特許第6233320号(P6233320)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本電気株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000002
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000003
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000004
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000005
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000006
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000007
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000008
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000009
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000010
  • 特許6233320-熱電変換素子及びその製造方法 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6233320
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】熱電変換素子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20171113BHJP
   H01L 37/00 20060101ALI20171113BHJP
   H01L 35/34 20060101ALI20171113BHJP
   H01L 35/22 20060101ALI20171113BHJP
【FI】
   H01L29/82 Z
   H01L37/00
   H01L35/34
   H01L35/22
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-558491(P2014-558491)
(86)(22)【出願日】2014年1月17日
(86)【国際出願番号】JP2014000212
(87)【国際公開番号】WO2014115518
(87)【国際公開日】20140731
【審査請求日】2016年12月14日
(31)【優先権主張番号】特願2013-11338(P2013-11338)
(32)【優先日】2013年1月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109313
【弁理士】
【氏名又は名称】机 昌彦
(74)【代理人】
【識別番号】100124154
【弁理士】
【氏名又は名称】下坂 直樹
(72)【発明者】
【氏名】石田 真彦
(72)【発明者】
【氏名】桐原 明宏
(72)【発明者】
【氏名】河本 滋
【審査官】 安田 雅彦
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/035148(WO,A1)
【文献】 UCHIDA et al.,Electric detection of the spin-Seebeck effect in magnetic insulator in the presence of interface bar,Journal of Physics: Conference Series,Joint European Magnetic Symposia - JEMS2010,2011年 7月 6日,Vol.303, Issue1, 2011,012096
【文献】 Ken-ichi UCHIDA et al.,Enhancement of Spin-Seebeck Voltage by Spin-Hall Thermopile,Applied Physics Express,2012年 8月17日,Volume 5, Issue 9,pp. 093001-1〜093001-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/82
H01L 37/00
H01L 35/14−22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
面内磁化を有する磁性体層と、
前記磁性体層と磁気的に結合する起電体層と
を備え、
前記起電体層は、
スピン軌道相互作用を発現する第1の伝導体と、
