特許第6233518号(P6233518)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6233518
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】レシプロエンジンのクランク軸
(51)【国際特許分類】
   F16C 3/08 20060101AFI20171113BHJP
   F02B 77/00 20060101ALI20171113BHJP
   F02B 75/32 20060101ALI20171113BHJP
【FI】
   F16C3/08
   F02B77/00 J
   F02B75/32 A
【請求項の数】5
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-534279(P2016-534279)
(86)(22)【出願日】2015年7月14日
(86)【国際出願番号】JP2015003540
(87)【国際公開番号】WO2016009640
(87)【国際公開日】20160121
【審査請求日】2016年12月14日
(31)【優先権主張番号】特願2014-146263(P2014-146263)
(32)【優先日】2014年7月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】石原 広一郎
(72)【発明者】
【氏名】吉野 健
(72)【発明者】
【氏名】薮野 訓宏
【審査官】 渡邊 義之
(56)【参考文献】
【文献】 実開昭56−49312(JP,U)
【文献】 特開平8−226432(JP,A)
【文献】 特開平11−125235(JP,A)
【文献】 特開2000−320531(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 3/00− 9/06
F02B 75/22
F02B 75/32
F02B 77/00− 77/14
F16F 15/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転中心軸となるジャーナル部と、このジャーナル部に対して偏心したピン部と、前記ジャーナル部と前記ピン部をつなぐクランクアーム部と、前記クランクアーム部と一体のカウンターウエイト部と、を備え、レシプロエンジンに搭載されて、前記ピン部にはコネクティングロッドを介してピストンピンの軸心から前記ピン部の軸心に向かう方向に燃焼圧による荷重が負荷されるクランク軸であって、
前記クランクアーム部は、前記ジャーナル部側の表面に、この表面の輪郭に沿った縁部の内側にこの縁部に沿って凹部を備え、前記凹部は、前記ピン部の軸心と前記ジャーナル部の軸心とを結ぶアーム部中心線に対して非対称であり、
前記クランクアーム部の曲げ剛性が、前記ピン部への前記燃焼圧による前記荷重の負荷が最大になる時点において最大となる、レシプロエンジンのクランク軸。
【請求項2】
請求項1に記載のレシプロエンジンのクランク軸であって、
前記クランクアーム部の前記縁部の厚みが前記アーム部中心線に対して非対称である、レシプロエンジンのクランク軸。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のレシプロエンジンのクランク軸であって、
前記アーム部中心線を境界にして前記クランクアーム部を左右のアーム部要素に区分したとき、
前記クランクアーム部の前記アーム部中心線に垂直な各断面のうち、前記ピン部の軸心より外側の各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の断面2次モーメントが、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の断面2次モーメントよりも大きく、
前記クランクアーム部の前記アーム部中心線に垂直な各断面のうち、前記ピン部の軸心より内側の各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の断面2次モーメントが、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の断面2次モーメントよりも大きい、レシプロエンジンのクランク軸。
【請求項4】
請求項3に記載のレシプロエンジンのクランク軸であって、
前記ピン部の軸心より外側の前記各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の最大厚みが、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の最大厚みよりも大きく、
前記ピン部の軸心より内側の前記各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の最大厚みが、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の最大厚みよりも大きい、レシプロエンジンのクランク軸。
【請求項5】
請求項3又は4に記載のレシプロエンジンのクランク軸であって、
前記ピン部の軸心より外側の前記各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の幅が、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の幅よりも大きく、
前記ピン部の軸心より内側の前記各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の幅が、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の幅よりも大きい、レシプロエンジンのクランク軸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用エンジン、船舶用エンジン、発電機等の汎用エンジンといったレシプロエンジンに搭載されるクランク軸に関する。
