【文献】
Audiol. Neurotol.,2006年,11,p.123-133
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記Hes5遺伝子の発現を減少させるsiRNA分子は、(i)配列番号9およびその相補的配列、(ii)配列番号10およびその相補的配列、(iii)配列番号11およびその相補的配列、(iv)配列番号12およびその相補的配列、(v)配列番号13およびその相補的配列、(vi)配列番号14およびその相補的配列、または(vii)これらのいずれかの組合せを含む、請求項8に記載のナノ粒子組成物。
前記MAPK1遺伝子の発現を減少させるsiRNA分子は、(i)配列番号15およびその相補的配列、(ii)配列番号16およびその相補的配列、または(iii)これらの組合せを含む、請求項8または9に記載のナノ粒子組成物。
【背景技術】
【0002】
難聴および平衡機能障害は、一般的なヒトの障害である。多くの場合、これらの障害は、(1)蝸牛のコルチ器官(OC)、(2)膨大部稜(cristae)の前庭上皮、または(3)前庭器官の球形嚢もしくは卵形嚢における感覚有毛細胞の喪失に起因する。現在、これらの組織での感覚有毛細胞の修復によってこれらの障害を治療することができるFDAに認可された治療法はない。
【0003】
この問題に対する現在のアプローチは、前庭器官への損傷に順応させるための前庭リハビリテーションを含む。リハビリテーションは時間がかかり、失われた機能を回復しない。感音難聴では、リハビリテーションは、補聴器または人工内耳によって実現され得る。しかし、これらの装置は高価であり、大きな手術を必要とし、正常以下の音質をもたらし、部分的な機能の回復しかもたらさない。
【0004】
聴覚障害の治療における別のアプローチは、ペプチドまたは他の小分子の投与である。達成されなければならない蝸牛での比較的高い濃度(マイクロモル濃度またはミリモル濃度)のため、治療結果はしばしば、これらの使用によって制限される。更に、タンパク質またはペプチド阻害剤は、血液迷路関門および血流でのタンパク質クリアランスならびに潜在的な抗原性のため、耳を治療するために全身送達することが困難である。分子の大きさのために局所送達を用いる場合に特に、適切な濃度のペプチドおよびタンパク質の蝸牛への送達においても、同様に問題が存在する。
【0005】
これらの従来のアプローチに対する1つの可能性のある代替方法は、内耳有毛細胞の再生および置換を引き起こす標的遺伝子治療の使用である。例えば、有毛細胞の再生または置換は、げっ歯類において、内耳感覚上皮内にAtoh1遺伝子を導入するウイルスベクターの使用によって実現されている。しかし、このアプローチは、感染症、炎症性免疫反応、遺伝子の突然変異、新生物の発生などの誘発を含むウイルスベクター治療につきものの危険を伴う。kip1p27 RNAのサイレンシングは、有毛細胞の再生を引き起こすことが示されたが、機能の回復を伴わない異所性のものであった。網膜芽腫遺伝子の調節もまた、付加的な有毛細胞を生じ得るが、がん遺伝子または発がん遺伝子の操作につきものの危険がありうる。従って、内耳有毛細胞の再生または置換を目的とする現在の遺伝子治療は、安全かつ効果的な分子標的方法および分子送達方法を特定できていない。
【0006】
1つの可能性のある遺伝子治療アプローチは、低分子干渉RNA(siRNA)の使用による。細胞内に一旦導入されると、siRNA分子は、標的遺伝子によって発現されたメッセンジャーRNA(mRNA)上の相補配列と複合体を形成する。このsiRNA/mRNA複合体の形成は、RNA干渉(RNAi)として知られている天然の細胞内過程を介してmRNAの分解を引き起こす。RNAiは、特定の細胞過程における遺伝子の機能を同定するため、および疾患モデルにおいて可能性のある治療標的を同定するための、十分に確立された手段である。RNAiは従来、細胞培養およびin vitroでの適用に用いられてきたが、遺伝子治療に基づく治療法は、この過程を用いて現在研究されている。
【0007】
上述のように、内耳の有毛細胞の再生に関して、いくつかの遺伝子標的が研究されているがあまり成功していない。塩基性ヘリックスループヘリックス(bHLH)遺伝子Hes1およびHes5は、耳の蝸牛および前庭構造における感覚有毛細胞の発生に関与していることが同定されている。加えて、有毛細胞の喪失を防ぐための可能性のある遺伝子標的は、プログラム細胞死またはアポトーシスに関与する分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ1(MAPK1)である。しかし、内耳の感覚有毛細胞の再生または保護に有効な治療標的でありうるこれらの可能性は、更に実証され、実行可能なアプローチとして確認されなければならない。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本明細書において用いられる場合、「内耳」は、下記の構造、すなわち、内耳迷路;前庭神経節、蝸牛管、および内リンパ嚢を含む前庭迷路;コルチ器官、らせん神経節、およびらせん靱帯を含む蝸牛組織;内リンパ管の組織;血管条の組織;卵形嚢斑および球形嚢斑を含む卵形嚢組織;ならびに膨大部稜の上皮組織を含むが、それらに限定されない。
【0023】
本明細書において用いられる場合、「a」および「an」という言葉は「1つ以上」を意味する。
【0024】
本明細書において用いられる場合、「活性物質」という用語は、化学療法薬、放射線治療薬、siRNA分子もしくは他の核酸などの遺伝子治療薬、細胞内タンパク質もしくは表面タンパク質と相互作用する物質、タンパク質もしくはペプチド鎖、ペプチドホルモンもしくはステロイドホルモン、可溶性リガンドもしくは不溶性リガンド、または糖質を含むがそれらに限定されない治療薬を意味する。
