(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6233922
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】嚥下音データの採取システム及び嚥下音データの採取方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/11 20060101AFI20171113BHJP
A61B 5/103 20060101ALI20171113BHJP
【FI】
A61B5/10 310K
A61B5/10ZDM
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-185740(P2013-185740)
(22)【出願日】2013年9月6日
(65)【公開番号】特開2015-51159(P2015-51159A)
(43)【公開日】2015年3月19日
【審査請求日】2016年7月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(72)【発明者】
【氏名】皆木 省吾
(72)【発明者】
【氏名】兒玉 直紀
(72)【発明者】
【氏名】福池 知穂
【審査官】
山口 裕之
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−017694(JP,A)
【文献】
特開2005−160644(JP,A)
【文献】
特表2002−521116(JP,A)
【文献】
特開2007−014727(JP,A)
【文献】
特開2011−4968(JP,A)
【文献】
特開2011−212231(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鼻部近傍に装着して鼻孔音を採取する鼻孔音用マイクロフォンから出力された鼻孔音データを用いて、頸部に装着して嚥下音を採取する嚥下音用マイクロフォンから出力された嚥下音データに含まれているノイズを除去して真の嚥下音データを抽出する処理装置を備えた嚥下音データの採取システムであって、
前記処理装置では、前記鼻孔音データから呼吸の停止期間を検出し、この呼吸の停止期間と同一タイミングの嚥下音データであって、前記嚥下音データに対して設定した閾値に基づいて適正でない嚥下音データとして取り除かれなかった嚥下音データを前記真の嚥下音データとして抽出する嚥下音データの採取システム。
【請求項2】
前記鼻孔音用マイクロフォンには集音チューブの一方端を接続し、この集音チューブの他方端を外鼻孔部分に位置させている請求項1に記載の嚥下音データの採取システム。
【請求項3】
前記鼻孔音データと前記嚥下音データを一時的に記録する記録装置を備え、この記録装置から前記処理装置に前記鼻孔音データと前記嚥下音データを入力する請求項1または請求項2に記載の嚥下音データの採取システム。
【請求項4】
頸部に装着して嚥下音を採取する嚥下音用マイクロフォンから出力された嚥下音データに含まれているノイズを除去して真の嚥下音データのみを抽出する嚥下音データの採取方法であって、
鼻部近傍に装着して鼻孔音を採取する鼻孔音用マイクロフォンで鼻孔音データを採取し、この鼻孔音データから呼吸の停止期間を検出して、この呼吸の停止期間と同一タイミングの嚥下音データであって、前記嚥下音データに対して設定した閾値に基づいて適正でない嚥下音データとして取り除かれなかった嚥下音データを前記真の嚥下音データとして抽出する嚥下音データの採取方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嚥下障害を有するおそれのある患者の嚥下音を検出して嚥下音データとして採取する嚥下音データの採取システム及び嚥下音データの採取方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
加齢にともなって生じやすくなる嚥下障害は誤嚥性肺炎の原因として知られている。特に、現在、誤嚥性肺炎は1年間に16万人の要介護者に発生しているとされており、その対処に必要となる医療費は年間約2720億円と試算されている。超高齢社会となった現在、さらに多くの医療費が発生することが予想され、その意味では、高齢者の嚥下関連は大きな医療経済のマーケットと認識されている。
【0003】
なお、誤嚥性肺炎を回避するために、近年では、腹部の皮膚から直接胃の中に通じるチューブを入れる処置である胃瘻がよく利用されている。しかし、胃瘻によって栄養摂取が可能となることで、寝たきりの患者が長寿命化する傾向があり、寝たきりの患者が増加することになるとともに、患者のQOL(Quality Of Life)の面からの問題も指摘されており、安易な胃瘻の施術が抑制されるようになっている。
【0004】
このようなことから、まずは嚥下障害の状況把握が重要であり、たとえば1967年にLoganとBosmaらにより報告された頸部聴診法による嚥下の聴診方法が知られている。この頸部聴診法では、輪状軟骨の側方に聴診器を当てることにより嚥下音および呼吸音を聴取して診断を行うものである。
【0005】
頸部聴診法では、慢性的な重度の嚥下障害を診断することは可能であるが、初期段階等の軽微な嚥下障害の診断が困難となりやすく、積極的に実施されてはいなかった。
【0006】
