【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、上記特許文献2、3で提案されたZnSnO
3を主相とするZTOスパッタリングターゲットでは、ターゲット比抵抗を低くできたとしても、このZTOスパッタリングターゲットを用いてスパッタリング成膜された膜は、キャリア濃度が高く、低抵抗であって、半導体膜として適したものとならない。
【0007】
一方、Zn
2SnO
4を含んだスパッタリングターゲットを還元雰囲気下で処理して、ZnSn酸化物における酸素欠損の増加を促進することによって、低抵抗化を実現することが提案されている。しかし、この手法によったのでは、その処理工程が増えるので、生産性が悪い。さらには、高密度なスパッタリングターゲットを還元処理したとしても、ターゲット表面部分においては、酸素欠損の増加が促進されるが、ターゲット内部に向っては、還元が進まず、ターゲット厚さ方向において還元状態が変化するため、ターゲット中心部における酸素欠損の増加を見込めない。
【0008】
例えば、直径100mm、厚さ10mmのサイズを超えるようなZTOスパッタリングターゲットを製造しようとした場合、ターゲット表面部分は十分還元されるが、ターゲット内部に進むにつれて、還元の効果が不十分な相が残留してしまう。そのため、このスパッタリングターゲットの厚さ方向に亘って、比抵抗のバラつきが発生する。このスパッタリングターゲットでスパッタリングを行うと、表面部分では、比抵抗が低く、DCスパッタリングが可能である。しかし、スパッタリングの進行に伴って、ターゲット内部が掘れていくと、比抵抗の高い部分が表面に露出するため、異常放電が多発し、スパッタリングを安定して行えなくなり、成膜速度も変化してしまい、DCスパッタリングを安定して行えなくなるだけではなく、均一な膜を成膜できないという問題があった。
【0009】
また、上記特許文献3に開示されたZTOスパッタリングターゲットは、ZnSnO
3を主相とするものであるが、SnO
2相を含んでいる。このSnO
2相がスパッタリングターゲット中に存在すると、DCスパッタリングを用いたスパッタリング成膜において、異常放電やパーティクルの発生原因となり、さらに、ターゲット自体が割れ易くなるという問題があった。
【0010】
そこで、本発明は、ZnSn酸化物(ZTO)スパッタリングターゲットの厚さ方向(エロ―ジョン深さ方向)に亘って、均一かつ十分に酸素欠損の増加を促進するとともに、焼結時の還元反応を促進させて、厚さ方向の全域でターゲット比抵抗を一層低くし、ターゲット寿命まで、常に安定したDCスパッタリングが可能であり、スパッタリング時にも割れ難く、半導体膜や金属薄膜用保護膜などの成膜に好適なZnSn酸化物からなるスパッタリングターゲット及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述したZnSn酸化物(ZTO)スパッタリングターゲットでは、そのターゲット比抵抗が、ターゲット表面部においては、低く、ターゲット内部に進むほど高くなっていることに着目し、この比抵抗をターゲット内部でも低下するとともに、その変化が一様になる手法として、所定量の酸化亜鉛(ZnO)粉末と酸化錫(SnO
2)粉末の混合体を、乾燥、造粒後に、還元性雰囲気にて熱処理を行った後に、非酸化性雰囲気にて加圧焼結すればよいとの知見が得られた。その熱処理において、混合体の内部まで還元が促進され、その混合体全体に亘って還元が進み、酸素欠損状態が生成されることで、ターゲット厚さ方向の全域でターゲット比抵抗が低くなるとともに、焼結時の酸素原子の移動を促進する結果、焼結体の密度が向上することになって、常に安定したDCスパッタリングが可能なZTOスパッタリングターゲットが得られることが判明した。
【0012】
そこで、市販の酸化亜鉛粉末(ZnO粉末)と酸化錫粉末(SnO
2粉末)とを、Zn及びSnの原子比を1:1の配合で、湿式ボールミル又はビーズミルにて混合して得た混合体を、乾燥、造粒後、カーボン坩堝に投入し、800℃、3時間、真空中にて熱処理を行った。その後、得られた粉末を粉砕し、900℃、3時間、29.4MPa(300kgf/cm
2)の条件で加圧焼結して、ZnSn酸化物(ZTO)焼結体を得た。このZTO焼結体を所定形状に機械加工して、ZTOスパッタリングターゲットを作製したところ、ターゲットの厚さ方向の全域で、ターゲット比抵抗を一層低くできたことが確認された。このZTOスパッタリングターゲットを用いたZTO膜の成膜では、常に安定したDCスパッタリングが可能であることが確認された。
