧乾燥(スプレードライ)等が用いられる。デンプン部分分解物は、呈味や風味維持が所望されておらず、むしろ無味無臭であるほど好ましいため、量産性に優れた噴霧乾燥が用いられる。
【0037】
続いて超音波照射処理について説明する
。天然デンプンに超音波を照射することによって、当初のデンプンの糖鎖に物理的なエネルギーを加え微分散デンプンを得る処理である。そこで、天然デンプンは、いったん水等の水分に分散後、加熱等により適度にデンプン結晶中に水分子の入り込んだ状態となる。すなわち糊化によりゲル化され、まずデンプン糊化液が得られる。
【0038】
次に、デンプン糊化液に対して超音波が照射される。超音波がデンプンに及ぼす影響については、現時点では完全に解明されてはいない。超音波の物理的なエネルギーが加わることにより、複数の天然デンプン分子の糖鎖同士の絡み合いが適度に解消されて、微分散化が促進すると考えられている。天然デンプンは超音波照射により適度に微分散化されることにより、当初の糖鎖の鎖長が短くなる他、デンプン結晶中の糖鎖同士の塊が小さくなることが予想される。従って、超音波照射により生じた微分散デンプンが低分子量デンプンに相当する。
【0039】
超音波照射では、物理的な衝撃をデンプンの糖鎖に加えるのみである。このため、前述の酵素の加水分解と異なり、デンプンの糖鎖の分解、低分子量化の進行は比較的温和である。また、照射の開始と停止の切り換えは機器の通電操作により行われるため、低分子量化の処理の継続、打ち切りは酵素分解よりも簡単である。そのため、適時試料を採取しながら所望の時点で処理を止めることができる。なお、デンプンに対し同様の効果が得られるのであれば他の物理的処理方法を用いてもかまわない。しかし、超音波照射は前述のように、所望する処理の程度への調製が容易であるため、より好適である。
【0040】
デンプン糊化液の粘度は、デンプンの種類、設備面等より好適に勘案される。たいてい、デンプンは0.2〜40Pa・sの粘度範囲内に調製される。特に、工程間の流動性等が考慮されるため、デンプンは0.2〜4Pa・sの粘度範囲内に調製されることが好ましい。照射する超音波は、20kHz〜1MHzの一般的な周波数であり、超音波発振器の出力も100〜2000Wの適宜である。周波数や出力は、照射対象となるデンプンの種類、濃度、糊化の性状、並びに所望する最終的な粘度等により総合的に規定される。
【0041】
超音波の照射方法は適宜ではあり、例えば、公知の超音波振動子、超音波発振器等が用いられる。超音波照射に用いる処理槽、超音波振動子、超音波発振器等は、生産規模や処理能力等を勘案して適切に選択される。デンプン糊化物に対する超音波照射は、逐次回分式あるいは連続式のいずれであっても良い。
【0042】
超音波照射を通じて得た微分散デンプン(低分子量デンプン)は、水と混合された状態である。そこで
、乾燥されて乾燥粉末とされる。乾燥に際しては、凍結乾燥、真空ドラムドライヤによる乾燥、噴霧乾燥(スプレードライ)等が用いられる。乾燥することにより、防腐や保存、取り扱いやすさ等の利便性が向上する。微分散デンプンは、呈味や風味維持が所望されておらず、むしろ無味無臭であるほど好ましいため、量産性に優れた噴霧乾燥が用いられる。
【0043】
これまでに述べた吸着放散剤の原料となる天然デンプンは、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、コメ、ジャガイモ(馬鈴薯デンプン)、サツマイモ(甘藷デンプン)、エンドウ、緑豆、タピオカ等の各種植物に由来する。これらの植物の天然デンプンは、その種類により粳(うるち)種デンプンまたは糯(もち)種デンプンを含む。各処理と好ましいデンプンの種類についてさらに説明する。
【0044】
天然デンプンを酵素処理して得るデンプン部分分解物については、後記実施例に示すように、糯種トウモロコシデンプン(ワキシーコーンスターチ)、馬鈴薯デンプン、甘藷デンプンのように広い種類のデンプンを使用することができる。これらの中でも、馬鈴薯デンプンと甘藷デンプンは、香気成分の吸着と放散の性能が良好である。そこで、デンプンの種類から得られた酵素分解反応の特性であるデキストロース当量及び数平均分子量の指標と、香気成分の放散の性能が重ねられる。この結果、前述のデキストロース当量及び数平均分子量の範囲値が規定される。また、当該両指標の範囲値に収斂するようにデンプンを酵素により加水分解すれば、工程管理も容易であり、良好な香気成分の吸着と放散の性能を担保することが可能とも考えることができる。