【背景技術】
【0002】
レシプロエンジンは、シリンダ(気筒)内でのピストンの往復運動を回転運動に変換して動力を取り出すため、クランク軸を必要とする。クランク軸は、型鍛造によって製造されるものと、鋳造によって製造されるものとに大別される。特に、高強度と高剛性が要求される場合は、それらの特性に優れた前者の鍛造クランク軸が多用される。
【0003】
図1は、一般的なクランク軸の一例を模式的に示す側面図である。図1に示すクランク軸1は、4気筒エンジンに搭載されるものであり、5つのジャーナル部J1〜J5、4つのピン部P1〜P4、フロント部Fr、フランジ部Fl、及びジャーナル部J1〜J5とピン部P1〜P4とをそれぞれつなぐ8枚のクランクアーム部(以下、単に「アーム部」ともいう)A1〜A8を備える。このクランク軸1は、8枚の全てのアーム部A1〜A8にカウンターウエイト部(以下、単に「ウエイト部」ともいう)W1〜W8を一体で有し、4気筒−8枚カウンターウエイトのクランク軸と称される。
【0004】
以下、ジャーナル部J1〜J5、ピン部P1〜P4、アーム部A1〜A8及びウエイト部W1〜W8のそれぞれを総称するとき、その符号は、ジャーナル部で「J」、ピン部で「P」、アーム部で「A」、ウエイト部で「W」と記す。ピン部P及びこのピン部Pにつながる一組のアーム部A(ウエイト部Wを含む)をまとめて「スロー」ともいう。
【0005】
ジャーナル部J、フロント部Fr及びフランジ部Flは、クランク軸1の回転中心と同軸上に配置される。ピン部Pは、クランク軸1の回転中心からピストンストロークの半分の距離だけ偏心して配置される。ジャーナル部Jは、すべり軸受けによってエンジンブロックに支持され、回転中心軸となる。ピン部Pには、すべり軸受けによってコネクティングロッド(以下、「コンロッド」ともいう)の大端部が連結され、このコンロッドの小端部にピストンがピストンピンによって連結される。
【0006】
エンジンにおいて、各シリンダ内で燃料が爆発する。その爆発による燃焼圧は、ピストンの往復運動をもたらし、クランク軸1の回転運動に変換される。その際、燃焼圧は、コンロッドを介してクランク軸1のピン部Pに作用し、そのピン部Pにつながるアーム部Aを介してジャーナル部Jに伝達される。これにより、クランク軸1は、弾性変形を繰り返しながら回転する。
【0007】
クランク軸のジャーナル部を支持する軸受けには潤滑油が存在する。クランク軸の弾性変形に応じ、軸受け内の油膜圧力及び油膜厚さは、軸受け荷重及びジャーナル部の軸心軌跡と相互に関連しながら変化する。更に、軸受けにおけるジャーナル部の表面粗さと軸受けメタルの表面粗さに応じ、油膜圧力が生じるだけでなく、局部的な金属接触も生じる。油膜厚さの確保は、油切れによる軸受け焼き付きを防止するとともに、局部的な金属接触を防止するために重要である。燃費性能に影響するからである。
【0008】
また、クランク軸の回転に伴う弾性変形、及び軸受け内のクリアランスの中で移動するジャーナル部の軸心軌跡は、回転中心のズレを生じさせるため、エンジン振動(マウント振動)に影響する。更にその振動は、車体を伝播して乗車室内のノイズ、乗り心地に影響する。
【0009】
このようなエンジン性能を向上させるため、クランク軸は剛性が高く、変形し難いことが求められる。これに加えて、クランク軸は軽量化が求められる。
【0010】
クランク軸には、筒内圧(シリンダ内の燃焼圧)の荷重が負荷され、その他に回転遠心力の荷重が負荷される。これらの荷重に対する変形抵抗の付与のために、クランク軸のねじり剛性と曲げ剛性の向上が図られる。クランク軸の設計においては、ジャーナル部の直径、ピン部の直径、ピストンストローク等といった主要諸元が決定される。主要諸元が決定された後、アーム部の形状設計が残された設計領域となる。このため、アーム部の形状設計により、ねじり剛性と曲げ剛性を共に向上させることが、先ずは重要な要件となる。ここでいうアーム部は、上述のとおり、厳密にはジャーナル部とピン部とをつなぐ領域に限定された小判形状の部分であり、カウンターウエイト部の領域の部分は含まない。
【0011】
一方、クランク軸には、静バランスと動バランスの釣り合いがとれた質量配分が必要である。運動力学的に回転体としてスムーズな回転を行えるようにするためである。これらの静バランスと動バランスをとるために、曲げ剛性とねじり剛性の要件から決定されたアーム部側の質量に対し、ウエイト部側の質量を、軽量化を踏まえて調整することが重要な要件となる。
【0012】
静バランスは、アーム部及びウエイト部の各部分の質量モーメント(質量×重心半径)について、これらの全ての和が零になるように調整される。また、動バランスは、クランク軸の回転軸のある1点を基準とし、その基準点から各部分の重心までの軸方向の距離を各部分の質量モーメントに乗じ(質量×重心半径×軸方向距離)、これらの全ての和が零になるように調整される。
【0013】
更に、1スロー内(1気筒に対応するクランク軸の領域)で燃焼圧荷重に対するバランスをとるためにバランス率が調整される。バランス率は、クランク軸のピン部を含む(厳密にはコンロッドの一部も含む)アーム部側の質量モーメントに対するウエイト部側の質量モーメントの割合である。このバランス率がある一定範囲内になるように調整される。
【0014】
クランク軸のアーム部の剛性を高めることと軽量化を図ることは、トレードオフの関係にあるが、両者の要請を同時に達成するために、従来からアーム部形状に関する技術が様々提案されている。従来技術としては下記のものがある。
【0015】
特許第4998233号公報(特許文献1)は、アーム部のピン部側の表面及びジャーナル部側の表面において、ジャーナル部の軸心とピン部の軸心とを結ぶ直線(以下、「アーム部中心線」ともいう)上に、集中して大きく窪む凹溝を設けたアーム部を開示する。特許文献1に開示されたアーム部は、軽量化と剛性の向上を狙うものである。ジャーナル部側表面の凹溝は質量の減少による軽量化に寄与し、しかも、この凹溝の周囲の厚肉部がねじり剛性の向上に寄与する。しかし、アーム部中心線上に集中して大きく窪む凹溝が存在することに起因し、実際のところでは、曲げ剛性の向上はあまり期待できない。
