特許第6233617号(P6233617)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6233617
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】アークプラズマ成膜装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/32 20060101AFI20171113BHJP
   H05H 1/48 20060101ALI20171113BHJP
【FI】
   C23C14/32 C
   H05H1/48
【請求項の数】11
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-207549(P2016-207549)
(22)【出願日】2016年10月24日
(62)【分割の表示】特願2015-504123(P2015-504123)の分割
【原出願日】2013年10月29日
(65)【公開番号】特開2017-61752(P2017-61752A)
(43)【公開日】2017年3月30日
【審査請求日】2016年10月24日
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2013/056420
(32)【優先日】2013年3月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100098671
【弁理士】
【氏名又は名称】喜多 俊文
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 裕之
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 正康
(72)【発明者】
【氏名】森元 陽介
【審査官】 宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第05435900(US,A)
【文献】 特開昭51−103879(JP,A)
【文献】 特開2004−244667(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/044258(WO,A1)
【文献】 特開2008−223105(JP,A)
【文献】 特開2010−236032(JP,A)
【文献】 特表2007−538158(JP,A)
【文献】 特開2004−197177(JP,A)
【文献】 特開平11−335818(JP,A)
【文献】 特表2008−503652(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/32
H05H 1/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理対象の基板が格納される成膜チャンバーと、
ターゲットの少なくとも一部が格納され、前記成膜チャンバーに連結するプラズマチャンバーと、
前記ターゲットと前記成膜チャンバーとの間に少なくとも1箇所の屈曲部を有して連続する磁力線を発生させる、非磁性金属からなる外皮によって被覆されて前記プラズマチャンバーの真空内に配置された複数の中空コイルと、
前記中空コイル間の空間の周囲に配置されたプラズマ電位補正電極と
を備え、
放電により前記プラズマチャンバー内で生成された前記ターゲットの材料に由来するイオンを含むプラズマが、前記複数の中空コイルおよび前記プラズマ電位補正電極の内側を通過して前記ターゲットから前記基板まで輸送されるアークプラズマ成膜装置において、
前記プラズマチャンバーが、前記プラズマ電位補正電極を外部に取り出すための取り出し窓を有することを特徴とするアークプラズマ成膜装置。
【請求項2】
前記中空コイルの前記外皮の材料が、ステンレス合金、アルミニウム合金及び銅合金のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項3】
前記プラズマ電位補正電極の材料が、ステンレス合金、アルミニウム合金及び銅合金のいずれかであることを特徴とする請求項に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項4】
前記ターゲットと対向する領域に前記プラズマ電位補正電極が配置されていないことを特徴とする請求項に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項5】
