(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6234710
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】レーダ装置及び物標捕捉追尾方法
(51)【国際特許分類】
G01S 13/66 20060101AFI20171113BHJP
G01S 13/93 20060101ALI20171113BHJP
【FI】
G01S13/66
G01S13/93 210
【請求項の数】14
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-115566(P2013-115566)
(22)【出願日】2013年5月31日
(65)【公開番号】特開2014-235040(P2014-235040A)
(43)【公開日】2014年12月15日
【審査請求日】2016年3月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000166247
【氏名又は名称】古野電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118784
【弁理士】
【氏名又は名称】桂川 直己
(72)【発明者】
【氏名】野村 弘行
【審査官】
▲高▼場 正光
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭62−182900(JP,A)
【文献】
特開平08−075841(JP,A)
【文献】
特開平03−161899(JP,A)
【文献】
特開平06−130145(JP,A)
【文献】
特開2009−002799(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0316769(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/00 − G01S 7/42
G01S 13/00 − G01S 13/95
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
追尾中でない物標のレーダエコーから物標の代表点を抽出する抽出部と、
前記抽出部が抽出した代表点を複数スキャンにわたって記憶する代表点記憶部と、
追尾を開始する前に前記代表点記憶部に記憶した情報に基づいて、当該代表点が示す物標の運動情報を予測する予測部と、
前記予測部が予測した物標の運動情報に基づいて、自機と物標とが最も接近した際の予測距離及び自機と物標とが最も接近するまでの予測時間の少なくとも何れか一方を算出し、当該予測距離及び当該予測時間の少なくとも何れか一方に基づいて、自機との衝突の可能性を判定する判定部と、
前記判定部により自機との衝突の可能性があると判定された物標を捕捉して追尾する捕捉追尾部と、
を備え、
前記判定部は、運動情報に基づいて決定された物標に対して、自機との衝突の可能性を判定し、
前記予測部は、過去のスキャンを遡って物標の運動情報を予測する際に、自機との衝突の可能性がないと判定した場合は、過去のスキャンを遡る処理を中止することを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
請求項1に記載のレーダ装置であって、
前記判定部は、前記予測部が予測した物標の運動情報が、予め定めた所定の衝突可能性判定基準を満たすか否かに基づいて、自機との衝突の可能性を判定することを特徴とするレーダ装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のレーダ装置であって、
前記判定部は、予め設定された領域である判定領域内に位置する物標に対して、自機との衝突の可能性を判定することを特徴とするレーダ装置。
【請求項4】
請求項3に記載のレーダ装置であって、
自機からの距離が所定以下の範囲を前記判定領域とすることを特徴とするレーダ装置。
【請求項5】
請求項3に記載のレーダ装置であって、
ユーザが指定した範囲を前記判定領域とすることを特徴とするレーダ装置。
【請求項6】
請求項1から5までの何れか一項に記載のレーダ装置であって、
物標の運動情報には、物標の針路と速さが含まれることを特徴とするレーダ装置。
【請求項7】
請求項1から6までの何れか一項に記載のレーダ装置であって、
前記代表点記憶部は、各代表点の位置及び大きさを記憶することを特徴とするレーダ装置。
