(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0003】
近年、自動車用鋼板に用いられるGA鋼板には、衝突安全性と車体軽量化による燃費軽減を両立させる目的で1180MPa以上の高強度が求められるとともに、プレス加工に代表されるような、優れた成形加工性(特に曲げ性)も要求されている。
【0004】
しかしながら強度の向上は、成形加工性(特に曲げ性)の劣化を引き起こしやすいことから、複雑な加工を要求される自動車用鋼板を用途とする場合、特性として、成形加工時には比較的成形しやすく、成形加工後の塗装焼付けでは焼付け硬化量が大きく高強度化しうるようなGA鋼板が求められている。
【0005】
焼付け硬化は、鋼中に固溶した炭素や窒素が、焼付け塗装中に転位に固着して降伏強度を上昇させる現象であり、固溶炭素や窒素量が多いほど、また転位密度が高いほど焼付け硬化性が高くなることが知られている(例えば、特許文献1参照)。高強度を実現するためによく用いられるマルテンサイトやベイナイトは、フェライトに比べ転位密度が高く、また生成直後は炭素を過飽和に固溶しているために焼付け硬化性が高い。
【0006】
一方で、GA鋼板は、高温で焼鈍された後、100〜600℃の温度域まで冷却され、亜鉛めっき浴に浸漬される。通常この亜鉛めっき浴への浸漬前、またはこの亜鉛めっき浴に浸漬中にオーステナイトからマルテンサイトやベイナイトの変態組織が形成されるが、その後の500℃程度の合金化処理により炭化物や窒化物が析出し、固溶炭素や窒素量が減少するとともに、回復によって転位密度が減少する。このため、マルテンサイトやベイナイトを主相とするGA鋼板においては、高い焼付け硬化性を実現することが難しかった。
【0007】
また、マルテンサイトやベイナイトを主相とする鋼板は高強度を実現できるものの、焼付け硬化性と曲げ性を両立させることは難しかった。すなわち、マルテンサイトはベイナイトに比べ固溶炭素量が多く転位密度も高いために焼付け硬化性に優れるが、延性に乏しく曲げ性に劣る一方、ベイナイトが多すぎると曲げ性は向上するが、焼付け硬化性が乏しくなる問題がある。
【0008】
このため、引張強度1180MPa以上の高強度GA鋼板において、焼付け硬化性と曲げ性を両立させる技術は確立していなかった。
【0009】
例えば、特許文献1には、フェライトを主相とし、硬質相(マルテンサイトやベイナイト)を微細に分散させたGA鋼板が開示されている。このGA鋼板は、鋼板の焼鈍後に300〜450℃の付加的な熱処理を施すことにより、硬質組織中のCをフェライト中へ拡散させ、フェライト中の固溶C量を増加させることで、焼付け硬化性が高められるとしている。しかしながら、このGA鋼板は、フェライトを主相とするため、引張強度が500〜600MPa程度と低強度であり、本発明が目標とする、引張強度1180MPa以上を達成しうるものではない。なお、同文献の実施例には、比較例としてマルテンサイト単相のGA鋼板(表6の鋼No.Q−3)が開示されている。このGA鋼板は、Mn含有量が3.2質量%と高い(表1の鋼No.Q)ことから、オーステナイトが安定化し、実質的に焼入れままのマルテンサイト単相鋼であり、高転位密度で固溶炭素量も多く、高い焼付け硬化性を有するものと想定される。しかしながら、このGA鋼板は、ベイナイトが含まれておらず、十分な曲げ性が得られているとは考えられない。
【0010】
また、特許文献2には、鋼材をAc3点以上に加熱して完全にオーステナイト化した後にMs点以下に冷却する熱処理により、組織をマルテンサイト+低温生成ベイナイトとして転位密度を高める技術が開示されている。しかしながら、同文献の実施例から、実質的に冷延板向けの熱処理技術であることが明らかであり、GA鋼板では実現不可能な技術である。
【0011】
また、特許文献3には、全組織中の転位密度を1×10
15〜1×10
