特許第6233678号(P6233678)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 千葉大学の特許一覧

特許6233678シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置
<>
  • 特許6233678-シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置 図000002
  • 特許6233678-シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置 図000003
  • 特許6233678-シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置 図000004
  • 特許6233678-シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置 図000005
  • 特許6233678-シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置 図000006
  • 特許6233678-シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置 図000007
  • 特許6233678-シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6233678
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置
(51)【国際特許分類】
   A62B 18/02 20060101AFI20171113BHJP
   A61L 9/01 20060101ALI20171113BHJP
   A61L 9/03 20060101ALI20171113BHJP
【FI】
   A62B18/02 C
   A61L9/01 R
   A61L9/03
【請求項の数】1
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-15998(P2012-15998)
(22)【出願日】2012年1月28日
(65)【公開番号】特開2013-153889(P2013-153889A)
(43)【公開日】2013年8月15日
【審査請求日】2015年1月26日
【審判番号】不服2016-8208(P2016-8208/J1)
【審判請求日】2016年6月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人 千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(72)【発明者】
【氏名】並木 隆雄
(72)【発明者】
【氏名】角野 めぐみ
(72)【発明者】
【氏名】寺澤 捷年
【合議体】
【審判長】 冨岡 和人
【審判官】 金澤 俊郎
【審判官】 松下 聡
(56)【参考文献】
【文献】 特開平7−148280(JP,A)
【文献】 実開平6−36653(JP,U)
【文献】 特開2006−187508(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0052727(US,A1)
【文献】 特開2007−252777(JP,A)
【文献】 特開2006−125807(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A62B 18/02
A41D 13/11
A61L 9/00 - 9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を保管する容器1、シンナムアルデヒドの揮発を促進させる加熱部2、シンナムアルデヒド放散量検出センサー3、加熱温度調整部4及び換気扇5を少なくとも備え、室内の空間23.3m3当たりの空気中で0.7mg/h〜5.0mg/hのシンナムアルデヒドを放散することを特徴とするインフルエンザ予防装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンナムアルデヒド(「CA」と略する場合がある)を用いたインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置に関する。
【背景技術】
【0002】
(インフルエンザの予防)
インフルエンザの予防としては、注射ワクチンがある。また、「タミフル」、「リレンザ」、「ラピアクタ」などの、インフルエンザ治療薬がある。その他の予防方法としては、うがいに関するエビデンスがある程度である(参照:非特許文献1)。
現時点では、ワクチン投与は注射で行われているので、経口投与が望まれている。また、予防効果として、動物実験でも死亡率が減少したことを証明されているものは少ない。経口インフルエンザ治療薬は、治療薬であり、予防薬としての効果は明らかでなく、値段も高価である。そこで、注射ワクチンに代わるインフルエンザの予防方法の開発が望まれている。
【0003】
(漢方医学)
漢方医学は、疾病や心身の不調に対して数種類の生薬を経験則に基づいて組み合わせた方剤が用いられる。インフルエンザ等の感染性の呼吸器疾患の予防・治療においても、さまざまな漢方方剤が活用されてきた。その治療効果のメカニズムを明らかにするために、これらの方剤に頻用されている構成生薬の抗インフルエンザ作用について、主にin vitroでの研究が行われてきている。