【0016】
特表2004−538429号公報(特許文献2)、特表2004−538430号公報(特許文献3)、特開2012−7726号公報(特許文献4)、及び特開2010−230027号公報(特許文献5)は、アーム部のジャーナル部側の表面において、アーム部中心線上に、大きく深く窪む穴部を設けたアーム部を開示する。特許文献2〜5に開示されたアーム部でも、軽量化とねじり剛性の向上が図られる。しかし、アーム部中心線上に大きく深く窪む穴部が存在することに起因し、実際のところでは曲げ剛性は低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特許第4998233号公報
【特許文献2】特表2004−538429号公報
【特許文献3】特表2004−538430号公報
【特許文献4】特開2012−7726号公報
【特許文献5】特開2010−230027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
確かに、前記特許文献1〜5に開示された技術によれば、クランク軸の軽量化とねじり剛性の向上を図ることができる。しかし、クランク軸の曲げ剛性の向上については、それらの従来技術では限界があり、その技術革新が強く望まれている。
【0019】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、クランク軸の軽量化とねじり剛性の向上を図ると同時に、曲げ剛性の向上を図ることができるレシプロエンジンのクランク軸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の一実施形態であるレシプロエンジンのクランク軸は、
回転中心軸となるジャーナル部と、このジャーナル部に対して偏心したピン部と、前記ジャーナル部と前記ピン部をつなぐクランクアーム部と、前記クランクアーム部と一体のカウンターウエイト部と、を備える。前記クランク軸は、レシプロエンジンに搭載されて、前記ピン部にはコネクティングロッドを介してピストンピンの軸心から前記ピン部の軸心に向かう方向に燃焼圧による荷重が負荷される。
前記クランクアーム部は、前記ジャーナル部側の表面に、この表面の輪郭に沿った縁部の内側にこの縁部に沿って凹部を備える。前記凹部は、前記ピン部の軸心と前記ジャーナル部の軸心とを結ぶアーム部中心線に対して非対称である。
前記クランクアーム部の曲げ剛性が、前記ピン部への前記燃焼圧による前記荷重の負荷が最大になる時点において最大となる。
【0021】
上記のクランク軸は、前記クランクアーム部の前記縁部の厚みが前記アーム部中心線に対して非対称である構成とすることができる。
【0022】
上記のクランク軸において、下記の構成とすることが好ましい。
前記アーム部中心線を境界にして前記クランクアーム部を左右のアーム部要素に区分したとき、
前記クランクアーム部の前記アーム部中心線に垂直な各断面のうち、前記ピン部の軸心より外側の各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の断面2次モーメントが、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の断面2次モーメントよりも大きく、
前記クランクアーム部の前記アーム部中心線に垂直な各断面のうち、前記ピン部の軸心より内側の各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の断面2次モーメントが、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の断面2次モーメントよりも大きい。
【0023】
このクランク軸の場合、
前記ピン部の軸心より外側の前記各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の最大厚みが、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の最大厚みよりも大きく、
前記ピン部の軸心より内側の前記各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の最大厚みが、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の最大厚みよりも大きい構成とすることができる。
【0024】
また、上記のクランク軸の場合、
前記ピン部の軸心より外側の前記各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の幅が、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の幅よりも大きく、
前記ピン部の軸心より内側の前記各断面では、前記最大の前記荷重が負荷される側とは反対側の前記アーム部要素の幅が、前記最大の前記荷重が負荷される側の前記アーム部要素の幅よりも大きい構成とすることもできる。
【発明の効果】
【0025】
本発明のクランク軸によれば、実態を反映した条件下で、アーム部のジャーナル部側の表面に、アーム部中心線に対して非対称の凹部が形成される。これにより、アーム部の縁部が厚肉化され、その縁部の内側が凹部によって薄肉化される。更にその凹部の内側の中央部が厚肉化されるので、アーム部の曲げ剛性が向上し、これと同時にアーム部の軽量化とねじり剛性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1図1は、一般的なクランク軸の一例を模式的に示す側面図である。
図2図2は、アーム部の曲げ剛性の評価法を説明するための模式図である。
図3図3は、アーム部のねじり剛性の評価法を説明するための模式図であり、図3(a)は1スローの側面図を、図3(b)はその軸方向視での正面図をそれぞれ示す。
図4図4は、材料力学的にねじり剛性の観点からアーム部を単純な円板とみなした場合の典型例を示す図であって、図4(a)は矩形断面円板を、図4(b)は凸型断面円板を、図4(c)は凹型断面円板をそれぞれ示す。