前記プラズマ電位補正電極の電位が−20V以上且つ+20V以下であることを特徴とする請求項に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項6】
前記プラズマ電位補正電極が、前記中空コイルの内側に配置されたプラズマ電位補正管であることを特徴とする請求項に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項7】
前記プラズマ電位補正管が、直管又は屈曲管であることを特徴とする請求項に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項8】
周囲を前記中空コイルに囲まれた領域において前記プラズマ電位補正管の内部に配置され、中央部に前記プラズマが通過する開口部を有する絞り板を更に備えることを特徴とする請求項に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項9】
前記絞り板の材料が、ステンレス合金、アルミニウム合金及び銅合金のいずれかであることを特徴とする請求項に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項10】
前記ターゲットと前記成膜チャンバーとの間に配置された前記中空コイルが、ミラー磁場を形成するように設定されていることを特徴とする請求項1に記載のアークプラズマ成膜装置。
【請求項11】
処理対象の基板が格納される成膜チャンバーと、
ターゲットの少なくとも一部が格納され、前記成膜チャンバーに連結するプラズマチャンバーと、
前記ターゲットと前記成膜チャンバーとの間に少なくとも1箇所の屈曲部を有して連続する磁力線を発生させる、非磁性金属からなる外皮によって被覆されて前記プラズマチャンバーの真空内に配置された複数の中空コイルと、
前記中空コイル間の空間の周囲に配置されたプラズマ電位補正電極と
を備え、
放電により前記プラズマチャンバー内で生成された前記ターゲットの材料に由来するイオンを含むプラズマが、前記複数の中空コイルおよび前記プラズマ電位補正電極の内側を通過して前記ターゲットから前記基板まで輸送されるアークプラズマ成膜装置において、
前記ターゲットと対向する領域に前記プラズマ電位補正電極が配置されていないことを特徴とするアークプラズマ成膜装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アークプラズマを用いて成膜処理を行うアークプラズマ成膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
薄膜形成などに、アークプラズマを用いるアークプラズマ成膜装置が使用されている。アークプラズマ成膜装置は、ターゲットに含まれる材料元素のイオンを含むアークプラズマをアーク放電によって形成して、この材料元素を主成分とする薄膜を処理対象の基板上に形成する。
【0003】
アークプラズマ成膜装置では、屈曲部を有する屈曲チャンバーの外側に配置された複数のコイルによって形成される磁場を制御することにより、屈曲チャンバーをプラズマ輸送部として、ターゲット上に形成されたアークプラズマを基板の表面に誘導する。なお、ターゲットから放出、飛散する電気的に中性なドロップレット(粗大粒子)が基板に付着するのを防止するために、屈曲チャンバーが使用される。これにより、ターゲット表面から直線的に放出されるドロップレットの基板の成膜面への入射が抑制される。
【0004】
コイルは屈曲チャンバーの外側に配置されるため、大型である。このため、所定の磁場を得るためにコイルにより多くの電流が必要となり、またはコイルの巻き数を多くしたりする必要がある。例えば磁場発生機構として中空コイルを使用すると、屈曲部に配置される中空コイルは、構造上大型化が避けられない。
【0005】
更に、プラズマ輸送部のみを真空室内に配置し、プラズマ輸送部の外側の大気圧側に中空コイルが設置されると、中空コイルは大型化し、且つ、中空コイルの設置位置の自由度は限られたものとなる。中空コイルの設置位置に自由度がないと、屈曲軌跡や曲率の制御範囲は極めて狭くなってしまい効率的なプラズマ輸送が困難となる。特に屈曲部に配置される中空コイルは屈曲チャンバーのコーナ部に巻きつけるように製作する必要があり、構造上、手巻き作業となってしまう。このため、施工及び形状の均質性を担保することが困難であり、コイル性能である発生磁場の強度及び強度分布は機台ごとにばらつくことは避けられず、物つくりの信頼性を確保するのは難しい。
【0006】
このため、プラズマ輸送経路と磁場発生部を共に真空室内部に設置する方法が提案されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−12641号公報