【0025】
本明細書において用いられる場合、「遺伝子」という用語は、mRNA、機能タンパク質、ポリペプチドまたはペプチドなどの遺伝子産物をコードするDNAの単位を意味する。従って、「遺伝子発現」という用語は、遺伝子産物の産生を意味する。例えば、siRNAは、タンパク質の産生に利用可能なmRNAの量を減少させることによって遺伝子発現を改変する。
【0026】
本明細書において用いられる場合、「siRNA分子のプール」という用語は、共通のペイロードまたはサンプル中に一緒に組み合わされた2つ以上の異なるsiRNA分子(標的mRNA上の異なる部分配列を標的とする)を意味する。更に、プールは、多コピーのそれぞれの異なるsiRNA分子から成る(すなわち、100コピーのsiRNA分子1および100コピーのsiRNA分子2がsiRNA分子のプールを構成する)ことが理解されるべきである。
【0027】
本発明の実施形態は、内耳の有毛細胞を置換、再生または保護する組成物および方法を対象とする。好ましい実施形態では、有毛細胞の再生のための組成物は、Hes1、Hes5またはMAPK1遺伝子に関連したmRNAレベルを減少させるために十分な量のsiRNAを含有する生分解性ナノ粒子を含む。Hes1およびHes5は、参照により本明細書に組み入れられているZineら、J Neurosci. Jul 1;21 (13):4712-20 (2001)によって実証されたように、感覚有毛細胞の増殖および分化の調節において重要な役割を担うことが示されている。しかし、感覚有毛細胞の再生の治療標的としてのHes1および/またはHes5の可能性は、Battsら、Hear Res 249(1-2): 15-22 (2009)およびHartmanら、JARO 10: 321 -340 (2009)(その両方は参照により本明細書に組み入れられている)による若干相反する研究のため、明白ではない。
【0028】
関連した実施形態では、有毛細胞の保護のための組成物が提供される。組成物は、細胞死またはアポトーシスに関与する様々な遺伝子を標的とするsiRNA分子を含有する生分解性ナノ粒子を含む。蝸牛の老化過程および加齢性平衡障害を含む蝸牛ならびに内耳の平衡器官への損傷後、様々な細胞死経路が活性化される。これらの細胞死過程の阻害は、ある程度の損傷を予防することができ、それによって、記載された再生治療戦略の有効性を増加させる。言い換えると、進行中もしくは将来のこれらの細胞死過程の活性化を停止させるかまたは妨ぐことができる治療戦略は、再生戦略の前またはそれと同時に適用された場合、再生治療を向上させ、あるいは有用な治療として機能するであろう。
【0029】
本発明の実施形態を用いて標的とされうる細胞死遺伝子のいくつかの例は、カスパーゼ仲介性細胞死経路/タンパク質;腫瘍壊死因子(TNF)ファミリーのタンパク質;JNKシグナル伝達経路(分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ1(MAPK1)/c-Jun-N-末端キナーゼ(JNK)細胞死シグナル伝達カスケード);ネクローシス様プログラム細胞死のタンパク質/ペプチドメディエーター;カスパーゼ非依存性アポトーシスにおいてミトコンドリアからのアポトーシス誘導因子(AIF)の放出に必要とされる、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ-1(PARP-1)経路に関連するタンパク質;GDNF、FGF、BDNFなどの栄養因子;細胞死阻害ペプチドAM-111などの、内耳損傷によって引き起こされる細胞死過程を停止させるタンパク質;ならびにBak依存性ミトコンドリアアポトーシスプログラムに関連するタンパク質およびペプチドを含む。他の可能性のある標的は、Bax、Bcl-xl、Bcl-2およびTNFR1、カルパインIおよびカルパインII、ならびに活性カテプシンDを含む。本明細書に開示される実施形態を用いて、単一のナノ粒子ペイロード中での複数のsiRNAの使用によって、あるいは、異なるsiRNA ペイロードをそれぞれ有する2つ以上のナノ粒子を用いることによって、複数の細胞死経路が阻害され得る。更に、本発明のナノ粒子ペイロードは、Hes1またはHes5を標的とするsiRNAとともに、細胞死経路に関与する遺伝子を標的とするsiRNAsを含み得る。
【0030】
この実施形態の好ましい態様では、生分解性ナノ粒子は、MAPK1の発現を減少させるために十分なsiRNAを含有する。蝸牛損傷はプログラム細胞死(アポトーシス)を引き起こし得る。損傷は、機械的外傷、爆風外傷、音響外傷、感染症、炎症、毒素、シスプラチンなどの化学療法薬、アミノグリコシド系に含まれるもののような特定の抗生物質、および老化過程に起因し得る。JNK/MAPKシグナル伝達経路は、これらの病的過程の多くでプログラム細胞死に関与する。従って、JNK/MAPK活性化と関連する細胞死の阻害は、有望な治療道具となる。
【0031】
好ましい実施形態では、標的遺伝子発現を減少させるために使用される活性物質はsiRNAである。Hes1、Hes5およびMAPK1 mRNAを標的とするsiRNA分子は、例えば、Santa Cruz Biotechnology(Santa Cruz, CA)を含む様々な供給源から入手され得る。本明細書に記載されるsiRNA分子は、通常、それぞれの鎖の3’末端に2ヌクレオチド突出部分を有する19〜25ヌクレオチド長の二本鎖RNA分子である。これらのsiRNA分子は、目的とするsiRNA分子の前駆体(短ヘアピンRNA)をコードするプラスミドDNAのトランスフェクションによって、または当業者によって知られている他の様々な方法によって、細胞で内因的に産生され得ることに注意すべきである。Hes1、Hes5およびMAPK1を標的とする好ましいsiRNA分子は、下記に示される実施例においてより詳細に記載される。
