(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
土木建築分野において、U形、Z形、直線形、及び、ハット形の鋼矢板、及び、該鋼矢板と形鋼を組み合わせた鋼矢板が、土砂の崩落を防ぐ土留め壁、地下構造物の壁、河川や港湾の護岸壁、道路工事用の擁壁等に広く使用されている。鋼矢板は、剛性が高いものであるが、硬い地盤への打設や繰り返し使用により変形が発生することがある。
【0003】
図1に、鋼矢板の地中での変形態様を示す。
図1(a)に、鋼矢板に作用する土圧の作用態様を示し、
図1(b)に、変形前後の鋼矢板の態様を示す。鋼矢板を打設していくと、鋼矢板の凹部に閉塞領域2が形成されて、該領域に周辺地盤の水平土圧よりも高い水平土圧Pが発生し上記凹部に作用する。
【0004】
水平土圧Pが打設時の鋼矢板の変形要因となり、
図1(b)に示すように、打設深度が深くなるに従い、鋼矢板1の隅角部1cが拡がる(図中、拡がった隅角部1c'、参照)とともに、鋼矢板1の下端部の変形幅W1、W2が拡大し、鋼矢板1の全幅(継手1d間の間隔)も拡大する。
【0005】
通常、先行打設鋼矢板の継手に後行打設鋼矢板の一方の継手を嵌合させながら打設するが、先行打設鋼矢板の継手変位量が大きいと、先行打設鋼矢板と後行打設鋼矢板の継手嵌合が難しくなり、打設中、継手のせりや、鋼矢板の高止まりが発生する。また、鋼矢板を繰り返して利用する場合、鋼矢板に変形が蓄積していると、引抜き後に矯正作業が必要になり、残留変形が大きい場合には、鋼矢板の利用回数の低減につながる。
【0006】
図2に、鋼矢板の正確な打込みを図る一手段を示す(非特許文献1、参照)。
図2に示す打込み手段おいては、鋼矢板1の正確な打込み位置と施工時の安定性を確保するため、地盤5の表面に、鋼矢板壁1’の法線に対して平行に2列の導枠4を打ち込み、その内側に導梁3を取り付けている。
【0007】
しかし、
図2に示す打込み手段は、上記2列の導杭4の配置により、地盤5の表面での鋼矢板1の打設位置の精度(鉛直性と直進性)を確保できるが、地盤5中で発生する鋼矢板1の反りや曲がりを抑止することはできない。
【0008】
図3に、鋼矢板自体の断面剛性を高めるため、U形鋼矢板のフランジの外側にH形鋼を取り付けた地中連続壁用鋼材を示す(特許文献1、参照)。
図3に示す地中連続壁用鋼材においては、鋼矢板1zのフランジにH形鋼6が固定されているので、鋼矢板壁の壁体直交方向において変形抑止効果はあるが、隅角部1cにおける隅角部の拡がりに対する変形抑止にはならない。
【0009】
図4に、補剛部材を取り付けた鋼矢板で構成した地下壁構造を示す(特許文献2、参照)。
図4(a)に、補剛部材を取り付けた鋼矢板の断面を示し、
図4(b)に、地下壁構造の態様を示す。
【0010】
鋼矢板1の凹部の最大開口部位に補剛部材8を取り付けた鋼矢板(
図4(a)、参照)で、鋼矢板壁1’は柱7と接続されている(
図4(b)、参照)。補剛部材8の存在で、鋼矢板1の座屈が抑制されるとともに、鋼矢板壁の壁体方向(面内方向)におけるせん断耐力が向上する。
【0011】
図4(a)に示す鋼矢板1においては、補剛部材8で鋼矢板1の略全幅を固定しているので、鋼矢板の変形を抑止する効果は発現するが、補剛部材8と鋼矢板1で閉塞領域2が形成されるため、閉塞による鉛直土圧の上昇によって打設抵抗が増す。
【0012】
特に、鋼矢板1の下端部に補剛部材8を配置した場合、先端閉塞によって鋼矢板を変形させる要因となる水平土圧が著しく増大して、鋼矢板が大きく反り、継手嵌合の際にせりが発生することで、打設抵抗(=打込みに必要な力)が増大し、鋼矢板の施工性が損なわれる。