前記第1の伝導体よりも電気伝導性が低い第2の伝導体と
を備え
前記第1の伝導体と前記第2の伝導体は、積層構造を有し、
前記第1の伝導体と前記第2の伝導体の少なくともいずれかが2層以上形成されている
熱電変換素子。
【請求項2】
請求項1に記載の熱電変換素子であって、
前記第2の伝導体は、前記磁性体層と前記起電体層との界面に略平行に延在するように形成された
熱電変換素子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の熱電変換素子であって、
前記第2の伝導体は、前記第1の伝導体のスピンホール角と逆符号のスピンホール角を有する
熱電変換素子。
【請求項4】
面内磁化を有する磁性体層を形成し、
前記磁性体層と磁気的に結合する起電体層を形成し、
前記起電体層を形成する際に、
スピン軌道相互作用を発現する第1の伝導体を形成し、
前記第1の伝導体よりも電気伝導性が低い第2の伝導体を形成し、
前記第1の伝導体と前記第2の伝導体を積層し、
前記第1の伝導体と前記第2の伝導体の少なくともいずれかを2層以上形成する
熱電変換素子の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の熱電変換素子の製造方法であって、
前記第2の伝導体は、前記第1の伝導体のスピンホール角と逆符号のスピンホール角を有する
熱電変換素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピンゼーベック効果及び逆スピンホール効果に基づく熱電変換素子、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、「スピントロニクス(spintronics)」と呼ばれる電子技術が脚光を浴びている。従来のエレクトロニクスは、電子の1つの性質である「電荷」だけを利用してきたが、スピントロニクスは、それに加えて、電子の他の性質である「スピン」をも積極的に利用する。特に、電子のスピン角運動量の流れである「スピン流(spin−current)」は重要な概念である。スピン流のエネルギー散逸は少ないため、スピン流を利用することによって高効率な情報伝達を実現できる可能性がある。従って、スピン流の生成、検出、制御は重要なテーマである。
【0003】
例えば、電流が流れるとスピン流が生成される現象が知られている。これは、「スピンホール効果(spin−Hall effect)」と呼ばれている。また、その逆の現象として、スピン流が流れると起電力が発生することも知られている。これは、「逆スピンホール効果(inverse spin−Hall effect)」と呼ばれている。逆スピンホール効果を利用することによって、スピン流を検出することができる。なお、スピンホール効果も逆スピンホール効果も、「スピン軌道相互作用(spin orbit coupling)」が大きな物質(例えば、Pt、Pd)において有意に発現する。
【0004】
また、最近の研究により、磁性体における「スピンゼーベック効果(spin−Seebeck effect)」の存在も明らかになっている。スピンゼーベック効果とは、磁性体に温度勾配が印加されると、温度勾配と平行方向にスピン流が誘起される現象である(例えば、特許文献1、特許文献2を参照)。すなわち、スピンゼーベック効果により、熱がスピン流に変換される(熱スピン流変換)。特許文献1では、強磁性金属であるNiFe膜におけるスピンゼーベック効果が報告されている。非特許文献1、2では、イットリウム鉄ガーネット(YIG、YFe12)といった磁性絶縁体と起電体膜との界面におけるスピンゼーベック効果が報告されている。
【0005】
なお、温度勾配によって誘起されたスピン流は、上述の逆スピンホール効果を利用して電界(電流、電圧)に変換することが可能である。つまり、スピンゼーベック効果と逆スピンホール効果を併せて利用することによって、温度勾配を電気に変換する「熱電変換」が可能となる。また、同じ素子に電流を流し、スピンホール効果によって電流をスピン流に変換し、スピンペルチェ効果によってスピン流から熱流を発生し、素子に温度勾配を生じさせる、まったく逆の過程も可能である。
【0006】
図1は、特許文献1に開示されているスピンゼーベック効果を用いた熱電変換素子の構成を示している。サファイア基板101の上に熱スピン流変換部102が形成されている。熱スピン流変換部102は、Ta膜103、PdPtMn膜104及びNiFe膜105の積層構造を有している。NiFe膜105は、面内方向の磁化を有する磁性膜である。さらに、NiFe膜105上には、起電体膜としてPt膜106が形成されており、そのPt膜106の両端は端子107−1、107−2にそれぞれ接続されている。
【0007】