【0032】
好ましい実施形態では、siRNA分子は、Woodrowら、Nature Materials. 8(6):526-33 (2009)(参照により本明細書に組み入れられている)によって記載された方法を用いて、PLGAのような生体適合性のある生分解性ポリマーのナノ粒子(SEM 測定に基づいて10〜300 nm)に組み込まれる。Woodrowらによって記載された方法は、in vivoでの標的遺伝子発現を効果的にサイレンシングすることが示されている、ナノ粒子あたり数百から1000分子(ポリマーのミリグラムあたり数マイクログラム)のsiRNAの充填を可能にする。しかし、本発明はPLGAに限定されるべきではなく、それが排除されることなく標的組織に遺伝子発現調節物質をカプセル封入して十分に送達できる限り、当業者に知られている任意の生体適合性のある生分解性ポリマーが使用されうる。1つの実施形態では、ナノ粒子は、それぞれが標的mRNA分子の異なるヌクレオチド部分配列を特異的に標的とする、2つ以上のsiRNA分子のプールを含有する。
【0033】
簡潔には、Woodrowらに記載された方法は、ダブルエマルション溶媒蒸発技術を含む。siRNA分子を、スペルミジン(Spe)などの天然のポリアミンを用いて安定化させる。回転式振とう機において室温で15分間、siRNAとSpeとの間での複合体形成を行う。siRNA(25〜200 nmoles)は、3:1、8:1、および15:1のSpe窒素対ポリヌクレオチドリン酸(N/P比)のモル比でSpeと結合される。200μLの安定化siRNA(治療用ペイロード)のTris-EDTAバッファー溶液を、氷上で60秒間プローブソニケーターを用いて2mLのPLGA(100 mg)/クロロホルム溶液に乳化して、第一油中水型エマルションを形成する。6 mLの2%ポリビニルアルコール(PVA)を加えることによって、この第一エマルションを再乳化する。その系を再度5分間超音波処理し、約3〜6時間撹拌してクロロホルムを蒸発させる。その結果得られたナノ粒子溶液を4℃で30分間15,000 rpmで遠心分離する。粒子をナノ純水(nanopure water)で洗浄し、余分なPVAを除去する。その結果得られたナノ粒子沈殿物を所望の容量のナノ純水に分散させ、48時間凍結乾燥して、使用するまで-20℃で保存する。エマルションを形成するために用いられるPVAの濃度、ならびに超音波処理の振幅および時間は、所望のサイズおよびsiRNA分子の充填量を有する粒子を調製するために最適化され得る。代替的なアプローチでは、ナノ粒子中のsiRNA ペイロードは、VaterおよびKlussmann, Curr Opin Drug Discov Devel 6(2):253-61 (2003)(参照により本明細書に組み入れられている)によって記載されるように、鏡像体RNA(spiegelmer)として調製され得る。この製剤はRNAの細胞内分解を遅らせる。
【0034】
別の実施形態では、ナノ粒子は更に、SPIONなどの磁気反応性粒子を含有する。この実施形態では、磁性粒子は、内耳の目的とする位置への磁場勾配の適用によって、ナノ粒子の移動または輸送の制御を可能にする。更に、ナノ粒子組成物へのSPIONの添加は、MRIスキャンにおける粒子の可視化を提供し、それによって適切な組織へのナノ粒子局在の確認を可能にする。これらの特性および利点は、Wasselら、Colloids and Surfaces A: Physiochem Eng. Aspects 292: 125-130 (2007)(参照により本明細書に組み入れられている)に、より詳細に記載される。
【0035】
SPIONは、上述のWoodrowらの方法を用いてPLGAナノ粒子複合体に組み込まれ得る。具体的には、SPIONは、約5〜10 mg/mLの範囲で、上述のようなsiRNA分子とともにPLGA/クロロホルム溶液中に分散され得る。SPIONは好ましい磁気反応性粒子であるが、本発明は、それに限定されるものとして理解されるべきではなく、ナノ粒子を磁気反応性にしてMRIによる可視化を可能にする他の磁性粒子も使用されうることが理解されるべきである。SPIONは、本明細書に記載される任意のナノ粒子/siRNA複合体中に組み込まれ得る。
【0036】
別の実施形態では、内耳の支持細胞の増殖を誘導する物質が、ナノ粒子に添加される。Hes1のサイレンシングによる有毛細胞の再生は、コルチ器官における支持細胞の感覚有毛細胞への変化を引き起こす。その結果、この変化は支持細胞数を減少させ、コルチ器官の完全性および機能の喪失を引き起こしうる。そのため、本実施形態は、最初に支持細胞の増殖を誘導する分子で内耳細胞を処理することを含む。従って、siRNAに加えて、SPIONを含むかまたは含まないナノ粒子複合体はまた、支持細胞の増殖を増加させることによって再生効果に寄与するであろう分子を治療上有効な用量で含有しうる。例えば、この増殖事象は、Skp2活性の増強、p27Kip1活性の低下、またはまだ発見されていない他の細胞周期進行および増殖の阻害剤の下方制御によって誘導されうる。
【0037】