図5図5は、材料力学的に曲げ剛性の観点からアーム部の断面形状を単純化しアーム部を単純な梁とみなした場合の典型例を示す図であって、図5(a)は矩形断面梁を、図5(b)は凸型断面梁を、図5(c)は凹型断面梁をそれぞれ示す。
図6図6は、曲げ剛性とねじり剛性に直接関連する断面2次モーメント及び断面極2次モーメントについて、断面形状に応じて大小関係をまとめた図である。
図7図7は、4サイクルエンジンにおける筒内圧曲線を示す図である。
図8図8は、燃焼圧による負荷が最大になる時点でのクランク軸のアーム部とコンロッドとの幾何学的関係を示す図である。
図9図9は、燃焼圧の負荷が最大になる時点でのクランク角θと最大荷重負荷角αとの相関を示す図である。
図10図10は、燃焼圧の負荷が最大になる時点でのクランク軸のアーム部とコンロッドとの幾何学的関係の別例を示す図である。
図11図11は、材料力学の梁理論における梁形状の一例を示す図であって、図11(a)は矩形梁を、図11(b)は軽量化梁をそれぞれ示す。
図12図12は、図11(b)に示す軽量化梁の概念を利用した左右非対称のアーム部形状を示す図であって、図12(a)は斜視図を、図12(b)及び図12(c)はアーム部中心線に垂直な断面図をそれぞれ示す。
図13図13は、燃焼圧による荷重が最大となるときにアーム部の曲げ剛性が最大となるようにアーム部形状を設計することを示す図である。
図14図14は、本実施形態のクランク軸におけるアーム部形状の一例を示す図である。
図15図15は、本実施形態のクランク軸におけるアーム部形状の別例を示す図である。
図16図16は、本実施形態のクランク軸におけるアーム部形状の別例を示す図である。
図17図17は、本実施形態のクランク軸におけるアーム部形状の別例を示す図である。
図18図18は、従来のクランク軸におけるアーム部形状の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明のレシプロエンジンのクランク軸について、その実施形態を詳述する。
【0028】
1.クランク軸の設計で考えるべき基本技術
1−1.アーム部の曲げ剛性
図2は、アーム部の曲げ剛性の評価法を説明するための模式図である。図2に示すように、クランク軸の各スローについて、シリンダ内での爆発による燃焼圧の荷重Fは、コンロッドを経由してピン部Pに負荷される。このとき、各スローは両端のジャーナル部Jが軸受けによって支持されているので、荷重Fはピン部Pからアーム部Aを介してジャーナル軸受けに伝わる。これにより、アーム部Aは3点曲げの荷重負荷状態となり、アーム部Aに曲げモーメントMが作用する。これに伴って、アーム部Aには、板厚方向の外側(ジャーナル部J側)で圧縮応力が発生し、板厚方向の内側(ピン部P側)では引張応力が発生する。
【0029】
ピン部P及びジャーナル部Jの各直径が設計諸元として決定されている場合、アーム部Aの曲げ剛性は、各スローのアーム部形状に依存する。ウエイト部Wは曲げ剛性にほとんど寄与しない。このとき、ピン部Pの軸方向中央における燃焼圧負荷方向の変位uは、下記の式(1)で示すように、ピン部Pに負荷される燃焼圧の荷重Fに比例し、曲げ剛性に反比例する。
u ∝ F/(曲げ剛性) …(1)
【0030】
1−2.アーム部のねじり剛性
図3は、アーム部のねじり剛性の評価法を説明するための模式図である。図3(a)は1スローの側面図を示し、図3(b)はその1スローの軸方向視での正面図を示す。クランク軸はジャーナル部Jを中心に回転運動をしているので、図3に示すように、ねじりトルクTが発生する。そこで、アーム部Aのねじり剛性を高めることが必要である。クランク軸のねじり振動に対し、共振を起こすことなくスムーズな回転を確保するためである。
【0031】
ピン部P及びジャーナル部Jの各直径が設計諸元として決定されている場合、アーム部Aのねじり剛性は、各スローのアーム部形状に依存する。ウエイト部Wはねじり剛性にほとんど寄与しない。このとき、ジャーナル部Jのねじれ角γは、下記の式(2)で示すように、ねじりトルクTに比例し、ねじり剛性に反比例する。
γ ∝ T/(ねじり剛性) …(2)
【0032】
2.本実施形態のクランク軸
2−1.アーム部剛性向上のための考え方
上述のとおり、ウエイト部は曲げ剛性とねじり剛性にほとんど寄与しない。そこで、本実施形態では、軽量で曲げ剛性とねじり剛性が同時に向上するアーム部形状を提示する。
【0033】
2−1−1.ねじり剛性を向上させる基本形状
ここでは、材料力学の理論に基づいて、ねじり剛性を向上させるための典型的な形状を検討する。前記図3に示すアーム部Aについて、重量を維持しつつねじり剛性を向上させるには、極2次モーメントを大きくすることが有効である。
【0034】
図4は、材料力学的にねじり剛性の観点からアーム部を単純な円板とみなした場合の典型例を示す図である。図4(a)は矩形断面円板を示し、図4(b)は凸型断面円板を示し、図4(c)は凹型断面円板を示す。いずれの図でも、上段が斜視図を示し、下段が断面図を示す。図4(a)に示す矩形断面円板、図4(b)に示す凸型断面円板、及び図4(c)に示す凹型断面円板の各重量は、同一としている。すなわち、これらの円板は、断面形状が矩形、凸型及び凹型と互いに異なっているが、それらの体積は同一である。
【0035】
具体的には、図4(a)に示す矩形断面円板の断面形状は、矩形であり、厚みがHで直径がBである。図4(b)に示す凸型断面円板の断面形状は、中央部が外周部よりも突出した凸型であり、最外周の直径がBである。その中央部は、突出した分の厚みがHで直径がBであり、その外周部は厚みがHである。一方、図4(c)に示す凹型断面円板の断面形状は、中央部が外周部よりも窪んだ凹型であり、最外周の直径がBである。その中央部は、厚みがHで窪みの深さがHであり、窪みの直径がBである。
【0036】