麻黄(Ephedrae Herba, Ephedra sinica Stapf)はエンドソームの酸性化を抑制することでウイルスの脱殻を阻止し、A型およびB型インフルエンザ感染細胞でのウイルス増殖に対して直接抑制効果を有することが示されている(参照:非特許文献2、3)。
また、乾姜(Zingiberis Processum Rhizoma, Zingiber officinale Roscoe)はウイルス感染細胞への直接暴露では増殖抑制作用を有しないが、マクロファージを活性化してtumor necrosis factor-αの産出を誘導し、間接的にインフルエンザウイルスの増殖を抑制することが報告されている(参照:非特許文献4)。
これらの知見は、漢方方剤を構成する複数の生薬が、それぞれ異なる機序でインフルエンザウイルスの増殖を抑制する可能性を示唆している。一方、動物実験レベルでは、葛根湯がマウスのインフルエンザウイルス肺炎モデルにおいて、肺炎軽症化作用及び発熱抑制作用を有することが報告されている(参照:非特許文献5)。
【0004】
インフルエンザ感染症に対して臨床的によく用いられる漢方方剤は、麻黄湯、大青竜湯であり、その方剤の構成生薬中で麻黄とともに重要であるのが桂皮(Cinnamomi cortex, Cinnamomum cassia Blume)である。桂皮は主にタンニン成分と精油成分に分けることができ、タンニン成分についてはその抗ウイルス効果が明らかである。
【0005】
(シンナムアルデヒド)
前記精油成分の主成分であるシンナムアルデヒド(cinnamaldehyde)は、抗菌作用(参照:非特許文献6)、活性酸素種を介したアポートーシスの誘導作用(参照:非特許文献7)、NO産出の抑制作用(参照:非特許文献8)等、in vitroで様々な生物学的活性を有することが明らかにされており、抗ウイルス作用に対する知見もある(参照:非特許文献9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Research Papers of The Suzuken Memorial Foundation. 22, 42-45, 2005
【非特許文献2】Antiviral Res. 44, 193-200, 1999
【非特許文献3】Planta Med. 67, 240-243, 2001
【非特許文献4】Am. J. Chin. Med. 34, 157-169, 2006
【非特許文献5】J. Trad. Med. 13,201-209, 1996
【非特許文献6】J. Ethnopharmacol. 77, 123-127, 2001
【非特許文献7】Cancer Lett. 196, 143-152, 2003
【非特許文献8】J. Agric. Food Chem. 50, 7700-7703, 2002
【非特許文献9】Antiviral Res. 74, 1-8, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、インフルエンザウイルスの予防に必要なシンナムアルデヒドの空気中の濃度範囲の設定及び該濃度範囲を基とした、シンナムアルデヒドを使用したインフルエンザ予防方法及び該予防装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、実験動物飼育ケージ内で、シンナムアルデヒドを放散させ、該ケージ内の空気中のシンナムアルデヒド濃度の範囲を特定した。
さらに、本発明者らは、該濃度範囲を基とした、シンナムアルデヒドを使用したインフルエンザ予防方法及び該予防装置を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1.空気中で0.7mg/h〜5.0mg/hのシンナムアルデヒドを放散することを特徴とするインフルエンザ予防用マスク。
2.マスク本体7、鼻孔及び/又は口の接触部8、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を塗布又は含浸可能な吸着層9を含み、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を塗布又は含浸した吸着層9が該マスク本体7と該鼻孔及び/又は口の接触部8間に挟まれていることを特徴する前項1のマスク。
3.マスク本体7、鼻孔及び/又は口の接触部8、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を収納可能な袋形状態10を含み、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を収納した袋形状態10を該マスク本体7の鼻孔及び/又は口の接触部8との接触側に設置していることを特徴する前項1のマスク。
4.シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を保管する容器1、シンナムアルデヒドの揮発を促進させる加熱部2、シンナムアルデヒド放散量検出センサー3、センサーにより制御される加熱温度調整部4及び換気扇5を少なくとも備え、空気中で0.7mg/h〜5.0mg/hのシンナムアルデヒドを放散することを特徴とするインフルエンザ予防装置。
5.空気中に0.7mg/h〜5.0mg/hのシンナムアルデヒドを放散することを特徴とするインフルエンザ予防方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、シンナムアルデヒドによるインフルエンザ予防用マスク、インフルエンザ予防方法及び該予防装置を提供することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】A:各郡の生存率、B:各郡の体重の変化(実施例1)。
図2】BALF中のウイルス量(実施例1)。
図3】シンナムアルデヒドの検量線(実施例2)。