【0013】
図5に、積重ね用間隔保持部を備えたハット形鋼矢板を示す(特許文献3、参照)。ハット形鋼矢板1yの隅角部1cに、厚みのある積重ね用間隔保持部1y'が設けられている。積重ね用間隔保持部1y'を設けると、鋼矢板の積重ね時、ウェブや継手が接触しないので、鋼矢板の保管時の変形を防止することができる。
【0014】
鋼矢板の保管時に変形しないので、打設時、変形のない鋼矢板を打設することになり、打設当初及び打設途中、地中における鋼矢板の鉛直性及び直進性を確保することができる。しかし、圧延過程で、隅角部の全長にわたって同一の厚みを形成する必要があり、鋼矢板の製造コストは上昇する。
【0015】
製造過程で、部分的に必要位置のみを厚くしたり、軸方向に厚みを変えたりすることはできない。
図5に示すハット形鋼矢板は、市販品になく、特注品になるので、価格が高くなる。
【0016】
図6に、鋼矢板の先端を保護する先端保護治具を示す(非特許文献2、参照)。硬い地盤に鋼矢板を打ち込む際、鋼矢板の先端部に先端保護治具9を取り付けて、鋼矢板の先端部の変形を抑止する。なお、先端保護治具の先端は、打設時の抵抗を低減させるために、切込み9aが形成されている。
【0017】
しかし、
図6に示す先端保護治具は、鋼矢板の先端部のみの変形を抑止するのにとどまり、鋼矢板全体の変形抑制には効果がない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、鋼矢板の変形防止に係る従来技術の問題点に鑑み、打設時に地中で発生する鋼矢板の変形を抑止することを課題とし、該課題を解決し、さらに、加工が簡単で、現場作業が容易で、鋼矢板の施工性を阻害しない変形抑止治具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について検討するため、鋼矢板の打設時の変形機構を解析した。その結果、打設時に鋼矢板凹部に形成される閉塞領域に作用する大きな水平土圧によって、鋼矢板の隅角部が拡がり、それに伴い、鋼矢板の継手の位置が変位し、また、鋼矢板の全幅が拡がることが判明した。
【0022】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0023】
(1)鋼矢板のウェブとフランジ、又は、ウェブとアームとによって形成される隅角部に装着する
板状部材であって、
上記板状部材が、鋼矢板の隅角部の内面又は外面に合致する板面を備え、
上記板状部材の半幅が、鋼矢板フランジ板厚の2.2倍以上であり、
上記隅角部の内面、外面、又は、両面に、鋼矢板の軸方向に装着することを特徴とする鋼矢板の打設時変形抑止治具。
【0024】
(2)前記
板状部材を、鋼矢板の軸方向に沿って、鋼矢板の全長にわたって、連続して又は断続して装着することを特徴とする前記(1)に記載の鋼矢板の打設時変形抑止治具。
【0025】
(3)前記
板状部材を、鋼矢板の軸方向に沿って、鋼矢板の下端から地表面以下の根入れ長さの1/2未満の範囲内で、連続して又は断続して装着することを特徴とする前記(1)に記載の鋼矢板の打設時変形抑止治具。
【0026】
(4)前記
板状部材の最下端に切り込みが入っていることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の鋼矢板の打設時変形抑止治具。
【0029】
(
5)前記
板状部材の装着を、溶接、ボルト、又は、接着剤で行うことを特徴とする前記(1)〜(
4)のいずれかに記載の鋼矢板の打設時変形抑止治具。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、鋼矢板の積重ね時、鋼矢板間の間隔を保持できるので、積み重ねによる変形を防止でき、かつ、鋼矢板の打設時、鋼矢板の隅角部の拡がりを抑止して、地中での鋼矢板全体の変形を抑止することができる。