【請求項8】
請求項7に記載のレーダ装置であって、
前記代表点記憶部は、各代表点の大きさとして、方位方向の長さ、距離方向の長さ、及び面積を時間情報とともに記憶することを特徴とするレーダ装置。
【請求項9】
請求項7又は8に記載のレーダ装置であって、
レーダアンテナの設置位置を取得するアンテナ位置取得部を備え、
前記代表点記憶部は、自機に対する代表点の相対位置と、レーダアンテナの設置位置と、に基づいて求められた各代表点の絶対位置を記憶することを特徴とするレーダ装置。
【請求項10】
請求項1から9までの何れか一項に記載のレーダ装置であって、
前記判定部は、運動情報に加え、更に大きさに基づいて決定された物標に対して、自機との衝突の可能性を判定することを特徴とするレーダ装置。
【請求項11】
請求項1から10までの何れか一項に記載のレーダ装置であって、
レーダ映像を表示する表示部と、
前記判定部により自機との衝突の可能性があると判定された物標を、他の物標と区別して表示する表示制御部と、
を備えることを特徴とするレーダ装置。
【請求項12】
請求項11に記載のレーダ装置であって、
前記表示制御部は、前記判定部により自機との衝突の可能性がないと判定された物標と、前記判定部による判定が行われていない物標と、を区別して表示することを特徴とするレーダ装置。
【請求項13】
請求項1から12までの何れか一項に記載のレーダ装置であって、
前記判定部によって自機との衝突の可能性があると判定された物標を捕捉及び追尾するモードと、前記判定部による判定を行わずに物標を捕捉及び追尾するモードと、を切替可能であることを特徴とするレーダ装置。
【請求項14】
追尾中でない物標のレーダエコーから物標の代表点を抽出する抽出工程と、
前記抽出工程で抽出した代表点を複数スキャンにわたって記憶する代表点記憶工程と、
追尾を開始する前に前記代表点記憶工程で記憶した情報に基づいて、当該代表点が示す物標の運動情報を予測する予測工程と、
前記予測工程で予測した物標の運動情報に基づいて、自機と物標とが最も接近した際の予測距離及び自機と物標とが最も接近するまでの予測時間の少なくとも何れか一方を算出し、当該予測距離及び当該予測時間の少なくとも何れか一方に基づいて、自機との衝突の可能性を判定する判定工程と、
前記判定工程で自機との衝突の可能性があると判定された物標を捕捉して追尾する捕捉追尾工程と、
を含み、
前記判定工程では、運動情報に基づいて決定された物標に対して、自機との衝突の可能性を判定し、
前記予測工程では、過去のスキャンを遡って物標の運動情報を予測する際に、自機との衝突の可能性がないと判定した場合は、過去のスキャンを遡る処理を中止することを特徴とする物標捕捉追尾方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主要には、物標を捕捉して追尾する機能を有するレーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、レーダアンテナが受信したエコー信号に基づいて、物標を追尾するTT(Target Tracking)機能を有するレーダ装置が知られている。ここでTT機能とは、簡単に説明すると、過去のレーダ映像の推移に基づいて自船周囲に存在する物標の位置の推移を検出するものである。このTT機能により、例えば自船と衝突の可能性がある物標を、所定のシンボルを付記して表示することができる。
【0003】
物標の捕捉は、手動又は自動で行う。手動で物標を捕捉する場合、レーダ映像に表示された任意の物標をユーザが選択する。これにより、レーダ装置は、選択された物標を捕捉して追尾し続ける。また、自動で物標を捕捉する場合、レーダ装置は、例えば所定の範囲に入った物標を自動的に捕捉して追尾し続ける。
【0004】
自動で物標を捕捉した場合、ユーザの操作を伴わず次々と物標が捕捉される。そのため、自動追尾条件に合致する物標が多数存在する場合には、多数の物標が捕捉される。物標の捕捉数には通常は限界値が設定されているため、追尾を停止する物標を選択する必要がある。この処理を手動で行うことはユーザの負担となる。特許文献1及び2は、衝突の可能性等に基づいて物標の追尾を自動的に停止するレーダ装置を開示する。
【0005】
特許文献1は、自船の後方に所定の領域を設定し、追尾中の物標がこの領域内に位置したときに物標の追尾を停止するレーダ信号処理装置を開示する。また、このレーダ信号処理装置は、衝突の可能性を判定し、衝突の可能性があれば領域内に位置する物標であっても追尾を停止しない。