この実施形態の別の態様では、支持細胞の増殖を誘導するために、トロンビンが使用されうる。トロンビンは、Skp2、サイクリンDおよびAならびにMiR-222を上方制御し、p27Kip1の活性を効果的に減少させる。従って、1つの実施形態では、トロンビンは、独立して投与されるタンパク質または治療用ペイロードのいずれかとして、ナノ粒子中のsiRNAペイロードと併用される。トロンビンは、好ましくは、siRNAの投与の24〜48時間前に投与される。トロンビンおよびsiRNA分子が単一ナノ粒子中の2つのペイロードとして組み合わされる場合、トロンビンおよびsiRNAは好ましくは、siRNAの24〜48時間前にトロンビンの放出を引き起こすような方法で組み込まれる。トロンビンは、約1〜2% w/wでナノ粒子複合体に含まれる。
【0038】
Hes1遺伝子のサイレンシングの再生効果に利点をもたらすことができる別の分子は、マイクロRNA MiR-222である。MiR-222は、p27Kip1を下方制御することによって支持細胞の増殖を誘導する。従って、別の実施形態は、ナノ粒子複合体内への治療上有効な量のMiR-222の添加を含む。MiR-222の利点を十分に享受するために、それはsiRNAの放出前に粒子から放出される。
【0039】
更に別の実施形態では、ナノ粒子複合体は更に、コクサッキー/アデノウイルス受容体に対する表面ペプチド修飾、またはトランスフェクションを促進する他のペプチドを含む。
【0040】
本発明の別の態様では、内耳の感覚有毛細胞を再生する方法が提供される。その方法は、内耳に溶液を適用するステップを含み、その溶液はHes1、Hes5、およびMAPK1からなる群より選択される標的遺伝子の発現を減少させるために十分な活性物質を含有する。好ましい実施形態では、その活性物質はナノ粒子内にカプセル封入されたsiRNA分子を含む。実際に、本明細書に記載された任意のナノ粒子/siRNA複合体が、この方法に使用され得る。
【0041】
溶液は、内耳に適合した任意の滅菌溶液であり得る。溶液は、理想的には、迷路の外リンパ液と等張である。好ましい実施形態では、溶液は、Chenら、J Control Release, 110(1):1-19 (2006)(参照により本明細書に組み入れられている)に記載されるような人工外リンパ液である。簡潔には、人工外リンパ液は、例えば、NaCl(120 mM);KCl(3.5 mM);CaCl
2(1.5 mM);グルコース(5.5 mM);およびHEPES(20 mM)から成る。人工外リンパ液のpHは、NaOHによって7.5に調整され得る。他の可能性は、滅菌水中の5%デキストロース、滅菌生理食塩水、またはリン酸緩衝生理食塩水を含む。
【0042】
注入量は、好ましくは、10〜100分間に渡ってゆっくり注入される1〜100μlの範囲である。更に、注入は、微量注入装置を用いて、必要に応じて時間あたり1〜20μlの範囲で数日間または数週間に延長されうる。必要であれば、複数回の注入が繰り返されうる。
【0043】
好ましい実施形態では、溶液は、その中に懸濁されたsiRNAペイロードを有するナノ粒子を含有する。ナノ粒子懸濁液は、目的とする量のナノ粒子を溶液中に0.5〜5 mg/mLの濃度範囲で混合することによって調製され得る。それは、ナノ粒子を溶液中に分散させるために数秒間超音波処理され、ナノ粒子の凝集を防ぐために約2〜4℃で保存され得る。
【0044】
溶液は、多数の異なる方法を用いて内耳に適用され得る。1つの実施形態では、溶液は、正円窓膜(RWM)を介した直接注入によって、またはRWMを通じて設置された一時的もしくは常設のカニューレを介した注入によって、投与され得る。注入または注射は、付属の微量注入ポンプ、透析装置、または液体交換システムによって補助され得る。同様の注射または注入技術はまた、卵円窓、および/または卵円窓靱帯もしくは卵円窓輪状靭帯(oval window ligament or annulus)にも適用されうる。注射または注入は更に、蝸牛開窓術(cochleostomy)または三半規管の1つなどの骨迷路内への他の開口部を介して達成されうる。あるいは、皮質骨が迷路から除去され、粒子を含有するゲルが、骨内送達のために皮質除去された骨上に適用されうる。粒子はまた、静脈内または動脈内投与によって全身送達されうる。
【0045】
別の実施形態では、ナノ粒子投与は、intra EAR正円窓カテーテル(RW McCath(商標))のようなマイクロカテーテルの使用を含む。この方法では、このようなカテーテルを(例えば、直接鼓膜穿刺(tympanotomy)によって、または内視鏡によって)外耳道から中耳内に導入し、カテーテルの遠位端を速やかに正円窓膜の近傍に設置する。その後、ナノ粒子溶液をカテーテル内に通し、正円窓膜と密接させ、内耳へのナノ粒子溶液の拡散を促進させる。これらのマイクロカテーテルは、中耳の正円窓膜への持続的な薬物の制御送達を可能にし、最大29日間適切な位置を保ち得る(あるマイクロカテーテルの使用方法による)。
【0046】
別の実施形態では、ナノ粒子溶液は中耳に適用することができ、その方法は更に、正円窓膜を横切って内耳への粒子の輸送を増進するために、磁力を適用するステップを含む。この実施形態では、siRNAを充填したナノ粒子は更に、SPIONまたは他の磁気反応性粒子を含有する。ナノ粒子を内耳に移動させるための磁力の使用は、米国特許第7,723,311号ならびに米国特許出願公開番号US 2004/0133099およびUS 2005/0271732に記載されており、それらはすべて参照により本明細書に組み入れられている。好ましくは、ナノ粒子を含む溶液は、中耳の正円窓膜(RWM)の表面に投与され、RWMを介して内耳領域内にナノ粒子を動かすために磁力が適用される。あるいは、磁気により増進される送達は、卵円窓(OW)窩および輪状靱帯に適用され得る。
【0047】