【0031】
また、本発明によれば、現場での加工が可能で、特に、板厚が薄い鋼矢板を繰り返して使用する場合、引抜き後の矯正の手間が省け、繰り返して使用する回数が増加する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】鋼矢板の地中での変形態様を示す図である。(a)は、鋼矢板に作用する土圧の作用態様を示し、(b)は、変形前後の鋼矢板の態様を示す。
【
図2】鋼矢板の正確な打込みを図る一手段を示す図である(非特許文献1、参照)。
【
図3】U形鋼矢板のフランジの外側にH形鋼を取り付けた地中連続壁用鋼材を示す図である(特許文献1、参照)。
【
図4】補剛材を取り付けた鋼矢板で構成した地下壁構造を示す図である(特許文献2、参照)。(a)は、補剛材を取り付けた鋼矢板の断面を示し、(b)は、地下壁構造の態様を示す。
【
図5】積重ね用間隔保持部を備えたハット形鋼矢板の態様を示す図である(特許文献3、参照)。
【
図6】鋼矢板の先端を保護する先端保護治具を示す図である(非特許文献2、参照)。
【
図7】ハット形鋼矢板に変形抑止治具を装着した一態様を示す図である。
【
図8】鋼矢板の打設時に形成される閉塞領域を示す図である。
【
図9】鋼矢板の面外曲げ剛性を高める変形抑止治具の装着位置を示す図である。
【
図10】鋼矢板壁の厚さに制限がある場合の変形抑止治具の装着態様を示す図である。
【
図11】変形抑止治具の多様な装着態様を示す図である。(a)は、1つの隅角部に2つの変形抑止治具を装着する態様を示し、(b)は、1つの隅角部に1つの変形抑止治具を装着する場合における種々の装着態様を示し、(c)は、鋼矢板にH形鋼を連結した場合における変形防止治具の装着態様を示す。
【
図12】H形鋼を連結した剛性の高い鋼矢板を順次打設して鋼矢板壁を構成する場合における変形抑止治具の装着態様を示す図である。
【
図13】変形抑止治具の隅角部への装着と、嵌合継手における継手遊間を示す図である。(a)は、変形抑止治具の隅角部への装着を示し、(b)は、嵌合継手における継手遊間を示す。
【
図14】鋼矢板の打設深度と継手の変位量の相関を調査した結果を示す図である。
【
図15】鋼矢板の軸方向の変形抑止治具の装着における種々の装着態様を示す図である。(a)は、鋼矢板の軸方向において、全長にわたり、連続して変形抑止治具を装着した態様を示し、(b)は、鋼矢板の軸方向において、全長にわたり、断続的に変形抑止治具を装着した態様を示し、(c)は、鋼矢板の軸方向において、下部の所要の範囲に、連続して変形抑止治具を装着した態様を示し、(d)は、鋼矢板の軸方向において、下部の所要の範囲に、断続的に変形抑止治具を装着した態様を示す。
【
図16】最下端に切込みを入れた変形抑止治具の断面を示す図である。
【
図17】内側に装着する変形防止治具に替わり丸鋼を装着した装着態様を示す図である。
【
図18】種々の形状の変形抑止治具を示す図である。(a)〜(c)は、板状の変形抑止治具を、肉盛溶接で、フランジ及びウェブの一方又は両方に装着した態様を示し、(d)は、隅角部の内側の形状に合致する形状を備える多角断面の変形防止治具を、隅角部の内側に溶接で装着した態様を示し、(e)は、山形断面の変形抑止治具をフランジとウェブに溶接で装着した態様を示し、(f)は、2枚の板状の変形防止治具を、隅角部の外側の形状に合致するように配置して肉盛溶接で装着した態様を示す。
【発明を実施するための形態】
【0033】