【0006】
特許文献2の自動追尾装置も、特許文献1と同様に、衝突の可能性を判定する。そして、この自動追尾装置は、衝突の可能性が低い物標の追尾を自動的に停止する。
【0007】
ここで、特許文献1及び2は、物標の速度ベクトル(針路及び速度)を予測する。具体的には、物標の捕捉後、時間の経過に伴って得られる新たなレーダエコーに基づいて、追尾中の物標の速度ベクトルを算出する。従って、物標の捕捉後、しばらくは正確な速度ベクトルを算出することができない。
【0008】
これに対し、特許文献3は、過去の物標データを記憶し、この過去の物標データを遡って用いることで、ユーザに指定された特定の物標の現在の速度ベクトルを算出する。これにより、ユーザによる物標の指定後に即座に物標の速度を表示することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−309246号公報
【特許文献2】特許第2534785号公報
【特許文献3】特開2000−304853号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、特許文献1及び2では、物標の捕捉後に追尾を解消する処理を開示しているが、追尾が不要な物標に対しても、捕捉及び追尾の停止という処理を得る必要があり、演算装置の処理量が増大する。更に、特許文献1及び2では、追尾の停止後に同じ物標の追尾を開始する可能性もある。
【0011】
また、特許文献3では、ユーザによる物標の指定をトリガに物標の速度ベクトルを算出する処理を開始しているため、自船の周辺に存在する物標の追尾の必要性を判定することができない。更に、特許文献3では、一定スキャン分のデータを常に保存しておくことが必要となるため、高容量のメモリが必要となる。
【0012】
本発明は以上の事情に鑑みてされたものであり、その主要な目的は、必要な物標を自動的に捕捉及び追尾しつつ、追尾が不要な物標の追尾を停止する処理を省略したレーダ装置を提供することにある。
【0013】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段とその効果を説明する。
【0014】
本発明の第1の観点によれば、以下の構成のレーダ装置が提供される。即ち、このレーダ装置は、抽出部と、代表点記憶部と、予測部と、判定部と、捕捉追尾部と、を備える。前記抽出部は、追尾中でない物標のレーダエコーから物標の代表点を抽出する。前記代表点記憶部は、前記抽出部が抽出した代表点を複数スキャンにわたって記憶する。前記予測部は、追尾を開始する前に前記代表点記憶部に記憶した情報に基づいて、当該代表点が示す物標の運動情報を予測する。前記判定部は、前記予測部が予測した物標の運動情報に基づいて、自機と物標とが最も接近した際の予測距離及び自機と物標とが最も接近するまでの予測時間の少なくとも何れか一方を算出し、当該予測距離及び当該予測時間の少なくとも何れか一方に基づいて、自機との衝突の可能性を判定する。前記捕捉追尾部は、前記判定部により自機との衝突の可能性があると判定された物標を捕捉して追尾する。
前記判定部は、運動情報に基づいて決定された物標に対して、自機との衝突の可能性を判定する。前記予測部は、過去のスキャンを遡って物標の運動情報を予測する際に、自機との衝突の可能性がないと判定した場合は、過去のスキャンを遡る処理を中止する。
【0015】
これにより、衝突の可能性がある物標、つまり追尾する必要性が高い物標のみを自動的に追尾対象にできる。従って、「追尾が不要な物標を追尾対象から除外する処理」を省略することができる。そのため、ユーザの手間又は演算装置の処理量を軽減できる。
また、自機との衝突の可能性がないと判定した場合に過去のスキャンを遡る処理を中止することで、予測部による無駄な処理を省略できるので、処理量を低減できる。
【0016】
前記のレーダ装置においては、前記判定部は、前記予測部が予測した物標の運動情報が、予め定めた所定の衝突可能性判定基準を満たすか否かに基づいて、自機との衝突の可能性を判定することが好ましい。
【0017】
これにより、自機と物標の衝突の可能性を一定の基準で判定できる。また、衝突判定条件を変更することで、様々な利用態様に対応することができる。
【0018】
前記のレーダ装置においては、前記判定部は、予め設定された領域である判定領域内に位置する物標に対して、自機との衝突の可能性を判定することが好ましい。
【0019】