【0045】
なお、天然デンプンについて、糯種(ワキシーコーンスターチ)と粳種(馬鈴薯デンプン)との間でデキストロース当量及び数平均分子量に差異が生じた原因については、おそらくデンプン内の糖鎖の分岐構造によると考えられる。糯種のデンプンにはα−アミラーゼでは分解できない糖の結合が多く分解の指標であるデキストロース当量は低くなったといえる。
【0046】
天然デンプンに超音波照射して得る微分散デンプンについても、広汎な種類のデンプンの使用が考えられる。ただし、酵素分解とは低分子量化の態様が異なることから、むしろ糯種のデンプンがより好ましく使用される。デンプン種の相違の原因は、現時点では不明である。おそらく、分岐状の糖鎖の塊状物が適度の温存されていることが考えられる。
【0047】
前述のデンプン部分分解物または微分散デンプンは、作業の簡便さから通常1種類の天然デンプンについてそれぞれ酵素分解または超音波照射される。これに加えて、異なる種類の天然デンプンを別々に処理し、生じたデンプン部分分解物同士または微分散デンプン同士を事後的に所望の割合で混合して調製することもできる。例えば、天然デンプンの酵素分解に当たり、単一種類の天然デンプンを異なる分子量分散度毎に調製して事後混合する方法や、複数種類の天然デンプンを異なる分子量分散度毎に調製して事後混合する方法等、適宜に選択できる。もしくは、原料デンプンの超音波照射に当たり、単一種類のデンプンを異なる照射量毎に調製して事後混合する方法や、複数種類のデンプンを異なる照射量毎に調製して事後混合する方法等、適宜に選択できる。
【0048】
このように事後的に調製する理由とは、例えば、天然デンプンを調達するに当たり、原料の収穫地、収穫時期、収穫年等の環境要因により、品質に変動が生ずる場合がある。そこで、事後的にそれぞれの処理により得た低分子量化デンプン同士を混ぜ合わせることにより、品質を安定させることができる。
【0049】
また他に、低分子量化デンプンを得ることについては、酸処理や酸化処理、アルカリ処理等の化学的な処理でも可能である。これらの方法によっても、前記の酵素処理または超音波処理(物理的処理)と同程度に低分子量化することで同様の効果は生じるとも考えられる。しかし、化学的処理方法に使用する酸やアルカリ、酸化剤、その他の化合物が低分子量化デンプンに残存した場合、それら成分に由来する臭気等によって、本来保護すべき香気成分の効果の減衰や香気成分の酸化等の作用からの成分の変質等、好ましくない影響が考えられる。これに対し、酸処理等に必要となる各種化合物を使用しない酵素処理または物理処理(超音波照射処理)にあっては、そのような成分変質の懸念はなく、より好適である。
【0050】
そして、前記の香気成分は低分子量化デンプン(デンプン部分分解物または微分散デンプン)を主成分として含有する吸着放散剤に吸着される。香気成分の吸着に際し、吸着放散剤に液状の香気成分(親油性化合物、精油等)が滴下、混合される。混合量は香気成分の香気の強度に依存する。また、香気の好みや添加目的の製品における個々の香気の均整からも添加量は調整される。もともと天然デンプンに由来するため、香気成分の吸収性能は良好である。
【0051】
いったん香気成分を吸着した吸着放散剤から香気成分を放散させる場合
、低分子量化デンプン(デンプン部分分解物、微分散デンプン)は吸湿または加温される。吸湿においては、低分子量化デンプン内の糖鎖に水分子が接触して糖鎖の構造が生じる、螺旋状もしくは塊状の糖鎖同士の間に入り込んだ香気成分の有機分子が脱離しやすくなると考えられる。加温においては、香気成分の有機分子が熱により揮発するためである。このように、簡便な方法により香気成分の放散が始まるため、利便性は高い。
【0052】