前述したように、鋼矢板の打設時、鋼矢板凹部に形成される閉塞領域に作用する水平土圧によって、鋼矢板の隅角部が拡がり、それに伴い、鋼矢板の継手の位置が変位して、鋼矢板の全幅も拡がる。
【0034】
本発明の鋼矢板の打設時変形抑止治具(以下「本発明治具」ということがある。)は、鋼矢板の隅角部に変形抑止治具を取り付け、該隅角部の拡がりを抑止することを基本思想とするもので、具体的には、「鋼矢板のウェブとフランジ、又は、ウェブとアームとによって形成される隅角部に装着する
板状部材であって、
該板状部材が、鋼矢板の隅角部の内面又は外面に合致する板面を備え、上記板状部材の半幅が、鋼矢板フランジ板厚の2.2倍以上であり、上記隅角部の内面、外面、又は、両面に、鋼矢板の軸方向に沿って装着する」ことを特徴とする。
【0035】
ここで、鋼矢板のウェブとフランジ、又は、ウェブとアームとによって形成される隅角部に装着する部材は、板状部材、多角形部材、形鋼、丸鋼、棒鋼である。
【0036】
以下、本発明治具について図面に基づいて説明する。
【0037】
図7に、ハット形鋼矢板に変形抑止治具を装着した一態様を示す。ハット形鋼矢板1yにおいて、フランジ1eとウェブ1fを繋ぐ2つの隅角部1cの前面側(凸側)に変形抑止治具10aが装着され、また、ウェブ1fと、端部が継手1dのアーム1gを繋ぐ2つの隅角部1cの背面側(凹側)に変形抑止治具10bが装着されている。
【0038】
図7に示すように、変形抑止治具10aは、フランジ1eとウェブ1fとによって形成される隅角部1cの前面側(凸側)の面に合致する板面を備える板状部材であり、変形抑止治具10bは、ウェブ1fとアーム1gとによって形成される隅角部1cの背面側(凹側)の面に合致する板面を備える板状部材である。
【0039】
鋼矢板1yにおいては、閉塞領域2で生じる水平土圧Pにより隅角部1cが拡がろうとする。これを抑えるために、
図7に示すように、ウェブ1fとフランジ1eとによって形成される隅角部1cでは、ハット型鋼矢板1yの前面側(凸側)に変形抑止治具10aを装着し、ウェブ1fとアーム1gとによって形成される隅角部1cでは、ハット型鋼矢板1yの背面側(凹側)に変形抑止治具10bを装着する。
【0040】
鋼矢板の隅角部へ変形抑止治具を装着することにより、隅角部の拡がりを抑止することができる。この理由は、次のように考えられる。
【0041】
図8に、鋼矢板の打設時に形成される閉塞領域を示す。打設時、フランジ1eとウェブ1fとによって形成される隅角部1cの内側領域1c”(背面側(凹側)の180度未満の領域)に閉塞領域2aが形成され、アーム1gとウェブ1fとによって形成される隅角部1cの内側領域1c”(前面側(凸側)の180度未満の領域)に閉塞領域2bが形成されて、閉塞領域2a及び閉塞領域2bで高い鉛直土圧が発生する。
【0042】
隅角部に装着した変形抑止治具が閉塞領域に存在すると、打設時に変形抑止治具が高い鉛直土圧の抵抗を受けることになるので、打設に必要な荷重が増大する。それ故、地盤が固い場合、変形抑止治具は、閉塞領域と反対側の領域で隅角部に装着するのが好ましいが、後述するように、閉鎖領域において隅角部に装着してもよい。
【0043】
図9に、鋼矢板の面外曲げ剛性を高める変形抑止治具の装着位置を示す。
図9に示す変形抑止治具の装着位置において、変形抑止治具10aと変形抑止治具10bは、閉塞領域と反対側の領域で隅角部に装着されている。変形抑止治具10a’は、閉塞領域で隅角部に装着されている。地盤がそれほど硬くない場合は、閉塞領域においても、隅角部に変形抑止治具を装着して、鋼矢板の変形を効果的に抑止する。
【0044】
変形抑止治具を、鋼矢板単体の中立軸から離れた位置に装着すると、面外方向の曲げに対する鋼矢板の剛性が増大する。即ち、