全ての領域に位置する物標に対して衝突の可能性を判定すると処理量が増大するので、上記のように判定領域内の物標に限ることで、処理量の増加を抑えることができる。
【0020】
前記のレーダ装置においては、自機からの距離が所定以下の範囲を前記判定領域とすることが好ましい。
【0021】
自機から遠い位置にある物標は、自機に近接するまで時間が掛かるとともに、精度の良い判定が困難なので、判定を行う必要性が低い。従って、自機から近い位置にある物標に対してのみ判定を行うことで、処理量の増加を抑えることができる。
【0022】
前記のレーダ装置においては、ユーザが指定した範囲を前記判定領域とすることが好ましい。
【0023】
これにより、ユーザの利用態様や航行状況に応じた範囲について衝突の可能性を判定できる。
【0024】
前記のレーダ装置においては、物標の運動情報には、物標の針路と速さが含まれることが好ましい。
【0025】
これにより、自機と物標との衝突の可能性を精度良く判定できる。
【0026】
前記のレーダ装置においては、前記代表点記憶部は、各代表点の位置及び大きさを時間情報とともに記憶することが好ましい。
【0027】
これにより、予測部が過去のスキャンにおける所定の物標を特定するときに各時間における代表点の大きさを利用することで、精度良く物標を特定できる。
【0028】
前記のレーダ装置においては、前記代表点記憶部は、各代表点の大きさとして、方位方向の長さ、距離方向の長さ、及び面積を記憶することが好ましい。
【0029】
これにより、予測部は、上記で示した値を利用することで、一層正確に物標を特定できる。
【0030】
前記のレーダ装置においては、以下の構成とすることが好ましい。即ち、このレーダ装置は、レーダアンテナの設置位置を取得するアンテナ位置取得部を備える。前記代表点記憶部は、レーダアンテナの設置位置に対する代表点の相対位置と、自機の絶対位置と、に基づいて求められた各代表点の絶対位置を記憶する。
【0031】
これにより、予測部は、物標の運動情報をより正確に予測することができる。
【0032】
前記のレーダ装置においては、前記判定部は、
運動情報に加え、更に大きさに基づいて決定された物標に対して、自機との衝突の可能性を判定することが好ましい。
【0033】
これにより、ノイズ等を除外できるので、衝突の可能性を判定する対象が減り、処理量を低減できる。
【0036】
前記のレーダ装置においては、レーダ映像を表示する表示部と、前記判定部により自機との衝突の可能性があると判定された物標を、他の物標と区別して表示する表示制御部と、を備えることが好ましい。
【0037】
これにより、ユーザは、衝突の可能性がある物標を一目で把握できるので、物標を回避するためのルートを直感的かつ容易に作成できる。
【0038】
前記のレーダ装置においては、前記表示制御部は、前記判定部により自機との衝突の可能性がないと判定された物標と、前記判定部による判定が行われていない物標と、を区別して表示することが好ましい。
【0039】
これにより、衝突の可能性が低いと判定された物標をユーザに知らせることができるので、ユーザに安心感を与えることができる。
【0040】
前記のレーダ装置においては、前記判定部によって自機との衝突の可能性があると判定された物標を捕捉及び追尾するモードと、前記判定部による判定を行わずに物標を捕捉及び追尾するモードと、を切替可能であることが好ましい。
【0041】
これにより、本願のモードと、従来のモードと、を必要に応じて使い分けることができる。
【0042】
本発明の第2の観点によれば、以下の物標捕捉追尾方法が提供される。即ち、この物標捕捉追尾方法は、抽出工程と、代表点記憶工程と、予測工程と、判定工程と、捕捉追尾工程と、を含む。前記抽出工程では、追尾中でない物標のレーダエコーから物標の代表点を抽出する。前記代表点記憶工程では、前記抽出工程で抽出した代表点を複数スキャンにわたって記憶する。前記予測工程では、追尾を開始する前に前記代表点記憶工程で記憶した情報に基づいて、当該代表点が示す物標の運動情報を予測する。前記判定工程では、前記予測工程で予測した物標の運動情報に基づいて、自機と物標とが最も接近した際の予測距離及び自機と物標とが最も接近するまでの予測時間の少なくとも何れか一方を算出し、当該予測距離及び当該予測時間の少なくとも何れか一方に基づいて、自機との衝突の可能性を判定する。前記捕捉追尾工程では、前記判定工程で自機との衝突の可能性があると判定された物標を捕捉して追尾する。