最近では、より簡便で正確に嚥下障害を診断することを目的として、嚥下に関与する複数の筋肉表面に電極を配置して表面筋電図を計測したり(例えば、特許文献1参照。)、喉頭部に配置したマイクロフォンで嚥下音を採取して波形解析したり(例えば、特許文献2参照。)して、嚥下障害の診断を可能とする装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−304890号公報
【特許文献1】特開2008−301895号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、筋電図による嚥下運動の検出や、マイクロフォンによる嚥下音の採取は、会話や咀嚼などの動作をしながらの場合には嚥下の識別が困難となりやすく、嚥下以外の動作をできるだけ抑制した状態で検査することが望ましいため、自然な日常生活時の嚥下評価が不可能であった。
【0009】
なお、マイクロフォンにより採取した嚥下音を用いて嚥下評価を行う装置では、一応、比較的長時間の計測が可能となってはいるが、計測結果に会話や咳等に起因したノイズが入り込みやすいため、嚥下波形だけを抽出するに際して熟練者が必要であり、また、少なくとも計測時間と同等以上の時間を要して抽出作業を行う必要があり、だれもが容易に利用できる装置とはなっていなかった。
【0010】
本発明者らは、このような現状に鑑み、自然な日常生活時において効率よく嚥下音を採取して嚥下評価を行いやすくすべく研究開発を行う中で、鼻孔音を利用することにより嚥下音のみを効果的に抽出して採取できること知見し、本発明を成すに至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の嚥下音データの採取システムでは、鼻部近傍に装着して鼻孔音を採取する鼻孔音用マイクロフォンから出力された鼻孔音データを用いて、頸部に装着して嚥下音を採取する嚥下音用マイクロフォンから出力された嚥下音データに含まれているノイズを除去して真の嚥下音データを抽出する処理装置を備えた嚥下音データの採取システムであって、処理装置では、鼻孔音データから呼吸の停止期間を検出し、この呼吸の停止期間と同一タイミングの嚥下音データ
であって、嚥下音データに対して設定した閾値に基づいて適正でない嚥下音データとして取り除かれなかった嚥下音データを真の嚥下音データとして抽出するものである。
【0012】
さらに、本発明の嚥下音データの採取システムでは、鼻孔音用マイクロフォンには集音チューブの一方端を接続し、この集音チューブの他方端を外鼻孔部分に位置させていること、鼻孔音データと嚥下音データを一時的に記録する記録装置を備え、この記録装置から処理装置に鼻孔音データと嚥下音データを入力することにも特徴を有するものである。
【0013】
また、本発明の嚥下音データの採取方法では、頸部に装着して嚥下音を採取する嚥下音用マイクロフォンから出力された嚥下音データに含まれているノイズを除去して真の嚥下音データのみを抽出する嚥下音データの採取方法であって、鼻部近傍に装着して鼻孔音を採取する鼻孔音用マイクロフォンで鼻孔音データを採取し、この鼻孔音データから呼吸の停止期間を検出して、この呼吸の停止期間と同一タイミングの嚥下音データ
であって、嚥下音データに対して設定した閾値に基づいて適正でない嚥下音データとして取り除かれなかった嚥下音データを真の嚥下音データとして抽出するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、熟練者に依らずに、真の嚥下音データのみを極めて簡便に、かつ自動的に抽出できる。特に、会話や咀嚼等に起因したノイズを確実に除去できるので、自然な日常生活時の嚥下音データを採取でき、嚥下評価を適正に行えるようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】上段は鼻孔音用マイクロフォンで得られた鼻孔音データを適宜の音声解析ソフトを用いて波形表示させたグラフ、下段は嚥下音用マイクロフォンで得られた嚥下音データを適宜の音声解析ソフトを用いて波形表示させたグラフである。
【
図2】本実施形態の嚥下音データの採取システムの概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の嚥下音データの採取システム及び嚥下音データの採取方法は、嚥下音用マイクロフォンで得られた嚥下音データからのノイズの除去を、鼻孔音用マイクロフォンで得られた鼻孔音データに基づいて行うものである。
【0017】
人間は、嚥下を行う際に呼吸を止めており、この呼吸の停止のタイミングを鼻孔音データから識別できることを利用しているものである。
【0018】
より具体的に説明すると、まず、鼻孔音用マイクロフォンで得られた鼻孔音データを適宜の音声解析ソフトを用いて波形表示させたグラフを
図1の上段側に示す。鼻孔音用マイクロフォンでは、呼吸にともなって生じる空気移動の音だけでなく会話や咀嚼等にともなう様々な音が拾われるが、嚥下の際には呼吸を停止することにより一定期間のほぼ無音となる期間が生じる。そこで、鼻孔音データにおいて所定レベル以下となっている期間を呼吸の停止期間として検出することができる。
【0019】
一方、嚥下音用マイクロフォンで得られた嚥下音データを適宜の音声解析ソフトを用いて波形表示させたグラフを
図1の下段側に示す。嚥下音用マイクロフォンでも、会話や咀嚼等にともなう様々な音が拾われるが、呼吸の停止期間と同一タイミングで拾われた音が真の嚥下音データである。すなわち、
図1の下段側の角丸四角枠で囲っている部分である。
【0020】