図9に示す変形抑止治具の装着位置において、d1>d2であるので、変形抑止治具10aが、変形抑止治具10a’より、面外方向の曲げに対する鋼矢板の剛性の増大に大きく寄与する。
【0045】
変形抑止治具の隅角部への装着は、溶接、ボルト接合、又は、接着剤で行う。接着剤は、接着力が強い接着剤を選択するが、硬い地盤に鋼矢板を打設する場合は避けたほうがよい。
【0046】
この点、ボルト接合は、ボルトの数、径、及び、強度を適宜選択すれば、硬い地盤に鋼矢板を打設する場合にも使用でき、現場搬入後に取り付けることも可能である。なお、ボルト接合の場合、変形抑止治具の再利用が可能となる。
【0047】
通常、装着強度の確保の点、及び、装着作業の簡便性の点から、変形抑止治具の隅角部への装着には溶接が用いられる。溶接の場合は、全周溶接とし、打設時の抵抗で剥がれないよう、鋼矢板の下端部には回し溶接を施す。
【0048】
特に、ハット形鋼矢板や、H形鋼と組み合せた鋼矢板では、閉塞領域に発生する水平土圧により、鋼矢板が前面側(凸側)へ変形しようとする(
図7、参照)ので、隅角部の外側に変形抑止治具を装着するが、装着を溶接で行えば、変形抑止治具自体が変形に抵抗するために必要な溶接のど厚が小さくすむ。
【0049】
ただし、鋼矢板の形状によっては、背面側(凹側)に変形する場合もあるので、背面側(凹側)への変形が予測される場合には、隅角部の内側に変形抑止治具を装着するほうがよい。
【0050】
図10に、鋼矢板壁の厚さに制限がある場合の変形抑止治具の装着態様を示す。鋼矢板壁の厚さに制限がある場合、鋼矢板の高さが、鋼矢板壁の厚さの制限を超えないようにするため、
図10に示すように、変形抑止治具10aと変形抑止治具10bを隅角部1cの内面に装着する。変形抑止治具を隅角部の内面に装着すると、鋼矢板の高さを変えずに鋼矢板壁を構成できるので、鋼矢板壁の厚さを制限内に収めることができる。
【0051】
地盤条件から鋼矢板の変形が大きくなると予測できる場合は、変形抑止治具を、隅角部の片面のみではなく、隅角部の両面に装着する。
【0052】
図11に、変形抑止治具の多様な装着態様を示す。
図11(a)に、1つの隅角部に2つの変形抑止治具を装着する態様を示し、
図11(b)に、1つの隅角部に1つの変形抑止治具を装着する場合における種々の装着態様を示し、
図11(c)に、鋼矢板にH形鋼を連結した場合における変形防止治具の装着態様を示す。
【0053】
H形鋼を連結した剛性の高い鋼矢板を順次打設して鋼矢板壁を構成する場合、嵌合継手により、嵌合継手側の鋼矢板の半分の幅方向における変形が抑制されるので、嵌合継手と反対側の隅角部が拡がる変形が、鋼矢板の変形の主体となる。
【0054】
図12に、H形鋼を連結した剛性の高い鋼矢板を順次打設して鋼矢板壁を構成する場合における変形抑止治具の装着態様を示す。
【0055】
H形鋼が、鋼矢板
1のフランジ1eに連結されている剛性の高い鋼矢板1を順次打設して鋼矢板壁を構成する場合、H形鋼により鋼矢板1のフランジ1eの変形が抑えられ、嵌合継手1d'により鋼矢板1の図中左半分の幅方向における変形が抑制されるので、右肩の隅角部が拡がる変形が、前述したように、鋼矢板の変形の主体となる。
【0056】
それ故、この場合、嵌合継手1d'と反対側の隅角部のみに変形抑止治具10aを装着してもよい。片側の隅角部のみに変形抑止治具を装着して、鋼矢板の変形を抑止することができれば、材料費及び工作費を低減することができる。
【0057】