前記判定工程では、運動情報に基づいて決定された物標に対して、自機との衝突の可能性を判定する。前記予測工程では、過去のスキャンを遡って物標の運動情報を予測する際に、自機との衝突の可能性がないと判定した場合は、過去のスキャンを遡る処理を中止する。
【0043】
これにより、衝突の可能性がある物標、つまり追尾する必要性が高い物標のみを自動的に追尾対象にできる。従って、「追尾が不要な物標を追尾対象から除外する処理」を省略することができる。そのため、ユーザの手間又は演算装置の処理量を軽減できる。
また、自機との衝突の可能性がないと判定した場合に過去のスキャンを遡る処理を中止することで、予測工程での無駄な処理を省略できるので、処理量を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【
図1】本発明の一実施形態に係るレーダ装置のブロック図。
【
図2】自動的に物標を捕捉して追尾する処理を示すフローチャート。
【
図3】レーダエコーから代表点や面積等を求める処理を概略的に示す図。
【
図5】過去のスキャンデータに基づいて物標の運動を推定する様子を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0045】
次に、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るレーダ装置1のブロック図である。
【0046】
図1に示すように、本実施形態のレーダ装置1は、レーダアンテナ11と、レーダ指示器12と、を備えている。
【0047】
レーダ装置1は、パルスレーダ装置として構成されており、レーダアンテナ11は、指向性の強いパルス状電波の送信を行い、当該パルス状電波が物標に反射して戻ってきた反射波(レーダエコー)を受信するように構成されている。また、レーダアンテナ11は、水平面内で回転しながら、電波の送受信を繰り返し行うように構成されている。以上の構成で、水平面内を、自船を中心として360°にわたってスキャンすることができる。
【0048】
レーダアンテナ11が受信したレーダエコーは、レーダ指示器12のスイープメモリ31へ出力される。スイープメモリ31は、レーダアンテナ11の1回転分のデータを記憶可能である。レーダアンテナ11の1回転分のデータは、自船を中心として水平面内を360°にわたってスキャンしたデータであるので、自船周辺の物標の様子を示すデータがスイープメモリ31に記憶されることになる。
【0049】
信号処理部32は、スイープメモリ31に記憶されたデータに対して、ゲイン調整、海面反射等の除去処理、スキャン相関等の処理を行う。信号処理部32は、信号処理後のレーダエコーをTT処理部33へ出力する。
【0050】
TT処理部33は、信号処理後のレーダエコーに基づいて、自船の周囲の物標に対して自船との衝突の可能性を判定し、衝突の可能性があると判定した場合に当該物標を捕捉して追尾する処理を行う。TT処理部33は、この処理を行うための構成として、抽出部41と、代表点記憶部42と、予測部43と、判定部44と、捕捉追尾部45と、を備える。なお、これらが行う処理の詳細は後述する。TT処理部33は、物標の追尾に関する情報を表示制御部34へ出力する。
【0051】
表示制御部34は、信号処理後のレーダエコーに基づいて、公知の信号処理を行うことにより、レーダ映像を作成することができる。具体的には、表示制御部34は、レーダアンテナ11がパルス状電波を送信したタイミングと、エコーを受信したタイミングとの時間差から、物標までの距離を取得する。また、表示制御部34は、エコーを受信したときのレーダアンテナ11の向き(パルス状電波の送受信方向)によって、物標が存在する方向を取得する。また、表示制御部34は、TT処理部33から入力された物標の追尾に関する情報をレーダ映像上に表示させることができる。
【0052】
表示部35は、液晶ディスプレイ等で構成されており、表示制御部34が作成した映像を表示することができる。
【0053】
操作部36は、キー、マウス、トラックボール、又はタッチパネル等で構成されており、ユーザの入力を受け付けることができる。操作部36は、受け付けた入力を電気信号に変換し、TT処理部33や判定基準記憶部37へ出力する。
【0054】
判定基準記憶部37は、自船と物標との衝突の可能性を判定する基準等を記憶する。
【0055】
また、レーダ指示器12には、GPS受信機21と、方位センサ22と、が接続されている。
【0056】