16m
−2とすることで、高い降伏強度と高い伸びを実現したとする高強度冷延鋼板が開示されている。しかしながら、この鋼板は、組織が400℃を超える温度で焼戻しされたマルテンサイトおよびフェライトで構成されており、十分な固溶炭素量を確保できているとは考えられず、優れた焼付け硬化性を発現できない。
【0012】
また、特許文献4には、低温焼戻しマルテンサイト単相鋼とすることで、高強度で高曲げ性の両立を実現したとする高強度冷延鋼板が開示されている。しかしながら、この鋼板は、100℃以上で120s以上の焼戻しを必須としていることから、十分な固溶炭素を確保できているとは考えられず、優れた焼付け硬化性を発現できない。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討を行った結果、GA鋼板の鋼組織を、マルテンサイトとベイナイトを主要組織としたうえで、所定の転位密度および固溶炭素量を確保することで、高強度、高焼付け硬化性および高曲げ性を兼備するGA鋼板が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0022】
以下、まず本発明に係る高強度GA鋼板(以下、「本発明鋼板」ともいう。)を特徴づける組織について説明する。
【0023】
〔本発明鋼板の組織〕
上述したとおり、本発明鋼板は、マルテンサイトとベイナイトを主要組織とするものであるが、特に、転位密度および固溶炭素量が高い範囲に制御されている点に特徴を有する。
【0024】
<面積率で、マルテンサイト:50〜85%、フェライト:0%以上5%未満、残部:ベイナイト>
フェライトは、引張強度を劣化させるだけでなく、高転位密度、高固溶炭素量を実現できない組織であり、焼付け硬化性を劣化させる。このため、フェライトは、面積率で5%未満(好ましくは3%以下、さらに好ましくは2%以下)に制限する。マルテンサイトは、引張強度に優れるとともに、高転位密度で高固溶炭素量を実現し得る組織であり、高強度かつ優れた焼付け硬化性を得るために不可欠である。一方でマルテンサイト単相では延性に乏しく曲げ性に劣るため、マルテンサイトより軟質なベイナイトを残部として導入することで曲げ性を確保できる。ベイナイトは、マルテンサイトに次いで高転位密度、高固溶炭素量を実現し得る組織であり、かつマルテンサイトに比べ曲げ性に優れる特徴を有する。マルテンサイトは、引張強度1180MPa以上を確保しつつ高転位密度かつ高固溶炭素量を実現するため面積率で50%以上(好ましくは55%以上、さらに好ましくは60%以上)必要とするが、曲げ性を確保するため面積率で85%以下(好ましくは83%以下、さらに好ましくは80%以下)とする。
【0025】
<転位密度:5.0×10
15m
−2以上>
優れた焼付け硬化性を実現するためには、さらに、上記組織中の転位密度を5.0×10
15m
−2以上(好ましくは、6.0×10
15m
−2以上、さらに好ましくは7.0×10
15m
−2以上)とする。このような転位密度は、詳細は後述するが、上記ベイナイトを低温で生成させるとともに、上記マルテンサイト+ベイナイト主要組織を焼戻ししないことで、確保できる。
【0026】
<固溶炭素量:0.08質量%以上>
優れた焼付け硬化性を実現するためには、さらに、上記組織中の固溶炭素を0.08質量%以上(好ましくは、0.09質量%以上、さらに好ましくは0.1質量%以上)とする。このような固溶炭素量は、詳細は後述するが、上記マルテンサイト+ベイナイト主要組織を焼戻ししないことで得られる。
【0027】
次に、本発明鋼板を構成する成分組成について説明する。以下、化学成分の単位はすべて質量%である。
【0028】
〔本発明鋼板の成分組成〕
C:0.05〜0.30%