このように構成された熱電変換素子において、NiFe膜105が、スピンゼーベック効果によって温度勾配からスピン流を生成する役割を果たし、Pt膜106が、逆スピンホール効果によってスピン流から起電力を生成する、スピン流−電流変換材料としての役割を果たす。具体的には、NiFe膜105の面内方向に温度勾配が印加されると、スピンゼーベック効果により、その温度勾配と平行な方向にスピン流が発生する。すると、NiFe膜105からPt膜106にスピン流が流れ込む、あるいは、Pt膜106からNiFe膜105にスピン流が流れ出す。Pt膜106では、逆スピンホール効果により、スピン流方向とNiFe磁化方向とに直交する方向に起電力が生成される。その起電力は、Pt膜106の両端に設けられた端子107−1、107−2から取り出すことができる。
【0008】
図2は、特許文献2に開示されている縦型の熱電変換素子の構成を示している。図2に示されるように、磁性体層110上に起電体層120が積層されている。縦型の熱電変換素子の場合、温度勾配∇Tは、その積層方向に印加される。
【0009】
温度勾配が積層方向に印加されると、熱スピン流は同じ方向に、つまり温度の高い方から低い方へ流れる。熱スピン流は、さらに磁性体層110と起電体層120の界面で、スピン注入と呼ばれる過程を経て、起電体膜へ純スピン流を発生させる。スピン注入とは、界面近傍で磁化方向を中心に歳差運動するスピンが、起電体膜中のスピンを持たない伝導電子と相互作用し、スピン角運動量を受け渡したり、受け取ったりする現象である。その結果、起電体層120中のスピン注入界面付近には、スピンを持った伝導電子による「純スピン流」が生成される。この純スピン流では、アップスピンとダウンスピンが互いに逆方向に流れるため、純スピン流の向きに電荷移動は存在しないが、スピンの運動量だけが流れる。
【0010】
なお、本明細書では、このスピン注入現象が起こりうる状態を「磁気的に結合している」と表現する。このスピン注入現象は、磁性体層と起電体層とが直接接触している場合、もしくは、それらが直接接触はしていなくてもスピン角運動量が伝達しうる程度に接近している場合に生じる。すなわち、磁性体層と起電体層との間に、空隙が存在していたり、中間層が挿入されている場合であっても、スピン注入現象が起こり得る場合は、磁気的な結合があると考える。
【0011】
起電体層120が大きなスピン軌道相互作用を持つ材料で形成されていた場合、逆スピンホール効果により、スピン流方向と磁化方向とに直交する方向に起電力が生成される。
【0012】
以上に説明されたようなスピン流熱電変換素子において、得られる起電力の大きさは、磁性体層で発生するスピン流の大きさに、スピン流注入効率(起電体層との界面におけるスピン流の注入効率)とスピン流−電流変換効率(スピン流が起電体層における逆スピンホール効果によって起電力に変換される効率)を掛け合わせることにより得られる。従って、スピン流そのものの大きさ、スピン流注入効率、スピン流−電流変換効率の3つの指標を同時に大きくすることが、より出力の大きい熱電変換素子を得るために必要である。それらの中でも、起電体層におけるスピン流−電流変換効率の向上は、他のスピントロニクス素子においても重要な課題である。
【0013】
ここで、起電体層の材料は、電気伝導性とスピンホール伝導性を併せ持つものである。スピンホール伝導性/電気伝導性を表す無次元の指標は、「スピンホール角」と呼ばれる。スピンホール角は、スピンホール効果の大きさの指標として用いられている。逆スピンホール効果は、スピンホール効果と逆の効果で、その大きさもスピンホール角に依存する。
【0014】
典型的な実験では、起電体層として、スピンホール角の大きいPtが単体で用いられることが多い。同様の貴金属でAuやAg、Cuなどは、単体ではPtのスピンホール角に及ばないが、例えば、Auに微量のFeを不純物として導入したり、CuにIrを添加したりすることで、Pt単体よりも大きなスピンホール角が得られる場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2009−130070号公報
【特許文献2】特開2011−249746号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Uchida et al., “Spin Seebeck insulator”, Nature Materials, 2010, vol. 9, p.894.
【非特許文献2】Uchida et al., “Observation of longitudinal spin−Seebeck effect in magnetic insulators”, Applied Physics Letters, 2010, vol.97, p172505.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