GPS受信機21は、GPS衛星が送信した測位信号を図略のアンテナから取得し、この測位信号に基づいて測位演算を行うことで、自船の絶対位置(詳細にはGPSアンテナの絶対位置)を検出する。GPS受信機21は、検出した自船の位置をTT処理部33へ出力する。
【0057】
方位センサ22は、自船の船首方向(船首が向いている方向)を、地球基準の絶対的な方位で検出するように構成されている。方位センサ22は、例えば磁気方位センサや、GPSコンパス等を利用することができる。方位センサ22は、検出した自船の船首方位をTT処理部33へ出力する。
【0058】
次に、TT処理部33が行う処理の詳細について
図2のフローチャートを参照して説明する。
【0059】
TT処理部33は、上述のように信号処理部32から信号処理後のレーダエコーを取得する(S101)。
【0060】
次に、TT処理部33の抽出部41は、取得したレーダエコーから物標の代表点を抽出する(S102)。ここで、代表点とは、物標を示すレーダエコーから所定の基準で抽出した点(点の位置)である。本実施形態では、レーダエコーの中心を代表点とするが、それ以外であっても良い。
【0061】
抽出部41は、初めに、レーダエコーに基づいて、
図3に示す基準点と、レーダエコーの奥行き(距離方向の長さ)と、レーダエコーの幅(方位方向の長さ)と、を検出する。これらの値を求めることで、レーダエコーの中心(本実施形態では代表点)、レーダエコーの面積等、様々な値を求めることができる。なお、レーダエコーは反射波なので反射波の立ち上がりである基準点の位置は精度良く求められるため、抽出部41は、初めは代表点ではなく基準点を求めている。抽出部41は、スキャン毎に各物標の代表点及び大きさ(幅、奥行き、面積等)を求め、観測時刻(時間情報)とともに代表点記憶部42に記憶する。
【0062】
なお、レーダエコーから求められる代表点の位置は、自船に対する相対位置である。しかし、本実施形態では、GPS受信機21によってGPSアンテナの絶対位置が求められているため、この絶対位置と、GPSアンテナとレーダアンテナ11の位置関係と、に基づいてレーダアンテナ11の絶対位置を求めることができる。アンテナ位置取得部38は、以上のようにして求められたレーダアンテナ11の絶対位置を取得し、TT処理部33へ出力する。これにより、TT処理部33は、代表点の相対位置と、レーダアンテナ11の絶対位置と、に基づいて代表点の絶対位置を求めて代表点記憶部42に記憶することができる。
【0063】
次に、TT処理部33は、判定要否決定基準を満たす物標を選択する(S103)。判定要否決定基準とは、代表点記憶部42に記憶された代表点の中から、「自船との衝突の有無」の判定対象の物標を決定する基準である。これにより、自船との衝突の可能性がない又は非常に少ない物標について判定を行わないので、処理量を低減できる。
【0064】
判定要否決定基準は、
図4(a)に示す項目及び項目内用から構成されており、判定基準記憶部37に記憶されている。
図4(a)には、「自船からの距離」、「自船からの方位」、「物標の速度」、「物標の大きさ」という項目が挙げられている。なお、ここで挙げた項目は一例であり、適宜変更することができる。また、ユーザが操作部36を操作することで、項目及び基準内容を変更することもできる。
【0065】
「自船からの距離」及び「自船からの方位」は、衝突の有無を判定する領域(判定領域、
図6を参照)を決定するための項目である。例えば、自船から非常に遠い物標は、自船に近接するまで時間が掛かるとともに、衝突の可能性を精度良く判定することが難しい。従って、判定領域を所定距離内にすることで、処理量の増加を抑えるようにしても良い。また、自船の後方に位置する物標は、自船との衝突の可能性が低いので、自船の後方を判定領域から除外することで、処理量の増加を抑えるようにしても良い。
【0066】
「物標の速度」及び「物標の大きさ」は、物標に関する情報に基づいて、衝突の有無を判定する対象を判定する。例えば、物標の速度が非常に遅い場合、この物標は岩や航路ブイ等の可能性が高いので、自船との衝突の可能性を判定する処理を省略しても良い。また、物標の大きさが小さい場合、ノイズである可能性があるので、自船との衝突の可能性を判定する処理を省略しても良い。
【0067】
TT処理部33は、代表点記憶部42に記憶された代表データから、この判定要否決定基準を満たす物標を1つ選択する(S103)。TT処理部33の予測部43は、この選択された物標について、過去のスキャンデータに基づいて運動情報を予測する(S104)。なお、本実施形態では、運動情報として、物標の針路と速さを求めるが、その他の値を求めても良い。