これらの円板のねじり剛性の大小関係について、重量を同一とした条件下で調べる。一般に、材料力学の理論によれば、ねじり剛性と極2次モーメントとねじれ角との間には、下記の式(3)〜式(5)で表される関係がある。これらの式の関係より、極2次モーメントを大きくすることが、ねじり剛性の向上に有効である。
【0037】
ねじり剛性:G×J/L …(3)
極2次モーメント:J=(π/32)×d …(4)
ねじれ角:γ=T×L/(G×J) …(5)
式(3)〜式(5)中、Lは軸方向長さ、Gは横弾性率、dは丸棒の半径、Tはねじりトルクである。
【0038】
図4に示す3種の円板において、重量が同一という条件は、体積が同一であるという条件を意味する。このため、それらの3種の円板の各寸法パラメータに関して下記の式(6)の関係がある。
(π/4)×B×B×H=(π/4)×(B×B×H+B×B×H)=(π/4)×{B×B×(H+H)−B×B×H)} …(6)
【0039】
そして、3種の円板それぞれの極2次モーメントは、厚みを考慮して、下記の式(7)〜式(9)で表される。
矩形断面円板の極2次モーメント:
(A)=(π/32)×H×B …(7)
【0040】
凸型断面円板の極2次モーメント:
(B)=(π/32)×(H×B+H×B) …(8)
【0041】
凹型断面円板の極2次モーメント:
(C)=(π/32)×{(H+H)×B−H×B} …(9)
【0042】
これらの式(7)〜式(9)から、矩形断面円板の極2次モーメントJ(A)、凸型断面円板の極2次モーメントJ(B)及び凹型断面円板の極2次モーメントJ(C)の大小関係は、下記の式(10)で示すとおりになる。
(B) < J(A) < J(C) …(10)
【0043】
この式(10)が材料力学から理論的に導かれる結論である。この結論は、定性的に言えば、ねじりの中心からの距離が遠いところに多くの部材が配置される断面形状の方が、極2次モーメントが高くなる、という材料力学的な考察から理解できる。
【0044】
例えば、同一重量である条件、すなわち上記式(6)を満たす条件の実例として、各寸法パラメータを下記のとおりに設定した場合のことを考える。
=100mm、H=20mm、H=10mm、H=H=20mm、B=B=100/√2=70.71mm。
【0045】
この実例の場合、矩形断面円板の極2次モーメントJ(A)は、上記式(7)より、下記の式(11)で示すとおりに求まる。
(A)=1.96×10 …(11)
【0046】
凸型断面円板の極2次モーメントJ(B)は、上記式(8)より、下記の式(12)で示すとおりに求まる。
(B)=1.47×10 …(12)
【0047】
凹型断面円板の極2次モーメントJ(C)は、上記式(9)より、下記の式(13)で示すとおりに求まる。
(C)=2.45×10 …(13)
【0048】
これらの式(11)〜式(13)より、上記式(10)の関係が成り立つことが数値的に確認できる。
【0049】
したがって、ねじり荷重に対しては、凸型断面円板、矩形断面円板、及び凹型断面円板の順序で、ねじり剛性が高くなり、凹型断面円板が最も好ましい形状であると言える。
【0050】
2−1−2.曲げ剛性を向上させる基本形状
ここでは、材料力学の理論に基づいて、曲げ剛性を向上させるための典型的な形状を検討する。前記図2に示すアーム部Aについて、重量を維持しつつ曲げ剛性を向上させるには、曲げに対する断面2次モーメントを大きくすることが効率的である。
【0051】
図5は、材料力学的に曲げ剛性の観点からアーム部の断面形状を単純化しアーム部を単純な梁とみなした場合の典型例を示す図である。図5(a)は矩形断面梁を示し、図5(b)は凸型断面梁を示し、図5(c)は凹型断面梁を示す。いずれの図でも、上段が斜視図を示し、下段が断面図を示す。図5(a)に示す矩形断面梁、図5(b)に示す凸型断面梁、及び図5(c)に示す凹型断面梁の各重量は、同一としている。すなわち、これらの梁は、断面形状が矩形、凸型及び凹型と互いに異なっているが、それらの断面の面積は同一である。
【0052】
具体的には、図5(a)に示す矩形断面梁の断面形状は、矩形であり、厚みがHで幅がBである。図5(b)に示す凸型断面梁の断面形状は、中央部が両側部よりも突出した凸型であり、全幅がBである。その中央部は、厚みがHで幅がBであり、その両側部はそれぞれ厚みがHで幅がB/2である。一方、図5(c)に示す凹型断面梁の断面形状は、中央部が両側部よりも窪んだ凹型であり、全幅がBである。その中央部は、厚みがHで幅がBであり、その両側部はそれぞれ厚みがHで幅がB/2である。
【0053】
これらの梁の曲げ荷重に対する剛性の大小関係について、重量を同一とした条件下で調べる。一般に、材料力学の理論から、矩形梁の曲げ剛性と断面2次モーメントの関係は下記の式(14)〜式(16)で表される。式(14)〜式(16)の関係より、断面2次モーメントを大きくすることが、曲げ剛性を高めることになる。
【0054】
曲げ剛性:E×I …(14)
断面2次モーメント:I=(1/12)×b×h …(15)
たわみ変位:u=k(M/(E×I)) …(16)
式(14)〜式(16)中、bは幅、hは厚み、Eは縦弾性率、Mは曲げモーメント、kは形状係数である。
【0055】
図5に示す3種の梁において、重量が同一という条件は、体積が互いに同一、すなわち断面の面積が互いに同一であるという条件を意味する。このため、それらの3種の梁の各寸法パラメータに関して下記の式(17)の関係がある。
×H=(H×B+B×H)=(H×B+B×H) …(17)
【0056】
そして、3種の梁それぞれの断面2次モーメントは、下記の式(18)〜式(20)で表される。
矩形断面梁の断面2次モーメント:
(D)=(1/12)×B×H …(18)
【0057】
凸型断面梁の断面2次モーメント:
(E)=1/3×(B×E−B×H +B×E) …(19)
式(19)中、
は「(B×H+B×H)/{2×(B×H+B×H)}」、
は「H−E」、
は「E−H」である。
【0058】
凹型断面梁の断面2次モーメント:
(F)=1/3×(B×E−B×H +B×E) …(20)
式(20)中、
は「(B×H+B×H)/{2×(B×H+B×H)}」、
は「H−E」、