Cは焼入れ性向上元素であり、高強度化およびフェライト生成を抑制するのに必要な元素である。以上のような作用を有効に発揮させるため、Cを0.05%以上、好ましくは0.07%以上、さらに好ましくは0.1%以上含有させる。しかしながら、Cを過剰に含有させると溶接性が劣化するため、0.30%以下、好ましくは0.25%以下、さらに好ましくは0.20%とする。
【0029】
Si:0.5〜3.0%
Siは、炭化物の生成を抑制し、焼付け硬化に必要な固溶炭素量を確保するのに必要な元素である。また、Siは、固溶強化元素としても有用であり、鋼板の高強度化に有用である。以上のような作用を有効に発現させるため、Siを0.5%以上、好ましくは0.7%以上、さらに好ましくは1.0%以上含有させる。しかしながら、Siを過剰に含有させると溶接性が著しく劣化するため、3.0%以下、好ましくは2.5%以下、さらに好ましくは2.0%以下とする。
【0030】
Mn:0.2〜3.0%、
Mnは焼入れ性向上元素であり、鋼板の高強度化およびフェライト生成を抑制するのに有用である。このような作用を有効に発揮するには、Mnを0.2%以上、好ましくは0.5%以上、さらに好ましくは1.0%以上含有させる。しかしながら、Mnを過剰に含有させると偏析を助長し、鋳片割れが生じるなどの悪影響が見られるため、3.0%以下、好ましくは2.5%、さらに好ましくは2.0%とする。
【0031】
P:0〜0.10%
Pは、粒界偏析による粒界脆化を助長して、加工性を劣化させる元素であるため、低い方が望ましく、0.10%以下、好ましくは0.08%以下、さらに好ましくは0.05%以下とする。
【0032】
S:0〜0.010%
Sは、MnS等の硫化物系介在物を形成し、割れの起点となって加工性を劣化させる元素であるため低い方が望ましく、0.010%以下、好ましくは0.005%、さらに好ましくは0.003%とする。
【0033】
N:0〜0.010%
Nは、粗大な窒化物を形成し、曲げ性を劣化させる元素であるため低い方が望ましく、0.010%以下、好ましくは0.008%、さらに好ましくは0.005%とする。
【0034】
Al:0.001〜0.10%
Alは、脱酸に対して有用な元素であり、このような作用を得るには、0.001%以上、好ましくは、0.01%以上、さらに好ましくは、0.03%以上含有させる。しかしながら、Alを過剰に含有させると、靭性の劣化やアルミナ等の介在物増加による加工性の劣化の問題が生じるため、0.1%以下、好ましくは0.08%以下、さらに好ましくは0.06%以下とする。
【0035】
本発明の鋼は上記成分を基本的に含有し、残部は鉄および不純物であるが、その他、本発明の作用を損なわない範囲で、以下の許容成分を含有させることができる。
【0036】
Cu:0.05〜1.0%、
Ni:0.05〜1.0%、
B:0.0002〜0.0050%
の1種または2種以上
これらの元素は、焼入れ性を高め、合金化処理前におけるオーステナイトからの変態を抑制する効果を有する有用な元素である。このような作用を得るには、各元素とも上記それぞれの下限値以上含有させるのが好ましい。上記元素は単独で含有させてもよいし、2種以上を併用してもかまわない。しかしながら、これらの元素を過剰に含有させても、効果が飽和してしまい、経済的に無駄であるため、各元素とも上記それぞれの上限値以下とする。
【0037】
Mo:0.01〜1.0%、
Cr:0.01〜1.0%、
Nb:0.01〜0.3%、
Ti:0.01〜0.3%、
V:0.01〜0.3%
の1種または2種以上
これらの元素は、曲げ性を劣化させずに強度を改善するのに有用な元素である。このような作用を得るには、各元素とも上記それぞれの下限値以上含有させるのが好ましい。上記元素は単独で含有させてもよいし、2種以上を併用してもかまわない。しかしながら、これらの元素を過剰に含有させると、粗大な炭化物が形成され、曲げ性が劣化するため、各元素とも上記それぞれの上限値以下とする。
【0038】