【0068】
具体的には、予測部43は、
図5に示すように、現在の物標の位置(代表点)及び大きさに関するデータに加え、1つ前のスキャンデータで求めた物標の位置及び大きさを読み出す。例えばS103の処理で物標aが選択された場合、予測部43は、1つ前のスキャンデータにおいて、現在の物標a(符号a0)の近くにあり、物標aの大きさに近似した物標を探す。これにより、予測部43は、1つ前の物標a(符号a1)の位置を検出することができる。なお、本実施形態では、物標の位置だけでなく物標の大きさも考慮しているため、1つ前の物標b(符号b1)ではなく、1つ前の物標aを適切に検出できる。
【0069】
次に、TT処理部33の判定部44は、1つ前の物標aの位置に基づいて、衝突の可能性が少しでもあるか否かを判定する(S105)。判定部44によって衝突の可能性が少しでもあると判定されれば、予測部43は、物標の運動情報の予測が完了するまで(つまり予め設定された数だけ過去のスキャンデータを遡るまで)、過去の物標の位置を求めるS104の処理を繰り返す。これにより、物標aの位置の推移を求めることができるので、物標aの針路と速さを予測することができる。
【0070】
なお、衝突の可能性が少しでもあるか否かを判定するS105の処理において、衝突の可能性がないと判定された場合、最後まで過去のスキャンデータを遡らずに処理を停止する。例えば、物標cについて、1つ前の物標cの位置(符号c1)を求めることで、物標cは、既に自船とすれ違った後であることが分かる。この場合、物標cと自船との衝突の可能性は非常に低い。従って、過去のスキャンデータに遡る処理を中止することで、処理量を低減できる。
【0071】
以上の処理により、代表点が抽出された物標であって、かつ、衝突の可能性が少しはある物標について、運動情報を求めることができる。
【0072】
次に、TT処理部33の判定部44は、運動情報が求められた物標に対して、衝突の可能性があるか否かを判定する(S107)。この判定は、予め定められて判定基準記憶部37に記憶された衝突可能性判定基準(
図4(b))に基づいて行われる。
【0073】
図4(b)に示す衝突可能性判定基準は、「CPA」、「BCR」、「TCPA」、及び「BCT」の項目から構成されている。ここで、なお、CPAとはClosest Point of Approachの略であり、自船と物標とが最も接近した際の距離を示す。また、TCPAはTime to CPAの略であり、自船と物標とが最接近するまでの時間を示す。なお、ここで挙げた項目は一例であり、適宜変更することができる。また、ユーザが操作部36を操作することで、項目及び基準内容を変更することもできる。
【0074】
BCRとはBow Crossing Rangeの略であり、自船の船首方向を物標が横切るときの、自船と物標との距離を示す。BCRは、自船に対する物標の相対速度ベクトルがわかっていれば、簡単に求めることができる。また、BCTはBow Crossing Timeの略であり、物標が自船の船首方向を横切るまでの時間を示す。
【0075】
これらの値は、衝突の可能性を判定する際に良く用いられ、値が小さい程、物標と自船との距離が小さかったり、近接するまでの時間が短かったりする。判定部44は、これらの値に基づいて、衝突の可能性があるか否かを判定する。この判定には、
図4(b)に示す4つの項目の基準内容を満たした場合に衝突の可能性があると判定しても良いし、1つの項目の基準内容を満たした場合に衝突の可能性があると判定しても良い。
【0076】
次に、TT処理部33の捕捉追尾部45は、S107で判定部44が「衝突の可能性がある」と判定した物標に対して、捕捉及び追尾を行う。この追尾機能は、TT(Target Tracking)又はARPA(Automatic Radar Plotting Aid)とも称される。
【0077】
TT機能は公知であるので詳細な説明は省略するが、信号処理部32及び代表点記憶部42から出力されたデータに基づいて、時間推移物標の位置を自動的に捕捉するとともに、時間推移に基づいて当該物標の移動を追尾することにより速度ベクトルを推定するものである。
【0078】
TT処理部33の捕捉追尾部45により、捕捉の有無が判定された後は、再びS103の処理に戻り、新たな物標が選択される。以上の処理を繰り返すことにより、捕捉及び追尾すべき物標についてのみ捕捉及び追尾が行われる。