以上に説明されたように、スピン流熱電変換素子において得られる起電力の大きさは、起電体層における逆スピンホール効果によるスピン流−電流変換効率に依存する。実用性を高めるためには、スピン流−電流変換効率を更に向上させることが望まれる。
【0018】
本発明の1つの目的は、スピン流熱電変換素子におけるスピン流−電流変換効率を更に向上させることができる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の1つの観点において、熱電変換素子が提供される。その熱電変換素子は、面内磁化を有する磁性体層と、磁性体層と磁気的に結合する起電体層と、を備える。起電体層は、スピン軌道相互作用を発現する第1の伝導体と、第1の伝導体よりも電気伝導性が低い第2の伝導体と、を備える。
【0020】
本発明の他の観点において、熱電変換素子の製造方法が提供される。その製造方法は、面内磁化を有する磁性体層を形成するステップと、磁性体層と磁気的に結合する起電体層を形成するステップと、を含む。起電体層を形成するステップは、スピン軌道相互作用を発現する第1の伝導体を形成するステップと、第1の伝導体よりも電気伝導性が低い第2の伝導体を形成するステップと、を含む。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、スピン流熱電変換素子におけるスピン流−電流変換効率を更に向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】特許文献1に記載されている熱電変換素子を示す概略図である。
図2】典型的な縦型の熱電変換素子を示す概略図である。
図3】本発明の実施の形態に係る熱電変換素子を示す概略図である。
図4】本発明の実施の形態に係る熱電変換素子の起電体層の構成例を示す概略図である。
図5】本発明の実施の形態に係る熱電変換素子の起電体層の作用を説明するための概略図である。
図6】本発明の実施の形態に係る熱電変換素子の構成例を示す概略図である。
図7A】実施例1に係る熱電変換素子の出力特性を示すグラフである。
図7B】実施例2に係る熱電変換素子の出力特性を示すグラフである。
図7C】比較例1に係る熱電変換素子の出力特性を示すグラフである。
図8】実施例3、実施例4及び比較例2に係る熱電変換素子の出力特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
添付図面を参照して、本発明の実施の形態に係る熱電変換素子及びその製造方法を説明する。
【0024】
1.全体構成
図3は、本実施の形態に係る熱電変換素子を概略的に示している。熱電変換素子は、磁性体層10と起電体層20の積層構造を有している。ここで、磁性体層10と起電体層20の積層方向は、z方向である。また、z方向に直交する方向は、面内方向である。面内方向は、互いに直交するx方向とy方向とで規定される。
【0025】
磁性体層10は、少なくとも一つの面内方向の磁化を有している。また、磁性体層10は、スピンゼーベック効果を発現する材料で形成される。磁性体層10の材料は、強磁性金属であってもよいし、磁性絶縁体であってもよい。強磁性金属としては、NiFe、CoFe、CoFeBなどが挙げられる。磁性絶縁体としては、イットリウム鉄ガーネット(YIG,YFe12)、ビスマス(Bi)をドープしたYIG(Bi:YIG)、ランタン(La)を添加したYIG(LaYFe12)、イットリウムガリウム鉄ガーネット(YFe5−xGa12)、組成MFe(Mは金属元素で、Ni、Zn、Coのいずれかを含む)からなるスピネルフェライト材料などが挙げられる。なお、電子による熱伝導を抑えるという観点から言えば、磁性絶縁体を用いることが望ましい。
【0026】
起電体層20は、逆スピンホール効果(スピン軌道相互作用)を発現する材料を含んでいる。この起電体層20は、磁性体層10と磁気的に結合するように形成されている。なお、本明細書では、スピン注入現象が起こりうる状態を「磁気的に結合している」と表現する。このスピン注入現象は、磁性体層10と起電体層20とが直接接触している場合、もしくは、それらが直接接触はしていなくてもスピン角運動量が伝達しうる程度に接近している場合に生じる。すなわち、磁性体層10と起電体層20との間に、空隙が存在していたり、中間層が挿入されている場合であっても、スピン注入現象が起こり得る場合は、磁気的な結合があると考える。
【0027】
このような熱電変換素子に対してz方向の温度勾配を印加した場合、磁性体層10と起電体層20との間の界面にスピン流が誘起される。このスピン流を、起電体層20における逆スピンホール効果によって電気的な起電力に変換し、電力として取り出すことで、「温度勾配から熱起電力を生成する熱電変換」が可能となる。
【0028】
2.起電体層