図4】ケージ内のシンナムアルデヒドの空気中の濃度(実施例2)。
図5】シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防装置の例(実施例3)。
図6】吸着層9を有するインフルエンザ予防用マスク(実施例4)。
図7】袋形状態10を有するインフルエンザ予防用マスク(実施例4)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(シンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物)
シナモンは、桂皮油約2%を含んでいる。そして、該桂皮油主成分はシンナムアルデヒドであり、その他の微量成分として、フェニールプロピルアルデヒド、ベンズアルデヒド、桂皮酸も含む。一般的には、100gのシナモンには、シンナムアルデヒドが約1.5〜1.8gを含んでいる。すなわち、シンナムアルデヒドは、シナモン中に約1.5〜1.8%(V/V)含まれている。
本発明のシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物とは、有効成分としてシンナムアルデヒドが含まれているシナモン由来の抽出物を意味し、その他の微量成分等が含まれていても良い。
【0013】
シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物は、常温では揮発性を有するので、特に処理をすることなく、放散させることが可能である。
しかしながら、好ましくは、アルコール類、アルコール類と水との混合溶媒等に溶解させて使用することもできる。
アルコール類としてはメタノール、エタノール、プロパノールなど低級アルコール類、エチレングリコールやグリセリン等の多価アルコール類を単独あるいは複数種類を組み合わせて使用することができる。これらの溶媒は、液の粘性や表面張力の制御のために、任意の割合で調整することができる。また、種類と割合を調整することにより、噴霧あるいは塗布した時の乾燥速度を調節することが可能である。
また、アルコール類を含むことにより、アルコールの持つ除菌作用を同時に発揮させることができる。
【0014】
(シンナムアルデヒドの量)
シンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物は、シンナムアルデヒドと同等量を空気中に放散させるためには、約55〜66倍の量が必要である。
加えて、シンナムアルデヒドを12時間、0.7mg/h〜5.0mg/hで空気中に放散させるには、8.4mg〜120mgのシンナムアルデヒド量が必要である。なお、1時間当たりのシンナムアルデヒドの放散量は、下記実施例2より、0.7mg/h〜5.0mg/hと算出している。
同様に、9時間の場合には、6.3mg〜90mg、6時間の場合には、4.2mg〜60mg、3時間の場合には、2.1mg〜30mgである。
【0015】
(シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防方法)
本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防方法では、シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を室内中に放散させることを特徴とする。なお、1時間当たりのシンナムアルデヒドの放散量は、下記実施例2より、0.7 mg/h〜5.0mg/hと算出している。
加えて、シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を様々な物品に噴霧又は塗布することによっても、インフルエンザ予防を行うことができる。
【0016】
また、本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防方法では、シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を棒、繊維、シート又は箱等に噴霧又は塗布することにより達成できる。
より好ましくは、シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を、ろ過・捕集可能な開口構造を有するフィルターに噴霧又は塗布する。これにより、フィルターにろ過・捕集されたウイルスは、フィルター上で活動を抑制されるので、フィルターの下流側を清浄な状態に保つことができる。
シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物は、室温では揮発するので、室内中にシンナムアルデヒドが拡散される。
【0017】
(シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防装置)
本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防装置11の構成を図5で例示する。
インフルエンザ予防装置11では、1時間当たりのシンナムアルデヒドの放散量を0.7mg/h〜5.0mg/hに設定可能であることが好ましい。このようなシンナムアルデヒドの放散量設定可能な装置は、シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を保管する容器1、該シンナムアルデヒドの揮発を促進する加熱部2を少なくとも含み、より好ましくは、さらにシンナムアルデヒド放出量検出可能なセンサー3、該センサーにより制御される加熱温度調整部4、換気扇5を含む。
加えて、該シンナムアルデヒドの放散量設定可能な装置は、空気清浄装置、換気装置、加湿装置、加温装置、除湿装置、布団乾燥機、エアコン、掃除機、浴室乾燥機、洗濯乾燥機に付属又は内蔵されていても良い。