鋼矢板の隅角部に装着した変形抑止治具の変形抑止効果を最大化するうえで、変形抑止治具の幅は重要である。壁体を形成していく際の施工性を向上させるには、変形抑止治具で隅角部の拡がりを抑制し、後行矢板の継手と嵌合する先行矢板の継手変位が継手遊間の範囲内に収まることが必要である。そのためには、変形抑止治具において所要の幅を確保する必要がある。
【0058】
図13に、変形抑止治具の隅角部への装着と、嵌合継手における継手遊間を示す。
図13(a)に、変形抑止治具の隅角部への装着を示し、
図13(b)に、嵌合継手における継手遊間を示す。
【0059】
図13(a)に示すように、半幅L(L:変形抑止治具を構成する板状部材の片側半分の幅)の変形抑止治具10aを隅角部に装着し、
図13(b)に示すように、嵌合継手1d’において継手1dの変位を継手遊間Dの範囲内に抑制する。
【0060】
本発明者らは、嵌合継手1d’において継手1dの変位を継手遊間Dの範囲内に抑制し得る変形抑止治具の幅を調査した。変形抑止治具の半幅Lを、鋼矢板のフランジの厚さtとの関係で、2.2・t1及び6.1・t1(t1:鋼矢板のフランジの厚さ)に設定して、鋼矢板の打設深度と継手の変位量の相関を調査した。結果を
図14に示す。
【0061】
図14に示すように、鋼矢板の地中での変形は地表面付近では小さく、打設深度が深くなるのに伴い継手の変位量は増加するが、一定の深度を超えると変位の増加が止まる。
【0062】
変形抑止治具の半幅Lを、鋼矢板のフランジの厚さt1の2.2倍以上とすれば、嵌合継手における継手の変位量を、確実に継手遊間内に収めることができる。よって、変形抑止治具の半幅Lは、鋼矢板のフランジの厚さの2.2倍以上とする(
図13(a)、参照)。ただし、製作上の簡易化を図るために、フランジの厚さt1の3倍以上とするのが望ましい。
【0063】
なお、変形抑止治具の厚さt2は、厚さt1の、フランジとウェブとによって形成される隅角部の拡がりを確実に抑止するため、厚さt1以上とすることが望ましい(
図13(a)、参照)。
【0064】
また、
図14によれば、鋼矢板の下端から地表面以下の根入れ長さの1/2未満の長さの変形抑止治具を隅角部に装着すれば、変形抑止効果を効果的に得ることができる。
【0065】
ただし、仮設用途などで、鋼矢板を繰り返して利用する場合、鋼矢板に対する打設回数が増加し、打設回数が増加する毎に変形が蓄積していくので、下端から地表面以下の根入れ長さの1/2以上にわたり、隅角部に変形抑止治具を装着するのが望ましい。
【0066】
鋼矢板の隅角部への変形抑止治具の装着において、鋼矢板の軸方向における装着には、種々の装着態様がある。
【0067】
図15に、種々の装着態様を示す。
図15(a)に、鋼矢板の軸方向において、全長にわたり、連続して変形抑止治具を装着した態様を示し、
図15(b)に、鋼矢板の軸方向において、全長にわたり、断続的に変形抑止治具を装着した態様を示し、
図15(c)に、鋼矢板の軸方向において、下部の所要の範囲に、連続して変形抑止治具を装着した態様を示し、
図15(d)に、鋼矢板の軸方向において、下部の所要の範囲に、断続的に変形抑止治具を装着した態様を示す。
【0068】
図15には、変形抑止治具を、鋼矢板の軸方向に連続的又は断続的に装着する装着態様を示したが、装着態様は、
図15に示す装着態様に限定されない。断続的に装着すれば材料費を低減できるが、溶接の手間が増え、また、抵抗面積の増加により、打設時の抵抗も増す。
【0069】
このことを踏まえ、装着態様は、適宜、選択すればよい。例えば、1つの隅角部において、連続装着と断続装着を併用してもよいし、また、1つの隅角部では連続装着とし、別の隅角部では断続装着としてもよい。
【0070】
変形抑止治具を断続的に装着する場合、変形抑止治具と変形抑止治具の間隔は、変形抑止治具の幅との関係で、適宜、設定すればよい。