以下、本実施の形態に係る熱電変換素子の起電体層20について詳しく説明する。後に明らかになるように、本実施の形態によれば、優れたスピン流−電流変換効率を有する起電体層20が実現される。
【0029】
2−1.構成例
図4は、本実施の形態に係る起電体層20の構成例を示す概略図である。図4に示される例において、起電体層20は、伝導体層21と弱伝導体層22を備えている。より詳細には、伝導体層21と弱伝導体層22は共にxy平面に平行な層状構造を有しており、それら伝導体層21と弱導電体層22とがz方向に交互に積層されている。つまり、起電体層20は、伝導体層21と弱伝導体層22の多層構造を有している。
【0030】
伝導体層21(第1の伝導体)は、逆スピンホール効果(スピン軌道相互作用)を発現する材料で形成されている。例えば、伝導体層21は、スピン軌道相互作用の大きな金属材料を含有する。そのような金属材料として、例えば、スピン軌道相互作用の比較的大きなAuやPt、Pd、その他d軌道やf軌道を有する遷移金属、またはそれらを含有する合金材料が考えられる。また、Cuなどの一般的な金属膜材料に、Feや、Irなどの材料を0.5〜10mol%程度ドープするだけでも、同様の効果を得ることができる。また、遷移金属の中でもW、Ta、Mo、Nb、Cr、V、Tiを用いるとAuやPt、Pdや、それらを含有する合金とは逆符号の電圧を得ることが出来る。あるいは、伝導体層21の材料は、ITO(Indium Tin Oxide)などの酸化物や、半導体であってもよい。
【0031】
弱伝導体層22(第2の伝導体)は、上記の伝導体層21よりも低い電気伝導性を有する。ここで、弱伝導体層22を特徴づける電気伝導性は、熱電変換素子に対してz方向の温度勾配を印加した際に起電体層20に注入されるスピン流と平行の方向(多くの場合はz方向)の電気伝導性に関する。これが、伝導体層21における電流発生方向(面内方向)の電気伝導度と比較して、相対的に小さい。また、ここでの電気伝導性とは、起電体層20を作製した状態で形状の効果、表面や界面の効果や、電場、磁場などの外場、温度、材料の相転移等に関連する効果などを含めて、実際に示現する電気伝導性のことを意味する。
【0032】
2−2.作用、効果
次に、図5を参照して、本実施の形態に係る熱電変換素子における、熱スピン流−起電力変換を説明する。図5において、熱電変換素子は、面内磁化M(x方向)を有する磁性体層10と、その磁性体層10上に配置された起電体層20を備えている。起電体層20は、伝導体層21と弱伝導体層22の多層構造を有している。
【0033】
このような構造の熱電変換素子に対して、磁性体層10から起電体層20へ向かう温度勾配∇Tが印加される。この場合、磁性体層10には、スピン同士の相互作用を介した熱スピン流が生成する。更に、磁性体層10と起電体層20との界面では、起電体層20の伝導電子にスピン角運動量を受け渡す形でスピン注入が生じ、起電体層20に純スピン流が生じる。この純スピン流は、磁性体層10の磁化Mに平行なアップスピンと、反平行なダウンスピンが共存するように発生する。そして、アップスピンは温度勾配に沿って、ダウンスピンは温度勾配をさかのぼるように流れる。
【0034】
このように運動するスピン伝導電子が弱伝導体層22を通過する際、そのスピン伝導電子の散乱確率が増大する。そして、その散乱(スキュー散乱やサイドジャンプ)の結果、スピン伝導電子の運動は、磁化Mと温度勾配の両方に直交する方向、つまり横向きの運動に変わる。その結果、純スピン流と直交する方向に電流が流れる、すなわち、逆スピンホール効果が発現する。これは、結晶構造や電子軌道の構成などに起因する内因性の効果に対して、“外因性の効果”と言うことができる。
【0035】
このとき生じるスピンホール伝導度は、伝導体層21の持つ大きな層内電気伝導性を反映して非常に大きな値となる。一方、スピンホール角を定義する場合の起電体層20のz方向の電気伝導性は、弱導電体層22や層間の散乱に起因する電気伝導性を反映するため、小さくなる。結果として、大きなスピンホール角を得ることが可能となる。
【0036】
以上に説明されたように、本実施の形態によれば、起電体層20に弱伝導体層22を設けることにより、外因性のスピンホール効果を得ることができる。更に、電気伝導度の異方性という新しい機構を組み合わせることによって、これまでに無いメカニズムによって大きなスピンホール角が実現される。結果として、スピン流−電流変換材料の変換効率が向上し、ひいては、スピン流熱電変換素子の変換効率も大きく向上する。
【0037】
2−3.一般化
本実施の形態に係る起電体層20の構成は、図4で示されたものに限られない。一般化すれば、起電体層20は、スピン軌道相互作用を発現する第1の伝導体と、その第1の伝導体よりも電気伝導性が低い第2の伝導体とを備えていればよい。これにより、上記の効果はある程度得られる。
【0038】