なお、咳やくしゃみ等をする際にも呼吸が停止する期間が生じることがあるが、その場合には、大概、嚥下音用マイクロフォンで検出されたデータが嚥下音データとは異なっているため、嚥下音用マイクロフォンの出力データに対して閾値を設定しておくことで、嚥下音の誤検出を防止できる。
【0021】
特に、本発明の嚥下音データの採取システムでは、日常的に嚥下音データ及び鼻孔音データの採取を行うことでできるだけ多くの嚥下音データを取得する一方で、嚥下異常が生じたことを検出することも目指しており、嚥下異常を検出する検出モードでない場合には、少しでも適正でない嚥下音データは取り除いて、正しい嚥下音データのみを採取することが望ましい。
【0022】
図2に、本実施形態の嚥下音データの採取システムの概略説明図を示す。本実施形態の嚥下音データの採取システムは、鼻部近傍に装着して鼻孔音を採取する鼻孔音用マイクロフォン10と、頸部に装着して嚥下音を採取する嚥下音用マイクロフォン20と、鼻孔音用マイクロフォン10及び嚥下音用マイクロフォン20の出力信号が入力される処理装置30とを備えている。
【0023】
鼻孔音用マイクロフォン10には、本実施形態ではコンデンサマイクを用いており、患者の頬部に適宜の粘着シート11を用いて装着している。さらに、鼻孔音用マイクロフォン10には集音チューブ12の一方端を接続し、この集音チューブ12の他方端を外鼻孔部分に位置させている。この集音チューブ12も適宜の粘着シート13を用いて装着している。
図2中、符号14は鼻孔音データ入力配線である。
【0024】
鼻孔音用マイクロフォン10を、直接、外鼻孔部分に位置させてもよいが、鼻水等の体液で汚れるおそれがあり、ディスポーザブルな集音チューブ12を用いることで、比較的高価な鼻孔音用マイクロフォン10を使い回し可能とすることができるとともに、衛生上の懸念を解消できる。集音チューブ12は、単なる管状となっていればよく、必要に応じて適宜の長さとしてよい。
【0025】
嚥下音用マイクロフォン20は、咽頭マイクとして市販されているものを用い、咽頭近傍に装着している。
図2中、符号21は嚥下音データ入力配線である。なお、咽頭マイクではなく、コンデンサマイク等のような一般的なマイクを咽頭近傍に貼り付けてもよい。
【0026】
処理装置30は、本実施形態では電子計算機で構成しており、鼻孔音用マイクロフォン10から出力された鼻孔音データと、嚥下音用マイクロフォン20から出力された嚥下音データを取り込み、波形解析を行っている。
【0027】
すなわち、処理装置30では、まず、入力された鼻孔音データと嚥下音データを同期させ、次いで、患者毎に画一的に設定したカットオフ値を用いた信号処理を行って信号調整を行い、次いで、鼻孔音データから呼吸の停止期間を検出している。呼吸の停止期間は、鼻孔音データのうち、あらかじめ設定したレベル以下となる期間であって、あらかじめ設定した時間以上維持された期間として検出している。
【0028】
次いで、処理装置30では、呼吸の停止期間と同一タイミングの嚥下音データを真の嚥下音データとして抽出し、適宜の番号付けを行って記憶している。このようにして記憶された真の嚥下音データを解析することで、嚥下評価を行うことができる。
【0029】
本実施形態の嚥下音データの採取システムでは、常時、すなわち24時間のデータ採取が可能であり、できるだけ多くの真の嚥下音データを用いて嚥下評価を行うことで、より適正な嚥下評価を行うことができる。
【0030】
あるいは、このようにして得られた真の嚥下音データをデータベース化しておくことにより、嚥下異常を検出する検出モードとして嚥下異常の発生を検出可能としたり、あるいは嚥下障害に対するリハビリテーションの効果確認を定量的に行ったりすることもできる。
【0031】
上述した実施形態では、呼吸の停止期間を検出して、その呼吸の停止期間の嚥下音データを抽出することとしているが、呼吸の停止期間の開始のタイミングを検出して、この開始のタイミングから所定期間の嚥下音データを抽出するようにしてもよく、この場合であっても呼吸の停止期間と同一タイミングの嚥下音データを真の嚥下音データとして抽出していることに相当する。
【0032】
また、上述した実施形態では、鼻孔音用マイクロフォン10及び嚥下音用マイクロフォン20の出力信号を処理装置に直接的に入力しているが、鼻孔音用マイクロフォン10及び嚥下音用マイクロフォン20の出力信号をそれぞれ例えばボイスレコーダー等の記録装置(図示せず)に一時的に記録しておき、この記録装置から処理装置に鼻孔音データと嚥下音データを入力してもよい。
【0033】
このように、ボイスレコーダー等の記録装置に、鼻孔音用マイクロフォン10及び嚥下音用マイクロフォン20の出力信号を一時的に記録することにより、嚥下音データの採取システムが使用される患者の行動の自由を確保しやすくすることができ、患者に余計なストレスを与えるおそれがなく、より自然な日常生活時での嚥下評価を可能とすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、自然な日常生活時での嚥下評価ができるだけでなく、嚥下異常を検出する検出モードとして嚥下異常の発生を検出する検出装置として利用することで、誤嚥の早期発見を可能としたり、嚥下障害に対するリハビリテーションの効果確認を定量的に行う評価装置としたりして利用することもできる。
【符号の説明】
【0035】
10 鼻孔音用マイクロフォン
11 粘着シート
12 集音チューブ
13 粘着シート
14 鼻孔音データ入力配線
20 嚥下音用マイクロフォン
21 嚥下音データ入力配線
30 処理装置