【特許文献2】米国特許第6548817号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の発明では、コイルに冷却水を通すために二重配管が設定されているが、この構造のみではコイルの冷却効率が低い。このため、電流量を増やして磁場強度を増大させることが困難である。このため、効率的なプラズマ輸送ができない。冷却効率を向上させるためには冷却経路を大きくする必要があるが、コイルの断面積が増大して装置全体が大きくなる。その結果、中空コイルの設置位置に自由度が確保できず、効率的なプラズマ輸送が困難である。特に、屈曲部の磁束の調整が困難であり、プラズマの効率的な輸送が難しく、成膜速度の低下やパーティクルの発生の助長が懸念される。また、特許文献1に記載の発明では、磁場発生部は真空室内に配置されているものの、中空コイルは大気圧側に配置されている。これは、中空コイルを真空室内に配置すると、中空コイルにプラズマが直接照射されて、中空コイルの劣化や破損が頻繁に生じるためである。
【0009】
また、特許文献2に記載の発明では、トーラス型のコイルが使用されており、プラズマ輸送のために使用する中空コイルに、給電部などでの放電や発熱によるコイル内部の損傷が懸念される。これは以下の理由による。即ち、コイルで発生させる磁場の強度は基本的に、電流値×巻き数で決定される。トーラス型では一定範囲(輸送方向におけるある範囲)で巻き数を多く確保することが難しいため、所定の磁場強度を得るためには電流値を大きくする必要がある。そのため、大電流によるコイル給電部の異常放電や発熱の懸念が生じる。
【0010】
上記問題点に鑑み、本発明は、基板の成膜面へのドロップレットの入射が抑制でき、且つ効率的なプラズマ輸送が可能なアークプラズマ成膜装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様によれば、(ア)処理対象の基板が格納される成膜チャンバーと、(イ)ターゲットの少なくとも一部が格納され、成膜チャンバーに連結するプラズマチャンバーと、(ウ)ターゲットと成膜チャンバーとの間に少なくとも1箇所の屈曲部を有して連続する磁力線を発生させる、非磁性金属からなる外皮によって被覆されてプラズマチャンバー内に配置された複数の中空コイルと、(エ)中空コイルの内側に配置されたプラズマ電位補正管とを備え、アーク放電によりプラズマチャンバー内で生成されたターゲット材料に由来するイオンを含むプラズマが、複数の中空コイルの内側を通過してターゲットから基板まで輸送されるアークプラズマ成膜装置が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、基板の成膜面へのドロップレットの入射が抑制され、且つ効率的なプラズマ輸送が可能なアークプラズマ成膜装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置の構成を示す模式図である。
図2】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置のプラズマチャンバーの構成を示す模式的な断面図である。
図3】プラズマの輸送を説明するための模式図である。
図4】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置の中空コイルにより形成される磁場を説明するための模式図である。
図5】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置の中空コイルの構成を示す模式図である。
図6】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置の中空コイルの他の構成を示す模式図である。
図7】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置における中空コイルの配置の調整方向を示す模式図である。
図8】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置におけるプラズマの輸送路の例を示す模式図である。
図9】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置における中空コイルの配置とプラズマの2次元屈曲輸送路との関係を示す模式図である。(a)側面図、(b)平面図。
図10】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置における中空コイルの他の配置とプラズマの3次元屈曲輸送路との関係を示す模式図である。(a)側面図、(b)平面図。