好適には、第2の伝導体は、磁性体層10と起電体層20との界面(つまり、xy面)に略平行に延在するように形成される。これにより、大きなスピンホール角が得られる。
【0039】
更に好適には、図4図5で示されたように、第1の伝導体と第2の伝導体は、xy面に平行な層構造を有しているとよい。つまり、起電体層20は、伝導体層21(第1の伝導体)と弱伝導体層22(第2の伝導体)の積層構造を有していると好適である。このとき、伝導体層21と弱伝導体層22の少なくともいずれかが2層以上形成された多層構造が更に好適である。
【0040】
積層構造の場合、柔軟な素子設計が可能になる。例えば、磁性体層10との界面を形成する伝導体層21の材料としては、特にスピン注入効率が高まる材料を選び、それ以外の伝導体層21の材料としては、安価で電気伝導性の高い材料を選ぶことなども可能である。
【0041】
また、積層構造の各層の膜厚は、素子性能が最大となるように最適化することができる。各層の膜厚に、特に制限は無い。各層の膜厚の最小値に関して言えば、単原子層に相当する膜厚も可能である。さらには、単原子層以下、つまりサブモノレイヤーの層であっても、層を構成するために導入した元素の波動関数が広がり、不連続でない二次元的なポテンシャルを構成することが可能であれば、膜としてみなすことが出来る。
【0042】
また、積層数に関しては、熱電変換出力が最大となるように、起電体層20中のスピン流拡散長や電気伝導度等を考慮して、最適な値を決定することが出来る。
【0043】
また、図4及び図5で示された例では、伝導体層21が磁性体層10と直接接触しているが、弱伝導体層22の方が磁性体層20と直接接触していてもよい。
【0044】
また、成膜技術に精通しているものであれば、伝導体層21や弱伝導体層22の細部をさらに多層にしたり、内部に組成の不均一性を持つ材料を導入したり、伝導体層21や弱伝導体層22だけを部分的に連続して積層したり、様々な工夫によって出力の向上を実現することも可能である。
【0045】
また、本実施の形態に係る起電体層20は、縦型の熱電変換素子だけでなく、図1で示されたような横型の熱電変換素子にも適用可能である。横型の熱電変換素子であっても同じ効果が得られる。
【0046】
3.製造方法
次に、本実施の形態に係る熱電変換素子の製造方法を説明する。
【0047】
磁性体層10の形成方法としては、スパッタ法、有機金属分解法(MOD法)、ゾルゲル法、エアロゾルデポジション法(AD法)、フェライトめっき法、液相エピタキシー法、固相エピタキシー法、気相エピタキシー法、ディップ法、スプレー法、スピンコート法及び印刷法などが挙げられる。この場合、磁性体層10は何らかの支持体上に成膜される。あるいは、結晶引き上げ法等を用いて形成された磁性絶縁体ファイバや、焼結法や溶融法等を用いて形成されたバルク体を、磁性体層10として用いることが出来る。
【0048】
伝導体層21と弱伝導体層22の形成方法としては、同様にスパッタ法、蒸着法、メッキ法、スクリーン印刷法、インクジェット法、スプレー法及びスピンコート法などのいずれかの方法で成膜する方法が挙げられる。また、ナノコロイド溶液の塗布・焼結(参考:特開平7−188934号公報、特開平9−20980号公報)、などを用いることができる。
【0049】
4.様々な実施例
図6を参照して、本願発明者による熱電変換素子の作成例を説明する。本例では、厚さ700μmの結晶性ガドリニウムガリウムガーネット(GGG)ウェハを基板(図示されない)として用い、その上にスピン流熱電変換素子を作製した。
【0050】
磁性体層10の材料として、ビスマス置換イットリウム鉄ガーネット(Bi:YIG、組成はBiYFe12)を用いた。Bi:YIG膜は、有機金属分解法(MOD法)により成膜した。溶液としては、(株)高純度化学研究所製のMOD溶液を用いた。この溶液中では、適切なモル比率(Bi:Y:Fe=1:2:5)からなる金属原材料が、カルボキシル化された状態で酢酸エステル中に3%の濃度で溶解されている。この溶液をスピンコート(回転数1000rpm、30s回転)でGGG基板上に塗布し、150℃のホットプレートで5分間乾燥させた後、500℃で5分間の仮アニールを行い、最後に電気炉中で700℃の高温かつ大気雰囲気下で14時間かけて本アニールさせた。これにより、GGG基板上に膜厚約65nmの結晶性Bi:YIG膜が形成された。
【0051】
続いて、起電体層20を形成した。具体的には、磁性体層10に接触する伝導体層21として、5nmのPt膜をスパッタリングにより蒸着した。続いて、その伝導体層21上に、弱伝導体層22を形成した。更に、その弱伝導体層22上の伝導体層21として、5nmのPt膜をスパッタリングにより蒸着した。
【0052】
<実施例1>
上記の弱伝導体層22として、厚さ1nmのTi薄膜をスパッタリングにより蒸着した。
【0053】
<実施例2>