Ca:0.0005〜0.01%、
Mg:0.0005〜0.01%
の1種または2種
これらの元素は、介在物を微細化し、破壊の起点を減少させることによって曲げ性を向上させるのに有用な元素である。このような作用を得るには、いずれの元素とも0.0005%以上含有させるのが好ましい。上記元素は単独で使用してもよいし、2種を併用してもかまわない。しかしながら、過剰に含有させると逆に介在物が粗大化して曲げ性が劣化するので、いずれの元素とも0.01%以下とする。
【0039】
〔本発明鋼板の好ましい製造方法〕
上記した要件を満足する本発明鋼板を製造するためには、以下の製造要件を満足するようにして、鋼板を製造することが好ましい。
【0040】
本発明鋼板を製造する際の特徴は、スラブを熱間圧延し冷間圧延した後の熱処理(めっき処理を含む)条件にある。そのため、熱間圧延および冷間圧延までの製造方法に関しては、従来公知の製造方法を採用することができる。すなわち、上記成分組成を有する鋼を溶製し、造塊または連続鋳造によりスラブとしてから熱間圧延、さらには冷間圧延を行えばよい。以下、熱処理条件について、
図1に模式的に示す熱処理ヒートパターンを参照しつつ説明する。
【0041】
図1に示すように、まず、冷間圧延後の鋼板(冷延材)を、[Ac3点+50℃]〜930℃の焼鈍加熱温度に加熱した後、その焼鈍加熱温度で30〜1200s(焼鈍保持時間)保持し、その後、前記焼鈍加熱温度から450〜550℃の冷却停止温度までを15℃/s以上の平均冷却速度で急冷する。そして、焼鈍された鋼板(焼鈍材)を、急冷停止時点から30s以内(冷却後保持時間)に溶融亜鉛めっき浴へ浸漬し、その後、480〜525℃の合金化処理温度で10〜60s(合金化処理時間)保持して合金化処理を行った後、200℃まで15℃/s以上の平均冷却速度で冷却する。これにより、本発明鋼板(本発明に係る高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板)が得られる。
【0042】
・冷間圧延後の鋼板(冷延材)を[Ac3点+50℃]〜930℃の焼鈍加熱温度に加熱後、30〜1200s(焼鈍保持時間)保持
鋼板をマルテンサイトとベイナイト主要組織にし、フェライト分率を低減することは、本発明鋼板を製造するために重要な要件である。フェライト分率を低減するためには、焼鈍時にオーステナイト単相組織にする必要がある。また、合金化処理前のオーステナイトの変態を抑制するためには、オーステナイト粒径を粗大化させ、焼入れ性を高めることが有効である。そのため焼鈍加熱温度はAc3点+50℃以上とする。
【0043】
なお、Ac3点は、鋼板の化学成分から、レスリー著、「鉄鋼材料科学」、幸田成靖 訳、丸善株式会社、1985年、p.273に記載の下記式(1)を用いて求めることができる。
Ac3(℃)=910−203×√C−15.2×Ni+44.7×Si−30×Mn+700×P+400×Al−11×Cr−20×Cu+31.5×Mo+400×Ti+104×∨・・・(1)
ここで、上記式中の元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0044】
また、焼鈍加熱温度が930℃を超える場合、オーステナイト粒径が過度に粗大化し、曲げ性が劣化することがある。そのため焼鈍加熱温度の範囲は、[Ac3点+50℃]〜930℃とする。なお、この焼鈍加熱温度に保持する時間が、30s未満の場合はオーステナイト変態が十分に進行しないために、最終組織にフェライトが5%以上存在することとなり、1200sを超える場合は熱処理コストが増大し、生産性が著しく悪化する。そのため、焼鈍保持時間は30〜1200sとする。
【0045】
・焼鈍加熱温度から450〜550℃の冷却停止温度までを15℃/s以上の平均冷却速度で急冷