より具体的には、磁気反応性ナノ粒子の中耳送達は、例えば、ナノ粒子溶液の中耳への経鼓膜注入(例えば、鼓膜穿刺アプローチを用いて鼓膜を経由する)によって促進される。このために、27ゲージクモ膜下穿刺針(spinal needle)を取り付けた1立方センチメートルのツベルクリン注射器を、ナノ粒子の鼓室内送達のために鼓膜に挿入する。正円窓膜を横切る中耳から内耳への送達は、外部に設置された外耳道内の磁場によって促進され、正円窓膜を横切って内耳液中に磁気反応性ナノ粒子を動かす。
【0048】
あるいは、粒子を磁気的に捕捉してそれらを内耳の循環に集中させる方法として、強力な永久磁石が、中耳内の骨迷路の表面または乳突洞(mastoid cavity)に設置されうる。
【0049】
別の実施形態では、RWMもしくはOWを介した粒子もしくは薬物の送達を更に促進するために、耳への高周波音曝露または低周波音曝露が用いられる。
【0050】
本発明の方法の更に別の実施形態では、ナノ粒子溶液は、人工内耳もしくは他の蝸牛内装置の設置時に、または蝸牛を開口する他の機会に投与される。治療は、装置の挿入に必要とされる蝸牛開窓術を利用して、装置の設置時に行われうる。あるいは、本出願に記載される治療薬は、装置に組み込まれた薬物送達カテーテルを介して、または独立して挿入される装置として、または蝸牛内に挿入される装置上の徐放性ポリマーコーティングとして注入されうる。この例では、人工内耳の電極は、埋め込み装置の一部として内蔵型薬物送達カニューレおよび付属マイクロポンプを備えて設計されうる。
【0051】
別の実施形態では、適切な治療薬を含有するナノ粒子は、人工内耳の挿入時に一時的なカニューレによって、または蝸牛開窓術によって挿入される内蔵型カニューレを介して、または正円窓膜を介して注入されうる。あるいは、人工内耳電極表面は、拡散による徐放性送達のために、所望のsiRNAを含有するナノ粒子ポリマーでコーティングされうる。コーティングは、好ましくは、siRNAの放出を保護し、制御するポリマーコーティングである。例えば、PEG、PLGAまたはその組合せが、薬物放出の必要条件に応じて使用されうる。いずれにせよ、コーティングは、生体適合性であり、滅菌処理に耐えることができ、長い品質保持期間を有するべきである。
(実施例)
【0052】
本明細書において開示される組成物および方法は、聴覚障害および平衡障害の両方の治療のために提案される。本明細書の下記に示される実施例は、内耳での感覚有毛細胞、より具体的には蝸牛もしくは前庭迷路感覚上皮の有毛細胞の置換、保護および/または再生において、開示された組成物ならびに方法の使用を支持する化学的データを提供する。これらの新たな有毛細胞は、平衡感覚および聴覚を改善するために機能的であるのに十分に正常な解剖学的方向性を有する。
【0053】
Hes1 mRNA(Hes1 siRNA)およびHes5 mRNA(Hes5 siRNA)を標的とするsiRNA分子の使用に関する下記のすべての実施例では、3つのsiRNA分子のプールが使用された。MAPK1 mRNAを標的とするsiRNA分子(MAPK1 siRNA)の実施例では、単一のRNA分子が使用された。下記の実施例に使用されるsiRNA分子の配列は、表1、2および3に示される。Hes1 siRNAおよびHes5 siRNA分子は、Santa Cruz Biotechnology(Santa Cruz, CA)から入手された。MAPK1 siRNA分子は、GenScriptを用いて合成された。siRNA-PLGAナノ粒子の調製に関して上述された方法(Woodrowら)は、すべての関連する実施例に用いられた。
【表1】
【表2】
【表3】
【実施例】
【0054】
〔実施例1〕
本研究の目的は、Hes1発現の減少がネオマイシン誘導性細胞死後の有毛細胞数および毛束数の増加をもたらすことを実証することであった。
【0055】
300グラムのモルモットから卵形嚢斑を外植し、in vitroで1日間培養し、ネオマイシンに48時間曝露した後、スクランブル(対照)またはHes1 siRNA(20 nmolar)で処理し、更に5日間培養した。組織を共焦点顕微鏡法および透過電子顕微鏡法(TEM)によって評価した。
【0056】
図1は、スクランブルRNA対照群(A、E)、ネオマイシン処理群(B、F)、およびネオマイシン+Hes1 siRNA処理群(C、D、G、H)の卵形嚢から撮られたTEM画像を示す。下段の画像は、上段より高倍率の画像である。正常な対照群の卵形嚢では、二層の細胞が見られる(A)。有毛細胞(1型-Tl、および2型-T2、上層)は、毛束(A、Eの矢印)ならびにクチクラ板(A、Eの星印)を示す。支持細胞(Aの矢じり)は基底膜と接している。ネオマイシン処理群の卵形嚢では、1つの有毛細胞が見られ、この細胞(BのHC)の先端には毛束は見られない。この領域の細胞の先端には連続的なマイクロフィラメントの帯が形成されていた(BおよびFの星印)。毛束はほとんど見られなかった(Fの矢印)。ネオマイシン+Hes1 siRNA処理群の卵形嚢斑のいくつかの領域では、二層の細胞が見られる(C)。上層での有毛細胞は毛束(CおよびGの矢印)ならびにクチクラ板(CおよびGの星印)を有し、一方、支持細胞は下層において見られる(Cの矢じり)。ネオマイシン+siRNA処理群の卵形嚢斑のいくつかの領域では、一層の細胞も見られる(DおよびH)。これらの細胞は毛束(hair cell bundles)(Hの矢印)およびクチクラ板(Hの星印)を有し、更に直接基底膜と接している(D)。A〜Hのスケールバーは2ミクロンである。
【0057】
下記の
図1に示される結果は、ネオマイシン誘導性有毛細胞死の後にHes1の発現を減少させることが、外植されたモルモットの卵形嚢斑において有毛細胞数および毛束数を増加させることを実証する。
【0058】
〔実施例2〕