上記の弱伝導体層22として、厚さ1nmのW薄膜をスパッタリングにより蒸着した。
【0054】
<比較例1>
比較例1として、弱伝導体層22を有さないサンプルを作成した。この場合、起電体層20が、10nmのPt薄膜だけで構成される。
【0055】
実施例1、実施例2、比較例1のそれぞれに関して、2x8mmの短冊状の評価用素子を切り出し、熱電変換性能の測定を行った。具体的には、各評価素子に対してz方向に様々な温度差を印加したときのスピンゼーベック信号を測定した。図7A図7Cは、実施例1、実施例2、比較例1のそれぞれに関する測定結果を示している。スピンゼーベック信号であるか否かを確認するために、外部磁場を印可し、磁化方向の反転に応じて出力電圧VISHEが反転する様子を測定している。
【0056】
スピンゼーベック定数Sを、観測された出力電圧VISHEの値と試料全体に印加される温度差から概算した。図7A図7Cから明らかなように、実施例1、実施例2とも、比較例1と比較して大きなスピンゼーベック定数Sが得られている。内部抵抗Rの値は、実施例1、実施例2と比較例1はほぼ同じであるため、実施例1、実施例2とも、比較例1を上回る大きな変換効率を得たと言える。
【0057】
<実施例3>
伝導体層21として、上記のPt膜の代わりに、5nmのCu膜をスパッタリングにより蒸着した。また、弱伝導体層22として、厚さ1nmのPt薄膜をスパッタリングにより蒸着した。
【0058】
<実施例4>
伝導体層21として、上記のPt膜の代わりに、5nmのCu膜をスパッタリングにより蒸着した。また、弱伝導体層22として、厚さ1nmのW薄膜をスパッタリングにより蒸着した。
【0059】
<比較例2>
比較例2として、弱伝導体層22を有さないサンプルを作成した。この場合、起電体層20が、10nmのCu薄膜だけで構成される。
【0060】
実施例3、実施例4、比較例2のそれぞれに関して、上記と同様に熱電変換性能の測定を行った。図8は、実施例3、実施例4、比較例2のそれぞれに関する測定結果を示している。
【0061】
Cuは、スピンホール角の小さい材料である。よって、比較例2では、非常に小さな正のスピンゼーベック定数Sが観測されている。
【0062】
実施例3では、Cuよりも電気伝導度が小さく、スピンホール角も大きいPtを弱伝導体に選んだ結果、比較例2に対して10倍程度大きなスピンゼーベック定数Sを得ることができた。
【0063】
実施例4では、Cuよりも電気伝導度が小さく、スピンホール角がPtやCuとは逆符号のWを弱伝導体に選んだ結果、比較例2に対して逆符号に3倍程度大きなスピンゼーベック定数Sを得ることができた。
【0064】
このように、スピンホール角の大小や、符号の異なる材料を組み合わせることによって、起電体層20全体のスピン流−電流変換機能を制御することが可能である。
【0065】
以上、本発明の実施の形態が添付の図面を参照することにより説明された。但し、本発明は、上述の実施の形態に限定されず、要旨を逸脱しない範囲で当業者により適宜変更され得る。
【0066】
上記の実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載されうるが、以下には限られない。
【0067】
(付記1)面内磁化を有する磁性体層と、前記磁性体層と磁気的に結合する起電体層とを備え、前記起電体層は、スピン軌道相互作用を発現する第1の伝導体と、前記第1の伝導体よりも電気伝導性が低い第2の伝導体とを備える熱電変換素子。
【0068】
(付記2)付記1に記載の熱電変換素子であって、前記第2の伝導体は、前記磁性体層と前記起電体層との界面に略平行に延在するように形成された熱電変換素子。
【0069】
(付記3)付記1又は2に記載の熱電変換素子であって、前記第1の伝導体と前記第2の伝導体は、積層構造を有している熱電変換素子。
【0070】
(付記4)付記3に記載の熱電変換素子であって、前記第1の伝導体と前記第2の伝導体の少なくともいずれかが2層以上形成されている熱電変換素子。
【0071】
(付記5)面内磁化を有する磁性体層を形成するステップと、前記磁性体層と磁気的に結合する起電体層を形成するステップとを含み、前記起電体層を形成するステップは、スピン軌道相互作用を発現する第1の伝導体を形成するステップと、前記第1の伝導体よりも電気伝導性が低い第2の伝導体を形成するステップとを含む熱電変換素子の製造方法。
【0072】
この出願は、2013年1月24日に出願された日本出願特願2013−011338を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【符号の説明】
【0073】
10 磁性体層
20 起電体層
21 伝導体層
22 弱伝導体層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図8