【0018】
(シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク)
本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク6の構成を図6又は図7で例示する。
インフルエンザ予防用マスク6では、通気性を有する布又はシートなどからなるマスク本体7に、鼻孔及び/又は口を覆う通気性を有する布又はシート等からなる鼻孔及び/又は口の接触部8、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を塗布又は含浸させた布又はシートなどからなる吸着層9、又は、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を収納可能な袋形状態10を有する。
【0019】
本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク6は、マスク本体7と鼻孔及び/又は口の接触部8間に、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を塗布又は含浸させた吸着層9を挟むことで製造可能である。また、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物の残存量が少なくなった吸着層9を容易に交換することができる。
また、本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク6は、マスク本体7にポケット(袋形状態10)を付けることにより製造可能である。これにより、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物の残存量が少なくなった袋形状態5に、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を容易に添加することができる。
加えて、本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスクは、吸着層9を従来のマスク(市販されているマスク)内に導入すること、又は袋形状態10を設けることにより作製することもできる。また、本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスクは、従来のマスクの本体のシートに直接、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を塗布又は含浸させることにより作製することができる。
【0020】
本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスクでは、1時間当たりのシンナムアルデヒドの放散量は、下記実施例2より、0.7mg/h〜5.0mg/hとなるように調整する。下記実施例1及び実施例2の結果により、該放散量なら、インフルエンザの予防を行うことができると考えられる。
1時間当たりのシンナムアルデヒドの放散量の調整方法としては、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を揮発性の高い溶媒と混合する。
【0021】
本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスクでは、長時間にわたって呼気とともに、鼻、口腔内、咽喉、上気道に、シンナムアルデヒドを供給することができる。
本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスクの具体的な効果としては、インフルエンザの予防に加え、のどの消炎・乾き防止、声がれの防止、咽頭炎の防止、扁桃腺炎の防止、口内炎・口臭の除去、鼻炎予防・治療・加湿、鼻詰まり改善、花粉症予防、睡眠導入効果等があげられる。
【0022】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
(マウスインフルエンザウイルス肺炎に対するシンナムアルデヒドの効果の確認)
マウスインフルエンザウイルス肺炎に対するシンナムアルデヒドの予防効果を確認した。詳細は、以下の通りである。
なお、本実施例は、富山大学倫理委員会にて医35の承認を得て行い、飼育及び実験は国立大学法人富山大学動物実験取扱規則に従って実施した。
【0024】
(材料)
1.試薬
Trans-cinnamaldehyde(CA、製造元:和光純薬)をdimethylsulfoxide(DMSO)で40mMに希釈した原溶液をEagle's minimum essential medium(MEM)又はDulbecco's modified MEM(DMEM)で適宜希釈して用いた。
2.ウイルスと細胞
A型インフルエンザウイルスA/PR/8/34(PR-8)(H1N1型)株を10日齢の有精鶏卵の漿尿膜腔に接種し、35℃で3日間培養して得られた感染漿尿液を適宜希釈してウイルス液として用いた。
また、ウイルス感染細胞としてMDCK細胞を用い、8%非働化牛胎仔血清を添加したMEM又は10%非働化牛胎仔血清を添加したDMEMを用いて培養した。
3.実験動物
日本エスエルシー株式会社より非近交系ICR雌性4週齢マウスを購入し、そして飼育した。
4.統計解析
すべての値は、平均値±標準偏差で表示した。解析には、Student-t検定又は分散分析を用い、危険率0.05%をもって有意とした。
【0025】
(方法及び結果)
マウス馴化PR-8(LA-PR8)を用いたインフルエンザ肺炎モデル(参考文献:J.Virol.74,2472-2476,2000)で、シンナムアルデヒドのin vivoでの抗インフルエンザ効果を検討した。