香気成分の放散に際し、通常、吸湿と加温は同時に行われる。自明ながら、吸湿では吸着放散剤の低分子量化デンプンが水潤するほどの水分量とすることは避けられる。そのため、概ね空気中の水分の吸湿程度で足りる。また、加温についても室温と同等もしくは室温よりも多少高め、あるいは体温ないし40℃前後に温めることで十分である。
【0053】
香気成分を吸着した吸着放散剤は、乾燥時の形態である粉末状の他に、塗布膜やフィルム状に加工することができる。また、適度な粒径の顆粒状にも加工することができる。これは、本発明の香気吸着放散剤はデンプンを原料としており加工が容易だからである。そこで添加対象等に応じて柔軟に形態、形状を変えることができる。
【実施例】
【0054】
[デンプン部分分解物の調製]
天然デンプンの酵素処理に際し、市販のワキシーコーンスターチ(実施例1)、馬鈴薯デンプン(実施例2)、甘藷デンプン(実施例3)
(参考例)を用意した。
【0055】
〈分析機器〉
数平均分子量(M
n)、重量平均分子量(M
w)、及び分子量分散度(M
w/M
n)の測定に際し、HPLCによるゲル濾過クロマトグラフ法を採用した。HPLCの示差屈折検出器は株式会社島津製作所製:RID−10A、ポンプは株式会社島津製作所製:LC−10ADvp、カラムオーブンは株式会社島津製作所製:CTO−10ASvp、カラムは昭和電工株式会社製:KS−804(8×300mm)を使用した。
【0056】
実施例1,2,3の酵素処理後の試料(後記)について、1w%(w/v)の濃度(重量パーセント濃度)に純水に希釈して溶解し、0.45μmのメンブレンフィルターを用いて濾過後、前記のHPLCに装填して計測した。キャリアには純水を用い、流速1.0mL/分、カラム温度80℃とした。分子量標準物質として昭和電工株式会社製:SHODEX STANDARD P−82(プルラン;重量平均分子量787000,194000,46700,5900)を用いた。分析により得られた分子量分布のデータは、システムインスツルメンツ株式会社製のクロマトグラム分析ソフトウエアSIC480データステーションを用い解析し、分子量分散度(M
w/M
n)等を算出した。
【0057】
〈デキストロース当量〉
デキストロース当量(DE)は還元糖の定量法として一般的であるベルトラン法に従った。同法に基づいて実施例並びに比較例のデンプン部分分解物のデキストロース当量を測定した。
【0058】
〈天然デンプンの酵素処理〉
ワキシーコーンスターチ(実施例1)、馬鈴薯デンプン(実施例2)、甘藷デンプン(実施例3)に対し、耐熱性α−アミラーゼ(大和化成株式会社製:クライスターゼT−5)を添加し、ミニクッカー(ノリタケエンジニアリング株式会社製)を用いて酵素処理により液化した。これらの液化物をスプレードライヤにより噴霧乾燥し、それぞれのデンプンについてのデンプン部分分解物を得た。当該酵素処理では、反応途中の試料を分取し、デキストロース当量及び分子量分散度を測定しながら実施した。
【0059】
[微分散デンプンの調製]
原料となる天然デンプンとして、ワキシーコーンスターチ(日本食品化工株式会社製:ワキシスターチ)を用い、これに水を加え、前出のミニクッカー(ノリタケエンジニアリング株式会社製)により10%濃度の糊化液とした。次に、超音波分散機GSD1200CVP(株式会社ギンセン製)を用い、周波数20kHz、出力1200Wの条件の下、約50℃の液温を維持しながらデンプン糊化液に超音波照射し、粘度が約0.3Pa・sになるまで微分散化した。得られた液状物を乾燥機内に入れて100℃の熱風に晒して乾燥し微分散デンプンの粉末状物を得た。当該微分散デンプンを実施例11とした。
【0060】
粘度の測定は、日本薬局方の一般試験法における粘度測定法に準拠し、粘度分析装置(東機産業株式会社製:TVB−10M)を用い、50℃における粘度(Pa・s)として測定した。なお、上記の粘度の選択に際し、出願人が以前に出願した超音波照射により微分散化したデンプンの乳化安定剤(特許第5033553号)等の知見を参考とした。
【0061】
[比較のデンプン類]
デンプン部分分解物並びに微分散デンプンとの比較として、市販のコーンスターチ(比較例1)、実施例1と同じ馬鈴薯デンプン(比較例2)、CORN PRODUCT社製のシクロデキストリン(CYCLO−P)(比較例3)、松谷化学工業株式会社製のデキストリン(パインデックス#2)(比較例4)も用意した。これらの比較のデンプン類はいずれも粉末状である。