本研究の目的は、in vivoで外部磁力を用いて、モルモットの正円窓膜(RWM)を横切って、プラスミドDNA-ルシフェラーゼ(pDNA)およびSPIONを含有するPLGAナノ粒子を送達する能力を実証することであった。
【0059】
pDNAおよびSPIONペイロードを含有するPLGAナノ粒子を含む2μlの溶液を、試験される12匹の成体モルモットそれぞれの片耳のRWMに置き、12匹のモルモットのうち6匹を約0.4テスラと推定される外部磁力に曝露した。その後、被験体のRWM窩および蝸牛を慎重に取り出し、分離して、0.1%SDS、Tris-EDTA(pH 8.0)バッファー中、50℃で12時間プロテイナーゼK分解した。その後、残りのタンパク質のフェノール-クロロホルム変性によってpDNAをこれらの組織から抽出し、あらかじめ冷却したエタノールで一晩沈殿させた。全pDNAを再懸濁して100μlにし、5μlをそれぞれのRT-PCR反応に用いた。Invitrogen Express One-Step SYBR Green PCR Master Mixを用いて、20μl反応でのPCRを準備した。Genscriptソフトウェアを用いてプライマーを設計した(ルシフェラーゼフォワードプライマー5’-TGGAGAGCAACTGCATAAGG-3’およびリバースプライマー5’-CGTTTCATAGCTTCTGCCAA-3’)。同時に、pDNA-ルシフェラーゼ(0.01 pg〜1 ng/ml)の段階希釈した鋳型を用いた同じRT-PCRの実行によって、標準曲線を作成した。Eppendorf Realplex装置で融解曲線およびPCRを実行し、結果をRealplex Data Processingソフトウェアで分析した。標準曲線に基づいて各サンプル中のpDNA絶対量を計算した。各サンプルを三連で行い、標準偏差が0.5超異なるサイクル閾値は分析から除外した後、平均してpDNA量を計算した。
【0060】
図2は、対照と磁気により補助される輸送とを比較する棒グラフを示す。結果は、6回の実験(磁気曝露を受けていない6匹の対照動物および磁気曝露を受けた6匹の動物)の平均値±S.E.M(平均値の標準誤差)として表される。統計比較は、対応のあるデータのスチューデントのt検定(両側検定)を用いて行われた。
【0061】
図2の結果は、外部磁力の適用がpDNAの外リンパ/蝸牛送達において有意な3.5倍の増加をもたらしたことを実証する(p<0.05)。加えて、pDNAを与える外科的処置をした耳とは反対の動物の耳では、pDNAは見られなかった。これは、この方法を用いたRWMを横切る核酸ペイロードの輸送の成功を裏付ける。
【0062】
〔実施例3〕
本研究の目的は、外植されたモルモット卵形嚢組織に送達されたHes1 siRNAが、ネオマイシンまたは4-HNE誘導性損傷後に新たな有毛細胞(未成熟に見える有毛細胞)の産生を増加させる効果があるかどうかを確認することであった。
【0063】
6週齢の有色モルモットから卵形嚢を摘出して、Quintら、Hear Res 118(1-2): 157-67 (1998)(参照により本明細書に組み入れられている)に記載される一般的な手法に従って、毒素ネオマイシン(1mM)または4-HNE(200μM)に曝露した。48時間後、毒素を含まない培地に培養物を入れて、トランスフェクション試薬jet SI(Polyplus-Transfection Inc., New York, NY)を用いて、24時間、Hes1 siRNA(24 pmole/20nM)またはスクランブルdsRNA(24 pmole)(対照)のいずれかによってトランスフェクトした。その後、組織を更に3日間、siRNAを含まない新鮮な培地中で培養した。卵形嚢を4%パラホルムアルデヒド中で1時間、室温で固定し、PBSで3回洗浄し、PBS中の0.05% Triton X-100を用いて30分間透過処理し、その後、PBSで3回洗浄した。外植片を45分間、暗所室温でTRITC結合ファロイジン(3μg/mL)によって標識した。Olympus BX-51落射蛍光顕微鏡を用いて、560〜590nmに設定された黄色励起フィルターによって、ファロイジン標識した有毛細胞(HC)を観察した。各外植片(条件あたりn=3〜4個の卵形嚢)について、6〜10の2500μm
2視野で、未成熟に見える有毛細胞(IAHC)を数えた。IAHCは、突出した動毛を含むかまたは含まない、非常に短い均一な不動毛束を有した。IAHCを定量化し、平均値±SEM(標準誤差)で表した。異なる条件間での平均値を比較するために、LSD post hocテストを伴うANOVAを用いた。p値<O.05を有意と判断した。
【0064】
図3は、Hes1 siRNAで処理されていない毒素に曝露された外植片およびスクランブルsiRNAで処理された外植卵形嚢(毒素に曝露されていない対照)と比較した、Hes1 siRNAで処理された毒素に曝露された外植片におけるIAHC数の定量的結果を示す。
【0065】
図3のデータは、Hes1 siRNAの適用が、ネオマイシンまたは4-HNEのいずれかで処理された成体モルモットの外植された卵形嚢組織において、新たな有毛細胞(IAHC)の数を有意に増加させることを実証する(p≦0.001)。対照データは、正常な条件下および毒素による損傷後には、細胞は、新たな有毛細胞を産生するための限られた天然の能力しか持たないことを示す。しかし、Hes1遺伝子発現のサイレンシングは、新たな有毛細胞を産生する細胞の能力を有意に増加させる。
【0066】
〔実施例4〕
本研究の目的は、7テスラMRIスキャンを用いて非侵襲的にPLGA/SPIONナノ粒子を可視化することができるかどうかを決定することであった。
【0067】