この冷却の過程では、焼鈍時に生成したオーステナイトを、冷却中にフェライトやベイナイト、マルテンサイトに変態させることなく、未変態オーステナイトとすることが重要である。冷却停止温度を450℃以上とすれば、マルテンサイト変態を抑制することができる。ただし、冷却停止温度が550℃を超えると、めっき処理後の表面性状が悪化する。このため、冷却停止温度は450〜550℃とする。一方、冷却速度が15℃/s未満の場合、冷却中にフェライト変態またはベイナイト変態が進行する。フェライトが生成した場合、引張強度が劣化する上に、フェライトは低転位密度でかつ固溶炭素量も低いために優れた焼付け硬化性を実現できない。また、この冷却過程で生成したベイナイトは転位密度が高く、固溶炭素量も多い場合もあるが、その後のめっき浴浸漬、合金化処理中に転位密度が低下し、固溶炭素量も低減する。そのため、ベイナイトが生成した場合も優れた焼付け硬化性を実現できなくなる。したがって、冷却速度は15℃/s以上とする。より好ましい冷却速度は30℃/s以上である。
【0046】
・冷却停止時点から30s(冷却停止後保持時間)以内に溶融亜鉛めっき浴へ浸漬
冷却停止後、長時間保持すると、ベイナイト変態が過度に進行するために優れた焼付け硬化性を実現できなくなる。そのため、冷却停止時点から30s以内に溶融亜鉛めっき浴へ浸漬することが必要となる。より好ましい冷却停止後保持時間は15s以内、特に好ましい冷却停止後保持時間は10s以内である。
【0047】
・480〜525℃の合金化処理温度で10〜60s(合金化処理時間)保持
一般に合金化処理は、450〜600℃の温度域で60s以下の保持時間で行われるが、特に480〜525℃の温度域で行うことで、合金化処理中に生じるベイナイト変態の生成温度が低下し、ベイナイト中の転位密度を高めることができる。525℃を超えると金化処理中に生じるベイナイトの変態温度が高いために転位密度が低くなり、優れた焼付け硬化性を実現できなくなる。一方で、480℃より低い温度では、拡散速度が十分でなくベイナイト変態が遅延して延性を確保するに必要なベイナイト量を生成させることができなくなる。このため、合金化処理温度は480〜525℃とする。また、合金化処理時間は、短すぎるとベイナイト変態が十分ではなく延性を確保するに必要なベイナイト量を生成させることができなくなる一方、長すぎると過度にベイナイト変態が進行し引張強度が低下する。このため、合金化処理時間は10〜60sとする。
【0048】
・合金処理温度から200℃まで15℃/s以上の平均冷却速度で冷却
合金処理温度から200℃までの冷却速度が低すぎると、マルテンサイト分率が低下し、引張強度1180MPa以上を満足できなくなる。また、冷却中に炭化物が析出し、固溶C量が低下するので、合金処理温度から200℃までの平均冷却速度を15℃/s以上とする。
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することももちろん可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0050】
〔試験方法〕
下記表1に示すA〜Lの各成分組成を有する鋼を溶製し、厚さ120mmのインゴットを作製し、このインゴットを用いて熱間圧延を行い、厚さ2.8mmとした。これを酸洗した後、厚さ1.4mmになるまで冷間圧延して供試材とし、下記表2に示す各条件で供試材に熱処理およびめっき処理を施した。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
〔測定方法〕
得られた各鋼板を用いて、鋼板板厚1/4部における各相(マルテンサイト、ベイナイトおよびフェライト)の面積率、ならびに、転位密度および固溶炭素量を測定した。また、鋼板の機械的特性を評価するため、引張強度(TS)、限界曲げ半径(R)、焼付け硬化性についても測定を行った。これらの測定方法については以下に示す。