図1Aに示すように、ウイルスに感染させてCAを投与していない群(コントロール群)では、4日目から感染死が認められ、感染8日目までに80%が死亡した。
対照的に、マウス1匹につき250μgのCAを1日1回経鼻投与した群(経鼻投与群)では、感染第8日においても70%のマウスが生存していた(p<0.05)。しかし、10日の観察期間の最後の2日で急速に生存率が減少し、最終的に30%となった。
しかし、飼育籠内にCAを留置して持続吸引させた群(吸引群)では感染8日時点で全ての感染マウスが生存し(p<0.05)、最終的には生存率はやや減少して80%となった。
体重の変化は図1Bに示した。ウイルス感染させず薬物も投与していない群(無処置群)のマウスが日を追って体重を増していくのに対して、コントロール群では感染3日目より体重が減少し始めたが、経鼻投与群及び吸入群は、無処置群と比較して、有意な体重減少は見られなかった。
さらに、薬物吸引とウイルス増殖の関係を評価するために、BALF中のウイルス量をコントロール群と吸入群とで比較した。コントロール群では感染6日の時点において1.9×107 PFUと著しい高値を示した。一方、吸入群ではその約10分の1の1.6×106 PFUと、マウス肺(気管支、肺胞)でのウイルス増殖を有意に抑制した(図2)。
【0026】
本実施例の結果により、哺乳動物はシンナムアルデヒドを吸入投与することによって、インフルエンザウイルス肺炎に対して有害効果を伴うことなしに治療効果があることを確認にした。
以上により、空気中にある一定以上のシンナムアルデヒド濃度を有する環境下では、インフルエンザの予防を行うことができることを確認した。
【実施例2】
【0027】
(シンナムアルデヒドの空気中の濃度範囲の設定)
インフルエンザ予防に必要な空気中のシンナムアルデヒド濃度を測定した。詳しくは、実験動物飼育ケージを使用して、該ケージ内でシンナムアルデヒドを放散させ、空気中のシンナムアルデヒド濃度を測定した。詳細は、以下の通りである。
【0028】
(材料と器材)
1.試薬
シンナムアルデヒド(和光純薬工業製試薬特級)、メタノール(和光純薬工業製残留農薬・PCB試験用)、アセトニトリル(和光純薬工業製高速液体クロマトグラフ用)を使用した。
2.使用機器
ケージ(内寸):底部200mm x 140mm、上部260mm x 190mm、高さ135mm、プラスチック製
ポンプ:柴田科学製MP-シグマ30N型
温湿度計:エスペックミック製RS-12
捕集管:柴田科学製DNPHカートリッジ(アクティブサンプリング用)
高速液体クロマトグラフ:島津製作所製LC20Aシステム
【0029】
(方法)
1.高速液体クロマトグラフ分析条件
溶離液:64%アセトニトリル/水
流速:1mL/分
カラム:シグマ・アルドリッチ製Ascentis RP Amide 4.6mm x 150mm (3μm)
カラムオーブン温度:40℃
検出器:UV/VIS検出器 360nm
サンプル注入量:10μL
2.放散試験方法
1.5mLのエッペンドルフ製プラスチックチューブ内にシンナムアルデヒド50mgと純水0.95mLを入れ、ふたをして1分間振とうした。次に、該ふたを開け、ケージの底部中央に立位で固定した。該ケージに金網(網目18mm)をかぶせ、5時間静置した。ポンプ吸引口にシリコンチューブを繋ぎ、さらに、該チューブの先端にDNPHカートリッジを繋ぎ、ケージ内の設定した空間部位から空気採取を行った。
設定した空間部位は、発生源であるチューブ開口部から約150mm離れ、金網からの距離約20mmのポイント1(最遠部)、チューブ開口部から約65mm離れ、金網からの距離約65mmのポイント2(中間部)、チューブ開口部から約15mm上部のポイント3(近接部)及びバックグランドを知るためのポイント0の4か所とした。
空気採取時の吸引速度と時間(採取量)は、ポイント1及びポイント2では200mL/分で25分間(5L)、ポイント3では100mL/分で10分間(1L)、ポイント0では500mL/分で60分間(30L)とした。ポイント1からポイント3の空気採取は各3回ずつ繰り返した。
放散試験は、25±1℃、相対湿度37-38%の条件下で行った。
3.シンナムアルデヒドの分析
10μg/mL〜100μg/mLの濃度のシンナムアルデヒド・メタノール溶液を調製した。DNPHカートリッジに0.5μgから10μgになるように添加し、5mLのアセトニトリルで抽出し、これを検量線用溶液とした。次に、各10μLを高速液体クロマトグラフに注入した。
加えて、空気を採取したサンプラーも同様に5mLのアセトニトリルで抽出後、高速液体クロマトグラフで分析した。
【0030】
(結果)
1.シンナムアルデヒドの検量線
シンナムアルデヒドの検量線を図3に示した。0.1μg/mLから2μg/mLの範囲で良好な相関が得られた(r=0.9998)。機器定量下限は0.018μg/mL(S/N10)であった。なお、30Lの空気を吸引した時、DNPHカートリッジからの破過は認められなかった。
【0031】
2.シンナムアルデヒドの空気中の濃度
ケージ内に設定した空間部位及びバックグラウンドにおけるシンナムアルデヒドの濃度測定結果を図4に示す。
図4に示す通り、発生源の近接部位であるポイント3の濃度は最大値424μg/m3、最小値185μg/m3、平均値320μg/m3で各部位の中で最も高い濃度であった。中間部のポイント2では最大値130μg/m3、最小値62μg/m3、平均値92μg/m3であった。最遠部のポイント1では、最大値133μg/m3、最小値103μg/m3、平均値123μg/m3であった。各部位での測定値のばらつきは変動係数で13.8%から28.3%であった。なお、バックグラウンドのポイント0では不検出であった。