(a)ナノ粒子に曝露されていないモルモット(ナノ粒子に曝露されたものと反対側の耳からの対照蝸牛)、(b)磁力の非存在下でPLGA/SPION ナノ粒子を含有する溶液をRWM に投与されたモルモット、および(c)磁力の存在下でPLGA/SPIONナノ粒子を含有する溶液をRWMに投与されたモルモットから、7テスラMRI画像を撮影した。45分間のPLGA-SPIONナノ粒子への曝露後、直ちに蝸牛を摘出し、Townerら、Molecular Imaging 6(1): 18-29 (2007);Townerら、Tissue Eng Part A Aug 7 (2009) [印刷物に先駆けたオンライン出版];Townerら、Tissue Eng Part A, Jan 10 (2010) [印刷物に先駆けたオンライン出版](以下、「Townerの参考文献」と総称する)(これらは参照により本明細書に組み入れられている)に記載されるように、7テスラMRIスキャンを行った。
図4および5の画像は摘出された蝸牛から撮られたが、実施例4の結果を踏まえてTownerの参考文献は、PLGA/SPIONナノ粒子複合体を用いたin vivo画像化の可能性を十分に実証する。T1およびT2マップ値が記録され、結果は
図4および5に示される。
【0068】
図4および5において示されているように、PLGA/SPIONナノ粒子に曝露された動物の蝸牛の基底回転では、T1およびT2値の減少があった。更に、このT1およびT2の減少は、外部磁場の存在によって促進された。これは、蝸牛におけるナノ粒子の存在を示し、このような検出システムがナノ粒子への組織曝露を確認するために使用され得る証拠を提供する。更に、本研究は、外部磁力の適用が、内耳の特定の領域にPLGA/SPIONナノ粒子を集中させるために使用され得ることを実証する。
【0069】
〔実施例5〕
本研究の目的は、本研究に用いられるHes1 siRNA分子がHes1 mRNAレベルを減少させるために有効であることを実証することであった。
【0070】
P3 CD-1新生仔マウスから蝸牛組織を摘出して、底にコラーゲンゲル滴を含む35 mm培養皿において培養した。24時間の初期培養後、jetSIトランスフェクション試薬(Polyplus Inc.)を用いて、蝸牛をHES1 siRNA(20nM)でトランスフェクトした。対照組織は、同じ濃度のスクランブルsiRNAで処理された。2日後、すべての組織を新鮮な培地中に入れた。培養物を7日間in vitroで維持した。蝸牛の器官型培養物をPBSで洗浄し、TRIzol試薬(Invitrogen)を用いて全RNAを抽出した。Eppendorf realplex PCR 装置でのqRT-PCRによって、Hes1 mRNAレベルを解析した。
【0071】
図6に示されるように、本研究に使用されたHes1 siRNA分子は、Hes1 mRNAの約75%の減少を引き起こした。
【0072】
〔実施例6〕
本研究の目的は、Hes1 siRNAが、4-HNEによる損傷後の蝸牛における有毛細胞数の増加に有効であるかどうかを決定することであった。
【0073】
P3 CD-1新生仔マウスからコルチ器官を摘出して、35 mmペトリ皿のインスリン-トランスフェリン亜セレン酸添加剤(Sigma I-884)を加えたDMEM中、コラーゲンゲル滴上で培養した。24時間後、4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)(200μM)を培地中に添加し、対照組織は薬物を含まない培地中で維持された。24時間後、jetSI(Polyplus)トランスフェクション試薬を2 mM用いて、組織をHES1 siRNA(1.2 ml 中20nM)(24pmol)でトランスフェクトし、その後、DMEM培地を加えた。48時間後、すべての組織に、siRNAまたは4-HNEを含まない新鮮な培地を加えた。更に2日間培養した後、すべての組織を回収し、4%パラホルムアルデヒドで固定し、ミオシンVIIa抗体およびファロイジン- TRITC(F-アクチン染色)を用いて免疫染色した。40×対物レンズを用いた蛍光顕微鏡法(Olympus BX 51蛍光顕微鏡)により、有毛細胞の計数および同定を行った。毒素曝露後に有毛細胞として計数されるためには、細胞は、クチクラ板を明示し、ミオシン7陽性であり、不動毛束を有していなければならなかった。
【0074】
コルチ器官では、Hes1 siRNAのトランスフェクションは、4-HNEによる損傷後、コルチ器官での有毛細胞の増加をもたらした。
図7に示されるように、4-HNEは蝸牛の有毛細胞数を有意に減少させた(p<0.05)。RNAiによるHes1遺伝子発現の抑制は、損傷後の有毛細胞の有意な(p<0.05)再生を引き起こした。これらの結果は、Hes1の発現を減少させることが、通常の条件下ならびに4-HNEによる損傷に応答した、コルチ器官での有毛細胞数の増加に有効であることを実証する。
【0075】
〔実施例7〕
本実験の目的は、Hes1 siRNAを充填したPLGAナノ粒子が、損傷後の有毛細胞数の増加に有効であることを実証することである。
【0076】