図11】本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置の中空コイルの構造を示す模式的な断面図である。
図12】本発明の第2の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
【実施例】
【0015】
図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであることに留意すべきである。又、以下に示す実施形態は、この発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、この発明の実施形態は、構成部品の構造、配置などを下記のものに特定するものでない。この発明の実施形態は、請求の範囲において、種々の変更を加えることができる。
(第1の実施形態)
本発明の第1の実施形態に係る図1に示すアークプラズマ成膜装置1は、ターゲット600を陰極(カソード)として発生させたアーク放電によって、ターゲット600に含まれる材料元素のイオンを含むプラズマ200を生成する成膜装置である。アークプラズマ成膜装置1によれば、ターゲット600の材料元素を主成分とする薄膜が処理対象の基板100上に形成される。
【0016】
アークプラズマ成膜装置1は、図1に示すように、処理対象の基板100が格納される成膜チャンバー10と、ターゲット600の少なくとも一部が格納され、成膜チャンバー10に連結するプラズマチャンバー20と、ターゲット600と成膜チャンバー10との間に少なくとも1箇所の屈曲部を有して連続する磁力線を発生させる、プラズマチャンバー20内に配置された第1中空コイル401〜第5中空コイル405とを備える。以下において、第1中空コイル401〜第5中空コイル405を総称して、「中空コイル40」という。アーク放電によってプラズマチャンバー20内で生成されたターゲット600の材料に由来するイオンを含むプラズマ200は、中空コイル40の内側を通過してターゲット600から基板100まで輸送される。
【0017】
また、プラズマ200が中空コイル40間から発散したり漏れたりするのを防止するために、中空コイル40間の空間の周囲にプラズマ電位補正電極を配置してもよい。プラズマ200は、プラズマ電位補正電極の内側を通過して輸送される。図1に示した例では、第1中空コイル401〜第5中空コイル405の内側に配置されたプラズマ電位補正管30を備える。プラズマ200は、プラズマ電位補正管30の内部を通過して輸送される。
【0018】
図1に示した例では、プラズマチャンバー20がターゲット室21と放電室22とを有する。ターゲット室21にはターゲット600と第1中空コイル401が格納されており、ターゲット600の一部が放電室22内に露出するように配置されている。放電室22内において、アーク放電によるプラズマ200が生成される。例えば円柱形状のターゲット600の端部が放電室22内に露出し、露出したターゲット600の表面にアーク放電プラズマが形成される。
【0019】
ターゲット600は、基板100に成膜する原料であるターゲット材601と、このターゲット材601が収納されたターゲット容器602からなる。例えば基板100の主面上にダイアモンドライクカーボン(DLC)膜などのカーボン膜を形成する場合には、カーボンターゲットがターゲット600に使用される。なお、ターゲット室21と放電室22とは分離可能である。放電室22から分離した状態で、ターゲット室21に格納するターゲット600の交換などを容易に行うことができる。
【0020】
図1のII−II方向に沿った断面図を図2に示す。図1及び図2に示すように、中央部にプラズマ200が通過する開口部を有する絞り板50が、プラズマ電位補正管30の内部に配置されている。絞り板50は、周囲を中空コイル40に囲まれた領域に配置されている。絞り板50の詳細は後述する。
【0021】
中空コイル40は、プラズマチャンバー20内で励起されたアーク放電によってターゲット600の表面に生成されたプラズマ200を、プラズマ電位補正管30の内部を通過させて、プラズマチャンバー20から基板100の主面に誘導するように磁場を形成する。
【0022】
中空コイル40は、例えば供給される電流によって励磁される電磁誘導コイルであり、それぞれの中心にプラズマ電位補正管30が配置されている。図示を省略する励磁電流源により供給される電流の大きさに応じて、中空コイル40により形成される磁場の強さや向きがそれぞれ制御される。中空コイル40に流れる電流を制御することにより中心磁場が制御され、プラズマ200は中空コイル40の内側を貫通するように誘導される。