【0071】
変形抑止治具の幅を広げると、変形抑止効果が増大する(
図13(a)、参照)ので、変形抑止治具の幅を拡げた分、軸方向に必要な変形抑止治具の長さを低減できる。それ故、変形抑止治具の幅に基づいて、軸方向における変形抑止治具の長さと断続間隔を、適宜、決定する。
【0072】
前述したように、鋼矢板の地中での変形は地表面付近では小さく、打設深度が深くなるのに伴って大きくなるので、変形抑止治具を、変形が卓越する鋼矢板の下端部のみに装着してもよい。変形抑止治具を鋼矢板の下端部のみに装着すれば、材料費及び工作費を低減することができる。
【0073】
鋼矢板の断面積が増加すると、打設時の抵抗が増す。変形抑止治具を装着した鋼矢板の打設抵抗を低減して打設するため、変形抑止治具の最下端に切込みを入れもよい。
図16に、最下端に切込み9aを入れた変形抑止治具10aの断面を示す。
【0074】
図11(a)に、隅角部の外面と内面に変形防止治具を装着する態様を示したが、変形抑止効果を確保できる限りにおいて、丸鋼や棒鋼を装着してもよい。
図17に、隅角部の内面に、丸鋼を装着した態様を示す。フランジ1eとウェブ1fを繋ぐ隅角部1cの外側に、変形防止治具を装着し、隅角部1cの内側に、丸鋼を装着した装着態様を示す。
【0075】
隅角部内側に丸鋼や棒鋼を装着することで、隅角部の板厚が増すのと同等の耐変形効果を得られるだけでなく、板状部材で製作した変形抑止治具の断面積より小さい断面積を有した丸鋼や棒鋼の装着で、閉塞領域における打設抵抗を低減できるので、鋼矢板の打設を円滑に行うことができる。また、安価な丸鋼や棒鋼を用いることにより、低コストで、鋼矢板の変形を抑止することができる。
【0076】
これまで、2つの板面を備える変形抑止治具について説明したが、変形抑止治具は、2つの板面を備える形状のものに限定されない。鋼矢板の変形を抑止し得る効果が得られる限り、種々の形状の変形抑止治具を使用することができる。
【0077】
図18に、種々の形状の変形抑止治具を示す。ウェブとフランジの片面又は両面、又は、ウェブとアームの片面又は両面に装着し得る形状の変形抑止治具であればよい。
【0078】
図18(a)〜(c)に、板状の変形抑止治具10cを、肉盛溶接で、フランジ及びウェブの一方の面又は両方の面に装着した態様を示す。隅角部の形状に沿って板部材を製作する必要がないため、安価に変形を抑止できる。
【0079】
図18(a)に示す変形抑止治具と
図18(b)に示す変形抑止治具で、変形に対する抵抗を比較すると、隅角部の拡がりを防止するためには、ウェブの板厚を増すほうが効果的であるので、
図18(a)に示す変形抑止治具のほうが、より変形抑止の効果を発揮する。
【0080】
図18(d)に、隅角部の内面に合致する形状を備える多角断面の鋼材10dを変形防止治具として、隅角部の内側に溶接で装着した態様を示す。隅角部の形状に沿って多角部材を製作する必要があるが、隅角部の板厚が大きく増すため、隅角部の変形を抑止する効果が非常に大きい。
【0081】
図18(e)に、山形断面の変形抑止治具10eの端部をフランジとウェブに溶接した態様を示す。市場に流通した形鋼をそのまま用いることができるため、隅角部に沿った形状加工の必要がなくなり、安価に隅角部の変形抑止が可能となる。山形断面に替わり、溝形断面やH形断面を用いてもよい。
【0082】
図18(f)に、2枚の板状の変形防止治具10cを、隅角部の外面に合致するように配置して肉盛溶接で装着した態様を示す。
図18(a)〜(c)と同様に、隅角部の形状に沿って板部材を製作する必要がないため、安価に鋼矢板の変形を抑止できる。