は「E−H」である。
【0059】
上記式(19)と上記式(20)は形が同じである。これは、重量が同一という条件下では、凸型断面梁の断面2次モーメントI(E)と凹型断面梁の断面2次モーメントI(F)が同じになることを示している。
【0060】
要するに、矩形断面梁の断面2次モーメントI(D)、凸型断面梁の断面2次モーメントI(E)及び凹型断面梁の断面2次モーメントI(F)の大小関係は、下記の式(21)で示すとおりになる。
(D) < I(E) = I(F) …(21)
【0061】
この式(21)が材料力学から理論的に導かれる結論である。この結論は、定性的に言えば、曲げの中立面からの距離が遠いところに、多くの部材が配置される断面形状の方が、断面2次モーメントが高くなるという材料力学的な考察から理解できる。
【0062】
例えば、同一重量である条件、すなわち上記式(17)を満たす条件の実例として、各寸法パラメータを下記のとおりに設定した場合のことを考える。
=B=50mm、B=100mm、H=20mm、H=10mm、H=30mm。このとき、E=12.5mm、E=17.5mm、H=7.5mmとなる。
【0063】
この実例の場合、矩形断面梁の断面2次モーメントI(D)は、上記式(18)より、下記の式(22)で示すとおりに求まる。
(D)=6.67×10 …(22)
【0064】
凸型断面梁の断面2次モーメントI(E)は、上記式(19)より、下記の式(23)で示すとおりに求まる。
(E)=2.04×10 …(23)
【0065】
凹型断面梁の断面2次モーメントI(F)は、上記式(20)より、下記の式(24)で示すとおりに求まる。
(F)=2.04×10 …(24)
【0066】
これらの式(22)〜式(24)より、上記式(21)の関係が成り立つことが数値的に確認できる。
【0067】
したがって、曲げ荷重に対しては、凸型断面梁と凹型断面梁は同等の曲げ剛性を有し、矩形断面梁よりも、アーム部の一部を厚肉化したような凸型断面梁又は凹型断面梁の方が、曲げ剛性が高く好ましい形状であると言える。
【0068】
2−1−3.曲げ剛性とねじり剛性を向上させる基本形状のまとめ
図6は、曲げ剛性とねじり剛性に直接関連する断面2次モーメント及び極2次モーメントについて、断面形状に応じて大小関係をまとめた図である。図6では、前記図4及び図5に示す矩形断面、凸型断面及び凹型断面の断面形状ごとに、極2次モーメント及び断面2次モーメントを、矩形断面を基準「1」とした比率で表示している。
【0069】
図6に示すように、断面形状が凸型又は凹型であれば曲げ剛性が高まり、一方、断面形状が凹型であればねじり剛性が高まる。これらの断面形状を組み合わせることにより、曲げ剛性とねじり剛性が共に向上する。このことから、曲げ剛性とねじり剛性を共に向上させるには、アーム部の断面形状を凸型と凹型を組み合わせた形状に設計することが有効である。すなわち、アーム部の輪郭に沿った縁部を厚肉化し、この縁部の内側を薄肉化する。更にその薄肉化された部分の内側である中央部(アーム部中心線上でジャーナル部寄りの部分)を厚肉化する。アーム部のねじり中心から遠い縁部を厚肉化すると同時に、その内側を薄肉化することにより、軽量化を実現しつつ、ねじり剛性を高く確保できる。アーム部の縁部の厚肉化は、曲げ剛性の確保に寄与する。加えて、曲げ剛性の確保には、アーム部の中央部の厚肉化が寄与する。
【0070】
2−2.実態を踏まえたアーム部剛性向上のための考え方
図7は、4サイクルエンジンにおける筒内圧曲線を示す図である。図7に示すように、クランク軸のピン部が圧縮工程の上死点にあたる位置(クランク角θが0°)を基準にすると、圧縮工程上死点の直後に爆発が生じる。そのため、筒内圧(シリンダ内の圧力)は、クランク角θが約8〜20°になった時点で最大の燃焼圧となる。クランク軸には、図7に示す筒内圧(燃焼圧)の荷重が負荷され、その他に回転遠心力の荷重が負荷される。その際、クランク軸のピン部には、クランク角θが約8〜20°の時点で、最大の燃焼圧がコンロッドを介して負荷される。クランク軸の設計において、その最大燃焼圧による荷重に対する変形抵抗を得るために、曲げ剛性、更にはねじり剛性を向上させ、これと同時に重量を軽減することが、目標とされる。
【0071】
図8は、燃焼圧による負荷が最大になる時点でのクランク軸のアーム部とコンロッドとの幾何学的関係を示す図である。図8に示すように、ピン部Pへの燃焼圧の負荷方向は、ピストンピンの軸心(コンロッド4の小端部4Sの軸心4Sc)からピン部Pの軸心Pcに向かう方向である。このため、アーム部Aには、最大燃焼圧による最大荷重Fmaxが、ピン部Pの軸心Pcとジャーナル部Jの軸心Jcとを結ぶアーム部中心線Acに沿う方向ではなく、そのアーム部中心線Acに対して傾斜した方向に負荷される。すなわち、最大荷重Fmaxは、実態を反映してクランク角θが約8〜20°の状態のアーム部Aに負荷される。すなわち最大荷重Fmaxは、アーム部中心線Acに対して角度αで傾斜した方向に負荷される。
【0072】
以下では、アーム部中心線Acに対し、燃焼圧によるアーム部Aへの荷重の負荷方向(ピストンピンの軸心からピン部の軸心に向かう方向)の交差角を荷重負荷角βとも称する。荷重負荷角βの中でも、クランク角θが約8〜20°であって、最大燃焼圧による最大荷重Fmaxが負荷される時点のものは、最大荷重負荷角αとも称する。
【0073】
図9は、燃焼圧の負荷が最大になる時点でのクランク角θと最大荷重負荷角αとの相関を示す図である。曲げ荷重に関して、気筒内の燃焼圧が最大値を示すのは、前記図7に示すように、クランク軸が圧縮工程上死点から僅かに回転し、クランク角θが約8〜20°の時点である。
【0074】
図8に示すように、アーム部Aは、アーム部中心線Acに対して最大荷重負荷角αで傾斜した方向に、最大燃焼圧による最大荷重Fmaxを受ける。その最大荷重負荷角αは、最大燃焼圧が負荷される時点でのクランク角「θ」、ピストンストロークLsの半分(ピン部Pの軸心Pcとジャーナル部Jの軸心Jcとの距離)「Ls/2」、及びコンロッド4の小端部4Sの軸心4Sc(ピストンピンの軸心)とピン部Pの軸心Pcとの距離「Lc」の一角二辺から定まる三角形の外角で求められる。すなわち、アーム部Aは、アーム部中心線Acに対し、クランク角θ(約8〜20°)よりも若干大きい最大荷重負荷角α(約10〜20数°)で傾斜した曲げ荷重を受ける(図9参照)。