【0023】
なお、図1ではプラズマチャンバー20内に配置される中空コイル40が5個である例を示したが、中空コイル40の個数は5個に限られず、プラズマ輸送路の形状や長さなどに応じて適宜設定される。
【0024】
ターゲット室21に配置された第1中空コイル401は、図1に示すように、プラズマ200が形成されるターゲット600の表面よりもターゲット600の厚さ方向に進んだ位置に配置されている。つまり、第1中空コイル401は、放電室22内に配置された複数の中空コイル40のうちのターゲット600に最近接の第2中空コイル402と、ターゲット600の表面を含む平面レベルを挟んで対向して配置されている。
【0025】
ターゲット600の近傍に配置された第1中空コイル401と第2中空コイル402によって、ターゲット600の表面の磁場が形成される。第1中空コイル401と第2中空コイルは、カスプ磁界を形成するように設定される。つまり、第1中空コイル401と第2中空コイル402とが互いに逆向きの磁場を形成することで、長寿命のアーク放電が安定的に生成され、アークプラズマによる成膜処理の効率を向上させることができる。
【0026】
一方、第2中空コイル402〜第5中空コイル405は、ミラー磁界を形成するように設定される。図3に示すように、電子eは磁力線に巻きつくようにEBドリフトしながら、中空コイル40に流れる電流Iによって生じる磁界Hの方向(N極からS極)へ輸送される。イオンiは磁界の影響を受けにくく、双極性拡散により電子の運動方向に引き戻されながら、電子と一体となってプラズマとして輸送される。つまり、電子が磁界によって輸送され、その電子の動きにイオンが追従する、というふうにプラズマ自体が輸送される。輸送されるプラズマは、磁力線に沿って広がった形状又は窄まった形状となる。
【0027】
上記のようにして、第2中空コイル402〜第5中空コイル405が形成する磁界によって、材料元素のイオンを含むプラズマ200が成膜チャンバー10まで輸送される。一方、スキャンコイル60によって、基板100の上方の磁場がスキャンされる。これにより、基板100の主面に均一な膜が形成される。
【0028】
図4に、第2中空コイル402と第3中空コイル403の周囲における磁場の状態を示す。図4に示すように、ターゲット600側をN極とする磁界が発生するように、中空コイル40に電流が流される。第2中空コイル402と第3中空コイル403はミラー磁界を形成し、プラズマ200は第2中空コイル402から第3中空コイル403に向かう方向に輸送される。
【0029】
放電室22内に配置された複数の中空コイル40のそれぞれの位置及び発生する磁界の大きさや向きを制御することにより、中空コイル40により形成される磁力線の方向を設定できる。これにより、プラズマ200は中空コイル40の内側を貫通するように所望の経路で屈曲輸送される。
【0030】
例えば図1に示すように、成膜チャンバー10とプラズマチャンバー20との間に1つの屈曲部を有するL字形状にプラズマ輸送路を形成できる。或いは、U字形状などのように複数の屈曲部を有するプラズマ輸送路を形成してもよい。プラズマ輸送路に屈曲部を設定したりプラズマ輸送路を長くしたりすることによって、ドロップレットやパーティクルが基板100に達することを抑制できる。
【0031】
上記のように、アークプラズマ成膜装置1によれば、プラズマチャンバー20の形状に関わらず、複数の屈曲や微小な屈曲を有するプラズマ輸送路を実現可能である。つまり、プラズマチャンバー20の形状を変更することなく、プラズマチャンバー20の内部に設置する中空コイル40の数や位置を調整することにより、複雑なプラズマ屈曲輸送が可能である。このため、効率的なプラズマ輸送やドロップレットの抑制効果が得られる。
【0032】
中空コイル40の中空部の形状は、円形状或いは楕円形状などを採用可能である。例えば、プラズマ輸送路が直線である領域に配置される第1中空コイル401、第2中空コイル402、第3中空コイル403及び第5中空コイル405の中空部の形状は、図5に示すような円形状とする。一方、プラズマ輸送路が屈曲する領域に配置される第4中空コイル404の中空部の形状は、図6に示すような楕円形状とする。
【0033】
図5及び図6に示すように、中空コイル40は環状部分41と柄部分42とを有する。中空部を構成する環状部分41の内側を、プラズマ200が輸送される。また、柄部分42によって、中空コイル40はプラズマチャンバー20に支持される。プラズマチャンバー20の中空コイル40の取り付け部分は、図6に示すように、プラズマチャンバー20に固定された固定部201と、柄部分42が接続する可動部202とにより構成されている。固定部201に支持された可動部202をスライドさせることにより、中空コイル40をプラズマチャンバー20に取り付けた状態で、プラズマチャンバー20内における中空コイル40の配置を調整することができる。これにより、プラズマチャンバー20内の磁場レイアウトを容易に変更できる。