【0054】
(各相の面積率)
各相の面積率については、各鋼板を鏡面研磨し、その表面を3%ナイタール液で腐食して金属組織を顕出させた後、SEM(走査型電子顕微鏡;Scanning Electron Microscope)を用いて板厚1/4部の組織を概略40μm×30μmの領域5視野について倍率2000倍で観察して求めた。具体的には、黒く観察される領域のうち、内部に白く観察される炭化物を含むものをベイナイト、炭化物が観察されないものをフェライトとし、灰色にみえる領域をマルテンサイトとして定義した。なお、残留オーステナイトもマルテンサイトとの混成組織として存在する可能性があるが、本発明において生成すると考えられる残留オーステナイトはごく少量であり、特性に影響しないと考えられることから、マルテンサイトと区別していない。また、組織内部にも炭化物が存在する場合があるが、これらの炭化物はこれらを含有する組織の一部とみなして、マルテンサイト、ベイナイトおよびフェライトの面積率を求めた。
【0055】
(転位密度)
転位密度については、測定対象となる鋼板にX線を照射し、得られる回折ピークの半価幅を測定することにより算出するものである。具体的には、板厚の1/4深さ位置を測定できるよう試料を調整した後、これをX線回折装置(理学電機製、RAD−RU300)に掛け、X線回折プロファイルを採取した。そして、このX線回折プロファイルを元に、中島らが提案した解析法にしたがって転位密度を算出した(中島ら:「材料とプロセス」、Vol.17(2004)p.396−399参照)。
【0056】
(固溶炭素量)
固溶炭素量については、測定対象となる鋼板にX線を照射し、得られる回折ピークから(110)と(101)の面間隔を求め、tetragonality(c軸、a軸比)から、[%C]=(c/a−1)/0.045(ここで[%C]:固溶C量)として求めた。具体的には、板厚の1/4深さ位置を測定できるよう試料を調整した後、これをX線回折装置(リガク製、RINT−RAPIDII)に掛け、X線回折プロファイルを採取した。そして、米MDI社製の解析ソフトウェア:JADE2010を用いてWPF(Whole Pattern Fitting)解析を行うことで、固溶C量を算出した。
【0057】
(引張強度)
評価対象の各鋼板を用い、圧延方向と直角方向に長軸をとってJIS Z 2201に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241に従って測定を行うことで引張強度(TS)を求めた。
【0058】
(限界曲げ半径)
評価対象の各鋼板を用い、圧延方向と直角方向に長軸をとって幅30mm×長さ35mmの試験片を作成し、JIS Z 2248に準拠した∨ブロック法で曲げ試験を行った。そして、その時の曲げ半径を0〜5mmまで種々変化させ、材料が破断せずに曲げ加工ができる最小の曲げ半径を求め、これを限界曲げ半径(R)とした。本実施例では、得られた限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)からR/tを算出して曲げ性の評価指標とした。
【0059】
(焼付け硬化性)
評価対象の各鋼板を用い、圧延方向と直角方向に長軸をとってJIS Z 2201に記載の5号試験片を作製し、2%の予ひずみを加えた後、170℃×20分間の焼付け処理相当の熱処理を加え、その後引張試験を行った。2%予ひずみを加えた時点での応力を、上記熱処理後の引張試験における降伏応力から差し引くことで焼付け硬化性を求めた。なお、熱処理後の引張試験における降伏応力としては、降伏現象が発現した場合は上降伏点を、発現しなかった場合は0.2%応力を採用した。
【0060】
〔測定結果〕