【0075】
図10は、燃焼圧の負荷が最大になる時点でのクランク軸のアーム部とコンロッドとの幾何学的関係の別例を示す図である。図10に示すエンジンは、ジャーナル部Jの軸心Jcの位置(クランク回転軸)がシリンダ中心軸から少し離れた位置にオフセットして配置される。又は、ジャーナル部Jの軸心Jcの位置がシリンダ中心軸上に配置されているものの、ピストンピンの軸心の位置がシリンダ中心軸から少し離れた位置にオフセットして配置される。この場合、最大荷重負荷角αは、前記図8で説明したものと同様の三角形とオフセット量Loを幾何学的に考慮して求められる。
【0076】
2−2−1.本実施形態のクランク軸の概要
上述のとおり、アーム部には、アーム部中心線に対して最大荷重負荷角αで傾斜した方向に、最大の曲げ荷重が負荷される。この点に着目し、軽量で剛性の高い梁の形状から、アーム部形状を左右非対称とすることが効果的であることを以下に示す。
【0077】
図11は、材料力学の梁理論における梁形状の一例を示す図である。図11(a)は矩形梁を示し、図11(b)は軽量化梁を示す。アーム部を材料力学的に梁理論で単純化して考える。曲げ荷重を受ける梁について、剛性が高く、変形が小さくて、最も軽量な2次元の梁形状(板厚tが一定)は、図11(a)に示すような、板幅Bが一定の矩形梁ではなく、図11(b)に示すような、板幅Bが荷重点から固定端に向かって単調に増大する軽量化梁である。
【0078】
図12は、図11(b)に示す軽量化梁の概念を利用した左右非対称のアーム部形状を示す図である。図12(a)は斜視図を示し、図12(b)及び(c)はアーム部中心線に垂直な断面図を示す。図12に示すアーム部形状の概念は、更に、上記式(21)に表される曲げ剛性が高くなる結果から、図5(b)の凸型形状を反映したものである。ここで、図12(b)は、ピン部の軸心より外側の断面、すなわちピン部の軸心からジャーナル部とは反対側寄りの断面を示す。図12(c)は、ピン部の軸心より内側の断面、すなわちピン部の軸心からジャーナル部寄りの断面を示す。前記図8及び図10に示すような、アーム部中心線Acに対して最大荷重負荷角αで傾斜した方向に最大の曲げ荷重が負荷されるアーム部Aは、図12(a)に示すように、板厚tの梁が複数積み重ねられて合成されたものとみなされる。その複数の梁の断面形状を、図11(b)に示すような、固定端に向かって、板幅Bが単調増加する軽量化梁とすれば、最も軽量で剛性の高いアーム部Aが得られる。
【0079】
そのアーム部Aを、図12(a)に示すように、アーム部中心線Acに垂直な平面で切断すれば、幾何学的な関係から、その断面は図12(b)及び図12(c)に示すようにアーム部中心線Acを境界にして左右非対称な形状になる。すなわち、アーム部Aは、アーム部中心線Acを境界にして左右のアーム部要素Ar、Afに区分され、右側のアーム部要素Arと左側のアーム部要素Afがアーム部中心線Acに対して非対称である。
【0080】
このように最大荷重負荷角αでアーム部Aに負荷される最大曲げ荷重に対し、アーム部Aは、左右非対称な形状とされることにより、軽量で効率的に剛性が高くなる。アーム部Aの非対称形状は数多く考えられる。例えば、図13に示すように、荷重負荷角βをパラメータとして変化させ、その荷重負荷角βが最大荷重負荷角αの時点(すなわち燃焼圧による荷重の負荷が最大になる時点)において、曲げ剛性が最大になるようにアーム部Aを左右非対称な形状に設計すれば、贅肉の無い最も効率的な軽量化を達成できる。これにより、アーム部Aは、最軽量で高剛性となり、クランク軸の性能を最大限に発揮できる。
【0081】
また、このとき、図12(b)に示すように、ピン部の軸心より外側の断面では、最大の荷重が負荷される側となる左側のアーム部要素Afの断面2次モーメントが、最大の荷重が負荷される側とは反対側となる右側のアーム部要素Arの断面2次モーメントよりも大きいことが好ましい。これと同時に、図12(c)に示すように、ピン部の軸心より内側の断面では、最大の荷重が負荷される側とは反対側となる右側のアーム部要素Arの断面2次モーメントが、最大の荷重が負荷される側となる左側のアーム部要素Afの断面2次モーメントよりも大きいことが好ましい。
【0082】
以上のことを踏まえ、本実施形態によるクランク軸は、アーム部Aのジャーナル部J側の表面において、この表面の輪郭に沿った縁部の内側にこの縁部に沿って凹部が形成されたものである。これは、上記式(10)に表わされる結果に従い、ねじり剛性を高めるように凹型形状を反映したものである。更に、荷重負荷の実態を反映した条件で、その凹部がアーム部中心線Acに対して非対称である。これによりアーム部Aの形状がアーム部中心線Acに対して左右非対称な形状になる。すなわち、アーム部Aの形状は、ピン部Pへの燃焼圧による荷重の負荷が最大になる時点において曲げ剛性が最大となる形状とされる。これらにより、アーム部は、凹部の外側の縁部が厚肉化され、その縁部の内側が凹部によって薄肉化される。更にその薄肉化された部分の内側が厚肉化される。そのため、曲げ剛性が向上し、これと同時に軽量化とねじり剛性の向上を図ることができる。
【0083】
2−2−2.アーム部の形状例
図14は、本実施形態のクランク軸におけるアーム部形状の一例を示す図である。図15は、その別例を示す図である。図16及び図17は、更にその別例を示す図である。図17は、従来のクランク軸におけるアーム部形状の一例を示す図である。いずれの図でも、(a)は1スローの斜視図を示し、(b)は(a)におけるアーム部中心線に垂直なC−C’位置での断面図を示す。更に、(c)は(a)におけるアーム部中心線に垂直でC−C’位置とは異なるD−D’位置での断面図を示す。ここで、各図(b)に示すC−C’位置は、ピン部の軸心より外側の位置である。また、各図(c)に示すD−D’位置は、ピン部の軸心より内側の位置である。