【0013】
これは、加圧焼結を行う前の混合体の段階で、還元性雰囲気で熱処理するようにしたので、混合体の全域において十分な還元が施され、加圧焼結されたZTO焼結体の内部まで厚さ方向の全域で、酸素欠損状態とすることができたことがターゲット比抵抗のより一層の低下に寄与しているという知見が得られた。
【0014】
したがって、本発明は、上記知見から得られたものであり、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
(1)本発明のスパッタリングターゲットは、化学式:Zn
xSn
yO
z(ただし、x+y=2、且つ、z=x+2y−α(x+2y))の組成を有し、欠損係数α=0.002〜0.03及び酸素の成分比z=2.1〜3.8の条件を満たすZnSn酸化物からなる焼結体であって、前記焼結体の厚さ方向における比抵抗の平均に対するバラつきが50%以下であることを特徴とする。
(2)前記(1)のスパッタリングターゲットにおいて、密度比が90%以上とされていることを特徴とする。
(3)前記(1)、(2)のスパッタリングターゲットにおいて、抗折強度が100N/mm
2以上とされていることを特徴とする。
(4)前記(1)〜(3)のスパッタリングターゲットにおいて、比抵抗が1Ω・cm以下とされていることを特徴とする。
(5)本発明は、前記(1)〜(4)のスパッタリングターゲットを製造する方法であって、その製造方法では、所定量の酸化亜鉛粉末及び酸化錫粉末の混合体を、乾燥して造粒後、還元性雰囲気中で加熱を行う熱処理工程と、熱処理された前記混合体を非酸化性雰囲気中で加圧焼結して焼結体を得る焼結工程と、を有し、前記熱処理工程において、酸素欠損状態が増加されることを特徴とする。
(6)前記(5)の製造方法では、前記熱処理工程と前記焼結工程が、加熱炉内において連続して行われることを特徴とする。
【0015】
本発明のスパッタリングターゲットは、化学式:Zn
xSn
yO
zの組成を有するZnSn酸化物からなる焼結体で構成されており、亜鉛(Zn)と錫(Sn)の成分は、x+y=2を満たすことを条件として、ZnとSnの成分比は、目標とするZnSn酸化物膜の範囲となるように設定される。さらに、Zn
2SnO
4自体は、高比抵抗であるので、ZnSn酸化物(Zn
2SnO
4)を酸素欠損状態として、ターゲット比抵抗を低下させることとした。この酸素欠損状態のZnSn酸化物における酸素(O)の成分比zについて、z=2.1〜3.8とすることが好ましい。
【0016】
ここで、酸素欠損状態の増加が促進されたことを表す欠損係数をαとすると、酸素欠損状態が増加したZnSn酸化物の化学式:Zn
xSn
yO
zにおける酸素の成分比zは、z=x+2y−α(x+2y)と表せる。これは、ZnO粉末とSnO
2粉末とを、x+y=2の条件が満たされるように配合し、これらの混合体を熱処理することにより、この混合体における欠損係数αが調整され、酸素の成分比が変化する。この欠損係数αが調整された混合体を、非酸化性雰囲気の下でホットプレスすれば、酸素欠損状態が増加したZnSn酸化物からなる焼結体を得ることができる。なお、欠損係数α=0.002〜0.03の範囲として、酸素の成分比z=2.1〜3.8を達成した。
【0017】
本発明のスパッタリングターゲットでは、欠損係数α=0.002〜0.03の範囲としたが、欠損係数αが、0.03を超えると、組織中の酸化錫(SnO
2)の一部が還元し、金属錫(Sn)が溶出する可能性があるためである。このSnが溶出していると、製造時に炉内にSnが付着し、炉へのダメージとなるだけでなく、炉内の清掃による生産性の低下をもたらし、さらには溶出した分のSnによりスパッタリングターゲットの組成バラつきが問題となる。一方、欠損係数αが、0.002未満であると、ターゲット比抵抗が、低下しないため、DCスパッタリングを行うことが難しくなる。そこで、本発明では、欠損係数αを0.002以上0.03以下の範囲内としている。
また、酸素の成分比zが2.1未満であると、ZnO粉末の比率が高くなりすぎて成膜速度が低下するおそれがある。一方、酸素の成分比zが3.8を超えると、SnO