【0034】
例えば、図6に矢印で示すように、プラズマ輸送路と垂直に左右方向(x方向)や上下方向(y方向)に中空コイル40を移動させたり、プラズマ輸送路に沿った前後方向(z方向)に中空コイル40を移動させたりできる。また、柄部分42の延伸方向を回転軸として中空コイル40をα方向に回転させることができる。図示を省略しているが、第1中空コイル401、第2中空コイル402、第3中空コイル403及び第5中空コイル405も、第4中空コイル404と同様に、プラズマチャンバー20に取り付けられている。中空コイル40の配置の調整範囲は、例えば、前後左右に±10cm程度、回転方向に±15度程度とする。
【0035】
図7に矢印で示すように、プラズマチャンバー20内で中空コイル40の配置を調整することにより、プラズマ輸送路を自在に調整することができる。このため、アークプラズマ成膜装置1によれば、プラズマ輸送の効率を向上させることができる。また、例えば図8に示すように、プラズマ輸送路を第4中空コイル404の周辺で大きく迂回させることが可能である。これにより、ドロップレットやパーティクルが基板100に達することをより効果的に抑制できる。
【0036】
具体的には、例えば図9(a)、図9(b)に示すような、屈曲部を有し、且つ迂回のないプラズマ輸送路を実現する場合には、中空コイル40のそれぞれが形成する磁場の中心を通過する中心軸が同一平面で連続するように、中空コイル40が配置される。このとき、屈曲部を除いて各中心軸は直線的に連続する。これに対し、プラズマ輸送路を迂回させるためには、磁場の中心の位置をずらすように中空コイル40を上下方向(図6のy方向)や左右方向(図6のx方向)、或いはプラズマ輸送路に沿った前後方向(図6のz方向)に移動させたり、中空コイル40を回転させたりする。
【0037】
プラズマ輸送路を迂回させる図10(a)、図10(b)に示した例では、第3中空コイル403と第4中空コイル404をそれぞれ移動させ、第3中空コイル403を回転させている。例えば、第3中空コイル403の移動距離は、前後方向についてプラズマ200の進行方向に5mm、下方向に5mmである。更に、磁場の中心を通過する線を中心軸として第3中空コイル403を回転させ、その回転角度は3度である。また、第4中空コイル404の移動距離は、右方向に10mm、進行方向に5mm、下方向に5mmである。
【0038】
図10(a)、図10(b)に示したようにそれぞれ独立した中空コイル40を複数配置させることにより、3次元の立体的な複数回の連続した屈曲設定が可能であり、基板100に到達するドロップレットやパーティクルの低減に効果がある。また、屈曲部におけるプラズマ輸送路の曲率を大きくすることが可能であり、電子の消失率が改善されて輸送効率が向上する。このように、アークプラズマ成膜装置1では、効率的なプラズマ輸送が可能であり、且つ、パーティクルの少ないフィルタード陰極真空アーク法(FCVA)が可能である。
【0039】
図5及び図6に示すように、柄部分42を介してプラズマチャンバー20の外部から、中空コイル40に電流を供給するコイル線411や冷却水などが流される水冷管412、中空コイル40の内部温度測定用の熱電対421が中空コイル40内に導入されている。
【0040】
図11に、中空コイル40の構造例を示す。図11は、図5のXI−XI方向に沿った断面図である。
【0041】
中空コイル40は、非磁性金属からなる外皮410によって被覆されている。中空コイル40によって磁場を発生させるため、磁性金属は磁場を遮断してしまうため外皮410には使用不可である。磁性金属以外であれば外皮410に使用可能であり、例えば、ステンレス合金、アルミニウム合金、銅合金などが外皮410の材料に使用される。ただし、真空内に配置されるため、外皮410には一定の強度が必要である。なお、外皮410は、プラズマチャンバー20と同電位に設定される。
【0042】
図11に示すように、中空コイル40の内部には、コイル線411、水冷管412、水冷板413、コイル部414が配置されている。中空コイル40の環状部分41に沿って環状に配置されたコイル部414にコイル線411を介して電流が供給され、中空コイル40は磁界を形成する。
【0043】
また、中空コイル40の内部は、熱伝導性を有する樹脂415によって真空脱泡充填されている。樹脂415には、例えばエポキシ樹脂などを採用可能である。樹脂415の熱伝導性は高いほど好ましい。