P3 CD-1新生仔マウスからコルチ器官を摘出して、35 mmペトリ皿のインスリン-トランスフェリン亜セレン酸添加剤(Sigma I-884)を加えたDMEM中、コラーゲンゲル滴上で培養した。下記の実験条件が試験された。すなわち、(1)対照(n=6);(2)4-HNE(200μM)(n=6);(3)Hes1 siRNA(50μg/ml)を充填したPLGAナノ粒子(NP)(n=6);(4)4-HNE(200μM)+Hes1 siRNA(1μg/ml)を充填したPLGA NP(n=6);(5)4-HNE(200μM)+Hes1 siRNA(10μg/ml)を充填したPLGA NP(n=6);(6)4-HNE(200μM)+Hes1 siRNA(50μg/ml)を充填したPLGA NP(n=6);(7)4-HNE(200μM)+Hes1 siRNA(100μg/ml)を充填したPLGA NP(n=2);(8)4-HNE(200μM)+対照スクランブルsiRNA(scRNA)(50μg/ml)を充填したPLGA NP(n=6);(9)4-HNE(200μM)+scRNA(100μg/ml)を充填したPLGA NP(n=1)。4-HNE(200μM)を含むかまたは含まない培地中で、細胞を24時間培養し、その後、Hes1 siRNAまたはscRNAを充填したPLGAナノ粒子で処理した。細胞がsiRNA含有PLGAナノ粒子による3回の処理に曝露されるように、48時間毎に培地を交換した。すべての組織を8日目に回収し、4%パラホルムアルデヒドで固定し、ミオシンVIIa抗体およびファロイジン-TRITC(F-アクチン染色)を用いて免疫染色した。40×対物レンズを用いた蛍光顕微鏡法(Olympus BX 51蛍光顕微鏡)により、OCの中回転における内有毛細胞および外有毛細胞を計数し、同定した。毒素曝露後に有毛細胞として計数されるためには、細胞は下記の特性、すなわち(1)クチクラ板;(2)ミオシン7陽性;(3)不動毛束を示さなければならなかった。
【0077】
図8は、上述の様々な実験群のOC培養物の中回転における内有毛細胞(IHC)および外有毛細胞(OHC)の数を示す。データは平均値+SDで表される。4-HNE曝露は、正常な対照と比較してOHC数を有意に減少させた。耳毒素による損傷のないOC培養物のHes1 siRNAナノ粒子(Hes1 NP)のみ(50 μg/ml)による処理は、正常な対照と比較して有毛細胞数を増加させた(p=0.02)。耳毒素により損傷された(200μM 4-HNE)OC培養物の50または100μg/ml Hes1 NPによる処理は、より低用量のHes1 NP(1または10 μg/ml、p=0.0001)と比較してOHC数を有意に増加させた。予想された通り、scRNAナノ粒子(50または100μg/ml)は、4-HNEに曝露されたOC中の有毛細胞数に影響を与えなかった。
【0078】
結論として、Hes1 siRNAをカプセル封入したPLGAナノ粒子による処理は、コルチ器官の有毛細胞数を増加させた。
【0079】
〔実施例8〕
本研究の目的は、トランスフェクション試薬jetSI(MAPK1 siRNA)またはPLGAナノ粒子(MAPK1 siRNA-NP)に補助されたMAPK1を標的とするsiRNAが、ネオマイシンによる損傷後の球形嚢における有毛細胞死の予防に有効であるかどうかを決定することであった。
【0080】
P3 CD-1新生仔マウスから球形嚢を摘出して、35 mmペトリ皿のインスリン-トランスフェリン亜セレン酸添加剤(Sigma I-884)を加えたDMEM中、コラーゲンゲル滴上で培養した。24時間後、培地を、MAPK1 siRNA(標準的なトランスフェクション試薬:25 nM;50 nM;75 nM;および100 nM)(PLGAナノ粒子:167μg/ml;333μg/ml;500μg/ml;および667μg/ml)の存在下または非存在下で、最終濃度4 mMのネオマイシンを含有する培地に交換した。対照群は薬物を含まない培地で維持された。全8日間の培養後、すべての外植片を回収し、4%パラホルムアルデヒド中で1時間、室温で固定し、PBSで3回洗浄し、PBS中の0.05%Triton X-100を用いて30分間透過処理し、その後、PBSで3回洗浄した。外植片を45分間、暗所室温でTRITC結合ファロイジン(3μg/ml)によって標識した。Olympus BX-51落射蛍光顕微鏡を用いて、560〜590nmに設定された黄色励起フィルターによって、ファロイジン標識したHCを観察した。各外植片(条件あたりn=3〜5個の球形嚢)について、4つの2500μm
2視野から、有毛細胞(HC)を数えた。HCを定量化し、平均値±SEM(標準誤差)で表した。異なる条件間での平均値を比較するために、LSD post hocテストを伴うANOVAを用いた。p値<O.05を有意と判断した。
【0081】
図9は、正常な対照、ネオマイシン(4 mM)、ネオマイシン(4 mM)+MAPK1 siRNA、およびネオマイシン(4 mM)+MAPK1 siRNA-NPでの球形嚢の器官型培養物における有毛細胞数を示す。ネオマイシン(4 mM)による処理は、対照と比較してすべての群で有毛細胞数を有意に減少させた(p<0.01)。しかし、MAPK1 siRNA(50 nMもしくは75 nM、p<0.05)またはMAPK1 siRNA-NP(167μg/ml、333μg/ml、500μg/mlもしくは667μg/ml)による処理は、ネオマイシン(4 mM)単独での処理と比較して、生存している有毛細胞数を有意に増加させた(p<0.05)。MAPK1 siRNAまたはMAPK1 siRNA-NPの濃度の増加は、有毛細胞数に有意な影響を及ぼさなかった(p>0.05)。これらの結果は、標準的なトランスフェクション試薬とともに投与されたか、またはPLGAナノ粒子にカプセル封入されたMAPK1 siRNAが、球形嚢の器官型培養物においてネオマイシンによって引き起こされる有毛細胞死の予防に成功することを示唆する。
【0082】
本発明は、本明細書に開示される実施形態に関連して記載されているが、本出願は、これらの実施形態に限定されることを意図したものではなく、添付の特許請求の範囲内であるよう意図される、当技術分野において既知または慣用のものを含む、本発明の他の変形形態、使用、または適合形態を包含しうることが理解されるべきである。