【0084】
図14図15図16及び図17に示すアーム部Aは、ジャーナル部J側の表面に凹部10が形成されている。具体的には、アーム部Aは、ジャーナル部J側の表面の輪郭に沿った縁部11を有する。凹部10は、その縁部11の内側にその縁部11に沿って形成されている。
【0085】
特に、アーム部中心線Acを境界とする右側のアーム部要素Arと左側のアーム部要素Afにそれぞれ形成された凹部10は、互いに形状が異なる。具体的には、ピン部Pへの燃焼圧による荷重の負荷が最大になる時点においてアーム部Aの曲げ剛性が最大となるように、凹部10がアーム部中心線Acに対して左右非対称にされている。これにより、アーム部Aは、アーム部中心線Acに対して左右非対称形状になる。更に、各図(b)に示すように、ピン部Pの軸心より外側の断面では、最大の荷重が負荷される側となる左側のアーム部要素Afの断面2次モーメントが、その反対側となる右側のアーム部要素Arの断面2次モーメントよりも大きくなっている。これと同時に、各図(c)に示すように、ピン部Pの軸心より内側の断面では、最大の荷重が負荷される側とは反対側となる右側のアーム部要素Arの断面2次モーメントが、その反対側となる左側のアーム部要素Afの断面2次モーメントよりも大きくなっている。
【0086】
図14に示すアーム部Aでは、縁部11の厚みがアーム部中心線Acに対して対称にされる。また、右側のアーム部要素Arでの縁部11の厚みBarと左側のアーム部要素Afでの縁部11の厚みBafとが等しい。その代わりに、左側のアーム部要素Afは、ピン部Pの軸心より外側の断面では、その中央部における最大厚みBbfが右側のアーム部要素Arの最大厚みBbrよりも大きい(図14(b)参照)。一方、ピン部Pの軸心より内側の断面では、その中央部における最大厚みBbfが右側のアーム部要素Arの最大厚みBbrよりも小さい(図14(c)参照)。
【0087】
図15に示すアーム部Aでは、縁部11の厚みがアーム部中心線Acに対して非対称にされる。また、右側のアーム部要素Arでの縁部11の厚みBarが左側のアーム部要素Afでの縁部11の厚みBafと異なる。具体的には、左側のアーム部要素Afは、ピン部Pの軸心より外側の断面では、その縁部11の厚みBafが右側のアーム部要素Arの縁部11の厚みBarよりも大きい(図15(b)参照)。一方、ピン部Pの軸心より内側の断面では、その縁部11の厚みBafが右側のアーム部要素Arの縁部11の厚みBarよりも小さい(図15(c)参照)。また、左側のアーム部要素Afの縁部11の厚みBafは中央部における最大厚みBbfよりも大きい。この関係は、ピン部Pの軸心より外側の断面及びピン部Pの軸心より内側の断面のいずれでも成り立つ。右側のアーム部要素Arでも同様に、アーム部Arの縁部11の厚みBarは中央部における最大厚みBbrよりも大きい。この関係は、ピン部Pの軸心より外側の断面及びピン部Pの軸心より内側の断面のいずれも成り立つ。
【0088】
図16に示すアーム部Aは、図15に示すアーム部Aを変形したものである。相違点は以下のとおりである。図16に示すアーム部Aについて、左側のアーム部要素Afは、ピン部Pの軸心より外側の断面では、その幅Wfが右側のアーム部要素Arの幅Wrよりも大きく(図16(b)参照)、ピン部Pの軸心より内側の断面では、右側のアーム部要素Arの幅Wrよりも小さい(図16(c)参照)。
【0089】
図17に示すアーム部Aは、図16に示すアーム部Aを変形したものである。相違点は以下のとおりである。図17に示すアーム部Aでは、アーム部中心線Acに対し、縁部11の厚み及び中央部における最大厚みが対称にされている。
【0090】
一方、図18に示す従来のアーム部Aは、凹部が形成されておらず、アーム部中心線Acを境界にして左右対称形状である。
【0091】
このように図14図17に示す本実施形態のクランク軸では、図18に示す従来のクランク軸と比較し、アーム部Aは、実態を反映した条件で形成される。具体的には、アーム部Aの縁部11は、アーム部Aの全域にわたり厚肉化される。その縁部11の内側は凹部10によって薄肉化される。更にその薄肉化された部分の内側の中央部は厚肉化される。その結果、クランク軸は、軽量化とねじり剛性の向上を図ることができ、これと同時に曲げ剛性の向上を図ることができる。
【0092】
その他本発明は上記の実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、種々の変更が可能である。例えば、本発明のクランク軸は、あらゆるレシプロエンジンに搭載されるクランク軸を対象とする。すなわち、エンジンの気筒数は、4気筒以外にも、1気筒、2気筒、3気筒、6気筒、8気筒及び10気筒のいずれでもよく、更に多いものであってもよい。エンジン気筒の配列も、直列配置、V型配置、対向配置等を特に問わない。エンジンの燃料も、ガソリン、ディーゼル、バイオ燃料等の種類を問わない。また、エンジンとしては、内燃機関と電気モータを複合してなるハイブリッドエンジンも含む。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明は、あらゆるレシプロエンジンに搭載されるクランク軸に有効に利用できる。
【符号の説明】
【0094】
1:クランク軸、
J、J1〜J5:ジャーナル部、 Jc:ジャーナル部の軸心、
P、P1〜P4:ピン部、 Pc:ピン部の軸心、
Fr:フロント部、 Fl:フランジ部、
A、A1〜A8:クランクアーム部、 Ac:アーム部中心線、
Ar:右側のアーム部要素、 Af:左側のアーム部要素、
W、W1〜W8:カウンターウエイト部、
4:コネクティングロッド、 4S:小端部、
4Sc:小端部の軸心(ピストンピンの軸心)、
10:凹部、 11:縁部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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