測定結果を下記表3に示す。本実施例では、引張強度(TS)が1180MPa以上で、かつ、限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)との比R/tが3.0以下で、かつ、焼付け硬化性が100MPa以上のものを○で合格とし、強度と曲げ性と焼付け硬化性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板であると判定した。一方、引張強度(TS)が1180MPa未満、または、R/tが3.0超、または、焼付け硬化性が100MPa未満のものを×で不合格と判定した。なお、表1〜3の各項目に網掛けを付したものは、本発明の要件、推奨する製造条件、機械的特性等を満足していないことを示す。
【0061】
【表3】
【0062】
表3に示すように、本発明の要件(上記成分要件および上記組織要件)を充足する発明鋼(鋼No.1、2、12〜19)は、いずれも、引張強度TSが1180MPa以上で、かつ、R/tが3.0以下で、かつ、焼付け硬化性が100MPa以上を満足しており、強度と曲げ性と焼付け硬化性を兼備した高強度GA鋼板が得られた。
【0063】
これに対して、本発明の要件(上記成分要件および上記組織要件)のうち少なくとも一つを欠く比較鋼(鋼No.3〜11)は、引張強度TSと曲げ性R/tと焼付け硬化性のうち少なくともいずれかの特性が劣っている。
【0064】
例えば、鋼No.3は、表2の製造No.3に示すように、焼鈍後の冷却速度が推奨範囲を外れて低すぎるため、冷却中に変態が進行して、表3に示すように、マルテンサイトが不足する一方フェライトが多くなりすぎて転位密度、固溶炭素量が低下し、引張強度TSと焼付け硬化性が劣っている。
【0065】
また、鋼No.4は、表2の製造No.4に示すように、焼鈍後の冷却停止温度が推奨範囲を外れて低すぎるため、冷却中にマルテンサイト変態が進行してしまい、その後のめっき浴への浸漬や合金化処理中に焼き戻されて、表3に示すように、焼付け硬化性が低下し、焼付け硬化性に劣っている。
【0066】
また、鋼No.5は、表2の製造No.5に示すように、冷却停止後の保持時間が推奨範囲を外れて長すぎるため、この間にベイナイト変態が過度に進行し、表3に示すように、マルテンサイトが不足するとともに、転位密度、固溶炭素も不足し、引張強度TSと焼付け硬化性が劣っている。
【0067】
また、鋼No.6は、表2の製造No.6に示すように、合金化処理温度が推奨範囲を外れて低すぎるため、ベイナイト変態が遅延してベイナイトが不足し、表3に示すように、マルテンサイトが過剰に生成して、曲げ性R/tが劣っている。
【0068】
一方、鋼No.7は、表2の製造No.7に示すように、合金化処理温度が推奨範囲を外れて高すぎるため、合金化処理中に生じるベイナイトの変態温度が高いことにより、表3に示すように、転位密度と固溶炭素量が不足し、焼付け硬化性が劣っている。
【0069】
また、鋼No.8は、表2の製造No.8に示すように、合金化処理後の冷却速度が低すぎるため、表3に示すように、マルテンサイトが不足して、固溶炭素量が不足し、引張強度TSと焼付け硬化性が劣っている。
【0070】
また、鋼No.9は、表1の鋼種Bに示すように、C含有量が低すぎるため、表3に示すように、マルテンサイトが不足する一方、フェライトが過剰に生成して、転位密度と固溶炭素量が不足し、引張強度TSと焼付け硬化性が劣っている。
【0071】
また、鋼No.10は、表1の鋼種Cに示すように、Si含有量が低すぎるため、表3に示すように、固溶炭素量が不足し、焼付け硬化性が劣っている。
【0072】
また、鋼No.11は、表1の鋼種Dに示すように、Mn含有量が低すぎるため、表3に示すように、マルテンサイトが不足する一方、フェライトが過剰に生成して、転位密度と固溶炭素量が不足し、焼付け硬化性が劣っている。
【0073】
以上のように、本発明の要件を満たすことで、強度と曲げ性と焼付け硬化性を兼備する高強度GA鋼板が得られることが確認された。