加えて、シンナムアルデヒドの発生は、動物実験を模してエッペンドルフのチューブ(1.5mL)に50mgのシンナムアルデヒドを入れ、水で1mLとし、よく振とうした後にケージ底部中央に立位で設置した。この混合比では、水に対する溶解度(約1.1%)以上のため2液は分離した。平衡に到達した後は、上層の水の表面から一定速度でシンナムアルデヒドが放散し、放散した分だけ下層のシンナムアルデヒドが水層に移行して、長く平衡状態が続いたと考えられる。
【0032】
3.シンナムアルデヒドの放散量の特定
上記の室内中のシンナムアルデヒド濃度62μg/m3(最小値)〜424μg/m3(最大値)を維持するための1時間当たりのシンナムアルデヒドの放散量は、下記条件より、0.7mg/h〜5.0mg/hと算出した。
室内中のシンナムアルデヒド:62μg/m3〜424μg/m3
空間:6畳間(23.3m3
換気回数:0.5回/時間
【0033】
4.ヒトでのインフルエンザ予防に必要な放散量の特定
上記1時間当たりのシンナムアルデヒドの放散量0.7mg/h〜5.0mg/hでは、マウスの、インフルエンザの予防を行うことができる。そこで、ヒトでのインフルエンザ予防に必要な放散量を算出した。詳細は、以下の通りである。
【0034】
マウス(25g)の肺換気量値は、約45(ml/分)である(参照:http://www.nichidokyo.or.jp/environmental_monitoring.html)。
ヒト(60kg)の分時換気量は、約7200〜12000(ml/分){1回換気量(10ml/kg×60kg=600ml)×呼吸回数12〜20回}である。
よって、ヒトの方がマウスより160〜267倍の空気を吸入している。
一方、種差による換算量は、文献Dose translation from animal to human studies revisited. The FASEB Journal, 22(3), 659-661, 2008.(http://www.fasebj.org/content/22/3/659.full)により、以下となる。
ヒトにおける換算量(mg/kg)=動物における量(mg/kg)×動物Km(マウス3)/ヒトKm(37)
よって、ヒト60kg、マウス25gとすると体重換算で2400倍となるが、種差の関係で3/37になり、ヒトでは195倍の投与量が必要となる。
ヒトはマウスより160〜267倍の空気を吸入しているが、195倍の投与量が必要である。
以上により、ヒトでのインフルエンザ予防に必要な大気中のシンナムアルデヒド濃度はマウスでのインフルエンザ予防に必要な大気中のシンナムアルデヒド濃度とほぼ同じであると算出できた。
【実施例3】
【0035】
(シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防装置)
本発明のシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防装置の例を図5に示す。
図5に示す装置11は、シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を保管する容器1、シンナムアルデヒドの揮発を促進する加熱部2、シンナムアルデヒド放出量検出センサー3、センサーにより制御される加熱温度調整部4及び換気扇5を備えている。
【0036】
図5の装置では、1時間当たりのシンナムアルデヒドの放散量を0.7mg/h〜5.0mg/hに設定可能することができる。
図5の装置を有する環境下では、ヒトを含む哺乳動物は、シンナムアルデヒドを持続的に吸入投与することができ、インフルエンザウイルスの予防を行うことができる。
【実施例4】
【0037】
(シンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスクの製造方法)
本発明の図6又は図7で例示されるようなシンナムアルデヒドを用いたインフルエンザ予防用マスク6の製造方法の概要は以下の通りである。
【0038】
(吸着層9を有するマスク)
シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を吸着層9に塗布又は含浸させる。該シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を吸着させた吸着層9をマスク本体7と鼻孔及び/又は口の接触部8間に挟む(参照:図6)。これにより、本発明のマスクを製造することができる。
【0039】
(袋形状態10を有するマスク)
マスク本体7の鼻孔及び/又は口の接触部8との接触側にポケット(袋形状態10)を設置する。そして、シンナムアルデヒド若しくはシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を該ポケットに添加する(参照:図7)。これにより、本発明のマスクを製造することができる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明では、シンナムアルデヒドによるインフルエンザ予防方法及び該予防装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0041】
1:シンナムアルデヒド又はシンナムアルデヒドを主成分とするシナモン抽出物を保管する容器1
2:シンナムアルデヒドの揮発を促進する加熱部
3:シンナムアルデヒド放散量検出可能なセンサー
4:センサーにより制御される加熱温度調整部
5:換気扇
6:インフルエンザ予防用マスク
7:マスク本体
8:鼻孔及び/又は口の接触部
9:吸着層
10:袋形状態
11:インフルエンザ予防装置
12:放散しているシンナムアルデヒド
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7