【0079】
次に、物標の追尾中に表示部35に表示されるレーダ映像について説明する。
図6には、本実施形態のレーダ映像の一例が表示されている。
【0080】
図6のレーダ映像には、自船マーク51と、エコー52と、追尾シンボル53と、判定済シンボル54と、が表示されている。自船マーク51は、自船の位置を示すマークである。自船マーク51は、レーダ映像の中央であっても良いしやや下寄りであっても良い。
【0081】
エコー52は、レーダアンテナ11が送信した電波の反射波を示す。エコー52は、信号処理部32から得られた信号に基づいて生成しても良いし、代表点記憶部42に記憶した情報に基づいて生成しても良い。
【0082】
追尾シンボル53は、フローチャートのS108で捕捉及び追尾の対象となった物標に付されるシンボル(マーク)である。なお、追尾シンボル53の線状の表示は、物標の速度ベクトルを示している。このように、本実施形態では、追尾中の物標(即ち自船との衝突の可能性があると判定された物標)と、追尾中でない物標(他の物標)と、を区別して表示している。これにより、ユーザは、衝突の可能性がある物標を一目で把握することができる。
【0083】
判定済シンボル54は、フローチャートのS103で判定要否決定基準を満たすと判定されたが、S105又はS107で衝突の可能性がない(少ない)と判定された物標に付されるシンボル(マーク)である。例えば、物標cについてはS105の処理において、衝突の可能性がないと判定されたので、この判定済シンボル54が付される。このように、本実施形態では、判定部44により自船との衝突の可能性がないと判定された物標と、判定部44による判定が行われていない物標と、を区別して表示している。ユーザは、この表示を確認することで、物標が既に判定済みであることが分かるので、安心感を得ることができる。
【0084】
なお、所定の規格を満たすのであれば、追尾シンボル53又は判定済シンボル54以外のシンボルや文字列等を付したり、エコー52の色等を変えたりすることで、上記の各物標を区別して表示しても良い。
【0085】
なお、本実施形態では、操作部に所定の操作を行うことで、自動で捕捉及び追尾を行う処理を停止させることができる。この場合、ユーザは、手動で物標を選択し、選択した物標に対して、追尾が行われる。又は、判定部44による衝突可能性の判定を行わず、所定の領域に浸入した物標を全て自動で捕獲する構成であっても良い。
【0086】
以上に説明したように、本実施形態のレーダ装置1は、抽出部41と、代表点記憶部42と、予測部43と、判定部44と、捕捉追尾部45と、を備える。抽出部41は、レーダエコーから物標の代表点を抽出する。代表点記憶部42は、抽出部41が抽出した代表点を複数スキャンにわたって記憶する。予測部43は、代表点記憶部42に記憶した情報に基づいて、当該代表点が示す物標の運動情報を予測する。判定部44は、予測部43が予測した物標の運動情報に基づいて、自船との衝突の可能性を判定する。捕捉追尾部45は、判定部44により自船との衝突の可能性があると判定された物標を捕捉して追尾する。
【0087】
これにより、衝突の可能性がある物標、つまり追尾する必要性が高い物標のみを自動的に追尾対象にできる。従って、「追尾が不要な物標を追尾対象から除外する処理」を省略することができる。そのため、ユーザの手間又は演算装置の処理量を軽減できる。
【0088】
以上に本発明の好適な実施の形態を説明したが、上記の構成は例えば以下のように変更することができる。
【0089】
上記実施形態では、レーダ指示器12を構成する各部は、1つの筐体内に配置されているが、少なくとも1つが物理的に離れた位置に配置されていても良い。例えば、レーダアンテナ11の近傍のギアボックス内に、スイープメモリ31、信号処理部32及びTT処理部33等を配置しても良い。また、ネットワークで接続された記憶装置を判定基準記憶部37として用いても良い。
【0090】
本発明のレーダ装置が搭載される移動体は船舶に限られず、例えば、航空機、自動車等に搭載される構成であっても良い。
【符号の説明】
【0091】
1 レーダ装置
11 レーダアンテナ
12 レーダ指示器
31 スイープメモリ
32 信号処理部
33 TT処理部
34 表示制御部
35 表示部
36 操作部
37 判定基準記憶部
41 抽出部
42 代表点記憶部
43 予測部
44 判定部
45 捕捉追尾部