【0062】
[香気成分の吸着、放散の性能評価]
〈香気成分の種類〉
下記の市販の香料、精油、フラグレンスを香気成分として使用した。
ハッカ油:大洋製薬株式会社製,食品添加物ハッカ油
ゆず油:株式会社ウテナ製
ラベンダー:株式会社クナイプジャパン製,クナイプバスエッセンス
ローズマリー: 同上
ホップ&バレリアン: 同上
ハマメリス&カレンデュラ: 同上
【0063】
〈評価試料の調製〉
はじめに香気成分(親油性化合物)をほぼ無味無臭の食用油により100倍に希釈した。次に、内容量30mLの密栓付容器を用意し、同容器内に希釈済みの香気成分200μLを分注した。この容器を開栓した際に被験者が感じる香気を当該香気の基準とした。当該容器の開栓時の香気が「(I)吸着放散剤投入前」の香気強度に対応する。
【0064】
各実施例及び比較例のデンプン類(デンプン部分分解物、微分散デンプン、その他比較のためのデンプン等)について1gずつ秤量し、内容量30mLの密栓付容器に投入した。この容器内に、希釈済みの香気成分200μLを分注し、密栓後十分に振り混ぜて香気成分を含浸させた。当該容器の開栓時の香気が「(II)吸着放散剤投入後」の香気強度に対応する。
【0065】
前記の吸着放散剤投入後の密栓付容器に、20℃の脱イオン水を10mL添加し、密栓して十分に振り混ぜて容器内のデンプン類に水分を含浸させた。当該容器の開栓時の香気が「(III)水分添加後」の香気強度に対応する。
【0066】
前記の水分添加後の密栓付容器を40℃に調温した恒温器内に移して静置した。1時間の加温後、恒温器から密栓付容器を取り出した。当該容器の開栓時の香気が「(IV)加温後」の香気強度に対応する。
【0067】
〈官能評価法〉
3名の評価者それぞれに、まず(I)吸着放散剤投入前の香気を容器から嗅いでもらい、当該香気の強度を「3点」として記憶してもらった。いわゆる香気成分のみの状態であり、これを以降の評価の基準(対照例)とした。次に、(II)吸着放散剤投入後の香気を容器から嗅いでもらい、前記(I)との香気強度の差異を勘案しながら採点した。そして、(III)水分添加後の香気強度、(IV)加温後の香気強度についても採点した。
【0068】
最高の3点から最低の0点までを以下の基準で採点した。実施例、比較例の個々の時点における香気強度の評価は、3名の評価者の採点結果の算術平均の数値とした。
香気成分のみの状態にほぼ匹敵する香気が感じられる例を「3点」とした。
香気成分のみの状態よりもやや弱い香気が感じられる例を「2点」とした。
香気成分のみの状態よりもかなり弱い香気が感じられる例を「1点」とした。
香気自体がほとんど感じられない例を「0点」とした。
【0069】
[酵素処理のデンプン部分分解物の評価]
〈デンプン部分分解物の官能評価〉
天然デンプンの酵素処理により得たデンプン部分分解物(実施例1ないし3、及び比較例4)と、未処理品(比較例1ないし3)について、前記のハッカ油を用い、前述の官能評価法に従い香気成分の吸着及び放散の良否を評価した。評価結果の表1は、対照例、比較例、及び実施例について、(I)吸着放散剤投入前、(II)吸着放散剤投入後、(III)水分添加後、(IV)加温後の香気強度の評価の採点の変化を示す。
【0070】
【表1】
【0071】
(II)吸着放散剤投入後は、実施例も比較例も香気成分を吸着するため、採点数値は低下する。数値上、実施例は比較例と同等かそれ以上の吸着性能を備える。次に、(III)水分添加後ではどれも放散しはじめた。そして(IV)加温後では、実施例は比較例よりもより多く放散している。このように、酵素処理のデンプン部分分解物は、香気成分の良好な吸着及び放散性能を備えた好適な材料である。
【0072】
〈デンプン部分分解物の物性〉
表1の結果を踏まえ、各例の物性の相違が香気成分の吸着及び放散に与える影響を検証した。前記の測定装置、測定方法を用いて測定したデキストロース当量(DE)、分子量分散度(M
w/M
n)、数平均分子量(M
n)、重量平均分子量(M