【0044】
水冷管412には例えば冷却水が流され、水冷管412によって水冷板413が冷却される。水冷管412や水冷板413の材料には、例えば銅などが使用される。水冷板413によって、水冷板413に挟まれたコイル部414や樹脂415、外皮410が冷却される。これにより、中空コイル40の温度上昇を効率的に抑制することができる。このため、中空コイル40の電流量を増やして磁場強度を増大させることが容易である。
【0045】
アークプラズマ成膜装置1では、プラズマチャンバー20内部に中空コイル40を配置することにより、プラズマ輸送に使用するコイルの小型化が可能である。形状の小さな中空コイル40では、小さい電流量であっても、効率的なプラズマ輸送が可能である。更に、上記のように中空コイル40を効率的に冷却することにより、強力なコイル磁場を再現性よく実現できる。
【0046】
図1図2に示した例では、中空コイル40の中空部にプラズマ電位補正管30が配置されている。プラズマ200が中空コイル40間から発散したり漏れたりするのがプラズマ電位補正管30によって防止されるため、より効率の良いプラズマ輸送が可能である。また、輸送されるプラズマ200のプラズマ径を小さくするためにも、プラズマ電位補正管30は有効である。プラズマ径を小さくすることにより、装置を小型化できる。
【0047】
プラズマ電位補正管30の材料には、中空コイル40によって発生させた磁場を遮断しないために、磁性金属は使用不可である。例えば、ステンレス合金、アルミニウム合金、銅合金などの非磁性金属材料を、プラズマ電位補正管30に使用可能である。
【0048】
なお、図1ではプラズマ電位補正管30が直管である例を示したが、プラズマ電位補正管30に屈曲管を使用してもよい。ただし、ターゲット600と対向する領域には、プラズマ電位補正管30が配置されていないことが好ましい。つまり、ターゲット600と対向する面はドロップレットの照射頻度が高い部分であり、プラズマ電位補正管30のこの部分を開放形状とすることにより、ドロップレットがプラズマ電位補正管30に衝突して散乱、拡散することが抑制される。このため、基板100へのパーティクルの付着率を低減できる。
【0049】
プラズマ電位補正管30は、周囲の構造物から絶縁されている。なお、プラズマ電位補正管30の電位は、実験的にプラズマの効率的な輸送のために−20V〜+20V程度の範囲が好ましい。
【0050】
既に述べたように、プラズマ電位補正管30の内部には、ドロップレット収集用の絞り板50が配置されている。高い運動エネルギーのドロップレットが絞り板50で捕集されることにより、基板100でのパーティクル付着率を低減できる。絞り板50の材料には、プラズマ電位補正管30と同様に、ステンレス合金、アルミニウム合金、銅合金などの非磁性金属材料を採用可能である。絞り板50の電位は、プラズマ電位補正管30と同電位である。
【0051】
図4に示したように、中空コイル40の直下で磁束線Φが窄まるため、プラズマ200が窄まる。一方、中空コイル40同士の中間では磁束線Φが広がるため、プラズマ200が広がる。したがって、中空コイル40の中間に絞り板50を配置すると、プラズマ200が消失してしまう。しかし、絞り板50を中空コイル40の直下に配置することにより、絞り板50によりプラズマ電位補正管30の口径を実質的に絞っても、プラズマ輸送の効率を低減することはない。
【0052】
また、図1に示すように、プラズマチャンバー20には、容易に開閉可能な取り出し窓210が設置される。取り出し窓210を介して、プラズマチャンバー20内からプラズマ電位補正管30を外部に取り出せる。このため、プラズマ電位補正管30のメンテナンスが容易である。取り出し窓210は、例えばターゲット600の対向面に設置される。プラズマチャンバー20全体が取り出し窓210により開放される構造によれば、容易にメンテナンスを行える。
【0053】
なお、プラズマチャンバー20と成膜チャンバー10との接続部には、ゲートバルブ112が設置されている。成膜処理時には、ゲートバルブ112は開放されている。ゲートバルブ112を閉じることにより、例えばプラズマチャンバー20と成膜チャンバー10の一方を真空状態に保ったまま、他方を大気開放することができる。これにより、メンテナンスが容易である。
【0054】
また、成膜チャンバー10には、ゲートバルブ113を介して、取り込みチャンバー15が接続されている。取り込みチャンバー15から、基板100が成膜チャンバー10内に格納される。基板100の取り出しも、取り込みチャンバー15を経由して行われる。なお、基板100がワークアダプタ11に搭載された状態で、成膜チャンバー10への格納及び取り出しが行われる。成膜チャンバー10内で、基板100が搭載されたワークアダプタ11がワークホルダ12上に配置される。