2粉末の比率が高くなりすぎて比抵抗の上昇、異常放電の増加、スパッタ時の割れ等が発生しやすくなるおそれがある。そこで、本発明では、酸素の成分比zを2.1以上3.8以下の範囲内としている。
【0018】
さらに、本発明のスパッタリングターゲットでは、前記焼結体の厚さ方向における比抵抗の平均に対するバラつきを50%以下とした。この様に限定した理由は、このバラつきが50%を超えると、安定したDCスパッタリングを行えなくなり、均一な成膜が得られなくなるためである。ターゲット厚さ方向に係る比抵抗のバラつきを少なくしたことにより、ターゲット寿命まで、DCスパッタリングを安定化できるとともに、均一な成膜を図れる。さらに、スパッタリング時におけるターゲット割れを抑制することができる。
【0019】
ここで、本発明のスパッタリングターゲットにおいて、密度比を90%以上とした場合には、スパッタ時に割れが発生しにくく、成膜速度を向上させることが可能となる。なお、この作用効果を確実に奏功せしめるためには、密度比を95%以上とすることが好ましい。
【0020】
また、本発明のスパッタリングターゲットにおいて、抗折強度を100N/mm
2以上とした場合には、やはり、スパッタ時に割れが発生しにくく、成膜速度を向上させることが可能となる。なお、この作用効果を確実に奏功せしめるためには、抗折強度を130N/mm
2以上とすることが好ましい。
【0021】
さらに、本発明のスパッタリングターゲットにおいて、比抵抗を1Ω・cm以下とした場合には、DCスパッタリングを安定して行うことができ、成膜速度を向上させることが可能となる。なお、この作用効果を確実に奏功せしめるためには、比抵抗を0.1Ω・cm以下とすることが好ましい。
【0022】
また、本発明の製造方法は、DCスパッタリングが可能であって、半導体膜や金属薄膜用保護膜などの成膜に適したターゲット比抵抗が得られるとともに、しかも、ターゲット厚さ方向に係る比抵抗のバラつきを少なくしたZTOスパッタリングターゲットを得ることを目的とし、所定量の酸化亜鉛(ZnO)粉末及び酸化錫(SnO
2)粉末の混合体を、乾燥して造粒後、還元性雰囲気中で加熱を行う熱処理工程と、熱処理された前記混合体を非酸化性雰囲気中で加圧焼結して焼結体を得る焼結工程と、を有しており、前記熱処理工程において、ZnOの酸素欠損状態が増加される。なお、酸素欠損状態を表す欠損係数αについては、前記熱処理工程における還元処理の温度と処理時間により変化し、温度が高いほど、また、時間が長いほど大きくなる。
【0023】
前記熱処理工程では、化学式:Zn
xSn
yO
zの組成におけるx+y=2の条件を満たすように、ZnO粉末とSnO
2粉末とを配合して、湿式ボールミル又はビーズミルにて混合して得た混合体を、乾燥、造粒後、カーボン坩堝に投入し、真空中にて熱処理が行われる。この熱処理により、酸素欠損が促進され、酸素(O)の欠損係数α=0.002〜0.03の範囲を実現することができる。次の焼結工程では、得られた混合体を、800〜980℃、2〜9時間、9.8〜49MPa(100〜500kgf/cm
2)、例えば、900℃、3時間、29.4MPa(300kgf/cm
2)の条件で加圧焼結して、ZnSn酸化物(ZTO)焼結体が得られる。この焼結工程で得られる焼結体には、焼結後においても、厚さ方向の全域で、酸素欠損状態が残存したままとなっている。そして、自然冷却して、炉から取り出し、その焼結体を機械加工し、バッキングプレートを接着して、ZTOスパッタリングターゲットが作製される。そのため、ターゲット厚さ方向に係る比抵抗のバラつきを少なくすることができ、ターゲット寿命まで、DCスパッタリングを安定的に行うことができる。
【0024】
なお、以上では、熱処理工程と焼結工程とを別々の加熱炉を用いて製造する場合について、説明したが、同一の加熱炉を用いて、熱処理工程と焼結工程とを連続して行うこともできる。例えば、カーボン製のモールドに、造粒後の粉末を充填し、真空中で900℃まで加熱した後、そのまま、29.4MPa(300kgf/cm
2)のプレス圧を、3時間かけて、ホットプレスによる焼結を行うようにしても良い。ここでは、プレス圧を掛ける前段階の加熱により、酸素欠損状態の増加が促進され、この酸素欠損状態が増加したところで、焼結が進むことになるので、焼結後においても、厚さ方向の全域で、酸素欠損状態が残存したままとなっており、別々の加熱炉を用いた場合と同様の焼結体が得られる。