w)の結果は表2のとおりである。比較例1及び2はデンプンそのものであるため、デキストロース当量は「0」である。また、高粘度につき各平均分子量を測定することができなかった。比較例3は構造自体が異なるため、測定対象から除外した。
【0073】
【表2】
【0074】
実施例1,2,3は香気成分の吸着も放散も良好であった。比較例4では加温時の放散は良好ではあるものの、香気成分の吸着性能は低かった。他の比較例では放散性能が劣った。そこで、実施例の指標に着目すると、デキストロース当量では概ね0.5ないし10の範囲であり、分子量分散度(M
w/M
n)では100ないし1600の範囲に収斂しているといえる。そこで、当該範囲をデンプン部分分解物に必要とする範囲値として規定した。
【0075】
〈デンプン部分分解物の香気成分毎の評価〉
表1の結果から、実施例2のデンプン部分分解物が良好な性能であることに鑑み、同実施例2について、ハッカ油以外の香気成分についても香気強度の官能評価を実施した。結果は表3である。表中、ゆず油は実施例5、ラベンダーは実施例6、ローズマリーは実施例7、ホップ&バレリアンは実施例8、ハマメリス&カレンデュラは実施例9として表記した。
【0076】
【表3】
【0077】
実施例5ないし9の評価結果のとおり、香気成分の種類が変化しても、最終的に(IV)加温後では、いずれも良好な放散を確認した。従って、天然デンプンを酵素により加水分解し、かつ、デキストロース当量及び分子量分散度の指標内にあるデンプン部分分解物は、香気成分の吸着放散剤として優れており、好適な香気吸着放散剤を得ることができた。なお、香気成分の種類毎に有機分子の構造や大きさ等の相違が存在するため、デンプン部分分解物の糖鎖内への吸着の程度に差異が生じたと推定する。
【0078】
[超音波照射処理の微分散デンプンの評価]
〈微分散デンプンの官能評価〉
天然デンプンの超音波照射処理により得た微分散デンプン(実施例11)と、未処理品(比較例1ないし4)について、前出のハッカ油を用い、前述の官能評価法に従い香気成分の吸着及び放散の良否を評価した。評価結果の表4は、対照例、比較例、及び実施例について、(I)吸着放散剤投入前、(II)吸着放散剤投入後、(III)水分添加後、(IV)加温後の香気強度の評価の採点の変化を示す。
【0079】
【表4】
【0080】
実施例11の微分散デンプンも、前述の酵素処理のデンプン部分分解物と同様の香気強度の変化挙動を示した。既製品である比較例との対比からも香気成分の吸着、放散において良好な特性を示した。従って、超音波照射処理により製造される微分散デンプンは香気成分の良好な吸着及び放散性能を備えた好適な材料である。
【0081】
〈微分散デンプンの香気成分毎の評価〉
表4の結果から、実施例11の微分散デンプンが良好な性能であることに鑑み、同実施例11について、ハッカ油以外の香気成分についても香気強度の官能評価を実施した。結果は表5である。表中、ゆず油は実施例15、ラベンダーは実施例16、ローズマリーは実施例17、ホップ&バレリアンは実施例18、ハマメリス&カレンデュラは実施例19として表記した。
【0082】
【表5】
【0083】
実施例15ないし19の評価結果のとおり、香気成分の種類が変化しても、最終的に(IV)加温後では、概ね良好な放散を確認した。従って、天然デンプンに超音波を照射してなる微分散デンプンは、香気成分の吸着放散剤として優れており、好適な香気吸着放散剤を得ることができた。ただし、香気成分の種類毎に有機分子の構造や大きさ等の相違が存在するため、微分散デンプンの糖鎖内への吸着、放散の程度に差異が生じたと推定する。
【0084】
[まとめ]
以上の知見のとおり、天然デンプンを酵素処理によって低分子量化したデンプン部分分解物、及び天然デンプンを超音波照射処理によって低分子量化した微分散デンプンのいずれについても、既存の香気成分の良好な吸着及び放散の性能を有していることが明らかとなった。また、多様な香気成分の吸着、放散にも対応可能であり、極めて有用性は高い。特に、特別な化学的な処理を行っていないことから、成分の安定性にも優れ、事後的に付着する香気成分に与える影響は非常に小さいといえる。