【0055】
なお、図示を省略したが、成膜チャンバー10、プラズマチャンバー20及び取り込みチャンバー15にはそれぞれ排気機構が設置されている。このため、互いに独立して排気が可能である。
【0056】
既に述べたように、アーク放電によりターゲット600からドロップレットが発生する。このドロップレットは荷電粒子ではないので磁場の影響を受けることなく、直線的に飛行する。このため、プラズマ輸送路に屈曲部を設けることにより、ドロップレットが基板100に到達することを防止できる。
【0057】
しかし、屈曲チャンバーを使用した場合には、ドロップレットがチャンバー内壁との衝突と拡散を繰り返して散乱し、基板100の表面に付着する確立が増大する。このため、良質な薄膜を形成できない。
【0058】
また、屈曲チャンバーの内部は狭く閉塞しているため、チャンバー内部のドロップレットやパーティクルの堆積物や沈殿物を除去することが困難である。これらの堆積物や沈殿物が基板100の表面に付着することによっても、基板100に形成される薄膜の質が劣化する。
【0059】
これに対し、本発明の第1の実施形態に係るアークプラズマ成膜装置1では、プラズマチャンバー20の内部に設置する中空コイル40の数や位置を調整することにより、複雑なプラズマ屈曲輸送が可能である。また、屈曲チャンバーに制限されることなく中空コイル40の設置位置の自由度が高いために、より効率的なプラズマ輸送が可能である。更に、効率的な冷却が可能な小型の中空コイル40を使用することにより、強力なコイル磁場を形成できる。
【0060】
更に、アークプラズマ成膜装置1では取り出し窓210からプラズマ電位補正管30を外部に取り出せる。このため、プラズマ電位補正管30内部の堆積物や沈殿物を、容易に除去することができる。その結果、基板100に高品質の薄膜を形成することができる。
【0061】
したがって、アークプラズマ成膜装置1によれば、ドロップレットの入射が抑制され、且つ効率的なプラズマ輸送が可能なアークプラズマ成膜により、基板100の成膜面へのパーティクルの混入の少ない成膜装置を提供できる。
【0062】
図1では、中空コイル40間の空間の周囲に配置されたプラズマ電位補正電極が、プラズマ電位補正管30である例を示した。しかし、プラズマ電位補正電極が管形状に限られることはなく、例えば板状電極を中空コイル40間の空間の周囲に配置してもよい。プラズマ200を挟んで板状電極を対向するように配置することにより、プラズマ200が中空コイル40間から発散したり漏れたりするのを防止できる。
(第2の実施形態)
【0063】
上記では、アークプラズマ成膜装置1が、中空コイル40間の空間の周囲に配置されたプラズマ電位補正電極を有する例を示した。しかし、プラズマ200が安定して流れるなどして中空コイル40間からのプラズマ200の発散や漏れを考慮する必要がない場合には、図12に示すように、プラズマ電位補正電極を配置しなくてもよい。プラズマチャンバー20内にプラズマ電位補正管30などのプラズマ電位補正電極を配置しないことにより、装置の小型化やコスト削減などが可能である。
【0064】
上記のように、本発明は実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。即ち、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【0065】
本発明は、コイルにより発生させる磁界によって材料元素のイオンを含むプラズマを輸送する成膜装置に利用可能である。
【符号の説明】
【0066】
10・・・成膜チャンバー
11・・・ワークアダプタ
12・・・ワークホルダ
20・・・プラズマチャンバー
21・・・ターゲット室
30・・・プラズマ電位補正管
40・・・中空コイル
401・・・第1中空コイル
402・・・第2中空コイル
403・・・第3中空コイル
404・・・第4中空コイル
405・・・第5中空コイル
41・・・環状部分
50・・・絞り板
60・・・スキャンコイル
112・・・ゲートバルブ
113・・・ゲートバルブ
200・・・プラズマ
202・・・可動部
210・・・取り出し窓
411・・・コイル線
412・・・水冷管
413・・・水冷板
414・・・コイル部
415・・・樹脂
421・・・熱電対
600・・・ターゲット
601・・・ターゲット材
602・・・ターゲット容器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12